札幌地方裁判所 平成12年(行ウ)30号 判決 2005年7月04日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1原告らの請求
1 第1事件
北海道知事が,平成10年6月5日に原告Aに対してした障害基礎年金を支給しない旨の決定を取り消す。
2 第2事件
(1) 北海道知事が,平成10年12月18日に原告Bに対してした障害基礎年金を支給しない旨の決定を取り消す。
(2) 北海道知事が,平成10年12月28日に原告Cに対してした障害基礎年金を支給しない旨の決定を取り消す。
(3) 北海道知事が,平成11年2月1日に原告Dに対してした障害基礎年金を支給しない旨の決定を取り消す。
(4) 被告国は,原告B,原告C及び原告Dに対し,各2000万円及びこれに対する平成13年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 第3事件
被告は,原告Aに対し,2000万円及びこれに対する成15年5月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要・その1(基本的事実等)
本件は,大学在学中に疾病・受傷によって障害を負った原告らが,北海道知事に対して障害基礎年金の支給裁定を求めたところ,北海道知事から,原告らは,支給要件を認定すべき日において国民年金に任意加入しておらず,被保険者に当たらないとして,障害基礎年金を支給しない旨の決定を受けたため,機関委任事務制度の廃止により障害基礎年金の裁定に関する権限者となった被告社会保険庁長官に対し,学生を国民年金の強制適用の対象から除外した国民年金法の規定が憲法に違反する等と主張して,上記各不支給決定の取消しを求めるとともに,被告国に対し,適切な立法措置を講ずることを怠った違法があるとして,国家賠償法1条1項に基づき,各2000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年7月14日(原告Aについては,平成15年5月15日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 本件で前提となる国民年金法の規定
(1) 制定時の国民年金法(以下,原則として昭和60年改正までの同法を「昭和34年法」という。)
国民年金法は,昭和34年法律第141号として制定され,これによって国民年金制度が創設されたが,制定時における被保険者や障害年金に関する定めは次のとおりであった(なお,昭和57年法律第66号による同法改正前は,「障害」及び「障害認定日」について,それぞれ「廃疾」及び「廃疾認定日」との語句が用いられているが,以下,同改正前についても「障害」及び「障害認定日」との語句を用いることとする。)。
ア 被保険者
20歳以上60歳未満の国民は,原則として,法律上当然に国民年金の被保険者となる(以下,このことを「強制適用」という。)こととされたが(昭和34年法7条1項),例外として,①被用者年金各法の被保険者又は組合員やその他の年金の受給権者(同条2項1ないし5号),②既存の公的年金制度適用者の配偶者(同6号),③学校教育法41条に規定する高等学校等,同法52条に規定する大学等及び同法70条の2に規定する専科大学等の学生で,定時制課程にある者や通信教育を受け,夜間の学部等に在学する学生を除くもの(同7号。以下,強制適用から除外された学生を,単に「学生」という。)は,強制適用の対象外とされた。
イ 任意加入制度
国民年金法の強制適用の対象外とされた者の中でも,被用者年金各法の適用を受けず,また,これらの法律に基づく年金給付(遺族給付を除く。)の受給権者でもない者については,本人の希望により,都道府県知事の承認を受けて被保険者となることが認められていた(昭和34年法附則6条1項,以下「任意加入」という)。
学生は,この規定により,国民年金に任意に加入することができた。
ウ 保険料の免除
国民年金の被保険者は保険料を納付する義務を負い,また世帯主はその世帯に属する被保険者の保険料を連帯して納付する義務を負うとされていた(昭和34年法88条)が,国民年金の障害年金又は母子福祉年金の受給権者,生活保護法による生活扶助を受けている者等は当然に,所得がない者等はその申請に基づいて都道府県知事が決定することによって,保険料の免除を受けることができるものとされていた(同法90条)。
ただし,申請に基づく免除の場合,世帯主又は配偶者が保険料を納付することが著しく困難でないときは,免除は認められず,また,任意加入した学生については,保険料の免除規定は適用されないものとされていた。
エ 障害年金及び障害福祉年金の支給要件
(ア) 障害年金の支給
初診日(疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」という。)について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日)において国民年金の被保険者であった者,又はかつて被保険者であった者で初診日において65歳未満の者が一定の障害の状態にあるときは,一定の保険料を拠出していたことを条件として,障害年金が支給されるものとされていた(昭和34年法30条)。
(イ) 障害福祉年金の支給
初診日において国民年金の被保険者であった者,又はかつて被保険者であった者で初診日において65歳未満の者が一定の障害の状態にあるときは,前記(ア)所定の要件を備えていない場合であっても,一定の要件の下に障害福祉年金が支給されるものとされていた(同法56条)。
また,疾病にかかり,又は負傷し,その初診日において20歳未満であった者が,障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日において,障害認定日が20歳に達した日の後であるときはその障害認定日において,1級相当の障害の状態にあるときにも,障害福祉年金が支給されることとされていた(同法57条)。
(2) 昭和60年法律第34号(以下「昭和60年改正法」という。)による改正後の国民年金法(以下「昭和60年法」という。)の規定
昭和60年改正法による改正は,各種年金制度を統合し,全国民共通の基礎年金制度を創設することを主眼とした改正であり,そのうち,本件に関係する改正部分は次のとおりである。
ア 被保険者
被保険者は,次の(ア)ないし(ウ)のいずれかに該当する者とされ,国民年金法の強制適用を受ける被保険者の範囲が拡大された(昭和60年法7条)。
(ア) 日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者であって次号及び第3号のいずれにも該当しない者。ただし,次のいずれかに該当する者を除く(同条1項1号)。
a 学校教育法41条に規定する高等学校の生徒,同法52条に規定する大学の学生その他の生徒又は学生であって政令で定めるもの(同号イ)
b 被用者年金各法に基づく老齢又は退職を支給事由とする年金たる給付であって政令で定めるものを受けることができる者(同号ロ)
(イ) 被用者年金各法の被保険者又は組合員(同項2号)
(ウ) 第2号被保険者の配偶者であって主として第2号被保険者の収入によって生計を維持するもの(同項3号)
上記(ア)aのとおり,昭和60年法では,学生等を国民年金法の強制適用の対象とはしないこととされ,「国民年金制度における学生の取扱いについては,学生の保険料負担能力等を考慮して,今後検討が加えられ,必要な措置が講ぜられるものとする。」とされた(昭和60年法附則4条1項)。
イ 任意加入制度
学生等は,従前と同様に,都道府県知事に申し出て,国民年金に任意加入することができるものとされた(同附則5条1項)。
ウ 保険料の免除
学生等が国民年金に任意加入した場合,従前と同様に,保険料の免除規定は適用されないものとされた。
エ 障害基礎年金の支給要件
昭和34年法により定められていた障害年金は,その名称が「障害基礎年金」となり,後記する現行国民年金法30条とほぼ同じ要件で支給されることとなった。
また,障害福祉年金は廃止され,代わりに,20歳未満の間にかかった疾病等によって障害の状態となった者に対しても,障害基礎年金を支給する旨の規定(昭和60年法30条の4。規定の内容は後記する現行国民年金法の規定と同様である。)が設けられ,従前障害福祉年金の支給を受けていた者に対しても,障害基礎年金の支給対象となる程度の障害を負っていれば,障害基礎年金を支給することとされた(昭和60年法附則25条)。
(3) 平成元年法律第86号による改正後の国民年金法(以下「平成元年法」という。)の規定
平成元年法律第86号による改正によって,学生等についても国民年金法が強制適用されることとなった。その改正内容は,次のとおりである。
ア 被保険者
昭和60年法7条1項1号イ,ロが削除され,その結果,学生等についても国民年金が強制適用されることとなった。
イ 保険料の免除
学生等に国民年金法が強制適用されることとなった結果,学生等も保険料納付義務を負うこととなり,所得がない場合等一定の場合に都道府県知事に申請して保険料の免除を受けることができるものとされた(平成元年法90条本文)。
ただし,世帯主又は配偶者に納付するについて著しい困難がないと認められるときは,保険料は免除されないものとされており(同条ただし書),したがって,学生等の親に保険料を納付する能力がある場合には,保険料納付義務は免除されなかった。
ウ 障害基礎年金の支給要件
昭和60年法及び後記する法の規定と同様である。
エ 施行日
平成元年法は,平成3年4月1日から施行された。
(4) 平成12年法律第18号による改正後の国民年金法(以下「平成12年法」という。)の規定
保険料の免除につき,90条の3が新設され,学生等は,当該学生等に所得がない場合等に該当すれば,社会保険庁長官に申請して保険料の免除を受けることができることとなった(以下「学生納付特例制度」という。)
(5) 現行国民年金法(以下「現行法」という。)の規定
以上の改正を経て,現行法は,以下のとおりとなった。
ア 被保険者
現行法7条1項は,国民年金の被保険者として,①1号において,日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者であって次号及び3号のいずれにも該当しないもの(第1号被保険者),②2号において,被用者年金各法の被保険者,組合員又は加入者(第2号被保険者),③3号において,第2号被保険者の配偶者であって主として第2号被保険者の収入により生計を維持するもの(第2号被保険者である者を除く。)のうち20歳以上60歳未満のもの(第3号被保険者)とそれぞれ定めている。
すなわち,日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者は,そのすべてが国民年金の被保険者となる。
イ 保険料の免除
被保険者は,保険料を納付すべき義務を負う(現行法88条1項)が,一定の事由がある場合(大学生の場合,当該学生自身の前年の所得が政令で定める額以下であるとき等)に該当すれば,社会保険庁長官に申請して保険料の免除を受けることができる(現行法90条の3第1項)。
ウ 障害基礎年金の支給要件
(ア) 初診日において,20歳以上の者の場合(現行法30条1項)
a 疾病にかかり,又は負傷し,その初診日から起算して1年6月を経過した日(その期間内に傷病が治った場合においては,その治った日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。)とし,以下「障害認定日」という。)において,その傷病により同条2項に規定する障害等級に該当する程度の障害の状態にあるとき。
b 初診日において,被保険者であること,又は,被保険者であった者であって,日本国内に住所を有し,かつ,60歳以上65歳未満であること。
c ただし,a及びbの要件を満たした場合であっても,当該初診日の属する月の前々月までに被保険者期間があり,かつ,当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が当該被保険者期間の3分の2に満たない場合には支給しない。
(イ) 初診日において,20歳未満の者の場合(現行法30条の4)
疾病にかかり,又は負傷し,障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日において,障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日において,障害等級に該当する程度の障害の状態にあるとき
2 前提となる事実(争いのある事実は証拠を併記)
(1) 原告ら
ア 原告A
(ア) 障害の発生等
原告A(昭和36年1月21日生)は,昭和51年4月にa高校に入学し,以後3年間,b市において下宿生活を送った後,昭和54年4月から1年間の大学受験浪人生活を経て,昭和55年4月に山形大学に入学し,山形市に転居した。原告Aは,同年6月ころ以降,終日,下宿で横になっている生活を送るようになり,下宿の整理整頓も一切不可能となり,20歳に達した後である昭和57年1月11日,札幌医科大学附属病院において,心因反応との診断を受けた。その後,原告Aは,同年3月24日に医療法人社団五稜会病院に入院し,同病院において,精神分裂病(当時の呼称。以下「統合失調症」との語を用いる。)と診断された。
原告Aは,昭和56年1月21日に20歳に達していたが,学生であったため,昭和34年法7条2項の規定により,国民年金の被保険者とならず,かつ,任意加入の申出をしなかった。
(イ) 裁定請求等
原告Aは,平成10年4月15日,北海道知事に対し,統合失調症により障害の状態にあるとして,障害基礎年金の裁定請求を行ったが,同知事から,同年6月5日付で,初診日は昭和57年3月24日であり,当該傷病の初診日において原告Aは20歳以上の学生であって,任意加入の手続をしていなかったため国民年金の被保険者ではなく,受給資格がないという理由で障害基礎年金を支給しない旨の処分を受けた。原告Aは,これを不服として,同年9月10日,北海道社会保険審査官に審査請求をしたが,同審査官は,同年10月21日,審査請求を棄却する裁決をした。原告Aは,さらに,同年11月24日,社会保険審査会に再審査請求をしたが,同審査会が平成12年9月29日,再審査請求を棄却する裁決をしたため,同年12月25日,上記不支給処分の取消しを求める訴えを提起した。
(ウ) 適用法条
原告Aの統合失調症の発症日及び認定日が,遅くとも昭和61年4月1日前であることに争いのない本件において,同人の障害年金の支給に関して適用されるべき法律は,昭和60年改正法附則23条,国民年金法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置に関する政令(昭和61年政令第54号。以下「昭和61年政令」という。)29条1項の規定により読み替えられた昭和60年改正前の国民年金法30条以下の規定であり,それによると,障害基礎年金は,以下のいずれかの要件に該当しなければ支給されないこととなっている(以下,本件に関係する支給要件のみを掲げる。)。
a 当該傷病の初診日において被保険者であったこと。
b 障害認定日(初診日から起算して1年6か月を経過した日又は症状固定日のいずれか早い日)において,その傷病により,別表に定める程度の障害の状態にあること。
c 初診日の前日において,次のいずれかに該当すること。
(a) 初診日の属する月前における直近の基準月の前月までの被保険者期間が3年以上であり,かつ,その被保険者期間のうち最近の3年間が保険料納付済期間又は保険料免除期間で満たされていること。
(b) 初診日の属する月前における直近の基準月の前月までの通算年金通則法(昭和36年法律第181号)4条1項各号に掲げる期間を合算した期間が1年以上であり,かつ,同月までの1年間のうちに保険料納付済期間以外の被保険者期間がないこと。
イ 原告B
(ア) 障害の発生等(甲ロ1の2及び3,甲ロ42,48,49,証人E,原告B)
原告B(昭和27年9月7日生)は,北海道大学大学院農学研究科に在籍していた昭和51年9月27日(当時24歳),講師をしていた学習塾へ向かう途中に,突如まっすぐに歩くことができなくなり,同日,北海道大学医学部附属病院神経内科を受診して入院し,多発性硬化症(国が指定する難病の一種であり,中枢神経系の脱髄疾患である。突然の発症や繰り返しの発症,又は1回限りの発症等,個人差が大きく,進行の予測が困難とされている。)と診断された(初診日)。その後,原告Bは,リハビリテーション等の訓練を受けたが,障害認定日に近い昭和53年4月15日においても,四肢体幹の運動麻痺,反射亢進,右同名性半盲等のため,日常の動作を,一人では全くできない,あるいはできてもうまくできないという状態にあった。なお,原告Bは,昭和52年に1種2級の身体障害者手帳の交付を受けていたが,平成15年に1種1級の身体障害者手帳の交付を受けている。
原告Bは,昭和47年9月7日に20歳に達していたが,学生であったため,昭和34年法7条2項の規定により国民年金の被保険者とならず,かつ,任意加入の申出をしなかった。原告Bが,国民年金の被保険者たる資格を取得した日は,昭和55年4月1日である。
(イ) 裁定請求等
原告Bは,平成10年10月8日,北海道知事に対し,多発性硬化症により障害の状態にあるとして,障害基礎年金の裁定請求を行ったが,同知事から,同年12月18日付で,初診日は昭和51年9月27日であり,当該傷病の初診日において原告Bは20歳以上の学生であって,任意加入の手続をしていなかったため国民年金の被保険者ではなく,受給資格がないという理由で障害基礎年金を支給しない旨の処分を受けた。原告Bは,これを不服として,平成11年2月24日,北海道社会保険審査官に審査請求をしたが,同審査官は,同年6月10日,審査請求を棄却する裁決をした。原告Bは,さらに,同年8月3日,社会保険審査会に再審査請求をしたが,同審査会は,平成13年4月27日,再審査請求を棄却する裁決をしたため,同年7月5日,本訴を提起した。
(ウ) 適用法条
原告Bの初診日が昭和51年9月27日であり,同人が当時24歳の学生であったことから,同人の障害年金の支給に関して適用されるべき法律は,昭和60年改正法附則32条及び昭和51年法律第63号(以下「昭和51年改正法」という。)附則20条の規定により適用される昭和51年改正前の国民年金法30条であり,同条によれば,支給要件は以下のとおりである。
a 当該傷病の初診日において被保険者であったこと。
b 障害認定日(初診日から起算して1年6か月〔昭和51年改正法15条,昭和52年8月施行〕を経過した日又は症状固定日のいずれか早い日)において,その傷病により,別表に定める程度の障害の状態にあること。
c 障害認定日の前日において,次のいずれかに該当すること。
(a) 障害認定日の属する月前における直近の基準月(1月,4月,7月及び10月をいう。以下同じ。)の前月までの被保険者期間が3年以上であり,かつ,その被保険者期間のうち最近の3年間が保険料納付済期間又は保険料免除期間で満たされていること。
(b) 障害認定日の属する月前における直近の基準月の前月までの被保険者期間が1年以上であり,かつ,その被保険者期間のうち最近の1年間が保険料納付期間で満たされていること。
ウ 原告C
(ア) 障害の発生等(甲ロ2の2及び3,甲ロ42,44,45,証人F,原告C)
原告C(昭和33年4月22日生)は,北海道教育大学函館校教育学部小学校教員養成課程体育専攻課程に在籍していた昭和56年12月17日(当時23歳),バレーボールクラブ活動の打ち上げコンパの帰宅後,アパートの2階外階段より転落して負傷し,同日,亀田郡七飯町に所在する国立療養所北海道第一病院に搬送され,頭部の損傷と頸部骨折に対する緊急手術を受けた(初診日)。その後,原告Cは,昭和58年2月に国立療養所札幌南病院に転院し,市内の脳神経外科への検査入院を経て昭和59年2月に美唄労災病院に転院し,脊髄損傷・頚椎損傷の専門病棟での治療とリハビリを受けるとともに,整形外科での手術を3回,泌尿器科での手術を2回受けた。現在,原告Cは,下半身は全く動かず,支えが無ければ座位は不可能で,自力での起き上がり,体位の交換はできず,食事の摂取以外は全面的な全介助を要する状態にある。なお,原告Cは,昭和57年3月19日付で,身体障害者手帳(1種1級)の交付を受けている。
原告Cは,昭和53年4月22日に20歳に達していたが,学生であったため,昭和34年法7条2項の規定により国民年金の被保険者とならず,かつ,任意加入の申出をしなかった。原告Cが,国民年金の被保険者たる資格を取得した日は,昭和57年4月1日である。
(イ) 裁定請求等
原告Cは,平成10年10月8日,北海道知事に対し,頸椎損傷により障害の状態にあるとして,障害基礎年金の裁定請求を行ったが,同知事から,同年12月28日付で,初診日は昭和56年12月17日であり,当該傷病の初診日において原告Cは20歳以上の学生であって,任意加入の手続をしていなかったため国民年金の被保険者ではなく,受給資格がないという理由で障害基礎年金を支給しない旨の処分を受けた。原告Cは,これを不服として,平成11年2月24日,北海道社会保険審査官に審査請求をしたが,同審査官は,同年6月10日,審査請求を棄却する裁決をした。原告Cは,さらに,同年8月3日,社会保険審査会に再審査請求をしたが,同審査会は,平成13年4月27日,再審査請求を棄却する裁決をしたため,同年7月5日,本訴を提起した。
(ウ) 適用法条
原告Cの初診日が昭和56年12月17日であり,同人が当時23歳の学生であったことから,同人の障害年金の支給に関して適用されるべき法律は,昭和60年改正法附則32条の規定により適用される昭和60年改正前の国民年金法30条であり,支給要件は原告Aと同様となる。
エ 原告D
(ア) 障害の発生等(甲ロ3の2及び3,42,51,53,証人G,原告D)
原告D(昭和38年9月30日生)は,東海大学工学部動力機械工学科に在籍していた昭和60年10月30日(当時22歳),卒業実習の研修先にオートバイで向かう途中の横浜市戸塚区内において,交通事故によって負傷し,同日,同市に所在する済生会横浜市南部病院に搬送され,第5頸椎の圧迫骨折に対する緊急手術を受けた(初診日)。その後,原告Dは,昭和61年1月27日に登別厚生年金病院に転院してリハビリテーションの訓練を受け,北広島リハビリセンターに入所していた昭和63年9月ころには,ワープロを打てる程度に回復したものの,現在,下半身はまったく動かず,支えがなければ座位は不可能で,自力での起き上がり,体位の交換はできない。また,握力はなく,手首は少し曲げることができる程度であり,鎖骨下10センチメートルから下の皮膚感覚は全くなく,食事の摂取以外は全面的な介助を要する状態にある。なお,原告Dは,登別厚生年金病院に入院中に,身体障害者手帳(1種1級)の交付を受けている。
原告Dは,昭和58年9月30日に20歳に達していたが,学生であったため,昭和34年法7条2項の規定により国民年金の被保険者とならず,かつ,任意加入の申出をしなかった。原告Dが,国民年金の被保険者たる資格を取得した日は,昭和61年4月1日である。
(イ) 裁定請求等
原告Dは,平成10年10月8日,北海道知事に対し,第4,5頸椎脱臼により障害の状態にあるとして,障害基礎年金の裁定請求を行ったが,同知事から,平成11年2月1日付で,初診日は昭和60年10月30日であり,当該傷病の初診日において原告Dは20歳以上の学生であって,任意加入の手続をしていなかったため国民年金の被保険者ではなく,受給資格がないという理由で障害基礎年金を支給しない旨の処分を受けた(原告らの受けたこれらの各不支給処分を,以下「本件各不支給処分」という。)。原告Dは,これを不服として,平成11年2月24日,北海道社会保険審査官に審査請求をしたが,同審査官は,同年6月10日,審査請求を棄却する裁決をした。原告Dは,さらに,同年8月3日,社会保険審査会に再審査請求をしたが,同審査会は,平成13年4月27日,再審査請求を棄却する裁決をしたため,同年7月5日,本訴を提起した。
(ウ) 適用法条
原告Dの初診日が昭和60年10月30日であり(そのため,原告Dは,初診日が昭和61年4月1日前で,障害認定日が同日以後にある者として,後記する経過措置の対象となる。),同人が当時22歳の学生であったことから,同人の障害年金の支給に関して適用されるべき法律は,昭和60年改正法附則23条,昭和61年政令29条の規定により,昭和60年法30条,昭和60年法附則20条,21条であり,同条によれば,支給要件は以下のとおりである。
a 当該傷病の初診日において被保険者であったこと。
b 障害認定日(初診日から起算して1年6か月を経過した日又は症状固定日のいずれか早い日)において,その傷病により,別表に定める程度の障害の状態にあること。
c 初診日の前日において,次のいずれかに該当すること。
(a) 初診日の属する月前における直近の基準月の前月までに被保険者期間があり,かつ,その被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が当該被保険者期間の3分の2以上であること。
(b) 初診日の属する月前における直近の基準月の前月までの1年間のうちに保険料納付済期間及び保険料免除期間以外の被保険者期間がないこと。
(2) 被告社会保険庁長官
地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律(平成11年法律第87号)によって機関委任事務制度が廃止されたことにより,従前,都道府県知事が機関委任事務として行っていた障害基礎年金の裁定に関する事務は,被告社会保険庁長官が行うこととなった。
第3事案の概要・その2(争点及び当事者の主張)
1 争点
① 原告Aの統合失調症の発症が20歳前であり,統合失調症においては,「発症日」あるいは「医師の診断を受けるべき状態になった日」をもって初診日とみなすべきか否か。
② 原告Aの統合失調症の初診日が,同人が20歳に達する前である昭和47年7月ころか否か。
③ 20歳以上の学生を強制適用の対象外とする国民年金法の規定(以下「適用除外規定」という。),及び無拠出制の障害基礎年金又は障害福祉年金の支給規定(以下「20歳前受給規定」という。)が初診日において20歳以上の学生であった者を対象としなかったことが,憲法14条,25条に違反するか否か。
④ 原告らにつき,国民年金の被保険者たる資格が認められた場合,本件各不支給処分を取り消し得るか否か。
⑤ 原告らにつき,20歳前受給規定を類推適用し得るか否か。
⑥ 本件各不支給処分が,告知聴聞の機会を保証しなかったものとして,憲法31条,13条に違反するか否か。
⑦ 被告国が,適用除外規定を立法し,また,同立法に附随する救済措置を講じなかったことにより,国家賠償責任を負うか否か。
⑧ 被告国が,学生の任意加入制度について周知徹底を怠ったとして,国家賠償責任を負うか否か。
⑨ 原告らの損害
2 争点①(原告Aの統合失調症の発症が20歳前であり,統合失調症においては,「発症日」あるいは「医師の診断を受けるべき状態になった日」をもって初診日とみなすべきか否か。)について
(原告A)
(1) 原告Aが統合失調症を発症した時期が20歳到達前であることは,主治医の診断及び再審査での判断から明らかであるところ,統合失調症等の精神疾患においては,「初診日」を,「発症日」あるいは「疾病に罹患して医師の診断を受けるべき状態になった日」と解すべきである。
(2) 初診日の解釈基準
ア 精神疾患の特殊性
通常の傷病の場合であれば,患者は,発症とほぼ同時に医療機関を受診することから,「発症日」と「受診日」がほぼ一致することになるのに対し,統合失調症の場合には,以下のaないしdの特殊性から,患者及びその家族は,統合失調症を発症しても,医療機関を受診する機会を失してしまうことが通常である。したがって,「初診日」の解釈としては,「発症日」あるいは「医師の診断を受けるべき状態になった日」をもって「初診日」とすべきである。
a 統合失調症の特性
(a) 統合失調症は,10歳代後半から20歳代前半の青年期に発症するため,その初期症状を,青年期特有の行動と区別することが難しいとされる。
(b) 統合失調症には,陽性症状と陰性症状(外界への無関心,頭痛,自閉,不眠等)とがある。症状の経過としては,前兆期・急性期・消耗期・回復期と進行するが,前兆期においては陰性症状が主であるため,青年期特有の行動と区別がつきにくく,かつ,本人にとって発症を認識することが困難となる。
b 精神疾患に対する知識の不足
精神疾患の場合,専門家であっても確定診断が困難とされており,まして,専門家でない患者やその家族が,本人の異常な言動を,精神疾患の前兆であると認識することは不可能である。
c 精神疾患に対する偏見
精神疾患という疾病の性質上,仮に,患者の家族が,本人の異常な言動に気づいたとしても,世間での偏見を恐れ,医療機関の診療を受けることを躊躇することが多い。
d 医療機関の状況
我が国の現状では,精神疾患に対する医療機関や保健所が,相談機関として,必ずしも機能していない。
イ 精神疾患における「初診日」の行政解釈
(ア) 全国障害認定医会議での合意
全国障害認定医会議において,精神障害者については,前記した精神疾患の特殊性に鑑み,20歳前に医療機関を受診することが困難であり,やむを得ない事情があった場合は,20歳前の発症日を初診日とみなすとの取扱いをすべきとされた。そこでは,受診することが困難な場合として,本人に精神障害の自覚がなく,単身でアパート暮らしをしていた例を挙げているところ,これは原告Aにそのまま当てはまる。
(イ) 裁決例
精神障害者の障害基礎年金裁定に関する再審査裁決例には,前記した全国障害認定医会議の結論に従い,医師の診断を受けたのが20歳を過ぎていても,これを形式的に判断することなく,種々の事情を総合考慮した上で,「専門医の診断を受けるべき状態にあった」として,発症日を初診日とみなし,障害基礎年金の支給を認めている例が多々ある。
(被告社会保険庁長官)
(1) 初診日の解釈基準について
ア 「発症日」をもって「初診日」とする解釈を採用することができないことは,「初診日」という文言の意味,受給者間の公平・迅速な支給決定という趣旨から導かれる客観的な基準の必要性,厚生年金保険法における障害年金の支給要件となる「発症日」が昭和60年に「初診日」に改正された経緯(立法者意思)等からして明らかである。被告社会保険庁長官の初診日に対する行政解釈もこれと同様である。
(ア) 法の定め
昭和60年法30条1項は,「初診日」について,「疾病にかかり,又は負傷し,かつ,その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」という。)について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日」と定義している(なお,条文上の構成は異なるものの,昭和34年法30条における定義も,これと同一である。)。かかる文言からすれば,国民年金法上,ある日時が「初診日」であると認められるためには,少なくとも,①当該傷病の負傷又は発病後に,②当該傷病に対する診療行為と評価できる行為が,③医師又は歯科医師によって行われることを要する。
(イ) 客観的基準の必要性
初診日において医師ないし歯科医師による診療行為を要するとされる理由は,支給要件について客観的な基準を設けることにより,受給権者間の公平を図り,画一的かつ迅速な支給の決定を可能ならしめることにある。すなわち,昭和60年法改正前の厚生年金保険の被用者のごとく一定の職場において健康管理がおこなわれ,また,医療保険による保障がおこなわれている場合と異なり,国民年金法の適用者については,上記のような健康管理等が行われていないため,傷病がいつ発生したかを把握することは技術的に困難であることから,上記(ア)の①ないし③のとおり,客観的な基準を要件と定めたものである。
国民年金制度は,生活保護等他の所得保障制度とは異なり,資産の有無や他の親族による扶養の可否等の個別事情を考慮することなく,予め画一的要件(拠出期間や年齢)を定め,これを満たす場合に,一律に定型的な給付を行う制度であり,大量,迅速かつ画一的な処理が要請される制度であり,このような制度趣旨に照らせば,「初診日」のように,国民年金法上,明文で定義されているものについて,「必ずしも現実に医師の診察を受けた日に限定する必要はなく,医学的見地から当該障害と因果関係を有する傷病の発生が証明できる最も前の日」のように,文言を離れたあいまいな解釈をすることは法の趣旨を没却するものであり,到底許されない。
(ウ) 立法者意思が明らかにされていること
昭和60年改正前の厚生年金保険法47条1項は,基準となるべき日について,「被保険者であった間に疾病にかかり,又は負傷した者」と定め,医学的見地から当該障害と因果関係を有する傷病の発生が証明できる最も前の日を含む発症日における被保険者資格を要するとしていた。しかし,同規定は,昭和60年の年金制度の抜本的改正に際し,昭和60年法30条1項と要件が統一され,初診日における被保険者資格を要するとされ,現行厚生年金保険法47条1項は,昭和60年法30条1項と同じく,「障害厚生年金は,疾病にかかり,又は負傷し,その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病につき初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日」を「初診日」とすることとなった。
このように,障害厚生年金の基準となる日を,法律改正の手続により,「発症日」から,国民年金法と同じ「初診日」に変更し,国民年金と厚生年金等を統合した法改正の経緯を踏まえれば,立法者が,国民年金法においても,発症日と初診日とは明らかに異なるものと位置づけていることは明らかである。
イ 裁決例等について
原告Aは,その主張に副う裁決例がある旨主張する。しかし,それらは個別事案における一裁決例にすぎず,この点を措くとしても,それら裁決例は,医療従事者によって統合失調症の発症が疑われ,請求人が,早急な医師の診断を受けるよう勧められていたことや,医師によって請求人の当時の病状や経過が客観的に証明されている等の具体的,客観的な事実の存在を重視したものである。これに対し,原告Aについては,このような具体的,客観的な事実は何ら認められず,前記裁決の事案とは,前提となる事実を異にするというべきである。
また,原告Aが掲げるその他の裁決例については,「発症日」をもって「初診日」とみなした事例とはいえない。障害認定審査事務は,国民年金法及び各種障害認定基準等に基づいて取り扱われており,これらが原告Aの主張を裏付けることはあり得ない。
(2) 原告Aの統合失調症の発症日について
原告Aが,20歳到達前に統合失調症を発症していたか否かは,当時の原告Aの状態を客観的に証明できるものが存在しない以上,不明といわざるを得ない。また,仮に,原告Aが,20歳到達前に統合失調症を発症していたとしても,当時医療機関で受診した事実はないのであるから,いずれにしても20歳未満時に「初診日」があったと認められる余地はない。
3 争点②(原告Aの統合失調症の初診日が,同人が20歳に達する前である昭和47年7月ころか否か。)について
(原告A)
原告Aは,11歳であった昭和47年7月ころから,頻繁に頭痛を訴えるとともにイライラ感に苛まれ,c町立病院や旭川赤十字病院脳神経外科に通院して投薬を受けてきた。これらの症状は,原告Aの統合失調症の初期症状というべきであるから,原告Aの初診日は,統合失調症について,c町立病院の初診を受けた昭和47年7月ころである。
(被告社会保険庁長官)
頭痛やイライラ感といった症状は,いずれも統合失調症に特有のものではなく,誰しもが経験する類の症状であるから,何ら統合失調症の発症を確定づけない。統合失調症の発症があったされるためには,上記各症状だけでは足りず,これに加え,それ相応の確たる根拠が必要であることは当然である。しかるに,本件においては,そもそも上記両病院への通院等の事実を裏付ける客観的な資料は一切存在せず,わずかに昭和48年10月15日に旭川赤十字病院小児科外来を受診したことが当事者間に争いのない事実として認められるにすぎないところ,原告Aの母である証人Hは,原告Aが上記両病院に通院した時期について,当初,昭和47年(小学6年生)ころとしていたのを,後になって昭和44年(小学3年生)ころであったと変遷させる等極めて曖昧な証言をしている上,上記両病院で原告Aにどのような診断がなされたのかも不明である。加えて,原告Aは,その後の中学時代,高校時代において,頭痛等の症状はもとより,精神状態の悪化を訴え病院へ通院した事実は全くない。
これらの事実に照らせば,原告Aの統合失調症は,昭和47年7月ころ,ないしそれ以前においては,未だ発症していなかったというべきであり,当時統合失調症が発症していたことを前提に,そのころに「初診日」があったとする原告Aの主張に理由がないことは明らかである。
4 争点③(適用除外規定,及び20歳前受給規定が初診日において20歳以上の学生であった者を対象としなかったことが,憲法14条,25条に違反するか否か。)
(原告ら)
(1) 憲法14条1項違反
ア 適用除外規定(本件において原告らに適用される規定は,昭和36年法律第167号による改正後の国民年金法7条2項8号(同改正前の昭和34年法7条2項7号に相当する。)及び昭和60年法7条1項1号イである。)は,20歳以上の学生を国民年金の強制適用の対象から除外して保険料免除の余地をなくしているという点で他の20歳以上の国民と差別し,かつ,20歳前受給規定(本件において原告らに関する規定は,昭和34年法57条1項及び昭和60年法30条の4である。)は,初診日が20歳以上の学生であった者を無拠出制の障害基礎年金(昭和60年改正前は障害福祉年金)を受給できる対象から除外している点で20歳未満の国民と差別し,その双方の差別の結果,類型的に稼得能力がないために保険料の納付が困難な学生に対して,初診日において20歳以上の学生でなければ受給できたはずの障害基礎年金を一切受給できないという,年齢及び社会的身分による著しく不合理な差別を生じさせているから,憲法14条1項に違反する。その具体的な理由は,以下のとおりである。
イ 合憲性の判断基準について
憲法25条の規定の要請にこたえて制定された法律である国民年金法において,受給者の範囲,支給要件,支給金額等につき何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いがなされた場合は憲法14条に違反することになると解すべきところ,ここでいう合理的な理由の有無につき,裁判所は,法律の設けた差別が合理的であるか否かを単純に審査するのではなく,①立法目的が重要なものであるか,②その目的と規制手段(具体的な取扱い上の違い)との間に事実上の実質的関連性があるか否かという「厳格な合理性の基準」に照らして審査すべきである。すなわち,本件において憲法14条への適合性を問題とするにあたっては,20歳以上の学生を被保険者から除外した立法目的の検討,及びその立法目的を実現するための手段として,20歳以上の学生を被保険者から除外し,任意加入制度の下においた手段が,立法目的と実質的な関連を持つのかを審査しなければならない。
ウ 昭和34年法の適用除外規定の立法事実について
(ア) 昭和34年法の立法者は,20歳以上の学生を強制適用の対象にしなかったことについて,①学生を強制適用の対象とすることは,稼得活動に従事していない者に保険料納付義務を負わせることになり,稼得活動従事者に対する保障を本質とする国民年金制度の趣旨に反すること,②学生は,卒業後は就職により,被用者年金各制度の適用者になることが通例であったこと,③仮に強制適用とすると,卒業・就職後に被用者年金制度に加入して,国民年金制度の対象者でなくなるから,学生時代に支払わされる保険料が掛け捨てになるおそれがあることの3点をその立法事実としている(以下,各番号に従い「立法事実①」のようにいう。)。
(イ) 立法事実①について
学生が一般的に稼得活動に従事していないことは,昭和34年以降においても立法事実として認めることができるが,以下に述べるとおり,国民年金制度は,必ずしも現に稼得活動に従事する者のみを対象とした制度ではないから,20歳以上の学生を強制適用の対象から除外した理由として合理性を有するとは解されない。
すなわち,国民年金制度は,労災保険とは異なり,必ずしも,現に稼得活動に従事する者のみを対象とした制度ではない。確かに,20歳到達をもって国民年金の強制適用の対象としたのは,20歳をもって一般に就労していると考えられる年齢として一律に区分したことによるが,そのことから,現実の就労の有無が適用の対象を画していたことにはならない。例えば,昭和34年当時から,実際に就労をしていない自営業者の配偶者も強制適用の対象とされ,また,失業者等であっても,これを被保険者としたうえで,保険料納付が困難であれば保険料の免除を認められており,さらに,20歳未満の自営業者はいかに稼得活動に従事していても国民年金の対象とはされていない。このように,国民年金法の基本構造は,国民皆年金を実現するために,現実の就労の有無を問うことなく,20歳以上の者は稼得活動に従事して一定の所得をあげ得る者として強制適用の対象とした上で,現実的に就労しておらず保険料を納付できない者に対しては,その実情に応じて保険料免除で対応することにしたものといえる。また,初診日において20歳未満であった者は,障害福祉年金が支給されるという形で国民年金制度の対象とされていたのであって,そのことは国民年金制度が稼得活動従事者に対する保障を本質とするものではないことを裏付ける。
(ウ) 立法事実②について
実際に稼得活動を開始する際には,別の被用者年金制度に加入する者がほとんどであるという立法事実は必ずしも認められない。
国民年金法制定直後である昭和35年当時の就業構造は,自営業者が1040万人(25.1%),家族従事者が1385万人(31.4%),被傭者が1690万人(43.5%)であり,国民年金対象者である前2者の割合で過半数を占めている。
なお,昭和56年当時の就業構造は,自営業者が943万人(16.9%),家族従事者が592万人(10.6%),被傭者が4037万人(72.3%)であり,被傭者層が増えてきた傾向が顕著であるが,これらの統計は学生のみを対象としたものではないから,その点の配慮が必要であり,高学歴化に伴って被傭者層が増加した面も一概に否定できない。
いずれにせよ,卒業後の学生が別の被用者年金制度に加入することが通例であるというのは,明らかに根拠を欠く。
(エ) 立法事実③について
以下のとおり,掛け捨て問題は既に解決しており,そうでないとしても,掛け捨てとなることに格段の不合理はなかったのであるから,学生時代に支払わされる保険料が掛け捨てになるおそれがあるとの立法事実は認められない。
a 掛け捨て問題は解決していたこと
仮に強制適用とすると,年金保険料が掛け捨てとなるとの点は,昭和34年当時は立法事実として存在したが,昭和36年4月に通算年金通則法が施行されたことにより,基本的に消滅した。
この点,被告らは,通算年金通則法の制定後も通算の対象となる期間や給付が限定されていたことから,昭和60年改正の基礎年金制度の確立によって,初めて掛け捨て問題が解決したと主張する。
しかし,多少の掛け捨て問題が残ったとしても,一応の問題解決がされている以上,この点を除外の理由とすることに合理的な理由はないというべきである。
b 必ずしも掛け捨てにはならないこと
学生を強制適用にした場合,類型的に稼得能力がない学生は,保険料の免除を受ける可能性が高いのであるから,掛け捨て問題が発生するのは,保険料の支払能力がある一部の学生のみである。また,私保険においても,老後の備えである貯蓄型のものと異なって,交通事故や火災に備える保険は掛け捨てのものが多いように,突発の事故に備える障害年金部分を含む国民年金の保険料が結果的に掛け捨てになったとしても格別不合理ではない。
さらに,掛け捨て問題は,老齢年金部分と障害年金部分とを分けて保険料を設定することによって解決が可能な問題でもある。その場合,学生1人当たりの月額保険料の試算が,極めて少額である189円程度となるとの問題があり得るが,そうであるならば,むしろ,老齢年金部分の保険料と障害年金部分の保険料を分けた上で,老齢年金部分を掛け捨てにしないために,学生である期間中は障害年金部分の保険料を一律に免除してもさしたる財政上の不都合はなかったはずである。
エ 目的と手段との合理的関連性について
(ア) 昭和34年法の適用除外規定の立法事実(立法目的)そのものが不合理であったことは,既に主張したとおりであるが,そうでないとしても,その目的達成のための手段として,学生を被保険者から除外し,任意加入制度の下においたことは著しく不合理である。
(イ)a 前記立法目的を達成するための手段としては,①平成元年の改正で実現したとおり,学生を強制適用としたうえで,一般とは異なる学生用の保険料免除基準(世帯単位)を設けることによって,保険料負担能力のない学生が保険料の免除を受ける余地を残すことや,②平成12年の改正で実現したとおり,学生納付特例制度を設け,学生本人の所得を基準として,届出により保険料の納付を要しないこととする方法で十分であった。にもかかわらず,昭和34年法が学生を適用除外としたことにより,定型的に所得がなく保険料負担能力のない学生は,極めて例外的な者を除いて,任意加入することができず,学生期間中に障害者となった場合にも障害年金を受給することができないこととなったが,このように,保険料負担能力のない者が障害年金を受給する途を閉ざすこととなる手段は,国民年金制度の中核であり,全国民にあまねく年金による所得保障を行おうとする国民皆年金の理念に反するものであって,著しく不合理なものである。
b このことは,昭和34年法制定に至る国会審議において,法案を提出した内閣の立場から,厚生大臣及び政府委員が,生活保護受給者を例にあげ,保険料負担能力のない低所得層の国民にこそ,障害や老齢・生計支持者の死亡等による稼得能力喪失に備えるため,国民年金による所得保障を及ぼすことが必要であり,これこそ国民皆年金の理念に沿うものであることを力説し,保険料負担能力がない者を適用除外とすべしとする見解を強く排斥していることからも明らかである。また,昭和34年法案の国会への提出に先立つ,社会保障制度審議会の答申(昭和33年6月14日提出)や国民年金委員中間発表(「国民年金制度構想上の問題点」,昭和33年7月29日),大蔵省意見(「国民年金制度に関する社会保障制度審議会の答申について」),自由民主党政務調査会国民年金実施対策特別委員会「試算資料」,厚生省(現・厚生労働省)第1次案(昭和33年9月24日発表)等の一連の過程において,学生を適用除外とする案は皆無であったことに照らし,昭和34年法が学生を適用除外としたことは極めて唐突であり,慎重な熟慮に基づくものではないことが強く疑われる。
c また,昭和34年法は,学生を適用除外とする一方で,任意加入の道を開いていた。しかし,この任意加入制度は,昭和34年法が学生を適用除外とすることにより,定型的に稼得能力がなく保険料を負担することのできない学生の中に大量の無年金障害者が発生することを予定するものであって,著しく不合理であった。
(ウ) 任意加入制度の不合理性
被告らは,学生である間の「障害」に対する保障を求める者,あるいは,卒業後引き続き国民年金の被保険者となることが見込まれる者等に対しては,任意加入という手段を用意し,これによって20歳以上の学生であっても,被保険者資格を得ることができたと主張する。しかし,以下のとおり,任意加入制度の存在は,前記立法目的を実現するための手段として,何ら合理性を有するものではない。
a 資力のない学生にとっては無意味であったこと
任意加入制度においては,保険料の免除制度がないため,現実に継続して保険料を支払うことができる者のみしか加入することができなかったばかりか,保険料を滞納し,督促を受けたにもかかわらず指定の期限までの保険料を納付しないときは,その指定期限の翌日に被保険者資格を喪失するとされており,強制適用の場合のような保険料の法定免除や申請免除の規定も適用されなかった。学生は類型的に稼得能力がないのであるから,現実に保険料を納付することは困難であり,制度としての実効性を伴わなかったのは当然のことであった。のみならず,このように資力のない学生は,任意加入制度によって被保険者となり得ないところ,これは,資力の有無によって,障害年金の受給権を決することとなる点で,20歳以上の学生を差別的に取り扱うものでもあった。
b 被用者年金各法の被保険者等の配偶者とは前提となる立法事実が異なること
昭和34年法7条2項6号(昭和36年法律第167号による改正後は同項7号)では,被用者年金各法の被保険者等の配偶者(以下「専業主婦」という。)も強制適用対象から除外し,任意加入制度を設けていたが,これら専業主婦は,夫が公的年金に加入していること,夫に所得があるため任意加入制度に加入しやすい実態があったこと等,学生とは異なる社会経済的事実が存在した。
実際,任意加入制度に加入していた学生が約1.25%であったのに対し,専業主婦の場合は,昭和55年の時点で約6割ないし7割が任意加入していた。
c 制度の周知徹底が不十分であり制度の実質を伴っていなかったこと
平成元年改正前において,任意加入制度の周知広報は徹底しておらず,個別の広報による分かりやすい説明が行き届いている状況ではなかった。したがって,学生やその家族の大半の者が,任意加入制度の存在を知らなかったり,存在を知っていても,その多くは老齢年金との関係しか想起されないため,加入していなければ障害年金が受給できないということを理解していた者は少なく,制度としての実効性を伴なっていなかった。
d 社会保険の本質に反すること
社会保険の基本的特徴は,強制保険ということであるが,その趣旨は,危険を分散する保険制度において任意加入とすると,保険事故の危険の高い者,負担の少ない者だけが保険関係に入り,また,逆に民間私保険では排除される高リスク者が排除されることを防止するという技術的な理由のほか,20世紀の福祉国家の理念に基礎を置くものである。すなわち,本来は,全ての人が自らの高齢や障害事故に備えて,貯蓄や私保険によって自らの生活を維持するのが原則ではあるが,それが可能な条件がなかったり,可能であっても必ずしも最悪の事態にまで備えることは期待し難い面があるため,強制的に社会保険に加入させることによって,自助努力の及ばない部分を補うのが社会保険制度であり,各人の基本的生活の維持を自助努力や自己責任のみに全面的に委ねないところに,その本質がある。そうであれば,学生の任意加入制度は,加入するしないの選択を本人に委ねるものであって,かかる社会保険の本質に反するものである。
このことは,昭和34年の国民年金法立法時点において,同年1月に出された社会保障制度審議会の批判的答申において,任意加入制度を批判し,無拠出制年金の支給範囲を狭めていることへの危惧が表明されていること,昭和60年改正時における政府委員が,任意加入による学生無年金障害者の問題を指摘された際に,公的年金適用者の配偶者の強制適用化に関連して,社会保険における任意加入制度そのものに問題があるとの認識を示していることからも明らかである。
オ 20歳前受給規定における差別的取扱い
(ア) 当初立法の昭和34年法57条では,20歳前に障害を負った者に対して,20歳になってから障害福祉年金を支給する旨を定めていた。このような規定が設けられた理由は,①若年において重度の障害がある場合,通常,その障害が回復することはきわめて困難であり,稼得能力はほとんど永久的に奪われると考えられること,②年齢的にみても親の扶養を受ける程度をできるだけ少なくしなければならないことから,所得保障の必要性はこのような者にこそ最も高いことにあるとされている。そうであれば,このような事情は,20歳以上の学生にもそのまま当てはまるのであるから,20歳の前後で障害者が別異に取り扱われるべき理由は全くないというべきである。
(イ) そして,上記取扱いにより,初診日が20歳前の障害者は,20歳に達した後,いわば一生にわたって,毎月6万7000円ほどの障害基礎年金(昭和60年改正前は,障害福祉年金)を支給されるだけでなく,昭和34年法及び昭和60年法の各89条(以下「本件法定免除規定」という。)により,老齢基礎年金の保険料が法定免除になるため,毎月1万数千円の保険料を支払う必要がないのに対し,20歳に達した後の学生の障害者は,障害基礎年金を受給できないばかりか,老齢基礎年金の掛金の支払を継続しなければならないこととなる。このように,20歳の前後の学生の障害者には,その後の生活において,著しい差異が生じることとなり,これが合理的であるということは到底できない。
カ 平成元年改正及び平成12年改正によって,昭和34年法の違憲性が裏付けられること
(ア) 平成元年改正
平成元年改正は,学生に障害年金を保障するために行われた改正であるところ,学生に保険料負担能力がないという事実は,昭和34年法立法当時も平成元年改正当時も何ら変わるところはない。にもかかわらず,それまで強制適用の対象外とされていた学生を,全面的に強制適用の対象とする改正が行われたことは,学生を強制適用の対象から除外し,任意加入制度の下においた昭和34年法の不合理性を如実に物語るものである。
(イ) 平成12年改正
平成12年改正によって学生納付特例制度が創設されたが,昭和34年法が学生を強制適用から除外したことと,平成12年法が学生納付特例制度を創設したことは,いずれも学生に保険料を負担させないという立法目的に出たものであり,学生に稼得能力がない点及び学生が大学卒業後被用者年金制度に加入する点についても,両者の場合において異なるところはない。
そうであれば,国は,昭和34年法制定時に,稼得能力のない学生が,保険料を納付しなくても障害年金を受給できるよう,学生を強制適用の対象としつつ,学生納付特例制度を創設し,あるいはこれと任意加入制度とを併設する立法をすることは十分に可能であった。このように,平成12年改正によっても,昭和34年法が著しく不合理であったことが裏付けられる。
(2) 憲法25条違反
ア 前項の憲法14条1項に違反する不合理な差別の結果,初診日において20歳以上の学生であった者は,社会保障を平等に受ける権利ないし生存権が侵害されているから,適用除外規定は憲法25条に違反する。
すなわち,本件は,学生を国民年金の被保険者から除外して,任意加入制度のもとにおいたことにより,20歳以上の学生が障害を負っても障害基礎年金の支給を受けられず,大量の無年金障害者を発生させた事案であるところ,障害者にとって障害基礎年金を受給し得るか否かは,人間としての「最低限度の生活」を営むことができるかの問題に外ならない。その意味において,憲法25条適合性の審査は,前述した憲法14条適合性の判断における「厳格な合理性の基準」を用いるべきところ,立法目的に合理性がないのみならず,立法目的を実現する手段においても目的と手段との合理的関連性を見出すことができないとの憲法14条1項違反の主張は,憲法25条においてもそのまま当てはまるから,適用除外規定が憲法25条に違反することは明らかである。
イ 仮に,憲法25条適合性の審査が,「著しく合理性を欠き,明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるを得ないような場合」に該るか否かという判断基準に従うべきであるとしても,学生を被保険者から除外した立法目的自体が不合理であるから,適用除外規定は,著しく合理性を欠き,明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるを得ないというべきである。この点,被告らは学生を強制適用の対象外とした理由は,国民年金制度が拠出制を基本とする社会保険方式を採ることから導かれるものであり,「著しく合理性を欠く」とはいえないと主張するが,昭和34年法自体が,拠出制のみならず,国民皆年金の理念を実現するために無拠出制を採用したこと,その後の改正の経緯も無拠出制の拡大であったことからすれば,被告らの主張には理由がないことは明らかである。
また,被告らは,当時の社会的・経済的状況等諸般の事情を考慮するならば,学生等を強制適用の対象としなかったことには十分な合理性があると主張するが,社会的・経済的状況と,学生を強制適用の対象としなかったこととに,具体的にいかなる関連性があるのかは必ずしも明確ではなく,かかる抽象的な理由で,合理性があるということはできない。
ウ また,昭和34年法及び昭和60年法が,立法当初の段階において,直ちに憲法25条に違反するとはいえないとしても,憲法14条に違反することは前記のとおりであり,憲法14条に違反する違憲状態が継続しているのにこれを放置しておくことは,憲法25条2項の「国の向上,増進義務」に反することとなるから,昭和34年法から一定の合理的期間を経過した後は,憲法25条違反の問題が生ずるというべきである。そしてこの合理的期間については,いわゆる学生無年金障害者を含め,無年金障害者の救済の問題が患者団体によって厚生省や国会に対する請願等によって明らかにされるに至った昭和53年当時において,既に合理的期間を経過しているとして,憲法25条に違反すると解すべきである。
(被告ら)
(1) 憲法14条1項に違反しないこと
ア 憲法14条1項の平等原則の意義
憲法14条1項は,不均等な法的取扱いの禁止を保障し,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであるところ,憲法25条の要請にこたえて制定される社会保障法制に関する立法府の裁量は,広範であり,そのような法令が憲法14条違反の問題を生じるのは,合理的理由を全く欠いた差別的取扱いをし,明らかに裁量権の逸脱,濫用と見ざるを得ないような場合に限られるというべきである。その理由は,以下の(ア)ないし(ウ)のとおりである。
(ア) 積極的な施策が立法によって講じられなかったとしても憲法14条1項に直ちに違反するものではないこと
憲法14条1項は,不均等な法的取扱いの禁止を保障するものであり,社会に存する様々な事実上の優劣,不均等を是正して実質的平等の実現を積極的に保障するものではない。社会に存する種々多様な事実上の優劣,不均等について,あるべき均等な状態を示し,これに対応したあるべき施策をみつけ出すということは,立法府の職責であり,司法の作用からは逸脱する行為であって,裁判規範としての平等原則には実質的平等は含まれないというべきであるから,積極的な施策が立法によって講じられなかったことを理由として平等原則違反があるということはできない。
(イ) 憲法14条1項は合理的理由のある差別を禁止するものではないこと
憲法14条1項は法の下の平等を定めているが,同条項は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その区別が合理的な根拠に基づくものである限り,何ら同条項に違反するものではない。
そして,法律的取扱いに区別を設けた立法が憲法14条1項に違反するか否かについての違憲審査基準については,「その立法理由に合理的な根拠があり,かつ,その区別が右立法理由との関連で著しく不合理なものでなく,いまだ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められる限り,合理的理由のない差別とはいえず,これを憲法14条1項に反するものということはできない」との基準を用いるべきである。
(ウ) 社会保障法制に関する立法府の裁量は広範であること
憲法25条は,いわゆる福祉国家の理念に基づき,すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運営すべきこと(1項)並びに社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきこと(2項)を国の責務として宣言したものであるが,同条1項は,国が個々の国民に対して具体的,現実的にこのような義務を有することを規定したものではなく,同条2項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の具体的,現実的な生活権が設定充実されていくものであると解すべきであり,同条の規定の趣旨を現実の立法として具体化するに当たっては,その時々における文化の発達の程度,経済的,社会的条件,一般的な国民生活の状況,国の財政事情等を無視することができず,また,多方面にわたる複雑多様な,しかも,高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とする。したがって,どのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄である。
イ 適用除外規定が不合理ではないこと
国民年金制度は,昭和34年の創設以来,その被保険者を成人に達した20歳から60歳未満と年齢で一律に区分していること,及びその中で学生が強制適用の対象から除外され,任意加入制度の対象にとどめられたことの理由は,以下の(ア),(イ)のとおりである。
(ア) 強制適用の対象を20歳以上と定めた趣旨
国民年金法は,
a 年金制度の本質が稼得能力の減損に対する保障にあり,これに応じて被保険者は保険料納付義務を負うことから,対象者は,稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者とした上,
b 同法が,農林漁業従業者や自営業者等の被用者年金と異なり,雇用関係によって稼得活動への従事の有無を区別することができない者を対象とすることから,一般に就労していると考えられる年齢によって一律に区分することとし,
c 年齢による区分については,①他の公的年金制度との均衡,②一定以上の被保険者期間の確保,③被扶養者である者に対し保険料を負担させないこと,④大部分の国民がせいぜい高等学校卒業程度で稼得活動に従事していたこと等を総合的に考慮して,成人に達した20歳から60歳未満の者を強制適用の対象者と定めた。
(イ) 学生を任意加入の対象とした趣旨
20歳以上の学生については,卒業後,被用者年金制度に加入する者が非常に多いと予想されることから,適用除外規定により,強制適用の対象から除外し,任意加入とした。
すなわち,学生を強制適用の対象とすれば,学生である間の保険事故(主として障害)に備えることができるものの,他方,
a 稼得活動に従事していない者に保険料納付義務(怠った場合は国税徴収法の例に基づく徴収や滞納処分の対象となる。)を負わせることは,稼得活動の減損に対する保障を本質とする国民年金制度の趣旨に照らし不相当であること
b 学生は,学校を卒業し社会に出た後は,被用者年金制度に加入する者がほとんどであること
c 学生の多くは20歳到達後2年程度で卒業するため,保険料が掛け捨てとなること
等の問題がある。そこで,これらの事情を総合考慮して,学生を強制適用の対象外とした上で,そのうち,老齢以外の保険事故である障害に対する保障を求める者,あるいは,卒業後引き続き国民年金の被保険者となることが見込まれる等の事情により国民年金制度への加入を希望する者に対しては,任意加入の方法により,被保険者となることができるものとした。
そして,このような判断には,何ら不合理な点はなく,社会保障法制度に関する立法府の広範な裁量の範囲内にあることは明らかである。また,学生の取扱いについては,平成元年改正の際においてすら,所得のない者に保険料納付義務を負わせるべきではなく,強制適用とした場合は親に保険料を負担させる結果となること,強制適用とした上保険料を免除した場合,学生と同世代で稼得活動に従事し保険料を負担している者との公平を欠くこと等を理由とする反対論もあったのであり,昭和60年法がなお学生を強制適用の対象とせず,今後の検討課題にとどめたことにも何ら不合理な点はないというべきである。
ウ 昭和60年法が合理的理由のない差別的取扱いをしているとはいえないこと
(ア) 昭和34年法には十分な合理性があること
国民年金制度において,障害福祉年金に関する規定は,社会福祉の見地から,いまだ加入年齢に達せず,国民年金の被保険者とはなり得ない20歳前に障害を受けた者を対象に年金を受給させようとするものである。
そもそも,国民年金制度は,憲法25条2項の趣旨を実現するため,老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止することを目的とし,保険方式により被保険者の拠出した保険料を基として年金給付を行うことを基本として創設されたものである。また,障害福祉年金は,国民年金制度の経過的又は補完的な制度として創設された無拠出制の年金であり,福祉的施策の一環をなすものであって,立法府は,その支給対象者の決定についても,特に広範な裁量権を有している。
したがって,このような国民年金の支給対象外の者に対する福祉的施策のあり方について,国民年金の支給対象者と比較し,両者の間に制度的な不均衡があるとするのは失当である。学生といえども20歳に達すれば,任意加入制度によって国民年金の被保険者となることができたのであって,国民年金の支給対象外の者とは明らかに立場が異なる。そればかりではなく,20歳以後に障害を負った学生にも障害福祉年金を支給するとすれば,同年齢の学生以外の者が保険料を未納付の場合にこれを受給できないこととの均衡を失するとの主張にも十分肯首し得るところがあるから,障害福祉年金の受給対象者を20歳前に障害を受けた者と定めた立法府の判断には十分な合理性がある。
(イ) 昭和60年法にも十分な合理性があること
障害福祉年金は,昭和60年法によって障害基礎年金に改められ,20歳前に障害を負った者にも,障害基礎年金が受給されることとなり,その結果,昭和60年法30条の4に基づく年金給付は,全額国庫負担のいわゆる無拠出年金ではなくなった。しかしながら,国庫は,6割という特別に高率の費用負担をしており,障害者自身は従来どおり保険料を拠出する必要がないことから,改正前の障害福祉年金と同様,所得制限等種々の制限が定められているのであって,社会福祉的色彩の強い制度であることに変わりはない。
そして,昭和60年法30条の4に基づく障害基礎年金が,障害福祉年金同様,社会福祉の見地から,いまだ加入年齢に達せず,国民年金の被保険者とはなり得ない20歳前に障害を受けた者を対象に年金を受給させようとする一方,学生は,昭和60年法においても20歳に達すれば,任意加入制度によって国民年金の被保険者となることができるのであるから,両者の間に制度上の不均衡があるといい難いことは,昭和34年法の場合と同様である。昭和60年改正の当時においても,20歳以後に障害を負った学生無年金者に障害基礎年金を支給することとすると,同年齢の学生以外の者が保険料を未納付の場合にこれを受給できないこととの均衡を失するとの考えが依然として根強かったのである。
したがって,昭和60年法30条の4に基づく障害基礎年金の受給対象者を20歳前に障害を受けた者と定めた立法府の判断にも,十分な合理性があるというべきである。
(2) 憲法25条に違反しないこと
国民年金法が,憲法25条2項に基づく立法措置であることは,国民年金法1条に照らして明らかである。したがって,国民年金制度を設計するに当たり,その対象者,給付条件,給付内容等をどのように定めるかについては,立法府の広い裁量に委ねられており,「それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえない場合」でない限り,憲法25条に違反するものではない。そして,前記(1)イ(ア),(イ)に照らせば,適用除外規定は,国民年金制度の趣旨に合致したものであり,学生に対する任意加入制度の存在と相まって,十分合理性を有するということができる。これが立法府において,「それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるをえないような場合」に該当しないことは明らかであって,憲法25条に違反するものではない。
(3) 原告らの主張に対する反論
ア 通算年金通則法施行後も掛け捨て問題が解消されていないこと
原告らは,適用除外規定の立法理由の一つである掛け捨て問題について,昭和36年に通算年金通則法が施行されたことにより妥当しなくなった旨主張する。しかし,以下のとおり,同法施行後も保険料の掛け捨ての問題は解消されたわけではないから,原告らの主張は失当である。
(ア) 通算の対象となる期間・給付が限定されていたこと
通算年金通則法は,通算によって得られる年金額及びこれに対応する事務の繁雑さにかんがみ,通算の対象となる期間を一定期間以上(原則1年以上。同法6条2項)に限っており,すべての期間を通算の対象としたものではない。
例えば,短期大学への現役進学者等,20歳以上の学生である期間が1年未満である場合には,従前の国民年金制度における支払済み保険料は,老齢年金及び退職年金についても掛け捨てとなる。
また,同法は,老齢年金及び退職年金に限って通算の方法を定めたものであって(1条),その他の障害年金給付等については通算の対象としていない。なお,被用者年金各法及び国民年金法の改正により,昭和51年9月以降,障害年金給付等についても通算の対象とされることとなったが(昭和60年改正前の国民年金法30条1項1号ハ参照),各法ごとに通算期間についての制限(6か月ないし1年)があり,必ずしも完全な通算ができたわけではない。
(イ) 昭和60年法改正によって初めて解消されたこと
被保険者期間の通算方法は,国民年金法立法当初からの課題であり,結局,各年金制度間の通算は,昭和60年の法改正による基礎年金制度の導入(国民年金の被保険者期間を基本として公的年金制度の受給要件を定める,いわゆる2階建て年金制度)によって初めて完全に確立されたのである(通算年金通則法は,同改正によって廃止された。)。
イ 任意加入制度の利用は容易であったこと
原告らは,任意加入の制度は,誰もが加入できる制度ではないとし,その理由として,任意加入制度は,都道府県知事の承認を必要としており,その承認の基準は,本人が保険料を納付することができることにあったため,稼得活動に従事していない学生にとっては,現実的には加入を望み得ない制度であった旨主張する。
しかし,以下のとおり,現実には,保険料拠出能力がないことを理由として任意加入の申出が却下された事例はなく,原告らの主張は,法の改正及び運用の実態を正解しないものであって,およそ失当というべきである。
(ア) 任意加入制度の趣旨・運用・法改正
任意加入制度は,国民年金の強制適用の対象でない者のうち,国民年金制度に加入して保障を厚くしたいと望む者について,積極的にこれを排除する理由もないことから,任意に加入することを認めたものであり,加入者を制限する動機はない。むしろ,国民年金制度が社会保険であり,多数の被保険者の拠出により保険事故に対する備えを行う仕組みであることにかんがみると,保険料を支払う者は多い方がより望ましいといえる。
したがって,任意加入制度において,法の定める任意加入の要件(任意加入被保険者となる資格)を充たす者については,それ以上に加入の要件を厳しく調査する理由はなく,任意加入を申し出る者に対し,所得や資産の調査は特段行われていなかった。
また,当初要件とされた「知事の承認」についても,通常の場合は必ず認められ,さらに昭和36年には,承認ではなく,「知事に申し出て,被保険者となることができる」と改正された。
以上のとおり,任意加入制度の利用は極めて容易であったのであり,上記のような任意加入制度について,「誰もが加入できる制度ではない」とする原告らの主張は,失当というほかない。
なお,原告らは,学生本人に保険料負担能力がないことを理由に任意加入が困難であった旨主張する。しかし,学生が任意加入しなかった理由は,保険料負担能力がないためではなく,むしろ,国民年金制度に加入すること自体に魅力を感じなかったためであると解される。すなわち,任意加入する割合が低かったとしても,それは,本件適用除外規定や任意加入制度等,国民年金制度の設計自体にあるのではなく,将来の保険事故に備えるということに対する学生自身の関心の低さ等に求められるというべきであって,この点に関する原告らの主張は,前提を欠き,失当である。
(イ) 告知方法等について
原告らは,任意加入制度についての告知方法等が不十分であった旨主張するが,これについては,一定程度の広報活動が行われていた上,そもそも法律の規定は,それが施行されれば特段の周知徹底手続を要することなく適用されるのが原則であることから,原告らの主張は失当であるというほかない。
ウ 「学生を強制適用の対象とした上で保険料免除」は不合理であること
原告らは,任意加入制度では学生の障害に対する保障としては十分ではないとし,学生も低所得者同様,保険料負担が困難な事情があることが通例なのだから,経済事情に応じて保険料を免除する等の制度を用意した上で,強制適用の対象とすべきであった旨主張する。
上記の原告らの主張する制度には,①学生を強制適用の対象とした上で,保険料納付が困難な学生に限って保険料を免除するもの,②学生を強制適用の対象とした上で,一律に保険料納付を免除するものとがあり得るが,いずれにせよ,以下のとおり,原告らの主張は失当である。
(ア) 強制適用とした上で申請により免除する制度について
学生を強制適用の対象とすることは,定型的に稼得活動に従事せず所得のない者に対し保険料納付義務を課すこととなり,必ずしも適当でない。また,学生が定型的に所得がない者の集団であることに着目すれば,結果的には次の(イ)と同じ問題が生じ得ると考えられる。
(イ) 強制適用とした上で一律免除とする制度
学生を強制適用の対象として一律に保険料納付を免除する取扱いは,成人に達した20歳以上で稼得活動に従事しない者のうち,学生のみに保険料免除の特典を付与するものであり,稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者を制度の中心とする国民年金の制度設計に照らし,かえって不合理な結果を生じる。
すなわち,同年代で稼得活動に従事し,活動で得た報酬の中から年金保険料を支払う者が多数いる中で,稼得活動に従事することなく大学に進学して勉学を行うことのできる者は,いわゆる「エリート」ともいわれるのであって,そのような学生に対する保障のために,保険料を免除した上,障害年金給付に相当する保険料ないし国税を支出することは,他の稼得活動従事者ないし納税者に著しい不公平感を抱かせることとなる。
(ウ) また,学生の親元世帯の収入状況等の客観的事情に照らせば,学生が国民年金に任意加入しなかったのは,保険料を支払えない状況にあったからであるとは到底認め難いというべきであり,何らの根拠も示さずに「学生」と「低所得者」を同視し,「保険料負担が困難な事情にあることが通例」等とする原告らの主張も失当である。
20歳以上の学生は,同年齢の大半の者が稼得活動に従事して所得を得ようとしている中で,世帯において高額の学費等を支払える環境にあるため,あえて稼得活動に従事せず学生という身分を選択し,しかも卒業後は被用者年金制度に加入できる立場の者なのであって,これと,月額100円ないし150円(昭和34年法87条),年額1200円ないし1800円の保険料納付の負担にさえ耐えられない可能性のある低所得者とを同視することには全く合理性がないことが明らかである。
エ 20歳到達の前後で年金受給の可否が異なることには合理性があること
(ア) 原告らの主張
原告らは,同じく保険料を納めていない者でありながら,障害による初診日が20歳到達前であった者には20歳前受給規定により障害福祉年金ないし障害基礎年金が給付されるのに,20歳到達後に障害を負った者は,20歳前受給規定の適用がない上,適用除外規定によって被保険者でなくなるため,国民年金法上の無拠出制年金を受給することができないこととなるとし,かような区別は憲法14条1項に違反する旨主張する。しかし,以下のとおり,原告らの主張は失当である。
(イ) 20歳到達をもって就労開始年齢とすることには合理性があること
国民年金法は,前記のとおり,①年金制度の本質が稼得能力の減損に対する保障にあり,これに応じて被保険者は保険料納付義務を負うことから,対象者は,稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者を対象者とした上,②農林漁業従業者や自営業者等,被用者年金の場合と異なり,雇用関係によって稼得活動従事の有無を区別することができない者を対象とすることから,一般に就労していると考えられる年齢により一律に区分することとし,③年齢による区分については,他の公的年金制度との均衡,一定以上の被保険者期間の確保,被扶養者である者に対し保険料を負担させないこと,大部分の国民がせいぜい高等学校卒業程度で稼得活動に従事していたこと等をも総合的に考慮して,成人に達した20歳から60歳未満の者を強制適用の対象者と定めたものであり,20歳を就労年齢の開始時とし,これをもって強制適用の対象者を区分することには十分な合理性があるというべきである。
(ウ) 20歳に達してなお学生である者に対する国民年金法上の位置付け
なお,前項の区分によれば,20歳前の者は未だ就労年齢に達していないのに対し,20歳に達した者は就労すなわち稼得活動に従事するものと考えられるのであるから,稼得能力の減損に対する保障をその中心とする国民年金制度において,20歳に達しながら,あえて稼得活動に従事することなく自ら学生であることを選択した,いわゆる「エリート」に対し,障害年金給付を行わないことが,それ自体法の趣旨・目的に反するとか,不合理であるということはできない。
かような者が障害者となった場合の保障は,障害者基本法,身体障害者福祉法等,他の障害者に関する社会保障制度に委ねられているというべきである。
オ 障害基礎年金受給権者のみに本件法定免除規定を適用することには合理性があること
(ア) 原告らの主張
原告らは,障害基礎年金受給権者は,本件法定免除規定により,その後の年金保険料の支払を免除されるところ,本件各不支給処分により,原告らは障害基礎年金を受給できないばかりか,老齢基礎年金受給のため保険料の支払を強制される結果に至っていることをも理由に,原告らについても本件法定免除規定を適用すべきである旨主張する。しかし,以下に述べるとおり,本件法定免除規定は,複数年金給付間の併給調整規定の一つであって,障害者であることを理由として年金保険料を免除するものではなく,原告らのように現に年金受給者でない者を免除の対象とすることは予定していないものであるから,この点についての原告らの主張は前提を欠き,失当である。
(イ) 本件法定免除規定は併給調整規定の一環であること
a 併給調整の趣旨
同一の被保険者について,老齢と障害等,保険事故が重複することがある。このような場合,重ねて所得保障の必要性が生じるわけではなく,複数の年金給付(例えば老齢年金と障害年金)の併給を認めることは不合理であることから,国民年金法上,複数の年金給付の受給権者については,一方の年金給付の支給を停止することとされている(昭和34年法及び昭和60年法の各20条も同旨。)。
b 一方の年金給付が永続する場合
ところで,上記のように保険事故重複が想定される場合において,年金給付の内容や保険事故の性質上,一方の年金給付の受給権が生じた時点で,当該給付がほぼ永続することが見込まれることがある。
このような場合には,他の保険事故に備える必要性は低いと考えられるから,あえて後者に備えて保険料の支払を強制することは必ずしも合理的とはいえない。そこで,昭和34年法89条1項1号は,障害年金及び母子福祉年金の受給権者に対しては,保険料を納付することを要しないとした。
すなわち,障害年金の受給権者については,障害が治る者というのは極めて僅かであり,また拠出制の障害年金の額は老齢年金に比して有利な場合が多いので,このような者に対しては保険料を負担させて,老齢年金を支給するという実益に乏しいと判断し,また無拠出制の母子福祉年金の受給権者については,将来の老齢年金給付のための年金保険料の負担能力が低い者が多いと考えられたのである。
同号の趣旨が上記のとおりであることは,例えば,同じ障害を保険事故とする年金給付であっても,障害福祉年金の受給権者については,より高額の給付である拠出制の老齢年金に備えることができるよう保険料免除の対象とされていないこと,保険料免除の対象である母子福祉年金の受給権者についても,将来,拠出制の老齢年金給付に備えて保険料の追納が認められていたこと等に照らして明らかである。
c 昭和60年改正後も同旨であること
昭和60年改正においても,障害年金給付は老齢年金給付と同額あるいはより高額とされたため,上記の規定の趣旨は,昭和60年法89条1号にそのまま引き継がれた(なお,同号では,母子福祉年金の廃止に伴い同年金給付についての規定は削除され,また,被用者年金制度との2階建て給付が導入されたことに伴い,被用者年金各法における障害年金給付についての規定が追加された。)。
d 申請免除制度が存在すること
なお,障害者である被保険者が,経済的理由により保険料の負担が困難である場合については,昭和34年法90条1項が,
(a) 「所得がないとき。」(1号)
(b) 「地方税法(昭和25年法律第226号)に定める障害者であって,年間の所得が政令で定める額以下であるとき。」(3号)
(c) 「その他保険料を納付することが著しく困難であると認められるとき。」(5号)
等を理由とする保険料の免除申請制度を定めている(昭和60年法90条1項1号,3号,5号も同旨)。
カ その他
(ア) 原告らは,任意加入制度により学生内において各自の資力によって障害基礎年金受給権の有無が決せられる差別が生じたとも主張するが,学生が保険料拠出能力がないために任意加入できないとの前提が誤っていることはすでに述べたとおりであり,原告らの上記主張はその前提を欠き失当である。
(イ) 原告らは,平成元年法により学生が強制適用の対象とされたことによって,これらの者とそれ以前に20歳を過ぎた学生との間に差別がある旨主張する。しかし,昭和34年法及び昭和60年法には十分な合理性がある上,既に保険事故が生じている者に対して,そうでない者と同様の年金を給付しないことは,国民年金制度が保険方式を採用していることからも当然に是認されることであって,原告の上記主張は失当というほかない。
5 争点④(原告らにつき,被保険者たる資格が認められた場合,本件各不支給処分を取り消し得るか否か。)について
(原告ら)
(1) 原告らに障害基礎年金が支給されるためには,①初診時において被保険者であること(以下「被保険者要件」という。),②障害が1級または2級に該当すること(以下「障害等級要件」という。),③保険料の納付要件を備えていること(以下「保険料納付要件」という。)という要件を満たす必要があるところ,原告らは,①の被保険者要件及び③の保険料納付要件を満たしていないかのようにみえる。
しかし,本件各不支給処分は前記のとおり,いずれも被保険者要件を欠く,即ち当該傷病の初診日において被保険者でなかったことを理由とするものであるから,それら各処分の取消しを求める本件訴えにおける審理の対象は,原告らが被保険者資格を欠くとした処分理由の当否のみと解すべきである。
そして,適用除外規定は特別規定と解されるから,同規定が違憲無効となれば,遡及的に同規定が原告らに適用されないこととなるところ,適用除外規定が憲法14条1項,25条に違反することは前記したとおりである。そうすると,原告らは,原則規定である昭和34年法7条1項本文(昭和60年法にあっては,7条1項1号)の適用を受ける結果,被保険者要件を充足することとなるので,本件各不支給処分は違法であり取消しを免れないこととなる。
(2) この点,被告社会保険庁長官は,原告らが,被保険者要件を欠くのみならず,保険料納付要件をも欠くから,本件各不支給処分は適法である旨主張する。しかし,保険料納付要件は本件各不支給処分において判断の対象となっておらず,不支給の理由となっていないことは前記のとおりであるから,その充足の有無は,本件において審理の対象とならない。
また,保険料納付要件は,その性質上,被保険者要件を前提とする要件であり,両者は不可分の関係にあると解されるところ,このような場合に,前提要件である被保険者要件について判断を誤った違法があれば,保険料納付要件においても,その違法性が承継されると解される。そうすると,被保険者要件の判断に誤りがあった場合,処分庁は,その誤りを是正する新たな判断をすべきこととなるが,その際には,当然に,保険料納付要件についても,改めて適宜な見直しを行わざるを得ない。原告らは,このような被告社会保険庁長官の新たな判断,すなわち,「裁定を求める地位の回復」を求めているのであって,「障害基礎年金を受給できる地位」を求めているわけではない。したがって,この意味においても,保険料納付要件は,審理の対象とならない。
さらに,憲法に違反する適用除外規定を設けておきながら,その一方で,保険料納付要件を満たさないとして,不支給処分とすることは,著しく信義に反するものであるから,信義則上も,原告らは,保険料納付要件を満たすものとして扱われるべきである。
(被告社会保険庁長官)
原告らが障害基礎年金の支給要件である保険料納付要件を満たしていないことは明らかであるところ,法が明文で定める支給要件を満たしていない以上,原告らが,障害基礎年金を受給し得ないことは,制度の原理上当然である。この外,原告らは,信義則も主張するが,そもそも公法関係において信義則の適用には慎重でなければならず,それを措くとしても,原告らに保護すべき信頼が発生するような事情はうかがえない。むしろ,保険料納付要件の充足を擬制することは,誠実に加入し,保険料を納付した者との均衡を欠くというべきである。したがって,仮に原告らに被保険者資格が認められたとしても,本件各不支給処分を取り消すことはできない。
6 争点⑤(原告らにつき,20歳前受給規定を類推適用し得るか否か。)について
(原告ら)
適用除外規定により,学生が強制適用の対象外とされ,任意加入の下におかれたこと,及び20歳前受給規定が,20歳以上の学生に無拠出の年金受給資格を認めなかったことが,憲法14条1項,25条に違反することは,前記したとおりである。このような場合,憲法の規定に適合するように合憲解釈を行うべきであり,具体的には,20歳前受給規定につき,「初診日において20歳未満であった者」には,「初診日において20歳以上の学生であった者」が含まれるとの類推あるいは拡張解釈をすべきである。そうすると,原告らは,いずれも障害基礎年金の受給資格を有することとなるから,本件各不支給処分は,いずれも違法であり取消しを免れない。
(被告社会保険庁長官)
適用除外規定,及び20歳前受給規定が,初診日が20歳以上の学生であった者を対象としなかったことが,憲法14条1項,25条に違反するものでないことは前記のとおりであるから,これらの憲法違反を前提にした原告らの主張は,その前提において理由がない。また,原告らの主張が解釈の限界を超えるものであることも明らかである。
7 争点⑥(本件各不支給処分が,告知聴聞の機会を保障しなかったものとして,憲法31条,13条に違反するか否か。)について
(原告ら)
初診日において20歳以上の学生で,かつ任意加入していなかった者が,任意加入していなかったことにより,障害基礎年金を生涯にわたり受給し得なくなるという,制裁ともいうべき不利益を受けることを正当化するためには,憲法25条の趣旨に照らし,憲法13条,31条に基づく適正手続である告知聴聞の機会が保障されていること,すなわち,20歳以上の学生に対し,任意加入制度の存在及び加入しなかった場合の不利益につき教示することが必要と解すべきである。しかし,昭和34年法及び昭和60年法は,このような手続を一切設けておらず,また,そのような運用も行われていなかった。
したがって,初診日において20歳以上で,かつ任意加入していなかった者につき,制裁として障害基礎年金の受給を認めない本件各不支給処分は,憲法13条,31条に反し,違法である。
(被告社会保険庁長官)
国民年金制度は,拠出制を基本とする社会保険制度であり,制度に加入し,かつ保険料を納付した者に対し,反対給付としての各種年金の給付を行うことを原則とする。したがって,制度に加入せず,保険料を納付していない者に給付を行うことができないことは制度の原理上当然のことであり,これが制裁などというものでないことは明らかであるから,原告らの主張は,その前提において失当である。
また,憲法13条違反との主張については,同条が,行政手続適正化の一般的根拠となると解する根拠はないから,この点についても,原告らの主張は,その前提において失当である。
8 争点⑦(被告国が,適用除外規定を立法し,また,同立法に付随する救済措置を講じなかったとして国家賠償責任を負うか否か。)について
(原告ら)
(1) 最高裁判所第1小法廷昭和60年11月21日民集39巻7号1512頁(以下「最高裁昭和60年判決」という。)の検討
ア 最高裁昭和60年判決は,立法内容の違憲性と立法行為の国家賠償法上の違法性とが論理的に区別されることを前提とした上で,次のような論理構成をとるものと理解される。
(ア) 原則論
a 国家賠償法1条1項に定める責任は,公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背した場合の責任である。
b 国会議員は,立法に関しては,個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負わない。その理由は,以下の3点である。
(a) 議会制民主主義における立法行為の政治性
国会議員は,多様な国民の意向を汲みつつ,国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されるので,議会制民主主義が適正かつ効果的に機能することを期するためにも,立法行為の内容は議員各自の政治的判断に任せ,その当否は国民の自由な言論と選挙による政治的評価に委ねるのが相当である。
(b) 憲法解釈の多様性
立法行為の規範たるべき憲法の解釈は,国民の間には多様な見解があり,国会議員はこれを立法過程に反映させる立場にある。
(c) 国会議員の免責特権
憲法51条によって国会議員の発言・表決につき法的責任が免除されているのは,国会議員の立法過程における行動を,政治的責任の対象にとどめるのが議会制民主主義の目的にかなうとの考慮による。
(イ) 例外論
国会議員の立法行為であっても,容易に想定し難いような例外的な場合には国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受ける(その例としては,立法内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず,国会があえて当該立法を行うような場合である。)。
イ 原則論の根拠は,前記ア(ア)bの(a)ないし(c)の3点であるが,(c)の免責特権については,国家賠償請求において国会議員個人の法的責任が追及されたわけではないから,これを論拠とするのは,(a)の議会制民主主義における立法行為の本質的政治性(すなわち,法的評価の対象とならないこと。)を憲法の規定によって裏付ける趣旨と考えられる。したがって,(c)は(a)に包含され,(a)の議会制民主主義における立法行為の本質的政治性と(b)の憲法解釈の多様性の2点が実質的な根拠となる。
一方,例外的場合を認める根拠については明示されてはいないものの,原則論との整合性からすれば,例外を認めても原則論の上記根拠(a)及び(b)に実質的に抵触しない場合と理解される。
この場合,国会議員は,立法に関しては,個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負わないという前記ア(ア)bの命題が否定され,国会議員はその職務上の法的義務に違背することになり,国に対する国家賠償請求が認められることになる(なお,この場合も国会議員は免責特権によって法的責任を免責される。)。
これは,「立法内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行う場合」は,原則論の前提であった同(a)の議会制民主主義の適正且つ効果的な機能が果たされていない異常事態であり,もとより,同(b)の憲法解釈の多様性を考慮する必要がないため,国会議員又はその総体たる国会に,立法行為における職務上の法的義務を生ぜしめても,原則論に抵触しないからであると理解される。
ウ そうだとすると,「立法内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行う場合」とは,原則論の前提である同(a)の議会制民主主義の適正且つ効果的な機能が果たされておらず,かつ,同(b)の憲法解釈の多様性を考慮する必要性がない極めて特殊で例外的な場合を例示したものに過ぎないということができる。したがって,立法の内容が文字どおり「憲法上の文言に一義的に違反している場合」に限られず,「憲法解釈上明らかに違反している場合」も同様に,極めて特殊で例外的な場合に該当すると解して何ら差し支えない。この点は,最高裁昭和60年判決後の下級審裁判例においても示されているということができる。
エ そして,議会制民主主義の適正かつ効果的な機能が果たされていない場合とは,換言すれば,違憲の立法行為(立法不作為を含む。)によって国民に,重大な人権侵害等の著しい不利益が生じているにも拘らず,その状態が多数者の意思を反映する国会の立法行為によって改善されることなく事態が固定して年月が経過している場合等,司法による救済を必要とする場合ということができる。このような場合であれば,国会議員の立法行為について個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を認め,裁判所がその違反の有無を論じたとしても,およそ国会の立法権を侵害し,議会制民主主義の精神に反することはないからである。
オ 以上の昭和60年最高裁判決の理解からすれば,①立法内容の違憲性が明白であるにも拘らず,当該立法をなし,あるいは立法後違憲性が明白となってから相当期間を経過しても必要な立法措置がなされず,②重大な人権被害等国民が著しい不利益を受けており,③司法的救済の必要性が認められるという,極めて特殊で例外的な場合には,国会議員及びその総体としての国会において個別の国民の権利に対応した関係での法的義務及びその違反を認めることができるから,これによって国家賠償法1条1項所定の違法性を基礎付けることができる。
(2) 国家賠償法の違法性を基礎付ける事実
ア 適用除外規定の明白な違憲性
(ア) 昭和34年法制定時
政府は,昭和34年法の立法当時において,学生の少なくとも3分の2は国民年金に任意加入せず,それらの者が重度障害者になっても障害年金又は障害福祉年金が一切受給できない危険性があることを認識していたか,又は容易に認識し得た。それにもかかわらず,政府は,学生に対して障害年金あるいは障害福祉年金の受給の道を閉ざす,国民皆年金の原則に反する不合理な差別をしたものであり,国民年金法が憲法14条1項,25条に違反することは,立法当初から明らかであり,明白に違憲の状態にあったものである。
(イ) 昭和60年改正時
昭和60年改正時には,さらに昭和34年当時とは立法事実に変化が生じており,国民年金法の違憲性はより一層明白になった。すなわち,①無年金障害者の問題が明確に認識され,その救済を求める運動が昭和50年代から継続して行われていたこと,②進学率が大幅に向上し,必ずしも経済的に恵まれていない層も大学に進学できるようになったこと,それに伴って,学生無年金障害者の問題はより一層顕著になったこと,③基礎年金制度(2階建て方式)の確立によって,公的年金適用者の配偶者である専業主婦や在外邦人について,制度的な無年金者の発生を最大限抑える改正がなされたこと,④無拠出制の障害福祉年金が,拠出制のものと同金額の障害基礎年金に一本化され,従来からの障害福祉年金受給者は障害基礎年金に裁定替えされたこと等の変化が認められ,これらの事実は国民年金法の違憲性をより一層明白にしたものであって,また,既に法改正のための合理的期間は経過していたものというべきである。
イ 人権侵害の重大性
(ア) 平成元年法によって,原告らに対し,次のような著しい不利益が生じている。
a 保険料免除制度の欠如及び国民年金未加入による不利益情報の不告知によって,国民年金に加入できなかった。
b aの結果として,障害等級1級の場合が100万5300円(月額8万3775円),2級の場合が年間80万4200円(月額6万7017円)の障害基礎年金が受給できない。
c bの結果として,障害基礎年金受給者に認められる,老齢基礎年金の保険料の法定免除が認められず,原則として保険料を負担しなければならない。
(イ) 上記の状態は,原告らの社会保障を平等に受ける権利及び生存権の重大な侵害であるところ,昭和60年改正における従来の障害福祉年金受給者の裁定替えによる障害基礎年金への一本化によって,一層顕著となった。
ウ 司法救済の必要性
(ア) 国民年金制度は国民の社会保障の問題であり,その制度設計にあたっては,政府ないし国会の裁量が大きく認められる分野であるから,本来であれば,議会という政治的過程を通してその不合理性が是正されるべき問題である。しかし,学生無年金障害者は,国民全体の中では極めて少数者であるから,自らの人権侵害状態を,多数決原理に基づく議会制民主主義による政治過程の中で解決していくことは,殆ど期待できない状態にある。
これは,昭和50年から全国脊髄損傷者連合会(以下「脊損会」という。)が,国会議員,厚生省等に度重なる働きかけを行ってきたこと,国会において無年金者救済の附帯決議が繰り返しなされてきたこと,現在に至るまで,学生無年金障害者に対する障害基礎年金と同額の年金を支給する立法がなされていないことからも明らかである。
よって,学生無年金障害者に対する司法的救済の必要性はきわめて高い。
(イ) なお,特定障害者に対する特別障害給付金の支給に関する法律(平成16年法律第166号)が,平成17年4月1日より施行されることとなった。しかし,同法の内容は,対象を任意加入時代の主婦と学生に限定し,かつ,金額も障害基礎年金よりも下回る等不十分なものであるし,かつ,同法によっても,原告らが被告国の立法不作為により,本来であれば,本件事故に遭ったときから受けられるはずであった年金を受けられなかったという損害及び原告らが日常生活に於て受けた多大の精神的被害の回復が図られるわけではないから,原告らに対する司法的救済の必要性には,いささかも変わるところはない。
(3) 国の立法不作為
ア 昭和34年法に係る立法不作為
国は,昭和34年法の立法に当たって,学生を国民年金制度の被保険者から除外したのであるから,学生が被保険者資格を奪われている期間中に障害を負うであろうことを予想して,そのような者が生じた場合には,その者に無拠出制の障害福祉年金を支給するという規定を当初立法の中に設けておくべきであった。このことは,昭和34年法において,20歳前受給規定を設けたことに照らし,いわば,その延長上の措置として,20歳後の障害学生等に対して同法57条1項類似の救済規定を設けることが容易であったことからも裏付けられる。
また,当時,国としては,学生を強制適用の対象とした上で,保険料の納付を免除する等の措置を講じるという選択をすることが可能であり,かつ,それによって事務的・財政的に大きな負担が生じることは格別想定されなかった。それにもかかわらず,国は,昭和34年法の立法に際し,学生を強制適用から除外したのみで,それに対する措置を講じなかったものであり,これは国家賠償法上も違法である。
イ 昭和50年代の立法不作為
昭和51年ころまでには,相当数の無年金状態の学生等が生じており,それらの者は,年金給付等の救済措置を求めて,政府(厚生省)や国会議員等に対し,無年金・無保障の状態を過去に遡って,あるいは将来に向かって解消するに足る立法措置を講ずべきことを訴えていた。特に,昭和53年ころ以降は,「学生で20歳を過ぎて障害を負い,国民年金制度の被保険者資格を与えられていないために,障害福祉年金をも受給できないでいる者」の存在を明確に指摘して,これら学生無年金障害者に対する障害(福祉)年金の支給を求める陳述・請願が,国会や政府に対し行われるようになった。したがって,遅くとも昭和51年ないし53年ころには,国は,学生無年金障害者の存在を認識していたはずであるから,将来における学生無年金障害者の発生を防止する立法措置,及び既に無年金状態にある学生無年金障害者に対する障害福祉年金あるいはその相当額の遡及的な給付という立法措置を講ずべきであった。にもかかわらず,国は,そのいずれの措置を講じることも怠ったものであり,これは,国家賠償法上も違法である。
ウ 昭和60年改正における立法不作為
昭和60年改正に至る過程において,脊損会等は,引き続き,無年金障害者に対する救済措置を求める活動を継続して行い,その結果,国会においても,それを踏まえた無年金障害者問題に関する質問がなされる等していた。また,国民年金審議会は,昭和60年法に係る年金制度改革案の諮問に対する答申において,「学生の適用のあり方については,引き続き検討すべきである。」旨の意見を述べており,社会保障制度審議会も同趣旨の指摘をしていた。
このように,無年金障害者問題に関する救済措置を講じるべき必要性は,より一層明らかとなっていたというべきところ,国は,昭和60年改正によって,強制適用の対象者を拡大する等の立法措置を講じた一方で,学生についてのみ,何らの救済措置をも講じなかったのであり,これは国家賠償法上も違法である。
エ 平成元年改正における立法不作為
平成元年改正により,平成3年4月から,20歳以上の学生も国民年金法の強制適用の対象とされ,また,学生の保険料納付義務の免除についても,申請による免除制度が導入されることとなった。
このように,平成元年改正により,学生の被保険者資格要件の問題は解決されたが,国は,既に生じていた学生無年金障害者等に対する遡及的な救済措置を講じなかったものであり,これは国家賠償法上違法である。
(4) 国会,内閣の故意,過失
ア 昭和34年法制定時
国会議員は,立法当時において必要な調査ないし検討をする義務を怠らなかったならば,国民年金法の有する重大な欠陥である学生無年金障害者の発生を容易に認識し,これを回避する国民年金制度を確立することが可能であったものであり,学生無年金障害者の発生について重大な過失があるというべきである。
また,同法案を国会に提出し,法案作成に深く関与した内閣(厚生大臣)にも同様に重大な過失がある。
イ 昭和50年代及び昭和60年改正時
昭和50年代には,脊損会が無年金障害者への障害年金支給のための取り組みを開始し,厚生省,国会,衆参社会労働委員会に対し,陳情,請願,要望書の提出を繰り返し行い,無年金障害者の実態と障害年金の必要性を訴え続け,昭和59年11月には,衆参両議院の社会労働委員会の議員に対し,国会に上程された年金改正法案の中に無年金障害者の救済が含まれていないことに抗議し,無年金障害者の救済を訴え,改正案に盛り込むことを要請していたほか,国内的・国際的に障害者に対する人権保障の問題が意識されるようになっていた。このような中,厚生省は,昭和58年8月に,「障害者生活保障問題専門家会議」の報告書を提出し,現行の障害者に対する所得保障において保障の手が及び得ないものがみられるので,全ての成人障害者が自立生活を営める基盤を形成する観点から所得保障全般にわたる見直しを行うべきであるとした。
したがって,昭和50年代及び昭和60年改正時には,国会議員及び内閣(厚生大臣)には,すでに学生無年金障害者の問題について十分な認識があり,仮適用,納付猶予,半額納付,無拠出支給等の具体案も出尽くしており,技術的な方法論において検討する必要はあったとしても,最低限,学生無年金障害者の発生防止のための応急的な法改正をなすことは十分に可能であった(例えば,端的に大学生を専修学校等の学生と同様にすることでも足りた。)。しかし,国会は,学生に関する法改正を無為に先延ばしにしたものであり,その過失は重大である。
また,同法改正案を国会に提出することなく,欠陥のある法律を改正しなかった点,及び昭和60年法案を国会に提出し,作成に深く関与した点において,内閣(厚生大臣)にも同様に重大な過失がある。
(被告国)
(1) 最高裁昭和60年判決に基づく判断枠組み
最高裁昭和60年判決に基づく判断枠組みは,次のとおり2段階に分かれる。
すなわち,国会は立法機関であるから,国会議員の立法行為はその法律の上位規範たる憲法に拘束される。したがって,国会議員の立法行為の違法を判断するについては,まずもって,当該立法行為の内容が憲法に違反するか否かを検討する必要があり,当該立法の内容が憲法に違反しない場合には,それだけで国家賠償法上の違法性は否定されることとなる。
次に,仮に当該立法行為の内容が憲法に違反する場合でも,それが直ちに国家賠償法上違法となるものではなく,国会議員の立法行為は,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき,容易に想定し難いような例外的な場合でない限り,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けない。したがって,公務員たる国会議員の立法行為が国家賠償法上違法であるか否かの判断にあたっては,国民に対する関係でこのような行為規範に違反した例外的な場合であるか否かが検討されるべきこととなる。
(2) 適用除外規定が憲法に違反しないこと
適用除外規定が,憲法14条1項,25条に違反しないことは前記のとおりである。
したがって,原告らの主張は,その前提を欠いているから,それ以上に,国家賠償法上違法となるか否かを検討するまでもなく,理由がないことに帰する。
(3) 国家賠償法上違法でないこと
ア 仮に,適用除外規定が違憲と評価されるとしても,その違憲状態は,昭和60年判決の示すとおり,自由な言論,選挙を通じた民意の反映により,法改正という形で是正されるのが原則であり,国会議員が国民に対して負うべき法的義務に違反したといい得るためには,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらずあえて当該立法を行うというような極めて例外的な場合に限られる。
イ しかるに,本件においては,原告らが主張するような,20歳を過ぎた学生の障害者に対して,障害福祉年金ないし障害年金を支給する旨の規定を設けるべきこと,無年金障害者に対する救済措置をとるべきこと,及び無年金者救済のための遡及立法をすべきことについては,いずれも,憲法上,かような内容に関し,一義的に明示した規定は存在しない。
したがって,本件が,最高裁昭和60年判決のいう「例外的な場合」に当たらないことは明らかであるから,国家賠償法上,違法となる余地はない。
(4) 内閣の違法行為について
原告らは,厚生省が,①憲法14条,25条に照らして違憲・違法である適用除外規定を改正し,学生が障害基礎年金を支給できるようにすべきであったのに,国民年金法制定時から平成元年法施行時までこれを怠り,20歳以上の学生を強制適用被保険者とせず,任意加入制度を継続してきたこと,②平成元年法の施行時点で,既に障害を負った者についても障害基礎年金を支給するという遡及的救済措置を採るべきであったのにこれをせず,今日に至るまで救済を怠ってきたことが違法である旨主張する。
上記主張は,内閣が上記主張に副う法律案を国会に提出しなかった不作為の違法をいうものと解されるが,立法について固有の権限を有する国会ないし国会議員の立法不作為につき,国家賠償法1条1項の違法性を肯定することができないことは,前記のとおりであるから,国会に対して法律案の提出権を有するにとどまる内閣の前記法律案不提出についても,同条項の違法性を観念する余地のないことは当然である。
よって,原告らの主張は明らかに失当である。
9 争点⑧(被告国が,学生の任意加入制度について周知徹底を怠ったとして,国家賠償責任を負うか否か。)について
(原告ら)
初診日において20歳以上であった学生については,任意加入しない限り,生涯にわたって障害年金を受給できなくなるという著しい不利益が生じることとなるのであるから,被告国は,任意加入制度の内容や加入手続のみならず,任意加入しないことによって生じる不利益についても,十分に周知徹底すべきであった。
それにもかかわらず,被告国は,個々の学生に対して任意加入制度についての個別の教示をする等の十分な周知活動を行わなかった。この結果,原告らは,任意加入制度の対象であった大多数の学生と同じく,任意加入制度の存在はもとより,その不利益についても知ることができず,国民年金制度に任意加入する機会を失った。
このように,被告国には,原告らに対する任意加入制度の周知徹底を怠った違法があり,国家賠償責任を負う。
(被告国)
国の法令は公布によって国民に周知されたものとして,国民の権利義務を創設あるいは規制する効力を発するものであり,法的義務としての周知徹底義務は存在しないから,社会保障制度の告知・教示について,法令で義務付けられている場合を除いて,これを行わないからといって,行政庁に何らかの法的責任が生じるものではない。まして,個別的な告知ないしは教示の義務があろうはずがない。
したがって,原告らの主張するような法的義務がない以上,これを前提とする国家賠償法1条1項の違法性も存しないから,原告らの主張は失当である。
10 争点⑨(原告らの損害)
(原告ら)
原告らが障害を負った当時,国が学生無年金障害者を救済する法改正を行っているか,または憲法に従った法運用を行っていれば,原告らは,遅くとも症状固定の翌年には裁定請求を行っていたものであり,原告らは,その年から少なくとも国民年金の支給最低額の支給を受けていたはずである。
しかし,原告らは国による度重なる違法行為により,本来受けられるべき障害基礎年金を受けられずに,日常生活において多大の精神的苦痛を受けるとともに,逆に,経済的に困窮した状態の中で,自らの老後のために老齢年金の保険料を支払い続けざるを得なかった。
なお,原告らが平成元年からの16年の間障害基礎年金を受給できたとすると,単純計算(障害基礎年金の受給額を現在額として計算し,平成元年から起算する。)でも1608万4800円(月額8万3775円)となり,他方,障害基礎年金を受給していたならば支払う必要がなかった老齢基礎年金の保険料の合計額は,単純計算(保険料を現在額として計算し,平成元年から起算する。)でも255万3600円(月額1万3300円)となる。これに,将来の受給可能額を含めれば,さらに膨大な金額となる。
そして,原告らの極めて厳しい生活実態及び著しい精神的苦痛等に鑑みると,国の違法行為により原告らに支払われるべき慰謝料は,各2000万円を下ることはない。
(被告国)
原告らの主張は争う。
第4当裁判所の判断
1 争点①(原告Aの統合失調症の発症が20歳前であり,統合失調症においては,「発症日」あるいは「医師の診断を受けるべき状態になった日」をもって初診日とみなすべきか否か。)について
(1) 後掲括弧内に記載した証拠によれば,以下の事実が認められる。
ア 統合失調症の特徴(甲イ3ないし14,17,20ないし22,29,30,証人I)
(ア) 統合失調症は,15歳以降の比較的若い青年期に発症することが多く,妄想等の思考障害,人格変化等を主な症状とし,多くは進行性の経過を辿るのが特徴とされる。その症状は,多様ではあるが,大きく陽性症状と陰性症状とに分けられる。陽性症状は,幻聴,被害妄想,滅裂思考等を内容とするもので,後記する急性期に多くみられ,陰性症状は,感情鈍麻,無気力,自閉等を内容とするものとされている。
(イ) 統合失調症の発症は,突然のことも潜伏性のこともあり,また,その経過も多様で,病勢が停止したり,一時的な回復をすることもあれば,回復と増悪を繰り返すこともあるが,一般的には,概ね,以下のような経過を辿るものとされている。
a 前兆期 統合失調症の発症前あるいは発症初期で,発症の兆候を示す時期であり,睡眠障害,焦燥感,倦怠感,抑うつ状態や頭重,頭痛等がみられる。未だ統合失調症に特有の症状を示さないため,神経症性障害やうつ病等に誤診されることが多く,また,周囲の者も,患者本人の異常に気づきにくい時期とされる。
b 急性期 前兆期の神経衰弱様の状態を経過した後の陽性症状が現れる時期であり,幻聴,妄想,滅裂思考等の激しい症状がみられる。周囲の者が,本人の異常を認識する時期であるが,患者本人には病識(病気であるという自覚)がないのが特徴とされる。
c 休息期 急性期の後の時期であり,過度の睡眠,意欲減退,自信喪失等を特徴とする。
d 回復期 徐々に気持ちにゆとりが出て,周囲への関心が増加する時期である。
上記のほか,統合失調症には,急性期の症状が治まった後にも病的な症状が持続する慢性期があり,陰性症状を示すことが特徴とされる。また,慢性期においても,症状の改善と増悪を繰り返したり,回復に向かうこともあれば,悪化に向かうこともある等,多様な経過がある。
(ウ) 統合失調症の病型分類は多様であるが,典型的な病型の一つに破瓜型(解体型ともいう。)がある。同病型は,青年期の15歳ないし25歳ころに発症し,妄想や幻覚は余りみられず,主に陰性症状を示すとされる。症状の経過は,直線的あるいは少数回の病勢の増悪を繰り返しながら,慢性に進行するとされており,予後は不良とされる。病勢の進行は緩やかで,学業や職務能力の低下,理由のはっきりしない欠席・欠勤等で始まり,次第に自閉的な生活を送るようになり,感情面においても,独語,空笑,唐突な行動等がみられ,思考にまとまりがないといった兆候を示すとされる。
(エ) 統合失調症の患者は,病識を欠いていたり,あるいは医療機関に対し被害感情を持っていることがある。また,上記のとおり,前兆期においては,周囲の者が患者本人の異常に気づかないこともあり,ときとして,患者本人の家族等が,精神疾患への偏見を恐れて,受診を回避することもあるとされる。そのため,一般的に,統合失調症の患者には,医療機関での初診が遅れる傾向があるとされる。
イ 原告Aの障害の発生状況,現在の生活状況等(甲イ1,15,17,19,証人H)
(ア) 原告Aは,昭和36年1月21日,JとHとの次男として生まれた。幼児期の原告Aは,姉兄と年が離れていることもあって,一人で遊ぶことが多く,口数の少ない,内向的な子供であった。
(イ) 原告Aは,小学校3年生であった昭和44年ころに,小学校に行くのを嫌がり,10日間ほど登校しなかったことがあった。原告Aは,時期は必ずしも特定はできないものの,そのころから遅くとも昭和47年7月ころにかけての間に,激しい頭痛を訴え,c町立病院の夜間救急外来を受診し,同病院で紹介された旭川赤十字病院小児外来を受診し,頭痛に対する処方を受けた(なお,旭川赤十字病院での診断内容は不明である。)。
同人は,上記受診後も,たびたび頭痛を訴え,小学校に行くのを嫌がる等したことがあった。
(ウ) 原告Aは,中学校に入学すると頭痛を訴えることはなくなり,昭和51年4月には,b市に所在するa高等学校に入学し,同市において,下宿生活を始めた。
そのころから,同人は,体調がすぐれずイライラしがちになり,理由も言わずに転校したいと述べるようになった。同人の当時の学力テストの答案用紙に,教師のコメントとして,「あなたの今の精神状態は大丈夫ですか?」との記載がされていたことがあった。
(エ) 原告Aは,高校卒業年度の大学受験に失敗したため,昭和54年4月から,札幌市で下宿して予備校に通うこととなった。そのころ,同人は,日中でもカーテンをかけたままで,人が下宿先を訪れると隠れるようにして人前に出るのを避ける等していた。
(オ) 原告Aは,昭和55年4月に山形市に所在する山形大学教養学部に入学したが,同年6月ころから,一日中寝たままで,部屋の整理も一切しない生活をするようになった。後に原告Aは,当時の状態について,「精神的にバランスがとれなくなった。人と会うのが嫌になった。学校へ行けなくなった。体を動かすことが困難となった。」等と述べている。
(カ) 昭和56年1月21日に20歳を迎えた原告Aは,同年4月に山形大学工学部に進学し,米沢市に所在する学生寮に入寮した。同年8月ころ,同人の兄が,原告Aを祖母の葬儀に参列させるために学生寮を訪れたが,その際,原告Aは,「人前に出るのが嫌だ。行かない。」と頑なに言い張り,結局,祖母の葬儀に参列しなかった。
(キ) 原告Aは,昭和56年の秋ころから,部屋に閉じこもったまま大学に行かず,夜になると,「おかあさん」と言って泣いたり,夜間であるにもかかわらず,無意味に学生寮の廊下の灯りを消して歩くといった奇異な行動を取るようになった。そのため,学生寮の管理者は,昭和57年1月ころ,Hに対し,原告Aの様子がおかしいので迎えに来てもらいたい旨連絡し,それを受けたHが,同月10日に,原告Aを迎えに行った。この際,原告Aは,Hに対し,「やっと帰れた。」,「1日が長くてずっと部屋に閉じこもっていた。」と述べていた。
(ク) 原告Aは,父Jに対し,「女友達にヒロポン30本打たれた。」等と言っていたこともあり,昭和57年1月11日,H及び父Jに連れられて札幌医科大学附属病院精神科を受診し,心因反応と診断された。原告Aは,cの実家に戻ることを希望したが,診断に当たった医師から,「大学生特有のなまけ病みたいなもので問題はない。」旨の話があったため,父Jに連れられて,米沢市の学生寮に戻ることとなった。
上記受診において,原告Aは,医師に対し,大学の入学試験でカンニングをしてしまい,自省の念に駆られているが,どうしてよいかわからない等と述べていた。
(ケ) 学生寮に戻った原告Aは,学生寮の部屋に閉じこもったまま大学に行かずに約2か月を過ごし,昭和57年3月24日に,再び迎えに来たHに連れられて札幌市に戻り,同市に所在する五稜会病院を受診した。同人は,同病院において,統合失調症との診断を受け,そのまま入院し,治療を受けることとなった。
(コ) 原告Aは,その後,ときおり退院した時期もあったものの,平成11年8月以降は,継続しての入院となっており,現在は,閉鎖病棟に入院中である。同人の統合失調症の治癒は非常に困難と診断されている。
なお,原告Aの主治医である五稜会病院精神科のK医師は,原告Aの統合失調症について,「破瓜型」あるいは「陰性症状優位」の病型であると診断している。
(2) 前項に認定した事実を基に,原告Aの統合失調症の発症日について検討する。
原告Aは,前記(1)イ(イ)のとおり,遅くとも昭和47年7月ころには,頻繁に頭痛を訴え,c町立病院あるいは旭川赤十字病院において受診,通院していた。この点,前記(1)ア(イ)によれば,統合失調症の前兆期においては,頭痛等の症状がみられることもあるとされるのであるが,頭痛は,統合失調症の患者でなくても,一般に生じ得る症状であり,そのような症状があるからといって,直ちに統合失調症の前兆期にあるといい得ないことは明らかである。また,同月以降,少なくとも高校生になるまでの間,原告Aに,頭痛はもとより,統合失調症の発症を窺わせるような兆候は見受けられない。そうであれば,遅くとも昭和47年7月ころにみられた原告Aの頭痛のみをもって,同人が,当時,すでに統合失調症を発症していたと認めることはできない。
そして,前記(1)イによれば,原告Aは,高校生時代に,すでに,精神的な不安定さを示していたと窺われるところ,予備校生のころ(18歳)から,次第に人との接触を避けるようになり,昭和55年6月ころ(19歳)からは,大学に行かずに部屋に閉じこもる時間が長くなって,その自閉的傾向を一層強め,昭和56年の秋ころ(20歳)になると,顕著な自閉傾向を示すとともに,一見して奇異な行動を取るようになり,昭和57年1月11日に札幌医科大学精神科を受診した際には,「女友達にヒロポン30本打たれた。」等と思考障害を窺わせる発言をし,その後の同年3月24日に受診した五稜会病院において,統合失調症であるとの診断を受けるに至ったのである。すなわち,原告Aは,主として陰性症状を示しつつ,緩やかに自閉的傾向を強め,最終的に統合失調症との診断を受けたと解されるが,このような症状の経過は,前記(1)ア(ウ)の破瓜型の症状の進行経過とよく符合し,特に矛盾ないし不自然な点はなく,また,原告Aの主治医の診断内容にも副う。これらに照らすと,原告Aの統合失調症の発症時期は,前記(1)ア(ウ)の破瓜型における自閉的傾向が現れた,20歳に達する前である予備校生あるいは大学1年生のころであった可能性が高いと考えられる。
(3)ア 原告Aが,上記のとおり統合失調症を発症した可能性が高いと考えられる予備校生あるいは大学1年生のころ,統合失調症について医師等の診療を受けたことがないことは,前記(1)イに照らし明らかであるところ,同人は,医師等の診療を受けていなくても,発症日あるいは医師の診断を受けるべき状態になった日をもって,初診日とみなすべきである旨主張する。
初診日とは,疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病について初めて医師等の診療を受けた日をいうとされる(原告Aの障害年金の支給に関して適用されるべき,昭和60年改正法附則23条,昭和61年政令29条1項の規定により読み替えられた昭和60年改正前の国民年金法30条1項)ところ,このように,国民年金法が,疾病等の発症のみならず,医師等による診療を要するとした趣旨は,医師等の診療行為という客観的な基準を設けることにより,受給者間の公平を図るとともに,迅速な認定を可能とすることにあると解される。そうであれば,国民年金法は,発症日(医学的見地から,当該障害と因果関係を有すると認められる傷病の発生が証明できる最も前の日を含む。以下同じ。)と初診日とを,明確に区別しているというべきであり,このような立法者意思は,「被保険者であった間に疾病にかかり,又は負傷した者」と規定し,発症日をもって基準日としていた昭和60年改正前の厚生年金保険法47条1項が,昭和60年改正に際して,初診日をもって基準日とするよう法改正された経緯に照らしても明らかである。そして,国民年金制度は,保険料の拠出期間や年齢等による画一的な要件を定め,その要件を満たす限りは,対象者の個別的な事情を考慮することなく,一律の年金を支給する制度であるところ,このような制度趣旨からすれば,医師等による診療行為を伴わない発症日をもって初診日に当たるとする解釈は,採用することができない。
イ この点,原告Aは,統合失調症は,患者に対する医療機関による診療を期待できないという特徴を有するから,統合失調症等の精神疾患については,発症日をもって初診日と解すべきであると主張する。その主張には首肯できる点もあるが,上記アで判示したところに照らし,法解釈の限界を超えるものとして採用し得ない。
また,原告Aは,発症日をもって初診日と解した裁決例が存在し,また,精神障害の認定審査事務に係る取扱いも変更されたとして,その主張する初診日の意義が,法解釈として採り得るものである旨を主張する。証拠(甲イ2の3,甲イ34)によれば,原告Aの主張に一部副う裁決例があると認められるが,このようなごく限られた裁決例があるからといって,直ちに,発症日をもって初診日とみなす解釈を採用すべきといい得ないことはいうまでもない。また,証拠(乙28の1,2,乙29,36)によれば,国民年金制度については,全国的に定型的かつ一律の事務処理が実施できるよう「国民年金社会保険事務所事務取扱準則」が定められており,そのうち障害認定については,「国民年金・厚生年金保険障害認定基準について」と題する都道府県知事あての社会保険庁年金保険部長通知(昭和61年3月31日庁保発第15号)に基づいた審査事務が行われているところ,同審査事務における精神障害の取扱いについて,「発症日を初診日とみなす」旨取扱いが変更された事実はないと認められる。
原告Aの上記主張は,いずれも採用できない。
ウ 以上のとおり,原告Aの主張は,いずれも採用できない。初診日の解釈については,昭和60年改正前の国民年金法30条1項の文言に照らし,疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病について初めて医師等の診療を受けた日をいうものと解するほかはない。
そうすると,原告Aの統合失調症について,同人が20歳に達する前である予備校生あるいは大学1年生のころに,初診日があったと解することはできない。
2 争点②(原告Aの統合失調症の初診日が,同人が20歳に達する前である昭和47年7月ころか否か。)について
原告Aが,昭和47年7月ころまでに統合失調症を発症していたと認められないことは前記1(2)で判示したとおりであるから,そのころの受診をもって,原告Aに「初診日」があったということはできない。原告Aの主張は理由がない。
3 争点③(適用除外規定,及び20歳前受給規定が初診日において20歳以上の学生であった者を対象としなかったことが,憲法14条,25条に違反するか否か。)について
(1) 国民年金制度が,憲法25条の趣旨に基づき立法されたものであることは,国民年金法1条に照らして明らかであるところ,憲法25条1項にいう「健康で文化的な最低限度の生活」とは,極めて抽象的・相対的な概念であって,その具体的内容は,その時々における文化の発達の程度,経済的,社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに,同項の規定を現実の立法として具体化するに当たっては,国の財政事情を無視することができず,また,多方面にわたる複雑多様な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするから,同条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄であると解される。また,憲法14条1項は法の下の平等を定めているが,同項は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その区別が合理的な根拠に基づくものである限り,何ら同項に違反するものではなく,法律的取扱いに区別を設けた立法が憲法14条1項に違反するか否かについては,その立法理由に合理的な根拠があり,かつ,その区別が上記立法理由との関連で著しく不合理なものでなく,いまだ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められる限り,合理的理由のない差別とはいえず,憲法14条1項に反するということはできないと解される。
この点,原告らは,前記第3の4における原告らの主張(1)イのとおり主張するが,独自の見解に基づくものであって,採用の限りでない。
(2) 前記第2の1の「本件で前提となる国民年金法の規定」に,後掲括弧内に記載した証拠及び弁論の全趣旨を併せれば,国民年金法の制定からその後の改正に係る経緯,趣旨,検討状況等は,以下のとおりと認められる。
ア 国民年金法の制定に至る経緯(甲ロ71,乙1ないし3,7)
我が国においては,戦後,家族制度の崩壊に伴う核家族化や,人口の高齢化の進展に伴う老後の生活不安を背景に,全国民を対象とする老後保障の必要性が指摘されるようになった。その後,昭和30年代にかけて,我が国の国民経済が回復基調となったこともあり,昭和32年5月の内閣総理大臣による社会保障制度審議会宛ての国民年金制度に関する基本方策についての諮問を契機として,国民年金制度の具体的な検討が開始された。
イ 昭和34年法の制定(甲ロ71,乙1ないし3,7,8,37の1,2)
国民年金制度の創設に係る検討の結果,国民年金制度の基本構造は次のようなものとされた。
(ア) 拠出制と無拠出制
国民年金制度の基本構造において,拠出制,無拠出制をどのように取り入れるかは,制度の根本に関する問題であるため,制定過程においても種々の議論があったが,最終的に,我が国の国民年金制度においては,拠出制が基本とされ,無拠出制の年金は,経過的,補完的に併用するものとされた。その理由は,主として,次の3点とされる。
a 老齢のように誰でもいつかは到達する事態についてはもちろんのこと,身体障害や夫の死亡という事態に対しても,あらかじめ所得能力のあるうちに自らの力でできるだけの備えをすることは,生活態度として当然であり,社会経済生活はこのような自己責任の原則をもとに成り立っているのであるから,本格的な国民年金制度を発展させようとするならば,拠出制を基本とすることは社会の側からみても有意義であること。
b 無拠出制を建前とすると,その財源を所得税等,国の一般財源に求めざるを得ないため,財政支出の急激な膨張が避けられないが,このことは,我が国のように老齢人口が将来急激に増加することが見込まれる国においては,将来の国民に加重な負担を負わせることにもなりかねず,それを避けようとすれば,年金額等の制度の内容は社会保障制度の名に値しないほどに不十分なものとならざるを得ないこと。
c 年金制度においては,制度そのものの安定性と確実性が必須であるところ,無拠出制を建前とすると,その支出をまかなうための収入がその時々の財政及び経済の諸事情の影響を受けやすく,場合によっては突発的な財政需要のために年金額をにわかに引き下げなければならないような事態が生じかねないこと。
他方で,無拠出制の年金は経過的,補完的に併用され,拠出制の年金より低額である無拠出制の福祉年金として給付されることとなった。その理由は,主として,次の3点とされる。
d 国民年金制度が創設されることとなったのは,将来における人口の高齢化に備えるためでもあるが,現存する老齢者,身体障害者及び母子家庭に年金的保護を及ぼす必要もあり,そのためには,無拠出制年金を併用する必要があること。
e 拠出制の年金額の3分の1が国庫負担とされているところ,拠出制の年金しかないとすると,保険料を拠出することのできた者だけが,国庫負担を通じて援助を受けることとなり,貧困のためそれができなかった者には国費による援助が行われないという不公平な結果となること。
f 拠出制の年金の対象から洩れた者は,公的扶助で救済すればよいという考えもあり得るが,公的扶助制度は,本質的に事後的な救貧を目的とする制度であるため,受給者の収入額によって支給額が左右され,全体として収入水準が最低生活水準に固定されるという欠陥があること。
(イ) 被保険者
a 被保険者については,被用者年金の適用者等以外の者を対象に,20歳以上60歳未満の国民とされた。このように年齢によって一律に区分することとした理由は,被用者の場合は,雇用関係という客観的な基準で適用範囲を画することができるが,就労や所得の態様が一様でない自営業者等については,一般的に就労するものと考えられる年齢をもって区分せざるを得ないからである。また,20歳から強制適用の対象とされたのは,拠出開始年齢を引き下げることにより,全体としての保険料負担を引き下げることができること,他方,拠出開始年齢を余りに引き下げると,未だ被扶養者である者に保険料を負担させることとなること,及び我が国においては,大部分の国民が高等学校卒業程度で所得活動に入るという就労実態があったことを理由とする。
b 20歳以上の者であっても,被用者年金制度の被保険者に扶養される配偶者や,学生等については強制適用の対象外とされた。学生が強制適用の対象外とされた理由は,次の2点とされる。
(a) 稼得活動の減損に対する保障を本質とし,また,拠出制年金を基本とする国民年金制度において,定型的に稼得活動に従事していないと考えられる学生に保険料納付義務を負わせることは不相当であること。
(b) 学生は,大学を卒業し社会に出た後は,被用者年金制度に加入することが通例であると考えられるところ,その場合,学生時代に納付した国民年金保険料が掛け捨てとなること。
(ウ) 任意加入制度と保険料免除制度
a 学生については,本人の希望があれば,都道府県知事の承認を受けて,被保険者となることが認められていたが,これは,学生であっても,将来,自営業に就く者もある等の事情を考慮し,本人の選択によって,年金を充実させることができるようにするとの趣旨からである。
b 低所得者層については,強制適用の対象とした上で,当然あるいは申請により,保険料を免除することとされたが,任意加入者には,保険料の免除規定の適用がないものとされた。なお,低所得者層について保険料免除制度が設けられた理由は,主として,次の4点とされる。
(a) 保険料の拠出能力のない者こそ,最も年金による援助を必要とするところ,そのような者を最初から,年金制度から除外すべきではないこと。
(b) 長期間の拠出を前提とする年金制度において,ある特定の一時期における拠出能力の有無のみを問題にして,適用か不適用かを決するのは相当ではないこと。
(c) 拠出期間である40年を通じて,全く拠出能力がないという事態は極めて異例であり,むしろ,被保険者とした上で,拠出能力がないと認められる期間につき保険料を免除することが合理的であること。
(d) 拠出能力が十分と考えられる者のみを対象とすると,対象者が極めて限定されてしまうこと。
(エ) 障害福祉年金
国民年金制度においては,経過的,補完的なものとして無拠出制年金が併設され,障害福祉年金については,国民年金制度発足時において,すでに障害者であった者(経過的障害福祉年金)のほか,初診時において20歳未満であった者(補完的障害福祉年金)に支給されることとされた。
このように,障害福祉年金の対象に,初診日が20歳前であった者を含めたのは,若年において重度の障害を負った場合,通常,その障害が回復することは極めて困難であり,したがって稼働能力はほぼ生涯にわたって奪われていると考えられること,及び年齢的にみても親の扶養を受ける程度をできる限り少なくしなければならないとの意味において,所得保障の必要性が最も高いと考えられることを理由とする。
ウ 通算年金通則法の制定
昭和34年法においては,国民年金制度と被用者年金各法との間における被保険者期間の通算措置は,将来速やかに検討すべきものとされた(7条3項)が,これについては,昭和36年に通算年金通則法(昭和36年法律第181号)が制定され,一応の解決が図られた。ただし,同法では,通算対象となる期間が,原則として1年以上とされており,また,老齢年金及び退職年金に限って通算するものとされていた。
エ 昭和60年改正に至るまでの学生無年金障害者に係る活動等(甲ロ6,20の1ないし5,甲ロ64,111ないし115)
(ア) 学生無年金障害者問題の発生
昭和34年法によって強制適用の対象外とされた20歳以上の学生のうち,実際に任意加入した者は,昭和62年度末の時点で,全体の1.25パーセントにすぎず,その結果,学生である間に傷病によって障害を負いながら,任意加入していなかったために障害年金の支給を受けられない者(いわゆる学生無年金障害者)が発生し,制度の改善を求める運動が起こった。
(イ) 脊損会の活動状況
脊損会は,昭和50年代に,次のとおり,学生無年金障害者を含む無年金障害者に対する障害年金給付を求める活動を行った。
すなわち,脊損会は,昭和50年6月に,無年金の脊損会会員に対するアンケートを実施し,その結果に基づいて,昭和51年1月,厚生省年金局長に対し,重度の身体障害にある無年金者について,障害福祉年金と同額の年金の支給を求める要望書を提出した。脊損会は,昭和53年4月には,国会に対し,上記と同趣旨の請願を行い,昭和55年には,衆参社会労働委員会の委員に対し,無年金障害者を生み出すような制度上の問題を撤廃すること,過去の無年金障害者に対する遡及的な救済措置を講じること,老齢年金と同様に,無年金障害者についても,特例納付制度を創設すること等を内容とした要望書を提出する等した。その後も,脊損会は,同趣旨の要望書の提出,あるいは陳情等の活動を継続した。
これに対し,厚生省は,大要,拠出制をとる年金制度において,拠出を行っていなかった者に対し,年金制度の中での救済を図ることは困難であり,特例納付制度についても,極めて例外的な救済措置であって,無年金障害者に対して適用することはできない旨回答していた。
オ 昭和60年改正(甲ロ56,乙2ないし6,39の1及び2,40)
(ア) 改正に至る経緯
職種等により公的年金制度が分立していた我が国においては,国民年金制度が創設された昭和30年代から50年代にかけて産業構造や就業構造に大きな変動が生じたことにより,一部の特定の産業や職域を対象とする年金制度が財政的に不安定となるといった事態が生じ,また,昭和50年代に一層進展した人口の高齢化により,将来における受給者数の増加等による総給付額の増大が見込まれ,これに対する対策も急がれることとなった。このような状況を踏まえ,公的年金制度を長期にわたり安定して運営するとの見地から,各年金制度を通じた抜本的な制度改正が検討されるようになり,その中心として,これまで分立していた各公的年金制度3種(厚生年金,共済年金,国民年金)8制度に共通する給付としての基礎年金制度の導入が課題とされた。
このような状況を踏まえ,昭和60年法は昭和60年4月に成立した。その柱は,①基礎年金制度の導入と制度の再編成,②給付と負担の適正化,③女性の年金権の確立,男女間格差の是正,無年金者の解消,④障害年金の大幅改善とされる。
(イ) 基礎年金制度の導入による制度体系の再構成
基礎年金制度の導入により,基礎年金については,全国民に共通の給付となり,それを通じて,一人一年金の原則が確立され,重複給付の解消が可能となり,また,各年金制度間の通算が完全に確立された。
(ウ) 強制適用対象者の範囲の拡大
被用者年金制度の被保険者に扶養される配偶者(いわゆる専業主婦)については,それまで被用者年金加入者に対する年金給付で保障が及んでいるとされていたものを,女性独自の年金権を確立すべきとの考えから,国民年金の強制適用の対象とし,昭和60年法施行日である昭和61年4月1日から,第3号被保険者として基礎年金給付が保障されることとなった。
(エ) 障害年金の改善
昭和60年の改正では,障害年金が,全制度に共通する障害基礎年金として再構成され,給付額の増額や子がある場合の加給等の改善がされた。また,無拠出制の障害福祉年金は廃止され,全国民を対象とする障害基礎年金に統合されるとともに,すでに障害福祉年金の受給者であった者については,障害基礎年金に裁定替えされることとされた。これにより,従来,拠出制の障害年金に比して低額である障害福祉年金を受給していた者は,より高額の給付を受けることができるようになり,年金額が大幅に改善されることとなった(昭和59年度における年金額で,障害等級1級の者の障害福祉年金が月3万8400円,障害等級2級の者が月2万5600円であったが,これが,同じく昭和59年度額で,それぞれ月6万2500円,月5万円となった。)。
なお,初診日が20歳前であった者に係る障害基礎年金については,比較的高率の国庫負担が行われることや本人が保険料を納付していないこと等から,従来の障害福祉年金と同様に,公的年金併給制限や所得制限が設けられた。
(オ) 学生の取扱いとそれを巡る議論の状況
a 昭和60年改正の動きは,昭和56年の社会保険審議会厚生年金保険部会による次期制度改正のあり方に係る審議の開始から本格化され,昭和58年7月には,同会の意見書を受けた厚生省が,具体的な改正案の作成作業に入り,同年11月には,厚生大臣が,国民年金審議会及び社会保険審議会に対し,制度改正に係る諮問を行った。
このうち,厚生大臣の諮問を受けた国民年金審議会における審議においては,未加入者全般についての議論も行われた。その中で,学生無年金障害者問題も指摘され,非常に酷な状態になっているとの認識が示されるとともに,仮適用として障害年金の支給対象とすることや,学生を失業者と同視して強制適用の対象とし,老齢年金の支給額を学生の期間に相当する分だけ減額する等といった解決案が示される等した。最終的に,同審議会は,昭和59年1月に答申を行ったが,学生の取扱いにつき,「学生の適用のあり方については,引き続き検討をすべきである。」と指摘するにとどまった。
b 昭和60年改正に係る改正案は,昭和59年3月に国会に提出された。同法案の国会審議においては,学生無年金障害者問題につき,以下のような議論がなされた。
(a) 衆議院社会労働委員会における審議において,複数の委員から,学生を強制適用の対象とすべきである旨の質疑が行われた。それとともに,学生については,半額程度の保険料で強制適用の対象とする案や,初診時に国民年金に未加入であった学生について,20歳前受給規定を適用する等の案が示された。また,参議院社会労働委員会においても,学生を強制適用の対象とすべきであるとの質疑がなされた。
(b) これに対し,政府は,大要,学生は,一般的に保険料負担能力がないと考えられるところ,このような学生を直ちに強制適用の対象者とするのであれば,当然に免除を前提としていることにもなりかねないとの議論があること,30歳あるいは40歳といった学生もおり,十分ではないにせよ任意加入の制度が設けられている学生を,任意加入すらできない20歳未満の者と同列に扱えるかについても議論があること等を理由として,学生無年金障害者問題については,今後とも,引き続いて検討したい旨答弁した。
c 以上のような議論を経て,昭和60年改正は行われ,学生については,従来と同様に,強制適用の対象とはされず,任意加入ができるとされるにとどまった。
なお,学生無年金障害者問題は,今後の検討課題とされ,「国民年金制度における学生の取扱いについては,学生の保険料負担能力等を考慮して,今後検討が加えられ,必要な措置が講ぜられるものとする。」とされた(昭和60年改正法附則4条1項)。また,衆議院においては,「無年金者の問題については,今後とも更に制度・運用の両面において検討を加え,無年金者が生ずることのないよう努力すること。」との,参議院においては,「無年金者の問題については,適用業務の強化,免除の趣旨徹底等制度・運用の両面において検討を加え,無年金者が生ずることのないよう努力すること。」との各付帯決議がされた。
カ 平成元年改正(甲ロ20の6,7,9,乙3,38)
(ア) 学生の取扱い
平成元年改正により,20歳以上の学生についても,国民年金の強制適用の対象 とされることとなった。
(イ) 改正に係る経緯等
a 昭和60年改正において,学生の取扱いが,今後の課題とされたことから,この点に関する検討が行われることとなり,昭和63年11月29日には,年金審議会から,「国民年金・厚生年金保険制度改正に関する意見」において,「現在,20歳以上の国民のうち,唯一,国民年金の強制適用の対象から外されている学生については,従来から障害年金を中心に無年金問題が指摘されているところであり,さらに,基礎年金のフル・ペンションの確保を図っていくという観点からも,この際,これを強制適用の対象とすべきである。」との意見が出された。
これを受けた厚生省は,学生について,学生期間中の障害について障害基礎年金を保障するため,国民年金の被保険者とすること等を内容とする「国民年金制度及び厚生年金保険制度改正案要綱」を作成し,平成元年2月3日に年金審議会に,同月7日に社会保障制度審議会に,それぞれ諮問を行った。年金審議会は,上記諮問に対し,同月27日,「学生に対する国民年金の適用に当たっては,親の保険料負担が過大とならないよう適切な配慮がなされるべきである。」との意見を付した上で,これを了承した。
b これを受けた政府は,平成元年3月29日,平成元年改正に係る改正案を国会に提出した。同法案の国会審議においては,学生の取扱いにつき,以下のような議論がなされた。
(a) 衆議院本会議における審議においては,学生を強制適用の対象とすることにつき,現行の保険料免除制度では,学生のいる家庭で免除を受けられる世帯が極めて限られるため,結局は,学生の保険料はその親が負担することにならざるを得ないとして,学生に対する新たな保険料免除制度を創設すべきではないかとの意見が出された。
衆議院社会労働委員会における審議においては,学生を強制適用の対象とする趣旨は十分に理解できるが,類型的に所得がないとされる学生にとって,保険料の負担は困難であり,結局は親に負担を求めることになりかねず,また,保険料を滞納し,あるいは未加入等となる学生が増加して,制度改正の趣旨が損なわれるのではないかといった意見が出され,同時に,従来の任意加入制度を維持し,学生については保険料を一律に免除とするといった案も出された。同委員会の公聴会においても,学生を強制適用の対象とすることは評価できるとされたが,他方で,学生を強制適用の対象とした場合には,保険料免除が世帯を基準とされていることから,経済的理由によって親元で同居している学生が免除を受けられないにもかかわらず,経済的に恵まれているため,親と別居している学生が免除を受けられるといった不公平があること,学生のみに特別な免除制度を設けることとなれば,大学に進学せずに働いている者との間で不公平となること,学生については,障害年金と老齢年金とを切り離し,障害年金のみを強制適用の対象とする方法があること等の意見が出された。
参議院社会労働委員会における審議においては,学生無年金障害者の発生は,任意加入制度に起因するもので,制度上の不備があったのではないかとの意見が出された。しかし,他方では,学生を強制適用の対象とすることは,結局のところ,親に対して学費に加え,保険料の負担を負わせるだけになるのではないかとの意見も出され,また,学生が稼得活動に入るまでの間は,保険料を免除し,稼得活動に入った後に,割り増しされた保険料を納付させる方法もあるのではないかとの意見も出された。
(b) これに対し,政府は,任意加入制度そのものに不備があったとは考えてはいないが,任意加入制度によった場合には加入が進まず,学生無年金障害者を発生させるおそれがあることから,学生を強制適用の対象とすることとしたこと,障害年金と老齢年金とを切り離して,学生については,障害年金のみの強制適用とすることも検討されたが,老齢年金や遺族年金の問題もあり,全面的に強制適用の対象とした上で,保険料免除基準を適切に設定することが望ましいとの結論に達したこと,20歳以上の学生についてのみ一律に保険料を免除とすることは,他の20歳以上の者との関係で不公平となるおそれがあると考えられること,学生の親に保険料の負担を求めることとなるおそれについては,平成3年に予定されている施行までに,学生を有する世帯の保険料負担能力等を調査した上で,過大な負担とならないよう,適切な免除基準を設定するつもりであること等の答弁をした。
(ウ) 学生無年金障害者に対する救済措置に係る議論等
脊損会等の障害者団体は,昭和60年以降も,引き続き,厚生省や国会議員らに対する陳情,請願等の活動を継続しており,とりわけ,昭和61年以降は,学生無年金障害者問題について,明確に言及するようになった。平成元年改正における国会審議においては,学生無年金障害者に対する救済措置を講じるべきではないかとの意見も出された。これについて,政府は,国民年金が社会保険方式を基礎とするものである以上,障害が発生した後に保険料を納付することを認めることには問題があるとし,この点に関する措置は講じなかった。
キ 平成元年改正ころ以降の学生無年金障害者に係る活動等(甲ロ13,14,20の8,10ないし13,甲ロ21ないし23)
平成元年改正により,20歳以上の学生についても,強制適用の対象とされることとなったが,任意加入制度時代に,すでに障害を負っていた学生無年金障害者に対する救済措置は講じられなかった。そこで,脊損会等の障害者団体は,平成元年改正以降も,引き続き,無年金障害者に対する障害基礎年金の支給等を求める活動を継続した。
平成6年には,同年の国民年金法改正に際し,具体的な検討には至らなかったものの,衆参両院において,無年金障害者の所得保障について,福祉的措置による対応を含め検討するとの附帯決議がなされ,平成10年3月には,参議院議員による参議院議長宛の「無年金障害者の所得保障の確立等に関する質問主意書」が提出される等した。
ク 平成12年改正(甲ロ15の1ないし6,甲ロ17ないし19)
平成元年改正により,20歳以上の学生も国民年金制度の強制適用の対象となったが,学生は,一般的に所得がないことから,多くの場合,その親が保険料を負担することとなり,学費に加えて保険料を支払うことに伴う親の負担が問題視されるようになった。
そこで,20歳以上の学生については,学生本人の所得を基準として,国民年金の保険料の納付を要しないとされるとともに,10年間は保険料を追納することができるという内容の学生納付特例制度が創設された。なお,この特例期間は,保険料が追納されない場合は,老齢基礎年金の額の計算には反映されないが,年金の受給資格期間には反映されるものとされた。
ケ 平成12年改正以降の経緯(甲ロ73)
坂口力厚生労働大臣は,平成14年7月,学生を含む無年金障害者に対する福祉的措置による救済の必要性を指摘した,いわゆる「坂口試案」を発表した。その後,平成16年12月には,特定障害者に対する特別障害給付金の支給に関する法律(平成16年法律第166号)が成立した。同法は,国民年金制度の発展過程において生じた特別の事情にかんがみ,障害基礎年金等の受給権を有していない障害者に特別障害給付金を支給することにより,その福祉の増進を図ること(同法1条)を目的とするもので,これにより,学生無年金障害者は,社会保険庁長官の認定を受けて,月4万円(ただし,障害等級1級の者については,月5万円)の特別障害給付金の支給を受けることとなった。
(3) 適用除外規定が,憲法14条1項に違反するか否かについて
ア 国民年金制度を創設するに当たり,制度の根本的なあり方として,拠出制あるいは無拠出制のいずれを採用するか,あるいはどのように併用するかについては,種々考えられるところであるが,我が国における国民年金制度は,前記第2の1「本件で前提となる国民年金法の規定」及び前記(2)イのとおり,20歳以上60歳未満の者を強制適用の対象とした上で,これに保険料納付義務を課すという拠出制年金を原則とし,無拠出制年金については,補完的なものとして併用するという基本構造の下で創設されたものである。そして,国民年金制度が,拠出制を基本とする制度として設計された理由及び20歳以上を強制適用の対象とした理由は,前記(2)イ(ア)及び(イ)のとおりであって,そこに不合理な点はなく,拠出制を基本としたこと自体が,憲法14条1項あるいは25条の趣旨に反するものでないことは明らかである。
このように,国民年金制度は拠出制を基本として創設されたが,その場合,学生は,類型的に稼得活動に従事しておらず,本人を基準とする限り,定型的に保険料の拠出能力に乏しいと考えられる(このことは,昭和34年法の制定当時はもとより,現在に至るまで,公知の社会的事実ということができる。)ため,これに対する取扱いの問題を生じざるを得ないが,これについても,また,種々の制度設計があり得るところである。
イ この学生に対する制度のあり方についてみるに,我が国における国民年金制度が,主として,将来における人口の高齢化に対する施策として創設されたものであり,その制度が老齢年金を中心として設計されたことは,前記(2)アのとおりである。かかる制度設計の下において,卒業後に被用者保険の被保険者となることが多いと考えられる学生が受ける不利益は,一般的には,20歳以上の在学中に国民年金の被保険者とならないことによって,将来,満額の老齢年金を受給できなくなることにある。しかし,この不利益の程度は,決して大きなものではなく,老齢年金に着目する限りは,保険料拠出能力に乏しいと考えられる学生に保険料を拠出させてまで,国民年金の被保険者とすべき必要性は,必ずしも高くはないということができる。そうであれば,我が国の国民年金制度の中心となる老齢年金に着目して,学生を強制適用の対象としないことも,一つのあり得る制度というべきであり,この観点から評価する限り,学生を強制適用の対象とせず,任意加入制度を適用するにとどめたことが,直ちに不合理であるということはできない。
ウ もっとも,障害基礎年金についてみれば,学生であっても,障害を負い,将来にわたって稼得能力を失うことがあり得るから,障害基礎年金の被保険者となるべき必要性について,学生と学生でない者との間に差異はなく,その意味で,学生を被保険者として強制適用の対象とすることも,一つのあり方である。
しかし,国民年金制度における保険料の大部分は,老齢年金のための拠出であり,障害基礎年金のための保険料が占める部分は極めて少額であること(乙3,38。平成元年改正に係る国会審議において,当時の月額保険料は8000円であるところ,国庫負担分を差し引くと,障害基礎年金の支給に必要な月額保険料は189円であるとの試算が示されている。),及び20歳以上の学生である間に障害を負う可能性は,相当程度に低いこと(乙38。同様に,平成元年改正に係る国会審議において,厚生年金における障害者の発現率は,障害等級1級につき0.1249パーセント,障害等級2級につき0.35334パーセントとされている。)からすると,障害を負う可能性が高いとはいえない20歳以上の学生に,老齢年金を含んだ保険料の納付義務を負わせることは,過度の負担を強いるもので相当ではないとも考え得るところである。
のみならず,20歳以上の学生を強制適用の対象とした場合,学生が類型的に保険料拠出能力に乏しいことから,その保険料は,結局のところ,学生の親が負担せざるを得ないという問題が生じることとなる。すなわち,学生を強制適用の対象とするにしても,その保険料の扱いについては,別途の考慮が必要とならざるを得ないのであって,この点について,20歳以上の学生が強制適用の対象とされることとなった平成元年改正において,年金審議会が,学生の親の負担が過大とならないよう適切な配慮を求める意見を付し,国会審議においても,保険料の免除のあり方によっては,保険料を滞納しあるいは未加入となる学生が増加し,結局,学生を強制適用の対象とした趣旨が没却されるおそれがあることや,保険料の免除が世帯を基準としていることに起因して,経済的に恵まれており,親元を離れ下宿している学生が保険料の免除を受け,そうでない者が免除を受けられないといった不公平が生じること,あるいは学生のみを対象として特別な保険料免除制度を設けた場合,大学に進学せずに稼働している者との間に不公平が生じること等が議論されたことは前記(2)カ(イ)のとおりである(特に,学生と学生でない者との間に不公平が生じるとの点は,前記(2)オ(オ)のとおり,昭和60年改正において,学生の保険料を半額とする案や一律に免除とする案が提案されたものの,結局,同提案が採用されず,学生への強制適用のあり方については,今後の検討課題とされることとなった経緯からも,軽視し得ない問題であったということができる。そして,昭和34年当時においても,明示的には議論の俎上に上ってはいないものの,この問題の重要性は,昭和60年当時と同様であったと考えられる。また,学生を強制適用の対象とした場合の保険料負担のあり方が,立法上の大きな難問であったことは,前記(2)カ(イ)bのとおり,平成元年改正にあたって様々な議論があったこと,その後も,平成12年改正が行われたことからも窺われるところである。)。
エ このように,昭和34年法及び昭和60年法は,老齢年金を中心とする国民年金制度において,類型的に稼得活動に従事していないと考えられる学生については,敢えて強制適用の対象とするまでもなく,また,強制適用の対象とした場合に生じる保険料負担の問題も無視し得ないとして,学生を強制適用の対象としなかったものであるが,上記ウのような事情にもかんがみると,このような立法理由については,障害年金ないし障害基礎年金の観点からみても,学生を強制適用の対象としないことについての合理性を否定することができない。
オ もっとも,かかる制度設計において,学生が,いかなる場合においても,国民年金の被保険者となり得ないのであれば,学生であることを理由に国民年金制度,とりわけ障害年金ないし障害基礎年金の受給者たる地位から完全に排斥するものとして,憲法14条1項違反の問題を生じるものと解される。
しかしながら,昭和34年法及び昭和60年法においては,20歳以上の学生は任意加入制度の対象とされ,自らの意思で国民年金の被保険者となることが原則的に可能であったのであり,国民年金制度から排除されていたわけではない。
この点につき,原告らは,任意加入制度には,保険料の免除規定が適用されず,また周知徹底が不十分であった等の欠陥があり,実質的に機能していなかった旨主張する。
任意加入した学生について,保険料免除制度が設けられていなかったことは,原告らの主張のとおりであるが,自らの保障を厚くすることを望む学生についてのみ,保険料免除制度を設けることは,前記ウで判示したところと同様の不公平感を生ぜしめ,必ずしも妥当な措置であるとはいい切れない上,後記に判示するとおり,任意加入率の低さが,保険料免除制度を設けなかったことに起因するとも認め難い。
また,原告らは,任意加入制度の周知徹底が不十分であったことから,この制度が,実質的に機能しておらず,また加入率も極めて低く,欠陥があったとも主張する。そして,任意加入制度における20歳以上の学生の加入者の割合については,平成元年改正における国会審議において,160万人のうち2万人と推定されており(乙38),極めて低率にとどまっていた。しかし,憲法14条1項との関係における代替措置としての任意加入制度の適否は,その制度の内容自体により判断されるべき筋合いであり,周知徹底活動が不十分である等といった現実における制度の運用のあり方は,憲法14条1項違反を基礎づけるものではない。のみならず,任意加入制度の広報活動は一定程度行われていたことが認められるし(乙15の1ないし乙21の4),加入率が極めて低率にとどまった理由としては,むしろ,若年である学生が,国民年金制度そのものにそれほどの関心を抱いていなかったことや,自らの老後に備えて保険料を拠出することについての意識が乏しかったこと,あるいは,学生である数年程度の間,任意加入していなくとも,老齢年金の受給額でそれほどの不利益を受けることもないと考えていたことにも原因があったと考えられるのであり,加入率の低さが,直ちに,任意加入制度に欠陥があったことを裏付けるということはできない。
原告らの上記主張は,いずれも採用できない。
カ 以上のとおり,昭和34年法及び昭和60年法が,20歳以上の学生を強制適用の対象から除外し,任意加入制度の対象としたことは,保険料免除制度がなかったことを考慮しても,なお,その立法理由に合理的な根拠があり,かつ,学生とそうでない者との区別が立法理由との関連で著しく不合理なものとはいえず,立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと評価される。すなわち,適用除外規定が憲法14条1項に違反するということはできない。
なお,被告らは,適用除外規定が違憲でないことの理由として,保険料の掛け捨て問題があったことを主張する。しかし,保険料の掛け捨て問題については,完全な解決は昭和60年改正を待たなければならなかったとはいえ,それ以前に通算年金通則法が制定されたことで,相当程度解決されていたということができる。保険料の掛け捨て問題は,昭和34年法においては,学生を強制適用の対象としなかったことが不合理でないことを積極的に基礎づける事情といい得るが,少なくとも,通算年金通則法施行後においては,必ずしもそのようにいうことはできない。
(4) 20歳前受給規定が,初診日が20歳以上の学生であった者を対象としなかったことが,憲法14条1項に違反するか否かについて
ア 初診日において20歳未満であった者は,20歳前受給規定に基づき,障害福祉年金(昭和60年改正後は障害基礎年金。以下,本争点においては,両者を併せ,単に「年金」という。)を受給することができるのであるが,このような規定が設けられた趣旨は,国民年金制度の被保険者が20歳以上と設定されたことから,加入を希望しても被保険者となることができない20歳未満に初診日のある障害者について,前記(2)イ(エ)記載の考慮がされたことによるものである。このような趣旨に基づいて,20歳到達前に初診日のある障害者に対して年金を支給することとしたこと自体に,不合理な点はない。
イ もっとも,初診日が20歳以上の学生であった者についてみるならば,若年において重度の障害を負った場合,通常,その障害が回復することは極めて困難で,稼得能力がほぼ生涯にわたって奪われていると考えられること,及び年齢的にみても親の扶養を受ける程度をできる限り少なくすべきであり,所得保障の必要性が高いと考えられることという20歳前受給規定の趣旨は,ほぼ,同様に妥当すると考えられるところである。その意味では,初診日が20歳以上の学生であった者を,20歳前受給規定の対象とすることも一つの制度のあり方であったということができる。
ウ しかし,拠出制を基本とする国民年金制度において,補完的な年金の対象をどのように設定するかは,立法府の広範な裁量に委ねられているところ,国民年金制度は,20歳で稼得活動に従事する者が多いことにかんがみ,強制適用の対象を20歳以上と設定し,その上で,20歳以上の学生については,類型的に稼得活動に従事していないことを捉えて,強制適用の対象外とし,任意加入制度の下に置くこととしたものであって,このような学生の取扱いが不合理とはいえないことは,前記(3)において判示したとおりである。
エ のみならず,20歳前受給規定において,初診日が20歳以上の学生が適用の対象とされなかったことについては,そのような学生についてのみ,20歳以上であっても年金を支給するとするならば,保険料を納付していなかった20歳以上の学生でない者は,これを受給できないため,両者の間に,不公平を生ずるおそれがあったことも考慮された。
すなわち,昭和34年法制定当時における大学進学率は,4年生大学で8.1パーセントと1割にも満たず,学生を有する世帯の収入は,平均的にみて,学生を有しない世帯に比して高かった(乙12ないし14)のであり,このように,一般に比して,経済的に恵まれている学生を,学生以外の者よりも優遇するという点において,不公平が生ずる懸念があったのである。むろん,昭和36年の調査によれば,学生を有する世帯であっても,その世帯における職業や,学生が昼間部であるか夜間部であるかといった違いによって,その収入には相当程度の差があり(乙14),一律に,経済的に豊かであるといえないことはいうまでもないのであるが,少なくとも,一般的に,学生を有する世帯は,子等を稼得活動に従事させることなく,高等教育を受ける費用を支弁し得るだけの経済力を有するとの社会通念が存在していたことは,公知の事実である。
その後,4年生大学への進学率が,昭和49年に25.1パーセントとなり,以降,昭和60年にかけて,概ね25パーセント前後で推移したこと(乙12)から,昭和50年代にかけて,大学への進学がそれほど希なものではないと認識されるようになったと考えられる。しかし,それでもなお,大学への進学率は,昭和60年当時においても,約4分の1にすぎなかったのであり,依然として,大学へ進学する者は少数であったということができるから,昭和60年当時において,上記のような社会通念が失われていたとまでいうことはできない。このことは,大学への進学率が24.6パーセントと,昭和60年改正時と大差がなかった平成元年改正当時においてすら,前記(2)カ(イ)のとおり,学生のみに特別な免除制度を設けることとなれば,大学に進学せずに働いている者との間で不公平となるとの指摘がなされていたことからも裏付けられる。
このような不公平が生ずるおそれがあることも,初診日が20歳以上の学生を20歳前受給規定の対象としないことについての合理的理由として,首肯し得るところである。
オ なお,昭和60年改正で,障害福祉年金が障害基礎年金に一本化された結果,初診日において20歳未満であった者は,障害基礎年金を受給し得ることとなり,受給額が大幅に増額されている。これは,国民年金制度の被保険者ではなく,また保険料を拠出していないにもかかわらず,初診日が20歳未満であった者に障害基礎年金を支給するものであり,初診日において20歳以上であった学生が,任意加入していない限りは,何らの給付をも受け得ないことからすると,両者間の差は,より顕著になったということができる。しかし,初診日において20歳未満であった者が受給できることとなった障害基礎年金が,補完的な年金であることに変わりはないのであって,20歳以上の学生を,補完的な年金の対象とするのではなく,任意加入制度の下に置いたことが不合理でないことは,すでに判示したとおりであるから,このような差の拡大をもって,昭和60年法における20歳前受給規定が,初診日において20歳以上であった学生を対象としなかったことが不合理であるということはできない。
カ 以上からすると,昭和34年法及び昭和60年法において,20歳前受給規定が,初診日が20歳以上であった学生を対象としていないことが,憲法14条1項に違反するということはできない。
(5) 適用除外規定,及び20歳前受給規定が初診日において20歳以上であった学生を対象としなかったことが,憲法25条に違反するか否かについて
国民年金法は,憲法25条の趣旨に基づく立法であるところ,憲法25条1項にいう「健康で文化的な最低限度の生活」とは,極めて抽象的・相対的な概念であって,同条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ないような場合を除き,違憲となるものでないことは,すでに判示したとおりである。
原告らは,適用除外規定,及び20歳前受給規定が初診日において20歳以上であった学生を対象としなかったことが,憲法14条1項に違反することをも前提に,憲法25条違反を主張するのであるが,それらが憲法14条1項に違反するものでないことは,すでに判示したとおりである。
そして,学生無年金障害者であっても,障害基礎年金の支給以外の社会福祉諸立法ないし施策に基づく支給やサービスを受け得るのであり,初診日において20歳以上の学生であった者が,障害基礎年金を受給できないからといって,直ちに,立法府の裁量が著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ない場合に当たるとか,生存権が侵害されているということはできない。
したがって,適用除外規定,及び20歳前受給規定が初診日において20歳以上であった学生を対象としなかったことが,憲法25条に違反するということもできない。
4 争点⑤(原告らにつき,20歳前受給規定を類推適用し得るか否か。)について
原告らの類推適用の主張は,適用除外規定,及び20歳前受給規定が初診日において20歳以上であった学生を対象としなかったことが,憲法14条1項及び25条に違反することを前提とするものであるところ,それらが,いずれも憲法14条1項及び25条に反しないことは,すでに判示したとおりであるから,原告らの主張は,その前提を欠き,いずれも理由がない。また,他に類推適用すべき根拠も見当たらない。
5 争点⑥(本件各不支給処分が,告知聴聞の機会を保証しなかったものとして,憲法31条,13条に違反するか否か。)について
原告らの主張は,政府が原告らに対し,20歳に達した段階で,任意加入制度の存在及び加入しなかった場合の不利益について個別的に教示しなかったことをもって,告知聴聞の機会を保障しなかったものとして,憲法31条,13条に違反するとの趣旨であると解される。
しかし,国民年金制度は,一定の要件の下に年金を給付する社会保障制度であり,学生に対する取扱いは,憲法31条の適正手続の適用ないしは準用の対象となる制裁あるいは不利益処分には該当しない。また,憲法13条が,行政手続における適正手続を保障した規定であると解する根拠もない。
原告らの主張は,いずれも理由がない。
6 争点⑦(被告国が,適用除外規定を立法し,また,同立法に付随する救済措置を講じなかったとして国家賠償責任を負うか否か。)について
原告らは,昭和34年法及び昭和60年法における適用除外規定,及び20歳前受給規定が,初診日において20歳以上の学生であった者を対象としなかったことが,憲法14条1項及び25条に違反することを前提に,被告国(国会議員及び内閣)が,平成元年改正に至るまで学生を強制適用の対象とする等の法改正を行わなかったことの違法を主張する。
国会議員の立法行為が本質的に政治的なものであって,その性質上法的規制の対象になじまないことに照らせば,国会議員の立法上の作為,不作為が国家賠償法上違法となるのは,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらずあえて当該立法行為を行い,あるいは,憲法が積極的に特定の立法を命じているのに,あえて当該立法を行わないというような例外的場合に限られると解すべきである。また,内閣の法案提出行為についても,少なくとも,国会議員の立法行為の違法性の前提となる上記に述べたような違憲性がない場合には,国家賠償法上違法の評価は受けないと解される。なお,この違法判断の基準に関する原告らの主張(前記第3の8における原告らの主張(1))は,独自の見解であって採用し得ないが,この主張も,適用除外規定の違憲性及び20歳前受給規定が初診日において20歳以上の学生であった者を対象としなかったことの違憲性を前提とするものである。
しかるに,上記各規定が,憲法14条1項及び25条に違反するものでないことは,すでに判示したとおりであるから,この点に関する被告国の国家賠償責任は,その前提を欠く。
また,原告らは,被告国(国会議員及び厚生省)には,平成元年改正に際し,すでに生じていた学生無年金障害者に対する遡及的な救済措置を講じるべき義務があったところ,これを怠った立法不作為による違法がある旨も主張する。平成元年改正までに学生無年金障害者が生じたことは,深刻な事態というべきであるが,当時の国民年金法が違憲といえないことは,前記に判示したとおりであるから,学生無年金障害者に対し,遡及的な救済措置を講じないこともまた,憲法に違反しないものというほかはない。
よって,原告らの主張は,その余の点を判断するまでもなく,いずれも理由がない。
7 争点⑧(被告国が,学生の任意加入制度について周知徹底を怠ったとして,国家賠償責任を負うか否か。)について
国の法令は,公布によって国民に周知されたものとして,国民の権利義務を創設あるいは規制する効力を有するのであるから,特段の理由のない限り,国に,法的義務としての周知徹底義務が課されることはない。これを本件についてみても,任意加入制度について,上記周知徹底義務が課されるべき特段の根拠は見当たらない。
原告らの主張は理由がない。
第5結論
以上のとおりであって,原告らの請求は,いずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原啓一郎 裁判官 今井和桂子 裁判官 塚原洋一)
別紙当事者等目録
(住所省略)
第1,3事件原告 A
(住所省略)
第2事件原告 B
(住所省略)
第2事件原告 C
(住所省略)
第2事件原告 D
(原告ら代理人につき省略)
東京都千代田区霞が関1丁目2番2号
第1,2事件被告 社会保険庁長官
村瀬清司
東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
第2,3事件被告 国
上記代表者法務大臣 南野知惠子
(被告ら代理人につき省略)