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札幌地方裁判所 平成12年(行ウ)21号 判決 2002年6月28日

原告

被告

札幌東税務署長

五ノ井学

同指定代理人

角井俊文

荒木喜雄

三浦達也

木村邦博

石井清

田中晃二

小森睦雄

主文

1  被告が原告に対して平成10年12月17日付けでした平成9年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  被告が原告に対して平成11年7月5日付けでした平成10年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨

第2事実の概要

本件は、被告が租税特別措置法(平成7年法律第55号による改正前のもの。以下同じ。以下「措置法」という。)41条1項に規定されている住宅の取得等をした場合の所得税額の特別控除(以下「本件控除」という。)を否認し、原告に対してした平成9年分所得税及び平成10年分所得税に係る更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分がいずれも違法な処分であるとして、原告がその取消しを求めた事案である。

1  前提となる事実(すべて争いのない事実である。)

(1)  措置法の規定等

措置法41条1項の本件控除は、居住者が居住用家屋を新築し、又は新築若しくは既存の居住用家屋を取得するなどして、平成2年1月1日から平成6年12月31日までの間にその者の居住の用に供した場合(これらの家屋をその取得等の日から6月以内に居住の用に供した場合に限る。)において、その者が当該住宅の取得等に要する資金に充てるための借入金又は債務の金額を有するときは、当該居住の用に供した日の属する年以後6年間の各年(同日以後その年の12月31日まで引き続きその居住の用に供している年に限る。)のうち、合計所得金額が3000万円以下である年について、その適用が認められる。

措置法施行令26条1項(平成11年3月政令第120号による改正前のもの。以下同じ。)は、措置法41条1項の規定する居住用家屋について、その者がその居住の用に供する家屋を2以上有する場合には、これらの家屋のうち、その者が主としてその居住の用に供すると認められる一の家屋に限るものとする旨規定している。

(2)  原告の生活状況等

ア 原告は、昭和60年4月1日付けで、国家公務員の税務職として札幌国税局に採用された。

原告は、平成3年12月に婚姻した。

イ 原告は、平成6年4月、住宅金融公庫から2740万円の長期借入を行い、札幌市北区北21条西所在の新築分譲マンションの501号室(以下「本件家屋」という。)を約2843万円で購入し、同年5月30日、妻と共に本件家屋に入居した。

原告は、平成8年3月、妻と離婚し、それ以降、本件家屋には、原告と同居する親族等はいなかった。

ウ 原告は、同年7月10日付けで、それまで勤務していたA税務署からB税務署へと転勤を命じられた。

原告は、B税務署への転動に伴い、北海道名寄市東4条北所在の公務員宿舎(C宿舎)(以下「本件宿舎」という。)の貸与を受け、同月20日、本件宿舎の使用を開始した。

原告は、平成9年5月31日付けで、B税務署を依願退職し、同年6月13日、本件宿舎の使用を終了した。

(3)ア  平成9年分所得税に係る処分

原告は、平成10年3月13日、被告に対し、平成9年分所得税について、本件控除(20万8500円)を適用して、納付すべき税額を15万9500円とする確定申告をした。

被告は、平成10年12月17日付けで、原告に対し、本件控除を否認して、納付すべき税額を36万8000円とする平成9年分所得税の更正処分及び2万円の過少申告加算税の賦課決定処分をした(以下併せて「9年分処分」という。)。

原告は、9年分処分を不服として、平成11年2月17日、被告に対し、異議申立てをしたところ、被告は、同年6月10日付けで、異議申立てを棄却する旨の決定をした。

原告は、さらにこれを不服として、同年7月5日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、平成12年6月28日付けで、審査請求を棄却する旨の裁決をした。

イ  平成10年分所得税に係る処分

原告は、平成11年2月16日、被告に対し、平成10年分所得税について、本件控除(18万8700円)を適用して、納付すべき税額を0円とする確定申告をした。

被告は、平成11年7月5日付けで、原告に対し、本件控除を否認して、納付すべき税額を11万9100円とする平成10年分所得税の更正処分及び1万1000円の過少申告加算税の賦課決定処分をした(以下併せて「10年分処分」という。)。

原告は、10年分処分を不服として、平成11年9月2日、被告に対し、異議申立てをしたところ、被告は、同年12月3日付けで、異議申立てを棄却する旨の決定をした。

原告は、さらにこれを不服として、平成12年1月4日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、同年6月28日付けで、審査請求を棄却する旨の裁決をした。

2  争点

原告について本件控除が適用されるか否か

(被告の主張)

(1) 本件控除制度は、昭和47年当時の住宅問題を背景として、持家取得の促進を図るとともに、住宅投資の活発化を通じて沈滞した景気に刺激を与えることが必要であるとの趣旨で創設された、住宅取得者に対する特別な優遇措置である。

そして、措置法41条1項にいう当該家屋を「その者の居住の用に供した場合」とは、居住者が真に居住の意思をもって客観的にもある程度の期間継続して生活の本拠として当該家屋を利用している場合をいうところ、当該家屋が継続して生活の本拠として利用されているか否かは、その者及び社会通念上その者と同居することが通常であると認められる配偶者等の日常生活の状況、当該家屋への入居目的、当該家屋の構造及び設備の状況、その他諸般の事情を総合勘案し、社会通念に照らして客観的に判断されるべきものであり、専ら本件控除の適用を受ける目的で入居したと認められる家屋、仮住まい等一時的な目的で人居したと認められる家屋、主として娯楽や保養の用に供する目的で所有する家屋は、これに該当しないが、他方、転勤、転地療養等の事情のため配偶者等と離れ単身で他に起居している場合で、当該事情が解消したときは当該配偶者等と起居を共にすることとなると認められるとがは、当該配偶者等が居住の用に供している家屋は、その者にとっても居住用財産に該当するというべきである。

なお、被告の主張によれば、転勤者の場合、配偶者等の社会通念上その者と同居することが通常であると認められる者が存在する場合と存在しない場合とで、本件控除の適用に差異が生じ得るごとになるが、本件控除は、特別の優遇措置であるから、転勤者に同居者が存在しない場合のように、転勤後当該家屋の生活の拠点性に明らかな質的変化が生じる場合にまで本件控除を適用することは、措置法41条1項による恩恵の範囲を逸脱するものと解されるから、本件控除を適用することは許されない。

(2) ①原告は、平成8年7月10日付けのA税務署からB税務署への転勤命令を受け入れ、本件宿舎を賃借した上、名寄市へ赴任したこと、②原告は、同月18日付けで、本件宿舎に転居したとして転入の届出を行っていること、③原告は、同月20日に本仲宿舎に入居後、平成9年6月13日に退去するまで引き続き本件宿舎において起居生活し、同年5月31日付けで退職するまでの間、本件宿舎から勤務先であるB税務署に通動していたこと、④原告は、勤務先であるB税務署に対して提出した各種申告書に、自己の住所地として本件宿舎の所在地を記載していること、⑤本件宿舎は、日常生活の用に供することができる構造、規模、設備等を有していること、⑥本件家屋には、平成8年7月20日に原告が本件宿舎に転居して以降、原告と生計を一にする親族が引き続き居住していた事実がないこと等に照らすと、B税務署への転勤以降において、原告が生活の本拠としていだのは、本件家屋ではなく、本件宿舎であることは明らかであって、本件家屋は、原告が土日祝日等の休日に余暇を楽しむ等の理由から一時的に利用に供していた家屋にすぎない。

したがって、原告は、本件家屋を居住の用に供した日以後、平成8年12月31日まで引き続きその居住の用に供していたとは認められないから、平成9年分所得税及び平成10年分所得税について、本件控除を適用することはできない。

なお、措置法施行令26条1項が規定する、居住の用に供する家屋を2以上有する場合とは、第1に、遠隔地に転勤になった納税者が、転勤先で単身赴任するために取得して居住している家屋と当該納税者の妻子が現に居住している家屋の両方を所有している場合、第2に、当該納税者及び納税者と生計を一にする家族が居住用の家屋として使用するには1棟の家屋のみでは足りず、2棟以上の家屋を併せて居住用家屋として使用している場合が考えられるところ、原告の場合、居住の用に供する家屋が複数存するとは認められないから、措置法施行令26条1項ないしこの趣旨を類推し、本件控除を適用することはできない。

(3) これに対し、原告は、本件宿舎には簡易な身の回りの物しか携行していなかった旨主張する。しかし、原告が1週間のうち4、5日は本件宿舎で起居し、本件宿舎から勤務先であるB税務署に動務していたこと、極寒の地である名寄市において無事に一冬を越していることからすれば、原告は、客観的には生活の拠点とみるに足りる最低限の生活用品等を本件宿舎で使用していたものと推認される。

また、原告は、土日祝日等には本件家屋に戻り、同所で起居していた旨主張する。しかし、原告の年齢、職歴、社会的地位等に照らすと、その生活の中心は、あくまで税務署職員としての社会的地位を中心に考えるべきであるところ、B税務署に勤務している限り、原告が継統して本件家屋において生活することは物理的に不可能であるから、本件家屋は、余暇を楽しむ場所にすぎないというべきである。

さらに、原告は、電気、ガス、水道、電話等の使用量ないし料金が、本件宿舎よりも本件家屋の方が多かった旨主張する。しかし、①本件家屋の方が家財等の数が多かったこと、②原告は、本件家屋において余暇を楽しんでいたのに対し、日中は勤務のため本件宿舎を留守にしていたことに照らせば、本件宿舎よりも本件家屋の方が光熱費が多くかかるのは、当然である。

(4) よって、被告が本件控除を否認して行った9年分処分及び10年分処分は、いずれも適法である。

(原告の主張)

(1) 措置法41条1項にいう当該家量を「その者の居住の用に供した場合」とは、居住者が主観的に居住の意思を持ち、かつ、客観的にも生活の本拠として相当の期間継続して当該家屋を利用している場合をいい、これを判断するにあたっては、入居目的、当該家屋の構造、規模及び設備の状況、日常生活の状況、その他の事情を総合勘案すべきである。

(2) B税務署に転勤後も本件家屋を居住の用に供していたといえること

ア 本件家屋への入居目的

原告は、引っ越しに対する抵抗感があったこと、公務員宿舎において公務員と顔をつき合わせることに辟易していたことなどから、永住する意思に基づき、生活の基本、拠点を構築すべく、安住の地として本件家屋を取得し、本件家屋に入居した。

イ 本件家屋の構造、規模及び設備の状況

本件家屋は、平成6年4月に新築された鉄筋コンクリート造陸屋根の6階建分譲マンションの5階に位置し、専有部分の床面積は、77.55平方メートルであり、3LDKの仕様で、システムキッチン、シャワー付きバス、灯油式FFストーブ、各種収納等が完備され、タンス、ベッド、テレビ、机、洗濯機、冷蔵庫、書棚、オーディオ製品、電話機、耐火金庫等が設置されている。

ウ 原告の本件家屋における日常生活の状況

原告は、B税務署に転勤後も、金曜日の勤務時間終了後に本件家屋に直行し、土曜日及び日曜日を本件家屋で過ごし、月曜日の朝に本件家屋からB税務署に直行していた。また、原告は、貴重品や重要な契約書類等を本件家屋の耐火金庫に保管し、郵便物を本件家屋において受け取り、本件家屋の所在地の町内会に所属し、マンション管理組合の総会にも参加していた。さらに、原告は、生命保険及び損害保険の契約者の現住所、社会保険庁からの基礎年金番号通知書の登録住所、自動車検査証の登録住所並びに自動車の保管場所通知書の保管場所を、いずれも本件家屋としていた。

(3) 本件宿舎を居住の用に供していたとはいえないこと

ア 居住の意思がなかったこと

当該家屋を居住の用に供したといえるためには、主観的に定住ないし永住の意思が必要であるところ、原告は、本件宿舎の利用を開始した際、1年以内にB税務署を退職する意思を有しており、定住ないし永住の意思はなかった。

イ 本件宿舎の構造、規模及び設備の状況

本件宿舎は、社会通念上日常生活の用に供することができないほど老朽化し、構造、設備の状況は、劣悪であった。原告は、本件宿舎に大型の家電製品を持ち込まず、簡易な身の回り品しか携行しなかった。本件宿舎には、電話機が設置されていなかった。本件宿舎の風呂場は、シャワー設備がないなど陳腐な造作であったため、原告は、銭湯を利用し、本件宿舎の風呂場を利用することはなかった。原告は、冬期には赤外線こたつ及び可動式灯油ストーブで暖を取っていたにすぎなかった。

ウ 原告の本件宿舎における日常生活の状況

原告は、平日公務に服するために、その間の一時的な滞在場所として、ホテル等を利用する代わりに本件宿舎を利用していたにすぎなかった。原告は、月曜日の勤務終了後の夜に本件宿舎に投宿し、翌火曜日の朝まで利用し、以後金曜日の朝まで同様に本件宿舎を利用したが、金曜日の勤務終了後は本件家屋に直行したため、週末は本件宿舎を利用しなかった。原告は、食事をほとんど外食で済ませ、新聞を購読せず、本件宿舎の所在地の町内会にも所属していなかった。このように、原告の本件宿舎における生活の状況は、生活の本拠というにふさわしいものであるとは到底いえない。

(4) 各種公共料金等の比較

本件家屋及び本件宿舎における電気、ガス、水道、電話等の使用量ないし料金を比較すると、本件家屋の方が多く、灯油の使用量はほぼ桔抗しており、この事実は、原告が本件家屋を生活の本拠としていたことを客観的に裏付けるものである。

(5) これに対し、被告は、原告が平成8年7月18日付けで本件宿舎に転居したとして転入の届出を行ったことを根拠として、B税務署への転勤以降は本件家屋を居住の用に供していたとは認められない旨主張する。しかし、住民票の住所は、形式的な事実にすぎず、実質的な住所と必ずしも一致するとは限らないから、これを重要視することはできない。原告が、同日付けで転入の届出を行ったのは、赴任旅費及び着任手当等を受領するために届出が必要であったからにすぎない。なお、原告は、同年11月1日、住民票の住所を本件家屋の所在地へと移したが、その後、勤務先から、住民票の住所を本件宿舎の所在地へと移すよう指導を受けたことなどから、平成9年3月31日、住民票の住所を再度本件宿舎の所在地へと移した。

また、被告は、原告の生活の中心は、あくまで税務署職員としての社会的地位を中心に考えるべきである旨主張する。しかし、これは、「公務員のあるべき論」ともいうべき合理性のない固定観念に基づくものであり、また、原告には、不動産所得という他に生計を立てることのできる経済的利益があるから、被告の上記主張は、失当である。

さらに、被告は、原告がB税務署に対して提出した各種申告書に住所地として本件宿舎の所在地を記載していることを理由に、本件宿舎が生活の本拠であると主張するが、上記申告書は、いずれも原告にとって必要性が乏しく、意味のないものであるから、上記申告書に本件宿舎の所在地を記載したとしても、これが原告の主観的定住意思を反映しているとはいえない。

(6) よって、被告が本件控除を否認して行った9年分処分及び10年分処分は、いずれも法律の解釈を誤った違法な処分であるから、取り消されるべきである。

第3争点に対する判断

1(1)  本件控除は、昭和47年当時の緊要性の高い住宅問題を背景として、持家取得の促進を図ることによりその解決に資するとともに、住宅投資の活発化を通じて沈滞した景気に刺激を与えることが必要であるとして創設された制度である(乙15、16)。

そして、措置法41条1項にいう「居住の用に供した」とは、その者が真に居住の意思をもって客観的にもある程度の斯間継続して生活の拠点としてその家屋を利用したことをいうと解するのが相当であり、この判断は、その者及び社会通念上その者と同居することが通常であると認められる配偶者等の日常生活の状況、その家屋への入居目的、その家屋の構造及び設備の状況、その他の事情を総合的に考慮し、社会通念に照らして行うべきであって、専ら本件控除の適用を受ける目的で入居したと認められる家屋、その居住の用に供する家屋の新築、改築期間中だけの仮住まいである家屋その他一時的な目的で入居したと認められる家屋、主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で所有する家屋等は、「居住の用に供した」家屋には該当しないというべきである。

(2)  ところで、措置法41条8項、措置法施行規則18条の21第12項1号ハによれば、新築家屋について本件控除を受ける場合に添付すべき資料として、その者の住民票が掲げられている。これは、住民基本台帳法22条、51条において、転入をした者は、その届出をすべきことが罰則をもって定められ、また、各種申請や届出の際の添付資料として住民票が広く用いられていることもあって、その記載の正確性は相当程度に高いものと認識されていることから、住所及びこれを移転した場合の証明として住民票の記載をもって行うことが一般的であり、かつ、容易にこれを行うことができるものとして、本件控除を受けようとする者の居住の事実の証明資料として住民票の添付を求めたものと解される(ただし、やむを得ない事情のある場合にはその添付を要しないこととされていることにつき、措置法41条9項参照。)。

後記の認定事実によれば、原告は、札幌市内に所在する本件家屋に単身居住して、A税務署に勤務していたところ、札幌市から約220キロメートル離れた名寄市内に所在するB税務署への転勤に伴い、本件家屋の所在する札幌市からの転出届出をし、本件宿舎の所在する名寄市に転入届出をして、本件宿舎に入居し、本件宿舎から勤務先に出勤していたものである。このように、原告のした転出転入の届出は実態を伴うものというべきであるから、特別の事情がなければ、原告は、住民票の記載のとおり、平成8年7月、本件家屋の所在する札幌市から転出し、本件宿舎のある名寄市に転入することにより、その生活の拠点を本件家屋から本件宿舎に移転し、したがって、以後本件家量を居住の用には供していなかったと推認するのが相当と解される。そこで、その点に係る特別の事情の有無について、以下検討することとする。

なお、措置法施行令26条1項の規定に照らすと、本件控除に係る法令の規定自体が、1人の納税者について複数の居住用家屋を有する場合のあることを想定していることは明らかであるから、原告が入居した本件宿舎を居住の用に供していたとしても、そのことから当然に原告が本件家屋を居住の用に供していなかったことを示すわけではないことに留意すべきである。そして、原告は、本件家屋を新たに取得した者ではなく、従前からここに居住して、これを居住の用に供していた者なのであるから、結局、その転勤に伴う移動により、本件家屋を居住の用に供しなくなったといえるかどうかを検討すべきこととなる。

2  前記前提となる事実に加え、後掲各証拠によれば、以下の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1)  原告の転勤前の生活状況等

ア 本件家屋への入居

原告は、平成6年4月、本件家屋(新築マンション)を購人し、同年5月30日、妻と共に本件家屋に入居し(前記前提となる事実)、同日付けで、本件家屋に転居したとして札幌市北区長に転居の届出を行った(甲23の1)。原告は、当時、A税務署に勤務しており、本件家屋に入居後は、本件家屋から同税務署に通勤していた(原告本人)。

イ 本件家屋の構造及び設備の状況等

本件家屋は、鉄筋コンクリート造陸屋根地上6階建の共同住宅(分譲マンション)の5階に位置する501号室である(甲9、11)。共同住宅の共用部分には、駐車場、エレベーター設備、ポーチ、バルコニー、テラス、オイル中継タンク室、共同視聴用テレビアンテナ、衛星放送受信用パラボラアンテナ等が設置されている(甲9、20)。本件家屋の床面積は、77.55平方メートル(登記簿上は71.53平方メートル)であり、間取りは、リビング・ダイニングルーム、キッチン、洋室2部屋、和室1部屋、トイレ、ユニットバス、洗面所等からなる3LDKの仕様である(甲9、11、19、21の2、甲22、乙4)。また、本件家屋には、灯油式FFストーブ、シャワー設備等が設置されていた(原告本人)。

原告は、本件家屋に入居する際、本件家屋内に、タンス、鏡台、ベッド、サイドボード、テレビ、ビデオデッキ、勉強机、洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ、食器棚、書棚、食卓、ソファー、オーディオ製品、電話機等の家財道具を備え付けた(甲12の3、14の3、4、甲84、乙4、原告本人)。

ウ 原告の離婚

原告は、平成8年3月、妻と離婚し、それ以降、本件家屋には、原告と同居する者はいなかった(前記前提となる事実)。

(2)  原告の転勤後の生活状況等

ア B税務署への転勤及び本件宿舎の貸与

原告は、平成8年7月10日付けで、それまで勤務していたA税務署からB税務署へと転勤を命じられた(前記前提となる事実)。原告は、勤務地についての希望に反してB税務署への転勤を命じられたことなどから、このころ、税務署を退職しようと考え始めた(原告本人)。

原告は、札幌市から名寄市までの距離(約220キロメートル)等からして本件家屋からB税務署に通勤することが困難であると考え、同日付けで、B税務署長に対し、本件宿舎の貸与を申請し、同月18日、B税務署長から本件宿舎の貸与の承認を受け(乙4、14、原告本人)、同日付けで、本件家屋から本件宿舎へ住所を移転したとして、名寄市長に転入の届出をし(甲23の1、乙4)、同月20日から、本件宿舎の使用を開始した(前記前提となる事実)。

イ 本件宿舎の構造及び設備の状況等

本件宿舎は、床面積が50.82平方メートル、賃料が駐車場も含めて月額5708円ないし5713円であり、間取りは、6畳の和室2部屋、4畳半の和室1部屋、台所、風呂場、トイレというものであった(甲47の1、2、乙14、原告本人)。

原告は、本件宿舎を使用するにあたり、布団1組、洗面用具、小型のサイドボード、やかん、食器、赤外線こたつ、机、湯沸し器、衣類等を本件宿舎に搬入したが、その他の家財道具は、本件家屋に置いたままにしていた。本件宿舎には暖房設備がなく、原告は、可動式灯油ストーブを本件宿舎に搬入して暖を取っていた。また、原告は、本件宿舎に電話を移設することをせず、本件宿舎の風呂場にシャワーが設置されていなかったことなどから、本件宿舎の風呂場を利用することもせず、銭湯を利用していた(乙4、原告本人)。

ウ 原告の生活状況等

原告は、月曜日から木曜日までは、午後6時ころ、B税務署での勤務を終えて本件宿舎に入り、着替えをして本件宿舎を出て銭湯に行き、銭湯において入浴をしたり夕食をとったりし、午後10時過ぎないし11時ころ、本件宿舎に戻り、本件宿舎で就寝し、翌日午前6時ないし7時ころに起き、身支度をして、午前8時ころ、本件宿舎からB税務署に出勤していた。また、原告は、2月ないし3月の税務繁忙期において、仕事関係の書類等を本件宿舎に持ち込み、翌日の仕事の準備をすることが時折あった。原告は、本件宿舎において食事をとることはほとんどなく、本件宿舎で湯を沸かし、インスタント食品を食べることが時折ある程度であった(乙4、原告本人)。

原告は、毎週、金曜日の勤務を終えると、そのまま自動車で札幌の本件家屋に向かい、夏期は午後8時30分ころ、冬期は午後10時ころ、本件家屋に入り、金曜日から日曜日までは、本件家屋で寝食し、本件家屋において不動産賃貸収入の会計帳簿を作成したり、1週間分の洗濯をしたり、録画しておいたビデオを見たり、知人を招いたりして過ごし、月曜日の早朝に本件家屋を出て、衣類等を携行して自動車で名寄に向かい、そのままB税務署に出勤していた。また、原告は、正月休み等の長期の休暇を本件家屋で過ごしていた(乙4、原告本人)。

エ 公共料金の支払状況等

B税務署への転勤後における原告の本件家屋及び本件宿舎における電気、ガス、水道の使用状況を比較すると、別紙1記載のとおりである。また、平成8年7月から平成9年5月までの間、原告は、本件家屋において合計約233リットルの灯油を消費し、本件宿舎において合計約239.9リットルの灯油を消費した。そして、原告の本件家屋における電話の利用状況は、別紙2記載のとおりである。さらに、原告は、B税務署に勤務中も、本件家屋において、D及びEを受信し、その受信料を支払い続けていた(甲48ないし68、乙4)。原告は、本件家屋に入居した時から、本件家屋の所在地の幌北第10町内会に所属し、B税務署に転動後も、マンション管理組合を通じ、1か月当たり200円の町内会費の支払を続けていた(甲45、46の1、2)。

また、原告は、取引銀行に対する住所変更の手続や、自動車検査証、自動車運転免許証のほか、本件家屋に係る公共料金等の口座振替通知等の住所変更手続も行わず、しかも、郵便物の転送の届出をしなかったので、原告あての郵便物の大部分は本件家屋に配達された(甲34の1ないし35、甲35、43、44、53の1ないし7、甲55の1ないし10、甲61、65、乙4、原告本人)。

オ 各種書類の住所欄への記載

原告は、B税務署に転勤後、平成8年分給与所得者の扶養控除等申告書の住居所欄を、本件家屋の所在地から本件宿舎の所在地へと訂正し、平成8年11月7日にB税務署に提出した平成8年分給与所得者の保険料控除申告書の住居所欄に、本件宿舎の所在地を記入した(乙12、13)。

他方、原告は、B税務署に勤務中も、F株式会社に対する自動車保険の申込書、G相互会社に対する生命保険の申込書、H相互会社に対する生命保険の申込書及び株式会社I銀行に対するローン申込書の各住所欄に、いずれも本件家屋の所在地を記入した(甲30、31、36、41)。

カ その後の住民票の住所の変更

原告は、同年11月1日付けで、銀行から借入れを行う上で、住民票の住所及び印鑑登録を札幌市に変更した方が便利であるという理由から、本件宿舎から本件家屋へと住民票の住所を変更したが、平成9年3月31日付けで、名寄市役所を通じてB税務署から、札幌市に住民票の住所があることはおかしい旨の指摘を受けたため、本件家屋から本件宿舎へと再度住民票の住所を変更した(甲23の1、乙4、原告本人)。

(3)  原告の退職

原告は、同年5月31日付けで、B税務署を依願退職し(前記前提となる事実)、同年6月3日付けで、本件宿舎から本件家屋へと住民票の住所を変更し(甲23の1)、同月13日、本件宿舎の使用を終了し(前記前提となる事実)、以後、平成11年10月に本件家屋の居室部分を他人に賃貸するまで、本件家屋において生活し、平成10年4月には、本件家屋において個人事務所を開業した(原告本人)。

3  上記認定の事実、とりわけ、①原告は、平成6年5月30日から、B税務署への転勤を命じられた平成8年7月まで、生活の本拠地として、それにふさわしい設備、構造を備えた新築マンションである本件家屋を当初は妻と2人で、途中からは単身で居住の用に供してきたこと、②原告は、本件家屋から転勤先のB税務署に通勤することが困難であったため、本件宿舎の貸与を受けてその使用を開始したものの、大型の家財道具の大部分を本件家屋内に置いたままにし、毎日の生活に必要な最小限の身の回りの品だけを本件宿舎に運び入れており、B税務署に転勤後も、本件家屋の構造、規模及び設備の状況は、生活の拠点という観点に立っても、本件宿舎とは比べものにならないほど充実していたこと、③原告は、毎週、金曜日の勤務が終了すると、本件宿舎に戻ることなく、そのまま本件家屋に戻り、以後月曜日の朝本件宿舎に立ち寄ることなく出勤するまで、本件家屋において寝食し、長期の休暇中も、本件家屋において生活していたこと、④B税務署に在勤中も本件家屋における電気及び水道の使用量及び料金は、本件宿舎におけるそれを大幅に上回っており、本件家屋におけるガスの料金及び灯油の消費量は、本件宿舎とほぼ同程度であったこと、⑤原告は、B税務署に転勤後も、取引銀行ないし郵便局等に対する住所変更手続や電話の移設を行わず、また、B税務署に提出した書類を別として、各種書類の住所欄に本件家屋の所在地を記入しており、職場での執務関係事項及び住民票に係る事項を除けば、その生活に関わる情報は、従前どおり、すべて本件家屋に集約されるよう手配していたこと、⑥原告は、B税務署に転動後も、本件宿舎には電話機を設置せず、かえって、本件家屋に係る電話料金、テレビの受信料及び町内会費を支払い続けたこと、⑦原告は、B税務署を退職した後、平成11年10月まで本件家屋を居住の用に供していたこと、これらの事情を総合的に考慮すれば、原告は、B税務署に転勤を命じられ、本件宿舎の貸与を受けてその使用を開始した後も、従前に引き続いて、なお本件家屋を居住の用に供していたと認めるべき特別の事情があると判断するのが相当である。そして、原告において、本件家屋を取得して居住の用に供した後に、自らの意思には沿わない転勤命令により、その執務の都合上、本件宿舎の貸与を受けて平日は本件家屋を利用せず、専ら週末の生活のみに使用することしかできなくなったという事情からすれば、上記認定は、前記1で認定した本件控除の立法趣旨に何ら反するものではないと解される。

4  これに対し、被告は、原告が、平成8年7月20日に本件宿舎に入居後、平成9年6月13日に退去するまで引き続き本件宿舎において起居生活し、同年5月31日付けで退職するまでの間、本件宿舎から動務先であるB税務署に通勤していたこと、本件宿舎が、日常生活の用に供することのできる構造、規模、設備等を有していることからすれば、本件宿舎は、平成8年7月20日から平成9年5月31日までの間、原告が居住の用に供した家屋であった旨主張する。しかし、措置法自体が、居住の用に供する家屋が複数存在し、それらの間に主従の関係がある場合を予定しており、そのうちの従たるものも「居住の用に供する家屋」となることを認めていると考えられること(前記措置法施行令26条1項参照)からすれば、原告が本件宿舎を居住の用に供したことから直ちに、本件家屋について居住の用に供した家屋であることが否定されるべきこととなるものではない。そして、上記認定の本件家屋の使用状況等に照らせば、被告の主張に係る事実があるからといって、原告が本件家屋をも居住の用に供したものと認定することの妨げとなるものではない。

被告は、措置法施行令26条1項が規定する、居住の用に供する家屋を2以上有する場合として、遠隔地に転動になった納税者が、転勤先で単身赴任をするために取得して居住している家屋と当該納税者の妻子が現に居住している家屋の両方を所有している場合並びに当該納税者及び納税者と生計を一にする家族が居住用の家屋として使用するには1棟の家屋のみでは足りず、2棟以上の家屋を併せて居住用家屋として使用している場合が考えられるとして、原告の場合にはこれらには該当しないから、居住の用に供する家屋が複数存するとは認められない旨主張する。しかし、措置法施行令26条1項が規定する、居住の用に供する家屋を2以上有する場合を、被告の挙げる2つの場合ないしそれに類する場合に限定し、原告のように、遠隔地への転動のため、1つを主に平日の勤務に資するための起居の用に供し、他の1つを主に週末及び長期休暇の際の日常生活の用に供するべく転勤前とほぼ同様の設備の下で使用するような場合を排除すべき法的根拠は存在せず、また、本件控除の立法趣旨に照らしても、このような場合を制限すべきであるなどとは解し難いというべきである。

もともと措置法施行令26条1項は、居住の用に供する家屋が複数存在し得ることを前提に、単に本件控除の対象となる家屋を1つに限定すること、逆に言えば、複数の家屋について共に本件控除の対象となるものではないことを規定しているにすぎないのであるが、本件宿舎は原告の所有に属するものではないから、原告の「有する」居住用家屋は本件家屋のみであり、本件家屋が本件控除の対象となるか否かは、本件家屋が「居住の用に供した家屋」であると認められるか否かのみによるのであって、被告が例示するような家屋に該当するか否かによるものではない。被告の上記主張は、採用することができない。

また、被告は、原告の年齢、職歴、社会的地位等に照らすと、その生活の中心は、税務署職員としての社会的地位を中心に考えるべきであるとして、本件家屋は、原告が余暇を楽しむ場所にすぎない旨主張する。

しかし、①原告は、B税務署への転勤命令により、税務署を退職しようと考え始め、その後1年も経過しないうちに税務署を退職していること、②原告には、税務署に在勤中も不動産賃貸による相当額の所得があったこと(原告本人)に照らせば、原告の生活の拠点の所在を判断するにあたって職業である税務署職員としての社会的地位を中心に考えるべきであるとまでは断じ難いというべきであるし、本件宿舎を居住の用に供したことと、本件家屋もまた居住の用に供したこととは必ずしも矛盾抵触するものではないと解されることは上記のとおりである。上記3で認定した原告の本件家屋における生活状況、本件家屋の構造及び設備の状況等、とりわけ、原告がかねてから本件家屋を唯一の生活の拠点として利用していたところ、転勤のためその生活用品のごく一部を本件宿舎に移してそこで平日は起居していたとはいえ、原告の日常生活設備の大部分がある本件家屋において、現代生活に不可欠ともいうべき生活情報を集約し、毎週末には必ずそこに戻って起居し、生活の拠点という名にふさわしい生活を送っていた状況に照らせば、本件家屋が原告にとって余暇を楽しむ場所にすぎなかったなどとは到底解し難いのであって、被告の上記主張は、採用することができない。

さらに、被告は、原告が、B税務署に転勤後、本件宿舎に転居したとして転入の届出を行ったことのほか、B税務署に対して提出した各種申告書に、自己の住所地として本件宿舎の所在地を記載したことを根拠に、B税務署に転勤後の原告の生活の本拠は、本件家屋ではなく本件宿舎である旨主張する。

しかし、住民票の住所の所在は、前記のとおり、生活の本拠の所在を判断する有力な要素ではあるものの、絶対的な要素ではなく、赴任旅費及び着任手当等の支給を受けるために形式的に転入の届出をしたにすぎないとの原告本人の供述も、首肯し得ないものではない上、原告がその後平成8年11月1日付けで本件宿舎から本件家屋へと住民票の住所を移転していることからすれば、住民票の住所の移転が原告の居住意思の現れであると認めるのは困難であること、また、原告は、B税務署に転勤後も、税務署に提出した上記申告書以外の各種書類の住所欄には、本件家屋の所在地を記入していたことに照らせば、住民票の住所を本件宿舎へと移転したことのほか、上記申告書に住所地として本件宿舎の所在地を記載したことは、B税務署に転勤後も原告が引き続き本件家屋を居住の用に供していたとの上記認定を左右するものではない。

5  以上によれば、被告が本件控除を否認し、原告に対して行った平成9年分所得税及び平成10年分所得税に係る各更正処分は、いずれも違法であり、上記各更正処分が適法であることを前提として行われた平成9年分所得税及び平成10年分所得税に係る各過少申告加算税の賦課決定処分もまたいずれも違法であり、これらの処分の取消しを求める本件各請求は、いずれも理由がある。よって、原告の本件各請求を認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤陽一 裁判官 寺西和史 裁判官 坂田大吾)

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