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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(オ)754号 判決 1991年9月13日

上告人

池田康宏

右訴訟代理人弁護士

東幸生

被上告人

検事総長

筧榮一

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人東幸生の上告理由について

上告人の訴えは、亡松本二郎こと文子花(以下「松本」という。)が昭和三三年二月二二日に東大阪市長(当時布施市長)に対する届出によってした上告人に対する認知(以下「本件認知」という。)の無効確認を求めるものであるが、原審は、(一)本件訴えについては、法例(平成元年法律第二七号による改正前のもの。以下同じ。)一八条一項により、認知者である松本の本国法としては大韓民国の法律が適用され、被認知者である上告人の本国法としては我が国の法律が適用される、(二)大韓民国の認知に関する法律としては、同国民法(一九五八年法律第四七一号)八六二条、八六四条が本件に遡及的に適用されるが、同条によれば、被認知者は、認知の効力を争うには、認知の申告があることを知った日又は被認知者が認知者の死亡を知った日から一年内に認知に対する異議の訴えを提起しなければならない、(三)大韓民国民法における右の出訴期間の制限は、認知者及び被認知者の双方に適用される要件であるから、上告人が本件認知を知った日及び松本の死亡(昭和五〇年一一月二三日)を知った日からいずれも一年を経過した後に提起されたことが明らかな本件訴えは不適法である、と判断して、本件訴えを却下した第一審判決を正当として、上告人の控訴を棄却している。

しかしながら、原審の右(一)及び(二)の判断は正当であるが、(三)の判断は首肯することができない。その理由は次のとおりである。

法例一八条一項は、認知の要件につき、父又は母(以下「認知者」という。)に関しては認知の当時の認知者の属する国の法律によりこれを定め、子(以下「被認知者」という。)に関しては認知の当時の被認知者の属する国の法律によりこれを定める旨を規定しているが、同条は、国籍を異にする認知者と被認知者との間の身分関係を肯定するのに確実を期するとともに、不確実な身分関係を排除するため、認知者及び被認知者のそれぞの本国法によって認知の要件を具備する場合に認知の効力を肯定することができるものとした規定であると解すべきである。したがって、認知者及び被認知者の各本国法の規定する認知の有効要件が異なる場合には、一方の本国法によって認知が有効とされるだけでは足りず、他方の本国法によっても認知が有効とされるときに、初めて認知の効力を肯定することができ、認知者及び被認知者の各本国法の規定する認知の無効要件が異なる場合には、一方の本国法によって認知が無効とされるときは、他方の本国法によって認知が無効とされないときであってもなお、認知の効力を否定することができるというべきである。

そして、右のような法例一八条一項の趣旨にかんがみれば、子が父に対して認知を求めるにつき、出訴期間の制限がある場合には、父又は子の一方の本国法の規定する出訴期間を徒過していれば、当該認知を求める訴えは不適法として却下を免れないが(最高裁昭和五〇年(オ)第九三号同年六月二七日第二小法廷判決・裁判集民事一一五号一六一頁参照)、子が父に対して父がした認知の無効確認を求めるにつき、出訴期間の制限がある場合には、父及び子の双方の本国法の規定する出訴期間を徒過していない限り、当該認知の無効確認を求める訴えを適法として、認知の効力の有無を判断すべきものである。

これを本件についてみるに、上告人の訴えは、大韓民国の国籍を有する亡松本が日本国の国籍を有する上告人に対してした本件認知の無効確認を求めるものであるところ、亡松本の本国法である大韓民国民法八六二条、八六四条によれば、本件訴えは同条の規定する出訴期間を徒過しているため、本件認知の効力を争うことはできないが、上告人の本国法である我が国の法律によれば、なお本件認知の効力を争い得るものと解されるのであるから、本件訴えはこれを不適法として却下すべきものではなく、本件認知の効力の有無について進んで本案判断をすべきものであったといわなければならない。

右と異なる原審の前記判断は法例一八条一項の解釈適用を誤った違法があり、その違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、第一審判決は取り消されるべきである。

よって、本件を第一審に差し戻すこととして、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平 裁判官大西勝也)

上告代理人東幸生の上告理由

原判決及び同判決が引用する第一審判決(以下単に原判決という)は、本件事件につき、上告人の真実の父親が亡松本二郎(韓国名文子花)ではなく、訴外池田政夫であること、及び、上告人の本件認知を受けた時の国籍は日本国籍で、亡松本の本件認知時の国籍は朝鮮(現大韓民国)であることを適法に認定しながら、本件認知無効確認請求を却下したが、右却下判決に至った認定の過程については、次に述べるように法令の解釈適用を誤った違法があり、この結果は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、破棄を免れない。

第一点 原判決は、頭書の事実認定を前提として、認知当時に父の本国法として大韓民国新民法(一九五八年二月二三日法律第四七一号)を適用しているが、本件には日本旧民法が適用されるべきであり、日本旧民法によれば、無効主張につき除斥期間がないから本件認知無効請求は認容されるべきである。以下その理由を詳述する。

一、亡松本は、昭和三三年二月二二日、上告人を認知した。しかし、この認知は、亡松本と上告人との間に事実上の血縁関係がなかったのであるから、認知当時の子の本国法たる日本民法によれば無効であり、その無効主張には期間の制限がなかった。そこで、父の本国たる朝鮮(現大韓民国)では亡松本の認知当時、かような事実上の血縁関係のない当時者間の認知の効力をいかに処理していたかが、ここでの問題である。

原判決は、右認知当時、朝鮮では朝鮮民事令に基づいて日本旧民法が適用されていたとしながら、その後に成立した大韓民国新民法の附則二条が旧法に「特別規定」ない限り遡及効を認めていることから、「特別規定」の有無を吟味し、「特別規定」がないことを認定して、大韓民国新民法を適用した。この原判決の判断の前提には、認知後に制定された事後法に遡及効が規定されている場合、認知の要件について適用される父の本国法は、その事後法の解釈に委ねられるとの判断があるものと思われる。しかし、この前提は、法例一八条一項が、認知に関する父の本国法の決定時点を「認知当時」と定めて、不変更主義を採用していることに明らかに反する。原判決のように、事後法に遡及効が定められている場合に、事後法が適用される(少なくとも適用が吟味される)とすると、適用されるべき本国法の内容は、事後法の内容により次々変更され、法例が、認知は婚姻外の親子関係を成立させるものであるからその要件が親子関係成立の時に存しなければならないとして親子の本国法につき不変更主義を採った趣旨が没却されるからである。

又、仮に事後法に遡及効の規定がある場合には、事後法の適用が吟味されるというのであれば、折角、認知が無効であるから、いつでも無効主張出来ると信頼していた一方当事者は、国籍が異なる相手方当事者の実体法の変更に絶えず注意を向けて置かねばならなくなり、これは後述の法例一八条一項の配分的適用主義の求めた立法趣旨とも矛盾することとなる(この点については改めて後述する)。

そうすると、本件事案については、父の本国法は、朝鮮民事令一一条一項により、結局日本旧民法が適用されることになり、日本旧民法では事実上の血縁関係のない当事者間の認知の効力については、無効でかつ無効主張の期間について制限を設けていないものと考えられるから、本件認知無効請求は適法であると考えられるのである。

二、仮に、前項の解釈が許されないものとしても、大韓民国新民法附則二条但書には「既に旧法によって生じた効力に影響を及ぼさない」との定めがあり、右但書の「旧法」である日本旧民法上、事実上の血縁関係のない当事者間の認知は、無効主張の期間に制限がないという意味で絶対的無効であったのであるから、この絶対的無効という効力は、旧法によって既に生じた効力として、仮に本件に大韓民国新民法が適用されるとしても、これによってこの効力は覆らないものと考えるべきである。

そうでないと、行為当時に絶対的無効であるとして当事者の特段の行為なしに無効であった行為が、無効主張期間の制限がある無効(結果的には取消しうる行為としたのと大差なくなる)に転化して、当事者の特段の行為(本件のような認知無効請求や親子関係不存在確認請求など)を一定期間内に要求することになり、右但書が除去しようとした不都合な事態(本件はまさしくかような不都合な事態である)を発生させることとなるからである。

よって、仮に大韓民国新民法の適用の有無が吟味されあるいは同法が本件に適用されるとしても、同法附則二条但書により、上告人の認知無効請求は許されると解される。

第二点 本件につき、大韓民国新民法が適用されるとしても、法例一八条一項の解釈として、本件認知無効請求の主張は許されるべきである。以下その理由を詳述する。

一、原判決は、本件につき、法例一八条一項の解釈として、子の本国法である日本民法が無効主張の期間につき制限がないにも拘わらず、父の本国法たる韓国新民法に無効主張の期間に制限があることから、本件認知無効主張は、韓国新民法の無効主張の制限規定により許されないものと判断したようである。しかし、この解釈は、以下詳細に述べるように、法例一八条一項がいわゆる配分的適用主義を採用した趣旨を没却している。

なぜなら、そもそも、認知の要件についての準拠法の決定につき、父(又は母)の属人法主義、子の属人法主義、及び双方の属人法の配分的適用主義が概念的に考えられるところ、わが国の法例一八条一項が、「その父又は母に関しては認知の当時父又は母の属する国の法律に依りてこれを定め、その子に関しては認知の当時子の属する国の法律に依りてこれを定む」と規定し、父(又は母)と子の本国法の配分的適用主義を採用している趣旨は、認知の要件が認知者と被認知者の両者の身分に重大な利害があり、かつそれぞれの本国の公益に密接な関係があることから、国際私法上の当事者利益を尊重することにあるからである(築摩書房刊現代法学全集第四七巻「国際私法」山田鐐一著三九九頁、有斐閣刊法律学全集第六〇巻「国際私法(各論)」折茂豊著三三七頁御参照)。つまり、認知という制度は、事実上の血縁関係を有する親子の間で、両者間に法的な親子関係を発生させる行為で、両者を親子としての権利義務関係で結びつける行為であるから、法例一八条一項は、子の利益及び親の利益ないしは親を中心とする夫婦共同体の利益を合わせて擁護するため、両者の利益が共に擁護されない限り、仮に一方の利益は擁護される場合であっても認知の効力を否定し、両者を権利義務で縛ることをしないでおこうとの趣旨であるからである。この立法趣旨については、法例一八条一項が配分的適用主義を採用した結果、現行法例では、認知につき親と子の本国法を重畳的に適用することとなり、「その成立が困難となるきらいがある」(学陽書房刊「法例コンメンタール」杉林信義編著、一五八頁御参照)との立法論的批判もなされているのである。

二、ところで、本件認知無効請求事件では、亡松本と上告人との間には、事実上の血縁関係がないのであるから、子の本国法からも、又、父の本国法である大韓民国新民法(同法が適用されることが不当なことは既に述べた)からも、本件認知は明らかに無効である(弘文堂刊「新版韓国親族相続法」權逸著一一八頁御参照)。ただ異なるのは、認知の無効につき子の本国法がその無効主張につき期間制限を設けていないにも拘わらず、父の本国法である大韓民国新民法は、八六二条、八六四条及び八六五条二項において「認知の申告があったことを知った時」「父の死亡を知った時」「当事者の一方の死亡を知った時」からそれぞれ一年の除斥期間を設けている点である。

かように父と子の本国法が認知の無効主張につき、立場を異にしている場合の法例一八条一項の解釈について、原判決は、慎重な考慮もなく父の本国法によれば、本件認知無効の訴えは出訴期間を徒過しているとして訴えを却下した。これは、子の本国法上は認められぬ無効な認知を父の本国法によって瑕疵の治癒を認めたものである。

しかしこの考え方は、前述の法例一八条一項の趣旨に明らかに反している。なぜなら、そもそも本件認知では瑕疵が非常に重大であったため、父子いずれの本国法でも無効であったものを、父の本国法が無効主張を制限していることから、結果的に有効なものとしているからである。つまり、子の利益を無視してまで僣称する父と子とを権利義務で結びつけてしまっているからである。

法例一八条一項は、事実上の親と子を親子の権利義務関係で結びつけることに対して、非常に慎重な態度を取っているのに、原判決は却って、極めて瑕疵が著しい認知を有効なものとしてしまったのである。しかし、認知の無効・取消の問題は、認知の効力をはじめから発生させないかどうかの問題であり、かつ無効と取消の差異は相対的なものにすぎないから、認知の無効・取消の問題は、まさしく認知を認めることとは裏腹の関係にあるのである。従って、父と子の両者を権利義務の鎖で縛ることに慎重な態度をとることは、逆に、両者を結ぶ見せかけの権利義務の鎖をはずすことに大胆でなければならないのである。

しかるに原判決は、この点につき、戸籍上の父と子の見せかけの権利義務の鎖をはずすことに極めて慎重な態度を取った。しかも、前述のように、無効主張を制限した父の本国法(大韓民国新民法)は、本件認知当時、全く存在しなかったもので、認知当時全く知り得なかった事後法によって、子の利益は全く無視される結果となったのである。原判決は、明らかに法例一八条一項の意図した結果と反対の結果を是認しているのである。

三、配分的適用主義をとる我国の認知法制の下での認知の無効・取消の準拠法の問題は、同じく配分的適用主義を採用した法例一三条一項の婚姻についての無効・取消の問題と同一になるはずである(前記の現代法学全集「国際私法」四〇〇頁はこれを明言している)。それでは、婚姻の無効・取消について、学説はいかなる解釈を採っているのであろうか。前記の現代法学全集の三四六頁以下は、「……婚姻の実質的成立要件を欠く婚姻が有効であるか、無効であるか、取り消しうるべきものであるか、取り消しうるべきものとすれば取消権の行使、除斥期間、遡及効の問題等はすべて各当事者の本国法による。当事者の一方の本国法によれば一定の要件を欠く結果無効である場合には、他方の本国法がこれを有効または単に取り消しうるべきものとする場合においても、その婚姻は無効である。また当事者の一方の本国法によれば取り消しうるべき婚姻である場合には、他方の本国法上有効な婚姻であっても、取り消しうるべき婚姻である。」との解釈を示し、前記の法律学全集の二三〇頁以下も、「……かくて、たとえば、さような欠缺によって婚姻が無効となるか取消しうるべきものとなるか、かかる無効または取消はいかなるものによって主張されうるか、取消権の存続期間如何、取消の遡及効の有無などといった諸問題は、いずれも要件の欠缺をみる当事者の本国法にしたがって解決せられるべきこととなる。当事者の双方につき、それぞれの本国法上要件の欠缺がみられる場合においては、そうした二つの本国法のうち、当該の欠缺にたいしてより厳重な効果をみとめるものの方が基準とせられるべきこととなろう。」との解釈を示しているのである。又、判例も下級審ではあるが、米国人(ペンシルバニア州)男と韓国人女間の重婚を原因とする婚姻無効、取消事件において、前者の本国法では無効原因とされ、後者の本国法では取消原因とされて各本国法において婚姻の成否につき差異ある場合に、国際私法の原則により婚姻の効力をより否定する法によって決するべきであるとしているのである(東京家裁昭和四三年四月二五日審判(家裁月報二〇巻一〇号九一頁御参照)(いずれも傍線は上告人訴訟代理人)。

ここに見られる思想は明らかに、婚姻の無効・取消につき両当事者の本国法が異なった扱いをしている場合には、より両当事者を権利義務の鎖で結び付けるに慎重な方の法に従うべきであるとの思想である。この思想に従うならば、当該婚姻が両当事者いずれの本国法でも無効となる場合においても、各々の本国法が無効主張の時間的制限に差異ある場合には、より無効主張が認められる方の本国法が適用されることとならねばならない。

そして、認知の無効・取消の準拠法の問題が婚姻の無効・取消の準拠法の問題と同列に扱われるのであるなら、本件の問題についても、日本法によって無効主張の期間について制限がないのであるから、例え大韓民国新民法によって、無効主張の期間について制限があったとしても、法例一八条一項の定めによって、日本法を適用する結果、無効を主張し得ることとなるのである。

四、最後に、原判決によれば、見ず知らずの外国人に認知を受けた日本人は、日本法に則って、その認知の効力を考えるだけでなく、当該外国人の本国法でかような認知がいかに処理されているかを調査、判断しなければならず、しかも、当該外国法がかような認知の効力を否定しているからといって安心は出来ず、その後に相手国において、かような認知の無効主張につき、これを制限する事後法が制定されていないかまで引続き注意を向けていなければならなくなる。しかも、かような継続的な注視が困難なら、無効な認知がなされたことを発見した場合は直ちに、真実に反する認知の外形を払拭する措置をとらねばならず、それでも救済されぬ例外的場合にのみ法例三〇条の救済を求め得ることとなる。しかし、かような結果が、社会通念に反することは言うまでもない。

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