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札幌地方裁判所 平成12年(ワ)1374号 判決 2001年7月27日

原告

北海道エナジティック株式会社

同代表者代表取締役

若松知次

同訴訟代理人弁護士

上口利男

山口均

被告

有限会社△△燃料

同代表者代表取締役

冬田太郎

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は、原告に対し、一〇七〇万一八七六円及び内金九二〇万一八七六円に対する平成一二年六月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、賃貸マンションを一棟ごと取得した被告が、それまでマンションの入居者にプロパンガスを供給販売していた原告のガスボンベをそのマンション施設から撤去の上、自ら入居者に対してプロパンガスの供給販売を開始した行為は、原告の入居者に対する債権を侵害したものであるとして、被告に対し、不法行為に基づき、その損害賠償(逸失利益及び弁護士費用)の支払を求めた事案である。

1  前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。)

(1)  原告は、鉱産及び液体燃料の販売等を業とする株式会社であり、被告は、プロパンガス、灯油、石炭その他の燃料の販売等を業とする有限会社である(弁論の全趣旨)。

(2)  甲山一郎(以下「甲山」という。)は、昭和六一年三月、札幌市××区本通<番地略>所在の賃貸マンションアーバンルネッサンス××(当時の名称はサニーパレス。以下「本件マンション」という。)を新築して所有し、以後、入居者に対して本件マンションの各室を賃貸していた(甲2の1、弁論の全趣旨)。

(3)  原告(当時の商号は札幌石炭株式会社。)は、昭和六一年三月、本件マンションの各室の入居者(以下「入居者」という。)五〇戸にプロパンガスを供給販売するため、本件マンションに、各戸へのガス配管設備、自動切替調整器、ガスメーター器、CO警報器、ガス漏れ警報器等のプロパンガス供給設備を設置し、入居者との間でプロパンガスの供給販売契約を締結し、以後、被告が本件マンションを取得した平成一一年九月に至るまで、入居者に対してプロパンガスの供給販売を行ってきた。

また、原告は、昭和六三年九月一三日、本件マンションの管理会社であったA株式会社(代表者は甲山。以下「A」という。)との間で、原告からAに上記ガス供給設備を無償で貸与する旨の施設貸与契約を締結した(以上につき、甲1、弁論の全趣旨)。

(4)  本件マンションは、その後、次のとおり所有権が移転した(甲2の1・2)。

ア 甲山から乙川二郎(以下「乙川」という。)に対し、平成二年一月一〇日、売買により。

イ 乙川から株式会社B(以下「B」という。)に対し、平成四年九月二一日、競売による売却により。

ウ Bから被告に対し、平成一一年九月一日、売買により。

(5)  被告は、平成一一年九月一日に本件マンションの所有権を取得した後、従前のガス供給設備(各戸へのガス配管設備一式は当初から設置のもの。自動切替調整器一台、ガスメーター器五一台、CO警報器五〇台、ガス漏れ警報器五一台は、耐用年数経過前に原告が取り替えた後のもの。以下総称して「本件設備」という。)をそのまま使用して、入居者に対するプロパンガスの供給販売を開始した(甲2の2、6、弁論の全趣旨)。

2  争点

(1)  プロパンガス供給設備の所有権の帰属

(原告の主張)

原告は、Aとの間で締結した施設貸与契約書(甲1)において、プロパンガス供給設備の所有権が原告に帰属することを合意した。そして、その後本件マンションの所有権を取得した乙川及びBも、右事情を了知しており、被告も、プロパンガス業者として、本件マンションを取得するに当たり、プロパンガス供給設備の所有権が原告に帰属することを熟知していた。したがって、本件設備は本件マンションには附合せず、その所有権は原告に帰属する。

この点、被告は、施設貸与契約書(甲1)一二条に規定されているとおり、一〇年間の貸与期間の経過により、本件設備の所有権が、原告から本件マンション所有者へと移譲されたと主張するが、右施設貸与契約は、原告とA株式会社との間の契約であるから、平成二年一月一〇日に、本件マンションが甲山から乙川に譲渡された時点で失効している。

(被告の主張)

Bは、平成四年九月二一日、競売により、本件マンションの所有権とともに抵当権の効力が及ぶプロパンガス供給設備全部の所有権を取得した。そして、被告は、平成一一年九月一日、Bから、本件マンションと附加一体のものとして、本件設備を買い受けた。

また、施設貸与契約書(甲1)一二条によれば、プロパンガス供給設備の貸与期間は昭和六三年九月一三日から一〇年間であり、一〇年の経過により、本件設備の所有権は、原告から本件マンション所有者へと移譲された。

あるいは、本件施設貸与契約は、一〇年の貸与期間の経過により失効しており、原告は新たな施設貸与契約を締結していないから、本件設備は本件マンションに附合している。

よって、本件設備の所有権は被告に帰属する。

(2)  被告による原告の債権侵害の有無

(原告の主張)

被告は、平成一一年九月一日に本件マンションの所有者になると、入居者に対して、被告が本件マンションの所有者になり、プロパンガスの供給販売会社が被告に替わった旨の案内文書を配布した上、原告に無断で、本件マンションのガスボンベ格納庫の施錠を交換し、格納庫から原告のガスボンベ四〇本を搬出し、代わりに被告のガスボンベを搬入し、原告の所有に属するガス供給設備をそのまま使用して、入居者の意思とは無関係に、入居者に対するプロパンガスの供給販売を開始した。

被告の行為は、原告の入居者に対するプロパンガス供給販売営業を不当な実力行使により侵害する行為であり、業者間の競業行為として許される限度を逸脱している。

よって、被告の行為は、原告と入居者との間のプロパンガス供給販売契約を侵害する違法な行為であり、不法行為に当たる。

(被告の主張)

被告は、原告に対し、平成一一年九月二日以降、プロパンガスの供給販売の変更をしたい旨再三にわたり申し入れたが、原告は被告に本件設備を買い取るよう不当な要求をし、本件マンションの附属建物であるガスボンベ格納庫の鍵を被告に引き渡そうとしなかった。そこで、被告は、原告に予告した上、やむを得ずガスボンベ格納庫の施錠を交換し、ガスボンベを原告に返却したものである。また、被告は、入居者との間で、プロパンガス供給販売契約を適式に締結した上、被告の所有に属する本件設備を使用して、入居者にプロパンガスを供給販売しているものである。

よって、被告の行為は、自由競争の範囲内であり、原告と入居者との間のプロパンガス供給販売契約を侵害する違法な行為とはいえない。

(3)  原告に生じた損害の有無及び金額

(原告の主張)

原告は、平成一一年九月に至るまで、入居者へのプロパンガス供給販売により、年間二一七万円の純利益を得ていた。そして、原告は、被告の行為がなければ、同月以降少なくとも五年間はプロパンガスの供給販売契約を継続することができたから、新ホフマン方式により中間利息を控除して計算すると、被告の不法行為により原告に生じた逸失利益は、九二〇万一八七六円である。

また、原告は、本件訴訟の追行を弁護士に委任し、弁護士費用として一五〇万円を支払うことを約した。

よって、被告の不法行為により原告に生じた損害の合計は、一〇七〇万一八七六円である。

(4)  原告の本件請求が権利の濫用に当たるか否か

(被告の主張)

原告は、業界の指導等を通じて被告の行為が不法行為に当たらないことを熟知しているにもかかわらず、嫌がらせのために本件訴訟を提起したものであり、原告の本件請求は、権利の濫用に当たり許されない。

第3  争点に対する判断

1  争点1(プロパンガス供給設備の所有権の帰属)について

(1)  前記前提となる事実に加え、証拠(甲2の1・2、6、乙3、7の1ないし6、証人丁町、証人丙田)によれば、以下の各事実が認められる。

ア 原告は、甲山が本件マンションを新築した昭和六一年三月、本件マンションの入居者五〇戸にプロパンガスを供給販売するため、本件マンションに、各戸へのガス配管設備一式、自動切替調整器一台、ガスメーター器五一台、ガス漏れ警報器五一台、CO警報器五〇台及びガスストーブを設置した。

このうち、各戸へのガス配管設備一式は、本件マンションの壁や天井の中に設置されている部分については、破壊しなければ取り外すことのできない構造・性質のものであり、外部に露出している部分については、破壊せずに取り外すことが可能であるが、他に転用することの困難な構造・性質のものである。自動切替調整器は、ガスボンベ格納庫の中に配管と繋がれて設置されているものであり、ガスメーター器は、各戸のプロパンガスの使用量を計測するためのものであり、CO警報器は、一酸化炭素が増加した場合に警報を発するもので、各居室の壁に付着させて設置する器械であり、ガス漏れ警報器は、プロパンガスが室内に漏れた場合に警報を発するもので、各居室の壁に付着させて設置する器械であり、ガスストーブは、各居室に設置されているものであって、いずれも、本件マンションにおけるプロパンガス供給及び消費の用に供されていて、取り外しや転用が可能である。

イ 本件マンション及びその附属建物であるガスボンベ格納庫の所有権は、平成二年一月一〇日、売買契約により甲山から乙川に移転した。乙川は、同月一六日、Bのために、本件マンションに根抵当権を設定した。

Bは、同年一二月一七日、競売開始決定を得て本件マンションを差し押さえ、平成四年九月二一日、競売により、本件マンション及びその附属建物であるガスボンベ格納庫の所有権を取得した。

ウ 原告は、平成九年九月、その耐用年数を考慮し、ガスメーター器五一台、CO警報器五〇台、ガス漏れ警報器五一台を新しいものと取り替え、平成一〇年六月、自動切替調整器一台を新しいものと取り替えた。さらに、原告は、平成一〇年八月、本件マンションの一階貸店舗部分に居酒屋が入店したため、ガス供給設備及びガスストーブ一台を新たに設置した。

原告は、取り替えたガスメーター器、CO警報器、ガス漏れ警報器、自動切替調整器並びに一階貸店舗部分に新設したガス供給設備及びガスストーブ一台について、当時本件マンションの所有者であったBとの間で、新たな施設貸与契約等を締結していない。

エ 被告は、平成一一年九月一日、売買契約に基づき、Bから本件マンション及びその附属建物であるガスボンベ格納庫の所有権を譲り受けた。

(2)  以上の事実を前提に、本件設備の所有権の帰属について検討する。

まず、Bは、平成四年九月二一日、同社が平成二年一月一〇日に乙川から設定を受けた根抵当権の実行としての競売により、本件マンション及びガスボンベ格納庫の所有権を取得しているから、同社は、本件マンション及びガスボンベ格納庫に加え、上記根抵当権の効力の及ぶ目的物について所有権を取得したことになる。

そこで、上記根抵当権の効力の及ぶ範囲についてみるに、抵当権の効力は、特約のない限り、「目的たる不動産に附加して之と一体を成したる物」に及ぶ(民法三七〇条)ところ、目的物の占有を設定者に留めてその使用・収益を許しつつ、抵当権者においてその経済的価値を把握するという抵当権の性格に照らし、上記附加一体物とは、抵当不動産に附属して抵当不動産と物理的に一体をなすものはもとより、社会的経済的に一体をなしているものをも含むと解すべきである。そして、本件マンションのガス配管設備一式のうち、壁や天井の中に設置されていて破壊しなければ取り外すことができず、本件マンションに附合していると認められる部分はもちろんのこと、ガス配管設備一式のうち外部に露出している部分、自動切替調整器、ガスメーター器、CO警報器、ガス漏れ警報器及びガスストーブについても、本件マンションに附属して設置され、その経済的効用を高めるものであると認められるから、上記根抵当権の設定に当たり、根抵当権者であるBと根抵当権設定者である乙川との間で、根抵当権の効力の及ぶ目的物の範囲を限定する旨の特約等があり、かつ、その特約等をもって第三者に対抗することができる場合でない限り、原告は、これらの設備の所有権をもって第三者に対抗することができないと解するのが相当である。そして、Bと乙川との間で、根抵当権の効力の及ぶ目的物の範囲を限定する旨の特約等があったと認めるに足りる証拠はない。

したがって、Bは、本件マンションの所有権を競売によって取得したことにより、これと附加して一体をなしていた本件マンションのガス配管設備一式、自動切替調整器、ガスメーター器、CO警報器、ガス漏れ警報器及びガスストーブの所有権を併せて取得するに至ったと認められる。

そして、被告は、その後、上記のプロパンガス供給設備を含めて本件マンション及びその附属建物であるガスボンベ格納庫をBから買い受け、その所有権を取得したと認められる。

もっとも、原告は、その後、前記(1)ウのとおり、ガスメーター器、CO警報器、ガス漏れ警報器及び自動切替調整器を新しいものと取り替え、本件マンションの一階貸店舗部分にガス供給設備及びガスストーブ一台を新設しているところ、これらの動産が本件マンションに附合したとも認められないから、これらの設備の所有権は、原告に帰属しているものと認められる(原告は、本件マンションの所有者であったBに無断でこれらの設備を新設したものであるが、これらの設備を使ってガスを供給することを前提とするものであって、原告において所有権放棄や贈与の意思があったとまでは認められない。)。

(3)  これに対し、原告は、本件設備の所有権が自己に帰属する根拠として、原告がAとの間で締結した施設貸与契約書(甲1)において、プロパンガス供給設備の所有権が原告に帰属することを合意した旨主張する。しかしながら、上記合意は、原告とAとの間の契約にすぎず、前記の根抵当権者に対抗することができないことは明らかであるから、原告の主張は採用できない。

(4)  以上によれば、本件設備のうち、原告が平成九年及び平成一〇年に設置した機器を除いた配管設備を中核とする主要なものの所有権は、被告に帰属していると認めるのが相当である。

2  争点2(被告による原告の債権侵害の有無)について

(1)  前記前提となる事実に加え、証拠(甲5、乙8ないし10、12の1・2、13、証人丁町、証人丙田、弁論の全趣旨)によれば、以下の各事実が認められる。

ア 被告は、平成一一年九月一日、株式会社Bから本件マンションを買い取り、その所有権を取得した。

イ 被告札幌支店営業部長である丙田三郎(以下「丙田」という。)は、平成一一年九月二日、原告東札幌営業所長である丁町四郎(以下「丁町」という。)に電話をかけ、被告が本件マンションを買い取ったので、プロパンガスの供給販売業者を原告から被告に変更したい旨申し入れ、この件に関し、原告担当者と面談したいので、同月三日に原告本社を訪問する旨伝えた。

丙田は、同月三日、原告本社を訪れ、丁町及び原告のガス部副本部長である戌村五郎と面談し、同日から一週間以内に、プロパンガスの供給販売業者を原告から被告に変更する意向である旨告げた。これに対し、丁町らは、原告の方で内容を調査したいので、もう少し待って欲しい旨申し入れた。

丁町は、同月九日、丙田に電話をかけ、使用年数に応じた価格で本件設備を買い取るよう求め、被告に対し、被告が買い取るべき本件設備の代金(合計二〇〇万円程度)の明細をファクシミリで送付した。

丙田は、同月一三日、原告の取締役でガス部長である己畑六郎(以下「己畑」という。)と面談し、同月一四日からプロパンガスの供給販売業者を原告から被告に変更したいので、ガスボンベ格納庫の鍵を被告に引き渡すよう求めた。これに対し、己畑は、本件設備の買取りについての原被告間の話合いが終わるまでは、格納庫の鍵を被告に引き渡すことができない旨告げ、同日午後三時二〇分ころ、被告に対し、本件設備の代金(合計一二〇万円程度)の明細をファクシミリで送付した。

ウ 被告は、同月一四日の午前に、業者に依頼してガスボンベ格納庫の施錠を交換し、午後一時一〇分ころから四〇分ころまでの間、被告との間でプロパンガスの配送委託契約を締結しているC株式会社に依頼して、格納庫から原告のガスボンベ一九本を搬出し、代わりに被告のガスボンベ一九本を搬入・設置し、本件マンションの入居者に対し、プロパンガスの供給販売を開始するとともに、被告と本件マンションについて管理委託契約を締結しているD株式会社を通じ、各戸の入居者に対し、同日からプロパンガスの供給販売業者が原告から被告に替わったので、同年一〇月検針分からは被告がガス料金を請求する旨の「ガス供給会社変更のお知らせ」と題する案内書面(乙10)を本件マンションの集合郵便受けに投入する方法により配布した。

被告は、同月一六日、格納庫から原告のガスボンベの残り二一本を搬出し、代わりに被告のガスボンベ二一本を搬入・設置した。

被告は、同月一七日、C株式会社に依頼して、格納庫から搬出した原告のガスボンベ合計四〇本を原告に返却し、原告新琴似充填所の所長である庚野は、上記ガスボンベを受領した。

被告は、同年一一月一〇日から同月二〇日にかけて、本件マンションにおいて立入り保安調査を実施し、ガスコンロ、湯沸し器、ストーブ等のプロパンガス消費設備及び屋外のプロパンガス供給設備の点検・調査を行うとともに、各入居者との間で、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律一四条及び同法施行規則一三条に基づく交付書面(乙12の1・2、13)を交わした。

エ 本件設備は、本件マンションの各室にプロパンガスを供給販売するための設備であり、プロパンガス供給業者が、本件マンションの附属建物である格納庫にガスボンベを設置し、そこから本件設備を利用して各室に一元的にプロパンガスを供給するという構造となっている。そのため、プロパンガス業者が本件マンションの各室にプロパンガスを供給するためには、本件設備を利用することができなければこれを行うことができず、また、本件マンションの各室居住者がそれぞれ異なる供給業者からプロパンガスの供給を受けることは実際上不可能である。

(2)  以上の事実を前提に、被告による原告の債権侵害の有無について検討する。

前記認定事実のとおり、被告は、本件マンションの所有権を取得すると、原告に対し、プロパンガスの供給販売業者を原告から被告に変更したい旨告知し、本件設備を被告が買い取るという方向で話合いにより解決しようとした原告との間で交渉が継続中であったにもかかわらず、一方的に話合いを打ち切り、原告の同意を得ることなく、原告所有のガスボンベをガス配管設備から切り離して格納庫から搬出し、原告がプロパンガスの供給販売を行うことを物理的に不可能にし、代わりに被告のガスボンベを搬入し、入居者に対してプロパンガスの供給販売を開始している。被告が各入居者との間でプロパンガスの供給販売契約を締結したのは、その後のことであった。

本件マンションの所有者で、その附属建物である格納庫及び本件設備(ただし、原告が平成九年及び一〇年に設置したガスメーター器、CO警報器、ガス漏れ警報器、自動切替調整器を除く。以下同じ。)の所有者である被告が、その利用権限をもって被告に対抗することができると認め得る証拠もない原告に対し、それらの施設の利用を拒否し、格納庫内に設置されたガスボンベの撤去を求める行為は、その所有権に基づく正当な権限の行使というべきであり、その目的が、原告に替わって、自ら本件マンションの各室にプロパンガスの供給を行うことにあったとしても、同様であって、そのことを捉えて、原告の営業を侵害する違法な行為であるということはできない(各室の被供給者との関係は別途考慮するべきであるが、前記のようなプロパンガスの供給の構造からみて、供給業者との関係で見る限りは、それが権利の濫用ともいい難いものと思われる。)。しかし、被告が、その要求に応じない原告に対し、すすんで、実力をもって、格納庫を開扉し、そこに設置された原告のプロパンガスボンベを取り外してこれを撤去した行為は、自力救済によってその権利の実現を図ろうとするものであって、違法というべきであり、ひいては、原告と入居者との間で締結されていたプロパンガス供給販売契約を不当な有形力の行使により侵害する行為であるとの評価を免れない。

(3)  これに対し、被告は、入居者との間で、プロパンガス供給販売契約を適式に締結した上で入居者に対してプロパンガスの供給販売を開始したのであるから、被告の行為は、違法な債権侵害とはいえない旨主張する。

しかし、被告の主張する点は、何らその自力救済行為を正当化するものではない。のみならず、被告が各入居者との間で適式にプロパンガス供給販売契約を締結したのは、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律一四条及び同法施行規則一三条に基づく交付書面を交わした時点というべきである。したがって、被告が原告所有のガスボンベを格納庫から搬出し、代わりに被告がプロパンガスの供給販売を開始した時点では、いまだプロパンガスの供給販売業者の変更について入居者の同意を得ておらず、結局、被告は、プロパンガスの供給販売契約の当事者として供給販売業者を選ぶ権利を有する各入居者の意思に基づくことなく、一方的にプロパンガスの供給販売を開始したことになるから、入居者との間で、プロパンガス供給販売契約を適式に締結した上で供給販売を開始した旨の被告の主張は、その前提においても採用できない。

また、被告は、被告の行為は自由競争の範囲内であり、違法な債権侵害とはいえない旨主張する。

共にプロパンガス業者である被告が原告に対して格納庫からのガスボンベの撤去を求め、本件設備の使用中止を求める行為自体は、自由競争の範囲内にある行為と評価することができるけれども、本件における被告の行為は、プロパンガス供給販売契約の当事者たる各入居者の自由な意思に働きかけることなく、一方的に有形力を行使することにより、原告と入居者との間の供給販売契約を侵害する行為なのであって、法が自力救済を禁じていることに鑑みても自由競争の範囲を逸脱しているというべきであるから、被告の主張は採用できない。

(4)  以上によれば、被告が格納庫から原告のガスボンベを強制的に撤去した行為は、原告の債権を違法に侵害する不法行為に該当するというべきである。

3  争点3(原告に生じた損害の有無及び金額)について

(1)  原告は、被告の不法行為がなければ、平成一一年九月以降少なくとも五年間は原告においてプロパンガスの供給販売契約を継続することができたとして、五年分の逸失利益を損害として主張する。

(2)  しかし、前記認定事実によれば、被告が本件マンションを買い取ったことにより、本件設備(配管設備を中核とする主要なもの)は被告の所有に属するに至り、原告所有のガスボンベを格納している格納庫もまた被告の所有に属するに至ったのであるから、原告は、被告の同意を得ない限り、上記設備及びガスボンベ格納庫を使用して本件マンションにプロパンガスを供給販売することが法的に許されない立場に立つに至ったというべきであるところ、被告は、原告が本件設備及びガスボンベ格納庫を使用することに同意せず、その撤去を求めていたのであるから、結局、原告は、被告が本件マンションを買い取った時点で、速やかに原告所有のガスボンベを収去してガスボンベ格納庫を明け渡さなければならない法的立場に立つに至ったものと認められる。

したがって、被告が本件マンションの所有権を取得して、自らその所有に係る設備等を利用して排他的に本件マンションの各室にプロパンガスの供給販売をしようとする意図を対外的に明示した以上は、原告は、被告との関係においては、もはや本件マンションの附属建物である格納庫にプロパンガスボンベを設置し、本件設備を使用して、本件マンション各室にプロパンガスの供給販売を継続することが実体上は適法にはできなくなったということになるから、被告の不法行為がなければ、原告において平成一一年九月から少なくとも五年間はプロパンガスの供給販売契約を継続することができた旨の原告の主張は、理由がないことはもとより、被告が採り得る法的手段により格納庫の明渡しを受けるまでの間、原告において事実上ガスの供給販売が可能であるとしても、それは、被告所有施設の不法占有を継続することによって初めて得ることのできる利益を主張することとなるものであって、被告に対する関係では、賠償の対象となるべき逸失利益と認めることはできない。また、本件においては、被告が原告所有のガスボンベを取り外して搬出したことにより、ガスボンベが損傷したり、ガスボンベの中のプロパンガスが漏れたりして、原告に積極的損害を発生させたと認めるに足りる証拠も、また、何らかの無形損害が生じたと認め得る証拠もない(被告が原告の所有する設備を利用して得た利益は、不当利得として回復すべきものである。)。

(3)  よって、被告の前記不法行為の結果、原告に損害が生じたと認めることはできない。

4  以上によれば、その余について判断するまでもなく、本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・佐藤陽一、裁判官・村田龍平、裁判官・坂田大吾)

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