最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)202号 判決 1985年12月13日
主文
原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。
前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人柳川俊一、同緒賀恒雄、同松永栄治、同水野秋一、同東条敬、同布村重成、同村松日出男、同西川伸一、同吉田司の上告理由第一点について
論旨は、要するに、府中刑務所長が第一審判決添付の別紙目録記載の図書(以下「本件図書」という。)の差入を不許可にした処置を違法とする原判決には、監獄法(以下「法」という。)五三条一項及び同法施行規則(以下「規則」という。)一四六条二項の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。
法五三条一項は、「在監者ニ差入ヲ為サンコトヲ請フ者アルトキハ命令ノ定ムル所ニ依リ之ヲ許スコトヲ得」と規定し、これを受けて規則は、受刑者に対する差入許否の基準等について規定している。すなわち、規則一四二条は、受刑者には拘禁の目的に反し又は監獄の紀律を害すべき物の差入をすることができない旨を規定し、一四三条は受刑者に対し差入をすることができる物の種類、範囲を定め、一四六条二項は、差入人と受刑者との続柄等同条一項に定める事項についての調査の結果、その差入が受刑者の処遇上害があると認めるときはこれを許さない旨を規定している。このような法及び規則の規定からみれば、受刑者については、法は、規則において差入を不許可とすべき場合として明文で定める場合を除き、それ以外の場合の差入の許否を刑務所長の裁量にゆだねているものと解するのが相当である。けだし、差入は受刑者と外部との交通の一態様であるが、懲役刑は、受刑者を一定の場所に拘禁して社会から隔離し、その自由をはく奪するとともに、その改善、更生を図ることを目的とするものであつて、受刑者と外部との交通は一般的に禁止されているものであるところ、およそ物品は、その本来の用途以外にも通常の予測を超えた目的・用途に利用される可能性を持つものであり、また、特定の者からの差入という事実自体によつて受刑者に一定の影響を与えることがあり得る性質のものであること及び多数の受刑者を収容し、これを集団として管理する施設である刑務所において紀律保持の必要があることにかんがみ、法は、規則において差入を不許可とすべき場合として明文で定める場合を除き、それ以外の場合は、刑務所長が、目的物の性質、形状、内容、差入人と受刑者との人的関係等諸般の事情を考慮して、その裁量により差入の許否を決することを予定しているものと解されるからである。そうであるとすると、差入人と受刑者との人的関係が明らかでないため、その差入が受刑者の処遇上害があるか否か不明である場合は、刑務所長は、その裁量により、右差入の許否を決することができるものというべきである。規則一四六条二項の規定は、差入人と受刑者との人的関係からみて差入が受刑者の処遇上害があると認められる場合に、これを許可すべきでないことを定めたものであつて、差入人と受刑者との人的関係が明らかでないため差入が受刑者の処遇上害があるか否か不明である場合にこれを許可すべきことまで定めた趣旨のものと解することはできない。
これと異なる見解に立つて、府中刑務所長が本件図書の差入を不許可とした処置を違法であるとした原判決は、法五三条一項及び規則一四六条二項の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽の違法があるものといわざるを得ず、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は、その余の点につき判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、本件図書の差入を不許可としたことが府中刑務所長の裁量権の範囲の逸脱として違法であるかどうかについて更に審理を尽くさせる必要があるから、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木下忠良 裁判官 大橋 進 裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島 昭)