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札幌地方裁判所 平成12年(行ウ)3号 判決 2003年3月25日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告らは,A市に対し,連帯して7億0140万円及びこれに対する平成12年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,A市がB駅について駅舎を新設した上でこれを被告Cに対し無償で譲渡をしたことは違法であり,これによってA市に同駅舎の建設費用である7億0140万円の損害が生じたとして,A市民である原告らが,A市に代位して,当該無償譲渡の当時の市長である被告Dに対しては地方自治法242条の2第1項4号の当該職員に対する損害賠償の請求として,被告Cに対しては同号の当該行為に係る相手方に対する損害賠償あるいは不当利得返還の請求として,被告Eに対しては被告D及び被告Cとの共同不法行為による損害賠償請求として,連帯して7億0140万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年3月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める住民訴訟の事案である。

第3争いのない事実

1  原告らは,いずれもA市の住民である。

2  被告Cは,旅客鉄道事業等を目的とする株式会社であり,平成10年12月25日以前から,鉄道施設としてB駅を設置していた。

3  A市は,平成5年5月,B駅周辺地区整備基本計画を策定し,それ以降,自らを施行者とするB駅周辺地区土地区画整理事業(以下「本件区画整理事業」という。)を推進してきた。

4  被告Dは,平成10年12月25日当時,A市長であった。

5  被告Eは,衣料品,家庭用品,日用雑貨,玩具,靴,履物及び家具類の加工並びに製造及び販売等を目的とする株式会社であり,本件区画整理事業の施行地内であり,B駅の北側に隣接する土地に,商業施設(以下「本件商業施設」という。)を設置している。

6  A市は,公金7億1700万円を支出し,B駅について橋上化,大型化された新しい駅舎(以下「本件駅舎」という。)を建設した上,平成10年12月25日,市議会の議決を経て,これを被告Cに対し無償で譲渡をした(以下「本件無償譲渡」という。)。

7  原告らは,平成11年12月24日,A市監査委員に対し,本件無償譲渡について必要な措置を講ずべき旨の住民監査請求をしたが,同請求については,平成12年2月15日,理由がない旨の決定がされ,そのころ,その旨が原告らに通知された。

第4争点及び当事者の主張

1  争点

本件の主たる争点は,以下のとおりである。

(1)  本件無償譲渡の違法性の有無

(2)  被告Eの共同不法行為責任の成否

2  原告らの主張

(1)  争点(1)(本件無償譲渡の違法性の有無)について

本件駅舎はA市の普通財産であったところ,本件無償譲渡は,地方自治法237条2項の「適正な対価」なくしてされた「処分」であり,かつ,以下に述べるとおり,同法232条の2の「公益上必要がある場合」に当たらず,「寄附」の要件を充たさないから,違法である。

ア 公益上の必要性の判断方法

(ア) 公有財産の無償譲渡について地方自治法232条の2の「公益上必要がある場合」に当たるか否かは,当該無償譲渡の目的及び効果,政策的な優先順位,当該普通地方公共団体の財政上の余裕の程度を考慮して判断されるべきである。

(イ) なお,本件駅舎を無償で譲渡することについて「公益上必要がある場合」に当たるか否かは,本件駅舎の建設についての公共上の必要性とは区別して議論されるべきである。

イ 無償譲渡の目的及び効果

(ア) 本件駅舎は営業施設として相応の収益が見込まれ,本件無償譲渡は,一営利企業である被告Cには利益をもたらすものであるが(被告Cとしては,本件無償譲渡に係る契約によって指定用途であるB駅駅舎としての用途に供することが義務づけられているとしても,何ら痛痒はない。),乗降客は所定の対価を支払わなければ本件駅舎を利用することができないものであり,A市やその住民に対しては格別の利益をもたらすものではなく,被告Cの私益のみを目的としたものにすぎない。

(イ) また,たとえ本件駅舎を被告Cに使用させる必要があったとしても,無償譲渡という方法によるのではなく,賃貸又は適正な対価による譲渡という方法によることも可能であったと考えられ,本件無償譲渡が必要不可欠とされるためには,被告Cが無償譲渡を受けるのでなければ本件駅舎を使用しないという態度をとり,かつ,それが社会的に是認させることが前提となる。

しかし,被告Cをはじめとする鉄道事業者が他者の所有する駅舎を使用している事例が存在することや,昭和61年法律第93号による地方財政再建特別措置法24条2項から「日本国有鉄道」を削除する旨の改正がされる際に衆議院及び参議院の各日本国有鉄道改革に関する特別委員会において各旅客鉄道株式会社は地方公共団体に対し同項の趣旨をこえるような負担を求めないこととの附帯決議がされていることなどから明らかなように,被告Cが無償譲渡を受けるのでなければ本件駅舎を使用しないという態度をとることが社会的に是認されるといった前提は成り立たない。

(ウ) 行政庁は,裁量権の行使に際し,関係する公的諸利益,社会的,私的な諸利益への配慮を十分に尽くした上で,公益に照らし最善の決定結果に至るように振る舞う法的義務を負うと解されるところ,本件事業に基づき被告Eが設置した本件商業施設により,既存の中小自営業者は,厳しい商業上の競争にさらされることになったものであり,当該法的義務は尽くされていない。

また,被告Eは,本件事業の当初から採算の見通しがなく,平成13年9月27日,東京地方裁判所に再生手続開始の申立てをし,同年10月12日,再生手続開始の決定を受け,その経営は既に破綻している。

ウ A市の財政状況

A市の財政は,一般会計決算実質収支から一般会計貸付金を控除した実質収支実額が標準財政規模に占める割合が,平成5年度は6.12パーセントであり,平成10年度は18.66パーセントであって赤字再建団体とされる20パーセントに接近するなど,厳しい状況にあった。

(2)  争点(2)(被告Eの共同不法行為責任の成否)について

被告Eは,本件区画整理事業のために設立されたディベロッパーであり,本件区画整理事業の施行区域内の土地の大部分の所有者であり,当該土地に商業施設を設置する者であって,本件事業により最大の利益を得る者であるところ,その株式の20パーセントが被告Cにより保有されていることや,9人の取締役のうち2人が被告Cの役員等であることからすると,被告D及び被告Cと共謀の上,本件無償譲渡をさせたことが容易に推認される。

3  被告らの主張

(1)  争点(1)(本件無償譲渡の違法性の有無)について

ア 公益上の必要性の要否(被告Cの主張)

普通財産の無償譲渡は,地方自治法237条2項の「議会の議決」を経ていれば,同法232条の2の「公益上必要がある場合」に当たらなくても,適法である。

イ 公益上の必要性(被告D及び被告Cの主張)

以下に述べるとおり,本件無償譲渡は,地方自治法232条の2の「公益上必要がある場合」に当たるから,違法ではない。

(ア) 本件区画整理事業は,B駅の付近にあった築港ヤードの跡地を含む施行地について,商業,アミューズメント,ホテル,住宅等の施設を配置した複合的な都市空間を形成するため,都市基盤としての幹線道路及びそれに接続する駅前広場等の整備を内容とするものであり,施行地の整備により新たに建設される施設等の稼働,営業による雇用機会の促進,住居人口の増大,A市外に流出していた消費を引き戻すこと,観光客の誘致,宿泊施設の利用促進等により,経済の低迷化,人口の減少という課題を抱えるA市の活性化を図るとともに地域住民の福祉の向上に寄与するという目的を有していた。

(イ) そして,本件区画整理事業が完成し,複合機能型の街づくりが実現した場合には,B駅は,観光客,居住者等の利用が飛躍的に増大するとともに,バス,タクシー等の交通の要としての役割を担わなければならず,駅舎の規模,機能を拡大し,新たに設置することが不可欠であった。

このように,本件無償譲渡は,本件区画整理事業の一環としてとられた措置であるから,地方自治法232条の2の「公益上必要がある場合」に当たるか否かは,事業全体の中で判断されるべきであるところ,(ア)で述べたとおり,本件事業は,公共的な目的に基づくものである。

(ウ) また,本件無償譲渡が地方自治法232条の2の「公益上必要がある場合」に当たるか否かは,土地区画整理法との関連が考慮されるべきであり,事業の公共性を前提としてその目的に合致するか否かの観点から判断されるべきであるところ,被告Cは地元の地方公共団体等からの要請により駅舎を設置する場合の費用は本来は被告Cが負担する必要はないとの考えを有していたものであるから,本件無償譲渡は本件事業の目的に合致する。

(エ) 本件駅舎は,無限定な自由財産として無償譲渡されたものではなく,本件無償譲渡に係る契約によって指定用途であるB駅駅舎としての用途に供することが義務づけられており,いわば負担付贈与に当たる。

(2)  争点(2)(被告Eの共同不法行為責任の成否)について(被告Eの主張)

被告Eは,本件無償譲渡に関与しておらず,原告ら主張の共謀の事実はない。

第5判断

1  争点(1)(本件無償譲渡の違法性の有無)について

(1)  公益上の必要性の要否について

本件無償譲渡は,地方自治法232条の2の「寄附」に当たり,「公益上必要のある場合」に当たる場合でなければ,違法であると解するのが相当である。

なお,同法232条の2は「第4節支出」の中の規定であるから金銭の支出についてのみ適用があり,金銭以外の財産は「第9節財産」の規定に服するのみで同法232条の2の適用はないとする余地もある。しかし,同法232条の2には「寄附」の対象となるものを金銭に限定する文言がないこと,金銭以外の財産であれば公益上の必要性がなくても無償譲渡ができるとすると同法232条の2の趣旨が没却されるおそれがあることなどにかんがみると,上記のように解することはできない。

(2)  公益上の必要性の存否について

ア 公有財産の無償譲渡が「公益上必要のある場合」に当たるか否かは,一次的には普通地方公共団体の長の行政裁量に属する事項であるが,その裁量の範囲は無制約なものではなく,客観的に公益上の必要性があるといえない場合には,裁量権を逸脱するものとして違法と評価される場合があり得ると解される(なお,長その他の職員の公金の支出等は,一方において議会の議決に基づくことを要するとともに,他面法令の規定に従わなければならず,議会の議決があったからといって,法令上違法な支出が適法な支出となる理由はないと解される。最高裁判所昭和37年3月7日大法廷判決・民集16巻3号445頁)。

そうすると,本件無償譲渡が違法であるか否かは,A市長であった被告Dが同法232条の2の「公益上の必要がある場合」に当たるとして本件無償譲渡をしたことについて市長としての権限の行使に裁量権の逸脱があったか否かという観点から判断することが相当である。

イ そして,被告Dが地方自治法232条の2の「公益上の必要がある場合」に当たるとして本件無償譲渡をしたことについて裁量権の逸脱があったか否かは,本件無償譲渡の目的及び効果,政策の優先順位,その当時のA市の財政事情等を総合して判断することが相当である。

なお,被告D及び被告Cは,本件無償譲渡が同法232条の2の「公益上必要がある場合」に当たるか否かの判断に際しては,土地区画整理法との関連が考慮されるべきである旨の主張をする。

しかし,甲第17,第18号証,乙イ第23号証,証人Fの証言及び弁論の全趣旨によれば,本件無償譲渡は,当初は土地区画整理法に基づく措置としてされることが検討されていたことが窺われるが,結局は地方自治法に基づく措置としてされたものであって,土地区画整理法に基づく措置としてされたものではないことが認められるから,上記主張は,採用できない。

ウ そこで,以下では,このような観点から,本件無償譲渡が違法であるか否かについて検討する。

(3)  本件無償譲渡の目的及び効果について

ア 目的について

(ア) 甲第16号証,乙イ第3,第4号証,第10号証,第12ないし第16号証,第26ないし第28号証,乙ロ第1ないし第3号証,証人F及び証人Gの各証言並びに弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。

既存のB駅の駅舎は,約300平方メートルの小規模な建物で,築後70年を経過しており,乗降口が南側に1か所しかなく,駅前広場も狭小で,バス,タクシー,乗用車の乗降場所,待合い場所は確保されていなかった。

そこで,A市は,本件区画整理事業の一環として,B駅の駅舎を大型化,橋上化して西寄りに施設し,北側にも乗降口を設け,これに隣接してバス,タクシー,乗用車の乗降場所,待合い場所を確保することを計画した。

そして,A市は,当初は被告Cに対しB駅の駅舎を大型化,橋上化して移設するための費用を被告Cにおいて負担してほしい旨の打診をしたが,被告Cは同費用をA市において負担するのでなければB駅の駅舎の移設には応じないという対応であり,両者間において協議が重ねられたものの,被告Cの対応は基本的に変わらなかったことから,A市は,自ら本件駅舎を建築した上で,これを被告Cに対し無償譲渡することとした(ただし,エスカレーター等の関連施設の費用6億2000万円については,被告Cが負担をした。)。

(イ) 本件駅舎は,その性質上,被告CによってB駅の施設として使用されるのでなければ,その効用は何ら果たされないということができるところ,B駅の駅舎の移設についての被告Cの対応が(ア)のとおりのものであったことからすると,本件無償譲渡は,本件駅舎に効用を果たさせることにより本件区画整理事業を円滑に推進するという目的に基づき,当該目的達成のために必要な実現性のある措置としてとられたものであったということができる。

したがって,本件無償譲渡が被告Cの私益のみを目的としたものにすぎない旨の原告らの主張は,採用できない。

(ウ) なお,この点について,原告らは,本件駅舎を被告Cに使用させる必要があったとしても,無償譲渡という方法によるのではなく,賃貸又は適正な対価による譲渡という方法によることも可能であった旨の主張をする。

甲第27号証によれば,被告Cをはじめとする鉄道事業者が駅舎のすべてを所有しているわけではなく他者の所有する駅舎を使用している事例が存在することが,甲第26号証によれば,被告Cも8か所で他者の所有する駅舎を使用している事例が存在することが,甲第15号証,第17及び第18号証によれば,昭和61年法律第93号改正により地方財政再建特別措置法24条2項の適用対象から「日本国有鉄道」が削除された際に衆議院及び参議院の各日本国有鉄道改革に関する特別委員会において各旅客鉄道株式会社は地方公共団体に対し同項の趣旨をこえるような負担を求めないこととの附帯決議がされていることが認められ,一方,本件無償譲渡について同項ただし書による総務大臣との協議及び総務大臣の同意がされた事実を認めるに足りる証拠はないことなど,上記主張に沿う事情も認められる。

しかし,乙ロ第2号証,証人F及び証人Gの各証言によれば,現実問題として鉄道事業者が他者の所有する駅舎を使用するといった事例はむしろ例外的なものであったことが認められ,B駅の駅舎の移設についての被告Cの対応も前述のようなものであったことからすると,賃貸又は適正な対価による譲渡という方法が選択肢として実現可能性が高いものであったということはできない。原告らの上記主張は,相手方である被告Cの対応という現実問題を考慮しないものであるといわざるを得ず,にわかに採用することができない。

イ 効果について

(ア) 弁論の全趣旨によれば,本件駅舎は,その性質上駅舎以外の用途への転用が困難であると認められる上に,乙イ第24号証によれば,本件無償譲渡に係る契約においてB駅駅舎としての用途に供すべき義務が課せられているいることから(5条及び7条),B駅の駅舎として使用され続ける蓋然性があるということができる。

そして,本件駅舎が被告CによりB駅の駅舎として使用され続けることにより,ひとり被告Cの利益が図られるのみならず,同社の営む鉄道事業が高い公共性を有することに鑑み(例えば,都市計画法29条1項3号において「駅舎その他の鉄道の施設」は「公益上必要な建築物」の代表例として列挙されている。),A市民をはじめとする乗降客の利便性の向上が図られる関係にあるということができる(被告Cが,本件無償譲渡に係る契約によって指定用途であるB駅駅舎としての用途に供することが義務づけられていることは,乗降客の利便性の向上という効果と無関係とはいうことができない。)。

また,被告CがB駅について自己の費用で駅舎を新築するなどの具体的な計画を有していたことを認めるに足りる証拠はなく,ア(ア)で述べたとおり,B駅の駅舎の大型化,橋上化は,A市の側の要望に対し,被告Cが応じることによってはじめて実現に至ったと認めることができる。

そうすると,本件無償譲渡は,被告Cが本件駅舎の建設費用相当額を利得するという結果をもたらすものであることは否定できないが,前述した乗降客の利便性の向上という公益的な効果をももたらすものであるということができる。

したがって,本件無償譲渡が被告Cの私益を図る効果をもつのみであり,A市やその住民に対しては格別の利益をもたらすものではない旨の主張は,このような乗降客の利便性の向上という効果を等閑視しているといわざるを得ず,にわかに採用できない。

(イ) なお,原告らは,乗降客は所定の対価を支払って本件駅舎を利用できるにすぎないから,本件無償譲渡は,A市やその住民に格別の利益をもたらすものではない旨の主張をする。

しかし,被告Cが所定の運賃等以外に本件駅舎の利用の対価として特別の料金を徴収していることを認めるに足りる証拠はないところ,所定の運賃等は駅舎が従来のままであっても徴収されるべき筋合いのものであるということができ,乗降客が所定の運賃等を徴収されることをもって乗降客に前述の利便性の向上という利益がもたらされることが否定されるということはできないから,原告らの上記主張は,採用できない。

(ウ) また,原告らは,被告Eが設置した本件商業施設により,既存の中小自営業者は,厳しい商業上の競争にさらされることになったものであり,行政庁が裁量権の行使に際し関係する公的諸利益,社会的,私的な諸利益への配慮を十分に尽くした上で公益に照らし最善の決定結果に至るように振る舞うべき法的義務が尽くされていない旨の主張をする。

そして,甲第6ないし第10号証,第24号証,第31号証及び原告H本人尋問の結果によれば,本件区画整理事業により商業上の不利益が生じる可能性があったことが認められる。

しかし,当該商業上の不利益は,被告Cに本件駅舎を使用させるに際し賃貸又は適正な対価による譲渡という方法によるか無償譲渡という方法によるかのいかんにかかわらず生ずべき性質のものといえるから,本件無償譲渡が地方自治法232条の2の「公益上必要のある場合」に当たるか否かの判断とは直接の関係はないと考えられるので,原告らの上記主張は,採用できない。

(エ) さらに,原告らは,本件事業の当初から被告Eには採算の見通しがなかったと主張する。

そして,弁論の全趣旨によれば,被告Eは原告らの主張(1)イ(ウ)に記載のとおり再生手続開始決定を受けていることが認められるものの,これをもってしては,原告らの上記主張に係る事実を認定するには足りない。

しかも,原告らの上記主張は,本件無償譲渡が同条の「公益上必要のある場合」に当たるか否かの判断とは直接の関係はないと考えられることから,採用できない。

(4)  政策の優先順位について

(3)ア(ア)で述べたとおり,本件無償譲渡は,本件区画整理事業の一環としてされた措置であるということができるところ,乙第4号証によれば,本件区画整理事業は被告らの主張(1)イ(ア)に記載のとおり経済の低迷化,人口の減少という政策課題に対する施策であったと認めることができる。

そして,甲第12号証,第24号証,乙イ第4号証,第25号証及び第28号証によれば,当時のA市において経済の低迷化,人口の減少といった政策課題は相当深刻な課題であり,本件事業はこれらの政策課題を解決することを意図した「起爆剤」としてA市の政策の中で相当の重要性を備えていたことが認められ,一方,当時のA市において,他にこのような施策を中止あるいは延期させてまで優先して実施しなければならないような緊急性の高い政策が存在していたことが証拠上明らかであるということはできない。

したがって,本件無償譲渡は,当時のA市の政策全般の中で,政策的優先順位を誤ってされたものであるとはにわかに断定することができない。

(5)  A市の財政状況について

甲第21号証ないし第23号証,第25号証,第29号証によれば,本件無償譲渡当時のA市の財政状況は,原告らの主張(1)ウの主張のとおり,赤字再建団体への転落の危険性のある厳しい状況にあったと認めることができ,また,本件駅舎に支出された7億1700万円という費用は,本件無償譲渡がされた平成10年度のA市の一般会計歳出総額755億4401万5000円の約1パーセントに相当する金額であると認められる。

(6)  以上を総合して考慮すると,本件無償譲渡は,(3)アで述べたとおり本件駅舎に効用を果たさせるために必要な実現性のある措置としてとられたものであったということができ,(3)イで述べたとおり乗降客の利便性の向上という公益的な効果をももたらすものであるということができ,かつ,(4)で述べたとおり当時のA市において政策的優先順位を誤ってされたものとはにわかに断定することができないことからすると,(5)で述べたとおり厳しい状況にあったA市の財政の中から本件駅舎に7億1700万円という建設費用が投入されている点を考慮したとしても,本件無償譲渡という措置がとられたこと(賃貸又は適正な対価による譲渡という方法ではなく本件無償譲渡という方法がとられたこと)について,被告Dに,市長としての権限の行使に裁量権の逸脱があったとまではにわかに断じることができない。

したがって,本件無償譲渡が違法であるということはできない。

2  争点(2)(被告Eの共同不法行為責任の成否)について

1で述べたとおり,本件無償譲渡は違法であるとはいえないから,その余について判断するまでもなく,被告Eが本件無償譲渡について共同不法行為による損害賠償責任を負うということはできない。

なお,乙イ第28号証及び証人Fの証言によれば,本件区画整理事業は被告らの緊密な連携の下に遂行されていた事実が認められ,被告EはA市と被告Cとの間で本件無償譲渡の合意がされていることを認識していたことが窺われるが,被告Eは,本件無償譲渡の当事者ではなく,本件無償譲渡に係る意思決定に関与すべき立場にないということができるから,当該事実をもって直ちに被告Eに本件無償譲渡について被告D及び被告Cとの間に共謀があったと推認することはできない。

(裁判長裁判官 橋本昇二 裁判官 岩松浩之 裁判官 石川真紀子)

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