札幌地方裁判所 平成12年(ワ)1592号 判決 2001年8月24日
東京都中央区<以下省略>
本訴原告兼反訴被告
株式会社コーワフューチャーズ
(以下「原告」という。)
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
山田庸男
同
李義
同
岡伸夫
同
中世古裕之
同
二宮誠行
同
小野昌史
同
西村勇作
同
増田広充
札幌市<以下省略>
本訴被告兼反訴原告
Y(以下「被告」という。)
同訴訟代理人弁護士
諏訪裕滋
同
青野渉
同
中村歩
同
荻野一郎
主文
1 (本訴請求につき)
被告は原告に対し,700万円及びこれに対する平成12年4月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 (反訴の主位的請求につき)
(1) 原告は被告に対し,3728万8075円及びこれに対する平成11年12月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 被告のその余の反訴請求を棄却する。
3 訴訟費用は,本訴反訴を通じてこれを2分し,その1を原告の,その余を被告の各負担とする。
4 この判決は,主文第1項については原告において,主文第2項(1)については被告において,それぞれ仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 被告は原告に対し,700万円及びこれに対する平成12年4月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 被告の反訴請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,本訴反訴を通じて,被告の負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 被告
(1)ア(反訴主位的請求)
原告は被告に対し,6659万5100円及びこれに対する平成11年12月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
イ(反訴予備的請求)
原告は被告に対し,6659万5100円及びこれに対する平成11年12月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 原告の本訴請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,本訴反訴を通じて,原告の負担とする。
(4) 仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,原告(顧客から委託を受けて商品先物取引をすることを主な営業目的とするいわゆる商品先物取引業者)が,被告の委託を受けて商品先物取引をしたところ,原告が被告に対し,上記取引に関して,700万円の精算金が生じたとして,その精算金及びその附帯金の支払を求めた事案(本訴)と,被告が原告に対し,上記取引に関して,原告に債務不履行又は不法行為があり,これによって被告が6659万5100円の損害を被ったとして,その損害金及びその附帯金の支払を求めた事案(反訴)である。
第3本訴についての当事者双方の主張
1 請求原因
(1) 原告の営業目的等
原告は,顧客から,穀物及び貴金属等の商品の先物取引の委託を受け,自己の名をもって委託者の計算において上記商品の先物取引をすること等を業とする株式会社であり,かつ,東京穀物商品取引所,東京工業品取引所その他の商品取引所の構成員である会員(商品取引所法23条参照)であるとともに,上記各商品取引所において上記商品の取引の委託を受ける資格を有する商品取引員(同法126条参照)である。
(2) 基本契約の締結
被告は,平成11年4月9日,原告との間で,東京穀物商品取引所,東京工業品取引所その他の商品取引所の定める受託契約準則の定めに従って商品先物取引をすることを原告に対して委託する旨の契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。
(3) 具体的な商品先物取引
原告は,被告の委託を受けて,被告の計算において,別紙取引計算一覧表に記載のとおり,平成11年4月14日から同年12月15日までの約8か月間に,合計71回にわたり,商品先物取引をし(以下「本件取引」という。),同日,原被告は,本件基本契約に基づく委託取引を終了した。
(4) 本件取引の結果
本件取引の結果,被告には,同一覧表の最下段の「総計」欄に記載のとおり,取引そのものにより5426万2000円の差損(以下「本件取引による差損」という。)が発生し,これに原告に対して支払うべき手数料及び消費税を加算すると,6779万6500円の差損(以下「本件取引による集計差損」という。)が発生した。
(5) 本件取引における委託証拠金の出入状況
被告は,本件取引に関する委託証拠金として,別紙証拠金等計算書の「第1 証拠金」中の番号欄1ないし7に記載のとおり,原告に対し,平成11年4月13日から同年11月10日までの間に,合計6559万5100円を預託し,同番号欄8に記載のとおり,同年11月24日,原告から,そのうちの500万円の返還を受けた。
この結果,被告が原告に対して平成11年11月25日以降に預託していた委託証拠金の累計額は,6059万5100円となった。
(6) 精算金支払義務
原被告が本件基本契約に基づく委託取引を終了した平成11年12月15日時点で,被告の本件取引による集計差損は6779万6500円であり,被告がその時点で原告に対して預託していた委託証拠金の累計額は6059万5100円であった。
したがって,被告は,原告に対し,その時点で,上記の各金額の差額の720万1400円の精算金の支払義務があった。
(7) 一部弁済
被告は,平成11年12月27日,原告に対し,上記精算金の一部として,20万1400円を支払った。
(8) まとめ
よって,原告は被告に対し,本件基本契約の終了に基づき,精算金残金700万円及びこれに対する弁済期以後の日である平成12年4月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)ないし(5)の事実は認める。
(2) 同(6)第1文の事実は認め,同第2文の主張(被告が原告に対して精算金支払義務があったこと)は争う。
(3) 同(7)の事実は認める。ただし,被告が原告に対して精算金支払義務があったものではないから,被告の原告に対する支払は,非債弁済である。
(4) 同(8)の主張は争う。
3 抗弁
(1) 本件取引に関する違法行為を理由とする信義則違反
後記第4の1の「請求原因(2)」に記載のとおり,原告には,本件取引に関して,債務不履行又は不法行為に該当する違法行為があったところ,これによれば,原告の被告に対する精算金支払請求は,信義則に違反するものとして許されない。
(2) 原告が和解案を送付したことを理由とする信義則違反
原告は,本件基本契約に基づく委託取引終了後から約半年後である平成12年5月10日,「原告は被告に対し,精算金支払請求権700万円を放棄する。原告は被告に対し,和解金として600万円を支払う。」旨の和解案(以下「本件和解案」という。)を送付した。
しかし,被告が本件和解案を承諾しない旨の回答をするや,原告は,同年6月23日,被告に対し,精算金の支払を請求する本訴を提起したものであり,この請求は,信義則に違反するものとして許されない。
4 抗弁に対する認否
(1) 抗弁(1)の主張は,争う。
(2) 同(2)の第1文の事実は認め,同第2文の主張は争う。
第4反訴に関する当事者双方の主張
1 請求原因
(1) 本訴請求原因(1)ないし(5)と同じ。
(2) 原告の違法行為
ア 法令その他の定め
(ア) 商品取引所法及び同法施行規則の定め
商品取引所法(昭和25年法律239号,平成10年法律42号による改正後のもの。なお,下記の部分は,同法律42号附則1条柱書き本文,平成11年3月政令79号により,平成11年4月1日から施行された。以下,単に「法」という。)及び商品取引所法施行規則(昭和25年8月31日農林水産・通商産業省令7号,平成11年3月同省令3号による改正後のもの。なお,下記の部分は,同省令3号附則1条柱書きにより,平成11年4月1日から施行された。以下,単に「法施行規則」という。)は,次のとおり定めている。
① 登録外務員以外の者による取引の受託等又は委託の勧誘の禁止について,法136条の4第1項は,「商品取引員は,その役員及び使用人であつて,その商品取引員のために商品市場における取引の受託等又は委託の勧誘を行うもの(以下「外務員」という。)について,主務大臣の行う登録を受けなければならない。」と,その第2項は,「商品取引員は,前項の規定による登録に係る外務員(以下「登録外務員」という。)以外の者に外務員の職務を行わせてはならない。」と定めている。
② 誠実かつ公正の原則について,法136条の17は,「商品取引員並びにその役員及び使用人は,顧客に対して誠実かつ公正に,その業務を遂行しなければならない。」と定めている。
③ 不当な勧誘等の禁止について,法136条の18柱書きは,「商品取引員は,次に掲げる行為をしてはならない。」と定め,同条の1号は,(a)断定的判断の提供の禁止として,「商品市場における取引につき,顧客に対し,利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘すること。」と,同2号は,(b)損失補填等の禁止として,「商品市場における取引につき,顧客に対し,損失の全部若しくは一部を負担することを約し,又は利益を保証して,その委託を勧誘すること。」と,同3号は,(c)包括委託等の禁止として,「商品市場における取引につき,数量,対価の額又は約定価格等その他の主務省令で定める事項についての顧客の指示を受けないでその委託を受け,又はその委託の取次ぎを引き受けること。」と,同5号は,(d)その他の禁止行為として,「前各号に掲げるもののほか,商品市場における取引又はその受託等に関する行為であつて,委託者の保護に欠け,又は取引の公正を害するものとして主務省令で定めるもの」を掲げ,これを受けた法施行規則46条柱書きは,「法第136条の18第5号の主務省令で定める行為は,次の各号に掲げるものとする。」と定め,同条の3号は,(α)無断売買又は一任売買の禁止として,「顧客の指示を受けないで,顧客の計算によるべきものとして取引をすること(受託契約準則に定める場合を除く。)」,同10号は,(β)顧客が決済を結了する旨の意思表示後の取引の勧誘の禁止として,「商品市場における取引の委託につき,転売又は買戻しにより決済を結了する旨の意思を表示した顧客に対し,引き続き当該取引を行うことを勧めること。」,同11号は,(γ)両建の禁止として,「商品市場における取引の委託につき,顧客に対し,特定の上場商品構成物品等の売付け及び買付けその他これに準ずる取引とこれらの取引と対当する取引の数量及び期限を同一にすることを勧めること。」を定めている。
④ 改善命令等として,法136条の25第1項柱書きは,「主務大臣は,商品取引員の財産の状況又は受託等業務の運営が次の各号の一に該当する場合において,商品市場における秩序を維持し,又は委託者を保護するため必要かつ適当であると認めるときは,その必要の限度において,当該商品取引員に対し,財産の状況若しくは受託等業務の運営を改善するため必要な措置をとるべきことを命じ,又は3月以内の期間を定めて商品市場における取引若しくはその受託等の停止を命ずることができる。」と定め,その4号は,「商品市場における取引の受託等について,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行つて委託者の保護に欠けることとなつており,又は欠けることとなるおそれがある場合」と定めている。
(イ) 商品取引所の定める受託契約準則の定め
東京工業品取引所は,その開設する商品市場における取引の委託を受けることに関する受託者(商品取引員である商品先物取引業者)と委託者との間の契約は,同取引所の定める受託契約準則の定めに従ってされることを要求している。
その受託契約準則24条柱書きは,「一任売買等の禁止」との表題の下に,「受託会員は,商品市場における取引につき,次に掲げる行為をしてはならない。」と定め,その1号として,「第6条各号に掲げる事項(注記:取引の種類,商品の種類,限月,売付け又は買付けの区別,新規又は仕切りの区別,枚数,指値又は成行の区別等の事項)の全部又は一部についての顧客の指示を受けないでその委託を受けること。」,その2号として,「顧客の指示を受けないで,顧客の計算によるべきものとして取引をすること。」を掲げる。
他の商品取引所の定める受託契約準則の定めも同様である(以下,東京工業品取引所その他の商品取引所の定める受託契約準則を,単に「受託契約準則」という。)。
(ウ) 日本商品先物取引協会の定める受託等業務に関する規則の定め
日本商品先物取引協会(平成11年4月1日に施行された法136条の40に基づき,主務大臣の認可を受けて,会員である商品取引員によって設立された法人。以下「日商協」という。なお,その前身は,民法に基づき設立された社団法人日本商品先物取引員協会である。)は,会員である商品取引員の総意に基づき,三つの自主規制規則を定め,その一つとして,委託者の保護を図ること等を目的として,受託等業務に関する規則(以下「受託等業務に関する規則」という。)を定めている。
この規則3条は,「適合性の原則」という表題の下に,その1項は,「会員は,商品市場における取引について,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる受託等業務を行ってはならない。」と,その2項は,「会員は,不適当と認められる受託等業務を行うことのないよう,顧客の適合性を調査し,先物取引に不適合と判断される者の参入を防止しなければならない。」と,その3項は,「会員は,取引開始後においても,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不相応と認められる過度な取引が行われることのないよう,適切な委託者管理を行うものとする。」と定めている。
この規則4条は,「取引の自己責任原則の徹底」という表題の下に,その1項柱書きは,「会員は,受託等業務にあたっては,次のことを行うとともに,法第136条の19に規定する書面の内容を説明することにより,先物取引は投資者自身の判断と責任において行うべきものであることについて,顧客の理解と認識を得なければならない。」と定め,その各号として,「(1)勧誘目的の告知,(2)取引の仕組み及びその投機的本質及び預託資金を超える損失が発生する可能性についての説明,(3)取引意思についての確認,(4)その他顧客に取引の自己責任についての自覚を促すために必要な情報の提供」を掲げ,その2項は,「前項第2号の説明にあたっては,取引のために預託した証拠金額をはるかに超える金額の取引を行っている事実及び委託追証拠金制度の概要についても説明するものとする。」と定めている。
また,この規則5条は,「禁止行為」という表題の下に,その1項柱書きは,「会員は,法その他関係法令及び受託契約準則に規定するもののほか,次に掲げる行為を行ってはならない。」と定め,その4号は,「顧客に対し,取引の仕組み,その投機的本質及び損失が発生する可能性等,前条第1項第2号及び第2項に規定する内容について,事前交付書面に基づいて説明をしないで勧誘し,受託し,又は委託の取次ぎを引き受けること。」と定めている。
イ 原告の具体的な違法行為
(ア) 勧誘段階
① 登録外務員以外の者による勧誘行為
a 法136条の4は,前記のとおり,登録外務員以外の者による取引の受託等又は委託の勧誘の禁止を定めている。
b しかるに,原告は,その従業員であり,登録外務員ではないB(以下「B」という。)に対し,商品先物取引の受託をするようにノルマを課した。
c Bは,そのノルマを達成するため,被告に商品先物取引の委託の勧誘をし,平成11年4月9日,被告との間で本件基本契約を締結し,同月14日以後,被告から本件取引を受託した。
② 断定的判断の提供
a 法136条の18第1号は,前記のとおり,商品市場における取引につき,顧客に対し,利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することを禁止している。
b しかるに,原告の従業員Bは,被告に対し,「商品取引は,今がチャンスで,今が最高です。」,「絶対損はかけないし,半年でビルを建てられるくらい儲けさせてみせる。」などと言って,商品先物取引の委託をすることを勧誘した。
③ 説明義務違反
a 受託等業務に関する規則4条1項,同項2号,5条1項4号は,前記のとおり,顧客に対し,商品先物取引の仕組み,その投機的本質及び損失が発生する可能性等について,事前交付書面に基づいて説明をすべきものとし,その説明をしないで勧誘することを禁止している。
b 被告は,商品先物取引について全く経験がなかったところ,原告の従業員Bは,被告に対し,商品先物取引の仕組み等についてほとんど説明をしなかった。
(イ) 取引の継続段階
① 新規委託者保護義務違反,適合性原則違反
a 法136条の25第1項4号,受託等業務に関する規則3条は,前記のとおり,商品取引員は,商品市場における取引について,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当又は過当と認められる受託等業務を禁止している。
また,新規委託者保護のためには,建玉を20枚に制限するべきである。
b 被告は,新規委託者であり,また,資産も700-800万円に過ぎなかったところ,原告の従業員Bは,最初に本件取引をした平成11年4月14日,いきなり100枚の建玉をし,その2週間以内に合計300枚もの建玉をした。
② 一任売買
a 法136条の18第3号,法施行規則46条3号,受託契約準則24条は,前記のとおり,包括委託及びこれに基づく一任売買を禁止している。
b しかるに,原告の従業員Bは,被告に対し,「自分に任せればビルを建てられるくらい儲けさせてみせる。」などの甘言を弄して包括的な委託を受け,一任売買によって本件取引をした。
③ 両建
a 法施行規則46条11号は,前記のとおり,両建を禁止している。
b しかるに,原告の従業員Bは,東京穀物商品取引所におけるとうもろこしの取引に関し,平成11年9月16日に売り及び買いを各100枚ずつ,同取引所におけるアラビカコーヒーの取引に関し,同年12月8日に売り及び買いを各100枚ずつの両建の建玉をしている。
(ウ) 取引終了段階
① 仕切回避
a 本件取引は,平成11年11月9日で仕切れば,1148万5000円の益が出ていた。また,同月10日で仕切れば,883万5000円の益が出ていた。
b しかるに,原告の従業員Bは,被告に対し,その事実を告げず,これにより,被告が本件取引を仕切ることを妨げた。
② 仕切拒否
a 法施行規則46条10号は,前記のとおり,商品市場における取引の委託につき,転売又は買戻しにより決済を結了する旨の意思(すなわち,仕切り)を表示した顧客に対し,引き続き当該取引を行うことを勧めることを禁止している。
b しかるに,原告の従業員Bは,平成11年11月10日ころから同月24日までの間に,被告から本件取引を仕切るように指示されたが,これを拒否した。
③ 無断売買
a 無断売買は,前記のとおり,禁止されている。
b しかるに,原告の従業員Bは,平成11年11月10日以後,被告に無断で,本件取引をした。
その具体的な内容は,平成11年11月10日,関門商品取引所でブロイラー100枚の買いを建て,また,同月17日から同月26日にかけて,東京穀物商品取引所でアラビカコーヒー合計676枚の売りを建てたことなどである。
④ 過当取引
a 過当取引は,前記のとおり,禁止されている。
b しかるに,原告の従業員Bは,平成11年11月17日から同月26日にかけて,東京穀物商品取引所でアラビカコーヒー合計676枚の売りを建て,同日時点での建玉は,上記676枚のほか,東京穀物商品取引所でのとうもろこし295枚,関門取引所でのブロイラー100枚があり,その総建玉数は,1071枚にもなるものであった。
ちなみに,東京穀物商品取引所でアラビカコーヒー合計676枚の売りの建玉のみでも,その委託証拠金は,1枚当たり8万円であったので,5408万円であり,また,その委託手数料は,343万7000円であった。
ウ 小まとめ
以上のとおり,原告の従業員Bは,被告に対し,勧誘段階,取引の継続段階及び取引終了段階において,法,法施行規則,東京工業品取引所等の定める受託契約準則,日商協の定める受託等業務に関する規則等に違反する種々の違法行為をし,これにより,被告をして本件基本契約を締結させ,また,本件取引を委託させたものである。
(3) 被告の被った損害
ア 原告の従業員Bの上記のような違法行為によって,被告は,原告との間で本件基本契約を締結させられ,また,原告に対して本件取引を委託させられたものであり,これにより,被告は,原告に対し,委託証拠金の累計額として6059万5100円を預託し,また,平成11年12月27日に精算金の一部として20万1400円を支払ったものである。
この合計額6079万6500円は,被告の被った損害である。
イ また,被告は,上記損害の回復のために,弁護士である代理人に対して反訴を提起してこれの遂行を委任することを余儀なくされたところ,その弁護士費用は,579万8600円とするのが相当である。
ウ したがって,上記損害金6079万6500円及び弁護士費用579万8600円の合計額6659万5100円が被告の被った総損害額である。
(4) まとめ
よって,被告は原告に対し,主位的には,債務不履行による損害賠償請求権に基づき,損害金6659万5100円及びこれに対する本件基本契約終了日の翌日である平成11年12月16日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を支払うことを求め,予備的には,不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害金6659万5100円及びこれに対する不法行為以後の日である平成11年12月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
2 請求原因に対する認否反論
(1) 請求原因(1)の事実は認める。
(2)ア 同(2)アの法令その他の定めがあることは認める。
イ 同(2)イの主張及び事実はすべて争う。
① Bは,原告に入社する前には,日進貿易株式会社に勤務しており,日進貿易株式会社在勤中の平成11年2月末ころから,被告に対する商品先物取引の委託の勧誘行為をしていた。そして,その際,Bが被告に対して断定的判断を提供して商品先物取引の委託を勧誘していたとしても,それは,原告の従業員としての行為ではなく,日進貿易株式会社の従業員としての行為であるに過ぎない。
また,原告と被告との間の本件基本契約の締結に当たっては,原告の従業員であり,登録外務員であるC(以下「C」という。)が担当しているものであって,Bは,これまでの経緯から,その場に同席しているものである。
したがって,原告の登録外務員以外の者が被告に対して勧誘行為をしたとはいえないし,原告の従業員が断定的判断を提供したともいえない。
② 被告は,本件基本契約締結当時,52歳であり,長期にわたってクリーニング業を営む傍ら,貸金業をも営んでいたものである。このような被告は,十分に社会的な経験を積んで思慮分別のある人物であり,その資金力も十分にあった。そして,被告は,商品先物取引についての知識を有しており,同取引が利益を得られる反面,損失を被る危険があることも知っていた。
したがって,原告が被告に対し,説明義務を怠ったとはいえないし,新規保護義務,あるいは適合性原則に違反したともいえない。
③ 両建は,決して不法な取引手法ではない。
④ 被告は,自らの判断で,Bに対し,包括的な委託をし,一任売買をさせたものである。また,Bは,被告に対し,本件取引の結果及び市況について,1週間に約2回の割合で報告している。
したがって,被告がした包括的な委託及びこれに基づいてBがした一任売買は,違法というべきものではない。
⑤ 平成11年11月10日以後の本件取引は,被告がさらなる利益を求めて取引を継続する意思に基づいてされたものである。
したがって,Bが仕切回避をしたり,仕切拒否をしたことはなく,また,それらの取引は,無断売買でも,過当取引でもない。
ウ 同(2)ウの主張は争う。
(3) 同(3),(4)の主張は争う。
3 抗弁
被告は,貸金業を営み,金融に明るく,さらに商品先物取引の仕組みや内容を理解し,自ら積極的に,Bに対し,その判断を信頼して,資金の運用を任せ,また,Bから,本件取引の内容及び経過の報告を受けていた。そして,被告は,Bからの報告を受けて,損失の穴埋めとさらなる利益の追及のために,本件取引を継続したものである。
以上の事実にかんがみると,被告には,少なくとも5割を超える過失があるから,被告の損害賠償請求権を認めるとしても,上記程度の大幅な過失相殺を認めるべきである。
なお,被告は,消費者契約法及び金融商品販売法を援用して,過失相殺を争うが,同各法は,平成13年4月1日から施行されたものであり,本件基本契約及び本件取引に適用があるものではない。
4 抗弁に対する反論
(1) 消費者契約法の観点から
ア 平成13年4月1日,消費者契約法が施行された。同法4条1項柱書きは,「消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。」と定め,同項2号は,その行為として,「物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し,将来におけるその価額,将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。」,その誤認として,「当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認」と定めている。
イ 本件基本契約は,原告の従業員Bの被告に対する断定的判断の提供により,被告が必ず儲かると誤信して原告に委託したものであるから,消費者契約法4条1項2号によれば,本件基本契約そのものが取り消すことのできるものである。
ウ したがって,被告は原告に対し,原告に支払った金員の全額を不当利得として返還することを求めることができるものである。
エ 上記の点にかんがみると,本件につき,被告に生じた損害につき過失相殺をすることは許されない。
(2) 金融商品販売法の観点から
ア 平成13年4月1日,金融商品販売法が施行された。同法4条は,「金融商品販売業者等の損害賠償責任」との表題の下に,「金融商品販売業者等は,顧客に対し前条の規定により重要事項について説明をしなければならない場合において,当該重要事項について説明をしなかったときは,これによって生じた当該顧客の損害を賠償する責めに任ずる。」と,また,5条は,「損害の額の推定」との表題の下に,その1項は,「顧客が前条の規定により損害の賠償を請求する場合には,元本欠損額は,金融商品販売業者等が重要事項について説明をしなかったことによって当該顧客に生じた損害の額と推定する。」と定めている。
イ 本件取引は,原告の従業員Bの被告に対する説明義務違反により,被告が原告に委託し,損害を被ったものであるから,金融商品販売法4条,5条によれば,原告は被告に対して元本欠損額を損害として支払わなければならないものである。
ウ したがって,被告は原告に対し,原告に支払った金員の全額を損害として賠償することを求めることができるものである。
エ 上記の点にかんがみると,本件につき,被告に生じた損害につき過失相殺をすることは許されない。
(3) 仕切回避・仕切拒否の観点から
ア 本件取引は,平成11年11月9日で仕切れば1148万5000円の益が,また,同月10日で仕切れば883万5000円の益がそれぞれ出ていたにもかかわらず,原告の従業員Bは,被告に対し,その事実を告げず,これにより,被告が本件取引を仕切ることを妨げたこと,また,Bは,平成11年11月10日ころから同月24日までの間に,被告から本件取引を仕切るように指示されたが,これを拒否したことは,前記請求原因(2)イ(ウ)①,②のとおりである。
イ そして,原告の従業員Bは,上記仕切回避,仕切拒否の後,前記請求原因(2)イ(ウ)③,④のとおり,無断売買及び過当取引をし,これによって,被告は,原告に差し入れた証拠金を上回る損失を被った。
したがって,被告には,被告に生じた損害につき,何らの落ち度はなく,原告の従業員Bの行為によって,一方的に損害を被ったものである。
ウ 上記事実によれば,被告には,過失相殺をすべき事由がない。
第5当裁判所の判断
1 本訴請求について
(1) 請求原因(1)ないし(5)の事実,同(6)第1文の事実及び同(7)の事実は,当事者間に争いがない。
以上の事実によれば,被告は,原告に対し,本件基本契約の終了に基づき,精算金残金700万円及びこれに対する弁済期以後の日である平成12年4月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといえる。
(2) 被告は,抗弁(1)において,「原告には,本件取引に関して,債務不履行又は不法行為に該当する違法行為があったところ,これによれば,原告の被告に対する精算金支払請求は,信義則に違反するものとして許されない。」旨主張する。
しかし,後記2で認定のとおり,原告には,本件取引に関して債務不履行又は不法行為に該当する違法行為があったものではあるが,これをもってしては,本件基本契約あるいは本件取引が無効であると認めることはできず,また,原告の被告に対する精算金支払請求が信義則に違反するものとして許されないものとまでは認めることはできない。
なお,被告としては,原告に対し,後記2で認定した違法行為による損害賠償請求権を有するのであるから,この損害賠償請求権をもって原告の被告に対する精算金支払請求権と対当額で相殺することが可能であることはいうまでもない。
(3) また,被告は,抗弁(2)において,「原告は,本件基本契約に基づく委託取引終了後から約半年後である平成12年5月10日,『原告は被告に対し,精算金支払請求権700万円を放棄する。原告は被告に対し,和解金として600万円を支払う。』旨の本件和解案を送付したが,被告が本件和解案を承諾しない旨の回答をするや,原告は,同年6月23日,被告に対し,精算金の支払を請求する本訴を提起したものであり,この請求は,信義則に違反するものとして許されない。」旨主張する。
しかし,被告が本件和解案を承諾しなかった以上,原被告間に本件和解案どおりの和解が成立しているのではないから,原告が被告に対して上記内容の本件和解案を送付したことをもって,直ちに,原告が被告に対して精算金の支払を請求することが信義則に違反するものとして許されないものとは認められない。
(4) 以上によれば,原告の被告に対する本訴請求は理由がある。
2 反訴請求について
(1) 請求原因(1)の事実は当事者間に争いがない。
(2) 同(2)アの法令その他の定めのあることは当事者間に争いがない。
(3) そこで,同(2)イの事実(原告の具体的な違法行為)について検討する。
ア 当事者間に争いがない請求原因(1)の事実に加えて,甲第1,第2号証,第3号証の1ないし5,第4,第5号証,第6ないし第22号証,第24ないし第28号証,第35号証,第37号証,乙第7号証,第15,第16号証,第22ないし第24号証,証人Bの証言,被告本人尋問の結果(ただし,甲第24号証及び乙第22号証中の各記載並びに被告本人の供述中,後記信用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 被告は,昭和22年○月○日生まれの男性であり,昭和40年ころ,a高等学校を卒業し,同校卒業と同時に,叔父の経営するベニヤ工場で働き,5年後の昭和45年ころ,独立してクリーニング業を開業するようになり,その傍ら,昭和48年ころから,貸金業法に基づき妻名義での登録をして貸金業をも営み,本件基本契約を締結した平成11年4月9日当時は,貸金業法に基づく登録をせずに貸金業を営んでいた。(被告本人調書28頁,29頁)。
(イ) Bは,昭和16年○月○日生まれの男性であり,昭和42年10月ころから平成8年12月ころまでの約29年間,商品先物取引を主な営業目的とする豊商事株式会社の札幌支店に勤務し,また,平成9年2月ころから平成11年3月末までの約2年間,商品先物取引を主な営業目的とする日進貿易株式会社に勤務し,平成11年4月初め,日進貿易株式会社に勤務していた当時の部下約20人を引き連れて,原告の第二統括第二営業本部第三事業部長として原告に入社し,同年5月ころ,原告における登録外務員となり,平成12年1月14日ころ,原告を退職した(甲第22号証,乙第23号証,証人B調書)。
(ウ)① 被告とBとは,Bが日進貿易株式会社に勤務し,同社の登録外務員であった平成11年2月又は3月ころ,スナックで知り合い,何度か話をするうちに親しくなり,Bは,被告に対し,上記スナックにおいて,あるいは,被告の経営しているクリーニング店において,折りに触れて「商品先物取引は,儲かる。」,「半年でビルを建てた人もいる。」などと話すとともに,「儲けさせてあげるので,任せて欲しい。」との旨申し向け,被告から,信頼を得,委託証拠金として2000万円を預託してもらい,包括的な委託を受けて,商品先物取引をすることの内諾を得た。
② 商品先物取引の委託の勧誘等をする登録外務員は,いわゆる商品先物取引業者ごとに登録することが要請されているところ(法136条の4第1,第2項参照),Bは,平成11年3月末に日進貿易株式会社を退職したことから,同社の登録外務員ではなくなった。
そして,Bは,平成11年4月初め,原告に入社したところ,原告の登録外務員になるには,手続上,約1月は必要であった。
しかし,Bは,被告から,前記のとおりの内諾を得ていたため,平成11年4月9日,原告の登録外務員であるCとともに,被告方に赴き,同所において,Cが担当して,原告と被告との間で本件基本契約を締結することとした。
その際,Cは,被告に対し,「商品先物取引委託のガイド」(甲第35号証と同じもの)及び「約諾書及び受託契約準則」(甲第37号証と同じもの)を交付した。
また,Cは,被告から,本件基本契約に係る「約諾書」(甲第1号証)に署名捺印してもらい,「受取書及び口座設定申込書」(甲第2号証)の下半分にある口座設定申込書中の氏名住所勤務先欄等にも記載してもらい,さらに同書面の上半分にある1ないし4欄にも記載してもらった。
上記「受取書及び口座設定申込書」の上半分は,本文が「貴社との商品先物取引受託契約に際し,受託契約準則・委託のガイドの交付を受け,商品取引の基本的な仕組等,下記のとおりの説明を受け理解できましたので,口座設定を申請致します。」と印刷され,その1欄は,「委託のガイド」との表題の下に,「①商品取引の危険性について,②損益計算の具体例,③証拠金制度について,④注文の指示及び決済方法,⑤委託証拠金の預託及び返還,⑥書類の確認事項」と印刷され,被告は,上記①ないし⑥のいずれにも,説明を受けたとの趣旨で,丸印を付けた。その2欄は,「予想を外れた場合の売買対処説明」との表題の下に,「商品先物取引は,思惑通り値段が動けば,大きな利益を生みます。逆の場合は損にもつながりますので常に冷静な判断が必要となります。思惑が外れた場合の一般的な対処の仕方について説明を受けました。」と印刷され,被告は,この2欄にも,丸印を付けた。その3欄は,「投資経験のアンケート」という表題の下に,委託者が所定の形式で記載するものであるが,被告は,既に,Bに対して前記のとおりの内諾をしていたこともあって,Bの示唆するままに,先物取引の経験は「有」,会社名は「北進」,年数は「10」,資金は「3億」と,株式等の経験は「有」,会社名は「日興」,年数は「15」,資金は「2億」と記載した。
しかし,前記のとおり,被告とBとの間では,Bが被告から包括的な委託を受けて,商品先物取引をすることの内諾を得ていたため,実際には,上記記載とは異なり,B及びCから被告に対し,十分な説明をすることはなかった。そして,B及びCが,被告方でこれらの説明及び書類作成に要した時間は,多くても25分ほどであった(証人B調書21頁)。
(エ) 新規委託者の当初の建玉数は,原告においても,内部基準により,20枚に制限されていた(証人B調書6頁,22頁。なお,乙第7号証9頁⑨の第1段落参照)。
Cは,原告の札幌店に戻った後,被告からもらい受けた「受取書及び口座設定申込書」や被告方での聞き取りをもとにして,「顧客カード」(甲第25号証)に所定事項を記載するとともに,被告が新規委託者の当初の制限建玉数20枚を超える取引を直ちにすることができるように,原告の統括管理責任者の許可をもらうべく,「追加建玉申請書」(甲第28号証)作成した。
Cは,上記「顧客カード」及び「追加建玉申請書」には,被告の年収は5000万円,資産は2億5000万円,その内訳は,不動産が1億円,有価証券が5000万円,現金が1億円であり,預託可能額が1億5000万円と記載した。
(オ) 被告は,平成11年4月13日,原告に対し,委託証拠金として,1700万円を預託した。
(カ)① Bは,被告から委託証拠金の預託があったことを受けて,ゴムで勝負をすることとし,平成11年4月14日から同月27日にかけて,東京穀物商品取引所でゴム合計300枚の買いを建てた。
そして,Bは,平成11年7月29日までにすべてを転売して仕切ったが,結局,この取引による損は1562万5000円,これに手数料及び消費税を加算した集計差損は1771万0300円となった(以上,甲第3号証の4)。
② Bは,平成11年6月18日,東京工業品取引所で金10枚の売りを建てた。
Bは,平成11年7月15日,これを買い戻して仕切った。この取引による益は16万円,これから手数料及び消費税を減算した集計差益は6万5500円となった(以上,甲第3号証の3)。
③ Bは,とうもろこしで勝負をすることとし,平成11年7月12日から同年8月11日にかけて,東京穀物商品取引所でとうもろこし合計160枚の買いを建てた。
Bは,その後,一部を転売して仕切ったり,反対玉となる売りを建てた(いわゆる両建)後これを買い戻して仕切ったりしたが,全体としては,買いを進め,平成11年10月14日には,295枚の買いを建てていた。
そして,Bは,平成12年12月10日から同月13日にかけて,295枚の買いの建玉すべてを転売して仕切ったが,結局,この取引による損は4141万円,これに手数料及び消費税を加算した集計差損は4534万4350円となった(以上,甲第3号証の1)。
④ Bは,ブロイラーで勝負をすることとし,平成11年11月1日から2日にかけて,関門商品取引所でブロイラー440枚の売りを建てた。
そして,Bは,同月4日から5日にかけて,上記440枚全部を買い戻して仕切り,さらに,同月5日に100枚,同月8日に300枚の売りを建て,上記100枚は同月8日に,上記300枚は同月9日にそれぞれ買い戻して仕切った。このわずか9日間の取引による益は3980万円となった。
そこで,Bは,同月10日,相場が反転するとの予測から,100枚の買いを建て,同年12月15日,転売して仕切ったが,この取引による損は1356万円となった。
このブロイラーでの一連の取引では,益は2628万円,これから手数料及び消費税を減算した集計差益は2430万6000円となった(以上,甲第3号証の5)。
⑤ Bは,アラビカコーヒーで勝負することとし,平成11年11月17日から同月26日にかけて,東京穀物商品取引所でアラビカコーヒー776枚の売りを建てた。
Bは,同月30日から翌日である同年12月1日にかけて,上記776枚全部を買い戻して仕切ったが,この取引では,損したものが多かった。
さらに,Bは,同年12月1日から同月6日にかけて,相場が反転するとの予測から,250枚の買いを建て,同月8日,うち150枚を転売して仕切り,かつ,100枚の反対玉となる売りを建て(両建),同月15日,すべての建玉を仕切ったが,この取引ではすべてが損となった。
このアラビカコーヒーでの一連の取引では,損は2366万7000円,これに手数料及び消費税を加算した集計差損は2911万3350円となった(以上,甲第3号証の1)。
(キ) Bは,上記取引をするに当たり,被告に対し,1週間に2回ほど連絡していた。また,取引をする商品の種類,売り買いの区別,枚数,限月等は,Bが主導して決定し,被告がBの決定を承認するというものであった(証人B調書)。
そして,被告は,本件取引の途中時点で,平成11年4月16日ころ,同年7月13日ころ,同年7月19日ころ,同年8月9日ころ,同年9月30日ころ,同年11月24日ころの6回にわたり,原告の本部からの残高照合通知書を受け,原告の本部に対し,いずれも相違ない旨の回答をした(甲第7ないし12号証)。
(ク) 本件取引による損益を通算して,各時点でみると,取引を開始した平成11年4月14日から同年10月31日までは,仕切った分についても,値洗い(未だ仕切ってはいないものの仮定的に仕切ったとした場合の損益の計算をすること)をした分についても,全体として損をしていた(甲第3号証の1,3,4,証人B調書)。
しかし,平成11年11月1日から同月9日にかけてのブロイラーの取引で大きな益が出,同日ないし翌10日で,値洗いをすると,別紙建玉値洗計算のとおり,とうもろこしでの損があるが,同月9日時点ですべての取引を仕切れば,別紙仕切損益計算書11月9日時点に記載のとおり,手数料及び消費税を考慮しても,938万6850円の集計差益があり,同月10日時点(厳密に言えば,同日でのブロイラー100枚の買いを建てる前の時点)ですべての取引を仕切れば,別紙仕切損益計算書11月10日時点に記載のとおり,手数料及び消費税を考慮しても,673万6850円の集計差益があった(甲第3号証の1,3ないし5,乙第26,第27号証による計算結果。なお,この計算結果は,被告が反訴請求原因(2)イ(ウ)①で主張する金額よりも少ないが,それは,被告の主張が値洗いに当たって手数料及び消費税の合計222万9150円を控除することを考慮していないこと及び被告の主張では金の益6万5500円を損に計算するという間違いをしていることから生じている。)。
そして,その後平成11年11月10日にしたブロイラー100枚の取引,同月17日から新たに開始したアラビカコーヒーの取引,既に建玉をしていたとうもろこしの取引で大損をし,結局,同年12月15日にすべての取引を仕切ったときには,集計差損は6779万6500円となった(当事者間に争いがない。なお,甲第3号証の1ないし5)。
(ケ) 被告は,平成11年11月10日,原告に対し,1000万円の委託証拠金を預託した。これにより,被告の原告に対して預託した委託証拠金の累計は6559万5100円となった(当事者間に争いがない。)。
この時点で,Bは,被告に対し,「状況が好転しているので,一気にここで今までの苦労を回復しよう。」というような説明をし(証人B調書11頁),また,利益が出ていることを説明した(同12頁)。
(コ) 被告は,平成11年11月10日から同月24日までの間に,Bに対し,「もうかっているんなら,全部返してくれ。」と言って,取引を仕切ることを要請した(証人B調書15頁)。
これを受けて,Bは,原告の出納部署に出金依頼をしたところ,原告の副社長等がBに対し,「利益も預り証拠金も出すとは何考えているんだ。」などど頭ごなしにしかりつけて出金を拒否した(同15頁,16頁)。
そこで,Bは,やむを得ず,被告に対し,「純増月間やっているんでもう少し待ってくれ。」と嘘の言い訳をし(同14頁,15頁),結局,原告は,同月24日,被告に対し,500万円のみの出金をした(当事者間に争いがない。)。
そして,被告は,Bの言い訳を受け入れ,Bに対し,その後の取引を継続して委託した。
(サ) 被告は,平成11年12月15日,Bから「債務確認並びに弁済契約書」(甲第5号証)を示され,Bの言うままに,空欄を補充し,末尾に署名捺印をした。
その内容は,「被告は,原告に対し,本件取引によって,最終的に720万1400円の精算金支払義務が生じたことを認める。被告は,原告に対し,上記金員を7回に分割し,平成12年3月から同年9月まで毎月末日限り100万円宛(ただし,最終回は120万1400円)を支払う。その支払を一回でも怠ったときは,残金を一括して支払う。」旨のものであった。
イ 以上の事実が認められ,上記認定に反する甲第24号証及び乙第22号証中の各記載並びに被告本人の供述部分は,前掲各証拠に照らしてこれを信用することができない。
ウ なお,甲第24号証(C作成の陳述書)中の信用しない部分は,その四項の部分である。この点は,前記ア(コ)のとおり,証人Bの証言を信用する。
また,乙第22号証(被告作成の陳述書)中の信用しない部分及び被告本人の供述中の信用しない部分は,そのほとんどである。被告本人の供述と証人Bの証言とが相反する部分あるいはニュアンスが異なる部分は,証人Bの証言を信用する。
乙第22号証中の記載及び被告本人の供述をほとんど信用しない理由を補足すると,次のとおりである。
まず,第1に,乙第22号証中の4項は,「被告は,本件基本契約を締結した平成11年4月9日,Bが被告の店に来て,店が忙しいにもかかわらず3時間以上もしつこく粘り続け,断定的な判断等を提供し,これにより,被告は,Bを信用し,本件基本契約を締結した。」旨が記載されている。しかし,これが事実に反するものであることは,被告本人も認めるところである(被告本人調書1頁)。
第2に,乙第22号証中の記載も,被告本人の供述も,全体として,「被告は,クリーニング店を経営し,月々わずかな収入しかなく,経済にもうとかったところ,Bに,執拗に迫られ,騙されたり,脅されて,本件取引を委託することになってしまった。」との趣旨のものであるが,被告は,昭和48年から貸金業を営んでいたことは,被告本人が最後の供述(被告本人調書28頁,29頁)で認めるところであって,この被告の経歴に照らすと,その記載及び供述は,いささか誇張しているように窺われる。
第3に,被告の供述の多くは,それを裏付ける客観証拠に欠ける。また,あいまいな供述が多い。
(4) 以上の事実に基づいて,原告の行為の違法性について検討する。
ア 被告は,勧誘段階で,まず,①登録外務員以外の者であるBによる勧誘行為があった旨主張する。しかし,前記認定のとおり,Bが,被告に商品先物取引の委託の勧誘をしたときは,平成11年2月又は3月ころであり,その当時,Bは,日進貿易株式会社の登録外務員であったし,原被告が本件基本契約を締結した際の原告の担当者は原告の登録外務員であるCであったのであるから,被告の上記主張は,前提事実を欠くものであって採用できない。
被告は,勧誘段階で,②断定的判断の提供があった旨主張する。確かに,前記認定のとおり,Bは,被告に対し,「商品先物取引は,儲かる。」,「半年でビルを建てた人もいる。」などと話すとともに,「儲けさせてあげるので,任せて欲しい。」と申し向けているものである。しかし,これらの話は,言い方によっては,セールストークの範囲内のものともいえるものであること,被告は,昭和48年から本件基本契約締結時である平成11年ころまで約26年間にわたって貸金業をも営んでいたこと,原告の登録外務員であるCは,本件基本契約締結の際,被告に対して十分な説明をしたとはいえないものの,被告に対して「商品先物取引委託のガイド」(甲第35号証)を交付しており,同ガイド中には,その8頁において,商品先物取引の危険性について記載していることなどの事実に加え,被告は,その作成に係る陳述書(乙第22号証の4項)において,事実に反し,かつ,誇張した記載をしていることをも併せかんがみると,Bが被告に対して言った言葉の断片のみを捉えて,Bが被告に対して断定的判断の提供をしたものと認めることはできないし,また,被告がBの言葉を額面どおり信じたものとも認めることはできない。したがって,被告の上記主張は,にわかに採用できない。
被告は,勧誘段階で,③説明義務違反があった旨主張する。確かに,本件基本契約締結時におけるB及びCの説明は,十分なものであったとはいえない。とりわけ,本件の全体の推移をみると,被告も,委託証拠金として2000万円を預託することは承諾していても,追加委託証拠金(追証)が多額になりうること,本件のように追加委託証拠金を加えると累計委託証拠金が6559万5100円にもなることは,いかに貸金業を長年営んでいた被告としても想定していなかったものと窺われるところであって,少なくとも,この点についての説明は,不十分であったと認められる。
イ 被告は,取引の継続段階で,①新規委託者保護義務違反,適合性原則違反があったと主張する。しかし,被告は,その前提として,被告の資産が700-800万円に過ぎなかったと主張するところ,この点についての客観的な立証はない。また,被告は,当初から,Bに対し,委託証拠金として2000万円を預託することを内諾しているところであって,この金額及び被告が貸金業を長年にわたって営んでいたことに照らすと,被告は,Bに対し,その委託証拠金の範囲内で大きな取引をすることを合意していたものと認めるのが相当である。前記(3)ア(エ)で認定したところのCの作成した「追加建玉申請書」は,被告とBとの間の上記合意を踏まえた手続とみるのが相当である。したがって,被告の上記主張は採用できない。
被告は,取引の継続段階で,②一任売買があったと主張する。この点は,前記(3)ア(ウ)①,(キ)で認定したとおりであって,Bは,包括的な委託を受けてBにおいて主導的に本件取引をしたものと認められる。
被告は,取引の継続段階で,③両建があった旨主張する。確かに,甲第3号証の1,2によれば,Bは,東京穀物商品取引所におけるとうもろこしの取引に関し,平成11年9月16日に売り及び買いを各100枚ずつ,同取引所におけるアラビカコーヒーの取引に関し,同年12月8日に売り及び買いを各100枚ずつの両建の建玉をしていることが認められる。しかしながら,甲第3号証の1,2,第29号証,第35号証,証人Bの証言及び弁論の全趣旨によれば,両建は,相場の読みが難しいときに,その後の相場の変動による損失の増大を防ぐとともに,適当なときに一方を反対売買して残った建玉の方で利益を得ようとすること等を目的とする取引の方法であること,Bのした両建の回数は,本件取引合計71回のうちのわずかなものであること,その両建がされた時期の相場の動きから,直ちに無意味なものとも,あるいは,Bにおいて手数料稼ぎを目的としてされたものとも窺えないことが認められ,これらの事実に照らせば,上記両建をもって,直ちに違法な行為と認めることはできない。
ウ 被告は,取引終了段階で,①仕切回避があったと主張する。しかし,被告は,その前提として,Bが被告に対して平成11年11月9日又は同月10日時点で益が出ていたことを告げなかった旨主張するが,前記(3)ア(ケ)で認定したとおり,Bは,この事実を告げたうえ,「状況が好転しているので,一気にここで今までの苦労を回復しよう。」と説明をしているものであって,被告の上記主張は,その前提事実を欠くものである。なお,この点,被告の作成した陳述書及び被告本人の供述中には,被告の上記主張に沿うものがあるが,これらは,前記(3)ウで説示したとおり,信用できない。
被告は,取引終了段階で,②仕切拒否があった旨主張する。この事実は,前記(3)ア(コ)で認定したとおり,これを認めることができる。
被告は,取引終了段階で,③無断売買があった旨主張する。しかし,前記(3)ア(ウ)①,(キ),(コ)で認定したとおりであって,Bがした平成11年11月10日以後の取引は,無断売買とまでは認められない。したがって,被告の上記主張は採用できない。
被告は,取引終了段階で,④過当取引があった旨主張する。確かに,甲第3号証の1,2,5によれば,Bは,平成11年11月17日から同月26日にかけて,東京穀物商品取引所でアラビカコーヒー合計676枚の売りを建て,同日時点での建玉は,上記676枚のほか,東京穀物商品取引所でのとうもろこし295枚,関門取引所でのブロイラー100枚があり,その総建玉数は,1071枚にもなるものであったことが認められ,いかに被告において,Bが,「状況が好転しているので,一気にここで今までの苦労を回復しよう。」と申し向けたことに同意していたとしても,いささか過当のきらいがないではない。
エ 以上のとおり,原告には,一部違法行為があったものと認められる。なお,これらの違法行為のうち,最も重大な違法行為は,平成11年11月10日から24日までの間にあった取引終了段階での仕切拒否であると認める。
(5) そこで,被告の被った損害額について検討するに,原告の従業員Bの上記のような違法行為によって,被告は,原告との間で本件基本契約を締結させられ,また,原告に対して本件取引を委託させられたものであり,これにより,被告は,過失相殺の問題を考慮しなければ,本件取引による集計差損6779万6500円の損害を被ったものと認められる。
なお,被告は,被告が原告に対して預託した委託証拠金の累計額6059万5100円及び平成11年12月27日に支払った精算金の一部20万1400円の合計額6079万6500円が,被告の被った損害である旨主張するが,上記主張は,被告が原告に対して本件取引の結果として精算金700万円の支払義務があることを失念した主張であって相当ではない。被告が本件取引を委託した結果として発生した損害は,過失相殺の問題を考慮しなければ,本件取引の結果生じた集計差損の金額であって,原告に対して支払った金額でないことは明らかである(ちなみに,この逆に,被告が原告に対して支払った金額が本件取引の結果生じた集計差損の金額よりも多いときは,その超える部分は,損害ではなく,精算金の問題となるものである。)。
なお,また,ここで,当裁判所が,被告の主張する損害額よりも大きい損害額を認定することは,一見弁論主義に反するようにも考えられないではないが,後記のとおり,結論として,過失相殺により,被告の主張する損害額よりも少ない損害額を認定するものであるから,損害額を算定する過程で,損害額算定の基礎となる金額につき被告の主張する損害額よりも多い金額を認定しても,弁論主義に違反するものではない。
(6) そこで,すすんで,過失相殺について検討する。
前記(3),(4)で認定したところによれば,原告には,説明義務違反,一任売買,仕切拒否,過当取引という違法行為があったものであるが,これらの行為の違法性にはそれぞれ強弱があるうえ,被告は本意ではなかったにせよ原告の従業員Bのする本件取引を結果的には許容したものであるから,これらの違法行為があったからといって,直ちに,被告の被った損害のすべてを原告に負担させるものとすることはできない。
そして,前記認定の原告側の違法行為の具体的な内容に加えて,被告が,長年にわたって貸金業をも営んでいたことから,商品先物取引の仕組みや内容について十分な説明を受けなくとも一定程度は理解し得たであろうこと(説明義務違反の違法性の減弱要素),被告は,Bの判断を信頼して,包括的な委託をし,資金の運用を任せる趣旨で一任売買を許容していたものとも窺われること(一任売買の違法性の減弱要素),Bから,本件取引の内容及び経過の報告を受けていたこと(同),そして,平成11年11月10日から24日までの間において,被告は,本件取引を仕切る(終了させる)ことを希望しながらも,Bからの報告や説明を受けて,損失の穴埋めとさらなる利益の追及の可能性も考慮して本件取引を継続した側面もないではないものと窺われること(仕切拒否及び過当取引の違法性の減弱要素)などの事実を総合勘案すると,被告の被った損害につき5割の過失相殺を認めるのが相当である。
なお,被告は,消費者契約法及び金融商品販売法を援用して,過失相殺を争うが,同各法は,平成13年4月1日から施行されたものであり,本件基本契約及び本件取引に適用があるものではない。また,平成11年11月9日又は同月10日時点で,本件取引が益を生じていたことは,被告の主張するとおりであり,また,当裁判所も前記(3)ア(ク)において認定したとおりであるが,前記説示のとおり,その時点で本件取引を仕切らなかったことを原告側の責任のみとみることは相当ではない。
(7) 以上によれば,過失相殺後において,原告が被告に対して支払うべき損害額は,本件取引の集計差損である67796500円の5割に相当する3389万8250円となる。
そして,被告は,上記損害の回復のために,弁護士である代理人に対して反訴を提起してこれの遂行を委任することを余儀なくされたところ,その弁護士費用は,338万9825円と認めるのが相当である。
したがって,上記損害金3389万8250円と弁護士費用338万9825円の合計額3728万8075円が被告の被った総損害額となる。
(8) そして,原告の違法行為は,本件基本契約及び本件取引に関する付随的な義務に違反する債務不履行と認められる(なお,債務不履行による損害賠償請求の場合であっても,本件や医療過誤訴訟のような事案にあっては,弁護士費用も損害の範囲に含めて差し支えないものと判断する。)。
したがって,被告の反訴主位的請求は,損害金3728万8075円及びこれに対する本件基本契約終了日の翌日である平成11年12月16日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の支払を求める部分は理由がない。
3 結論
よって,原告の本訴請求はこれをすべて認容し,被告の反訴主位的請求は,主文第2項(1)の限度で認容し,その余を棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文を,仮執行の宣言につき,同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 橋本昇二)
<以下省略>