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札幌地方裁判所 平成12年(ワ)2438号 判決 2002年8月01日

原告

甲山花子

原告

甲山太郎

両名訴訟代理人弁護士

山崎昌彦

被告

全国労働者共済生活協同組合連合会

代表者理事

岩山保雄

訴訟代理人弁護士

太田三夫

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は、原告甲山花子に対し二三〇〇万円、原告甲山太郎に対し六〇万三七五〇円及びこれらに対する平成一一年八月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  事案

本件は、原告らが、被告との間で締結した火災共済契約に基づき、各所有に係る建物が火災により全焼ないし一部破損したことを理由に、共済金の支払を請求するのに対し、被告が、故意免責を主張している事案である。

2  当事者間に争いのない事実

(1)  原告甲山花子は、昭和六年一一月生で、原告甲山太郎の母であり、その所有に係る建物(所在・北海道勇払郡穂別町字安住<番地略>、家屋番号・字安住<番地略>、構造・ブロック造亜鉛メッキ鋼板葺平家建、床面積・171.90平方メートル、以下「本件建物1」という。)に一人で暮らしていた。

原告甲山太郎は、昭和三〇年一月生で、農業に従事して米などを生産し、本件建物1と同一敷地内にあってこれに近接するその所有建物(所在・北海道勇払郡穂別町字安住<番地略>、家屋番号・<番地略>、構造・木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建、床面積・一階104.49平方メートル、二階25.92平方メートル、以下「本件建物2」という。)に妻と平成一一年六月当時高校二年生の長女、中学三年生の長男、三歳の双子の次男、三男と同居していた。

(2)  原告甲山太郎は、平成一〇年八月二七日、原告甲山花子のために、同原告の名義で、被告との間で、本件建物1につき、以下の内容の火災共済契約を締結した(以下「本件契約1」という。)。原告甲山花子は、後に、原告甲山太郎から本件契約1の締結を知らされ、これを了解している。本件契約1上、被告は、火災等の結果目的物件が全焼した場合には、契約金額全額に加えて臨時費用を、また、半焼、一部焼破損の場合には、契約金額を限度とした再取得価額に臨時費用を加えた金額を共済金として支払うこととなっている。

ア 目的物件 北海道勇払郡穂別町字安住<番地略>

イ 住宅延面積 一七二平方メートル

ウ 住宅口数(契約金額) 二一〇口(二一〇〇万円)

エ 臨時費用共済金 共済金の額の一五パーセントかつ二〇〇万円を限度

オ 共済期間 平成一〇年八月二八日から平成一一年八月三一日

カ 共済掛金額 一万四七〇〇円

(3)  原告甲山太郎は、平成一〇年八月二七日、被告との間で、本件建物2につき、以下の内容の火災共済契約を締結した(以下「本件契約2」という。)。本件契約2上、被告は、火災等の結果目的物件が全焼した場合には契約金額全額に加えて臨時費用を、また、半焼、一部焼破損の場合には契約金額を限度とした再取得価額に臨時費用を加えた金額を共済金として支払うこととなっている。

ア 目的物件 北海道勇払郡穂別町字安住<番地略>

イ 住宅延面積 一三一平方メートル

ウ 住宅口数(契約金額) 二〇〇口(二〇〇〇万円)

エ 臨時費用共済金 共済金の額の一五パーセントかつ二〇〇万円を限度

オ 家財口数 一五〇口(一五〇〇万円)

カ 共済期間 平成一〇年八月二八日から平成一一年八月三一日

キ 共済掛金額 二万四五〇〇円

(4)  平成一一年六月二三日午後一時四三分ころ、本件建物1から出火し、本件建物1は全焼し、本件建物2は一部焼破損した(以下「本件火災」という。)。

(5)  原告らは、平成一一年七月二一日到達した書面をもって、被告に対し、本件契約1、2に基づき、本件火災の通知をするとともに、住宅災害共済金の支払を請求した。本件契約1、2に係る約款によれば、被告は、共済契約者から共済金の支払の請求を受けたときは、請求書類が到達した日から三〇日以内に共済金を支払うこととなっているが、被告は、請求のあった日から三〇日後である平成一一年八月二〇日を経過してもその支払をしない。

(6)  本件契約1及び2に係る約款によれば、共済契約者又は共済の目的の所有者の故意又は重大な過失により生じた損害については、共済金を支払わないと定められている(風水害等給付金付火災共済事業規約五四条一項一号、以下「本件免責約款」という。)。

3  争点

(1)  故意免責

ア 被告の主張

本件火災は原告太郎の放火によるものである。また、本件契約1は、原告甲山花子名義のものであるとはいえ、原告甲山太郎が原告甲山花子の承諾なく締結し、原告甲山花子が事後に承諾したもので、その共済掛金の支払もすべて原告甲山太郎が行っているという事情があるから、その実質的な当事者は原告甲山太郎である。原告甲山太郎は、他人のためにする契約(商法六四七条、六四八条)として本件契約1を締結したものであるから、原告太郎は、本件契約1についても、本件免責約款にいう共済契約者に該当する。

イ 原告らの主張

本件火災は、原因不明の出火によるものであり、原告らが故意に放火したことによるものではない。

(2)  共済金の額

ア 原告らの主張

本件建物1については、住宅災害の共済金として二一〇〇万円、臨時費用共済金として二〇〇万円。本件建物2については、住宅災害の共済金として五二万五〇〇〇円、臨時費用共済金として七万八七五〇円。

イ 被告の主張

本件建物1については、住宅災害の共済金として一九七〇万円、臨時費用共済金として二〇〇万円。本件建物2については、住宅災害の共済金として三四万四〇〇〇円、臨時費用共済金として五万一六〇〇円。

第3  争点に対する判断

1  証拠(甲第10ないし第12、第31、乙第3の1、第4の1ないし6、第5の1ないし4、第6の1、2、第7、第8、第9の1ないし12、証人小野寺正裕、原告甲山花子本人、原告甲山太郎本人)によれば、本件火災及びこれに至る経緯は、以下のとおりである。

(1)  原告甲山花子は、平成一一年六月二三日(水曜日)午前四時半ころ起床し、午前五時五〇分ころ、前日の残りの味噌汁の入った両手鍋を台所のガスレンジでゆっくりと温め、朝食を摂った。鍋には少し味噌汁が残ったので、後で猫にやろうと思い、ガスレンジの上に置いたままにしておいた。ガスレンジの上にはその鍋を置いた以外には物は乗せていない。原告甲山花子は、几帳面な性格であり、常日頃から、電気やガスを使った後にはすぐにこれを消すことを励行しており、当日も、鍋を温めた後には、ガスを切り、元栓を閉めた記憶である。また、ガスレンジの周囲には食用油や布巾等を置いたままにしていたことはない。原告甲山花子は、本件火災の四日前に、農協から1.8リットル入りの食用油瓶四本を買い、これを使い古しの食用油を入れた1.8リットル瓶とともに、台所の流し台の下の棚の中に入れておいた。原告甲山花子は、当日はアイロンを使ったり、ストーブや風呂をたいたりしたことはなく、自身は喫煙をしない。また、仏壇は本件建物2にあって本件建物1にはなく、神棚のローソクに点火したこともない。本件建物1の台所は、一階の北西角に位置している。

原告甲山花子は、同日午前八時ころ、本件建物1の北西側6.72メートルの地点にある本件建物2の原告甲山太郎方に行って、同原告の妻に、同日は病院に行くから外出する旨伝え、同日午前九時ころ、家中の戸締まりをし、出入口に施錠をして、自家用車を運転して外出をした。原告甲山花子は、外出する際、台所付近に格別の異常を感じなかった。原告甲山花子は、途中で実兄甲山二郎宅に立ち寄った後、苫小牧耳鼻咽喉科クリニックで診察を受け、午後一時四〇分ころ、再び実兄宅を訪れたところ、同日午後一時五〇分ころ、同所で偶然本件火災のことを聞き、実兄とともに自宅に戻った。

(2)  原告甲山太郎は、同日午前五時ころ起床し、同日午前九時ころから農作業に出かけ、午後〇時ころ帰宅して昼食を摂った。そして、保育所に次男と三男を迎えに行って午後一時ころ帰宅したが、その日は、午後二時に三男を歯科医に連れて行く予約をしていた日であり、次男も歯が痛いと言い出したため、本件建物1と本件建物2との間に停めておいた自家用車に妻と二人の子を乗せて午後一時四〇分ころ出発し、歯科医に行った。午後二時二〇分ころ、両児の歯科治療が終了したので歯科医の建物を出たところ、本件火災のことを知らされ、自宅に戻った。原告甲山太郎の長男と長女は登校などしていて不在であった。

(3)  本件火災の第一発見者は、原告甲山花子の甥である本件建物1の川向かいに住む甲山三郎であり、同人は、同日午後一時三五分ころ自宅を出て、本件建物1から約五〇メートル離れた自宅横の水田を見ながら山裾の農道をバイクで通りかかったところ、真向かいに火が見え、叔母である原告甲山花子方の本件建物1の台所から出火し、台所横の居間から勢いよく煙が出ているのを発見した。そこで、甲山三郎は、急いで自宅に戻り、妻に、原告甲山太郎のところが火事だから、高橋政春(前第二分団長)のところに電話するように言って、火災現場に行き、家の中に誰かいないか確かめたが、本件建物1及び2とも施錠されていて、家人は不在であり、また、普段おいてある自家用車が二台とも見あたらなかったことから、原告らは出かけていると判断した。その時点では、本件建物1の台所部分の窓(前と横)と台所横の居間部分の窓から勢いよく火が出ており、玄関からは煙が出ていて手が付けられる状態ではなかった。

甲山三郎の妻甲山春子は、夫から火事のことを聞き、高橋政春に電話をして火事のことを知らせ、同人が、同日午後一時五七分、一一九番通報をした。そこで、消防車が現場に出動し、同日午後二時一〇分放水が始まり、午後二時四五分鎮圧し、午後四時五〇分鎮火した。消防当局は、火災の通報及び火災の状況から、出火は同日午後一時四三分と推定した。

(4)  消防署穂別支所の予防一係長小野寺正裕が同日午後二時八分ころ現場に到着したときは、本件建物1の台所二か所の窓(北西側と南西側)から激しい炎が吹き出ており、台所部分(北西)から南東方向へと住宅部分全体に火が広がり、煙が全体にたちこめており、また、北東側にある物置が延焼しつつある状況であった。

焼け跡を見分すると、全体に一階ブロック部分及び一部二階ブロックを残し二階モルタル部分は焼け落ち、屋根はトタン部分を残し焼け落ちている。一階ブロック部分の外壁の変色を見ると、北西側壁より南東側壁の変色が強く見られる。屋根部分は全体に野地板、棟木、垂木などが焼け落ち、トタン屋根内部に跡が見られ、一部集合煙突及びブロック部に支えられてV字状に落ちている。台所付近から東側に向けて、柱及び内容物の焼けが強く、柱は焼け落ちていて、残焼物は少ない。台所に残存していたガスレンジは右側バーナー部の一部の破損が見られ、全体に焼きが強く回転スイッチの開閉も見分できないほどであった。ガスレンジに溶融物の痕跡は認められない。電気配線は被覆が焼けて配線がむきだし状態であるが、短絡痕はない。台所ガスレンジ部分付近の床は焼け落ちているか所が見られ、そのか所の土台も炭化が深く、東側に行くほど、焼け細りが少なかった。

(5)  消防当局は、本件建物1の外壁の焼毀状況、内部台所の床の焼け落ち、甲山三郎が台所から火が出ているのを確認していることから、出火場所は台所ガスレンジ付近と判定した。そして、出火原因については、以下のような検討の結果、不明との結論を出している。

ア 放火

火災現場は、町道沿いにあって、付近に農家が点在し、比較的見通しの良い場所に位置し、西方向には甲山三郎の住宅があること、当時原告ら家族は外出中であったが、付近には甲山三郎がいて、本件火災の発見時には台所から火が出ているのを確認していること、また、原告甲山花子が本件建物に施錠をして外出していることから、不審者が侵入して放火したとは考えられず、外部からの放火も考えられない。

イ 煙草

原告甲山花子は喫煙をせず、出火当日、外出するまで本件建物1に誰も訪ねてきていないから、煙草による要因は考えられない。

ウ 子供の火遊び

当日は、出火時間には原告甲山太郎の子供(高校生、中学生、保育所に通う子供二名)は、いずれも通学中などで家にはおらず、原告甲山花子が施錠をして外出していることからも、子供の火遊びによるとは考えられない。

エ 自然発火

出火当日の天候は晴、気温二六度、湿度四八パーセントという天候で、出火場所の台所には北西側と西側に窓があり、出火時間は強い日射しが窓に射していたと思われる。原告甲山花子によれば、窓付近に収れい現象につながる物を置いてはいなかった。台所の残焼物などからその存否を確認することができないから、収れい現象も考えられるが、それを原因と判定するには至らない。

オ 電気系

原告甲山花子は、普段各種電気器具を使用していて最近ブレーカーが落ちるようなことはなく、また、電気配線等を見分しても、短絡痕等がないことから、電気系によるとは考えられない。

カ 火気の取扱不備

原告甲山花子は、前日風呂に入るために灯油風呂釜を使用したが使用後はすぐに消しており、その後時間も経過しているから、灯油風呂釜の使用不備とは考えられない。原告甲山花子は当日ストーブを使用していない。原告甲山花子が当日使用した火気は、朝食を摂るためのガスレンジの使用であるが、その使用時刻は午前五時五〇分ころ一回だけで、ガスレンジの上には味噌汁の鍋を置いた以外には何も乗せていないし、使用後はガスを止めたと言っている。原告甲山花子が高齢者であることから、ガスの止め忘れも考えられるが、同原告は、午前九時ころ外出しており、午前五時五〇分ころにガスレンジを使用した後、外出までには三時間強の時間があったのであるから、ガスが付けっぱなしの状態であったのであれば、においや煙などの異臭で気付くと思われる。また、本件建物1には、LPガスを一時間連続使用した場合にはLPガスの流出を強制的に止めるマイコンメーター(ガス流量確認遮断装置)が付けられている。出火場所がガスレンジ付近であり、床も焼け落ちていることから、付近の残焼物及びガスレンジを見ても、出火に伴う物を発見することができない。

(6)  原告らは、被告に対する共済金の支払請求に当たり、事故原因をプロパンガスの消し忘れとしている。

2  そこで、上記認定に基づき検討する。

(1)  上記認定のとおり、消防当局は、本件火災の原因が不明であるとしている。

想定される火災原因のうち、唯一可能性が否定されなかった収れい現象による自然発火については、収れい現象による発火を引き起こす物の存在が認められないし、翻って、本件火災の第一発見者である甲山三郎が本件火災を認めたときには、すでに本件建物1から五〇メートルくらい離れた地点で火が燃えている状態を認め、煙が勢いよく出ていたというのである。本件火災の出火場所が台所であり、そこに可燃物がむき出しのまま放置されていたという事情もうかがわれない以上、収れい現象による自然発火が原因であるとすれば、その発火は、甲山三郎が本件火災を発見した時(その時間を確定することはできないが、甲山三郎が自宅を出たのが午後一時三五分ころで、本件火災を発見して急いで自宅に戻り、妻に高橋政春への連絡を指示し、その連絡を受けた高橋政春が一一九番通報したのが午後一時五七分であるというのであるから、午後一時五〇分すぎころと推定されよう。)から相当以前であったと考えるほかない。ところで、原告甲山太郎は、当日午後一時四〇分ころ、本件建物1とそこから北西側に6.72メートル離れた本件建物2との間に停めていた自動車に家族を乗せて出発したというのであるが、本件建物1の台所はその北西角にあるから、原告甲山太郎が自動車に乗車する際には、本件建物1の台所前の数メートル地点に接近していたことになり、本件建物1の台所付近から物が燃える音、光、においあるいは煙等から異変を感じて当然と考えられる。また、その妻や二人の子供についても同様である。しかるに、原告甲山太郎を始めとする四人が格別の異変を感じることなく自動車に乗車して出発していることからみて、その出発時点で収れい現象による出火が起きていたという選択肢は否定すべきものと判断される。

(2)  ところで、消防当局が火災原因を不明とした理由を見ても明らかなように、本件建物1の台所から出火するような有力な原因はついに発見することができない。なお、原告甲山花子が午前五時五〇分にガスレンジを使用した後にガスを消し忘れた可能性がないわけではないが、消防当局の掲げる点のほか、ガスレンジに点火して鍋をかけたままにしておいたことが発火の原因であるとすると、レンジ台には溶融物の痕跡が残るはずと思われるのにそのような痕跡もないから、原告甲山花子のガスの火の消忘れによる発火の可能性も否定されるのである。

しかし、現実に本件建物1の台所を出火場所とする本件火災が発生しており、特に出火地点と推測しうるガスレンジ下は焼毀の程度が著しいという特徴がある。原告甲山花子がガスレンジに隣接する流し台の下の棚に食用油の1.8リットル瓶を四本余り入れておいたので、それが燃えたことが原因であるとしてみても、自然発火する理由もない以上は、その発火が人為的なものではないかと疑うのは事の性質上当然のことである。

そこで、放火の可能性を今一度検討してみるに、消防当局が放火を否定する理由は、火災現場が、付近に農家の点在する比較的見通しの良い場所に位置しており、近くに甲山三郎がいて火災発見時には台所から火が出ているのが確認されていること、また、原告甲山花子が本件建物に施錠をして外出していることから、不審者が侵入して放火したとは考えられないという点にある。

確かに、上記のような事情があり、本件建物1はすべて施錠されていたということを考えると、部外者が本件建物1に侵入して放火をする可能性はまず考えられないところといえよう。しかしながら、部外者ではなく、本件建物1付近を徘徊し、また、これに出入りするところを他人に見られても不審には思われない者で、本件建物1の施錠を開く合鍵を持っている者が侵入する可能性はなお存在する。原告甲山花子自身は、当日午前九時に本件建物1から出て外出しており、その後本件建物1に戻った形跡もなく、また、時限発火装置のようなものも発見できない以上は、原告甲山花子による放火の可能性はまず否定されよう。次に、証拠(原告甲山花子本人、原告甲山太郎本人)によれば、本件建物1の鍵は一つしかなく、原告甲山花子が常時所持しており、本件火災当日もこれを携帯して外出したこと、このように原告甲山花子が外出する際には、その鍵を携帯していくこともあるが、時に、郵便ポストなどに入れておいて、急用のあるときには、本件建物2に住む原告甲山太郎の家族などに鍵を使用して本件建物1に入ることを依頼していたことが認められる。そうすると、原告甲山太郎又はその妻は、本件建物1の合鍵を作る機会を有していたと考えられる。そして、原告甲山太郎又はその妻が母の住む隣家である本件建物1の付近を徘徊し、あるいはその建物に合鍵を用いて侵入するのを他人が見ても何の不審も抱くことはないと考えられる。そして、本件建物1が燃えているのを発見された時から遡って最も近い時点に本件建物1付近に居た人物は原告甲山太郎及びその妻と二人の幼児(三歳)なのである。出火か所が施錠された建物内の台所とする以上は、幼児が施錠を開けて火を放つとは考えられないから、残る可能性は原告甲山太郎とその妻ということになる。

(3)  次に、本件契約1及び2の締結状況について検討する。

本件契約1が締結された経緯について、原告甲山太郎の供述によれば、原告甲山太郎は、本件建物2の住宅ローンを完済したため、ローンの関係で加入していた火災保険契約が失効したことから、本件建物2について新たな火災保険契約を締結しようと考えていたところ、たまたま新聞で、被告の火災保険に加入すると、事故の場合には再取得価格が保証されることを知り、苫小牧に用事で出かけた際に、被告の苫小牧支店に立ち寄り、本件契約2を締結したこと、原告甲山太郎は、本件建物1についても火災保険に加入するつもりで行ったわけではなかったが、被告の担当者から火災保険の枠がまだあると聞かされ、原告甲山花子と相談することなく、ついでに本件建物1についても本件契約1を締結したというのである。しかしながら、証拠(甲第10、乙第2、第9の3)によれば、本件建物1は、昭和三七年ころの建築に係る建物であり、昭和四五年及び平成五年に穂別町農業協同組合との間で、建物につき合計一一〇〇万円(掛金合計一〇万九八八二円)、家財について一〇〇〇万円の共済契約を締結していたことが認められるところ、本件建物1及びその中の家財が農協との間の共済契約に係る金額の合計を超える価値を有していたと認めるべき証拠もない(乙第9の9によれば、原告甲山花子は、消防署長に対し、本件火災による被害として、建物の建築金額を四八〇万円、動産の被害物件査定額を一五〇九万円余として届出をしている。)から、平成一〇年の時点で、すでに築三〇年以上を経過した木造建物について、さらに掛金を負担してまで新たに保険契約を締結することは、その動機において、いささか不自然とも思えるものがある。

また、証拠(乙第2、原告甲山太郎本人)によれば、原告甲山太郎は、亡父の跡を継いで農業を営んでいる者であるが、平成一一年一月一八日に同原告が穂別町農業協同組合に提出した平成一一年度組合員勘定取引査定書では、一〇〇万円の長期借入れをしており、その後も継続していることが認められ、これによれば、原告甲山太郎は、平成一一年当時、経済的に余裕があったとまではいえない。

(4)  以上の認定によれば、本件火災は、人為的な原因に基づいて発生したと考える以外にその原因を想定することがまず困難であるところ、原告甲山太郎及びその妻については、本件火災発生直前に本件建物1付近におり、本件建物1に侵入することのできる可能性があった者であること、原告甲山太郎は、本件建物1に係る保険契約である本件契約1を、建物所有者である原告甲山花子に事前に断りもせずに締結しているが、すでに同建物には相応の保険契約が締結されていて、なお新たな保険契約を締結する必要性に乏しいという意味での不自然さが認められる一方、原告甲山太郎は、平成一一年当時、経済的に余裕のある状態ではなかったという事情もある。

こうした事情を勘案すると、他に特別の事情のうかがわれない本件においては、本件火災は、原告甲山太郎が自ら、あるいはその指示を受けた者により人為的に発生させたものと推認するのが相当と判断する。

3  ところで、本件契約1の契約者名義は原告甲山花子であるところ、同原告が本件火災を人為的に発生させたものとは認められないから、原告甲山太郎が本件火災を人為的に発生させたものであるとしても、本件建物1に関する限りは、当然には、本件免責約款が適用されることにはならない。

しかしながら、前記のとおり、本件契約1は、原告甲山太郎が、本件建物1の所有者である原告甲山花子に断りなく、原告甲山花子の名義で契約したものであり、その後、原告甲山花子の承諾を得ることにより、有効となったものである。契約者が原告甲山花子となっており、本件建物1の所有者が同原告である以上は、原告甲山太郎は原告甲山花子の無権代理人として契約をし、後に追認されたということになるから、被告が主張するように、本件契約1が原告甲山太郎による第三者のためにする契約と解することはできないけれども、契約の意思表示をした者は、原告甲山太郎であり、その後原告甲山花子が追認の意思表示をすることにより、その契約について自己にその効果が及ぶことを了解した点は、第三者のためにする契約における受益の意思表示と類似するものといえる。しかも、証拠(原告甲山花子本人、原告甲山太郎本人)によれば、本件契約1に係る共済掛金は原告甲山太郎が負担しており、原告甲山花子は本件契約1について一切の負担をしていないことが認められる。そうしてみると、本件契約1は、原告甲山太郎が実質的に契約行為を行い、契約者としての義務を負担し、原告甲山花子が無権代理行為を追認することにより、第三者のためにする契約における受益の意思表示をしたのと同様の効果である共済金を取得しうる地位を得たものということができるから、原告甲山太郎は、本件契約1においては、契約者に準じた地位にあると評価することができる。

本件約款は、契約者が故意又は重大な過失により保険事故を発生させた場合には、保険者を免責するというものであり、その趣旨は、保険契約を締結した当事者が故意又は重大な過失によって保険事故を発生させたような場合にまで保険金の支払を認めることは、保険契約の趣旨に照らして相当ではないという価値判断に基づくものと解されるところ、原告甲山太郎は、本件契約1について、自ら契約締結の採否を検討し判断した上で締結行為を行い、かつ、その契約上の義務である掛金の負担を自ら引受けている者であって、第三者のためにする契約における契約者と実質上同一と評価できる地位にある者なのである。したがって、このような者が本件火災を人為的に惹き起こした場合には、契約上の保険契約者ではないとはいえ、本件約款の趣旨を類推適用して、保険者は免責されるものと解するのが相当である。

4  以上の認定判断によれば、本件建物1及び2に係る本件火災による事故については、本件約款が適用ないし類推適用され、原告らには共済金請求権は発生しないと解される。

したがって、その他の点について判断するまでもなく、原告らの本件請求はいずれも理由がない。

よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官・佐藤陽一)

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