最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)476号 判決 1985年11月29日
上告人 藤井新一
被上告人 国 ほか四名
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人池田正映の上告理由一について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、農林大臣が現良太郎に対し農地法八〇条二項に基づいてした本件土地の売払いは有効であり、上告人の被上告人らに対する主位的請求はいずれも棄却すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいうが、ひつきよう、独自の見解に基づいて原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうものにすぎず、採用することができない。
同二及び三について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人の被上告人国に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は時効により消滅したとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
同四及び五について
上告人の被上告人国に対する債務不履行を原因とする損害賠償請求は理由がないとした原審の判断は、結論において正当である。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 大橋進 木下忠良 牧圭次 島谷六郎 藤島昭)
上告理由
一 原判決は憲法第二五条に違反しており破毀されるべきものである。
即ち、農地法第八〇条について第一審判決の立法政策上の配慮であるという見解を踏襲した上「売払いは買収農地につき自作農の創設等の用に供するという公共的目的の消滅後に行なわれる私法上の行為であつて、一般国有財産の払下げと性質上異なるところはなく、右旧所有者の売払請求権も、公益のためでなく私益のために認められた権利であり……農地法八〇条二項は、同条項に違反する売払いをもつて直ちに無効とする公の秩序に関する法規すなわち強行法規でない」とする。
然し乍ら自作農の創設等の用に供する為買収された本件土地について、右買収=強制買収が憲法第二九条に基づく財産権不可侵の例外規定に当るものであることは既に判例(最判昭二八・一二・二三、民集七巻一三号一五二三頁)において明確にされているところであり、従つて自創法による私有財産の収用が正当な対価の下に行なわれたがその後に至り収用目的が消滅した場合は即ちその収用が結果的に不要であつたので仮にその不要なることが予見されていたならば強制買収による例外的財産権侵害は為されなかつた筈であるから、この場合には憲法の本則に戻つて速に原状回復を図り財産権の侵害されていない旧の状態に復帰させるべきは当然の事でありその為にこそ同法八〇条二項が定められているものである。
学説判例総じて憲法第二九条における公共の福祉とは実質的な公平を図る為の最少の制限であるべきであることに一致している。所謂農地解放が農業者の実質的公平を図るために或る程度において革命的に行なわれたものであることからすれば既に実質的公平が満足された後は残された農地は原則としての私有財産制維持の為旧所有者の手に戻すことが憲法の精神である。
従つて、農地法八〇条二項の規定は憲法上の要請から強行規定とされているものと解すべきところであり、単に立法政策上の便宜規定ではない。即ち、第一に規定の文言上「……売り払わなければならない」と規定されており法理上当然に強行規定と解されるに止まらず、第二に最高裁判所判例も右の強行法規性を認めているところである。即ち、昭和四六年一月二〇日大法廷判決(民集二五巻一号一頁)によれば「同条第二項は農林大臣の管理する土地が買収農地であるときは『売り払わなければならない。』と定めているのであるから、右両規定と前示売払制度の趣旨を合わせ考えると、当該農地が買収農地であるかぎり、これを自作農の創設等の目的に供しないことが相当であるという事実が客観的に存すれば農林大臣は……旧所有者に売り払わなければならないという拘束を受け……」(理由三段目)「旧所有者は買収農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には……直接農林大臣に対し当該土地の売払いをすべきこと……を求めることができ……。したがつてこのような場合に都道府県知事が右土地につき売渡処分(法三六条以下)をしたときは、旧所有者は行政訴訟手続により右処分の取消しを求めることができるものといわねばならない。」(理由五段目)とされている。右は即ち右条項の強行法規性を真正面から認めているところであり、これはその後の東京高裁昭和五〇年一月三〇日判決(判例時報七七二号四二頁)においてもそのまま踏襲されているところである。
原判決は徒らに「私益」を図る為に止まると判示するが、右私益とは憲法上保護される私有財産そのものであり、八〇条二項は国の行為を拘束するものである。「拘束」するが強行法規で無いとする原審の判示は詭弁であるといわざるを得ない。
又、原判決は売払いを有効と信じた第三者保護を云々するが原判決自身本件売払いを私法上の行為であるとするのであるから特に法規に反した売払いを保護する必要は毫も存しないところである。取引の安全が覆えされるのは民法第九条、第九五条等においてもあり得ることであり強行法規性を否定する根拠とはなり得ないところである。(註)
よつて、法第八〇条二項に違反する本件新良太郎に対する売払いが強行法規違反として無効とされる結果、本件土地に関する国から新良太郎への売払登記、国等の抵当権等設定等の登記はいずれも抹消されるべきものとなり、上告人の国に対する売払請求権は現実化されるものである。
二、三、四、五 <略>
(註) 取引の安全はその取引が覆されることにより損害を蒙る虞がある場合を云うべきであるのに第一次の売渡者が国である本件の場合無効となつたとしても本件土地を目的とした一般の取引者は被上告人国から損害賠償を受けられるので本件において取引の安全を論ずることは普通時を基礎とする法律解釈には馴染まない論である。