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札幌地方裁判所 平成12年(ワ)1802号 判決 2001年7月17日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の請求

被告は、原告に対し、290万7714円及びこれに対する平成12年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  前提事実(争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨から容易に認められる事実)

1  被告は、貸金業法3条の登録を受けて貸金業を営んでいるものである。

2  平成5年11月26日、株式会社秋穂(以下「秋穂」という。)は、被告との間で金銭消費貸借契約等継続取引に関する基本取引約定を締結した。同日、秋穂の代表取締役であった原告は、被告に対し、秋穂が上記約定に基づき被告に対して負担する債務について、根保証限度額を200万円、保証期間を平成10年11月25日までとの約定で、これを連帯保証する旨約した(乙9)。

平成7年9月27日、被告と秋穂は上記基本取引約定を更新し、原告の被告に対する連帯保証債務についても、根保証限度額400万円、保証期間を平成12年9月26日までとの内容に改定された(乙10)。

3  秋穂は、前項の基本取引約定に基づき、被告から次のとおり金員を借り入れた。

(1)  別紙計算書の番号欄1記載の貸付(以下「番号1の貸付」などという。)

契約日  平成5年11月26日

貸付金額 200万円(ただし、利息6万5600円と手数料1万7300円を天引き)

返済期日 平成6年1月5日

利率   日歩8銭

(2)  別紙計算書の番号23の貸付

契約日  平成7年9月27日

貸付金額 200万円(ただし、利息6万4000円と手数料1万6900円を天引き)

返済期日 同年11月5日

利率   日歩8銭

4  前項の各貸付に際し、被告は、乙1及び9、あるいは乙2及び10の各書面(正確には、これらと同内容の複写式書面の一部)をそれぞれ秋穂に対して交付した。

5  秋穂は、3項の各借入金について、平成6年1月5日から平成12年2月4日までの間、別紙計算書の番号2から22まで及び24から77までの各取引年月日欄記載の年月日に、各返済額欄記載の金員を被告に返済した。

なお、平成8年6月5日以降の返済(同計算書の番号32以降の返済)についても、それまでと同様、秋穂の名で返済されている(実質的な出捐者が原告であるにしても、証拠上、連帯保証人である原告が連帯保証債務の履行として返済をしたのではなく、あくまで主債務者たる秋穂の名で返済を継続したものと認められる。)。

6  被告は、秋穂に対し、3項の各貸付金の元利金の支払用として、乙6、7及び8(各枝番を含む。)の電信振込用紙を各支払期日の10日ほど前にそれぞれ送付した。

第3  原告及び被告の主張の要旨

1  原告の主張の要旨

上記前提事実3項の各取引の際に天引きされた手数料は、利息制限法3条によって利息とみなされるものである。これについて利息の天引に関する同法2条に基づいて計算するとともに、前提事実5項記載の各返済について同法1条1項の定める制限利率(年15パーセント)を超える額を貸付元本に充当計算していくと、既に元本が完済されているばかりか、290万7714円の過払金が生じている。この過払金は、原告が実質的に出捐したもの(ただし、秋穂の名で返済したもの)であるから、原告は、被告に対し、290万7714円の不当利得金の返還及びこれに対する平成12年2月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める。

2  被告の主張の要旨(みなし弁済の抗弁)

被告は、秋穂に対し、上記前提事実4項記載のとおり、貸金業の規制等に関する法律(ただし、平成12年法律第112号による改正前の同法。以下「貸金業法」という。)17条所定の事項を記載した書面(以下「17条書面」という。)を交付した。また、被告は、同6項記載のとおり、秋穂に対する貸金元利金の支払について、各支払期日から10日ほど前に送付する電信振込用紙によって、利息、元金、損害金等への充当内訳を予め知らせてきたのであり、同法18条1項所定の事項を記載した書面(以下「18条書面」という。)を交付している。したがって、本件の各返済については、同法43条1項のみなし弁済に該当するため、原告の請求は失当である。

なお、利息の天引については、同法43条1項が要求する17条書面及び18条書面の交付の要件を満たしている限り、同項の「利息として任意に支払った」ものと言うことができるのであって、これについてもみなし弁済の規定が適用されると言うべきである。

第4  本件の争点とこれに関する原告及び被告の主張

本件の争点は、貸金業法43条1項に規定されたみなし弁済の抗弁の成否である。もとより、債務者が貸金業者に対してした金銭の支払が同法43条1項によって有効な利息の弁済とみなされるには、契約書面及び受取証書の記載がこれら書面の交付を要件とした法の趣旨に合致するものでなければならないことは言うまでもない。本件においても、被告が主張するように、同項1号に規定された17条書面の交付の要件を満たすか否か(争点1)、利息の天引について同項の規定が適用されるか否か(争点2)、同項2号に規定された18条書面の交付の要件を満たすか否か(争点3)という点がまさに問題となる。以下、順次、これらの点に関する原告被告双方の主張を摘記することとする。

1  争点1(17条書面の有効性)について

(1)  被告の主張

ア 被告が秋穂への貸付に際して交付した書面は、乙1、2、9及び10であり、これらを併せ見れば、17条書面として要求されている記載事項を全て網羅していることは明らかである。

イ 被告と秋穂との間の取引において、原則的な弁済方法は、あくまで借用証書(乙1、2)記載の期日における元金の一括払いとされており、ただ、各月別途送付される翌月取引案内記載の利息金の支払を条件に継続取引ができるものとされていたに過ぎない(乙9及び10の各承諾条項22条の記載)。秋穂は、最終弁済期日に利息の支払をすることによって期限の利益を享受し得るというこの約定に従って、各回の利息を支払ってきたのであって、こうした事実関係に照らせば、貸金業法が規定している「各回の返済期日及び返済金額」(同法17条1項8号、貸金業の規制等に関する法律施行規則(ただし、平成10年大蔵省令第88号による改正前の同規則。以下、単に「規則」という。)13条1項チ)の記載要件は満たしていると言うことができる。

また、同法が規定している「利息の計算の方法」(同法17条1項8号、同規則13条1項へ)の点について見ても、乙1、2等の各書面には、いずれも元金の表示や計算日数の表示、実質年利の記載があるのであって、少なくとも商取引を行っている秋穂ないし原告においては、これらの記載をもとに容易に利息の計算をすることができるはずである。

ウ なお、原告は、17条書面は1通の書面において法定の記載事項の全てが記載されていなければならないと主張するが、法によってもそこまで要求されているわけではない。

(2)  原告の主張

ア 被告が借主に交付した借用証書(乙1、2)においては、元金支払方法は全て最終弁済日の一括払いと記載されているが、秋穂において、この最終弁済日に一括払いをしたことはもちろんのこと、元金の返済をしたこともなく、以後利息の支払を継続している。

そうであれば、貸金業法及び規則が規定している「利息の計算の方法」並びに「各回の返済期日及び返済金額」の記載が17条書面の要件として必要になるところ、乙1及び2にはこのような記載がない。

イ また、上記借用証書については、1通の書面において法定の記載事項の全てが記載されていなかったり、具体的借入金を当てはめ、その返済期間及び返済回数、各回の返済期間及び返済金額並びに弁済の充当関係などを時間をかけて計算しなければ理解できず、あるいは全く理解できない程度の記載しかされていない。

ウ したがって、乙1及び2は、17条書面としての要件を満たさない。

2  争点2(利息の天引とみなし弁済の成否)について

(1)  被告の主張

ア 先払い利息に対するみなし弁済の適用の可否について

利息の先払いは、債務者から債権者への現実の利息金の交付があるのであって、これを後払い利息と区別する理由は何ら見当たらない。すなわち、後払い利息が、ある日時(例えば、融資実行日)から弁済日までの期間に対応する利息の支払方法であるのに対して、先払い利息は、弁済日より先の日時までの期間に対応する利息の支払方法であるというに過ぎず、いずれも、当事者の合意によって支払うべき利息に対応する期間を決定している点で差異はないと言うべきである。

したがって、先払い利息についても、みなし弁済の適用がある。

イ 利息天引方式による貸付につき、利息の支払という行為があるか否かについて

利息の天引という利息支払方法の実質を分析すると、天引後の現実交付額を元本とした金銭消費貸借にほかならないものと言うべきである。すなわち、現実の金銭の流れを見る限り、現実交付額を元本とした後利方式の金銭消費貸借と実質において変わらない。利息の支払方法について利息の天引という形式を採用したところで、その実質は、通常の後払い利息の場合と何ら変わりがないのである。

ただ、これは、天引方式を採用することにより借手が不当に不利に扱われるものではないということであり、当事者の意思としては、あくまで利息は貸付時に支払っているものと解釈せざるを得ない。利息制限法2条において、わざわざ天引時の同法所定利率による利息の算出方法について規定を置いていることからしても、同法自体、やはり、天引時に利息の支払が存在するとの考えに基づいているものと考えられる。

以上のとおり、利息の天引も、利息の支払の一形態と言える。

ウ 貸金業法43条1項は、利息制限法2条を適用対象としているかという点について

貸金業法43条1項及び3項は、債務者が利息あるいは賠償額の予定に基づく賠償として任意に支払った金銭の額が利息制限法1条1項あるいは同法4条1項に定める制限額を超える場合の取扱いについてそれぞれ規定しており、同法2条について特段触れるところがないのは確かである。

ただ、同法のうち、具体的な法定の利率を規定しているのは、この2つの条項(1条1項及び4条1項)のみである。その他の条項を見ると、例えば、1条2項は超過利息の場合の取扱いを、2条は利息の天引の場合の取扱いを、3条はみなし利息について、4条2項は超過賠償額の場合の取扱いを、4条3項は違約金の取扱いをそれぞれ規定しており、これらは、特段、具体的な法定の利率を定めているわけではない。したがって、具体的な利率という観点からすれば、これら各規定が独立して意味を持つことはないのである。このように、条文の構造としては、あくまで1条1項及び4条1項を基本とした法律上の各利率の最高限度の規定にうまく当てはまるように、他の規定は、想定される場合をこれらの条項(1条1項及び4条1項)に落とし込んでいるという構造になっているものと理解されるべきである。

この点、利息の天引に関する同法2条について見ても、この規定は、直接に具体的な利率を規定したものではなく、利息天引の場合に受領額を元本として利息計算をし、その利率について1条1項の規制に服することを規定したものと位置付けられる。

結局のところ、貸金業法43条1項及び3項が利息制限法1条1項及び4条1項しか掲げていないのは、上記分析のとおり、同法において具体的な法定の利率を規定しているのがこれら2つの条項に限られるからという点に尽きるのであって、貸金業法43条が利息制限法2条に触れていないという一事をもって、利息天引の場合にみなし弁済の適用がないとする解釈はとり得ない。

エ 天引利息の支払と任意性について

利息の天引は貸付の条件とされているのが一般的であるから任意の支払とは評価できないという考え方は、利息制限法の規制を超える利息も全て貸付の条件とされている事実を踏まえると、およそ全てのみなし弁済の可能性を否定することにつながるものであり、貸金業法43条の規定を全く理解していないものと言わざるを得ない。

そもそも、金銭消費貸借契約は、貸主と借主の間において私的自治の一環として行われる純然たる私法行為である以上、そこに条件が存在するのは当然である。利息の天引により借主が名目元本全額を受領できないのは確かであるが、借主において、当該名目元本と同額の金員を受領する必要があるのであれば、それ以上の名目元本を設定する合意を貸主とすればよいだけの話である。この場合、仮に貸主から貸付を断られたとしても、それは貸主に対する借主の信用の問題であって、利息の支払の任意性の問題ではない。

利息の先払いについて、先払いをしなければ弁済期の猶予や再度の貸付をしてもらえないことを理由に支払の任意性を否定する考え方について見ても、利息の支払をしなければ弁済期の猶予や再度の貸付をしてもらえないのは何も先払い利息の場合に限ったことではなく、後払い利息の場合についても、こうした約定は一般に見受けられるのである。

そもそも、貸金業法43条1項が要件として定める「任意に支払った」とは、債務者が主観的に任意に支払ったか否かを問題としているものではなく、利息制限法の制限利率を超える約定利率を十分に認識した上で、これを支払い、弁済金額のうち利息として支払った金額と元本に充当された金額を認識するだけの情報を与えられたか否かという意味での任意性を要求しているのであって、そのために、具体的に同法17条及び18条所定の書面の交付を要求しているのである。

したがって、利息の天引や先払い利息の場合であっても、貸金業法43条が要求する同法17条及び18条所定の書面の交付の要件を満たしている限りは、任意に支払ったと言えるのであり、同法43条1項が適用されるものと言うべきである。

オ 18条書面の交付について

乙1及び2は、貸付時に交付する17条書面と、天引利息の受領として交付する18条書面とを兼ねたものであり、貸金業法18条1項所定の要件を全て満たす書面である。

具体的に記載事項を見ると、貸金業者の商号、名称又は氏名及び住所(書面左上部の記載)、契約年月日(書面中央の表中の「契約番号」の欄)、貸付金額(書面中央の表中の「貸借金額」の欄)、受領金額及びその利息、賠償額の予定に基づく賠償金又は元本への充当額(書面右下の「貸付金利息」、「利息/割引料/諸費用計」の各欄)、受領年月日(書面右上の「取引日」の記載)、弁済を受けた旨を示す文字(書面右下の「利息/割引料/諸費用計」及び「御手渡金額」の各欄)、貸金業者の登録番号(書面左上部の被告名の上の「関東財務局長(2)、(3)第00754号」の記載)、債務者の商号、名称又は氏名(書面左上の宛名の記載及び書面中央の表中の「契約番号」の欄)、当該弁済後の残存債務の額(書面左下の「本日現在総融資残高」の欄)等の各事項につき、それぞれかっこ内に記載したような形で具体的に記載がある。

(2)  原告の主張

天引利息については、貸金業法43条1項の適用がないというのが判例である。したがって、本件の利息の天引分に関する被告のみなし弁済の主張は理由がない。

3  争点3(18条書面の有効性)について

(1)  被告の主張

ア 被告が秋穂に交付していた書面は、形式上3種類に分けられる。平成6年1月分から平成9年4月分まで(乙6。別紙計算書の番号2から42までの返済の期間に対応するものであり、以下「A型書面」という。)、同年5月分から平成10年11月分まで(乙7。別紙計算書の番号43から61までの返済の期間に対応するものであり、以下「B型書面」という。)、平成11年1月分から平成12年2月分まで(乙8。別紙計算書の番号64から77までの返済の期間に対応するものであり、以下「C型書面」という。)

イ A型書面の記載を具体的に見ると、貸金業者の商号、名称又は氏名及び住所(書面右半分右上の記載)、契約年月日、貸付金額(書面右半分中央の表の「契約番号」、「ご融資金額」の欄)、受領金額及びその利息、賠償額の予定に基づく賠償金又は元本への充当額(書面右半分中央の表の「(元本ご返済)」及び「受取額(元本+利息+費用)」の各欄)、受領年月日(書面右半分中央の表の「ご入金日」の欄)、弁済を受けた旨を示す文字(書面右半分の被告名下の「当社は下記受領額以外は受領いたしておりません」との記載)、貸金業者の登録番号(書面右半分の被告名の上の「関東財務局長(2)、(3)第00754号」の記載)、債務者の商号、名称又は氏名(上記「契約番号」の欄)、当該弁済後の残存債務の額(書面右半分中央の表の「ご融資金額」の欄の合計)等の各事項につき、それぞれかっこ内に記載したような形で具体的に記載があり、18条書面としての記載事項を全て網羅している。

ウ B型書面については、貸金業者の商号、名称又は氏名及び住所(書面左半分中央右側の記載)、契約年月日、貸付金額(書面左半分中央の表の「契約番号」、「ご融資金額」の欄)、受領金額及びその利息、賠償額の予定に基づく賠償金又は元本への充当額(書面左半分中央の表の「元本ご返済」及び「元本+利息+費用」の各欄)、受領年月日(書面左半分下段の「ご入金日」の欄)、弁済を受けた旨を示す文字(書面左半分下段右側の振込金受取書の枠下の「上記の金額正に受取りました。」との記載)、貸金業者の登録番号(書面左半分中央右側の被告名の上の「関東財務局長(3)第00754号」の記載)、債務者の商号、名称又は氏名(上記「契約番号」の欄)、当該弁済後の残存債務の額(書面左半分中央の表の「ご融資金額」の欄の合計)等の各事項につき、それぞれかっこ内に記載したような形で具体的に記載があり、18条書面としての記載事項を全て網羅している。

エ C型書面については、貸金業者の商号、名称又は氏名及び住所(書面宛名記載面左下の記載)、契約年月日、貸付金額(書面見開き右半分の表の「契約番号」、「ご融資金額」の欄)、受領金額及びその利息、賠償額の予定に基づく賠償金又は元本への充当額(書面見開き右半分の表の「元本ご返済額」及び「元本+利息+費用」の各欄)、受領年月日(書面見開き右半分下段の「ご入金日」の欄)、弁済を受けた旨を示す文字(書面見開き右半分の振込金受取書の枠下の「上記の金額正に受取りました。」との記載)、貸金業者の登録番号(書面宛名記載面左下の被告名の下の「関東財務局長(4)第00754号」の記載)、債務者の商号、名称又は氏名(上記「契約番号」の欄)、当該弁済後の残存債務の額(書面見開き右半分の表の「ご融資金額」の欄の合計)等の各事項につき、それぞれかっこ内に記載したような形で具体的に記載があり、18条書面としての記載事項を全て網羅している。

オ AないしC型の書面は、いずれも、次回支払期日の10日程前に秋穂に宛てて送付されていた。このうち、B及びC型の書面は、秋穂による返済の後にその充当関係を明らかにするために交付された書面ではなく、返済に先立って事前にその充当関係を明らかにした書面である。

ところで、貸金業法18条1項は、「弁済を受けたときは」と規定している。同項が返済の都度充当関係を明らかにした受取書面の交付を要求している趣旨は、債務者が債権者へ返済した金員が元金、利息、損害金についていかなる内訳で充当されたのかを知らせるという点にある。すなわち、単なる領収証を超えて、詳細な利息損害金等の充当関係を示す書類の交付を金融業者に義務付けた趣旨である。

本来、同法17条所定の要件を記載した書面を融資時に債務者に交付しさえすれば、債務者は、この17条書面をもとに当該借入期間に対応する利息の計算をすることができるのであるから、18条書面はそもそも交付の必要はなく、債務者は、17条書面と弁済時の領収証があれば、業者からの不当な二重払いの請求を防御することができるはずである。にもかかわらず、各弁済ごとに当該弁済金額の充当関係を明らかにした書面を債務者に交付するよう義務付けた趣旨は、貸付を業として行っている者に比して、利息の計算に疎い債務者に、弁済の都度、その弁済金額が利息や損害金にどのように充当されたかを確認させ、それで間違いがなければこの書面と引換えに弁済をし、業者からの不当な二重払いの請求からの防御を万全にさせるという点にあると考えるほかない。そうすると、同法18条1項は「直ちに」と規定しているが、18条書面は、民法486条が弁済受領者に対する受取証書の請求権を認めているのと同様に、本来、弁済と同時履行の関係にあると考えるのが素直であって、その書面の内容については、むしろ債務者が事前に知り得た方が望ましいと言うべきである。本件においても、AないしC型の各書面によって、被告が秋穂に対し、弁済するに当たって事前にその金額の充当関係を示してきたという事実は、むしろ、貸金業法18条1項の趣旨に正しく合致するものである。

カ なお、最高裁判所平成11年1月21日第1小法廷判決は、「超過部分の支払が貸金業の規制等に関する法律43条1項によって有効な利息の債務の弁済とみなされるためには、右の支払が貸金業者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってされたときであっても、特段の事情のない限り、貸金業者は、右の払込みを受けたことを確認した都度、直ちに、同法18条1項に規定する書面を債務者に交付しなければならないと解するのが相当である。」と判示しているが、この判決が言うところの「特段の事情」とは、上記の貸金業法18条1項の趣旨に鑑みると、受取書面の充当内訳に代替するような書面が事前に交付され、弁済者が払込金の元利金内訳を知って約定期日又はその直前、直後に口座に振り込んだような場合には、これに該当するものと言うべきである。本件においても、この「特段の事情」はあるものと認められる。

(2)  原告の主張

ア B及びC型書面は、単なる請求書であり、弁済の都度、直ちに交付することが要求される受取証書とは全く異なるものである。したがって、これらは18条書面に該当しない。また、A型書面も、受取額の元本、利息、費用に対する充当関係が明確になっておらず、18条書面の要件を満たしていないというべきである。

イ 貸金業法18条1項は、所定事項を記載した書面を、弁済の都度、直ちに交付しなければならないと規定しているが、AないしC型の各書面は、この要件を満たしておらず、みなし弁済の要件を充足しない。

すなわち、A型書面は、入金日を毎月5日としていた関係で、毎月25日ころ発送されているのであって、このように一律に20日程度が経過しない限り書面を交付しない被告の対応は、法の要件を充足しないことが明らかである。

また、B及びC型書面は、前記のとおり単なる請求書であり、秋穂らの銀行振込による返済の後には、被告は、何らの書面も交付していない。同項の趣旨に関する被告の理解は失当であって、本来的に無効なものを一定の要件のもとに有効とみなすみなし弁済規定の適用については、その要件を充足するか否かは厳格に判断されなければならないのであって、これらB及びC型書面は、18条書面とは到底言うことができない。

第5  当裁判所の判断

1  争点1について

被告が秋穂への貸付に際して交付した書面(乙1、2、9及び10)が17条書面としての要件を満たすものであるかどうかという点について判断する。

(1)  まず、上記前提事実3項(1)の貸付については、貸付日である平成5年11月26日に、被告から秋穂に対し、乙1及び9と同内容の書面が交付されており、同項(2)の貸付についても、貸付日である平成7年9月27日に、乙2及び10と同内容の書面が秋穂に対して交付されている。このうち、本件における金銭消費貸借契約等継続取引に関する基本取引約定に関する書面は乙9及び10であるところ、その承諾条項の12条において、個別の取引の都度主債務者に対して交付する計算書をもって17条書面とするものとする旨の約定があり、これに対応して、個別の貸付にかかる借用証書(乙1及び2)には、借主において17条書面として本証控を受領した旨の記載がある。こうした事実関係に照らすと、まずは乙1及び2について、法定の記載事項を満たしているかどうかを見ていく必要があるということになる。

(2)  そこで、これら借用証書の記載を具体的に見ると、貸金業者の商号、名称又は氏名及び住所、契約年月日、貸付けの金額、貸付けの利率、返済の方式、返済期間及び返済回数、賠償額の予定(違約金を含む。)に関する定めがあるときは、その内容、貸金業者の登録番号、契約の相手方の商号、名称又は氏名及び住所、債務者が負担すべき元本及び利息以外の金銭に関する事項、返済の方法及び返済を受ける場所など、法定の記載事項の大部分の記載があることが認められる。

(3)  もっとも、原告は、前記のとおり、法定の記載事項のうち「利息の計算の方法」及び「各回の返済期日及び返済金額」の記載がないと主張し、現に当該記載はこれら借用証書上に存しない。

しかしながら、利息の計算の方法について言えば、乙1及び2には、貸付元本の表示や利率の表示に加え、利息発生対象期間(日数)の記載や実質年率等の記載があるのであるから、特に計算式等が記載されていなくとも、これら乙1、2の記載をもとに債務者において利息の計算をすることは容易であると認められ、実質的に利息の計算の方法を記載したのと同様と評価できるものである。

また、各回の返済期日及び返済金額の点について見ても、本件各貸付に当たっては、元金の支払方法は一括、利息の支払方法は先払一括とされるなど、もともと利息の支払期日が複数存する約定ではないのであって、ただ、被告が主張するように、乙9及び10の基本取引約定における1か月ごとに弁済期日を延長し得る旨の取り決めに従って、爾後、元本の弁済期日を1か月ごと延長してきた経緯が認められるのであるから、こうした約定内容等に照らすと、本来的には、個別の各貸付の当初に交付する書面において各回の返済期日等を記載する必要はないと言うべきであるし、また、現実に弁済期の延長が繰り返されてきた事実経緯を踏まえるにしても、乙1、2と同時に交付された乙9、10の当該記載を併せ見ることによって、延長された各回の返済期日は明らかで、なおかつ、その返済金額(元本と延長期間に対応する利息)についても上記のとおり容易に計算可能と言えるのであるから、いずれにしても、17条書面の要件として欠けるところはないと言うべきである。

(4)  ところで、原告は、17条書面については、1通の書面において法定の記載事項の全てが記載されていなければならないと主張する。もとより、交付された複数の書面のいずれについてもおよそ不完全な記載しかなく、これらを併せ見ても法定の記載事項が網羅されていないというのであれば、貸金業法の趣旨に照らしても問題であろうが、こと本件について見る限り、前記のとおり、個別の貸付時に交付された借用証書(乙1、2)に法定の記載事項のうちのほとんど大部分の記載があること、個別貸付の基本となる約定書(乙9、10)に残りの記載事項(規則13条1項1号ホ、リ及びル等)に関する記載があること、しかも、これら借用証書と基本約定書が同時に交付されていること等の事実が認められるのであって、こうした事実関係に照らせば、これら両書面によって17条書面としての要件を充足しているものと認めるべきである。これら事実関係を前提にしてもなお、単に物理的に2通の書面が交付されているという一事をもって17条書面としての要件充足を否定する考え方は合理性がなく、当裁判所の採るところではない。

2  争点2について

(1)  貸金業法43条1項は、貸金業者が業として行う金銭を目的とする消費貸借上の利息の契約に基づき、債務者が利息として任意に支払った金銭の額が利息制限法1条1項に定める利息の制限額を超える場合においても、17条書面及び18条書面の交付等の一定の条件を満たす限り、超過部分の支払について、これを利息制限法1条1項の規定にかかわらず有効な利息の債務の弁済とみなす旨規定しており、貸金業法43条3項も、消費貸借上の債務の不履行による賠償額について、同様の条件のもとに、利息制限法4条1項に定める賠償額の予定の制限額を超える支払を有効な弁済とみなす旨規定している。このように、貸金業法43条の規定は、利息制限法1条1項又は4条1項の制限利率に関する定めによって本来であれば無効とされるべき制限利率超過部分の支払について、特に一定の条件のもとにこれを有効と定めたものであって、利息制限法1条1項又は4条1項の特則として位置付けられるものである。

ところで、本件で問題となっている利息制限法2条の規定について見ると、同条は、利息を天引した場合において、天引額が債務者の受領額を元本として同法1条1項に規定する利率により計算した結果を超えるときは、超過部分を元本に充当したものとみなす旨規定している。これは、利息の天引というのが、消費貸借契約締結の際に予め計算した利息分を控除して差引残額のみを借主に交付する形態のものであることから、たとえ当該利息分が同項の制限内であるとしても、現実の受領額からすると実質的に同項の制限を超える場合があることに着目し、上記のとおり、現実の受領額をもとに利息の制限額を算出するとしたものであって、こうしたことからも明らかなとおり、同法2条の規定というのは、特に利息の天引の場合について、同法1条1項の制限よりも更に厳しい制限を加えた規定と位置付けることができるのである。

以上のような利息制限法2条の位置付けを前提に考えると、一定の厳格な条件の履践のもとにみなし弁済について規定した貸金業法43条において、この利息制限法2条につき何ら触れるところがない以上、これを同条の特則と言うことはできないのであって、利息の天引について貸金業法43条のみなし弁済が適用される余地はないというべきである。

(2)  この点につき被告は、前記のとおり、利息制限法のうち具体的な法定の利率を規定しているのは1条1項及び4条1項のみであるから、貸金業法43条が利息制限法2条に触れていないという一事をもって、利息天引の場合にみなし弁済の適用がないとする解釈は採り得ないと主張するのであるが、被告が言うところの同法の分析、殊に同法2条の位置付けについて、当裁判所がこれと見解を異にするものであることは、(1)に記載したとおりである。

被告は、同法3条のみなし利息の規定及び4条3項の違約金に関する規定は、独立して制限利率について定めた規定ではなく、貸金業法43条において利息制限法4条3項の違約金について触れられていないからといって違約金の場合にみなし弁済が適用されないことはないのであるから、こうしたことからしても、利息の天引についてみなし弁済の適用を否定することはできないとも言うのであるが、そもそも、貸金業法43条自体が、利息にみなし利息を含め、あるいは、賠償額の予定に違約金を含めた上で規定されているのであるから(同法43条1項柱書、17条1項7号参照)、この点に関する被告の主張は全く論拠を欠くものであるし、こうした規定と利息制限法2条とを同列に扱う理由もないと言うべきである。

(3)  なお、被告は、前記のとおり、利息の天引の場合について、天引後の現実交付額を元本とした後利方式の金銭消費貸借と実質において変わらないとの前提に立った上で、利息の天引が貸付の条件とされているからといって任意の支払とは評価できないという考え方は採り得ないという主張を縷々展開している。その前提理解はともかくとして(利息の天引の場合であっても、名目元本額について消費貸借が成立することは、利息制限法2条等に照らし明らかである。)、こと任意性の点について言えば、借主において天引額の多寡等を踏まえて借り入れるか否か自己決定すればよいのであるから、被告の主張も一理あるものと思われる。ただ、当裁判所は、上記(1)記載のとおり判断するので、特にこの点について進んで判断する必要はないものと考える。

(4)  以上のとおり、貸金業法43条の規定は、利息制限法1条1項又は4条1項の規定の特則であって、同法2条の規定の特則とは言えないのであるから、利息の天引について貸金業法43条のみなし弁済が適用される余地はないと言うべきである。この点に関する被告の主張は理由がない。

3  争点3について

(1)  証拠(乙6から8まで。ただし、各枝番を含む。)によれば、AないしC型の各書面は、その記載形式として、いずれも、貸金業法18条1項及び規則15条1項に定める記載事項を全て網羅しているものと認められる(ただし、乙6から8までのうち、個別に具体的記載を欠く書面があることは、後述のとおりである。)。

なお、原告は、規則15条2項に基づく契約番号等による明示があったとしても、同法18条1項1号ないし3号が定める各記載事項に代替させることはできない旨主張しているが、この主張内容は、明らかに法令に反するものであり、採用できない。

(2)  本件においては、少なくとも前記B及びC型書面の交付に対応する各返済について見る限り、被告において、秋穂からの弁済後、改めて18条書面を作成して交付した事実はない。この点、被告は、前記のとおり、AないしC型書面のいずれについても、本件具体的事実関係のもとでは、みなし弁済に関する18条書面交付の要件を満たす旨主張しているので、これについて判断する。

貸金業法上、同法43条1項に基づくみなし弁済が認められるためには、貸金業者において、弁済を受けた後、直ちに同法18条1項所定の事項を記載した書面を交付しなければならないものとされている。こうした法の要件を満たすためには、本件のように銀行振込によって返済を受ける形式の取引の場合、通常、金員が収納された後に、貸金業者において当該金員収納の事実を確認した上、同法18条1項所定の事項を記載した書面を改めて発行し、これを債務者に交付又は送付する必要があるということになる。

しかしながら、本件におけるAないしC型書面のように、18条書面としての記載事項を全て満たした書面を事前に債務者に交付し、しかも同書面が銀行の電信振込用紙と一体となって作成されているような場合には、債務者において、現実に同書面(振込用紙等)を用いてそこに記載された弁済額を銀行振込の方式により払い込む以上、当然のことながら、その際、すなわち振込手続と同時あるいは直後の時期において、弁済額の具体的な充当内訳等を含む同法18条1項所定の各記載事項を漏れなく認識していると見ることができるのであるし、形式上も、振込手続を完了して振込金受取書の交付を受けた時点において初めて、18条書面としての要件を充足することになると見得るのである(その時点以前は、被告の受領文言は意味をなさない。)。このように、被告において、弁済後、改めて18条書面を作成していないのは事実であるが、実質的な効果としては、弁済直後の時期に18条書面を交付したのと全く同様であると評価し得るのであるから、AないしC型書面における客観的な計算関係等が実際に振り込む時点において正確であり、なおかつ同書面に記載された弁済額と現実の支払額とが合致する以上は、これらの書面について、上記の法の要件を満たすものと考えて差し支えないものと言える。

もとより、銀行振込等を利用した取引の場合であっても、事前に債務者宛てに請求金額等のみを記載した請求書を発出した上、実際の入金後に18条書面を作成して直ちに交付するのであれば、法の要件を満たすことは明らかであるが、現実の取引の実態としては、債務者の支払が全て返済期日どおりに行われるものではないし(本件でも返済期日の相当日数経過後に現実の支払がある取引が多々見られる。)、そうした場合を勘案して、予め振込用紙と一体となった18条書面としての記載事項を網羅した書面を作成して債務者に送付し、当該振込用紙を用いた現実の振込時点において店頭での支払とほぼ同様の効果を生じさせる本件のような取引形態は、銀行振込等が多用される現在の商取引の実態に照らしても、それなりに合理的な取引方法であると認められる。

(3)  以上のとおり、本件においては、被告がAないしC型書面を事前に債務者に送付し、これに基づき現実の支払がされている点をもって、法の定めるみなし弁済の要件に欠けるところはないと認めることができる。

ただし、AないしC型書面に記載された弁済額と現実の支払額との間に齟齬があったり、現実の支払額等に照らしても各書面に記載された具体的な充当内訳等が不明確な場合には、これら書面を法の趣旨に合致した受取証書と認めることはできない。具体的には、別紙計算書の利率欄に15パーセントと記載した各返済については、みなし弁済を認めなかったわけであるが、同計算書の番号7、8、59、61及び62の各返済については、書面の記載と現実支払額との間に齟齬があり、あるいは、具体的な充当内訳等が不明確であるため、みなし弁済を認めず、また、同計算書の番号29、34、63及び65から69までの各返済については、証拠がないため、みなし弁済を認めなかったものである。

4  結論

以上を前提に判断すると、利息の天引(別紙計算書の番号1及び23)並びに同計算書の番号7、8、29、34、59、61から63まで及び65から69までの各返済については、みなし弁済を認めることができないので、利息制限法の制限に従って利息を計算し、他方、他の各返済については、みなし弁済を認めることができるので、残存元本に約定の実質年利38.4パーセントを乗じた限度で利息を計算し、発生利息を超過する支払部分について順次元本に充当計算していくと、同計算書のとおり、最終弁済日である平成12年2月5日現在の残元本は209万6315円となるから、原告の請求は理由がない。

第6  結論

以上のとおり、原告の請求には理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

別紙

計算書

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