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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(あ)944号 決定 1988年9月16日

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中三〇〇日を本刑に算入する。

理由

被告人本人の上告趣意のうち、捜査手続及び違法収集証拠の採用の各違憲をいう点は、証拠の証拠能力に関する原判決の判断を論難する実質単なる法令違反、事実誤認の主張に帰するものであり、憲法三八条一項違反をいう点は、所論の自白調書の任意性を疑わせる証跡は認められないから前提を欠き、憲法三七条二項違反をいう点は、実質単なる法令違反の主張であり、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、すべて適法な上告理由に当たらない。弁護人二瓶廣志の上告趣意のうち、捜査手続及び違法収集証拠の採用の各違憲をいう点が実質単なる法令違反、事実誤認の主張であり、憲法三八条違反をいう点が前提を欠くことは、前同様であり、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、すべて適法な上告理由に当たらない。

本件覚せい剤等の証拠物並びに覚せい剤及び尿に関する各鑑定書を違法収集証拠として排除すべきであるとする所論にかんがみ、以下職権により検討する。

一原判決の是認する一審判決の認定によれば、次の経過が認められる。

(1)  昭和六一年六月一四日午前一時ころ、警視庁第二自動車警ら隊所属の宮澤巡査部長と福田巡査が東京都台東区内の通称浅草国際通りをパトカーで警ら中、暗い路地から出て来た一見暴力団員風の被告人を発見し、宮澤巡査部長がパトカーを降りて被告人に近づいて見ると、覚せい剤常用者特有の顔つきをしていたことから、覚せい剤使用の疑いを抱き、職務質問をすべく声をかけたところ、被告人が返答をせずに反転して逃げ出したため、被告人を停止すべく追跡した。(2)途中から応援に駆けつけた付近の交番の洞ケ瀬巡査と那須巡査らも加わって追跡し、被告人が自ら転倒したところに追いつき、福田巡査を加えた四名の警察官が、その場で暴れる被告人を取り押さえ、凶器所持の有無を確かめるべく、着衣の所持品検査を行ったが、凶器等は発見されなかった。(3) そのころ、多くの野次馬が集まってきたため、宮澤巡査部長は、その場で職務質問を続けるのが適当でないと判断し、取り押さえている被告人に対し、車で二、三分の距離にある最寄りの浅草署へ同行するよう求めたが、被告人が片手をパトカーの屋根上に、片手をドアガラスの上に置き、突っ張るような状態で乗車を拒むので、説得したところ、被告人は、渋々ながら手の力を抜いて後部座席に自ら乗車した。(4) その際、被告人の動静を近くから注視していた宮澤巡査部長は、被告人が紙包みを路上に落とすのを現認し、被告人にこれを示したが、同人が知らない旨答えたため、中味を見分したところ、覚せい剤様のものを発見し、それまでの捜査経験からそれが覚せい剤であると判断して、そのまま保管した。(5) 被告人が乗車後も肩をゆすり、腕を振るなどして暴れるため、警察官が両側から被告人の手首を握るなどして制止する状態のまま浅草署に到着し、両側から抱えるような状態で同署四階の保安係の部屋まで被告人を同行した。(6)同室では、被告人の態度も落ち着いてきたため、宮澤巡査部長が職務質問に当たり、被告人の氏名、生年月日等を尋ねたところ、被告人が着衣のポケットから自ら身体障害者手帳等を取り出して机の上に置き、次いで所持品検査を求めると、被告人がふてくされた態度で上衣を脱いで投げ出したので、所持品検査についての黙示の承諾があったものと判断し、宮澤巡査部長が右上衣を調べ、福田、那須の両巡査が被告人の着衣の上から触れるようにして所持品検査をするうち、外部から見て被告人の左足首付近の靴下の部分が脹らんでいるのを見つけ、そのまま中のものを取り出して確認したところ、覚せい剤様のもの一包みや注射器、注射針等が発見された。(7) 右(4)及び(6)の覚せい剤様のものの試薬検査を実施したところ、覚せい剤特有の反応が出たため、同日午前一時二〇分ころ、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕するとともに、右覚せい剤二包みと注射器等を差し押さえた。(8) その後、被告人に排尿とその尿の提出を求めたところ、被告人は当初弁護人の立ち会いを求めるなどして応じなかったが、警察官から説得され、納得して任意に尿を出し提出したため、右尿を領置した。

二以上の経過に即して、警察官の捜査活動の適否についてみるに、右(3)及び(5)の浅草署への被告人の同行は、被告人が渋々ながら手の力を抜いて後部座席に自ら乗車した点をいかに解しても、その前後の被告人の抵抗状況に徴すれば、同行について承諾があったものとは認められない。次に、浅草署での(6)の所持品検査(以下、「本件所持品検査」という。)についても、被告人がふてくされた態度で上衣を脱いで投げ出したからといって、被告人がその意思に反して警察署に連行されたことなどを考えれば、黙示の承諾があったものとは認められない。本件所持品検査は、被告人の承諾なく、かつ、違法な連行の影響下でそれを直接利用してなされたものであり、しかもその態様が被告人の左足首付近の靴下の脹らんだ部分から当該物件を取り出したものであることからすれば、違法な所持品検査といわざるを得ない。次に(8)の採尿手続自体は、被告人の承諾があったと認められるが、前記一連の違法な手続によりもたらされた状態を直接利用して、これに引き続いて行われたものであるから、違法性を帯びるものと評価せざるを得ない(最高裁昭和六〇年(あ)第四二七号同六一年四月二五日第二小法廷判決・刑集四〇巻三号二一五頁参照)。

三所持品検査及び採尿手続が違法であると認められる場合であっても、違法手続によって得られた証拠の証拠能力が直ちに否定されると解すべきではなく、その違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるときに、その証拠能力が否定されるというべきである(最高裁昭和五一年(あ)第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決・刑集三二巻六号一六七二頁参照)。

これを本件についてみると、職務質問の要件が存在し、所持品検査の必要性と緊急性とが認められること、宮澤巡査部長は、その捜査経験から被告人が落とした紙包みの中味が覚せい剤であると判断したのであり、被告人のそれまでの行動、態度等の具体的な状況からすれば、実質的には、この時点で被告人を右覚せい剤所持の現行犯人として逮捕するか、少なくとも緊急逮捕することが許されたといえるのであるから、警察官において、法の執行方法の選択ないし捜査の手順を誤ったものにすぎず、法規からの逸脱の程度が実質的に大きいとはいえないこと、警察官らの有形力の行使には暴力的な点がなく、被告人の抵抗を排するためにやむを得ずとられた措置であること、警察官において令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとはいえないこと、採尿手続自体は、何らの強制も加えられることなく、被告人の自由な意思での応諾に基づいて行われていることなどの事情が認められる。これらの点に徴すると、本件所持品検査及び採尿手続の違法は、未だ重大であるとはいえず、右手続により得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、右証拠の証拠能力を肯定することができる。なお、右(4)の被告人が落とした覚せい剤の差押手続には、何ら違法な点はないのであるから、その証拠能力を肯定することができる。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書、刑法二一条により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官島谷六郎、同奥野久之の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官島谷六郎の反対意見は、次のとおりである。

私は、本件所持品検査及び採尿手続により得られた証拠の証拠能力を肯定する多数意見には、賛成することができない。

本件は、被告人をその意に反して警察署に連行したうえ、被告人をその支配下に置いた状況を直接利用して、違法な所持品検査を行い、引き続き一連の行為として違法と評価される採尿手続により尿を提出させたという事案であって、最も典型的な違法捜査というべきものである。特に、警察署への意に反する本件連行は、いかに被告人が抵抗していたからとはいえ、警察官職務執行法二条三項によって厳に禁じられているところであり、まさに逮捕に類するものというべきであって、その違法性はまことに重大である。このように違法な連行に引き続き、かつ、これを直接利用してなされた本件所持品検査及び採尿手続の違法も重大なものといわなければならない。かかる態様の捜査について、単にこれを違法とするだけで、その結果得られた証拠の証拠能力を認めることは、違法な捜査を抑制するという見地からして、相当ではない。けだし、このような違法捜査は、警察官において職務熱心の余り偶々なされる類のものであるとしても、なお構造的に再発する危険をはらむ事象であるから、警察官職務執行法二条三項は、そのきっかけとなる警察署への意に反する連行を例外を許さず禁じているのである。したがって、本件のような違法収集証拠の証拠能力を否定することが、かかる違法捜査を抑制する上で肝要であるといわざるをえない。

多数意見が証拠能力を肯定する根拠として挙げている点のうち、本件を捜査手順の誤りとする前提として、(4)の時点において、被告人が落した紙包みの中味が覚せい剤であり、これを所持する被告人を現行犯逮捕又は緊急逮捕することが許されたとする点については、疑問がある。すなわち、覚せい剤であることの確認について、もとより必ず予試験の実施が必要である訳ではないが、判例等において、予試験を経ずに覚せい剤であると確認しうるとされた事案を見れば、例えば、身近に注射器等が散在するといったより具体的に覚せい剤の所持を疑わせる客観的状況が認められる場合であって、本件程度の状況で現行犯逮捕ないし緊急逮捕が許されるとなしうるか疑問が残るといわざるをえない。そうであるからこそ、宮澤巡査部長もその時点での逮捕に踏み切らなかったのであって、これを単なる捜査手順の誤りとみるのは、相当でない。また、現に捜査実務ではより慎重を期して予試験による結果を待って、覚せい剤であることの確認を得て、現行犯逮捕に移っているのが一般であると思われるから、多数意見のような判断は、この妥当な実務の扱いを弛緩させるおそれがあり、問題である。なお、少なくとも浅草署に到着した時点で、所持品検査に先立ち、被告人が落した紙包みの中味についての予試験をして、それが覚せい剤であることを確認しておれば、現行犯逮捕が許されたのであるから、これをせずに所持品検査を行った点を捉えて、単なる捜査手順の誤りに過ぎないとする見方もあるかも知れないが、こう解したとしても、それ以前には逮捕が許されなかったことには変わりがないから、それに先立つ連行の違法の重大性を拭い去ることはできないというべきである。その他多数意見が挙げる諸点を考慮しても、本件連行とそれに引き続く所持品検査及び採尿手続には令状主義の精神を没却するような重大な違法があるといわざるをえず、本件証拠を証拠として許容することは、将来における違法な捜査の抑制の見地から相当でなく、その証拠能力は否定されるべきである。よって、本件証拠の証拠能力を肯定した原判決は、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

裁判官奥野久之は、裁判官島谷六郎の反対意見に同調する。

(裁判長裁判官島谷六郎 裁判官牧圭次 裁判官藤島昭 裁判官香川保一 裁判官奥野久之)

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