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札幌地方裁判所 平成12年(わ)1054号 判決 2002年2月15日

主文

被告人を懲役15年に処する。

未決勾留日数中360日を刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は,平成11年10月に前刑の服役を終えて出所した後,平成12年1月ころ札幌市内に戻り,実母の居住するアパートで生活するようになった。ところで,被告人は,配管工見習の仕事に就いたものの長続きせず,これをやめてからは正業に就かずに,債権の取立てをしたり,通行人から金を脅し取るなどして生活費を賄っていたところ,同年8月ころ,自己の負う借金の取立てが厳しくなったことから,前記アパートを出てビジネスホテルやサウナ等で寝泊まりするようになり,また,同年10月上旬ころからは,債権の取立て等による収入もほとんどなくなり,生活費に窮するようになった。

被告人は,同月12日,泊まっていたサウナを出た際には手持金が心もとなくなり,所持金を増やすためには通行人から金を脅し取るしかないと考え,同市中央区のJR札幌駅南口付近,その後場所を変えて目当ての通行人を探したものの,金を脅し取れそうな通行人を見付けることができず,いらいらした気持ちを抱いていたことから,気を紛らわそうと中華料理店に入って酒を飲むなどし,さらに,睡眠導入剤を服用したり,購入した日本酒や酎ハイを飲んだりした後,再び目当ての通行人を探したり,コンビニエンスストアーに立ち寄り知人名義のクレジットカードを使って現金自動預払機から現金を引き出そうとしたものの,結局現金を手に入れることができなかった上,同市東区の地下鉄栄町駅付近に赴いても金を脅し取れそうな通行人を探し出すことができなかったため,更にいら立ちを募らせるに至った。そこで,被告人は,行きつけのスナックで酒を飲もうと考え,同スナックに向けて歩き出した。

被告人は,同日午後6時ころ,同区内の路上を歩いていたところ,前方から被害者A(昭和17年生)が歩いてくるのを見掛け,被害者Aがおぼつかない足取りで歩いていたことから酔っ払いのように思え,酒を飲みに行くには金を持っているものと考え,この際被害者Aから金を脅し取ろうと決意し,被害者Aに向かって「ガン付けんな」などと言った上,被害者Aの方に近づき,同区内の歩道上において,体を接触させて被害者Aに因縁を付けようとしたものの,被害者Aから何かぶつぶつ言われたように思えて一層いらいらし,「殺されたいのか。死にたいのか」などと脅し文句を言っても,被害者Aが「おれは…頭も悪い…」などと訳の分からないことを言ってきたため腹立ちを覚え,着用していたジャケットのポケットから持っていた間切(刃体の長さ約15センチメートル)を取り出し,その刃をさやから出したりさやに入れたりするなどしながら被害者Aに示したものの,被害者Aから「殺せるなら,殺してみれ」と言葉を返されてより一層激高し,とっさに被害者Aを殺害しようと決意した。

(犯罪事実)

第1被告人は,同日午後6時ころ,前記歩道上において,殺意をもって,右手に持った前記間切で前記被害者Aの首の左側付け根付近を力一杯1回突き刺したが,被害者Aが逃げ出したため,被害者Aに約1か月間の治療を要する左頸部刺創の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。

第2被告人は,第1の犯行後,札幌駅付近にあるサウナの方に向かって歩いていたところ,同日午後6時3分ころ,同区内の路上において,被害者B(昭和35年生)運転の普通乗用自動車(トヨタランドクルーザープラド)を見掛け,高価な自動車の運転者であればまとまった金を持っているものと思い,被害者Bから金品を強奪しようと考え,同車の右前方に歩み寄って同車を停止させ,同車運転席横に近づき,被害者Bに対し,「おれが悪いのか,お前が悪いのか」などと言った上,同車運転席側ドアを開けてその内側に立ち,「おれが悪かったらおれが責任を取る。お前が悪かったらどうやって責任を取るんだ」などと言ったところ,被害者Bが「分かりました。私が悪かったです」と言ったことから,「どうやってけじめつける。今あるだけでいいから出せ」などと言い,着用していたジャケットのポケットから前記間切を取り出してその切っ先を被害者Bの右わき腹の方に向けるなどの脅迫を加え,被害者Bが抵抗できないようにした上,被害者B所有の現金約1500円及び小銭入れ1個(時価500円相当)を差し出させて強奪し,なおも,被害者Bに対し,「お前,こんなもので済ますのか。これだけしか持ってないわけねえだろう。キャッシュカード持ってないのか」などと言って,その左首筋に前記間切の刃体を押し当て,「逃げたら殺すぞ」「車から降りろ。殺されたいのか」などと言い,さらに,「殺すぞ」と言いながらそののど元に前記間切の切っ先を突き付けたりその刃先を押し当て,その左胸にその切っ先を突き付けるなどの暴行脅迫を加え,被害者Bが抵抗できないようにして,更に被害者Bから金品を強奪しようとしたところ,被害者Bが金品を差し出さなかったため,被害者Bが被告人のことをばかにしているものと思って腹を立て,とっさに被害者Bを殺害しようと決意し,被害者Bに対し「根性入れろ」などと言いながら,右手に持った前記間切で被害者Bの左胸を力一杯1回突き刺したが,被害者Bが同車から逃げ出したため,被害者Bに約10日間の治療を要する左胸部刺創の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げず,その際,被害者Bが同所に置き去った被害者B所有の前記自動車1台(時価250万円相当)を強奪した。

第3被告人は,業務その他正当な理由による場合でないのに,第2の日時場所において,刃体の長さ約15センチメートルの前記間切1丁を携帯した。

(累犯前科)

(1)  平成7年8月21日東京地方裁判所宣告,覚せい剤取締法違反の罪により懲役1年10か月,平成9年5月10日刑の執行終了

(2)  平成9年10月30日名古屋地方裁判所宣告,(1)の刑の執行終了後に犯した覚せい剤取締法違反の罪により懲役2年,平成11年10月9日刑の執行終了

(適用法条)

罰条

第1の犯行  刑法203条,199条

第2の犯行  刑法243条,240条後段

第3の犯行  銃砲刀剣類所持等取締法32条4号,22条

刑種の選択

第1の罪  有期懲役刑

第2の罪  無期懲役刑

第3の罪  懲役刑

累犯の加重  各刑法59条,56条1項,57条(第1,第3の罪の刑についてそれぞれ3犯の加重。第1の罪の刑については同法14条の制限に従う。)

法律上の減軽  刑法43条本文,68条2号(第2の罪[未遂])

併合罪の処理  刑法45条前段,47条本文,10条(最も重い第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重[ただし,短期は第2の罪の刑のそれによる。])

主刑  懲役15年

未決勾留日数  刑法21条(360日算入)

訴訟費用  刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)

(被告人の責任能力)

1  弁護人は,被告人は長期間の覚せい剤使用により精神に障害を来し,幻聴の影響下で本件各犯行に及んだものであるから,被告人は本件各犯行当時,心神喪失,少なくとも心神耗弱の状態にあった旨主張するので,以下この点について判断を示す。

2  まず,関係各証拠によれば,被告人は,18歳のころから平成9年8月ころまで断続的に覚せい剤を使用してきたこと,平成6年8月5日から同年11月29日まで,平成11年10月15日から同月25日まで及び同月30日から同年11月8日までの間精神病院に入院し,覚せい剤精神病,幻覚妄想状態などと診断され,精神安定剤や睡眠導入剤が投与されていること,刑務所や拘置所に在監中も幻覚や妄想が認められたとして投薬の処置が取られていること,被告人が26歳のころから幻聴が聞こえるようになり,現在も時折幻聴が聞こえる旨述べていること,本件犯行後においても未決勾留中に幻覚等の症状により投薬等の処置が取られていること,被告人が本件犯行前,飲酒をしたり睡眠導入剤を服用していること,本件各犯行はたまたま行き会わせた面識のない被害者A及び被害者Bに対し間切で殺害行為に及んだというものであり,犯行の態様が特異であるとみられなくもない上,被告人は,公判廷において,第1の犯行を行った動機について,犯行の10分くらい前に,二,三分間,「だれかを殺せ,殺せ,殺さないとお前を殺すぞ」などという幻聴が聞こえ,被害者Aを見掛けた際,被害者Aを殺せばいいのかと思ったところ,「そうだ,そうだ」という幻聴が聞こえたので,被害者Aを殺そうと決意したなどと供述していることが認められる。

また,鑑定人C作成の精神鑑定書によれば,同鑑定人は,被告人の精神状態について,鑑定時においては覚せい剤中毒後遺症の状態にあると考えられ,本件犯行当時においても覚せい剤中毒後遺症の状態にあり,これによる幻聴の一時的な出現があったと考えられる旨の所見を述べている。

してみると,このような被告人の覚せい剤の使用歴,精神病院への入院歴,犯行前に飲酒したり睡眠導入剤を服用していること,犯行態様の特異性等に照らせば,被告人が覚せい剤中毒後遺症による幻聴の影響や飲酒による影響等により本件各犯行に及んだのではないかとの疑いもないわけではない。

3(1)  しかしながら,鑑定人Cの鑑定によれば,同鑑定人は,本件事件記録,被告人の入院歴及び薬物濫用歴等を精査したり,被告人と面接したりするとともに,被告人に対する心理検査や身体的諸検査等を実施するなどして鑑定に必要な資料を収集し,これらの資料を前提として被告人の精神症状の程度,本件犯行前の生活状況,犯行の動機,犯行の態様,犯行前後の行動等を総合的に検討した上,前記のとおりの所見を述べる一方,本件犯行当時,被告人の主張するような幻聴が存在していたとしても,その程度は,被告人の全人格を支配し,犯行時の判断力を失わせ,あるいは著しく減弱させ,これにより殺害行為に及ぶ以外の選択をし得なかったほどに重度であったとは考えられない旨,また,本件犯行当時,被告人は飲酒により軽度に酩酊はしていたが,複雑酩酊,病的酩酊といった異常酩酊の状態にはなく,単純酩酊の状態にあったにすぎず,飲酒が犯行に本質的影響を与えたとは考えられないし,被告人が服用した睡眠導入剤も,これにより意識障害や精神運動興奮等を呈した形跡はなく,犯行に本質的影響を与えたとは考えられない旨述べた上,「本件各犯行は,被告人の病的異常体験により誘発された行動でなく,金員が手元にほとんどないという不安,焦燥感に加え,恐喝行為がうまくいかず目的を達することができないといういら立ち,被害者が被告人の言うことをきかないことへの焦燥感やいら立ちを募らせ,元来の社会的に未熟で暴発的な人格傾向と相まって被害者を刃物で刺すという短絡的行動に及んだものと考えられる」旨結論づけている。

(2)  なお,平成12年10月24日検察官から被告人に対する簡易鑑定を求められた医師Dは,その精神鑑定書において,被告人は,過去に覚せい剤関連精神障害を有するものであるが,本件犯行時には飲酒酩酊(単純酩酊)した状態にあり,元来の人格傾向と相まって易怒的となり通行人等に暴行を働いたものと勘案しても矛盾はなく,覚せい剤関連精神障害の再発があったとは確定診断し得ない旨述べ,また,鑑定時においても何らの精神病状態にはない旨述べた上,「被告人の本件犯行時及び鑑定時における精神状態は,飲酒による単純酩酊状態以外何らの精神異常はなかった」旨結論づけている。さらに,同医師は,電話通信書において,簡易鑑定を実施した限りでは被告人に覚せい剤関連精神障害の再発はなく,また,犯行時に精神異常を来す酩酊状態にはなかった旨補足的に述べているが,結局のところ,同医師の所見を総合的にみると,鑑定人Cの鑑定と必ずしも矛盾するものではないことが認められる。

(3)  また,関係各証拠によれば,被告人は,本件各犯行の状況について,一部にあいまいな部分,被害者Aや被害者Bの供述と相違する部分もあるものの,被害者Aや被害者Bの供述と合致する部分も多く,本件の各犯行状況についても概ね記憶を保持していることが認められる。

そして,被告人は,捜査段階において,本件犯行に至る経緯,本件犯行の動機について前記認定のとおり供述し,さらに,被害者Bが自動車から逃げ出した後,警察官が臨場する前に逃走しようと考えて同車を強奪したこと,殺害しようとした被害者Bが死亡していないのを見て被害者Bをひき殺そうとハンドルを切ったところ,被害者Bをひくとそのまま後方の電柱に衝突するおそれがあると思ってハンドルを戻し,間もなく被害者Bは死ぬだろうし,すぐに警察官が来ると思いそのまま逃走したこと,強奪した自動車をいつまでも運転していると警察官に見付かると思い,スーパーの駐車場に同車を乗り捨てたこと,着用していた手袋に多量の返り血が付いていることに気づき,手に付いた血を洗い流すため知人方に赴いたこと,血の付いた手袋両方を捨てたつもりで片方のみ捨てたこと,警察官に職務質問された際に犯行が発覚してしまうと思い,自動車のエンジンキーと被害者Bから強奪した小銭入れを捨てたこと,その際小銭入れから小銭を抜き取ったこと,自分が大変な事件を犯したため,東区内には大勢の警察官がいると思い,サウナに逃げ込もうと考え,タクシーに乗車したこと,自分がタクシーに乗車したことを警察官に知られた場合,JR線か地下鉄で逃走したように思わせるため,タクシーを札幌駅で下車していること,その後公衆便所に入り,両手に付いた血を洗い流してからサウナに入店したことなどを供述し,公判廷においても,前記のとおり犯行前に幻聴が聞こえたとするほか,捜査段階の供述に沿う内容の供述をしている。

被告人の上記供述内容をみてみると,犯行後の行動についてはこの種犯行を行った者としては状況に応じた合理的かつ冷静な行動を取っていることが認められるし,犯行前の行動も鑑定人Cの鑑定の指摘する被告人の性格傾向に基づくもので平素の人格態度と掛け離れたものでなく,また,犯行の動機に関しても,幻聴が聞こえなかったのであればもちろん,実際に幻聴が聞こえたとしても,鑑定人Cの鑑定の指摘するとおり異常行動を取らざるを得ないほどの強い恐怖心を伴うようなものではなく,本件犯行に本質的な影響を与えたとは考えられないことからすれば,結局幻聴が聞こえなかった場合と異なるところはなく,いずれにせよ,被告人の行動は,本件犯行の前後を通じ,人間行動として一般的に了解可能な範囲内にあるといえる。

4  以上を総合して被告人の責任能力について考察するに,被告人が本件犯行当時覚せい剤中毒後遺症の状態にあったものの,それが物事に対する判断力を失わせたり,著しく減退させる程度には至ってはおらず,また,被告人の本件犯行前後の行動や本件犯行の動機も,被告人の性格傾向を前提とすれば何ら了解困難な事情はうかがわれないから,被告人が本件各犯行当時,行為の是非を判断し,又はその判断に従って行動する能力を全く欠いたり,その能力が著しく低かったといえないこと,すなわち心神喪失ないし心神耗弱の状態になかったことは明らかである。したがって,弁護人の前記主張はその理由がなく,これを採用することができない。

(量刑事情)

本件は,被告人が,通行人から金員を脅し取ろうとしたものの,金員を手に入れることができず,いらいらした気持ちを募らせながら路上を歩いていた際,たまたま行き会わせた被害者に対し,金員を脅し取ろうとして因縁を付けたものの,被害者が訳の分からないことを言ってきたため腹を立て,持っていた刃体の長さ約15センチメートルの間切を被害者に示したものの,被害者から「殺せるなら,殺してみれ」と言葉を返されてより一層激高し,とっさに被害者を殺害しようと決意して,被害者の首の左側を間切で1回突き刺したが,被害者が逃げ出したため,被害者に約1か月間の治療を要する左頸部刺創の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった(第1の犯行)というもの,またさらに,その直後にたまたま行き会った別の被害者の運転する普通乗用自動車を見掛け,被害者から金品を強奪しようと考えて同車を停車させ,同車の運転席に近づいて被害者に因縁を付けたり間切を突き付けるなどの暴行脅迫を加え,被害者が反抗できないようにして,被害者から現金約1500円及び小銭入れ1個を強奪した上,更に被害者から金品を強奪しようとしたものの,被害者が要求に応じなかったためばかにされた思って腹を立て,とっさに被害者を殺害しようと決意し,被害者の左胸を間切で1回突き刺したが,被害者が同車から逃げ出したため,被害者に約10日間の治療を要する左胸部刺創の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げず,その際,被害者が置き去った自動車1台を強奪し(第2の犯行),また,間切1丁を携帯した(第3の犯行)というものである。

殺人未遂及び強盗殺人未遂の点についてみると,被告人は,所持金が残り少なくなったため通行人から金品を脅し取ろうして歩き回った後,第1の犯行の被害者を見掛けるや,現金を脅し取ろうとして因縁を付けたものの,被害者が怖がるそぶりを見せず言い返してきたことなどから,殺意を抱いて犯行に及んだものであり,引き続き,第2の犯行の被害者を見掛けるや,被害者から金品を強奪しようと思って強盗行為に及び,更に金品を強奪しようと考えたものの,被害者が金品を隠して差し出さないものと思い込み,腹を立てて殺害行為に及んだものであって,その動機はいずれも短絡的かつ自己中心的なものであり,酌量の余地は全くない。犯行態様も,被害者らを執ように脅迫した上,刃体の長さが約15センチメートルもの間切を右手に持ち,手が滑らないように親指をその柄にかけた上,身体の枢要部である各被害者の首や胸を間切で力一杯刺したもので,その行為は極めて危険というほかはなく,被害者らが死亡しなかったのは,被害者らはもとより被告人にとっても誠に幸運だったといえる。また,第2の犯行においては殺害行為に及んだ後被害者が置き去った自動車も強奪するなど,悪質である。本件各犯行により,第1の犯行の被害者は約1か月間の治療を要する傷害を負い,その治療費等で多額の出費を余儀なくされた上,本件傷害に一部起因する後遺症に悩まされるなど被った被害は甚大であり,第2の犯行の被害者も財産的被害のほか約10日間の治療を要する傷害を負うなど,生じた結果はいずれも重大である。

被害者らは,いずれも帰宅途中たまたま行き会わせた被告人に突然襲われて被害に遭ったもので,もとより何ら落ち度はなく,いきなり間切で刺されて殺害されそうになったその驚きや恐怖の大きさは容易に想像することができる。それにもかかわらず,被告人は,これまで被害者らに対し何ら慰謝の措置を講じておらず,各被害者ないしその家族が被告人に対する厳重処罰を望んでいるのも至極当然である。また,本件各犯行が住宅街において行われ,通り魔事件として報道されるなど,付近住民に与えた衝撃や不安の大きさも無視し得ない。

次に,銃砲刀剣類所持等取締法違反の点についてみると,被告人は刃体の長さが約15センチメートルもの鋭利な間切を携帯していたものであって,その殺傷能力は高く,また,携帯の目的も護身のためというものであり,実際にその間切を使って2名の被害者に対し重傷を負わせており,危険かつ悪質である。

加えて,被告人は,前記の累犯前科を含め多数の前科があり,これまで何回も服役してその都度更生の機会を与えられたにもかかわらず,何ら反省することなく,平成11年10月に刑務所を出所後もほとんど正業に就こうとせず,通行人から金を脅し取るなどして生活費を賄い,本件各犯行がその延長にあったことからすれば,被告人の遵法精神の欠如には著しいものがあるといえる。

このような諸事情にかんがみれば,犯情は大変よくなく,被告人の刑事責任は誠に重大である。

しかし他方,被告人が当初から被害者らを殺害しようとまで考えていたわけではないこと,幸いにも被害者両名とも一命は取り止めていること,被告人が公判廷において被害者らに対する謝罪の言葉を述べるなど被告人なりの反省の態度を示し,社会復帰後は定職に就き,被害者らに対し被害弁償をしたい旨述べていることなど,被告人に有利にしんしゃくすべき事情も若干は見いだすことができる。

そこで,これら被告人に有利不利な一切の事情を総合考慮して,主文の刑を定めた。

(裁判長裁判官 佐藤學 裁判官 松井芳明 裁判官 村山智英)

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