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札幌地方裁判所 平成12年(行ウ)29号 判決 2007年1月19日

主文

1  原告Bの本件訴えを却下する。

2  原告Cの本件訴えのうち,(1)被告Dに対する訴え並びに(2)被告E及び被告Fに対する別紙3(工事一覧表)記載の番号1ないし6に係る部分の訴えを却下する。

3  被告G株式会社は,北海道に対し,1927万4377円及びこれに対する平成13年1月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告H株式会社は,北海道に対し,1996万0185円及びこれに対する平成13年1月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  原告Cのその余の請求をいずれも棄却する。

6  訴訟費用のうち,原告Bと被告らとの間に生じたものは,原告Bの負担とし,原告Cと被告E,被告I,被告J,被告D及び被告Fとの間に生じたものは,原告Cの負担とし,原告Cと被告G株式会社との間に生じたものは,これを2分し,その1を原告Cの,その余を被告G株式会社の負担とし,原告Cと被告H株式会社との間に生じたものは,これを2分し,その1を原告Cの,その余を被告H株式会社の負担とし,参加により生じた費用は,原告らの負担とする。

7  この判決は,第3項及び第4項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  原告らの請求

(1)  被告G株式会社(以下「G会社」という。),被告E,被告J及び被告Fは,北海道に対し,連帯して,3854万8755円及びこれに対する被告Gは平成13年1月18日から,被告Eは同月20日から,被告J及び被告Fは同月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被告H株式会社(以下「被告H」という。),被告E,被告J及び被告Fは,北海道に対し,連帯して,3338万8110円及びこれに対する被告Hは平成13年1月18日から,被告Eは同月20日から,被告J及び被告Fは同月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被告H,被告E,被告I及び被告Dは,北海道に対し,連帯して,653万2260円及びこれに対する被告Hは平成13年1月18日から,被告Eは同月20日から,被告I及び被告Dは同月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  仮執行宣言

2  被告E,被告I,被告J,被告D及び被告F(以下,これらの被告らを併せて「被告Eら」という。)の答弁

(1)  本案前の答弁

原告Bの本件訴えをいずれも却下する。

(2)  本案の答弁

ア 原告らの被告Eらに対する請求をいずれも棄却する。

イ 担保を条件とする仮執行免脱宣言

3  被告Gの答弁

(1)  本案前の答弁

原告らの被告Gに対する本件訴えをいずれも却下する。

(2)  本案の答弁

原告らの被告Gに対する請求をいずれも棄却する。

4  被告Hの答弁

(1)  本案前の答弁

原告らの被告Hに対する本件訴えをいずれも却下する。

(2)  本案の答弁

原告らの被告Hに対する請求をいずれも棄却する。

第2事案の概要

本件は,北海道の住民である原告らが,北海道A支庁(以下「A支庁」という。なお,北海道の本庁及び支庁は,単に「本庁」及び「支庁」という。)における農業土木工事において談合が行われていたとして,同工事の受注をした会社と同工事の請負契約締結当時の北海道知事,北海道A支庁長及び北海道農政部長(以下,順に「知事」,「A支庁長」及び「農政部長」という。)に対し,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,北海道に代位して,損害の賠償を求めた事案である。

1  前提となる事実

争いのない事実並びに後掲証拠(なお,書証番号については,枝番のあるものは枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。

(1)  当事者

ア 原告ら

原告らは,いずれも北海道に住所を有する住民である。

イ 被告両会社

被告Gは,土木,建築等を業とする,Q市に本店を有する株式会社である。

被告H(以下,被告Gと併せて「被告両会社」ということがある。)は,土木工事及び建築工事の設計,施工,監理等を業とする,Q市に本店を有する株式会社である。

ウ 被告Eら

被告Eは,平成7年4月から平成15年4月まで,北海道知事の職にあった者である。

被告Iは,平成9年6月から平成11年5月まで,被告Jは,平成11年5月から平成12年4月まで,それぞれ農政部長の職にあった者である。

被告Dは,平成9年6月から平成11年5月まで,被告Fは,平成11年5月から平成12年3月まで,それぞれA支庁長の職にあった者である。

(甲136ないし140,乙ハ1,2)

(2)  公正取引委員会の勧告

公正取引委員会は,平成12年5月15日,被告両会社を含む建設業者203名が,共同して,A支庁が指名競争入札等の方法により発注する農業農村整備事業に係る農業土木工事(以下,単に「農業土木工事」という。)について,受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにすることにより,公共の利益に反し,同農業土木工事の取引分野における競争を実質的に制限した事実が認められたとして,上記203名に対し,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)3条(不当な取引制限の禁止)に違反するとして,勧告(以下「本件勧告」という。)をした。(甲4,5,乙イ3,4)

(3)  監査請求等

ア 第1監査請求等

(ア) 原告Bは,平成12年2月22日,北海道監査委員(以下「監査委員」という。)に対し,別紙1(第1監査請求の請求書)を提出し,①今後違法な官製談合による違法契約が行われないよう,条例や規則による徹底した防止統制措置を講じること,②平成10年度及び平成11年度における北海道の農業土木工事に関する指名競争入札につき,落札率99パーセント以上で契約した金額の1パーセント相当(推定10億円)について,損害の補填を講じるよう求める監査請求(以下「第1監査請求」という。)をした。(甲1)

(イ) 監査委員は,第1監査請求を受け,北海道の農政部及び各支庁(以下,単に「農政部」及び「各支庁」ということがある。)に対する事情聴取等をした。(甲2)

(ウ) 監査委員は,平成12年4月19日付けで,原告Bに対し,再発防止のために必要な措置を講ずるよう知事に対して勧告する旨及びその余の請求を棄却する旨の監査結果を通知した。(甲2)

(エ) 監査委員は,平成12年7月6日付けで,原告Bに対し,上記勧告に係る北海道知事の措置について通知した。

イ 第2監査請求等

(ア) 原告B及び原告Cは,平成12年9月12日,監査委員に対し,別紙2(第2監査請求の請求書)を提出し,①被告両会社が平成11年度に落札したA支庁管内の農業土木工事12件につき,同工事の予定価格の10パーセント相当額8267万円を道庁幹部,政治家及び被告両会社に補填させること,②官製談合の徹底した全容解明と公表を北海道にさせることを求める監査請求(以下「第2監査請求」という。)をした。

(甲6)

(イ) 監査委員は,上記12件の工事のうち,別紙3(工事一覧表)記載の10件の工事(以下,これらの工事を併せて「本件工事」といい,個別には同表の番号に従って「本件工事1」ないし「本件工事10」という。また,「本件工事」という場合,被告Gについては本件工事4,7ないし9を指し,被告Hについては本件工事1ないし3,5,6,10を指すことがある。)を監査の対象とした上,平成12年11月17日付けで,原告Bの第2監査請求を却下し,原告Cの監査請求につき,第1監査請求に係る監査結果をもって監査結果とする旨の監査結果を通知した。(甲7)

ウ 本件訴えの提起

原告らは,平成12年12月14日,本件訴えを提起した。

2  争点及び主張

(1)  本案前の主張

(被告Gの主張)

ア 原告Bの訴えについて

原告Bの訴えについては,後記被告Eらの主張と同旨である。

なお,原告Bの第2監査請求は,第1監査請求における対象の工事の範囲を限定し,損害算定の根拠を変更したにすぎず,両監査請求は同一の監査請求である。

イ 原告Cの訴えについて

(ア)a 第2監査請求は,平成12年9月12日にされたが,法242条2項が定める監査請求期間(以下,この監査請求期間を「制限期間」,同項本文を「本件規定」,これによる監査請求の制限を「期間制限」ということがある。)の起算点は工事請負契約の日であるから,本件工事4の契約については制限期間を経過している。また,第2監査請求は,本件工事4,7,8の各入札執行日から1年を経過しており,制限期間を経過している。本件工事9についても,財務会計上の行為の捉え方によっては,制限期間を経過している。

b 同項ただし書の「正当な理由」は,第1監査請求の監査結果が平成12年4月19日に出ていたこと,本件勧告が同年5月15日に出ていたこと,マスコミ報道がされたこと等からして,存在しない。

(イ) 原告らは,最高裁判所第3小法廷平成14年7月2日判決・民集56巻6号1049頁(以下「平成14年7月2日判決」という。)に基づく主張をする。しかし,同判決からすれば,都道府県の契約締結やその代金額の決定が財務会計法規に違反する違法なものであったとされて初めて都道府県の損害賠償請求権が発生し,当該監査請求が都道府県の契約を対象とする監査請求を含むものとみざるを得ない場合には,最高裁判所第2小法廷昭和62年2月20日判決・民集41巻1号122頁(以下「昭和62年2月20日判決」という。)の原則に立ち戻るべきであり,原告らが発注側の北海道職員に対する損害賠償請求権についても代位請求している本件は,昭和62年2月20日判決の射程内の事案である。そして,原告らが被告らの一体性を強調している本件では,被告ら全体につき本件規定が適用される。

(被告Hの主張)

ア 原告Bの訴えについては,後記被告Eらの主張と同旨である。

イ 第2監査請求は,原告Bが住民訴訟の原告となるため,出訴期間要件を免れる目的で原告Cとともにした監査請求である。したがって,本件訴えは,原告Cとの関係でも,適法な監査請求を経たものとはいえず,不適法である。

ウ 本件訴えにおいて,原告らが何をもって財務会計上の行為に該当すると主張しているか判然としないが,仮に入札執行であると主張しているとすると,各執行日が制限期間の起算点となり,第2監査請求は制限期間経過後にされた不適法なものである。

また,法242条2項ただし書の「正当な理由」がないことについては,被告Gの主張イ(ア)bと同旨である。

エ 原告らの平成14年7月2日判決に基づく主張に対する反論は,被告Gの主張イ(イ)と同旨である。

(被告Eらの主張)

ア 同一住民の同一の監査対象についての2回目の住民監査請求は,不適法であり,これを認めると,法が住民訴訟に出訴期間制限を設けている趣旨が没却される。住民が2回目の監査請求後に住民訴訟を提起したとしても,1回目の監査結果や勧告に係る長等の措置の通知を受けたことで住民訴訟を提起することができたのであるから,1回目の監査に係る出訴期間を経過していれば,当該住民訴訟は不適法となる(昭和62年2月20日判決)。

イ 第1監査請求と第2監査請求の内容は同一であり,原告Bは,第1監査請求の監査結果の通知又は勧告に係る知事の措置の通知を受けたことにより,それらに基づく住民訴訟を提起できた。したがって,原告Bの出訴期間は,第1監査請求の監査結果通知日付である平成12年4月19日又は勧告に係る知事の措置の通知日付である同年7月6日(実際には各通知日付から数日後の各通知の受領日)が起算日となり,原告Bの訴えは,それらの起算日から出訴期間である30日間をいずれも経過した同年12月14日に提起されたから,不適法である。

(参加人の主張)

ア 原告Bの訴えについては,被告Eらの主張と同旨である。

イ 原告らは第1監査請求と第2監査請求は別個の監査請求であると主張するが,第1監査請求は,北海道の農業土木工事に係る指名競争入札において談合が行われているとして北海道が被った損害の補填に関する措置等を求めたものであり,第2監査請求は,A支庁で行われた特定の工事において談合が行われたとして監査を求めるものであるから,第2監査請求は,第1監査請求の範囲に含まれ,いずれも同一の財務会計行為又は怠る事実を対象とする。

(原告らの主張)

ア 原告Bの訴えについて

(ア) 原告らは,第2監査請求においてA支庁管内の監査を求めたのに対し,第1監査請求においては北海道全体の監査を求めたのであり,第1監査請求と第2監査請求は,別個の監査請求である。

(イ)a 第1監査請求と第2監査請求が同一の監査請求であるとしても,本件規定は監査請求の期間制限を定めるのみで回数について何ら制限をしていないから,本件規定の範囲内であれば,同一人からの同一内容の再度の監査請求も許容される。住民監査請求制度は,住民自治を基礎として地方自治体に対する住民の民主的統制を認めることで住民全体の利益の援護と財務運営上の妥当性,適法性の確保を図ることを目的とするもので,民事訴訟や行政訴訟のような当事者間の紛争解決のための制度ではないから,条文上明確な根拠もなく,一種の一事不再理を認める必要性はない。

b また,新たな資料等が発見されるなど,監査請求の前提となる事情の変更がある場合,監査委員が改めて別個の判断をすることがあるから,再度の監査請求を認める必要性がある。そのような可能性を否定して必ず訴訟提起がされなければならないとすることは,監査請求による住民参加を規定した法242条の趣旨を後退させるから,昭和62年2月20日判決は変更されるべきである。

イ 原告Cの訴えの適法性について

監査請求及び住民訴訟は住民が個人で行うものであり,他人と同一内容の監査請求をすることが不適法とされる根拠はない。

ウ 監査請求の期間制限について

(ア) 原告Cの監査請求の対象は,北海道が被告らに対して有する損害賠償請求権の行使を怠る事実に該当するものであり,また,北海道の本件工事に係る契約の締結やその代金額の決定が財務会計法規に違反する違法なものであったとされて初めて北海道の被告両会社に対する損害賠償請求権が発生するものではなく,被告らの談合と,これに基づく被告G又は被告Hの入札及び北海道との契約締結が不法行為法上違法の評価を受けるものであること,これにより北海道に損害が発生したこと等を確定しさえすれば足りるから,本件規定の期間制限の適用はない(平成14年7月2日判決参照)。

(イ) 制限期間の起算点は当該行為のあった日又は終わった日であり,本件工事によって北海道に損害が発生するのは本来支払う義務のない工事代金を支払った日であるから,その日が当該行為のあった日であるところ,工事代金は一般に工事完成後に支払われるから,本件工事にはいずれも本件規定が適用されない。

(2)  談合の存在と不法行為該当性等

(原告らの主張)

ア 談合とは,入札参加者が相互に通謀して,特定の者を契約者とするために,他の者は一定価格以上又は以下の値を付けないことである。

被告G又は被告Hは,Q農業土木協会の事務局長(以下「事務局長」という。)から,本件工事につき受注を予定する者として選ばれた旨の連絡を受け,併せて,A支庁から,事務局長等を通して予定価格の示唆等を受けた。

被告G又は被告Hは,その示唆等を踏まえて入札金額を決め,入札参加予定の他の建設会社に対し,自己の入札金額を教えるとともに,自己の入札金額以上の価格で入札するように依頼して了承を得,入札においては,別紙3のとおり,実際に自らが落札した。

以上の被告G又は被告Hの行為は,競落人又は入札者が互いに通謀し,ある特定の競落又は落札希望者をして契約者とするために他の者は一定の価格以下に付値又は入札しないことを協定することであり,談合にほかならない。そして,かかる談合行為は,本件工事における落札価格を不当につり上げて北海道に損害を与えた不法行為(民法709条)である。

イ 被告両会社及び参加人は,上記行為は談合ではなく,受注調整であるなどと主張する。

しかし,示唆された予定業者名と予定価格をもとに入札業者が談合を行っていたことは前記のとおりであるし,談合が行われることも発注者である北海道が当初から予定していたことである。北海道が受注調整を行い,予定業者名と予定価格を知らせたとしても,それに沿った結果の入札が行われなければ意味がなく,そのためには,入札業者らが相互に通謀し,本命業者以外の業者が本命業者の入札金額よりも高い金額で入札することが不可欠である。このように,北海道が行った受注調整は,入札という制度を前提とする以上,入札業者による談合がなければ意味がない。そして,談合を行う際,最も困難な問題は本命業者をどのように決めるかということと,いかに入札予定価格に近い価格で落札するかということであるが,本件においては,これらの問題を発注者が解決するのであり,まさに発注者たる行政(北海道)が取り仕切る官製談合である。

また,参加人が主張する農業農村整備事業の特殊性などと談合が行われる理由との間には,論理的な関連性はない。

(被告Gの主張)

被告Gが関与したA支庁発注の農業土木工事に関し,そのほとんどについて,入札参加業者間で特定業者に受注させるべく,受注調整に向けた働きかけが行われていたこと,本件工事4,7ないし9について受注調整の事実があったことは認める。

(被告Hの主張)

被告Hが受注したA支庁発注の農業土木工事に関し,入札実施前に事務局長から当該工事について受注することができる旨の示唆を受けていたことは認める。

しかし,被告Hは,事務局長が示唆をするに当たってのA支庁との間のプロセスなどについては知らされていない。

(参加人の主張)

農業農村整備事業は,他の土木工事と異なり,受益者である農家の営農に支障の生じない限られた時期に施工する必要があり,年度によって地域間に施工量のばらつきがあるという特殊性があること,昭和50年代から事業量が大きく伸びたこと等から,施工に対応し得る業者を確保する必要があった。これらを背景として,同事業に関し,農政部及び各支庁において,長年にわたり組織的かつ構造的に業者に関して毎年度の発注目標額(以下「目標額」という。)を設定するとともに,その目標額を達成するため,工事を受注させようとする業者を指名業者に加え,予定業者名や予定価格を関係者に示唆するという受注調整を行っていた。

しかし,受注調整は,予定業者名や予定価格を地元業界団体に示唆するにとどまり,指名業者間相互の調整をすることはないから,談合とはいえない。

(3)  被告Gの責任

(原告らの主張)

被告Gは,本件工事4,7ないし9を前記(2)(原告らの主張)の方法により,別紙3の各「落札価格」欄記載の金額で落札し,受注した。そして,被告Gは,上記各工事において落札価格を不当につり上げるという不法行為により北海道に損害を与えたから,その損害を賠償する責任がある。

(被告Gの主張)

被告Gが北海道に対し本件工事4,7ないし9について原告ら主張の行為を原因として民法715条に基づく不法行為責任を負うことがあるとしても,損害の発生は争う。

(4)  被告Hの責任

(原告らの主張)

被告Hは,本件工事1ないし3,5,6及び10を前記(2)(原告らの主張)の方法により,別紙3の各「落札価格」欄記載の金額で落札し,受注した。そして,被告Hは,上記各工事において,落札価格を不当につり上げるという不法行為により北海道に損害を与えたから,北海道に対し,その損害を賠償する責任がある。

(被告Hの主張)

争う。

(5)  被告Eらの責任

(原告らの主張)

ア 被告D及び被告Fの責任

(ア) 被告Dは,本件工事1の入札時のA支庁長であり,入札後,発注者として工事の契約を行った。また,被告Fは,本件工事2ないし10の入札時のA支庁長であり,入札後,発注者として本件工事2ないし10の契約を行った。

A支庁の農業土木工事の談合は,組織的に行われていた。すなわち,本命割付及び予定価格の開示は同支庁農業振興部耕地課等で行われ,同支庁の最高責任者であるA支庁長は,かかる談合を主導していた。具体的には,指名選考委員会に提出する指名業者の案を作成するという耕地課長及び管理課長の作業が,同委員会委員長であるA支庁長の指示,打合せのもとに行われた。

A支庁長であった被告D及び被告Fは,談合を知りながら本件工事の契約を行い,落札業者と共同して,北海道に損害を与えたから,不法行為に基づき,本件工事の落札業者である被告両会社と連帯して,北海道に対し,損害を賠償する責任がある。

(イ) これらの行為がなかったとしても,被告D及び被告Fは,A支庁長として本件工事に係る契約を締結したのであり,財務会計職員として違法行為を安易に見過ごしたから,重過失があり,法243条の2の責任を負う。

イ 被告I及び被告Jの責任

被告Iは,本件工事1の入札時の農政部長であり,被告Jは,本件工事2ないし10の入札時の農政部長であった。

A支庁の農業土木工事の談合は,農政部も含めて組織的に行われていた。すなわち,農政部は,本件工事を含めた農業土木工事につき北海道内の各業者の受注目標額の基準を定め,支庁相互間の調整を行い,これらを受けて各支庁において本命割付及び予定価格の開示が行われた。かかる行為は談合の元締め行為であり,農政部長は,農政部の責任者として談合の元締め行為を主導していた。被告Jは,北海道R支庁の耕地課長や談合を統括していた農政部技監の経験もあり,談合を熟知していた。

被告Iは,本件工事1の落札業者である被告H及びA支庁長である被告Dとともに,被告Jは,本件工事2ないし10の落札業者である被告両会社及びA支庁長である被告Fとともに,北海道に対し,不法行為により本件工事において北海道に損害を与えたのであるから,それぞれ被告両会社及び被告Dないし被告Fと連帯して北海道に損害を賠償する責任がある。

ウ 被告Eの責任

被告Eは,本件工事当時の知事として談合を防止すべき立場にあった。

すなわち,被告Eは,北海道の職員,副知事を務めた上で,知事となった者であるが,北海道では各部署で談合に関与することが蔓延していたから,被告Eは各部署在籍時代,談合に深くかかわっていたことは疑いがない。そして,被告Eは,遅くとも知事の職にあった平成10年に発覚したS土木現業所の汚職事件を契機として全道の調査をし,A支庁のみならず全道の農業土木工事全体で談合が行われていたことを熟知していたのであり,農政部の談合問題についても認識していたにもかかわらず,個々の業者について受注予定額を引き上げるよう指示するなど積極的に談合に加担していた。かかる加担行為がなかったとしても,被告Eは,談合の防止策を一切講じずにこれを放置し,本件工事における談合を誘発したのであり,A支庁に対する監督義務に反するから,工事業者であった被告両会社,本件工事入札時のA支庁長であった被告D及び被告F並びに農政部長であった被告I及び被告Jと連帯して,北海道に対し,損害を賠償する責任がある。

(被告Eらの主張)

ア 被告D及び被告Fの責任について

原告らは,被告D及び被告Fが談合や談合問題を知っており,賠償責任があるなどと主張するが,いかなる事実又は根拠に基づく主張かは判然としていない。

被告D及び被告Fは,A支庁長として本件工事の受注調整につき何ら報告を受けておらず,受注調整の認識はなかった。

イ 被告I及び被告Jの責任について

原告らは,被告I及び被告Jが農政部における談合の総元締め行為を主導したとして,賠償責任があると主張するが,いかなる事実又は根拠に基づく主張かは判然としていない。

被告I及び被告Jは,農業土木工事に係る財務会計上の行為の権限を有しないから,原告らの主張は失当である。

ウ 被告Eについて

原告らは,被告Eが談合問題を知っていたか,談合の防止策を講じずに放置したため談合を誘発し,賠償責任があると主張するが,いかなる事実又は根拠に基づく主張かは判然としない。

被告Eは,知事として,受注調整につき何ら報告を受けておらず,受注調整の認識は全くなく,また,入札,契約につき,部下職員の指揮監督に努めてきたのであって,原告らの主張は失当である。

(参加人の主張)

ア 被告D及び被告Fの責任について

被告Dが受注調整に関与したことを示す証拠はなく,原告らの請求は理由がない。

被告Fは,A支庁長であった当時,受注調整が行われていたことを知らなかったのであり,原告らの請求は理由がない。

イ 被告I及び被告Jの責任について

農政部長は,本件工事に係る契約の締結及び工事代金の支払についての権限を有さず,また,他の権限を有する者から委任を受けた者でもない。住民訴訟である本件訴えにおいて,被告I及び被告Jがいかなる法律上の原因により損害賠償責任を負うとするのか明らかでなく,原告らの主張は失当である。なお,農政部技監から農政部長への報告の対象は,農業農村整備事業の発注状況等であり,この報告を受けていたことをもって被告Iが談合を推進したとすることはできない。

ウ 被告Eの責任について

財務会計上の行為について地方公共団体の長から委任を受けた吏員が委任に係る当該財務会計上の行為を処理していた場合において,長は,当該吏員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失により同吏員の財務会計上の違法行為を阻止しなかったときに限り,自らも財務会計上の違法行為を行ったものとして,普通地方公共団体に対し,当該違法行為により当該地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うと解される。本件においては,被告Eが財務会計上の行為を処理する吏員の違法行為につき,具体的に管理責任を怠ったことを客観的にうかがわせる何らの証拠も存在せず,被告Eの損害賠償義務はない。

(6)  損害の発生,損害額及び過失相殺

(原告らの主張)

ア 損害の発生及び損害額

(ア) 入札において公正な入札が行われた場合,一般的に落札価格は予定価格の80パーセント程度になるところ,本件工事の落札率(予定価格から消費税を控除した入札書比較価格と落札価格とを比較した割合)は,10件の平均で98.88パーセント,金額ベースで98.95パーセントと極めて高率である。そこで,落札価格と公正な入札が行われた場合の落札価格(想定落札価格)との差額が北海道が受けた損害となるところ,本件工事の場合,談合により落札価格が不当につり上げられたことは疑いがなく,北海道が受けた損害は少なくとも予定価格の10パーセントを下回ることはないから,具体的な損害額は,別紙3の「原告ら主張の損害額」欄記載のとおりとなる。

なお,東京都において談合をした業者に対し10パーセントの損害賠償請求をしたこと及びその他の裁判例並びに北海道が北海道建設工事執行規則(以下「工事執行規則」という。)を改正し,不正行為賠償請求は契約金額の10パーセントとしたことからも,原告らの損害額に関する主張は妥当である。

(イ) 仮に想定落札価格が入札予定価格の80パーセントとなることが認定されなかったとしても,民事訴訟法248条の適用又は類推適用により相当な損害額が認定されるべきであり,その相当な損害額とは入札価格の10パーセント相当の額である。

イ 過失相殺について

談合に加わった被告両会社と談合に関与した北海道職員との間での故意による違法行為すなわち共同不法行為が成立しこそすれ,被害者である北海道が過失相殺を受ける理由はない。

(被告Gの主張)

ア 損害の発生及び額について

(ア) 農業土木工事においては,発注者自体が設計,積算をしており,積算資料も公開されているから,積算結果は公表されなくても相当程度の予測はできる。そして,積算が適正にされていれば,予定価格と落札価格の差はさほど生じず,80パーセント台の落札では,正当な利益を確保することは不可能に近い。

近時,低価格入札の増加により適切な技術力を持たない者が施工することによる不良工事の発生等が憂慮されており(公共工事の品質確保の促進に関する法律3条2項等参照),低価格入札こそ最善とする原告らの発想は時代錯誤が甚だしい。

(イ) 本件工事については等級別の入札制度による入札が行われたところ,この制度は,大規模で技術力を要する工事につき大規模業者に受注させて適正な施工を期するとともに,技術力をさほど要しない小規模な工事については,中小企業の受注機会を確保しようとするものであり,このような等級の枠組みを度外視した損害論は妥当ではない。

(ウ) 以上からすれば,被告Gにつき認められる損害額は,原告らの主張よりも大幅に圧縮されるべきである。

イ 過失相殺

被告Gらが加わっていた談合について,間接的ながら北海道職員の関与がうかがわれる部分もあり,被告Gに対する請求が認められるのであれば,一定割合の過失相殺がされるべきである。

(被告Hの主張)

ア 損害の発生及び損害額について

(ア) 予定価格と落札率の関係からして,結果として落札価格が予定価格に接近したものとなることはあり得ることで,落札率が高くなったからといって,直ちに発注者である北海道に損害が生じたと結論付けることはできず,また,予定価格の少なくとも10パーセントの損害が生じるとの経験則は存在しない。

(イ) 農業土木工事の特殊性からして,同工事を地元建設業者に施工させることには十分な有益性が存在し,受注調整の結果として指名業者間の競争が損なわれる事態があったとしても,入札価格が予定価格の範囲内である限りにおいて,北海道には実質的な損害は生じていない。

(ウ) 工事執行規則は,損害賠償額を予定して事前抑制を図ることに重要な立法目的が存在するのであり,10パーセントという掛け率は工事の種類や規模等の実態を把握する立法資料を前提に確定されたものではない。

(エ) 民事訴訟法248条が適用されるとしても,予定価格の10パーセントという損害額が直ちに確定されるものではない。基礎資料等が吟味され,客観的,具体的根拠を基に妥当な損害額が認定されるべきである。以上の点については,参加人の主張をも援用する。

イ 過失相殺

被告Hらが加わっていた談合について,間接的ながら北海道職員の関与可能性がうかがわれる部分もあり,被告Hに対する請求が認められるのであれば,一定割合の過失相殺がされるべきである。

(参加人の主張)

損害の発生及び損害額について

(ア) 仮に,受注調整を背景として指名業者間に談合が行われたとしても,そのことから直ちに北海道に損害が発生したと推論するのは相当でない。

公共工事における予定価格は,標準的な施工能力を有する建設業者が現場の条件に照らして適正な施工をする場合に必要となる経費を基準とし,工事に使用される機械類,部材の質や量についても,設計図書により発注者から厳格な指示を受けるものであることを前提として積算される。また,原価を下回る価格による入札(ダンピング)は,自由競争を阻害する行為として禁止されており,一般管理費の削減も,その時々の物価水準や賃金水準に照らすと自ずと限界が存在する。具体的な入札金額は,あくまで当該事業者の経営的な判断により決定される。これらのことから考えると,予定価格内の価格(制限価格が設けられる場合には当該制限価格以上の価格)によって落札されている限り,発注者である地方公共団体には,損害の発生を観念することができないというべきであり,談合が行われた場合には当然に一定の損害が発生すると判断すべき根拠はない。したがって,仮に談合が行われなかったとすれば,当然に予定価格に対し一定の割合以上の低い価格で落札されたものと認めるべき経験則は存在しない。

公共工事である本件工事においては,入札当時から入札参加予定者が予定価格をある程度予測することが可能であったから,結果として落札価格が予定価格に接近したものとなることは十分あり得る。また,現実の入札においては,工事の種類,規模,施工場所,工期等の工事内容,入札参加業者の積算能力,施工能力,受注意欲等が複雑に反映して入札金額が決定されるから,結果として落札率が高くなったからといって北海道に損害が生じたと結論付けることはできず,予定価格の少なくとも10パーセントの損害が生じると見るべき経験則はない。

(イ) 農業農村整備事業は,営農に支障を及ぼさないように着工の時期や工期が限定されるなどの特殊な工事である。また,その工事成果物の適正な維持管理という観点からは,本件工事を含め,地元建設業者が農業土木工事を施工することは,同事業の目的を果たす上で有利性があった。さらに,同事業の事業量が伸びるにつれ,工事施工に対応し得る業者を確保,育成する必要もあった。

このように受注調整により農業土木工事が地元建設業者によって施工されるよう誘導することは,農業農村整備事業の執行の見地から有益性,有利性があったことは否定できず,受注調整の結果として指名業者間の競争が損なわれる事態があったとしても,入札価格が予定価格の範囲内である限りにおいて,北海道には実質上の損害は生じていない。

(ウ) 原告らが主張する東京都における事例と本件とは事案が異なる。また,工事執行規則の改正による損害賠償の割合は,政策的に設定されたもので,たまたま原告らの主張する10パーセントと一致しているにすぎず,原告らの主張は,損害論と政策論を混同したものである。

(エ) 民事訴訟法248条は,自由心証の特別な場合として,裁判所の裁量的判断により損害額を確定することを許容する裁判規範であり,損害の発生についての立証責任そのものを何ら軽減する規定ではない。

本件では,前記のように本件工事の入札の執行及び契約締結により直ちに北海道に損害が発生したということはできず,同条を適用する前提を欠いている。

仮に本件工事につき北海道に損害が生じたといい得るとしても,同条の立法趣旨からすれば,同条は損害の発生を主張する原告らが損害額について可能な限りの立証を尽くしてもなおこれを明らかにすることができない場合に限って適用されるものである。本件における損害額の評価については,一切の事情を総合して,受注調整がなければ指名業者間の公正な競争を経て入札された場合に形成されたであろう契約金額と現実の契約金額との差額が合理的に評価されるべきであり,同条があるからといって,契約金額の10パーセントなどというラフな評価が許されるものではない。

第3争点に対する判断

1  前提となる事実並びに証拠(甲1,2,4,6ないし17,19,21ないし29,31,32,34,49,66ないし68,70,72ないし76,78,86,97,99,100,111ないし118,120,122ないし124,127,乙イ1,2,乙ロ1ないし9,29ないし33,乙ハ2,丙2ないし19,21,22,25,27ないし31,証人K,証人L,証人M,証人N,証人O,証人P,被告J,被告F。後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない(なお,括弧内の証拠番号等は,掲記事実を認めた主要証拠等である。)。

(1)  本件における監査請求等

ア 第1監査請求等

(ア) 原告Bは,平成12年2月22日,監査委員に対し,①北海道の農業土木工事につき,今後違法な官製談合による違法契約が行われないよう,条例や規則による徹底した防止統制措置を講じること,②平成10年度及び平成11年度における北海道の農業土木工事に関する指名競争入札につき,落札率99パーセント以上で契約した金額の1パーセント相当(推定10億円)について損害の補填を講じることを求める第1監査請求をした。なお,第1監査請求の請求書の記載は,別紙1(第1監査請求の請求書)のとおりである。また,原告Bは,法242条1項所定の事実を証する書面として,北海道あるいはA支庁管内の農業土木工事の談合疑惑や公正取引委員会の調査及び勧告の見込みなどを報じる新聞記事の写し等を添付した。(甲1,19)

(イ) 監査委員は,平成12年2月22日付けで,第1監査請求を受理した。(甲2,19の1ないし12)

(ウ) 監査委員は,平成12年3月31日,原告Bから,概ね次のような陳述を聴いた。(甲2)

a 北海道が同年3月27日に発表した入札手続等調査委員会の調査報告は,原告Bの指摘を裏付けるもので,同報告においては,受注調整という名の本命割付が行われていたこと,本庁,支庁の担当者だけではなく,農政部技監,農政部長が深くかかわっていたこと,天下りと受注実績には明確な相関関係が生じていること,外部からの働きかけがあったことは否定できないとして政治家,有力者の口利きがあったことが示されており,これは官製談合であり,農政部の指名競争入札は名ばかりのもので,落札価格が不当に引き上げられていたことが明らかとなった。

b 原告Bだけではなく,多くの道民が,今回の監査により官製談合における責任の所在が明らかにされ,不当支出分の補填が速やかに行われることを期待している。

(エ) 監査委員は,第1監査請求受理後,監査の対象を,第1監査請求の請求書提出日を基準として1年を経過していない平成11年2月23日から平成12年2月22日までの期間における行為とし,監査対象部局を農政部及びA支庁を含めた14支庁とした。監査委員は,農政部からの事情聴取,14支庁に対する文書による照会,A支庁,S支庁,T支庁及びR支庁における実地監査,契約の相手方等の関係人に対する調査を行って,概ね以下のような説明を受けた。(甲2,21ないし27,乙イ1,2,乙ロ1ないし9)

a 農政部及び各支庁は,予算額の推移によって企業の受注額に大幅な変動が生じないよう各企業ごとに年間目標額を定めていた。

b その年間目標額を達成するため,落札予定者をあらかじめ定め,指名の段階で指名業者となるように調整を行うとともに落札予定業者名を業界団体に示唆する場合があり,また,予定価格を業界団体に示唆する場合があった。

c このような受注調整は,相当数の指名競争入札において行われていたと考えられる。

(オ) 監査委員は,第1監査請求に対する監査の結果,監査の対象とした契約のうち,受注調整が行われたものに係る契約の締結については,違法又は不当な契約の締結であると認められるので,平成12年6月30日までに,入札制度改善委員会が取りまとめた改善方策を厳正に実行するための制度改正や職員一人一人の徹底した意識改革を求めるなど,再発防止のための必要な措置を講ずるよう,知事に対して勧告し,その余の請求(損害の補填を求める請求)については棄却した。

監査委員は,原告Bに対し,平成12年4月19日付けで上記監査結果の通知,同年7月6日付けで上記勧告に係る知事の措置についての通知をし,上記各通知はいずれもその数日後に原告Bに到達した。(甲2)

イ 第2監査請求等

(ア) 原告らは,平成12年9月12日,監査委員に対し,①被告両会社が平成11年度に落札したA支庁管内の農業土木工事(本件工事を含む12件の工事)につき,同工事の予定価格の10パーセント相当額8267万円を道庁幹部,政治家及び被告両会社に補填させること,②A支庁管内の農業土木工事につき,官製談合の徹底した全容解明と公表を北海道にさせることを求める第2監査請求をした。なお,第2監査請求の請求書の記載は,別紙2(第2監査請求の請求書)のとおりである。また,原告らは,法242条1項所定の事実を証する書面として,A支庁管内の農業土木工事の談合疑惑についての北海道の調査委員会報告の内容や公正取引委員会の本件勧告などを報じる新聞記事の写し等を添付した。(甲6,28)

(イ) 監査委員は,平成12年9月12日付けで第2監査請求を受理した。

(甲7,28の1ないし8,甲29の1ないし10)

(ウ) 監査委員は,平成12年10月18日,原告らから,概ね次のような陳述を聴いた。(甲7)

a 原告らは,同年2月に,第2監査請求の事件と同様の第1監査請求を行った。その監査結果において,官製談合によって落札価格が引き上げられ,北海道が損害を受けたことが認められなかったのは残念であった。

b 官製談合によって,事業者は,入札から排除されたり,課徴金が課せられるのに,一方の当事者である道庁幹部や政治家は,名前すら明らかにされず,一切の処分を免れるというのは納得できない。

c 北海道は,入札制度の改革に様々な点で取り組んでいると思う。原告らは専門家ではないので,改革の是非について言うことはできないが,改革が実を結ぶようにするためにも,入札を巡る事実を全て明らかにすることが必要であり,それが改革の出発点である。

d 談合によって不当に使われた税金は,談合にかかわった業者,道庁幹部,政治家が補填すべきである。そのためにも,談合にかかわった道庁幹部や政治家の名前を調査し,全容を北海道民の前に明らかにすることを求める。

(エ) 監査委員は,原告らが挙げた12件の工事に係る契約のうち,公正取引委員会が独禁法の規定に基づく審査に着手した平成11年10月20日以降に入札が行われた2件の工事に係る契約については,本件勧告において,同日以降,受注業者に関する意向をQ農業土木協会の事務局長に示すことを取りやめ,また,被勧告人は,同日以降,合意に基づいて受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにする行為を取りやめているとされており,原告らが主張する事実を証する書面が添えられていなかったことから,監査の対象外とし,同月19日までに入札が行われた10件の工事(本件工事)に係る事実関係を監査の対象とし,監査対象部局を農政部及びA支庁として,監査対象部局から事情聴取を行った。(甲7,28の1ないし8,甲29の1ないし10,甲31の1ないし5,甲32の1ないし5)

(オ) 監査委員は,第2監査請求に対する監査の結果,平成12年11月17日付けで,原告Bの請求については,第1監査請求と同一の行為を対象とする監査請求を重ねて行ったとして却下し,原告Cの請求については,第1監査請求が対象とする同一の行為を対象とするものとして,第1監査請求に係る監査の結果をもって監査の結果とした。(甲7)

(2)  農業農村整備事業及び農業土木工事等

ア 農業農村整備事業及び農業土木工事

北海道における農業農村整備事業は,農業,農村の健全な発展を図ることを目的として農業生産の基礎となる土地,水資源の整備等を基本とし,併せて農道や農村生活環境の整備を推進し,さらには農地の防災,保全等を行うものである。

農業土木工事とは,農業農村整備事業に伴う工事であって,舗装工事,建築工事,管工事,電気工事,ダム工事,頭首工工事,グラウト工事,鋼橋上部工事及び機械器具設置工事を主たる工事とするもの以外の工事をいう。(甲4,21の2)

イ 農業農村整備事業の執行体制

農業農村整備事業は,本庁においては,農政部設計課等の所管事務とされており(北海道行政組織規則(以下「行政組織規則」という。)14条),支庁においては,知事から支庁長に「道営による農業農村整備事業に係る調査計画及び実施に関すること」が事務委任されている(支庁長事務委任規則)。

支庁における「農業基盤の整備に関すること」は,農業振興部の分掌事務とされ(行政組織規則39条),農業振興部内では,管理課が「農業農村整備事業の実施に関すること」として契約の締結や工事費の支払等を所掌し,耕地課が「道営農業農村整備事業の実施に関すること」として工事の設計・積算や管理監督等について所掌している(同規則40条)。

A支庁においては,支庁長の権限に属する事務のうち,「道営農業農村整備事業の実施に関すること」の事務を分掌させるため,南部耕地出張所,中部耕地出張所及び北部耕地出張所が置かれている(行政組織規則41条,別表第1)。(丙2ないし4)

ウ 農業農村整備事業の工事発注までの手続

(ア) 工事内容の決定

a 本庁は,例年12月の北海道開発予算の政府案決定後,翌年1月から2月にかけ,各支庁に対し,地区(国の事業採択を受けた農道整備や区画整理など各種工事の全体的計画を有する一定地域)別の予算枠(地区別事業費案)を示す。

支庁は,これを受けて地区別事業費の検討を行い,市町村,土地改良区や農業者等と協議し,工事の内容,施工場所,工事時期等の事業の個別具体的内容を定める工事工区の設定と実施時期や歳出予算額の節別内訳等を内容とする地区別実施計画を作成し,地区別事業費の内訳に当たる地区別実施計画等を本庁と協議する。

本庁は,地区別事業費及び北海道全体の実施計画を取りまとめ,3月ころ,農林水産省に提出し,その後,政府予算が成立し,都道府県ごとの地区別事業費が内示(箇所づけ)され,これを受けて,実質的に北海道内各地区別の工事内容が決まる。

なお,農業農村整備事業による工事は公共工事であり,工事工区ごとに入札,契約が行われ,工事工区の設定によって,発注される工事の規模が決められる。(丙28)

b A支庁農業振興部耕地課(以下,単に「耕地課」ということがある。)は,本件工事の各工事工区の設定に当たり,平成11年3月に各耕地出張所と協議の上,地区別実施計画を作成して工事工区を設定し,同年4月に当該年度の地区全体の事業費,事業量の概要を示した実施地区概要を作成した。

また,各耕地出張所が四半期ごとの工事執行予定調書(発注工事工区内定)を,各四半期の最初の月から1か月前を目途に作成し,耕地課において取りまとめ,同部管理課(以下,単に「管理課」ということがある。)が支庁閲覧室で公表した。さらに,工事工区の設定後,管理課長から入札執行や契約を締結するための歳出予算の配当要求を農政部事業調整課長に提出し,それを受けて本庁からA支庁への歳出予算の配当が行われた。(弁論の全趣旨)

(イ) 指名競争入札の参加者の指名

普通地方公共団体の長が指名競争入札により契約を締結しようとするときは,当該入札に参加することができる資格を有する者のうちから,当該入札に参加させようとする者を指名しなければならない(地方自治法施行令(以下「施行令」という。)167条の12第1項)。

北海道における指名基準及び指名業者数等は,次のとおりである。

a 指名基準

知事は,契約担当者等が指名競争入札により契約を締結しようとする場合における入札参加者の指名についての基準を定めるものとされ(北海道財務規則(以下「財務規則」という。)160条),「指名競争入札参加者指名基準の設定について」(昭和55年2月1日付け出納局長依命通達。)は,次の2つの基準を定めている。(丙6,7,16)

(a) 共通的基準

共通的基準は,経営内容や法的適性等を内容とするもので,指名に当たっては,要件(経営内容等,法的適性,技術的適性,地理的適性,経営規模的適性)を充たしている者の中から選考しなければならないとし,なお,指名に当たっては,契約の適正な履行の確保を図ることができる範囲内において,地場業者(北海道内に本店を有し,発注機関が所管する区域内に本店又は営業所等を有する業者)の育成に努めなければならないとしている。(丙16)

(b) 事業別基準(工事の請負契約)

工事請負契約における事業別基準は,工事の等級(工事の予定価格)に対応する等級(原則等級)に格付けされた業者の中から指名することを基本とし,例外として工事の等級より上の等級格付けをされた業者を指名することを許容している。

農業土木工事における工事の等級は,A等級からE等級までとされている(工事予定価格が多額な方がA等級である。)。(丙16)

b 指名競争入札参加業者数

工事を指名競争入札に付そうとするときは,発注者は,当該指名競争入札に参加させる者を5人以上指名しなければならない(財務規則161条1項)。

指名競争入札参加者の指名は,工事1件ごとに工事の種類,規模及び内容並びに建設業者の実態等を十分考慮し,財務規則に定められた業者数以上を選定して行うこととされており,農業土木工事の指名業者数の目安は,工事の種類別,等級別に次のとおりとなっている(「建設工事等入札・契約事務の改善について」平成6年6月27日付け北海道農政部長,土木部長,住宅都市部長,水産部長,林務部長通達)。

A等級工事 10人

B等級工事 7人

CないしE等級工事 5人

本件工事2,8,9は,原則等級が適用され,本件工事1,3ないし7,10は,例外が適用されるものとされた。被告両会社は,いずれも共通的基準における要件を充たしている地場業者であり,かつ,事業別基準における等級格付けはA等級であり,被告Gは本件工事4,7ないし9の,被告Hは本件工事1ないし3,5,6,10の指名競争入札参加業者に指名されて入札し,それぞれ上記工事を落札した。

(丙8,16)

c 本件工事の指名競争入札参加者数

本件工事の指名競争入札参加業者数は,次のとおりであった。(甲8ないし17の各2)

本件工事2,8,9(A等級工事) 10人

本件工事1,4,6(B等級工事) 7人

本件工事3,5,7,10(C等級工事) 5人

(ウ) 指名選考委員会の組織及び運営方法

a 指名選考委員会は,支庁等の組織ごとに設置することが義務付けられており(財務規則160条の2),支庁においては,支庁長を委員長として,その指定する職にある者(委員)をもって同委員会が組織され,指名競争入札の参加者の選考が行われる。

同委員会の組織及び運営方法は,各支庁等において作成される入札参加者指名選考委員会規程により,指名選考が行われた場合は,指名業者選考調書が作成される。(丙9,10,16)

b 指名選考委員会の審議方法について,北海道として特に定めていないが,A支庁では,「A支庁入札参加者指名選考委員会規程」に基づき,委員には,副支庁長,総務部長,地域政策部長,税務部長,経済部長,農業振興部長及び会計課長が充てられ,毎月最終月曜日に開催することとされていた。

同委員会においては,最初に予算関係について管理課長が説明し,次に耕地課長が事業名,地区名,工事内容,工事等級等の素案について説明し,特に原則等級を適用しない場合には事業別基準と当該工事内容について説明されたが,1回に20ないし50件の工事が付議されるため,一般的な説明時間は,1工事につき1分程度であった。

同委員会における指名業者選考後,会計課長が指名業者選考調書を作成し,会計課長及び署名委員(出席委員のうち1名)が記名押印し

た。(乙ハ2,丙10,被告F)

(エ) 執行決定等

a 支庁長等は,指名業者が選考されると,執行決定をし,指名業者に対し,入札に付する事項(工事名,工事場所,工期),契約条項を示す場所,入札執行日時等を通知する(財務規則145条,161条)。

執行決定は,工事の入札手続の執行に関し,予定工期,契約方法,入札執行日時,指名業者及び前払金の有無等を内容とする決定であり,農業土木工事においては,執行決定が起工決定とされている。

執行決定に係る業務は,執行決定書の作成(起案),支出負担行為担当者の決裁,指名通知・入札心得等の送付・指名業者の公表,設計図書(図面,仕様書等)の閲覧の順に行われる。(丙16)

b 本件工事の起工決定は,起工決定書を管理課の担当者が起案し,耕地課及び会計課を経て,支出負担行為担当者であるA支庁長の決裁により行われた。

起工決定書には,指名業者選考調書,指名通知文(案),契約書(案),設計図書及び公示用設計図書(発注者が受注者に示し,かつ,契約の条件とするために作成する設計図書)が添付されていた。また,本件工事の設計図書の作成は,「農業土木工事における設計図書の作成及び取扱いについて」(平成5年3月29日付け北海道農政部長通達)に基づき行われ,工事を所管する耕地出張所の担当者が作成し,その設計図書につき耕地課長が審査し,押印をした。(丙11,16)

(オ) 予定価格の決定等

a 予定価格の決定

予定価格は,仕様書及び設計書等によって定められなければならないとされ(財務規則162条,151条1項),公共工事については,国の通達により「設計書金額の一部を正当な理由なく控除するいわゆる歩切りについては,厳に慎むこと」(「平成11年度建設省所管事業の執行について」平成11年3月23日付け建設事務次官通達)とされている。これらのことから,北海道における公共工事の予定価格は,各工程について積算基準を基に経費を積み上げて算出した設計書の設計金額と同一額とされていた。

本件工事の予定価格は,「土地改良事業等請負工事の価格積算要綱要領(等)の一部改正について」に基づき計算された設計金額と同一であった。(甲8ないし17の各1,丙5,12)

b 予定価格の取扱い

支庁長は,予定価格を定めるとともに,予定価格調書を作成しなければならない(財務規則162条,152条1項)。

予定価格は,他に漏らしてはならないものであり(財務規則162条,151条2項),予定価格調書は,作成後開札までの間,適切な方法で保管されなければならないとされている(財務規則162条,152条3項)。支庁における予定価格調書の作成は,原則として支庁長が,保管は,副支庁長又は総務部長が行うこととされている(「支庁における工事請負契約関係業務の適正執行について(通達)」昭和63年3月24日付け北海道土木部長,住宅都市部長,農地開発部長,水産部長,林務部長,出納局長通達。「支庁における工事請負契約関係業務の適正執行について(通知)」同月25日付け出納局長通知)。

A支庁では,本件工事に係る予定価格調書について,あらかじめ管理課職員が金額を記載し,支庁長がその金額を確認した上で押印し,これを入札執行時まで会計課の金庫で保管していた。(丙13,16)

(カ) 入札執行及び契約

a 入札執行

入札は,指名業者への通知により指定した日時及び場所において,入札執行者が指名業者を出席させて執行される。

入札執行においては,各入札者が必要事項を記載し,記名押印した入札書を封筒に入れ,その封筒に自己の氏名を記入の上,指定の場所に提出しなければならない(財務規則162条,153条1項)。入札者は,提出した入札書の書換え,引換え又は撤回をすることができない(施行令167条の13,167条の8第2項)。(丙16)

b 入札結果の発表

入札結果は,競争入札に参加しようとする者の全員が入札書を提出した後,直ちにその場所において開札(施行令167条の13,167条の8第1項)し,入札者の氏名及び入札金額を読み上げて発表する。(丙16)

c 落札者の決定

入札執行者は,予定価格の範囲内で最低の価格をもって入札した者を落札者としなければならない(法234条3項)。(丙16)

d 契約書の作成等

契約担当者等は,落札者を決定したときは,契約の目的,契約金額及び履行期限等を記載した契約書を作成しなければならず(財務規則167条1項,3項),その時期は,落札者が落札の決定の通知(同規則162条,158条)を受けた日から7日以内とされている(同規則167条2項)。

契約担当者等とは,契約担当者及び支出負担行為担当者のことであり(同規則144条),契約担当者とは,知事又はその委任を受けて支出負担行為たる契約以外の契約を行う者をいう(同規則2条8号)。支出負担行為とは,普通地方公共団体の支出の原因となるべき契約その他の行為(法232条の3)であり,支出負担行為担当者とは,知事又はその委任を受けて支出負担行為を行う者をいい(財務規則2条9号),支出負担行為を行うことは,支庁長に事務委任されている(同規則12条1項3号)。したがって,本件工事の契約書の作成は支出負担行為担当者たるA支庁長が行うことになるが,実際の事務手続としては,管理課契約係で起案した契約書を,耕地課及び会計課,農業振興部長,総務部長(副支庁長)を経て支庁長が決裁することにより作成されていた。

なお,支出負担行為が行われた経費の支出命令については,2000万円以上にあっては総務部長が,2000万円未満にあっては会計課長が専決により行っている(財務規則12条1項4号,A支庁事務決裁細則3条)。

A支庁長は,農業農村土木事業の入札指名選考委員会を総理する立場であり,入札後に決定された業者との間で同支庁長名による契約を締結した。本件工事の各契約は,別紙3の各「契約締結日」欄記載の日に締結された。(甲8ないし17の各3,丙14の1ないし10,丙15,16,被告F)

エ 農業土木工事入札の実態

(ア) 受注調整

農政部及び各支庁においては,農業農村整備事業に関し,長年にわたり,組織的かつ構造的に,業者に関する目標額(毎年度の発注目標額)を設定するとともに,目標額を達成するため,工事を受注させようとする業者を指名業者に加え,受注予定業者名や予定価格を関係者に示唆することによる受注調整と称される運用が行われてきた。(丙16)

(イ) 受注調整の具体的な仕組み

a 目標額の設定は,農業農村整備事業の受注実績がある業者について業者ごとに行われ,複数の支庁の受注実績がある業者等(以下「特定業者」という。)については本庁が目標額を設定し,特定業者以外の業者については各支庁が目標額を設定した上で本庁に報告していた。

(甲49,66,97,100の3,4,甲111,丙16,28,29)

b 本庁は,各支庁に対し,当初の目標額設定後も管内の全業者の受注実績の表を作成させ,その報告をさせて実績を把握しており,農政部設計課参事組織がその実務を担当し,農政部技監はこれを総括する立場にあった。

農政部長は,農政部技監から適宜報告を受けていた。なお,農政部技監は,農政部長の下で部長の特命事項を行う者であり,農政部の中で農業農村整備事業の中の農業土木工事に対する技術的なものの総括をしていた(行政組織規則288条2項,別表第9)。(甲112,丙16,証人N,証人P,被告J)

c 農政部長や農政部技監は,道庁のOBあるいは道議会議員から,指名業者に一定の業者を加えてほしいとの申出を受けることがあった。

平成9年6月から平成11年5月まで農政部技監であったP(以下「P技監」という。)は,支庁に対し,「○○という業者については,どうなんだ」という言い方で一定の業者がいるとの情報提供をしたり,また,技監調整分を利用して,受注がその業者に回るように指示することもあった。また,P技監は,平成10年5月ころ,農政部設計課主幹に,支庁における受注調整の流れをまとめるよう指示し,設計課参事班は,平成10年5月18日ころ,「全道関係協会調書」を作成した。(甲111ないし113,116,丙30,証人P,被告J)

d 各支庁においては,耕地課が特定業者を含め業者の目標額が達成されるよう受注予定業者をあらかじめ決めておき,指名選考の段階で指名業者となるよう調整し,その上で,業界団体に対して受注予定業者名及び予定価格を示唆しており,管理課が補助的な役割を担う場合もあったが,支庁長への報告はされていなかった。

また,予定価格を示唆する方法は,支庁によって異なり,予定価格そのものを示唆する場合や,受注予定業者が積算した結果について業界団体を通じて相談を受ける中で予定価格を示唆する場合などがあった。

A支庁においては,耕地課長から地元業界団体であるQ農業土木協会に対して受注予定業者名や予定価格を示唆していたが,支庁の職員が指名業者間相互の調整をすることはなかった。

なお,Q農業土木協会(平成12年に名称をA農業建設協会と変更)は,昭和49年に発足した法人格のない社団であり,農業土木技術の研究向上を図り,農業農村整備事業の充実と農業振興及び地域発展に寄与し,会員相互の親睦を深めることを目的とし,専門技術の向上を図るための研修並びに講習,農業土木に関する知識の啓発,情報の提供,資料の頒布及び用品の斡旋等の事業を行う社団であり,平成8年5月以降の事務局長はK(以下「K事務局長」という。)であった。(甲76,丙16,証人O)

(ウ) 受注調整の作業手順

a 基本的な方針

本庁は,例年2月上旬ころ,各支庁に対し,翌会計年度の目標額設定の基本的な方針を示すが,その主な内容は,工事関係にあっては,①支庁の地区別事業費案の総額の90パーセントで各支庁における目標額の総額を設定し,②残る総額の10パーセントのうち,6パーセントは本庁が特定業者の目標額の調整に使用し,4パーセントは支庁が年度途中の設計変更や工事施工中の災害で修復を要するもの等に対応する分として留保するというものであり,数字については年度により異なる場合もあるが,大筋は平成12年より数年前から変わっていなかった。(甲97,114,丙16)

b 具体的な作業手順

本庁は,特定業者について独自の目標額を設定し,さらに前年度実績や過去5年間の平均実績額,OBの在籍等の個別要素を考慮して行った目標額の調整を踏まえ,各支庁から報告を受けた目標額を調整のうえ完成した特定業者の調整表を各支庁に提供した。

各支庁においては,本庁から示された基本的な方針に基づき,管内で受注実績がある全業者について業者ごとの目標額を設定し,本庁から提供された特定業者の調整表と支庁で作成した地元業者の調整表に基づいて受注調整を行っていた。(甲97,99の2,3,甲113,115ないし117,丙16)

(エ) A支庁における受注調整と本件工事の入札等

A支庁の職員は,Q農業土木協会に対し,農業土木工事の指名競争入札に関し,受注予定業者及び予定価格を示唆していた。(丙16)

平成11年ころの具体的手順等は以下のようなものであった。

a A支庁農業振興部では,耕地課主幹,各耕地出張所の所長及び次長の打合せにおいて,本庁から示された目標額を念頭に置き,工事物件等の他の要素も考慮しつつ,受注予定業者(本命業者)及び他の指名業者を選定し,耕地課主幹がその選定案を管理課契約係に渡していた。

管理課契約係は,この案が指名選考委員会において承認された後,「指名競争入札(見積合せ)一覧」を作成して耕地課主幹に渡し,耕地課主幹は,上記一覧に受注予定業者としてあらかじめ選定した業者の名前に丸印を付け,その写しを耕地課長に渡した。平成11年5月からA支庁耕地課長であったO(以下「O耕地課長」という。)は,その写しを基に指名競争入札の物件名,受注予定業者,予定価格及び最低制限価格について記号化した表を作成した。(甲114ないし117,丙29)

b 他方,Q農業土木協会のK事務局長は,A支庁から業者に指名通知が出されたことを業界紙等で知ると,指名競争入札等の執行日の10日から15日前までの間に,農業振興部を訪ね,管理課で上記一覧のコピーをもらい,耕地課長から発注物件ごとの受注予定業者(本命業者)名及び入札金額等について記載された割付表(O耕地課長の場合は,前記のように記号化した表)を手渡しで受け取り,上記一覧の本命業者に丸印を付け,予定価格を記入した後,本命業者に対して電話で本命となった旨を連絡した。(甲112,証人K,証人L,証人O)

c 農業土木工事業者の間では,A支庁発注の農業土木工事について,K事務局長から,発注物件ごとに「何番の工事頑張りますか。」といった連絡を受けた業者が本命業者となり,入札等に当たっては,本命業者が落札できるよう協力をすることとされ,本命業者は,他の指名業者に対し,主に電話で,「何番の工事,当社が頑張って見積りしています。」,「何番の工事について,よろしくお願いします。」等と本命となった旨を伝えて協力を求めていた。

本命業者は,その後,同協会に見積書を提出したうえ,できる限り高い価格で受注したいとの考えから,発注元であるA支庁の担当者から設計金額すなわち予定価格を聞いて知っていたK事務局長との間で,電話や同協会事務局を訪れた際に,入札金額となる見積金額と予定価格の相違を調整するための相談をした。その際のやりとりは,例えば,同事務局長が,見積金額が予定価格より高ければ,「落としたら。」と伝え,さらにその程度を聞かれれば,「100万円」等の具体的数字を教え,見積金額が予定価格の1.5パーセント減の幅に収まるようにし,見積金額が予定価格の1.5パーセント減の幅より低ければ,「もう少し足したら。」と伝え,その程度を聞かれれば,見積金額が予定価格の1.5パーセント減の幅の中に収まるようになる金額を教え,見積金額が予定価格の1.5パーセント減の範囲内であれば,「いいんでないかい。」と伝えるというものであった。ただし,全ての物件につき1.5パーセント減の幅になるようにこだわるわけではなく,少しくらい落ちても利益が出ると思われれば,1.5パーセント以上減の入札金額となるように教えることもあった。

本命業者は,このようにして入札金額となる見積金額を調整して決定するとともに,自社が確実に落札受注できるようにするため,他の指名業者に入れてもらうこれより高い1回目及び2回目の入札金額を定め,他の指名業者の会社に出向いてその営業担当者に直接入札年月日,工事番号,工事名のメモを入れた封筒を手渡すなどして連絡し,協力を依頼してきた。

以上の結果,上記aの打合せで受注予定業者としてあらかじめ選定された業者がそのとおり受注していた。(甲72ないし76,114,117,丙27,29,証人K,証人L,証人M,証人O)

d 被告Hは,上記手順によって,本件工事1ないし3,5,6,10の本命業者となり,自らの入札金額を決め,他の指名業者に対し,入札してもらうより高額の入札金額を事前に連絡し,各入札期日に他の指名業者の協力を得て上記各工事を落札し,これを受注してA支庁長との間で,別紙3の各「契約締結日」欄記載の日に工事請負契約を締結した。

また,被告Gは,上記手順によって,本件工事4,7ないし9の本命業者となり,自らの入札金額を決め,他の指名業者に対し,入札してもらうより高額の入札金額を事前に連絡し,各入札期日に他の指名業者の協力を得て上記各工事を落札し,これを受注してA支庁長との間で,別紙3の各「契約締結日」欄記載の日に工事請負契約を締結した。(甲72,73)

(3)  本件工事の落札率等

上記(2)エ(エ)のA支庁における受注調整と他の指名業者の協力の結果,被告Hは本件工事1ないし3,5,6,10を,被告Gは本件工事4,7ないし9をそれぞれ受注したが,本件工事の各工事番号,工事名,入札執行日,予定価格,入札書比較価格,落札価格及び落札率は別紙3記載のとおりであった。なお,予定価格は,5パーセントの消費税を含んだ金額で,予定価格から消費税分を控除した金額が入札書比較価格であり,落札率は,被告両会社の入札金額である落札価格を入札書比較価格で除した割合である。(甲8ないし17の各1ないし3,甲31及び32の各1ないし5,丙14の1ないし10)

(4)  関連する事項等

ア 落札率について

(ア) 日本弁護士連合会作成の「入札制度改革に関する提言と入札実態調査報告」(平成13年2月付け)によると,神奈川県横須賀市の平成11年度(1月末まで)の指名競争入札における平均落札率は85.6パーセント,神奈川県座間市の平成11年度の指名競争入札における平均落札率は83パーセント,三重県久居市の平成11年度の指名競争入札における平均落札率は約70パーセントであった。(甲34)

(イ) 原告らが平成11年度及び平成12年度におけるA支庁の農業土木工事の落札率を分析したところ,平均落札率は,①平成11年4月から同年9月まで(公正取引委員会の調査前まで)が98.73パーセント,②同年11月から平成12年5月まで(同調査後本件勧告まで)が96.88パーセント,③同年6月から平成13年2月までが89.96パーセントであった。(甲86)

(ウ) 入札等管理委員会(北海道総務部入札指導監察監)が作成した平成12年度ないし平成14年度の各入札制度改善白書によると,農政部門における工事の落札率は,平成11年度が98パーセント,平成12年度が95.36パーセント,平成13年度が95.9パーセント,平成14年度が95.2パーセント,土木部門における工事の落札率は,平成11年度が97.83パーセント,平成12年度が96.28パーセント,平成13年度が96.4パーセント,平成14年度が95.7パーセントであり,農政,水産,林務,建築及び土木部門を合わせた全工事の落札率は,平成11年度が97.92パーセント,平成12年度が96.11パーセント,平成13年度が96.2パーセント,平成14年度が95.5パーセントであった。(丙22の1,2,丙31)

(エ) 北海道のまとめによると,指名競争入札の平均落札率は,平成14年度が95.7パーセント,平成15年度が94.8パーセント,平成16年度が94.1パーセント,平成17年度が93.3パーセントであった。(乙ロ29ないし33の各2)

イ 工事執行規則について

北海道は,平成12年3月,「入札制度等の改善方策」を定め,これに基づく改善策の一環として北海道が請負人と契約を締結する際の建設工事請負標準契約書式等の改正を行い,同改正は,平成14年11月1日に公布され,平成15年1月1日から施行された。

上記改正により,工事執行規則46条の2等には損害賠償に関する条項が設けられ,北海道が請負人と締結した契約に関して,①当該請負人が独禁法違反により公正取引委員会から排除勧告を受け,当該勧告内容が確定したとき,又は,課徴金納付命令が確定したとき,あるいは,②当該請負人(当該請負人が法人の場合にあっては,その役員又は使用人)が競売等妨害又は贈賄の罪で起訴され刑が確定したときは,当該請負人が賠償金として請負代金額の10分の1に相当する額を支払わなければならないこととし,また,実際に生じた損害の額が請負代金額の10分の1に相当する額を超えるときは,北海道は当該請負人に対してその超過部分を請求できることとしている。

なお,上記条項を設けるに当たり,入札等監理委員会設置要綱に基づき設置された入札等監理委員会の意見を聴いたところ,各委員から,請負代金額の10分の1という額は賠償額としては疑問があり,むしろペナルティ,懲罰的な意味合いを有する政策的な額として理解できるとの意見が出された。(甲78の1ないし9,丙18,19,21の1,2,丙25)

ウ 北海道での他の談合事件等

(ア) T土木現業所技術部長は,平成3年5月から平成5年3月まで,翌年度の事業発注業者を入札前から決める本命の割付作業をしていた。(甲118)

(イ) S土木現業所の競争入札の指名選考委員会の選考委員であった事業部長は,平成6年10月24日ころ,北見市内の測量業者社長から入札への参加や落札で便宜を図ってもらったことや,将来も有利な取り計らいを受けたい趣旨と知りながら100万円を受け取った。この汚職事件は,平成10年に発覚した。(甲120,122ないし124,被告F)

(ウ) U土木現業所技術部長は,平成6年1月ころ,平成5年夏ころに同所が発注する測量事業の割付を有利にする見返りに,札幌市内の測量業者から現金を受け取り,飲食の接待を受けたという事件で警察から事情聴取を受けた。(甲118)

エ その他

(ア) A支庁の農業土木工事における談合事件をきっかけとして,入札談合等関与行為の排除及び防止に関する法律の検討が始まった。(甲70,127)

(イ) 東京都知事は,平成14年10月31日,工事請負業者56者に対し,公正取引委員会が課徴金納付命令を行うに当たって談合行為の存在を認定した工事につき損害額を契約金額の10パーセント相当額と算定し,平成15年1月31日を納入期限として4億9443万4500円を請求した。(甲67,68)

2  上記認定事実及び前提となる事実に基づき,争点につき検討する。

(1)  争点(1)(本案前の主張)について

ア 原告Bの本件訴えについて

(ア) 出訴期間と監査請求の期間制限等

a 被告らは,原告Bの本件訴えは,法定の出訴期間を経過した後にされたものであって不適法である旨主張する。

b 法242条の2第2項は,住民訴訟は住民監査請求に対する監査の結果又は勧告の内容の通知があった日から30日以内に提起しなければならないなどとして,出訴期間を定めており,この出訴期間経過後に提起された住民訴訟の訴えは不適法となる。また,法242条2項本文(本件規定)は住民監査請求の期間制限を定めており,制限期間経過後にされた住民監査請求は不適法となる。

法が住民訴訟の出訴期間を定めた趣旨は,住民監査請求の対象となる行為についていつまでも争い得る状態にしておくことは法的安定性の見地からみて好ましくないので,これをなるべく早く確定させようとするところにある。また,住民監査請求の期間制限を定めた趣旨も,住民訴訟の場合と同様に,住民監査請求の対象となる財務会計上の行為につき,住民がその個人の権利義務にかかわりなく,単に住民であるというだけの資格において,いつまでも当該行為の効力や担当職員の責任を問題にし得る状態にしておくことは法的安定性の見地から好ましくないので,これを期間的に制限しようとするところにある。

c また,法242条の2第1項,2項の文言等からすれば,法は,適法な住民監査請求が前置された場合に出訴期間内の住民訴訟の提起を認める反面,住民監査請求が不適法である場合には住民訴訟を提起することができないという監査請求前置主義を採用していることは明らかである。したがって,不適法な監査請求について監査委員が誤って監査をしたとしても,この監査の結果に対する不服等に基づく住民訴訟は不適法である(最高裁判所第2小法廷昭和63年4月22日判決・集民154号57頁,判時1280号63頁)。

そして,法242条1項の規定による住民監査請求に対し,同条3項の規定による監査委員の監査の結果が請求人に通知された場合,請求人たる住民は,その監査の結果に不服があるときは法242条の2第1項の規定に基づき出訴期間内に訴えを提起すべきものであり,同一住民が先に監査の対象とした財務会計上の行為又は怠る事実と同一の行為又は怠る事実を対象とする監査請求を重ねて行うことは許されていないと解される(昭和62年2月20日判決)。

なお,原告らは,昭和62年2月20日判決は変更されるべきであると主張するが,同一住民が同一の行為又は怠る事実につき何度でも監査請求ができるとする解釈は,法が住民訴訟について出訴期間を設けた趣旨に反するものであって,採用することができない。

(イ) 第1監査請求と第2監査請求の同一性

a 原告Bは第1監査請求と第2監査請求をしているところ,被告らは,両監査請求が同一であって第2監査請求は不適法である(その結果,原告Bの本件訴えの出訴期間は,第1監査請求に対する監査の結果等が通知された日から起算されることになる。)と主張し,原告らは,両監査請求の同一性を否定する。

b 前後の監査請求の同一性の有無は,各請求の対象とされている財務会計上の行為又は怠る事実の同一性の有無に帰するが,上記行為又は怠る事実の同一性の有無は,社会経済的な行為又は事実としての同一性の有無を基礎に,住民が何を監査の対象として監査委員に措置請求をしているとみるかという観点から,各監査請求における請求書の記載,事実を証する書面,その他監査請求人が提出した資料等を含めて,住民監査請求制度の趣旨及び目的に適合するよう総合的に判断されるべきである。

c 本件において,原告Bがした第1監査請求は,報道された公正取引委員会の見解等に言及したうえ,①北海道の農業土木工事につき,今後違法な官製談合による違法契約が行われないよう,条例や規則による徹底した防止統制措置を講じること,②平成10年度及び平成11年度における北海道の農業土木工事に関する指名競争入札につき落札率99パーセント以上で契約した金額の1パーセント相当につき損害の補填を求めるものであり,第2監査請求は,公正取引委員会の本件勧告等に言及したうえ,①被告両会社が平成11年度に落札したA支庁管内の農業土木工事12件につき,同工事の予定価格の10パーセント相当額8267万円を補填させること,②A支庁管内の農業土木工事につき,官製談合の徹底した全容解明と公表を北海道にさせることを求めるものである。

また,第1監査請求の請求書における「損害の補填を講ずるよう,求め」るとの記載,第2監査請求の請求書における「本来的には,官製談合に加わった道庁幹部・政治家及び両業者(注:被告両会社)が損害を賠償すべき」であるとの記載等を総合的にみれば,第1監査請求が対象とする社会経済的な行為又は事実は,北海道における談合行為及び北海道の農業土木工事に関する指名競争入札につき平成10年度及び平成11年度において落札率99パーセント以上で契約された農業土木工事に関する契約につき,損害賠償請求権の行使を怠っていることであり,第2監査請求が対象とする社会経済的な行為又は事実は,北海道における談合行為及びA支庁管内の落札率96.95パーセントから99.05パーセントの本件工事を含めた12件の農業土木工事の契約につき損害賠償請求権の行使を怠っていることである。

以上のとおり,原告Bがした第1監査請求及び第2監査請求は,いずれも北海道(第2監査請求ではそのうちのA支庁管内)の農業土木工事における談合につき,損害の補填及び全容の解明や防止のための措置を講じることを求めるものであり,添付された事実を証する書面も北海道あるいはA支庁管内の談合疑惑や本件勧告に関して報じた新聞記事の写し等である。これに加え,原告Bは,第2監査請求の請求書には,「貴監査委員も,私が本年2月22日に行った道の農業土木工事に係わる住民監査請求に対して,…「官製談合」が行われていたことを認めた。」,「これらの官製談合の結果,A管内の農業土木工事は予定価格に比して99%前後という不当な高値で落札されてきた。」などと記載して,第2監査請求の対象とする談合が第1監査請求において対象とした談合に含まれるものであることを前提としているほか,第2監査請求における陳述の際にも,「今年2月に,今回の事件と同様の監査請求を行った。」などと述べて,その対象が第1監査請求の対象と共通するものであることを自認している。

これらのことからすれば,原告Bのした第2監査請求は,第1監査請求の対象とされた農業土木工事の一部のみを取り上げた(第2監査請求の対象は第1監査請求の対象に含まれる。)ものであり,第1監査請求と同一の再度の監査請求として不適法である。

(ウ) 原告Bの本件訴えの適否

上記のとおり,原告Bのした第2監査請求は不適法であるから,原告Bの本件訴えが法定の出訴期間内にされた適法なものであるか否かは,第1監査請求との関係で検討すべきことになる。

そして,原告Bの出訴期間は,第1監査請求の監査結果の通知を受けた平成12年4月19日の数日後又は勧告に係る知事の措置の通知を受けた同年7月6日の数日後から30日間となるところ,原告Bの本件訴えの提起はこの出訴期間を経過した後の同年12月14日であるから,原告Bの本件訴えは不適法であり,却下を免れない。

イ 原告Cの本件訴えについて

(ア) 第2監査請求と期間制限

a 原告Cは,第2監査請求のみを行ったが,その対象は,前記のように,北海道が被告らに対して有する損害賠償請求権の行使を怠る事実であると認められる。

なお,第2監査請求における「道庁幹部・政治家」とは,第1監査請求の監査対象部局が北海道農政部及び各支庁であること,監査の結果として北海道知事に勧告がされたこと,第1監査請求と第2監査請求はほぼ同様の監査を対象としていることを勘案すれば,北海道知事,農政部長及びA支庁長を指すと考えられる。

b 怠る事実を対象としてされた監査請求であっても,特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか又はこれが違法であって無効であるからこそ発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実を対象とするものである場合には,当該行為が違法とされて初めて当該請求権が発生するから,監査委員が当該行為が違法であるか否かを判断しなければ当該怠る事実の監査を遂げることができないという関係にあり,これを客観的,実質的にみれば,当該行為を対象とする監査を求める趣旨を含むものとみざるを得ず,当該行為のあった日又は終わった日を基準として本件規定を適用すべきである(昭和62年2月20日判決参照)。しかし,怠る事実については,それが存在する限り,違法,不当な財務会計状態が継続していることになるから,住民監査請求の期間制限を設けた本件規定の趣旨は妥当せず,原則として本件規定の適用はないと解すべきであり(最高裁判所第3小法廷昭和53年6月23日判決・集民124号145頁),上記のようにその制限が及ぶというべき場合はその例外に当たることに鑑みれば,監査委員が怠る事実の監査を遂げるためには特定の財務会計上の行為の存否,内容等について検討しなければならないとしても,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にはないときは,当該怠る事実を対象としてされた監査請求は,本件規定の趣旨を没却するものとはいえず,これに本件規定を適用すべきではない(平成14年7月2日判決)。

c そこで,原告Cの第2監査請求において財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にあり,その結果,本件規定の適用があるといえるかどうかにつき検討する。

(a) 被告両会社に対する請求について

第2監査請求の対象の1つは,北海道が被告両会社に対して有する損害賠償請求権の行使を怠る事実であるところ,当該損害賠償請求権は,被告両会社を含む指名業者間において談合をした結果に基づいて,被告両会社が北海道の実施した指名競争入札における入札をして落札者となり,北海道との間で不当に高額な代金で請負契約を締結して北海道に損害を与えたという不法行為により発生したと主張されるものである。これによれば,第2監査請求について監査を遂げるためには,監査委員は,北海道が被告両会社と請負契約を締結したことやその代金額が不当に高いものであったか否かを検討せざるを得ないが,北海道の同契約締結やその代金額の決定が財務会計法規に違反する違法なものであったとされて初めて北海道の被告両会社に対する損害賠償請求権が発生するのではなく,被告両会社を含めた指名業者間の談合,これに基づく被告両会社の入札及び北海道との契約締結が不法行為法上違法の評価を受けるものであること,これにより北海道に損害が発生したこと等を確定しさえすれば足りるから,第2監査請求は,被告両会社との関係では,北海道の契約締結を対象とする監査請求を含むものとみざるを得ないものではない。したがって,これを認めても,本件規定の趣旨が没却されるものではなく,第2監査請求のうち,被告両会社に対するものには本件規定の適用がない。

(b) 被告D及び被告F(A支庁長)に対する請求について

被告D及び被告Fは,それぞれ本件工事の一部が行われた当時,A支庁長であった。

ところで,本件工事を含む工事の請負契約は,支出負担行為(法232条の3)であり,支出負担行為については,北海道知事から各支庁長に権限が委任されているから(財務規則12条1項3号,2条4項,別表1),A支庁長は,同契約についての財務会計行為に関する職員である。したがって,第2監査請求は,被告D及び被告Fとの関係では,契約締結行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にあるといえ,本件規定の適用がある。

(c) 被告I及び被告J(農政部長)に対する請求について

被告I及び被告Jは,それぞれ本件工事の一部が行われた当時,農政部長であった。

しかし,農政部長は,本件工事を含むA支庁における農業土木工事の請負契約及びこれに係る指名競争入札について,関与する権限があったと認めるべき証拠はなく,また,実際に関与していたともいえない(受注調整について農政部技監から適宜報告を受けていたことは認められるものの,それによって農政部長が何らかの権限行使をしていたことは認められない。)。したがって,第2監査請求は,被告I及び被告Jとの関係では,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にないといえ,本件規定の適用がない。

(d) 被告E(知事)に対する請求について

被告Eは,本件工事及び第2監査請求の当時,普通地方公共団体である北海道の知事であり,法242条1項にいう普通地方公共団体の長であった(139条1項)。

普通地方公共団体の長は,当該普通地方公共団体を代表する者であり(法147条),当該普通地方公共団体の条例,予算その他の議会の議決に基づく事務その他公共団体の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し及び執行する義務を負い(法138条の2),予算の執行,地方税の賦課徴収,財産の取得,管理及び処分等の広範な財務会計上の行為を行う権限を有する者であり(法149条),その職責及び権限の内容に鑑みると,その権限に属する一定の範囲の財務会計上の行為をあらかじめ特定の吏員に委任することとしている場合であっても,上記財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものである(最高裁判所第3小法廷平成5年2月16日判決・民集47巻3号1687頁参照)。そうすると,知事の財務会計上の行為を行う権限の行使が違法なものであったと判断されて初めて北海道の被告Eに対する損害賠償請求権が発生することになり,第2監査請求は,被告Eとの関係では,北海道の契約締結を対象とする監査請求を含むものとみざるを得ないものである。したがって,被告Eの関係では,本件工事の工事請負契約が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にあるといえ,本件規定の適用がある。

(イ) 制限期間の起算点と原告Cの本件訴えの適否

a 以上のとおり,怠る事実を対象としてされた監査請求であって,特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか又はこれが違法であって無効であるからこそ発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実を対象とするものである場合には,当該行為のあった日又は終わった日を基準として本件規定を適用すべきところ,原告Cのした第2監査請求のうち,被告D及び被告Fと被告Eに対する損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象とするものについては本件規定の適用があることになり,その怠る事実については,北海道がした本件工事の契約締結という特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かを判断すべきものであるから,上記当該行為のあった日又は終わった日とは,本件工事の契約締結日であることになり,本件規定による期間制限はこの契約締結日を基準として定められることになる。

そして,第2監査請求は平成12年9月12日にされたものであるところ,本件工事のうち,契約締結日がそれより1年以上前のもの,すなわち本件工事1ないし6は,本件規定による制限期間以前のものであるから,第2監査請求のうち,被告D及び被告Fと被告Eに対する損害賠償請求権の行使を怠る事実の本件工事1ないし6を対象とする部分は不適法となり,これらの部分に係る原告Cの本件訴えは,適法な監査請求が前置されていないことになるから,不適法となる。

そうすると,原告Cの本件訴えのうち,本件工事1に係る被告Dに対する訴え,被告Fに対する本件工事2ないし6及び被告Eに対する本件工事1ないし6に係る部分の訴えはいずれも不適法であって,却下を免れない(原告Cの本件訴えのうち,被告F及び被告Eに対する制限期間内に第2監査請求がされた本件工事7ないし10に係る部分の訴えは,適法な監査請求が前置されているといえるから,適法である。)。

b これに対し,被告両会社と被告I及び被告Jに対する損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象とするものについては本件規定の適用がないから,第2監査請求は適法であり,これを前置した原告Cの被告両会社と被告I及び被告Jに対する本件訴えも適法である。

(ウ) 補足説明

a 原告らは,原告Cのした第2監査請求につき,本件規定による期間制限の起算点は,本件工事の完成後の工事代金支払の日であるから,第2監査請求はいずれも制限期間内に行われた適法なものである旨主張する。

しかし,第2監査請求における怠る事実に関して判断されなければならないのは,本件工事の契約締結という特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かであって,その後の代金支払が違法であるか否かではないから,上記原告らの主張は採用することができない。

b 被告両会社は,原告らは,被告らの一体性を強調していること等からすれば,被告ら全員について,一体として本件規定が適用されるなどと主張する。

しかし,原告らが被告らの一体性を強調しているからといって,被告ら全員に本件規定が適用されるべきことにならないのは明らかである。前記のように,本件規定の適用の有無につき,いわゆる財務会計職員とそれ以外の者とで結論が異なるのは,法242条1項,2項の規定によるものであり,立法政策の観点から,財務会計職員の特定の財務会計上の行為を捉えてこれを問題とするものについては,普通地方公共団体内部において監査委員がこれを監査する仕組み等が整備されている以上(法199条1項,3項ないし5項,9項,12項等),法的安定の見地から期間制限が定められても,特に不合理であるとはいえない。

したがって,被告両会社の主張を採用することはできない。

c 被告Hは,原告Cのした第2監査請求は,原告Bが本件訴えの原告となるため出訴期間要件を免れる目的でしたものであるとして,原告Cの本件訴えも適法な監査請求を前置したものとはいえず,不適法であると主張する。

しかし,原告Cが第2監査請求を上記主張に係る目的で行ったと認めるに足りる証拠はなく,上記被告Hの主張を採用することはできない。

ウ まとめ

以上のとおり,原告Bの本件訴えと,原告Cの本件訴えのうち,被告Dに対する部分,被告Fに対する本件工事2ないし6に係る部分及び被告Eに対する本件工事1ないし6に係る部分は,いずれも不適法であるから却下され,原告Cのその余の本件訴えは適法である。

(2)  争点(2)(談合の存在と不法行為該当性等)について

ア 入札は,売買や請負等の契約の締結に関し,入札参加者間の競争を通じて受注者や受注価格を決定しようとするものである。このような入札に関して行われるいわゆる入札談合は,入札参加者である事業者が共同して,又は,事業者団体が入札に係る受注予定業者(受注すべき者。いわゆる本命業者)や最低入札金額(受注予定価格)等を決定することによって,入札により発注される商品又は役務の取引に係る競争を制限する行為をいう。このような入札談合は,もとより違法であり(刑法96条の3第2項,独禁法3条,8条1項1号,入札談合等関与行為の排除及び防止に関する法律(平成14年法律第101号)参照),これによって契約の対価が不当に低く(売買契約等の場合)又は高く(請負契約等の場合)定められることにより,当該契約の相手方に損害を与えるときは,不法行為を構成するというべきである(なお,以下の入札等に関する記載は,主として,本件において問題とされる工事請負契約を前提とする。)。

イ 被告両会社は,それぞれ,A支庁の耕地課長から受注予定業者名や予定価格の示唆を受けたQ農業土木協会の事務局長から,本件工事につき,受注予定業者として選ばれた旨及び予定価格の示唆を受け,自社が確実に受注できるようにするため,他の指名業者に連絡をし,その協力を得て,自社の入札金額が最も低額となるようにし,本件工事を落札し,その契約をしたのであるから,まさに入札談合をしていたといえる(以下,本件工事に係る談合を「本件談合」ということがある。)。

ウ 被告両会社及び参加人は,農業土木工事の特殊性等(工期の制約,地域間の施工量のばらつきといった特殊性や,事業量増大に対応する業者の確保の必要性)から,A支庁の担当者は受注調整のために予定業者名や予定価格をQ農業土木協会に示唆しただけで,本件談合に関与していない旨主張する。

しかし,入札は,入札参加者間の競争を通じて受注者や受注価格を決定しようとするものであるところ,上記のとおり本件談合が行われており,しかも,それはA支庁の担当者が受注調整の名の下に受注予定業者をあらかじめ決め,かつ,予定価格に基づいて入札金額を決めることが可能となるような情報を提供したからこそ行われたものであり,上記担当者が本件談合に関与していたとみるべきは当然である。上記主張に係る農業土木工事の特殊性があるからといって,受注調整の名の下で行われたA支庁担当者の行為やそれに基づく本件談合が正当化されたり許容されるべき合理的な理由となり得ないことは明らかであり,上記主張は本件における判断に影響を及ぼすものではない。

(3)  争点(3)(被告Gの責任)について

被告Gは,本件談合に自ら関与し,受注予定業者(本命業者)となった本件工事4,7ないし9につき,指名競争参加業者の中で最も低い入札金額の入札をしてこれを落札し,北海道との間で上記工事に係る請負契約を締結したものであって,かかる行為は北海道に対する不法行為を構成するから,北海道に対し,本件談合によって生じた損害について責任を負う。

(4)  争点(4)(被告Hの責任)について

被告Hは,本件談合に自ら関与し,受注予定業者(本命業者)となった本件工事1ないし3,5,6,10につき,指名競争参加業者の中で最も低い入札金額の入札をしてこれを落札し,北海道との間で上記工事に係る請負契約を締結したものであって,かかる行為は北海道に対する不法行為を構成するから,北海道に対し,本件談合によって生じた損害について責任を負う。

(5)  争点(5)(被告Eらの責任)について

ア 被告D及び被告F(A支庁長)の責任について

被告Dに対する本件訴えはいずれも不適法であるから,以下,被告Fの責任につき検討する。

原告らは,本件談合がA支庁長の主導の下に行われたとし,指名選考委員会に提出する指名業者案作成等の耕地課長及び管理課長の作業は同委員会委員長であるA支庁長の指示,打合せのもとに行われ,A支庁長であった被告Fは,本件談合を知りながら,被告両会社と共同して本件工事にかかる契約を締結し,北海道に損害を与えたと主張する。

しかし,A支庁の耕地課長らがQ農業土木協会の事務局長に対して予定業者及び予定価格を示唆していたことは認められるものの,それがA支庁長の指示によって行われていたことを認めるに足りる証拠はない。したがって,A支庁長が本件工事における談合につき積極的に加担していたとみることはできない。

また,A支庁長は本件工事の契約締結権者であり,契約金額を確認して契約を締結している(その立場上当然のことであり,被告Fは契約金額について問題がなかったと供述している。)が,毎月1回の指名選考委員会で付議される件数が20ないし50件と多数である(したがって,その後も同程度の契約締結に関する作業が行われることになる。)うえ,契約金額や落札率の高低が直ちに当該契約についての談合等の違法行為の有無に結びつくものではないことからすれば,本件談合が行われていたことに気付かなかったとしても無理からぬものと考えられ,安易に違法行為を見過ごしていたともいえない。

したがって,原告らの主張を採用することはできず,被告Fにおいて故意又は過失はないから,責任を認めることはできない。

イ 被告I及び被告J(農政部長)の責任について

原告らは,農政部長である被告I及び被告Jが農政部の責任者として本件談合の元締め行為を主導したなどと主張する。

確かに,本件談合は農政部設計課参事組織が関与した受注調整に基づいて行われたもので,農政部技監は,受注調整を統括する立場にあり,また,農政部長に適宜報告をしていたことは認められる。

しかし,農政部技監から農政部長であった被告I及び被告Jに対する上記報告が,いつの時点においてされたどのような内容のものであったのかは具体的にこれを認定するに足りる証拠はなく,他に農政部長の受注調整や本件談合に対する関与を認めるに足りる具体的な証拠のない本件では,農政部長の下で特命事項を担当し,農業土木工事に対する技術的なものを総括する立場にある農政部技監から農政部長が適宜報告を受けていたとの事実だけから,被告I及び被告Jが上記受注調整や本件談合について認識していたとか,それらの元締め行為を主導していたなどと認めることはできず,これらが行われたことについて,被告Iや被告Jに故意又は過失があったとすることはできない。

したがって,原告らの主張を採用することはできず,被告I及び被告Jは責任を負わない。

ウ 被告E(知事)の責任について

原告らは,被告Eが知事として談合を防止すべき立場にあり,しかも北海道の職員や副知事を務めた上で知事となった者であるところ,北海道では各部署で談合に関与することが蔓延していたから,被告Eは,各部署在籍時代に談合に深くかかわっており,また,S土木現業所の汚職事件の発覚を契機に行った全道調査により全道の農業土木工事全体で談合が行われていたことを熟知していたのに,本件談合に積極的に加担し,そうでないとしても談合防止策を講じずに放置して本件談合を誘発した旨主張する。

確かに,平成10年にS土木現業所における汚職事件が発覚し,また,U土木現業所やT土木現業所でも本命割付等が行われていたことは認められる。

しかし,上記以外の部署で談合への関与や本命割付等が行われていたことを認めるに足りる証拠はないし,仮に,北海道の各部署において談合への関与が行われていたとしても,被告Eが,在籍中の各部署で談合にかかわっていたことを認めるに足りる証拠はない。また,被告Eが,平成10年5月ころにP技監が指示してまとめさせた全道協会関係調書の作成に何らかの関与をし,あるいはその内容を知っていたこと,さらに,本件談合に積極的に加担したことはもとより,本件談合あるいはそれに先行する受注調整について,それらの存在を知っていたことを認めるに足りる証拠はない。

そして,被告Eは,北海道の長であり,その権限に属する一定の範囲の財務会計上の行為を特定の吏員に委任している場合であっても,その財務会計上の行為を行う権限を本来的に有するものであるところ,本件談合が現実に行われた(北海道はこれを防止し得なかった。)のみならず,A支庁の担当者がこれに関与していたにもかかわらず,これらのことを認識していなかったとすれば,知事の職責及び権限を全うしていなかったとして政治的責任を問われる余地はあるが,上記のような権限の行使ないし不作為をもって,直ちに,その財務会計上の権限の行使を違法に怠り,かつ,不法行為における過失があったとすることはできない(上記のようにA支庁長が農業土木工事についてだけでも多数の件数を処理していることに照らしても,知事としてより広範な職責を担っている被告Eが,本件談合や受注調整について認識していなかったとしても,談合防止策について放置していたとか,本件談合を誘発したなどともいえない。)。

なお,本庁が平成11年8月9日付けで作成した特定業者の工事関係の調整表(甲100の4)の業者名欄の上部欄外に,「E知事,J部長がらみ」との手書きの記載があるところ,原告らは,この箇所については,実際に当初の受注調整の予定が変更されていること等を指摘して,被告Eが受注調整についていわゆる口利きをしており,ひいては,被告Eが談合の存在を認識していたなどと主張する。しかし,この記載がいつ誰によってどのような趣旨でされたのかは不明であり(記載の経緯等に関する農政部及びA支庁による関係職員への調査によっても,「上司をはじめ色々な者の情報から特定の業者と関係があると思われる者を想定して,備忘的にメモしたものと思う」という以上の事実関係は不明である(甲49)。),この記載から,被告Eが受注調整につき認識をし,本件談合にかかわっていたことを認めることはできず(なお,被告Jについても同様のことがいえる。),原告らの主張を採用することはできない。

したがって,被告Eには,本件工事に係る談合についての故意又は過失を認めることができず,責任を負わない。

エ まとめ

以上のとおり,被告Eらに対する原告Cの本件訴えのうち適法とされる部分については,いずれも不法行為の成立を認めることができず,損害の点について論ずるまでもなく,被告Eらに対する原告Cの請求は理由がない。

(6)  争点(6)(損害の発生,損害額及び過失相殺)について

ア 損害の発生

(ア) 被告両会社による本件談合は,指名競争入札前に決められた受注予定業者が落札できるように,入札に参加する業者間で互いに入札価格を調整して受注予定業者に希望どおり落札させるものであり,結局,指名業者間で公正な競争をすることによる落札価格の低下を防ぎ,受注した業者の利益を図るものであるから,談合が行われた場合には,本件工事の発注者である北海道は,本件談合が行われなかった場合に形成されたであろう公正な競争を前提とする価格よりも高額な金額で契約を締結した蓋然性が高いといえ,その高額な契約金額の支払をして両者の差額相当分の損害を被ったと認められる。

(イ) 被告両会社及び参加人は,入札参加業者が予定価格をある程度予測することは可能であり,入札参加業者はより高額の落札を希望するから,結果として落札価格が予定価格に接近したものとなることがあり得るし,予定価格の範囲内であれば,損害が発生したとはいえないなどと主張する。

しかし,入札は,入札参加者間の競争を通じて受注者や受注価格を決定しようとするものであり,予定価格は,受注価格となる入札金額の最高限を画するものであり,実際の受注価格は予定価格よりもできる限り低くなることが制度上当然に期待されている。そして,入札が正常に行われる場合,すなわち受注予定者が決められておらず,予定価格も判明していない場合,入札参加者は,その受注意欲や企業としての体力等に応じて入札を行うが,受注意欲が強く体力のある入札参加者は,落札の可能性を高めるため,予定価格を超過しないようにするのはもとより,最低額の入札をして他の入札参加者との競争に勝つため,経費や利益を圧縮して入札することになるはずである。この場合,予定価格の予測はあくまで予測にすぎないのであって,その単なる予測に基づく入札金額に比して,あらかじめそれが判明しているときの入札金額が高額になる可能性は大きく,更にあらかじめ受注者が決められていて予定価格が判明しているときの入札金額はより高額となり得ることは明らかであり,被告両会社及び参加人の主張を採用することはできない。

(ウ) 参加人は,受注調整により農業土木工事が地元建設業者によって施工されるよう誘導することは,有益性,有利性があり,受注調整の結果として指名業者間の競争が損なわれる事態があったとしても,入札価格が予定価格の範囲内である限り実質上の損害は生じていないなどと主張する。

しかし,指名競争入札の参加者の指名に当たっては,契約の適正な履行の確保を図ることができる範囲内において,地場業者の育成に努めなければならないとされているものの,指名業者間の競争が損なわれることになる受注調整をしてまで地元業者に施工させることによる有益性,有利性があることを認めるべき具体的証拠はない。一方,受注調整による談合が行われる場合,上記の損害が生じることは明らかであり,参加人主張の有益性,有利性によりその損害が補填されるものともいえないから,参加人の主張を容れることはできない。

イ 損害の額

(ア) 以上のとおり,北海道には本件談合により損害が生じており,その損害額は,本件工事に係る契約について,本件談合がなければ形成されたであろう契約金額と入札金額(別紙3の落札金額)との差額であることになるが,指名競争入札においては,入札に係る工事の規模,種類や特殊性のほか,入札指名業者数や各業者の事業規模や受注意欲及び企業体力,入札当時の社会経済情勢,入札が行われた地域の特殊性等,様々な要因が複雑に影響し合って落札価格が形成されるのであって,損害の性質上その額を立証することは極めて困難であるというべきであるから,民事訴訟法248条を適用して,口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,相当な損害額を認定するのが相当である。

(イ)a このように不確定要素の多い中で賠償金額を認定するに当たり,正常な入札では,入札参加者は,予定価格を超えた入札価格では落札することができないため,予定価格を手堅く低めに予測した上で,他の入札参加者より低い価格で入札しようとするのが通常であること,損害額の算定が困難な中で賠償責任を負わせる以上,上記認定は控えめにするのが相当であること等の一般的な事情が考慮されるべきである。

また,原告らの分析でも,平成11年度及び平成12年度におけるA支庁の農業土木工事の平均落札率は,①平成11年4月から同年9月まで(公正取引委員会の調査前まで)が98.73パーセント,②同年11月から平成12年5月まで(本件勧告まで)が96.88パーセント,③同年6月から平成13年2月までが89.96パーセントであり,①の時期と③の時期の平均落札率の差は8.77パーセントであり,10パーセントもないこと,入札等管理委員会(北海道総務部入札指導監察監)が作成した平成12年度ないし平成14年度の各入札制度改善白書によると,農政部門における工事の落札率は,平成11年度が98パーセント,平成12年度が95.36パーセント,平成13年度が95.9パーセント,平成14年度が95.2パーセント,土木部門における工事の落札率は,平成11年度が97.83パーセント,平成12年度が96.28パーセント,平成13年度が96.4パーセント,平成14年度が95.7パーセントであり,農政,水産,林務,建築及び土木部門を合わせた全工事の落札率は,平成12年度は96.1パーセント,平成13年度は96.2パーセント,平成14年度は95.5パーセントであり,本件勧告前と本件勧告後の適正な入札がされたであろう時期との間で落札率にそれほど差がないこと,北海道による平成14年度から平成17年度の調査結果においても,指名競争入札の平均落札率は,それぞれ95.7パーセント,94.8パーセント,94.1パーセント,93.3パーセントと,93ないし95パーセント台であったこと,その他本件における口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果を総合的に考慮すると,損害額は,本件工事の予定価格の5パーセントに相当する額3923万4562円(被告Gのした本件工事4,7ないし9分につき1927万4377円,被告Hのした本件工事1ないし3,5,6,10分につき1996万0185円)と定めるのが相当である。

b 原告らは,神奈川県横須賀市,座間市,三重県久居市における平均落札率が約70ないし85パーセントであったことや,東京都において談合をした業者に対し10パーセントの損害賠償請求をしたこと等を理由に,本件談合についても10パーセントに相当する額が損害額となると主張する。

しかし,前記の各地方公共団体における指名競争入札に関する調査結果(甲34)等は,いずれも本件工事と近似した条件下におけるものであるか不明であり,それらの調査結果等をもとに本件談合における損害額を認定することはできない。

また,原告らは,改正後の工事執行規則において賠償金額が請負代金額の10パーセントとされたことから,本件談合における損害額も10パーセントが相当であると主張する。

しかし,工事執行規則における賠償金額は,実際の損害額と同一ではなく(実際の損害額が10パーセントより低額であっても,一律10パーセントの賠償が請求される。),改正過程における意見等からしても懲罰的な違約金の趣旨を含むものと認められ,原告らの主張を採用することはできない。

ウ 過失相殺について

被告両会社は,北海道の職員の関与の可能性がうかがわれる部分もあり,一定割合での過失相殺がされるべきであると主張する。

確かに,北海道の職員により予定価格及び本命業者の示唆がされ,その示唆に基づいて本件談合が行われたことは認められる。したがって,北海道には職員に対する監督義務違反があったことは否定できない。しかし,北海道の職員による上記示唆行為は被告両会社を含めた業者の談合行為のいわば幇助行為であり,被告両会社は,北海道の職員らの幇助を得て,共同不法行為者として北海道に損害を与えたものであって,被告両会社が,北海道の監督義務違反を理由として過失相殺を主張することは,職員が威迫等の手段を用いて強いて談合をさせたような特段の事情がない限り認められないというべきである。

3  以上によれば,原告Bの本件訴えは,不適法であるからこれを却下し,原告Cの訴えのうち,主文2項の部分は不適法であるからこれを却下し,その余の訴えに係る請求は,主文3,4項の限度で理由があるからこれを認容し,その余は,理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条,66条を,仮執行の宣言について同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠井勝彦 裁判官 馬場純夫 裁判官 矢澤雅規)

(別紙1及び別紙2は,添付省略)

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