札幌地方裁判所 平成12年(ワ)407号 判決 2002年9月30日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告ら
(1) 被告は,別紙目録記載の物件を製造し,販売し,販売のために宣伝,広告してはならない。
(2) 被告は,別紙目録記載の物件を廃棄せよ。
(3) 被告は,原告株式会社Aに対し,3800万円及びこれに対する平成11年12月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は被告の負担とする。
(5) 仮執行宣言
2 被告
主文と同旨
第2事案の概要
1 本件は,2枚貝生剥装置の特許(特許番号2795634号。以下「本件特許権」という。)を有する原告B及び本件特許権につき専用実施権の設定を受けている原告株式会社A(以下「原告A」という。)が,被告に対し,被告の製造販売する帆立貝の自動生剥機が,本件特許権における特許請求の範囲の構成要件を充足するものであり,その製造販売行為は,上記特許権及び専用実施権の侵害にあたり,これによって損害を被ったとして,特許法100条1項,2項,民法709条及び特許法102条2項に基づき同製品の製造,販売及び宣伝広告の差止め,同製品の廃棄並びに3800万円の損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提となる事実(争いのない事実以外は証拠を併記)
(1) 原告Bは,次のとおりの本件特許権を有している。
特許番号 第2795634号
登録日 平成10年6月26日
発明の名称 2枚貝生剥方法及び装置
出願日 平成8年4月12日
出願番号 特願平8-91414号
優先日 平成7年7月21日
優先権主張番号 特願平7-185650
優先権主張国 日本
(2) 原告Aは,平成10年6月26日,原告Bから,本件特許権について専用実施権の設定を受けた専用実施権者である(甲6,7)。
(3) 原告が本件で主張している本件特許権の特許請求の範囲(以下「本件特許発明」という。)の構成要件
本件特許発明は,2枚貝からなる原貝の一方の貝殻の表面を,原貝の食する部位が生の状態を保持し,原貝の口が自然開口しないように加熱する加熱手段と,2枚貝からなる原貝の貝殻を強制的に拡開する強制殻開手段とを有することを特徴とする2枚貝生剥装置である(本件特許権の特許公報(甲2)(以下「本件特許公報」という。)の【特許請求の範囲】【請求項4】)。
(4) 被告は,別紙目録記載の物件(以下「イ号物件」という。)を製造し,販売している。
3 争点
(1) 本件特許発明の構成要件における「自然開口しないように加熱する」の意義
(原告ら)
「自然開口しないように加熱する」とは,「閉殻筋と貝殻が分離しないように加熱する」ことをいう。
本件特許発明は,2枚貝を拡開するための加熱をこの程度にすることによって,従来より外観品質が良く生食に適した貝身を効率よく得ることができる装置である。
2枚貝である帆立貝は,水中でも閉殻筋の収縮によって2枚の貝が完全に閉じたり,少し開いたりするし,水揚げ後においても温度や鮮度等の状態で口が少し開いたり閉じたりするが,いずれの状態も自然開口していない状態というべきであるから,閉殻筋と貝殻が分離しないことをもって自然開口しない状態というべきである。そもそも,開口作業は,貝柱を取り出す目的で行われる以上,帆立貝が少し口を開けている状態では開口とはいわないのであり,貝殻と閉殻筋(貝柱及び小柱)の分離をもって開口と称している。また,帆立貝は,水揚げ後も口を少し開いているのが通常であり,口が少し開いているだけでは,帆立貝の食する部分を取り出すことができない以上,その状態を開口といわないのは当然である。被告においても,イ号物件の説明書(甲3)において,「開口」の語を上記と同趣旨に用いている。
これに対し,被告は,本件特許権に対してなされた異議に対する特許庁の決定が,「貝が少し開いた状態になるような加熱手段」を有する機械と「自然開口しないように加熱する」本件特許発明とは異なるとして異議を却下している以上,「自然開口しないように加熱する」とは,貝が少し開いた状態になるように加熱をすることを含まないと主張する。
しかし,特許異議の申立てについての特許庁の決定においては,帆立貝の「無絞筋部である閉殻筋(小柱)は,強く加熱し,無絞筋部の貝殻内面への食い込み部分を熱により収縮させ,無絞筋部端部と貝殻との結合を解除するものであって,有絞筋部である閉殻筋(貝柱)のみを生の状態を保持するように加熱する」ものなどには先行技術も存したものの,本件特許発明は「食する部位(閉殻筋;小柱と貝柱)が生の状態を保持するように加熱するもの」である点で先行技術と異なることが認定されている。このことからも明らかなとおり,本件特許発明は,加熱により原貝を自然に開口させず,加熱後強制殻開手段により強制的に開口させる装置として特許権が与えられたものであり,それ故,本件特許発明の構成要件である「自然開口」とは,原貝を強制的に拡開すること(強制開口)の対義語として用いられていることは明らかである。
したがって,「自然開口しないように加熱する」とは,閉殻筋と貝殻とが自然に分離するまで加熱することの対義語であるから,「閉殻筋と貝殻が分離しないように加熱する」の意であることは明白である。
(被告)
本件特許公報中に「自然開口しないように加熱する」の定義付けをした記載がない以上,言葉の通常の意味で理解するべきである。そして,「自然開口しない」という文言は,通常,「外的・物理的な力を加えない限り貝の口が開かない」ということを意味しているから,「自然開口しないように加熱する」とは,「外的・物理的な力を加えない限り貝の口が開かないように加熱する」という意味と解すべきである。
これに対し,原告らは,「自然開口しないように加熱する」とは,貝の口が開くか否かにかかわらず,「閉殻筋と貝殻が分離しないように加熱する」ことであると主張する。
しかし,本件特許公報には,「自然開口しないように」という文言の意味をこのような特別な意味で用いる旨の記載はなく,むしろ,「自然開口しないように」という文言を「貝の口が開かないように」という意味で用いることを窺わせる記載がある。すなわち,本件特許発明は,本件特許公報の【特許請求の範囲】【請求項1】記載の特許発明方法(以下「本件特許発明方法」という。)を直接実施する装置(特許法37条4号)として特許出願されたものであるところ,本件特許発明方法は,「食する部位と貝殻との接合部位がゲル状になるまで加熱する」ものであり,本件特許公報には,「ゲル状になるように加熱するとは,食する部位が変色しないで,かつ,2枚貝の口が閉じた状態を保持するように加熱することであり」との記載があるから,「自然開口しないように加熱する」ことは,「2枚貝の口が閉じた状態を保持するように加熱する」ことを意味する。
また,そもそも,2枚貝の開口状況は,①口が閉じている状態,②口は閉じているが,閉殻筋が弱まっている状態,③口は少し開いているが,閉殻筋と貝殻が未だ分離していない状態,④貝の口が少し開いており,かつ,閉殻筋と貝殻が分離している状態の4つに区分できるところ,2枚貝を加熱して④の状態にする装置は従来から存在しており,また,③の状態と④の状態は外見的に識別することもできない上に,いずれも貝の身の生の程度に質的相違はない。したがって,原告らの本件特許発明が新規性を有し特許に値するものであるためには,③や④の状態に加熱する装置を備えているものであるだけでは足りず,②の状態にする加熱装置を備えているものでなければならない。すなわち,貝の口が閉じた状態を保持するように加熱することが必要というべきである。
さらに,本件特許権に対しては,特許異議が出されていたところ,特許庁は,平成11年7月21日,以下のような理由で異議を排斥して本件特許権を維持した。すなわち,「請求項4に係る特許発明(本件特許発明)と甲第1号証に記載された発明(異議の理由とされた発明)とを対比すると,両者は,「2枚貝からなる原貝の一方の貝殻の表面を原貝の食する部位が生の状態を保持するように加熱する加熱手段と,2枚貝からなる原貝の貝殻を強制的に拡開する強制殻開手段を有する2枚貝生剥装置。」である点で一致しており,次の点で相違している。相違点;請求項4に係る特許発明では,加熱手段が2枚貝からなる原貝の一方の貝殻の表面を原貝の食する部位(小柱と貝柱)が生の状態を保持し,原貝の口が自然開口しないように加熱するものであるのに対して,甲第1号証に記載された発明では,加熱手段が帆立貝(原貝)の無絞筋部である閉殻筋(小柱)の外側位置で強く,又,有絞筋部である閉殻筋(貝柱)の外側で弱く加熱し,帆立貝(原貝)の口が少し開くように加熱するものである点。」という理由が付されている。このように,上記決定が,「帆立貝(原貝)の口が少し開くように加熱する」ことと,「自然開口しないように加熱する」こととを区別していることからも,「自然開口しないように加熱する」というのは,原告らの主張するような意味であると解することはできない。
(2) イ号物件は,原貝の口が自然開口しないように加熱する加熱手段を備えた装置であるか
(原告ら)
イ号物件の加熱手段について,その説明書(甲3)によると,「貝柱の上下表面は,ゲル状の皮膜ができる」とされているから,イ号物件は,貝殻と貝の身の接合部分がゲル状になるまで加熱する手段を有する装置であるといえる。
そして,貝殻と貝の身の接合部分がゲル状になるように加熱するとは,本件特許発明における加熱と同様,「食する部位の貝殻との接合部位の接合力を弱体化させ,しかも,食する部位が変色しないで,かつ,2枚貝の口が閉じた状態を保持するように加熱する」という意味である。
したがって,イ号物件は原貝の口が自然開口しないように加熱する加熱手段を備えた装置であるといえる。
この点,被告は,イ号物件の加熱装置は,第1加熱・冷却の段階で,貝がわずかに開口し,その状態で直ちに強制開口の段階に送られるが,そのまま放置しておくと完全に開口してしまうものがほとんどであるから,自然開口しないように加熱する装置を備えたものではなく,開口部があるのは,上貝加熱により個々の貝が完全開口するのを待つことなく,直ちに,完全開口させることによって迅速な処理を実現するためにすぎないと主張する。
しかし,イ号物件の説明書の基本仕様欄には,「3・貝押え部(第1加熱部)・上貝の加熱及び下貝の冷却を行う。」「4・開口部・真空パッドにより上貝と下貝を吸着して原貝の開口を行う。」との記載がある。また,上記説明書には,「ホタテ貝柱取機 処理工程図」に「④開口」として,真空パッドを用いて拡開する図面の記載があることから,イ号物件は,上記貝押さえ部(第1加熱部)では原貝は開口(閉殻筋と貝殻とを分離)せず,開口部で真空パッドにより強制的に原貝を開口させる装置であることは明らかであり,それ故に,イ号物件には,開口部が設けられ,開口装置としての吸着パッドが取り付けられているのである。そして,被告が上記主張において自認するとおり,イ号物件においては,上貝加熱により個々の貝が完全開口するのを待つことはない以上,貝押さえ部における加熱により原貝の貝殻と閉殻筋は分離しないことは明らかである。
(被告)
イ号物件の加熱装置は,第1加熱・冷却の段階で,貝がわずかに開口し,その状態で直ちに強制開口の段階に送られるが,そのまま放置しておくと完全に開口してしまうものがほとんどである。そして,開口部は,上貝加熱により放置すれば前記のとおり完全に開口してしまう個々の貝を,その完全開口を待つことなく,直ちに,吸着パッドを用いた一律的な強制開口処理により完全開口させることによって,タクト搬送速度に応じた迅速な処理を実現するものである。
したがって,イ号物件は,自然開口しないように加熱する装置を備えたものではないので,本件特許発明の技術的範囲には含まれない。
たしかに,イ号物件の説明書には,原告らの主張するような記載があるが,訴訟上又は特許手続上の陳述ではないので,被告がこの記載に拘束されるものではない。
また,原告らの主張する「貝殻と貝の身の接合部分がゲル状になるように加熱する」の意味は,理化学的定義に基づかない独自のものである。
(3) 通常実施権の成否
(被告)
被告は,本件特許権の優先日である平成7年7月21日より以前の平成6年2月において,既にホタテ貝柱取り機であるホタテ9402号機の製作を開始し,同年5月27日には北海道紋別市a町b丁目c番地所在の北海道紋別漁業協同組合(以下「紋別漁協」という。)製氷冷凍工場(以下「紋別漁協工場」という。)に納入し,平成7年6月には北海道枝幸郡d町a町efgh番地i所在の株式会社C(以下「C」という。)d工場(以下「Cd工場」という。)に納入しているが,ホタテ9402号機は,イ号物件と加熱手段・開口手段が全く同じ装置である。
すなわち,ホタテ9402号機の加熱手段は,80ないし95℃の熱湯を,大貝には3秒,中貝には2.5秒,小貝には2秒間噴射するというものであるのに対し,イ号物件の加熱手段は,中貝サイズ以下の貝に95℃の熱湯を3秒間噴射するというものであるから,イ号物件の加熱手段は,ホタテ9402号機の加熱手段の範囲内である。
そして,被告は,ホタテ9402号機について平成7年9月19日に特許出願し,平成12年4月28日に特許登録を受けたが,この際の明細書の記載及び特許出願までの明細書の準備に要する時間を考えれば,被告が,原告Bによる本件特許発明の内容を知らないで,本件特許出願の際,現にその発明の実施である事業をし,又はその準備をしていたことは明らかである。
したがって,仮に,イ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属するとしても,被告は,特許法79条にいう「特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし,」「特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者」に該当するので,同条の定めにより本件特許権について通常実施権を有する。
これに対し,原告らは,ホタテ9402号機についての公開特許公報(乙8)の記載を根拠に,ホタテ9402号機は,加熱により貝殻と貝柱を分離させてしまうのに対し,イ号物件は,貝殻と貝柱を分離させない程度の加熱手段を有するものであるから,加熱手段において両者は異なる旨主張する。しかし,上記公開特許公報では,「分離」と「結合力の弛緩」を区別せずに用いられており,上記のとおり,むしろ,イ号物件の方が,ホタテ9402号機より加熱の程度は大きいのであるから,原告らの主張は失当である。
また,原告らは,被告の主張は,上記特許出願の際の早期審査に関する事情説明書の記載と矛盾しており,禁反言ないし権利濫用に該当する旨主張する。しかし,先使用に基づく通常実施権の成否は,その前提としてイ号物件の技術構成が本件特許発明の構成要件に該当すると評価される場合において,本件特許権の優先日前に製造され運転されたことが明らかであるホタテ9402号機の技術構成とイ号物件の技術構成とが端的な事実の問題として同等であるか否かによるのであって,被告特許の出願の経緯や出願明細書に記載された被告の発明全体(加熱手段の構成はその一部分にすぎない。)の完成時期とは本来無関係である。本件特許発明との関係についていえば,帆立貝の一方の貝殻を加熱した後強制開口する部分に関する技術は,ホタテ9402号機において既に装置として具体化され,少なくともその事業の準備がなされていた。そして,被告の「早期審査に関する事情説明書」(甲8)における発明実施の時期の記載は,ホタテ9402号機の改良機であるイ号物件が商業的に販売された平成8年6月の時期をとらえてなされたものであり,そのことと,被告がそれ以前においてイ号物件と同等の加熱手段を有する装置を製造し,試運転したことにより,特許発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者に該当するということは,いささかも矛盾するものではないし,まして,禁反言等が問題となる余地は全くない。
(原告ら)
イ号物件とホタテ9402号機とは,加熱手段が異なるので,被告がホタテ9402号機を平成6年に製造していたとしても,イ号物件を平成6年から使用して事業をし,又は準備していたとはいえない。すなわち,ホタテ9402号機の公開特許公報(乙8)には,「上側貝殻より貝柱上端を第1の加熱冷却手段により分離させ,開口手段により開口させる開口部」「上側貝殻と貝柱上端との分離,内臓(ウロ・ヒモ)と下側貝殻との間の分離,貝柱下側と下側貝殻との間の分離には,その分離部には所定温度の加熱を所定時間行い,それと同時に生活機能の維持には相応の配慮が必要で同時または加熱終了後即座に冷却を行う必要がある。即ち,分離後は貝柱に冷却水を散布等の冷却により麻痺した生活機能を復活させる必要がある。」との記載があり,その添付図6にも,貝殻が開いた図が示されていることからして,同機は,加熱により貝殻と貝柱を分離させてしまうものであることが明らかであり,貝殻と閉殻筋とが分離しないように加熱する手段を備えたイ号物件とは異なる。
また,ホタテ9402号機は,貝押さえ部において,帆立貝を水平に置いて第1加熱をするため,貝柱がウロ及びヒモと同時に取れてしまうという非常な問題点を抱えており,ホタテ貝柱取り機の目的効果を達成することができなかった。これに対して,イ号物件は,貝押さえ部において,帆立貝を斜めに傾けて置いて第1加熱をすることにより,後処理において貝柱をウロ及びヒモと別々に取り出すことができるようになった。したがって,被告がホタテ9402号機を実施していたことをもっては,その技術的手段が,当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を上げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていたとはいえず,被告がその発明を完成していたとはいえないから,先使用による通常実施権は認められない。
さらに,本件特許権の優先日である平成7年7月21日以前に被告がホタテ9402号機の発明を実施していたことを認めるに足りる証拠はない。すなわち,Cd工場に設置されたホタテ9402号機の運転状況を平成7年7,8月に撮影したとされるビデオテープ(乙21)に録画されているホタテ9402号機の映像は,平成6年6月に紋別漁協工場で撮影されたとされるホタテ9402号機の写真(乙7)と比べて明白な相違,不自然な点があり,上記ビデオテープの映像は,平成7年7,8月にCd工場で撮影されたものでないことは明らかであるから,これを信用することはできず,他に平成7年7月21日以前にホタテ9402号機の発明が実施されていたことを認めるに足りる証拠はない。
なお,被告は,ホタテ9402号機についての発明の実施時期と関連して,同機についての特許出願が平成7年9月19日であることを指摘するが,同特許の早期審査に関する事情説明書(甲8)には,同発明の実施時期が平成8年6月である旨の記載がなされていることからすると,ホタテ9402号機についての発明の実施は本件特許権の優先日より後である。仮に,被告主張を前提とすれば,被告発明の出願前に被告発明を公然実施したものとして特許法29条1項2号により,被告発明につき特許を受けることができない結果となるが,被告は,特許庁に対しては,上記のとおり発明の実施時期が平成8年6月である旨記載した早期審査に関する事情説明書を提出して,被告発明につき特許を受けながら,他方で,本件訴訟手続上は,特許庁に対する説明とは全く異なり,イ号物件は平成6年2月に開発したホタテ9402号機を実施例とする被告発明の実施である旨主張して特許権侵害を否認しており,このような被告の訴訟追行態度は,被告発明に関する特許付与時と本件特許権の侵害に関する訴訟において全く異なる主張をするものであり,極めて背信的であるといわざるを得ず,禁反言ないし権利濫用に該当するものとして許されない。
(4) 損害論
(原告ら)
ア 逸失利益 5250万円
被告は,イ号物件を定価2500万円で販売しているところ,イ号物件の販売にあたり利益が10%を下回ることはなく,イ号物件を18台販売したほか,さらに3台を販売することが決定しており,被告がイ号物件の販売によって得た利益は,少なくとも5250万円を下らない。
イ 原告Bは,平成11年12月20日,原告Aに対し,被告が本件特許権を侵害して原告Bに与えた損害についての損害賠償請求権全部を譲渡し,平成12年1月5日に,確定日付ある証書をもってその旨通知した。
ウ 弁護士費用 800万円
被告の本件特許権侵害行為と相当因果関係にある弁護士費用は800万円を下らない。
エ 合計 6050万円
原告Aは,上記逸失利益5250万円と上記弁護士費用800万円の合計額である6050万円の損害賠償請求権を有しており,原告Aが本件において請求している損害賠償額が,上記請求権の範囲内にあることは明らかである。
(被告)
損害論については争う。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件特許発明の構成要件における「自然開口しないように加熱する」の意義)について
(1) 証拠(甲2,4の1ないし5,9,15,乙13,15,原告B本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 本件特許公報の【発明の詳細な説明】中の【従来の技術】【0006】欄には,「加熱手段をもって帆立貝を加熱することにより貝殻を拡開し,その後貝柱を他方の貝殻から分離するようにしたものがある。」との記載がある。
イ 本件特許公報の【発明の詳細な説明】中の【発明が解決しようとする課題】【0008】欄には,「従来の帆立貝の貝殻を加熱手段により加熱して貝殻を拡開するものにおいては,貝の口を容易に開くことはできるものの,閉殻筋の表面,特に加熱側に位置する閉殻筋の表面が白く変色して,いわゆる煮えた状態となり,外観品質が低下し,生食に用いるための品質を保持させることができないものが多い」との記載がある。
ウ 本件特許公報の【発明の詳細な説明】中の【課題を解決するための手段】【0030】欄には,請求項4の装置のような「構成の加熱手段を本発明の2枚貝生剥方法に沿って動作させることにより,生食に用いるための品質を保持させた状態で食する部位の貝殻との接合部位の接合力を弱体化させることができる。ここでいう,原貝の食する部位が生の状態を保持するように加熱するとは,食する部位の貝殻との接合部位がゲル状となるように加熱し,かつ,食する部位が変色しないように2枚貝の口が自然開口しないように加熱することであり,」「このような加熱手段をもって原貝の一方の貝殻の表面を加熱することにより,加熱側に位置する貝殻と食する部位との間の接合力の弱体化が可能となり,その結果,強制殻開手段により原貝の貝殻を強制的に容易に拡開させることが可能となる。」と記載されている。また,【課題を解決するための手段】【0015】欄には,「原貝の食する部位が生の状態を保持し,かつ,食する部位の貝殻との接合部位がゲル状となるように加熱するとは,食する部位が変色しないで,かつ,2枚貝の口が閉じた状態を保持するように加熱することであ」ると記載されている。
エ 水揚げ後の帆立貝は,鮮度により,口が少し開いた状態のものもあり,完全に口が閉じている状態のものもあるが,口が少し開いた状態の帆立貝も,いまだ閉殻筋と貝殻は分離していない。
また,原告Aが製作した本件特許発明の実施品における,加熱手段による加熱後,強制殻開手段による拡開前の帆立貝の状態は,上貝と下貝との間が隙間なく閉じている状態のものもあれば,上貝と下貝との間に隙間が生じている状態のものもある。
(2) 上記認定事実に前提事実を総合すると,「自然開口しないように加熱する」とは,本件特許公報において,「原貝の食する部位が生の状態を保持するように加熱する」ことの説明として記載されているのであるから,「原貝の食する部位が生の状態を保持するように加熱する」ことと同趣旨であることは明らかであり,「原貝の食する部位が生の状態を保持するように加熱する」とは,加熱目的の記載に照らして,食する部位の品質を,「生食に用いるための品質を保持させた状態で食する部位の貝殻との接合部位の接合力を弱体化させる」ことを意味するものと解される。そして,食する部位とは,帆立貝では,貝柱及び小柱からなる閉殻筋であるから,「自然開口しないように加熱する」とは,閉殻筋の貝殻との接合部位の接合力を弱体化させる程度に加熱すること,すなわち,閉殻筋と貝殻とが分離しないように加熱することを意味するものと解される。したがって,原告らの主張は理由がある。
これに対して,被告は,本件特許公報に「自然開口しないように」という文言をこのような意味で用いる旨の記載はないと主張する。たしかに,本件特許公報中にその意義を明確に説明している箇所はないけれども,帆立貝の生剥きに関して,貝の口が開いているか否かに有意性は見出し難いから,「自然開口」という文言を,自然に「貝の口が開くこと」という意味に理解する必然性はないのみならず,本件特許公報中の上記のような記載を合理的に理解すれば,「自然開口しないように加熱する」とは,閉殻筋と貝殻とが分離しないように加熱することを意味するものと解されるのであるから,被告の主張は採用することができない。
また,被告は,「自然開口しないように加熱する」とは,「外的・物理的な力を加えない限り貝の口が開かないように加熱する」という意味であると主張し,本件特許公報には,そのような意味で用いることを窺わせる記載がある旨指摘する。たしかに,本件特許公報には上記(1)ウのとおり「原貝の食する部位が生の状態を保持し,かつ,食する部位の貝殻との接合部位がゲル状となるように加熱する」ことの意味として,「2枚貝の口が閉じた状態を保持するように加熱すること」との記載がある。しかし,「2枚貝の口が閉じた状態」の意味は,多義的であり,2枚貝の上貝と下貝との間が隙間なく閉じている状態のみを「2枚貝の口が閉じた状態」というのか,多少の隙間があっても閉殻筋と貝殻とが分離していない以上は「2枚貝の口が閉じた状態」というのかは,この記載のみでは明らかでない。そして,上記のとおり,帆立貝の生剥きに関して,貝の口が開くか否かに有意性はなく,本件特許公報中の加熱の目的や程度に関する上記のような記載に照らすと,この「2枚貝の口が閉じた状態を保持するように加熱する」という文言についても,貝の口が閉じた状態を保持するように加熱することを意味するのではなく,閉殻筋と貝殻とが分離しないように加熱することを意味するものと解されるから,被告の上記主張は採用することができない。
さらに,被告は,2枚貝の開口状況のうち,③口は少し開いているが,閉殻筋と貝殻が未だ分離していない状態と④貝の口が少し開いておりかつ閉殻筋と貝殻が分離している状態とでは,外見的に識別することもできない上に,いずれも貝の身の生の程度に質的相違はないとした上で,原告らの本件特許発明が新規性を有し特許に値するものであるというためには,本件特許装置が②口は閉じているが,閉殻筋が弱まっている状態にする加熱装置を備えているものでなければならない旨主張するけれども,2枚貝の開口状況について被告主張のとおり区分し,②の場合のみ発明の新規性が認められるとする合理的論拠は見出せないから,被告の主張は,その前提を欠くものとして採用の限りでない。
そして,被告は,本件特許権異議申立てについての決定が,「帆立貝の口が少し開くように加熱する」ことと,「自然開口しないように加熱する」こととを区別していることから,「自然開口しないように加熱する」というのは,貝の口が開かないように加熱することである旨主張する。しかし,上記決定(甲5)は,本件特許発明と比較の対象になっている特許発明との相違点について,本件特許発明の加熱装置は,食する部位(閉殻筋;小柱と貝柱)が生の状態を保持するように加熱するものであるのに対し,比較対象の特許発明の加熱装置は,無絞筋部である閉殻筋(小柱)は,強く加熱し,無絞筋部の貝殻内面への食込み部分を熱により収縮させ,無絞筋部端部と貝殻との結合を解除するものであって,有絞筋部である閉殻筋(貝柱)のみを生の状態を保持するように加熱するものであるから,加熱装置としての機能が明らかに相違していると判断しているものであり,その過程においても「帆立貝の口が少し開くように加熱する」ことと「自然開口しないように加熱する」こととの区分を明確に論じているものでもない。したがって,この決定内容を根拠に,「自然開口しないように加熱する」ことの意味を貝の口が開かないように加熱することであると解することはできず,被告の主張は採用することかできない。
2 争点(2)(イ号物件は,原貝の口が自然開口しないように加熱する加熱手段を備えた装置であるか)について
(1) 証拠(甲2,3,10ないし15,乙10,12,14,証人D,原告B本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告におけるイ号物件の開発の基本思想は,2枚貝である帆立貝の一方の貝殻の表面を貝柱が生食に適する状態を保持するように加熱した後,強制開口して加熱した側の貝殻を取り外して,ウロ,ヒモ等を吸引除去し,次に残った他方の貝殻の表面を加熱して貝柱を機械的に剥ぎ取る工程をタクト送りにより自動的,連続的に実施できる装置を実現することであった。
イ イ号物件は,貝押さえ部(第1加熱冷却工程)において,上貝の加熱及び下貝の冷却を行い,開口部において,原貝の開口を行う等の処理工程により,帆立貝の食する部位を原貝から分離する装置である。
イ号物件の説明書によると,イ号物件の特徴として,「貝柱の上下表面は,ゲル状の皮膜ができる為,玉冷にした場合解凍時のドリップがなく,旨味が逃げない。」「開口時の熱源には熱湯を使用する。」「開口時及び貝柱取出し時の加熱時間の調整と冷却水での冷却により,貝柱本来の品質を損なうことなく処理できる。」こと等が挙げられている。
ウ イ号物件は,貝押さえ部において,95℃の温水を貝殻幅11ないし12.9センチメートルの中貝につき3秒噴射して帆立貝を加熱することが基本設定とされているが,原貝の貝殻幅や運転時の開口率によって,噴射時間の設定を変更できるようになっている。そして,貝押さえ部で,帆立貝を加熱後,開口部における開口前に,閉殻筋と貝殻とが分離してしまうことも例外的にあるが,ほとんどの帆立貝は加熱後も閉殻筋と貝殻とが分離しないように加熱時間が設定されるものであり,被告自身,上記加熱により「わずかに開口」することを自認している。
エ 本件特許公報の【発明の実施の形態】【0103】欄には,本件特許発明の実施の形態における加熱手段は,原貝の上殻の表面に加熱源としての高温の水蒸気を短時間,例えば100℃の水蒸気を4秒程度噴射するように構成されており,これにより帆立貝の閉殻筋が変色せずに生の状態を保持することができ,この水蒸気の温度及び噴射時間は,原貝の大きさや体温等に基づいて調節すればよく,特に,本実施の形態の温度及び時間に限定されるものではなく,また,加熱源としては,高温の温水(100℃)を用いてもよい旨の記載がある。
(2) 上記認定事実に前提事実を総合すると,イ号物件は,帆立貝の貝殻の表面を,貝柱が生食に適する状態を保持するように(貝柱にゲル状の皮膜ができる程度に)加熱した後に,強制開口し,貝柱のみを剥き取るという装置であり,「原貝の食する部位が生の状態を保持」するように加熱する手段を備えているという点において本件特許発明と同一であることが明らかである。そして,その加熱手段の基本形態は,95℃の温水を3秒間噴射するというものであり,本件特許発明の実施の形態として説明されている加熱手段,すなわち,100℃の温水(水蒸気)を4秒間噴射するという加熱手段(以下「本件特許発明の実施形態としての加熱手段」という。)と類似している。本件特許発明における温水(水蒸気)の温度及び噴射時間は,原貝の大きさや体温等に基づいて調節することが予定されており,温水温度における100℃と95℃,噴射時間における4秒間と3秒間は,その調節の範囲内といえる。したがって,イ号物件の加熱手段は,本件特許発明の実施形態としての加熱手段より,温水の温度は低く,温水の噴射時間も短いのであるから,本件特許発明の実施形態としての加熱手段が,原貝の口が自然開口しないように加熱するというものであるのに,イ号物件の加熱手段が,原貝の口が自然開口してしまうまで加熱するというものではあり得ず,イ号物件は,原貝の口が自然開口しないように加熱する加熱手段を備えた装置であると認められる。そして,イ号物件は,貝押さえ部による加熱後に原貝の開口を行う開口部も備えており,2枚貝からなる原貝の貝殻を強制的に拡開する強制殻開手段を備えた装置であることは明らかであるから,本件特許発明の構成要件を充足する。
これに対して,被告は,イ号物件の加熱装置による加熱後,原貝を放置しておくと完全に開口してしまうものがほとんどであるとして,イ号物件は,原貝の口が自然開口しないように加熱する加熱手段を備えた装置ではないと主張する。しかし,本件特許発明は,原貝を加熱後,強制的に拡開するものであり,その加熱の程度として,原貝の口が自然開口しないように加熱するというのであるから,少なくとも強制的な拡開の前に自然開口しなければ,本件特許発明の加熱方法にあたり,強制的に拡開せずに放置した場合に,原貝の口が開口するか否かは,本件特許発明の技術的範囲に含まれるかどうかの判断を左右するものではないというべきである。したがって,被告の主張は採用の限りでない。
3 争点(3)(通常実施権の成否)について
(1) 証拠(甲3,乙4ないし11の2,16ないし25,証人D,原告B本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告においては,平成4年ころ,帆立貝柱取り機の開発に着手し,平成5年6月ころから,各作業工程において同時に2個ずつ処理できる,いわゆる2連装のホタテ貝柱取り機(フィールドテスト機)の開発を始め,同年の10,11月ころ,同機械を製作し,紋別漁協工場で試運転したが,この機械では,帆立貝開口後のウロ及びヒモの吸引時に貝柱も一緒に吸引してしまうという欠陥があった。
イ 被告においては,平成6年1月末ころから,上記欠陥を改良し,かつ,処理能力を上げるために6連装にした機械の開発を始め,上記欠陥を解消するために貝押さえ部において下貝を冷却することにし,同年5月ころにはホタテ9402号機を製作した。同機は,貝押さえ部において,第1加熱冷却工程として上貝の加熱及び下貝の冷却を行い,その後の開口工程において,原貝の開口を行う等の処理により,帆立貝の食する部位を原貝から分離する装置である。そして,同機は,同月下旬ころ,試運転の結果によっては紋別漁協に販売することを目的に,紋別漁協工場内に設置された。
ウ 被告の従業員は,同年7,8月ころ,紋別漁協工場に設置されたホタテ9402号機を次のように試運転した。すなわち,第1加熱冷却工程での加熱方法を,温水の温度94ないし95℃,噴射時間2ないし4秒に設定して試運転をしたが,このときの開口率は約7割を超えていた。第1加熱冷却工程,開口工程等の各部分の結果は比較的良好であったが,全体的に停止する回数が多く,連続運転が十分にできなかったため,紋別漁協に販売するまでには至らなかった。
エ 平成7年6月ころ,ホタテ9402号機は,Cd工場に移設され,以後,調整がされながら,試運転が続けられた。その結果は,第1加熱冷却工程で帆立貝を加熱後,開口工程における開口前に,閉殻筋と貝殻とが分離することもあったが,ほとんどの帆立貝は,加熱後も閉殻筋と貝殻とが分離しない状態であった。
オ 平成7年9月19日に出願されたホタテ9402号機に係る発明の公開特許公報(特開平9-74993号公報)(乙8)によると,【特許請求の範囲】【請求項1】に「上側貝殻より貝柱上端を第1の加熱冷却手段により分離させ開口手段より開口させる開口部」と記載され,また,【従来の技術】【0007】に「上側貝殻と貝柱上端との間の分離」と記載されるなどしているが,【特許請求の範囲】【請求項2】に「第1の加熱冷却手段は,上側貝殻と貝柱間の結合力弛緩のための上側貝殻よりの加熱と,それと同時に行う貝柱生活機能維持のための下側貝殻よりの冷却と,開口直後に行う貝柱上部の生活機能復活のための貝殻内部冷却と,より構成した請求項1記載のホタテ貝柱取り機」と記載され,【発明の実施の形態】【0035】に「ステージ3における加熱により貝柱上部と上側貝殻との間の結合力を麻痺弛緩させる」「上記加熱は95℃~80℃の温水噴射を使用し,」「その噴射時間は」「貝殻の大,中,小に応じて設定された所定時間3秒,2.5秒,2秒」とし,「制御部により適宜制御するようにしてある。」「ステージ4の開口手段はステージ3における第1加熱冷却手段により貝柱上端と上側貝殻との間に惹起された結合力が弛緩麻痺状態にある上下貝殻を完全に開口させるようにしたものである」などと記載されている。
カ Cd工場におけるホタテ9402号機の試運転の結果を踏まえてさらに改良して製作されたのがイ号物件である。両者は,基本的な工程は同じであるが,主な相違点は,次の2点である。すなわち,貝押さえ部の第1加熱冷却工程において,ホタテ9402号機は貝が水平に置かれているのに対して,イ号物件は貝を傾斜させるようになっている点が異なるほか,開口工程におけるパットの作動において,前者は垂直に動くのに対して,後者は側面から見て弧を描くように斜めに動く点が異なる。貝押さえ部における貝の置き方については,9402号機のように貝を水平に置くと,加熱のための温水が貝の中に入り込んでウロ及びヒモの吸引時に一緒に貝柱までが取れることが生じることがあったため,貝を傾斜させるように改良したものである。
キ 被告は,イ号物件たる北貝3300を,平成8年以降平成11年まで毎年,Cに対し複数台納入した。
(2) 上記認定事実に前提事実を総合すると,ホタテ9402号機は,貝押さえ部において帆立貝を水平に置くか傾斜させて置くかの点等において,イ号物件と異なるものの,貝に噴射する温水の温度及び噴射時間においてはほぼ同一であって,このような加熱の目的が「上側貝殻と貝柱間の結合力弛緩」にあること等からして,イ号物件と同様,原貝の口が自然開口しないように加熱する加熱手段を備えた装置であると認められ,また,ホタテ9402号機には,加熱後に開口する開口工程も備わっているから,ホタテ9402号機は,本件特許発明の技術的範囲に含まれるものということができる。そして,被告は,平成6年7,8月の時点でホタテ9402号機の試運転を行っており,平成7年9月19日には,ホタテ9402号機に係る特許の出願をしているから,遅くとも本件特許権の優先日である同年7月21日には,本件特許発明の内容を知らないで自らその発明をし,その事業の準備をしていたものと認められる。したがって,被告は,本件特許権について通常実施権を有するものというべきである。
これに対し,原告らは,ホタテ9402号機の公開特許公報(乙8)に「上側貝殻より貝柱上端を第1の加熱冷却手段により分離させ,開口手段により開口させる開口部」との記載や「上側貝殻と貝柱上端との分離,内臓(ウロ・ヒモ)と下側貝殻との間の分離,貝柱下側と下側貝殻との間の分離には,その分離部には所定温度の加熱を所定時間行い」などの記載があることを理由に,ホタテ9402号機は,加熱により貝殻と貝柱を分離させてしまうものであると主張する。たしかに,前者の記載は,加熱冷却手段により分離させるという表現をとっているけれども,公開特許公報中の【特許請求の範囲】【請求項2】の記載や【発明の実施の形態】【0035】の記載に照らすと,分離させるとは貝柱上部と上側貝殻との間の結合力を麻痺弛緩させることを意味していることは明らかである。また,後者の記載は,【従来の技術】の説明において,生食用貝柱の獲得のためにはこのような加熱が必要であるという文脈においての記載であり,本件特許発明を説明している内容ではない。したがって,原告らの主張は採用することができない。
また,原告らは,ホタテ9402号機は,貝押さえ部において,帆立貝を水平に置いて第1加熱をするため,貝柱がウロ及びヒモと同時に取れてしまうという非常な問題点を抱えており,ホタテ貝柱取り機の目的効果を達成することができなかったが,イ号物件は,貝押さえ部において,帆立貝を斜めに傾けて置いて第1加熱をすることにより,貝柱をウロ及びヒモと別々に取り出すことができるようになったのであるから,ホタテ9402号機の実施をもって発明を完成していたとはいえない旨主張する。上記認定のとおり,ホタテ9402号機は,貝押さえ部の第1加熱冷却工程において貝が水平に置かれるため,加熱のための温水が貝の中に入り込み,ウロ及びヒモの吸引時に一緒に貝柱までが取れることが生じることがあったことから,イ号物件においては,貝押さえ部において貝を傾斜させて置くようにしたことが認められる。しかし,ホタテ9402号機において貝柱がウロ及びヒモと一緒に取れるという欠陥は,第1加熱冷却工程で下貝を冷却することにより基本的に解消されていたものであり,被告は,同機について,ホタテ貝柱取り機として特許出願をし,他方,本件特許発明は,貝押さえ部に貝を水平に置いて加熱するものであることが窺えるのに,貝柱がウロ及びヒモと一緒に取れることが問題となった形跡はないことを考慮すると,第1加熱冷却工程において貝を水平に置いて加熱することにより貝柱がウロ及びヒモと一緒に取れることがあることによって,ホタテ9402号機における生食用貝柱を得るという目的効果が失われることはなかったものであり,被告が発明を完成していたというのを妨げず,原告らの主張は採用することができない。
さらに,原告らは,平成7年7月21日以前に被告がホタテ9402号機の発明を実施していたことを認めるに足りる証拠はないとして,乙21のビデオテープと乙7の写真に撮影されているホタテ9402号機の映像に明白な相違や不自然な点があるので,上記ビデオテープの映像は,平成7年7,8月にCd工場で撮影されたものでない旨主張し,これに沿う資料を提出している(甲17)が,乙7,21を子細にみると,原告らが相違と指摘する点は,一部は相違とはいえず,その他は紋別漁協工場において加えられた変更と認められ,また,格別,不自然な点があるとも認められないので,上記ビデオテープの映像が平成7年7,8月にCd工場で撮影されたものでないということはできない。そして,前掲各証拠を総合すると,被告が平成7年7月21日以前にホタテ9402号機の発明を実施していたことは優に認められるところであるから,原告らの主張は採用することができない。
原告らは,ホタテ9402号機の特許の早期審査に関する事情説明書(甲8)に,同発明の実施時期が平成8年6月であると記載されていることから,発明の実施時期が本件特許権の優先日より後である旨主張している。上記事情説明書には原告ら主張のような記載があるけれども,実際には,被告は,上記のとおり,優先日である平成7年7月21日以前に,ホタテ9402号機の発明を実施していたものと認められる。なお,原告らは,本件訴訟において,ホタテ9402号機の開発によって本件特許権についての通常実施権を主張することは,上記事情説明書における発明の実施時期の記載との関係で禁反言ないし権利濫用に該当し許されない旨主張するけれども,本件訴訟においては,本件特許発明という限定された範囲において,その発明の実施である事業をし又はその事業の準備をしていたといえるかが問題の対象となっているのに対して,ホタテ9402号機の特許出願における発明の実施時期は,発明全体の実施時期が問題の対象となっているのであり,このように問題の対象が異なる場面において異なる主張をしたからといって,禁反言ないし権利濫用に該当するということはできない。したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
第4結論
よって,原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないので,いずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂井満 裁判官 山田真紀 裁判官 佐々木清一)
file_2.jpg別紙