最高裁判所第二小法廷 昭和61(オ)329 判決
主 文
原判決中上告人ら敗訴の部分を破棄する。
右部分につき本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告人国代理人菊池信男、同松村利教、同大藤敏、同田中信義、同中澤勇七、同
森脇勝、同西修一郎、同早田憲次、同田島公也、同西山正徳、同永田英男、同泉比
砂志及び上告人熊本県代理人菊池信男、同松村利教、同大藤敏、同田中信義、同中
澤勇七、同森脇勝、同西修一郎、同早田憲次、同河野慶三、同荒竜夫、同村上公祐、
同緒方剛、同福島俊満、同長野潤一、同吉富寛、同国武慎一郎、同田中力男の各上
告理由について
一 原審が認定した事実関係及び判断は、次のとおりである。
1 被上告人らは、水俣病にかかった者として第一審判決別紙「請求金額一覧表」
の「申請年月日」欄記載の各年月日(ただし、被上告人B1については、昭和四八
年六月一一日である。)に公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(以下「
救済法」という。)三条一項又は公害健康被害補償法(昭和六二年法律第九七号に
よる改正前のもの。以下「補償法」という。)四条二項に基づき、水俣病と認定す
べき旨の申請(以下「認定申請」という。)を、上告人国から右認定業務の委任を
受けている熊本県知事(以下「知事」という。)に対してした。知事は、救済法又
は補償法に基づき、右各申請に対し相当の期間内に認定又は棄却の処分(以下併せ
て「処分」という。)をすべき義務を負っているところ、被上告人B2に対し昭和
五四年五月二六日、同B3に対し同年八月一日、同B4に対し同年四月二七日、同
B5に対し昭和五五年五月二日、同B1に対し昭和五七年九月二日にそれぞれ認定
の、同B6に対し昭和五四年二月二二日、同B7に対し同年八月一日、同B8に対
し昭和五五年一月二五日、同B9、同B10に対しいずれも同年六月四日、同B1
- 1 -
1に対し同年九月五日、同B12に対し昭和五四年二月一日、同B13に対し同年
八月一日、同B14に対し昭和五五年一月二五日、同B15に対し同年九月五日に
それぞれ棄却の各処分をし、その余の被上告人らに対しては、第一審口頭弁論終結
時である昭和五七年九月二九日に至るも認定又は棄却の処分をしていない。
2 被上告人らの前記各認定申請についての知事の認定事務処理の経緯は、次の
とおりである。
「1」 被上告人B2
昭和四七年一二月一八日申請。一一月二〇日、一二月一二日眼科、一二月一五日
内科各検診。一二月二七日Y病院神経内科からの回答。同四九年一月一六日審査会
へ諮問。一月二〇日面接調査。二月一日審査会付議、要観察(一定期間おいて検討)
の理由で答申保留となる。八月一四日、八月一八日耳鼻咽喉科、八月一五日、一七
日眼科、八月一七日内科各検診。八月一五日面接調査。同五〇年八月二二日審査会
付議、前同理由で答申保留となる。同五一年四月七日、四月八日眼科、四月九日内
科各検診。四月七日面接調査。七月三一日審査会付議、前同理由で答申保留となる。
同五二年一〇月二九日審査会付議、前同理由で答申保留となる。同五三年八月一九
日内科、精神医学、八月二一日耳鼻咽喉科、八月二三日、二四日眼科各検診。一二
月八日審査会付議、要再検(資料不足)の理由で答申保留となる。同五四年五月九
日Y病院に対する調査。五月二五日審査会付議、水俣病の可能性は否定できないと
して認定相当の答申。五月二六日認定処分。
「2」 被上告人B3
昭和四八年六月四日申請。同四九年八月二七日限科検診。九月二七日面接調査。
同五一年五月八日内科、六月九日耳鼻咽喉科、六月一二日精神医学、八月二六日限
科各検診。一〇月一四日審査会へ諮問。一〇月三〇日審査会付議、要観察(一定期
間おいて検討)の理由で答申保留となる。同五三年二月一七日審査会付議、前同理
- 2 -
由で答申保留となる。八月二日眼科、八月二〇日内科、一〇月一二日眼科各検診。
同五四年三月三〇日耳鼻咽喉科検診。七月三一日審査会付議、水俣病の可能性は否
定できないとして認定相当の答申。八月一日認定処分。
「3」 被上告人B16
昭和四八年六月四日申請。同四九年八月九日眼科検診。同日面接調査。八月一二
日限科、八月一三日耳鼻咽喉科、八月一四日内科各検診。同五〇年八月一六日審査
会へ諮問。九月二六日審査会付議、要観察(一定期間おいて検討)の理由で答申保
留となる。同五一年七月一九日眼科、七月二一日内科、七月二二日眼科各検診。一
〇月二九日審査会付議、前同理由で答申保留となる。同五三年一月二六日眼科、一
月二八日内科各検診。六月二三日審査会付議、前同理由で答申保留となる。同五五
年九月一一日から一四日までに内科、耳鼻咽喉科、精神医学の各検診を予定したが、
いずれも受診せず。
「4」 被上告人B6
昭和四八年六月六日申請。同四九年八月二九日眼科検診。一〇月三日面接調査。
同五一年六月一一日耳鼻咽喉科、七月三日内科、七月一〇日精神医学、九月九日眼
科各検診。一〇月一四日審査会へ諮問。一〇月二九日審査会付議、要観察(一定期
間おいて検討)の理由で答申保留となる。同五三年一〇月七日内科検診。同五四年
二月一六日審査会付議。二月二一日水俣病ではないとして棄却相当の答申。二月二
二日棄却処分。
「5」 被上告人B4
昭和四六年一二月五日内科、精神医学各検診。同四七年一〇月二五日眼科検診。
同四八年二月二三日眼科、耳鼻咽喉科各検診。六月七日申請。同四九年一〇月九日
面接調査。同五〇年八月一六日審査会へ諮問。九月二六日審査会付議、要観察(一
定期間おいて検討)の理由で答申保留となる。一一月一日耳鼻咽喉科検診。同五一
- 3 -
年二月一七日、四月八日眼科検診。一一月六日内科検診。同五二年一月二九日審査
会付議、前同理由で答申保留となる。同五三年九月五日眼科、一一月三日内科、一
一月九日眼科、一一月二五日耳鼻咽喉科各検診。同五四年四月二〇日審査会付議。
四月二六日水俣病の可能性は否定できないとして認定相当の答申。四月二七日認定
処分。
「6」 被上告人B7
昭和四八年六月一八日申請。同四九年一〇月五日眼科検診。一一月五日面接調査。
同五一年八月二六日耳鼻咽喉科、一〇月二四日精神医学、一一月六日内科各検診。
同五二年二月三日眼科検診。三月一五日審査会へ諮問。三月二六日審査会付議、要
観察(一定期間おいて検討)の理由で答申保留となる。同五四年一月七日内科検診。
六月一三日Z病院調査。七月二七日審査会付議。七月三一日水俣病ではないとして
棄却相当の答申。八月一日棄却処分。
「7」 被上告人B8
昭和四八年六月二五日申請。同四九年一〇月二八日眼科検診。一二月二〇日面接
調査。同五一年九月一七日耳鼻咽喉科検診。同五二年二月一五日内科、二月一九日
精神医学、五月一二日眼科各検診。六月七日審査会へ諮問。六月二五日審査会付議、
要観察(一定期間おいて検討)の理由で答申保留となる。同五四年五月四日内科、
五月一八日耳鼻咽喉科、五月二九日眼科各検診。同五五年一月一八日審査会付議。
一月二四日水俣病ではないとして棄却相当の答申。一月二五日棄却処分。
「8」 被上告人B9
昭和四八年七月二日申請。同四九年一二月三日眼科検診。同五〇年三月二七日面
接調査。同五一年一一月二二日耳鼻咽喉科検診。同五二年七月三日精神医学、七月
八日内科、九月八日眼科各検診。一一月一八日審査会へ諮問。一一月二五日審査会
付議、要観察(一定期間おいて検討)の理由で答申保留となる。同五四年一〇月二
- 4 -
八日内科検診。同五五年五月三〇日審査会付議。六月三日水俣病ではないとして棄
却相当の答申。六月四日棄却処分。
「9」 被上告人B10
昭和四八年七月二日申請。同四九年一二月三日眼科検診。同五〇年三月二七日面
接調査。同五一年一一月二二日耳鼻咽喉科検診。同五二年七月三日精神医学、七月
八日内科、九月二九日眼科各検診。一一月一八日審査会へ諮問。一一月二五日審査
会付議、要観察(一定期間おいて検討)の理由で答申保留となる。同五四年一〇月
二八日内科検診。同五五年五月三〇日審査会付議。六月三日水俣病ではないとして
棄却相当の答申。六月四日棄却処分。
「10」 被上告人B11
昭和四八年七月六日申請。同四九年一二月二〇日眼科検診。同五〇年四月一八日
面接調査。同五一年一二月七日耳鼻咽喉科検診。同五二年八月二一日内科、一〇月
二三日精神医学各検診。一二月一三日審査会へ諮問。一二月一七日審査会付議、要
観察(一定期間おいて検討)の理由で答申保留となる。同五四年一一月二二日内科
検診。同五五年八月二九日審査会付議。九月四日水俣病ではないとして棄却相当の
答申。九月五日棄却処分。
「11」 被上告人B17
昭和四八年七月二六日申請。同五〇年二月五日眼科検診。同五二年一月二八日耳
鼻咽喉科検診。一〇月七日面接調査。一〇月九日内科、一〇月二三日精神医学各検
診。同五三年一月一二日審査会へ諮問。一月二六日審査会付議、要観察(一定期間
おいて検討)の理由で答申保留となる。同五五年二月九日内科、二月二五日耳鼻咽
喉科各検診。一〇月二四日審査会付議、要再検(資料不足)の理由で答申保留とな
る。同五六年一月一四日、七月二八日眼科予診を予定したが、受診せず。同五七年
三月一六日、九月一日眼科予診を予定したが、受診せず。同五八年四月一九日眼科
- 5 -
予診を予定したが、受診せず。
「12」 被上告人B18
昭和四八年九月七日申請。同五〇年四月四日眼科検診。同五二年一〇月四日面接
調査。同五三年七月三一日耳鼻咽喉科、一二月一〇日内科、一二月一六日精神医学
各検診。同五四年三月一二日審査会へ諮問。三月二三日審査会付議、要観察(一定
期間おいて検討)の理由で答申保留となる。同五六年七月一〇日、一二月一日眼科
予診を予定したが、受診せず。同五七年七月二〇日、一一月一六日眼科予診を予定
したが、受診せず。同五八年七月二九日耳鼻咽喉科、八月二日眼科予診、九月二一
日内科の各検診を予定したが、いずれも受診せず。
「13」 被上告人B19
昭和四九年五月二日申請。同五二年三月二八日面接調査。同五三年五月三一日眼
科、六月二日耳鼻咽喉科、七月二二日内科、七月二三日精神医学各検診。九月一二
日審査会へ諮問。九月二八日審査会付議、要観察(一定期間おいて検討)の理由で
答申保留となる。同五六年六月二八日内科検診を予定したが、受診せず。
「14」 被上告人B20
昭和四九年八月二八日申請。同五〇年九月一一日眼科検診。同五二年六月一六日
耳鼻咽喉科検診。八月五日面接調査。同五三年七月九日精神医学、七月三〇日内科
各検診。同五四年一月一〇日審査会へ諮問。一月二五日審査会付議、要観察(一定
期間おいて検討)の理由で答申保留となる。同五六年三月一五日精神医学、五月二
二日耳鼻咽喉科、五月二六日、一〇月二七日眼料の各検診を予定したが、いずれも
受診せず。同五七年六月一六日眼科予診、一〇月一三日耳鼻咽喉科予診、一一月九
日眼科予診、一二月七日耳鼻咽喉科の各予診を予定したが、いずれも受診せず。同
五八年二月二三日、七月一三日耳鼻咽喉科予診、七月一五日眼科の各予診を予定し
たが、いずれも受診せず。
- 6 -
「15」 被上告人B12
昭和四九年八月三〇日申請。同五〇年九月一三日眼科検診。同五二年六月一七日
耳鼻咽喉科検診。八月二六日面接調査。同五三年三月二三日内科、四月二五日精神
医学各検診。同五四年一月一〇日審査会へ諮問。一月二五日審査会付議。一月三一
日水俣病ではないとして棄却相当の答申。二月一日棄却処分。
「16」 被上告人B21
昭和四九年九月一四日申請。同五二年一二月八日面接調査。同五三年三月二四日
耳鼻咽喉科、四月一五日内科、四月二五日精神医学、七月二四日眼科、九月一四日
眼科各検診。同五四年二月八日審査会へ諮問。二月一六日審査会付議、要観察(一
定期間おいて検討)の理由で答申保留となる。同五六年六月九日眼科、六月一〇日
耳鼻咽喉科、一〇月三〇日眼科、一二月八日耳鼻咽喉科予診の各検診を予定したが、
いずれも受診せず。同五七年六月二二日眼科予診、九月一一日内科、一一月四日耳
鼻咽喉科、一二月一四日眼科予診の各検診を予定したが、いずれも受診せず。同五
八年七月一五日眼科予診、七月二九日耳鼻咽喉科の各検診を予定したが、いずれも
受診せず。
「17」 被上告人B13
昭和五〇年一月一〇日申請。同五三年五月二日面接調査。一〇月六日耳鼻咽喉科、
一〇月一一日眼科各検診。同五四年二月三日内科、二月一五日眼科、四月七日精神
医学各検診。七月二〇日審査会へ諮問。七月二七日審査会付議。七月三一日水俣病
ではないとして棄却相当の答申。八月一日棄却処分。
「18」 被上告人B5
昭和四七年一一月一二日内科検診。同四八年一二月七日眼科、一二月二八日眼科
各検診。同五〇年一二月八日申請。同五三年五月一二日面接調査。九月二日内科、
一〇月一四日精神医学各検診。同五四年二月一〇日耳鼻咽喉科、七月二四日眼科各
- 7 -
検診。同五五年一月二四日眼科検診。四月二一日審査会へ諮問。四月二五日審査会
付議。五月一日水俣病の可能性は否定できないとして認定相当の答申。五月二日認
定処分。
「19」 被上告人B14
昭和五一年三月二日申請。同五三年七月二二日面接調査。一〇月七日内科、一〇
月二二日精神医学各検診。同五四年四月二日眼科、一〇月一二日耳鼻咽喉科各検診。
同五五年一月一四日審査会へ諮問。一月一八日審査会付議。一月二四日水俣病では
ないとして棄却相当の答申。一月二五日棄却処分。
「20」 被上告人B22
昭和五二年一月七日申請。同五三年一二月一四日面接調査。同五四年四月七日内
科、四月八日精神医学、六月二七日眼科、九月七日耳鼻咽喉科各検診。一二月六日
審査会へ諮問。一二月一四日審査会付議、要観察(一定期間おいて検討)の理由で
答申保留となる。
「21」 被上告人B15
昭和五二年五月一四日申請。同五三年一二月二二日面接調査。同五四年三月二四
日内科、八月五日精神医学、八月一〇日眼科、八月一八日耳鼻咽喉科各検診。同五
五年一月一七日眼科検診。八月二六日審査会へ諮問。八月二九日審査会付議。九月
四日水俣病ではないとして棄却相当の答申。九月五日棄却処分。
「22」 被上告人B23
昭和五一年三月二日申請。同五二年一二月一六日面接調査。一二月一八日精神医
学、一二月二四日耳鼻咽喉科、内科各検診。同五三年一二月二〇日眼科検診。同五
四年四月一四日審査会へ諮問。四月二〇日審査会付議、要観察(一定期間おいて検
討)の理由で答申保留となる。
「23」 被上告人B1
- 8 -
昭和四八年六月一一日申請。同四九年七月二二日眼科、七月二三日内科、七月二
四日耳鼻咽喉科各検診。同五一年二月四日面接調査。二月一七日審査会へ諮問。二
月二八日審査会付議、要観察(一定期間おいて検討)の理由で答申保留となる。五
月二七日眼科、五月二九日内科、精神医学各検診。八月二〇日審査会付議、要再検
(資料不足)の理由で答申保留となる。一一月二四日審査会付議、要観察(一定期
間おいて検討)の理由で答申保留となる。同五二年一〇月二九日審査会付議、一括
検討(同一症例を集めて審査)の理由で答申保留となる。同五七年九月審査会付議、
認定相当の答申。九月二日認定処分。
「24」 被上告人B24
昭和四九年四月一六日申請。同五三年一月二〇日面接調査。一月二一日内科、一
月二二日精神医学、一月二三日眼科、一月二七日耳鼻咽喉科各検診。四月二〇日審
査会へ諮問。四月二八日審査会付議、要観察(一定期間おいて検討)の理由で答申
保留となる。昭和五七年八月二二日神経内科検診を予定し、通知したが、八月一六
日Aa互助会から受診拒否の電話があった。
3 昭和四五年一月から同五五年三月までの間の各自ごとの申請件数、審査件数、
未処分件数累計は、原判決別表二記載のとおりである。
4 以上のような経緯の下で、(一) 昭和四八年一月から同四九年三月までは、
熊本県公害被害者認定審査会又は熊本県公害健康被害認定審査会(以下「審査会」
と総称する。)は二か月に一回開催され、各回平均八〇件を審査し、昭和五〇年五
月から同五二年一〇月までは、一か月に一回開催され、各回平均八〇件を審査し、
昭和五二年一一月以降は一か月に一回開催され、各回平均一二〇ないし一三〇件を
審査したから、こうした事実にかんがみると、昭和四八年当時においても、審査会
を一か月に一回開催し、各回八〇件を審査するという態勢を採ることが可能であり、
また昭和五〇年五月当時においても、審査会を一か月一回開催して各回一二〇件を
- 9 -
審査する態勢を採ることが可能であって、検診についても月に二〇日検診日を設け
一日当り六人検診するとすれば、一か月一二〇人を検診することは、どの時期にお
いても実施困難な数であるとは考えられない、(二) 「要観察」(一定期間おいて
検討)という理由による審査会の答申保留に関する事務処理については、むしろ「
判定不能」の答申をした上で、知事が審査会における各意見や疫学関係調査資料を
検討し、自らの行政的判断により処分すべきでないかと考えられる、(三) 審査会
におけるいわば書面審査については、書面のみによっては判断が困難な場合があり、
答申保留につながる場合があり得るから、その方法については改善の余地があるの
ではないかと考えられる、(四) 審査会において委員全員の意見が一致しない限り
答申しないという運用については、熊本県公害被害者認定審査会条例及び熊本県公
害健康被害認定審査会条例のとおり多数決で答申するか又は各意見併記の答申をす
る等の改善の余地があると考えられる、(五)審査会の構成につき、委員一〇名全員
が医師であるのを、他の公害に係る健康被害の補償に関し学識経験を有する者をも
加えることなどで改善の余地があるのではないかと考えられるとした上、昭和四九
年一一月から同五〇年四月までの六か月間は、水俣病認定申請患者協議会等の抗議
行動等が原因で審査会の審議ができなかったが、右期間における審査及び処分の停
止は客観的にみてやむを得ないものであったとした。以上の理由に基づいて、各被
上告人の申請に対する処分をしなかったことが違法とされる期間(以下「違法期間」
という。)を次のとおり認定した。
被上告人B2につき昭和四八年一一月から同五四年四月まで、同B3につき昭和
五〇年一月から同五四年七月まで、同B16につき昭和五〇年一月から同五七年八
月まで、同B6につき昭和五〇年一月から同五四年一月まで、同B4につき昭和五
〇年一月から同五四年三月まで、同B7につき昭和五〇年一月から同五四年七月ま
で、同B8につき昭和五〇年一月から同五四年一二月まで、同B9につき昭和五〇
- 10 -
年一〇月から同五五年五月まで、同B10につき昭和五〇年一〇月から同五五年五
月まで、同B11につき昭和五〇年一〇月から同五五年八月まで、同B17につき
昭和五〇年一〇月から同五七年八月まで、同B18につき昭和五一年一月から同五
七年八月まで、同B19につき昭和五一年五月から同五七年八月まで、同B20に
つき昭和五一年七月から同五七年八月まで、同B12につき昭和五一年七月から同
五四年一月まで、同B21につき昭和五一年八月から同五七年八月まで、同B13
につき昭和五一年九月から同五四年七月まで、同B5につき昭和五二年一月から同
五五年四月まで、同B14につき昭和五二年二月から同五四年一二月まで、同B2
2につき昭和五二年七月から同五七年八月まで、同B15につき昭和五二年一一月
から同五五年八月まで、同B23につき昭和五二年二月から同五七年八月まで、同
B1につき昭和五〇年一月から同五七年八月まで、同B24につき昭和五一年五月
から同五七年八月までの各期間が違法期間である。
5 右各認定申請に対する事務処理の経緯にかんがみると、知事においてその事
務処理の遅延を回避し得る可能性がなかったとはいえないし、知事がその事務処理
につき万全の措置を講じたものとは認め難いから、違法期間における処分遅滞につ
いては、知事に過失があった。
6 そして、右の違法期間における知事の不作為により被上告人らが焦燥、不安
の気持を抱き精神的苦痛を受けたものというべきである。ところで、上告人熊本県
は、上告人国の補助を得て昭和四九年から水俣病認定申請者治療研究事業を実施し、
その内容は逐年改善されてきていること、被上告人らは右事業に基づき、第一審判
決別紙「治療研究事業に係る医療費等支給実績一覧表」記載のとおりの給付を受け
ていることが認められるが、右給付は、申請事務処理期間中における医療費等の出
費を補てんするもので、処分の遅延による精神的損害を補てんするものではないが、
右の制度が実施されていることにより、ひいては被上告人らの精神的損害も軽減さ
- 11 -
れるというべきであり、このことも併せ考えると、本件処分の遅延により被上告人
らが受けた精神的苦痛を慰謝すべき金額は、違法期間一か月につき金五〇〇〇円を
もって相当というべきである。しかし、被上告人B16は昭和五五年九月以降、同
B17は昭和五六年一月以降、同B18は同年七月以降、同B19は同年六月以降、
同B20は同年三月以降、同B21は同年六月以降、同B24は昭和五七年八月以
降検診を受けないか、あるいは受診を拒否しているので、右被上告人らについては、
その認定申請に対する処分が遅延したことの原因の一半は、右被上告人らがその申
請に係る事務の処理に協力すべき義務を怠ったことにあるというべきであるから、
本件損害賠償の額を定めるにつき、右被上告人らの右過失をしんしゃくし、右受診
拒否等をした各期間については、右被上告人らが受けた精神的苦痛を慰謝すべき金
額は、前記金額からその二分の一を減じた金額をもって相当というべきである。
以上の理由によって、本件認定申請業務を知事に機関委任した上告人国は国家賠
償法一条一項に基づき、右の費用負担者である上告人熊本県は同法一条一項、三条
一項に基づき、各自、被上告人らに対し、損害賠償として原判決別表一記載の金額
の限度で各金員を支払うべきであると判断した。
二 しかしながら、原審の判断は是認することができない。その理由は、次のとお
りである。
1 被上告人らは、救済法又は補償法による認定申請に対する処分庁の処分が遅
延したことにより、認定申請者として焦燥、不安の気持を抱かされて精神的苦痛を
被ったとし、これが処分庁の不法行為になる旨主張して上告人らに対し慰謝料の支
払を求めるものであるから、まず、右に主張する認定申請者として焦燥、不安の気
持を抱くことのない利益が、具体的にはいかなる内容のものであって、それが不法
行為法上の保護の対象になり得るものであるかどうかについて検討する。
(一) 事業活動等に伴って生じた水質汚濁の影響により水俣病にかかり損害を被
- 12 -
ったと主張する被害者の損害賠償については、本来かつ究極的には、汚濁の原因物
質を排出した事業者との間で、不法行為による損害賠償に関する法理にのっとって、
協議によるか、又は訴訟等によって解決されるべきものであるが、事案の性質上、
その不法行為の成否、損害との間の因果関係、損害額の算定等は、複雑困難であり、
当事者間の協議はもとより訴訟によるときも、一般的にかなりの労力と日時を要す
るものであることはいうまでもない。したがって、水俣病など、地域的にも相当広
範囲において多数の者に健康被害が生じているものについては、これらの被害者の
救済、保護について、当事者間の協議又は訴訟等による解決のみに任せることは、
必ずしも適切ではないとして、事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわた
る著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため、その影響による疾病が多発した
場合において、当該疾病にかかった者に対し、医療費、医療手当及び介護手当の支
給の措置を講ずることにより、公害健康被害者の応急的な健康被害についての救済
を図ることを目的として、救済法(昭和四四年一二月一五日公布、三条等の規定は
同日施行)が制定され、さらに、右の大気の汚染又は水質の汚濁の影響による健康
被害に係る損害をてん補するための補償を行うとともに、被害者の福祉に必要な事
業を行うことにより、健康被害に係る被害者の迅速かつ公正な保護を図ることを目
的として、補償法(昭和四八年一〇月五日公布、同四九年九月一日施行)が制定さ
れたのである。すなわち、水俣病被害に関していえば、救済法三条一項又は二項に
より、都道府県知事又は市長は、水俣病にかかったとする者の認定申請に基づき、
公害被害者認定審査会の意見を聴いて、その者の疾病が水俣病であるときはその旨
の認定を行う(又は水俣病であることが認められないときは、申請を棄却する。)
こととし、その認定を受けた者に対し、医療費、医療手当及び介護手当の支給を行
って、その者の応急的救済を図ることとしていたし、救済法には明文の規定は存し
ないが、行政通達(昭和四五年一月二六日付環公庶第五〇〇八号「公害に係る健康
- 13 -
被害の救済に関する特別措置法の施行について」)により、認定はその申請の日に
さかのぼって行うことができることとされていた。また、補償法では四条二項又は
三項により、都道府県知事又は市長は、水俣病にかかっていると認められる者の認
定申請に基づき、公害健康被害認定審査会の意見を聴いて、水俣病である旨の認定
を行う(又は水俣病であることが認められないときは申請を棄却する。)こととし、
その認定を受けた者に対しては、水俣病による健康被害に対する補償として、補償
給付の請求に基づき、同法三条一項各号に掲げる給付が支給されることとなったの
である。しかも、右の認定は、事案の性質上相当の期間を要することが予想される
こと等から、認定はその申請のあった日にさかのぼって効力を生ずるものとし(補
償法四条五項)、さらに、補償給付の支給請求も、認定申請をすれば直ちにできる
こととし(同法一〇条一項)、その支給処分(その処分があって初めて補償法によ
る補償請求権が発生する。)の効力もその請求時にさかのぼって生ずることとして
(同条二項)、右の認定の遅延による申請者、請求者の補償受給に関する不利益を
可及的に除去することができるよう配慮されているのである。また、補償法の施行
に伴い廃止された救済法による認定を受けている者は、政令の定めるところにより
補償法による認定を受けた者とみなされ(補償法附則一一条)、救済法の認定の申
請をしている者に対しては、従前の例によりその認定をすることができ、その認定
を受けた者は、政令の定めるところにより補償法による認定を受けた者とみなされ
ることとされている(同附則一二条)。
(二) 他方、右の認定の判断には相当長期間を要することにかんがみ、認定申請
をした者の認定前における医療負担を軽減するため、行政措置ではあるが、上告人
熊本県が上告人国の補助を得て昭和四九年度から実施した「水俣病認定申請者治療
研究事業」により認定申請をした者のうち一定の要件に該当した者に対し、救済法
上認定を受けた者に対するとほとんど異ならない治療費等の支給が行われてきたの
- 14 -
である。
(三) 以上のとおり、認定申請をした者は、直ちに医療費等の補償給付の支給請
求をすることにより、認定処分がされれば、認定の効力は認定申請の時にさかのぼ
って生じ、補償給付の支給も右の請求の時、すなわち認定申請の時にさかのぼって
されることになるのであり、また認定申請をすれば、一定の要件に該当する限り(
被上告人らの場合はこれに該当する。)、前記(二)の行政措置により医療給付が受
けられる状況にあり、これらを総合して考えれば、現実の受給の時期的な遅れはあ
るものの、少なくとも認定の遅れによる救済補償関係の通常の財産的損失は、実質
的には、ほとんど解消されているものといえる。
(四) このように救済法及び補償法の下における認定申請は、申請者が健康被害
としての水俣病患者であるかどうかの的確な応答を求めるためのものであるところ、
少なくともその認定の遅延に伴う通常の財産的損失については実質的にはほとんど
解消されているといえるのである。そうすると、右認定申請手続において、処分遅
延により申請者が抱くであろう不安、焦燥の気持というのは、結局、処分庁から処
分さえあれば、それが認定又は棄却いずれの判定のときでも解消する性質のもので
あるから、これは、およそ一般的に、ある行政認定の申請をした者が処分遅延によ
り抱くであろう不安、焦燥の感情と大差がないものといえなくはない。
しかし、本件の認定申請者は、難病といわれ特殊の病像を持つ水俣病にかかって
いる疑いのままの不安定な地位から、一刻も早く解放されたいという切実な願望か
らその処分を待つものであろうから、それだけに処分庁の長期の処分遅延により抱
くであろう不安、焦燥の気持は、いわば内心の静穏な感情を害するものであって、
その程度は決して小さいものではなく、かつ、それは他の行政認定申請における申
請者の地位にある者にはみられないような異種独特の深刻なものであると推認する
ことができる。
- 15 -
(五) ところで、一般的には、各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な
形で現れている現代社会においては、各人が自己の行動について他者の社会的活動
との調和を充分に図る必要があるから、人が社会生活において他者から内心の静穏
な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきも
のというべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利
益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態
様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。
これを本件についてみるに、既に検討したように、認定申請者としての、早期の
処分により水俣病にかかっている疑いのままの不安定な地位から早期に解放された
いという期待、その期待の背後にある申請者の焦燥、不安の気持を抱かされないと
いう利益は、内心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保
護の対象になり得るものと解するのが相当である。
2 次に、本件において、認定申請者の内心の静穏な感情を害されないという利
益が法的保護の対象になり得るとしても、処分庁の侵害行為とされるものは不処分
ないし処分遅延という状態の不作為であるから、これが申請者に対する不法行為と
して成立するためには、その前提として処分庁に作為義務が存在することが必要で
ある。けだし、他者の不作為により内心の静穏な感情が害され、不安感、焦燥感を
抱く結果になることがあることは否定できないとしても、作為義務を前提としない
不作為それ自体は、法的に意味のある行為と評価することはできないからである。
また、作為義務のある場合の不作為であっても、その作為義務の類型、内容との
関連において、その不作為が内心の静穏な感情に対する介入として、社会的に許容
し得る態様、程度を超え、全体としてそれが法的利益を侵害した違法なものと評価
されない限り、不法行為の成立を認めることができないと解すべきである。
これを、本件についてみると、次のとおりである。
- 16 -
(一) 救済法及び補償法の下で、申請者から認定申請を受けた知事は、それに対
する処分を迅速、適正にすべき行政手続上の作為義務があることはいうまでもなく、
これに対応して、認定申請者には、申請に対して迅速、適正に処分を受ける手続上
の権利を有することになる。しかしながら、知事の負っている右作為義務は、申請
者の地位にある者の内心の静穏な感情を害されないという私的利益の保護に直接向
けられたものではないから、右の行政手続上の作為義務が直ちに後者の利益に対応
するものとはいえず、これについては別途の考察が必要である。
そして、救済法及び補償法からは、認定申請に対する処分の遅延そのものに対す
る申請者の内心の不安感、焦燥感等に対して、これに特別の配慮を加え、その利益
のために一定期間内に処分すべき旨を定めた法意を見いだすことはできない。もっ
とも、被上告人らのうち、前記一の2の「1」、「2」、「4」ないし「10」、
「12」ないし「15」の各被上告人らと知事との間には、熊本地裁昭和四九年(
行ウ)第六号、昭和五〇年(行ウ)第六号水俣病不作為の違法確認請求事件の確定
判決があることは、原審の認定するところであるが、この訴訟の性質からすれば、
その違法であることの確認の趣旨は、右訴訟の弁論終結時点において、知事が処分
をすべき行政手続上の作為義務に違反していることを確認することにあるから、こ
れが直ちに認定申請者の右の法的利益に向けた作為義務を認定し、その利益侵害と
いう意味での不作為の違法性を確認するものではないと解すべきである。
(二) しかし、救済法及び補償法の中に、認定申請者の右のような私的利益に直
接向けられた作為義務の根拠を見いだし難いとしても、一般に、処分庁が認定申請
を相当期間内に処分すべきは当然であり、これにつき不当に長期間にわたって処分
がされない場合には、早期の処分を期待していた申請者が不安感、焦燥感を抱かさ
れ内心の静穏な感情を害されるに至るであろうことは容易に予測できることである
から、処分庁には、こうした結果を回避すべき条理上の作為義務があるということ
- 17 -
ができる。
そして、処分庁が右の意味における作為義務に違反したといえるためには、客観
的に処分庁がその処分のために手続上必要と考えられる期間内に処分できなかった
ことだけでは足りず、その期間に比してさらに長期間にわたり遅延が続き、かつ、
その間、処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを
回避するための努力を尽くさなかったことが必要であると解すべきである。
そこで、本件において、処分庁たる知事が、故意又は過失により右のような条理
上の作為義務に違反しているかどうかについて検討するに、原審が確定した前記一
の事実によれば、被上告人らの認定申請については、その申請時から処分時まで、
あるいは未処分のまま第一審の口頭弁論終結時に至るまで長期間経過したものがあ
り、申請の中には最高九年余の期間を経過したものもあるというのであるから、そ
の時間的経過だけでみる限り、知事が右作為義務に違反しているかのように考えら
れないわけではない。しかし、その間、知事が処分することが可能であったかどう
か、また知事が遅延解消のための通常期待される努力を尽くさなかったかどうかに
ついての原審の認定判断は、次に検討するとおり、にわかに是認することができな
い。
(1) 原審は、前記一の4のとおり、原判決別表二記載のような昭和四八年一月
以降の処分庁の処理実績の経緯にかんがみれば、検診・審査の態勢及び運用方法を
改善して、検診について昭和五〇年五月から各月一二〇人の実施が可能であり、ま
た、審査会の審査についても、昭和四八年当時において月一回審査会を開催して各
回平均八〇件の処理が可能で、昭和五〇年五月当時においても月一回開催して各回
平均一二〇件の処理が可能であり、さらに、審査会の運営についても、要観察等の
理由による答申保留の措置は不要であって一回の審査会付議によりすべて答申でき
るように改善する余地があったなどとし、こうしたことを前提にして、各被上告人
- 18 -
につき、申請当時の審査会の審査未了件数を右処理可能件数で除することにより、
当該被上告人の審査が可能となる時期を推認し、更に重症の申請者の審査順位の繰
り上げによる遅延を加味した上、各被上告人ごとに処分をすべき時期(以下「処分
可能時期」という。)を、最低六月内から最高二年四月内とした上、その時期を経
過後の期間につき知事が処分をしなかったことが違法であり、かつ、そうした結果
を回避できなかった点に知事に過失があると判断している。
しかしながら、右の原審の判断は、本件各認定申請の処理のための検診・審査の
態勢及び運用方法について、それが実現可能とする前提事実を認定しその具体的根
拠を示すことがないのであって、ただ、後の時点での処理実績を唯一の根拠として、
その前の時点での処理可能時期をいわば算術的に試算し推認したものとみるほかな
いのであるから、これに合理性を見いだすことができない。すなわち、前記一の確
定事実によれば、本件認定申請に対して知事が処分をするためには、個々の認定申
請者について水俣病患者であるか否かの判定が不可欠のものであるから、各認定申
請者の疾病のそれぞれの症状に応じて、眼科、内科、神経内科、耳鼻咽喉科、精神
医学等の知見による専門家の検診や面接調査を経て審査会に付議をしその答申を受
けるという一連の認定事務処理手続が前提になっていたのである。したがって、各
認定申請に対する処分のためにどの程度の時間が必要かを判断するには、その前提
として、当時の全体の認定申請件数、これを検診及び審査する機関等の能力、その
内容や運営方法、申請者側の協力等の具体的諸事情を認定して、これを総合的に判
断して検討する必要があるといわなければならない。ところが、原審の確定した事
実からみるかぎり、被上告人らの本件認定申請があった昭和四七年末から同五二年
初めまでの間は、原判決別表二記載のように、水俣病患者認定の申請件数が集中増
加し始め、未処分件数の累計も四一一件から三五〇〇件余までに達していた状況に
あったというのであるから、こうした事情の下で、検診及び審査等の能力の限界を
- 19 -
知るためには、特殊の病像を持つ水俣病についての専門的かつ高度の学識を有する
検診医等及び審査委員を右申請件数増加に対応してどれだけ増員し確保することが
できたのか、検診及び審査等の内容やその運用方法につきどのような改善が可能で
あったのか等について、その具体的事実の下での検討が不可欠となるはずである。
したがって、原審のように、ある時点の過去の処理実績から、その前の時点におけ
る処分可能性を算術的に判定して、処分可能時期を断定してしまうことは、経験則
に違反する不合理な認定というほかはない。
(2) また、原審は、被上告人らの申請に対する処分可能時期を確定する際、認
定申請者についての審査会における審査が可能となれば、直ちに審査会の判定が可
能であり、さらに、知事においては右の答申を得た上直ちに処分が可能であると判
断しているように見受けられる。そして、原審は、この点に関連して、審査会の委
員資格の緩和、審査・答申方法等について改善の余地があると指摘した上、知事は、
審査会から判定不能の答申を受けても審査時の意見や疫学関係調査資料を検討し、
自らの行政的判断で処分をすれば答申保留による処分の遅延が回避できたはずであ
るとしている。
しかし、前記一の確定事実によれば、申請者の中には、一回の審査会では答申さ
れず、数回にわたり要観察(一定期間おいて検討)又は要再検査(資料不足)の理
由で答申保留となった者も相当数あったし、そうした場合には、その後も右の検診
や面接手続を繰り返し実施されていたことが明らかであるが、処分庁である知事が
採用した右のような実施方法は、水俣病り患の有無を判定する過程において判定の
正確性を期するために採られた方策であり、その判定が必ずしも容易でないことを
考えれば、右の方策をもって直ちに不適当と断ずることは困難である。
もっとも、被上告人らの申請者の立場に立てば、右のように何回かにわたり検診、
審査等を繰り返されることは、それ自体によっても深刻な不安感、焦燥感を抱くで
- 20 -
あろうことも容易に想像できるところである。そもそも、本件の認定業務は、その
結果につき公害健康被害不服審査会への審査請求が予定され、更には訴訟をもって
争う途が開かれていることを考えれば、いわばその出発点をなす前提業務であると
位置付けることができる。このような立場にある知事としては、本件の特殊性のゆ
えに判定のため慎重な手順を踏むことはもとより大切なことであるが、同時に適正
迅速な処理を心掛けることもまた行政機関の重要な使命であるということもできる。
このような観点から知事の処分可能性を考察する必要があるが、当時の具体的諸
事情の下で、原審が指摘するような各種の方策を採用することが可能であったかど
うか、また、より早期の処分のためその手続に改善の余地があったかどうか、改善
の余地があったとしても知事において改善のための諸施策を実施し難い困難な事情
がなかったかどうかについて、それぞれの前提事実を認定して判断を加えなければ、
右の処分可能性について判定することができないはずである。したがって、原審が
こうした認定判断を省略して、審査の可能性が必然的に判定の可能性や処分の可能
性に直結するものと考えたものとすれば、これは合理性を欠くものというほかはな
い。
(3) さらに、原審の認定事実によれば、被上告人らの本件認定申請に対する処
分が遅延していた期間(違法期間)のうち昭和四九年一一月から同五〇年四月まで
は、申請者らで組織された水俣病認定申請患者協議会等の抗議行動等があり、それ
が原因で審査会の審議ができなかったことがあったし、特に、被上告人らのうち、
被上告人B16は昭和五五年九月以降、同B17は昭和五六年一月以降、同B18
は同年七月以降、同B19は同年六月以降、同B20は同年三月以降、同B21は
同六月以降、同B24は昭和五七年八月以降、いずれも検診を受けないか又は受診
を拒否していたというのである。ところが、原審の判断においては、右の点が処理
可能時期の確定に直接関連する事情とは考えられておらず、ただ、これらの被上告
- 21 -
人らについて、受診拒否等をした期間において、その認定申請に対する処分が遅延
したことの責任の一半は、当該被上告人らがその申請に係る事務の処理に協力すべ
き義務を怠ったことにあるとして、損害賠償の額を定めるにつき右過失をしんしゃ
くし、賠償額を二分の一に減額する事由にしているにすぎない。
しかし、審査会における審査が検診によって得られた資料に基づいて水俣病にか
かっているかどうかを判定するものである以上、受診拒否等によって判断資料を得
ることができない申請者については、審査会は審査をすることができず、したがっ
て、処分庁も処分をすることができないのは当然であって、単に処分遅延の責任の
一半がこれらの被上告人らにあるとするにとどめることができないことは明らかで
ある(このような申請者側の不協力の事情が、個々の認定申請者の処分の遅延だけ
でなく、本件認定申請全体の関連業務の遅延にも少なからず影響を与えたのではな
いかと考えられるが、具体的にどのような影響を与えたのかは明確ではない。)。
少なくとも、受診拒否等の右被上告人らについては、受診拒否等をした時点以前に
おいて受けた検診によって得られた資料によって判定ないし処分をすることが可能
であったかどうかを確定しなければ、処分可能時期の判断はできないものというべ
きである。
(4) 以上のとおり、被上告人らの本件認定申請に対する処分のためにどの程度
の期間が必要であったかは、その当時の全体の認定申請件数、これを検診及び審査
する機関の能力、検診及び審査の方法、申請者側の協力関係等の諸事情を具体的個
別的に検討して判断すべきものであるところ、原審においてこれら諸事情の存否が
確定されていないのであるから、被上告人らの各申請に対してどの程度の期間があ
れば処分が可能であったのかは明らかではない。
もつとも、前説示のとおり、前記一の2の「1」、「2」、「4」ないし「10」、
「12」ないし「15」の被上告人の各認定申請については、少なくとも昭和五一
- 22 -
年七月二一日の時点において、知事が応答処分をすべき手続上の義務に違反してい
る状態を確認した確定判決があるのであるから、このことから、右の認定申請に対
しては、処分可能時期が経過した後も知事が処分をしていなかったものと推認でき
ないわけではない。しかし、仮に右の処分可能時期の認定が相当であって、それ以
後も知事が処分をしないままに時が経過することがあったとしても、前記諸事情の
認定がされていない限り、その間、知事が認定業務を処理すべき者として通常期待
される努力によって遅延を回避することができたかどうかは明らかではないので、
不当に長期間にわたり知事が処分しない状態にあり、これが被上告人らの内心の静
穏な感情を害されない利益を侵害するものとして、全体として法の許容しない違法
な行為と評価すべきかどうか、ひいては知事が故意にこうした結果を回避しなかっ
たか又は回避すべき義務を怠った点に過失があったことになるのかどうかについて
も、判断することができない。
3 そうすると、右の点につき認定判断することなく、知事の処分の遅延を被上
告人らに対する過失による違法な侵害行為としてとらえ不法行為の成立を認めた原
審の認定及び判断には、国家賠償法一条一項の解釈を誤ったか、経験則違背ひいて
は審理不尽ないし理由不備の違法があるものといわざるを得ず、右違法が判決に影
響を及ぼすことは明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、原判決のう
ち上告人ら敗訴の部分は破棄を免れない。
三 よって、右の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこ
とが相当であるので、民訴法四〇七条に従い、裁判官香川保一の反対意見があるほ
か、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官香川保一の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見が原判決中上告人ら敗訴の部分を破棄すべきだとした点には異論
がないが、その理由には賛成できず、次に述べるような理由から、本件を原審に差
- 23 -
し戻すことなく、被上告人らの請求を棄却すべきであると考える。
原審は、認定申請をした者はその申請に対し相当期間内に処分(認定又は申請棄
却の処分)がされることにより焦燥、不安の精神的苦痛を被ることのない法的利益
を有することを前提として、知事の処分遅滞、すなわち不作為により被上告人らの
右の法的利益が侵害され、右の精神的苦痛を与えたとして、被上告人らの精神的損
害を賠償すべきものとしている。
そこで、まず、救済法又は補償法において、右のような法的利益を認めているか
どうかを検討するに、救済法又は補償法の下において、知事は、認定申請に対し適
正、迅速な処分をすべき行政手続上の義務があることはいうまでもないが、個々の
申請人に対し、右の精神的苦痛を生ぜしめないようその処分を相当期間内にすべき
私法上の義務を負うものではもとよりなく、また、申請人は、処分が相当期間内に
されることにより右の精神的苦痛を被らないことを請求する権利を有するものでな
いことも明らかである。本来、認定申請は、救済法又は補償法による補償給付を受
けるための前提手続として、補償給付を受けるための要件である水俣病り患の認定
を求めることに尽きるのであって、迅速に認定されることにより早期に右の補償給
付を受け得る法的利益のあることはいうまでもないが、水俣病にり患しているかど
うかの不安の解消を目的としてするものではない。認定申請の趣旨、目的は、申請
人が自ら水俣病にり患している者として、補償給付を受けるための迅速な認定を求
めるところにあるのであって、申請人としては、難病である水俣病り患のおそれの
あることによる不安の精神的苦痛は既に生じており、その苦痛に耐えての申請であ
ることは否定し得ないが、そのような精神的苦痛を生ぜしめないことは、救済法又
は補償法の埒外のことといわざるを得ない。したがって、被上告人らの「内心の静
穏な感情」ないし「焦燥、不安の精神的苦痛を被ることのないことの法的利益」が
認定申請に対する処分の遅滞により侵害されて生ずるとされる「焦燥、不安の心情
- 24 -
ないし精神的苦痛」なるものは、具体的にいかなる内容のものであるかは必ずしも
明確ではないが、申請人としての地位、立場においては、水俣病にり患しているか
どうかの不安による精神的苦痛に関しては、これを含まないものといわざるを得な
い。強いていえば、補償給付を一日でも早く受けるための認定が遅滞していること
に対する焦燥感又は認定申請に対する棄却処分により補償給付が受けられなくなる
ことの不安感とも解され、結局、認定申請に対する処分がされないことにより補償
給付が受けられるかどうかが決しかねる不安定な精神状態をいうものと解するほか
ない。このような認定申請及びそれに対する処分の性質、特に右の処分未済の間に
おける「焦燥、不安の心情ないし精神的苦痛」の実質を考えれば、認定申請は、法
的には補償給付を受けるためにのみなされるのであり、その面から知事が適正、迅
速な処分をすべき行政手続上の法的義務があり、その義務に違背して認定が遅滞し、
又は誤って申請を棄却した場合における補償給付に関する財産上の損害賠償の問題
が生ずることは別として、認定申請が難病である水俣病のり患にかかわるものであ
ることを考慮に入れても、「内心の静穏な感情」あるいは「焦燥、不安の精神的苦
痛を被らない利益」なるものは、不法行為による精神的損害賠償における侵害の対
象としての権利ないし法的利益とは到底いえず、救済法又は補償法が、認定申請を
受けた知事において、申請人の右のような焦燥、不安の精神的苦痛を回避すべき私
法上の作為義務があるものとしているとは到底解し得ないし、条理上もそのような
作為義務も見いだし得ない。
次に、民法において、原審のいう「焦燥、不安の精神的苦痛を被ることのない法
的利益」なるものが不法行為による精神的損害賠償における侵害の対象としての法
的利益として肯認されるかどうかを検討するに、同法七〇九条における侵害の対象
である「権利」は、実定法上権利とされているもののみならず、その侵害が違法性
ありと法的に評価される利益(法的利益)をも包含すべきものであるが、その権利
- 25 -
ないし法的利益の侵害、すなわち不法行為があった場合の賠償されるべき損害は、
財産上の損害を原則とするのであって、精神的損害に対する賠償は、「他人ノ身体、
自由又ハ名誉」(その意義は、狭義に解すべきではなく、法的にこれらに準ずべき
ものと評価されるものも含まれるであろう。)を法的利益としてそれを侵害した場
合に限られ(同法七一〇条)、さらに、生命の侵害の場合ですらそれによる精神的
損害の賠償を請求できるのは、被害者の父母、配偶者及びその子のみに限定されて
いるのであって(同法七一一条)、これらの者以外の者の精神的苦痛がいかに大で
あっても、その精神的苦痛の損害賠償を請求することが肯認されていないのである。
これらの法意は、およそ主観的な精神的苦痛ないし損害なるものは、その発生、内
容、程度等において人により千差万別であるから、そのすべてを賠償すべきものと
することは、社会軌範として到底容認されるものではなく、社会通念上その侵害が
あれば当然に精神的損害が生ずるものと観念される法的利益すなわち社会軌範とし
てその侵害に対し法的に保護すべきものとして当然肯認される法的利益を「身体、
自由又ハ名誉」に限定し、しかも最も重大な生命の侵害の場合も、加害者の精神的
損害賠償の負担を社会通念上相当とする範囲に抑制しようとする立法政策によるも
のである。この理は、国家賠償法においても異なるところはない。
もともと不法行為による精神的損害の賠償とは、具体的な特定の法的利益により
維持され、支えられている相応の苦痛のない精神状態が当該法的利益の侵害により
社会通念上当然生ずるとされる当該苦痛すなわち損害を賠償することである。それ
を、抽象的な、具体的にはその内容のさだかでない「焦燥、不安の精神的苦痛を受
けないこと」又は「内心の静穏な感情」を法的利益とし、その侵害すなわち精神的
苦痛(その苦痛も、法的利益そのものが抽象的であるため、同じく具体的内容のさ
だかでないもの)の生じたことを精神的損害として、その賠償をすべきものとする
ことは、法的利益と精神的損害を概念的に別個のものと観念したからといって、抽
- 26 -
象的な精神的損害を受けないことを法的利益とすることにほかならないのであって、
結局、およそ主観的な、具体的内容のさだかでない精神的苦痛が生じたものとして、
その賠償をすべきものとすることに帰着するものといわざるを得ない。
さらに生命の侵害の場合ですらそれによる精神的損害の賠償を請求できるのは、
同法七一一条により被害者の父母、配偶者及びその子のみに限定しているのであっ
て、これらの者以外の者(被害者の祖父母、婚約者等)については、被害者の生命
がこれらの者の法的利益とはされていないのみならず、「被害者の生命を侵害しな
いことによる精神的苦痛を被らない利益」なるものをその固有の法的利益としてい
ないことも明らかである。それは、もちろん加害者の賠償負担の抑制を図るためと
同時に、被害法益を限定することにより精神的損害を社会通念上の相当とされるも
のに限定しようとする立法政策によるものであって、それを、一般的に「精神的苦
痛を被らない利益」を法的利益としてその精神的苦痛の損害を賠償すべきものとす
るならば、同条のみならず同法七一〇条自体の法意を無視するものといわざるを得
ない。
さらに、法的利益の侵害と精神的損害を概念的に別個のものとするために、本件
において主張される「焦燥感、不安感」なるものを、「内心の静穏な感情を害され
たことにより生じた一種の精神的苦痛」であるとして、「内心の静穏な感情」を法
的利益とするとしても、そもそも「内心の静穏な感情」とはいかなる内容、実質の
感情を指摘するかが不明であり、結局「精神的苦痛を感じていない状態の感情」と
しか捉えようがなく、このような感情なるものを法的概念として堪えるものとは到
底いえない。
要するに、不法行為による精神的損害の賠償は、右のような「焦燥、不安の精神
的苦痛を被らない利益」又は「内心の静穏な感情」それ自体を維持し、支えている
特定のものが侵害され、その侵害により社会通念上当然生ずるとされる「焦燥、不
- 27 -
安」の精神的苦痛又は内心の感情が静穏でない精神的苦痛を損害として請求するこ
とができることとなるのであって、右の「特定のもの」が正に権利又は法益である。
それを「精神的苦痛を被らない利益」ないし「内心の静穏な感情」自体を法的利益
とすることは論理的に誤りというほかはない。
そして、侵害行為又は精神的苦痛の内容、態様、程度等によって法的利益又は法
益侵害の成否が決せられるとする考え方を採っても、「精神的苦痛を被らない利益」
又は「内心の静穏な感情」については、これを法的利益と評価することの誤りは、
これを是正する余地のないものといわざるを得ない。
以上のとおり、本件知事の処分遅滞があったとしても、それによる被上告人らの
精神的苦痛すなわちその損害に対する上告人らの国家賠償法による賠償責任は、認
める余地がないものというべきところ、これを認めた原審の判断は、国家賠償法一
条一項の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすこと
が明らかであるから、原判決のうち上告人ら敗訴の部分を破棄し、被上告人らの請
求を棄却すべきである。
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官 香 川 保 一
裁判官 藤 島 昭
裁判官 中 島 敏 次 郎
裁判官 木 崎 良 平
- 28 -