最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)531号 判決
しかしながら、本件記録に徴すれば、上告人の提出した検乙第五号証の一、二は、被上告人の製造販売に係るハ号物件及びその包装用外箱であるとして提出されていることが明らかである。なお、本件記録の証拠目録の記載中、これに反する記載は誤記であると認められる。
そうすると、検乙第五号証の一、二についてなんら判断することなく、被上告人がハ号物件の製造販売等をしていることを認めるに足りる証拠はないとして、上告人の原審における新請求を排斥した原判決は、上告人の右請求について審理を尽くさず、ひいて理由不備の違法をおかしたものというべきであるから、論旨は理由があり、原判決中上告人の原審における新請求を棄却した部分は破棄を免れない。そして、右の点についてさらに審理を尽くさせる必要があるから、本件のうち右部分を原審に差し戻すこととする。
なお、本件上告中、上告人の控訴を棄却した原判決の破棄を求める部分については、上告人は民訴法三九八条に違背し民訴規則五〇条所定の期間内に上告理由を記載した書面を提出しないので、同部分に関する上告は却下すべきである。
〔編註〕本判示は左の上告理由に対する判断である。
第一、原判決には、証拠に対する判断を遺脱し、かつ審理を尽さなかつた結果、理由不備(民訴法三九五条一項六号)に該る次のような違法がある。
一、証拠に対する判断の遺脱による理由不備
(一) 控訴審手続においては、検乙第五号証の一~二の検証物を取り調べているにも拘らず、原判決はその結果を判断の資料として採用していない違法がある。
上告人(控訴人)は、原審(控訴審)において、訴の追加的変更により被上告人(被控訴人)に対しハ号物件(控訴審判決添付目録(四)記載の物件)の製造販売等の差止を求めた。また上告人は被上告人がハ号物件の製造販売をしている事実を立証するため、昭和五六年七月九日控訴審第四回口頭弁論期日において、検乙第五号証の一として被上告人製造販売に係る授乳婦乳もれ受けパツトの現物を右ハ号物件の実物として、検乙第五号証の二としてその包装用外箱の現物をそれぞれ提出したところ、控訴審裁判所は右各検号証の認否を被上告人に促し、被上告人は右各検号証がいずれも被上告人の製造販売するものであることを認め、同日その取調べが行われた(但し、同日付調書では、その記載が誤つていることは後述する)。
しかしながら、原判決は右検号証の存在を全く無視してその判断の資料に加えていない。
原判決は、二丁裏八行~一〇行「第二双方の主張及び証拠関係」の項において、
「当事者双方の主張及び証拠関係は、後記一ないし三のとおり追加するほか、原判決事実欄記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。」
と述べているが、判決一五丁裏四行~六行「三 証拠関係」の項においては、控訴人の提出した検乙第五号証の一~二はその記載が欠落している。
控訴審手続において上告人(控訴人)が提出した右検号証が、原判決において正しく証拠資料として取り扱われていたのであれば、右同号証は当然その「証拠関係」の項において挙示される筈である。また、右記載の欠如が、単純な誤記によるものでないことは次のことからも明らかである。
(二) 仮に原判決が、右同号証を証拠資料として判断の資料に加えたうえで、上告人(控訴人)主張の事実を立証するに足りないものと認定したものであるとすれば、少くとも判決理由中でこれを採用できないこと及びその理由について判示されなければならない。何故ならば、右検号証は、上告人(控訴人)においてハ号物件を被上告人(被控訴人)が製造販売している事実を立証するためハ号物件の現物として提出したものであり、被上告人(被控訴人)がハ号物件の製造販売をなしている事実の具体的かつ直接的証拠であるからである。しかしながら、判決理由中では全く右検号証についての判断は示されず、
「……被控訴人がイ号物件のほかに控訴人主張のハ号物件の製造、販売等をしていることについては、これを認めるに足る証拠がない……」(原判決二〇丁一〇行~一一行)
とのみ述べており、同号証は全く無視されたまま結論が下されている。
(三) このように原判決においては、その事実欄からみても、理由中の記載からみても、検乙第五号証の一~二に関する証拠調の結果を判決に至る判断の資料としていないことが明らかであり、原判決は上告人(控訴人)が適法に提出した証拠に対する判断を遺脱したもので、結局理由不備により民訴法三九五条一項六号によつて破棄を免れない。
二、審理不尽による理由不備
(一) 原判決は前述のとおり、検乙第五号証の一~二に対する判断を遺脱した結果、ハ号物件の製造、販売等の事実を認めるに足る証拠がないとし、ハ号物件の製造、販売等が本件実用新案権に牴触する(技術的範囲に属する)との上告人(控訴人)の主張に対する判断をすることなく原告の請求を棄却している(判決理由二項、判決二〇丁表)。
しかしながら、検乙第五号証の一~二を判断の資料としていれば、被上告人(被控訴人)がハ号物件の製造販売している事実は容易に認定できるのであるから、原判決は進んでハ号物件の製造販売等が本件実用新案権に牴触する(技術的範囲に属する)か否かの判断をせざるを得ぬ筈であつたところ、原判決は全くこの点についての判断を欠いており、右は上告人(控訴人)の主張について審理を尽さず、ひいて理由不備の違法があるもので民訴法三九五条一項六号によつて破棄を免れない。
第二、原判決には仮に証拠に対する判断を遺脱した違法がないものとしても、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背及び審理不尽による理由不備に該る次のような違法がある。
一、判決に影響を及ぼすことが明らかな採証法則違反の法令違背
(一) 上告人(控訴人)が控訴審第四回口頭弁論期日において検乙第五号証の一~二を被上告人(被控訴人)の製造販売するハ号物件の現物及びその外箱として提出し、被上告人(被控訴人)も同号証が被上告人自ら製造販売する物であることを認めたことは第一、一、(一)に述べたが、原判決が右証拠に対する判断の遺脱したものでないとすると、控訴審裁判所は、右検号証を、上告人(控訴人)の製造販売に係る物品であると誤認するという重大な証拠法則上の誤りを犯したものとしか考えられない。
控訴審裁判所がこのような誤りをした事実は、一つは控訴審の第四回弁論調書に、検乙第五号証の一について
「控訴人(被告)の製品パツト五個」
と記載され、その認否の欄には
「控訴人(被告)の製造販売の物であることは認」
と記載され(以上傍点は上告代理人)、同号証の二については
「右外箱」
認否の欄には
「認」
と記載があつて、前記口頭弁論期日における当事者の陳述と明らかに異なり、被控訴人(原告)と書くべきところ「控訴人(被告)」と誤つて記載がなされている事実及び、原判決がその理由中で
「しかしながら、被控訴人がイ号物件にほかに控訴人主張のハ号物件の製造、販売等をしていることについては、これを認めるに足る証拠がないから、その製造、販売等の事実を前提とする控訴人の右請求は、その理由がないものといわなければならない。」(原判決二〇丁表一〇行~一二行)
と述べ、検乙第五号証の一~二の存在にも拘らず、これを全く無視していとも簡単にハ号物件の製造販売について「これを認めるに足る証拠がない」と断定してしまつている事実から明白である。
検乙第五号証の一の検証物は、上告人(控訴人)がハ号物件の実物であると提出したものであり、被上告人(被控訴人)も該検証物が被上告人の製造販売する物であることを認めたのであるから、被上告人(被控訴人)がハ号物件の製造販売をなしていることの直接的な証拠であると言わなければならない。
しかしながら控訴審裁判所は、右検証物を上告人(控訴人)自身の製造販売する物であると誤認するという信じ難い証拠法則上の誤りを犯したため、前記の誤つた結論に達したもので、右検証物を正しく被上告人(被控訴人)の製造販売に係る製品であると認識していれば、ハ号物件を被上告人(被控訴人)が製造販売している事実を認めざるを得なかつた筈であり、右証拠法則上の誤りが原判決に影響を及ぼすことは明らかであつて、原判決は民訴法第三九四条により破棄を免れない。
(二) なお、前記調書の記載が、当事者が誤つて陳述したためにかような記載がされたものでないことは次のような事実からも明らかである。
上告人(控訴人)は昭和五六年五月二六日付書面を以て、ハ号物件についての差止を求める新請求をなしたが該申立書の目録には、ハ号物件として検乙第五号証の一~二と同一物の写真が添付されていた。しかしながら、控訴審裁判所から、写真では撮影角度等によつて物が違つて見える虞れがあり、物の特定として不適当であるとの指摘があり、上告人(控訴人)は昭和五六年七月九日付「訴の追加的変更の一部訂正の申立」と題する書面によつて右目録の前記写真を図面に変更した目録に訂正し、かつ右同日の弁論において前記検乙第五号証の一~二を提出した経緯がある。右変更後の目録に添付された図面は上告人(控訴人)が右検証物を忠実に模写したものであること、及び同検証物が前記訴の追加的変更の申立書添付の写真の物と同一物であること(特に「マンマール」と記載のあるその外箱も右写真に写つている)は一見して明らかである。従つて右検証物は上告人(控訴人)が、被上告人(被控訴人)においてハ号物件を製造販売している事実を立証するため提出した物であることは当事者双方にとつても、また客観的にみても明らかで、当事者において右検証物を上告人(控訴人)自身の製造に係る物であると陳述したということはありえない。
(なお、右同日の弁論において被控訴人は、検乙第五号証の一、二が自らの製造販売したものであることは認め乍ら、それが従来のイ号製品と異なるものでない旨、口頭で主張したので、控訴人は、検乙第二号証(従来のイ号製品)と検乙第五号証の一(ハ号製品)とを比較すれば前者と後者の乳首挿入孔の直径が異ること、後者の吸水紙には二重の同心円が刻されていることを指摘して、イ号と異る新しい金型でハ号製品が製造されているに違いない旨を口頭で陳述している。)
二、審理不尽による理由不備
前記のとおり、原判決は検乙第五号証の一~二が当事者のどちらが製造販売したものかを誤認するという誤りを犯したため、「被控訴人が……ハ号物件の製造、販売をしていることについては、これを認めるに足る証拠がない」とし、「その製造、販売等の事実を前提とする控訴人の右新請求は、その理由がない……」(判決理由二項、二〇丁表)として、進んでハ号物件の製造販売等が本件実用新案権に牴触するか否かの判断に立ち入ることなく上告人(控訴人)のハ号物件についての新請求を棄却してしまつている。
しかしながら、検乙第五号証の一~二を正しく被上告人(被控訴人)の製造販売する物であることを認識していれば、被上告人(被控訴人)がハ号物件の製造販売をしている事実は明らかに認められるのであるから、原判決はハ号物件の製造販売等が本件実用新案権に牴触するか否かの審理、判断をせざるを得ぬ筈であり、これを欠いた原判決には上告人(控訴人)の主張について審理を尽くさなかつたものでひいて理由不備の違法があり、民訴法三九五条一項六号により破棄を免れない。以上