最高裁判所第二小法廷 昭和62年(行ツ)18号 判決 1987年7月10日
神奈川県小田原市早川一三七五番地の四一
上告人
宗教法人大元密教本部
右代表者代表役員
作田勉
右訴訟代理人弁護士
信部高雄
田頭忠
熊井一元
神奈川県小田原市荻窪四四〇番地
被告上告人
小田原税務署長
小尾利邦
右指定代理人
植田和男
右当事者間の東京高等裁判所昭和六〇年(行コ)第五九号法人税更正請求棄却処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六一年一一月一一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人代理人信部高雄、同田頭忠、同熊井一元の上告理由について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解せず又は独自の見解を前提として原判決を論難するものであって、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島谷六郎 裁判官 牧圭次 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 林藤之輔)
(昭和六二年(行ツ)第一八号 上告人 宗教法人大元密教本部)
上告人代理人信部高雄、同田頭忠、同熊井一元の上告理由
第一 原判決は、国税通則法二三条一項二項の解釈適用を誤っており、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。
原判決は、国税通則法二三条の更正の請求は、手続要件を定めただけにとどまり、実体的要件は法人税法によるとし、同法の更正処理基準ないし権利確定主義を以て、更正の請求を否定する。
しかしながら右通則法二三条は、更正の請求の基本的且つ通則的事項を定めたもので実体的要件をも規定していることはいうをまたない。
そもそも更正の請求は、公平原則に基づく税額の遡及調整であり納税者救済の強行法規である。その更正の請求が、単に徴税のための解釈技術にすぎない権利確定主義や、また単に事実たる慣習にすぎない公正処理基準によって左右される理由は全くない。
以下詳説する。
(原判決の要旨)
一、 原判決は第一審判決を全面的に引用するが、その第一審判決は次のように判示する。
先ず、本件解除によって右計算の基礎となった本件売買契約が遡ってその効力を失うことになるから、本件解除を原因とする本件売買に基づく所有権移転登記の抹消登記の訴もまた、右計算の基礎となった事実に関する訴に当たるとし、右認容判決が確定し期間内に本件更正の請求がなされているから通則法二三条二項一号の要件を満たしていると認定する(二五葉表七行目以下)。
然るに、つづいて次のように、理解し難い倫理を展開する。
(1) 通則法は更正の請求について手続に関して定めているにとどまり、実体的要件については法人税法などが定めているのであって通則法の関知するところではない。税額の過大などの実体的要件は各租税実体法の定めるところによる(二六葉表一行目以下)。
(2) 法人税法二二条四項は公正処理基準を規定している。そして、企業会計原則は、公正な会計慣行を要約し成文化したものであり、これが会計慣行として実際界に定着している。それによると前期以前の売上に対する異常な返品等は、前期損金修正項目として特別損益に計上すべき旨定められていることからも明らかなように企業会計原則等は法人の収益及び費用、損失について発生主義(いわゆる権利確定主義)を建前としている(三〇葉表三行目以下)。
すなわち「その発生事由が既住の事業年度の益金に対応するものであっても、その事業年度に遡って損金としての処理はしないというのが一般的な会計の処理である」(三〇葉表裏一〇行目以下)。
従って解除によって代金債権などが消滅してもそれは契約解除をした事業年度の損金に計上すべきものであり、過年度の納税義務には何らの影響を及ぼさないから、税額過大等更正請求の実体的要件を欠く(三一葉表裏七行目以下)。
(3) 本件のように、契約の解除等がなされた事業年度において十分な益金がないために、当該事業年度に損金処理をしたのでは納税者の救済にならないというような場合には、法人は当該納税者が青色申告者であり、欠損金の繰越(法人税法五七条)繰戻(同八一条)によりその救済を図っている。したがって本件において原告が右のような方法によって救済を受けることができないとすれば、それは法人税法がいわゆる権利確定主義を採っていることによるものであり、他に特段の定めがない以上救済されない結果になるとしてもやむを得ないものといわざるを得ない(三二葉裏四行目以下)。
以上のように原判決はいう。
(原判決の誤り)
二、 原判決は税法における更正の請求・権利確定主義・公正処理基準に対する基礎的理解を欠いている。
(1)更正の請求(明文の強行法規)
更正の請求は通則法二三条が明文で定める、公平原則に基づく納税者救済の強行規定である。
(2)権利確定主義(徴税上の技術的手段)
権利確定主義は、徴税政策上の技術的見地からする所得の帰属年度を決定するための基準であるにすぎない(後掲判例)。
(3)公正処理基準(会計慣行、事実たる慣習)
公正処理基準は、税法の空白を埋める補充規定たる法人税二二条四項に定められており、一般的会計慣行のことである。法的には事実たる慣習にすぎない。
右三者の優先順位は(1)(2)(3)によるべきであるのに、原判決はこれを間違えている。
(一審判決は(2)を(3)と同一視するが、そもそも権利確定主義と発生主義とは異質のものであり、税法的思考と会計的思考との間には、超え難い溝がある。原判決はそれさえ理解していない。)
事実たる慣習は強行規定に反しない限り適用されるのが法解釈の方法論である。
税法に明文のある場合、ないし税法の基本規定たる二二条二、三項についての所得概念決定のための基本原則たる権利確定主義や法的支配という税法固有の考え方に対しては事実たる慣習(公正処理基準)は動かないといわねばならない(松沢智「租税実体法」昭和五一年一四六頁)。
以下、本件に即して右三者の本質を明らかにし、原判決の誤りを指摘する。
(1)更正の請求
A、 更正の請求は、公平の原則に基づく。それは、応能、応益による公平負担の原則であり、利益を得たものに課税し、利益なきところには課税しないとの原則である。
原判決のように、後発的事由により利益が法律的に遡及消滅しても、課税を遡及調整しないで、会計処理上の期間計算を貫徹して、各期を完全に切離すべきだとすると、後発的事由による特別損失(前期損益修正)を埋合わすだけの利益がない場合、先の課税はとりっ放しになって明らかに公平原則に反する。
(欠損金の繰越、繰戻は青色申告法人の特典にすぎず、それをもって更正の請求の一般原則を論ずるわけにいかない。)
B、 更正の請求は課税基準及び税額の遡及調整である。
そもそも企業会計上は、確定決算を遡及修正することはない。税法上は、税務損益計算書(法人税申告書別表四)を遡及調整することはしばしばであり、増額の修正申告・更正など日常茶飯事である。
更正の請求は、法律の規定による減額の修正申告であるが、修正申告と異なり自動的に申告内容が変更されるのでなく課税庁の更正の処分をまってはじめて変更されることになってるだけのことである。
C、 更正の請求は条文からも明らかなとおり、納税者救済のため選択権として与えられている。したがって会計上の期間損益計算のまま納税申告するか、税務計算を遡及調整するかは、納税者の選択に委されている。
原判決は以上のような更正の請求の本質を全く理解していない。
ところで原判決は、通則法は更正の請求についていえば、税法の基本的な手続に関して定めているにとどまり、実体的要件は通則法の関知するところではない。税額過大か否かは、租税実体法の定めるところによると判示する。しかしこれは暴論である。
更正の請求については、国税通則法二三条が基本的事項及び共通的事項を定め、これを補足するものとして法人税法八二条・所得税法一三二条、一五三条・相続税法三二条があり、これを以て更正請求の規制体系は完結している。更正請求の手続要件のみならず、実体要件も右規制体系を以て尽くされている。
通則法二三条一項一号によれば、「税額が過大であるか否かは「計算が法律の規定に従っていなかったこと」又は「当該計算に誤りがあったこと」によるものと規定している(原判決は少なくとも計算誤認の視点を完全欠落している)。
また同二三条二項一号は「判決によりその事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定した」ことを要件としている。
以上のごときいずれも更正の請求の実体的要件である。
そもそも課税標準及税額計算の基礎とした事実が、確定判決により遡及的に変わってくれば、その税額計算も変わるのが必然であり、計算過誤又は計算規定違反により税額過大を招来することは見易い道理である。
本件において売買契約の法定解除により「資産の販売」「に係る当該事業年度の収益の額」(法人税法二二条)は遡及消滅したことが確定している。したがって当該事業年度の申告は「計算に誤りがあったこと」に帰着する(被上告人一審準備書面(三)第一、一)。また消滅した「収益の額」を計上することは税法違反にもなる。
本件において更正の請求の実体的要件を欠くとする原判決の判断は明らかに誤っている。
(2)権利確定主義
最高裁昭和四九年三月八日第二小法定判決は、権利確定主義について、「徴税政策上の技術的見地から収入すべき権利の確定したときをとらえて課税するとしたものであり」その権利について後の現実の支払があることを前提として、所得の帰属年度を決定するための基準であるにすぎない」「回収不能となるがごとき事態を生じた場合には、先の課税はその前提を失い、結果的に所得なきところに課税したものとして当然にこれに対する何らかの是正が要求される」と判示する。
右判例は、権利確定主義により結果的に所得なきところに課税した場合には何らかの是正が要求されるとして国の不当利得返還義務を認めた。
その後の所得税法改正により、本件のように雑所得として課税の対象とされた債権が後に貸倒れとなった債権額に相当する所得の金額は、なかったものとみなし更正の請求手続によって、遡って減額更正をすることとなり、立法的に解決された(現所得税法六四条、一五二条)。
権利確定主義による不都合は、国の不当利得の返還又は更正の請求によって是正されるのである。然るに原判決のように権利確定主義を以て更正の請求を否定することは完全に本末顛倒である。
本件判例評釈は「本判決は所得税法の採用する権利確定主義にいて徴税上の技術的手段にすぎないとし、したがって貸倒れについて遡及的な調整をみとめないほどのきびしい実質的な要請までも含むものではないという考方を示している」という(清水敬治「判例所得税法」昭和五一年、二二一頁)。
ところで原判決は、欠損金繰越あるいは欠損金繰戻による救済をあげるが、これらは青色申告者の特典にすぎない。通則法の更正の請求は青色申告を問わず、納税者一般に認められる基本的且つ共通的な救済手段であり、青色申告者のみに与えられる特典とは次元を異にする。
また原判決は、法人税法が権利確定主義を採っており、特段の定めがない以上、救済されない結果になるとしてもやむを得ないという。
しかしそれでは「結果的に所得なきところに課税」したこととなり、国の不当利得を許さないとする前記判例に反する。国の不当利得を許さないために、そして公平原則により納税者を救済するためにこそ更正の請求があるのである。
要するに、権利確定主義は徴税上の技術的手段にすぎず、国税の基本法たる通則法二三条の納税者救済の強行法規を左右するものではない。
(3)公正処理基準
法人税法二二条四項にいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」というのは「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」(財務諸表規則一条)や「公正ナル会計慣行」(商法三二条二項)と同旨である。すなわち公正処理基準とは公正会計慣行のことであり、法律的観念からいえば「事実たる慣習」である。(忠佐市・松沢智教授)
もともと法人税法二二条四項は、税法の空白を埋める補充規定であり、課税所得の計算は税法に別段の定めのない限り企業会計によるべきことを明らかにした宣言的規定ないし訓示的規定にすぎない(中村利雄「法人税の課税所得計算」)。
右のように公正処理基準(会計慣行)は事実たる慣習にすぎず、それが通則法二三条の明文の強行規定を左右するいわれはない。
原判決は、会計慣行上異常返品も前期損益修正項目として特別損益に計上すべきであり、契約解除した事業年度の損金に計上すべきであるという。なるほど会計慣行上は、計算書類の確定後は遡及修正されない。しかし税法上遡及調整されるのは、あくまでも税務損益計算(法人税申告書別表四)であり、これはしばしば行われる。
税務計算は、企業会計の確定決算から出発して加算減算の調整をする(いわゆる結合説)。
もし原判決のいうように会計処理上前期損益修正項目として計上すべきものは、税法上も遡及修正すべきではないとすれば、いかなる倫理的帰結となるか。
通則法二三条一項は「法定申告期限から一年以内」と請求期間を定めており、右法定申告期限には当然企業決算は確定している。その決算において、例えば計算過誤で売上高を一億円過大計上しているとする。
会計処理は、発見した年度において前期損益修正損を計上した年度の損金になるから、同条一項による更正の請求も認められないことになる。
原判決のように会計処理上の期間計算を税法上も貫徹しようとすれば、通則法二三条一項たると二項たるとうとわず、税額の遡及調整は一切認められず、すべての更正の請求は認められないことになる。
修正申告や更正による増額の遡及調整しか認められないというのであろうか。
かくては余りにも通則法二三条一項の明文を無視している。
(判例の検討)
三、 更正の請求について、今までの裁判例で、原判決のような考え方をした例は存在しない。
法人税について青色申告承認の取消処分が取消された場合における更正の請求に関する判例を次に掲げ、検討する。
(1)岡山地方裁判所昭和五五年三月三一日判決(判例時報九六九号四三頁)(判例評論は判例時報九八二号一八四頁)
「そこで、進んで本件更正の請求が、通則法二三条一項によって認めることができるか否かについて検討する。
通則法二三条一項は、いわゆる後発的事由に基づく更正の請求を可能としているが、その一号においては、申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときは、その確定した日の翌日から起算して二か月以内において更正の請求ができる旨規定している。
同号が予想する典型的な場合は、例えば不動産の売買があったものとして譲渡所得について申告したところ、後日売買の無効を確認する旨の訴訟が提起され、譲渡が無かったことに確定したような事案であり、同号にいう「計算の基礎となった事実」とは、納税義務が成立するための物的基礎をなすところの課税の対象事実が主要なものであろうが、青色申告の承認を受けた者であったか否かという事実も、そのことのみで課税標準等又は税額等に直接影響を及ぼすことはないが、青色申告の承認を受けておれば、他の要件の充足と相まって、法人税法や租税特別措置法に規定する各種の税負担の軽減をもたらす特典を享受することができ、課税標準等又は税額等の決定の基礎となることは明らかであるから、やはり同号にいう「当該計算の基礎となった事実」に該当すると解するのが相当である。」右のように判示して更正の請求ができるものとして認容している。
ここには原判決のような奇妙な理屈はない。
(2)最高裁判所昭和五七年二月二三日第三小法定判決(甲二号証の四、租税判例百選「本件更正処分等の後にされた青色申告の承認の取消処分の取消によって、訴外会社は遡及的に青色申告法人としての地位を回復し、青色申告書以外の申告書によるものとみなされた本件事業年度についての確定申告も青色申告書による申告であったことになるから、青色申告書以外の申告書による確定申告に対するものとして繰越欠損金の損金算入を否認してされた本件更正処分はその限度において課税標準等又は税額を過大に算定したこととなって、青色申告の承認の取消処分の取消によって後発的、遡及的に生じた法律関係には適合しないことになる」中略
「納税者として、国税通則法二三条二項の規定により所定の期間内に限り減額更正の請求ができると解するのが相当である。」
本事案は、岡山地裁の事件と異なり、法人の青色申告承認の取消処分の取消が、判決でなく法条の拡張適用になるとおもわれる。
右判例は、課税が「後発的、遡及的に生じた法律関係に適合しないことになる」場合には更正の請求により遡及調整されるべきことを判示しているのである。なお課税の遡及修正は税務損益計算書(法人税申告書別表四)によることはいうまでもない。
(学説の検討)
四、 法人税法の一般の教科書(甲四号証の一、二・同五号証の一、二・同六号証の一、二)はいずれも通則法二三条二項の後発的事由による更正の請求を認めている。
原判決のように、後発的事由が生じても、その期の特別損失(前期損益修正)として計上し課税の遡及調整はできないなどという国税庁関係者の間にも批判が強い。
(1)国税庁品川芳宜氏「課税所得と企業利益」一七八頁はいう。
「ところが国税通則法二三条一二項に定めるところの、いわゆる後発的事由に基づく更正の請求については、事業所得に係る所得税や法人税に対しては原則として適用されないものと解されている(国税通則法精解)。その論拠は、これらの税の所得計算は、継続事業が前提となっており、当該取消時の損益を修正することが会計慣行として確立していることにあり、法人税については確定決算の遡及修正は通常あり得ないからその傾向は特に強いとされている。」中略「しかしながら、国税通則法二三条二項の明文上の規定からは、法人税等についてその適用を排除する理由は見出し難く、法人税についても、傍論ではあるが、その適用を認める旨の裁判例も見受けられる。また立法趣旨に則って法人税等についての同項の適用を原則として否定し得るとしても、同項に定める後発的事由が生じた場合に、法人が確定決算を修正したとき、あるいは当該法人に欠損金が累積していたり、倒産したりして遡及修正をしないと結果的に国側に不当利得を生じたりしたときまでも(最高裁昭和四九・三・八)同項の適用を否定し得るかという問題を生ずる。いずれにせよ、法人税等に対する国税通則法二三条二項の適用問題については、その立法趣旨と明文上の規定の関係が必ずしも定かではないので、その整備が望まれるところである。」
右論旨からすると、租税法律主義の下、事実たる慣習にすぎない会計慣行や立法趣旨を以て税法の明文を無視し得ないことは明らかである。
ところで後発的事由に基づく更正の請求について、事業所得に係る所得税や法人税に対して適用されないと解する論拠は、前期国税通則法精解によると、「たとえば売買が取消されて戻り品があったときは、それが前記依然の売上に係るものであっても、当期の売上勘定の借方に記入されるか、又は戻り品勘定によって処理される会計慣行があり、そことを前提にして課税標準が算出されている。本項の後発的事由に係る更正の請求制度によって、このような慣行を変更しようとするものではない。最高裁も、事業所得に係る所得税に関して、この考方を支持している(最高判昭五三・三・一六)」と記載している。
なるほど返品・値引・割戻を売上勘定から消去する会計処理は簿記の初歩的技術である。それは日常経済的に発生する返品は過年度売上に係るものであっても、順送り平準化されて損益計算をゆがめないからである。納税者も日常的経済的な売上戻りについて公平の原則に反するとして更正の請求をすることはあり得ない。この限りでは、右会計慣行論は首肯できる。しかし異常な前記損益修正項目を特別損失として計上し、通則法二三条二項に基づき更正の請求をした場合にこれを否定する理由はあり得ない。
また右国税通則法精義が援用している最高裁昭五三・三・一六判決は、事業所得の債権が後日貸倒れとなったときは、その回収不能の事実が発生した年分の必要経費(損金)に算入するということであって当然の事理である。けだし貸倒れには法律的遡及効がなく、貸倒れが発生した年分の損失であることは疑いようがない。
本件のように契約解除により売上利益が遡及消滅し、しかも十年を経過する現在も買手がつかないのに、租税債権だけ残りまた将来転売すれば重ねて課税されることになるとすれば明らかに所得のないところに課税したことになり公平原則に反する。
会計処理上特別損失に計上したからといって会計慣行を盾にして、遡及消滅した利益に課税されるいわれはない。
(2)元国税庁在職竹下重人氏執筆「民商法と税務判断」二二八頁(甲二の二)はいう。
所得税法五一条二項と同六四条一項、一五二条との対比で「通則法二三条二項の規定は事業による所得の計算については適用されないとする考え方もある。しかしながら代金額の相違、減額、放棄等が判決またはこれと同一の効力を有する行為によって確定されたこと、または代金請求権等の発生の原因である契約それ自体が消滅したことを理由とするものであるから、これらの事由による場合には所得税および法人税の遡及的更正について、国税通則法が適用されるものと解するべきである。」
ところで所得税五一条二項と同法六四条一項・一五二条との対比というのは具体的には所得税法施行令一四一条と同令二七四条との対比である。すなわち「無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに起因して失われたこと」「取消すことができる行為が取消されたこと」(以下「無効・取消の場合」という)の取扱について、事業所得など継続企業の場合には右事由の生じた年分の所得とし(法五一条、令一四一条)、譲渡所得など非継続的所得については更正の請求を認めている(法一五二条、令二七四条)ことを対比し事業所得については後発的事由による更正の請求が認められないことを主張する。
しかしながら右のような被上告人の主張は所得税法上の事業所得につき「無効・取消の場合」更正の請求が認められない点を捉え後発的事由全般に類推注釈しようとするもので類推のあやまちを犯している。
この点で上告人が強調したいことは、もともと「無効・取消の場合」は通則法二三条二項の後発的事由ではないということである。このことは分理上も明らかであり、「無効・取消の場合」、通則法七一条二号は職権による更正、決定を認めているが、通則法二三条二項は、右と異なり、「無効・取消の場合」の更正の請求を認めていないのである。通則法二三条二項の後発的事由は確定判決やこれに類するやむを得ない理由があるときのみである。
もともと本件は法人税法の問題であり、完結した別個の規制体系をもつ所得税法のことを論ずる必要は存しないのであるが、以下参考のため右所得税法の規定を考察することとする。
所得税法五一条、同施行令一四一条は、会計組織の完備しない個人経営においても所得計算は確定決算による期間計算とし一般的会計処理のとおり確定決算は遡及修正しないことを想定し、「返品値引」は売上控除項目、「無効・取消の場合」は当期の雑損又は特別損失とすべきことを規定したにすぎない。同施行令の規定は個人経営者に対する会計処理上の当然の規定である。右規定は、国税通則法により選択権として与えられた更正の請求と相互排斥するものではない。
つぎに所得税法一五二条、同施行令二七四条は国税通則法をこえて更正の請求の事由を拡張しているのである。すなわち、非継続的所得(単発取引)について通則法二三条二項の確定判決等のめんどうな手続を要求しないこととして救済を拡張しているのである。右所得税法の規定は、所得税についても通則法二三条二項の適用あることを前提として、単発的取引についての特則を定めたものにすぎない。
右所得税法の規定を以て、事業所得について通則法二三条二項の適用を否定しようとするのは本末顛倒も甚だしいものというべきものである。
以上、いずれにせよ倫理的にみて、法人税について後発的事由による更正の請求を否定する理由はない。
以上