札幌地方裁判所 平成12年(わ)906号 判決 2001年3月06日
主文
被告人を懲役一年六月に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人は、ニューイケショ株式会社(以下「ニューイケショ」という。)の代表取締役であるが、同社が多額の債務を負っていた株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)において、被告人ら所有の土地建物合計一八物件について、根抵当権に基づく不動産競売を札幌地方裁判所に申し立てたところ、その申立てに基づいて実施された特別売却手続で買受けの申出があり売却決定期日が開かれることとなったので、右期日に売却許可決定が行われないようにするため、かねてニューイケショと拓銀との間で右債務の弁済条件等に関して取り交わされていた拓銀札幌西支店の押印のある「債務承認および分割弁済約定書写し」(以下「約定書写し」という。)の最終期限等を改ざんした書面を作成して裁判所に提出しようと企て、行使の目的をもって、ほしいままに、平成一一年一〇月一八日ころ、札幌市東区北三四条東一六丁目一番有限会社札幌ブックセンター蔦屋書店新道店において、同所に設置されていたコピー機で約定書写しを二枚カラーコピーし、同区北三六条東一五丁目三番一五号イケショーホテルユキタ西側に隣接する建物一階社長室において、右コピーに係る約定書写しの一枚から数字の「2」の部分を二か所切り抜いて、これらを、右コピーに係るもう一枚の約定書写しの分割弁済の期日を示す「平成11年8月31日」及びその後の支払方法についての打合せ最終期限を示す「平成11年9月30日」という各記載の二か所の「平成11年」の最初の「1」の部分に貼り付け、それぞれ、「平成11年」を「平成21年」に改ざんし、右改ざんに係る約定書写しを右コピー機でカラーコピーした上、前記ホテル一階事務室において、同所に設置されていたコピー機で、更にこれを一枚コピーし、もって改ざんした約定書写しのコピー一枚を偽造した上、同月一九日、同市中央区大通西一一丁目札幌地方裁判所において、同裁判所書記官伊藤彰に対し、右偽造に係る改ざんした約定書写しのコピー一枚を提出して行使した。
(証拠の標目)省略
(法令の適用)
被告人の判示所為のうち、有印私文書偽造の点は刑法一五九条一項に、偽造有印私文書行使の点は同法一六一条一項、一五九条一項にそれぞれ該当するところ、有印私文書の偽造とその行使の間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。
(一部無罪の理由)
一 検察官は、被告人の行為が刑法九六条の三第一項の競売入札妨害罪にも該当すると主張するので、これに該当しないと判断した理由について説明する。
二 関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。
1 ニューイケショは、拓銀に対して多額の債務を負っていたが、平成一〇年七月以降は債務を全く弁済しなかった。そこで、拓銀は、ニューイケショに対して催告書を送付するなどして期限の利益を喪失させた上、同年一〇月二一日、被告人ら所有の土地建物合計一八物件(以下「本件不動産」という。)について、根抵当権に基づく不動産競売を札幌地方裁判所に申し立てたところ、同月二六日、競売開始決定がされた。なお、その後、拓銀のニューイケショに対する債権が株式会社整理回収機構(以下「整理回収機構」という。)に引き継がれたことに伴い、整理回収機構が申立人の地位を承継している。そして、右競売開始決定に基づいて、平成一一年六月二五日に売却実施命令が出され、同年八月二七日から九月三日まで期間入札が行われたが、買受けの申出がなかったので、売却期間を同月九日から一〇月八日までとして特別売却が実施されたところ、同月七日、株式会社さらい(以下「さらい」という。)が本件不動産の買受けを申し出たため、同月一九日午前一〇時に売却決定期日が開かれることとなった。
2 一方、ニューイケショの代表取締役であった被告人は、特別売却期日においても買受申出人は現れないであろうと予想し、更に最低売却価額が引き下げられたところで知り合いに本件不動産の所有権を取得してもらおうと考えていた。しかし、予想に反してさらいが買受けを申し出たため、売却決定期日が間近に迫ったころ、整理回収機構に不動産競売の申立てを取り下げてもらうよう交渉して本件不動産が売却されるのを何とか阻止しようと考えた。そこで、売却決定期日を遅らせて整理回収機構との交渉の時間を稼ぐために、平成九年九月にニューイケショと拓銀との間で債務の弁済条件等に関して取り交わされた拓銀札幌西支店の押印のある約定書写しの最終期限等を改ざんし、これを裁判所に提出して、期限の利益を喪失していないと主張することを思いついた。そして、被告人は、判示のとおり、最終期限等を改ざんした約定書写しのコピーを偽造し、平成一一年一〇月一九日、札幌地方裁判所において、裁判所書記官に対し、偽造に係るコピーを提出した。その結果、右売却決定期日において、担当裁判官は、被告人の申立ての真偽を判断するため売却許否の決定を留保した。
3 その後、被告人が提出したコピーは偽造されたものであることが判明したため、同年一一月一〇日に改めて開かれた売却決定期日において、本件不動産の売却が許可され、さらいが同年一二月二〇日に代金を納付して本件不動産の所有権を取得した。
三 右に認定したとおり、被告人は、民事執行法に基づく不動産競売の手続の中で実施された特別売却について売却許否の決定を留保させたものであるから、これが刑法九六条の三第一項の罪に該当するかどうかを、以下検討する。
同項は、「偽計又は威力を用いて公の競売又は入札の公正を害すべき行為をした者」を処罰すると規定しているところ、一般的に、「競売」とは、売主が多数の者に口頭で買受けの申出をすることを促し、最高価額の申出人に承諾を与えて売買する手続をいい、「入札」とは、契約内容について複数の者を競争させ、他の者には内容を知られないように文書によってその申出をさせ、原則として最も有利な申出をした者を相手方として契約を締結する手続をいうものと解される。ところで、民事執行法に基づいて行われる不動産を目的とする担保権の実行としての競売は、「競売」(同法四七条一項)あるいは「不動産競売」(同法一八一条一項)と呼ばれるが、その具体的な手続を見ると、担保権実行のために行われる不動産の売却は、「執行裁判所の定める売却方法による。」(同法一八八条、六四条一項)とされており、その売却の方法については、「入札又は競り売りのほか、最高裁判所規則で定める。」(同法一八八条、六四条二項)とされている。そして、これを受けた民事執行規則は、「入札又は競り売りの方法により売却を実施させても適法な買受けの申出がなかったとき」に執行裁判所が「他の方法により不動産の売却を実施すべき旨を命ずることができる。」と定めており(同規則五一条一項)、このような売却方法が実務上特別売却と呼ばれている。これらの売却方法のうち「入札」及び「競り売り」が、それぞれ一般的な意味での「入札」及び「競売」であり、刑法九六条の三第一項の「入札」及び「競売」に当たることは、明らかである。これに対して、特別売却は、「入札又は競り売り以外の方法による売却」とされているのであるから、これが一般的な意味で「入札」や「競売」に当たらないことは、文理上明らかである。
さらに、刑法九六条の三第一項の罪の保護法益は、競売等の公正であると解されるが、その保護の対象となる手続は「競売又は入札」とされており、公の機関が行う売買、請負その他の契約締結手続が全て保護の対象とされているわけではない。例えば、会計法上の随意契約(同法二九条の三第四項、五項)や国税徴収法上の随意契約による売却(同法一〇九条一項)の手続は、いかにその公正を保護する必要があるとしても、同項の保護の対象にはならないと解すべきである。すなわち、「競売」及び「入札」は、いずれも複数の参加者に契約内容について自由な競争をさせ、その競争によって得られた結果を実現するという手続であり、同項の保護の対象になる手続は、このような実体を伴うものでなければならないというべきである。ところが、不動産競売手続における特別売却は、「競売」あるいは「不動産競売」と呼ばれる手続きの一環として行われるものではあるが、必ずしもこのような実体を伴わない売却手続である。すなわち、その具体的な実施方法については特段の定めがないが、実務上は、一定の期間内にあらかじめ定められた最低売却価額以上の価額で最初に買受けの申出をした者に対して売却するという方法がとられることが多い。さらに、特定の者又は不特定の者と個別折衝して売却するという方法も可能であって、その実施方法は、今後の運用及び社会の実情により、広がりうると考えられる。いずれにしても、本件のような特別売却の手続は、契約内容についての競争を伴わない手続であって、この点についての競争を本質とする「競売」又は「入札」の手続とはその性質を異にするものである。
結局、本件特別売却の手続は、文理の上からも実質的な面からも刑法九六条の三第一項の保護の対象にはならないというべきである。
なお、特別売却の手続が不調に終わった場合は、実務上、不動産の再評価をした上で改めて入札又は競り売りの方法による売却手続が行われることになるので、特別売却が実施されている間に行われる妨害行為が、その後に行われる入札又は競り売りの手続との関係で、「競売」又は「入札」の公正を害すべき行為に該当すると認められる場合がありうる。しかし、本件の被告人の行為は、申立ての内容及びその行使した偽造文書の内容に照らすと、せいぜい特別売却の手続自体を遅延させるものにすぎず、被告人もそのような意図で偽造文書を提出したのであるから、その後に行われる可能性のある入札又は競り売りの公正を害すべき行為であるということもできない。
四 以上によれば、公訴事実のうち、被告人が偽造に係る改ざんした約定書写しのコピーを裁判官に提出して売却許否の決定を留保させたという事実は認められるが、被告人の右の行為は、刑法九六条の三第一項の競売入札妨害罪に該当しないというべきである。したがって、この点について被告人は無罪であるが、競売入札妨害罪と判示の有印私文書偽造、同行使罪とは、全体として一罪の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡しをしない。
(量刑の理由)
本件は、被告人ら所有の不動産について不動産競売手続が行われ、特別売却により買受申出人が現れたので、特別売却許可決定を行わせないようにするため、最終期限等を改ざんした約定書写しのコピーを偽造した上、これを裁判所に提出したという事案である。その動機は、短絡的かつ身勝手で、酌量の余地は全くない。犯行の態様も、カラーコピー等を利用して改ざんした約定書写しのコピーを偽造し、これを裁判所に提出したというものであって、方法において大胆であり、裁判所を欺き特別売却を妨害しようとした点で悪質である。その結果、実際に裁判官が売却許可決定を留保し、売却決定期日が二二日間延期されたことも考慮すると、被告人の刑事責任は軽視できない。
しかし、他方、被告人は本件犯行を素直に認めると共に法律扶助協会に五〇万円を讀罪寄付して反省の態度を示していること、服役した経歴はあるが約四〇年も前のことであり、その後は見るべき前科がないことなど被告人のために酌むべき事情も認められる。以上に加え、被告人の健康状態や被告人を取り巻く環境に照らすと、再び同種の犯行に及ぶとは認められないので、主文の刑に処した上で、その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑 懲役二年)
(検察官川淵武彦、私選弁護人田中宏各出席)
(編注)第1審判決は縦書きであるが、編集の都合上横書きにした。