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札幌地方裁判所 平成12年(ワ)1470号 判決 2002年3月06日

東京都渋谷区<以下省略>

原告(反訴被告)

エース交易株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

川戸淳一郎

北海道<以下省略>

被告(反訴原告)

訴訟代理人弁護士

荻野一郎

主文

1  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

2  原告(反訴被告)は,被告(反訴原告)に対し,1019万0280円及びこれに対する2000年(平成12年)2月11日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は本訴反訴とも原告(反訴被告)の負担とする。

4  この判決の第2項,第3項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

(本訴)

1  被告(反訴原告。以下「被告」という。)は,原告(反訴被告。以下「原告」という。)に対し,787万7335円及びこれに対する2000年(平成12年)6月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

(反訴)

(主位的請求)

1  原告は,被告に対し,1019万0280円及びこれに対する2000年(平成12年)2月11日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言

(予備的請求)

1  原告は,被告に対し,1019万0280円及びこれに対する2000年(平成12年)2月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言

第2事案の概要

本件本訴は,原告が被告に対し,原告と被告とが1999年(平成11年)10月21日に締結した先物取引委託契約(以下「本件委託契約」という。)に基づき,被告が原告に対して支払うべき差損金債務787万7335円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である2000年(平成12年)6月22日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

本件反訴は,本件委託契約において,原告には説明義務違反,顧客の知識,取引経験を全く顧慮しない受託行為,断定的判断の提供,無断売買や実質的な一任売買,無意味な両建の勧誘等の違法な行為があったなどとして,主位的には債務不履行に基づく損害賠償として,原告に対して支払った損金相当額の919万0280円(弁護士費用分以外の本件委託契約による取引きから生じた被告の損害は,既払いの損金分に,本訴で原告が請求している差損金787万7335円を加えた1706万7615円であるが,被告は,本訴において,この1706万7615円の債権を自働債権とし,原告の本訴請求の債権を受働債権として対当額で相殺する旨の予備的抗弁を主張するとともに,相殺後の残債権919万0280円の請求を反訴においてしているものである。)及び弁護士費用分の損害100万円の合計1019万0280円並びにこれに対する本件委託契約終了の日の翌日である2000年(平成12年)2月11日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を,予備的には不法行為(原告の従業員の行った上記の各不法行為についての使用者責任)に基づく損害賠償として,1019万0280円及びこれに対する不法行為の日より後である2000年(平成12年)2月11日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲げない。)

(1)  (当事者)

原告は,東京工業品取引所等の商品取引所に所属する商品取引員である。被告は,原告札幌支店(札幌市<以下省略>)の顧客として,後記の商品先物取引を行った者である。

(2)  (本件委託契約の締結)

被告は,1999年(平成11年)10月21日,原告に委託して東京工業品取引所,中部商品取引所等の商品市場における取引を,これら取引所の定める受託契約準則に従って行う旨の本件委託契約を原告との間において締結した。

(3)  (原告が本件委託契約に基づき被告に委託されて行ったとする取引)

原告が本件委託契約に基づき被告に委託されて行ったとする取引は,別紙「売買一覧表」記載のとおり(ただし,このうち,被告は,2000年[平成12年]1月12日の東京白金55枚の売玉は,被告が1271円以上での売りの注文をしたのに,原告がこれより安い1270円で売注文をしたものであり,無断売買である旨主張する。その余については,被告の委託に基づく取引であることに争いはない。),

① 1999年(平成11年)10月25日から2000年(平成12年)2月3日までの間,東京工業品取引所に上場されるゴムの先物取引

② 1999年(平成11年)11月11日から2000年(平成12年)2月10日までの間,東京工業品取引所に上場される白金の先物取引

③ 2000年(平成12年)1月17日から同月18日までの間,中部商品取引所に上場されるガソリンの先物取引

④ 2000年(平成12年)1月19日から同年2月3日までの間,東京工業品取引所に上場される金の先物取引

を行った(以下「本件取引」という。)。

(4)  (差損金)

本件取引の結果生じた取引差損金,取引所税,委託手数料及び消費税については,別紙「売買精算表」記載のとおり原告と被告との間で順次精算を遂げてきた。

本件委託契約が終了した2000年(平成12年)2月10日現在において,被告が原告に支払うべき帳尻差損金(立替金)債務の額は,787万7335円(差引損金合計1706万7615円から既払いの919万0280円を控除した額)になったが,被告はその支払をしない。

(5)  (受託者の義務)

① (誠実公正義務)

1998年(平成10年)改正後の商品取引所法136条の17は,「商品取引員並びにその役員及び使用人は,顧客に対して誠実かつ公正に,その業務を遂行しなければならない。」と規定する(乙29)。

② (説明義務)

先物取引業界の自主規制機関である日本商品先物取引協会の定める自主規制規則(受託等業務に関する規則)4条は,「先物取引は投資者自身の判断と責任において行うべきものであることについて,顧客の理解と認識を得なければならない」と規定する(乙20の125頁,129頁)。

また,原告の受託業務管理規則6条1項は,「商品先物取引の委託の勧誘にあたっては,受託契約準則,『商品先物取引委託のガイド』等の関係書面を交付し,商品先物取引の仕組み(特に委託証拠金制度,損益計算方法等),上場商品に関する知識及び情報収集の方法等の基本的知識について詳細に説明するとともに,取引の投機的本質について危険開示を行い,顧客の判断と責任において取引を行うことについて顧客に充分な自覚を促したうえで参加を求めることとする。」と規定する(乙9)。

③ (適合性原則)

1998年(平成10年)改正後の商品取引所法136条の25第1項は,「主務大臣は,商品取引員の財産の状況又は受託等業務の運営が次の各号の一に該当する場合において,商品市場における秩序を維持し,又は委託者を保護するため必要かつ適当であると認めるときは,その必要の限度において,当該商品取引員に対し,財産の状況若しくは受託等業務の運営を改善するため必要な措置をとるべきことを命じ,又は三月以内の期間を定めて商品市場における取引若しくはその受託等の停止を命ずることができる。」とし,その4号で「商品市場における取引の受託等について,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って委託者の保護に欠けることとなっており,又は欠けることとなるおそれがある場合」と規定する(乙29の187頁)。

2  争点

(1)  商品取引員の顧客に対する付随義務として誠実公正義務はあるか。本件で原告に誠実公正義務違反があるか。

(2)  原告に被告に対する先物取引の危険性,自己責任についての説明義務違反はあるか。

(3)  被告の先物取引の知識,経験を全く顧慮しない適合性原則違反の受託行為が原告にあるか。

(4)  原告外務員が被告の白金取引勧誘のとき,利益についての断定的判断の提供を伴う勧誘を行ったか。

(5)  本件の被告名義の取引に一任売買あるいは無断売買があるか。

(6)  2000年(平成12年)2月3日の白金129枚の両建について,被告に対する原告外務員の無意味な両建勧誘があったといえるか。

(7)  原告の外務員の被告に対する不法行為に基づく原告の使用者責任が認められるか。

(8)  原告の被告に対する差損金請求は信義則に違反するといえるか。

第3裁判所の判断

1  (適合性原則,説明義務について)

(1)  後掲各証拠(甲8,乙39,証人B[以下「B」という。]及び被告本人については後記採用できない部分を除く。これらの各証拠は,そのすべてが信用できるわけではないが,ここで認定する事実に関する部分については「甲8ないし証人B」と「乙39ないし被告本人」との内容の一致あるいは他に反対証拠がないことなどから信用することができる。しかし,以下の認定に反する部分は,後掲各証拠と対比して採用できない。)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

① 被告に本件委託契約を締結するように勧誘したのは,原告の営業社員であるBである(甲8,証人B,被告本人)。

② 被告は,被告を勧誘するために被告の事務所に会いに来たBを見て,すぐに,同人が,被告がa社の専務を務めていたときにa社の株式会社日栄(以下「日栄」という。)に対する債務の保証を被告がした際の日栄の担当者であったことに気づいた。そこで,被告は,Bに対し,日栄に対する保証債務のことで困っている旨を話し,その1000万円の保証債務の残債務額や保証人から外れる方法を尋ねた。Bは,被告に日栄の電話番号を教えたり,被告の依頼によりその件について調べたりしたが,結局,被告は保証人から外れることはできなかった。Bは,関係者に聞いたが被告が保証人から抜けることはできない旨を被告に伝えた(乙39,証人B16頁,28頁,29頁,被告本人1頁から4頁,14頁から17頁)。

③ Bらは,被告に対する説明の際,24分間のビデオテープ(その台本が甲5)を再生して見せたが,注文の際に原告に指示すべき9項目(商品取引所,商品,限月,売りか買いか,新規か仕切りか,枚数,成行か指値か,成行の場合の場節と指値の場合のいつまでの注文か,特定取引の場合の種類その他の必要事項)についての説明を省略している部分もある(証人B17頁,被告本人4頁)。

原告の営業課長C(以下「C」という。)は,被告に対し,先物取引についていろいろと説明していた(被告本人21頁,22頁)。

被告は,先物取引の倍率,計算方法などの説明は受けた(甲8,被告本人3頁)。

被告は,先物取引においては,買った物を売り,売った物を買い戻すということで,値動きにより利益が出たり,損失が出たりするということ,原告が手数料を取ることは理解した。また,被告は,株式取引の経験があり,指値の意味は分かっていた(被告本人5頁,6頁,22頁)。

被告は,本件委託契約締結に際し,原告に対し,預貯金が700万円ある旨の申告をしている(甲7,乙11,証人B)。

④ 被告は,本件委託契約を締結した1999年(平成11年)10月21日,約諾書に署名・押印してBらに交付した(甲1,証人B7頁,被告本人)。

⑤ また,被告は,同日,「新規委託者の皆様へのアンケート」に,説明等を受けてその内容を理解した旨の回答をしている(甲16,被告本人29頁)。

⑥ Cは,1999年(平成11年)11月24日午前9時39分ころ,被告に電話をし,被告が売った白金について,「社長のまだ売っているところよりは10円上なんですけども,これ目標値としましては,1200円割れまで見ていただきたいんですね。」「ですから,利益を別にして証拠金だけ10枚売らしていただけないかなと思いまして。利益はお持ちしますんで,来週。」と言ったところ,被告は「どういうこと。」とCの説明をしていることが理解できない旨の返答をしている。さらに,Cが「利益の方は,来週お持ちしますんで,ゴムの利ぐった分,ゴムの証拠金の分ございますよね。」「あれをちょっと10枚だけ売らせていただけないかなと思いましてお電話とったんですけども」と説明しても,「言っている意味がよくわからない。」と被告は答えている(乙2の1の9頁,10頁)。

⑦ さらに,Cが,「あの,社長の今,きのう,週末ですね,ゴムの決済したお金ございますよね。」と言ったところ,被告は「もう決済できたんですか。」と決済できたかどうかを承知していないような返事をしている(乙2の1の10頁,11頁)。

(2)  なお,被告は,Cが先物取引についていろいろと説明をしていたことは認めながら,その話を余り聞いていなかったとか,ほとんど儲かる話ばかりであったという趣旨の供述をする。

後記2で認定するとおり,Cは,本件委託契約に基づく取引が開始された後も,被告に対して繰り返し断定的判断を提供することによって被告の取引枚数を増やすような勧誘をしていた。このことに鑑みれば,Cが本件委託契約締結の際も,先物取引の危険性よりも,むしろ儲かる話を強調していたことは大いにあり得ることであり,被告の上記供述はその限りでは信用できる。したがって,被告の同供述により,Cは,被告への説明に際し,先物取引の危険性よりも儲かる話を強調していたものと認めるのが相当である。もっとも,被告自身,Cがいろいろと先物取引の説明をしていたことは認めているのであるから,その限度では証人B及び証人Cの供述は信用できるから,これらの供述により,Cらが,先物取引についての一定程度の必要な説明はしていたと認められる。

(3)①  上記(1)②の事実からすれば,Bは,本件委託契約締結より前から,被告が日栄に対する保証債務のことで困っているが,保証人から外れることができなかったことを知っていたのであり(Bは元日栄の従業員であるから,日栄に対して債務を有していることがどれだけ経済状況を困難にすることかは十分に承知していたものと考えられる。),被告が会社の経営者であるとはいっても,必ずしも経済的に余裕があるわけではないことを十分に承知していたものと推認することができる。

②  また,上記(1)③ないし⑦及び(2)の事実によれば,被告は,B及びCから,本件委託契約締結に際して,商品先物取引についてある程度の資料を交付され,一定程度の必要な説明を受けていることが認められる(どの程度の説明がされたかについては,証人B及び証人Cの供述と被告本人の供述とでは,例えば,証人Bは『商品先物取引委託のガイド』[甲14の1]の表紙裏及び4頁の赤枠部分や31頁及び32頁の用語解説の部分などの説明をした旨の供述をするのに対し,被告本人はそのような説明を受けた記憶がない旨の供述をするなどの対立がある。この点については,被告は後記のとおり,説明の内容自体を余りよく理解していなかったのであるから,説明を受けたにもかかわらず,説明を受けたこと自体を忘れているという可能性を否定できない[被告本人の供述も,多くは「記憶がない」という供述になっている。]から,被告本人の供述のすべてを容易には採用しがたいところである。ただし,上記(2)のとおり,儲かる話が強調されたというべきであるから,先物取引の危険性の説明は,されたとしても不十分か,あるいは儲かる話によって印象を薄められるような形でなされたものと推認することができるのであり,甲8,12,証人B及び証人Cのうちこれに反する部分は採用できない。)。

さらに,被告は,上記認定のとおり,B及びCの説明の内容を部分的には理解したが,その理解は極めて不十分なものであったと認められる。すなわち,被告は,先物取引についていろいろな説明を受けて内容を理解したかのような書面を原告に提出はしているものの,実際には,上記(1)⑥のとおり,1999年(平成11年)11月24日午前9時39分ころの電話におけるCの説明に対し,ほとんど理解していない旨の返答をしていることからも,被告が商品先物取引について余りよく理解をすることなく本件委託契約を締結し,そのような状態が少なくとも1999年(平成11年)11月24日までは続いていたものと推認されるのである。そして,上記の電話で,被告がそのような返答をしていることから,Cにおいても,少なくとも1999年(平成11年)11月24日の時点において,いまだ被告が先物取引の仕組みについて余りよく理解していないことを承知していたものと推認することができる。だとすれば,翻って,本件契約締結時に,被告は,原告側に説明を受けて理解した旨の書類を提出しているが,本当に理解して書類を提出したものではないし,また,C及びBにおいても,本当に被告が説明をよく理解して同書類を提出したものとは考えてはいなかったものと推認される。

そして,以上の認定を覆すに足りる証拠はない。甲1,8,12,16,乙11ないし13,証人B及び証人Cのうち,この認定に反する部分は,上掲各証拠と対比して採用することができない。

(4)  上記前提となる事実に以上の認定判断を加えて判断すれば,B及びCは,被告が日栄に対する保証債務も残っていて必ずしも経済的に余裕があるとはいえない状態であること,商品先物取引について余りよく理解していないことを承知のうえで,1999年(平成11年)10月21日,被告に本件委託契約を締結させ,同日さっそく委託証拠金45万円を入金させるとともに,売り注文をさせたのであり,後記のとおり適合性原則違反とまではいえないにしても,同原則の趣旨に照らして好ましくない契約の締結及び取引の開始をさせているといえるし,十分に先物取引の仕組みや危険性について説明し,理解させる義務を尽くしたとは言い難いものというべきであり,違法な勧誘行為があったといえる。もっとも,被告も,商品先物取引について全く理解していなかったわけではなく,株式取引の経験があることなどから指値の意味を知っていたり,先物取引においても値動きによって利益が出たり損失が出たりすることなどは理解していたこと,Cがいろいろと説明しているのにそれをよく聞きもせずに理解をしたかのような書類に署名をして本件委託契約を締結していること,預貯金が700万円あると申告し,商品先物取引をすることに積極的な面もあったことなどから,被告が,先物取引をする適合性を全く欠いているとまではいえず,また,原告が被告の適合性を実際よりも高く評価したことについては被告にも多少は責任があったといえるのであるから(後記の判断のとおり,原告側の責任の重大さに比べれば過失相殺するほどではない。),適合性原則違反等により本件委託契約そのものが無効になるとか,それだけで,本件委託契約に基づく原告の行為が全て違法なものとなるとまではいえないと解するべきである。しかし,上記認定の各事情は,後記認定の断定的判断の提供以下の事情と合わせて,原告の被告に対する債務不履行ないし不法行為の内容の重要な要素として評価すべきものと解される。

2  (断定的判断の提供)

(1)  後掲各証拠(甲12,証人Cについては後記採用できない部分を除く。)によれば次の事実が認められる。

① Cは,1999年(平成11年)11月11日,午前9時02分ころに被告に電話をかけ,証拠金37万5000円になる白金10枚の売りをするように被告に勧めた。その際,Cは,「安くて,余分な資金もありますんで,10枚だけ売らしていただければなと思いまして,お電話とった次第なんです。」,「ちょっとゴムが遅い分ですね,こっちの方も本当に自信がありますもんで,ちょっと1回だけ乗っていただけないかなと思いまして」と言い(なお,「こっちの方も」と言っていることから,Cが,この白金10枚の売玉の注文を取る際だけでなく,その前の東京ゴム10枚の売玉の注文を取る際にも,被告を儲けさせる自信があることを述べていたものと推認することができる。),被告が「自信あるんだったらいいけども」と返答したのに対して,さらに「あ,本当自信あります。」と言い,さらに「あ,本当にもうかります。自信ありますので。」などと言って,被告を儲けさせることができること(白金の価格が下がること)につき断定的判断を提供して,被告に白金10枚の売り注文をすることを了承させた(乙2の1の5頁から9頁)。

② Cは,同年11月24日午前9時39分ころに被告に電話をかけ,白金10枚の売りを被告に勧めたが,その際も,「大丈夫なんですか」と被告が問うのに対し,「いや,ここは本当に私,社長にも前から,プラチナ下げだけは自信あるんですよ。」と白金の値が下がることが確実であるかのような断定的判断を被告に提供して,被告に白金10枚の売玉の注文をすることを了承させた(乙2の1の11頁,12頁)。

③ 被告は,1999年(平成11年)12月17日午後1時31分ころにCが掛けてきた電話の中で,被告にさらに10枚の売玉の注文を勧めるCに対して,もう金が全然ないことを繰り返し述べた。また,被告は,次に金が入ってくるのは12月25日以降であることを述べるとともに,従業員にボーナスをまだ払っていない旨を述べている。にもかかわらず,Cは,「社長,今ですね,社長今口座に15枚だけ残っているんですけども,これ3枚ぐらい売れるのですけども,これはだめですかね。」と売注文をすることを勧めた。そして,「来週行きます。私自信あります。」「最悪は1280円と今見ているんですけども,最悪で。最低でも1200円,この間で見ているんですよ。」と白金の値が下がることに相当自信があるような断定的判断を提供し,被告に「おいしいと思うんだったらいいよ。」と,白金4枚の売玉の注文をすることを了承させた(乙2の1の13頁から18頁)。

④ そして,翌12月17日午後1時42分ころ,今度はBが被告に電話を掛け,1260円の単価で白金4枚を売ったことを伝えるとともに,「いや,でも,これまじめな話なんですけど,私自身も1180円から90円ぐらいまではいくと思っているんですよね。」と,前日のCの「最低でも1200円」という見方よりもさらに強気な値下がりの予想をするとともに,その予想に自信があるかのように「私今だから新規で契約とっているお客さん全部プラチナの売りですから。」と言って,値下がりについての断定的判断を被告に提供した(乙2の1の18頁から21頁)。

⑤ 2000年(平成12年)1月11日の時点で,被告の持ち玉である東京白金24枚の売りには既に評価損失が発生していたが,Cは被告に対し,従来通り値下がりの相場観を示すとともに,東京白金の売り枚数を増やすことを勧め,翌1月12日,55枚の売注文(下記3で認定する1271円の指値であるにもかかわらず1270円の指値として取引された分)を被告に了承させた(甲12の4頁,乙2の1の29頁から32頁,証人C8頁,9頁)。

⑥ Cは,2000年(平成12年)1月27日午前9時27分ころ,被告に電話をし,ゴムの売りを勧めた。被告が「金ないな」と言うと,原告が預かっている金を使うことを勧め,被告が,それについても「だってないしょ,何も」と答えると,「いやいや,全然あります。全然多目にありますんで,それを売ってもまだ多目にあるんですけども。」と言って売りを勧めた。そして,その際も「いや,本当にゴム自信あるんですよね,この売り。」と断定的判断を提供するとともに,「いや,プラチナがね,はっきりしないとね。」となおも躊躇する被告に対して,「いやプラチナ,社長どう見ても下がります。これは私自信があってあそこまで粘っていただいたですから,自信があるんですけど,プラチナは本当に自信があります。ですから。」と,ゴムについての自信以上に強い表現(「どう見ても下がります」など)でプラチナの値下がりについて断定的判断を提供するとともに,ゴム60枚の売りを強く勧め,被告に了承させた(乙2の1の61頁から67頁)(このゴムについても,最終的には取引差金で160万5000円,委託手数料及び消費税を含めて202万2060円の差引損が生じていることは上記前提となる事実のとおりである。)。

⑦ なお,この1月27日の勧誘の仕方について,Cは,これが限りなく断定的な判断の提供に近いことを認めながら,「でも,お客様に勧めたらいけないんでしょう(「いけないんでしょうか」という反問の趣旨と解される。)。私たち営業マンですから,自信があるものを,やはりお客様にももうけていただきたいですから,当然強くお勧めします。」と供述する(証人C25頁)。

⑧ 結局,Cらが断定的判断を提供することによって被告が枚数を増やしていった白金の売玉を主たる原因として,被告は,2000年(平成12年)1月26日,追証拠金を提供しなければならない状態になってしまった(証人C15頁)。

以上の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。甲12,証人Cのうち,この認定に反する部分は,乙2の1と対比して,採用することができない。

(2)  以上の事実によれば,C及びB(特にC)は,被告に対して,断定的判断の提供を繰り返して,白金やゴムの売注文などを増やしていったものといえる。特に,白金については,既にCらが提供した予想に反して値段が上昇することによって評価損が生じているにもかかわらず,値下がりする旨の断定的判断の提供を繰り返すことによって売玉の枚数を増大させていったものであり,しかも2000年(平成12年)1月12日の増玉は55枚と大量であり(さらにその日の午後に30枚の増玉がされる。),それが被告に追証拠金がかかる最大の原因になった。したがって,その勧誘は,従来提供してきた予想と逆行する値動きで評価損が生じている中でさらに断定的判断を繰り返すという極めて悪質なものであったというべきであり,いわゆるセールス・トークの中で示されるある程度の楽観的な見通しといったものとは異質の,その範囲をはるかに逸脱したものであり,違法な断定的判断の提供にほかならないものである。しかも,原告がそのような勧誘をしないように従業員に十分に戒めていれば,少なくともそのような勧誘をしたことについての反省がCに見られると考えられるところ,上記(1)⑦の供述によれば,そのような断定的判断の提供による勧誘をCはそれほど悪いことであると思っていないと考えられること,このようなやり方が原告の方針に合うかどうかについてCが分からない旨の供述をしていること(証人C6頁)などからすれば,これは,C個人の問題であるだけでなく,原告が従業員に対してこのような断定的判断の提供による勧誘をしないように,十分に戒めていない結果でもあると推認される。

なお,Cは,「追い証が発生しているときに,このような勧誘をすることには問題があるとは思いませんか。」との尋問に対して,「いや,当然D社長も,ここまで上がれば下がるだろうというような形で言っていただきましたもんですから。」(証人C25頁)などと,被告自身もCらと同様の相場観を持って売玉を増やしたかのような供述をする。しかし,乙2の1からは被告がそのような相場観を示したことは明確には窺われず,かえって2000年[平成12年]1月27日の電話での会話では「いや,プラチナがね,はっきりしないとね。」[乙2の1の63頁]などと相場に自信がないものと窺われる発言を被告がしていることなどからしても,証人Cの上記供述は採用しがたい。しかも,たとえ被告がそのような相場観に傾いたということがあったとしても,被告がそのような相場観を有するに至った前提としては,Cらによる断定的判断の提供の反復があったというべきなのであり(Cが「やはり私が自信持ってお話ししなければお客さんも私の相場観というものを見ていただけないという部分がございますので」と供述していること[証人C36頁]から,外務員が自信をもって勧めれば,顧客がそれに影響されることをCは承知しており,かつ,そのことを目的として,断定的判断を提供していることが推認される。),被告自身の相場観はその断定的判断の結果というべきなのであるから,そのことをもってCらによる断定的判断の提供による勧誘の責任が減少するわけではない(そもそも被告の名による取引なのであるから,そこに被告の判断が全く入らないというようなことはあり得ない[あるとすれば,完全な一任売買か無断売買ということになる。]。したがって,被告の判断もあったというだけでは,断定的判断の提供の責任が減少するなどということはあり得ないというべきである。)。

そして,上記認定のとおり被告が先物取引の仕組みなどについて余りよく理解していないことをCらも知っていたことに加え,上記のとおりのCの断定的判断の提供による勧誘の悪質性に鑑みるならば,その断定的判断に基づく取引の結果生じた損害については,専ら原告に責任があるというべきであり,被告側に過失相殺すべき過失があるというのは相当ではないというべきである。

3  (無断売買について)

(1)  後掲各証拠(乙3の4については後記採用できない部分を除く。)によれば次の事実が認められる。

被告は,2000年(平成12年)1月12日午前9時29分ころ,原告札幌支店に電話を掛け,B及び同人から電話を替わったCと2分間ほど話をした。その中で,Cは,被告に対し,「で71以上でお願いしたいんですけども,よろしいでしょうか。」「きのうよりも6円下で,で55枚売らせていただいてよろしいですか。」と言って,被告から白金の売り注文の了承を得た。そして,同日,原告は,被告の名で,同年10月限の東京白金55枚の売玉を新規で建てているが,この取引は,同日午前10時17分に成立値段1270円で成立している。原告の売注文伝票の指値値段の欄には「1270円」,注文年月日の欄には「00年1月12日午前9時57分 先方へTEL」,有効期間の欄には「1月12日まで」との記載がされている(乙2の1の29頁から31頁,乙3の4)。

他方,被告が2000年(平成12年)1月12日午前9時29分から同日午前9時31分にかけて上記のとおりの内容を含む電話を原告札幌支店に掛けた記録は,録音テープとして残っているが(その部分を含むその録音テープの内容の反訳書が乙2の1である。),原告側から被告に対して,同日午前9時57分ころに電話をして上記の取引の指値値段を1270円とする旨の話をしたことを記録した録音テープは本件訴訟では提出されていない。そして,乙2の1のとおり,原告側の担当者と被告との電話での会話が録音テープに残っていることからすれば,乙40のうち「エース交易は電話での顧客との取引の会話内容を全て録音していると言っていたので少なくとも電話での会話は全て録音してあるはずです。」(乙40の六項)との記載部分は信用性が高いと考えられるところ,いったんは電話で1271円以上という趣旨で「71以上でお願いしたいんですけど」と言って注文を受けたCが,実際には1270円で取引を成立させることについて電話で了承を得たというのであれば,そのような重要な電話の内容を録音しておかないということはあり得ないと考えられる。

(2)  以上によれば,被告が,2000年(平成12年)1月12日に原告にしたのは,指値値段を1271円以上とする東京白金55枚の売玉の注文であると推認することができるのであり(被告は,株式取引の経験から「指値」という言葉の意味は理解していたところ,本件の取引全般について,指値注文をしたことがない旨の供述をしているが[被告本人5頁,6頁],これは指値注文をしているという明確な意識を有してCやBとの注文に関する話をしていたわけではないという趣旨であると考えられる。この注文については,上記の電話での会話の内容及び値段の違いはあれ原告の売注文伝票にも「指値」である旨が記載されていることから,指値注文がされていたと認められる。),この認定を覆すに足りる証拠はない。乙3の4のうち,この認定に反する部分(指値値段を1270円とする記載部分や同日午前9時57分に原告側から被告に電話で注文を受けた旨の記載部分など)は,乙2の1と対比して採用することができない。

(3)  そうすると,原告は,1271円以上という指値で被告から注文を受けながら,その注文に反して,その指値値段よりも安い1270円で売り取引を成立させたのであるから,この取引は,原告が被告の注文に基づかずに行った無断売買であるということになる。

そして,この無断売買を被告が追認したとの主張も,そのような事実を認めるに足りる証拠もないので,この無断売買による法律効果は,原告と被告との関係においては,被告に帰属しないというべきである。もっとも,被告は,上記取引のあった日に,この取引を含めて記載された残高照合通知書(甲6)に署名するとともに,「残高照合回答書」の1欄について「(1) 通知書の通り相違ありません。」との回答の(1)に丸印を付している。また,この通知書の「現在の建玉の内訳及び必要証拠金額」の表には,上記取引の成立値段の欄に「1270」という数字が記載されてはいる。しかし,指値の違いが1270円と1271円と1円であること,注文どおりの取引がされていないという疑いを抱かない限りは,そのような表を見て,注文と違うことに気づくことは容易ではないと考えられることからすれば,この通知書に被告が署名する際に,原告側から被告に対して,同日の取引が指値と違う値段でされたことについて説明があり,そのことを被告が納得したうえで署名したといったような事情がない限りは,被告の署名があるという事実だけで追認があったと推認することはできない。そして,そのような原告側からの説明があった等の事情は認められないことからすれば,追認があったと認めることはできない。なお,上記通知書は,この程度の書類なのであるから,この通知書に被告が署名していることをもって,そもそもの被告の指値値段が1270円であったと推認することもできない。

(4)  この無断売買によって被告が売ったとされた55枚の東京白金は,約定値段1751円で同年2月10日に決済されており,それによって取引差金1322万7500円の計算上の損失を発生させている。また,売り(新規)の際の委託手数料18万7000円,消費税9350円,買い(仕切り)の際の委託手数料20万3500円,消費税1万0175円を加え,この無断売買によって,被告には1363万7525円の差引損が発生している(上記前提となる事実)。

上記のとおり,原告と被告との間では,この損失は被告に帰属させられるべきではなく,原告に帰属させられるべきものであるし,既にこれが被告に帰属するものとして被告から原告に対して支払われているならば,その分については,原告の無断売買によって被告に生じた損害として,債務不履行ないし不法行為に基づき,被告が原告に対して損害賠償請求できるものというべきである。なお,原告の無断売買によって生じた損害であるから,この1363万7525円の損害については,過失相殺はあり得ないものというべきである。

(5)  なお,このように,被告とCとの電話での会話では明らかに1271円以上で売注文をすることになっているのに,原告の売注文伝票(乙3の4)では,指値が1270円であるかのような記載になっていることからして,原告では,被告との取引において,注文が通って成立した値段をそのまま「指値」として注文伝票に記載しているのではないかとの疑念が生じる。

そして,この点について検討するに,1999年(平成11年)11月11日の白金10枚の売りは,伝票上は指値1256円,成立も1256円であるが(乙3の1),被告とCとの同日午前9時02分から9時05分までの注文の電話では,そのような指値は出ていない(乙2の1の5頁から9頁)。そして,伝票上は同日午前9時08分に被告に電話で注文を受けたかのような記載がされているが(乙3の1),そのような電話の録音テープは証拠として提出されていない。

同様に,Cが注文を取った同月24日の白金10枚も,電話での会話では指値がないのに(乙2の1の9頁から13頁),伝票上は1268円の指値で1268円で成立したような記載になり(乙3の2),同年12月17日の白金4枚も,電話での会話では指値がないのに(乙2の1の13頁から18頁),伝票上は1260円の指値で1260円で成立したような記載になっている(乙3の3)。

これに対し,2000年(平成12年)1月20日の白金20枚については,電話でBが明確に「じゃ1310円で指し値で20枚だけ注文入れておきますんで,よろしくお願いいたします。」と言い,被告が「わかりました。」と応じることで1310円の指値による注文がされており,その旨の記載が原告の伝票にもされている(乙3の6)。乙2の1の電話の時刻と乙3の6の電話の時刻も,前者が午後1時06分から1時07分(乙2の1の48頁),後者が13時07分(乙3の6)と一致している。

以上によれば,Bが被告の注文を聞いて注文通りの取引を成立させているのに対し,Cは,被告からの指値がない場合にも,成立した値段を指値としておき,その値段でよい旨の電話確認を事前に取ったかのような伝票上の記載をしていることが認められる。したがって,原告において,上記の疑念のとおりの伝票操作が常に行われていたわけではないが,Cは,そのようないい加減な伝票操作をしばしば行っていたということができる。そして,このようないい加減なやり方をしているため,上記の55枚の白金の売りも,いつものように取引が成立した後で,それが被告の指値であったかのように伝票に記載するとともに,その取引の直前にその注文でよいことを被告に確認したかのような記載をしたところ,この件に関しては,たまたまいつもと違って,被告との電話でのやり取りの中で,Cが1271円以上でという趣旨の発言をしてしまっていたというのが真相であると推認できる。

4  (実質的一任売買その他の不当な勧誘について)

(1)  後掲各証拠(証人B,証人Cについては後記認定事実に関わる部分に限る。これらがこの限度で信用でき,この認定に反する部分については採用できないことについては,上記1(1)と同様である。)によれば次の事実が認められる。

① 被告は,上記2のとおり,1999年(平成11年)12月17日午後1時31分ころにCが掛けてきた電話の中で,被告にさらに10枚の売玉の注文を勧めるCに対して,もう金が全然ないことを繰り返し述べている。また,被告は,次に金が入ってくるのは12月25日以降であることを述べるとともに,従業員にボーナスをまだ払っていない旨を述べている。にもかかわらず,Cは,「社長,今ですね,社長今口座に15枚だけ残っているんですけども,これ3枚ぐらい売れるのですけども,これはだめですかね。」と売りを勧めて,結局白金4枚の売玉の注文を被告に了承させた(乙2の1の13頁から18頁)。

② 原告では,新規で取引を開始した顧客については,3か月の習熟期間を設けており,その間は,担当の営業社員の判断では30枚までの注文しか受けられないことになっていた(証人B12頁)。

また,原告では,顧客の預貯金の額の半分くらいの金額までしか取引ができないというのが社内規定のようになっていた(証人B21頁,22頁)。

③ Bは,Cの指示で,2000年(平成12年)1月4日,原告札幌支店のE(以下「E」という。)支店長に対し,被告が現在東京工業品取引所の東京白金を24枚建玉しているが,東京ゴム20枚の建玉を要請しているところ,被告は商品取引のルール,仕組みを熟知し,資金もあるので建玉の許可を申請する旨の建玉申請書を提出した。この申請書には,契約日が1999年(平成11年)10月21日,被告の預貯金が700万円,取引経験なし,年収900万円である旨が記載されている。この申請に対し,E支店長は100枚までの建玉を許可した(乙11,証人B13頁)。

④ Bは,2000年(平成12年)1月12日,原告に対し,被告が現在東京工業品取引所の東京白金を24枚,東京ゴムを20枚建玉しているが,東京白金85枚の建玉を要請しているところ,被告は商品取引のルール,仕組みを熟知し,資金もあるので建玉の許可を申請する旨の建玉申請書を提出した。この申請書には,契約日が1999年(平成11年)10月21日,被告の預貯金が2000万円,取引経験なし,年収900万円である旨が記載されている。この申請に対し,E支店長は200枚までの建玉を許可した(乙12)。

⑤ 被告に追証拠金がかかり,被告は2000年(平成12)1月26日に帳尻金よりの振替を含めて合計181万8750円を原告に入金しているが(上記前提となる事実),上記のとおり,Cは,翌1月27日には,ゴム60枚の売りを被告に勧め,それを了承させている(乙2の1の62頁から67頁)。

追証拠金がかかっているにもかかわらず(乙2の1の64頁によれば追い証が外れていないことが認められる。),このような取引を勧めた点について,Cは,建玉に使っている金が多いほど追い証はかかりにくいので,追い証がかかりづらくなるために建玉を勧めた旨の供述をしている(証人C22頁)。

Cは,白金のさらなる暴騰で追証拠金が再びかかる危険性,その際に追証拠金が準備できなくなる危険性を感じながらも,そのような取引を被告に勧めた。そして,その際,そういうことでさらに損失が増える危険性があるから,それを回避するために建玉を仕切ってしまうという選択肢もあることについては,Cは被告に説明していない(証人C34頁,35頁)。

以上の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。

(2)  原告の担当者であるC及びB(以下「Cら」という。)は,本件委託契約締結時においては上記のとおり,被告が日栄に対する保証債務があって困っており,必ずしも資金的に余裕があるとはいえないことを承知していたことに加え,以上の事実によれば,被告が従業員のボーナスをまだ払っていないなど事業資金にも余り余裕がないことを窺わせる発言をしているのを聞いているのであるから,被告にそれほど資金的な余裕があるとは到底信じていなかったものと推認される。上記のとおり,Cらは,被告が建玉の枚数を増やすに際しては,社内規定に従い,原告の札幌支店長に許可申請を出しているが,その中で記載されている,被告は商品取引のルール,仕組みを熟知し,資金もあるなどというのは,上記認定事実に照らし,いずれも真実に反しているというべきであるが,以上の事実からは,Cらはこれが真実に反することを認識していたものと推認できる。また,1999年(平成11年)12月17日に従業員のボーナスもまだ支払っていないと言っていた被告に,翌2000年(平成12年)1月12日には2000万円の預貯金があるなどとCらが信じていたなどとは到底考えられない。このことからすれば,2000万円の預貯金がある旨の申出書(甲7)は,被告の建玉の枚数を増やす際,形式的に原告の社内規定に従うためにCらが被告に書かせたものにすぎず,Cらも,その記載内容が真実に反することを重々承知のうえで被告に記載させたものと推認するのが相当である。

そうすると,原告は,被告の資産状況や事業資金の状況などに照らし,被告が本件のように大量の取引を行うことに適合していないことを承知のうえで,上記のように被告に断定的判断を提供して被告の投機意欲を煽りながら,あえて被告に内容虚偽の申出書を提出させるなどして,被告の取引量を増やしていったものというべきである。これは,取引の勧誘方法として極めて不適切であり,原告の被告に対する債務不履行ないし不法行為の要件に該当する違法な勧誘行為であるというべきである。

もっとも,最終的には,常に被告がCらが具体的に勧めた注文を了承するという形をとっていることもまた事実なのであって(ただし,上記の無断売買は除く。),形式的に一任売買に該当しないのは勿論のこと,実質的な一任売買ということもできない。

5  (両建について)

(1)  後掲各証拠(甲9,証人Eについては後記認定事実に関わる部分に限る。その限度でのみ信用でき,この認定に反する部分は採用できないことについては上記1(1)と同様である。)によれば,次の事実が認められる。

被告は,2000年(平成12年)2月2日,原告の札幌支店において,原告札幌支店長Eらと会い,相当な損失が出ているので,建玉のすべてを決済する方がいいのではないかという話をし,そうすることでいったん話がまとまった。しかし,被告が,Eの意見を求めたところ,Eは,決済してしまうと約1700万円の損失になるので,計算上のマイナスを止める方法として両建を被告に勧め,白金129枚のうち65枚について両建をすることになった(証人E3頁,4頁)。

Eは,同月3日午前9時06分ころに被告に電話をし,前日から出ている金とゴムの取引を仕切って,白金について両建をするかという問題について被告の考えを聞いている。Eは,いったん電話を切った後,同日午前9時23分ころに再び電話を掛け直し,前日には129枚の白金のうち65枚だけについて両建をする話であったが,129枚全部の両建をする方がよいと被告に勧めた。資金としては65枚の両建で1038万円くらい,129枚の両建で1154万円くらいであるとの説明をし,「それでよろしゅうございますか。」と言うEに対して,被告が「それしかないんであれば,そうですよね。」と言い,Eが「はい。」と答えた。EがBに電話を替わり,被告が「1000万円出せると思うんだけど,あとちょっと2,3日待ってもらうかな。」と言い,Bが「はい,わかりました。」と応じ,まず,金とゴムを仕切ることを被告がBに依頼した。さらに同日午前10時04分ころ,Eが被告に電話をし,129枚の両建をすることを被告が依頼した。そして,両建がされ,Eが被告に1119万0310円を同月8日までに入れるように伝えた(乙2の1の68頁から82頁)。

被告は,原告に対し,現在東京工業品取引所の東京白金10月限に売玉129枚の建玉があるが,東京白金10月限に買玉129枚の建玉を申し出る旨の2000年(平成12年)2月3日付けの申出書を提出した(乙14)。

結局,被告は,すぐには金を出せないが,同月8日までに1119万0310円を必ず入金するという念書(甲11)を原告に差し出すことにより,原告が被告の名で129枚の同限月の白金の買い注文を入れて取引を成立させることにより,両建をした(証人E)。

(2)  以上の事実によれば,原告は,いったん白金129枚の売玉を仕切ってしまおうと考えた被告にあえて白金の両建を勧め,しかも被告が前日には65枚の両建をすることに決めており,かつ,とりあえずは1000万円しか用意できないと言っているにもかかわらず,1119万0310円の資金を必要とする129枚の両建を勧め,これを了承させたことになる。これは,ただでさえ被告の損失が多額に及んでいるにもかかわらず,さらに取引量を拡大させるものであり,しかも,被告において事前に必要な証拠金を入金することができないにもかかわらず129枚もの大量の買玉が勧められたものであり,極めて不適切な勧誘であったというべきである。また,この両建は,いったん損害額を固定した後で,うまく両建を外すことによって利益を得ようとするものではあるが,両建が継続している間は何らの利益もなく,委託手数料等により損失が増大するだけであること,両建をうまく外すことは相当困難であり,外し方を失敗するとさらに損害が増大することからすれば,1119万0310円もの証拠金を事前にではなく,後日に入金するしかない状態の被告に勧めるのは極めて不適切であり,この両建の勧誘は違法であったというほかない。

6  以上のとおり,原告には,適合性原則,商品先物取引の仕組みや危険性についての説明義務,断定的判断提供の禁止,無断売買の禁止等に照らして,違反行為や不適切な行為が多々見られる。また,両建の勧誘も極めて不適切であり,違法であったというほかない。

特に,上記認定の無断売買(これは1回だけではあるが,白金の55枚の売りに関するものであり,量的には大きい。)と繰り返し行われた断定的判断の提供は,きわめて違法性が高いというべきである。

そして,無断売買はもとより,断定的判断の提供その他上記認定の一連の違法な勧誘が,本件委託契約において,原告の被告に対する債務不履行を構成する行為に該当することは言うまでもない。

そして,上記認定事実に照らせば,本件委託契約に基づいて発生した被告の1706万7615円(無断売買の効果は原告と被告との間では被告に帰属しないというべきであるが,原告の無権代理行為により被告に損害が発生したことになる。)は,すべて,これらの無断売買及び断定的判断の提供その他の不適切な勧誘によって生じたものというべきである。なお,上記認定の無断売買については,上記認定のとおり,原告が注文と違う取引を成立させたのは指値の部分だけであり,しかもそれは1円の違いであるので,注文通りの指値で取引を成立させたとしても,大差のない損害が発生したともいえる(だからといって,指値の限度でこの無断売買による取引が被告の注文による取引として有効であるとはいえないと解すべきである。)。しかし,そもそも,被告の注文どおりの取引がされたとしても,この注文自体,上記認定のとおりのCの断定的判断の提供に基づいて行われたものなのであるから,それによる損害のすべてが,原告の債務不履行によって発生したとの認定を左右するものではない。

そうすると,原告の債務不履行によって被告に生じた取引上の損害額は1706万7615円であるということになる。

上記認定のとおり,無断売買は勿論,断定的判断の提供も極めて悪質であり,それらが本件による損害の大部分を発生させており,それらによって生じた損害については上記のとおり過失相殺をすべきではないといえること,その他の一連の不適切で違法な勧誘も相当に悪質であること,本件委託契約締結からわずか3か月余りの期間に以上のとおりの一連の違法な勧誘を継続することによって建玉の枚数を増大させ,いったん仕切ることを決めた被告に両建を勧めたりまでし,結局1700万円以上の損失を発生させていることなど原告側の責任の重大さに鑑みれば,被告が無断売買の点は除き一応全ての取引について承諾をし,自己の意思で取引を行ったことなど被告に全く落ち度がないとまではいえないことを考慮に入れても,専ら原告側に責任があると評価すべきであって,過失相殺をするのは相当ではない。

そして,被告は,上記の1706万7615円の損害賠償債権を自働債権として,対当額で原告の被告に対する差損金請求権による債権とを相殺する旨の意思表示をしているので,原告の被告に対する本訴差損金請求権は上記相殺によって消滅し,本訴請求には理由がないこととなる。一方,被告の原告に対する本件委託契約の債務不履行による損害賠償としての919万0280円の支払請求には理由があることになる。そして,本件の事案及び認容額に鑑みれば,この債務不履行と相当因果関係にある弁護士費用分の損害は100万円を下回ることはないと認めることができる。

したがって,その余について判断するまでもなく,被告の主位的請求はすべて理由があることになるが,原告の請求債権は,上記の相殺によって消滅するので,原告の請求には理由がないこととなる。

第4結論

よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,被告の主位的請求は理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 寺西和史)

<以下省略>

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