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札幌地方裁判所 平成10年(行ウ)4号 判決 1999年2月02日

札幌市東区北丘珠四条二丁目一一番一五号

原告

藤田秀雄

右訴訟代理人弁護士

高崎暢

浅井俊雄

大川秀史

札幌市北区北三一条西七丁目三番一号

被告

札幌北税務署長 大下光雄

右指定代理人

伊良原恵吾

成田英雄

里見博之

川村利満

市川光雄

沢田和宏

神陽一

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告の平成三年分、平成四年分及び平成五年分の各所得税について、平成七年三月一〇日付けでした更正及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の答弁

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、平成三年分ないし平成五年分の各所得税について、次の確定申告をした。

(一) 平成三年分の所得税

(1) 総所得金額 三二〇万六〇八八円

(2) 納付すべき金額 二六万八〇〇〇円

(二) 平成四年分の所得税

(1) 総所得税 三一九万五六三一円

(2) 納付すべき税額 二六万六五〇〇円

(三) 平成五年分の所得税

(1) 納税所得 二九二万四四一三円

(2) 納付すべき金額 二三万九四〇〇円

2  被告は、右各年分の確定申告に対し、平成七年三月一〇日、各年度の更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件各決定」という)を行った。

3  原告は、平成七年六月一二日、札幌市役所から、平成四年分ないし平成六年分の道市民税の督促を受け、本件各決定がなされたことを知った。

4  原告は、平成七年八月一〇日、被告に対し、本件各決定について異議申立をしたところ、平成七年一一月二七日、異議申立期間を徒過していることを理由に異議申立てが却下された。平成七年一二月二五日、国税不服審判所に審査請求をしたが、平成八年六月一三日、同様の理由で審査請求が却下された。

5  しかし、被告は、本件各決定の賦課決定通知書(以下「本件各通知書」という)を原告に送達しなかったから、本件各決定は違法である。

6  よって、原告は、本件各決定の取消しを求める。

二  本案前の主張

1  国税に関する法律に基づく決定のうち、不服申立てが可能な決定について、その取消しを求める訴えを提起するには、右決定の通知を受けた日の翌日から起算して二か月内に異議申立てをしなければならない(国税通則法(以下「法」という)七五条一項一号、七七条一項)。

担当係官は、平成七年三月一〇日、法一二条五項二号に基づき、本件各通知書を、原告の郵便受けに差し置いて送達した(以下「本件送達」という)から、原告は、平成七年五月一〇日までに異議申立てをすべきであった。しかし、原告は、右期限を徒過した平成七年八月一〇日に異議を申し立てた。

したがって、本件訴えは、適法な不服申立手続を経由しておらず、不適法であるから、却下されるべきである。

2  仮に、原告が本件送達を認識していなかったとしても、原告に対して、平成七年五月一一日、国税に関する督促状が送達されている。平成七年五月一一日を起算点としても、二か月間の不服申立期間を徒過したから、本件訴えは、不適法であって、却下されるべきである。

三  本案前の主張に対する答弁及び原告の反論

1  本案前の主張は争う。

2  原告の反論

(一) 本案前の主張1に対する反論(その一)

本件各通知書は、原告方に差し置かれたことがない。

(1) 原告及びその妻は、札幌北税務署から本件各通知書を直接に交付されたこともないし、本件各通知書を見たこともない。

また、税務署員は、平成七年三月一〇日、本件各通知書を持参の上、原告方に赴いたものの、その際、応対に出た原告の妻の母である江幡チヱから、「よく事情が分からないので本人に話してください」と言われ、帰っていった。チヱも、本件各通知書を見ていない。

(2) しかも、被告は、担当係官が、チヱと面談した後、午後二時五分か一〇分過ぎに、原告方を出て、午後二時二〇分ころ、北二六条在住の者に送達作業を実施した後、原告方に戻り、午後二時三三分、差置送達を実施した、と主張する。

しかし、仮に、本二六条の送達先を、原告方から最も近い北二六条東二一丁目とし、最短ルートを通ったとしても、少なくとも片道に一二、三分はかかる。三月は道路が凍結しているから、更に時間がかかるはずである。

このような短時間に被告主張の行動を行うことは時間的に不可能である。

(二) 本案前の主張1に対する反論(その二)

異議申立てをする者は、決定があったことを知った日の翌日から起算して二か月内に異議申立てを行わなければ、異議申立てが不適法となり、決定の効力を裁判で争うことができなくなる(法七七条一項)。したがって、国税に関する決定を受けた者の裁判を受ける権利を保障するためには、期間計算の起算点となる送達の効力を慎重に判断する必要がある。

この点、差置送達(法一二条五項二号)は、交付送達(法一二条四項本文)や補充送達(法一二条五項第一号)を取り得ない場合に行うことのできる例外的な送達である。国が権力の行使として差置送達をするにあたっては、「送達すべき場所において書類の送達を受けるべき者」及び「その使用人その他の従業員又は同居の者で書類の受領について相当のわきまえのある者」がいないとき、又はこれらの者が正当な理由がなく書類の受領を拒んだ場合でなければならない。そして、送達を受ける者の裁判を受ける権利を保障するため、差置送達を行う公務員は、交付送達、補充送達を取り得なかったことを確認し、記録しておかなければ、客観的に差置送達の要件を充足していたとしても、不適法な送達である。

本件送達は、次のとおり差置送達の要件を欠き不適法である。

(1) 被告は、チヱから本件各通知書の受領を拒否されたので、再度原告方を訪れ、本件各通知書を原告方郵便受け箱に投函し、もって、差置送達を行った、と主張している。

しかし、一回目と二回目の訪問の間には三〇分以上の間隔があり、外出していた者が帰宅する可能性がある。しかも、その間、担当係官は、別の作業に従事していたことからすれば、二回目の訪問を同一の機会の延長とみることはできない。担当係官は、改めて、原告(交付送達をする場合)及び原告の妻(補充送達をする場合)の在宅の有無を確認した上で、差置送達を行うべきであった。しかるに、担当係官は、何らこの点の確認をすることなく差置送達を行ったのであるから、本件送達は不適法である。

(2) また、担当係官は、一回目の原告方への訪問の際、チヱに対し、原告との同居の有無を確認することなく、チヱを原告と同居している者と軽信し、補充送達を試みたのであるから、二回目の訪問の際にも、チヱが受領を拒絶するかどうかを確認すべきであった。しかも、チヱは、たまたま原告方に遊びに来ていただけであり、原告と同居していないため、法一二条五項一号に該当する「同居の者」にも該当しない。担当係官のこれらの行為は、不適法である。

(3) 仮に、本件送達が法一二条五号二号前段の送達の意思で行われてたとしても、内容証明ないし配達証明などで相手方が受け取ったことを立証できなければ、「差し置く」に該当しない。書類を郵便受箱に投函して立ち去るだけでは、受け取るべき人が了解し得べき状態になったとは言えない。投函後、紛失したり、第三者が抜き取ることが考えられるからである。

(三) 本案前の主張2に対する反論

被告は、原告に対し、督促状を送達した、と主張するが、原告はこれを受領してはいないし、その存在を認識してもいない。

仮に、原告が督促状を受け取ったとしても、その送達日は、平成七年五月一一日であり、原告の異議申立期間を経過しているから、無効である。

(四) 以上のように、原告は、本人が全く知らない間に本件各決定を受けたものであり、本件各決定は、憲法二九条、三一条に反し無効である。また、被告が、本件訴えが異議申立期間を経過しているとして却下を求めることも、憲法三二条に反して許されない。

四  原告の反論に対する被告の再反論

1  法一二条五項二号が、受送達者不在の場合に差置送達を認めた趣旨は、租税の賦課徴収に関する決定が大量かつ反復して行われることから、簡単迅速に関係書類を送達して決定の効力を生じさせる必要があるからである。とすれば、常に受送達者の不在を確認することまで要求するのは適当ではなく、送達係官において受送達者が不在であると判断したことにつき合理的な理由が認められれば足りると解するのが相当である。

本件においても、担当係官が、チヱの説明及びチヱの拒否的態度から、原告及び原告の妻が少なくとも午後五時ころまで帰宅しないものと判断したことに合理性がある。

2  法一二条五項二号の「差し置くこと」とは、受送達者が現実に受領したかどうかにかかわることなく送達が適法に行われたとき、すなわち、受送達者が書類を客観的に了知しうる状態に置かれたときを意味する。本件各通知書は、原告の玄関右側の郵便受箱に投函され、これにより原告が本件各通知書を客観的に了知しうる状態になったから、これをもって「差し置くこと」に当たるものと認められ、右要件は充足している。

3  仮に、再度の原告方訪問時に、担当係官が、原告らの在宅の有無を確認しなかったことが送達の方法手続の瑕疵に当たるとしても、その瑕疵が、重大明白な瑕疵でない限り、本件送達の効力には影響しない。

本件各通知書は、原告にとって客観的に了知可能な状態に置かれており、しかも右瑕疵が重大明白なものでもない。担当係官が原告らの在宅の有無を確認しなかったことは、本件送達の効力に影響を及ぼさない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  前提となる事実関係

本件証拠(甲一ないし三、乙一ないし三、五、七、証人竹林徹、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  平成七年三月一〇日、被告は、原告に対し、本件各通知書を送達するため、竹林徹国税調査官と浜口一雄国税調査官を原告方へ差し向けた。竹林らは、普通乗用車で、午後二時ころ、原告方に到達した。

2  原告方では、チヱが応対に出た。チヱは、原告の妻の母親であり、当日、たまたま原告宅で留守番していた。原告と同居していたものではない。竹林らは、チヱに対し、原告との間柄を尋ね、原告の妻の母親であることを確認した。竹林は、チヱが原告と同居しているか否かは確認しなかったが、同居しているものと考えていた。

竹林は、チヱに対し、原告と原告の妻が在宅しているか尋ねた。チヱは、原告は、仕事で現場に出かけており、夜遅くならないと帰らない、原告の妻も、買い物に行っておりしばらくは戻ってこない、二人とも不在である旨答えた。

3  竹林らは、本件各通知書をチヱに補充送達しよう、と判断し、チヱに対し、本件各通知書を送達しに来たので本件各通知書を原告に渡して欲しい旨依頼した。これに対し、チヱは、詳しい事情を知らないため受け取れない、と答え、受領を拒否した。

4  竹林らは、同日中に札幌市東区北二六条東九丁目在住の者に対しても書類を送達しなければならなかったため、いったん原告方から立ち去り、午後二時二〇分ころ、札幌市東区北二六条東九丁目に在住の者に、書類を送達した。

5  竹林は、上司から、原告に対する送達は同日中に行うようにとの指示を受けていたこと等から、再び、乗用車で原告宅に赴いた。同日午後二時三三分、原告方に到着した。

6  竹林は、チヱの話から、原告及び原告の妻もまだ帰宅していない、と考え、浜口の立会いのもと、本件各通知書を、札幌北税務署長の表示のある茶封筒の中に入れて、原告方玄関ドアの右側にある郵便受けに差し挾む形で差置送達した。

7  竹林が本件各通知書を差置送達したとき、原告も原告の妻もまだ帰宅していなかった。

以上の事実が認められる。

二  本件送達の効力

1  前記認定の事実関係によれば、札幌北税務署の職員は、平成七年三月一〇日午後二時三三分ころ、本件各通知書の送達を受けるべき原告の住所において、本件各通知書の送達を受ける原告及び同居の者で書類の受領について相当のわきまえのある原告の妻がいなかったので、原告の自宅の郵便受けに本件各通知書を差し置いて交付送達をした、と認められるから、本件各通知書は、法一二条五項二号前段所定の交付送達により、平成七年三月一〇日に適法に送達された、と認めるのが相当である。

2  原告は、本件各通知書が原告方に差し置かれたことはない、と主張する。

しかし、乙第五号証の別紙2の写真からすると、竹林が本件各通知書を、原告方の玄関の右脇の郵便受け内に差し置いたことは明らかである。しかも、右郵便受け内に差し置いた本件各通知書を第三者が取るためには、玄関フードの引違いドアを開けないと不可能であり、そのようなことをしてまで第三者が取ることは、通常考えられない。更に、竹林に、虚偽の写真を撮影しなければならなかった理由も認められない。

原告の右主張は採用できない。

3  原告は、時間的に本件送達を行うことは不可能であった、とも主張する。

しかし、本件証拠(甲二、乙七、証人竹林)によると、(1) 竹林らは、札幌市東区北丘珠四条二丁目にある原告方から札幌市東区北二六条東九丁目の送達先へ行き、再び原告方へ戻ったこと、(2) 当時の気温はプラス三・九度、天候は晴のち曇りであり、路面状況は、住宅街では雪が残っていたが、幹線道路では雪が解けていたこと、(3) 車の渋滞等、車の走行に支障になる事情はなかったこと、(4) 原告方から札幌市東区北二六条東九丁目の送達先までに要する片道の走行時間を原告側及び被告側が実測した結果によると、最も速い経路で走行距離片道約六・一キロメートル、走行時間約一一分であり、最も遅い経路で走行距離片道約六・九キロメートル、制限速度より時速約五キロメートル遅い速度で運転して走行時間約一八分であったこと、(5) 北二六条の送達先では、玄関のドアチャイムを鳴らして、受送達者の不在の確認をしてから書類を差し置き送達してきたが、送達に要した時間は一、二分であること、の各事実が認められる。

したがって、原告でのチヱとのやり取りや北二六条東九丁目での送達に要した時間を考慮しても、竹林が午後二時三三分に原告方で送達を実施することは可能であった、と認められる。

原告の主張は理由がない。

4  原告は、送達を受ける者の裁判を受ける権利を保障するため、差置送達を行う公務員は、交付送達、補充送達を取り得なかったことを確認しておかなければ、客観的に差置送達の要件を充足していたとしても、不適法な送達になる、実際にも、一回目と二回目の訪問の間には三〇分以上の間隔があり、外出していた者が帰宅する可能性があり、しかも、その間に担当係官が別の作業に従事していたのであり、二回目の訪問を同一の機会の延長とみることはできないから、担当係官は、改めて原告及び原告の妻の在宅の有無を確認した上で本件送達を実施すべきであった、と主張する。

しかし、法一二条五項二号所定の要件を満たす送達がなされれば、当該送達は、適法な送達になるのであり、送達を担当する職員が、同条四項や五項一号の送達ができないことを確認し、その確認したことを記録することをもって、同条五項二号の送達が適法となる、と解すべき条文上の根拠はないし、そのように解すべき理由もない。

本件において、竹林は、チヱとの問答により、原告及び原告の妻は不在である、と判断して、本件送達をしたのであり、実際、本件送達がされたときには、送達を受けるべき者であった原告と同居の者で書類の受領について相当のわきまえのあるものであった原告の妻はいなかったのであるから、前記1で説示のとおり、本件送達は適法であった、と認められる。

5  原告は、本件各通知書の受領を拒むか否かチヱに確認せずに本件送達をしたこと、原告と同居していると誤解してチヱに補充送達を試みたことから、本件送達が不適法である旨主張する。

しかし、チヱは、原告と同居していないから、法一二条五項一号の「同居の者」には当たらず、本件各通知書を差し置く際に本件各通知書の受領を拒むか否かをチヱに確認せずに本件送達をしたことや、原告と同居していると誤解してチヱに補充送達を試みたことは、本件送達が同条五項二号前段により適法であることを何ら左右しない。

6  原告は、内容証明ないし配達証明などで相手方が受け取ったことを立証できなければ、「差し置く」に該当しない旨主張する。

しかし、法一二条五号二号の送達を認めた趣旨に照らし、送達すべき書類が、社会通念上、了知できると認められる客観的状況に置かれることにより、有効な送達になる、と解すべきであり、原告の主張は採用できない。

7  他に、本件送達が適法である、との認定を妨げる事情は認められない。

三  本件訴えの適法性

そうすると、原告は、本件各処分に係る通知である本件各通知書を受けた日である平成七年三月一〇日から二か月以内に異議申立てをせず、二か月を経過した後である平成七年八月一〇日に異議申立てをしているから、原告の異議申立ては、不適法であり(法七七条一項)、本件訴えは、適法な不服申立てを前置していない瑕疵があり(法一一五条一項本文)、これを補正することはできないから、不適法として、却下すべきである。なお、原告は、本件各処分を知らなかったから、本件訴えが異議申立期間を経過しているとして却下を求めることは、憲法三二条に反して許されない旨の原告の主張は、独自の見解であり、採用できない。

四  結論

よって、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する(弁論終結の日・平成一〇年一二月八日)。

(裁判長裁判官 小林正明 裁判官 小濱浩庸 裁判官 鵜飼万貴子)

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