最高裁判所第二小法廷 昭和59年(行ツ)267号 判決 1985年11月08日
大阪市生野区田島六丁目一四番一号
上告人
木林菊夫
右訴訟代理人弁護士
松本保三
太田全彦
長井勇雄
小林健二
小島新一
大阪市東成区東小橋二丁目一番七号
被上告人
東成税務署長
小森正視
右指定代理人
立花宣男
右当事者間の大阪高等裁判所昭和五八年(行コ)第三九号所得税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が昭和五九年五月三一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人松本保三、同太田全彦、同長井勇雄の上告理由及び上告代理人松本保三、同太田全彦、同長井勇雄、同小林健二、同小島新一の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審で主張しなかった事由に基づき若しくは独自の見解に立って原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 木下忠良 裁判官 大橋進 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎)
(昭和五九年(行ツ)第二六七号 上告人 木林菊夫)
上告代理人松本保三、同太田全彦、同長井勇雄の上告理由
一、原判決には次のとおり審理不尽ないし理由不備の違法がある。
二、上告人は原審の口頭弁論期日において「本件は永年訴外人の木林栄が酒類の小売免許を受けて飲食店を経営してきたもので」ある旨、請求原因事実につき第一審の主張を変更して主張した(原審裁判所宛の上告人作成の準備書面昭和五九年一月二六日付)。いいかえれば、第一審において「上告人は大衆酒場および酒類小売業を営む者である」と請求原因事実を主張し(第一審判決事実摘示参照)、被上告人は第一審において右の事実を認めている(同判決書中三請求原因に対する被告の認否の摘示事実参照)。そして、第一審判決は理由中で右原告の主張事実を争いない事実として証拠調をせず、上告人の酒類小売業の事実を認定している。
三、ところが、原審(第二審)において、上告人は酒類小売営業の経営者は訴外木林栄であって上告人でないことの主張をしているのである。
しかるに、原審は同準備書面を陳述し主張しているにもかかわらず、上告人の請求原因事実の変更につき全く判断をせず、第一審以来の主張事実を認定した上判断をしている。
原審が理由中で(最高裁昭和四〇年二月五日小法廷判決民集一九巻一号一〇六頁参照)法令判例の適用判断をしているのは右のように上告人の主張事実を何等証拠によって認定せず、上告人の主張しない架空の事実(争いなき事実として)により認定したもので、爾余の理由につき主張するまでもなく理由の不備があり、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
四、原審における上告人主張の事実中でのべた理由は、いずれも右事実の争いを認定すべく慎重な証拠調の手続を経なければならぬのに、ただ法令の解釈の点のみをたやすく思料して終結を争いだ。
少なくとも上告人本人も自己自身では酒類の小売販売はできず、家族の一人の妻が免許を受け経営しているのに、上告人自身が経営していたかのように錯覚していたもので、これを慎重に証拠調をして申立の変更につき第一審の証拠によらず、第二審(原審)の証拠調をした上、御審理願いたい。
五、本件は、原審において裁判所の周到な用意を期待さるべき事件であった。この際、上告審において軽く破棄自判のそしりを経ずに、原審に差戻をし、事実審たる最後の証拠調の機会を慎重にされるよう本件上告をするものである。
以上
上告代理上松本保三、同太田全彦、同長井勇雄、同小林健二、同小島新一の上告理由
第一、原判決には、以下述べる如く審理不尽ないし理由不備の違法があり、破棄を免れない。
上告人は原審において、第一審の主張に加えて「本件は永年訴外人の木林栄が酒類の小売免許を受けて飲食店を経営してきたもので」と、本件事業の所得の帰属者は名実ともに訴外木林栄であって上告人ではないこと、したがって、本件処分は誤って上告人に対してなされたものである趣旨の主張を行っており、これに対し被上告人はこれを争う主張を行っている。ところが、原審は上告人の右主張について何らの審理も行わず、全く判断をしないまま控訴棄却の判決をなした。
税務において、所得が何人に帰属し、何人が納税義務者であるかは、基本的に重要な事項である。
戦前から戦後一時期までにおける課税単位は「世帯」であったが、シャウブ勧告に基づく昭和二五年の税法改正により、課税は「個人」単位に改められた。すなわち、夫婦といえども、夫と妻はそれぞれ独立した課税単位とされ、夫婦間の贈与に対しても贈与税が課されるようになった。したがって、本件のように全く同一態様の事業につき、便宜的にあるときは夫、あるときは妻を所得の帰属者とすることは許されない。
上告人が、本件事業は訴外木林栄の事業であり、自分は所得の帰属者でない旨主張しているにもかかわらず、この重要な点について何らの審理もせず判断もしなかった原判決には、民事訴訟法第三九五条一項六号に定める審理不尽、理由不備の違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は当然破棄されるべきものである。
以下本件における所得の帰属者は上告人ではなく、訴外木林栄である事業について詳述する。
一、事業所得の帰属について、判例・通達は、事業の経営主体が誰であるか、または生計を主宰している者が誰であるかによって帰属をきめるべきものとしているが、具体的には次の諸点が総合的に判断されなければならない。
<1> 事業の経営に支配的影響力を有する者は誰か。
<2> 事業が官公庁の許認可に係る場合、許認可を受けた当事者は誰か。
<3> 事業用資産の占有者は誰か。
<4> 事業資金の調達を行っているのは誰か。
<5> 事業収益を享受し、その処分を行っているのは誰か。本件事業について、以上の諸点はどうかをみていくと以下述べる如く何れの点からみても本件事業は訴外木林栄のものであり、所得の帰属者は名実ともに訴外木林栄であることは明白である。
1. そもそも本件事業は出発点から訴外木林栄のものであった。すなわち、上告人は戦時応召を受け戦後復員したが体をこわしていて長らく病弱の身であった。そこで、訴外木林栄が生計をはかるため、戦後間もなく飲食店を営み、さらに酒類小売の免許を取得して商いをなし、夫である上告人を養ってきたのが本件事業のはじまりであった。つまり、沿革的にも本件事業は訴外木林栄の事業なのである。
2. 酒類小売の免許は、昭和二三年以降今日に至るまで一貫して訴外木林栄が受けている(甲第四〇号証の一、二)。また、本件事業中の塩小売についても昭和二三年以降今日まで、訴外木林栄が免許を受けている(甲第四〇号証の三)。
3. 飲食店営業の許可は、昭和二〇年一二月の今里店に対するものをはじめとして、阿部野店、天王寺ステーションビル店(以上三点が本件処分の対象時期に存在した)、アベノ地下センター店及び虹の町店のすべてについて、訴外木林栄に対しなされている(甲第四一号証の一~五)。
4. 本件処分の対象となった時期における店舗は三店であったが、その占有態様は次の通り、何れも訴外木林栄の所有不動産の自用、もしくは訴外木林栄の賃借した不動産を同人が占有使用していた。
(一) 今里店
訴外木林栄の所有する土地、建物を本件事業のため自用していた(甲第四二号証の一、二)。
(二) 阿部野店
訴外木林栄の所有する土地、建物を本件事業のため自用していた(甲第四三号証の一、二)。
(なお、土地については地番五九番四~七の四筆を所有し、自用しているが、何れも内容は同一であるので五九番五~七については書証の提出を略す。)
(三) 天王寺ステーションビル店
株式会社天王寺ステーションビルディング所有の建物を訴外木林栄が賃借して占有使用していた(甲第四四号証の一、二)。
5. 本件事業の資金は訴外木林栄が銀行口座を設けて(住友信託銀行今里支店、徳相互銀行)、管理、出し入れしていた(甲第四五号証)。
また、事業資金は、訴外木林栄が自己所有の不動産を担保に提供する等して、調達していた(甲第四三号証の一)。
6. 訴外木林栄は、本件事業の収益を享受した結果と、他からの資金の借り入れをあわせて漸次事業を拡大し、次々と不動産類も取得してきている。
3項で述べた今里店、阿部野店の土地建物の取得は何れも本件事業収益を享受した結果である。また、多額の保証金を積んで天王寺ステーションビル内に出店できたのも本件事業の収益を享受したからである。
本件処分対象時以後も訴外木林栄は以下述べる如く事業を拡大し、不動産を取得しているが、これらは何れも本件処分対象期間を含む本件事業の収益を享受し、その収益が蓄積され資産として化体したものである。
(一) 本社ビルの取得
昭和四五年に取得したもので、本社ビルとして使用するほか、本件事業の従業員宿舎兼貸ビルとしている(甲第四六号証)。
(二) アベノ橋地下センターへの出店
昭和四二年一二月大阪地下街株式会社所有建物の一部を賃借し、出店したものである。因みに入店保証金は壱千八百万円強であった(甲第四七号証)。
(三) ミナミ地下街への出店
昭和四四年八月ミナミ地下街株式会社所有建物の一部を賃借し、虹の町店として出店した。入店保証金は約一、一六〇万円であった(甲第四八号証)。
以上、本件事業は何れの点よりするも訴外木林栄のものであることは明白であり、所得の帰属者は名実ともに訴外木林栄であって、所得税法第一二条を適用する根拠は全く存しない。
二、前項で詳述した如く本件事業の態様は、出発から今日に至るまで訴外木林栄の事業として一貫して変るところがない。被上告人も本件処分の対象期間の前後の期間においては、訴外木林栄が申告納税したものをそのまま承認している。すなわち、本件処分の対象期間以外は訴外木林栄を所得の帰属者として認めている。以下その実情を明らかにする。
1. 本件事業は酒類小売と飲食店の二つの部門に分れていることは前述の通りである。昭和三五年からの一時期、阿部野店について上告人の事業として申告納税をなしたところ、被上告人は阿部野店の所得の帰属者は訴外木林栄であるとして、昭和三五年から昭和三八年までの間の上告人の申告をぜろに更正し(甲第二六、二七、二八、三九号証)、その部分について訴外木林栄の事業として同人に課税し直した。
なお、昭和三八年分については本件処分がさらに行われている。
2. 訴外木林栄は昭和三五~三七年の所得税の申告納税額について被上告人から更正を受け、これを争ったことがあるが、右訴訟(大阪地方裁判所昭和三九年(行ウ)第五五号事件)において、所得の帰属者は訴外木林栄であるか否かが一つの争点となり、被上告人は九点にわたる理由を挙げて、本件事業の所得はすべて訴外木林栄に帰属するものと認めた旨の主張を行った(甲第四九号証)。
3. 本件事業について、昭和四三、四四年の両年とも、すべて訴外木林栄が申告納税したが、被上告人は何の処分をなすことなく、そのまま認め確定している(甲第五〇号証の一、二)。
すなわち、本件処分の行われた昭和四二年に接着した直後の時期において、事業の態様が全く変りがない状態で被上告人は本件事業の所得の帰属者を訴外木林栄と認めて処理している。
4. 昭和四五年には、本件事業のうち飲食店部門について株式会社千隆を設立し、以後飲食店は同社の経営に移した。しかし、酒類小売部門については本件処分対象期間と全く同じく個人営業を続けており、昭和四五年以降今日まですべて訴外木林栄が申告納税している。この間、被上告人による税務調査も行われたが右の点について何の指摘もなく、何の処分もないまま確定している。つまり、本件処分では上告人が所得の実質的帰属者とされた酒類小売部門について、それ以前以後の何れの時期においても訴外木林栄が所得の帰属者として認められている(甲第五一号証の一~五)。
以上の如く、被上告人は事業の態様は一貫して全く変らないのに、本件処分対象期間のみは上告人が所得の実質的帰属者であるとし、その前後のすべてについて訴外木林栄を所得の帰属者と認定しているのである。被上告人が本件処分について上告人を所得の帰属者としたのは根拠が無く全くの誤りである。
三、その他の事情について
上告人は、昭和四〇~四二年分の税金について脱税があったとして刑事訴追を受け、有罪となった。
右刑事訴追を受けた際も、当初は訴外木林栄が犯則嫌疑者とされ、起訴の近くになって、上告人が嫌疑者と変更されるに至った経過がある。
右刑事訴訟において、上告人並びに訴外木林栄とも、本件事業はすべて上告人の事業である旨供述している。
訴追側が如何なる理由で、過程において嫌疑者を訴外木林栄から上告人に変更したのかは不明であるが、刑事訴追の場面で、妻が刑事罰を受けることは、家庭内における夫婦の情愛から上告人として到底忍び難いところであった。そのため、上告人はあえてこの変更を争わずに上告人が刑事罰を受けたものである。
右の如く、刑事訴追における「上告人が本件事業の所得の帰属者である」とする両名の供述は、家庭内における情愛に基づき、妻に対する刑事訴追を避けるためになされたものに過ぎず、真実を伝えるものではない。
真実は一、二項に述べた通り、本件事業の所得の帰属者は名実ともに訴外木林栄であることは明白である。
第二、原判決には、さらに、以下にのべるとおりの理由不備の違法があり破棄をまぬがれない。
一、本件では、上告人にたいし申告がなかったのに、突然に本件更正処分がなされた。これは、前提である申告を欠いている。ゆえに、重大かつ明白な瑕疵のある無効な処分である。国税通則法二四条には、更正処分は明白に申告を前提とするとしており、同法二五条には無申告のばあい、決定処分をなすべきものと明記されている。
二、しかし、原審は、第一審が、過少申告による更正処分のほうが、無申告による決定よりも納税義務者にとって、有利であるから上告人は、この違法を主張する法律上の利益を有しないとする判断を支持して上告人の控訴を排斥している。なお、原判決が引用する同旨の最高裁判所の判例が存するが、右判例は経済上の損得判断のみを優先させ、処分の適格性についての法律判断をなおざりにしたものであって、右判例は変更さるべきものである。
三、上告人は、法律上の利益論で本件を処理されては納得できないのである。上告人は、その法律上の利益を放棄したい。そして、法律にもとづく正規の決定を頂戴したいのである。そのために課税上、多少の不利がともなったとしても、やむをえないと考えているわけである。
四、よって、この理由により、原判決は破棄されなければならない。
第三、予備的主張
仮に、上告人のこれまでの主張がすべて容れられず、本件につき、所得の帰属者が木林栄ではなく上告人であるとしても、上告人は本件課税処分の違法性を看過した原判決につき、次の各理由により、その破棄を求めるものである。
一、原判決は、上告人の昭和三八年・同三九年の事業所得金額を算出するにつき、被上告人が財産増減法によらず、きわめて安易に、比率法による計算をなしたことを認容したものであり、原審は審理不尽、理由不備、立証についての釈明権不行使、採証法則違反等の違法をおかしたものであって原判決は破棄をまぬかれない。
(一) 被上告人は、上告人の昭和三八年・同三九年の事業所得の算出につき、昭和四〇年の所得率を乗じて、安易に推計してしまった。原審は、この点に関する被上告人の第一審における昭和五七年四月六日付準備書面の二、にかかげる理由を認容した。
(二) しかし、被上告人は、上告人の昭和三八年・同三九年における資産および負債の増減について、明確に把握していた事実がある。問題は、必要経費としての売上原価と一般経費の額についての資料がなかったとの口実のもとに実額計算を故意に避けたというところにある。
(三) この両年の実額計算は、必らずできたはずである。被上告人のこの両年についての経費等の調査はきわめてずさんで、たった一回だけ臨場し、短時間に調査したにすぎなかった。これでは必要な調査をつくしたとはいえない。もうすこし慎重な補足調査をしていれば、財産増減法による計算は十分可能であった。そして、重要なことは、この財産増減法で計算すれば、上告人の課税額は上告人主張のとおりであったということであって、この違法はきわめて重大である。
(四) 比率法によるにあたり、原審は、昭和四〇年の所得率を使用したが、この所得率は、後述するようにきわめて正確を欠いているものである。ゆえに、原審は、二重の違法をおかしたものといわなければならない。
(五) 原判決は、被上告人の前記のような措置を認めて、その主張を認容したものであって、原審は、審理不尽、理由不備の違法をおかしたものであり、かつ立証についての釈明権不行使、採証法則違反の違法をもおかしたものであって、原判決は破棄されるべきである。
二、原判決は事業主借勘定、簿外仕入れ、一般経費等を過少に計算し、その結果、上告人の総所得金額を過大に認定したものであって、審理不尽、理由不備の違法をおかしたほか、立証についての釈明権不行使、採証法則違反、経験則違反等の違法をもおかしたものであって、破棄をまぬかれない。
(一) 係争年度以前に、上告人が別口の資金を有していたことは明白である(甲第三二号証ないし甲第三四号証)。ただ、上告人は個人企業であるために、事業資金と、別口の資金とがかれこれ混流し、たとえば、株式投機用の資金が、飲食店営業用の資金に流れたりするいわゆるドンブリ勘定を余儀なくされてしまった。問題は、なぜそうなったかである。それは、甲第二〇号証の上告人の第二三回公判調書にも明白なとおり、昭和三七年にステーションビル店を開設したときの設備資金、保証金は借用金でまかなっていたところ、これが固定化してしまい、別口の資金を営業用資金に流用せざるをえなくなったという事情が、そのドンブリ勘定の動機になっていたということである。
(二) 別口の資金のうち、野村証券分については、被上告人はろくな調査もしなかった。このため、上告人の主張する事業主借勘定は、その一部を認められたにすぎなかった。この結果、古沢英二にたいする三回にわたる取引が否認され、一回のみしか認められないという結果をまねいた。しかも、古沢英二にたいする岡島嘉彦検事による調査はきわめて不完全、的ちがいであって、これでは、とうてい充分な調査をとげたとはいえない。原審においてもいまだ充分な追跡調査ができたのであるから、この怠慢はきわめて重大である。
(三) ともあれ、仮名預金に多額の入出不明金があること、仮名預金の入金高が被上告人計算にかかる売上除外額をうわまわっていること、増加資産のなかにその係争年度の事業収益ではまかないきれないとおもえる資産が相当にあること、という事情が本件には顕著である。これがまさしく別口の資金なのであって、これと対象年度の収益金とをごっちゃにされてはたまったものではない。事業主借勘定は、あくまでも「貸借勘定」なのであるから、この分を差引いてもらわなければ、正確な事業所得金額を算出できるはずがない。原判決は、この勘定分を売上げと同視してしまい、上告人の課税額を不当につりあげてしまうことに左担する結果となった。本件を簡略に分析すると、本件各処分額と申告額との差額は、すべて事業主借勘定に算入されなければならないということであって、それ以外にはない。
(四) なお、原審は一回しか取引がなかったとの古沢証言を容れている。しかし、古沢は、当時税務調査をうけており、刑事訴追のおそれさえ感じていた。そのような立場にある者はなるべくすくない回数の事犯を供述するのが人情である。また、原審は、古沢英二にたいする貸付金を資産勘定に計上しなかったことをとがめている。しかし、上告人が当時これを計上したがらなかったのも人情である。取引の事実があったかどうかは消しがたい問題であって、計上したかどうかとは別論のことである。これらの実情を無視した原判決には、経験則違反があると上告人は、考えるのである。
三、原判決は、仕入金額を過少に計上したことを認め、その結果本件各処分を認容したものであって、審理不尽、理由不備、立証についての釈明権不行使の違法をおかしたものであり、破棄をまぬかれない。
(一) 被上告人が上告人の売上金額を過大に計算した事情は、前項記載のとおりである。甲第二一号証の上告人の第二七回公判調書によると、被上告人は、仕入れ金額をかなり低額に計算し、損益計算上たかい差益率を出した。簿外仕入れ額についても被上告人は、上告人の計算と比較すると、金一八〇〇万円のひらきをみせていたという事情があった。
(二) 差益率は三二パーセント程度がふつうであって、それ以上の高率の差益が出るについては、当然に別口の資金が流れたとみなければ常識に反することになる。上告人は、甲第三四号証によっても明白なとおり、簿外仕入代金五〇〇四万一二三八円を別口の資金からまかなったのである。これにより期末資産は当然に増加した。ゆえに、売上金からこれを控除するのは当然のことのはずである。
(三) 原判決は、この計算を無視する違法をおかしたものである。
四、原判決は、アベノ店二階の売上金の二重計上を認容したものであり、これは、理由不備、立証についての釈明権不行使、採証法則違反等の違法をおかしたものであって、破棄をまぬかれない。
(一) 甲第三八号証の売上帳ノートは、四欄全部に、各店の売上額がおさまっている。上告人の第一審証拠調の結果によれば、右ノートの第一欄は、アベノ店一・二階の合計総売上金額が記載されており、第二欄は、うち二階の売上金額をピックアップしたもので、いわゆる内書きであった。
(二) しかし右金額は、甲第二〇号証の上告人の第二三回公判調書、上告人の第一審証拠調の結果によっても明白なとおり、不正確きわまりないものである。この記帳は、妻の栄が適当におこなっていたものである。したがって、この数字は、原審が指摘するとおり公表金額よりもすくないことがあったわけで、それは当然のなりゆきであった。要するに、このノートの金額はすべて不正確である。
(三) 右金額が不正確であることは明白である。この誤まった証拠を採用するかぎりアベノ店の売上がつねにステーションビル店の売上をうわまわることになる。これは、原審が二重計上を認めたからのことである。また、被上告人は、異常に高い差益率をもって計算したが、二重計上をするからこそ、このようなあやまった差益率を使用することになるのである。
原審は、このあやまった二重計上と差益率とを認容してしまった。原審の判断は、甲第二〇号証、甲第二三号証(上告人の当初の答え)、甲第二四号証、甲第三二号証、上告人の第一審証拠調の結果などを総合してみると明白なとおり、あきらかに事実と相違しており、不自然のそしりをまぬかれないばかりか、常識にも反するのである。
五、原判決は、酒小売の実際の売上金額は、公表帳簿のとおりであると認定したものであり、これは、審理不尽、理由不備の違法をおかしたものであって、破棄をまぬかれない。
(一) 昭和三八年・同三九年における上告人の酒類小売の売上金額は、第一審判決の別紙第三の(一)・(二)記載金額の一〇分の一の金額であった。
(二) このことは、甲第二四号証の上告人の 面調書、上告人の第一審証拠調の結果によっても明白なところである。すなわち、上告人がなぜ、実際の売上額の一〇倍に及ぶ売上げを計上したかというと、酒類販売免許の返上をせまられるおそれが多分にあったこと、酒販組合にこのことを されるおそれがあったこと、また、現実問題として、一杯のみ屋に主力をおいたために、一般むきの売込みがすくなくなり、人手不足も手つだったことなどから、きわめて不体裁になってきたこと、などの各諸事情があったからである。
(三) これら事情をふまえると、どうしても販売実績を仮装せざるをえなくなる。そして、上告人は、現実に、原審が認容した公表金額が現実の売上額だったといわざるをえなかったのである。しかし、現在となっては、真実にもとづき課税していただかなければならない。そのためには、どうしても真実の売上額をもとにして算出していただくよりほかはないわけである。
六、原判決は、上告人の昭和四〇年の「所得率」を二一・〇八パーセントであると認めており、これにもとづいて上告人の昭和三八年・同三九年の事業所得を算出するという違法をおかしたものであるから審理不尽、理由不備の違法があり、破棄をまぬかれない。
(一) 上告人の主張の事業主借勘定、売上高の減額、経費等の増額計上を、原審が認容してくれれば、必然的に昭和四〇年の所得率は、より以上に低率となるはずであり、比率法によっても、上告人の昭和三八年・同三九年の事業所得は、上告人主張の金額に合致するはずである。
(二) 原審は、前項につき、充分な審理をつくさず、また、昭和四〇年の所得率についても合理的な説明を付さないまま、被上告人の主張を認容した違法をおかした。
七、(結語)
以上のとおり、原審は、本件課税処分を認容したことにつき、多くの違法をおかしたものであり、原判決はすべて破棄されるべきである。 以上