札幌地方裁判所 平成10年(ワ)3160号 判決 2002年12月25日
主文
1 被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eは,原告に対し,連帯して10億円及びこれに対する被告A,被告B及び被告Dにつき平成10年12月30日から,被告C及び被告Eにつき同月31日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告A,被告C,被告D,被告F及び被告Gは,原告に対し,連帯して20億円及びこれに対する被告A,被告D及び被告Gにつき平成10年12月30日から,被告C及び被告Fにつき同月31日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告A,被告C,被告D,被告F及び被告Hは,原告に対し,連帯して20億円及びこれに対する被告A,被告D及び被告Hにつき平成10年12月30日から,被告C及び被告Fにつき同月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 この判決は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文と同旨
二 被告ら
(被告A,被告D,被告E,被告B,被告C及び被告Fの本案前の答弁)
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(本案に対する被告らの答弁)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は,経営破綻した株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)から債権譲渡を受けた原告が,拓銀の取締役であった被告らに対し,被告らが,善管注意義務等に違反してカブトデコム株式会社(以下「カブトデコム」という。)に対する融資を決裁したことにより,債権回収が不能となって拓銀に多額の損害を被らせたとして,商法266条1項5号に基づき,損害額の内金合計50億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求した事案である。
二 前提事実(争いのあるものには証拠(原則として書証については枝番を省略する。以下においても同様)を掲記)
1 拓銀の概要
拓銀は,明治33年2月16日に北海道拓殖銀行法に基づき設立され,昭和25年に普通銀行に転換し,昭和30年に都市銀行に加入した。拓銀は,そのころから本州店舗の拡大を進め,昭和45年からは海外にも積極的に展開した。拓銀は,昭和50年代には,国内外に200を超える拠点網を有し,北海道を中心とする業務だけでなく,都市銀行の一員として,金融システムの中で重要な位置を占めるようになったが,平成9年11月17日に経営破綻した。拓銀は,平成11年3月31日,株主総会の決議により解散した。
2 カブトデコムの概要
カブトデコムの前身である兜建設株式会社(以下「兜建設」という。)は,昭和46年,後にカブトデコムの代表取締役社長となるIによって設立され,その後,業務内容を拡大し,昭和59年から不動産の賃貸,仲介,売買を行うようになり,昭和61年,大友建設株式会社を吸収合併して兜大友建設株式会社(以下「兜大友建設」という。)に商号変更し,昭和63年9月,カブトデコムに商号変更し,平成元年3月,東京証券取引所に株式を店頭登録した(以下,兜建設及び兜大友建設を,便宜上「カブトデコム」ということがある。)。カブトデコムの資本金は,平成2年2月と平成3年6月の2回にわたる第三者割当増資を経て483億3600万円になった。
カブトデコムは,業務内容の拡大に伴い,その子会社,関連会社を拡大し,平成3年3月時点では,グループ企業は合計約40社に達した(以下,カブトデコムのグループ企業群を「カブトグループ」という。)。
カブトデコムと資本関係のあるいわゆる子会社は,兜ビル開発株式会社(以下「兜ビル開発」という。後に株式会社リッチフィールドに商号変更した。カブトデコムが所有するビルの管理会社である。),山王建設株式会社(以下「山王建設」という。),轟建設株式会社(以下「轟建設」という。)及び株式会社イプシロン(以下「イプシロン」という。),総合リゾート「エイペックスリゾート洞爺」(以下「エイペックス」又は「エイペックス事業」という。)の事業主体となった甲観光株式会社(以下「甲観光」という。平成5年3月19日にエイペックス株式会社に商号変更した。),不動産仲介等を目的とする未来都市開発株式会社(以下「未来都市開発」という。)の6社があった。
また,カブトデコムと頻繁に取引を行う関連会社として,不動産ディベロッパーである株式会社山三西武地産(以下「山三西武地産」という。),丸三昭和通商株式会社(以下「丸三昭和通商」という。)等があった。
その他,海外7か国にカブト・インターナショナル等合計14の子会社・孫会社を有していた(甲52,53,54,85)。
3 拓銀とカブトデコムの関係
カブトデコムは,設立当初,共同信用組合を主力銀行としており,昭和53年12月に拓銀と取引を開始した後も昭和60年ころまでは同様であったが,昭和60年5月,拓銀に対して,今後主力銀行になるよう要請し,拓銀は,この要請を受けて,カブトデコムと本格的に取引を開始した。昭和62年には,拓銀は,カブトデコムの他行借入分の肩代資金を融資した(甲55,56,85)。
4 カブトデコム等に対する融資経過
(一) エイペックス事業
カブトデコムは,昭和63年,洞爺湖近くの山上に総事業費515億円(平成2年12月には665億円,平成4年11月には約730億円に増額),通年営業の会員制リゾート施設であるエイペックスを建設・運営する構想を立てた。甲観光が事業主体となり,カブトデコムが建設工事を受注した。
拓銀は,カブトデコムに対し,エイペックスの建設費用を融資し,自らエイペックス会員権の一部を販売したり,関連会社であるたくぎん保証株式会社(以下「たくぎん保証」という。)が会員権購入者に対し,甲観光の預託金返還債務(その合計額は約250億円)を保証したりするなどしてエイペックス事業を支援した(甲58,75,83,122ないし124,129)。
(二) 第1回第三者割当増資
カブトデコムは,平成2年2月,1株当たり1万5500円で350万株(合計542億5000万円)の第三者割当増資を行った。拓銀は,別紙1(省略)の会社名欄記載の12法人及び6個人に対し,株式取得資金及び2年分の利息として別紙1(省略)融資金額欄記載の195億7000万円を含む合計約254億円を融資した(以下「第1融資等」という。本件で損害賠償を求められているのは,このうち12法人に対する融資に関してであり,以下,これを「第1融資」という。)。
第1融資の返済原資は,当該株式の売却代金が予定され,融資の担保には無償増資分を含めた当該引受株式とIの保証予約がとられた(甲22ないし33)。
(三) 総量規制の実施
平成2年当時,地価が高騰し続け,不動産業界を中心にいわゆるバブル景気といわれた好景気が続いていた。旧大蔵省銀行局長は,地価上昇や投機的土地取引の抑制等を目的として,平成2年3月27日付けで「土地関連融資の抑制について」と題する通達を発し,同年4月からいわゆる総量規制が実施された。その目的は,不動産業者向け貸出については,公的な宅地開発機関等に対する貸出を除き,その増勢を総貸出の増勢以下に抑制すること,不動産業,建設業及びノンバンクに対する融資の実行状況の報告を求めることにあった(乙ロ9)。
(四) カブトデコムの変調と融資の継続
拓銀は,不動産業の環境が平成3年中盤以降には悪化の様相を強めてきた上,すでに始まったエイペックス会員権の販売も低調であるという状況を踏まえ,同年10月,カブトデコムに対し,自社開発プロジェクト工事の新規着工の凍結を申し入れた。
他方で,拓銀は,カブトデコム対して融資を継続し,平成4年3月期における拓銀のカブトデコムに対する融資残高は534億6200万円(対前年比304億5100万円の増加)となった(甲57,62,66,145,150,151)。
なお,カブトデコムの株価の推移は,別紙6(省略)記載のとおりであった(甲59)。
(五) 540億円の融資
拓銀は,別紙2(省略)融資実行日欄記載のとおり,平成4年4月6日から同年8月25日までの間,カブトデコムに対し,同融資金額欄記載の金員合計540億円を融資した(以下「第2融資」という)。その結果,拓銀のカブトデコムに対する融資残高は1005億5787万円になった(甲8ないし13,65,67,68)。
(六) カブトデコムの実情把握
拓銀の総合開発部は,同年7月ころから,カブトデコムの実情調査を行い,同年9月14日開催の投融資会議,同月28日及び同年10月26日開催の各経営会議において,その調査結果が報告された。
上記調査によって,カブトグループ6社(カブトデコム,兜ビル開発,山王建設,甲観光,山三西武地産及び丸三昭和通商)の同年3月期決算は,連結ベースでは最終損益が49億円の赤字であり,同年7月末現在の借入総額は3700億円に達する状況であったこと,同年9月30日時点における拓銀グループのカブトグループ(59社及び16個人)に対する総授信額は2964億円に達し,時価ベースで1940億円の保全不足が生じること,カブトデコムの債務保証額が1096億円(うち426億円が対拓銀グループ)に達する現状であることが判明した。さらに,今後の見通しとして,平成6年3月までに,資金需要が1100億円発生し,時価ベースでは899億円の債務超過に達するおそれがあることが判明した。
拓銀は,平成4年10月26日開催の経営会議において,カブトデコムは現状を前提とする限り存続不可能であると判断した(甲71,72)。
(七) 409億円の融資
拓銀は,カブトデコムの実情を把握した後,カブトデコムとの取引について,拓銀の社会的責任を果たすとともに道内経済の混乱を避け,かつ,拓銀のリスクウェイトを軽減することを基本方針に定め,この方針を実現するため,平成5年3月末ないしエイペックスのホテルが完成する同年6月末まで,カブトデコムに対する金融支援を継続し,その間に,エイペックスを完成させるとともに,エイペックスの事業主体である甲観光をカブトデコムから切り離してカブトデコム破綻後も営業可能な状態とし,カブトグループに対する融資について追加担保を取得するなどの作業を進めることにした。
拓銀は,上記方針に基づき,別紙3(省略)融資実行日欄記載のとおり,平成4年11月5日から平成5年3月31日までの間に,カブトデコムに対し,同融資金額欄記載の金員合計409億円を融資した(以下「第3融資」という。)(甲14ないし20,47,71,72,73ないし77)。
5 被告ら
(一) 被告らの拓銀における地位
(1) 被告Aは,昭和27年3月に拓銀に入行し,常務取締役,専務取締役,代表取締役副頭取(昭和61年7月から昭和63年3月まで東京駐在)を経て,平成元年4月に代表取締役頭取に就任し,平成6年6月28日に退任した。
(2) 被告Bは,昭和27年4月に拓銀に入行し,常務取締役,専務取締役を経て,昭和63年4月に代表取締役副頭取(東京駐在)に就任し,平成2年6月27日に退任した。
(3) 被告Cは,昭和28年3月に拓銀に入行し,常務取締役,代表取締役専務を経て,平成元年4月に代表取締役副頭取(東京駐在)に就任し,平成5年6月に退任した。
(4) 被告Dは,昭和28年3月に拓銀に入行し,常務取締役を経て,平成元年4月に代表取締役副頭取に就任し,平成5年6月に退任した。
(5) 被告Fは,昭和31年4月に旧大蔵省に入省し,旧大蔵省退任後の平成元年6月,拓銀に入行し,専務取締役を経て,平成3年6月に代表取締役副頭取(東京駐在)に就任し,その後副会長を経て,平成9年11月に退任した。
(6) 被告Eは,昭和32年4月に拓銀に入行し,平成元年4月1日から平成4年6月25日まで常務取締役,同月26日から平成5年6月28日まで専務取締役,同月29日から平成6年6月28日まで代表取締役副頭取,同月29日から平成9年11月20日まで代表取締役頭取の地位にあった。被告Eは,常務取締役であった平成元年4月1日から平成2年6月28日までの間は,業務本部長を兼任していた。
(7) 被告Gは,昭和32年4月,拓銀に入行し,各地の支店長,法人部長,本店営業部本店長を経て,平成元年4月に常務取締役に就任し,平成2年10月1日から総合開発部を担当していたが,平成4年6月25日に退任した。
(8) 被告Hは,昭和35年4月に拓銀に入行し,各地の支店長,法人部長,取締役旭川支店長を経て,平成4年6月27日に常務取締役に就任して平成6年3月31日まで総合開発部を担当した。
(二) 被告らと第1融資ないし第3融資との関わり
(1) 被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eは,平成2年2月13日開催の投融資会議に参加して,第1融資等について審議した。
(2) 被告A,被告C,被告D,被告F及び被告Gは,平成4年3月23日及び同年4月3日開催の各経営会議に出席し,第2融資について審議した。
(3) 被告A,被告C,被告D,被告F及び被告Hは,平成4年10月26日開催の経営会議に出席し,第3融資につい審議した。
6 拓銀における融資手続等
(一) 拓銀においては,取引先企業が,担当店を通じて担当本部に融資を申請し,融資額が6億円以下であれば担当本部の審査役が,20億円以下であれば担当本部長が,30億円以下であれば担当本部長又は担当取締役が融資の是非を判断して決裁し,30億円超の場合は,担当本部長が,投融資会議に付議して,投融資会議において決裁するというシステムであった。また,融資が経営にかかわる重要事項と考えられる場合には,経営会議で決裁された。
(二) 投融資会議
投融資会議とは,30億円を超える融資案件についての意思決定合議体(権限規程,甲5)であり,頭取,副頭取,担当本部長により構成されていた。昭和59年5月10日の常務会において,従前,常務会でなされていた大口融資の決裁を,より迅速に,効率的に行うという趣旨で設置された。投融資会議の審理,決裁方法は,担当本部長が付議し,構成員の協議を経て,頭取が決定することとされていた(「投融資会議について」と題する規程(昭和59年8月14日制定・実施))。通常は,書類持回協議によって行われた(甲5,6)。
(三) 経営会議
経営会議とは,経営に関する重要事項を協議し,業務執行の方針を確立する意思決定機関であり,頭取,副頭取,専務取締役,常務取締役,総合企画部長により構成されていた。付議事項には,経営の基本方針に関すること,経営に重大な影響を及ぼす可能性のある事象への対応方針に関することなどが掲げられていた(甲7)。
(四) カブトデコムに対する融資の窓口及び担当本部等
カブトデコムの窓口となる担当店は,西野支店(昭和53年12月から昭和62年3月まで),札幌西支店(昭和62年3月から昭和63年6月まで),本店営業部(昭和63年6月から平成2年10月まで)と推移し,担当本部は,第1支店部(昭和53年12月から昭和63年12月まで),法人部(昭和63年12月から平成2年10月まで)と推移し,平成2年10月以降,総合開発部が担当店及び担当本部の役割を果たすことになった。
平成4年3月以降,カブトデコムとの取引が拓銀にとって重要な事項であるとの認識から,カブトデコムとの取引については,投融資会議の上部機関である経営会議において決裁されるようになった(甲80の2)。
7 債権譲渡
拓銀は,破綻後に,預金保険法上の救済金融機関(同法59条)である株式会社北洋銀行及び中央信託銀行株式会社との間で,営業譲渡等の契約を締結し,上記救済金融機関は,預金保険機構に対し,同法69条1項に基づき,上記営業譲渡等について資金援助を申し込んだ。預金保険機構は,平成10年11月9日,原告(合併前の商号 株式会社整理回収銀行)との間で,上記営業譲渡等に対する資金援助について,同法附則10条1項1号,同法64条1項,69条4項に基づき,資産買取りの委託に関する契約を締結し,原告は,同委託契約に基づき,同月11日,当時の拓銀の代表取締役Jとの間で,資産買取契約を締結し,貸付金及び拓銀が有する債務不履行に基づく損害賠償請求権を,同月16日をもって譲り受けた(以下,被告らに対する損害賠償請求権の譲渡を「本件債権譲渡」という。)。拓銀は,同年12月3日ないし同月14日ころ,被告らに対し,本件債権譲渡をした旨を通知した(甲2,3,4)。
拓銀の監査役らは,平成12年2月8日,本件債権譲渡を追認し,同月11日ないし同月12日に,その旨を被告らに通知した(甲135ないし143)。
三 争点
1 本件債権譲渡の有効性
2 銀行の取締役の注意義務の内容・程度
3 第1融資に関与した取締役の責任の有無(主文1項関係)
4 第2融資に関与した取締役の責任の有無(主文2項関係)
5 第3融資に関与した取締役の責任の有無(主文3項関係)
四 争点についての当事者の主張
1 争点1(本件債権譲渡の有効性)について
(一) 本件債権譲渡は拓銀の監査役しかできないか否かについて
(1) 被告A,被告D,被告E,被告C,被告F及び被告Gの主張
会社が取締役に対して訴えを提起する場合,監査役が会社を代表する(商法275条の4)。監査役が訴えを提起するかどうかを判断する権限を有する以上,会社の取締役に対する債権を処分する権限は監査役のみに帰属すると解すべきである。本件債権譲渡は,拓銀の監査役がしたものではないから,原告は,原告適格を有しないか,いまだ損害賠償請求権を取得していない。
(2) 原告の主張
商法275条の4の趣旨は,取締役と会社の利益の衝突及び馴合的訴訟追行の防止にある。したがって,会社の取締役に対する損害賠償請求権が第三者に譲渡された場合には,譲渡人と譲受人が別人格となるので,取締役と会社の間で利益の衝突や馴合的訴訟追行は起こらない。現に,原告と被告らとの間で利益の衝突や馴合的訴訟追行が起こる余地は全くない。商法275条の4は,本件のような裁判外の債権譲渡について代表取締役の代表権を排除したものとは解されない。
また,仮に被告らの主張のとおり,取締役に対する債権の処分権限が監査役のみに帰属するとしても,拓銀の監査役らは,平成12年2月8日,本件債権譲渡を追認し,同月11日ないし同月12日にその旨を被告らに通知しているから,これによって本件債権譲渡は遡って有効となった。
(二) 会社解散決議違反について
(1) 被告Bの主張
拓銀は,平成10年6月開催の臨時株主総会の特別決議により,平成11年3月をもって会社を解散し,清算手続に入る旨の決議をした。これにより,会社の存続の目的は,清算業務の遂行に限定される。ところが,拓銀は,平成10年9月の取締役会において,被告Bに対し損害賠償を請求をする旨の決議をした。このような取締役会決議は,会社の清算の範囲を超えるものであり,上記株主総会特別決議に違反し無効である。
(2) 原告の主張
会社の資産である債権を処分することは,当然に清算事務に含まれる。
(三) 債権管理回収業務に関する特別措置法違反について
(1) 被告Bの主張
金融機関が原告に譲渡できる債権は金融債権に限られるところ(債権管理回収に関する特別措置法2条),被告Bに対する損害賠償請求権は金融債権ではないから,拓銀の原告に対する本件債権譲渡は無効である。
(2) 原告の主張
本件債権譲渡は,預金保険法に基づき,預金保険機構と整理回収業務に関する協定を締結した整理回収銀行が譲受人となり,破綻金融機関である拓銀から債権を譲り受けたものであるから,債権管理回収業に関する特別措置法は適用されない。
(四) 信託法違反について
(1) 被告Bの主張
本件債権譲渡は,拓銀が訴訟当事者になることを回避し,原告に訴訟を行わせることを目的とするものであるから,訴訟信託に当たり,信託法11条に違反し無効である。
(2) 原告の主張
本件訴訟は,拓銀破綻という緊急事態に対して,金融システムを維持し預金者を保護するという国の施策に基づき,整理回収銀行が拓銀との資産買収契約により譲り受けた資産の中に被告らに対する損害賠償請求権が含まれることから,その公共的使命を達するために提起されたものであり,訴訟信託には当たらない。
(五) 商法245条違反について
(1) 被告Bの主張
重要な営業用財産を譲渡する場合,株主総会の決議が必要であり(商法245条1項),拓銀の定款には,巨額の譲渡損失が生じる貸出債権を譲渡する場合,株主総会の承認を要すると定められている。前記資産買取契約により拓銀が原告に譲渡した貸出債権は,総資産の約50%に達する資産であるから,株主総会の決議が必要であるところ,本件ではその手続がなされていない。拓銀の原告に対する貸出債権の譲渡は法令及び定款に違反し,無効であるから,同じ資産買取契約の中に含まれて行われた被告らに対する損害賠償請求権の譲渡も無効である。
(2) 原告の主張
前記資産買収契約は,営業譲渡を目的とするものでないから,株主総会の決議を要しない。
(六) 債権譲渡通知が無効であるとの主張について
(1) 被告Bの主張
拓銀の代表取締役による被告Bに対する債権譲渡通知は,債権の特定を欠くから無効である。この通知の後になされた拓銀の監査役による債権譲渡通知は,上記通知を有効とさせるものではない。
(2) 原告の主張
拓銀の監査役は,平成12年2月8日,被告らに対する損害賠償請求権の譲渡及びこれに付随する一切の行為を追認し,同月12日までに,被告らにその旨を通知した。
(七) 取締役に対する損害賠償請求権を譲渡することが許されない旨の主張について
(1) 被告Bの主張
商法266条は,取締役に対する責任追及の主体を,当該取締役の属する会社又は同会社の株主に限定しているから,同法に基づく損害賠償請求権は性質上譲渡できない。また,拓銀以外の会社は,その債権の内容が確定している場合を除き,商法266条1項5号に基づく損害賠償請求権を行使できない。
(2) 原告の主張
被告Bの主張は,独自の法解釈に基づくものであり,到底認められない。
(八) 権利濫用の主張について
(1) 被告Bの主張
被告Bは,拓銀に対して主張できる抗弁を有するところ,本件債権譲渡により,同被告の拓銀に対する抗弁が事実上切断され,同被告の立場が著しく不利になる。したがって,本件債権譲渡は権利の濫用に当たり無効である。
(2) 原告の主張
被告Bが抗弁を有するのであれば,民法468条2項に基づく判断がなされれば足りるのであって,本件債権譲渡によって同被告の立場が著しく不利になるということはないから,権利濫用という主張は失当である。
(九) 本件債権譲渡の事実はないとの主張について
(1) 被告B
拓銀は,平成10年11月13日,札幌地方裁判所に本件と同一の訴訟物に関する損害賠償請求訴訟を提起した。このような経過によれば,拓銀が前記資産買取契約に基づき被告らに対する損害賠償請求権を原告に譲渡した事実はない。
(2) 原告の主張
争う。
2 争点2(銀行の取締役の注意義務の内容・程度)について
(一) 銀行の取締役の一般的注意義務
(1) 原告の主張
取締役は,会社に対して,善管注意義務(商法254条3項,民法644条)及び忠実義務(商法254条の3)を負うほか,会社の業務決定ないし業務執行を実施する機関として,会社の業務決定ないし業務執行に際して会社を名宛人とする法令を遵守する義務を負うといえるから,商法266条1項5号の「法令」には,会社を名宛人とする法令も含まれる。また,取締役は,会社を名宛人とする法令の趣旨に沿った業務運営をすることを会社から委任されているものといえるから,これを遵守することは,会社に対する忠実義務,善管注意義務の内容をなしている。
これを銀行の取締役についていえば,銀行法が,銀行を名宛人として,銀行業務の公共性を実現するため,銀行業務の健全かつ適切な運営をすることを義務付けている(銀行法1条,3,4条,13条,25ないし27条)から,銀行の取締役は,業務執行において銀行法を遵守する義務を負っており,商法266条1項5号の「法令」には銀行法が含まれ,また,銀行法の趣旨に沿った業務決定・執行をしていたか否かが,銀行の取締役の忠実義務,善管注意義務の内容をなす。
したがって,銀行の取締役は,経営判断について裁量権を有しているものの,銀行法の趣旨に反してはならないという観点からその裁量に一定の制約がある。
(2) 被告らの主張
銀行の取締役が一般の株式会社の取締役に比べて重い注意義務を負担すると解すべき理由はない。
(二) 融資判断における銀行の取締役の注意義務
(1) 原告の主張
融資判断において,銀行の取締役に一定の裁量が認められるとしても,上記のような制約から,銀行の取締役は,公共性(特定の業種に偏らず,社会的に有用な企業に幅広く資金を提供すること,違法な業務に対する資金提供をしないこと,法が明確に禁止していない融資であっても社会的にみて問題のある融資を行わないこと),安全性(融資先の営業上の収益で融資が確実に回収できること,融資の内容に応じて確実な保全措置を講じること),収益性(提供した資金による正当な利益の実現)及び成長性(銀行業務の将来にわたる安定性に寄与する成長性のある事業に対する資金の提供)といった観点に留意して融資すべきか否かを決定する注意義務を負う。
また,取締役の裁量判断が正当化されるためには,その前提として,判断に至る過程において当然尽くすべき情報収集,分析をしていなければならない。銀行の取締役が,本来重視すべき要素を軽視し,本来重視すべきでない要素を重視し,その結果,検討すべき事項について検討が不十分である場合には,融資判断における裁量を逸脱したものといわなければならない。
被告らは,長年にわたって銀行実務に携わってきた金融の専門家であり,かつ,いずれも投融資会議ないし経営会議の構成員として一定金額以上の融資決裁や拓銀の経営に重大な影響を及ぼす融資先に対する方針決定を委ねられた立場にあったから,会議に付議された案件の決裁においては,提出された資料の表面上の結論や外見的整合性にとらわれず,従前の取引経緯から当然に検討されるべき事項が検討されているか,資料作成の前提としていかなる情報が収集されているかを検討し,資料に不備がある場合には,さらなる調査を命じる注意義務があったというべきである。
(2) 被告A,被告D,被告E,被告C,被告F,被告H及び被告Gの主張
融資の決裁は,取締役の経営判断であるから,当該融資が結果として回収困難ないし不能となった場合であっても,これを行った取締役の判断をもって直ちに善管注意義務,忠実義務違反と断ずべきではなく,その判断に通常の企業人として看過しがたい過誤,欠落があるかどうかを,貸付の条件,内容,返済計画,担保の有無,内容,借主の財産及び経営状況等の諸般の事情に照らして判定すべきであるといういわゆる経営判断の原則が適用されるべきである。
具体的には,融資判断に一見して明白な誤りや不合理な判断がない限り(被告A,被告D,被告E及び被告H)又は意思決定の過程・内容につき通常の企業人として著しく不合理な点がない限り(被告C及び被告F),当該融資判断は取締役の裁量の範囲を逸脱するものではなく,融資を決裁した取締役に善管注意義務,忠実義務違反はないというべきである。
そして,銀行という巨大な組織の上部機関として融資決裁を行うのであるから,上記のような判断は,担当部署が提出した資料や説明に一見して明らかな不備がない限り,担当部署の提出した資料や説明を前提として行えば足りるのであって,銀行の取締役が自ら調査したり,担当部署の資料や説明に不備がないのにさらなる調査を指示すべき注意義務はない。
3 争点3(第1融資に関与した取締役の責任の有無)について
(一) 原告の主張
(1) 第1融資の基本構造
第1融資は,いずれもカブトデコムの子会社及び関連会社等に対して,各借主には融資を返済するだけの事業収益力がなかったにもかかわらず,各借主が取得するカブトデコム株式に担保を設定して,その売却代金により返済することを予定した融資であり,その回収を,カブトデコムという一企業の株式の価値に全面的に依存するという構造を持っていた(Iの保証予約もなされたが,同人の資産の大半はカブトデコム株式であったから,カブトデコム株式の価値に依存していたことに変わりはない。)。
(2) 担保依存型の融資であったことについて
本来,銀行の融資は,事業収益力のある企業に対して資金を提供するものであり,第1融資のように,事業収益力のない企業に対し,当初から担保の処分によって回収することを予定する融資は,担保品の価格変動が直接に回収可能性に大きな影響を与え,担保品の価格変動のリスクを銀行が負うことになるという危険を含んでおり,銀行実務において厳に戒められていた。
このことは,拓銀の内部規定で,第1融資直後の平成2年4月に明文化された,「貸出運営上の留意点」に,「企業内容・事業計画・資金使途・回収財源・商手の成因調査等に基づく判断を優先させ,『担保・保証』は補完的な判断材料とする」,「返済財源(運転資金の融資においては売上代金であり,設備投資資金の融資については,内部留保金(純利益+減価償却費等-配当・役員賞与等))の検討が不可欠である」,「財テク,為替投機等は,時として企業の死命を制するので,その規模が会社の体力を超えたものではないか,潜在的な損失を内包したものではないか等十分注意を払う。」等と規定していることからも明らかである。
にもかかわらず,被告A,被告B,被告C,被告D及び被告E(以下,第1融資に関与した取締役の責任の有無の争点において「被告ら」というときは,上記被告らを意味する。第2融資,第3融資についても同様とする。)は,融資を返済するだけの事業収益力のない借主に対し,担保であるカブトデコム株式にのみ依存して第1融資を決裁した注意義務違反がある。
被告らは,当時,第三者割当増資等のエクイティファイナンスが盛んに行われており,これに対して銀行が資金をバックファイナンスして当該株式を担保にとることも一般的に行われていた旨主張する。
しかし,エクイティファイナンス及びこれに対するバックファイナンスが一般的に行われていたとしても,第1融資のように,融資を返済する事業収益力のない借主に対する融資が,当時一般的であったとは到底いえない。
第1融資が銀行業務の本来の形式を逸脱した融資であったことは,旧大蔵省銀行局の担当官が,第1融資に関して,平成2年6月7日に,拓銀に対し,「売上高,経常利益に比べ引受高が大きすぎる,まともな返済財源のない企業に貸出しをするのは問題である。」と指摘したこと,当時,マスコミが「異例の第三者割当を後押し」「不透明感が漂う第三者割当増資」などと指摘していること,拓銀が,平成3年5月20日付けの文書において,第1融資について,「時代に流され,融資の基本がおろそかになった」旨の反省を記載していること,平成5年に作成されたカブト問題特別調査委員会の調査報告書(以下「カブト問題調査報告書」という。)において第1融資は組織的討議・検討が不十分であったと評価していることなどから明らかである。
(3) カブトデコムの実態に対する調査・検討不足について
ア 融資判断に必要な調査
第1融資が,融資の基本を無視した担保依存型融資であった点をひとまずおくとしても,第1融資は,カブトデコムという一企業の株式の価値に依存した融資であり,前記のとおり,従来の銀行業務の在り方を大きく踏み越える異例の融資であった以上,カブトデコムについてあらゆる角度から綿密な分析と評価を行う必要があった。
特に,カブトデコムについては,拓銀内部において,問題を指摘する意見があり(昭和62年3月の投融資会議の決裁書にK副頭取が慎重意見を記載したことなど。),そのような意見に応じてなされた昭和63年の事業調査室の調査(以下「昭和63年調査」又は「昭和63年調査報告書」という。)では,「カブトデコムについては,子会社や関連会社との仕組み取引とみられるものが相当数あり,カブトグループ内の売掛金,買掛金が決済未了等のために異常にふくらんでおり,子会社やグループ内の取引では,売上高が計上されても実際の入金がずれこんでいる。また,借入金が過大になっており,カブトデコムから子会社への資金融通も行われている。」旨報告され,カブトデコムについては,表面上の売上高,利益をみるだけではその財務内容を把握できないこと,地価が上昇しているうちは,グループ内の取引によって利益が上乗せされるが,地価が下落に転じると多額の不良債権を抱えることになる構造であることなどが判明していた。
そして,第1融資を決裁した平成2年2月13日開催の投融資会議資料には,カブトデコムの平成元年1月から同年12月までの工事受注額の75%が,カブトグループの自社開発プロジェクト又は関連先からの受注であること,同年3月以降,借入金が急増(146億円から386億円に増加)していること,札幌中心部及び東京を中心に積極的に土地を取得していることなどが記載されており,その記載からは,売上の二重計上,不動産市況の加熱に乗じて借入金で土地を取得していることなど,カブトデコムの業績について,昭和63年調査報告書に記載されたのと同様の問題があることが窺われた。
その他,上記投融資会議においては,今後金融環境の変化の中で不動産事業の冷え込みも予想されるから,カブトデコムの不動産投資の内容について十分に把握しておく必要があること,カブトデコムについては,人材不足が窺われることなどの問題点も指摘されていた。
以上のような経緯に照らすと,第1融資を決裁する前提として,表面上の売上や利益に惑わされることなくカブトグループ間取引の実態を解明するため,カブトデコムについて昭和63年調査のような詳細な調査・分析をする必要があった。
被告Bは,カブトデコムが,平成元年3月に店頭登録を果たしており,店頭登録のための厳しい審査を通っていたのであるから,第1融資当時,カブトデコムの業績について問題がないと判断することは合理的であったと主張する。しかし,そもそも,証券会社の審査を通っていれば,拓銀が独自の調査義務を免れるという関係にはない上,カブトデコムは店頭登録後1年足らずであったし,平成元年3月当時の店頭登録の審査基準は,上場する場合と異なり,明確化されておらず(特に,上場の場合,基準を全てクリアしてからでなければ上場が認められないのに対し,店頭登録の場合,これから基準をクリアする見込みであるという程度でも認められる余地があった。),証券会社とは別に日本証券業協会独自に審査するということもなく,店頭登録の審査は,各証券会社の証券審査部に任されている実情にあったから,店頭登録されたからといって,業績に問題がないということはできない。したがって,第1融資当時,カブトデコムが店頭登録企業であったということは,被告らが責任を免れる理由たり得ない。
イ 被告らの注意義務違反について
(ア) ところが,平成2年2月13日開催の投融資会議において,法人部は,カブトデコムの売上高,経常利益,純利益の推移及び見通し,受注実績の内訳の概要,主要勘定科目の推移,主な購入物件,株価動向等を記載した簡略な資料を提出したにとどまり,昭和63年調査のような詳細な企業調査を実施することなく,融資を付議した。
被告らは,一定額以上の融資についての決定を委ねられた投融資会議の構成員たる取締役として,また,金融の専門家として,第1融資を決裁する前提として,法人部に対して,昭和63年調査のような詳細かつ綿密な企業調査を行ってカブトデコムの実態を明らかにするよう指示すべき注意義務があったにもかかわらず,平成2年2月13日開催の投融資会議において,そのような指示をすることなく,漫然と第1融資を決裁した注意義務違反がある。
(イ) 被告Bを除く被告らは,平成3年12月に実施された日銀考査において,日銀が,第1融資の債権をS分類(日銀考査の査定区分のうちの一つで,おおむね旧大蔵省の第2分類に相当する。現在のところ最終的な回収に疑問はないが,現に延滞し又は今後延滞が見込まれるもの,赤字補填,滞貨,減産資金等の資金使途に問題があるもの,金利減免,棚上げ等貸出金条件に問題があるものなど,その資産評価に瑕疵を生じている貸出のこと。)としていないことを理由に,第1融資は合理的な融資であった旨主張するが,同考査結果は,カブトグループ全体の取引実態に踏み込むことなく出されたため,S分類とはされなかったものの,日銀担当者が,カブトデコムに対する債権についてS分類ではないかと指摘していることからすると,日銀考査によって第1融資が正当化されたということはできない。
(4) 投融資会議の審議の対象について
被告らは,上記投融資会議では,第1融資のマスタープランを決裁したのみで,個別借主に対する融資については,担当部が決裁したものであるから,投融資会議の構成員である被告らは,第1融資についての責任を負わない旨主張する。
しかし,平成2年2月13日開催の投融資会議資料の付議事項は,「第三者割当増資に係わる取得資金を貸し出すこと」であり,融資先,貸出額,実行日,貸出科目及び利率,期間,使途,返済財源,担保,保証等具体的な融資の条件や,融資先の名称,融資金額,事業内容,資本金,売上,経常利益,主要株主,設立年月日,カブトデコムとの関係など具体的な融資の条件を特定した上で審議・決裁されており,各諸貸出申請書には,「投融資会議にてご決裁済」「貸出条件はご決裁内容に同じ」「投融資会議にて包括承認決裁案件に基づくもの」と記載して融資を実行しているから,上記投融資会議において第1融資の包括的決裁を行ったというべきである。
(5) 損害
被告らが,第1融資を決裁したことにより,拓銀は,第1融資の回収不能額である192億1918万3951円相当の損害を被った。
(6) 因果関係について
被告らは,上記回収不能額は,第1融資決裁後,拓銀の担当部が回収できたにもかかわらずこれを怠ったために生じたものである旨主張する。
しかし,第1融資は,返済期限が3年で,2年分の利息をも融資していたことから,2年間は延滞が生じない構造になっており,借主である12法人は,平成4年2月までの期限の利益を主張できる立場にあったから,拓銀が担保権の実行として強制的に回収することはできなかった。無償増資分については,直ちに売却することが可能であったが,Iが株価の下落の懸念を表明していたため,借主らに任意の売却に応じてもらえず,回収することが困難であった。平成4年3月には,カブトデコムの株価は5100円と下落しており,さらに担保権を実行して大量の株式を市場に放出すれば一層の株価の下落が予想されたから,これ以降,拓銀は株式の売却が事実上不可能な状態となっていた。
以上のような推移から,第1融資の回収不能は,返済能力のない借主に対し,カブトデコム株式のみに依存して,しかも,2年間の利息分も含めて融資したという第1融資の基本構造に由来するものであったというべきである。
(二) 被告A,被告D,被告E及び被告Cの主張
(1) 第1融資の基本構造について
第1融資は,カブトデコム株式の取得資金につき,取得した株式を担保として融資したものであり,当時,盛んに行われていたエクイティファイナンスに伴う引受株式を担保とするバックファイナンスである。
第1融資等の融資額は254億円であったのに対し,担保は,カブトデコム株式(平成2年2月当時時価2万0500円)を138万5000株(時価合計283億9250万円),I(資産約400億円(内訳は,カブトデコム株式が約378億6350万円,りんかい建設株式が約39億円,不動産約8億円であった。なお,Iの負債は30億円であった。)の個人保証予約であり,担保価値は合計約683億円であった。したがって,第1融資等は,カブトデコム株式の時価が7623円(2万0500円×(254億円÷683億円)=7623円)以下に下落して初めて時価ベースで担保割れとなる状態であった。
(2) 担保依存型の融資であったことについて
融資を事業収入で返済しなければならないという規範は存在しない。融資の可否を決める重要な要素は,回収可能性であり,十分な担保があれば,返済原資が事業収益,投資資産の売却代金のいずれであってもよい。
(3) カブトデコムの実態に対する調査・検討不足について
ア 融資判断に必要な調査
融資の適否の判断は,一般的に,回収可能性と受け取る利息の収支バランスから,通常の企業人として融資することが合理的か否かという基準でなされる。
そして,回収可能性については,担保にしたカブトデコムの株価の動向が重要であり,株価の動向は,経済情勢や当該企業の業績等から判断されるから,第1融資においては,経済情勢やカブトデコムの業績を調査・検討する必要があった(もっとも,株価の動向は,国内,国外の経済事情等,予測不可能な複合的要素によって形成されるのであるから,確実な予測は不可能である。)。
そして,前記のとおり,第1融資においては,十分に余力のある担保が徴求されていたため,当時2万円台であったカブトデコム株式が,7000円台に下落するおそれがあるか否かの予測をすれば足りる状況であったから,カブトデコムの売上高,経常利益の推移及び見通し,事業の状況,その他株価に関する諸要素の調査がなされていれば十分であり,第1融資の決裁時には,これらの点についての法人部の調査結果が報告されていた。
これに対し,原告は,昭和63年調査報告書がカブトデコムについて消極的な評価をしていたこと,平成2年2月13日開催の投融資会議資料にカブトデコムの売上高の75%がグループ間取引である旨の記載やカブトデコムの借入金が増加している旨の記載があることから,昭和63年調査のような詳細な調査が必要であったと主張する。
しかし,昭和63年調査報告書は,当時カブトデコムの財務内容が悪いにもかかわらず,その点について質問してもIの了解がなくては教えられないという対応であったことと,要求した資料の提出に協力してもらえなかったことから消極的評価をしているのであって,カブトデコムの経営方法の問題性を指摘したものではない。そして,カブトデコムは,拓銀が主力銀行になって以後は,拓銀の調査に協力していたから,上記調査報告書に記載されていた問題点は解決済みであった(被告Cは,そもそも,上記調査報告書を見ていない。)。なお,特定の企業について積極意見と消極意見が併存することは通常あることであって,融資判断は,そのような状態を前提になされるものである。
また,グループ内取引は,通常のディベロッパーや建設業者において行われていることであって何ら特殊なことではないし,グループ内企業が土地を販売して土地販売の売上高を計上し,建設の仕事をして建設の売上を計上するのであるから,何ら問題ない。このような場合の事業リスクは,最終的にグループ外に販売できないという点であり,グループ内取引が75%というのは高い数字であったが,当時は,物件や会員権が売れなくなるということは予想されていなかったから,それが問題であるという認識は持ち得なかった。
カブトデコムの借入金については,事業が拡大すれば借入金が増加するのは当然であり,カブトデコムは,第三者割当増資によって540億円もの自己資本(自己資本比率45.61%)を取得する予定であったから,386億円程度の借入金は問題ではなかった。
イ 被告らの注意義務違反について
(ア) 法人部の調査・検討
当時,日本経済は力強く成長しているというのが周知の事実であり,バブル経済の崩壊などは予測できない状態であった。
また,カブトデコムの業績について,法人部は,平成2年3月期,平成3年3月期,平成4年3月期の各売上高(420億円,700億円,1000億円と推移する見込み),各経常利益(60億円,85億円,110億円と推移する見込み)を調査検討し,その結果,カブトデコムは,今後も高成長を継続すると考えられた(建設業の売上見通しは受注高によって2,3年後まで見通せるから,上記見通しは信頼性が高かった。)。また,カブトデコムは,(1)不動産ブーム,建設業界の活況を背景に順調に業績拡大しており,(2)市内商業地の手持物件が多く,開発による進展が期待でき,(3)市内中心部の物件が多く,値下がりは考えられず,(4)店頭登録により信頼度向上が予想されていた。さらに,カブトデコム株の高値の理由として,(1)経営指標(EPS,PER,PBR)が優れていること,(2)安定化比率が高いこと,(3)エイペックス等のプロジェクトに対する期待が大きいこと,(4)野村証券グループ挙げての支援があることが報告された。
以上のとおり,カブトデコムの資産価値や収益を基準とした株式の理論価値の観点から,今後,収益の増加に伴い自己資本が拡大すると考えられたから,1株当たりの資産価値が増大し,今後の収益拡大によって1株当たりの収益還元価値も増大することが予想され,カブトデコムの株式が暴落することはまず考えられなかった。
さらに,第1融資は,拓銀に,ユーロ市場での調達コスト+0.5%以上の利息収入をもたらすものであった。
このように,第1融資は,リスクが小さく,収益が大きい融資であった
(イ) 被告らの注意義務違反について
以上のとおり,平成2年2月13日開催の投融資会議に法人部が提出した資料や報告は,当時2万円台であったカブトデコム株式が,7000円台に下落するおそれがあるか否かの予測をするに十分なものであった。
そして,前記のとおり,拓銀という巨大組織の中の上部機関である投融資会議においては,その構成員は,担当部署の提出した資料・報告に一見して不合理な点がない限り,担当部署にさらに調査するよう指示すべき注意義務はなく,担当部署が提出した資料・報告を前提として判断すれば足りる(特に,被告Cは,東京駐在の国際部門担当の代表取締役副頭取であり,カブトデコムとの取引を担当したことがなかったから,担当部署の資料・報告に一見して不合理な点がない限り,さらなる調査を指示することは不可能であった。)。
したがって,被告らには,法人部に対してさらに調査するよう指示すべき注意義務はなかった。
ウ その他第1融資の違法性に関する事情について
平成2年6月,旧大蔵省銀行局の担当者は,第1融資の借主に返済能力がないこと等の問題点を指摘しているが,返済能力がなくとも,担保によって回収可能であれば問題がないことは前記のとおりである。
カブト問題調査報告書は,第1融資が,当初,Iと被告Gのトップ同士の話合いから始まったことを指摘しているにすぎず,第1融資が不合理な融資であったという趣旨ではない。
平成3年12月の日銀考査において,第1融資によって生じた債権はS分類とされず正常債権とされていることからも,第1融資の決裁が合理的であったことは明らかである。
(4) 投融資会議の審議の対象
平成2年2月13日開催の投融資会議は,第1融資全体のマスタープランを検討しただけで,個別の融資の決裁はそれぞれの担当部が行っているから,被告らは,第1融資の決裁を行っていない。上記投融資会議には,個別の借主の貸借対照表,金融機関取引状況表,その他融資決裁に必要な資料が添付されていなかったことからも明らかである。
(5) 因果関係について
第1融資の一部が回収不可能となったのは,第1融資後に拓銀の回収担当者が,債権回収を怠ったことによるものであって,第1融資の決裁とは相当因果関係がない。
第1融資において,担保を設定した株式は,2年間売却できないことになっていたが(なお,2年間の売却制限については,カブトデコムと借主との取決めであって,拓銀に対する制約ではない上,借主も,やむを得ない事由があるときは売却することができたから,2年内に売却することも不可能ではなかった。),無償増資によって新たに担保となった株式については,いつでも売却可能であった。
平成2年5月,84%の無償増資が実施され,これによって,担保にとった12法人の株式は,91万9800株増加して合計201万4800株(109万5000株×1.84)となった。当時の株価が1株4万1400円であったから,このうち,4分の1以下の47万2705株を売却すれば,第1融資の195億7000万円を回収できたことになる。
そして,カブトデコム株式の平成元年から平成4年までの年間出来高は,309万株,229万株,195万株,275万株と推移しており,少な目ではあるが,これは,株主安定化比率が高く,値上がり期待や無償増資の期待から,保有者が手放さないことによるものであった。無償増資後も株価が値上がりしていることや,上記投融資会議資料に割当希望者が百十数件あった旨記載されていることからも窺えるように,潜在的買需要は大きかった。したがって,担保にとった株式は,売却しようと思えばいつでも売却できる状態であった。
なお,単一銘柄の株式を担保にとることは銀行実務においてしばしばみられることであった。
(三) 被告Bの主張
(1) 担保依存型の融資であったことについて
原告は,第1融資が借主の返済能力を無視した融資であった旨主張するが,借主の返済能力については,個々の融資申請の際に所定の決裁権者が検討すべきことであったから,これに関与していない被告らに責任はない。
(2) カブトデコムの実態に対する調査・検討不足について
ア 融資判断に必要な調査
本件融資を決裁するに当たって,原告の主張するように,カブトデコムの実態について,昭和63年調査のような詳細な調査をすべきであったとはいえない。
原告は,平成2年2月13日開催の投融資会議資料には,カブトデコムの売上高の75%がグループ間取引である旨の記載やカブトデコムの借入金が増加している旨の記載があったこと,従前から拓銀内部にカブトデコムとの取引についての消極意見があったことから,第1融資の決裁に当たって,カブトデコムの実態について詳細な調査が必要であったと主張する。
しかし,グループ内取引自体はどこでもなされていることであるし,カブトデコムにおいては,資金が滞ることなく,売上高及び利益が伸び続けていたことから,グループ外にも物件の販売ができていたと考えられた。また,借入金の増加は,業績の拡大にはつきものであり,さらに,カブトデコムは,借入金とともに預金が増加していた(平成2年3月期は584億円で,前年比522億円増)。
特に,被告Bは,当時,東京に駐在して業務に専念しており,道内のカブトデコムの企業内容や動向とは無縁であった。
昭和63年調査報告書は,昭和62年3月期決算を基に作成されたもので,その後3年が経過しており,その間,カブトデコムの経営規模・財務構成は格段に拡大是正され,平成元年3月に,主幹事証券会社である国際証券の審査部の厳しい審査を通り,店頭登録を果たしていたことから,関係会社取引等整理させるものは整理され,改善整備されたはずであった(店頭登録には実質基準があり,取引関係に不健全なものはないか,関係会社に対する債権保全が十分か調査することになっている。内容そのものは上場の場合と同じである。)。さらに,カブトデコムは,今後,第1融資に係る第三者割当増資により,低金利の資金542億円を入手して,資本金が626億円(昭和62年3月期は8億5300万円であったから,その73.3倍)になるなど,財務構成が拡大される予定であった(実際,平成2年11月13日,平成3年7月13日開催の各経営会議において,第三者割当増資の経営改善効果が現れていたことが報告されている。)。また,今後,拓銀から人材派遣が予定されており,カブトデコムの経営については,拓銀の指導性が確保される見込みであった。
以上のような事情から,カブトデコムは,昭和62年に事業調査室が調査したころとは別の企業といってもいいほど様変わりしており,昭和63年調査報告書において指摘された問題点は解決済みと考えられた。
したがって,第1融資の決裁に当たり,被告らに,昭和63年調査のような詳細な調査・検討を行うように指示する注意義務はなかった。
イ 被告らの注意義務違反について
第1融資等は,12法人及び6個人が,カブトデコム株式138万5000株を取得するのに対し,上限254億円を融資するというものであり,カブトデコム株式1株に対する融資額は約1万8000円(254億円÷138万5000株)であった。これに対し,保全は,12法人及び6個人から担保に徴求したカブトデコム株式1株の時価が2万5000円,実効担保価格(掛目70%)1万4000円であり,実効担保価格ベースで35億4000万円{(1万8000円-1万4000円)×138万5000株)}の保全不足があったが,当該不足分は,I(資産407億円)の保証予約で確保することができた。上記投融資会議における法人部の報告によれば,カブトデコムは,順調に成長拡大しており,株価も上昇中で,今後も業績拡大,株価上昇が見込まれ,経営に不安点はないというものであったから,安全性の高いものであった。
第三者割当増資で取得した株式は2年間売却できないことになっていたが,無償増資で引き受けた株式については,いつでも売却可能であり,第1融資の決裁の際に,無償増資によって取得した株式を売却した場合には売却代金を全額弁済に充ててほしいという趣旨を,各取扱店及び借主に徹底する旨の報告がなされた。また,第1融資の構造上,12法人は,2年目以降の利息を支払うのが困難であったから,12法人は2年以内にカブトデコム株式を売却して返済するであろうと考えられた。
カブトデコム株式の出来高実績はかなり高いもので,上記投融資会議において,たくぎん抵当証券及びたくぎんファイナンスサービスが,平成2年1月にカブトデコム株式5万株を売却した事実が報告された。株価2万円として1か月17万株を売却すれば6か月で回収可能であるところ,1か月17万株を売却することは十分可能であった。
その他,第1融資は,拓銀に大きな利益をもたらすものであった上,拓銀が支援してきていたカブトデコムの社業発展に資するという意義を有していた。
このように,第1融資は,安全で利益の大きい融資であったから,第1融資を決裁したことに注意義務違反はない。
(3) 投融資会議の審議の対象
平成2年2月13日開催の投融資会議は,カブトデコムが当初一般公募による増資を予定していたが,株価が高騰したため,一般公募することができず,第三者割当増資による増資に変更したことから,こうした一連の手続に拓銀が協力することについての賛同を求められたものであって,第1融資の個別の融資についての検討や決裁はしていない。
(4) 投融資会議における副頭取の役割
副頭取は,投融資会議の構成員として協議に参加するが,最終的な決裁は頭取が行うものであって,副頭取は決裁権限を有していないから,被告Bは,第1融資を決裁していない。
(5) 因果関係
第1融資の一部が回収不能となったのは,第1融資後に,拓銀の回収担当者が債権回収を怠ったことによるものであって,第1融資の決裁とは相当因果関係がない。
第1融資決裁当時,第1融資の回収に不安がなかったことは,前記のとおりである。
平成2年5月に84%の無償増資が実施され,これによって,担保にとった12法人の株式は,91万9800株増加して合計201万4800株(109万5000株×1.84)となった。この約91万9000株の時価は,平成2年5月末で244億円(1株2万6600円),同年12月末で220億円(1株2万4000円),平成3年12月末で203億円(1株9590円)であったから,これらのどの時点で売却しても第1融資額合計を回収することは可能であった。
さらに,平成3年5月に60%の無償増資が実施され,これによって,担保にとった12法人の株式は,さらに120万8800株増加して合計322万3680株(201万4800株×1.6)となった。
以上の無償増資によって,直ちに売却可能な合計212万8600株が発行されたことになる。
ところが,第1融資実行後,拓銀の回収担当であった総合開発部は,株価が低下して担保割れの状態になっても,Iが株価下落に懸念を示したことなどを理由に,担保権実行や追加担保の徴求などすることなく,第1融資の回収を怠った。このような拓銀の回収懈怠は,第1融資決裁後の平成2年10月に拓銀が採用したインキュベーター路線の現れであると考えられるが,それは,第1融資の決裁後に拓銀が選択した方針であり,第1融資の決裁とは無関係である。
原告は,3年間は期限の利益があったから,拓銀は強制的に回収することはできなかった旨主張するが,銀行取引約款5条2項には,債務者が取引約定に違反したとき,保証人が取引約定に違反したとき,その他債権保全を必要とする相当の事由が生じたときには,銀行側の請求によって期限の利益を喪失させることができると定めている。そして,12法人は,平成3年5月から平成4年11月までの間に合計43万2000株を処分していながら,その売却代金を返済に充てておらず,Iは,個人保証を予約していたにもかかわらず,平成4年3月31日までに1375億円の保証債務を負っており,これらは約定違反であるから,拓銀の請求により期限の利益を喪失させることは可能であったはずである。
したがって,第1融資の一部について未回収になっているのは,総合開発部の債権回収義務懈怠によるもので,第1融資を決裁したこととは相当因果関係がない。
(6) 切替えによる債権消滅
第1融資は,ユーロ円貸付で行われた。ユーロ円は,借主が拓銀を通じて直接ロンドンの銀行から借り入れるものであり,拓銀は,その返済を保証する立場にあった。第1融資については,12法人は,いずれも拓銀の仲介で外国の他の銀行から同額の借入をして,第1融資を当該期限に弁済している。第1融資とこれを弁済するための融資は独立しているから,最初のユーロ円債権の弁済がなされた時点で,投融資会議が決裁した第1融資は,弁済により消滅している。
(7) 過失相殺
仮に,被告Bに第1融資の決裁について注意義務違反があり,これと拓銀の被った損害との間に相当因果関係があったとしても,拓銀には,第1融資による損害の発生について,前記のように回収を怠った過失があったから,過失相殺がなされるべきである。
4 争点4(第2融資に関与した取締役の責任の有無)について
(一) 原告の主張
(1) 第2融資の基本形態について
第2融資は,資金繰りに行き詰まったカブトデコムに対し,その資金需要に応じて融資し,延命を図るというもので,救済融資の類型に該当する。
(2) 融資の判断基準ないし融資に必要な調査について
救済融資は,そもそも経営状態が苦況にある企業に対してなされるもので,回収可能性が低い融資であるが,再建の見通しのある企業について,倒産させるよりも再建させる方がより多くの貸付金を回収できることもあるから,救済融資をすることが合理的な場合もあり得る。
そして,救済融資が適法であるというためには,第1に,融資先の実態を把握し,第2に,再建策の実現可能性について検討し,第3に,当該融資を行うことにより新たな損害の拡大とならないように十分な追加担保を徴求する必要があるといえる。
なお,第2融資は,カブトデコムに対して500億円を融資する内容であったが,第2融資決裁前の平成4年2月ころ,拓銀からカブトデコムに対する融資残高は711億円(平成4年8月5日には総授信額1003億円)に達しており,銀行法上の大口融資規制(普通銀行の場合,貸出金の自己資本中に占める割合が20%以内まで)によれば,当時の拓銀の同一企業に対する融資の上限は905億円であったから,第2融資は,銀行法上の大口融資規制に反するものであった。また,当時,拓銀の年間業務純益が300億円程度であったから,第2融資は,拓銀の経営に重要な影響を与えるものであり,なおさら慎重な判断をする必要があった。
(3) 総合開発部の検討について
ア カブトデコムの実態について
カブトデコムについては,平成3年7月23日開催の経営会議において,自社開発プロジェクトの特性から,その実態を把握するためにはカブトグループであるカブトデコム,山王建設,兜ビル開発,甲観光,山三西武地産及び丸三昭和通商の6社について調査する必要があることが報告され,同年12月の日銀考査において,カブトデコムに対する債権の一部がS分類ではないかとの指摘を受けたことにより,被告らは,カブトグループ全体の実態を把握する必要を痛感し,平成4年1月28日開催の経営会議において,総合開発部に対し,「カブトグループ全体のバランスが今後どのようになるか分かるようにする」という指示をしていた。
また,第2融資が付議された同年3月23日開催の経営会議における総合開発部からの報告によって,カブトグループ間で取引が決済できず,資金繰りが行き詰まり,カブトデコムが資金調達せざるを得ない状態になっていることが窺われた(カブトデコムが実質的に大幅な減収減益になっており,短期借入金,長期借入金,販売用不動産,短期貸付金,長期貸付がいずれも増大していた。)。したがって,拓銀は,カブトデコムの実態を把握するために,カブトグループ内での資金及び物の流れを連結ベースで把握する必要があった。
ところが,総合開発部は,第2融資決裁のための資料として,上記カブトグループ6社の連結財務諸表及び連結損益計算書を作成せず,カブトグループの資金及び物の流れを連結ベースで把握するために必要な調査をしなかった。
また,平成4年4月3日開催の経営会議に提出されたカブトデコム,兜ビル開発,甲観光及び山三西武地産のカブトグループ4社についての連結財務諸表は,カブトグループ全体に及ぶものではなく,簡便法(通常,100%子会社で,規模が小さく,子会社の損益額が親会社を含めたグループ全体の損益額に大きな影響を与えない程度であることが明らかな場合の企業集団を対象としてなされる連結計算の方法)によってなされたものであり,時間的にも,平成4年3月23日開催の経営会議後わずか10日の間になされた調査であったという点で不十分なものであった。
イ 再建策の実現可能性について
第2融資の決裁の際に,総合開発部が報告したカブトデコムの再建策は,カブトデコムがカブトグループ全体で,貸付金に見合う資産があることを前提に,バーター取引を織り交ぜながら,580億円の物件を売却し,山三西武地産への貸付金については,同社保有のプロジェクト物件(いわゆる8.6プロジェクト物件及び5.4プロジェクト物件)の価値増加分から回収するほか,甲観光及び兜ビル開発へ物件を売却し,カブトグループ会社との取引の際,他行借入金を返済しないで承継するなどというものであったが,以下のとおり,いずれも実現可能性ないし実効性に欠けるものであった。その上,総合開発部は,カブトデコムが再建する上で重要なエイペックスの事業採算性について検討しなかった。
(ア) カブトグループ保有資産の資産価値について
平成4年3月23日開催の経営会議において,総合開発部は,カブトグループの保有不動産について簿価合計と時価合計を算出し,トータルで支出済み額を回収できる見込みであると報告した。
しかし,この報告における時価評価は,カブトデコムが平成3年12月時点の国土法価格を基準に算出したものであるが,平成3年は,地価が東京圏では住宅地で10%下落し,札幌においても下落に転じた状況であったから,国土法価格は実際の地価を大幅に上回っていたと考えられる。
また,上記報告は,山三西武地産が保有する物件について,容積率アップ及び特定街区指定を見込んで,8.6プロジェクト物件の時価を447億6500万円,5.4プロジェクト物件の時価を172億1200万円と評価して成り立っているが,当該物件はいずれも上記経営会議の時点で凍結プロジェクト物件と報告されており,8.6プロジェクト物件に関しては,ダイエーをキーテナントにすることも実現困難となっており,平成4年3月末の時点で容積率変更がなされる見込みがあったのか疑問を感じる記載であった。同年9月の経営会議資料では,8.6プロジェクト物件が時価265億2300万円,5.4プロジェクト物件は時価83億円とされており,同年3月23日開催の経営会議における総合開発部の報告どおりの資産価値があったとは考えられない。
以上のように,総合開発部のカブトグループ保有資産の価値についての報告には明らかな不備があった。
(イ) 物件売却の可能性
平成3年7月23日開催の経営会議では,カブトデコムは,平成4年3月までに12物件を売却するとして具体的な物件名を挙げていたにもかかわらず,その後,このうちの2件しか売却できていないことが明らかになっており,当該2件もカブトグループ内での売却にすぎなかった。同年3月23日開催の経営会議では,L総合開発部長(以下「L部長」という。)から,Iが(時価より高額な)不動産の取得簿価での売買に固執しているため,売却が進まない旨の報告がなされていたのであるから,たとえ拓銀がカブトデコムに不動産の売却を促しても,売却が進む状況にはなかったのであり,第2融資を決裁するに当たっては,具体的な不動産売却促進方法を検討する必要があった。
なお,平成5年1月27日開催の経営会議において,カブトデコムのカブトグループ外への売上高は,平成元年3月期以降38億円のみであったという実態が明らかにされており,カブトデコムの実態を把握していれば,カブトデコムの再建が不可能であることは明らかであった。
(ウ) 山三西武地産への貸付債権の回収可能性
山三西武地産への貸付金の回収財源とされた8.6プロジェクト物件及び5.4プロジェクト物件については,前記のとおり,いずれも凍結プロジェクトであると説明されていたから,当該プロジェクトの資産価値増加を当て込んで山三西武地産に対する債権を回収可能債権と評価することは不合理であった。
(エ) その他の資金圧縮策について
他行借入金の引継については,プロジェクト物件の売主はカブトグループの会社であるから,結局カブトグループ全体の収支改善にはつながらず,わずかにプロジェクト物件の仕入れの際に行われた他行,ノンバンクからの借入を拓銀が肩代りすることを防ぐという意味しかない。甲観光等への物件売却は,カブトデコム単体の収支改善,借入金の圧縮につながるとしても,カブトグループ全体の収支改善,借入金の圧縮にはつながらず,上記資金需要圧縮策は,カブトグループ全体をみれば,何ら改善をもたらすものではなかった。
(オ) エイペックスについて
エイペックスは,当時,カブトデコムが手がけていた最大の事業であり,カブトデコムの今後を見通す上で重要で,被告らもそのように認識していた(平成4年3月23日開催の経営会議において「優先事業はエイペックス」,同年4月3日開催の経営会議においても「優先事業はエイペックス,状況によっては事業計画の再検討」と指摘している。)。
ところが,エイペックスは,会員権販売代金によって事業費をまかなう計画であったが,平成3年10月には,すでに会員権の販売は断念せざるを得ない状況で,会員権販売収入がない場合の代替計画を検討する必要があった(会員権が販売できるまでのつなぎとして,拓銀から207億円,拓銀以外から414億円の借入金があったから,会員権が販売できない場合,資金が入ってこないというだけでなく,開業後,少なく見積もっても年間20億円の利息債務が発生するということになる。)。その他,エイペックスについては,投資額の安易な増額,それに伴う安易な会員権販売計画の変更がなされており,さらにカブトデコムによる甲観光からの会員権一括買上げ,カブトデコムと甲観光間の売買代金の相殺処理とその過程での不明朗な反対債権の計上,カブトデコムから山三西武地産及び丸三昭和通商への会員権転売等,カブトデコム内での経理上の操作による売上金の不透明さ等の問題があった。
したがって,カブトデコムの今後を見通す上で,エイペックスの採算性は検討しなければならない事項であり,第2融資の決裁に際して,この点について調査,検討をしていない総合開発部の調査には不備があった。
ウ 担保について
第2融資の際に設定された担保は,いずれも実効担保価格ベースで保全不足であった。第2融資を決裁した被告A,被告C,被告D,被告F及び被告Gは,時価ベースでは保全不足はなかった旨主張するが,時価を基準に担保評価することは銀行実務一般では行われていない上,そもそも,被告らのいう時価評価は,カブトグループ会社間で設定された買取価格(平成4年4月3日,同月27日開催の各経営会議における報告),国土法価格,平成2年7月の鑑定評価額,平成3年9月の簿価(平成4年5月28日開催の経営会議における報告)となっており,時価評価としても適切なものではなかった。
また,上記のような時価ベース評価では保全不足は生じないという主張は,山三西武地産が保有する8.6プロジェクト物件の時価を447億6500万円,5.4プロジェクト物件の時価を172億1200万円と評価して成り立っているが,これらの時価評価に不備があったことは前記のとおりであった(平成4年9月開催の経営会議資料では,8.6プロジェクト物件が時価265億2300万円,5.4プロジェクト物件は時価83億円とされており,仮にこの数字を前提にすると,時価ベースでも第2融資によって82億8400万円の保全不足拡大になる。)。
(4) 被告らの注意義務違反について
第2融資について,平成4年3月23日開催の経営会議における総合開発部の調査・検討は,前記のとおり,不十分なものであったから,被告らは,拓銀の経営の重要事項の決定を委ねられた経営会議の構成員たる取締役として,また,金融の専門家として,総合開発部に対し,カブトデコムの実態,再建計画の見込み,担保等について,さらなる調査・検討を指示すべきであった。
にもかかわらず,被告らは,そのような指示をすることなく,総合開発部の不十分な調査・報告に基づいて第2融資を決裁した注意義務違反がある。
なお,第2融資の決裁時期については,上記経営会議で「需資が500億円であることは了承,当社に需資500億円に対する融資というのは緊急融資であることを認識させる」という結果となっているが,上記記載の仕方,被告Gないし被告Dが,平成4年3月中に,Iに対して「今回貸すのがもう最後で,これ以上はだめだぞ」という趣旨のことを述べていたこと,同年4月3日開催の経営会議で早速500億円のうち160億円の融資決裁がなされ,その後同年8月までの間に継続的に540億円の融資がなされていることから,平成4年3月23日開催の経営会議において第2融資の決裁があったものというべきである。
(5) 手続的問題
第2融資には,権限規程による投融資会議の省略,大口融資自主規制の潜脱といった行内の規程違反があった。
(6) 損害
第2融資によって,拓銀は,第2融資の回収不能額である308億9450万円相当の損害を被った。
(二) 被告らの主張
(1) 融資判断に必要な調査について
カブトデコムは,不動産がその取得簿価以上で販売できれば当然利益が生じる構造であったから,第2融資の回収可能性は,プロジェクトごとの資産価値と取得簿価をみれば把握することができ,第2融資の決裁において必要な情報は,第1に,カブトデコム全体の資産評価であった。さらに,カブトデコムがプロジェクトの凍結等によって資金需要を圧縮した場合に,カブトグループ,特に山三西武地産の財務状況が影響を受ける(財務状況が変化すると,第2融資後のカブトグループの資金調達の可能性に変化が生じ得る。)と思われることから,第2に,資金需要を圧縮した場合のカブトデコム及び山三西武地産を含めたカブトグループの平成5年3月期の財務状況であった。
原告は,カブトデコムが資金繰りに行き詰まった原因は,カブトグループ間の決済が滞るなど,カブトグループ間の取引に問題があったためであるとした上で,第2融資を決裁するにあたって,前記カブトグループ6社の連結財務諸表及び連結損益状況を調査する必要があったと主張する。
しかし,カブトデコムの資金繰りが行き詰まったのは,地価の下落により不動産市況が低迷し不動産が一時的に売れなくなったためであって,カブトグループ間の取引に問題があったためではないから(グループ間での取引は,建設業,ディベロッパーの間では一般的に行われていることであり,そのような取引をしていることは特に問題とはならない。たしかに,グループ間の取引を行っている場合には,グループ外に売却できないリスクが伴うが,第2融資決裁当時は,景気が調整過程に入っているものの,間もなく回復するという見方が一般的であったから,グループ外に売却できないリスクは,当時,問題にならなかった。),第2融資の決裁に当たって,カブトグループ6社の連結財務諸表及び連結損益状況を調査する必要はなかった。
平成4年1月27日開催の経営会議において,カブトグループ全体のバランスがどのようになるか把握できるように調査するよう指示しているが,これは,上記経営会議において,「カブトデコムが平成4年中に1000億円の資金需要があるが,自社開発プロジェクトを再度見直して凍結して,資金需要を圧縮する。」旨の報告があり,カブトデコムの資金需要を圧縮することによって山三西武地産の資金繰りが困難になるおそれがあったことから,山三西武地産を含むカブトグループの連結ベースで貸借対照表を調査する必要があったからにすぎない。
平成3年12月の日銀考査において,当初,日銀から,カブトデコムの同年9月末と同年12月末を比較すると借入金が増加していること,不稼働資産が多いことなどの指摘を受けたが,総合開発部が,日銀に対し,カブトデコムは,同年3月末後の回収金が大きかったため,たまたま同年9月末の借入金が少なくなっていただけであることを説明し,また,カブトデコムの資産を一つ一つチェックすることで不稼働資産は,総資産2799億円のうち286億円にすぎないことを理解してもらったから,上記日銀考査の結果は,特にカブトデコムの実態について疑問を抱かせるものではなかった。
原告は,平成4年3月期の決算で,短期借入金,長期借入金,販売用不動産,短期貸付金,固定資産等が増加していることを指摘して,前記カブトグループ6社連結損益状況等の調査の必要性があった旨主張するが,事業規模の拡大に応じて上記のような各勘定科目の金額が増加するのは当然のことであって,カブトグループの業績悪化を示すものではないから,上記のような報告を受けてカブトグループの連結損益状況等を調査すべきであったとはいえない。
(2) 総合開発部の調査についての評価
ア 資産価値の評価について
第2融資の決裁に当たり,総合開発部は,カブトデコムの資産価値について,融資判断に必要な調査をしていたのであって,これに不備はなかった。
原告は,資産価値の評価について不備があったと主張する。しかし,国土法価格を基準として資産価値の評価をしていたことについては,国土法価格は,高騰する地価を人為的に抑えようとして設けられたものであって,本質的に流通価格より低く設定されており,流通価格がピークから5%程度(平成4年3月に発表された公示価格の札幌商業地の下落率は5%程度であった。)下落したあたりで,国土法価格と流通価格が合致したと考えられるから,平成4年3月当時のカブトデコムの不動産を国土法価格で評価したことは適切であった。そもそも,国土法価格は,国が適切な価格として設定しているものであるから,それが妥当でないということはできない。
8.6プロジェクト物件及び5.4プロジェクト物件が特定街区に指定されることを見込んで評価していたことについては,特定街区の指定には特別な要件があるわけではなく,四囲を道路で囲まれた街区であること,設計上有効空き地を設けることなどの客観的な要件を満たせばそれで指定を受けることは可能であり,特定街区の指定がされる可能性は存在していたから,その評価に誤りはない。また,特定街区に指定されるまでのことはなくても,容積率アップによって723億円の資産価値増加になると評価されていたが,容積率アップの可能性が強く存在しており,723億円の資産価値増額が見込まれた。実際には,容積率の見直しは平成4年10月16日に実施され,上記各プロジェクト物件の容積率はアップしなかったが,同時点までは,容積率がアップする可能性が高いと報告されていたのである。そして,容積率アップを前提としなくても,凍結プロジェクト物件全体の含み益は62億円であったから,やはり借入に見合う資産があったことに変わりはない。また,上記各プロジェクト物件は凍結プロジェクトとされていたが,これは,カブトデコムが資金を投入しないという意味であって,パートナーであるダイエーが資金を出して開発を続けることは可能であった。
平成3年12月の日銀考査において,日銀は,カブトデコムの資産を一つ一つチェックして調査した結果,カブトデコムに対する債権を正常債権と認定しており,この時点におけるカブトデコムの資産価値に問題がなかったことを示している。
イ 山三西武地産の資金繰りについて
総合開発部は,カブトデコム,兜ビル開発,甲観光及び山三西武地産のカブトグループ4社の連結財務状況を調査し,カブトデコムの資金需要を圧縮しても,山三西武地産の資金繰りに問題はないことを,平成4年4月3日開催の経営会議において報告した。
ウ その他の原告の主張に対する反論
原告は,カブトグループの実態,物件売却の可能性,山三西武地産に対する債権の回収可能性について検討が不十分であり,エイペックスの採算性について調査がなされておらず,その他の資金圧縮も無意味であり,担保徴求も不十分であったとして総合開発部の調査・検討が不十分であったと主張する。
これらの事項が,第2融資決裁の上で重要でなかったことは前記のとおりであるが,さらに原告の主張について反論する。
(ア) 物件売却の可能性について
総合開発部は,平成4年3月23日開催の経営会議で,物件売却のスケジュールを具体的に記載したリストを示した上,このとおり売却する旨報告した。当時は,一般的には,平成4年の後半には景気が回復すると予想されていたのであり,その後,不動産の価格が回復せず,物件が1件も売れないと予想することはできなかったのであるから,被告らが,上記報告どおりに物件が売れることを前提にして第2融資を決裁したことに注意義務違反はない。
仮に,物件の売却ができずに資金需要が発生したとしても,カブトデコムは,これに対応する資産を保有しており,平成5年3月期には自己資本1132億円を保有する見込みであったから,物件売却の実現可能性が低かったとしても,第2融資決裁の合理性に変わりはなかった。
(イ) 山三西武地産への貸付金の回収について
山三西武地産に対する貸付金の回収財源とされた8.6プロジェクト物件及び5.4プロジェクト物件の資産評価に不備がなかったことは前記のとおりである。
(ウ) エイペックスについて
エイペックスは,平成4年3月当時は,順調に工事が進んでおり,会員権も第1次賛助会員権,第2次賛助会員権を販売中(販売期間は平成4年3月まで)であった。当時,景気が調整過程に入っていたことから,会員権の販売がやや落ちていたが,平成4年後半には景気の回復とともに再び会員権販売が伸びると予想されていた(経営会議資料も,平成4年7月以降,会員権販売が再び軌道に乗る見込みで作成されている。)から,採算性がないとは考えられなかった。
平成3年12月に行われた日銀考査において,日銀の担当者は,会員権購入者に対するエイペックスローン債権,たくぎん保証の甲観光に対する求償債権(会員権預託金返還債務の保証)のいずれも正常債権としており,当時,エイペックスの採算性に疑問がなかったことが明らかである。また,平成4年9月以降に,悪化する経済状況の中でなされたエイペックスの採算性シミュレーションにおいてさえ,会員権が全く売れないと仮定してもキャッシュフローは10年間収支がプラスマイナス0,ベストケースやミドルケースであれば十分に採算性があると報告されている(なお,上記シミュレーションは,稼働率48%で予測されており,平成5年6月のホテルオープン時には実際42.6%の稼働率であったことから,その予測は非常に優れたものであったといえる。)のであるから,平成4年3月の時点で,エイペックスについて,いかに詳細に検討していたとしても,第2融資の決裁の上で問題となるものではなかった。
(エ) その他の資金圧縮策について
カブトグループ間の取引で他行借入を引き継ぐこととし,甲観光や兜ビル開発に資産を取得させることについては,他行借入の引継が拓銀に対する資金需要の圧縮になることは問題がない。
甲観光,兜ビル開発に物件を保有させることが資金需要の圧縮につながらないことはそのとおりであるが,これによって,拓銀グループのリスクの分散が可能であったから,当該資金圧縮策に不備があったとはいえない。なお,第2融資の500億円という融資額は,カブトデコムのみならず,甲観光,兜ビル開発に対する合計融資額である。
(オ) 担保について
総合開発部が第2融資において設定した担保物件は,時価ベースではフルカバーであった。
たしかに,実効担保価格ベースではフルカバーではなかったが,金融機関が店頭登録会社に対して授信する際,物的担保でフルカバーすることは求められておらず,実際,平成3年12月に行われた日銀考査において,拓銀グループのカブトデコムに対する総授信額は557億円(支払承認を含む),これに対する実効担保不足が261億円であったが,カブトデコムの企業としての信用力,支払能力を総合的に勘案して,正常債権に分類されている。また,第2融資の担保は,すべて根抵当権又は将来の根抵当権設定を前提とするものであり,現実の融資と抵当権が1対1で対応する必要は全くなかった。したがって,総合開発部の調査は,担保の点においても,特に不備はなかったといえる。
(3) 被告らの注意義務違反について
以上のように,第2融資決裁に際して,総合開発部は,融資判断に必要な調査を行い,その結果を資料として提出していた。
そして,投融資会議や経営会議において融資を決裁する場合,会議に提出された資料に外形的に問題点があったという特段の事情がない限り,決裁権者は,提出された資料を信頼してそれを基に意思決定をすれば足りる(物件の評価は,路線価,公示価格,国土法価格,実際の取引事例等を基に担当部が行う作業であって,経営会議の場で取締役が行うものではなく,特に本件の対象物件は合計103件に及んでいるから,被告ら取締役は,担当部である総合開発部の提出した資料を信頼して意思決定すべきものであり,仮に,カブトデコムの物件評価に何らかの問題があったとしても,取締役の注意義務違反とはなり得ない。)ところ,本件で総合開発部が提出した資料には,前記のとおり,外形的な問題点はなかったから,被告らがさらなる調査を指示すべき義務はなかった。
特に被告C及び被告Fは,東京駐在で,国際部門を担当するなどしており,カブトデコムとの取引は一度も担当したことがなかったから,担当部の提出した資料や報告に外形的に問題がない限り,さらなる調査を指示する注意義務はない。
仮に,被告らが,原告の主張するとおり,総合開発部に連結損益計算書等を作成させ提出させていたとしても,平成4年3月当時の連結損益状況(営業利益63億円,経常利益12億円,法人税48億円を支払った後の税引き後損益48億円の赤字)には何ら問題がなかった(48億円という赤字は,自己資本1073億円であることを考えれば,第2融資を否定するような要素ではなかった。)。
(4) 手続的問題
ア 投融資会議を経ていないことについて
経営会議は,投融資会議よりも上位の機関である。経営会議で十分協議の上決定された融資を実行する場合には,経営会議の決議事項には投融資会議の決議も含まれるとの解釈で運用されていた。
イ 大口融資自主規制について
拓銀の大口融資自主規制は,拓銀で作成したガイドラインであり,規制金額に近い場合,又は規制金額を超える場合には,経営会議においてその方針を決定することとされていた。本件は,重要案件であるので,このガイドラインに定めるとおり,経営会議で審議決定されたから,何らガイドラインに反しない。
また,銀行法上の大口融資規制は,行政指導により定められた指標であり,諸般の事情でこれを超えるときには,当局に事情を説明し,了承を得ていた。
(5) 被告G固有の主張
ア 因果関係について
本件の損害は,未回収額であるが,未回収の経緯・理由は千差万別であり,全てを融資決裁者の責任とすることはできないはずである。ところが,原告は,個々の融資が未回収になった経緯について何ら明らかにしておらず,第2融資の未回収と被告らの責任との因果関係は主張立証を欠く。
イ 商事消滅時効について
拓銀と被告Gとの間の取締役委任契約は付属的商行為である。したがって,仮に,拓銀の被告Gに対する損害賠償請求が認められたとしても,当該請求権は,付属的商行為によるものであり,被告Gの最終決裁日である平成4年6月22日ないしその融資実行日である同年7月6日から5年で商事消滅時効が完成するので,遅くとも平成9年7月6日の経過により時効消滅した。被告Gは,平成14年7月15日の口頭弁論期日において,原告に対し,上記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
5 争点5(第3融資に関与した取締役の責任の有無)について
(一) 原告の主張
(1) 第3融資の基本構造について
第3融資は,カブトデコムが存続不可能であるとの共通認識の下にあえてなされた追加融資である。
(2) 融資の判断基準について
存続不可能な企業に対する追加融資は,救済融資と異なり,回収不能となることが確実であるにもかかわらずなされるものであるから,特段の事情がない限りその目的の正当性を欠き違法である。
存続不可能な企業への追加融資が違法の評価を受けないためには,前提として,当該企業を直ちに倒産させた場合と融資を継続した場合の得失の正確な予測と比較,具体的にはそれぞれの場合の保全状況の増減の対比,時間的余裕を得ることにより貸付金の回収を図る具体策の実現可能性,融資を継続することにより受けるメリットの具体的内容等について合理的な調査及び検討を行うことが不可欠である。
そして,存続不可能な企業に対する追加融資が例外的に許される場合であっても,当該融資は回収不可能になることが予想されるのであるから,保全について万全を期し,損害のさらなる拡大を防止する措置を講じる必要がある。
(3) 第3融資の判断について
第3融資を決裁した被告A,被告C,被告D,被告F及び被告Hは,存続不可能なカブトデコムに対して第3融資を行った理由として,第1に,拓銀のカブトデコムの破綻によるリスクウェイトを軽減すること(未登記扱い・登記留保扱いの担保権についての登記具備及び未入担保物件に対する担保設定,エイペックスを存続させること,カブトデコム保有物件に対する支配獲得(物件シフト)),第2に,カブトデコムに対する融資を直ちに打ち切ることにより発生すると考えられる道内経済の混乱を回避することを挙げているが,以下のとおりこれらについて考慮しても,カブトデコムを延命させることによる利益がそのコストを上回るとはいえないから,第3融資は違法な融資であった。
ア リスクウェイトの軽減について
第3融資を実施することによって,たしかに,未登記扱い・登記留保扱いになっている担保物件について登記を具備し,未入担保物件に担保設定する時間的余裕が生まれるものの,第3融資として新たな融資がなされ,これについて保全不足がさらに拡大する危険があったから,上記措置が保全強化になるか否かについては,具体的・数値的にどれだけの保全不足が減少ないし拡大するかを検討しなければ分からない状態であった。
ところが,被告らは,これを検討することなく,平成4年10月26日開催の経営会議において第3融資を決裁している。
同年11月17日開催の経営会議において,ようやく保全不足の拡大,縮小について具体的な数値を検討したが,その結果は,平成5年3月までに209億円の保全不足拡大につながるというものであった。実際,第3融資として,409億円が融資されたが,これに対して担保設定された物件の実効担保価格は合計127億円であり(エイペックス全域の土地建物の評価を100億円とした場合),第3融資のみで考えると281億7400万円もの保全不足拡大となった。
被告らは,上記経営会議における209億円の保全不足という検討結果は,国内に限定した検討結果であって,海外には未入担保物件や担保余力のあるカブトグループ保有の物件が多く存在していたことから,海外物件を計算にいれると保全強化になる見込みであった旨主張する。たしかに,同年9月14日の時点で,カブトグループの海外物件については243億円の担保余力があることが報告され,同年11月17日に,香港ウェリントンビルとアメリカの5物件を具体的に挙げて,200億円の国内環流が可能であることが報告されており,平成5年3月15日には,カブトデコムのカブト・インターナショナルに対する債権の譲渡担保やカブト・インターナショナルがタイに保有する物件の売却の話が報告されているが,いずれも,カブトデコムからの説明を経営会議で報告したもの,ないし,抽象的な方針にすぎず,実現可能性や回収手続について裏付けがない。また,同年9月14日の報告以外は,第3融資決裁後に報告されたものである。したがって,海外保有物件の売却による借入金の圧縮は,平成5年10月までになされた第3融資を正当化する理由とはなり得ない。
そもそも,未登記扱い・登記留保扱いになっている担保物件について登記を具備するのは,手続的作業の問題であるから,平成4年度中には完了可能であったし,未入担保物件への担保設定は,平成5年1月中には完了する見込みであったから,これらは同年3月まで融資を継続することの根拠たり得ない。
イ エイペックスを存続させることについて
被告らは,エイペックスのホテルが完成すれば,エイペックス施設の価値が590億円となり,その価値相当額について,拓銀の保全が強化される旨主張する。
しかし,平成4年11月30日開催の経営会議の報告では,エイペックスとロイヤルクラッシックを合わせて実効担保価格413億円とされており,ロイヤルクラッシックには,すでに46億円の優先担保が設定されていたから,当該報告を前提にした場合,エイペックスの実効担保価値は385億円である。また,エイペックスは,事業採算性に問題があり,事業採算性のないリゾート施設がそのような価値を有することはあり得ない(したがって,エイペックスの物的価値を把握するためには,エイペックスの事業採算性の検討が必要であったが,平成4年10月26日の時点ではなされていない。)。実際,拓銀及びエイペックスが破綻した後,エイペックスは60億円で売却されており,平成4年10月ないし同年11月当時,400億円以上の価値があったとは考えられない。
被告らは,エイペックスのシミュレーション資料(平成4年11月30日経営会議資料)及び収益還元法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー方式)によれば,エイペックスの事業価値は400億円であり,エイペックスを存続させることにより,利払可能債権が増加する旨主張する。
しかし,エイペックスは,会員権販売を断念し,当初の資金計画では成り立たなくなっていたから,新たな資金計画を策定した上で,事業採算性について検討しなければ,将来の利払可能性があるか否か分からない状態であったのに,被告らは,平成4年10月26日までに,そのような検討をしていない。同年11月30日開催の経営会議において,この点がようやく検討されたが,そこでは,1口4800万円の会員権を527口販売するか,これに相当する額(252億円)を増資によって調達するかしなければエイペックスの事業は成り立たないとされており,当時,そのような高額な会員権を572口も販売することは困難であったから,エイペックスは成り立たない事業であったといえる。また,上記検討結果は,ホテルの改装費用等の必要なランニングコストを度外視したもので,正確な稼動収益のシミュレーション資料とはいえない。したがって,エイペックスの事業価値が400億円ということはあり得ない。
むしろ,エイペックスを存続させることにより,甲観光に対し,平成5年5月までに311億円,同年6月以降120億円を新たに融資しなければならないというコストが生じることになった。
そのほか,エイペックス事業は,第1次会員権の販売については,カブトデコムが総販売代理店として一括買上処理し,これを関連会社や下請会社に半ば強引に売り付ける方法をとった結果,多数の買戻請求がある等の問題があり,会員権の販売を促進するため,たくぎん保証が預託金返還請求権を保証していたが,償還期限が到来した際に大きな問題となることが予想されるなど,問題を抱えており,拓銀の支配下において存続させることにはむしろ問題があった。拓銀は,平成5年4月5日,旧大蔵省銀行局M課長補佐から,「エイペックスについては,先行き問題が多い。当行がこれを完成させ運営していくことについては,問題が多く逆に拓銀の足を引っ張ることにならないか。途中でとりこわしても良いくらいではないか。」との指摘すら受けている。
ウ カブトデコム保有物件に対する支配獲得(物件シフト)
物件シフトによって,シフト物件を拓銀関連会社の支配下におくことができるとしても,シフト物件は,いずれも含み損を抱えており,また,拓銀が拓銀関連会社にシフト物件購入のための売買代金相当額を融資しなければならないから,拓銀が回収困難な貸付債権を増加させ,さらに受け皿会社の利払支援の必要を生じさせることになるのであるから,物件シフトによって,拓銀のカブトデコムに対する債権の保全が強化されるという関係にはなかった。
むしろ,物件シフトによって,カブトデコムは,拓銀関連会社から入手した売買代金で拓銀以外の金融機関の借入金を返済することになるから(このようにして平成4年11月から平成5年7月27日までの間にカブトデコムが他行に返済した資金は合計42億円,拓銀関連会社に返済した資金は360億円であった。),カブトデコム破綻のリスクが拓銀に集中する逆効果を生じさせるものであった。
以上のような実情から,物件シフトが拓銀にとって利益であるということはできない。
物件シフトの真の目的は,拓銀の保全強化ではなく,被告Hが日銀札幌支店長との面談で述べているとおり,大口融資規制を回避してカブトデコムに対する融資枠をあけるための手段であったといえる。平成4年8月5日の融資実行後の総授信額は1003億円を超えており,第3融資を実施するためには,大口融資規制の問題をクリアする必要があった。大口融資規制は,銀行資産の危険分散を図り,銀行信用の広く適正な配分に資するための規制であり,これを潜脱するような物件シフトの手法を安易に認めることは許されない。
エ 道内経済の混乱回避
道内経済の混乱回避という抽象的な目的は,それ自体では,存続不可能な企業に対する追加融資の正当化事由となり得るものではない。
道内経済の混乱回避という抽象的な目的が正当化事由として補完的に考慮され得るためには,追加融資による利害得失を慎重に検討し,追加融資が問題の先送りにすぎないものではないか,追加融資以外に経済の混乱回避の手段はないかなどの検討が不可欠である。
この点,被告らは,工事業者の連鎖倒産回避や共同信用組合の破綻による金融システムの崩壊の回避を主張するが,これらは,カブトデコムの破綻時期を延期したとしても避けられない問題であったから,第3融資は,これらの問題を先送りするにすぎない。
また,工事業者の連鎖倒産回避のためには,中小企業に対する公的な低利貸付や拓銀の支援融資など,ほかの手段も考えられた。
さらに,共同信用組合の問題については,第3融資決裁当時,共同信用組合の状況等については若干触れる程度で具体的な調査検討をしておらず,第3融資決裁を判断する際の根拠となっていたとは思われない。
むしろ,第3融資によって,カブトデコムを延命させるために,拓銀が,カブトデコムに対し,平成4年11月から平成5年3月までに365億円,同年5月31日までにさらに200億円を融資する必要があり,同年3月の段階で拓銀のカブトデコム単体への総授信額が1010億円に達し,拓銀グループ全体からカブトデコム単体への総授信額が1190億円に達し,このうち750億円が保全不足になると想定されていたから,拓銀自体を危機的状況に陥らせるなどして道内経済を混乱させる危険があった。
オ 第3融資を行った真の目的は,拓銀が,エイペックスの構想,着工段階から深く関与し,たくぎん保証がエイペックスの会員権者に対して預託金返還請求権を保証していることから,一応施設を完成させることによってエイペックス事業に関与したことが失敗であったことの表面化を避けて問題を先送りすること,平成2年2月の第1融資は仮装融資(迂回融資)と主張される可能性があるところ,法律上は問題はないが,道義上の問題は残るので慎重に対応する必要があることなどにあったのであり,存続不可能な企業に追加融資を行う合理的理由となり得ない。
(4) まとめ
以上のように,第3融資は,回収不能になることが確実であり,拓銀がこれ以上カブトデコムに融資すると拓銀自体を危機的状況に陥らせる危険すらあった。そして,前記のとおり,第3融資により拓銀が被るコストを凌駕する正当事由も認められなかったのであるから,第3融資を決裁した被告らには銀行の取締役としての善管注意義務違反があった。
被告らは,追加融資することについて,旧大蔵省や日銀の了承を得ていたと主張するが,被告らは,カブトデコムに対する融資を平成5年3月ないし同年6月をタイムリミットとする方針であるという重要な前提情報を伝えていないのであるから,旧大蔵省や日銀と協議していたことは追加融資を決裁した被告らの責任を否定する根拠とはなり得ない。
(5) 損害
拓銀は,被告らが第3融資を決裁した結果,第3融資の回収不能額である374億9556万3900円相当の損害を被った。
(二) 被告C及び被告Fの主張
(1) 融資の判断基準について
カブトデコムの破綻が避けられないことが判明したことから,被告らは,カブトデコムの破綻に備えて,拓銀のリスクウェイト軽減の措置をとるとともに,道内経済の混乱を回避するため,しばらくの間,相応の融資をしてカブトデコムを延命させなければならなかった。このような場合,カブトデコムを延命させるために必要なコストと,延命させることよって得る拓銀の利益を比較検討しなければならず,その結果,拓銀の利益がコストを上回る場合には,延命のための措置を実施することは合理的判断であるというべきである。
第3融資は,以下のとおり,拓銀のリスクウェイト軽減措置と道内経済の混乱回避のために行われたものであり,これによる拓銀の利益はそれに必要なコストを上回るといえるから,第3融資を決裁したことには取締役の注意義務違反はないというべきである。
(2) 被告らの検討
カブトデコムを一時延命させるために拓銀が負担するコストは,(1)カブトデコムの対する融資364億(平成4年11月17日の経営会議において算出された額である。同月5日にすでに55億円の融資を実施していることから,これを含めると419億円ということになる。なお,カブトデコムの必要資金は,同年10月26日の段階では,735億円ないし971億円と算定されていたが,これは暫定的なものであった。)のうち保全155億円でカバーされない209億円(又は264億円),(2)エイペックスの完成のための資金415億円(同月30日の経営会議において算定した。)の合計624億円(又は679億円)であった。
これに対し,拓銀が得られる利益は,(1)未登記扱い・登記留保扱いの担保物件についての登記手続経由によって115億1200万円,(2)未入担保物件に対する担保設定386億円(実際に,平成4年11月から平成5年1月27日までの間に,拓銀が新規に取得した担保は,カブト・インターナショナルないしマリーナビレッジに対する貸付金に対する担保取得125億円,物件シフト,他行肩代りによって追加された保全が183億円,余力のある物件に追加して取得した分が46億円,公開株式の担保差入れで10億円,完成物件への担保設定による22億円,以上合計386億円であった。),(3)エイペックスの完成及び甲観光の分離による保全強化836億円及び相当額(エイペックスの資産価値590億円及びたくぎん保証の損失回避246億円の合計836億円,原状回復費用の回避,拓銀の信用失墜の回避,甲観光の事業収益からの融資回収相当額),(4)海外物件からの回収可能性243億円(平成4年9月14日の投融資会議において算定され,同年11月17日の経営会議においては,香港ウェリントンビルとアメリカの5物件の売却代金から200億円を国内に環流できると算定されている。),(5)物件シフトによる保全強化相当額,(6)工事業者の倒産防止及び共同信用組合の破綻による金融システム崩壊のリスク回避相当額,以上合計1580億円及び相当額であった。
なお,原告は,第3融資を決裁した日を平成4年10月26日であるとして,この時点においては,上記のようなコストと利益との検討が不十分であったと主張するが,被告らは,同年11月30日に第3融資を決裁したものであり,同日までには十分な具体的検討をしていたから,原告の主張は当たらない。
(3) 評価
以上によれば,上記延命措置を実行することによる利益は1580億円及び相当額であり,他方,これによるコストは627億円(又は679億円)であったから,カブトデコムに対し,延命のために必要最低限の融資を行い,延命措置をとることは合理的であり,第3融資を決裁したことに取締役の注意義務違反はない。
これに対し,原告は,エイペックスは事業として成り立たないから,資産価値はない旨主張する。しかし,エイペックスの事業収支は,最悪でも10年後にキャッシュフローがプラスになり,その後元金返済が可能になるのであるから,事業として成り立ち得るものであった。
原告は,物件シフトは拓銀に利益をもたらすものではなく,道内経済の混乱回避は抽象的であって,第3融資によって拓銀が負担するコストの対立利益になり得ないと主張する。しかし,物件シフトによって,物件を拓銀の支配下におくことにより,物件を任意売却することができ,当該物件について高順位の担保権や賃借権を設定されるリスクがなくなり,賃料収入を確保できるという利益がある。工事業者の倒産回避については,拓銀の取引先の救済になるという意味で拓銀の利益になるほか,共同信用組合の破綻回避は,北海道財務局や旧大蔵省も非常に懸念していたことであって,拓銀は,この点を考慮せずにカブトデコムに対する措置を決することはできない状況であった。原告は,カブトデコムを一時的に延命させたとしても,工事業者の倒産防止にならない旨主張するが,平成5年3月末まで延命させることによって,支払手形金額が332億円,工事未払金が26億円,不動産事業未払金が51億円減少するから,工事業者の倒産は大分防止できることになる(特に支払手形は,工事業者の資金繰りに組み込まれているから,これが不渡りになると,直ちに連鎖倒産してしまうおそれが大きいが,第3融資実施によってこれを大分回避することができる。)。
原告は,カブトデコムに対する延命措置と共同信用組合の破綻回避とは無関係であると主張するが,被告らは,第3融資決裁の前に共同信用組合の貸出額の約半分がカブトデコムに対するものと推定し,数か月の猶予を与えることにより,共同信用組合や北海道及び北海道財務局が再建策等の対策を練ることによって共同信用組合の破綻を回避することができたのであるから,カブトデコムの一時的な延命と共同信用組合の破綻の回避とは大いに関係があった。また,日銀は,拓銀に対して,他行に対する金利債務やノンバンクに対する債務についても拓銀が資金を出すよう求めており,拓銀は,道内経済の混乱を回避する責任があった。
原告は,被告らが第3融資を決裁した真の目的は,エイペックスの施設を一応完成させることによってエイペックス事業に関与したことが失敗であったことの表面化を避けて問題を先送りすることにあった旨主張するが,エイペックス事業に関与したことが失敗であったとはいえないから,原告の主張は当たらない。すなわち,たくぎん保証による会員権預託金返還債務の保証を決定した当時は,拓銀のカブトグループに対する総授信は379億円,担保が327億円,カブトデコムの預金が363億円,拓銀の保有するカブトデコム株の含み益が466億円であり,カブトデコムは市場からの資金調達力もあった状態で,たくぎん保証の求償権の保全については,エイペックスの全ての物件に担保が設定されていたから,当時の経営判断は不合理なものではなかった。また,平成3年12月の日銀考査においても,たくぎん保証の求償権は正常債権と認定されている。
(三) 被告A,被告D及び被告Hの主張
(1) 融資の判断基準
第3融資は,存続不可能な企業に対する追加融資であったが,当該融資の決裁は,取締役の経営判断であるから,その判断に通常の企業人として看過し難い過誤,欠落があるかどうかを,貸付の条件,内容,返済計画,担保の有無,内容,借主の財産及び経営状況等の諸般の事情に照らして判定すべきである。
(2) 被告らの検討及び判断
ア カブトデコムを延命させることによる拓銀のコストは,第3融資の融資額であったが,被告らは,カブトデコムが要求する資金(平成5年3月までに651億円,平成6年3月までに1625億円の資金が必要で,圧縮したとしても,1100億円が必要であると述べていた。)を,カブトデコムと再三交渉して,平成5年3月までに合計409億円に減縮させた。
イ これに対し,カブトデコムを延命させることによる利益は,以下のとおりであった。
(ア) 既存融資の保全強化(未登記扱い・登記留保扱いの担保権についての登記手続及び未入担保物件に対する担保設定)
第3融資決裁当時,カブトデコムを延命させて,折衝を続けることによって,カブトデコムからさらなる保全強化を図り得る状態であった。平成4年9月14日開催の投融資会議提出資料によると,カブトデコムの国内保有物件は総額1558億8800万円(販売用オフィスビル1112億9100万円,ホテル・リゾート325億9100万円,個人用分譲マンション120億0600万円)と評価されていた。カブトグループの海外保有物件は,上記資料で243億円の担保余力があることが報告され,同年11月17日には香港ウェリントンビルとアメリカの5物件を具体的に挙げて,200億円の国内環流が可能であることが報告されており,平成5年3月15日にもカブトデコムのカブト・インターナショナルに対する債権の譲渡担保やカブト・インターナショナルがタイに保有する物件の売却の話が報告されている。さらに,同年11月17日の経営会議で,カブトデコム保有物件の賃貸収入は月額11億円であることが報告された。
同月の経営会議においては,保全不足が209億円拡大する旨の報告があるが,これは,国内物件に限定した計算の報告であり,海外物件や賃料収入を考えると,保全強化を図り得る状況であった。
原告は,第3融資決裁当時,被告らが海外物件からの回収について具体的検討をしていなかったと主張するが,前記のとおり,香港ウェリントンビルやアメリカの5物件等の物件を特定して数字を計算していたほか,拓銀からカブトデコムに派遣されていたN副社長を中心にアメリカにオーシャンフロント1という会社を設立して,カブト・インターナショナルの他行借入金を肩代り融資した上で海外物件に担保を設定し,海外物件を売却して,オーシャンフロント1を通じて売却代金を国内に環流することなどを具体的に検討していた。ただ,いずれの方法も,Iの協力が前提であった。
実際には,第3融資によってカブトデコムが延命している間に,拓銀は,不動産(時価671億8100万円,実効担保価格433億6600万円),有価証券(時価9億7474万1000円,担保掌握額6億6096万5000円),海外物件(実効担保価格200億円),以上実効担保価格合計640億2600万円について担保を取得している。海外物件については,香港ウェリントンビルの売却代金のうち11億円を回収したにとどまったが,これは,Iが,平成5年3月ころ,拓銀の支援打ち切り方針を察知したのか,拓銀に対して非協力的な態度を見せ始め,両者の信頼関係が薄れたため,海外物件について計画していた投資の回収ができなかったためである。
(イ) エイペックスの存続について
拓銀のこれまで行ってきた融資のロスを極小化するためには,まずエイペックスのホテルを完成させる必要があった。
エイペックスのホテルは,平成4年10月までに拓銀から約400億円の融資金を投入しており,すでに7割方完成していた。にもかかわらず,拓銀がカブトデコムに対する融資を打ち切ると,これまでの融資金400億円が無駄になり,かつ,完成により取得できる担保物件(完成時の時価590億円,担保価格413億円)を失うことになった。
また,会員権は平成4年8月末の時点で1口最高3500万円のものを1080口(326億4000万円)販売しており(うち,一般ユーザーに販売されたのは1054口316億6500万円であった。),その金額の80%に相当する預託金返還債務をたくぎん保証が保証していた。
さらに,エイペックスは,平成4年11月の時点で,すでに200人もの従業員を雇用していた。
したがって,仮に,拓銀がカブトデコムへの融資を直ちに打ち切ってエイペックスが破綻した場合には,会員権は紙切同然となり,たくぎん保証の預託金返還保証債務履行の問題が生じるとともに,これまでカブトデコムに対して支援を続け,エイペックスの会員権販売に関与してきた拓銀の信用にも悪影響を及ぼすおそれがあった(これがマスコミに取り上げられ,拓銀の不利益に作用することは明らかであった。)。また,エイペックスに雇われていた200人全員が失業することになり,この点でも大きな社会的影響が予想された。
このように,ホテル完成前におけるエイペックスの破綻は,拓銀に大きな不利益をもたらすものであったから,これは絶対に回避しなければならなかった。それと同時に,カブトデコムは,エイペックスのために集められた資金を他のプロジェクトに流用するなど,エイペックス事業の完遂に支障になる行動をとっていたため,カブトデコムからエイペックスの事業主体である甲観光を分離する必要があった。
他方,同ホテルが完成して運営収入が生じると,そこから,利息の支払を受けられる可能性があった。原告は,エイペックスが事業として成り立たない旨主張するが,ホテル及びゴルフ場が完成すれば3%程度の利息支払は可能であり,被告らは,景気の回復を待って会員権の販売を再開し,状況によっては増資も検討する考えであった。
仮に,エイペックスがホテル完成後に倒産しても,ホテル完成により,エイペックスの資産価値は保全できるし,拓銀の責任は,ホテルの完成によって果たされていると考えられた。
原告は,第3融資の決裁日を平成4年10月26日であるとした上で,被告らが,同日までにエイペックスの採算性等について十分な検討をしていなかったというが,平成4年11月30日の経営会議において会員権が全く売れない場合まで想定してシミュレーションを行っており,検討は十分であった。
(ウ) カブトデコム保有物件に対する支配獲得(物件シフト)
物件シフトは,カブトデコムの管理下にある物件を,拓銀の支配下におくことにより,任意売却を容易にし,債権処理スケジュールを立てやすくすることによって,拓銀の債権保全強化を目的とするものであった。
すなわち,カブトデコムは,拓銀が物件の売却を促しても簿価での売却にこだわるなどしていたため,物件の売却が進まず,賃貸物件においては,その収益をどのように利用しているのか不明瞭であったが,拓銀の支配下におくことで,拓銀の判断で物件を売却できるようになり,賃貸収入を拓銀が処分できるようになる。
また,拓銀の管理下におくことで,拓銀の名声,影響力を利用して,拓銀の取引会社をビルに入居させたり,各旅行代理店に営業したり,拓銀の会合や従業員の福利厚生にホテルを使用したりするなどして集客力を高めることができた。
さらに,不動産価格がいずれ上昇することが期待されていたので,拓銀関連会社に保有させることによって,将来,高い値段で売却できる可能性があり,仮に不動産価格が上昇しなかったとしても,いずれ破綻するカブトデコムの下においたまま,破産者の資産として価値を下げるより,拓銀関連会社の支配下においた方が,資産価値を維持することができた。
物件シフトによって,拓銀は受け皿会社に買取代金を融資する必要があったが,当該金額は,そのままカブトデコムに対する融資の返済に充てられたので,結局,融資の債務者がカブトデコムになるか受け皿会社になるかという違いにすぎず,拓銀の融資残高総額に変化はなかった。
(エ) 道内経済の混乱回避
カブトデコムは,平成4年10月時点において,同年11月から平成5年3月までの間に支払期日が到来する手形債務を389億7700万円負っており,エイペックス以外の発注元に対して113億9400万円の買掛金債務を負っていたから,カブトデコムの破綻は,関連先企業ばかりでなく工事業者の連鎖倒産を起こすことが予想された。また,工事業者には,拓銀の有力な融資先も含まれていたから,カブトデコムの支払が滞って,これらの企業の資金繰りが悪化した場合,拓銀がつなぎ融資をしなければならないことが予想された。さらに,カブトデコムが破綻すると,拓銀グループのカブトグループに対する貸出債権のうち2000億円程度の保全不足が表面化し,拓銀の信用に悪影響を与え,預金流出など拓銀の経営に悪影響を与えるおそれがあった。
また,カブトデコムが破綻した場合,同社に対して多額の融資をしていた共同信用組合が破綻するおそれがあり,同信用組合の破綻を回避することが拓銀自身の利益のためにも必要であった。原告は,第3融資の決裁に当たって,被告らが共同信用組合の破綻の回避問題について検討していなかった旨主張するが,平成4年10月26日開催の経営会議資料に,共同信用組合が当時の総融資額約800億円のうち45.9%に及ぶ約368億円をカブトデコム及びその関連会社に融資していたことが記載されており,その後,同年12月から平成5年3月までの間に共同信用組合等からの事情聴取結果をまとめて作成した一覧表によると,共同信用組合からカブトグループに対する総融資額は約400億円で,保全不足が約250億円であることが判明した。
さらに,共同信用組合だけでなく,拓銀系のノンバンクもカブトグループに対して多額の融資をしており,カブトデコムが破綻した場合,拓銀系列のノンバンクに対する他行の資金引上げ,各ノンバンクの倒産を招来し,拓銀自身の資金繰りを一気に悪化させ,拓銀自身の信用不安につながることが大いに予想されたから,拓銀が突然この時期にカブトデコムに対する融資を中止して同社を破綻に追い込むという選択肢をとることは経営上不可能であった。
(オ) 第3融資の真の目的
仮に原告が主張するような第1融資やエイペックス会員権の預託金返還債務保証についての失態の隠蔽のために融資を続けたのであれば,被告らは,カブトデコムに対し,相当長期にわたって融資を継続する必要があり,平成5年3月ないし同年6月までと期限を区切って融資をすることはなかったはずである。
エイペックスに関しては,たくぎん保証が会員権預託金返還債務を保証していたので,カブトデコムを破綻させてもエイペックスが破綻しないようにしたいと考えてはいたが,そのことがあるからといって,第3融資の目的が被告らに対する責任追及を回避するための自己保身であると直結するのは論理の飛躍である。
(3) 評価
以上のとおり,第3融資によって拓銀が得られる利益は,これによって負担するコストに比して大きいものであったから,被告らが,第3融資を決裁したことは合理的であり,取締役の注意義務に反するものではなかった。
被告らは,第3融資の実行に関して,旧大蔵省や日銀,北海道等に報告をし,これらの監督官庁等が,金融システムの崩壊を懸念し,第3融資に対する融資について異議を述べなかったことは,第3融資が,通常の企業人として看過し難い過誤,欠落がないことを裏付ける重要な事実であった。
原告は,被告らが,日銀及び旧大蔵省に対して,カブトデコムに対する融資を打ち切るつもりであることを伝えていなかった旨主張するが,被告らは,日銀及び旧大蔵省に対し,「カブトデコム本体は裸の形で銀行の手を借りないで自力再建を果たす。」「カブトデコム本体は,後は自助努力で建設業として生きていく。」などと述べており,この説明が拓銀の融資打ち切りを意味していたことは,当時の旧大蔵省及び日銀双方とも了解していたことであった。
(4) 損害について
被告らは,第3融資によってカブトデコムを延命させている間に,Iと交渉し,関連会社を分離させ,物件シフトを行うなどして,債権の保全を図っていた。現在なお未処分資産(特に海外物件)が存在しており,拓銀が第3融資によって被った損害の額は,未だ確定していないというべきである。
第三当裁判所の判断
一 認定事実
証拠(甲1ないし92,94ないし134,144ないし193,乙イ1ないし3,乙ロ9,13,15,16,18,22,25,乙ハ1,6,9ないし12,17ないし21,23,乙ニ1,乙ホ15,16,証人O,証人L,被告B本人,被告G本人,被告H本人,被告E本人,被告D本人,被告A本人,被告C本人,被告F本人)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
1 拓銀における融資の在り方
(一) 貸出業務取扱規程
拓銀においては,従前より,融資についての確実性(安全性)を維持し,収益性を高めるために,以下のような基準で融資や管理をするものとされており,平成2年4月24日には,貸出業務取扱規程(同年5月14日実施)を改正してこれを明文化した(甲166,178)。
(1) 授信管理上の問題点
ア 基本的姿勢
借入申込を受けたときの可否判断は,貸出先の外見だけにとらわれず,後記のような調査の結果に基づいて行う。また,企業内容,事業計画,資金使途,回収財源,商業手形の成因調査等に基づく判断を優先させ,担保や保証は補完的な判断材料とする。以上の検討が不十分なままに「老舗であるから」「業界で上位であるから」「担保があるから」「有力な保証人がいるから」というだけの判断で貸出をすることは,基本からはずれた対応である。
このような基本からはずれた対応では,資金需要の理由が不明瞭なまま貸出を累増させ,万一の場合は問題解決に長期間を要し多大の損失を招く結果となる。
拓銀の総合金融サービス機能の拡大が進んでおり,グループ各社との共同貸出先が増加している。したがって,リスク管理に万全を期すため,グループ会社各社との情報交換を密にし,拓銀グループ全体の授信を管理するという自覚を持つ必要がある。
イ 調査の励行
(ア) 貸出先の調査
貸出先の信用力や将来性は,貸出先自体の問題と業界自体の問題から成り立っており,調査に当たっては,貸出先とそれをとりまく環境についての様々な資料・情報を収集・分析して,これを総合的に判断し,貸出先の赤裸々な姿を掌握する。具体的には,人的・物的・財務上の各要素の側面から捉えるほか,貸出先グループの全体把握,転換能力の検討,所有不動産の調査,信用情報の収集・分析が必要である。
・経営者の資質,従業員のモラル等の人的要素
・仕入販売基盤,品質,業界自体の将来性,環境の変化(景気,相場等)等の物的要素
(イ) 調査の対象・方法
・経営者の経歴,手腕,先見性,決断力,取引先等からの信頼度,人柄,私生活,健康度等を調査する。従業員の問題としては,モラル,労使関係,給与水準,従業員数等がある。
・貸出先の問題としては,社歴,株主構成,系列,立地,仕入販売基盤,品質,生産設備状況,国際的競争力,稼働率,関係会社の内容等がある。業界自体の将来性及び環境の変化(景気,相場,消費者動向,環境問題,カントリーリスク等)の調査は不可欠である。
・貸借対照表,損益計算書,試算表及びその附属資料の分析が重要である。ただし,表面上の数字が必ずしも実態を表しているとは限らないことに注意する。有価証券や不動産の含み損や含み資産,保有債権の不良債権化,減価償却資産の償却不足,架空売上,架空資産などに注意する必要がある。
したがって,申受資料や貸出先の説明を鵜呑みにせず,資産,負債の見直し,税務申告書の申受,実地調査,信用調査機関の調査資料,取引先や同業者の風評等を総合的に検討する必要がある。また,貸出先の業態や環境の変化に即応して,貸出先の実質体力を正確に掌握し,必要に応じて修正バランスを作成する。
・貸出先グループ全体を把握する必要がある。このためには,グループ企業群の決算状況一覧表や連結決算書の申受が不可欠である。
・事業計画の検討と,それに基づく資金使途の確認,必要資金額の妥当性の検討は返済財源を確保するための初歩である。運転資金の場合は,当面の使途を確認することも必要であるが,さらに踏み込んで,売掛・在庫の増加,赤字・不良債権の発生,設備投資の反動,関連会社への資金流出によって必要になったものでないか,その根本的原因を究明する。
・回収財源,返済能力の検討は欠かすことはできない。運転資金は売上代金によって,設備資金は内部留保によって回収するのが基本である。
・他行動向の調査も行う。拓銀が貸増して,他行の不良債権を不本意に肩代りしたり,優良貸出先に他行の食込みを許したりすることを防ぐ。また,借入金総額の推移と売上動向を比較することで,企業内容の変化の方向を察知し得る。
・担保は,貸出先からの正常な回収が困難になった場合に機能するものであるから,予定した価格で早期に換金できるものでなければならない。したがって,その調査評価は適正でなければならない。物件の内容によっては,貸出先の企業活動の存続があってこそ担保として評価できるものが少なくないので注意する。
・融資対象が,財テクを行っている場合には,その規模が会社の体力を超えたものでないか,潜在的な損失を内包していないかなど十分な注意を払う。
(2) 貸出先の業態悪化の兆候と対応
企業の倒産,行き詰まりの原因には様々なものがあるが,財務面・資金面を中心に何らかの兆候が表れるのが一般的である。決算書の分析のみに頼ると早期発見のタイミングを逸し,不測の結果を招くことになるので注意する。
このような兆候としては,売上高の減少・急増,赤字決算,売掛債権・在庫の増加,支払手形の増加・減少,金融債務の増加(借入金が増加したときは,設備投資,増加運転資金等前向きな資金か,不良資産の発生,赤字等後向きの資金かを究明する。),その他流動資産の増加(粉飾決算に利用されやすい。),流動性預金の減少,不明瞭な借入申込,金融機関(他行)取引の減少等がある。
そして,業態悪化先に対しては,その病根の深さ,原因等の実態と今後の事業,収益,資金繰り等の見通しを把握する。貸出先は信用を維持しようとして,悪化の実態を隠蔽することが多いので,申受資料や担当者の説明を鵜呑みにすることなく,経営者との直接面談や興信所の信用調査等を含め,正確な実態把握のために速やかに行動を開始する。その上で,保全バランスを作成し,保全状況をシビアに把握する。そして,今後の見通し,再建策実現の可能性,授信目処,債権回収計画,保全状況,従来の取引経緯,拓銀の取引地位及び対外的な影響を総合勘案して支援か撤退かの方針を確立する。また,方針の如何にかかわらず,割引手形の質的改善,担保の追加申受,保証人の追加申受,他行分散,預金の相殺,拘束債権書類の再点検等の債権保全策に最大限の努力を払わなければならない。
(二) 不動産担保手続(甲192)
拓銀においては,不動産等の担保評価方法について,従前から貸出業務取扱規程及び通牒に基づき運用していたが,担保評価の適正化・均質化を図るため,平成3年7月,担保評価方法及び担保品カード作成要領を改正し,不動産担保評価マニュアルを作成した。
これらによると,原則として,土地及びマンションについては取引事例法により,建物については原価法により,時価を評価した上,その時価に所在地区,担保種類別に定められた担保掛目表の上限(例えば更地の場合,東京,大阪,札幌等の大都市の商業地につき最高85%とされている。)内の掛目を乗じて担保価格を算出し,これから先順位の根抵当権極度額及び抵当権債務残高を控除して実効担保価格を算出するものとされ,担保掛目については,適正な運用を心掛けて,価格の安定性,換価性等を考慮して一律に上限を適用しないとされ,また,担保評価に当たっては,借主申出の評価額を鵜呑みにしないよう注意する必要があるとされた。
(三) 大口融資規制について(甲63)
銀行法13条,同法施行令4条により銀行から同一人(グループを含む。)に対する信用の供与等の上限額が定められ,銀行は,これを超える信用の供与等をしてはならないとされていた。平成3年5月時点の拓銀についての基準によると,同一人に対する貸出限度額は858億円(自己資本の20%),同一人に対する信用供与額は1287億円(自己資本の30%),拓銀グループによる同一人に対する信用供与額は1716億円(自己資本の40%)とされていた。
拓銀は,同月15日ころ,大口融資規制について,自主的な基準を作成した。これによると,同一人に対する貸出限度額は400億円,同一人に対する信用供与額は600億円,拓銀グループによる同一人に対する信用供与額は1716億円とされた。
2 取引開始当初の拓銀のカブトデコムに対する調査・対応等
(一) 企業育成方針(インキュベーター路線)について
拓銀は,昭和60年ころから,金融自由化時代を乗り切るべく,事業収益を挙げるため,道内企業,若手経営者の育成に注力するようになり,平成2年10月までは法人部を中心に,同月以降は総合開発部において,道内の若手経営者を中心に企業育成を行った(インキュベーター路線)。インキュベーター路線の実行は,当初は,バブル経済を背景に,拓銀に一定の収益をもたらしていた。
(二) Iと被告D及び被告Gの交流
昭和59年末ころ,拓銀常務取締役業務本部長であった被告Dは,同常務取締役調査情報本部長Pから,Iを紹介された。
被告Dは,Iから,創業以来の苦労話のほか,当時,道内の若手経営者で「初代会」という会を結成していること,ジャフコというベンチャー投資育成会社が存在しており,道内の若手経営者に対し,店頭登録の目標を与えて指導していること,Iも同社の指導を受けて店頭登録を目指しており,将来的には拓銀に主力銀行になってほしいと考えていることなどを聞いた。
また,Iは,被告Dに対し,自らの経営する兜建設の企業戦略として,友好企業との提携を深めてグループ内でゼネコンディベロッパーとしてのシステムを構築し,ニーズを先取りして土地を入手して建物を建設し,これを販売する方法(以下,このように土地の売買,建設工事の発注受注,完成建物の売買等をカブトグループ内で行った上でカブトグループ外に売却するプロジェクトを,「自社開発プロジェクト」という。)によって利益を上げ,賃貸業やリゾート開発等も行い,事業を多角化することで,景気変動に影響されない安定した経営をできるようにすること,自社開発プロジェクト物件に売り手がつかない場合等のリスクヘッジとして年商の5割程度の現預金を保持する方針であることなどを話した。
被告Dは,昭和60年ころ,拓銀法人部長であった被告Gに対し,Iを紹介した。その際,被告Dは,被告Gに対し,「Iは,スコップ6丁から立ち上がった人間だが,非常に意欲的にやっている。第1支店部(当時,兜建設担当本部)にその辺を検討するようにいっているが,1年経っても結論が出ない。Iからは,『これ以上,拓銀に主力銀行になってもらいたいとお願いしても被告Dに迷惑をかけるから,あきらめる』といわれているが,それはちょっと寂しいので,被告Gの方から検討してみてほしい。」旨述べた。
その後,被告Gは,昭和63年6月から本店営業部本店長として,平成2年10月から平成4年6月ころまで総合開発部担当常務取締役としてカブトデコムを担当することになった。被告GとIは,Iの事務所が,被告Gの自宅付近にあったこともあり,Iの事務所で面会するなどして仕事の打ち合わせ等をすることがあった。
(三) 主力銀行要請の際の調査と対応
兜建設は,昭和60年ころ,拓銀に対し,主力銀行として株式及び転換社債5000万円を引き受けてほしい旨要請し,第1支店部は,これを受けて,カブトデコムの昭和56年から昭和60年の業績や財務状況等について調査した。第1支店部の調査結果(甲56)は,以下のとおりであった。
(1) 業況
自社企画の宅地造成プロジェクトへの参入を契機として業績は急速に進展しており(昭和60年3月期の売上高70億6200万円,経常利益2億7400万円),表面的には極めて順調であるが,カブトグループ内での受注が41億円(60%)となっており,関連子会社の業況は,資料不足で定かではないが,必ずしも良好とはいえない状況であるとみられ,判然としない。
(2) 財務内容
昭和59年にジャフコ等による増資が行われているが,この際に資金使途として申し入れていた借入金の返済及び取引銀行の整理が実行された形跡はなく,増資で得た資金の使途は不明である。その他,関連会社との間で資金操作が行われている節もあり,財務内容は極めて不透明である。関連会社との資金のやりとりを含め,種々の疑問点を聴取したが,定かな回答が得られていないのが現状である(代表者の了解なしでは公表されないようである。)。
なお,ジャフコが多額の資金を出したことにより,昨年来とかく悪い噂の絶えなかったカブトデコムにとって当面の資金繰りを安定させる効果があったことに加え,「評価され得る会社」として悪い噂を払拭する点でも極めて有効なものとなったことは事実である。しかし,上記資金導入については,カブトデコムの極めて旺盛な資金需要とジャフコの方針(カブトデコムとのパートナーシップは捨てて手数料収入等の実利をとろうという狙い)とがたまたま合致した結果の産物であるとの見方も一部ではある。
(3) 総括的意見
カブトデコムの代表者の手腕,既往の業績推移をみると,評価できる面もあるが,財務内容等に種々疑問点があり,また,依頼した資料の提出も拒否されている現状であり,とても主力銀行として永続的・友好的な取引関係を維持することは期待できない状況にある。カブトデコム側が企業実態をオープンにしてくれることが先決である。カブトデコムに対する当面の授信対応は,従来どおり保全重視でプロジェクトごとの個別対応にすべきである。
以上のような調査結果であったにもかかわらず,当時,拓銀の頭取であったQ及び被告Dは,昭和60年5月30日,Iと面談し,今後子会社の財務諸表を公開すること,管理部門を早期に充実させること,事業計画等について拓銀に相談することを要請した上,拓銀がカブトデコムの主力銀行になることを了承した。
(四) 融資要請とこれに対する意見等
(1) Iは,被告Dに対し,昭和60年9月17日,拓銀に主力銀行として10億円の融資枠を設定してほしい旨申し入れ,被告Dは,前記要請事項について整備が進んでいるとして,これを了承する意向を示した(甲144)。
(2) 拓銀西野支店は,被告Dの上記対応を受けて,カブトデコムからの要請により,同年10月26日ころ,カブトデコムに対し,他行肩代資金2億円を融資する(担保としては,他行の極度額4億円の根抵当権の移転を受ける。)案件を付議した。
第1支店部はこれを承認したが,第1支店部長は,西野支店長に対し,「拓銀からの申入事項であるカブトデコムの関連子会社の財務内容が何ら解明されないままに貸出を先行させることは遺憾である。カブトデコムに対し,資料の提出を重ねて要請し,検討の上報告すること。」と指示した。
(3) カブトデコムは,拓銀に対し,昭和62年2月27日,札幌西支店を通じて,他行借入分の肩代資金28億円の融資を申し入れた(甲55)。
拓銀の融資部事業調査室は,同年3月4日,上記融資について,「急な申入のため,カブトデコムについて調査分析する時間がなく,融資の是非についてコメントすることはできない。しかし,カブトデコムについては,後日,経営方針,組織機能,販売力,部門別損益,関係子会社との関わりなどのほか,保有資産(土地,会社)の評価をも含めた全般的な調査を実施して,実態を明らかにし,問題点・改善点等を抽出・整理する必要がある。昭和58年12月に行われた融資部事業調査室の調査によると,Iの手腕は高く評価できるが,架空売上計上,不正規な経理処理等経営姿勢に問題なしとしないとされ,経営面,販売面に問題があるとされていることから,カブトデコムに対する今回の融資については,保全面に重点をおいて対処すべきである。」旨の意見を付した。
第1支店部は,融資部事業調査室の上記意見を付して,上記融資案件を,昭和62年3月5日開催の投融資会議に付議した。同日の投融資会議(持回協議)に,常務取締役担当本部長として参加した被告Dは,「カブトデコムから主力銀行になってほしい旨の要請を受けてから約1年をかけてカブトデコムの内容把握に努めた結果,相応の含み資産があり,関係会社の整理も進んできた。拓銀との取引については,保全がフルカバーに近く,採算の良い取引となる。」旨の意見を示し,副頭取として参加していたKは,「事後的であるにしても,早急に企業調査をされたい。」旨の意見を示した。結局,上記融資は了承された。
(五) 昭和63年調査
第1支店部は,昭和62年9月30日,融資部事業調査室に対し,カブトデコムの実態等を調査するよう依頼した。事業調査室は,カブトデコム,イプシロン,兜ビル開発,轟建設及び山王建設の5社に関して,昭和62年3月期決算を中心とする調査を行った。同調査結果は,昭和63年1月27日,当時の融資部担当の専務取締役であった被告Bに報告された(甲56)。
昭和63年調査報告書の内容は,おおむね以下のとおりであった。
(1) 決算資料からみた特徴・問題点
売上及び収益は,順調な伸びを示しているが,同売上には子会社,山三西武地産,株式会社シグマ等の関連会社との仕組み取引(自社開発プロジェクト。その具体例について,別紙4(省略)のとおり説明された。)によるものが相当額認められる。昭和62年3月期のカブトグループの売上高は約136億円であるが,そのうち26億円は,子会社との仕組み取引によるものであって,子会社と重複して計上されている。また,資本関係はないものの,親密な取引先となっている山三西武地産への売上高は38億円を超えており,同社を自社のダミーとして利用しているものと推測される。
売掛債権,買掛債権ともに異常に増大している。これは,子会社や関連会社との取引において資金決済が行われず,通常の民間受注工事においても回収条件が長期化していることを示唆している。借入金が過大であり,借入金は売上高の1.8倍,総資本の59%に達している。回収に懸念がある不良債権に近い長期未収金が2億6800万円あり,最悪の場合には償却しなければならなず,収益の圧迫要因となり得る。経常収支比率は100%を割っており,資金繰りは多忙である。
カブトデコム及び子会社からIに対する貸付金が合計4億1700万円ある。
(2) 財務内容について
ア 収益性
営業利益対比支払利息率は,借入過多のため,昭和60年3月期が123.8%,昭和61年3月期が118.9%と営業利益で支払金利を支払えない状態となっていたが,昭和62年3月期にようやく83.8%となった。
イ 安全性
経常収支比率は,過去3期とも100%以下となっており,問題である。すなわち,経常収入で経常支出を支払えず,借入金,社債発行によって不足分をカバーする形となっていると思われる。その他流動資産,長期貸付金,未収収益,繰越資産及び明白な不良資産の合計額は増加し,また,以上のような不健全資産と総資産との比率である不健全資産比重も高くなっており,自己資本から不健全資産を控除した正味自己資本は,昭和60年3月期から昭和62年3月期まで,マイナスになっており(これは,表面上,債務超過とみられる。),かつ,増加している(昭和62年3月期には22億1800万円)ことから,科目内訳を十分精査する必要がある。
ウ 所要資金と財務パターンについて
売掛債権回転期間,棚卸資産回転期間,買入債務回転期間がいずれも長期化しており,その結果,所要運転資金の回転期間は年々長期化し,売上高の増加に伴い,必要運転資金は年々増加し,借入増加の一因となっている。
エ 収益・財務内容の検討
短期貸付金が大幅に増加し,貸付先は子会社及び関連会社が全体の48%,残りはI及びカブトデコムの関連先である。長期貸付金のほとんどは,Iに対するものである。昭和62年3月期における保証債務は総額31億2200万円である。
オ カブトグループ全体について
収益と費用について,グループ内各社間の内容が把握できず,棚卸資産,固定資産,有価証券等に生じる未実現利益の除去も把握できない。
(3) 添付資料等
昭和63年調査報告書には,カブトデコムの昭和60年から昭和62年までの業績が資料として添付されており,各期の売上高,純損益は別紙5(省略)の昭和60年3月期欄,昭和61年3月期欄,昭和62年3月期欄記載のとおりであった。
(4) 融資部事業調査室の意見
財務内容は良好とはいえず,今後カブトデコムと取引する場合,各プロジェクトにつき子会社及び関連会社の参画状況と資金の流れを早期に把握すること,プロジェクトごとに貸付金の使途を管理すること,子会社及び関連会社を含むグループ全体の業況について定期的に調査し,担保の管理を行うこと,カブトデコムに関する情報を充実させることなどの点に留意する必要がある。
(六) 昭和63年4月,被告Gが本店営業部本店長に就任し,同年6月,カブトデコムの取扱窓口が,西野支店から本店営業部に移った。
拓銀のカブトデコム担当部署が本店営業部第1支店部であった時代の融資状況は,おおむね以下のとおりであった。
(1) カブトデコムは,同年7月28日,拓銀に対し,プロジェクト物件(札幌市南a条西b丁目,総合メディカルビル)の敷地購入代金の一部として6億円の融資を申請した(甲171)。
第1支店部は,当該プロジェクトについて,カブトデコムの予想する収支は,家賃収入毎月200万円としているが,一般診療所の収支状況に照らしそのような家賃負担は極めて難しいこと,カブトデコムの命運を左右する大プロジェクトにもかかわらず,十分な市場調査がなされているか疑問であり,カブトデコムの専行がないよう十分注意が必要であることを指摘しつつも,投融資会議に付議し,投融資会議は,これを了承した。なお,上記融資については,極度額16億円の根抵当権(実効担保価格14億9000万円)が設定された。
(2) カブトデコムは,同年10月17日,拓銀に対し,運転資金として10億円の融資を要請した(甲172)。
第1支店部は,甲観光の保有するゴルフコース(当時の実効担保価格は3400万円であったが,約2か月後には先順位抵当権者の担保権が解除され,実効担保価格が5億円となる見込みであり,今後コースの増設によって担保力がアップすることを見込んでいると報告された。)に極度額30億円の根抵当権を設定することを条件に投融資会議に付議した。投融資会議は,これを了承した。
(3) カブトデコムは,同年11月17日,拓銀に対し,長期運転資金10億円の融資を申請した(甲173)。
この際,第1支店部は,カブトデコムの財務諸表を整理するとともに,主要プロジェクト5件(エイペックス,総合メディカルビル,パームヒルⅡ等)について概要と現状を調査し,カブトデコムが同年9月期で現預金68億5600万円を保有していることなどを報告した。第1支店部は,投融資会議に付議し,投融資会議は,これを了承した。
(4) カブトデコムは,同年12月2日,拓銀に対し,プロジェクト物件(前記総合メディカルビル構想に基づくもの)の敷地の取得資金の一部として5億6000万円の融資を申請した(甲174)。
第1支店部は,当該プロジェクトが中断状態であることを理由に融資部事業調査室によるダブルチェックを省略することを申し出た。融資部事業調査室は,第1支店部のダブルチェック省略申出に対する意見は差し控えたい,同年1月に実施した調査結果は「業容順調に拡大しているが,財務内容に問題がある」というものであり,事業計画が具体化していない状況での地上げ資金融資には慎重な対応が必要である旨の意見を付した。第1支店部は,当該プロジェクトは中断しているため,土地取得費の検討のみにとどめた結果,近くに地下鉄駅が開業することなどから取得価格は妥当であるとして,投融資会議に付議し,投融資会議は,これを了承した。
(5) 以上の融資により,拓銀のカブトデコムに対する総授信額は62億3800万円となり,保全不足は,実効担保価格ベースで33億1900万円,時価ベースで4億3600万円であったが,昭和63年12月に実施される先順位抵当権の抹消によって,実効担保価格ベースで保全不足23億1900万円,時価ベースで保全余力9億6700万円となる予定であった(甲174の2)。
(七) 昭和63年12月,カブトデコムについての所轄本部が,第1支店部から法人部に移った。拓銀のカブトデコム担当部署が本店営業部法人部であった時代の融資状況は,おおむね以下のとおりである。なお,このころから,札幌においてもバブル経済が始まり,地価の上昇が加速した。
(1) カブトデコムは,同月26日,拓銀に対し,社債引受会社に対して,20億5000万円の社債支払保証をするよう申請した(甲175)。
法人部は,当該授信によりカブトデコムに対する総授信額が,ピーク時より20億円以上増加することから,投融資会議に付議し,投融資会議は,これを了承した。
(2) カブトデコムは,平成元年3月22日,拓銀に対し,つなぎ資金20億円の融資を申請した(甲176)。
法人部は,当該融資によって,カブトデコムに対する総授信額がピーク時より15億5800万円以上増加するが,工事代金の支払と回収が一時的にずれ込んだために必要になった資金であり,7日間で回収が予定されているとして,無担保で融資することを投融資会議に付議し,投融資会議は,これを了承した。
(3) 上記融資によって,拓銀のカブトデコムに対する総授信額は97億9600万円となり,保全不足は実効担保価格で73億2100万円となった。
(八) カブトデコムは,平成元年3月,国際証券を主幹事証券会社として東京証券取引所に店頭登録をした。
当時,店頭登録における主幹事証券会社の実質基準は,上場における場合と異なり,明文で定められておらず,各証券会社の証券審査部が,証券取引所の示している基準を基本としつつ独自に行っている状態であった。また,主幹事証券会社の審査の後に行われる証券業協会の審査は,形式面のみであった(甲188,190)。
3 エイペックス事業への関与について
(一) カブトデコムは,昭和63年12月,自らが元請として甲観光からエイペックスのコンドミニアム新築工事,スキーセンタービル新築工事,ロープウェイ駅舎新築工事を受注し,平成元年11月には,ホテル建設工事を受注し,これを鹿島建設株式会社ほか数社で構成する共同事業体に発注して,平成4年までに施設全体が完成する計画の下にその建設に着手した。
(二) 拓銀は,平成元年5月に,法人部において「洞爺リゾート開発計画の検証と方向性」と題する書面(甲123)を作成してエイペックス事業について検討を行い,同年9月までに,法人部内にリゾート開発プロジェクトチームを組織し,カブトデコムの開発企画部及び北海道開発コンサルタント株式会社とともに「洞爺リゾート開発計画」と題する書面(甲124)を作成するなどした。
(三) エイペックスの総事業費は515億円(平成2年12月には665億円,平成4年11月には730億円に増額された。)が予定され,全額を会員権販売収入から調達する予定で事業計画が進められた。また,会員権については,預託会員制が採用され,会員権販売代金の8割が将来返還され得るものとされた。
(四) カブトデコムは,エイペックス事業について,会員権の販売が終了するまでのつなぎ資金として,総額414億円の借入を予定しており,拓銀に対し,このうち207億円を融資すること及び会員権の預託金返還債務合計412億円を保証することを要請した(甲125)。
平成元年10月16日開催の投融資会議において,法人部から,「207億円の融資の返済財源は,エイペックスの会員権(2000万円の縁故会員権250口,2500万円の第1次会員権500口,3200万円の第2次会員権500口,4500万円の第3次会員権400口)の販売収入合計515億円であるとされ,すでに縁故会員権250口については,カブトデコムによって完売の見込みとされ,200口については,カード会社,エージェント等からすでに引合いがある。」「保全は,エイペックス建設予定地及び建設予定建物(担保価値は,施設を除いて450億円,施設込みでは1000億円とされた。)の根抵当権設定である。」旨の説明がなされた。
投融資会議は,207億円を甲観光に融資することを内認し,預託金返還債務の保証については,銀行がリゾート会員権の支払承諾をすることに疑問があるとの意見があったことから,旧大蔵省の意見を確認した上で認めることを内認した(甲83)。
(五) カブトデコムは,同月21日,エイペックス事業について,記者会見を行い,その際,カブトデコム担当窓口であった本店営業部本店長の被告Gも,同席したが,拓銀支援の下にエイペックス事業が展開されることは,地元新聞で大きく報道された(甲180)。
(六) 拓銀は,その後,旧大蔵省から,預託金返還債務の保証について,拓銀自身が保証することは適切でないと指摘されたことから,平成2年12月25日,投融資会議を開催し,拓銀の子会社であるたくぎん保証をして預託金返還債務合計532億円を保証させることを決定し(甲83),これを受けて平成3年1月4日に,甲観光とたくぎん保証との間で,保証極度額532億円で預託金返還債務の保証を委託する旨の契約が締結された(甲129。その求償債権についての保全は,ホテル建物及び敷地に対する第1順位抵当権,カブトデコムの保証予約,甲観光の預金100億円に対する質権であった。)。
4 第1融資について
(一) Iは,カブトデコムを東京証券取引所2部に上場させるため,財務構成を是正するとともに,株主数及び株式数を増加させることを考えた。増資が実現できれば,財務構成を改善するとともに,株主数及び株式数を増加させることができるだけでなく,プロジェクト資金を入手することができ,しかも,株式をグループ企業に取得させれば,グループ企業の体力強化等を図ることができるとして,増資を行うことにし,これを国際証券及び被告Gに持ちかけた(甲21)。
Iは,当初,増資によって450億円のプロジェクト資金を調達するねらいがあったこともあって,第三者割当増資によって,1000億円の増資を実施することを計画し,その旨被告Gに伝えたが,被告Gは,1000億円は多すぎるのでせめて半分にするよう指導した。そこで,Iは,1株当たり1万5500円で350万株の増資を行い(当時のカブトデコムの発行済株式総数は518万5000株),合計542億5000万円の資金を取得することにした。カブトデコムは,平成元年3月期に資本金22億1400万円であったが,第1回第三者割当増資によって資本金293億3000万円になる計画であった(甲21)。
増資の方法については,一般的に,公募及び時価発行増資が最も有利とされていたが,公募増資では発行済株式総数の30%(カブトデコムの場合241億円)以内の調達しかできず,前記事業資金450億円に不足すること,カブトデコムの株価が急上昇したために公募及び時価発行増資をすることができない(株価審査のガイドラインが,3か月間平均30%の上昇とされていたところ,カブトデコムの株価が68.1%急騰したため,この基準を超えた。)ことなどから,公募増資ではなく,第三者割当増資によることとした。
割当先については,金融機関及びその関連会社のほかには,カブトグループの子会社及び関連会社並びに個人に割り当てることとした。
割当の内訳は,金融機関及びその関連会社が78万5000株(22.4%),カブトグループ取引関連企業及び個人が271万5000株(77.6%)であった。
被告Gは,被告Dに対し,カブトデコムが第三者割当増資によって,約500億円の資金を調達することを計画していることを伝えた。
(二) カブトデコムは,拓銀に対し,別紙1(省略)会社名欄記載の12法人及び個人6名に対し,発行する350万株の約4割に相当する合計138万5000株(増資後の発行済み株式総数の約16%。このうち12法人に対するものは109万5000株(増資後の発行済み株式総数の約12.6%))の取得金合計214億6750万円(増資後の資本合計の約34%)及びこれに対する利息2年分を254億円以内で融資すること(第1融資等),拓銀自身が17万5000株の割当先になること(拓銀は,当時,カブトデコム株式を総数の5%を上限に取得する方針であり,当該割当によって4.99%になる。)を申請した。
上記12法人及び6個人は,いずれもカブトデコムと関係のある企業又は個人であり,12法人の資本金,売上,経常利益,取得株数,融資金額は,別紙1(省略)記載のとおりであった。
本店営業部・法人部は,上記融資について,弁済期を中期の3年とし,割当先の引受株式の売却代金をもって返済を受け(この引受株式は2年間は売却ができない。しかし,その後の無償増資による株式は随時に売却できる。),その保全として,上記引受株式(合計138万5000株,実効担保価格は,1株1万4000円で,合計193億9000万円)に担保を設定し(その後の無償増資による株式にもその効力は及ぶ。),これだけでは,保全不足が生じることから,Iとの間で保証予約の合意をすることとした。
(三) 平成2年2月13日開催の投融資会議
(1) 投融資会議への付議
当時,法人部の起案担当者は,Oであったが,同人は,事前に被告Gから「根回しは終わっている」旨告げられていた。Oは,平成2年2月2日,第1融資等について,検討して報告書(甲21の4)を作成した。
同月13日,投融資会議が開催され,第1融資等の案件が審議された。被告Aは頭取として,被告B,被告C及び被告Dはいずれも副頭取として,被告Eは常務取締役業務本部長として同会議に出席した(ただし,被告Bは,東京に駐在であったため,電話会議により参加した。)。以下のような法人部作成の資料が提出され,検討がなされた。
(2) 法人部作成の資料
ア 第1融資等の概要
前記のとおり,カブトデコムにおいて第三者割当増資が行われ,拓銀及び拓銀グループが発行株式を引き受けるほか,カブトグループの子会社及び関連会社並びに個人が引き受けるが,拓銀は,そのうちの12法人及び6個人に対し,取得する株式代金及びこれに対する利息2年分を融資する。
カブトデコムが第三者割当増資を選択したのは,カブトデコムの株価が急上昇し公募増資できなくなったためであり,カブトデコムが割当先を同社の子会社等に指定してきた理由としては,カブトデコムは,将来的に取引を継続できる取引銀行が少ない上,引受額が巨額であったこともあって,金融機関に引き受けてもらうことは難しく,株主安定化対策及びカブトデコム友好企業に体力をつけさせて自社開発プロジェクトを推進する必要があること,一般投資家については購入希望先を絞りきれなかったことなどが考えられる。
第1融資等の融資条件は,前記のとおりであり,返済財源は,取得株式の売却代金であり,保全は,取得株式に対する担保権設定及びIの保証予約であり,Iの資産の大半がカブトデコム株式であることから,第1融資等の保全は,全面的にカブトデコムの業績に依存することになる。
第1融資等による拓銀のメリットについて,0.5%以上のスプレッドが見込まれ,拓銀の収益に大きく寄与する(実際に,2.0%ないし0.8125%のスプレッドで貸し付けされ,順調に回収されれば,拓銀は,数億円の利益が挙げられる見込みであった。)。
イ カブトデコムの業績
(ア) 売上高,経常利益,純利益等
昭和63年3月期から平成2年3月期までは,おおむね別紙5(省略)の昭和63年3月期から平成2年3月期の売上高合計欄,経常利益欄,当期純利益欄記載のとおりであり,平成3年3月期は,売上高700億円,経常利益85億円,純利益40億円,平成4年3月期は,売上高1000億円,経常利益110億円,純利益50億円となる見込みである。ただし,受注した工事の91.9%が民間会社の事業であり,このうちカブトグループによる自社開発プロジェクトが75%(350億円×0.91×0.75≒241億円。自社開発プロジェクト以外の受注額は,350億円-241億円=109億円)である。カブトデコムの平成2年2月までの受注実績は1000億円を超えている(ただし,この75%に相当する761億円はカブトグループ間の自社開発プロジェクトである。したがって,自社開発プロジェクト以外の受注実績は238億円であった。)。
このように,売上及び経常利益が急伸しており,現在の受注内訳は,実質的に自社開発プロジェクトが大半を占めているものの,東京方面を中心にその他の民間工事の受注も増加するなど受注のすそ野が強化されており,海外でのリゾート開発等の活動も行うなど,今後も業績が進展する十分な見込みがある。
(イ) 主要勘定科目
昭和63年3月期と平成元年9月期における主要勘定科目の推移状況は,商品及び不動産が89億0700万円から182億4200万円に,工事立替金が12億8200万円から91億0800万円に,借入金が141億5300万円から386億1800万円にそれぞれ増加している。
平成元年3月以降,借入金が急増している。カブトデコムは,札幌中心部及び東京を主体に,積極的に不動産物件の取得を進めている。
(ウ) 株価について
カブトデコムの株価は,平成2年1月31日現在で2万0500円と店頭銘柄の中でも高値である。その理由は,カブトデコムの業績が好調であり,ESP(一株利益),PER(株価収益率),PBR(純資産倍率)の各株価指標が優れており,とりわけ,無償余力が143割であり,無償期待があること,株式安定化比率が約85%と高く,浮動株が少ないこと,エイペックス事業に対する拓銀全面支援の報道等大型プロジェクトへの期待があることなどが考えられる。
ウ 法人部の意見
カブトデコムについては,今後の金融環境の変化の中で,不動産事業の冷え込みも予想され不動産投資の内容を十分に検討する必要があり,ワンマン経営,高成長のために人材不足が窺えるなどの課題もある。しかし,業績は,不動産ブーム,建設業界の活況を背景に順調に拡大していること,カブトデコムは,札幌市内中心部の土地を多く有しており,これらの活用により業績の一層の進展が見込め,また,保有土地の値下がりは考えられないこと,今回の第三者割当増資により,調達コストが大幅に引き下げられ,財務構成が是正されること,拓銀は,カブトデコムの圧倒的主力銀行として相談を受け,指導する立場にあることから,拓銀の指導性を保持すれば,カブトデコムの業績悪化を回避することができること,カブトデコム社長のIは,若手経営者の中でリーダーシップを発揮しており,同社を支援することで北海道内の若手経営者に対する拓銀のビジネスチャンスが拡大することなどの理由から,第1融資等を採用したい。
(3) 投融資会議の結論
投融資会議において,別紙1(省略)会社名記載の法人に対し,同融資金額欄記載の金員を融資する(第1融資)ほか,個人6名にも株式取得資金を融資するとともに,これらに対する2年分の利息金相当額を融資することが了承された。
なお,第1融資の回収のためには,大量のカブトデコム株式を売却する必要があったが,売却方法や実際の可能性の有無等について具体的な検討がなされることはなかった。
(四) 個別の融資の実行
平成2年2月9日ころから同月14日ころまでの間,上記各法人及び個人から融資の申請があり,平成2年2月13日開催の投融資会議において決裁済みなどとして,権限委譲による法人部長決裁(ただし,今回までの累積額が30億円を超える丸三昭和通商に対する融資に限っては,投融資会議による決裁がなされた。)を経て,同月20日から平成3年8月20日までの間に,それぞれに対する融資が実行された(甲22ないし33)。
当時,本店営業部は,資金需要が大きく,国内資金が不足していた状態であったため,国内融資枠を残すべく,可能であればユーロ円貸付にする傾向があった。第1融資等は,原則として,法人に対しては証書貸付(ユーロ円),個人に対してはローン貸付の形で行われた。
ユーロ円貸付とは,拓銀海外支店が行う,国内居住者に対する円建貸付をいい,拓銀の国内融資が資金的に厳しい場合には,円以外の通貨で融資する形が採られていた。ユーロ円貸付の場合,貸付資金は,拓銀海外支店から当該借主の取扱店に送られ,借主が海外支店にユーロ円用金銭消費貸借契約証書を差し入れ,返済期限に拓銀海外支店に対して元利金を送金する。仮に借主がユーロ円貸付の返済を行わない場合は,借主の取扱店が相応の調達原資を返済することになるというものであった。ユーロ円貸付で行われた場合,契約当事者は,拓銀海外支店と借主であるが,与信面の管理は国内の取扱店が行っていた。ユーロ円貸付の形をとることによって,当該融資は日銀の貸出窓口規制の対象外となり,また,拓銀海外支店が手数料を得ることができるという利点があった(乙ロ15)。
(五) カブトデコムの株価推移は,別紙6(省略)のとおりであり,平成元年3月の終値は3060円で,その後,同年9月ころまでは,ほぼ横ばいに推移し,同月以降上昇し,平成2年2月には終値2万9700円,出来高45万株となった。
(六) 第1融資後の旧大蔵省の反応
(1) 平成2年6月7日,第1融資等に関して,旧大蔵省銀行局銀行課の担当者から,拓銀東京企画部に電話があり,「売上高,経常利益に比べて引受高が大きすぎる。まともな返済資金のない企業にこうした貸出を実行するのは問題である。上記融資先の企業及びカブトデコムに対する基本的取引方針及び第1融資等についての銀行としての基本的な取組姿勢を文書で示してほしい。」旨の指導があった(甲101)。
(2) 旧大蔵省銀行局は,拓銀に対する検査を実施し,平成3年1月9日現在の検査報告書(甲121)を作成し,拓銀に提示した。これによると,貸出金一般について,「融資の審査管理については,審査部の独立,総合開発部の新設,融資先内容の見直し等を実施している。しかし,個々の仕振り面については,事業計画や返済財源の検討不十分な事例や関連会社融資の実態把握不十分な事例が認められるほか,大口不祥事も発生しており,審査管理についてより一層の充実を図ることが課題となっている。」とされ,主要留意事項として,融資の審査管理の充実に努める必要があるとされた上,第1融資等に関して,「当面償還財源の見込めないカブトグループ企業に支払金利を上乗せして当該株式取得資金に応需しているほか,関連会社(たくぎんファイナンス)からも同様に倒産先(和議)へ応需するなど行きすぎた支援になっている。」旨指摘され,第1融資の融資先であった巧工務店,山三西武地産に対する債権の一部は第2分類(旧大蔵省の資産査定における確実性4段階のうち,2段階目に当たる分類で,債権保全上の諸条件が満足に満たされないため,あるいは,信用上疑義が存する等の理由によりその回収について通常の度合を超えた危険があると認められる債権,及び何らかの理由により金融機関の資産として好ましくないと判定されるその他の資産。甲157)と判定された(それに対し,カブトデコムに対する債権については,海外不動産投資の動向に注意を要するものの,国内部門は増収増益であり,また,多額の増資により自己資本も厚いことを考慮して非分類とされた。)。
(3) 上記の検査結果に基づき,同年4月23日,旧大蔵省銀行局長から拓銀に対する示達がなされ,「融資の審査・管理については,債務者の実態把握,特に財務諸表や事業計画の分析検討が不十分であり,本部審査も形式的に流れている事例が多いので,本部における審査の充実を図る必要があり,また,不稼働資産が増加し,資産内容が悪化しているので,その改善に努める必要がある。」旨指摘され,速やかに適切な措置を講じることを求められた(甲121)。
これに対し,総合企画部は,同年5月20日,そのような問題が発生した原因として,責任感希薄の業務運営,過度の信頼による牽制機能不足等を挙げ,これに対する基本方針として,時代の風潮に流されないしっかりとした経営の基本スタンスを守って業務運営に当たる旨の回答をした。
(七) カブトデコムは,平成2年5月に第1回無償増資(1.84倍)を行い,第1融資の担保となる株式は,201万4800株(時価535億9358万円)になった(このうち,91万9800株(時価244億6668万円)は,無償増資によって得た株式であり,前記12法人において売却することが自由であった。)。
カブトデコムの株価は,同年7月にピークを迎え,終値3万9000円であったが,翌月以降,下落に転じた。
また,カブトデコムは,平成3年5月に第2回無償増資(1.6倍)を行い,第1融資の担保となる株式は,322万3680株(時価676億9728万円)となった(このうち212万8680株(時価447億0228万円)は,無償増資によって得た株式であり,前記12法人において売却することが自由であった。)。
平成2年10月以降,第1融資の回収を担当した総合開発部は,前記12法人に対し,無償増資による株式を売却して第1融資の返済に充てることを要請したが,Iから,出来高が少ないのに,大量の株式を売りに出せば株価が下落するおそれがある旨の懸念が表明され,上記株式の売却は実現されなかった。
総合開発部は,平成3年7月23日開催の経営会議において,第1融資等に対する返済について,その資金捻出のため,カブトデコムの下請企業群(約300社)を活用して,カブトデコム放出株の受け皿化を進め,期限までに融資の回収を図りたい旨の報告をした(甲85)。
しかし,前記のような事情のほかに,その後カブトデコムの株価が下落するなどしたため,売却は進まなかった。総合開発部は,担保株式の追加(合計で時価119億1400万円)に加え,当初貸出条件にはなかった株式以外の不動産や会員権(合計2億6000万円)を追加担保として徴した(甲87)。
カブトデコムの株価の下落により,第1融資において担保に差し入れられた株式は,平成4年2月までは融資額相当価格を保持していたが,同月以降は,株式だけでは保全不足の状態になった。
なお,第1融資の借主らは,平成3年5月から平成4年11月までの間,担保である株式43万2000株を売却して,売却代金を費消するなどした。
拓銀は,平成4年10月23日から同年11月19日までの間に,前記12法人に対する第1融資の未回収部分を,証書貸付(ユーロ円)から手形貸付にするなどして別形式の融資に切り替えた。12法人は,同年12月ころから平成6年10月ころまでにかけて,第1融資の利息の返済の遅滞に陥った(甲60,145)。
前記12法人のうち6法人は,返済最終期限である平成5年2月から平成6年2月までには休眠状態となり,同年9月まで利払が継続していたのは轟建設のみであった。平成9年には,12法人のうち轟建設を除く11法人に対する債権が回収不能であるとして償却された。轟建設については,同年3月期において,民間工事を中心に売上を伸ばし,同年は25億3400万円の売上を計上していたが,資産が含み損を抱えており,債務超過の状態であった。
第1融資は,平成11年3月10日の時点で,192億1798万3951円が回収されていない(このうち,轟建設に対する融資残額は6億7849万9922円である。甲35ないし47)。
(八) 平成6年2月21日開催の経営会議において,総合開発部は,第1融資について,「カブトデコム株式の資産価値を評価した結果,今となって判断すれば,借主の既往の体力からみると過大な融資になってしまっており,」「カブトデコム株式の資産価値を評価するあまり,今となって判断すれば緻密さを欠いた面があることは否めない。」と述べた(甲61)。
5 総量規制実施後のカブトデコムの業績及びこれに対する拓銀の対応
(一) 旧大蔵省銀行局長は,平成2年3月27日付けで,金融機関に対し,「当面,不動産業者向け貸出については,公的な宅地開発機関等に対する貸出を除き,その増勢を総貸出の増勢以下に抑制し,不動産業,建設業及びノンバンクの3業種に対する融資の実行状況を報告するよう周知徹底するよう依頼する。」旨の通達(「土地関連融資の抑制について」平成2年3月27日 銀行局長発 蔵銀第555号。乙ロ9)を発し,いわゆる総量規制が実施された。
カブトデコムの株価は,前記のとおり,同年7月に3万9000円となり,ピークを迎えたが,翌8月には下落に転じ,以降平成3年1月まで下降し続け,同月の終値は2万2000円となった。
(二) 総合開発部の発足
拓銀は,平成2年10月に,組織改編を行い,カブトデコムを含む育成対象企業に対する融資を担当する部門として,総合開発部を発足させた。被告Gは,同月,総合開発部担当常務取締役となった。
総合開発部内には,各取引先ごとに業務推進グループ及び審査グループが設けられた。カブトデコムの業務推進グループには,前記O(上席調査役),R(参事補)及びT(同)が属し,審査グループには,U(審査役)及びV(参事補)が属した。
総合開発部における融資の手続は,(1)業務推進グループによる融資申請,(2)業務推進グループ及び審査グループによる合同検討,(3)業務推進グループ上席調査役による諸貸出申請書,稟議のための資料作成(もっとも,カブトデコムについては,Uの指示により,平成3年10月以降,審査役であるVが資料作成を担当した。),(4)W総合開発部次長,L部長の決裁,(5)被告Gの決裁,被告Gによる経営会議ないし投融資会議への付議,(6)経営会議ないし投融資会議の決裁というものであった。
なお,エイペックスに関しては,総合開発部スタッフグループのXが担当していた。
(三) 平成2年11月から平成3年7月ころまでの経済状況と拓銀のカブトデコムに対する融資について
(1) 平成2年11月ころ,国内不動産市況が沈静化傾向となった。
総合開発部は,山三西武地産が不動産在庫を急増させていたことから,カブトデコム及び関連会社の保有する不動産が固定化することを懸念して,同月ころ,カブトデコムに対し,新規に土地を購入しないよう申し入れた(甲145)。
(2) 同月13日,拓銀の経営会議が開催され,カブトデコムとの取引について審議された(甲82)。
総合開発部は,「拓銀は,カブトデコムとの取引によって収益が拡大している(平成2年上期の粗利益が4億5000万円と昭和63年上期の12.5倍になった。)。現在,カブトグループに対する授信は379億円であるが,担保が時価ベースで327億円あるほか,定期預金が363億円あり,保全上全く懸念がない。今後,授信は増加すると予想されるが,不動産その他の裏付けは十分あることから,安全性を確保しながらの対応は十分可能である。国内不動産市況が沈静化してきたことに関しては,カブトデコムが収益基盤を安定した賃料収入と観光リゾートにおくことに方針を転換しており,自己資本650億円を有し,カブトグループの保有する不動産と株式の含み益の合計は1240億円(平成2年3月末のバランスシートベースによる。)であるから,今後,地価下落等の要因があったとしても補うに十分であり,カブトデコムの今後の事業展開はリスクを伴うが,拓銀の支援の下,拓銀の授信リスクを最小限に抑えつつ,収益を拡大していくことが可能である。」旨の理由を加えて,カブトデコムの希望に沿う形での支援を継続したい旨の意見を述べた。
これに対し,経営会議は,カブトデコムと今後も同様の取引を行うことを了承した。
(3) そのころ,旧大蔵省銀行局による拓銀の検査が実施され,前記のとおり,平成3年1月9日現在の検査報告書が作成され,また,同月から地価税が導入された。
(4) 同年2月25日開催の投融資会議おいて,カブトデコムに対し,既貸付分46億円を回収して,プロジェクト資金等6件合計157億8000万円を融資することが決裁され,実行された(甲148,149)。
上記投融資会議において,総合開発部から,「カブトデコムについては,社内体制整備が事業規模拡大に追いつかず,全社的な管理が不十分であり,また,環境の変化に対する対応が遅いことなどの問題点が窺われるが,豊富な自己資金を背景に,収益源の多様化を図っており,今後の安定的な高成長が期待され,拓銀のインキュベーター事業にかかわる最も優良な取引先であり,上記問題点についてフォローした上で融資を継続したい。」旨の報告がなされた。
これ以降,拓銀は,カブトデコムに対する貸付について,各プロジェクト物件ごとに融資する形をとり,融資対象物件に担保を設定するようになった。
(5) 平成3年の札幌市周辺の地価上昇率は,商業地で21.1%,住宅地で27.5%であったが,地価のピークは同年中ころであり,それ以降は沈静化し,さらに下落に転じていった。
エイペックス会員権の売れ行きは不振であった。拓銀は,会員権の販売を斡旋しており,平成3年3月から3か月間,特販キャンペーンを実施したが,同年5月22日現在で,第1次正会員権の販売目標150口に対して55口(その他成約見込み39口)の成約にとどまっていたことから,特販キャンペーンを1か月間延長することとした。
拓銀調査部は,同年8月ころの不動産業界の経営環境について調査を行い,住宅地の地価は下がる気配がなく,商業地については値下がり気味で,一棟売りの貸家については,利回り,キャピタルゲインともにうま味を失った旨の調査結果をまとめた(平成4年2月ころ,拓銀内部において公表された。)。
(6) カブトデコムは,不動産販売が不振であるため,平成2年2月に第三者割当増資をしたにもかかわらず,平成3年3月期には現預金が前期と比べて117億0300万円減少し,467億0900万円となった(平成4年3月期にはさらに267億8400万円減少し,199億2500万円となった。甲62)。
平成3年6月,カブトデコムは,第2回第三者割当増資をし,202万1000株(1株1万8800円)を発行し,379億9400万円を調達した(甲85)。拓銀グループは,合計35万1000株を引き受けるとともに(甲84),拓銀の子会社であったたくぎんファイナンスが,第2回第三者割当増資の株式を引き受けた共同信用組合の関連会社に対し資金20億円を融資した。
(四) 平成3年7月23日開催の経営会議
同日開催の経営会議において,カブトデコムとの取引について検討がなされた(甲85)。
(1) 総合開発部の報告
総合開発部は,おおむね,以下のような報告をし,カブトデコムとの取引については,経営課題の改善を指導しつつ,従来と同様の取引方針と授信シェアを維持したい旨の意見を述べた。
まず,昭和63年3月期から平成3年3月期までのカブトデコムの売上高,当期純損益及び総資産等は,別紙5(省略)の昭和63年3月期欄,平成元年3月期欄,平成2年3月期欄,平成3年3月期欄記載のとおりであり,カブトデコムは,店頭登録を機に,急成長を果たした。その要因は,2回にわたる第三者割当増資による低利資金の調達ができたこと,「創受活動」ともいうべき自社開発プロジェクトが成果を上げたことにあると思われる。
カブトデコムは,売上構成のうち,会員権販売事業の比率が24.4%と高いこと,発注先のほとんどが民間企業で,かつ,カブトデコムと結びつきの強い会社であること(自社開発プロジェクトが多い),北海道内のうち札幌の中心部の取扱比率が高いことなどが特徴である。自社開発プロジェクトにおいては,グループ会社から受注した建設工事の売上とグループ会社への物件販売の売上というように,売上が2回計上されているが,このような方法によって売上に計上されたものが,平成3年3月期中に9件あり,建設事業売上447億9200万円の19%(これを控除すると,建設事業売上は362億8100万円になる。),不動産事業売上299億3600万円の72%(これを控除すると,不動産事業売上は83億8200万円になる。)に相当する。カブトグループ内の売買ではグループ全体の借入金に変化はないから,カブトグループ全体の借入金が減少するためにはカブトグループ外に物件が売れる必要がある。
カブトデコム単体のみならず,特に取引,人的関係が深く,カブトデコムの事業遂行上大きな影響のある山王建設,兜ビル開発,甲観光,山三西武地産及び丸三昭和通商を含めたカブトデコムグループとしてみた方が,資金及び物の流れを捉えるのに良いと思われるので,6社の平成3年3月期の損益状況及び財務状況を単純合算して示した。
そして,カブトデコムとの今後の取引については,カブトデコムの保有する物件は,首都圏のものを除けば,妥当な仕入価格であり,また,賃貸物件の大幅な増加が見込まれ,他方,カブトデコムは,今後,新規プロジェクトを抑制する方針をとっていることなどから,カブトデコムの借入金が大幅に減少する。カブトデコムは,インキュベーター企業の代表格であり,拓銀を核とした企業集団を作り上げるためにも,カブトデコムを北海道を代表する企業に育成する必要がある。
(2) 経営会議における質疑
被告Aは,L部長に対し,「売上高よりも,事業部門ごとの収支が重要だが,どうか。」と質問し,これに対し,L部長は,「不動産事業は従来と同じようにはいかない。収入安定化のため,賃貸保有物件を持つ方向である。」と回答した。被告CからL部長に対し,今後,カブトデコムグループの借入金が増えない見込みであることについて確認が求められた。Y常務は,山三西武地産の売上についての説明を受けて,「回転している限り大丈夫だな。」と述べた。被告Dは,「カブトデコム社長は,先をみて手を打っており評価できる。」と述べた。
(3) 経営会議の結論
経営会議は,カブトデコムに対する融資について,「拓銀グループが必ずしも50%シェアを維持する必要はなく,他の都銀を加えた金融団の組成を整備する。」旨指示するとともに,資本構成について,「関連会社の持株を売却し,当行グループの持ち株比率,特に関連会社分を売却し,比率を落としていく。幹事証券としての国際証券の働きは今ひとつである。今後,資本政策をうまく誘導する必要がある。」との指示をした上,カブトデコムに対して経営課題の改善を指導しつつ,従来と同様の取引方針と授信シェアを維持することを了承した。
(五) その後のカブトデコムに対する融資及び経済状況の推移は,おおむね以下のとおりであった。
(1) カブトデコムの株価は,平成3年9月以降,大きく下降し始め,同年12月の終値は,1万円台を割り9590円となった。
拓銀は,平成3年中盤以降,不動産業の環境が明確に悪化の傾向を強めてきた上,エイペックス会員権(第1次正会員権)の販売も伸び悩んでいたことから,同年10月,カブトデコムに対し,自社開発プロジェクト物件の新規着工凍結を申し入れた(甲145)。
(2) カブトデコムは,前記第2回第三者割当増資の4か月後である同月末,拓銀に対し,支払手形決済資金として60億円の融資を申請した。拓銀は,投融資会議の承認を経て,これを賃貸用不動産プロジェクト4件及び販売用不動産プロジェクト1件の資金として処理し合計65億9000万円を融資した。各プロジェクト物件に根抵当権が設定されたが,時価ベースで65億7700万円,実効担保価格ベースで39億円であった。これにより,拓銀のカブトデコムに対する総授信額は,308億5100万円から,約2割増の370億4200万円になった(甲150,151)。
(3) カブトデコムは,同年11月末,中間納税資金及び運転資金として144億4000円の融資を申請した。拓銀は,投融資会議の承認を経て,賃貸用不動産プロジェクト6件及び販売用プロジェクト4件の資金139億5000万円並びに500万円未満の支払手形を現金払いに変更するための資金10億円として処理し合計149億5000万円を融資した。各プロジェクト物件に根抵当権が設定されたが,時価ベースで137億5900万円,実効担保価格ベースで88億9700万円であった(甲153,154)。
(六) 平成3年12月実施の日銀考査
(1) 日銀の指摘
平成3年12月,日銀考査が実施され,担当係官から「拓銀のカブトグループに対する融資残高が1800億円になっている。カブトデコム単体に対する拓銀固有融資残高が,同年9月末には183億円であったのに,同年12月末には399億7200万円になる見込みであり,固有融資残高が大きく伸びるのは,カブトデコムの業績不振の現れであり,また,カブトデコムの資産には不稼働で不良化したものが多い。拓銀グループのカブトデコムグループに対する債権の一部117億7300万円はS分類の指摘を受けるに足る状況にある。」旨指摘された(甲86)。日銀の査定区分のS分類は,おおむね旧大蔵省の検査区分の第2分類に相当するものであり,「現在のところ最終的な回収には疑問はないが,イ 現に延滞し,又は今後延滞が見込まれるもの,ロ 赤字補填,滞貨,減産資金等資金使途に問題があるもの,ハ 金利減免,棚上げ等貸出金条件に問題があるもの等,その資産価値に瑕疵を生じている貸出」を意味する(甲157)。
(2) 総合開発部の説明
総合開発部は,日銀係官に対し,次のとおり説明し,S分類の指摘を免れた。
すなわち,まず,カブトグループに対する融資残高の点については,係官指摘の融資先には,カブトデコムと全く関係のない独立企業やカブトデコムに依存する度合いが薄い別企業が含まれており,また,考査基準日(平成3年9月末日)でいえば,カブトデコムに対する融資残高は216億円も少なくなり,エイペックス事業についても,拓銀のローンとたくぎん保証による預託金返還債務の保証とで二重に授信が計上されているなどと説明し,融資残高の急増の点については,もともと平成3年3月末には291億円余あったが,その後108億円余回収できたため,同年9月末の融資残高が少なくなったものであり,399億7200万円の融資残高は,同業他社と比べて問題はない旨説明し,カブトデコムの資産の不稼働化の点については,個々の資産ごとにプロジェクトの進行状況を明らかにして不稼働とはいえない旨説明した。
以上のとおり,日銀考査において,拓銀のカブトデコムに対する債権はS分類とはされなかったが,拓銀の役員らの多くは,日銀考査を契機に,カブトグループを含めた拓銀の融資全体の不良債権化を危惧し,不良債権対策への取組みの必要性を認識した。
(七) 平成4年1月27日開催の経営会議及び同年2月開催の投融資会議
(1) 平成4年1月27日開催の経営会議(甲86)
総合開発部は,上記経営会議において,日銀考査の結果について前記のとおり報告した。
また,総合開発部は,カブトデコムに対する今後の対応について,「カブトデコムは,平成4年度の資金需要について,保有不動産及び会員権が全く売れないとの見込みの下に900億円を超える資金を必要と判断しているが,不動産及び会員権が全く売れないということは非現実的であるから,相応の不動産販売によって圧縮し,借入金は純増額で578億6000万円になるものと考えられる。カブトデコムは,自社開発プロジェクトを中断ないし延期していることから,平成4年度が資金需要のピークになると思われる。当行の企業育成先として,今日に至った経緯を踏まえ,需資の圧縮を図りながら,今後とも支援していきたい。」旨の報告をした。
これに対し,経営会議は,カブトデコムグループの全体のバランスを解明して,2か月後を目途に再度経営会議に諮ることを指示した(しかし,総合開発部担当常務取締役であった被告Gは,カブトグループといっても,どこまでがグループなのか明確でないなどとして,総合開発部員に積極的にカブトグループの全体像を調査するよう指示することはなかった。)。
(2) 平成4年2月開催の投融資会議(甲155,156)
カブトデコムは,同年1月,拓銀に対し,同年2月ないし3月に満期の到来する支払手形の決済資金として210億円の融資を申請した。拓銀は,同年2月上旬に開催された投融資会議の承認を経て,賃貸用不動産プロジェクト4件及び販売用プロジェクト10件の資金として処理し合計210億円を融資した。これにより,カブトデコムに対する総授信額は711億7700万円となった。各プロジェクト物件に根抵当権が設定されたが,時価ベースで202億3500万円,実効担保価格ベースで42億7700万円であった。
総合開発部は,上記投融資会議への提出資料において,「カブトデコムは,平成4年2月ないし3月中に格付取得による公募社債80億円を発行する予定であったが,格付がBBB以下(正確には未満)になりそうなので,格付取得を断念した。また,私募社債についても検討し,当行以外の受託銀行予定行に興銀,太陽神戸三井,日債銀,東洋信託を考えたが,各行とも現在は私募債受託は難しいとの回答をしている。さらに,各行の貸出姿勢も,現状維持で,新たにプロジェクト資金を借り入れるのは難しい状況にあるので,今回の融資申込については,当行だけで支援したいと思う。」「当社の販売用不動産は,プロジェクト物件が完成しても,従来のように直ぐに売却でき難い状況になってきており,また,販売用不動産の販売時期のズレ込みにつながっている。この結果,カブトデコムの資金需要が高まってきているが,当部としては,先の経営会議で報告したとおり,今後の対応としては,(1)開発プロジェクトの再度の見直し,(2)海外投資の見直しによる資金回収,(3)一般民間工事の受注強化,(4)山三西武地産の販売用不動産処分による借入金圧縮を指導していく方針であるが,平成4年4月以降の需資については,上記対応を踏まえ,協力企業を含めた平成4年度の想定連結バランス等,内容を一層把握し,2か月後を目途に経営会議に諮る。」「平成3年10月以降,不動産及び会員権の売上がほとんどない。今後もこのまま推移すると,平成4年3月期の売上高は,見込額1302億7300万円を下回る903億2400万円になるものと思われる。カブトデコムは,借入圧縮を図るため,また,決算見込みを大幅に下回るのを避けるために,少しでも在庫物件の販売を進める方針であり,当行からカブトデコムに対し,値引販売による早期の資金回収による借入圧縮を勧める。」などと記載して具申した。
(八) 平成4年3月27日に国土庁から発表された同年1月1日時点の平成4年地価公示及び同年6月15日発行の平成4年版土地白書によると,同年の公示価格は,平成3年公示価格と比べ,全国住宅地で5.6%,全国商業地で4.0%,東京住宅地で10.3%,東京商業地で8.0%,札幌住宅地で2.7%,札幌商業地で5.1%それぞれ下落したことが明らかとなった(甲170,182)。また,上記土地白書は,「地価税の創設等の土地税制全体の総合的見直し及びその着実かつ適正な運用により,今後,地価の引下げ,投機的土地取引の抑制,土地の供給及び有効利用の促進等広範な土地政策上の効果が生じることが期待される」「総量規制については平成3年12月20日付け大蔵省銀行局長通達(甲152)により,平成3年末をもって解除することとされたところであるが,引き続き金融検査の活用やヒヤリングの機動的実施等を通じ,投機的な土地取引等に係る融資を厳に排除していくこととされているほか,金融機関に土地関連融資の伸びを常時監視し,タイミングを逸することなく総量規制が効果的に発動される仕組み,いわゆるトリガー方式が採用され,金融機関の土地関連融資に対しては,今後とも厳正な指導が行われることになっている。」「大都市圏の地価は依然高い水準にあり,その適正な水準への引下げを図るとともに,今後は二度と地価高騰を引き起こさないことが重要であり,「総合土地政策推進要項」(平成3年1月25日閣議決定)に基づき,引き続き,構造的かつ総合的な土地対策を推進している。」などと述べている。また,平成4年3月30日の衆議院予算委員会において,Z首相は,地価の動向に関し,「かなり下落の傾向が定着しつつある。わが国の経済の安定化のためにはもっと沈静化する必要があり,政府として最大の努力をしたい。」旨の考えを表明した(甲184)。
6 平成4年4月から同年8月までの間の540億円の融資(第2融資)の経過
(一) 総合開発部による事情聴取
平成4年になって,総合開発部が,Iに対し,プロジェクトを隠さずに,資金繰りがどのようになるかの報告を求めたところ,Iは,平成4年度中に1300億円前後の資金需要があると答えた(なお,平成4年3月期における拓銀からカブトデコムに対する融資残高は534億6200万円であった。)。総合開発部は,1年間に1300億円の資金繰りは困難であることから,資金需要を圧縮するため,カブトデコムの社員と何度か打合せを行い,資金需要を1000億円にまで圧縮した(甲191)。
被告Gは,被告Dに対し,カブトデコムの同年度の資金需要が1000億円であることを報告したが,被告Dは,被告Gに対し,資金需要を500億円に圧縮すること及びカブトデコムに対する上記融資について経営会議に付議することを指示した。
以降,カブトデコムに関する案件は,主に経営会議に付議されるようになり,これらの経営会議には,被告Aが頭取として,被告C,被告D,被告Fが副頭取として,被告G(平成4年6月25日前)又は被告H(同日後)が総合開発部担当常務取締役として出席した。
そして,以下のとおり,平成4年3月23日及び同年4月3日開催の各経営会議において,カブトデコムに対して平成4年度中に500億円を融資する旨の決裁がなされ,これに基づき,同年4月6日から同年8月までの間に,カブトデコムに対し,合計540億円の融資が実行された。
(二) 平成4年3月23日開催の経営会議
(1) 上記経営会議における総合開発部の報告(甲65)
上記経営会議においては,カブトデコムの現状と今後の対応について審議されたが,まず,総合開発部は,カブトデコムが,平成4年3月期に初めて減収減益となり,同月末に予定されているカブトグループ会社とのバーター取引がなければ大幅な減収減益になるところであったことを述べた上,カブトデコムの現状,平成4年度の資金需要及び財務状況の見込み,その他のグループ会社の平成5年度の見込み状況について,以下のとおり報告した。
なお,総合開発部は,カブトグループの保有する不動産の評価について,当時すでに地価は国土法価格(国土法価格とは,国土法に従った土地取引の届け出をした場合に,都道府県知事から価格是正等の勧告を受けない基準となる価格である。)の3割減にまで下落しているとの認識を有するに至っていたが,保有物件の洗出しがまず重要であると考え,カブトデコムの申出額どおりの価格として報告した(甲191)。
ア 現状
自社開発プロジェクトについて,保有物件,推進プロジェクト物件,凍結プロジェクト物件に分けて検討する。
平成3年9月期の時点のカブトデコムの保有物件は19件で,簿価見込みが合計246億4900万円(平成4年3月期には29件に増加して簿価見込み合計414億5500万円となる見込みである。),カブトデコム自身の評価では時価(平成3年12月時点の国土法価格によるもの)が合計306億2600万円であり,含み益があり,投資利回が年5%前後で,カブトデコムの安定収益源に育ってきている。
推進プロジェクト物件は49件で,平成5年3月に完成すると仮定した場合の簿価が合計1544億9600万円となる。そして,カブトデコム自身の評価による時価が1674億5400万円になるから,推進プロジェクト物件の資産価値は,トータルでほぼ確保されている。
平成4年度以降,プロジェクトを凍結する物件は35件で,カブトデコム自身の評価による時価が合計2434億3000万円になる。カブトデコムは,この35件にこれまで合計316億6100万円を支出しているが,カブトデコムが事業主体から買い取った場合の価格は合計1299億5900万円であるから,支出済額を回収できる見込みである。
イ 平成4年度における資金需要の見込み
販売用不動産及び会員権がほとんど売れない場合,カブトデコムの平成4年度の借入純増額は1101億8200万円となり,他行がカブトデコムへの融資を渋っている状況であり,当該金額を拓銀が融資することになるため,当部は,カブトデコムに対し,借入額の圧縮を求めた。カブトデコムは,18件582億5000万円の物件を売り切ること(もっとも,Iは,簿価での売却に固執しているため,カブトグループ外への売却は難航している状況であることも報告された。),自社開発プロジェクトにおける物件引取の際に,新たな借入をすることなく,物件譲渡先の借入を引き継ぐ形で決済を行うこと,推進プロジェクト物件のうち246億5500万円の物件を兜ビル開発及び甲観光に取得させることにより,平成4年度の借入額は,平成4年3月期と比べピーク時に427億8100万円の,平成5年3月期に391億4000万円の増加で済む見込みである。
ウ 平成4年度における財務状況の見込み
カブトデコムの上記借入金圧縮方針が実現した場合は,平成5年3月期のカブトデコムの財務状況は,資本・負債が合計3113億7200万円(自己資本1132億6300万円,長・短期借入金1280億8100万円),資産が合計3113億7200万円(販売用・賃貸用不動産659億9700万円,建設事業支出金276億1400万円,長・短期貸付金918億5800万円及び現預金等その他投資501億9800万円)となる見込みであり,資金運用面では,長・短期借入金391億4000万円が販売用不動産・短期貸付金(自社開発プロジェクトの用地取得をする山三西武地産の資金に充てられる。)の増加,支払手形の支払に使用される見込みである。
エ カブトグループ会社の平成4年度の見込み状況
(ア) 兜ビル開発
前記推進プロジェクト物件146億8400万円を取得すると,総資産,固定資産は増加するものの,借入金は173億9900万円に脹らむ。取得物件の賃料収入等では借入金利息の負担に耐えられないため,上記物件取得に際しカブトデコムが管理料を上乗せすることによって金利負担をまかなえる事業内容にする予定である。
(イ) 甲観光
前記推進プロジェクト物件99億7100万円を取得し,借入金が181億1100万円になるが,既存のゴルフ場の運営収入,預託金運用収益と上記取得物件の賃料収入によって借入金の利息負担を吸収できる見込みである。
(ウ) 山三西武地産
カブトデコムから410億円の物件を取得すると,総資産は1732億8700万円,借入金は1262億9500万円となる。収支面では,金利負担が重く,実質的に88億円の赤字となるため,カブトデコムからの貸付金によって資金繰りをする。
この貸付金の回収がカブトデコムの課題となるが,山三西武地産は,自らが事業主体となっている札幌市中央区南c条西d丁目プロジェクト物件(前記8.6プロジェクト物件である。)及び同区南a条東e,f丁目プロジェクト物件(前記5.4プロジェクト物件である。)の2件の自社開発プロジェクトが,容積率アップ,特定街区の指定によって時価が上昇するので,その上昇分(容積率アップによって時価合計723億4500万円となり,特定街区の指定によって時価合計1398億4500万円となり,含み益が1099億2400万円(乙ハ1によれば,含み益は1072億6800万円)となる。ただし,上記2件は,いずれも凍結プロジェクトとされている。)によって回収する予定である。
なお,上記各プロジェクト物件について,容積率がアップされず,特定街区に指定されず,かつ,当該物件の時価が簿価と同額であるとすれば,山三西武地産の不動産の含み益は62億円にとどまる計算であった(この時点において,総合開発部は,両プロジェクト物件に対する容積率アップや特定街区指定の見通しについて,カブトデコム側の意見に従ったものであり,自らが調査検討したものではなかった。平成4年10月16日の北海道知事による通知で,特定街区に指定されず,容積率がアップしないことが明らかとなった。拓銀においては,平成5年1月27日の経営会議においてその旨報告された。甲91,191)
(エ) カブトデコム,兜ビル開発,甲観光及び山三西武地産を対象とする単純合算法による損益計算書が作成されたが,これによると,平成5年3月期は,売上高1596億円,経常利益67億円,当期利益23億円であった(ただし,山三西武地産については平成4年10月の損益が考慮された。乙ハ1)。
(2) 総合開発部の意見
カブトデコム並びに同社の子会社及び関連会社各社の平成5年3月期の想定資産・負債状況と収支をみると,借入金に見合う資産を有しており,借入利息を支払うことが可能であるから,カブトデコムを拓銀の企業育成先として今日に至った経緯を踏まえ,カブトデコム,兜ビル開発及び甲観光の3社に対して500億円を限度として融資に応じたい。
なお,今後,カブトデコムに対しては,資金とプロジェクトの管理を強化させ,資金繰りの安定に努めさせること,凍結プロジェクト物件を早期に処分させること,一般建設工事の受注に努めさせることなどの経営改善指導を行いたい。
(3) 経営会議の結論(甲65)
経営会議は,カブトデコムの平成4年度の資金需要が500億円であることについては了解したが,貸出については未了承とした。そして,総合開発部に対し,次のような指示をするなどした。
すなわち,総合開発部は,カブトグループの連結バランス及び収支を把握し,全体像が分かるように報告し,カブトデコムに対し,500億円が緊急融資であることを認識させること,人材派遣,総合開発部の内部体制見直しなどカブトグループの管理体制を検討することを指示し,「カブトデコムは,一般的な企業(自社開発プロジェクトによるグループ会社間での創受活動ではなく,一般的な建築土木の仕事をする企業)を目指すこと,優先事業はエイペックスであること,状況によっては事業計画の再検討,第三者割当増資の現状と補強対策を検討すること,今後は,3か月ごとにグループ全体の状況を経営会議に報告すること。」を指摘した。
(三) 被告G及び被告Dは,平成4年3月末ころ,パームヒル伏見において,総合開発部員数名の立会の下,Iに対して,今回の融資は特別であって,これ以上は融資できない旨述べた。
(四) 平成4年4月3日開催の経営会議(甲66)
(1) 総合開発部の報告
総合開発部は,カブトグループ4社(カブトデコム,兜ビル開発,甲観光及び山三西武地産)の平成3年3月期及び平成4年3月期(予想)の簡便法による連結貸借対照表(甲181),上記4社の平成3年3月期,平成4年3月期及び同年10月期の簡便法による損益状況表,平成4年度資金繰予定表を作成し,上記経営会議に提出し,これらによって平成4年3月23日開催の経営会議における説明を補充し,カブトデコムにおける平成4年度の資金需要が500億円であることを述べた。上記損益状況表によると,カブトグループ4社の損益は,平成4年3月期が売上高1341億円,経常利益114億円,当期利益52億円であり,平成5年3月期が売上高1596億円,経常利益96億円,当期利益45億円であった(ただし,山三西武地産については,平成3年10月期,平成4年10月期を考慮した。)。
そして,その一環として,カブトデコムに対し,プロジェクト7件の資金160億円を融資することを付議した。各物件には根抵当権が設定される予定であったが,その合計は時価ベース283億4300万円,実効担保価格ベースで60億1200万円であった。
(2) 経営会議の結論
経営会議は,「カブトグループの全体像について了解した。カブトデコムに対し,160億円を融資することについて了承する。」とし,総合開発部に対し,カブトデコムの海外子会社を含めた連結バランス及び収支を報告すること,山三西武地産の実態把握に努めること,カブトデコム及びIの保証状況を報告すること,トップを交えた業況報告の場を設けること,海外物件を含めて,保有物件の売却などによる借入圧縮に努めさせること,甲観光の株式公開の延期を検討すること」などを指示した。
(3) 融資の実行
上記決議に基づいて,別紙2(省略)融資実行日欄記載のとおり,平成4年4月6日から同月30日までの間に,同融資金額欄記載の金員合計160億円の融資が実行された。なお,投融資会議は経ていない(甲8)。
(五) その後,拓銀は,カブトデコムに対して平成4年度中に500億円を限度に融資を行うとの方針に基づき,別紙2(省略)経営会議開催日欄記載のとおり,平成4年4月27日,同年5月28日,同年6月22日,同年8月3日の各経営会議の決裁を経て,同融資実行日欄記載のとおり,同年5月6日から同年8月25日まで,同融資金額欄記載の金員合計380億円をカブトデコムに融資した(甲67ないし70。同年4月3日決裁の融資分と合わせると合計540億円となる。これが第2融資である。)
第2融資について,各プロジェクト物件について設定された根抵当権は,実効担保価格ベースで合計164億1200万円,時価ベースで合計775億7400万円であった。
(六) 経営会議は,上記のような第2融資の決裁と並行して,総合開発部に対し,カブトデコムに関する調査を指示し,平成4年6月末までに次のとおりの調査結果が得られた(甲67ないし69)。
(1) カブトグループの平成4年3月期決算
カブトグループ(4社合計)の平成4年3月期決算状況は,売上高1343億7900万円,売上総利益250億5300万円,営業利益160億7800万円,経常利益118億9900万円,税引前利益107億5900万円,税支払後の当期利益は47億9200万円であった。
(2) カブトデコム及びIの保証債務負担状況
カブトデコムの保証債務額は301億6700万円,Iの債務保証額は1374億5900万円である(大半が自社開発プロジェクトないしカブトデコム株式取得資金借入債務の保証である。)。
(3) カブトデコムの不動産販売状況等
カブトデコムの不動産販売は,平成4年3月末に予定されていた永禄建設とのバーター取引が契約破棄となり,Iが東京で新たな売却先を探している状況である。カブトデコムは,利回り,資産価値の高い物件(南3西2ホテルEX及び香港ウェリントンビル)を売りに出したが,難航が予想される。
不動産事業の販売が予定どおり進んでいないため,同年4月ないし6月のカブトデコムの収入は,当初予定(同年4月3日の経営会議における報告)より177億2600万円少ない。I自ら東京で不動産の販売交渉を進めているところである。
他方,支出は,山三西武地産,協力企業及び海外物件プロジェクトへの支援資金が増加したものの,自社開発プロジェクトによる支出を抑え,完成物件の買取りを延期したことから当初予定より131億7600万円少ない。
工事代金の回収遅滞は,同年5月31日現在で合計196億4800万円となるが,このうち完成物件の販売によって回収できないものが63億2100万円ある。
(4) 拓銀とカブトデコムとの取引状況
拓銀のカブトデコムに対する同年6月30日の融資残高は,当初予定より113億2000万円又は36億6000万円の増加となる(株式会社国際エンタープライズから売掛債権が回収できるか否かによって増加額が異なる。)。カブトデコムに対する融資残高を減少させるためには,カブトグループが保有する不動産を売却する必要がある。
カブトグループに対する総授信額は,カブトデコム又はIの保証に基づく授信,カブトデコムの手形割引及びたくぎん保証によるエイペックス会員権預託金返還債務保証を含めて合計2434億7000万円となる。その保全については,約200億円の不足があると推定される。保全不足額については,同年6月中旬に公開される同年度の路線価に基づいて再度調査する予定である。
拓銀以外の金融機関の借入シェアを高める必要があり,自社開発プロジェクト事業主体の借入の引継をする必要がある。
(5) カブトグループの把握
総合開発部は,カブトデコムと関係のある企業群について円環図を作成した。
(七) その後,第2融資は,一部が返済されたものの,308億9450万円が未回収のまま残った。
7 カブトグループの実態把握
(一) 被告Aは,平成4年6月25日,総合開発部の取引先の客観情勢が厳しくなっていること,日銀考査において要注意先として指摘されたものがあったことなどから,総合開発部の取引先について,新しい視点から実態を把握する必要があると考え,被告Gを更迭し,同月27日,被告Hを総合開発部担当常務取締役に選任し,被告Hに対し,被告Eと相談しながら,カブトデコムの実態について洗い直すよう指示した。
(二) エイペックス事業に関する検討
総合開発部は,平成4年9月までに,エイペックスの事業化について,次のような検討をした(甲161)。
すなわち,エイペックス会員権は,販売が停滞し,キャンセルが相次ぐなど,カブトデコムの協力企業を対象とする販売には限界があること,会員権売上334億3500万円のうち153億6200万円についてカブトデコムが流用していたことなどが明らかになった。
具体的な会員権の販売状況は,第1次賛助会員権が,募集240口中234口(46億8000万円),第2次賛助会員権が,募集180口中166口(41億5000万円),当時募集中であった第1次正会員権は,募集880口中すでに703口(その後681口に減少した。)が販売済みとされているが,このうち177口はカブトデコムが販売総代理店として抱えており,さらに売却する必要があるので,実質販売実績は526口(252億4800万円)であった。第1次正会員権の募集期間は平成4年10月までであるが,同月中の消化は不可能な状態である。販売先の倒産や,販売時の約束不履行などによってすでに64件(同年9月9日には90件に増加し,その後も増加傾向であった。)のキャンセルがあった。
そこで,エイペックスの建設業者,オープン後の物品納入業者を新たな販売対象先として考え,販売体制を整備することにした。
会員権販売が計画どおりに進行しなかった場合の資金需要についてみると,第2次正会員権が全く売れない場合には,エイペックス完成に277億円(同金額は,カブトデコムが甲観光に対して流用資金を返還した場合のものであり,カブトデコムが流用資金を返還しない場合には403億6600万円になる。)が必要である。そして,第2次正会員権が全く販売できなくても,カブトデコムが流用資金を返還した場合には,エイペックスは4年ないし16年後にキャッシュフローが黒字転換し,第2次正会員権を5年内に販売できた場合には,カブトデコムが流用資金を返還するか否かにかかわらず,1年で黒字転換する見込みである(しかし,流用資金の返還がなく,第2次正会員権が売却できなかった場合の想定はなされてない。)。
(三) 総合開発部は,カブトグループの実態把握のための調査を実施した。被告H及びL部長は,総合開発部部員を直接カブトデコムに派遣して資料を収集させるなどした。被告Hは,調査の結果を逐一被告Eに報告し,被告Eは,調査結果がある程度まとまった段階で,被告Aに報告した。
被告Hは,平成4年9月14日開催の投融資会議(本来の投融資会議の構成員のほか,被告E及び当時東京在駐在中の常務取締役であったYが出席した。)において,おおむね以下のとおり調査結果を報告した(甲87)。
(1) 平成4年3月期決算について
カブトデコム並びに兜ビル開発,山王建設,甲観光,カブト・インターナショナル及び山三西武地産のカブトグループ6社の平成4年3月期の連結決算書がはじめて作成された。
これに基づき損益状況をみると,売上高は,カブトデコム単体では1002億円であるが,カブトグループ6社連結では695億円に減少し,経常利益は,カブトデコム単体では112億円であるが,6社連結では山三西武地産における約60億円の借入利息を資産とみても12億円に減少し,税引きの後の最終損益は49億円の赤字になる。
財務内容をみると,総資産は,カブトデコム単体では3100億円であるが,6社連結では4554億円に増加し,借入・割引残は,カブトデコム単体では836億円であるが,6社連結では2220億円に増加し,カブトデコムが資金支援を行わざるを得ないプロジェクト事業主体,カブトデコム株式及び会員権の保有者である26社2個人への資金支援対策となっている資産・負債を合算すると,借入・割引残高は3341億円(うち拓銀グループ1531億円)となる。自己資本比率は,カブトデコム単体では35.9%であるが,6社連結では23.9%に低下する。
(2) 今後の借入需要
平成4年7月末までにカブトグループの総借入は3700億円に増加しているが,平成6年3月期までに1900億円の借入需要が発生し,カブトグループの借入返済資金を借入でまかなうとした場合には,総借入は5000億円に達する可能性がある。今後の借入需要を拓銀グループで支援した場合,カブトデコムに対する貸出は3700億円になる。
(3) 資産評価
不動産については,総借入が5000億円に達すると想定した平成6年3月の簿価合計は4818億円となるが,札幌地区でも国土法価格の6ないし7割という売買事例が出ているほど不動産市況は悪化しており,このような時価が平成6年3月まで続くと仮定すれば,同時期の時価は3607億円となり,1211億円の含み損が発生することになる。株式等のその他資産は,簿価合計1425億円に対し,平成6年3月の時価は604億円となり,821億円の含み損があることになる。したがって,平成6年3月期において,資産全体で2032億円の含み損が発生することになる。
(4) 平成6年3月期予想貸借対照表
簿価ベースでは1382億円の実質資本があることになるが,時価ベースでは合計899億円の債務超過になる。
(5) 収益力
カブトグループにおける不動産及び会員権の販売並びに自社開発プロジェクトの建設工事を除外した最低限の収益力は,年間49億円にとどまり,最低限の管販費が43億円であるから,余力はあまりない。
(6) エイペックス事業の現状と見通し
総事業費は664億0800万円で,土地権利金,従業員宿舎に合計39億0500万円,リース代に12億円を別途要しているので,合計715億1300万円である。
これに対し,収入は,会員権販売によるものだけであり,平成4年8月末現在,募集予定口数1850口(第1次賛助会員,第2次賛助会員,第1次正会員,第2次正会員)のうち,1300口数(第1次正会員まで)の募集を行ったが,販売できたのは1080口,販売によって得られた金額は326億4000万円であり,現在,総募集口数の57.4%しか販売できていない状況である。第1次正会員3500万円の残り200口の販売は至難と思われ,第2次正会員権4800万円550口はまだ募集していない。
したがって,土地権利金,従業員宿舎費用等を含めた総事業費約703億円と第1次正会員権が完売できたと考えた場合の会員権販売収入396億円との差額である307億円が借入必要額となる。仮に第2次正会員権を販売せずに307億円を借入によってまかなったとしても,金利低減(5%適用),経費節減(10%適用)等の措置を用いれば,4年後にはキャッシュフローが黒字に転換し,10年後には単年度決算が黒字に転換するので,事業化が可能である(ただし,ホテルの稼働率,それを前提とした将来予測等については,具体的検討がなされていない。)。
(7) 平成2年2月第三者割当増資(第1融資等)について
平成2年2月に行われた第三者割当増資の引受金及びこれに対する利息合計247億8800万円(拓銀グループでは282億9400万円)の融資は,取得株式の売却代金より回収する計画であったが,平成4年9月現在で3億4800万円しか回収できていない。株価の下落に伴い,担保株式の追加(合計で時価119億1400万円)に加え,当初貸出条件にはなかった株式以外の不動産や会員権を追加担保にしたが,大幅な保全不足となっている。
利息の追加融資を止めてから,各借主が利息支払資金を調達してきているが,現在では,12法人のうち8法人はカブトデコムからの借入に頼らざるを得なくなってきており,個人についても6名のうち3名が平成4年6月30日の利息支払を一時延滞する(現在も1名延滞中)など,資金調達力が限界に来ている。保証人であるIにも資金的余裕はない。現在は,カブトデコムの株価は1株3200円と半減している。今後は,各借主のカブトデコムとの関係,資金事情,各借主ごとに個別に対応せざるを得ない。今後,延滞の発生などにより軋轢を生じるおそれがある。
以上のとおり報告がなされところ,投融資会議出席者から次のよう意見が述べられた(甲87)。
すなわち,被告Eは,「カブトデコムは危機的状況を迎えており,物件も早々に売れないと思うべきである。そこで,カブトデコムに対する債権は不良債権であると認識し,対応していかなければならない。早急かつ大胆に抜本的な対策をやっていかなければならない。下期以降,大幅な金融支援(財産の分離,金利低減等)が必要になる。」などと述べ,被告Aは,「カブトデコムについては,やりすぎ,やらせすぎ。気が付くタイミングが遅かった。」などと述べ,被告Cも,「過ぎたことをいっても仕方ないが,こうまでなったのは残念,出口が見えない。」などと述べた。
(四) 平成4年9月28日開催の経営会議(甲71)
(1) 総合開発部は,上記経営会議において,カブトデコムの現状と当面の方針について,同月14日開催の前記投融資会議において報告したのとほぼ同じ内容の報告をした上,拓銀のカブトデコムに対する対応方針を提案した。すなわち,基本方針として,(ア)当行の社会的責任を果たすとともに,道内経済の混乱を回避する,(イ)当行のリスクウェイトを軽減する,(ウ)カブトデコムを社会に受け入れられる一般的な会社にするという3点を掲げ,当面の具体的方針として,海外,国内を問わずカブトグループ保有物件の売却及び賃貸を促進し,借入金を回収する,エイペックスをカブトデコムから分離独立させるなど関係企業を整理する,カブトデコムに人材を派遣するなどして組織・体制を改革するというものであった。
また,総合開発部は,カブトデコムの業績急落は,拓銀にとっても,日銀及び旧大蔵省への対応を含めて影響が大きいとして,決算対策を行い,なだらかな業績低下にもっていく必要がある旨説明した。
(2) 上記経営会議において,これに参加していた役員らは,総合開発部の説明を受けて,次のような発言をした。
すなわち,被告Eは,「カブトグループに対する貸出(拓銀の関連会社を含めて約2000億円)は不良債権と認識すべきである。放置すると取り返しがつかない。色々な意味で金融支援が必要である。」などと述べた。被告Aは,「日銀考査時からの後の変化をどう説明していけるのか。」との質問をし,L部長から,「日銀考査時には連結の説明をしていない。カブトデコム単体ではよく調べてあるとの日銀評価であった。ただし,連結ベースでつかまないと不十分であるとの指摘はあったが,日銀も,考査時には踏み込んだ議論はしなかった。」旨の説明を受け,また,「ソフトランディングの必要はないのではないか。当初からの拓銀の関わり方を整理しておく必要がある。外に対する対応も検討する必要がある。」などと述べた。被告Cは,「Iは物件を時価で売ろうとしているのか。今,カブトデコムが倒産したら,拓銀の実損はいくらか。」などと質問し,総合開発部から,「Iは簿価で売ろうとしている。拓銀の実損は1000億円に近い額である。」との回答を受けた。Y常務は,「カブトデコムの再建は難しい。後は解体しかないのではないか。」と述べた。
上記経営会議においては,カブトデコムに対する今後の方針は決定されなかった。
8 カブトデコムに対する実態把握後の融資(第3融資)
(一) 平成4年10月26日開催の経営会議(甲72)
(1) 上記経営会議において,被告H及び被告Hの相談役であった被告Eは,以下のとおり,調査結果を報告し,カブトデコムに対する今後の対応を提案した。
ア 報告
拓銀グループからカブトグループ(カブトグループのうち,カブトデコムの自社開発プロジェクトの事業主体,大株主,取引企業の中から明らかにカブトデコムの業績悪化による影響が少ないと判断される企業,個人を除いた59社16個人)への融資のうち,カブトデコムと何らかの関係がある貸出額は,平成4年9月30日現在で2597億円(エイペックス会員権の預託金保証債務等を加えた総授信額は2964億円)であり,また,同時点における拓銀からカブトデコム単体に対する総授信額は992億1000万円である。
拓銀グループからカブトグループに対する融資2597億円の保全は,時価ベース(カブトデコム株式の時価を0円,エイペックスの資産価値を既存ゴルフ場のみの40億円,未完成建物の地上建物部分の資産価値を0円とした場合)で1940億円の保全不足になっている。もっとも,この保全不足は,エイペックスを含む担保物件の完成によって417億円減少する(工事費用の貸出172億円,アメリカ物件への貸出95億円,エイペックス会員権預託金保証の求償債権150億円の保全が具備される。)。さらに,エイペックスが完成することによって,カブトデコム関連債権400億円の不良債権化が回避できる。
不動産の売却を全く見込まず,自社開発物件の買取りも行わないとの前提条件によるカブトデコムの資金需要は,平成5年3月までは651億円,平成6年3月までとすると1625億円となり,最大限の圧縮をしたとしても同月までで1100億円となる。
平成4年9月中間決算の予想バランスシートをみると,1097億円の自己資本があることになっているが,資産項目の中の短期貸付金794億円及び受取手形・売掛金514億円は,回収が困難なものがほとんどであり,実質的には不良債権と考えざるを得ないから,これのみを考慮しても債務超過状態にあると認識できる。なお,平成4年4月27日開催の経営会議においては,カブトデコムの債務保証額は302億円であると報告されていたが,その後の調査の結果,債務保証額が1096億円(うち拓銀グループは426億円)に達していることが判明した。このうち,798億円は,平成4年3月以前に発生していたのに,平成4年3月の有価証券報告書には287億円しか記載されておらず,虚偽記載がされたおそれがある。
カブトデコムに対する今日までの拓銀の関わり具合及び不測の事態発生による道内経済の混乱を回避する上からも,何とかカブトデコムの存続を考慮すべきであるが,現状把握を前提とした場合,残念ながら,カブトデコムは存続不可能と判断せざるを得ないものと思われる。
拓銀は,エイペックス事業に深く関与しており,これを完成させる責任がある。また,第1回第三者割当増資について,迂回融資であったと主張される可能性があり,道義的責任の問題が残り,慎重に対処する必要がある。道内リーディングバンクとして,道内企業の連鎖倒産を避ける必要がある(カブトデコムの平成5年3月までの手形決済は,389億7700万円が予定されていた。)。
共同信用組合は,カブトグループに対し,総額368億円を貸し出しており,総貸出額の45.9%を占めている。共同信用組合の経営状況は,すでに危機的な状況にあると思われる。共同信用組合が破綻すれば,拓銀に対し支援要請が来ることが考えられる。
イ 提案
(ア) 必要最低限の融資(第3融資)
道内経済混乱回避策及び拓銀のリスクウェイト軽減措置をとるためには数か月を要し,その間カブトデコムの倒産を回避する必要がある。そこで,カブトデコムに対し,平成5年3月(カブトデコムの手形決済が集中している)ないし同年6月(エイペックスホテルがオープンする)までの間,延命に最低限必要な資金を融資しながら,その間に,カブトデコムの破綻に備えた措置を実施することとする。
カブトデコムの資金需要を最小限に抑えるために,借入元利金の支払を停止させる。ただし,工事代金の支払については,工事中の物件が12件(エイペックスを除く)しかなく,大部分の物件が50%以上できあがっており,工事業者は拓銀の取引先が大部分であることから,支払を停止させないことにする。上記のような方針を採用し,平成4年11月以降の支払をすべて現金にした場合のカブトデコムの資金需要は,平成5年3月までで735億円,同年6月までで971億円に達する。
カブトグループの保有する物件(他行の担保になっているものを除く)を拓銀の関連会社に購入させ,拓銀が当該会社に購入資金を融資し(その際,金利は,当該会社の支払能力の範囲内とする。),カブトデコムが得た売却代金を拓銀に対する返済に充てさせる(物件シフト。以下,シフト物件を購入する会社を「受け皿会社」という。)。
(イ) リスクウェイト軽減措置
拓銀のリスクウェイトを軽減させるための措置として,以下のようなことを実施する。すなわち,(1)未登記扱い(担保設定契約を締結したが,委任状,印鑑証明,権利証等,設定登記に必要な書類を入手していない状態)又は登記留保扱い(担保設定契約を締結し,設定登記に必要な書類を入手しているが,登記を具備していない状態)になっている担保権(以下「未登記扱い等担保権」という。)について正式に担保設定登記をする。また,(2)カブトグループ企業が保有している未入担保物件に追加担保を設定し,海外部門について,香港ウェリントンビルを早期に売却し,売却益(40億円が予想される)を,拓銀ロスアンゼルス支店のローン回収に充て,アメリカのカブト・インターナショナルの稼動済み物件を別会社に譲渡して,余剰金を国内に環流させる。さらに,(3)エイペックス,兜ビル開発等,自立して収益可能な企業を分離独立させる。エイペックスは,完成すれば時価590億円,担保価値413億円となり,今後エイペックスが完成すれば利払可能債権は400億円増える。分離の方法としては,カブトデコムとの資金関係の切断,資本構成の是正,会員権発行の厳正管理等によることになる。
(2) 経営会議の結論
経営会議は,総合開発部からの上記提案を了承し,第3融資(ただし,融資金額は未確定)を決裁した(第3融資が決裁された時期については,後記のとおり,拓銀は,上記経営会議の後,Iに申入れをし,旧大蔵省等に報告に行くなど,決定された方針に基づいて具体的行動を始めていることなどからして,実質的に上記経営会議において第3融資が決裁されたものと認められる。)。
(二) 拓銀のカブトデコムに対する申入れとカブトデコムの対応
(1) 拓銀は,平成4年10月28日,Iに対し,今後,資金援助するに際して,次のことを履行してもらいたい旨申し入れた(甲88)。
ア 平成4年9月期の中間決算は実態に近い赤字で発表し,下期見込みについては実態を発表すること。
イ リストラ対策を実行すること(国内ディベロッパー事業の凍結,損切りを辞さない物件販売,海外事業からの撤退と物件売却による借入金の返済,経営の合理化)。ただし,エイペックスは軌道に乗せること。
ウ 甲観光の株主構成を是正して下請業者及び会員の不安を払拭すること。
エ 当面の対応として,同年11月以降は,手形決済等必要最低限の決済にのみ資金を使い,さらなる手形の振出しをしないこと,資金を支出する場合には拓銀に報告すること。
オ 未登記・登記留保扱いとなっているものについては,設定登記手続を行い,建物が完成しているが,山三西武地産の所有になっているものについては,拓銀の担保を設定すること。
カ 情報管理を徹底すること
キ 個人株主にかかわるトラブルを解決すること
(2) カブトデコムは,平成4年11月17日までに,拓銀に対し,再建計画案を提出した。これは,国内保有物件の売却による借入金の圧縮,海外保有物件の売却による借入金の圧縮,賃貸収入の増加,経費の削減,開発計画の見直しを内容とするものであったが,総合開発部は,国内保有物件売却案は実現可能性が低いものであり,海外物件売却案も検討すべき課題が多く,経費の削減案についても金額内容ともに甘いところが多く,抜本的な経営のリストラが望まれると判断し,同日の経営会議において,その旨報告した(甲89)。
(3) カブトデコムは,同月25日,拓銀に対して,販売活動の強化(国内物件について,当面500億円,下期中に250億円の売却,海外物件について,平成5年3月までに300億円の売却をそれぞれ目指すなど),経費削減,開発計画の見直しについて努力する旨の文書を差し入れた(甲15の7,8)。
(三) 拓銀は,同年11月4日以降,たびたび,旧大蔵省銀行局,北海道財務局,日銀(営業局及び札幌支店)に対し,カブトデコムに対する金融支援をすることについて報告をした(甲88,89,102ないし115,118)。報告の内容は,おおむね,カブトデコムの事業を縮小すること,延命のために,拓銀が必要最小限度の融資を行い,他行にも元利金支払の免除等の協力を求めるというものであったが,平成5年2月ころまで,いずれカブトデコムに対する融資を打ち切る方針であることは明言しなかった。
これに対し,日銀の担当者は,カブトデコムは,実質的に破綻しているという認識を示し,それでも支援するという拓銀の方針について,関連企業に与える影響を考えてのことであろう旨の意見を述べた。また,拓銀の支援策のうち,カブトデコムの支払手形決済資金を融資することについては,銀行法上の大口融資規制に違反するのではないかと質問し,他行からの協力をとりつけることについては,実現は難しいのではないかとの見込みを示した。山三西武地産の借入金返済の負担が拓銀に与える影響を懸念し,拓銀の体力から考えてカブトデコムの支援に耐えられるのかを検討し,カブトデコムの支援にあまりに多く必要ということであれば,これ以上融資はしないという判断をする必要がある旨の意見を述べながらも,共同信用組合の問題等に関連して,カブトデコムの事業縮小,リストラに伴い,金融機関の経営に問題が生じた場合,拓銀が肩代りするべきという話になり得ることを示唆した。そして,物件シフトのねらいは何かと質問し,これに対応していた被告Hらから,ざっくばらんにいうと大口融資規制を回避することである旨の回答を得た。日銀札幌支店の担当者は,平成3年12月の前記日銀考査の際にすでに問題を認識できる状態であったのに,拓銀の対応が遅く,このような事態になったことは残念である旨述べた。
また,旧大蔵省の担当者は,拓銀の支援策のうち,カブトデコムに対する融資について,カブトデコムの元利金支払を停止させつつ,融資を継続するということになれば,背任の問題につながるおそれがあり,取締役会で問題を整理する必要がある旨の意見を述べ,他行からの協力を取り付けることについては,実現は難しいとの意見を述べた。エイペックスの支援については,平成4年11月4日には,相応の事業見通しがあれば可であると思う旨述べたが,平成5年4月5日には,エイペックスは先行き問題が多く,逆に拓銀の足をひっぱることにならないか,取り壊しても良いのではないかとの意見を述べた。共同信用組合の問題については,最終的に拓銀に救済を求めてくる可能性があり,拓銀としては,カブトデコムの主力銀行としてこれに応じないというわけにはいかないのではないか,当省としては,カブトデコムを生かして共同信用組合を潰すというような選択肢を採るつもりはない旨述べた。
なお,平成5年2月20日には北海道財務局の担当者が,同月22日には北海道商工労働観光部の商工金融課長等が,それぞれ拓銀を訪れて,北海道が共同信用組合を支援するには限界があるため,拓銀がカブトグループに対する支援を続けてほしい旨の要請をした。
(四) 平成4年10月26日に決裁された第3融資,リスクウェイト軽減措置等の実施状況は,おおむね次のとおりであった。
(1) 第3融資の実施状況
ア カブトデコム延命に必要な融資額の見積もり
平成4年11月17日開催の経営会議において,総合開発部は,次のような報告をした(甲74,89)。
同年11月20日から平成5年3月まで,カブトデコムを延命させるために必要な最低融資額が364億円(純増ベース361億円)である。これに対し,取得し得る保全は,今後の工事完成物件の建物部分に対する担保設定時価55億円,カブトグループ保有物件の担保余力部分に対する追加担保設定時価100億円の時価合計155億円であり(なお,このうち95億円は兜ビル開発への売却物件に対するものであるから,カブトデコムに対する保全は60億円にとどまる。),新規貸出により209億円の保全不足拡大になる。そして,同年4月から同年10月まで,カブトデコムを延命させた場合には,カブトデコムに対する融資は200億円増加する。
イ 第3融資の実行
平成4年10月26日の経営会議で決められた基本方針に基づき,別紙3(省略)記載経営会議開催日欄記載の平成4年11月2日,同月30日,同年12月28日,平成5年1月28日及び同年3月15日に各開催の経営会議の決裁を経て,同融資実行日欄記載のとおり,平成4年11月5日から平成5年3月31日まで,拓銀からカブトデコムに対し,同融資金額欄記載の金額合計409億円の融資がなされた(甲14ないし21,75,76)。
ウ 第3融資についての回収財源,保全
第3記融資については,会員権在庫や海外物件の売却代金(平成4年12月28日開催の経営会議において,カブトデコム算出の簿価が合計450億円であることが報告された。)から回収されることが予定された(甲76)。
そして,第3融資については,不動産(エイペックス,東川ゴルフ場,大通西1ビル,南8西10ビル,旭川宮下通ビル,苫小牧市矢代町,南9西6物件,東苗穂物件及び世田谷区成城のマンション)や株式に実効担保価格合計110億9500万円の担保が設定された(乙ハ23)。
(2) 物件シフトの実施状況
ア 物件シフトの全体像
(ア) 平成4年11月17日開催の経営会議において,総合開発部は,物件シフトの全体像について,おおむね次のとおり報告した(甲74)。
カブトデコム保有物件92物件のうち,38件について,株式会社アワジ商会(以下「アワジ商会」という。)及び兜ビル開発にシフトする。この38件の簿価合計は733億4400万円で,この価格による売却を予定している。
拓銀のカブトデコムに対する延命融資を,平成5年3月まで継続する場合は,簿価合計約524億円の物件につき物件シフトを行うことになる。この場合,拓銀は,アワジ商会及び兜ビル開発に対して,物件購入資金合計約524億円を融資し,これによって,両社から償却前2.14%の利回りを得ることになる。カブトデコムは,売却代金によって,他行に対する借入金106億円,拓銀グループ会社に対する借入金60億円,拓銀に対する借入金358億円をそれぞれ返済する。
なお,物件の売却価格を時価にした場合,融資額合計は410億円,拓銀の貸出金回収は244億円,アワジ商会及び兜ビル開発に対する融資による償却前利回りは2.74%となる。
Iのカブトグループ外への物件売却が成功して既貸出分が回収されればこれを根拠として上記資金需要に対して新規貸出をすることはできるが,仮に物件が売却できなかった場合は,上記のように,アワジ商会及び兜ビル開発への物件シフトによって,カブトデコムに対する既貸出金を358億円回収し,これを根拠として新規貸出をする。
(イ) 総合開発部は,同月30日開催の経営会議において,カブトグループ保有物件の国土法価格が簿価を20ないし30%下回るケースが生じたことから,当初予定していた前記シフト物件だけでは不足するおそれがある旨報告した(甲75)。
イ 物件シフトの実施状況
平成4年11月2日の経営会議において,カブトデコムに対し80億円の融資をするとともに,山三西武地産の子会社である株式会社もりに商事(以下「もりに商事」という。)に,カブトデコム保有の簿価80億円の物件を,簿価どおりで購入させ,拓銀が,もりに商事に対し,当該購入資金80億円を融資するとともに,カブトデコムから80億円を回収するといういわゆる物件シフトが了承された(甲88)。
同月30日開催の経営会議において,拓銀が,カブトデコムに対し合計145億円の融資をするとともに,もりに商事,兜ビル開発及びアワジ商会に対し,物件取得資金合計207億1600万円を融資し,カブトデコムから177億4600万円を回収する(25億1600万円は他行に返済される。)という内容の物件シフトが了承された(甲75)。
同年12月20日開催の経営会議において,カブトデコムに対する合計127億円の融資を承認するとともに,拓銀が,もりに商事,兜ビル開発及びアワジ商会に対し,物件取得資金合計178億0900万円を融資し,カブトデコムから既貸出金155億0800万円を回収する(17億円は他行に返済される。)という内容の物件シフトが了承された。なお,この際,総合開発部から,Iによるカブトグループ外への物件の売却がいまだに1件も成功していないことから,新規融資を実行するために,物件シフトを行う必要がある旨の報告がなされ,物件シフトにより,カブトデコムの他行に対する借入金が返済されることになり,同社の他行取引が解消されてゆき,カブトデコムとの取引が残るのは,預金等で保全がフルカバーになる東京銀行と日債銀(合わせて貸出46億円,預金36億円)を除くと,ノンバンクだけになる旨の報告がなされた(甲76)。
平成5年1月28日開催の経営会議において,もりに商事,兜ビル開発ら3社に対し,物件取得資金合計181億2000万円を融資し,カブトデコムから148億7800万円を回収する(25億8800万円は拓銀グループのノンバンクに返済される。)という内容の物件シフトが了承された(甲77)。
同年3月1日開催の経営会議において,総合開発部は,カブトデコムから合計71億円の融資申請があったが,物件シフト用物件の国土法価格が簿価の70ないし80%に低下したため,カブトデコムの資金需要に応じた額のシフト物件を用意することが困難になっていることから,カブトデコムの資金需要をさらに減額し,シフト用物件を追加するほか,香港ウェリントンビル,子会社であるカブトデコムホンコン社の全株式を拓銀に追加担保として差し入れさせるなどの措置をとる予定であることを報告した。また,同日開催の経営会議において,総合開発部は,これまでの物件シフト受け皿会社に対する融資額が18物件合計373億3900万円になる旨の報告をした(甲92)。
同年3月15日開催の経営会議において,総合開発部から,拓銀が,カブトデコムに対し合計40億円の融資をするとともに,上記40億円の融資を実行するために,物件シフトを行うほか,兜ビル開発とカブトデコムの債権債務関係を解消し,香港ウェリントンビルの余力12億2000万円を国内に環流するという措置を講じるなどして,カブトデコムに合計40億2800万円の資金を入手させる旨の報告がなされた(甲78)。
拓銀は,以上のとおり報告されたものを含めて,平成5年6月までの間に,兜ビル開発,もりに商事,アワジ商会,有限会社ローレイ,株式会社タイム,株式会社エールに対し,多数の物件シフトを行い,そのために合計987億1100万円を融資し,実効担保価格336億0600万円の担保を得た(乙ハ23)。
ウ 物件シフト受け皿会社に対する措置
平成5年1月28日,同年3月1日及び同月15日開催の各経営会議において,総合開発部は,物件シフト受け皿会社に対する措置について,以下のとおり報告した。
すなわち,兜ビル開発のシフト物件の収益利回りによると,年間25億円の赤字となることから,拓銀が同社に対し,今後,年間25億円を融資するか,利払を収益でまかなえる1.57%まで利回りを下げるか検討しなければならない。その他の物件シフト受け皿会社については,シフト物件の第三者への早期売却,保有期間における入居率の引上げ,家賃等の確実な回収,ビル保守点検費の圧縮,人材派遣等を行う必要がある。
(3) 既存融資に対する保全強化策実施状況
平成4年11月17日開催の経営会議において,総合開発部は,拓銀グループが,カブトグループから7件実効担保価格合計15億3900万円(時価合計20億0300万円)の物件を追加担保として申し受けたこと,担保余力のある物件で追加申受予定のものとして11件(保全強化見込額合計34億円)あること(ただし,所有者の担保差入れに対する抵抗感が強まっており,今後の担保申受に不安が残るとされた。)を報告した。
また,拓銀グループのカブトデコムに対する未登記扱い等担保権は,同年11月中に登記手続がなされたが,その合計額は時価90億9600万円,実効担保価格53億2300万円であった(乙ハ9,23)。
海外物件に関しては,平成5年3月1日開催の経営会議において,カブトデコムに対して,海外子会社の株式の担保差入れなどを申し入れること,同月15日に,アメリカの物件に担保権を設定し,カブトデコムのカブト・インターナショナルに対する債権を拓銀が譲り受けるなどの策をとり,香港ウェリントンビルの担保余力35億7000万円について,海外支店のローンをタームローンにシフトするための一部返済に充当し,残余の12億2000万円を国内に環流させることなどの報告がなされた(甲92)。また,平成5年6月15日,カブトグループの海外物件事業について検討が行われ,海外貸出については,海外物件から回収することが可能であるが,国内貸出については,担保設定をしていないため,海外物件から回収することは困難であるとの報告がなされた(甲177)。平成5年7月28日までに,香港ウェリントンビルが5億7200万香港ドルで売却され,拓銀香港支店が5億香港ドル(10億9400万円)を回収する予定であった。カブト・インターナショナルの保有物件については,同日までに担保に申し受けることはなかった(乙ハ23)。
(4) 保全の変化とカブトデコムの売上の実態について
ア 平成5年1月27日開催の経営会議において,総合開発部から,次のような報告がなされた(甲91)。
拓銀グループからカブトグループ(55法人及び10個人)に対する総授信額は,平成5年3月末見込みで3708億円であり,平成4年9月末より773億円増加する。これに対し,保全不足は,同時点で,時価ベースで1856億円,実効担保価格ベースで2410億円であり,平成4年9月末より時価ベースで828億円保全が強化される。もっとも,今後エイペックス工事費のために200億円の保全不足拡大が予想された。
授信額増加の主な内訳は,カブトデコムに対する貸出増加額130億円(貸出570億円から物件シフト等による回収440億円を控除したもの。),物件シフト受け皿会社に対する貸付増加額676億円,甲観光に対する貸付増加額68億円,マリーナビレッジに関する貸付増加額32億円である。
保全強化の主な内訳は,エイペックス550億円,物件シフトに伴う実質的な追加担保及び他行肩代り183億円,担保余力のある物件に対する追加担保46億円,一般公開株式への担保設定,カブトの海外子会社であるカブト・インターナショナル及びマリーナビレッジへの貸出125億円が担保でカバーされたことなどによる。
イ 上記経営会議においては,カブトデコムの売上の実態についても,次のような報告がなされた。
すなわち,平成元年3月期から平成4年3月期までの売上高は,155億円,419億円,1010億円,1002億円と推移しているが,グループ外に対する工事高及び不動産売上高は,平成元年3月期が59億円,平成2年3月期が75億円,平成3年3月期が95億円,平成4年3月期が74億円にとどまり,特にグループ外に対する不動産売上高はこの4年間を通じて合計38億円にすぎず,グループ内の取引によって売上高が著しく過大となっていた。
(5) エイペックス事業について
ア 平成4年11月30日開催の経営会議において,総合開発部は,エイペックス事業の今後について,次のような報告をした(甲75)。
すなわち,甲観光の同年10月時点における既借入額241億2600万円を,物件の処分と定期預金の解約によって18億0600万円にまで圧縮した上,310億円の新規融資を実施し,平成5年6月のエイペックスホテルオープン時に,当該融資を長期にシフトし,第2次正会員権販売代金により回収する計画を立てた(当該融資について設定された担保は,エイペックス施設全体,パームヒル伏見Ⅱ,エイペックス新設ゴルフ用地であったが,実効担保価格は合計1億5100万円であった(乙ハ23)。)。そして,会員権が全く売れない場合を想定すると,ホテルの客室稼働率を初年度48%,10年後以降55%として,20年後にキャッシュフローが累積黒字になるためには,利回りを年3%とする必要があるが,これでは拓銀の融資としては成立せず,他方,エイペックスも借入金の返済ができず,また,上記融資の借入利息を4.75%として元利金の支払を可能ならしめるためには,第2次正会員権(1口4800万円)を少なくとも527口販売するか,同数の会員権を販売するのと同じ額を増資による資金調達によって入手できないかを検討する必要がある。
会員権の販売状況については,平成4年10月末現在で,募集口数1300口に対し,1274口の販売があり,募集金額は394億8500万円に達しているが,販売済みとされている1274口のうち249口はカブトデコムが販売総代理店として保有している状況であるから,実質的には1025口が販売済みで,275口が売れ残っている。また,基本ルールを無視した募集行為の結果,カブトデコムや山三西武地産等の販売代理店に対し,買戻請求の申入れがあったり,拓銀にも相談や苦情が来たりしている。
エイペックスの総事業費使途については,平成4年10月末までに277億2500万円が支払済みであり,今後,452億1000万円の支払が必要となる。現在までの会員権売上である394億8500万円のうち,117億6000万円はカブトデコムによって流用されている状況にある。
エイペックスの資産価値は,ロイヤルクラッシック洞爺も含めて590億円で,担保価値は413億円である。ロイヤルクラッシック洞爺には,すでに拓銀グループが46億円の担保権を設定しており,エイペックス全域には,すでに拓銀グループが485億円の担保権を設定している(したがって,資産価値から既存担保権を控除した価値は59億円である。)。
平成4年10月末現在,拓銀から会員権購入者に対するローンは,526件で158億6300万円の残高があり,たくぎん保証による会員権の預託金返還債務の保証は,1025件246億1600万円に達している。その他,拓銀は,プロジェクトの開発,会員権購入に関与してきており,エイペックス事業は,拓銀とカブトデコムの共同プロジェクトと内外ともに位置付けられており,拓銀としても同事業を完遂させる社会的責任がある。
イ 拓銀は,甲観光の株式の過半数を取得して甲観光をカブトデコムから分離させることを計画し,平成5年3月15日開催の経営会議においては,総合開発部から,拓銀が甲観光の株式の過半数を取得するまであと約5万株というところまできていること,甲観光の株式簿価が1万5000円であること,同時価が5317円であることが報告された(甲76)。
(6) カブトグループの工事代金債務について
平成5年3月15日開催の経営会議において,総合開発部は,需資対応の基本方針として,カブトデコムに対し,同月末までは工事代金の支払を認めるが,同年4月以降は全く認めないこととすることを提案し,了承されたが,同年4月以降に残る工事代金債務は約126億円であり,工事業者数も200を超えることが予想された(甲78)。
(7) 共同信用組合に対する方針決定
拓銀は,旧大蔵省銀行局との間で,共同信用組合の取扱いについて検討した上,平成5年7月12日ころ,拓銀と共同信用組合との合併や営業譲渡は,拓銀に対するデメリットが多いとして,平成5年4月1日から施行された金融制度改革法に基づき,拓銀が子銀行を設立し,当該子銀行が共同信用組合との間で合併ないし営業譲渡を受けることによって,共同信用組合を救済するとの方針を決めた(甲132ないし134)。しかし,その後,上記方針は,実現されることなく,平成11年4月に共同信用組合は破綻した。
(8) 第3融資の回収について
第3融資額のうち,回収されたものは34億0443万6100円であり,現在の融資残高は,374億9555万7000円である。
9 拓銀のカブトデコムに対する支援打切りまでの経緯等
(一) 拓銀とカブトデコムの関係悪化
(1) Iによる手形発行
Iは,平成5年5月28日,拓銀がカブトデコムから分離させ,事業を継続させることを予定している株式会社リッチフィールド(旧商号兜ビル開発)及び甲観光に,手形13枚(101億6000万円相当)を発行させて受け取り,うち67億5000万円分につき共同信用組合から割引を受け,I個人の債務保証の弁済に充てたことが判明した(甲96)。
拓銀は,Iの上記行為を背信行為と受け止めた。
(2) 拓銀は,カブトデコムに対し,再構築案の検討を要請し,カブトデコムは,同年6月25日,再構築案を提示したが,拓銀は,同案について,カブトデコムが自助努力を放棄し,拓銀をして担保もなしに融資を続けさせる内容であるとして,同月28日,今後融資を続けるための必要最小限の条件として,カブト・インターナショナルの株式,保有物件の担保差入,エイペックス及び株式会社リッチフィールドの株式の譲渡,エイペックス等の会員権の担保差入等を提示したが,同年7月2日,カブトデコムは,拓銀の提示した条件を拒否する旨の回答をした。また,カブトデコムは,同年10月16日,エイペックス及びリッチフィールドに対して有する債権を,他の会社に譲渡するなどした(甲96,122,145)。
(3) 拓銀は,同年7月ころ,カブトデコムが譲渡担保に差し入れていたエイペックスの株式30万1400株について譲渡担保の実行に着手し,これに対し,カブトデコムは,拓銀を相手取り,株主たる地位の保全を申し立て,株式所有権確認の訴えを提起した(甲96の2)。
(三) エイペックスホテルのオープン
同年6月,エイペックスホテルがオープンした(甲122)。
(四) 平成5年7月27日開催の取締役会及び同年10月26日開催の取締役会
拓銀は,平成5年7月27日,取締役会を開催し,カブトデコムの現状と今後の対応について,「これまで,カブトデコムの再建を図るべく,体力の範囲内で精一杯の金融支援を続けてきたが,カブトデコム再建のためにはさらに莫大な資金負担が必要となるが,そのための保全を図ることはほぼ不可能であること,Iの背信行為があったことを考えると,これ以上の金融支援継続は困難である。」などとする被告Hの説明を承認し(甲96),続いて同年10月26日,取締役会を開催し,カブトデコムに対する支援を打ち切ることを決定し(甲99),同年11月1日付けの内容証明郵便で,カブトデコムに対し,その旨の通知をした(甲79)。
(五) その後のカブトグループの状況等
カブトデコムは,存続しているものの,平成10年3月期,資本金483億3600万円,売上高14億1400万円,経常損失68億0200万円,当期純損失515億1100万円,純資産額がマイナス2350億0900万円の状態であり,支払不能に陥っている(甲34)。
エイペックス事業は,平成5年は,定員稼働率42.6%,売上20億1700万円,償却前営業利益20億1400万円の赤字であったが,その後,定員稼働率及び売上は低下し,平成8年には,稼働率21.3%,売上13億3600万円となり,原価や経費を切りつめることで償却前営業利益の赤字は減少し,同年には9億7200万円の赤字となった。エイペックスは,エイペックスの施設全体を,平成9年5月,株式会社カレントに賃貸し,同社は,ホテルの運営を株式会社ザ・ウインザー・ホテルズ・インターナショナルに委託し,ホテル名をザ・ウインザーホテル洞爺に変更して再スタートを図ったが,同年11月に拓銀が破綻したことにより,資金援助が断たれ,平成10年3月にエイペックスも破産した。ホテルのオープン以後も,拓銀からエイペックスに対し融資が続けられ,平成4年4月から平成9年3月までの間の融資合計額は400億円を超えた(それ以前の分を合わせると625億円となる。)(甲122)。平成12年10月,エイペックスの破産管財人によってエイペックスの施設全体は60億円で売却された(甲162)。
山三西武地産,丸三昭和通商,巧工務店,未来都市開発,札幌経営指導センター,シンセイ商会,マリコンエステート,インテリアデザインクリエート,アップルエステート,シグマ・マネジメント及びクリエイティブ・コーポレーションは,その後経営が破綻し,拓銀は,平成5年9月ころから平成10年3月ころにかけて,上記11社に対する再建について,間接無税償却の処分をした。また,轟建設も,平成10年3月決算においては,債務超過に陥った(甲34ないし46)。
■ カブト問題特別調査委員会(以下「カブト問題調査委員会」という。)による調査結果(甲80)
拓銀は,平成5年2月ころ,被告Cを委員長,被告Eを副委員長として,カブトデコムの再建問題を調査するカブト問題調査委員会を組織した。同委員会は,同年3月3日,「カブト問題特別調査委員会報告」を作成した。同報告の内容は,おおむね以下のとおりであった。
本問題は,バブル経済最盛期に急拡大し,バブル経済崩壊を機に表面化した。この意味で,一般のバブル企業と同一とみなされる一面も否定できないが,当時の時代背景,運用強化・収益第一主義といった施策が招いた結果論だけでは済まされない要素も持っており,いわば特殊案件と位置付けるのが適当である。以下,かかる事態へ進展した諸要因につき記述する。
拓銀は,バブル経済を背景に,道内経済活性化のため,道内企業,若手経営者育成に注力するようになった(インキュベーター路線)。インキュベーター路線は,初期のころ,カウボーイ,ニトリ,はるやま,進学会等の道内新興企業育成において成果を挙げており,昭和61年から昭和63年前半までは特に問題なく推移してきた。業務本部内に設置された法人部において集中的にインキュベーター企業の業務推進,管理をするようになり,インキュベーター路線は,行内の新しい路線として定着しつつあった。
カブトデコムは,道内の若手・新興企業の一員であったが,昭和63年6月に,札幌西支店から本店営業部に移管され,その後,取引規模を急速に拡大していった。ここで問題となるのは,取引が急拡大したことよりも,仕事の進め方にある。ことカブトデコムに関しては,一部の者を中心に検討,推進され,組織的な案件の検討,討議等が十分に行われなかった。これは,顧客から商売人との評価が高く個性の強い役員(被告G)に情報が集中したために,トップ情報に依存した中抜けの業務運営となり,組織体としてのチェック機能が十分に働かなかったことによる。カブトデコムとの取引のターニングポイントとなった平成2年2月の第三者割当増資についても,国際証券主導ということも手伝って,十分な組織的討議・検討がないまま投融資会議に付議され,承認された。第三者割当増資以降は,カブトデコムが大量の無コスト資金を手に入れて,積極的な対内外投資を開始して急成長し,拓銀においても,カブトデコムとの取引メリットが増大したことから,カブトデコムは,拓銀のインキュベーター路線による成功例の代表格として行内外にPRされ,次第に,拓銀内部では,カブトデコム及び同社関連企業との取引については,同社の育成に資するという理由で個別案件の判断が甘くなる一方,カブトデコムに対するマイナス情報は育成に水を差すとして,次第に表立った議論を避けるようになった。
また,平成2年まで,拓銀においては,拓銀グループ会社のリスクが拓銀本体のリスクであるという明確な認識がなく,グループ会社の融資案件について拓銀本体でチェックするということはなかった。そして,関連会社には,融資の専門家がいるという認識と,リスクを分散すべきという認識に基づいて,拓銀からグループ会社に対して融資斡旋を行うことがあったが,関連会社では,これを本社からの指示的取引と考えていた。特にカブトデコム関係の融資については,拓銀本体が支援していることから,関連会社は,カブトグループへの融資は最終的に拓銀本体のリスクに基づくものと理解し,疑問を持つこともないまま授信を増加させていった。
このような状況の下,平成元年9月末には542億円であったカブトデコムとの取引は,平成2年9月末には1511億円と1年間で約1000億円も急増し,特に,カブトデコム本体に対する融資は,拓銀グループ全体で50億円の増加にとどまっていたにもかかわらず,拓銀本体からカブトグループに対する融資が470億円,拓銀関連会社からカブトグループ会社に対する融資が500億円と,水面下で,ほとんど注目されることもないまま,授信がふくれあがった。
この時点までの問題点は,業務推進に当たって組織的チェックが働かなかった点にあった。このような問題点が助長された環境としては,諸会議の場で,「カブトデコムの業況は大丈夫か?」という問題提起はあったものの,担当役員の個人的な能力を過信し,自分の担当以外の事柄については最終的な口出しはし難いという組織風土上の問題があった。
平成2年10月に,21世紀プロジェクトを経て,拓銀内部では組織の大幅な見直しが行われ,従来の預貸一元体制から,業務推進と審査が分離されるようになった。しかし,道内のリーディングバンク戦略を実現し,道内企業を育成していくという目標のもと,インキュベーター路線を担当することになった総合開発部においてだけは,所轄先について事前事業調査を行うことを前提に,預貸一元体制を採用した。また,総合開発部において,所轄先のグループを一括して管理することとし,カブトデコムについては,カブトデコムの直系企業のみならず,協力企業,友好企業の大半を総合開発部で担当した。関連企業,友好企業も含めて育成することにより当行基盤の拡大をねらったものであり,このこと自体は何ら問題はないが,グループ間で複雑に絡み合って内在するリスクについての分析及び情報開示は不十分であった。
平成3年に入り,バブルが急速に崩壊していく中で,総合開発部スタッフによるカブトデコム及び同社グループ企業の実体解明が次第に進み,同年5月から6月ころには次第に危機感を持つに至った。担当常務(被告G)がカブトデコムの資金繰りに問題を感じたのも同年に入ってからではないかと推測される。しかし,同年中のカブトデコムは,会員権販売による資金流入,第三者割当増資の実行によって破綻することなく推移しており,総合開発部内部において,詳細を衆議に委ねようという考えと,ここまできた以上育成すべきであるという考えとで,内部葛藤が1年以上にわたって続いた。
平成2年9月から平成3年9月までの間に,拓銀グループからカブトグループに対する融資は合計650億円増加した。このうち拓銀本体又は拓銀関連会社からカブトデコム以外の同社グループ会社に対する融資が600億円を占める。
平成3年末から平成4年3月にかけて,カブトデコムの資金繰りは完全に破綻し,この間,カブトデコムは,従来からの預金数百億円をとりくずしてしのいだが,同年4月以降は全く見通しがたたなくなり,同年上期業務計画策定時に表面化することになる。
担当常務(被告G)が,なぜに全容を明らかにすることを躊躇したのか,その真意は不明であるが,環境は悪化してきているが,ここまできた以上,カブトデコムの事業(8.6プロジェクト物件及び5.4プロジェクト物件の高付加価値化,カブト・インターナショナルの上場,りんかい建設の上場等)を完成させるべきであり,そうすることが道内の基盤拡充に資するとの判断ではなかったかと推測される。
また,カブトデコムが,会計上は認められているものの,実質的な粉飾決算ともいえる売上,利益の操作や債務保証額の有価証券報告書への虚偽記載を行っていたことが判明した。
まとめとしては,平成2年10月以前の段階では業務運営の不適切,それ以降は報告不十分が問題であったと判断される。上記問題のため,各種マイナス情報,疑問,不安があったにもかかわらず,投融資会議,経営会議において,的確な議論,チェックができなかった。また,同月の時点においては,カブトデコムについては,事前の業務調査が十分でなかったにもかかわらず,事前の業務調査を前提とする預貸一元体制を採用したという組織制度上の問題点もある。いわゆるバブル企業という側面も否定できないが,さらに,経営者の資質を見抜けなかった経営判断上のミス及び制度上組織風土上の弱点が加わった特殊案件であったと位置づけられる。
二 前提事実及び認定事実に基づいて,以下,順次争点について判断する。
1 争点1(債権譲渡の有効性)について
(一) 本件債権譲渡は拓銀の監査役しかできない旨の主張について
被告A,被告D,被告E,被告C,被告F及び被告Gは,拓銀の被告らに対する損害賠償請求権を処分する権限は拓銀の監査役に属するのに,本件では監査役が譲渡した事実はないから,原告は被告らに対する損害賠償請求権を取得していない旨主張する。しかしながら,仮に損害賠償請求権の処分権限が拓銀の監査役に専属するとしても,本件においては,平成10年11月11日,拓銀の代表取締役が原告との間で本件債権譲渡をした後,平成12年2月11日ないし同月12日,拓銀の監査役らが本件債権譲渡を追認しているから,無権代理行為である本件債権譲渡が追認により遡って有効となったものと解され,原告は,被告らに対する損害賠償請求権を取得したものといえる。したがって,同被告らの主張は採用することができない。
(二) 会社解散決議違反の主張について
被告Bは,本件債権譲渡は,拓銀の清算手続中になされたものであるが,清算の目的を超えるものであるから,解散を決議した株主総会の特別決議に反し無効である旨主張する。しかしながら,この特別決議は,平成11年3月から清算手続に入るが,それまでは会社が存続するというものであったから,そもそも本件債権譲渡は拓銀の清算手続中になされたものではないのみならなず,本件債権譲渡は,会社の清算事務の範囲内にあるものと認められるから,いずれにしても同被告の主張は採用することができない。
(三) 債権管理回収業に関する特別措置法違反の主張について
被告Bは,債権管理回収業に関する特別措置法2条により金融機関が譲渡できる債権は金融債権に限られるから,本件債権譲渡は同条に反するものであって無効である旨主張するけれども,原告は,預金保険法附則7条1項の協定銀行として,同法附則8条所定の内容を含む協定に基づき整理回収業務を行っている銀行であり,債権管理回収業に関する特別措置法に基づく法務大臣の許可を受けて債権管理回収業を営んでいる会社ではなく,同法12条所定の業務制限を受けることはないから,同被告の主張は採用することかできない。
(四) 信託法違反の主張について
被告Bは,本件債権譲渡は,信託法11条が禁止する訴訟信託に当たるから無効である旨主張するけれども,本件債権譲渡は,預金保険法上の救済金融機関である株式会社北洋銀行及び中央信託銀行株式会社に対する資金援助(同法59条以下)として,預金保険機構の委託に基づいてなされたものであって,拓銀が訴訟当事者となることを回避し,原告に訴訟を行わせることを目的としたものではないから,同被告の主張は採用することができない。
(五) 商法245条違反の主張について
被告Bは,本件債権譲渡の対象となった被告らに対する損害賠償請求権や貸出債権は,商法245条1項1号の重要な営業用財産に当たり,それを譲渡するためには株主総会の決議が必要であるのに,その手続を欠いているから,本件債権譲渡は無効である旨主張する。しかしながら,商法245条1項にいう「営業の全部又は重要なる一部の譲渡」とは,一定の営業目的のために組織化され,有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部を譲渡し,これによって,譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は重要な一部を譲受人に受け継がせ,譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に競業避止義務を負う結果を伴うものをいうと解されるところ,すでに拓銀が破綻し近く清算の開始が予定される状況下において本件債権譲渡がなされたのであるから,その対象物は,一定の営業目的のため組織化され,有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部には当たらず,株主総会の決議を経ずになされても違法ではないから,同被告の主張は採用することができない。なお,本件債権譲渡が拓銀の定款に反する手続でなされたことを認めるに足りる証拠はない。
(六) 債権譲渡の通知が無効であるとの主張について
被告Bは,本件債権譲渡についての通知は,債権の特定を欠いていたから無効である旨主張するけれども,本件債権譲渡時の通知書(甲3の7)には,第1融資によって拓銀が同被告に対して有する一切の損害賠償請求権を譲渡した旨記載されており,後の監査役による追認時の通知書(甲142の1)にも同旨の記載があり,譲渡された債権の特定に欠けるところはないから,同被告の主張は採用することができない。
(七) 取締役に対する損害賠償請求権は譲渡することが許されない旨の主張について
被告Bは,商法266条は,取締役に対する責任追及の主体を会社又は株主に限定しているから,取締役に対する損害賠償請求権を他に譲渡することは許されない旨主張するけれども,会社が同条に基づき取締役に対して有する損害賠償請求権を他に譲渡できない理由はないから,同被告の主張は採用することができない。
また,同被告は,商法266条1項5号に基づく損害賠償請求権は,その内容が確定している場合を除き,債権譲渡できず,拓銀のみしかこれを行使できない旨主張する。その趣旨は明確ではないが,商法266条1項5号に基づく損害賠償請求権は,特定がなされていれば債権譲渡の対象となり得るのであり,本件譲渡債権が特定されていたことは前記のとおりであるから,同被告の主張は採用することができない。
(八) 権利濫用の主張について
被告Bは,本件債権譲渡により,同被告の拓銀に対する抗弁が事実上切断され,同被告の立場が著しく不利となるので,本件債権譲渡は権利の濫用に当たり無効である旨主張するけれども,事実上切断されるという趣旨は不明であり,同被告の立場が著しく不利となることを認めることもできないから,同被告の主張は採用することができない。
(九) 債権譲渡の事実はないとの主張について
被告Bは,平成10年11月13日に拓銀が本件と同一の損害賠償請求訴訟を提起したという経過に照らし,本件債権譲渡の事実はない旨主張するけれども,本件債権譲渡がなされたことは前記のとおりであるから,同被告の主張は採用することができない。
2 争点2(銀行の取締役の注意義務の内容・程度)について
取締役は,会社との関係については民法の委任の規定が適用されるから,会社に対して善管注意義務(商法254条3項,民法644条)を負い,また,商法254条の3の規定により忠実義務を負う。そして,銀行は,銀行法その他関連法令の下に業務をすべきであるから,その取締役は,銀行法その他関連法令を順守する義務があり,これに反する業務執行は善管注意義務違反となり得る。
ところで,銀行は,広く国民一般から預金を受け入れるとともに,企業・個人・公共部門等に対し必要な資金を供給することにより,経済活動の中枢を占める資金仲介機能を果たし,もって国民経済の健全な発展に資するべき使命を負っている(銀行法1条参照)。銀行は,私企業形態で経営され,創意工夫を発揮しつつ,自己責任の原則の下に,その営業展開をするものであるが,上記のような一私企業の立場を超えた高い公共性を有するため,その健全経営を確保するなどの見地から,その組織・業務運営等広範囲にわたって,銀行法その他の関連法令の規制を受けている。そして,このような銀行の公共性に鑑みて,従来から,その重要業務の一つである融資(貸付)は,公共性の原則(利害関係に立脚した情実融資の禁止等),確実性(安全性)の原則(回収が確実な融資の実行),収益性の原則(銀行にとって収益のある融資の実行),流動性の原則(自行の特性,経済情勢に応じた融資の実行)等の下に行われるべきであるとされており,拓銀における貸出業務取扱規定も,以上の4原則に従った融資の励行がなされるように定められているものと解される。
そして,拓銀の投融資会議や経営会議のように取締役による審議により融資の可否・金額・融資条件等が判断される際にも,上記4原則が順守されるべきは当然であり,銀行における健全経営の確保の趣旨に照らすと,とりわけ融資についての確実性と収益性の判断は合理的になされるべきである。もとより,取締役のその点に関する判断には一定の裁量が認められるけれども,融資について確実性と収益性があるとした取締役の判断が,その過程,内容等の客観的諸事情からみて著しく合理性を欠くと認められる場合には,その判断は,裁量を逸脱したものとして善管注意義務違反になると解され,取締役は,商法266条1項5号に基づき,当該融資により銀行に被らせた損害を賠償する責任を負うというべきである。
被告Bを除く被告らは,この点に関し,取締役による融資判断には,いわゆる経営判断の原則が適用されるべきである旨主張するが,この問題は,取締役の判断についての裁量をどの程度認めるかに帰着するのであり,この点に関する当裁判所の見解は,上記のとおりである。なお,被告らは,経営判断の原則が適用されることを前提として,取締役は,融資判断に当たり,担当部署から提出された資料や担当部署の説明等に一見して明らかな不備がない限り,これに依拠して判断すれば足りる旨主張するけれども,取締役は,銀行における健全経営の確保の趣旨に照らし,融資の確実性と収益性の有無については客観的,合理的に判断することが求められるから,事情のいかんによっては,担当部署に対し,追加報告をさせたり,調査をさせたりしなければならない場合があることは否定できず,担当部署の提出資料や説明に一見して明らかな不備がないからといって,常にこれに全面的に依拠して判断すれば足りるというものではないから,同被告らの主張は採用することができない。
3 争点3(第1融資に関与した取締役の責任の有無)について
(一) 平成2年2月13日開催の投融資会議において決裁された第1融資は,カブトデコムが第三者割当増資をするに際して,その株式を引き受けるカブトデコムの子会社及び関連会社である12法人に対し,合計109万5000株の引受代金資金及びこれに対する2年間の利息相当額の合計額195万7000万円を融資したというものである。そして,借主である12法人は,その経常利益等に照らし,ほとんど融資額を返済する能力のない者であり,3年後の弁済期に当該引受株式及びその後の無償増資株式の売却代金によって返済がなされることが予定され,その担保として当該引受株式とその後の無償増資株式が徴されたものである。したがって,第1融資は,完全担保依存型の巨額融資であり,このような完全担保依存型融資が拓銀の貸出業務取扱規程の趣旨に反することは明らかである。
(二) また,第1融資は,それによる資金が12法人を経由して株式引受金としてカブトデコムに帰属するという前提で実行されたものであるから,カブトデコムを支援する目的を有するものであった。拓銀は,インキュベーター路線の実行として,昭和60年にカブトデコムの主力銀行となり,平成元年には巨額の投資を要するエイペックス事業を支援するようになったものであり,第1融資は,以上のようなカブトデコム支援の延長線上に位置付けられるものといえる。現に,エイペックス事業に対する支援の開始や第1融資の実行の後,拓銀のカブトデコム及びカブトグループに対する融資は急激に増大した。
(三) 第1融資は,完全担保依存型融資として,担保であるカブトデコム株式の株価下落のリスクを伴っていた。一般的に,株価は,会社の経営状況等によって左右されるため,地価よりもはるかに変動の可能性は大きい。そして,第1融資は,2年間の利息相当額が含まれているため,その間は借主らは遅滞に陥ることはなく,拓銀が債権回収に着手することができない結果,この間の株価下落のリスクを完全に負担していた。また,第1融資は,上記のとおり,インキュベーター路線の実行として,カブトデコム支援の目的もあわせ持っていた。加えて,カブトデコムについては,拓銀が主力銀行になる際の調査結果によると,グループ内受注が60%もあり,財務内容が極めて不透明であって,依頼した資料の提出も拒否されるなど,とても主力銀行として永続的取引関係を維持することは期待できないとされ,昭和63年調査によっても,グループ内の仕組み取引がかなりの割合を占めており,借入金が多く,財務内容も悪く,グループ各社間の内容が把握できず,グループ全体の業況について定期的に調査する必要があるなどとされ,その後格別の調査がなされていない状況下において,第1融資の決裁に当たって総合開発部から提出された資料にも,受注内訳は実質的な自社開発プロジェクトが大半を占めており,借入金も急増しているなどと指摘されていた(被告A本人,被告C本人及び被告E本人は,カブトデコムについてなされていた従前の調査結果は知らなかった旨供述するけれども,カブトデコムは,拓銀の推進するインキュベーター路線の重要な取引先の一つであったのであり,平成元年10月にはエイペックスに対する巨額の融資が決定され,その支援が社会に公表され,地元新聞で報道されたこと等によると,拓銀の経営の中枢にいた同被告らは,上記のような調査結果そのものはともかく,カブトデコムの存在やカブトデコムに上記のような問題点がある程度のことは認識していたものと推認されるから,被告ら本人の各供述は採用することができない。)。
したがって,第1融資をするか否かを判断するに当たっては,カブトデコムの業容の実態を解明し把握した上,株価下落のリスクが少ないか否かを検討し確認する必要があったというべきである。
このことは,平成5年1月27日開催の経営会議で明らかにされたカブトデコムの業容の実態からも肯定される。すなわち,カブトデコムの平成元年3月期から平成4年3月期までの売上高は,154億円,419億円,1010億円,1002億円と推移しているが,グループ外に対する工事高及び不動産売上高は,平成元年3月期が59億円,平成2年3月期が75億円,平成3年3月期が95億円,平成4年3月期が74億円にとどまり,特にグループ外に対する不動産売上高は,この4年間を通じて合計38億円にすぎなかったものであり,カブトデコムの業容は,「創受活動」によってその実体より外形ないし外観が著しく過大になっていたものであり(その意味では粉飾決算企業に類似していたといえる。),拓銀が主力銀行となる前後から終始続いていたと認められる。
(四) また,第1融資は,借主が引き受けた当該株式(第1回第三者割当増資後の発行済み株式総数の約12.6%)及びその後の無償増資分の株式の売却代金によって返済されるものであり,債権回収のためにはかなり大量の株式を売却しなければならないことが予定されるものであった(3年後の弁済期前の遅滞は,2年間の利息が先払いされているため,この間は発生することがなく,その後に発生するとすれば,借主は,すべてカブトグループに属する者であるから,多くが同時に遅滞し,担保の実行として大量の株式を売却する必要が生ずる可能性が高かった。)が,銀行による大量の株式の売却は,当然のことながら,大幅な株価の下落を招くおそれがあった。そして,このことは,拓銀がインキュベーター路線の実行としてカブトデコムに対する支援を続けることと相矛盾することでもあった。したがって,第1融資については,担保に差し入れられる株式を売却して債権回収することが容易ではないことは当初から予期されるものであったから,第1融資をするか否かの判断に当たっては,担保権の実行方法すなわち大量の株式の売却方法等について具体的,実際的に検討しておく必要があったというべきである。
(五) 以上によると,取締役として投融資会議を構成していた被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eは,第1融資について決裁するに当たっては,カブトデコムの業容の実態を解明し把握した上,カブトデコムの株価下落のリスクが少ないことを検討し確認するとともに,担保に徴する大量の引受株式等を実際に売却して債権回収することができるのか否か,できるとすればどのような方法があるのかについて具体的に検討をした上,確実性・収益性のある融資か否かを判断すべきであったのに,これを全くすることなく,安易に第1融資には確実性・収益性があるものと判断し,これを決裁したものであり,その判断は著しく合理性を欠いており,同被告らには善管注意義務違反が認められる。
(六) そして,同被告らの善管注意義務違反による第1融資が実行されたため,その後,カブトデコムの株価はいったんは上昇したものの,平成2年8月から下落に転じ,利息の不払による遅滞の発生し得る平成4年3月時点において5100円(拓銀が評価した実効担保価格は1万4000円)にまで下落し,さらに暴落を招きかねない大量のカブトデコム株式を売却することが実際上困難となり,債権回収がほとんどできず,192億1918万3951円が残ったものであり,この結果は,第1融資に内在していた債権回収上のリスクが現実化したものであり,第1融資によって生じたものといえるから,同被告らの善管注意義務違反と相当因果関係があるといえる。
(七)(1) 被告らは,平成2年2月13日開催の投融資会議では,第1融資のマスタープランを承認したにすぎず,個々の借主に対する融資を決裁したものではないから,第1融資について被告らの責任が発生する余地がない旨主張する。
しかし,上記投融資会議においては,第1融資に関し,借主である12法人はいずれもカブトデコムの子会社及び関連会社であることが明らかにされ,また,各法人の引受株式数,融資額(ただし,2年の利息相当分の金額は明示されていないが,これは,計算すれば容易に算出されるものであった。)その他融資条件等もすべて具体化されて審議され,決裁されており,その後の各法人からの個別の融資申請については,「投融資会議において了承済み」として手続が進められて融資が実行されているのであるから,第1融資そのものが決裁されたものと認められる。したがって,同被告らの主張は採用することができない。
なお,被告Bは,投融資会議において,その構成員である副頭取は,頭取と協議するだけであって,決裁権限を有しないから,投融資会議による決裁について責任を負わない旨主張するけれども,拓銀の投融資会議に関する規程には,投融資会議の議決方法について明確な定めがなされていないものの,投融資会議は,もともと常務会で行っていた重要な案件について,効率的に決定する趣旨で設けられた合議体の機関(権限規程)であり,これに出席する副頭取は,案件について意見を述べる権限を有するものであり,最終的に頭取が決断することがあるとしても,それは,それまでの出席者全員による審議の結果にほかならず,頭取以外の出席者も投融資会議の決裁権者であると認めるのが相当であるから,同被告の主張は採用することができない。
(2) 被告A,被告D,被告E及び被告Cは,第1融資のような融資方法は,当時流行のエクイティファイナンスのバックファイナンスとして一般的に行われていたものであり,格別問題のあるものではなかった旨主張する。
しかしながら,融資の一態様としてエクイティファイナンスのバックファイナンスがあり得たとしても,第1融資は,借主にほとんど返済能力がなく,引き受ける株式及びその後の無償増資株式の売却代金によって返済を受けることとされ,その株式のみを担保として徴して巨額な資金が融資されたことを特質としているものといえるが,このような第1融資について,旧大蔵省銀行局の担当者から,「売上高,経常利益に比べて引受高が大きすぎる。まともな返済資金のない企業にこうした貸出を実行するのは問題である。」と指導され,同銀行局の検査によっても,「当面財源の見込めないカブトグループ企業に支払金利を上乗せして当該株式取得資金に応需している」と指摘されていたこと等に照らすと,第1融資が当時一般的に行われていた融資方法によるものであるとは認め難いから,同被告らの主張は採用することができない。
(3) 被告らは,カブトデコムの業容の実態を解明し把握する義務の有無について,(1)カブトデコムは,平成元年3月に店頭登録を果たしており,昭和63年調査で指摘された問題点は解決済みと考えられていた(被告Bのみ),(2)グループ内取引で売上を計上することは,ディベロッパーが一般的に行っていることであり,最終的に物件を販売できれば投下資金が回収されるから問題がなく,当時は,バブル経済の最中であり,物件や会員権が販売できなくなるということは予想できなかったから,グループ間取引の比率が高いことを問題として,カブトデコムの業容の実態を解明・把握する必要はなかった,(3)借入金の増加は,事業が拡大すれば必然的に生じるものであり,かつ,カブトデコムは,第三者割当増資によって540億円もの資金を入手する(したがって,第1融資後に同程度の預貯金を保有することになる。)のであるから,384億円程度の借入金は問題ではなく,グループ間決済の状況や,借入金の増減等を解明・把握する必要はなかった旨主張する。
しかし,まず(1)の点については,そもそも銀行が,店頭登録会社に対して融資する際には,その業容の実態を解明・把握する必要がないということはできない上,拓銀の取締役である被告らが,昭和63年に拓銀自身によって実施された調査結果を無視し,平成元年3月に行われた証券会社による審査結果にそのまま依拠して融資判断を行うことは不合理である。実際にも,平成元年3月当時,店頭登録における主幹事証券会社の審査の実質基準は,上場の場合と異なり,明文で定められているわけではなく,証券取引所の示している基準を基本としつつも,各証券会社の証券審査部に任されている状態であり,主幹事証券会社の審査の後に行われる証券業協会の審査も,形式面に限られていた。したがって,平成元年3月にカブトデコムが店頭登録されていたからといって,カブトデコムの業容の実態を解明・把握する被告らの注意義務が否定されるものではない。次に,(2)については,グループ内の仕組み取引がなされるなどして,カブトデコムないしカブトグループの業容の実態が明らかとなってないため,融資についての確実性・収益性の有無を判断する上で重要な企業の経営状況,財務状況等が把握できないのであるから,その実態を解明する必要があるのは当然であり,このことは,同被告らが主張する事情によって左右されることはないというべきである。さらに,(3)については,借入金の増加は,カブトデコムの経営状況,財務状況等を判断する上で重要な要素であり,正確な借入金額や増加の原因を解明する必要があることはいうまでもないことであり,また,カブトデコムが第1回第三者割当増資によって540億円もの資金を得たことは,そもそも第1融資後の事情であるから,第1融資をするか否かを判断する際の上記のような解明の必要性をなくさせるものではない(そうでなければ,すでにある借入金を超える融資をすれば,すべて解明の必要性がなくなることになり,明らかに不合理である。)のみならず,上記540億円は,使途の拘束がなく,借入金の返済に充てられる保証はない(昭和59年の増資は,財務構成の是正を目的として行われたが,入手した資金は目的どおりに使用されなかったという経緯があった。)のであるから,この資金を得ることを考慮してカブトデコムの業容の実態を解明する必要がなかったとはいえない。したがって,被告らの主張は,いずれも採用することができない。
(4) 被告A,被告D,被告E及び被告Cは,第1融資の後,カブトデコムの業績が悪化し,その株価が下落したのは,バブル経済が崩壊したためであり,被告らがバブル経済の崩壊を予測することは不可能であった旨主張する。
しかしながら,第1融資に関してまず問題とされるべきことは,第1融資の決裁に当たり被告らの善管注意義務違反がなかった否かであり,この点ついては,前記のとおり,被告らは,カブトデコムの業容の実態を解明し把握した上,カブトデコムの株価下落のリスクが少ないことを検討し確認するとともに,担保に徴する大量の引受株式等を実際に売却して債権回収することができるのか否か,できるとすればどのような方法があるのかについて具体的に検討をした上,確実性・収益性のある融資か否かを判断すべきであったのに,これを全く尽くさなかったものであり,これを履行していれば,カブトデコムの株価の下落のリスク及び債権回収のリスクが大きく,かつ,カブトデコムが金融支援するに値しない企業であることが明らかとなり,当然,第1融資を決裁することはなかったものと認められる。
そうだとすると,そもそも第1融資がなされなかったものであり,その後のバブル経済の崩壊の影響を受ける余地はなかったはずであるから,同被告らの主張は採用することができない。
なお,同被告らは,カブトデコム株式に対する担保権の実行方法等について,第1融資当時2万円台であった株価が7000円台に下落して担保割れを生じるおそれがあったか否かの検討をすれば足りた旨主張するけれども,実際に担保権を実行して融資額を回収するためには,大量の株式を売却しなければならず,これ自体によって大幅な株価の下落を招く可能性があったから,単純に将来の株価を想定し,株価に担保株式数を乗じて融資額を回収できるか否かを検討するのみでは足りず,株価の予測とともに株式の具体的,実際的な売却方法等を総合的に検討して第1融資の回収が可能かどうかについて判断する必要があったといえるから,同被告らの主張は採用することができない。
(5) 被告Bは,第1融資の債権は,平成4年10月ないし同年11月ころに別の貸付形式に切り替えられたことにより消滅し,現在存続し回収不能となっているのは別債権である旨主張する。しかしながら,貸付の切替えは,拓銀内部の債権管理の都合でなされた形式的なものにすぎず(ユーロ円貸付において借主が期限までに弁済できない場合には,国内における借主の取扱店が,いったんユーロ円貸付に関わった拓銀海外支店に対し貸付金を返済することになっている。),切替えの前後で債権の同一性に変化はなく,12法人に対する第1融資による債権が消滅したということはできないから,同被告の主張は採用することができない。
(6) 被告らは,第1融資決裁後,無償増資によって直ちに売却できる株式が担保に追加されており,これらを売却して債権回収することは可能であったにもかかわらず,拓銀の回収担当部署(平成2年9月までは法人部,同年10月からは総合開発部)の懈怠があったために回収不能になったのであるから,第1融資の決裁とその回収不能は相当因果関係がない旨主張する。
第1融資後,カブトデコムは,平成2年5月と平成3年5月に無償増資を実施し,前記12法人は,無償増資にかかるカブトデコム株式合計212万8680株を取得したが,この株式は,第1融資の担保となっていた。しかしながら,2年間は,利息未払による遅滞が発生せず,他の期限の利益喪失の事由も見出し難かったから,担保権の実行として上記株式等を売却することはできなかった(被告Bは,前記12法人が平成3年5月から平成4年11月までの間に43万株余を売却しながら,その代金を第1融資の返済に充てなかったので,期限の利益が失われた旨主張するが,上記の間のいつの時点で売却されたのか,そのことがいつ拓銀に明らかとなったのかという点については証拠がなく,少なくとも利息の先払いがなされている2年間のうちに上記のような事実が生じたことを認めることはできない。また,同被告は,Iは,平成4年3月31日までに他の保証債務を多額に負担した旨主張するが,この事実は平成4年3月以前に拓銀が認識することはできなかったのであるから,上記2年内にそのことを理由として12法人に対する期限の利益を失わせることはできなかった。)。12法人に依頼し,無償増資にかかる株式を売却し,その代金を返済してもらう方法が考えられたが,これは,あくまで12法人の協力を得なければできないことであり,第1回第三者割当増資及びこれに伴う第1融資の目的や,12法人がいずれもカブトグループの一員であること等からすると,12法人の協力を得て株価の下落を招きかねない株式の売却をすることは実際上期待し得ず,他方,拓銀にとっても,インキュベーター路線の実行としてカブトデコムを支援している状況下において,12法人に対し強く協力を求めづらかったものと認められる。
そして,第1融資の2年経過後は,12法人による利息の未払等による期限の利益の喪失が発生し得ることになったが,その時点では株価が大幅に下落しており,さらに暴落を招きかねない担保権実行は困難になったものと認められる。
以上によると,前記のとおり,第1融資のほとんどが債権回収不能に終わったのは,もともと内在していた債権回収上のリスクがその後に現実化したためであり,拓銀の回収担当部署が債権回収を怠ったためではないというべきであるから,被告らの主張は採用することができない。
なお,被告Bは,第1融資のほとんどが債権回収不能となったことについては,拓銀の担当部署による債権回収に懈怠があったとして過失相殺がなされるべきである旨主張するけれども,以上に述べたところからして,この主張も採用することができない。
(八) 以上のとおり,被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eは,平成2年2月13日開催の投融資会議において,取締役としての善管注意義務に反して第1融資を決裁したものであるから,第1融資が債権回収不能となって拓銀に生じた損害192億1798万3951円を連帯して賠償すべきである。
4 争点4(第2融資に関与した取締役の責任の有無)について
(一) 第2融資は,平成4年3月期において融資残高が534億円を超えていたカブトデコムに対し,平成4年度中の資金需要500億円(実際の融資額は540億円)を融資するというものであり,平成4年3月23日及び同年4月3日開催の各経営会議において決裁された。
(二) ところで,カブトデコムは,この時点においては,かなりの経営不振に陥っていた。
すなわち,まず,平成2年4月の総量規制以後,バブル経済が崩壊し,平成3年後半から地価が下落し始め,建設,不動産販売を業とするカブトデコムは,それらの影響を強く受け,保有物件が売却できない状況に至った。
そのため,カブトデコムは,主力銀行である拓銀から,平成3年2月に実質的に約110億円の,同年10末に約66億円の,同年11月末には約150億円の各融資を受けた。カブトデコムは,平成3年6月に第2回第三者割当増資をし,約380億円の資金を調達したにもかかわらず,その後に上記のとおり拓銀から合計216億円の融資を受けているものであり,そのころにはかなり資金繰りが逼迫していたものと認められる。Iが標榜していた年商5割の現預金の維持は難しくなり,平成3年3月期には前年期と比べて約117億円減少し,平成4年3月にはさらに約267億円減少し,現在高が約199億円となった。平成5年3月にまとめられたカブト問題調査委員会の調査結果によると,平成3年末ないし平成4年3月にカブトデコムの資金繰りが破綻したとされている。いずれにしても,平成4年3月当時,カブトデコムが資金繰りに苦慮していたことは明らかであった。
また,平成3年12月に実施された日銀考査によると,拓銀のカブトグループに対する融資残高が1800億円を超えていること,カブトデコム単体に対する融資残高が急増しているのは業績不振の現れであること,カブトデコムの資産には不稼働で不良化しているものが多いこと等が指摘された。
そして,平成4年2月上旬に開催された投融資会議において,カブトデコムは,公募社債の発行を計画したが,格付けがBBB未満になりそうなので,格付け取得を断念し,また,私募社債についても,予定銀行から受託は難しい旨の回答を得たことが報告された。カブトデコムの株価も,下落を続けており,平成4年3月には5100円となった。
(三) 以上のとおり,平成4年3月時点においては,カブトデコムは,かなりの経営苦況に至っていたことは明らかであり,拓銀経営の中枢にいた被告A,被告C,被告D,被告F及び被告Gは,このことを認識していたものと認められる。
ところで,以上のようにかなりの経営苦況に陥っているカブトデコムに対し平成4年度の運転資金として巨額の資金を融資するに当たっては,カブトデコムの経営再建が可能か否か,再建が可能とすれば必要な資金,期間等を含めた具体的なプロセス等について十分に検討しなければならない。具体的な再建の見通しが立ってはじめて,融資する資金が活用されて確実な返済が見込めるとともに,それ以前の融資分の返済も期待できることになるからである。
(四) しかしながら,平成4年3月23日及び平成4年4月3日開催の各経営会議においては,カブトデコムの再建の見通しについて,必要な検討はなされなかった。
すなわち,カブトグループについては,従前から,仕組み取引が多く,その実態の解明がなされていないことが問題とされていたが,その後の平成3年7月23日開催の経営会議においても,「創受活動」ともいうべき自社開発プロジェクトが建設事業売上の19%,不動産事業売上の72%を占めていることが指摘されており,経営会議自体も,平成4年1月27日開催時に,総合開発部に対し,「カブトグループの全体のバランスを解明して,2か月後を目途に再度経営会議に諮る」旨指示していることからも明らかなとおり,カブトグループの連結決算をする必要があることを十分に認識していた。同年3月23日開催の経営会議においても,総合開発部に対し「カブトグループの連結バランス及び収支を把握し,全体像が分かるように報告する」ことが指示されているのに,同年4月3日開催の経営会議に簡便法によるカブトグループ主要4社の連結決算が提出されたにとどまり,結局,カブトグループの連結決算はなされないまま,第2融資が決裁された。
次に,カブトグループは多くの不動産を保有しているため,再建の見通しを判断するためには,その正確な時価評価,売却の可能性の検討が極めて重要であった。まず,平成4年3月23日開催の経営会議に提出された総合開発部作成の資料によると,総合開発部は,カブトグループの平成5年3月期の想定資産・負債状況と収支を検討した結果,借入金に見合う資産があり,第2融資に対する利息の支払が可能である旨の意見を述べているところ,その前提となった資産評価については,カブトデコムがした平成3年12月時点の国土法価格による評価額をそのまま採用したというものであったが,借主側の申出価格をそのまま採用すること自体,拓銀の内規に反するのみならず,当時は,総量規制の実施,地価税の導入から相当程度経過し,地価は,札幌においても明らかに下落傾向を示し,平成3年12月の国土法価格よりも低額となっている可能性があったと認められるから,改めて正確な不動産評価をしてカブトグループの資産額を算出する必要があった。上記資料によると,山三西武地産の8.6プロジェクト物件及び5.4プロジェクト物件に関し,容積率アップ,特定街区指定によって価格が上昇する見込みであるとして,高額に評価し,1000億円を超える含み益があるとされていたが,その具体的可能性についての根拠は示されることなく,総合開発部がその点を検討した形跡もなかった。また,上記資料によると,カブトデコムは,約582億円の物件を売却して資金需要を圧縮する予定であるとされているが,同時に,Iは,簿価での売却に固執しているため,売却が難航している状況であることも説明され,それ以前の平成4年2月上旬開催の投融資会議においても,平成3年10月以降不動産及び会員権の売上がほとんどない旨報告されていたのであるから,約582億円の物件の売却の見込みについて具体的,実際的に検討する必要があった。
さらに,カブトグループの今後にとって,エイペックスの動向は極めて重要であったが,エイペックスホテルの着工後,バブル経済は崩壊し,会員権もほとんど売却できなくなっており,事業の前提事情が変化していたのであるから,顧客需要の見通し,資金計画を含めて,エイペックス事業を再検討する必要があった。
(五) 以上のとおり,平成4年3月23日及び同年4月3日開催の各経営会議において,被告A,被告C,被告D,被告F及び被告Gは,カブトグループ4社に対する簡便法による連結決算,カブトデコム申出の国土法価格による資産評価を前提としつつ,カブトデコムによる物件売却が行われるものとして,平成4年10月期に売上高1596億円,経常利益96億円,当期利益45億円が見込め,融資残高に見合う資産があり,第2融資の利息の返済が可能であるから,第2融資は確実性・収益性のあるものと判断し,決裁したものと認められるが,同被告らは,上記のような諸点について検討をした上,カブトデコムの再建可能性の有無,可能とした場合の再建期間,必要資金等について客観的,具体的に判断する必要があったのに,これを怠り,かつ,第2融資全体について取得担保の有無・価格を具体的に検討しないまま(平成4年4月3日に決裁された第2融資のうちの160億円については,実効担保価格ベースで60億1200万円の担保を徴することが予定され,その後の融資分を含めた第2融資全体について,実効担保価格ベースで164億1200万円の担保が徴されたにすぎなかった。),第2融資を決裁したものであるから,同被告らの判断は,著しく不合理であり,取締役としての善管注意義務違反が認められる。
そして,同被告らの善管注意義務違反による第2融資が実行されたため,その後,過半の回収がなされず,308億9450万円が残存しているところ,カブトデコムは,現在も存続しているものの,返済能力がないため,その回収は不能であることが認められ,同額の損害が拓銀に発生したものというべきである。これは,同被告らの善管注意義務違反により生じたものであるから,同被告らは,連帯してその賠償をする責任がある。
(六)(1) 被告らは,平成3年12月の日銀考査によると,カブトデコムに対する債権は正常債権と分類され,また,カブトデコムの資金需要も,物件の売却がずれ込んだための一時的なものであって,景気や不動産市況も間もなく回復する見込みがあるとされていたから,平成4年3月当時,カブトデコムが経営苦況にあったとはいえない旨主張する。
しかしながら,上記日銀考査では,カブトデコムに対する債権がS分類にはされなかったものの,カブトデコムに対する固有融資残高が急増しているのは業績不振の現れであり,その資産には不稼働で不良化したものが多い旨の厳しい指摘がなされたのであり,また,その際には連結決算ベースによる調査が行われなかったため,それ以上の結果が出なかったにすぎないものと認められるから,日銀考査の結果から直ちにカブトデコムが経営苦況に陥っていなかったとはいえない。また,バブル経済の崩壊以後,不動産取引は一般的に減少していたと考えられる上,拓銀自身,平成2年11月にはカブトデコムに対し新規の土地購入をしないように申し入れ,平成4年1月にはカブトデコムが保有不動産及び会員権が全く売れない見込みの下に平成4年度中の資金需要を算出し,同年2月上旬開催の投融資会議においては,平成3年10月以降,カブトデコムの不動産及び会員権の売上がほとんどない旨報告され,それ以後も不動産が売却されたという報告もなかったのであるから,簿価未満では売却しないというIの方針があったとはいえ,カブトデコムの不動産は構造的に売却できなくなっていたものであり,したがって,それに起因するカブトデコムの資金需要も一時的なものではなかったものと認められる。そして,平成4年3月当時には,近々景気や不動産市況が回復するとする見方があったとしても,それは,あくまでも不確実な経済予測の一つにすぎないから,巨額の融資をするか否かを判断するに当たり,そのことを根拠にカブトデコムが経済苦況から脱出する見込みがあるなどと楽観視することは相当ではないというべきである。したがって,同被告らの主張は採用することができない。
(2) 被告らは,カブトグループの連結決算状況を調査する必要はなく,仮にこれを肯定するとしても,平成4年4月3日開催の経営会議の際に提出されたグループ4社の連結決算書で十分であった旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,カブトグループについては,従前から,仕組み取引が多く,その実態の解明がなされておらず,経営会議自体,総合開発部に対し,「カブトグループの全体のバランスを解明して,2か月後を目途に再度経営会議に諮る」旨指示したり,「カブトグループの連結バランス及び収支を把握し,全体像が分かるように報告する」旨指示したりしていたのであり,その後,被告Aの指示に基づきカブトグループの実態調査がなされ,平成4年9月にはカブトグループ6社の連結決算書が作成されたこと等に照らし,同年3月当時,カブトグループの連結決算状況を調査する必要がなかったとは到底いえない。また,平成4年4月3日に提出されたカブトグループ4社の連結決算書は,簡便法によるものであり,考慮した会社の数も比較的少なく,これによる平成4年3月期の連結決算は,売上高1342億円,経常利益114億円,当期利益52億円というものであったが,平成4年9月に作成されたカブトグループ6社の連結決算書によると,同期の連結決算は,売上高695億円,経常利益12億円,当期損失49億円というものであり,簡便法による連結決算内容と大きく異なっており,簡便法による連結決算は,カブトグループの実態を反映していなかったものといえるから,これをもって十分であったとはいい難い。したがって,被告らの主張は採用することができない。
(3) 被告らは,平成4年3月当時,国土法価格が時価を反映していたから,これによってカブトグループの資産を評価するのが適正であり,8.6プロジェクト物件等についても,容積率アップ及び特定街区指定の可能性があったから,これを見込んで含み益を計上するのは相当であるから,上記各経営会議で前提とされたカブトグループの保有資産の評価に問題はなかった旨主張する。
しかしながら,すでに534億円余の融資残高のあるカブトデコムの申請によりさらに運転資金500億円を融資するか否かを判断するために,カブトグループの保有資産を評価するに当たり,そもそもカブトデコム側の申出価格をそのまま採用すること自体,不合理であるのみならず,当時は,すでに地価が下落していた状況であったから,国土法価格は,その性質からして,時価を反映しているものとは考え難く,少なくとも拓銀が独自に評価する必要性をなくすものではなかったというべきであり,また,8.6プロジェクト物件等に対する評価についても,容積率アップ及び特定街区指定の具体的可能性があるとする根拠はなかったのであるから,単にその可能性があるというだけで著しく過大な含み益を計上するのは相当ではなかった。したがって,被告らの主張は採用することができない。
(4) 被告らは,エイペックス会員権の販売が低調であったのは一時的なものであり,間もなく景気が回復して再び売却できるようになるものと期待されていたから,エイペックス事業について再検討する必要はなかった旨主張するけれども,平成3年10月に第2次正会員権の販売が断念されたことに表れているように,会員権も,不動産と同様,バブル経済の崩壊以後,構造的に売れにくくなっていたのであり,間もなく景気が回復するとする経済予測があったとしても,上記のような状況下で巨額な第2融資をするか否かを判断するに当たり,不確実な経済予測を根拠として,会員権の販売が見込めると楽観視することはできず,エイペックス事業の再検討が必要でなかったとはいい難いから,被告らの主張は採用することができない。
(5) 被告らは,第2融資について,時価ベースでは融資額を超える担保が徴されていたのであり,回収不能のリスクはなかった旨主張するけれども,一般的にいっても融資回収の確実性を確保するためには実効担保価格による融資額相当の担保を徴求すべきであり,特に第2融資のように,借主の再建を見込んで巨額な救済融資をするような場合には,実効担保価格による十分な担保が徴求されるべきであるから,被告らの主張は採用することができない。
(6) 被告Gは,第2融資の個々の貸付債権について回収不能となった経緯・理由が明らかになっておらず,損害との因果関係の主張立証がない旨主張するけれども,被告らが平成4年3月23日及び同年4月3日開催の各経営会議において確実性・収益性を欠く第2融資を決裁したため,その後そのリスクが現実化して,その過半が回収不能となったものであり,相当因果関係があるものと認められ,同被告の主張は採用することができない。
(7) 被告Gは,拓銀と取締役である同被告との間の委任契約は付属的商行為であり,それに基づく本件損害賠償請求権については商事消滅時効が適用されるところ,第2融資の最終実行日から5年を経過した後に本訴が提起されたから,本件損害賠償請求権は時効により消滅した旨主張するけれども,商法266条1条5号に基づく取締役の善管注意義務違反による会社に対する損害賠償義務は,この規定自体によって発生する法定責任の性質を有するものであって,商行為によるものではないから,商事消滅時効は適用がなく,同被告の主張は採用することができない。
5 争点5(第3融資に関与した取締役の責任の有無)について
(一) 第3融資は,すでに銀行法による大口融資規制を超える総授信992億円余を与えながら,債務超過に陥りもはや存続不可能となっているカブトデコムに対し,従前の融資分に対する保全の確保等のリスクウェイト軽減措置を図るなど拓銀側の利益を実現する目的をもって,カブトデコムを暫時延命させるため,409億円を追加融資したというものであり,平成4年10月26日開催の経営会議において決裁された(ただし,追加融資額は未確定であった。)。
(二) 当時において,カブトデコムが存続不可能の状態に至っていたことは,上記経営会議における被告H及び被告Eの報告からしても明らかであるところ,このような借主に対する追加融資は,返済はもとより,十分な担保を徴求することすらも難しく(結果的に第3融資については実効担保価格約110億円の担保が得られたのみであった。),回収不能となる蓋然性が高く,融資に要求される確実性・収益性を著しく欠くものであるから,これを決裁した取締役は,原則として,善管注意義務に反するものとして上記融資によって銀行に被らせた損害を賠償する責任があり,ただ,延命のための追加融資をすることによって,追加融資額(実質的には回収不能の見通し額)を超える銀行の利益を得ることが具体的かつ確実に見込まれる場合に限り,追加融資のうち,銀行側の利益が追加融資額を超える限度において,善管注意義務違反を免れるものというべきである(同額であれば,実質的に追加融資額を他の方法で回収するというのと変わらず,逆に手数,時間等を要するため,融資する意味はない結果となる。)。以下,第3融資について,この例外要件があったか否かを検討する。
(三) まず,未登記扱い等担保権の登記手続の実行及び追担保の徴求については,上記経営会議において,第3融資による拓銀側の利益として考慮されているが,その程度は,ごく抽象的なものにすぎず,具体的な物件,登記時期,それによって確保される実効担保価格等については検討されておらず,追加融資による拓銀の利益が具体的かつ確実に見込まれるという要件が存在したとは認め難い。
仮にその点をおくとしても,その未登記扱い等担保権については,平成4年11月までに登記手続が履行されたものの,その合計の実効担保価格は53億2300万円にすぎず,また,追加担保についても,実効担保価格15億3900万円の限度で確保されたにとどまったから,これのみでは第3融資の総額409億円に遠く及ばない。
(四) 次に,いわゆる物件シフトについても,上記経営会議において,第3融資による拓銀側の利益として考慮されていたものの,この物件シフトは,物件シフト受け皿会社に対し,買取代金を融資して,カブトグループから,原則として時価を超える簿価又は国土法価格により物件を買い取らせ,当該物件を担保として徴求し,他方,カブトデコムが受け取った代金をそのまま既融資の返済に充てるというものであり,当該物件の担保抹消のための支払等を考慮すれば,カブトデコムからの返済金以上の融資をしなければならないものであったから,原則として拓銀にとって利益はなく,仮に拓銀のコントロールがきく受け皿会社に所有権を移し,その後に売却して回収しやすくするという利益があるとしても,どのような者に取得させ,その後の売却によっていくら回収できるのか等について具体的に検討する必要があるのに,上記経営会議においてはその検討が何もなされていない。そして,その後の物件シフトの実施状況をみると,ほとんどカブトグループの会社に物件を取得させているものであり,しかも,物件シフトのために合計987億1100万円(その一部は,他銀行の肩代り分となっている。)が融資されながら,実効担保価格336億0600万円の保全しか確保されておらず,物件シフトの名において拓銀の融資額及び回収不能のおそれのある金額が拡大する結果となっている。また,平成4年10月26日当時,カブトグループに対しては銀行法による大口融資規制を超える融資がなされており,そのままで第3融資をすることは,同規制違反の程度がさらに顕著となるおそれがあったこと,実際に物件シフトがなされた際にはカブトデコムに対し融資がなされていたこと(カブトデコムからの返済は,拓銀から受け皿会社に融資された分からなされていた。)こと等からすると,被告Hが日銀担当者に回答したように,物件シフトの真の目的は,大口融資規制を回避して第3融資をすることにあったものと認められるのである。したがって,物件シフトによる拓銀の利益はなく,かえって損失が増加したものと認めるほかない。
(五) また,第3融資をすることにより,エイペックスホテルを完成させれば,これによってはじめて担保価値が生じるとともに,当面,たくぎん保証による預託金返還債務の連帯保証の履行を免れる結果となることが考えられ,このことは,リスクウェイトの軽減措置の一つとして上記各経営会議において検討された。しかしながら,エイペックス事業は,もともとバブル経済への高揚期に計画され,高額の会員権の販売代金を建設費に充てる予定で会員権を販売し,完売までの不足金を拓銀からの融資でカバーして,建設が始まったものであるが,その後,バブル経済が崩壊し,会員権が売れなくなり,地価も下落傾向となったのであるから,会員権の販売収入がなくなり,借入金の負担が重くなり,資金計画の変更を余儀なくされ,また,顧客需要等についても,社会情勢の変化に応じて再検討を要する状況であったにもかかわらず,上記各経営会議においては,これらの事情を考慮しての採算性は検討されていない(もっとも,同年9月までにエイペックスの資金計画について検討がなされたが,それは,カブトデコムが会員権の販売代金の流用分約153億円をエイペックスに返還するか,又は第二次正会員権を5年以内に売却できた場合に事業化の見通しがあるというものにすぎず,最も現実的である,両条件が成就しない場合の事業化見通しについては言及されなかった。また,同年11月30日開催の経営会議における検討も,第二次正会員権の大量の販売又はこれに代わる資金調達を必要とし,かつ,稼働率を48ないし55%としてはじめて事業化が可能とするものであり,非現実なものであった。その検討に当たっては,資金計画に基づくシミュレーションは試みられているが,その前提となる条件設定に当たり,上記のようなバブル経済の崩壊やそれに伴う顧客需要の変動は何ら考慮されなかった。)。その後にオープンしたエイペックス事業は,低稼働率等により採算性がとれず,その前後から平成9年3月までに拓銀からさらに約400億円の融資がなされなければならなかった。このことからすると,上記経営会議開催時においては,むしろエイペックス事業の採算性はないとみるのが合理的であったと認められる。したがって,ホテル完成後のエイペックスについては,採算性がないため,担保価値は認め難く(エイペックスの破産後,エイペックスは60億円で売却されたが,平成5年3月期の後,事業継続のためにさらに約400億円の融資がなされたことを考慮すると,エイペックスの経済的価値はなかったものと認めるほかない。),また,エイペックス会員権者に対する預託金返還債務の保証債務を負っているたくぎん保証に対する支援を含めた社会的責任の履行も,早晩,免れなかったものである。したがって,このような事態に至るおそれのあるエイペックス支援を拓銀の利益と評価することはできない。
(六) 次に,カブトグループの海外物件の売却による回収については,上記経営会議において,基本的な方針は検討されているが,物件名,売却予定価格,回収金額,売却の見通し,回収の手順等について具体的な検討がなされておらず,今後に委ねられたものであり,第3融資をするに当たって,拓銀の利益として考慮するに足りないものであったというべきである(その後の実際の海外物件の売却による回収状況をみても,香港ウェリントンビルの売却代金の一部10億9400万円を回収したにとどまる。)。
(七) ところで,被告らは,第3融資に当たっては,カブトデコムが破綻して工事業者に対し工事代金が支払われなくなり,また,カブトデコムに対し巨額の融資残高を有する共同信用組合が破綻するおそれがあるなど北海道経済の混乱を招くことが予想されたので,これらのことを回避することも考慮した旨主張する。
しかしながら,これらのことは,拓銀にとって直接利益となるものではないから,第3融資による利益とみることはできないというべきである(銀行の社会的責任ないし道義的責任の問題が残るとしても,第3融資とは別の方法により検討されるべきものと考えられる。)。
のみならず,工事代金未払による混乱回避の点については,上記経営会議において,具体的に検討されたものではなく,その後において,拓銀は,平成5年4月以降の工事代金約126億円の支払のための融資をしなかったため,工事代金未払という事態は続いたのであるから,この点を考慮して第3融資をしたということには疑問が残る。
また,共同信用組合が破綻するおそれがあったという点は,第3融資をするか否かによって解決できるものではなく,いつかは到来する回避できない問題であった(現に平成5年7月に拓銀と旧大蔵省銀行局との検討により,共同信用組合救済の方針が合意された。)から,第3融資を根拠付ける事由とはなり得ない。
(八) 以上のとおり,カブトデコムの延命のための追加融資である第3融資をすることによって,第3融資額を超える拓銀の利益を得ることが具体的かつ確実に見込まれたとは認められないから,前記例外要件が存在していたとはいえず,かつ,第3融資自体について十分な保全をとることが検討・実行されたとはいえないから,確実性・収益性があって拓銀の利益に資するとして第3融資を決裁した被告らの判断は,著しく合理性を欠くものであり,取締役としての善管注意義務に反するものというべきである。
そして,被告らの善管注意義務違反による第3融資が実行されたため,その後,カブトデコムからの回収がほとんどなされず,374億9555万7000円が残存しているが,前記のとおり,カブトデコムは,現在も存続しているものの,返済能力がないため,その回収は不能であることが認められ,同額の損害が拓銀に発生したものというべきである。これは,被告らの善管注意義務違反により生じたものであるから,被告らは,連帯してその賠償をする責任がある。
(九)(1) 被告らは,第3融資を決裁するに当たっては,慎重な検討によりエイペックス事業の採算性があり,完成した場合の拓銀の利益が大きいと判断した旨主張するけれども,前記のとおり,採算性は十分に検討されていないのであり,このことは,その後のエイペックスの営業状況からも明らかであるから,被告らの主張は採用することができない。
被告らは,これに関して,エイペックス会員権者に対する責任を果たすためにもエイペックスの完成まで支援を継続する必要があった旨主張する。拓銀は,エイペックス事業との関わりからしても,会員権者にどのように対応するかについて検討する必要があったとはいえるが,それは,様々な事情を総合判断して結論が出されるべき問題であり,その対応について検討する必要があることから直ちに,第3融資をしてさらに不良債権が増大することを肯定する理由とはならず,また,その後の実際のエイペックスの経営状況等に照らし,会員権者の問題を回避することは困難であったものであり,第3融資によってこれを先送りにしたにすぎないものと認められるから,被告らの主張も採用することができない。
(2) 被告らは,第3融資の実施については,旧大蔵省や日銀に相談し,指導を仰いでいたが,これらの監督官庁も第3融資に対し異議を述べなかったことは,第3融資につき看過し難い欠落がなかったことを裏付けている旨主張するけれども,拓銀は,前記経営会議で第3融資の決裁がなされた後,監督官庁に対し第3融資について報告しているものであり,その際に監督官庁側から出た発言をとらえて第3融資が是認されたなどと評価するのは相当ではない(個別的にみると,むしろ,カブトデコムに対する融資を打ち切る判断をする必要があるとか,エイペックスは先行き問題が多く,逆に拓銀の足を引っ張らないかなどの発言がなされている。)から,被告らの主張は採用することができない。
第四結論
よって,原告の請求はいずれも理由があるから,これらを認容することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂井満 裁判官 山田真紀)
裁判官小田桐泉は,国内特別研究中のため,署名押印することができない。裁判長裁判官 坂井満