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札幌地方裁判所 平成12年(ワ)5083号 判決 2002年3月29日

主文

1  被告Aは,原告に対し,281万3532円及びこれに対する平成8年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告Bは,原告に対し,140万6766円及びこれに対する平成8年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告Cは,原告に対し,140万6766円及びこれに対する平成8年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用は,これを10分し,その1を被告らの負担とし,その余を原告の負担とする。

6  この判決は,第1項から第3項までに限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告Aは,原告に対し,3034万5032円及びこれに対する平成8年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  被告Bは,原告に対し,1517万2516円及びこれに対する平成8年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

三  被告Cは,原告に対し,1517万2516円及びこれに対する平成8年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は,亡Dの運転する自動車と原告の運転する自動車とが衝突した交通事故について,原告が亡Dの相続人に対して不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(争いのない事実以外については,認定に用いた証拠を併記する。)

1  本件交通事故

発生日時 平成8年5月7日午後4時10分ころ

発生場所 北海道三石郡a町字bc番地先路上

加害車両 軽四輪貨物自動車(室蘭deえfghi)

上記運転者 亡D

被害車両 普通貨物自動車(室蘭jkせlmno)

上記運転者 原告(昭和11年8月16日生)

事故態様 本件交通事故の発生場所付近を東から西へ走行し,右カーブにさしかかった原告は,対向車線を走行してくる加害車両が中央車線を越えてくるのを視認したので,被害車両を減速停止させたが,加害車両がそのまま中央車線を越えて走行を続けたため被害車両に衝突した。

2  責任原因

車両は,道路の左側部分を通行しなければならないところ,亡Dは,中央車線を越えて道路右側部分に進入して,被害車両に衝突させた過失がある。

3  原告の受傷等

(一) 本件交通事故により,原告は,頭部打撲,頚椎捻挫,腹部打撲,顔面切創,筋収縮性頭痛の傷害を負った(原告は変形性頚椎症も本件交通事故による傷害に含めているが,この点については争いがある。)。

(二) 原告の入通院期間は次のとおりである(なお,被告は入通院期間の相当性(本件交通事故との相当因果関係)について争っている。)。

(1) K病院

通院 平成8年5月7日,同月8日

入院 平成8年5月9日から同月24日まで

(2) L病院

通院 平成8年5月15日

(3) M病院

通院 平成8年5月8日から同月23日まで(実通院日数2日)

平成9年1月10日から同年5月8日まで(実通院日数22日)

入院 平成8年5月24日から平成9年1月9日まで

(三) 原告は,M病院で,平成8年9月10日にC(頚椎)4/5・5/6前方固定術及び腸骨採取術(以下「本件第1手術」という。)を受けた。その後,原告は術後牽引性のC5神経根神経障害(遅発性神経麻痺)と診断され,同年11月5日に原告は,前記病院で,C4/5の椎間孔拡大,C5神経根開放術(以下「本件第2手術」という。)を受けた(以上につき,乙25号証,F証言)。

(四) 原告は,平成9年5月8日に症状固定となり,本件第1手術による脊柱の変形及び頚椎可動域制限のうち重い方(後者)として自動車損害保障法施行令別表の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という。)6級5号,(腸骨採取に伴う)骨盤骨の変形として後遺障害等級12級5号,術後の右上肢神経根症状に伴う右肩痛,運動制限等の右上肢神経症状として後遺障害等級12級12号に該当するとされ,併合5級の認定を受けた(調査嘱託の結果)。(後遺障害と本件交通事故との相当因果関係については争いがある。)

4  相続関係

亡Dは,平成8年5月7日に死亡した。被告Aは,亡Dの配偶者であり,被告Bは,亡Dの子であり,被告Cは,亡Dの子であるE(平成4年12月20日死亡)の子である。

二  争点

1  本件交通事故と原告の後遺障害との相当因果関係の存否及び(相当因果関係があるとされた場合の)素因競合による減額の可否

2  損害論

三  争点1に対する当事者の主張

(原告の主張)

1 被告らは,本件第1手術は,原告が素因として有していた変形性頚椎症に起因する症状に対する手術である上,医学的にも手術の必要性がなかったにもかかわらず,行われたものであり,その結果原告に後遺障害が発生したものであるから相当因果関係がないと主張している。

2 原告も,本件交通事故前から頚椎に変形があったこと自体を争うものではないが,原告は,本件交通事故前まで当該変形に伴う症状は一切発生しておらず,毎日厳しい肉体労働である漁業に従事していたものである。

3 本件交通事故は亡Dが対向車線に進入した上発生した正面衝突事故で,亡Dがこれにより死亡していることからしても,事故の衝撃が極めて重大であったことが推測できるところ,原告は,本件交通事故によって初めて変形性頚椎症も原因となって強い頭痛,頚部症,筋けいれん等を発症させ,長期間保存療法に努めたものの一向に回復せず,仕事に従事することができなかった。

4 そして,医師により,このまま手術しなければ,前記症状が更に悪化する可能性もある上,これを軽減するためには手術が最良の方法であると聞かされ,原告は本件第1手術を受けることを決意した。

5 本件第1手術後,原告に術後合併症として,遅発性神経麻痺が生じ,その治療のために本件第2手術が行われた。被告らの代理人である保険会社の従業員らは,F医師から本件第1手術に内在する危険性の説明を受け,術後合併症を含めて,手術に起因すると考えられる症状が術後6ヵ月以内に発症した場合には,保険で対応してもらいたい旨の申入れを承諾したから,本件第1手術を起因として原告に生じた遅発性神経麻痺の治療のために行われた本件第2手術は,被告らにおいて予見していたものであり相当因果関係が認められる。

6 本件で素因として認められるものは,加齢による変形性頚椎症のみであるが,その程度は年齢的に不相当なものではない上,本件交通事故前には全く発症していなかった。また,前述したとおり,本件交通事故の態様の重大性に照らせば,原告が死亡していても不思議ではないものであり,本件の併合5級の後遺障害に対する損害をすべて被告らに負担させても何ら公平の理念に反するものではない。したがって,本件で,素因競合による減額は認められるべきではない。

(被告らの主張)

1 原告の後遺障害は,原告が素因として有していた変形性頚椎症に対し,手術適応がないにもかかわらず,本件第1手術が行われた結果発生したものであり,本件交通事故と相当因果関係のないものである。すなわち,原告の本件第1手術前の症状としては,頭痛,首の痛み,肩こりのみであり,その他四肢麻痺,深部腱反射の異常,巧緻障害等脊椎症に典型的な神経学的異常は出現していなかった。したがって,このような症状を呈する程度の変形性脊椎症では手術適応がなかったものと判断せざるを得ない。

2 本件第2手術は,本件第1手術の合併症に対するものであった。しかし,前方固定術に基づき本件のような合併症が発症する可能性は,F医師によれば,一般的には1パーセントにも満たず,高くとも5ないし7パーセント程度であるとされている。このような発生率の低い合併症については本件交通事故との相当因果関係が否定されるべきである。なお,保険会社の従業員は,F医師に対して,原告が本件第1手術を希望し,医師がこれを行うのであれば,これをとめることはできないが,その結果をすべて賠償の範囲に含めるかは別の問題である旨の指摘をしている。

3 仮に,原告の後遺障害と本件交通事故との間に相当因果関係が認められるとしても,原告には変形性頚椎症,脊柱管狭窄等という素因があり,かつ,当該素因が前記傷害に重大な影響を与えている。すなわち,原告には術前に変形性脊椎症が認められていたが,これは,加齢に起因する疾病であり,本件交通事故によって出現したものではない。また,原告の脊椎のうちC4/5・5/6についてはかなり厳しい骨棘が脊髄を圧迫している。加えて,原告には脊柱管狭窄が認められるが,これは先天性のものであって本件交通事故によって出現したものではない。

本件第1手術は,頭痛,首の痛みを軽減すること,及び,術前には神経学的症状が発症していなかったものの前記のような状態の変形性脊椎症を放置すると骨棘が脊髄を圧迫し,やがて,神経学的症状が発症するおそれがあることから,これを予防することを目的として行われた。しかし,予防的手術の結果を本件交通事故と相当因果関係があるということはできないはずである。

以上の点に鑑みれば,仮に相当因果関係を認めるとしても5割以上の素因減額がなされるべきである。

四  争点2に対する当事者の主張

(原告の主張)

本件交通事故による原告の損害は以下のとおりである。

1 治療費 369万3418円

2 入院雑費 31万9800円

1日当たり1300円とし,これに入院期間(246日)を乗じた。

3 休業損害(網の回収費用を含む。) 972万6023円

(一) 基礎収入

原告は,漁業を営む者であるが,平成7年度の収入は(雑収入を除く。)1848万9786円であり,経費等は1827万5896円であるため,経常利益は21万3890円となる。しかし,次の経費(合計720万0833円)は,固定経費として休業損害の算定の基礎収入に含めるべきであるから,基礎収入としては,741万4723円(1日当たり2万0314円)となる。仮に,原告の収入が不明とするなら,本件交通事故当時原告は59歳であり,男子年齢別賃金センサスにより年収664万0500円で計算されるべきである。

(1) 漁具の減価償却費 140万8149円

(2) 公租公課 10万0300円

(3) 損害保険料 70万2975円

(4) 減価償却費 53万5033円

(5) 地代家賃 2万8325円

(6) 漁船修繕費 240万5762円

漁船を維持するために必要な修繕費用である。平成7年度の青色申告において計上した286万8621円のうち,事故による修復費用46万2859円を控除した金額である。

(7) 利子割引料 124万2585円

各種借入金の利子である。

(8) 車両費 20万円

車検費用である。

(9) 負担金 40万6524円

出資予約金,経営負担金,栽培漁業基金,ウニ種菌放流,たこ部会費,倉庫代といったもので,操業の有無にかかわらず徴収されるものである。

(10) 除却費 6万6000円

廃車により償却したものである。

(11) 利用料 10万5180円

無線利用料である。

(二) 休業期間

原告の休業期間は,本件交通事故のあった平成8年5月7日から症状固定日である平成9年5月8日までの367日である。

原告は,G丸という漁船でたこ漁を行っている。たこ漁は,例年11月ころ漁場に仕掛けを入れ,1ヵ月ないし1ヵ月半後仕掛けを引き上げたこを捕り,再び仕掛けを入れることを繰り返し,翌年8月ころまで漁を継続する。本件交通事故前まで,原告を漁労長,原告の子であるHを船長とし,甲板員1名を含めた3名で作業に従事していた。原告は,漁労長として,漁場の選択,仕掛けの調整のみならず,甲板員としての仕掛けの準備,積み込み,設置,仕掛けを回収し,たこを針から外す作業に従事していた。

しかし,漁労長である原告が入院したため,平成8年11月にたこ漁を開始することができなかった。平成9年1月に原告は船に乗り込み,たこ漁を再開したが,傷害が癒えてはいなかったので,作業に従事することができず,もっぱら漁場の選択,仕掛けの設置の指示を行っていたのみである。そして,原告の代わりに作業を行う者として,原告の妻を船に乗り込ませた。

後述するとおり,原告の妻が家事業務を犠牲にして乗船している以上,仮に若干の売上があったとしても,原告の休業損害から控除すべきではなく,症状固定時までの全日分が認められるべきである。

(三) 原告は,本件交通事故前に網入れをしたが,本件交通事故のため網の回収,整理を依頼し,その報酬として,227万0785円を支払った。

4 後遺障害逸失利益 4523万0870円

(一) 原告の基礎収入は前記3(一)のとおり741万4723円である。労働能力喪失率は79パーセント(後遺障害等級5級)である。原告の症状固定時の年齢が60歳であり,平成9年簡易生命表の平均寿命の約2分の1である10年間は,就労可能であると考えられるので,これに対応するライプニッツ係数は7.7217である。すると,後遺障害による逸失利益は4523万0870円となる。

(二) 原告は右腕が肩より上に持ち上げることができないという後遺障害があるところ,原告の漁業は,乗組員が数名の小型船で行われているものであり,網や縄の海面への入れ方,出し方が漁獲高との関係で極めて重要であり,本件交通事故前より,自ら網,縄,かご等を出し入れしていた原告にとって上記症状により力仕事ができなくなったことは極めて致命的となっている。確かに,漁獲高は一旦本件交通事故前の6割程度にまで回復したが,漁獲高は毎年の魚の値段で大きな高低差があるのであり,これをもって労働能力喪失率が79パーセント以下と考えることは不合理である。

なお,原告の長男であるHが本件交通事故の3年前から原告の船で稼働しているが,長男の労働に対しては,専従者給与を支払っており,税務上売上から控除されている以上,既に評価されているといえ,その寄与は原告の労働能力喪失割合を考える上で全く問題とならない。さらに原告の妻は本件交通事故前は専業主婦として毎日自宅で同居している原告の高齢の両親の世話をしていたが,本件交通事故により長期間船を出すことが不可能となり,借金もかさんで他に乗組員を雇うことができなかったためやむを得ず乗船して,原告の漁を手伝うことになった。このように原告は,本件交通事故後,家族を犠牲にして何とか操業を継続しているのであってその分を寄与として賠償額を低く考えることは極めて正義に反する。

5 慰謝料

(一) 入通院慰謝料 360万円

原告の症状,入通院期間及び2度にわたる手術を受けたことに鑑みると,入通院慰謝料としては360万円が相当である。

(二) 後遺障害慰謝料 1450万円

原告の本件交通事故による後遺障害の程度に鑑みると,後遺障害慰謝料としては1450万円が相当である。

6 弁護士費用 550万円

原告は,本件訴訟の遂行を原告訴訟代理人に委任し,550万円を支払うことを約した。

7 既払金

原告は,当初2188万0047円の既払金があると主張していたが,後に,被告が主張するとおりの2190万0947円で争いがないことになった。ただし,これに伴う請求の趣旨の変更は特に行っていない。

(被告らの主張)

1 治療費

額について争う。

2 入院雑費

入院期間の相当性について争う。

3 休業損害等

(一) 経常利益の額(21万3890円)は認める。原告の主張する固定経費のうち,3(一)(1)から(5)までの費用の固定経費性は認め,その余は争う。

(二) 休業期間は否認する。原告は平成9年1月中旬から操業を開始している。

(三) 網の回収費用は,特別損害であり,その予見可能性について争う。

4 後遺障害逸失利益

争う。

5 慰謝料

争う。

6 弁護士費

不知。

7 既払金

既払金は2190万0947円である。

第三判断

一  本件において,亡Dが本件交通事故について不法行為責任を負い,同人の原告に対する損害賠償債務を相続人である被告らが相続したことについては当事者間に争いがない。

二  本件交通事故と原告の後遺障害との相当因果関係の存否及び(相当因果関係があるとされた場合の)素因競合による減額の可否について

1  認定事実

前記争いのない事実等,関係証拠(認定に用いた証拠は併記する。)及び弁論の全趣旨によれば次の事実を認めることができる。

(一) 原告は,本件交通事故後,救急車でK病院に搬送され,後頚部の圧痛,運動痛,自発痛が認められ,外傷性頚椎捻挫と診断されたが,自宅で安静をするようにとのことで一旦帰宅した(甲2号証,乙3号証の1,原告供述)。

(二) しかし,症状が改善されなかったため,原告は,平成8年5月8日にM病院とK病院に通院した(甲27号証)。M病院では,脳のCT検査及び頚部のレントゲン検査を受け,前者の検査の結果,明らかな出血等は認められないが,両側前頭部を中心に硬膜下滲出液を思わせる所見があるとされ,後者の検査の結果,脊柱管狭窄,椎間板硬化,C4/5・5/6右椎間孔狭小の所見があるとされた(乙12号証の1,18号証)。

(三) 平成8年5月9日から同月24日まで,原告はK病院に入院した。

この間みられた主な症状は,後頭部から後頚部にかけてのだるさ(頭重感),肩から胸にかけての打撲痛,両下肢痛,左側腹部痛,瞼のだるさ等であった(乙5号証の1から5まで,9号証)。また,原告が左頭部が締め付けられるような痛みを訴えたこともあり,同月15日に原告はL病院で検査を受けた。そこでの検査結果は,自覚症状として後頚部の運動痛,圧痛が認められ,頭部レントゲン検査については正常範囲内,頚椎レントゲン検査についてはC5/6に脊椎症がみられる,CT所見については異常なし,神経学的にも異常なしというものであった(以上につき,乙8号証の1から10号証まで)。

(四) 平成8年5月22日に原告はM病院で診察を受けた。ここでは,自覚症状として両肩からこめかみにかけての強い締め付け感,大後頭神経痛が認められ,MRI(磁気共鳴映像法)検査の結果,脊柱管狭窄,C4/5・5/6に強い脊髄圧迫の所見があるとされた(乙12号証の2,50号証)。

(五) 原告は,平成8年5月24日にK病院からM病院に転院して,入院した。本件第1回手術前の原告の中心的な自覚症状は,後頭部から両頚部,肩にかけての強い痛み,筋けいれん,不快感であったが,深腱部反射は正常であり,四肢麻痺もみられなかった。レントゲン検査では,C4/5・5/6の椎間板硬化,椎間孔狭小化の所見があり,MRI検査及びミエログラム(脊髄造影法)検査では,C4/5・5/6の脊髄圧排の所見がある(以上につき,乙25号証,F証言。ただし,脊髄圧排の程度については,乙25号証の入院要約では強度とされているが,平成8年7月30日行われたミエログラム検査の所見では軽度(not severe)とされており,F医師も同日付のミエログラムのCT画像上は脊髄の扁平の度合いはそれほどひどくないと証言している。)

(六) M病院では,本件第1手術まで保存的治療を継続していたが,原告の痛みの症状に変化がみられなかった(乙25号証,F証言)。F医師は,C4/5・5/6に骨棘が明らかに認められ,これにより脊柱管前後径が狭くなっていること,椎間板(孔)の狭小化もみられることから,原告に変形性頚椎症があると考え,また,運動時にC4/5に(通常以上に)力がかかりやすくなってしまうという不安定性も認められると考えていた(F証言)。原告の神経学的異常の存否についてははっきりしなかったが,F医師は,前記の点に鑑みて,原告の痛み等の自覚症状は変形性頚椎症があるところに本件交通事故が重なって生じたものであると判断し,原告の首の痛みを軽減し,かつ,骨棘が脊髄を圧迫している状況を放置することにより神経学的な症状が発症するおそれを取り除くために,原告に対して,手術(前方固定術)による治療を選択肢の1つとして提示した(F証言)。

(七) 平成8年9月10日に,原告はM病院で腸骨採取術の後,C4/5・C5/6の前方固定術(すなわち本件第1手術)を受けた(乙21,25号証)。

(八) 本件第1手術後,原告の頭痛や頚部痛は消失したが,両肩痛は残り(乙25号証,26号証の7。ただし,乙31号証の19によると,頭重感の訴えがある。),平成8年9月13日から右手指のしびれや右上肢のしびれの訴えがあり(乙31号証の19),同月14日の晩から右上肢の挙上が困難となる症状が現れ(乙26号証の7。なお,乙31号証の20には「左上肢」の挙上困難の記載があるが,他の証拠に照らして「右上肢」の誤記と思われる。),その後も,程度の差はあっても基本的に右手指のしびれや右上肢の挙上困難の症状が継続した(乙31号証の21から31まで)。

(九) F医師は,前記の原告の症状は,前方固定術の合併症として稀にみられる遅発性神経麻痺であると考え,通常は2,3週間で症状が改善するため,経過観察を行っていたが,原告の症状が1ヵ月半たっても改善しないので,神経根部の肉芽組織が増殖し,これによる神経の圧迫により,前記の神経麻痺が改善しないものと判断し,平成8年11月5日にC4/5の椎間孔拡大及び神経根開放術(すなわち本件第2手術)を行った(乙25号証,F証言)。

(十) 原告は,平成9年1月9日にM病院を退院し,以後同病院に通院したが,同年5月8日に症状固定の診断を受けた。原告には,脊柱の変形及び頚椎可動域制限,(腸骨採取に伴う)骨盤骨の変形,術後の右上肢神経根症状に伴う右肩痛,運動制限等の右上肢神経症状の後遺障害が残った。

2  本件交通事故と原告の後遺障害との相当因果関係の存否

(一) この点,被告らは,原告の後遺障害は,原告が素因として有していた変形性頚椎症に対し,手術適応がないにもかかわらず本件第1手術が行われた結果発生したものであるから,本件交通事故と相当因果関係がない旨の主張をし,乙101号証のI医師の意見書(以下「I意見書」という。)がこれに沿う内容となっている。

(二) I意見書によると,外傷(頚髄損傷)の手術適応は,椎体の亜脱臼等により不安定性が認められる場合,又は大きな椎間板ヘルニア,骨棘,後縦靱帯骨化巣等脊髄を圧迫する病変が認められる場合に認められるとされ,変形性頚椎症の手術適応は,神経症状として運動麻痺が認められる場合,又は神経症状が軽度であっても自覚症状が強く,そのために日常生活に著しい障害をきたしている場合で,かつ,(いずれの場合についても)画像所見上,脊髄の圧迫病変が明らかに認められる場合に認められるとされている。そして,本件では,不安定性や脊髄を圧迫する病変が認められないから外傷の手術適応がなく,脊髄の圧迫変形も極めて軽微であるから,変形性頚椎症として手術に踏み切ったことはかなり大胆であったと評価している。ただし,自覚症状が強く,患者への説明が十分になされ,患者も納得した上での手術で,術後は自覚症状が改善したということであればこれを全く否定することもできないが,これは,あくまでも変形性頚椎症に対する矯正であるから,本件第1手術に伴う後遺障害を本件交通事故の加害者の責任とすることは合理性を欠くとしている(以上につき,乙101号証)。

(三) 原告には,本件交通事故以前より,(客観的には)変形性頚椎症の状態があったが,本件で(本件第1手術前に)原告が訴えていたような強い自覚症状があったことを示す証拠がないことから,本件交通事故により発症したものと考えられる。そして,M病院では,平成8年5月24日の入院時から原告に対して3ヵ月程度保存的治療を継続していたが,自覚症状の改善が認められなかったため,同年9月10日に本件第1手術に踏み切ったものである。原告のレントゲン写真等に基づく不安定性の評価や脊髄の圧迫の程度の見方について,F医師とI意見書との間で見解の相違があるが,これらはいずれも撮影の仕方の影響を受けることや判断に主観的要素が入り込むことが避けられないものであり,一概にF医師の判断が誤りであったとすることはできない。また,頚椎椎間板症の手術適応がある場合として,苦痛が強く2,3ヵ月の保存的治療によってもそれが軽快しない場合を挙げている文献もあるところであり(乙102号証),しかも本件第1手術により,原告の頭痛等の自覚症状の軽減が認められることに照らせば,一定期間の保存治療後になされた本件第1手術が手術適応のないものであったと断じることは困難であるといわざるを得ない。

本件における原告の後遺障害はいずれも直接的には本件第1手術に起因するものであることは明らかであるが,以上に述べたとおり,本件交通事故により,原告の変形性頚椎症が発症したと考えられ,これに対する本件第1手術も手術適応がなかったとまで評価できない以上,これに伴う原告の後遺障害が本件交通事故と相当因果関係がないということはできない。

(四) なお,本件第2手術は,本件第1手術に伴い稀に生じる合併症に対するものである(F証言)が,被告らは,この点をとらえて,発生率の低い合併症まで本件交通事故との相当因果関係を認めるべきではない旨の主張をしている。しかしながら,発生率が低いとはいえ,(手術方法自体に誤りがなくても)本件第1手術のような前方固定術に起因して発生しうるものである以上,本件交通事故との相当因果関係自体を否定することは相当でない。

3  素因競合による減額の可否

頚椎捻挫による首の痛みであるなら通常は6週間から8週間程度で症状が軽快する(F証言)にもかかわらず,本件では自覚症状が継続したことに照らすと,既に述べたとおり,原告の症状は,本件交通事故により原告がもともと有していた変形性頚椎症が発症したというべきものである。そして,この点は,入通院の長期化及び本件第1手術の実施についての主要な要因の1つとなっているものである。こうした点に鑑みれば,本件交通事故により原告に発生した損害の全額を被告らに負担させるのは相当ではないというべきであり,民法722条2項を類推して,既払金を控除する前の原告の損害(弁護士費用を除く。)から40パーセントを控除するべきである。

三  損害論

1  治療費 329万7396円

原告は,369万3418円と主張するが,これを認めるに足りる証拠がないので,被告らが治療費として支払ったことを自認する329万7396円の範囲で認める。

2  入院雑費 31万9800円

1日当たり1300円とし,これに入院期間(246日)を乗じた分を認める。

3  休業損害等 665万9261円

(一) 基礎収入について

まず,平成7年の収入(雑収入を除く。)1848万9786円(甲8号証)から経費及び売上原価の合計1827万5896円(甲8号証)を控除した21万3890円が経常利益となる。そして,基礎収入に含めるべき固定費用は,以下のとおり合計627万5071円とする。(なお,以下の(1)から(5)までについては,これを基礎収入に含めることに争いがない。)そうすると,休業損害を計算するにあたっての基礎収入(年収)は,648万8961円となる。

(1) 漁具の減価償却費 140万8149円

(2) 公租公課 10万0300円

(3) 損害保険料 70万2975円

(4) 減価償却費 53万5033円

(5) 地代家賃 2万8325円

(6) 漁船修繕費 168万円

後述するとおり,休業期間としては,平成8年5月7日から平成9年5月8日までとするが,原告のたこ漁の操業期間が1月から10月まで(甲8号証。なお,原告の主張によれば,11月に網入れをし,1ヵ月か1ヵ月半後にこれを引き上げ,この繰り返しが8月まで続くということであるが,甲8号証の「所得税青色申告決算書付表(漁業用)」の操業期間の欄の記載と併せてみれば,網入れとしては,11月から翌年8月ころまでで,網の引き上げが1月から10月ころまでと推測される。)であるところ,原告は平成8年5月から同年12月までは操業していない(争いがない。)から,この期間については,操業している場合に比べて修繕費は低いことが予想される。そこで,原告の主張する額(240万5762円)の約7割の168万円を固定費用として基礎収入に含めることとする。

(7) 利子割引料 124万2585円

甲26号証に示された原告の借入時期,借入金額に照らすと,甲8号証に記載された利子割引料(124万2585円)程度の利払があるものと推認できるのでこれを固定費用として基礎収入に含めることとする。

(8) 車両費

原告は車検費用と主張しているが,これを認めるに足りる証拠はなく,固定費用といえるか否かの判断がつかないので,基礎収入に含めないこととする。

(9) 負担金 40万6524円

この負担金は,出資予約金,経営負担金,栽培漁業基金,ウニ種菌放流,たこ部会費,倉庫代といったもので,その性格上操業の有無にかかわらず徴収されるものであると認められるところ,甲9号証から24号証までの精算書等に照らし,甲8号証に記載された負担金(40万6524円)程度の支払があるものと推認できるので,これを固定費用として基礎収入に含めることとする。

(11) 除却費 6万6000円

甲8号証によれば,これは,クラウン及び軽トラックの廃車により計上されたものであることが認められる。これは少なくとも計数上の費用にすぎないので基礎収入に含めることとする。

(12) 利用料 10万5180円

甲11号証の1,20号証の1及び27号証によれば,これは無線利用料であり,その性格上操業の有無にかかわらず徴収されるものであるとが認められるので,これを固定費用として基礎収入に含めることとする。

(二) 休業期間等

原告は,G丸という漁船でたこ漁及びメヌキ,キンキ漁を行っていた(甲8号証,30号証。なお,平成7年度では,たこ漁とメヌキ等の漁の水揚げは,漁獲高の比率で約95対5,金額の比率で約70対30であり(甲8号証),原告にとってたこ漁が事業の中心である。)。たこ漁の漁期は,前述のとおり,網入れの時期を基準とすれば,11月から翌年8月ころまでである。本件交通事故前まで,原告を漁労長,Hを船長とし,甲板員1名を含めた3名で作業に従事していた(以上につき,甲27号証)。

しかし,本件交通事故により原告は平成8年5月から同年12月まで全く操業できなかった(争いがない)。平成9年1月ころに原告は船に乗り込み,たこ漁を再開したが(もっとも,原告供述によると沖にでたのは同年2月に入ってからとのことである。),原告の代わりに作業を行う者として,これまで主として原告の老齢の両親の世話をするなど主として家事に従事していた原告の妻が船に乗り込んでいる(甲27号証,31号証)。

そして,原告の水揚げは,本件交通事故前の6割程度に回復するに至っている(甲27号証,原告供述)。なお,メヌキ等の漁は再開できていない(甲30号証)。

以上の点に鑑みると,休業期間としては,本件交通事故のあった平成8年5月7日から症状固定日である平成9年5月8日までとすべきである。

ただし,原告の漁業は個人事業であり,休業損害の存否も基本的に事業を単位としてみるべきものであること,平成9年1月ころからたこ漁が再開されていること,水揚げも次第に上がって本件交通事故前の6割程度にまで回復していることからすれば,妻が家事を犠牲にして船に乗り込んで作業を手伝っている点やメヌキ等の漁が再開できていないことを考慮しても,全く操業がなかったものとして休業損害を計算するのは相当ではなく,全休業損害のうち3割程度の収入はあったものとして,これを休業損害に含めないこととする。

(三) 以上の考え方に従って,原告の休業損害を計算すると,以下のとおり456万7161円となる。

(計算式)648万8961円×(1+2/365)×(1-0.3)≒456万7161円

(四) 原告は,本件交通事故前に網入れをしたが,本件交通事故のため第三者に網の回収,整理を依頼し,その報酬として,227万0785円を支払ったと主張している。これに対して,被告は,この種の損害は特別損害であり,予見可能性がない旨主張するが,本件交通事故がたこ漁の操業期間中に起きていることからすれば,特別損害とはいえない。もっとも,原告が当該損害の裏付けとして提出した領収証(甲28号証)は,その合計額が,前記金額を超えるものであり,原告の船の乗組員であったJやHに対する給与も含まれている(甲28号証,30号証)ため,原告の主張する損害との対応関係が不明確な部分がある。また,本件交通事故前に入れた網の回収,整理費用という以上,平成8年5月から同年8月までに要した費用については何とか原告が主張する性質のものと推測できるものの,それ以降の平成8年10月から同年12月に支払われた費用については,現在の証拠関係からは,そのような推測をするのは困難であり,上記損害に含めるのは相当ではない。なお,JやHに対する給与分は,網の回収,整理費用に直接含まれるものではないが,固定経費的な意味合いを持つものと評価する余地もあるのでここでの損害に含めておくこととする。そうすると,網の回収,整理費用等の損害として209万2100円を認めることができる(甲28号証)。

4  後遺障害逸失利益 1857万0228円

(一) 基礎収入について

基本的には,休業損害の基礎収入に準拠することになるが,後遺障害逸失利益を計算する際の基礎収入としては,休業損害の時と異なり,船の修繕費については通常の操業が行われることを前提とすべきであるから原告の主張する240万5762円を収入に組み入れることとする。そうすると,基礎収入は721万4723円となる。

(二) 就労可能期間について

原告の症状固定時の年齢が60歳であることから,平成9年簡易生命表の平均寿命の約半分である10年とする。なお,本件交通事故日と症状固定日が約1年開いていることから,後遺障害逸失利益の本件交通事故日時点での現価を計算するにあたっては,11年のライプニッツ係数(年5パーセント,年金現価型)8.3064から1年のライプニッツ係数0.9523を控除した数値7.3541を用いる。

(三) 労働能力喪失割合について

原告は,漁における原告の中心的な役割を強調し,原告の家族を犠牲にして何とか操業を継続しているにもかかわらず,その分を寄与として賠償額を低く考えることは極めて正義に反するとして,少なくとも後遺障害等級5級の場合の79パーセントの喪失率を認めるべきである旨主張している。しかしながら,休業損害のところで述べたように,本件における原告の労働能力喪失割合は実際に営まれている事業の収入状況と全く切り離すことはできない上,原告の年齢等も考慮すると原告の事業における原告自身の役割が相対的に低下していくことも想像に難くないところである。そして,休業損害のところで指摘した事情もあわせて考えると10年間を通じてみた場合の原告の労働能力喪失割合は35パーセント程度とみるのが相当である。

(四) そうすると,原告の後遺障害による逸失利益は,下記の計算のとおり1857万0228円となる。

(計算式)721万4723円×7.3541×0.35≒1857万0228円

5  慰謝料 1620万円

(一) 入通院慰謝料

本件交通事故の態様,原告の症状,入通院期間に鑑みると,入通院慰謝料としては270万円が相当である。

(二) 後遺障害慰謝料

原告の本件交通事故による後遺障害の程度に鑑みると,後遺障害慰謝料としては1350万円が相当である。

6  争点1に対する判断で述べたとおり,本件では,1から5までの損害の合計額4504万6685円から素因等による減額分として40パーセント分を控除する。そうすると,損害額は,2702万8011円となる。そしてこの額から既払額である2190万0947円を控除すると残額は512万7064円となる。

7  弁護士費用 50万円

本件における訴訟の審理経過及び認容額に照らすと,原告が支払うこととなる弁護士費用のうち本件交通事故と相当因果関係にある損害に含めることができるのは50万円とするのが相当である。

四  結語

以上によれば,本件で認められる原告の損害額は総額で562万7064円になるところ,被告Aはこの2分の1(281万3532円)を,また,被告B及び同Cは各4分の1(140万6766円)ずつを相続したことになる。よって,原告の本訴請求は,被告らに対してそれぞれの相続分の金額及びこれに対する平成8年5月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 飛澤知行)

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