札幌地方裁判所 平成12年(ワ)2271号 判決 2001年12月27日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、1495万円及びこれに対する平成12年2月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告と被告は、平成3年ころ、下記の内容の風水害等給付金付火災共済契約を締結した(以下「本件共済契約」という。)。
記
(一) 共済の目的 北海道枝幸郡a町b所在の原告所有建物(以下「本件建物」という。)に収容されている家財(以下「本件家財」という。)
(二) 共済金 1300万円
(三) 期間 本件共済契約の発行日から1年間。ただし、期間満了日までに原告が本件共済契約を更新しない意思又は変更の申し出をしない場合には、同一内容で更新される。
(四) 支払時期 被告は、本件家財につき、共済期間中に火災等の共済事故が発生した場合には、原告が請求した日から30日以内に、原告に対し共済金を支払う。
(五) 臨時費用共済金 被告は、共済期間中に本件家財に火災による損害が生じ、かつ、共済金が支払われる場合、原告に対し、臨時費用共済金として、共済金の額の15パーセントに相当する額の金員を支払う。
2 平成11年12月24日午前10時ころ、本件建物に火災が発生し(以下「本件火災」という。)、本件家財は全部焼失した。
3 原告は、平成12年1月20日、被告に対し、本件共済契約に基づき、共済金の支払を請求した。
4 よって、原告は、被告に対し、本件共済契約に基づき、共済金1300万円及び臨時費用共済金195万円の合計1495万円並びにこれに対する平成12年2月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 同1及び3は認める。
2 同2のうち、本件家財が全部焼失したことは否認し、その余は認める。
三 抗弁
1 本件共済契約には、共済契約者の「故意又は重大な過失」により生じた損害については、共済金を支払わない旨の免責条項がある。
2 本件火災は、多額の負債を抱え、その返済に窮した原告が、共済金を受領する目的で放火したことにより発生した。その具体的行為は、事柄の性質上特定はできないが、本件建物の西側に渡り廊下で接続している平家建建物の石油ポット式ストーブ(以下「本件ストーブ」という。)の上部に何らかの発火源を設置して放火したものと推認される。
したがって、被告は、本件火災による損害について、共済金の支払を免責される。
四 抗弁に対する認否
1 同1は認める。
2 同2は否認する。
本件火災の原因は、原告の母であるCが本件ストーブ後方の壁に作業着を干して外出したところ、この作業着に本件ストーブの火が燃え移ったことによるものであり、失火である。原告の放火によるものではない。
理由
第一請求原因
一 同1は、当事者間に争いがない。
二 同2のうち、原告主張の日時に本件火災が発生したことは、当事者間に争いがなく、乙1によると、本件火災によって本件家財(ただし、その具体的な内容は不明)が焼失したことが認められる。
第二抗弁
一 抗弁1は、当事者間に争いがないところ、共済契約者の「故意又は重過失」により生じた損害であることは、被告が主張立証責任を負う事柄であるといわざるを得ないけれども、その立証の程度については、故意又は重過失によって火災が発生したことが蓋然性をもって立証されることをもって足りると解するのが相当である。すなわち、一般的に火災については、その原因が明らかなものを除き、火災原因を事後的に確定することは困難であり、特に放火の場合には、もともと目撃者がなく、その証跡も少なく、消防署による火災原因の判定や警察による捜査も慎重に行われる傾向にあることなどから、消防署による十分な調査や警察による積極的な捜査がない限り、通常人が疑いを差し挟まず真実性の確信を持ち得る程度までに放火の事実を立証することは至難といわなければならない。もし、「故意又は重過失」により発生した損害について、上記の程度までの立証が必要であるとすれば、実際には「故意又は重過失」による火災であるのに、保険会社は保険金の支払を免責されないこととなり、その結果、「故意又は重過失」による火災を増加させ、ひいては保険料率の上昇、保険会社の過大負担を招きかねない。このことは、技術の発達により電気、ガス、ストーブ等における火源のコントロールがより可能となりつつある現在にあって、放火が火災原因のトップを占めていること(平成11年版消防白書等参照)を考えると、より憂慮されるものといえる。そして、もともと保険金の請求は、民事訴訟であるから、請求原因、抗弁のいずれであっても、原被告間で行われた攻撃防御の中で立証の有無程度を判断すれば足りると解することもできる。以上のように考えると、「故意又は重過失」による損害であることの立証の程度については、通常人が疑いを差し挟まず真実性の確信を持ち得る程度までに立証することは必要ではなく、単に「故意又は重過失」による火災であることが蓋然性をもって立証されることで足りるというべきである。
二 これを本件についてみるに、甲4ないし27、29ないし39、44ないし48、50、53ないし55、乙1ないし10、18ないし21(枝番は省略)、南宗谷消防組合a消防署及び紋別信用金庫f支店に対する各調査嘱託、証人C、同D、原告本人並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
1 原告は、肩書住所地において酪農を営み、本件火災当時において、乳牛95ないし100頭を飼育していた。この土地は、南宗谷消防組合a消防署(以下「消防署」という。)から国道238号線を南方向へ32・7キロメートル進み、g橋手前を右折して、道道h・g線を3・2キロメートル進行した地点に位置している。付近一帯は、酪農地帯であり、民家は点在しており、直近の民家と約100メートル離れている。本件火災当時の本件建物、牛舎等の所在状況は、別紙図面記載のとおりであった。
本件建物は、木造サイディング造・一部二階建住宅(床面積152・03平方メートル。昭和45年新築、平成2年増改築)であり、その西側に1メートル余の渡り廊下によって接続する原告所有のウレタンプレハブ平家建住宅(面積82・5平方メートル。平成2年新築。以下「離れ家」という。)があり、本件建物には原告(本件火災当時42歳)、妻D(同41歳)、長男E(同13歳)、次男F(同12歳)、長女G(同7歳)が居住し、離れ家には原告の母であるC(同61歳)が居住していた。
原告は、本件建物について安田火災海上株式会社(以下「安田火災」という。)との間で保険金額700万円の火災保険契約を、本件家財について被告との間で本件共済契約を、離れ家の建物について保険金額560万円、家財について保険金額320万円の火災保険契約を日本火災海上株式会社(以下「日本火災」という。)との間で締結していた。
2 消防署作成の火災原因調査書によると、本件火災の発生状況等は次のとおりであったとされている。
すなわち、本件火災は、平成11年12月24日午前10時19分覚知され、午前10時42分放水開始し、午前11時50分に鎮火されたものであり、出火は同日午前9時50分ころである。本件火災により、離れ家及び本件建物が全焼し(離れ家は棟全体が焼け落ちている。本件建物は、南側の正面と西側の壁体はほぼ焼け落ちているが、東側及び北側の壁体はほぼ原型をとどめている。)、離れ家内の家財及び本件建物内の本件家財が焼失した。そして、出火原因については、離れ家の居間の南西角付近に置かれていた本件ストーブ上の蒸発皿が溶解し、煙突に取り付けられていた防護用の鉄製網も一部溶解していたこと等からして、本件ストーブ上方付近から出火し、東方向に延焼拡大していったものと判定されるが、発火源については特定できない(ストーブ本体の燃燬及び設置床面の状態から本件ストーブが異常燃焼した形跡は認められない。)。なお、鎮火後、本件ストーブの後方から鉄製ハンガー(以下「ハンガー」という。)が発見された。
損害額は、原告の届けに基づき、本件建物及び離れ家の2棟が小計508万8000円、本件建物の収容物が754万3000円、以上の合計1263万1000円であると評価されている。
3 本件火災当日の朝、3人の子ども達は、登校した。また、Dは、同日午前9時すぎころ、Cを連れてa町国民健康保険病院に出かけた。同日朝に同病院に行くことは、それ以前に予定されていたことであった。Cは、外出前、本件ストーブを微燃焼に調節しており、その周辺に洗濯物等の燃えやすい物は何も置いていなかった(Cは、本件火災の直後、消防署員に対して、上記のとおり供述していたところ、その後、証人として、同日朝、ハンガーに作業着のズボンとヤッケを掛け、本件ストーブ後方の壁の釘にハンガーを吊したまま出かけたのであり、本件火災直後の上記供述は、原告に叱られると思いとっさに虚偽を述べたものである旨供述するけれども、Cは、平成11年12月24日、平成12年2月7日、同年3月15日(この時は原告及び妻Dが同席)の3回にわたり保険調査員の質問を受けているが、いずれの場合にも、もはや虚偽を述べる理由はないと思われるのに、作業着を掛けたハンガーを本件ストーブ後方の壁に吊したとは供述していないのであり、Cが当初に虚偽を述べたという理由は認め難いうえ、Cは、それまで3回も火災に遭い、平素から火の始末には注意していたものであり、本件ストーブ後方の壁のような火災発生の危険性の高い場所にハンガーを吊すとはにわかに考え難いのであるから、Cの証人としての上記供述は採用することができない。)。
4 本件火災当日の朝、原告は、同業者であるHらと共同で釧路から取り寄せた飼料を同人と分ける作業をするなどした(その作業が終了した時刻は客観的に明らかでない。)。そして、同日は、I有限会社の担当者が飼料タンクを移設する作業をするため、原告方に来る予定があったが、同日午前10時前、同社のJが来訪し、本件建物の北側約38メートル離れた飼料タンク南側で原告と移設作業の打合せを始めた。南側を向いていた原告は、突然「何か煙たいな」といって、本件建物の方向に駆けて行った。Jは、本件建物の方向を見ると、離れ家の角付近から靄っぽいものが出ていたので、火事っぽいなと思い、原告を追いかけた。Jは、本件建物に近づくと、本件建物の方から「火事だ」といいながら走ってきた原告と会い、原告に屋内に人がいないことを確かめた後、原告に対しJ自身の携帯電話で119番通報しようかと尋ねたところ、原告から牛舎事務室内の電話機から通報した方が早いといわれ、直ちに同事務室に赴いたが、同事務室内の電話機を捜すのに手間取ったため、119番通報するまでに10分程度要した。
原告は、上記のとおりJに通報するよう指示した後、本件建物の方に引き返し、本件建物に常備されていた消火器を使用した後、自家用タイヤショベルを運転し、離れ家と本件建物との間の渡り廊下部分を取り壊そうとしたが、火勢を止めることはできなかった。
その後、原告は、Jや現場に駆け付けてくれた隣人らとともに、本件建物から家財の一部を運び出したが、次第に煙がひどくなり、搬出不能となった。
5 原告は、酪農に関し、K農業協同組合(以下「農協」という。)から飼料その他を購入し、農協に牛乳その他を販売するなど、農協との取引が中心となっていたところ、農協との間で作成する営農計画書の収支実績によると、支出から原告の貯金額を控除しても、平成9年が696万5000円の赤字、平成10年が538万9000円の赤字、平成11年が265万3000円の赤字であり、平成12年の見通しも331万3000円の赤字であった。原告は、以上のような苦しい酪農経営が続いており、農協に対する約1668万円の債務を負っていたところ、さらに平成11年12月初めころには、平成11年の農協とのいわゆる組勘取引において約260万円の債務が発生し、これを平成12年1月末日までに支払わなければならないことが明らかとなった。また、原告は、平成12年1月21日に400万円の手形を決済する必要に迫られていたのみならず、郵便局に対して90万円の返済債務、機械類の購入代金約400万円のローン債務が残っていた。
他方、原告は、平成11年12月当時、約1155万円の預貯金を有していたほか、生命保険契約を解約すれば約200万円の返戻金を取得し、乳牛を売却すれば相当額の代金を取得することが見込めた(証人Dは、当時、本件建物内に約320万円の現金を適当に分散して保管していた旨供述し、原告も、本件火災直後、消防署員に対し、本件建物内に現金300万円を保管していた旨供述しているけれども、原告は、消防署に対する火災損害届において現金の被害を申告していないこと、Dは、本件火災当日、本件火災前に稚内信用金庫a支店から30万円の払戻しを受けていること、上記供述のような多額の現金を家庭内で保管しておく合理的必要性が見出し難いこと等に照らし、上記各供述はいずれも採用することができない。)。
6 本件火災に関して、原告は、以下のような不自然な言動をとっている。すなわち、原告は、前記のとおり、Jから自己の携帯電話で本件火災を119番通報しようとかといわれたのに、わざわざ時間を要する牛舎事務室の電話を使用して通報させている。また、本件火災の直後、消防署員に対し、Cは、実際には本件火災前後を通じて精神状態には異常がなかったのに、最近は軽い痴呆症があり、物忘れなどが多くなっていた旨供述したり、本件火災時に保管していた現金300万円を取りに行ったが、火勢が強く見つけることができなかった旨供述したりしている。さらに、原告は、当初は農協に対する1668万円余の債務しかない旨を主張していたのに、被告の指摘を受けて上記のようなその他の債務があることを明らかにしている。
7 本件火災後、Cは、紋別郡f町に住む娘方で世話になり、原告ら親子5人は、約35平方メートルのプレハブ住宅で不便な生活を強いられた。原告は、住宅金融公庫から1400万円を借り、昭和13年1月に自宅を新築した。
原告は、本件火災後の平成12年3月16日、安田火災から本件建物につき820万円の保険金の支払を受け、同年4月5日には、日本火災から離れ家につき955万2000円の保険金の支払を受けたが、この保険金のうち約550万円を本件建物についての住宅金融公庫のローン残金の支払に充てたほかは、その使途が明確ではない。なお、原告は、農協に対する組勘取引上の約260万円の債務については、平成12年1月28日、農協から260万円を借り入れてこれを支払い、また、前記400万円の手形債務については、手形の書替えをしてもらった後、同年4月21日ころに決済した。
8 平成元年10月28日、当時の原告の自宅居間のストーブから出火して火災となり、原告は、保険金を受領し、以前の借入金を清算したうえ、新たに住宅金融公庫から700万円を借りて本件建物を増改築した。
また、平成6年8月4日、牛舎から出火し、原告は、3972万円の保険金を取得した。
三 上記認定事実に基づき検討するに、本件火災の原因について、原告及びその家族以外の第三者による放火を窺わせる事情は全くない。本件ストーブは、その性能等からして、通常の使用がなされている限り、失火のおそれはほとんどないものといえるところ、本件火災当時、本件ストーブに近い壁に洗濯物を干したハンガーが掛けられていたという事実はなく、他に本件ストーブに接近して失火の可能性のある物が置かれていた形跡もなく、ごく通常の使用がなされていたものと認められる。したがって、失火の可能性は考え難いにもかかわらず、本件ストーブの上方付近から出火しているというのであるから、作為的関与を疑わざるを得ない。そして、Cは、本件火災当時、精神状態には何ら異常がなく、消防署員に対し、上記事実に沿う供述をしていたのに、原告は、消防署員に対し、Cは軽い痴呆症であり、物忘れが多くなったなどと虚偽の供述をし、Cの供述が信用するに足りないものであることを訴えようとしていたものである。
ところで、本件火災当時、家人はすべて外出しており、原告のみが自宅におり、Jが来訪する直前等の時間帯に本件ストーブの上方付近に何らかの手段方法で放火することは可能であった。本件火災時、原告は、Jと打合せをしている際にいち早く本件建物の方向に駆け付けている。原告は、Jから自己の携帯電話で119番通報しようかと尋ねられたのに、わざわざ時間を要すると思われる牛舎事務室の電話からの通報を依頼しているものであり、不可解な行動と評価すべきものである。
次に、原告の酪農経営は、赤字が続いており、平成12年も改善される見通しはなかった。そして、原告は、本件火災当時、農協に対し約1668万円の債務を負っていることに加え、平成12年1月末に組勘取引上の約260万円の債務を支払わなければならず、同月21日には400万円の手形を決済しなければならなかったほか、機械類の購入代金約400万円のローン債務等を負っていたものである。原告は、本件火災当時、約1155万円の預貯金を有しており、その他生命保険を解約したり、飼育している乳牛を売却したりしてある程度返済資金を調達することができたものの、酪農経営を維持しながら上記の債務を返済するにはかなり厳しい状況であった。原告が本件共済金を含め合計2880万円以上の火災保険金を取得できれば、ほとんどの債務を返済することができたことが明らかであり、放火の動機があったものと認められる。もっとも、火災が発生し本件建物等が全焼すれば、焼失による大きな損害が発生するうえ、厳冬期に住居を奪われ、不便な生活を強いられる結果となるけれども、原告が消防署に届けた本件火災による損害額は1263万円にとどまり、上記保険金額はその2倍以上であって、計数上は利得があるのみならず、保険金の取得によって原告は債務の返済に追われることなく酪農経営の立直しを図れることになるのであるから、本件建物等の焼失による損害を被り、不便な生活を強いられることは、必ずしも放火の動機形成の決定的支障とはならなかったものと考えられる。原告は、債務の有無等は火災原因の解明につながる重要な事実であるのに、農協に対する上記約1668万円の債務以外の債務については当初から明らかにすることはなかったものであり、このことも無視できない事情である。
以上のような諸事情を総合すると、本件火災は、原告が保険金取得を目的として本件ストーブの上方付近に何らかの手段方法をもって放火したことによって発生したものと蓋然性をもって推認することできる。
もっとも、消防署の火災原因判定書(甲5の3)によると、原告を含む内部関係者の放火の可能性について、「住宅には家族全員が外出していなかった事。また、動機の面から考察すると、火災保険に加入しているが、2棟とも高額な保険額とは言えない為、内部関係者の放火は考えられない。」とされているが、既に述べたところところに照らすと、上記判断は、皮相的であって根拠薄弱であるというほかないから、採用することはできない。
以上のとおりであるから、抗弁は理由がある。
第三結論
よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 坂井満)