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札幌地方裁判所 平成12年(ワ)2958号 判決 2002年12月19日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告国は、原告有限会社A(以下「原告会社」という。)に対し、7309万9080円及びこれに対する平成12年12月19日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告北海道(以下「被告道」という。)は、原告会社に対し2125万円、原告Bに対し6057万8730円、原告Cに対し2014万1577円及び各原告に対し上記各金員に対する平成12年5月12日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2事案の概要(以下、月日は特に記載のない限り平成12年のものである。)

本件は、原告会社の飼育する肉牛に口蹄疫感染が疑われ、家畜伝染病予防法(以下「予防法」という。)16条等に基づき、全頭のと殺、埋却を余儀なくされたことに関して、①原告会社が、被告国に対して、憲法29条3項に基づき、損失の補償を請求し、②原告らが、被告道の行った埋却に関する指示は違法であり、これにより原告らは損害を被ったと主張して、被告道に対して、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償を請求する事案である。

1  前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。認定に用いた証拠は各項に記載した。)

(1)  当事者等

原告会社は、住所地において肉牛農場(以下「本件農場」という。)を経営する有限会社であり、原告Bはその取締役である。(甲2、9)原告B及びその母である原告Cは、本件農場内の土地、建物である別紙物件目録記載の各土地、建物を各2分の1の持分で共有し(ただし、建物2は原告Bの単独所有である。)、これらを原告会社に対して無償で貸している。(甲1、22ないし25、27、30、弁論の全趣旨)

(2)  原告会社における口蹄疫疑似患畜の発見に至る経緯

ア 口蹄疫とは、ピコルナウイルス科アフトウイルス属に属する口蹄疫ウイルスの感染によって起こる急性熱性伝染病である。家畜や野生動物を含むほとんどの偶蹄類動物が感染し、その伝染力は極めて強く、その発病に伴う発育障害、運動障害及び泌乳傷害による家畜の被害が甚大であることから、国際的にその制圧と感染拡大防止が図られている。(甲6、41)

イ わが国は、明治41年を最後に口蹄疫の発生がなく、国際的に口蹄疫清浄国として承認されていたが、平成12年3月及び4月、宮崎県で相次いで口蹄疫感染の疑いのある肥育牛が発見され、予防法の定める周辺地域の家畜の移動制限及び搬出制限、疑似患畜のと殺及び埋却等の措置がとられた。(甲6、40)

ウ 宮崎県で発生した口蹄疫の原因については、使用されていた中国産粗飼料などが考えられたことから、国は、口蹄疫清浄地域以外の外国産輸入粗飼料を使用している農場及び上記イの移動制限及び搬出制限地域から牛を導入している農場につき、口蹄疫感染の有無につき血清疫学調査を行うこととし、各都道府県に通知した。(乙ロ2の1ないし7)

エ これを受け、北海道十勝家畜保健衛生所(以下「十勝家保」という。)は、4月7日、原告会社が口蹄疫清浄地域以外からの輸入飼料を使用していたことから、原告会社において血清疫学調査をすることとし、肥育されていた牛のうち15頭につき、採血を実施した。(甲9、12、乙ロ3、4、41の1)

オ この採血による検査の結果、抗口蹄疫ウィルス抗体価が64以上(抗口蹄疫ウィルス抗体陽性を意味する。)を示す牛が5頭発見されたため、十勝家保の家畜防疫員は、4月24日から5月9日にかけて、血清疫学検査を再実施するとともに、原告会社の飼養牛から抽出した牛から、血液及びプロバング材料(牛の咽頭から金属製小カップでかき取った食道上部の粘液)を採取し、これを農林水産省家畜衛生試験場海外病研究部に送付し、同試験場において抗体検査及びプロバング検査(プロバング材料からウイルスの分離を行う検査)を実施した。(甲9、12、乙ロ2の1ないし7、7の1・2、8、41の2)

カ 同試験場におけるプロバング検査の結果、5月10日、原告会社の飼養牛のうち2頭につき、口蹄疫ウイルスに特異的なバンドが検出され、農林水産省畜産局衛生課国内防疫班長から被告道家畜衛生主任者に対しその旨連絡された。この結果は直ちに原告Bに伝えられた。(甲9、12)

キ 十勝家保のD家畜防疫員(以下「D防疫員」という。)は、5月11日、当該2頭を含む原告会社の飼養牛全頭705頭が口蹄疫の疑似患畜であると診断した。なお、D防疫員は、上記2頭の牛について、5月13日、口蹄疫の患畜であると最終的に診断した。(乙ロ7の1・2、8、9の1・2)

(3)  原告会社におけると殺及び埋却と手当金の交付

ア 5月12日、D防疫員らは、原告Bに対して、予防法16条に基づき、原告会社所有の疑似患畜と診断された牛705頭(以下「本件牛」という。)のと殺を指示するとともに、予防法21条1項に基づいて、本件牛の死体及び汚染したおそれのある飼料等(以下「本件汚染物品」という。)を別紙物件目録記載の土地2(以下「西側草地」という。)に埋却するよう指示をした。

イ そして実際には、5月12日から18日にかけて、本件農場において、十勝家保の家畜防疫員をはじめ、被告道の職員、本別町職員、本別町農業協同組合(以下「農協」という。)職員らの手により、本件牛のと殺作業(以下「本件と殺」という。)が実施され、これと並行して、西側草地のうち、別紙見取図の斜線部分(以下「本件埋却場所」という。)に、本件牛の死体及び本件汚染物品を埋却する作業(以下「本件埋却」という。)が実施された。

ウ 原告会社は、7月12日、農林水産大臣に対し、予防法58条1項の規定による手当金として、本件牛及び本件汚染物品の評価額の5分の4に該当する2億9239万6320円の交付を申請し、8月17日、原告会社に対して申請のとおり交付された。

2  争点

(1)  原告会社は、被告国に対し、憲法29条3項に基づき、本件と殺による損失全部の補償を請求することができるか。

(原告会社の主張)

ア 予防法16条の規定は、わが国の畜産物の流通の自由を確保し、畜産業の保護に資するという積極目的の規定であり、同条項に基づき実施された本件と殺は、広く社会公共の利益に資するものであるから、憲法29条3項にいう「公共のために用ひる」に該当する。

イ また、個人の財産権の剥奪又は当該財産権の本来の効用の発揮を妨げることになるような侵害の場合には、当然に補償を要するというのが憲法29条3項の解釈であって、仮に予防法16条を消極的目的の規制ととらえても、本件と殺は原告会社の財産権の本質的侵害であるから、憲法29条3項により補償を要する。

ウ 本件の口蹄疫の原因は、被告国の検疫・消毒体制の不十分さにある一方で、原告会社には何らの過失はないから、本件と殺による損失の完全な補償を要すると解するのが相当である。

エ 本件の口蹄疫ウイルスは病性が弱く、その感染力も極めて弱いものであったから、本件牛のうち、少なくとも患畜と診断されなかった703頭に関しては、口蹄疫感染の可能性が極めて低いにもかかわらず、わが国の畜産業の発展・保護という社会経済的目的のため全頭と殺されたものである。

オ 以上のように、本件と殺による原告会社の損失については完全な補償を行うべきであって、疑似患畜及び汚染物品の評価額の5分の4しか手当金を交付しないとする予防法58条は憲法29条3項に違反する。

カ したがって、原告会社は、憲法29条3項に基づき、手当金として交付されなかった本件牛及び汚染物品の評価額の5分の1に該当する額7309万9080円の補償を、被告国に対し請求することができる。

(被告国の主張)

ア 予防法が、口蹄疫等の患畜及び疑似患畜につき、畜主にと殺義務を課すのは、口蹄疫の患畜又は疑似患畜の所持そのものが、社会公共の利益に反する危険な状態であり、それらの所有者は、その状態を除去すべき責任を負っているからである。このように、予防法によると殺義務は、財産権の内在的制約に基づくものであり、これによる損失は、本来所有者が受忍すべきものであり、憲法上の損失補償請求権の問題ではない。

イ 予防法58条は、と殺された患畜や疑似患畜の所有者に対して一定の手当金を交付する旨規定しているが、その趣旨は、と殺等により所有者に生じる損失を放置すると法の円滑な執行が阻害され、効果的な蔓延防止措置を講じることが困難となるおそれがあるために設けられた、助成的な性格を有する政策的規定である。

ウ また、家畜の財産的価値は、患畜又は疑似患畜となることにより相当程度低下したと認められるから、と殺したことによる財産的損害は、結果的には、手当金によりすべて補填されている。本件においても、原告会社の財産的損害はすべて補填されたといえる。

エ 本件の口蹄疫発生は被告国の過失によるものではないし、国の過失及び原告会社の無過失が、完全補償を基礎づける根拠にはならない。また、本件における口蹄疫の病性及び感染力が弱かったとは認められず、同居牛全体をと殺したことが、本件において手当金を上回る補償を要する理由にはならない。

(2)  本件埋却に関する被告道の指示に、予防法に反する違法はあるか。

(原告らの主張)

ア 予防法21条1項は、「患畜又は疑似患畜の死体の所有者は、家畜防疫員が農林水産省令で定める基準に基づいてする指示に従い、遅滞なく、当該死体を焼却し、又は埋却しなければならない。」と規定する。そして、家畜伝染病予防法施行規則(以下「予防法施行規則」という。)29条別表第二の「二 埋却の基準」(以下「埋却基準」という。)は、死体の埋却場所として、「人家、飲料水、河川及び道路に近接しない場所であつて日常人及び家畜が接近しない場所」と定めている。口蹄疫の強い感染力に鑑みれば、埋却基準は厳格に解釈しなければならない。すなわち、「人家に近接しない場所」とは、まさに人が居住している人家に近接しない場所をいい、「日常人及び家畜が接近しない場所」とは、同様に近接の居住者以外の人が日常接近しない場所をいう。

イ 本件埋却は、被告道の公務員である十勝家保のD防疫員及びE家畜防疫員(以下「E防疫員」という。)の指示により、本件埋却場所に、その所有者である原告B及び同Cの同意のないまま実行された。しかし、本件埋却場所は、牛舎から約10メートルに近接し、人家にも近接し、道路にも面した上、地下水を河川に流すための暗渠が多数埋設されていた場所である。本件埋却場所は、人家、道路に近接し、日常人及び家畜が接近する場所そのものであり、D防疫員及びE防疫員の指示は、埋却基準に反する違法なものであることは明らかである。

ウ なお、本件埋却場所に埋却したのは、原告らの意向によるものではないし、原告らの同意もない。原告らは、家畜防疫員らから、埋却と焼却の選択があることや埋却場所の基準について説明を受けていない。

(被告道の主張)

ア 埋却場所が埋却基準に適合するかどうかは、埋却によって病原体の散逸防止の目的が果たすことができるかどうかを基準として解釈すべきである。例えば「人家に近接しない場所」とは、その人家における生活活動によって偶発的な事情により病原体の散逸が起こりうるかどうかといった防疫上の観点から判断されるものであり、単に人家と埋却場所の距離のみをもって一律に判断されるものではない。

イ 本件埋却場所については、①近接する人家は約100メートルの地点にある本件農場内の1戸、約200メートルの地点にある1戸及び約500メートルの地点にある2戸であり、その住人の生活活動による病原体の散逸はないこと、②本件埋却の場所付近の飲料水は、水源を周辺河川の上流域とする上水道によっており、周辺に使用されている井戸もなく、飲料水を介しての病原体の散逸はないこと、③最も近い河川までは750メートルあり、死体の流出はないこと、④近接道路との間に緩衝地帯を設けることができ、道路工事等による病原体散逸を回避できること、⑤最も近接する偶蹄類家畜の農場まで約500メートル離れ、日常的な人及び家畜の通行がないことから、埋却基準にいう「人家、飲料水、河川及び道路に近接しない場所であつて日常人及び家畜が接近しない場所」に適合しており、被告道の指示に違法はない。

ウ なお、本件埋却場所は原告らが選定したものであり、本件埋却は、原告らの意向を確認したうえで行われた。原告Bらに対しては、家畜防疫員から、埋却又は焼却が所有者の義務であることの説明が行われた。埋却する方向で説明をしたとしても、焼却は技術的に困難であったことが理由である。

(3)  本件埋却に関する被告道の指示に、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という。)に反する違法はあるか。

(原告らの主張)

ア 本件牛の死体は、廃掃法2条1項の廃棄物に当たる。さらに、口蹄疫は人への感染可能性があることは常識である。そして、本件の一連の経過に鑑みれば、本件牛の死体は、農林水産省家畜衛生試験場という試験研究機関等の医療行為(病性鑑定)により発生した廃棄物といえる。したがって、本件牛の死体は、特別管理一般廃棄物(廃掃法2条3項)のうちの感染性一般廃棄物(同法施行令1条3項)にあたる。

イ 感染性一般廃棄物の処理は、厚生省が平成4年8月13日に発した「感染性廃棄物の適正処理について」と題する通知により、「廃棄物処理法に基づく感染性廃棄物処理マニュアル」に基づいて処理するよう要請されている。

ウ したがって、本件牛の死体は、上記マニュアルに従い、環境省令で定める構造を有する焼却設備で焼却した後、残渣物の内容が漏出しないよう堅牢な容器に入れて、埋立て処分されるべきであった。にもかかわらず、十勝家保の防疫員は、原告らに対し、本件牛の死体を焼却しないまま埋め立てることを指示し、その指示通り埋立処分されたものであり、十勝家保の防疫員の上記指示には、廃掃法に反する違法がある。

エ 仮に、本件牛の死体が感染性一般廃棄物に該当しないとしても、その感染力の強さ、人への感染の危険性に鑑み、感染性一般廃棄物に準じた取扱いをすべきことが廃掃法の趣旨に沿うのであり、被告道の指示が違法であることに変わりはない。

(被告道の主張)

ア 感染性一般廃棄物とは、①医療機関、試験研究機関等から排出されるものであること、②医療行為、研究活動等に伴って発生したものであること、③人に感染症を生じさせるおそれのある病原微生物が含まれ、若しくは付着し、又はそのおそれがあることの3要件をすべて満たしたものである。

イ 本件牛の死体は、原告会社がと殺して発生したものであり、医療機関、試験研究機関等から排出されたものでも、医療行為、研究活動等に伴って発生したものでもない。また、口蹄疫は人には健康被害をもたらさないので、本件牛には人に感染症を生じさせるおそれはない。したがって、本件牛の死体は感染性一般廃棄物にはあたらない。

(4)  本件埋却に関する被告道の指示によって、原告B及び原告Cに損害が生じたと認められるか。

(原告らの主張)

ア 予防法の解釈上、本件埋却の主体が原告会社であるとしても、実質的には、埋却行為と指示は一体の行為であり、本件埋却は、原告会社の自由意思による行為ではなく、被告道が主体となって行ったものというべきである。仮に指示と埋却は別の行為であるとしても、被告道の指示と本件埋却による損害との因果関係は明らかである。

イ 本件埋却によって原告らに生じた損害は以下の通りである。

① 土地評価損(原告B及び同C)  2275万5000円

本件埋却により、別紙物件目録記載の各土地が無価値となった。

② 建物評価損(原告B及び同C)  1996万5307円

本件埋却により、別紙物件目録記載の各建物が無価値となった。

③ 休業損害(原告B)  1800万円

原告Bは原告会社からの報酬を受けられなくなった。

④ 慰謝料(原告B)  1000万円

原告Bは、本件埋却により牧場経営を廃業せざるを得なくなり、また、本件埋却による悪臭等の発生等があり、精神的苦痛を受けた。

⑤ 逸失利益(原告会社)  2125万円

本件埋却により、原告会社は少なくとも5年分の利益を失った。

(被告道の主張)

ア 本件牛の死体の埋却は畜主である原告会社の義務であって、本件埋却は原告会社の行為というべきである。また、埋却場所も、原告Bの意向に基づき決定したものである。したがって、本件埋却によって、被告道が原告らの土地所有権を侵害したということはできない。

イ 本件土地及び本件家屋は無価値ではない。また、現在、原告らの営農再開に何ら支障はないし、原告らに誤った風評が発生したとは認められない。

ウ 悪臭の発生は、仮に事実であったとしても、本件埋却が原告会社の行為である以上、原告会社自ら解決すべきことである。また、悪臭がごく短期間で解消したことも明らかであるから、原告Bに、金銭に見積もるほどの精神的損害が発生したとは認められない。

第3争点に対する判断

1  争点(1)について

(1)  憲法29条3項の規定による損失補償は、適法な侵害に対して公平な負担の理念から損失を填補しようとするものであるから、損失補償を要するのは、損失を受けた者がその損失を負担することが公平に反する場合、すなわち、侵害が私有財産に内在する制約を超え、損失が特定の個人に対して特別の犠牲を強いる場合である。

法律によって、財産権が規制を受けることとされている場合であっても、規制を受ける財産権の側に規制を受ける原因が存する場合、すなわち、規制を受ける私有財産に公共の秩序や安全を害する危険が存在する場合は、その規制は当該財産の所有者が当然に受忍すべきものであり、損失の補償を要しないというべきである。なぜなら、当該法律が財産権を規制しているのは、当該財産権に公共の秩序や安全を害する危険が存在することから、危険を放置することを財産権の行使として許さず、危険を除去しようとするためであって、この制約は危険が存在する当該財産権が当然に受けるべき制約であるし、規制による損失は特別の犠牲を強いるものではないからである。

予防法16条は、口蹄疫の患畜又は疑似患畜について、その所有者がと殺を行わなければならない旨規定する。この規定は、口蹄疫が極めて強い伝染力を有することから、口蹄疫の患畜・疑似患畜の所有者がそれを保有し続けることが、他の家畜への口蹄疫の感染という公共の秩序や安全に対する危険をもたらす蓋然性が高いことに鑑み、その危険を除去するために規定されたものと解するのが相当である。

予防法23条1項が、家畜伝染病の病原体により汚染し、又は汚染したおそれがある物品につき、その所有者に埋却等の義務を課していることも、同様の趣旨と解すべきである。

このように、予防法16条に基づき、家畜の所有者が口蹄疫の患畜又は疑似患畜のと殺を強いられ、同法23条1項に基づき、家畜伝染病の病原体に汚染し又は汚染したおそれのある物品の埋却等を強いられることは、公共の安全を脅かす危険性の高い財産に内在する制約であって、その損失は特別の犠牲を強いるものではないから、憲法29条3項による補償の対象にはならないと解すべきである。

(2)  原告会社は、予防法16条が、わが国の畜産物の流通の自由確保と、畜産業の保護に資するという積極目的の規定であり、本件と殺は、広く社会公共の利益に資するものであるから、憲法29条3項にいう「公共のために用ひる」に該当する旨、さらには、本件と殺のように、個人の財産権の剥奪又は当該財産権の本来の効用の発揮を妨げることになるような本質的侵害の場合には、その侵害が内在的制約であるか否かを問わず、当然に補償を要する旨主張する。

しかし、上記(1)のとおり、予防法16条は、口蹄疫の患畜・疑似患畜は公共の秩序や安全を害する危険性を有するから、その危険の除去のために、危険の原因である患畜・疑似患畜に対して財産権の制約をするものである。この制約は、危険が存在する私有財産が当然に受けるべき制約として、その所有者が受忍すべきである。このことは、私有財産に対する制約、すなわち、患畜・疑似患畜のと殺による危険の除去が、結果的に社会公共の利益をもたらす場合であっても、あるいは、私有財産に対する規制が財産権を剥奪する本質的侵害である場合であっても、変わるところはない。

(3)  原告会社は、本件牛の罹患した口蹄疫の原因が被告国の防疫体制の不備にある一方、原告会社には何らの過失がないことから、本件と殺による損失は原告会社が受忍すべきものではなく、補償を要する旨主張する。

しかし、上記(1)で述べたとおり、予防法16条による規制は、財産権に公共の秩序や安全を損なう危険があるという状態を理由として課せられるものであり、財産権の所有者に過失があることが財産権に対する規制の根拠となっているわけでない。したがって、財産権の所有者の過失の有無によって、補償の要否が決定されるものではない。

原告会社所有の家畜が口蹄疫に罹患し、あるいは罹患が疑われたことについて、被告国に過失があったとしても、そのことは損害賠償請求において問題とはなり得ても、損失補償の要否とは無関係というほかない。

(4)  原告会社は、本件における口蹄疫ウイルスが感染力と病性が弱いため、本件牛が口蹄疫に感染する可能性は極めて低かったにもかかわらず、患畜とされなかった703頭を含めて全頭がと殺の対象となった旨主張し、このことを補償を要することの根拠の一つとしている。

確かに、宮崎県で分離された口蹄疫ウイルス(本件における患畜2頭から検出されたものと同一と確認されている(乙ロ7の1・2)。)の感染試験の結果、ウイルスを接種した乳用牛に軽度な発熱以外の症状が現れず、その同居牛には抗体の上昇も認められなかったこと(甲21)に加え、現実に患畜と診断された2頭には口蹄疫の臨床症状は認められず(乙ロ7の1・2、8)、最終的に患畜とされた2頭以外の同居牛については、プロバング検査の結果陽性を示していない(甲12)。

しかし、原告らは本件牛が疑似患畜と診断された(2頭については、5月13日に患畜と診断された。)ことに対しては、その判断が違法あるいは不当であるとして争っているものではない。疑似患畜については、予防法16条により、危険の除去のために、その所有者はと殺を行うこととされている。(1)で述べたとおり、所有者はこの制約を受忍すべきものであって、疑似患畜が感染したと疑われている口蹄疫ウィルスの具体的な感染力の強弱が、疑似患畜のと殺に対する補償の要否に影響を及ぼすとは考えられない。仮に具体的な感染力が弱かったとしても、そのことによって補償が必要になるとはいえない。

なお、プロバング検査に先立つ抗体検査においては、最終的に患畜とされた2頭以外にも、複数の牛が高い抗体価を示していたこと(甲12)、宮崎県で分離された口蹄疫ウイルスについて黒毛和牛を使用して実施した動物実験の結果、ウイルスを接種した牛とともに、その同居牛も口蹄疫の臨床症状を呈したこと(乙ロ26)に照らせば、本件における口蹄疫の感染力及び病性が弱かったとはいえない。さらに、以上の事実に加え、本件農場においては本件口蹄疫の原因として疑われていた外国産輸入粗飼料である台湾産稲ワラ、インドネシア産ケイントップが使用されていたこと(乙ロ7の1・2、8)をも考慮すれば、むしろ、本件における患畜2頭以外の同居牛も、口蹄疫に既に感染していた疑いがないとはいえないし、と殺をせずに放置しておけば、口蹄疫のさらなる蔓延を引き起こす可能性もあったというべきである。

(5)  以上のとおり、争点(1)に関する原告会社の主張は理由がない。

2  争点(2)について

(1)  予防法は、家畜の伝染性疾病の発生を予防し、その蔓延を防止することにより、畜産の振興を図ることを目的とする法律である(1条)。口蹄疫に関して、同法16条が、患畜又は疑似患畜の所有者に対して、そのと殺の義務を課し、同法21条1項が、患畜又は疑似患畜の死体の所有者に対して、当該死体を焼却又は埋却する義務を課しているのも、口蹄疫の蔓延の防止を目的とするものである。

このような予防法の目的、趣旨によれば、同法21条1項が、患畜又は疑似患畜の死体の所有者は、当該死体を焼却又は埋却する場合、家畜防疫員が省令で定める基準に基づいてする指示に従うべきことを規定し、予防法施行規則が埋却の基準として、埋却を行う場所、埋却の方法、埋却をしたこと等の標示をすべきことを定めているのは、患畜又は疑似患畜の所有者が不適切な場所、方法で死体の埋却等を行い、その結果、埋却作業中あるいは埋却作業後に、埋却を行った場所から、家畜の伝染病が蔓延することがないようにするためであることは明らかである。したがって、予防法施行規則が定める埋却基準は、上記の目的、趣旨を踏まえて理解しなければならない。

(2)  予防法施行規則は、「埋却の基準」中に「埋却を行う場所」として、「人家、飲料水、河川及び道路に近接しない場所であつて日常人及び家畜が接近しない場所」と規定する。

と殺された家畜の死体が、埋却基準の規定する埋却の方法に従って埋却されれば、地表の消毒が済んでいる限り、空気中にウイルスが散逸することはないと考えられる。埋却基準が、不適切な場所に家畜が埋却されること等により伝染病が蔓延することがないようにするためのものであるという趣旨を考え併せると、日常人及び家畜が接近する場所においては、埋却作業中に日常人又は家畜が接近し、あるいは、埋却後に埋却場所の掘り返し等が行われるおそれがあり、この結果、伝染病が蔓延する危険があることから、埋却をすべき場所の基準として「日常人及び家畜が接近しない場所」と規定したものと解される。そして、「人家、道路に近接する場所」は、定型的に人が接近する蓋然性があること、「飲料水、河川に近接する場所」は、河川の氾濫等によりウィルスが散逸するおそれがあることから、「人家、飲料水、河川及び道路に近接しない場所」を埋却を行う場所の基準としたと解される。人家に近接しない場所に埋却されることにより、結果的には、住人に対する精神面の保護、営業上の利益の保護等が得られることになるが、これらは埋却基準が目的とするものとはいえない。

そうすると、具体的な埋却に関する指示が埋却基準に適合しているかどうかは、人家、道路等からの距離の長短だけで判断すべきものではなく、個別の事例に応じて、埋却場所と人家や道路等との距離のほか、現実に人や家畜が接近するおそれがあるかどうか、埋却後に掘り返し等が行われるおそれがあるかどうか、他の埋却候補地と比較して伝染病の蔓延をより防止することができる場所はどちらか等の諸事情を考慮したうえで判断するのが相当である。

なお、家畜防疫員が埋却基準に基づいた指示をするのは、埋却義務を負う死体の所有者が不適切な場所に埋却をすることを防ぐためであるから、死体の所有者が埋却場所を自ら決定した場所を埋却場所として指示すれば足りるというものでないことは明らかである。ただ、死体の所有者が、その所有地内を埋却場所として決定した場合には、一般的には、その埋却場所に日常人が接近する危険は少ないということはできる。

(3)  前記第2の1の前提事実及び後掲の各証拠によれば、本件埋却に至る経過及び本件埋却場所について、以下の事実を認めることができる。

ア 5月11日、D防疫員及びE防疫員らは、原告Bに対して、口蹄疫の発生が確定したときは、疑似患畜をと殺、埋却することが義務づけられていることを説明したうえ、西側草地の所有者が原告B、原告Cであることを確認し、西側草地を埋却場所の候補地として提案した(乙ロ36、証人D、原告B本人)。原告Bは、これに対して、埋却場所は町や農協で他の土地を探してほしい等と述べたため、十勝家保のF所長が本別町に置かれた対策本部に埋却に適した場所を問い合わせる等をしたが、適切な場所は見つからなかった(乙ロ37、証人G、証人F、原告B本人)。

イ 5月12日午前、F所長は、農協のG参事とともに、原告Bに対し、と殺により発生する死体の西側草地への埋却に納得するよう説得し、原告Bは、最終的には西側草地に埋却することについて異議を述べなかった(甲53、乙ロ37、原告B本人、証人F、証人G)。その後、F所長は、原告Bとの面談を終えて原告会社事務所を退出した際、D防疫員に対し、原告Bが西側草地を埋却場所の候補地に決定した旨述べた(乙ロ36、37、証人D、証人F)。

ウ これを受けて、D防疫員の監督のもと、本件埋却場所の試掘作業が、午前11時に開始された(乙ロ18の1・2、36)。試掘の結果、D防疫員は、本件埋却場所は埋却基準に適合していると判断し、作業担当者にと殺及び埋却作業を開始するよう指示し、と殺作業及び埋却作業がそれぞれ開始された(乙ロ36、証人D)。

エ 本件埋却場所は、西側草地の東端に位置し、幅は東西方向に70メートル、奥行きは南北方向に175メートルの広さの範囲に、本件牛の死体用の埋却穴が4か所、本件汚染物品用の埋却穴が3か所掘削され、その深さは各4メートルであり、本件埋却場所の外周には埋却作業完了後フェンスが設置された(乙ロ14の1・9ないし12)。なお、フェンスから埋却穴の縁までの間に、約3.5メートルの間隔が設けられている(乙ロ17、検証の結果)。

オ 本件農場の最西端に位置する育成舎から、本件埋却場所の外周の東端までの距離は、最も近いところで約15メートル、本件埋却場所から最も近い人家である別紙物件目録記載の建物1から、本件埋却場所の外周の東端までの距離は、約100メートルである(乙ロ38の1)。

カ 本件埋却場所から最も近い河川である押帯川支流までの距離は、750メートルであり、本件埋却場所はその上流に位置する(乙ロ17)。また、本件埋却場所の東側1000メートルに位置する別の押帯川支流、西側1900メートルに位置する居辺川支流と本件埋却場所との間には、それぞれ尾根ないし高台が存在する(乙ロ17)。なお、本件埋却場所には、地下約1メートルのところに暗渠が埋設され、押帯川支流方面へ地下水が流れる構造になっていたが、これらは穴の掘削の際に破壊された(乙ロ31の2、検証の結果)。

キ 西側草地の南を東西方向に走る道路と、本件埋却場所の外周の南端との間の距離は、9.8メートルである(乙ロ17)。

(4)  以上を前提に、本件埋却場所を指示したことが埋却基準に適合するものであったか否かを検討する。

ア 本件埋却場所から最も近い人家までの距離は約100メートルである。その人家が原告B及び原告Cの所有建物であって、原告らの関係者が使用していると推認されることも併せると、本件埋却場所と人家との間には、住人の生活に伴って、埋却作業中に接近をしたり、埋却後に掘り返しをする危険はないといえるだけの距離が保たれているといい得る。また、本件農場の育成舎の建物は、原告会社が本件牛を飼養していた建物であるから、埋却作業中に、人や家畜が接近するおそれはないといえる。そして、埋却場所の外周から約15メートル、さらに埋却穴からはそれに3.5メートルを加えた約18.5メートルの距離を置いたことも併せると、埋却後に、育成舎の通常の使用や改修・改築工事等に伴う掘り返しの危険も回避されているということができる。

イ 本件埋却場所周辺に、飲料水として使用されている井戸や河川等が存在すると認めるに足る証拠はない。本件埋却場所の地下に暗渠が埋設されていたことが認められるが、この暗渠の水が飲料水として使用されていると認めるに足る証拠がないのに加え、穴の掘削の際に破壊されたため、既に暗渠としての役割を果たしていないことは明らかである。

ウ 本件埋却場所は、最も近い河川である押帯川支流は約700メートルあるうえ、その上流に位置するから、その氾濫によって埋却場所が掘り返される危険はない。また、本件埋却場所の東側に位置する押帯川支流、西側に位置する居辺川支流とはさらに距離があるし、いずれも本件埋却場所との間には、それぞれ尾根ないし高台が存在するから、これら河川の氾濫により掘り返される危険もない。

エ 本件埋却場所の南側に道路が存在するが、本件埋却場所の外周の南端から9.8メートル、埋却穴の南端からは13.3メートルの間隔を設けており、人や自動車が近づいたり、道路工事等によって掘り返される危険はないということができる。

オ 本件埋却場所には、本件埋却後にフェンスが張り巡らされ、人や家畜が進入することは困難になっている。

カ 口蹄疫の疑似患畜の存在が確認され、本件牛のと殺作業が行われる以上、速やかに埋却することがウィルス拡散の危険性を最小限に止めることができる。本件埋却においては、705頭もの牛をと殺場所である本件農場内から埋却場所に運搬する必要があり、そのために時間を要し、運搬延べ距離も長くなる。埋却場所が本件農場から遠方の場合には、それだけウィルスの拡散の危険性が増大することになる。この点からは、本件埋却場所は合理性があったということができる。

(5)  (4)で検討したところによれば、本件埋却場所は、「人家、飲料水、河川及び道路に近接しない場所であつて日常人及び家畜が接近しない場所」であるということができ、口蹄疫のウィルスの拡散、蔓延を防ぐための場所として適切な場所であったということができる。したがって、D防疫員らが、本件牛の死体を本件埋却場所に埋却するように指示したことに、予防法に反する違法は認められない。

なお、原告らはD防疫員らが埋却のほかに焼却の方法があることを説明しなかったと主張している。しかし、D防疫員らは本件牛の死体は焼却するよりも埋却する方がウィルス蔓延の防止等のために適切と考えたのであって、そのように考えたことが不相当とはいえないから、D防疫員らが焼却の方法を説明しなかったり、焼却を前提に指示をしなかったとしても、そのことによってD防疫員らの埋却に関する指示が違法となるものではない。

(6)  したがって、争点(2)に関する原告らの主張は理由がない。

3  争点(3)について

(1)  廃掃法2条3項によれば、特別管理一般廃棄物とは、一般廃棄物のうち、爆発性、毒性、感染性その他人の健康又は生活環境に係る被害を生ずるおそれのある性状を有するものであることが要件となる。

(2)  証拠(乙ロ21、22)によれば、①口蹄疫は、濃厚接触によって人に感染する可能性はあるが、軽い発熱や口内炎になる程度で完全に回復するもので、人には全く無害というのが誤解のない表現であるとの見解が示されていること、②1950年代から60年代のヨーロッパで、口蹄疫ワクチンを製造する研究所の作業員に軽い発熱や水疱の症状を示した者がいたという報告があるものの、口蹄疫に感染した牛の皮膚で製造した種痘ワクチンを接種された多数の子供に発病例は皆無であったとの報告もあり、稀には軽い感染があったとみなされるものの、人の健康に被害を与えるものではないと結論づけられていることが認められる。

これらの見解による限り、口蹄疫は、人に感染する可能性は極めて低く、感染したとしても、ごく軽微な症状が現れることがあるのみで、健康に被害を与えることはないというべきであるから、本件牛の死体が廃掃法2条3項の特別管理一般廃棄物に該当するとは認められない。

(3)  また、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令1条8号によれば、特別管理一般廃棄物のうち、感染性一般廃棄物は、①病院、②診療所、③衛生検査所、④介護老人保健施設、⑤その他人が感染し、又は感染するおそれのある病原体を取り扱う施設であって、環境省令で定めるもののいずれかで生じたものであることが要件となり、上記⑤については、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則1条5項で、a助産所、b獣医療法2条2項に規定する診療施設、c国又は地方公共団体の試験研究機関(医学、歯学、薬学及び獣医学に係るもの)、d大学及びその附属試験研究機関(医学、歯学、薬学及び獣医学に係るもの)、e学術研究又は製品の製造若しくは技術の改良、考案若しくは発明に係る試験研究を行う研究所(医学、歯学、薬学及び獣医学に係るものに限り、前二号に該当するものを除く。)を指すものとされるところ、本件牛の死体は、原告会社のと殺行為によって生じたもので、原告会社が以上のいずれの施設にも該当しないことは明らかである。

(4)  原告らは、本件の一連の経過から見れば、本件牛の死体は、国の試験研究機関である農林水産省家畜衛生試験場の病性鑑定という医療行為により発生したというべきであると主張する。しかし、第2の1(2)オ及びカの事実経過からすれば、農林水産省家畜衛生試験場は、本件牛が口蹄疫であると診断するための材料を提供したに過ぎず、たとえ、同試験場の病性鑑定結果により、本件牛がと殺されることが事実上確実になったとしても、本件牛の死体が、と殺行為によって生じたものではなく、病性鑑定によって発生した廃棄物であり、同試験場の責任で処理すべきものであるということはできない。

(5)  さらに、原告らは、本件牛の死体に廃掃法の適用がないとしても、その趣旨によれば、被告道の本件埋却に関する指示は違法であると主張するが、廃掃法は特別管理一般廃棄物の要件を定め、その他の廃棄物と異なる処理を義務づけているもので、その要件に該当しない廃棄物につき特別管理一般廃棄物に準じた処理を要求しているとは考えがたい。

(6)  したがって、原告らの争点(3)に関する主張は理由がない。

4  以上によれば、その他の点につき判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中西茂 裁判官 川口泰司 裁判官 別所卓郎)

別紙省略

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