札幌地方裁判所 平成12年(わ)467号 判決 2001年3月01日
主文
被告人は無罪。
理由
第一 本件各公訴事実(二については訴因変更後のもの)の要旨
一 被告人は、平成一二年四月二七日午後五時四三分ころ、札幌市豊平区平岸二条<番地略>マンション○○七号室被告人方から同マンション六号室甲野花子(当時二五歳)方に電話を掛け、甲野に対し、「お前に仕返ししてやる。お前に仕返しするのに二〇万円掛かったから、二〇万円相当の仕返しをしてやる」などと語気鋭く申し向け、さらに、そのころから同日午後七時二一分ころまでの間、右マンション六号室甲野方から同マンション七号室被告人方に電話を掛けた甲野に対し、「まだ、トドメは刺さない。お前の出方次第だ。人を殺すのに二〇万円じゃやれないからな。お前が浮気しているということを太郎ちゃんに伝えたらどうする」などと語気鋭く申し向け、もって甲野の生命、身体、名誉等に危害を加えることを告知して脅迫した(公訴事実第一)。
二 被告人は、同日午後八時三三分ころ、右被告人方から右甲野方に電話を掛け、甲野に対し、「外に出てこい」などと申し向け、そのころから同日午後一〇時ころまでの間、同区平岸二条<番地略>××ビル所在の△△店駐車場に駐車中の普通乗用自動車内において、甲野に対し、「仕返しって何をするか分かるか。お前の出方次第だ。まだ、トドメは刺さないからな」などと語気鋭く申し向け、もって甲野の生命、身体、名誉等に危害を加えることを告知して脅迫した(公訴事実第二)。
第二 当裁判所の判断
注・以下の説明では、証拠の記載について、次の例による略称を用いる。
(1) 被告人の公判供述(第六回、第七回公判期日におけるもの)→被告人の公判供述(第六回、第七回)
(2) 第五回公判調書中の被告人の供述部分→被告人の公判供述(第五回)
(3) 第三回公判調書中の証人甲野花子の供述部分→甲野供述(第三回)
第四回公判調書中の証人戊野二郎の供述部分→戊野供述
(4) 証人甲野花子に対する当裁判所の尋問調書→甲野供述(尋問)
証人乙野太郎に対する当裁判所の尋問調書→乙野供述
(5) 証人太田貴史の公判供述→太田供述
証人岡久征紀の公判供述→岡久供述
(6) 検察官請求の証拠等関係カード記載の乙八号証、甲一六号証→乙八、甲一六
なお、以下、年の記載を省略した月日のみの記載は、いずれも「平成一二年」を表すものとする。
一 はじめに
検察官は、要するに、被告人が平成一二年四月二七日に甲野花子に対し、本件各公訴事実のとおり、脅迫行為に及んだことは明らかである旨主張している。
これに対し、被告人は、捜査段階から一貫して、本件各公訴事実の日に、甲野と電話で話をしたこと及び駐車場で会ったことは間違いないが、甲野に対して本件各公訴事実のような言葉を出して脅していない旨供述し、弁護人も、これに沿って、被告人は甲野に対し害悪の告知をした事実がないから被告人は無罪である旨主張している。
二 関係証拠により明らかな事実
1 前提事実
被告人の公判供述(第五回ないし第七回)、検察官調書(乙八)及び警察官調書(乙一ないし七)、甲野供述(第三回、尋問)、乙野供述、戊野供述、丙野一郎の警察官調書(甲一六)、「脅迫被疑事件捜査報告」と題する書面(甲八、九)、捜査関係事項照会書謄本(甲一〇、二二、二五)、捜査関係事項照会書に対する回答書(甲一一)、脅迫被疑事件捜査報告書(甲二一、三六[抄本]、四三)、「捜査関係事項照会書に関する登録事項等証明書について」と題する書面(甲二三[添付の申請書写しを含む。])、電話聴取書(甲二四)、回答書(甲二六)によれば、次のような外形的事実が認められる(なお、被告人の右各供述については一括して「被告人供述」、甲野の右各供述については一括して「甲野供述」という。また、後掲各証拠は主要な証拠を掲記した趣旨である。)。すなわち、
(一) 被告人は、平成一一年五月ころから札幌市豊平区平岸二条<番地略>マンション○○の二階七号室に居住していたが、平成一〇年六月ころから定職に就いておらず、時折建設業を営む父親の手伝いをしながら、交際中の丁野春子と同せい生活を送っていた。(乙一、甲一六)
他方、甲野は、平成一一年一〇月半ばころから被告人方の隣室である同マンションの二階六号室に居住し、平成一二年二月初旬ころから有限会社A(代表者戊野二郎。以下「A」という。)にアルバイト従業員として勤務する一方、平成一一年五月ころからBといういわゆるSMクラブと呼ばれる風俗店でいわゆるSM嬢として働いていた。(甲野供述[第三回―五四、七四頁、尋問―二、二三、二七頁]、戊野供述―二頁)
(二) 甲野がマンション○○に居住し始めてから同年一一月ころまでの間に、マンション○○前共同駐車場(以下「共同駐車場」という。)において、被告人がその所有する自動車内に鍵を残したままドアをロックしたためドアを開けられずにいた際、甲野が針金製のハンガーを貸して被告人に協力したことがきっかけで、被告人と甲野は顔見知りになった。(乙三―四項、甲野供述[第三回―五四頁])
その後、同年暮れころから平成一二年二月ころまでの間に、雪のため甲野がその所有する自動車を共同駐車場から動かすことができないでいた際、被告人が甲野の自動車を押すなどして手助けしたことが五、六回ないし七、八回くらいあった。(乙三―五項、甲野供述[第三回―五四頁])
(三) 甲野は釧路市に居住する乙野太郎と交際しており、乙野は週末や連休には頻繁に甲野方を訪れており、三月半ば過ぎの連休の際にも甲野方を訪れ、同月二〇日午後四時ころ甲野方を出発して帰宅した。(甲野供述[第三回―八、五九、一〇九頁、尋問―三頁]、乙野供述―一、三、三一頁)
(四) 被告人は、乙野の氏名及び現住所を調べるため、乙野が甲野を訪問した際に共同駐車場に駐車していた自動車の登録番号を控え、四月二四日、北海道運輸局札幌陸運支局において登録事項等証明書を入手し、乙野の氏名及び登録住所を知り、右住所地に赴いたところ、乙野が既に転居していたため、同月二五日、札幌市豊平区役所において金銭の貸し借りで連絡が取れなくなったなどとうその事実を申し立てて乙野の住民票の除票を入手し、乙野の現住所を知るに至った。(乙五―五項、乙八―六項、甲二三、二五)
(五) 被告人は、四月二五日ころ、甲野が複数回にわたり浮気をしており、甲野の本当の姿が知りたければ電子メールで連絡してほしいなどと記載した書面(以下「怪文書」という。)を作成し、裏面に「俗に言う『怪文書』ってヤツだ(笑)」などと記載された封筒に入れ、同月二六日ころ、これを乙野あてに発送した。(乙六―二項、乙八―七項、甲八、九、三六[左上に20、21と印字されたもの])
(六) 甲野は、同月二七日午後八時三三分ころ、被告人から電話で呼び出され、共同駐車場で被告人と落ち合って被告人の自動車に乗車し、札幌市豊平区平岸二条<番地略>××ビルの△△店の駐車場に赴き、内容及び時間の点はともかく被告人と話をした。(被告人の公判供述[第五回―七二頁]、乙七―四項、甲野供述[第三回―一九、二〇頁、尋問―二〜一四頁]、甲四三)
(七) 甲野は、同月二八日、戊野と共に豊平警察署生活安全課に赴き、警察官岡久征紀と面談した。(甲野供述[第三回―三二頁]、戊野供述―二三頁、岡久供述―二頁)
(八) 乙野は、五月七日ころ自宅に送られてきた怪文書を見つけ、同月八日ころこれをAにファックスで送信し、甲野は戊野と共に右ファックスを豊平警察署生活安全課に持参し、岡久に対し被告人から乙野あてに送られてきた旨申告し、併せて四月二七日に被告人から脅迫された旨の被害届を提出した。(甲野供述[第三回―三六頁]、乙野供述―二六頁、戊野供述―二九頁、岡久供述―九、一〇頁)
以上の事実が認められる。
2 通話状況
(一) 捜査報告書(甲四、七)によれば、被告人と甲野の間で、次のとおり電話が掛けられている事実が認められる。すなわち、
三月一七日 午後六時四二分ころから午後六時四五分ころまで被告人から甲野へ
三月二〇日 午後四時五六分ころから午後四時五八分ころまで被告人から甲野へ
三月二二日 午後五時四一分ころから午後五時四三分ころまで被告人から甲野へ
三月二三日 午後六時二九分ころから午後六時三〇分ころまで甲野から被告人へ
三月二四日 午前一一時四三分ころから午前一一時四九分ころまで甲野から被告人へ
三月二六日 午後六時三一分ころから午後六時三二分ころまで被告人から甲野へ
午後八時五三分ころから午後八時五六分ころまで甲野から被告人へ
午後一一時二一分ころから午後一一時二五分ころまで被告人から甲野へ
三月二七日 午後七時三五分ころ約二七秒間被告人から甲野へ
三月二九日 午後六時三七分ころから午後六時三九分ころまで被告人から甲野へ
午後六時四〇分ころから午後六時四三分ころまで被告人から甲野へ
四月三日 午後九時五九分ころから午後一〇時五五分ころまで甲野から被告人へ
四月二七日 午後五時四三分ころ約三一秒間被告人から甲野へ
その後、午後五時四三分ころから午後五時四九分ころまで甲野から被告人へ
午後五時五〇分ころから午後五時五四分ころまで甲野から被告人へ
午後五時五五分ころから約一〇秒間甲野から被告人へ
その後、午後五時五五分ころから午後六時七分ころまで甲野から被告人へ
午後六時八分ころから午後七時七分ころまで甲野から被告人へ
午後七時八分ころから午後七時二一分ころまで甲野から被告人へ
午後八時三二分ころ約一四秒間被告人から甲野へ
午後八時三三分ころ約二一秒間被告人から甲野へ
四月二八日 午後五時二四分ころ約四五秒間被告人から甲野へ
以上のとおりそれぞれ電話が掛けられている事実が認められる。
(二) また、丙野一郎の警察官調書(甲一六)及び捜査報告書(甲四、七)によれば、三月二〇日、四月二七日及び同月二八日には、次のとおり電話が掛けられている事実も認められる。すなわち、
三月二〇日 午後五時四分ころから午後五時七分ころまで乙野から甲野へ
午後五時九分ころから午後五時一〇分ころまで乙野から甲野へ
午後五時二三分ころから午後五時二七分ころまで乙野から甲野へ
午後八時ころから午後八時一分ころまで乙野から甲野へ
午後一〇時五四分ころから午後一〇時五七分ころまで甲野から乙野へ
四月二七日 午後七時二一分ころから午後七時二二分ころまで甲野からBへ
午後七時二二分ころから午後八時一七分ころまで甲野から乙野へ
午後九時一四分ころから午後九時一五分ころまで被告人から父一郎へ
午後一一時二一分ころから四月二八日午前零時三一分ころまで甲野から乙野へ
四月二八日 午前八時二七分ころから午前八時二八分ころまで被告人から父一郎へ
午後六時三八分ころから約二秒間甲野から乙野へ
午後六時三九分ころから午後六時四二分ころまで甲野から乙野へ
午後九時四三分ころから午後九時五〇分ころまで甲野から乙野へ
午後九時五七分ころから午後一〇時三八分ころまで甲野から乙野へ
以上のとおりそれぞれ電話が掛けられている事実が認められる。
三 争点
本件で脅迫罪が成立するか否かは、まさに被告人が前記二2(一)認定のとおり甲野と電話で話をした際(四月二七日午後五時四三分ころから同日午後七時二一分ころまでの間)や前記二1(六)認定のとおり直接会って話をした際に、被告人が甲野を脅迫したか否か、言い換えると、被告人に脅迫の意思及び甲野を畏怖させるに足りる害悪の告知があったか否かにかかっていることである。
この点、甲野供述中には、被告人から脅され怖い思いをした趣旨の供述が存在する。そこで、本件では、被告人が甲野に対しどのような言動を行ったのか、さらに、その言動が、なされた具体的状況の下で甲野に対する害悪の告知に当たるようなものであったか否かなどについて、以下検討することになるが、結局のところ、被告人と甲野の電話でのやり取り及び両名しか存在しない車内での出来事について、本件各脅迫行為があったか否かを決する証拠としては、甲野と被告人の供述以外にはないので、本件各公訴事実を認め得るか否かは、右両名の供述の信用性の判断にかかっているといえる。
四 甲野供述及び被告人供述の概要
1 甲野の職業
(一) 甲野は、甲野供述(第三回)において、次のとおり供述している。
自分は、昼間は有限会社Aでテレホンアポインターの仕事をし、夜間はCという広告代理店で電話受付の仕事をしていた(二七、七四〜七六頁)。SMクラブで働いていた事実はない(二六頁)。
(二) しかし、甲野は、甲野供述(尋問)において、次のとおり供述を変更している。
自分は、夜間、広告代理店に勤めていたのではなく、SMクラブ(B)でアルバイトをしていた(二、三、二五頁)。
2 甲野及び被告人が顔見知りになってから三月二〇日に至るまで
(一) 甲野は、甲野供述(第三回)において、次のとおり供述している。
二月の大雪が降った日、自分は、寝坊して遅刻しそうだったので急いでいたところ、被告人から「除雪車が来たら教えてあげるから電話番号を教えて」と言われ、自分の携帯電話の番号を被告人に教えた(四二、四三、八六〜八八頁)。この時、被告人の携帯電話の電話番号は教えてもらっていない(四三頁)。その一週間後くらいの昼に、被告人から電話で食事に誘われたが、仕事中であったこともあって断り、「いつもは電話に出られないから電話をしないでください」と言って電話を切った(四三、四四、九一頁)。このような電話をもらったのは三月に入ってからだと思う(九〇、九一頁)。
二月の後半ころから、被告人から嫌がらせを受けるようになった(三六頁)。初めは、二月の後半ないし三月中旬ころ、共同駐車場で、被告人から「君にも彼氏がいて自分にも彼女がいるんだけれども、付き合ってほしい」などと書かれた手紙を受け取った(三六、三七、八九、九〇頁)。その手紙には、被告人の自宅及び携帯電話の電話番号とEメールのメールアドレスが書かれていた(三七、三八頁)。興味がなく、別に返事をする必要もないと思ったので、特に返事はしなかったし、手紙はその日のうちに捨てた(三九、四〇頁)。手紙をもらったのは三月に入ってからだと思うが、三月二一日よりは前である(八九、九〇頁)。
その後一週間以内だったと思うが、被告人から、この間の手紙を見せてほしい旨言われ、被告人は隣に住んでいるので捨てたとは言えず、「今手元にないので見せられません」と言った(四〇頁)。また、被告人から手紙の感想を聞かれ、「私も彼氏がいますし、そちらも彼女いますよね」と言ったところ、被告人に「絶対手に入らないものは手に入れたくなるんだよね」と言われ、自分は、隣にこんな人住んでいるのは嫌だなと気持ち悪いと思った(四一、四二頁)。
被告人から手紙を受け取った後から、昼の仕事から帰った時や夜のアルバイトに出掛ける前に、共同駐車場で被告人と毎日のように顔を合わせるようになった(四九、五〇頁)。被告人は自分の車の所にいて、車をいじったりしており、待ち伏せされているのかなと思った(五〇頁)。そして、被告人と顔を合わせると、被告人から「お前はおれが前に付き合ってた女とそっくりだから、お前も浮気とかしてるんだろう」などと、言われる筋合いのないことを言われたりして、嫌がらせを受けた(五〇、五一頁)。
三月一七日から、「話がしたいので、時間を作ってくれ」という電話が被告人から掛かるようになったが、話すこともないし会う必要もないと思ったので、「バイトがあって忙しい」などと言って断った(四四、四五頁)。
乙野には、被告人から嫌がらせを受ける前に、被告人に車を出すのを手伝ってもらったことなどを話ししている(五二〜五四頁)。被告人から嫌がらせを受けたことは全部乙野に報告している(五二、五四、五五頁)。乙野は、「構うな」とか「早く引っ越せ」と言っていた(五五頁)。戊野にも、二月後半ないし三月初めころ、被告人に待ち伏せされていると思われることや、手紙をもらったことなどを全部ほとんど話ししている(五二、五五頁)。
三月の初めころから、被告人のことをストーカーのような人だと思っていた(八八、八九頁)。
(二) 他方、被告人は、公判供述(第五回、第七回)において、次のとおり供述している。
二月末ころまでは、甲野とは隣人同士の付き合いであり、それ以上の付き合いはなかった(第五回―一四、一五頁)。二月中には甲野の電話番号を聞いておらず、甲野に電話を掛けていないし、甲野を待ち伏せしたこともない(第五回―一五〜一八頁)。
自分は、三月五日ころから一週間くらいかけて、昼から日没前まで自分の車の塗装の作業をしており、その間に、何度か甲野と顔を合わせ、あいさつをしたり、甲野の飼い犬が「クリス」という雄犬であることなどの話をしたりした(第五回―一八〜二〇頁)。甲野の帰宅時間を見計らって作業をしていたことは二度あるが、それ以外は甲野の帰宅時間を見計らって作業をしていたわけではない(第七回―八、九頁)。甲野の表情を見て、自分は好感を持たれていると思った(第五回―二一頁)。
三月一五日ころ、共同駐車場で甲野に遊びに行かないかと誘ったところ、甲野は、「遊びに行くくらいなら構わない。月曜日(三月二〇日)彼氏が夕方ころ帰るので、それ以降なら大丈夫だよ」と言った(第五回―二一、二二頁)。その後、甲野の名前と携帯電話の電話番号を聞いた(第五回―二三、二四頁)。
三月一七日午後六時四二分ころ、二〇日の約束の確認のために甲野に電話を掛け、その後、甲野から椎名林檎のCDを四枚借りた(第五回―二七、二八頁)。
(三) なお、被告人は、捜査段階において、警察官に対し、「三月初旬から中旬ころまでの間、何度か甲野の帰宅する時間を見計らって車の塗装を直す作業をしていた」(乙三―六項)旨供述しているほか、右公判供述に沿う供述をしている。
3 三月二〇日の夕方から同月二一日にかけての甲野及び被告人の行動
(一) 甲野は、甲野供述(第三回)において、次のとおり供述している。
三月二〇日は乙野が来ており、午後四時ころまで乙野と一緒にいた(五九、一〇九頁)。乙野が帰った後、乙野から四回電話があったが、今どこにいるという内容の電話だと思う(六〇頁)。被告人から午後四時五六分ころに掛かってきた電話の内容は、覚えていない(六〇頁)。乙野と別れた後、午後五時半ないし午後六時ころ、友達の乙山夏子と東札幌のダイエー前で待ち合わせをして、午後六時ないし七時ころ、一緒に「□□」というカラオケボックスに行った(六〇〜六二、一一一、一一二頁)。そこで会員登録票に記入して会員登録をし、一時間ないし一時間半くらい□□にいた(六二、六三頁)。午後一〇時五四分ころ乙野に電話を掛けたが、カラオケが終わった後、多分外から掛けたと思う(六三、六四、一二三頁)。三月二〇日に被告人と会ったなどということはあり得ない(六四頁)。
□□の店長である甲田三郎とは、平成八年九月ころから半年間くらい一緒に住んだことがあったが、その後別れ、三月二〇日当時も店長をしているとは知らなかったし、店にもいなかった(一一九〜一二一、一五一、一五二頁)。
□□にたばこケースを忘れ、後日取りに行った(一一五、一一六頁)。
(二) しかし、甲野は、甲野供述(尋問)において、次のとおり供述を変更している。
午後四時ころに乙野と別れた後、乙山と□□に行った事実はないし、□□で会員登録票を作成した事実もない(五、六頁)。乙野と別れた後の自分の行動は何も覚えていないが、被告人とデートをしたり、肉体関係を持ったことはない(七〜九頁)。
多分五月に入ってから、乙山と一緒に□□に行ったように乙山に口裏合わせを頼み、また、甲田に頼んで会員登録票を作ってもらった(六、七、四〇、四一、四四頁)。
甲田とは平成一一年九月まで一緒に住んでいた(三九頁)。
(三) 他方、被告人は、公判供述(第五回)において、次のとおり供述している。
午後四時五六分ころ、甲野に電話を掛け、午後六時にAMS平岸サンクス平岸木の花店の駐車場で待ち合わせることにして、甲野と会った(二九〜三二頁)。甲野を自分の車に乗せ、中山峠方面にドライブに行った(三二頁)。車中では、お互いの仕事の話などをしたが、甲野の携帯電話に電話が掛かってきたことがあり、甲野は彼氏から掛かってきたと言っていた(三二、三三頁)。
午後八時半ころ、甲野と居酒屋に行き、お互いの恋愛観等の話をしながら、お酒を飲んだ。居酒屋ではビールや梅酒サワーを注文した(三五、三六頁)。恋愛の話をしている時に、自分は、以前付き合っていた女性に対して持っていた気持ちについて「自分が本気で好きなら、相手も好きになってくれるもんだ」と言った。その女性が浮気ばかりしていたという話はしたが、甲野がその女性にそっくりだとか、甲野が浮気をしているなどという話はしていない(八六、八七頁)。居酒屋には、同月二一日午前一時半過ぎまでいた(三六頁)。
その後、甲野の部屋に行き、甲野と性交渉を持った(九、一一、三九頁)。そして、甲野に「次はいつ会えるだろうか」と聞くと、甲野は、「木曜日なら大丈夫」と答えた(三九、四〇頁)。同日午前三時一〇分ないし一五分ころまで甲野の部屋におり、帰宅した(三九頁)。
(四) なお、被告人は、捜査段階において、検察官に対し、前記居酒屋が南平岸駅近くの「○○」という居酒屋であるという趣旨の供述をし、甲野がビール中ジョッキ三杯と梅酒サワー一杯半くらい飲んだ(この点、警察官に対しては、甲野はビール三杯、カクテル二杯くらい飲んでいたと思う旨供述している[乙四―五項]。)旨供述をしている(乙八―三、四項)ほか、時刻に多少の違いはあるものの、三月二〇日ないし同月二一日にかけての行動について、右公判供述に沿う供述をしている。
4 三月二一日から四月二七日に至るまで
(一) 甲野は、甲野供述(第三回)において、次のとおり供述している。
被告人から頻繁に「話がしたいので時間を作ってくれ」という電話があったが、全部断った(四四、四五頁)。被告人から「バイト終わってから時間作れないか」などとくどくど言われ、隣に住んでいるので一方的に電話を切ることもできないと思い、四分くらい話をしたこともある(九一、九二頁)。また、被告人から外で、「時間を作ってくれ」と言われ、その場で話すのが嫌だったので、アルバイト先から被告人に電話を掛け、「会えないです」「今バイトだから」と言ったと思う(一四九、一五〇頁)。外で会った際に話をするのが嫌だから、職場に行って電話で話をしたほうがよいと思ったし、無視しても被告人と会ったりするので、隣に住んでいることもあって電話を掛けた(九三頁)。被告人から電話が掛かった際に着信拒否をしたこともある(九六、九七頁)。
三月三一日から四月一日にかけて、戊野と一緒に東京に出張に行った(四六頁)。この時も戊野に被告人のことを相談したところ、戊野から「そんな男構うな」と言われた(五五頁)。
四月三日、被告人から約一時間ほど電話があったが、この時は、被告人から、「会社の男の人と出張に行ったみたいだけど、何かしたんじゃないの」などと言われたり、「犬退院したみたいだね、おめでとう。余計なお世話だと思うけど、ぬいぐるみ飲み込んだんじゃないの」などと言われた(四五〜四七頁)。このような事実を被告人に話ししたことはなく、被告人に盗聴されてるからだと思ったところ、被告人は、「君の部屋の一部と自分の部屋の一部が筒抜けになってて、そこから話が全部聞こえるんだよ」「自分が元自衛隊員で特殊な能力があるから、盗聴器なんかなくても話が全部聞こえる」などと言っていた(四七、四八頁)。被告人からいろいろなことを言われたり、自分からも被告人に知っていることを教えてくれと言ったり、被告人に質問もしたので一時間近く掛かった(九七頁)。
マンション○○の共同駐車場での嫌がらせは、四月の前半まで続いた(五二頁)。
(二) 他方、被告人は、公判供述(第五回ないし第七回)において、次のとおり供述している。
自分は、三月二一日、「昨日は楽しかった。急にこんな関係になってしまったんだけれども、できたら仲よく関係を続けていきたい」ということなどを書いた手紙を甲野に渡したが、甲野はとても嫌なものを見るような、困ったような表情を示した(第五回―四一、四二頁)。この手紙の中に自宅の電話番号も書いた(第六回―八頁)。
三月二三日午後六時二九分ころ、甲野から電話が掛かってきているが、電話の内容は記憶がない(第五回―四二頁)。この日は甲野に再び会う約束をした日になるが、自分は約束の日を次の日と勘違いしていた(第五回―四二、四三頁)。
三月二四日午前一〇時半ころ、甲野の携帯電話に電話を掛け、折り返し同日午前一一時四三分ころ甲野から電話が掛かってきたので甲野を食事に誘ったが、断られた(第五回―四三、四四頁)。
三月二六日になって自分が勘違いをしていたことに気付き、同日午後六時三一分ころ甲野に電話を掛けて謝り、「時間をとってくれないか」とお願いしたところ、甲野は「九時ごろなら構わないよ」と言ったが、午後八時五三分ころ甲野から電話が入り、「仕事が終わらない。一一時ぐらいには仕事が終わる」と言われ、午後一一時二一分ころ甲野に電話を掛けたが、甲野に「まだ仕事が終わらない」と言われ、この日は甲野に会えなかった(第五回―四四〜四六頁)。同日前後ころ、甲野に「引っ越し考えてない」と言ったことがあるが、「引っ越しておれの前からいなくなろうとしているんじゃないのか」などと言ったことはない(第五回―八七、八八頁)。
三月二七日午後七時三五分ころ、甲野に電話を掛け、「少しの時間でいいから、ちょっと会って話をさせてほしい」と申し入れ、その後甲野の部屋で甲野と会った(第五回―四六、四七頁)。その際、甲野から、クリス(飼い犬)の様子がおかしいと相談を受けた(第五回―四七、四八頁)。そして、甲野に「すっぽかしているのではないか」と尋ねたところ、甲野は「私の勘違いだ。仕事で忙しいだけで全然すっぽかすつもりなどはなかった。これからも会いたいし、遊びに行きたいし、電話を掛けてきてほしい」と言われた(第五回―四八頁)。甲野の部屋には三〇分もいなかったと思う(第五回―四八、四九頁)。
その一日、二日後、自分の車の中で甲野と話をし、三月二七日甲野の部屋で話をした同じような内容の話をもう一度し、借りていたCDを甲野に返した(第五回―四九、五〇頁)。
三月二九日午後六時三七分ころ、甲野に電話を掛け、甲野のクリス(飼い犬)がかめのぬいぐるみを飲み込んだのではないかと話ししたところ、甲野は「もう病院へ行ってきた。うさぎのぬいぐるみを飲み込んでいた。入院して手術も無事に終わった」と言った(第五回―五〇、五一、九八、九九頁、第六回―一〇、一一頁)。同日のその後、甲野に再び電話を掛け、「どこか遊びに行かないか」と話ししたところ、甲野は、「今週末東京の方に出張に行くからその準備もあるし、週末には彼氏も来るし、ちょっと難しい」と言われた(第五回―五一頁)。
三月二〇日から下旬にかけて、隣の甲野の部屋から、「隣、シカト、シカト」と言っている声が聞こえたことがあった(第五回―九四、九五頁)。はっきり聞き取れたのはそれだけだが、隣の部屋から電話の会話が聞こえてくることは時折あったし、セックスの声はよく聞こえた(第五回―九六、九七頁)。雪がまだあったころに、甲野の部屋に複数の男性が出入りしているのを目撃したことがあり、車の中や玄関先に立っているのを見たことがある(第五回―九七、九八頁)。
四月三日午後九時五九分ころから約一時間、甲野と電話で話をした(第五回―五一頁)。その際、甲野から、出張の話や犬が元気になったという話を聞いたが、自分は、そのころ、甲野が自分を避けるような態度をとっていると感じており、「友達でいたい」とか「電話がほしい」などと言っていたことが本心だとは思えず、おかしな理由を付けて突然会う約束をキャンセルしたりしておかしいと感じていたので問い詰めたところ、甲野は「どうしてそんなことを言うの」と悲しそうな声を出して否定したので、「そこまで言うなら、今週末、会えても会えなくても構わないから電話をくれ」と言ったところ、甲野は電話をすると約束した(第五回―五二、五三頁、第六回―一四頁)。この時の電話で、「部屋の一部が、壁が薄くなっててそこから聞こえてくると言ったら信じるかい」「自衛隊の聴力検査で全然問題なかった」と言ったが、「部屋の一部分がつながってて話が聞こえる」「自分が自衛隊で特殊な能力があるから盗聴器がなくても話が聞こえる」などとは言っていない(第六回―一六〜一八頁)。
その後、甲野から電話はなく、自分は、やはりうそをついていたのかという残念な気持ちになる一方、本当に忙しくて忘れられているだけなのかもしれない、あるいは暇がないのかもしれないとも思い、複雑な気持ちになった(第五回―五四頁)。
甲野が電話を掛ける約束を忘れているのではないかという気持ちも持っていたので、甲野が帰ってくる時間を見計らって自分の姿を見せるような行為をしたことがあり、甲野も自分の姿が見えていたはずなのに、甲野からは電話が掛かってくるようなことはなく、やはり甲野はうそをついていたという残念な気持ちになると同時に、プライドを傷つけられたという気持ちにもなった(第五回―五五、五六頁)。
四月一六日早朝、マンション○○の前に引越屋のトラックが横付けされているのを見て、甲野が引っ越し、携帯電話を変えて連絡を取れなくし、自分との接触を完全に断ってしまおうとしているのではないかと思い、ばかにされたまま何も言えないで終わってしまうのが嫌だったので、甲野に「やっぱりうそだったんじゃないか。どうしてそんなうそばかりつくんだ。お前のうそなど最初から分かっていたのに何でそんなうそをつくんだ。つまらないやつめ」と捨てぜりふを残してやるつもりで、トラックの後を追い掛けた(第五回―五六、五七、一〇二〜一〇四頁、第七回―一二頁)。
そのころから、自分は、甲野に対し、このまま放ってはおけないという気持ちになったが、甲野ははぐらかすばかりだったので、甲野の彼氏と連絡を取って話をさせてもらおうと思い、乙野の氏名、住所を調べた上、怪文書を作成し、四月二六日夕方、乙野に発送した(第五回―五八、一〇五、一〇六頁、第七回―一二〜一四頁)。自分としては、甲野に友人関係を続けるかどうかはっきりさせるきっかけを作りたくて怪文書を発送した。怪文書を発送したことが甲野に分かれば、甲野から正直な答えをもらえると思っていた(第六回―二四〜二八頁)。乙野から連絡がきたときには、無視する、甲野が浮気をしていることを告げる、冗談だったと謝罪するという三つの対応を考えていた(第五回―一〇七、一〇八頁)。
(三) なお、被告人は、捜査段階において、警察官に対し、「三月二七日に甲野に電話したところ、甲野は『仕事が入って駄目になった』と言われ、その日は甲野に会えなかった」(乙四―九項)、「甲野の電話で『シカト、シカト』という言葉を聞いた日の翌日か翌々日に、甲野から椎名林檎のCDを五枚くらい借りた。その三、四日後のCDを返した日に『おれのこと避けてない』と尋ねたところ、甲野に『避けてない。避けてない。どうしてそんなこと聞くの』と答えていた。四月一〇日か一一日ころ、甲野に『週末に会えなくてもいいから電話ちょうだい』と言うと、甲野は了承してくれたにもかかわらず、週末になってもその翌週になっても甲野から電話が入ってこなかった。四月一五日、乙野の車のナンバーをメモした」(乙五―三〜五項)旨右公判供述と異なる供述をしている部分もあるものの、甲野に対する行動、甲野に対する感情については、右公判供述に概ね沿う供述をしている。
5 四月二七日の甲野及び被告人の行動
(一) 甲野は、甲野供述(第三回)において、次のとおり供述している。
午後五時四三分ころ、自宅(マンション○○六号室)にいたところ、被告人から電話があり、被告人から「お前に仕返ししてやる。仕返しするのに二〇万かかった」と言われた。被告人は、仕返しする理由について、「おれのプライドを傷つけたからだ」と言った。二〇万円かかった理由について、被告人は、「人を使ってるから二〇万かかった」と言っていた(二〜四頁)。被告人の言葉を聞き、自分に暴力を振るったり、レイプされたり、乙野に何かするというふうに思った(四頁)。そして、被告人は、「おれの電話代を使う必要はないから、お前から掛け直してこい」と言って電話を切った(五頁)。
被告人に仕返しされるということが分かったので、その内容を聞かないといけないと思い、被告人に電話を掛けた(五頁)。当時住んでいたアパートが電波が悪く何度も切れたので、切れるたびに掛け直し、合計六回被告人に電話を掛けた(五、六、一二四、一二五頁)。被告人から「お前の彼氏に浮気をしたという文書流したらどうする」とか言われ、また、何をされるか考えろとも言われ、何をされるのか正確に分からなかったので、取りあえず全部分かるまで聞かなければいけないと思い何度も掛け直した(一二五〜一二七頁)。被告人に仕返しの内容について聞いたが、被告人は、内容を教えてくれず、「自分で考えろ」と言った(六頁)。そこで、被告人に、「私に暴力を振るったり、付き合っている彼に暴力を振るったりするんですか」と聞いた(七頁)。自分が殺されたり、レイプされるのかとも聞いた(七頁)。すると、被告人は、「二〇万じゃ人は殺せない」と言った(八頁)。それを聞いて、殺されるまではいかなくても、自分か乙野が刺されたり、集団で殴られたりするのかと思った(八頁)。被告人はすぐに仕返しをするとは言わず、「お前の出方次第だ」と言った(九頁)。そして、被告人は、「何をされたら一番困る」と聞いてきたので、「親のことか仕事のことですか」と答えたところ、被告人は、「違うよな。彼のことだろう」と言った(九〜一一頁)。さらに、被告人は、「乙野太郎っていい名前だな。親は公務員で転勤族らしいの知っているか」と言った(一一頁)。被告人に乙野の名前や親のことを教えたことはなく、興信所か何かで調べたのかと思った(一二頁)。被告人は、どうやって乙野のことを知ったのか言わず、「いろんな方法があるんだよ」と言っていた(一二頁)。そして、被告人は、「彼氏のことでされたら困ることあるよな。太郎ちゃんにお前が浮気しているという情報を流されたらどうする」と言った(一三頁)。これを聞いて、乙野の会社に自分が浮気しているという情報をファックスか何かで送りつけたりすると思ったが、被告人に「とどめはまだ刺さない」と言われたので、それだけでは済まないと思った(一五、一六頁)。さらに、被告人に「知らないで何かされるのと、知っててされるのどっちがいい」と言われたので、「知ってたほうがいい」と答えると、被告人に「とどめについては、会って話をしたら教えてやる」と言われ、人を使っていると言っていたので、直接被告人と会うと外に人がいて殴られたりするかもしれないと思い、「会いたくない」と言ったところ、被告人に「知りたいなら出てこい」と言われた(一六、一七頁)。被告人に「二〇万も使ってこんなことをして、こんなことでプライドがどうにかなるんですか」と聞くと、被告人は、「まあ、人それぞれ考え方は違うからな」と言った(一八頁)。
その後、午後七時二二分ころ、乙野に電話を掛けて約五五分間話をしたが、かなり動揺して電話を掛けていたので、被告人から脅されたことを話ししたものの、具体的な内容については覚えていない(一八、一九頁)。この時の電話の内容を後に乙野から聞いたかどうかも覚えていない(一三〇、一三一頁)。捜査段階でこの時の電話のことを話ししたと思うが、その内容は覚えていない(一五二〜一五四頁)。乙野との電話の内容は警察でもしたと思うが、警察官から調書は読み聞かされた際、なぜこの部分が抜けていると説明しなかったのか分からない(八二、八三頁)。検察官に対しても、この時の電話の内容は何となくしか分からないと話ししていると思う(一三一頁)。
次いで、午後八時三二分と午後八時三三分に、被告人から二回電話があり、「下にいるので下りてこい」と言われ、とどめに何をされるのか聞いておかないといけないと思ったので、外に出た(一九、二〇頁)。被告人に直接会うと刺されたり殴られたりするかもしれないと思ったが、近くにアパートとか民家が多かったので、何かされたら大声を出して助けてもらえばいいかなと思った(二〇、二一頁)。被告人はマンション○○の共同駐車場におり、そのまま近くの札幌市豊平区平岸二条<番地略>の駐車場に行った(二一頁)。この時に、△△の駐車場や▲▲の駐車場に行き、車の中で被告人と話をしたということはない(二二頁)。近くの駐車場で被告人と一時間くらい話をしたが、当時雨が降っていた(二二、二三頁)。被告人は無表情だったが、何か聞かれて自分が答えると、ばかにしたように薄笑いを浮かべて自分を見たりした(二三、二四頁)。被告人は、すぐにとどめを刺すとは言わず、「お前の出方次第だ」と言った(二四頁)。被告人は仕返しをしたりとどめを刺す理由については言わなかったが、外で車ですれ違って目が合ったのにあいさつをしないのと、自分がアパートから出て目が合ったのに気付いて逃げるように部屋に戻ったということを言われた(二五頁)。被告人に、ゴールデンウィークに乙野が来るのか聞かれた後、「ゴールデンウィーク楽しみだね」と言われ、ゴールデンウィーク中に自分か乙野が何かされるのではないかと思った(二六頁)。また、被告人に「ストーカー法が二か月後に施行されるので、間に合うんだったら告訴でも何でもしてください」と言われ、被告人自身、犯罪行為になると分かっていながら自分を脅していると思った(二七頁)。さらに、被告人に「だれかに助けてもらおうとか思わないほうがいいよ」「警察には足がつかないようにしてるから、警察に言っても無駄だから」と言われ、被告人に何かされてもそのまま泣き寝入りするしかないのかなと思った(二七、二八頁)。この時に、被告人に、自分がSMクラブに勤めているとか、セックスフレンドがいるというような話はしていない(二六頁)。この時は雨が結構強く降ってたような気がするが、自分は傘をさしておらず、びしょぬれになり、気になったが、被告人の話のほうが大事だった(一三二〜一三四頁)。
被告人に脅された後、被告人に多分盗聴されているという話を以前からしていた友人丙川四郎が近くに住んでおり、脅された後だったし被告人が隣に住んでいて怖くてしようがなかったので、午後九時半ないし一〇時ころ、丙川の家に行った(二八〜三〇頁)。この時、いったん自宅に戻り、着替えはしなかったと思うが、丙川から借りている本を取って、丙川の家まで本を返しに行ったと思う(一三五、一三六、一五四頁)。かなり動揺していたので、殺されるかもしれないと言ったのを覚えているほかは丙川に何を言ったのか覚えていない(三〇頁)。丙川は、どうしたの、大丈夫という感じだったと思う(三〇頁)。この時、一度自宅に戻り、犬を連れてもう一度丙川の家に行ったと思う(一五四頁)。自分が帰った後、丙川はすぐに電話を掛けてきてくれ、「大丈夫」と聞いてきた(三〇頁)。
午後一一時二一分ころ、自宅近くの公園横の駐車場から乙野に電話を掛け、約一時間九分話をした(三一、一五四頁)。乙野に、「ゴールデンウィーク来ないで」「隣の人に脅されて、何をされるか分からなくて危ないから、絶対来ないで」と伝えた(三一、三二頁)。すると、乙野は、「分かった」と言った後、「取りあえず会社の戊野さんに相談してから次の日警察に行くように」と言った(三二頁)。この日は乙野に「取りあえず今日は家にいろ」と言われたので、自宅にいた(一四一頁)。
(二) しかし、甲野は、甲野供述(尋問)において、次のとおり供述を変更している。
午後八時三二分及び午後八時三三分ころに被告人から電話があり、外に出た後、被告人の車に乗り、一緒に△△店の駐車場に行き、車の中で話をした(一一、一四、一五頁)。被告人とマンション○○の近くの駐車場に行ったということはない(一一頁)。雨が降っていたし、被告人の車に乗るのは怖かったが、被告人が人を呼んでいないし、遠くには行かないと言うので、被告人の車に乗った(一三、一四、六二、六三頁)。被告人に無理やり車に乗せられたわけではない(四六頁)。△△店の駐車場の車内で、(第三回)で述べたとおり被告人に脅された(一四〜一六頁)。また、自分の夜の仕事について、被告人から「広告代理店じゃないだろう」と言われ、実はSMクラブに勤めていると話しした。被告人に脅されていたので、「SMクラブはバックにやくざがついている」とも言った(三三、三四頁)。
被告人と話をしている途中、自分に友達か誰かから電話が掛かったことがあった(五〇頁)。
△△の駐車場には午後一〇時過ぎころまでいたと思う(四七、四八頁)。そして、△△の駐車場から出た道路の所で車から降ろしてもらい、歩いて自宅に帰った(五三、五四頁)。被告人は、引き止めたりしないで車から降ろしてくれた(五四頁)。被告人と▲▲には行っていない(四八頁)。自宅に戻る途中か自宅に着いてから、丙川と他の女性(Bに勤めている)の友達から電話が掛かってきた(四八〜五一頁)。その一人は、被告人の車の中で電話を受けた(五〇頁)。被告人と車の中にいる時に、被告人に電話が掛かってたかもしれない(五一頁)。被告人が電話を掛けたことはなかったと思う(五一頁)。
自宅に帰り、友達と電話で話をした後、犬を連れて近くの商店でジュースを買ってから公園に行き、そこから乙野に電話した(五五、五六頁)。
被告人と会った後に丙川の家に行ったことはない(五一頁)。丙川から電話が掛かってきた時に、丙川に被告人から脅迫を受けたことは話していない(四九、六三頁)。後日、自分が丙川の家に行った旨口裏を合わせてくれるよう、丙川に頼んだ(五一、五二頁)。
(三) 他方、被告人は、公判供述(第五回ないし第七回)において、次のとおり供述している。
自分は、乙野に出した怪文書は四月二八日に着くと思ったので、四月二七日に甲野と話をし、甲野の対応によってその後の自分の対応を決めようと思い、午後五時四三分ころ、平岸街道沿いにある本の店岩本という本屋の駐車場から甲野に電話を掛けた(第五回―五九、六〇、一一〇、一一一頁、第七回―一五、一六頁)。甲野を脅かすつもりは全くなかった(第五回―六〇頁)。電話を掛け、「もしもし、おれだけど」と言ったところ、発信番号通知をしているのに甲野に「だれ」と言われてかちんときたため、「お前のことで話があるから、ちょっと電話を掛けてこい。どうしておれが電話代を使わなければいけない」と、甲野に掛け直すように言った(第五回―六〇、六一、一一一〜一一三頁)。甲野から被告人の電話番号の登録を消してしまったと言われ、怒りで頭の中が真っ白になった(第五回―六一、六二頁)。甲野から電話が掛かり、甲野に「話って何」と言われたので、乙野の電話番号を調べたということを分かってほしくて、「お前のおかげで今月二〇万掛かっちゃったよ」と言った(第五回―六一、六二、一一五、一一六頁)。二〇万円というのは、乙野の電話番号を調べる費用として興信所何社かに電話して聞いた相場の額である(第五回―六二、六三頁)。すると、甲野は「何に使ったの」と言ったので、自分が「さあ、別に」と言うと、甲野は「何か仕返しするの」と言ってきた(第五回―六三、六四、一一八、一一九頁)。そのため、甲野はやはり自分にずっと不誠実な態度を取り続けていたことを自覚しているのだと思い、「何考えてるの」と言った(第五回―一二〇頁)。すると、甲野は、冗談半分に、笑いながら、「私を殺させるの」と言った(第五回―六四、六五、一二〇頁)。自分はそれを聞いて噴き出し、ひとしきり笑った後、「ばかじゃないの。そんなことするわけないだろう」「なんでお前を殺さなきゃならないんだ」と言った(第五回―一二〇頁)。甲野は、「そうだよね」と言って笑っていた(第五回―一二〇、一二一頁)。また、甲野は「私をレイプさせるの」と言ってきたので、自分が「レイプなんかするわけないだろう。大体、したってお前こたえないだろう」と言うと、甲野も「そうだよね」と笑っていた(第五回―一二一、一二二頁)。さらに、甲野は「彼氏が部屋に来ているときに、ほかの男性を連れてきて鉢合わせさせるとか」とも言ってきたので、自分が「面白いことを考えるね。実際やったことあるような口振りだなあ」と言うと、甲野は、「実際に私やったことあるもん」と笑っていた(第五回―六五、六六、一二一、一二八頁)。その後、甲野は「じゃあ、何するのさ。言いなよ」と言ったので、自分は、「もう何もしないよ」と言った(第五回―一二八、一二九頁)。自分から甲野に、具体的に何かしてやるというようなことは言っていない(第五回―六六頁)。また、この時の電話で乙野の名前を出したこともないし、乙野に浮気をばらすなどと話したこともない(第五回―六六、六七、一三〇頁)。甲野が不安を感じているという判断はできず、何をするんだろうという興味のほうが先に立っているような感じで話をしていた(第五回―一二九頁)。自分は、甲野と直接会って話ししたかったので、「四月二八日に会いたい」と言ったところ、甲野は「電話でどうして話せないの」と言ったのでしばらくやり取りをした後、甲野が「大分前から友人と約束がある。だから、今日会ってほしい」と言ってきたので、午後八時半に会う約束をした(第五回―六七、六八頁、第六回―二九〜三二、一三一〜一三三頁)。甲野は、不安というよりも、自分が何をするのかという興味本位のほうが強くて会う気になったのだと思う(第六回―三五、三六頁)。電話での会話は午後七時二〇分ころまで続いた(第五回―六八頁)。
その後、丁野を迎えに行き、ロイヤルホスト平岸店で夕食をとってから自宅に戻り、午後八時半になったので、外に出た(第五回―六九頁)。
午後八時半ころ、甲野に電話を掛け、「今、下にいるよ」と言った後、仲直りのついでに甲野からCDを借りようと思い、再び甲野に電話を掛けたが、「もう靴履いてしまったよ」と言われ、借りることはできなかった(第五回―七〇、七一頁)。
甲野は、自分で車の助手席のドアを開け、「今晩は」と言いながら乗り込んできた(第五回―七五頁)。甲野が、人を呼んでいないかとか、遠くへ行かないでくれなどと確認をしたということはなかった(第五回―七五頁)。自分と甲野は△△店の駐車場に行き、車の中で、「そんな顔してたっけ」とか、「しばらく見ないうちに少しやせたね」などというような雑談ばかりをした(第五回―七二、七四頁)。先ほどの電話(午後五時四三分ころから午後七時二〇分ころまでの間)の中身の話はしていない(第五回―七四頁)。
その後、△△の係員が駐車場のチェーンをかけ始めたので、近くの▲▲の駐車場に移動した(第五回―七三、一三四、一三五頁)。それは午後九時前後ころだったと思う(第五回―一三四頁)。午後九時一四分ころ、▲▲の駐車場から父に電話を掛けた(第五回―七二、七三、一三五頁)。▲▲の駐車場で、甲野から「さっきの話ってそういえば何なの」と言われ、先ほどの電話(午後五時四三分ころから午後七時二〇分ころまでの間)の話になった(第五回―七五頁)。自分は、すぐには答えたくない気分だったので、どう思っているのか逆に問い返したりした(第五回―七五、七六頁)。自分のほうから甲野に具体的に何をするということは伝えていないが、自分がどういう行動に出るか薄々分かったようだったので、甲野は、途中からちょっと落ち込んだような様子はしていた(第五回―七六、七七頁)。話題が途切れた時に、自分が「乙野さんだっけ」と乙野の名前を出したところ、甲野は、「どうして知ってるの」と驚いていた(第五回―七七、一三七頁)。自分は、乙野の父親のことについて、「公務員か何かしてるんだって」という話をした(第五回―一三七、一三八頁)。甲野は、自分が盗聴しているのではないかと言っていたが、自分が否定すると、「興信所か何かで調べたんでしょう」と言っていた(第五回―七七、七八、一三八頁)。甲野は、「いいよ、ばらせばいいしょ。好きにしたら」と言った(第五回―七九頁)。自分としては甲野に謝ってほしいという気持ちだったのに、何かいけないことをしているような気持ちになり、「おれ悪者みたいじゃん」と言うと、甲野は「いいよ、いいよ、やればいいしょ。やったら気が晴れるよ。私の人生なんかいっつもそんなもんなんだ」とふてくされて言ってきたので、自分は「まだとどめ刺したわけじゃないんだから」と言った(第五回―七九、八〇頁)。自分としては、具体的に乙野に対して、どういった行為があって、だれと、いつ、どんな行為があったのかということを詳しく話をしたり、甲野と乙野の付き合いを修復不可能な状態にしてしまうようなことをするというのが「とどめ」だと思っていた(第五回―八〇頁)。乙野に怪文書を出しただけでは二人の仲が壊れるとは全く思っていなかった(第五回―一四〇頁)。「とどめを刺す」というのは、けがをさせるとか、襲うとか、レイプするという意味ではないし、甲野もそのように受け止めていなかった(第五回―八〇、八一頁)。また、甲野に「ゴールデンウィークはどこに行くんだい」と聞いたところ、甲野は「どうせぶち壊すんでしょう」と言ってきたので、甲野に謝ってほしいという意味で、また、乙野に怪文書がゴールデンウィーク中に届くだろうと考えた上で、「ゴールデンウィーク楽しく過ごしたいでしょう」と言った(第五回―八一、一四〇〜一四三頁)。
そのほか、甲野と、SMクラブの話とか、セックスフレンドの話もした。むしろ、そのような雑談でほとんどの時間を費やした(第五回―八一、八二頁)。冗談混じりの雰囲気の中で、自分が「ストーカー法」という言葉を出したことがあり、「ストーカー法ってできるんだってね。あれってよくは分からないけれども、家の前に立っているだけでまずいらしいから、隣に住んでいるおれなんか一発で駄目だろうな」と言うと、甲野も「そうだよね」と笑っていた(第五回―八五、一三六頁)。「ストーカー法が二か月後に施行されるので、間に合ったら告訴でもしてくれ」とか、「警察に言っても無駄だ」などとは言っていない(第五回―一三六、一三七頁)。「何をされたら一番困る」などと言ってないと思う(第五回―一三七頁)。甲野が「どうしたら黙っててくれるの」というようなことを言ってきたので、取引をしたら恐喝や脅迫になると思い、「取引はしない」と言った(第五回―一四三頁)。▲▲の駐車場には午後一一時一五分ころまでいた(第五回―八二頁)。
甲野から、別れ際に、次の日も会って話をしたいと言われ、自分のほうから「明日仕事が終わったら電話をするという形で構わないかい」と言って甲野と別れた(第五回―八二頁)。甲野は、自分から、結局、具体的にどういったアクションを取るのか聞き出せなかったということで、それを聞き出すために、次の日時間を取ってまで自分と会いたいと言ったのだと思う(第五回―八二、八三頁)。自分は、甲野に電話して、乙野に送った怪文書の内容を甲野と二人でどのようにごまかしていくかという打ち合わせをしようと考えていた(第七回―一八頁)。
(四) なお、被告人は、捜査段階において、検察官及び警察官に対し、甲野と電話で話をした時刻、甲野と会っていた時刻について異なった供述をしているものの、甲野との会話の内容、その際の甲野及び被告人の状況については、右公判供述に沿う供述をしている。
6 四月二八日以降の経緯
(一) 甲野は、甲野供述(第三回)において、次のとおり供述している。
四月二八日、出勤後戊野に前日被告人に脅迫されたことを相談し、その後、戊野と一緒に豊平警察署に赴き、警察官に対し何があったのかすべて話しした(三二、三三頁)。警察官に「危ないので自分の部屋には戻らないように」と言われ、同日以降は実家に戻った(三三頁)。
同日、被告人から電話があり、「最後に聞くけど、時間作れる」と言われたので、「作れません」と言うと、被告人は、「分かった」と言って電話を切った(四九頁)。
五月七日、乙野から、怪文書が届いていたことを聞いた(三三、三四頁)。同月八日、乙野から怪文書を会社にファックスで送ってもらい、それを警察に持って行き、同時に、被害届を提出した(三四、三五頁)。怪文書を読んでものすごく気分が悪くなり、その日から食事もできなくなった(三五頁)。その後、自分は、マンション○○から引っ越した(六七頁)。
(二) 他方、被告人は、公判供述(第七回)において、次のとおり供述している。
自分は、四月二八日に、甲野に電話をしたが、甲野は「行けなくなった」ということで、結局甲野に会えなかった(一八頁)。
7 以上のとおり、甲野は、甲野供述(尋問)において一部供述を変更したものの、四月二七日被告人から本件各公訴事実のとおりのことを言われ、同日に至るまで被告人から様々な嫌がらせを受けていたこともあって恐怖心を覚えた旨供述しており、他方、被告人は、甲野が被告人のことを避けるような態度を取るようになり、同日本件各公訴事実のような言葉を出したものの、その時の二人の間では雑談をしたり冗談を言い合うような雰囲気であった旨供述している。
そこで、以下、甲野供述及び被告人供述の信用性について検討する。
五 甲野供述の信用性の検討
1 甲野供述と他の証拠との関係
まず、甲野供述の信用性の判断に先立ち、甲野供述について、他の証拠によってどの程度裏付けられているか否かを検討する。
(一) 乙野は、乙野供述において、「一月の終わりころ、甲野から被告人のことを初めて聞き、二月中旬ころ被告人から付き合ってほしい、連絡してほしいという内容の手紙をもらい非常に困っていると聞いた(四〜七頁)。その手紙はすぐに捨てたと甲野から聞いた(七頁)。その後、買物や帰宅の際、あるいは自宅に押し掛けてきた際、被告人に執ように交際を迫られ、被告人が甲野や甲野と親しい人しか知らないはずの出来事を知っていたなどと甲野から聞いた(八、九頁)。四月二七日の午後七時二二分ころ及び午後一一時二一分ころ甲野から電話があり、被告人から執ように交際を迫られ、執ように会ってくれと言われた上、被告人が二〇万円を掛けて甲野やその関係者のことを調べ、何らかの形でとどめを刺すと言われた、また、自分に甲野が浮気をしていることをばらすと言われたということを甲野から聞いた(一三〜一八頁)。四月二九日ころ甲野と会った時、甲野はかなり憔悴し切っていた(二二頁)」旨甲野供述を裏付ける内容の供述をしている。
(二) また、戊野は、戊野供述において、「二月中旬以降、甲野から被告人のことを聞くようになり、初めに被告人から付き合ってほしいという内容の手紙をもらったが、その手紙は捨てたと聞いた(七〜九頁)。その後三月中旬前ころ、雑談の中で、被告人に帰宅を待ち伏せされたことを頻繁に甲野から聞いた(一〇、一一頁)。三月三一日から四月一日にかけての東京出張の際の飛行機の中で、被告人が甲野しか知らないはずの話を知っていたと甲野から聞いた(一四、一五頁)。四月二八日の朝、前日、被告人から脅されたと甲野から聞いたので、甲野と共に豊平警察署に赴いて警察官に経過を説明した(二〇〜二七頁)」旨甲野供述を裏付ける内容の供述をしている。
(三) さらに、岡久は、岡久供述において、「四月二八日、甲野と戊野が相談に訪れ、甲野から、ゴールデンウィーク中に仕返しをする、彼氏(乙野)に甲野が浮気をしていることをばらすと言ったということを聞いた(一、四、五頁)。甲野は非常に困り切った状態で、不安感いっぱいという様子であり、他のストーカー案件と比較して非常に身の危険を感じる緊急性のある事案ではないかと受け止めた(五、六頁)。甲野から、二月から三月にかけて帰宅時に待ち伏せられたことが頻繁にあり、付きまとって声を掛けられたり、電話で食事に誘われたと聞いた(八頁)」旨甲野供述を裏付ける内容の供述をしている。
(四) 小括
してみれば、甲野供述は、具体的かつ詳細であり、被告人からしつこく付きまとわれたり、嫌がらせを受けたりして、脅されていたという点については、右にみたとおり、他の証拠によって裏付けられている面もあることから、一応それなりの信用性を持つとみて差し支えないようにも思える。
2 甲野供述の変更
甲野供述は、(第三回)と(尋問)の間に、次の重要な事項に関して変更がなされているので、甲野供述の信用性を判断するため検討を加える。
(一) 甲野の職業について
甲野は、甲野供述(尋問)において、自分の職業を偽った理由について、次のように供述している。すなわち、「自分は、夜、Cという広告代理店で電話受付のアルバイトをしていたのではなく、(第三回)当時既にAを辞めていたものの、会社関係者も傍聴に来ていたし、また、自分が風俗店で働いているという目で見られたり、彼(乙野)が風俗嬢と付き合っていると思われるのが嫌だったため、本当のことが言えなかった(二〜五頁)」というのである。
なるほど、甲野が自分の職業を偽りたかった理由については、一般的には理解できないわけではない。しかし、甲野は、最も知られたくないはずの被告人に自分がSM嬢であることを打ち明けているのである。甲野は、被告人から付きまとわれたりして、脅されていたといいながら、一方では、自分の秘め事であり、触れられたくないSM嬢の職業を被告人に話ししている。被告人に知られれば、場合によっては、脅しの格好の材料にもなりかねない事柄についてである。そうとすれば、甲野が(第三回)であえてこの点虚偽の供述をしたのは、被告人供述のとおりとなれば、甲野と被告人とは自分の恥部ともいうべきことまで話す間柄と分かってしまい、自己の主張を正当付ける根幹が崩れることにもなることから、強く否定したものの、客観的に言い逃れできないため、(尋問)でSM嬢についてはこれを認めることにしたのではないかとの疑いが生じる。そして、この点に関する右の供述変更は、甲野供述の信用性に重大な疑問を投げ掛けるものである。
(二) 三月二〇日の甲野の行動について
甲野は、甲野供述(尋問)において、三月二〇日の行動について、次のように供述している。すなわち、「自分は、乙野と別れた後の行動について全く覚えておらず、一方、被告人は自分とデートをし、居酒屋で飲食し、性交渉を持ったなどと供述していることを捜査段階で聞いており、自分の行動が説明できないと被告人の言っているとおり、被告人と肉体関係があったと思われてしまうと思い、乙山と甲田に口裏合わせをしてくれるよう頼み、会員登録票を作成してもらった上で、(第三回)でうその供述をした(尋問―七〜九頁)」というのである。
しかし、そもそも本件は、被告人がどういう状況の下で甲野に嫌がらせをし、脅迫することになったかが問題となるのであり、その多くは被告人と甲野の供述に依拠するもので、他人の介在する余地の少ない案件といえる。甲野としては、誠実にありのまま話をすれば足り、なかったものはないときっぱり言えば事足りるもので、何ら小細工をろうする必要も理由もないはずである。甲野は、会員登録票を偽造してもらい、知人に口裏合わせを依頼して、捜査官に対し虚偽の供述をさせたまでは成功したものの、書証が不同意になり、その知人が証人として尋問を受ける段になって、うそを押し通すことができないと分かり、やむを得ずに三月二〇日の行動に関して供述を変更したものと認められる。そうすると、甲野には、自己の主張を維持する上で障害となるような出来事、あるいは不利益に働く事実があったため、被告人の言う時間帯に、何としてでも自分のアリバイを成立させたかったのではないかとの推測も可能となる。したがって、甲野が供述を変更した右理由については多大の疑問が残り、甲野供述の信用性を大きく損なうものといわざるを得ない。
(三) 四月二七日の甲野及び被告人の行動について
甲野は、甲野供述(尋問)において、四月二七日の行動について、次のように供述している。すなわち、「自分は、被告人の車に乗るのは軽率な行動であり、また、被告人との関係を誤解されるのが嫌だったから、(第三回)ではマンション○○の近くの駐車場で被告人から脅されたと供述した(一一〜一三頁)。そして、自分は、被告人が午後一一時半ころまで自分と車の中で一緒だったと供述していることを捜査段階で聞いており、自分としては午後一一時半ころまで一緒にいた記憶はなく、午後一一時半まで何をしていたのか説明できないと被告人の言っているとおり午後一一時半ころまで被告人と一緒にいたことになってしまうのではないかと思い、丙川に口裏合わせをしてくれるよう頼んだ上で、(第三回)で丙川の自宅に行ったと供述した(一七〜一九頁)」というのである。
しかし、この点も、(二)で述べたと同様の推測が可能となるから、甲野が供述を変更した右理由については多大の疑問が残り、しかも、犯行当日のことであるだけに、甲野供述の信用性に大きく影響するというべきである。
(四) 供述変更の動機について
甲野は、甲野供述(尋問)において、右のとおり供述を変更した動機について、次のように供述している。すなわち、「自分は、うそをつくことで証人になる人に迷惑が掛かると考えたし、乙野に本当のことを言うように説得されたため、まず検察官にその旨を話しし、訂正することにした(一、二、二五、二六頁)」というのである。
しかし、その理由とするところは、証人になる人に迷惑が掛かるからというもので、余りにも身勝手で自己本位であり、自分が会員登録票の偽造を依頼したり、他人に虚偽供述をさせたり、さらには、自ら虚偽の供述をしたことについて、一応反省の弁は述べているものの、自分の利益だけを考え、捜査、裁判を誤らせることを全く意に介さずに、むしろ作話的な行動を取っていたことからすれば、右のように供述が変更されたからといって、甲野が真実をすべて吐露したとは認め難く、甲野供述の信用性は大いに疑問である。
(五) 小括
以上のとおりであるから、甲野供述の信用性については、更に慎重な検討を要する。
3 甲野供述の合理性
(一) 甲野供述自体の合理性
甲野供述が変更された点は、甲野供述(第三回)において、弁護人が調査結果をも踏まえ、適切な反対尋問を行った点であり、にもかかわらず、甲野はその尋問を巧みにかわし、終始これを否定する供述をしていたものである。とりわけ、三月二〇日の行動及び四月二七日の行動については、本件各公訴事実に関する甲野供述の信用性を判断する上で、極めて重要な意味を有すると考えられるところ、このような部分について、前記のとおり、あらかじめ知人に口裏合わせを依頼し、さらには、カラオケ店の会員登録票の偽造までさせて事実をねじ曲げ、公判廷で宣誓をした上平然と虚偽の供述をしたという事実は、到底看過できない事柄であり、甲野供述の信用性を判断する上で無視できない重みを持つものというべきである。
そうすると、甲野供述に高度の信用性が認められない限り、被告人から脅迫されたと述べる供述部分についても合理的な疑いが存するものというべきである。
(二) また、甲野供述(尋問)で変更された部分を除いても、甲野供述の内容には、次のような重要な部分において不自然、不合理ないし不可解な点があることを指摘することができる。
(1) 甲野は、甲野供述(第三回)において、当初は、被告人から二月の後半くらいから嫌がらせを受けるようになり、最初に手紙をもらった旨供述していたが、反対尋問において、「三月初めくらい」、「三月中旬くらいまで」と供述し、最終的には「多分三月に入ってからである」旨供述を変更しており、この点あいまいで、誠に不安定である。そして、このことは、甲野が二月中旬に被告人から手紙をもらったと甲野から聞いた旨、乙野がその根拠としてバレンタインデーを挙げた上で供述している(乙野供述―六頁)こと(なお、乙野は、自分自身がバレンタインデーとホワイトデーを誤解している可能性があることも否定しない旨供述しているが、その上で自分としては二月一四日前後と記憶に残っている旨供述している[乙野供述―四〇、四一頁]。)、及び二月中旬以降甲野から被告人のことを初めて聞くようになり、初めに被告人から付き合ってほしいという内容の手紙をもらったと聞いた旨戊野が供述している(戊野供述―七〜九頁)ことと明らかに矛盾している。
(2) 甲野供述によれば、甲野は、遅くとも三月初旬ころには被告人のことをストーカーのような人だと思っており、三月二〇日は被告人と会っておらず、被告人から様々な嫌がらせを受けていたことから、被告人を避けるような態度を取っていたというのであるが、そのような甲野が三月二三日以降被告人に度々電話を掛けたり、四月三日には約五六分も被告人と電話で話をしたりしているのは不可解というべきである。甲野は、約五六分も話をしたのは被告人からいろいろなことを言われたり、自分からも質問したからである旨供述しているが、被告人のことを避けていたはずの甲野が約五六分も話をしたというのは長すぎるという印象を払しょくできないし、自分から電話を掛けたのは外で話されるのが嫌だから職場から電話した、隣人であるから電話だけはした旨供述しているが、甲野の供述する会話の内容にも照らすと、説得的とは到底いい難い。
(3) 甲野は、四月二七日午後七時二二分ころ乙野に電話を掛けた際の会話の具体的な内容についてはかなり動揺していたので覚えていない旨供述している(第三回―一三〇頁)が、甲野が被告人から脅迫され恐怖心を覚えたというのであれば、当日の出来事はむしろ印象に残るのが自然というべきであり、実際、同日の被告人の発言の内容についてはかなり詳細に記憶しているのに、被告人に電話で脅された直後に乙野と約五五分間も電話で話をした際の内容はほとんど覚えていないというのは不自然である(なお、甲野は、捜査段階で乙野との電話の内容を話ししたと思うがその内容が調書に記載がないのは分からない旨[第三回―八二、八三頁]、言い換えると、少なくとも捜査段階では乙野との会話の内容を覚えていたという趣旨の供述をしており、会話の内容を覚えていない理由が動揺していたためではないことを暗示している。)。
(4) 甲野は、同日、被告人から電話で脅された後、午後八時三三分ころ被告人から呼び出され、怖いと思ったが被告人の車に乗った旨供述しているが、同日までに被告人から嫌がらせを受けていた上、電話で脅迫されて怖いと思っていたというのに、被告人と二人だけで自動車に乗車するというのは不可解である。甲野は、とどめの内容を聞きたかったので、被告人に遠くに行かないことと誰も呼んでいないことを確認した上で乗車した旨供述しているが、他方では、同日の電話の際に、暴力を振るわれたり、強姦されるかもしれないとまで思ったというのであるから、自動車に乗車する理由として説得的とはいえないし、遠くに行かないこと、誰も呼んでいないことを確認して被告人の運転する自動車に乗車したということ自体、不可解なことで、到底納得できるものではないというべきである。
(5) 甲野は、被告人に脅迫されて午後一〇時過ぎに帰宅し、友達と電話で話をした後、着替えをし、犬を連れて近くの商店でジュースを買ってから公園に行き、そこから乙野に電話を掛けた旨供述しているが、脅迫を受けた後の行動としては緊迫感に欠けるというべきであるし、隣室に被告人が住んでいるにもかかわらず夜間に外出し、帰宅後一時間以上も経過後公園から乙野に電話を掛けたというのもいかにも不自然である。
(三) さらに、乙野、戊野及び岡久の前記供述は、甲野供述を裏付ける内容となっているが、これらはいずれも甲野から聞いた内容を前提としているところ、甲野が、前記のとおり、後日のこととはいえ、知人に口裏合わせを依頼してうその供述をさせたり、会員登録票を偽造してもらうなどして、虚偽の証拠をねつ造していることを考えると、甲野は自分に都合のいいことだけを乙野ら三名に伝えているのではないか、あるいは、甲野は自分に不利なことを隠し、有利な部分を誇張し、時には自己の弁明に都合のいいように事実をゆがめたり、実際にあったこととうそのことを取り混ぜて、真実や自分の非を押し隠し、自分に有利なようにわい曲した事実だけを乙野ら三名に伝えているのではないかとの疑いをどうしてもぬぐい去ることができない。そうすると、乙野ら三名の供述が、そもそもその信用性に疑いのある甲野から聞かされた内容を基礎としている以上、乙野が甲野の交際相手であること、戊野が甲野の本件当時の雇用主であることなどの特別な関係を捨象したとしても、乙野ら三名の供述については、いずれも真実を伝えていない疑いが残り、甲野供述の信用性を補強するというには多大な疑問があるといわざるを得ない。
4 まとめ
以上からすれば、甲野は、本件各公訴事実のとおり、被告人から脅迫されたことは間違いない旨再三にわたり供述しているものの、甲野供述は、右に検討したとおり、不自然、不合理ないし不可解な点が多々あって、四月二七日の被告人との会話については客観的な裏付けもなく、重要な諸点においてその信用性に欠けるといわざるを得ない。
六 被告人供述の信用性の検討
1 被告人供述の変遷
(一) 被告人は、乙野に怪文書を送付した理由について、公判供述(第五回)においては、甲野から誠意のある回答が得られなかったので乙野と直接連絡を取りたかったからである旨供述している(一〇六頁)のに、公判供述(第六回)においては、乙野に怪文書を送れば甲野が正直に自分に対する気持ちを話ししてくれると思ったからである旨供述している(二四〜二八頁)。
(二) 被告人は、四月二七日、甲野に「まだとどめ刺したわけじゃないんだから」と言った経緯について、捜査段階においては、甲野が「ゴールデンウィークぶちこわすつもりなんでしょ」と言ったことに対して言った旨供述している(乙七―九項)が、公判供述(第五回)においては、甲野が浮気を「ばらせばいいしょ」などと言ったことに対して言った旨供述している(七八〜八〇頁)。
(三) 被告人は、公判供述において、前記のとおり、三月二一日以降四月二八日に至るまでの経過について、捜査段階の供述と矛盾する供述をしている部分がある。
2 さらに、被告人供述には、次のような不自然ないし疑問な点がある。
(一) 他の証拠との整合性
(1) 被告人は、公判供述において、二月中は携帯電話を一切使用していない旨供述している(第五回―九一、九二頁)。また、「捜査関係事項照会書に対する回答について」と題する書面(甲四七)によれば、被告人が、一月から四月にかけて毎月右携帯電話に関する料金を支払っていることが認められるところ、この点については、公判供述(第六回)において、通話料金ではなく、基本料金とⅰモードの使用料金である旨供述している(一、二頁)。しかしながら、被告人が三月以降、携帯電話をそれなりの回数使用していることに照らすと、二月には全く携帯電話を使用していないというのは不自然な感が否めない。
(2) 被告人は、検察官に対し、三月二〇日に甲野と居酒屋「○○」に行って飲食した際に、甲野がビール中ジョッキ三杯、梅酒サワー一杯半くらい飲んだ旨供述している(乙―四項)ところ、甲野は、ビールと梅酒のロックは飲むが、炭酸系の梅酒サワーは飲めない旨供述し(第三回―五八、五九頁)、乙野(二九、三〇頁)、戊野(三三〜三五頁)もこれに沿う供述をしており、被告人の右供述には疑問の余地がある。
(3) 被告人は、公判供述(第五回)において、三月二一日に甲野の部屋を訪れて性交渉を持った旨供述(九、一一、三九頁)し、その裏付けとして、その際甲野の部屋のベッドの金具が特徴的であったことや甲野の身体的特徴等を挙げている(一一頁)が、乙野供述によれば、甲野のベッドの金具は甲野の部屋の玄関から見ることが可能というのである(六九頁)から、被告人が甲野の部屋を訪れたことの裏付けとしては疑問の余地があるし、甲野の身体的特徴も必ずしも性交渉を持ったことや甲野の部屋を訪れたことの裏付けになるとはいい難い。また、被告人は、公判供述(第五回)において、三月二七日にも甲野の部屋を訪れた旨供述しており(四六、四七頁)、被告人が甲野の部屋に入ったのは三月二七日のことであって、三月二一日には甲野の部屋に入っていないと考える余地もある。
(4) 被告人は、公判供述(第五回)において、四月二七日、甲野と△△店の駐車場で話をしていたところ、午後九時過ぎころ、店員が駐車場の出入り口を閉め始めたので、車を▲▲の駐車場に移動した旨供述している(七三、七四、一三四、一三五頁)が、太田供述及び「店舗別時間帯別売上表」と題する書面の写し(甲五三)によれば、同日の△△店の閉店時刻が午後一〇時であったことが認められ、被告人の右公判供述は右事実と明らかに相違している。
(二) 供述内容の不自然性、不合理性
(1) 被告人は、公判供述(第五回)において、乙野に対し怪文書を送った理由として、乙野と連絡を取りたかった旨供述している(一〇六頁)。しかしながら、怪文書には差出人の氏名も書かれておらず、また、その内容も受け取った相手が不快に感じるようなものであるから、怪文書を受け取った者が連絡を取ってくることを期待し得るようなものとはいい難く、被告人の右公判供述は不合理である。
(2) 被告人は、公判供述(第五回)において、三月二〇日から下旬にかけて、隣の甲野の部屋から、「隣、シカト、シカト」と言っている声が聞こえたことがあり、時折隣室から会話が聞こえてくることはあったが、はっきり聞き取れたのはそれだけであった旨供述している(九四〜九六頁)。しかしながら、普段隣室の声の内容は聞き取れないのに、たまたま自分のことを無視するような右会話だけ聞き取れたというのはいかにも不自然である。
(3) 被告人は、公判供述(第五回)において、四月二七日に甲野に電話を掛けた際、「お前のことで話があるから、ちょっと電話を掛けてこい」などと甲野に掛け直すように言った旨供述している(六〇、六一、一一一〜一一三頁)が、右言葉自体、平穏なものとは必ずしもいえず、甲野と冗談を言うような雰囲気だったというには疑問の余地がある。
3 被告人供述のうち、三月中旬以降の甲野との電話等での会話、三月二〇日から同月二一日にかけての甲野との行動及び四月二七日の甲野との行動ないし会話については、その内容が具体的かつ詳細である上、また流れもむしろ全体として自然であるといえる一方、客観的な裏付けはなく、一部に変遷があり、客観的事実に明らかに反している部分もあること、内容がかえって詳細にすぎる上、脅迫被疑事件捜査報告書抄本(甲三六)から被告人が架空の話を創作する高い能力を有していることがうかがわれることなどからすると、具体性、詳細性、自然性があるからといって被告人供述の信用性を直ちに肯定することはできない。
4 小括
(一) しかしながら、まず、三月二〇日ないし同月二一日の行動についてみると、被告人は、細部の点は別として捜査段階から大筋で一貫した供述をしており、供述内容自体に特段不自然な点も認められないところ、甲野と居酒屋で飲食をしたという点については、裏付け捜査をすることが可能な事柄であるにもかかわらずそれがなされた形跡すらないこと、甲野供述は前記のとおり重要な諸点において信用性に欠けていること、乙野ら三名の前記供述が甲野供述を前提としたものであること等を併せ考えると、被告人供述の信用性を排斥するだけの根拠に乏しいといわざるを得ない。また、甲野方のベッドの金具の点についても、乙野供述(七一頁)によれば甲野方の玄関と部屋との間にはドアがあるというのであるから、甲野が被告人によい感情を持っていなかったのであれば、被告人が甲野方を訪れ玄関内に入ったような場合、右ドアを閉めておくのがむしろ普通であるとも考えられ、被告人がベッドの金具のことを知っていたことを考えると、甲野の部屋に入ったという被告人供述もあながち虚偽であるとは断じ難いし、被告人が三月二七日に甲野の部屋を訪れた可能性があるからといって、当然に三月二一日に甲野の部屋を訪れた可能性が否定されるということにはならない。そして、甲野の身体的特徴が想像可能な事柄であるとはいえ、被告人が甲野の身体的特徴を具体的に指摘するということは、実際の目撃体験に裏打ちされた証左といえなくもなく、被告人が甲野と性交渉を持ったのではないかとの疑いも残るといえる。
そうすると、三月二〇日ないし同月二一日の行動に関する被告人供述は、それ自体信用できないとして排斥することはできない筋合いのものというべきである。
(二) 被告人が二月中は携帯電話を一切使用していない(公判供述[第五回―九一、九二頁])という点についても、捜査報告書(甲四)に添付の通話料金明細内訳票によれば、被告人の携帯電話の二月の通話料金及び通話度数はない旨明記されている上、三月についても通話がなされたのは三月一一日以降とされていることからすると、被告人の右公判供述が全く不自然とまでは言い切れない。
(三) 四月二七日の言動の点についても、三月二〇日ないし同月二一日の行動に関する被告人供述が排斥できないばかりでなく、被告人供述には具体性、詳細性、自然性があることを考慮すると、前記のとおり、▲▲の駐車場に移動した時刻に関する被告人供述が信用できないこと、被告人が「とどめ」という言葉を出した時点に変遷があること、「電話を掛けてこい」という言葉が必ずしも平穏なものではないこと等、被告人供述の信用性に疑いを差し挟む余地もあるものの、「電話を掛けてこい」という言葉については、その口調、それがなされたときの状況次第では脅迫的ではないと評価される余地も十分あるし、これらはむしろ細部に関する事柄であり、矛盾ないし疑問があるとしても、四月二七日の言動に関する被告人供述が、全体的に不自然ないし不合理なものとして、直ちにその信用性がないことにはつながらないというべきである。
(四) さらに、怪文書を送付した理由についても、供述の変遷の点については記憶違いということや複数の理由があったことも考え得るし、被告人の供述する理由が不合理であったとしても、四月二七日の言動に関する被告人供述が直ちに信用できなくなるとはいえないし、その他の疑問点についても、三月二〇日ないし同月二一日の行動、四月二七日の言動との関係では同様のことがいえるというべきである。
5 まとめ
被告人供述には、前記のとおり、矛盾する点や疑問な点がいくつかあるものの、これらはいずれも本件各公訴事実との関係では重要な事項ではないし、右の検討結果を考えると、被告人供述が全体として直ちに信用できないとまではいえないというべきである。
七 総括
ところで、被告人の言動が人を畏怖させるに足りる害悪の告知に当たるか否かについては、告知された内容のみならず、それがなされるに至った経緯、なされた際の雰囲気等の四囲の状況をも考慮して判断すべきであるところ、前記のとおり、被告人が甲野に対し本件各公訴事実のような言葉を出したことが認められ、その言葉自体をとらえれば甲野の生命、身体、名誉等に対する、人を畏怖させるに足りる害悪の告知に当たるということができる。
しかし、被告人供述によれば、四月二七日午後五時四三分ころから同日午後七時二一分ころまでの電話での会話においては、甲野も被告人も冗談半分で笑いながら話をし、また、△△店の駐車場での会話においては、雑談ばかりしていたものであり、さらに、▲▲の駐車場での会話においては、甲野も被告人も冗談交じりの雰囲気でお互い笑いながら話をしたというのである。そうであれば、被告人には、人を畏怖させるに足りる害悪の告知に結び付くような言動はなかったということになる。
他方、この点に関する甲野供述は、右被告人供述と相反する内容となっており、大きな食い違いをみせている。
しかしながら、甲野供述及び被告人供述については、前記検討のとおり、それぞれにその信用性について問題を含んでいるものの、被告人供述が全体として直ちに信用できないとまではいえない上、甲野供述が、前記のとおり、不自然、不合理ないし不可解な点が多々見受けられ、また、重要な諸点に関して信用性に欠けるといわざるを得ないから、甲野が被告人から本件各公訴事実のように脅迫されたと述べる供述部分に限って甲野供述が信用し得るという保証はないというべく、甲野供述(乙野らの各供述も、前記のとおり甲野供述を補強することにはならない。)のみに基づいて被告人が甲野を畏怖させるに足りる害悪の告知に及んだと合理的に認定することはできず、他にこれを肯認するに足りる証拠もない。
第三 結論
以上の次第で、被告人の言動が人を畏怖させるに足りる害悪の告知に当たるというには、なお合理的な疑いが残るというべく、結局本件各公訴事実については犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(裁判長裁判官・佐藤學、裁判官・松井芳明、裁判官・村山智英)