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札幌地方裁判所 平成12年(ワ)295号 判決 2001年6月28日

別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  被告は、原告A野花子に対し八九万二五五五円、同B山松夫に対し一二五万五七六三円、同C川竹子に対し四三万九五〇一円、同D原梅子に対し二五万円、同E田春子に対し五六万三五八二円、同E田夏夫に対し六六万七二五三円、同A田秋子に対し八八万一七四〇円、同B野冬子に対し八五万二三二三円、同C山一子に対し六〇万〇一二六円、同D川一郎に対し三三万五三七〇円、同E原二郎に対し一三六万九六六四円、同A川三郎に対し二九万〇一〇〇円、同B原四郎に対し七四万八三五二円、同C田五郎に対し三二万三二三七円、同D野二子に対し三二万四九一五円、同E山六郎に対し一一七万二二〇四円、同A山七郎に対し三四万八三三六円、同B川八郎に対し六四万八六三五円、同C原九郎に対し二五万円、同D田三子に対し一一六万四八七七円、同E野四子に対し八七万九四三四円、同A原五子に対し六一万三二七一円、同B田十郎に対し五九万九〇八五円、同C野一夫に対し五四万六六九六円、同D山二夫に対し五一万九八八八円、同E川三夫に対し一四〇万八三六九円、同A本六子に対し二一三万九二五五円、同B沢四郎に対し四七万一四七五円、同C林五夫に対し八八万三〇三九円及びこれらに対する平成一二年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告らに対し、別紙契約目録の請求金額欄記載の各金員及びこれらに対する平成一二年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、消費者金融業者である被告から金銭を借り受けた原告らが、被告に対し、不当利得に基づき、その後の返済によって生じた別紙契約目録の過払金額欄記載の過払金の返還を求めるとともに、本訴提起前に原告ら訴訟代理人を通じて被告に対し原告らと被告との全取引経過の開示を求めたのに、被告がこれに応じなかったのは違法であるとして、不法行為に基づき、それによる慰謝料各二〇万円及び弁護士費用各一〇万円の賠償を求めた事案である。

二  前提事実(争いのない事実以外は証拠を併記)

1  原告D山二夫を除く原告ら及びD山七子(以下「原告ら」ともいう。)は、いずれも被告との間で包括的消費貸借契約を締結し、以後、借入、返済を繰り返してきたものである。

2  本訴提起後、被告は、訴訟手続上において、書証提出をもって原告らと被告との間の全取引経過を開示し、これによって原告らに生じた過払金額が別紙のとおりであることが明らかになった(《証拠省略》)。

なお、原告D原梅子は、被告に対する残債務が三一万八三九六円であったが、平成一二年九月七日、これを弁済し、債務が消滅した。また、原告D山二夫は、D山七子から被告に対する過払金九〇万四二〇一円の債権譲渡を受け、平成一一年一二月一四日、被告に対するその旨の通知をしたうえ、平成一三年二月一日の本件口頭弁論期日において、同原告自身が被告に負っている貸金債務三八万四三一三円と対当額において相殺する旨の意思表示をしたため、同原告自身の貸金債務は消滅し、過払金請求権は五一万九八八八円に減額した(《証拠省略》)。

三  争点について

主たる争点は、原告らの要求に対し被告が全取引経過を開示する義務があるか否かであり、これに関する当事者双方の主張は、次のとおりである。

1  原告

(一) 貸金業規制法に関する金融庁事務ガイドラインは、貸金業者の業務等に関し、取立行為の規制、取引関係の正常化等の観点から、貸金業者がしてはならない行為、債権債務の内容開示のため貸金業者がとらなければならない措置等を個別的に列挙するものであるが、その三―二―三の「取引関係の正常化」の(1)は、「債務者、保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載事項のうち、当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること」を定めている(以下、この項目を「ガイドライン」という。)。ガイドラインは、行政通達ではあるが、貸金業規制法がサラ金被害に対処するために立法されたものであり、その施行に関して消費者と貸金業者との私法取引関係の正常化を図るためにガイドラインが定められたものであることからすると、被告は、原告らの要求に対し、私法上の注意義務としても、ガイドラインと同様の取引経過の開示義務を負うものというべきである。

(二) 仮にそうでないとしても、以下のような事情を考慮すると、被告は、信義則上、原告らの要求に対し全取引経過の開示をすべき義務があるというべきである。

すなわち、近時、サラ金等による多重債務者が激増し、その経済的更生を図ることが重要な社会問題となっている。弁護士は、多重債務者の委任を受けて債務整理をするに当たり、債務者は取引の経過を十分に把握していないのが現実であるため、すべての貸金業者から取引経過の開示を受けて、利息制限法に従った残債務又は過払金の確定をし、返済計画を立て、貸金業者との和解を成立させるようにしているが、貸金業者に取引経過の開示を拒否されると、債務者の債務額が把握できないため、債務整理が遅滞する結果となる。

昭和五〇年代のサラ金地獄をふまえて制定された貸金業規制法の目的は、資金需要者の保護にあり、同法一九条の貸金業者の帳簿保存義務も、法人税法や商法の帳簿保存義務と異なり、債務者のために定められたものであるから、貸金業者において特に業務に支障がある場合を除き、債務者から求められればこれを開示することは当然であり、ガイドラインも、貸金業規制法から導かれる当然のことを定めたにすぎないものである。

また、被告のような大手の消費者金融業者と消費者とでは情報格差・能力格差は著しく、多くの消費者は、消費者金融業者のATMを利用して入出金を繰り返しているが、法律知識に欠けているため、入出金の際にプリントアウトされる明細書に記載されている取引後残高が自己の債務状況を示しているものと誤信し、最後の明細書のみを所持していれば十分であると考え、それまでの明細書を保管することはないのが実情である。このような事実を前提にすると、消費者が自己の債務の状況を適切に把握しておくのは当然であるとは到底いえない。

そして、多重債務者から債務整理の委任を受けた弁護士からの要求に対し、全取引経過の開示義務を課することによる消費者金融業者の不利益は特にない。開示のために過分の費用や労力がかかるというのであれば格別、被告ら消費者金融業者は、債権管理をコンピューターで行っており、全取引経過は簡単にプリントアウトされるものであり、何ら費用も労力もかからない。にもかかわらず、被告が全取引経過を開示しないのは、利息制限法に従った残債権額よりも過大な請求をし、又は過払金の返還を免れようとするためであるというほかないのである。

2  被告

(一) ガイドラインは、まさに行政上の指針にすぎず、これをもって消費者金融業者が消費者に対し全取引経過の開示義務を負うものと解することはできない。

(二) また、信義則上も、消費者金融業者に全取引経過の開示義務を負担させることはできない。消費者において、借入及び返済の年月日・金額等の情報を入手、管理することは格別困難なことではないばかりか、消費者が自己の債務の状況を適切に把握しておくのは当然のことであり、消費者が残存債務額等の正確な計算ができないとすれば消費者に周到を欠く点があるのが通常であり、債務の状況の管理を一方的に消費者金融業者に任せ、消費者はいつでもその債務の状況等を消費者金融業者から引き出せ、消費者金融業者はこれに応じなければならないとすることは公平ではない。

第三当裁判所の判断

一  《証拠省略》によると、以下の事実が認められる。

1  原告らは、いずれも昭和五七年七月ないし平成八年一月に被告との間で包括的消費貸借契約を締結し、以後、借入、返済を繰り返してきたものであるが、被告との取引経過についての領収証等をほとんど所持していない。そして、原告らは、いずれも多重債務者であり(ただし、原告C川竹子は、被告との取引のみである。)、債務の返済に苦慮しており、原告ら代理人に債務整理を委任した。

なお、被告が用いる包括的消費貸借契約書には、「支払い内容及び融資残高の確認は貴社発行の領収証又は利用明細書によるものとし、私が同書類に署名したとき、ATM利用時のATM利用明細書(領収証)を受け取ったときは直ちに、郵送等で受け取ったときはその発行日より七日以内に、私から特に申し出のない限り支払内容・融資残高を承認したものとします。」との契約条項の記載があり、ATMを利用して弁済したときに発行される利用明細書(領収証)には取引日及び取引金額のほか、取引後残高の記載がある。

2  原告ら代理人は、平成七年一月ないし平成一二年一月、被告に対し、原告らから債務整理を受任した旨の通知をし、多いときには五回にわたり、原告らと被告との間の全取引経過の開示を求めたのち、平成一一年一二月二四日には、原告ら代理人五名の連名で、開示しない場合には提訴する旨予告して開示を求めた。

3  被告は、全国の消費者に関する取引経過の情報を本社において一元的に管理しているが、原告ら代理人からの開示請求に対し、取引経過を開示しないまま、原告ら代理人に対し、原告側が少額を支払って和解することを執拗に提案し、また、「被告内部取決め」又は「機械の都合」という理由により、おおむね受任通知から三年前までの取引経過を開示するにとどまり(原告らのうち四名に対してはこれすらも開示せず)、全取引経過の開示はしなかった。

4  本訴提起前に被告が一部開示した取引経過によって計算した原告らの残債務額(原告D原梅子及び原告C原九郎の二名のみ)又は過払金額と、本訴提起に開示された全取引経過によって計算した原告らの残債務額又は過払金額は、原告D原梅子を除いて、約三三万円から約二〇八万円までの違いがあり、一〇〇万円以上の違いのある原告も八名いた。この結果からしても、被告が本訴提起前に、全取引経過の開示に応じなかったのは、利息制限法に従った残債務を超える支払を受けるためか又は過払金の支払を免れるためであったと認めざるを得ない。

5  原告らは、被告が全取引経過の開示をしないため、原告らと被告との残債務額又は過払金額が確定できず、原告ら代理人による債務整理が遅滞し、そのことによる不安が続き、原告ら自身の経済的更生の支障にもなり得ることから、やむなく原告ら代理人を選任して本訴を提起した。

二  消費者金融業者(貸し手)である被告が、消費者(借り手)である原告らの要求に応じて、それまでの全取引経過を開示する義務があるか否かについて検討する。

1  借り手から貸し手に対し過払金の返還請求をする場合には、借り手側において、貸付と弁済の取引経過を明らかにして過払金が発生している事実を主張立証しなければならないのが原則である。

2  しかしながら、消費者金融業者である貸し手と消費者である借り手との間で包括的消費貸借契約に基づき長期間にわたり貸付、返済が繰り返されたときには、多重債務に陥っている消費者が、債務整理の必要上、消費者金融業者に対し、残債務又は過払金の有無・金額を明らかにするため全取引経過の開示を求めた場合は、前記の場合と同一には論じられない。

すなわち、消費者金融業者は、消費者に比べ、経済力、情報力等のすべての面において著しく優越しており、これを対等な当事者関係とみるのは相当ではない。消費者金融業者、とりわけ被告を含む大手の消費者金融業者は、全国の消費者との取引経過の詳細をコンピューターで一元的に管理しているのに対し、消費者、とりわけ多重債務に陥り債務整理ないし自己破産を余儀なくされているような消費者は、利息制限法や貸金業規制法の知識に乏しく、領収証等も保存していないのが現実である。この点については、被告を含む大手の消費者金融業者が全国の多数箇所に設置しているATMを利用することにより、消費者はいつでもどこでも返済ができ、残高と次回弁済額が記入された領収証(明細書)を受領できるため、いきおい領収証の保管に熱心でなくなることも多分に影響しているものと考えられ、他方、大手の消費者金融業者は、そのような利便性を強調して顧客を勧誘しており、そのシステムは消費者が負担する高利によって維持されている関係にある。

そして、多重債務者の債務整理に当たっては、関係者の債権債務を確定し、平等な分配を実施するよう努めなければならないが、そのためには各消費者金融業者から金取引経過の開示を受けることが必須であり、これが実現しなければ債務整理は不能となり、多重債務者の経済的更生も期待できなくなるのであり、債務整理をしようとする多重債務者にとって消費者金融業者から全取引経過の開示を受ける必要性は極めて大きい。それに対し、大手の消費者金融業者は、前記のとおり、取引経過の詳細をコンピューターで一元的に管理しているものであり、消費者の要求に応じて全取引経過を開示することは容易である。にもかかわらず、これを拒否するのは、利息制限法違反の過大な請求をするか又は過払金の請求から免れるという法的保護に値しない動機によるものと考えられる。

ところで、貸金業規制法一九条は、貸金業者に対し、債務者ごとに貸付契約の年月日、貸付金額、受領金額等を記載した帳簿を備え付け、これを保存する義務を課しており、同法に関するガイドラインは、貸金業者の監督に当たっては、債務者の利益を図る観点から、「債務者、保証人その他の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載のうち、当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること」などに留意するものと定めている。これらの規定や通達は、これから直ちに貸金業者の消費者に対する全取引経過開示義務を導き出すものではないとしても、貸金業者に帳簿の備付・保存義務を課すことによって利息制限法、貸金業規制法四三条に従った債権管理をなさしめ、もって消費者の利益を保護しようとするものであるから、このような趣旨は、消費者金融業者と消費者との法律関係を考察する場合にも生かされなければならない。

このように考えると、契約関係を支配する信義誠実の原則からして、少なくとも多重債務に陥るなど債務整理をする必要に迫られている消費者が、債務整理を委任した弁護士を通じるなどして、消費者金融業者に対し、残債務又は過払金の有無・金額を明らかにするため全取引経過の開示を求めたときは、消費者金融業者は、これを拒絶する合理的な理由がある場合でない限り、これに応じるべき義務があり、これに反して全取引経過の開示を拒否した場合には不法行為が成立するものと解するのが相当である。

3  消費者金融業者に以上のような全取引経過の開示義務がないことになると、消費者は、不正確な資料に基づいて過払金の有無・その額を計算せざるを得なくなり、その結果、正確な計算ができないために、利息制限法の利率を超える弁済をし、又は過払金があるにもかかわらずその返還請求を断念するなどの事態が予測され、他方、消費者金融業者は、訴訟が提起されれば、訴訟手続上の文書提出義務により全取引経過を開示せざるを得なくなるため、訴訟提起前に不開示のまま消費者と交渉し、消費者に上記のような対応をとらせるなど自己に有利な解決を図ろうとするのであり、このような消費者金融業者の意図が相当性を欠くことは明らかである。

三  これを本件についてみると、被告は、原告らから債務整理の委任を受けた原告ら代理人の受任通知を受け、全取引経過の開示の要求を受けながら、これを開示せず、そのために原告らと被告との残債務額又は過払金額が確定できず、原告らはやむなく本訴提起をするに至ったものであり、被告が全取引経過を開示しなかったことについて合理的理由は見出し難いから、被告の全取引経過の不開示は、開示義務に反するものであって違法であり、原告らに対する不法行為が成立するというべきである。したがって、被告は、これによって原告らが被った損害を賠償する義務を負う。

そして、前記のとおり、被告の全取引経過の不開示によって原告らの債務整理が遅滞し、原告らの不安が続き、原告らは訴訟を提起せざるを得なかったものであるから、原告らに精神的損害が生じたものと認められ、これを慰謝するには各原告につき二〇万円が相当であり、弁護士費用も五万円の限度で相当因果関係があるものと判断される。

四  以上によると、原告らは、被告に対し、別紙契約目録の過払金額欄記載の過払金(ただし、原告D原梅子及び原告C原九郎は発生していない。)及び各二五万円の損害賠償金並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成一二年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

よって、原告らの請求は、右の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井満)

<以下省略>

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