最高裁判所第二小法廷 昭和58年(あ)1324号 決定 1989年1月23日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
一被告人A、同B、同C、同D、同E、同F、同G、同H、同I、及び同Jの弁護人K外五名の上告趣意について
所論は、判例違反をいう点を含め、その実質は事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、適法な上告理由に当たらない。
二被告人A及び同Cの弁護人K、同L、同Mの上告趣意について
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由に当たらない。
三被告人B、同I及び同Jの弁護人K、同Nの上告趣意について
1 被告人Bの自白調書に関する憲法違反の主張について
所論は、贈収賄事件に関する被告人Bの自白調書を証拠とするのは憲法三一条、三四条、三八条に違反するという。そこで検討するに、原判決の認定によれば、昭和四一年一二月二日当時、同被告人に対しては詐欺被告事件の勾留と恐喝被疑事件の勾留が競合していたが、同日は、担当検察官が余罪である贈収賄の事実を取り調べていたところ、同被告人は、午後四時二五分から四時四五分まで弁護人Pと接見した直後ころ、右贈収賄の事実を自白するに至ったものであり、また、同日以前には、一一月三〇日に弁護人Qと同Pが、一二月一日に弁護人Rと同Kがそれぞれ同被告人と接見していたというのである。他方、記録によれば、K弁護人は、一二月二日午後四時三〇分ころ同被告人との接見を求めたところ、担当検察官が取調中であることを理由にそれを拒んだため接見できず、その後同日午後八時五八分から五〇分間同被告人と接見したことが認められるものの、前記のように、右自白はP弁護人が接見した直後になされたものであるうえ、同日以前には弁護人四名が相前後して同被告人と接見し、K弁護人も前日に接見していたのであるから、接見交通権の制限を含めて検討しても、右自白の任意性に疑いがないとした原判断は相当と認められる。したがって、憲法違反をいう所論は、前提を欠き、適法な上告理由に当たらない。
2 その余の主張について
所論のうち、被告人I及び同Jの各自白調書に関して憲法三八条違反をいう点は、記録によれば、所論指摘の右各自白調書に任意性があるとした原判決は相当であるから、所論は前提を欠き、憲法三七条一項違反をいう点は、記録上認められる本件事案の内容、審理経過等に徴すれば、本件審理が著しく遅延したとは認められないから、所論は前提を欠き、判例違反をいう点は、原判決の認容に沿わない事実関係を前提とするものであり、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由に当たらない。
四被告人Bの弁護人Sの上告趣意について
所論は、憲法違反をいう点を含め、その実質は事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、適法な上告理由に当たらない。
五被告人D、同E、同F、同G及び同Hの弁護人Qの上告趣意について
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由に当たらない。
六被告人Eの弁護人T、同Uの上告趣意について
所論は、憲法違反、判例違反をいうが、その実質は単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由に当たらない。
七被告人Vの弁護人Kの上告趣意について
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由に当たらない。
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官藤島昭 裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官香川保一裁判官奥野久之)
《参考・第二審判決》
甲趣意書第一贈収賄関係事件総論第三節「検察官による違法な秘密交通権の妨害即防禦権の侵害」と題して最高裁判例違反・理由のくいちがい・事実誤認をいう控訴趣意について
所論は、要するに、三九年贈収賄事件につき、検察官は、本件捜査において、違法な接見拒否及び制限によって被告人Bの防禦権を実質的に侵害し、また、弁護人の固有の秘密交通権を妨害したもので、かように弁護権を侵害して得た同被告人の調書は無効であるのに、これを証拠に採用した原判決には、最高裁判例への違反、理由のくいちがいないしは判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある。すなわち、本件贈収賄事件並びに別件の一高下土地詐欺事件及び恐喝事件の捜査経過は前述のとおりであり、被告人Bがまだ贈収賄につき自供していない段階で、K弁護人は同被告人に接見を求めたのに、検察官により不法に接見を妨害されたが、その間検察官はその後に接見を申出たP弁護人には被告人Bに対する供述説得方を依頼して接見させ、その結果同被告人の全面自供の調書を作成したものであるから、公訴提起後は余罪につき捜査の必要ある場合でも検察官は被告事件の弁護人又は弁護人となろうとする者に対し刑訴法三九条三項の指定権を行使し得ないとする昭和四一年七月二六日最高裁第三小法廷決定の判例に反し、P弁護人に接見を許したことは、K弁護人に対し接見を拒否した瑕疵を治癒するものではなく、このことは、弁護制度の根本、弁護人の個別的弁護権という点からみて明らかであり、従って、右接見拒否の間或いはその後に作成された検面調書は何れも証拠能力を欠くものというべく、同被告人に対し昭和四一年一一月二八日なされたいわゆる一般指定は別件詐欺事件の公訴提起後のもので前記判例によると違法な指定権の行使であり、右違法は、その後弁護権を制限し防禦権を侵害した状況下での取調べによって作成された検面調書を無効とするものというべきである。次に、原判決は、検察官が事実上何回か弁護人に接見を許しているから、弁護人との接見交通権、弁護人の弁護権は実質的に侵害されたものではない旨説示するが、右判断は不当であり、防禦権行使の時期及び必要性は被告人及び弁護人の判断により定まるのであって、起訴後の接見は検察官の容喙を許さず、無制限であるだけでなく、裁判官も弁護権に対する実質的侵害の程度を判断できない筋合いであるから、原判決の説示は誤りである、というのである。
しかしながら、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果を合わせ検討しても、原審が被告人Bの捜査官調書に証拠能力を認めた点に所論のような理由のくいちがいないし事実誤認の疑いはいずれも認めることができず、所論中判例違反をいう点も、原判決は引用の判例の趣旨と相反する判断をしてはいないから、所論は理由がなく、原判決が、原判断第一、一、1、とくに(二)において被告人Bの捜査官調書の証拠能力について説示するところは、結論においては、おおむね相当として是認することができる。以下、説明を付加する。
原判決も説示するように、被告人Bの勾留関係記録、証人甲の原審証言等関係証拠を総合すると、取調主任である甲検事は、被告人Bを前示詐欺事件で起訴し、その勾留中に恐喝被疑事実でさらに逮捕・勾留したうえ、昭和四一年一一月二八日右恐喝被疑事件につき、刑訴法三九条三項に関するいわゆる一般指定を行い、同月三〇日に詐欺被告事件の弁護人Q、同Pに対し、同年一二月一日同R、同Kに対し、同月二日同P・同Kに対し、同月五日同Qに対し、それぞれ接見の日時、時間及び場所を指定した指定書を交付し、右弁護人らは、右各日時被告人Bと接見したことが認められる。また、同被告人が自白した一二月二日の取調状況は、関係証拠によると、甲検事が本件贈収賄事件につき被告人Bを取調べていたが、同被告人は自白するのを躊躇していたところ、P弁護人が午後四時二五分から四時四五分まで同被告人と接見し、その後同被告人は自白するに至った。ところで、甲検事は右取調中K弁護人が同被告人との接見を求めたの対しては、取調の必要があるものとして直ちには接見させず、同日午後九時からの接見時間を指定し、同弁護人は八時五八分から九時四八分まで被告人Bと接見したことが認められる。ところで、昭和四一年七月二六日最高裁第三小法廷決定(刑集二〇巻六号七二八頁)と昭和五五年四月二八日最高裁第一小法廷決定(刑事裁判集二一七号六八一頁)の趣旨とを合わせ考えると、前示のように被告人Bは、詐欺の事実により勾留中に起訴され、その後、引続いて恐喝被疑事実により再逮捕・勾留されて接見禁止中だったもので、右恐喝被疑事件に関し、いわゆる一般指定をすることには何ら問題はないが、贈収賄被疑事実についてはいまだ逮捕・勾留されていないのであるから、右恐喝についての勾留中にこれと並行して贈収賄の取調べを行うこと自体は許されるものの、その取調を理由として接見を拒否することはできないものというべきである。しかしながら、被告人BとK弁護人らとの接見交通に関し、検察官のとった措置に所論のような瑕疵があったとしても、これがため常に被疑者の供述の任意性を疑わしめその証拠能力を当然に失わしめるものではなく、その任意性の有無はその供述をした当時の情況に照らし判断すべきところ(昭和四一年一〇月六日最高裁第一小法廷決定・刑事裁判集一六一号二一頁、昭和四四年一二月二三日最高裁第三小法廷判決・刑事裁判集一七四号七五一頁参照)、本件においては前示のように当時四名の弁護人が相前後して同被告人と接見しており、とくに本件贈収賄事件の自白は、同被告人がその詐欺被告事件、恐喝等被疑事件の弁護人たるP弁護士と接見した直後になされたものであり、同被告人の詐欺被告事件の弁護人たるK弁護士がそのころ接見を求めたのにそれが許されなかった事実があるにせよ、同弁護人はその前日である一二月一日にも同被告人と接見しているのであり、しかも、同被告人が捜査官に自白した内容は贈収賄に関するものであって、以上のような同被告人と弁護人との接見交通状況、同被告人に対する捜査官の取調状況、同被告人の捜査官に対する自供内容、自供状況その他諸情況からみて、贈収賄事件の取調を理由として接見を拒否した検察官の措置に瑕疵があっても、同被告人の検面調書の任意性に疑いを挟む事情は認められないから、その任意性を肯定しその証拠能力を認めた原判決の判断は是認することができ、所論は失当というべきである。