最高裁判所第二小法廷 昭和23(れ)173 判決
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人上村千一郎上告趣意書は「原判決ハ上告人ノ本件行為ガ正当防衛行為デナ
イト云フ理由ニ「判示ノ如クAガ単ニ手拳ヲ以テ被告人ノ顔面ヲ殴打シタニ過ギナ
イノニ対シ直チニ其ノ場ニ在ツタ日本刀ヲ取上ゲ同人ノ腹部目掛ケテ突差スカ如キ
ハ急迫不正ノ侵害ニ対シ自己ヲ防衛スル為巳ムヲ得ナイ行為デアツタトハ認メ難イ」
ト説示シテオルガ原判決中其ノ判示事実ヲ見ルニ「被告人ハ(中略)Aカラ着用中
ノセーターヲ脱イデ寄越セト強要サレタノデ之ヲ拒絶シタトコロイキナリ立上ツテ
顔面ヲ殴打サレタノデ憤激ノ余リ」トアリ証拠トシテ強制処分ニヨル予審判事ノ被
告人ニ対スル訊問調書中「私ハ之ヲ遣ルト家へ帰ヘレナイカラ勘忍シテクレ」ト云
フト相手ハ何カ言ヒ乍ラ刀ヲ其処ニ置イタ儘立上リサマ私ノ頬ヲ拳骨デ一ツ殴ツタ」
トノ記載、Bニ対スル検事聴取書中「Cハ「之ガ無クチヤ家へ帰ヘレンデ貸セン」
ト断ツタトコロ相手ハ刀ヲ左手ニ下ゲタ儘立上リイキナリCノ頭ヲ拳骨デ「ナメル
ナ」ト云ヒ乍ラ一ツ殴ツタ」トノ記載等ヲ掲ゲテオル尚Dニ対スル昭和二十一年十
月六日附警察ニ於ケル聴取書中同人ノ供述タル「Aハ三虎ノ舎弟分ダト云ツテヰマ
スガ非常ナ不良デアリマス」「初メAガ日本刀デ嚇シテソノ刀ヲ相手ニ取ラレテ斯
様ナコトニナツタノダト思ヒマス」等ノ記載ヨリ考察スル場合判示事実ハAガ単ニ
手拳ヲ以テ被告人ノ顔面ヲ殴打シタニ過ギナイト云フ事実デナイコトハ明瞭デアル
ノニ拘ラズ同一判決中上告人ノ本件行為ガ正当防衛行為デナイト云フ理由ニAハ当
時単ニ手拳ヲ以テ被告ノ顔面ヲ殴打シタニ過ギナイ」ト説示シ判示事実ニ非ザル事
実ヲ判示事実トシ証拠ニヨラズシテ事実ヲ認定シ尚判決ノ理由ニ齟齬アル違法ノ判
決ト云フベクコノ点ニ於テ到底破毀ヲ免レナイモノト信ズ」と云うのである。
ところで原判決が証拠によつて確定した事実によると、被告人はAから着用中の
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セーターを脱いで寄越せと強要されたので、これを拒絶したところ、いきなり立上
つて顔面を殴打されたので憤激の余り同人が脇においていた日本刀をとりあげると
同人から取戻されにきたので、その刀で突差に同人の左下腹部を突刺したと云うの
であつて、被告人の判示所為がAにおいて被告人の顔面を殴打したと云う侵害行為
によつて挑発されたことは明かであるが、右Aが被告人に対してその他に侵害を加
え又は加えようとしたことはなく、しかも被告人の判示所為は憤激の余りに出たの
であつて、自己の権利を防衛する為に出たのではない。してみれば、原判決が原審
公判廷における弁護人の正当防衛論に対する判断として所論のように、Aが単に手
拳をもつて被告人の顔面を殴打したにすぎないのに対し直ちにその場にあつた日本
刀を取上げ同人の腹部目がけて突刺すが如きは正当防衛行為と認め難いと説示した
のは、むしろ当然であつて、この説示たるや、いさゝかも判示認定事実と矛盾する
ところなく、又証拠によらないで事実を創定した跡もなく、尚又、判決理由に齟齬
ある廉もない、所論は、所詮独自の見解たるにすぎない。論旨は理由がない。
次に弁護人原田茂上告趣意書は「第一、刑事訴訟法応急措置法第二条に「刑事訴
訟法は日本国憲法、裁判所法及び検察庁法制定の趣旨に適合する様にこれを解釈せ
ねばならない」と規定するが同第十三条第二項には刑事訴訟法第四百十二条乃至第
四百十四条の規定はこれを適用しないと規定する。而してその立法趣旨として司法
省刑事局の解釈は「本条第二項は最高裁判所をして憲法及裁判所法に規定する構想
に添はしめんとの趣旨並に上告裁判所をして其の本来の使命たる法律審たることに
専念せしめんとの意図に出ずるものである」と説明してゐる。元来刑事訴訟法第四
百十二条乃至第四百十四条は法律審たる上告審に特に規定を設け神ならぬ裁判官の
判断を慮り人権の尊重を考慮したものである。日本国憲法は第十一条に基本的人権
の保障を宣言し第十三条以下其の具体的規定をして人権の尊重を厳重に示してゐる。
憲法其の他の法律はすべてこれを基本としてゐると言ひ得る。然るに刑事訴訟法応
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急措置法は唯法律審の原則を保持するとの目的を以て第四百十二条乃至第四百十四
条を削除したのは明に右憲法の趣旨に反するものである。以上の観点から原裁判所
の判決に於て被告人の所為は刑法第二百五条第一項に該当すると判示したるも被告
人の行為は被告人の供述Bの聴取書当時の情況を綜合して見るに明かに急迫不正の
侵害があり自己防衛の行為であるから正当防衛行為なるに拘らず之を認めざるは被
告に有利なる証拠を看過して事実を誤認したる疑あり刑事訴訟法第四百十四条の規
定に基き上告理由あるものと解す。但し刑事訴訟法応急措置法により之を認めずと
するならば右誤認により人権尊重を規定する憲法第十一条第十三条に違反するもの
である」と云い、同第二ほ「若し裁判所の判決の如く正当防衛とならぬとしても被
告人の行為ほ当時の情況(暴行強迫を受けてゐた)から心神喪失中の行為であると
考へられる。この点からも事実誤認に基き法律を適用したるものとの疑あり以て第
一の場合同様に考ふるものである。右上告趣意書刑事訴訟法第四百二十三条により
提出します」と云うのであるが、そもそも三審制を採用する裁判制度において上告
審をもつて純然たる法律審とするか、又は量刑不当若くは事実誤認を理由とする上
告を認めて事実審理の権限をも上告審に与えるかは、立法政策上の問題であり、従
つてこれをいずれに定めるかは立法上の当否の問題として論議され得ても憲法上の
適否の問題として取扱わるべきでない。それ故、日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟
法の応急的措置に関する法律第十三条第二項が刑事訴訟法第四百十二条乃至第四百
十四条の規定の適用を排除し、量刑不当又は事実誤認を理由とする上告を許さない
ことにしたとしても、毫も憲法の保障する国民の基本的人権を侵犯したと見るべき
筋合でほない。このことは既に、昭和二十二年(れ)第五六号事件の判決(昭和二
十三年二月六日大法廷言渡)において当裁判所の宣示した所である。されば右刑事
訴訟法の応急的措置に関する法律の規定を目して憲法の条規に違反すると為す所論
は採用すべき限りでなく、又原判決の事実誤認を主張する所論は適法な上告の理由
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と云うことができないので各論旨はいずれも理由がない。
仍つて刑事訴訟法第四百四十六条最高裁判所裁判事務処理規則第九条第三項の規
定に則り主文の如く判決する。
この判決ほ裁判官全員一致の意見によるものである。
検察官 松岡佐一関与
昭和二十三年六月五日
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官 塚 崎 直 義
裁判官 霜 山 精 一
裁判官 栗 山 茂
裁判官 小 谷 勝 重
裁判官 藤 田 八 郎
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