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札幌地方裁判所 平成10年(ワ)116号 判決 1998年6月26日

主文

一  原告が、破産者株式会社協同広告社に対して二四三万二五九五円の社内預金債権を優先権のある破産債権として有することを確定する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

一  原告の請求

原告が、破産者株式会社協同広告社に対して三〇〇万六七八二円の社内預金債権を優先権のある破産債権として有することを確定する。

二  原告の請求原因

1  株式会社協同広告社(以下「破産会社」という)は、平成九年二月二五日、札幌地方裁判所において破産宣告を受け(同庁平成九年フ第二〇七号事件)、被告が破産管財人に選任された。

2  原告は、破産会社の社内貯蓄管理規程(昭和五八年三月一五日実施)に基づき、平成九年一月二四日までに、合計三〇〇万六七八二円の社内預金(以下「本件預金」という)をした。

3  被告は、平成九年六月二四日の債権調査期日において、本件預金債権を優先権のある破産債権としてなした届出に対し、異議を述べた。

4  しかし本件預金債権は、以下のとおり、優先権のある破産債権に該当する。

(一)  破産会社では、昭和五八年から、社内貯蓄管理規程に基づき、社内預金制度が実施されていた。

右規程によると、預金者の資格範囲は、見習社員以上の従業員に限り、預金の源泉は、従業員が会社から労働の対価として支払われる毎月の給料又は賞与とする。預金の金額は、最低一〇〇〇円とし、預金残高限度額は三〇〇万円までとする。預金の一人当たり一か月の預け入れ限度額は毎月の給料の場合は額面給与の一五パーセント以内、賞与の場合は額面の三〇パーセント以内とする、預金希望者で毎月継続的に預金を実施する預金者については、事前に月々の預金額を経理部門に届出しておき、給料又は賞与から天引きすることが出来る、継続的にその都度預金を実施する場合には所定の入金伝票に金額を記入し、記名、捺印の上、通帳とともに経理部門に提出する、会社は、預金者が退職又は解約する場合には速やかにその預金者の預金残高を精算の上返還する、会社は、当該預金の保全措置のため、毎年九月末と三月末現在における預金残高の最低五〇パーセント以上の金額について金融機関に預け入れる保全措置を講じる(ただし、実際には保全措置がとられていなかった)、とされていた。

(二)  原告は、昭和五四年二月、破産会社に入社し、平成七年六月二八日、取締役に就任し、媒体局長から企画製作統括局長になった。原告は、毎月の給与と賞与からの天引による社内預金をしてきた。平成九年一月二四日までに合計三〇〇万六七八二円の預金債権になった(なお、平成七年六月二七日の時点では、二四三万二五九五円の預金債権があった)。

(三)  原告は、取締役に就任後も従業員を兼務していた。社内預金ができる従業員との資格は失っていない。札幌公共職業安定所から兼務役員として雇用保険受給資格の認定を受けている。

(四)  商法二九五条は、「会社と使用人との間の雇用関係に基づき生じたる債権を有する者は会社の総財産の上に先取特権を有する」と規定する。

社内預金は、賃金及び賞与から組み入れられた実質的未払賃金であり、雇用関係から直接生じた債権であり、先取特権を有する優先債権に該当する。

(五)  原告以外の従業員に対する社内預金は、破産宣告直前に払い戻された。

5  よって、原告は、被告に対し、本件預金債権を優先権のある破産債権として有することの確定を求める。

三  原告の請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4は争う。

5  被告の主張

本件預金債権は、破産法上の優先権を有する破産債権ではない。

(一)  破産会社の貯蓄金管理規程は、預金をするか否かは従業員の任意であり、破産会社の強制によるものではない。預入限度額は決められているが、その限度内でいくら預け入れるかは従業員が任意に決めることができる。従業員は、いつでも自由に払戻しができる。また、社内預金は、昭和六二年四月一日以降、年利六パーセントと定められている。市中金利よりはるかに高率であり、従業員は、高金利の取得を目的として社内預金をしている。

本件預金は、雇用関係を契機としているが、実質は高利の利息取得を目的とした商取引であり、一般債権と区別して保護すべき実質的理由は見当たらず、商法二九五条にいう「雇用契約に基づき生じたる債権」に該当しない。

(二)  社内預金については、労働基準法一八条二項以下に規定がある。事業主がその労働者の委託を受けて預金を管理しようとする場合の規定である。当然、預金者の資格は労働基準法九条に規定する労働者に限られる。労働基準法九条にいう「労働者」が事業主に委託した社内預金の場合にのみ、商法二九五条にいう「会社と使用人との間の雇用契約に基づき生じたる債権」に該当し、優先的破産債権となる。

原告は、平成七年六月二八日、使用人としては破産会社を退社して退職金を受け取り、取締役に就任している。

退職時までの社内預金二四三万二五九五円について、原告は破産会社に返還請求しなかったから、社内預金としての権利主張を放棄し、事実上預託したに過ぎない。

退職後の社内預金は、労働基準法九条にいう労働者の預金ではないから、労働基準法一八条二項の適用を受けない。

(三)  破産会社の貯蓄金管理規程では、預金残高限度額を三〇〇万円と定めている。これを超える金額は、社内預金ではないから、三〇〇万円を超える部分は、優先権を有する破産債権ではない。

(四)  社内預金を優先権を有する破産債権あるいは一般破産債権としても届け出た破産会社の取締役は、原告のみである。他の取締役には、破産債権として届出をしたものはいない。

四  証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件預金債権が優先権を有する破産債権に該当するか否かを検討する。

1  商法二九五条は、「身元保証金ノ返還ヲ目的トスル債権其ノ他会社ト使用人トノ間ノ雇用関係ニ基キ生ジタル債権ヲ有スル者ハ会社ノ総財産ノ上ニ先取特権ヲ有ス」と規定している。

使用人の給料は、使用人自身やその家族の生活に不可欠な基盤であるが、使用者との経済的社会的地位の差からあらかじめ特別の約定担保を設定することは期待しえないから、給料生活者保護のため先取特権の保護が与えられてる(民法三〇八条参照)。会社においては、その使用人の退職手当金・身元保証金・預金等のため任意準備金や引当金を積み立てているが、会社はいつでも取り崩すことができるから、使用人の保護のため、給料債権のみに限定することなく、広く雇用関係に基づき生じた債権について、先取特権が与えられたものと解される(参照・山崎寛「一般先取特権の機能・現状・問題点」金融担保法講座Ⅳ所収)。

2  これを本件についてみるに、本件預金債権(ただし、原告が使用人であるときのもの)は、あらかじめ定められた社内貯蓄管理規程に基づき、使用人である原告が使用者である破産会社から受け取る給料及び賞与を天引したものであるから、商法二九五条の所定の雇用関係に基づき生じた債権に当たる、と認められる。

本件預金債権は、使用人の給料及び賞与を天引するものであり、他方、会社は、会社資産を増加させる利益を受けることになるものであって、給料や賞与に次いで使用人のため先取特権の保護を与える必要性があることは肯定できるし、使用人と使用者との間の支配従属関係から無関係に生じたものとはいえない。預金するか否か、限定額の範囲内でいくら預け入れるかを使用人が任意に決めることができるからといって、右保護の必要性がなくなり、一般の取引債権と同じ扱いをするのが妥当である、と解することはできない。また、社内預金を存続させる必要性は失われており、本来廃止されるべき制度であるからといって、現実に行われている社内預金について、商法二九五条の保護を否定すべき理由はない。

3  ただし、商法二九五条の保護は、使用人の有する債権に与えられるものであり、取締役の有する債権はこれに当たらない、と解される。

したがって、本件預金債権のうち、商法二九五条の保護が与えられる債権は、原告が使用人であった平成七年六月二七日までに発生した預金債権二四三万二五九五円である(原告が兼務役員として雇用保険受給資格の認定を受けたことをもって、同日以降も使用人としての立場にあった、と推認することはできない)。

被告は、使用人として退職した後に預金の返還請求をしなかったから、社内預金としての権利主張を放棄し、事実上の預託金になった旨主張するが、そのように解すべき根拠はない。

4  他の取締役が社内預金について優先権を有する破産債権あるいは一般破産債権として届けていないことは、右の説示の認定・解釈を妨げるものではない。

三  結論

よって、原告の請求は、本件預金債権のうち、二四三万二五九五円について優先権を有する債権であることを確定する範囲で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、主文のとおり、判決する。

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