大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

最高裁判所第二小法廷 昭和63年(オ)68号 判決 1991年4月19日

上告人

有限会社細川商事

右代表者代表取締役

細川武一

右訴訟代理人弁護士

並木政一

被上告人

須藤咲雄

主文

原判決中上告人の明渡請求に関する部分を破棄し、右部分につき被上告人の控訴を棄却する。

上告人のその余の上告を棄却する。

訴訟の総費用は、これを二分し、その一を被上告人の、その余を上告人の負担とする。

理由

上告代理人並木政一の上告理由一について

一原審の確定した事実関係の要旨は、以下のとおりである。

1  被上告人は、昭和五五年一〇月三日、上告人との間で、二五〇〇万円の和解金支払債務を目的とする準消費貸借契約を締結し、右の契約に基づく被上告人の金銭債務を担保するため、その不履行があるときは被上告人に属する本件土地建物の所有権を上告人に移転することを目的とする代物弁済の予約をし、同年一二月二日本件土地建物につき上告人のために所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。

2  本件土地建物について、(1)抵当権の実行としての競売申立てがあり、昭和四九年四月一六日競売手続開始決定がされ、同月一八日その旨の登記がされ、(2) 昭和五三年九月一八日被上告人に対する国税の滞納処分として差押えがされ、同月二〇日その旨の登記がされ、(3) 昭和五九年三月一二日被上告人に対する国税の滞納処分として参加差押えがされ、同月一四日その旨の登記がされた。

3  上告人は、昭和六〇年一〇月四日被上告人に対し右の代物弁済の予約を完結する意思を表示し、清算金がない旨の通知をしたが、被上告人は本件土地建物を占有している。

二上告人は、右の通知の到達の日から二月の経過をもって本件土地建物の所有権を取得した旨を主張して、被上告人に対し本件土地建物について仮登記に基づく本登記の請求及び明渡請求をしたが、第一審が、右の請求をいずれも認容したのに対し、原審は、右の競売手続開始決定が存続するか、又は右の国税の滞納処分による差押え若しくは参加差押えが存続する限り、上告人は、被上告人に対し、本件土地建物の所有権を取得したことを主張することは許されず、仮登記に基づく本登記の請求及び明渡請求をすることができないとして、第一審判決を取り消し、上告人の右の請求をいずれも棄却した。

三担保仮登記がされている土地又は建物(以下「土地等」という。)について、強制競売、担保権の実行としての競売又は企業担保権の実行手続(以下「強制競売等」という。)の開始の決定がされ、それによる登記がされた場合において、担保仮登記に基づく所有権移転の本登記がされると、担保仮登記後に登記された所有権、抵当権その他の権利の取得が失効し(不動産登記法七条二項、一〇五条参照)、当該強制競売等の開始の決定(担保仮登記前に登記された担保権の実行によるものを除く。)も取り消されることになるが、担保仮登記に係る権利は、本来金銭債権を担保するためのものであって、当該強制競売等の手続において優先弁済権の行使ができれば、担保仮登記に基づく本登記をせずに、その目的を達することができるものであることにかんがみ、仮登記担保契約に関する法律(以下「法」という。)一五条一項の規定は、担保仮登記がされている土地等について清算金の支払の債務の弁済前(清算金がないときは、清算期間の経過前)、すなわち仮登記担保関係の終了前の申立てに基づく強制競売等の開始の決定があった場合には、仮登記に基づく本登記の右のような効力が生ずることを防止して担保仮登記の権利者と利害関係人との間の合理的な利害の調整を図るため、その仮登記に基づく本登記の請求をすることができないものとしているのである。

以上のような法一五条一項の規定の趣旨によれば、土地等について担保仮登記がされた時において、既に、強制競売等の開始の決定がされ、それによる登記がされている場合には、同項の規定の適用はないものと解すべきである。けだし、この場合においては、担保仮登記に係る権利の取得は、強制競売等における差押債権者に対抗することができず、担保仮登記の権利者がその仮登記に基づく本登記を経由したとしても、強制競売等の手続の続行が妨げられないのであって、強制競売等により右の土地等を取得した者は、担保仮登記の権利者の所有権の取得を否定することができるのであるから、担保仮登記の権利者の本登記の請求を禁止する必要もないからである。

そして、法一五条一項の規定は、国税徴収法五二条の二の規定により、担保のための仮登記のある財産について国税の滞納処分による差押えがされた場合にも準用されるのであるが、土地等について担保仮登記がされた時において、既に国税の滞納処分による差押え及びその登記がされている場合には、同条の規定の適用はなく、法一五条一項の規定も準用されないものと解すべきであって、その理由は、担保仮登記がされた時において、既に強制競売等の開始の決定及びそれによる登記がされている場合に同項の規定の適用がないのと同じである。

しかし、担保仮登記がされている土地等について、参加差押えがされ、その登記が担保仮登記後にされた場合においては、その土地等につき先行してされていた国税の滞納処分による差押えが解除されていない場合であっても、国税徴収法五二条の二の規定を類推適用して、その参加差押えが、清算金の支払の債務の弁済前(清算金がないときは、清算期間の経過前)にされたものであるときは、法一五条一項の規定が準用されるものと解するのが相当であって、担保仮登記の権利者は、その仮登記に基づく本登記の請求をすることができないものというべきである。けだし、右の参加差押えは、先行する右の差押えが解除されたときは、参加差押通知書が滞納者に送達された時又は参加差押えの登記がされた時のいずれか先にされた時にさかのぼって滞納処分による差押えの効力を生ずるものであるが(国税徴収法八七条一項二号)、法一五条一項の規定の準用がないとすると、担保仮登記の権利者は、担保仮登記に基づく本登記を経由することにより、右の土地等の所有権の取得を右の参加差押えをした国に対抗できることになり、将来先行する右の差押えが解除された場合に右の参加差押えに基づいて滞納処分手続を続行することができなくなるという不都合な結果となるからである。

四原判決は、本件土地建物について上告人の担保仮登記がされた時において、既に担保権の実行としての競売の開始の決定及びそれによる登記もされていたにもかかわらず、右の決定が存続する限り、上告人は、被上告人に対し、担保仮登記に基づく本登記の請求をすることができず、また、右の担保仮登記がされた時において、既に国税の滞納処分による差押え及びその登記がされていたにもかかわらず、右の差押えが存続する限り、上告人は、右の本登記の請求をすることができない旨の判断をしているのであるから、法一五条一項及び国税徴収法五二条の二の解釈適用を誤った違法があるものというべきである。しかし、原審の確定した前記の事実関係によれば、本件土地建物について、清算金の支払前で、かつ、清算期間経過前に、参加差押えがされ、その登記が上告人の担保仮登記後にされているのであるから、右に説示したところによれば、上告人は、被上告人に対し、担保仮登記に基づく本登記の請求をすることができないものと解すべきであり、上告人の右の請求を棄却すべきであるとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない事項についての違法をいうか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同二について

法一五条一項の規定の準用がある場合においても、担保仮登記の権利者は、法二条所定の通知をし、その到達の日から二月を経過すれば、仮登記担保契約の目的である土地等の所有権を取得し、債務者に対し所有権に基づき右の土地等の引渡しを請求することができるものと解するのが相当である。けだし、前記のような法一五条一項の規定の趣旨に照らせば、右の規定は、担保仮登記の権利者をして右の土地等の所有権の取得を許さないとするものではなく、所有権を取得しても担保仮登記に基づく本登記の請求を許さないとするものであると解すべきであって、担保仮登記の権利者は、債務者に対し所有権に基づき土地等の引渡請求をしてその占有を取得したとしても、強制競売等により右の土地等を取得した者に対しては所有権の取得、したがってその占有権原を対抗することができないのであるから、その引渡請求を禁止する必要もないものというべきであり、この理は、同項の規定が国税徴収法五二条の二の規定により準用される場合においても、異なるところはないからである。そして、原審の確定した前記の事実関係及び右に説示したところによれば、上告人は、被上告人に対し、本件土地建物の所有権に基づきその明渡請求をすることができるものというべきである。しかるに、原判決は、上告人が、被上告人に対し、本件土地建物の所有権を取得したことを主張することは許されず、その明渡請求を棄却すべきである旨の判断をしているのであるから、国税徴収法五二条の二及び同条において準用する法一五条一項の解釈適用を誤った違法があり、この違法が原判決中上告人の明渡請求に関する部分に影響を及ぼすことが明らかであって、論旨は理由があり、右部分は破棄を免れない。そして、上告人の明渡請求を認容した第一審判決は相当であるので、右部分に関する被上告人の本件控訴は棄却されるべきである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、九二条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官香川保一 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)

上告代理人並木政一の上告理由

原判決は、仮登記担保契約に関する法律(以下、「仮登記担保法」という。)第一五条第一項の解釈を誤まり、これに違背している。

一、上告人の所有権移転本登記請求を排斥した点について。

1、原判決はその理由中第六項2の(1)で、上告人の本件仮登記に係る権利の設定、登記は、萩原清隆のした競売手続開始決定並びに国税の差押及びその登記のなされた後であるから、上告人は仮登記担保権の取得を右各手続の差押債権者に対抗することができず、右各手続において被担保債権の弁済を受けることもできない。そして右各手続で競落人等が本件不動産の所有権を取得するに至ったときには、上告人は本件仮登記担保権を完全に喪失するに至る運命にあるという。

右は差押に遅れた権利の当然の帰結であるが、だからといって、差押後の権利取得を絶対的に無効にするものではない。この理は、差押登記後の債務者の物件処分の効力の問題として論じられてきたことである。これが当事者間では有効である(差押の相対的効力)ことは今日では争いがない。

従って、原判決が右のように説示して上告人の主張を排斥するのは明らかに誤りである。

2、もっとも、仮登記担保法第一五条第一項は一定の要件のもとで本登記請求を禁じている。本当の争点はここにある。

この関係で本件不動産に関する登記を時系列に並べれば、①競売の開始決定、②国税の差押、③上告人の担保仮登記、④国税の参加差押の順となる。

(一) さて、右条項は「担保仮登記がされている土地等につき強制競売等の開始の決定があった場合において」の規定である。文理上、「担保仮登記」と「競売の開始決定」の時間的先後関係は明らかである。先に「担保仮登記」がされている土地について、後に「競売の開始決定」がある場合である。

また右条項の立法趣旨は、仮登記担保権が実質的には債権担保目的にあることに着目し、すでに競売手続が開始されているときは、その手続に参加して優先弁済を受ければよい、ということにある。右競売手続において配当を得て債権担保目的を充足できるのだから本登記請求を認めるまでもない、という意味である。

これに対して本件仮登記担保権は、そもそもこの競売手続に対抗できないのである。競売手続は本件仮登記担保権を無視して進行する。本件仮登記が本登記されても同じである。

右条項は、競売手続の開始決定後の債務者の処分行為一切を禁ずる趣旨ではない。債権担保の目的を優先弁済権能によって全うするかぎりにおいて、意味のない本登記請求を制限するにすぎないのである。

(二) 従って、右①および②の差押に遅れこれに対抗できない本件仮登記担保権③は右条項によってその本登記請求を禁止されるいわれはない。

(三) 次に④の参加差押との関係である。

参加差押は、基本的には交付要求の一態様である。差押の抗力は潜在的にしかない。すなわち、先行する差押が解除されたときに遡って差押としての効力が発生するにすぎないのである。

従って、先行する①競売手続、②差押が存続する状態においては交付要求としての効力しか有しない。

国税徴収法第五二条の二が仮登記担保法第一五条を準用するのは、国税徴収のための差押が公売手続の開始を意味し、これは実質的に競売手続の開始決定と同じであるから、いったん進行した公売手続を優先しようという仮登記担保法と同趣旨に他ならない。

そうであれば、交付要求の効力しかなく、独自に公売手続を進行させない参加差押の場合には仮登記担保法の規定が準用されないと解すべきである。

さらに付言すれば、本件④参加差押は②差押と同じく練馬税務署による国税の徴収であり、納税義務者(被上告人)を同じくするから、これらの手続は同一の運命にあるというべきである。従って、差押が解除されるときは参加差押も解除される。

二、所有権に基づく明渡請求を排斥した点について。

この点に関する原判決は疑いの余地なく仮登記担保法第一五条の解釈を誤っている。同条項により制限されるのは仮登記の本登記請求であることは文理上明白である。

ところが、原判決は所有権の取得そのものまで制限されると拡張解釈した如くである。

上告人は被上告人の設定した代物弁済予約の締結により本件不動産の所有権を取得した。この被上告人の処分行為自体は上告人との間で有効である。上告人は所有権移転登記がなくても被上告人に対し所有権に基づく権利行使ができることは当然である。

従って、仮に上告人が仮登記担保法の規定により本登記請求ができないとしても、その所有権の取得を被上告人に主張し、本件明渡請求できることは明らかである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例