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札幌地方裁判所 平成13年(わ)30号 判決 2004年3月18日

主文

被告人A1を無期懲役に処する。

被告人A1に対し,未決勾留日数中750日をその刑に算入する。

被告人B1及び同C1はいずれも無罪。

理由

【被告人A1関係】

(犯罪事実)

被告人A1は,

第1  D1(当時38歳。以下「D1」という。)を被保険者とする生命保険金を取得する目的で,E1と共謀の上,

1 交通事故を装ってD1を殺害しようと企て,E1において,平成12年9月22日午後4時15分ころ,普通乗用自動車を運転して,札幌市a区e2条<番地略>付近道路上を札幌市内方面から小樽方面に向かい時速約60キロメートルで走行中,自車助手席に同乗していたD1に対し,殺意をもって,自車を時速約80キロメートルに加速しながら,自車前部を対面進行してきたF1運転の大型貨物自動車前部に衝突させ,その衝撃を同女の身体に加えるなどして同女を殺害しようとしたが,同女に加療約4週間を要する右第7肋骨骨折,右肘外側靱帯損傷等の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかった

2 D1を殺害しようと企て,E1において,同年11月29日午前9時18分ころ,同区f9条<番地略>G1方において,D1に対し,殺意をもって,所携のペティナイフ(刃体の長さ約14.5センチメートル。平成13年押第12号の1)で,その腹部及び左胸部を数回突き刺すなどし,よって,そのころ,同所において,同女を左胸部刺切創に起因する心臓刺切創による失血により死亡させて殺害した

第2  前記第1の1記載の犯行の際,さらに,F1運転の大型貨物自動車が,E1運転の普通乗用自動車との衝突を避けようとして,F1運転車両と同一方向に走行していたH1運転の普通乗用自動車に衝突した多重衝突事故が発生したが,この多重衝突事故に関し,前記F1運転車両及びH1運転車両の修理費等に充てるため,E1とI1保険株式会社との間で締結されている自動車総合保険契約を利用して,対物損害賠償保険金等支払名下に金員を詐取しようと企て,同年9月23日ころ,同区a本町3条<番地略>F4101号室J1方から,東京都豊島区南池袋<番地略>○○ビル東3号館「I1保険株式会社K1センター」に電話をかけ,同センターオペレーターL1を介するなどして,札幌市中央区北4条西<番地略>××ビル2階I1保険株式会社M1サービスセンター所長N1に対し,真実は前記多重衝突はE1の故意に基づく事故であるのに,同事故が過失による事故である旨虚偽の申告をした上,前記自動車総合保険契約に基づく対物賠償保険金等の支払を請求し,同人らをしてその旨誤信させて,前記対物賠償保険金等の支払手続を取らせ,よって,別紙振込入金一覧表記載のとおり,同年10月16日から同年11月14日までの間,8回にわたり,同市a区a本町1条<番地略>O1銀行P1支店に開設された前記H1名義の普通預金口座ほか6口座に合計299万5388円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた

第3  同年9月27日,E1がb町岩尾国道231号線湯泊第2覆道南西側出入口付近において,普通乗用自動車(車台番号Q1)を運転中,同所に設置されたR1事務所管理の防護柵に故意に衝突して同防護柵端末支柱用索端金具を損壊した件に関し,その修理費用に充てるため,S1保険株式会社全車両一括付帯保険特約条件付自動車総合保険契約が締結されている普通貨物自動車(車台番号T1)が交通事故を起こした旨虚偽の申告をし,前記S1保険株式会社から対物損害賠償保険金名下に金員を詐取しようと企て,同月29日ころ,札幌市a区a山口<番地略>有限会社U1事務所内において,S1保険株式会社札幌支店札幌中央支社代理店V1のW1に対し,被告人が,前記b町岩尾湯泊第2覆道南西側出入口付近において,前記普通貨物自動車を運転中,過失により前記防護柵端末支柱用索端金具を損壊した旨虚偽の申告をした上,前記自動車総合保険契約に基づく対物賠償保険金の支払を請求し,同年10月2日,前記W1をして同市中央区北1条西<番地略>S1札幌ビル3階S1保険株式会社北海道事故サービス部札幌自動車第2サービスセンターあてに自動車事故受付票をファクシミリにて送信させ,同センター所長X1らをして前記普通貨物自動車を運転中の過失事故であると誤信させて,対物賠償保険金の支払手続を取らせ,よって,同年11月27日,b町畠中町<番地略>Y1銀行Z1支店に開設された株式会社A2建設名義の当座預金口座に15万4572円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた

第4  前記第1の2記載の犯行に関し,B2建設株式会社の代表取締役であるE1がD1を殺害した場合,D1を被保険者とし,同社を受取人とする生命保険金が支払われないことから,E1がD1殺害に及ぶ以前に同社の代表取締役を解任され,自らが代表取締役に就任していたことを装って前記生命保険金を詐欺しようと企て,同年12月18日,札幌市北区北8条西<番地略>C2法務局において,同局登記官に対し,事情を知らない司法書士D2を介して,真実は臨時株主総会及び取締役会を開催した事実はないのに,同年10月10日,同社臨時株主総会及び同社取締役会を開催して,その議決により,E1を解任して自らが代表取締役に就任した旨内容虚偽の同総会議事録及び同取締役会議事録を株式会社変更登記申請書類とともに一括して提出し,同社代表取締役であるE1を解任し,自らが代表取締役に就任した旨の内容虚偽の登記申請を行い,事情を知らない同局登記官らをして,そのころ,同局備え付けの権利,義務に関する公正証書の原本である電子情報処理組織登記ファイルにその旨不実の記載をさせた上,即時同局にこれを備え付けさせて公正証書の原本としてその用に供し,同年12月27日,同市a区a山口<番地略>の同社事務所において,E2保険相互会社F2支社a星置営業部営業部長G2らに対し,同年11月29日当時自己がB2建設株式会社の代表取締役に就任していた旨記載された履歴事項全部証明書等を提出するなどして,前記生命保険金の請求が正当な権限に基づくものであるように装って同保険金の支払を請求し,その旨同人らを誤信させ,同保険金支払名下に金員を詐取しようとしたが,警察官に逮捕されたため,その目的を遂げなかった

ものである。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定の補足説明)

第1  第1の各犯行(殺人未遂及び殺人)について

弁護人は,第1の各犯行について,被告人A1は,E1にD1殺害を指示したことはなく,E1との間にD1殺害の共謀は存在しないとした上で,第1の1の交通事故は,E1の過失によって生じた事故にすぎないし,第1の2の犯行は,E1が被告人A1とは無関係に行ったものであると主張し,被告人A1もこれに沿う弁解をする。

そこで,判示のとおり認定した理由を補足して説明する(なお,以下の説示においては,公判調書中の供述部分が証拠となる場合も,公判廷での供述が証拠となる場合も区別せず,単に「○○の公判廷での供述」あるいは「○○の公判供述」などと表記することとする。)。

1 関係証拠上明白な事実

以下の事実は,被告人A1も公判廷で認めているか,関係証拠上明白な事実である。

(1) 被告人A1とE1との関係等

被告人A1は,トラック運転手等として稼働していたが,平成4年ころ,以前から親交のあった資産家のH2が,貨物自動車運送事業等を営む有限会社U1(以下「Ul」という。)に融資をするに際し,同女から依頼を受けて同社の事実上の役員に就任し,その後同年9月,同社の代表取締役に就任してその経営の任に当たることとなった。被告人A1は,平成11年11月,U1が行う砂利採取事業の端境期をなくす目的で有限会社I2(以下「I2」という。)を設立したほか,平成12年2月ころには,G1,D1夫妻から依頼を受けて同人らが経営するB2建設株式会社(以下「B2建設」という。)に約3000万円の融資をする見返りに,同社の経営権を取得して事業の拡大を図るなどし,本件犯行時,Ul,B2建設及びI2の実質的な経営者の立場にあった。

被告人A1は,昭和62年ころ,トラック運転手仲間としてE1と知り合ったが,そのトラック運転能力に一目置いていたことから,その後E1が失業して落ち込んでいた際に,同人がトラックを購入する際の保証人となったり,自らがU1の代表取締役に就任した後は,E1にトラックを持ち込ませて働かせたりするようになり,平成8年ころには,同人をU1の営業第2課長として正式な社員とした。

E1は,失業中に被告人A1からトラック運転手としての仕事を紹介してもらったことや,U1にトラックを持ち込んで働いていた際にも,売上が思うように伸びなかったため,経費等を同社から立て替えてもらうなどしたことから,被告人A1に対し強い恩義を感じていたが,さらに,平成五,六年ころ,トラックの台数を増やして仕事を拡大したいと考え,被告人A1にU1名義で手形を振り出してもらい,トラックを購入するなどして営業拡大を図ったものの,結局は赤字を増大させただけで,U1に約2700万円もの多額の負債を負わせたことなどに責任を感じていた。他方,被告人A1は,E1のトラック運転手としての能力を信用するだけではなく,長年の付き合いの中でE1に対し厚い信頼を寄せ,同人を,I2の取締役に就任させたほか,B2建設の経営権を取得した後の平成12年2月には,その代表取締役に就任させるなどした。

(2) U1等の概要及び経営状況

ア U1は,貨物自動車運送事業や砂利採取販売等を目的とする会社であるが,平成4年9月,当時の代表者がH2からの融資金を返済できなかったため,被告人A1がこれに替わって代表取締役に就任したものの,その後も経営状況は好転せず,本件犯行当時に至るまで,H2からの資金援助を受けて経営を維持している状態であった。本件犯行当時においては,同女から毎月1000ないし1200万円程度の資金援助を受けなければ,月末の手形決済資金等の資金繰りができず,直ちに経営が立ちゆかなくなる状態で,被告人A1が経営の任に当たることとなった平成4年以降,H2から合計4億5000万円程度の資金援助を受けていた。

イ B2建設は,建築及び土木の工事請負・設計施工・管理等を目的とする会社で,G1・D1夫妻がその経営に当たっていたが,被告人A1が,平成12年2月ころ,H2から資金提供を受けてG1夫妻に約3000万円を貸し付ける見返りにB2建設の経営権を譲り受け,そのころ,E1を同社の代表取締役に据えるとともに,G1夫妻を取締役に降格したが,実質的な経営は被告人A1が行っていた。

本件犯行当時における経営状態は,収入から通常経費を引くと若干黒字にはなるものの,多額の利払いが収益を圧迫して赤字状態となっていた。被告人A1,H2及びU1による資金援助額は合計で約4000万円程度あり,被告人C1からの貸付金,税金,社会保険料の未納額等を併せると,負債額は約1億円にのぼっていた。

ウ I2は,被告人A1が,平成11年11月,U1が行う砂利採取事業の端境期を無くすために設立した会社で,形の上ではU1とは別会社となっていたものの,従業員も双方の会社で稼働するなど実質的には同一の会社であった。

エ 前記のとおり,U1は,本件犯行当時,毎月1000万円から1200万円程度の資金援助をH2から受けなければ,手形決済資金等の資金繰りもできず,直ちに経営が立ちゆかなくなる状態にあったが,同社が倒産した場合には,同社から資金援助を受けていたB2建設及びI2も倒産状態に陥るのは必至であった。被告人A1は,U1等の実質的な経営者として,毎月月末には,H2に1000万円を超える資金援助を求めに行っていたもので,U1等の経営状況については当然認識していた。

(3) H2の資金援助継続の可能性等

被告人A1は,H2から,平成5年ころ以降,先の見えないものに援助をすることはできないと言われていたが,平成11年11月ころ,H2が,J2公園に隣接する土地を売却して約1億7000万円を得た際には,「このお金は出したくない。これよりは売るとかする物はない。今までも駄目だと言ってきているけど,もう駄目だから。」などと資金援助に限界があることを告げられた。被告人A1は,平成12年8月,H2に資金援助を求めた際にも,先の見えないものに援助をすることはできないとか,これ以上赤字が続けば会社を畳むことも考えると言われたことから,遅くとも本件犯行当時においては,H2の資金が底をつきかけており,資金援助に限界が見えてきていることを認識していた。

(4) E1のD1に対する感情

E1は,平成12年2月にB2建設の代表取締役に就任して以降,D1による負債隠し,数千万円にも及ぶ手形や小切手の濫発,売上金の横領が発覚したことから,被告人A1から指示を受けて,D1に対する調査を行ったが,D1が金の使途先等真実を話さなかったために調査は難航した。その結果,E1は,被告人A1から叱責を受けることになり,D1に対して不快の念を募らせていた。

(5) 被告人A1のD1に対する感情

被告人A1は,D1が,B2建設の代表者印を無断で持ち出して手形や小切手を濫発してヤミ金融から借金を重ねたこと,同社の売上金を流用したこと,被告人A1やE1から金の使途等について追及されたにもかかわらず,真実を話さなかったことなどから,D1に対して強い悪感情を抱いていた。

(6) 生命保険契約の締結

被告人A1は,平成11年12月ころからU1,B2建設及びI2の役員を被保険者とし,会社を受取人とする生命保険を締結していたが,D1についても,平成12年8月8日,E2との間で,保険契約者をB2建設代表取締役E1,被保険者をD1,受取人をB2建設,死亡時の生命保険金を1億5000万円とする生命保険契約の申込みをさせ,同年9月1日,責任開始日を8月9日とする生命保険契約を締結した。

(7) 被告人A1がE1を叱責していた状況等

被告人A1は,E1に対し,平成12年6月ころから,E1がU1に約2700万円の債務を負っているのに,これを返済するどころか,E1が営んでいた運送事業に関し,毎月多額の赤字を出していること,D1による手形・小切手濫発や売上金の横領に関する調査がうまくいっていないこと,E1に仕事上のミスが多いことなどを理由に,他の従業員の前で厳しく叱責するようになったほか,同年9月ころには,E1の営む運送事業が赤字続きであるなどとして,E1を謹慎処分にした。E1は,被告人A1から,このように連日にわたり責められたため,同年9月ころには,精神的にかなり追いつめられた状態に陥っていた。

(8) 第1の1の犯行態様等

ア E1は,平成12年9月22日,被告人A1の指示で,D1とともに,K2研究所の身体障害者用トイレの改修工事に関する入札資料を取りに行ったが,これを終えてB2建設に戻る際,同日午後4時15分ころ,D1を助手席に乗せて自己の使用する普通乗用自動車(L2)を運転し,札幌市a区e2条<番地略>付近道路を走行中,自車を対向車線に進出させて,対面進行して来たF1運転の大型貨物自動車前部に自車前部を衝突させ,D1に対し,加療約4週間を要する右第7肋骨骨折,右肘外側靱帯損傷等の傷害を負わせた。

イ E1は,F1運転車両に衝突する直前,信号待ちで停車していた際,タバコの灰を車のセンターコンソールの灰皿に入れようとして,タバコに火がついた状態のまま助手席の床上に落としたため,これを拾おうとしていたが,前方の信号が青色に変わったため,D1から,タバコを気にしないでしっかり運転するよう注意された。しかし,E1は,車を発進させた後,F1運転車両の前方約56.3メートルの地点から対向車線に進出し始め,その後徐々にF1運転車両の方に近づいて,F1運転車両に右斜め前方から衝突した。そのため,E1運転車両は,D1が乗っていた助手席部分だけでなく,E1が乗っていた運転席部分もかなり損壊した。

ウ 本件事故が発生した道路は,片側二車線の広い直線道路で,当時,天候は晴れており,空はまだ明るく,前方に障害物はないなど,前方の見通しに全く問題がなかった上,アスファルトで舗装された比較的平坦な道であり,事故当時路面は乾燥状態で,スリップするような状況ではなかった。

なお,E1は,他の運転手に運転技術を指導するなど優れた運転技術を有しており,本件に至るまで事故を起こしたことはほとんどなく,運転免許証はいわゆるゴールド免許であった。

(9) その後E1が大阪に潜伏するまでの状況等

ア E1は,第1の1の犯行後,怪我のため入院していたが,被告人A1から,「寝てる暇はない。」などと言われたことから,同月24日,未だ事故による傷が癒えていないのに,退院して職務に復帰した。

E1は,同月27日,b町の覆道出入口付近において,普通乗用自動車を運転中,同所に設置された防護柵に衝突して防護柵端末支柱用索端金具を損壊して自らも負傷し,同日午前9時40分ころ,M2病院に搬送された。担当医師は,E1の受傷程度等について,約2週間の加療を必要とする両股関節捻挫,左手関節捻挫等と診断し,頭部の障害を疑ってE1を入院させる措置を取ったが,同日午後2時ころ,被告人A1が,従業員のN2と被告人C1を伴って同病院を訪れ,看護婦に対し,「会社の上司だがE1を退院させてくれ。必要であれば札幌の病院に行かせるから。」などと言い,E1に対しても「交通事故起こしたんだぞ。帰るぞ。」などと言って,E1を強引に退院させた。

イ 同日夜,札幌市a区a山口所在のU1事務所において,被告人A1,同B1,同C1及びElの間で,E1が,海難事故を偽装して失踪するという計画が持ち上がり,これに基づき,被告人A1は,同C1に指示して,失踪期間中に必要な資金を用意させたり,被告人B1に指示して,E1に持たせる連絡用のプリペイド式携帯電話等の準備をさせたほか,当面,E1を当時O2と同棲していた同区西宮の沢所在のP2412号室(以下「P2」という。)にかくまうことを考え,O2に実家に帰るよう指示した。被告人B1とE1は,同月29日午前3時ころ,c町の海岸で,E1が釣りをしている最中,波にさらわれたとの海難事故を偽装し,U1の事務所に戻ったが,その後,予想していたよりも早く,被告人B1とE1がcに放置してきた車が発見され,偽装事故に関する行方不明者の捜索が始まったことから,被告人A1,同B1,同C1及びE1は,P2で,O2を交えて善後策を話し合った結果,被告人A1が,E1に対し,しばらくの間,本州方面に潜伏するように指示し,O2,被告人B1,同C1は当初これに反対したものの,結局,被告人A1に押し切られ,被告人B1と同C1もこれに協力することとなった。

その後,被告人A1は,E1に対し,外部に連絡する際は,被告人B1又は同C1の携帯電話に連絡するように指示をした上で,被告人B1に命じて,E1を車で大阪のd地区まで連れて行かせた。被告人B1は,同所の宿泊施設に潜伏することになったE1に対し,現金とプリペイド式携帯電話を渡し,外部には連絡しないように注意した。

(10) E1が大阪に潜伏している間の状況等

ア 被告人A1は,E1を大阪に逃がした後,海難事故を装ったc町の現場で海上保安庁の職員に対し,「死亡認定は取れるのですか。」などと質問したほか,同年10月中旬ころには,E1の妻,被告人C1とともにU1の顧問弁護士の事務所に赴き,弁護士に対し,「奥さんもこれから大変だろうから,失踪宣言を早くできる方法はないでしょうか。」「自分個人のお金でE1に掛けている保険があり,E1に2700万円の金を貸しているから,その金を返してもらいたい。」などと認定死亡や失踪宣告に関する相談をした。

イ 被告人A1は,同年11月中旬ころ,被告人C1らから,E1の潜伏資金が少なくなってきたことや,同人が北海道に戻りたいと願っていることを聞いたことから,潜伏資金を届けるとともに,同人に北海道に戻りたいとの思いを断ち切らせようと考え,被告人B1と同C1に,E1に潜伏資金を届けるとともに,その際E1が北海道に戻りたいと言った場合には,U1に対する2700万円の債務を返済するよう伝えるように指示をした。被告人B1及び同C1は,同月11日,大阪でE1と会い,被告人A1からの指示で,E1が被告人A1を信用できないと言っていることなどでE1を追及した上,被告人A1からの伝言を伝えると,E1は北海道には帰らないと言った。

ウ 被告人A1は,同月21日ころ,被告人C1から,「D1から,『E1の失踪の件にB1とC1が関与しているのではないかと警察が疑っている。』と言われた。」などと聞いた。

(11) E1が札幌に戻ってからD1殺害に至るまでの経緯等

ア 被告人A1は,同月24日ころ,同B1及び同C1に対し,E1に北海道まで戻るよう連絡することを指示し,同女らはこれに従い,E1に連絡を取り,E1にJRで同月26日早朝に函館駅まで戻って来ること及び被告人A1が函館駅まで迎えに行くことを伝えた。被告人A1は,同月26日朝,函館駅までE1を迎えに行き,当時I2の事務所として使用していた札幌市a区稲穂1条所在のQ2102号室(以下「Q2」という。)まで連れて帰り,その日は同所に宿泊させた。

イ E1は,翌27日,Q2にN2が来る予定となっていたため,被告人A1の指示を受けた被告人B1及び同C1によってQ2からP2に移った後,徒歩で札幌市a区内のホームセンターに行き,調理用ハサミと軍手等を購入し,一旦P2に戻った。その後,E1は,D1宅に向かい,付近から同女方の様子をうかがったが,同女がG1と共に帰宅したため,被告人C1に戻る場所を確認してから,その指示に従いQ2に戻った。

被告人A1は,被告人B1及び同C1に指示して,酒を飲む準備をさせた上,同日午後9時ないし10時ころからQ2で,E1を交えた4人で酒を飲み始めたが,E1から,「これ買ってきた。」などと,調理用ハサミを見せられた際,「このようなものを買ってきてどうするのか。」などとE1を馬鹿にするような発言をした。その後,被告人A1は,同B1及び同C1とともに,E1をP2に移し,その日は同人を同所に泊まらせた。

ウ E1は,翌28日午後3時ころ,被告人B1及び同C1とともに,同C1が運転する車で北海道石狩市花川所在のT2に赴き,同店でD1を殺害した際に使用したペティナイフのほか,防寒用のマフラーと長靴を購入した後,同女らに依頼してD1宅付近まで車で送ってもらった。

被告人A1は,同日夜,P2において,被告人B1,同C1及びE1のほか,O2を交えた5人で酒を飲むなどした際,事故による傷が癒えていないE1が痛そうな素振りを示したため,同人をO2が勤務していた医院から持ってきた鎮痛剤であるかのように申し欺いて,被告人B1に対し,E1に覚せい剤を注射するように指示した。E1は,被告人B1から覚せい剤を注射してもらった後,体の痛みはとれたものの,被告人A1が外出してから,O2や被告人C1に言い寄るなどしたため,これを嫌悪したO2,被告人B1及び同C1は,その場を逃げ出してファミリーレストランまで避難し,同所に呼び出した被告人A1に事情を説明してE1の様子を確認させた後,大丈夫だとの被告人A1の連絡を受けて,翌29日午前1時過ぎころ,再びP2に戻った。

被告人A1は,O2らがP2に戻った際,E1を怒鳴りつけていたが,さらに,E1が,被告人A1からの追及に対し,大阪に潜伏中,E1の妻の勤務している病院や取引先の社長等に電話していたことや,ホタテの運送料の一部を着服していたことを認めたため,被告人C1が,「電話しないと約束したのに。」などと,被告人B1が,「みんな寝ないで走っていたのに。」などとそれぞれE1を責めたほか,被告人A1が,「大阪に帰れ。里塚に帰れ。警察に行け。だけど,B1やC1の名前を出したら,お前の娘も承知しないぞ。」「C1の元ダンナはヤクザだ。O2の元ダンナもヤクザみたいなもんだ。」と大声で怒鳴りつけたことがあった。また,被告人A1は,E2を追及する際,被告人B1及び同C1に対し,「E1のおっかあ連れてこい。」と指示し,同女らがこれに従おうとするや,「いや待て。」と止めることを何度も繰り返したりした。その後,被告人A1は,E1に対し,当日E1がT2で購入したペティナイフを同人に突きつけた上,「俺を刺せ。」「B1でもいい。」などと迫ったりしたが,最終的にE1が,被告人A1に対し,「わかりました。」「勘弁して下さい。」「明日まで待って下さい。」などと答えたことから,その場でのやり取りが終了した。

エ 被告人A1は,29日早朝,被告人B1に指示して,再びE1に対し覚せい剤を注射させた。被告人B1及び同C1は,同日,自宅の引っ越しであったため,被告人A1及びE1を置いて自宅に戻った。

その後,被告人A1は,同日午前8時ころ,E1に「そろそろ行くぞ。」などと言って,自らの運転する車にE1を乗せ,国道沿いでE1を降ろし,交通費等の趣旨で5000円を渡して同人と別れた。E1は,そこからタクシーに乗ってD1宅付近まで行った後,徒歩で同女宅に向かい,玄関から中に入って2階に上がり,判示第1の2のとおり,同女の腹部等をペティナイフで突き刺すなどして殺害したが,犯行後,同女方を出たところを通行人に追跡され,逃げ切れないと観念して,ペティナイフで腹部や左頚部を突き刺して自殺を図ったものの,これを遂げることはできなかった。

(12) 犯行後の状況等

被告人A1は,同年12月ころ,O2や被告人C1らに命じて,P2とQ2の掃除をさせ,同所からE1の指紋が検出されないように工作した。また,被告人A1は,B2建設の代表取締役が,E1がD1を殺害する以前に,既にE1から同被告人に替わっていた旨の内容虚偽の臨時株主総会議事録等の書類を作成した上,その旨不実の登記申請を行ったほか,D1が死亡したことに基づき,同女の生命保険金の請求を保険会社に行った。

2 E1供述の概要

本件各犯行と被告人A1とを結びつける主たる証拠は,E1の捜査段階及び公判廷における供述であるが,E1供述の概要は,次のとおりである。

「A1は,平成12年5月ころ,『(D1を)ぶっ殺してやる。』と言った上,平成7年ころA1が自分に預けた小刀を念頭に『預けてあるものあるべや。』と言ったこともあったが,冗談めかした言い方で,本気だとは思わなかった。同じころ,A1は,G1夫妻について『あいつらには保険を掛けなければならない。何かあったとき大変だ。』と言っていた。A1は,同年6月ころから,それまではB2建設の経営に関しては風見鶏で良いと言っていたのに,態度を豹変させ,B2建設の多額の負債等について経営責任があると言うようになり,同年8月ころには,『B2建設の借金はお前のせいだ。B2建設に何かあったら全部お前に行く。』などと厳しく責任追及をするようになったほか,強い口調でしつこく『コミュニケーションを取れ。D1とのドライブ何考えてるんだ。D1とのドライブは長いよな。ただのドライブじゃないよな。よく考えれ。』などと言われた。また,そのころ,H2の資金が乏しくなってきたことから,『底をつくぞ。お前何考えてるんだ。』などと責められるとともに,D1を1億円の生命保険に加入させたことを聞いた。コミュニケーションを取れと言われた際,既に決算期が過ぎていたことから,D1が濫発した手形や小切手の調査をしっかりしろという趣旨ではないし,A1は,かねがねD1と仲良くするなとも言っていたから,仕事面で交流するようにとの趣旨でもないと考え,その意味を図りかねて悩んだ。同年9月ころ,U1で働き始めたばかりの若い者が1人辞めたことがあったが,そのころ,A1から,『何で俺があてがったやつを使わないんだ。暴走族上がりの人間を用意してやったのに。』『D1のおかげで俺は困っているという言い方をすれ。覚せい剤を使ってD1を狙わせろ。』などと言われた。A1の目がこれまでと違って真剣であったことから,A1は,D1を本気で殺害しようとしているのだと理解したが,覚せい剤には二度と手を染めたくなかったので,『勘弁して下さい。』と断った。その後,A1から,9月22日までの間に,『車のドライブって長いよな。』『事故って起こるよな。』『ドーンとやればすぐだ。』などと言われたが,それ以前に,若い者に覚せい剤を使って,D1を狙わせろとの話が出ていたことから,A1が,ハッキリとは言わないものの,交通事故を装ってD1を殺害するように指示しているものと理解した。また,A1が,U1の経営が苦しいと言っていたこと,D1には生命保険を掛けると頻繁に言っていたことなどから,D1殺害の目的は生命保険金にあると理解した。A1は,D1を殺害する時期について,『22日にH2がイタリアに発つんだ。』『とにかく時間がないんだ。』と繰り返し言っており,H2からもイタリア旅行の話を聞いていたことから,A1は,H2がイタリア旅行に行っている間にD1を殺害するよう指示しているのだと理解した。A1に強い恩義を感じていたし,A1を守るのは自分しかいないという気持ちから,A1の指示を断ることができなかったが,どうやってD1を殺そうかと考える一方で,何もしないで済む方法はないかとも考えていた。」「9月22日,A1から,入札関係の資料を取りに役所に行くよう指示を受けていたことから,D1をL2に乗せて役所に向かった。D1を殺害しないで,まとまった金を手に入れる方法として,宝くじを持っていたことから,これが当たっていないか確認したが,当たりがなかったため,他にD1を殺害しないで済む方法も思いつかなかった上,この日を逃すとH2が帰国する29日までにD1と行動を共にする口実がなかったことから,この日にD1を殺害するしかないと考えた。(事故の)相手方に被害を及ぼさないようにするため,車両を欄干等にぶつけることを考えたが,適当な場所が見つからなかったことから,走行中の自動車に衝突することにした。そして,運転操作を誤ったように見せかけるためにタバコを助手席側に落とした上,意図的にハンドルを切って加速しながら対向車線に進入して本件事故を発生させた。」「この事故で,怪我をして入院したが,A1からすぐに退院するように言われたため,24日に退院し,25日には出勤した。しかし,26日ころ,A1から神恵内の方で車ごと海に落ちるよう指示され,A1の目的は自分に掛けられた保険金を取得することにあるのだろうと考えたが,D1殺害に失敗していたので,A1の指示に従うしかないと考え,翌27日bの海岸線沿いの道路で海に転落しようとしたものの,ガードロープ(の支柱)に衝突してしまい失敗した。」「(bの病院から)札幌に戻ると,A1から,海難事故を偽装して失踪するように言われ,A1の目的はやはり保険金にあるのだろうと考えた。B1とC1の協力を受けてcで釣りの最中に波にさらわれたように偽装した後,B1に大阪に連れて行ってもらい,ホテルに潜伏した。27日に起こした事故のころの記憶は曖昧な部分が多い。」「(大阪に潜伏後,しばらく経って)B1とC1に北海道に戻りたいという気持ちを伝えたところ,11月中旬ころ,B1とC1が大阪に来て,A1が,北海道に帰りたいなら,U1に対する借金を返済するように言っていると言われ,借金返済の当てもなかったので,北海道に帰ることをあきらめたが,同月24日,B1とC1から,A1が函館まで汽車で戻るように言っていると聞かされ,帰るなと言ったり,帰れと言ったりするA1の真意を測りかねた。」「26日,函館に着いた後,迎えに来たA1の車に乗ったが,車中で,A1から『大阪のホテルの周りにヤクザがいたのに気がつかなかったか。会社に莫大な赤字を背負わせて,A1に迷惑をかけたとんでもないやつだということで,ヤクザが勝手に動き回り,危険な状態だから呼び戻した。D1をやれ。D1をやって自分は生き延びる方法を考えろ。やるかやられるかだ。常務をやるしかない。』『直接手を下さない方法を考えれ。ガスを引いてやれ。社長の俺にそこまで言わせるな。』などと再びD1殺害を指示された。A1の恩義に報いるために,D1を殺害しなければならないという気持ちと,やはり人殺しはできないという気持ちの葛藤があり,このときはD1を殺害しようと決意するには至らなかった。」「(26日はQ2に泊まり)27日R2に買い物に行ったが,D1殺害を実行するための道具という意味と,D1殺害の準備を行っていることをA1に示すという2つの意味で,調理用ハサミと寒さを防いで指紋を残さないようにするための軍手を購入した。同日夜,Q2で,A1,B1及びC1と4人で酒を飲んだ際,A1に『今日は(D1殺害を)できなかった』と報告して,購入したハサミを見せると,A1は,『こんなもんで人をやれないべや。』と言い,自分,B1及びC1に対し,『E1が行きたいと言う場所に連れて行ってやってくれ。言うな,聞くな,手足になってやれ。行き先だけ言え。買い物をする品物のことは具体的に言うな。』などと指示した。A1からハサミで人なんて殺せないと言われたことから,より強力な凶器を購入しようと考え,28日B1とC1に頼んでT2まで連れて行ってもらい,ペティナイフ等を買った。ペティナイフを買った後,B1とC1にD1宅近くにあるS2付近まで送ってもらったが,軍手でペティナイフを握ると滑ることから,滑り止めのためにS2でセロハンテープを購入して公衆トイレでペティナイフの柄にテープを巻き付けた。この日は,D1を殺さなければならないという方向に気持ちを持って行き,D1宅の様子をうかがっていたが,気がつくとG1が帰宅しているのが分かったため,D1以外の人間を傷つけたくないと考え,D1殺害を実行せずに帰った。」「同日夜,A1,B1,C1及びO2とP2で酒を飲んだが,A1に,『今日は無理だった。』と報告し,座るときにポケットに入れていたペティナイフが邪魔だったので,取り出してA1に見せると,A1は『ほうっ。』と言い,右脇腹を押さえながら,『腹だけ刺しても死なない。肝臓を刺さなきゃ駄目だ。確実にやれ。』と言ってきた。A1は,交通事故の影響で足を引きずっている自分を見て,『そんな足じゃ何もできないべや。鎮痛剤を打たなきゃだめだ。』としつこく言い,B1に命じてこれを注射させた後,外から電話があったらしく外出した。その後,A1は部屋に戻ってくると,U2に集金に行った件,V2企画の運賃の着服の件,大阪から電話した件等について自分を責めてきて,テレクラで知り合った女とU2に行ったこと,ホタテの運賃を一部着服していたこと,大阪から自分の妻やV2企画のW2社長などに電話したことを話したが,このやりとりの際,A1がB1とC1に対し,『今すぐ行って女房と子供連れて来い。』と指示したことがあった。その後,A1は,自分が購入したペティナイフを持ち出し,『俺を刺せ。B1でも良い。やるからにはどんくさいことだけはしてくれるなよ。やらないなら帰れ。帰ったらどうなるかわからん。動くぞ。やらないとお前がやられる。』などと怒鳴り,最後には,B1とC1に対し,『女房と子供連れて来い。』と指示したが,A1がD1殺害を決断するように迫っているものと理解した。自分の妻や娘が連れてこられれば,A1から強姦されてしまうのではないかと危惧し,それを避けるためには,D1を殺害するしかないと決意し,A1に『勘弁して下さい。本当にやりますから。明日やりますから。』と,間違いなくD1を殺害するから,妻と娘には危害を加えないように頼むと,その後A1は怒鳴ることがなくなった。翌朝,自分から頼んだのか,A1から指示してきたのかは記憶にないが,A1がB1に指示して自分に再度注射をさせた。その後,A1が『E1行くぞ。』と言ってきたので,ペティナイフをフリースのポケットに入れた上,A1が運転する車で外出し,国道5号線沿いのどこかで降ろされたが,その間に,A1から5000円札1枚を渡され,『終わったら連絡をよこせ。』と言われた。A1の車を降りた後,タクシーを拾い,途中からは徒歩でD1宅に向かい,玄関から中に入って2階に上がり,D1の胸部及び腹部を持っていたペティナイフで数回突き刺して殺害した。」

3  E1供述の信用性

E1は,公判廷において,被告人A1に対して憎しみを抱いていることを自認している上,証人として公判廷で供述した段階では,自己の殺人等被告事件の第1審あるいは控訴審が係属中であったことから,被告人A1に対する恨みを晴らしたり,被告人A1に責任を転嫁して,自らの刑責を軽減したりするために,虚偽供述を行うおそれがあったことは否定できない。しかし,こうした事情を十分考慮した上で,E1供述の信用性を慎重に検討したとしても,以下に説示するとおり,被告人A1から指示されて本件各犯行に及んだとのE1供述には,高度の信用性が認められる。

(1)  E1の供述態度,供述内容の具体性等

E1は,公判廷において,「嘘は,作り話は,私はしません。殺せと言われた場面をはっきり思い出せないと正直に言っているのも,確信がない供述や,勘違いの供述をしてはまずいと思っているからです」旨供述しているが,同人は,その供述どおり,自己の記憶がある部分とそうでない部分を明確に区別して供述している。取り分け,E1の供述中,9月22日の自動車事故が,D1殺害を図った故意のものであるとの部分については,同人にとって,自らの刑事責任を更に重くする,著しく不利益な供述であるのに,この点についても包み隠さず,率直に供述するなど,その供述態度は真摯である。

また,E1供述は,捜査段階と公判段階とにおいて,その供述内容がおおむね一致している上,公判廷における弁護人からの執拗な反対尋問に対しても,被告人A1から指示を受けて本件各犯行に及んだとの供述の根幹部分については,全く揺らいでいない。さらに,E1供述は,その内容も,被告人A1から言われた言葉の内容,それをどのように理解したのか,そのように理解した理由,指示を受けた際の心理状態及び逡巡しながらも犯行を決意するに至った心理経過等について,具体的かつ詳細で,まさに経験した者だけが語ることのできる迫真性を有している。

(2)  E1供述は信用できる関係証拠により裏付けられていること

ア 第1の1の犯行前,被告人A1がE1の責任を厳しく追及していたこと

E1の供述中,同人が,平成12年9月ころ,被告人A1から厳しく責められ,その過程でD1殺害に追い込まれていったとの部分は,当時U1等に勤め,その場面を目撃したX2やY2のほか,被告人B1及び同C1がいずれも,当時,E1が,U1の赤字の件やB2建設の資金繰りの件で被告人A1から厳しく責め立てられ,精神的に相当疲労した状態にあったことを供述しており,これらの供述によってその信用性が裏付けられている。また,被告人C1の公判供述によれば,同被告人は,E1から,「被告人A1に若い者をうまく使うよう言われ,飲みに連れて行って言おうとしたけれども言えなかった。」などと聞いたことが認められ,被告人A1が,E1の責任を追及する過程で,若い者をうまく使うよう指示したことについても,このように裏付けられている。

イ 第1の1の犯行がD1殺害を図った故意の自動車事故であること

E1の供述中,9月22日の自動車事故がD1殺害を図った故意の事故であるとの部分については,前記のとおり,E1にとって,自己の刑事責任をさらに重くする著しく不利益な供述で,この点について,同人が殊更虚偽の供述をするとはおよそ考えられないが,さらに,前記認定の,見通しの良い直線の道路上において,自分の方から相手方車両にぶつかっていったかのような事故態様とよく整合し,運転操作を誤ったように見せかけるためにタバコを助手席側に落とす工作をしたとの点についても,D1の警察官調書によって,その信用性が裏付けられている。

なお,弁護人は,事故後のE1車両は,運転席側の方が助手席側より,衝突による被害が大きく,運転席側の方が衝撃が大きかったと考えられるなどとして,9月22日の事故が故意による事故であるとのE1供述は信用できないと主張するが,高速度で走行する自動車の助手席側のみを,同様に高速度で移動するトラックに的確に衝突させることは,プロの運転手であるE1の高度な運転技術をもってしても困難というべきであるから,結果として運転席側の破損が助手席側より大きかったことが,E1が故意に発生させた事故であることと相容れないとはいえないから,弁護人の主張は採用の限りではない。

ウ 被告人A1は当初から自分がE1を函館まで迎えに行く意向を示していたこと

被告人B1及び同C1は,公判廷において,被告人A1は,E1を大阪から北海道に戻す際,E1の所持金の有無を問題としないで,当初から汽車を使って函館駅まで戻って来るように指示した上,自らE1を迎えに函館駅まで行くと言っており,被告人B1らにE1を迎えに行くよう頼んだことはない旨供述しているところ,被告人B1らが,この点に関して敢えて虚偽供述に及ばなければならない理由は見いだし難いほか,両名の供述が相互に符合していることに照らせば,両名の供述は十分信用できる。

被告人B1らの前記供述によれば,被告人A1は,当初から,E1に対し,敢えて函館駅に戻るように指示した上,自らE1を迎えに函館駅まで行く意向を示していたことが認められるが,これによれば,被告人A1がE1と2人だけで話すことができる状況を作ろうとしていたことを推認することができ,函館から札幌に戻る車内で被告人A1からD1殺害を指示されたとのE1供述を裏付けるものである。

エ E1がペティナイフを購入した経緯等

前記認定のとおり,E1は,11月27日にハサミを購入し,その夜,被告人A1に購入したハサミを見せた際,同被告人から馬鹿にされるようなことを言われ,翌28日にはペティナイフを購入し,これを使用してD1殺害に及んだものであるが,E1が購入したハサミを敢えて被告人A1に見せたことは,「被告人A1からD1殺害の指示があった」とのE1供述を合理的に裏付けているといえる上,その翌日,より強力な凶器であるペティナイフを購入して犯行に及んだことは,「購入したハサミをA1に見せたところ,A1から『こんなもんで人をやれないべや。』と言われた」旨のE1供述を裏付けているというべきである。

オ 被告人A1がP2でE1を責めたこと

O2,被告人B1及び同C1が,11月29日午前1時過ぎ,ファミリーレストランからP2に戻った後の状況として,O2は,公判廷で,おおむね「A1は,E1に大阪潜伏中に外部に連絡していたことや,ホタテの売上げをピンハネしていたことを大声で怒鳴って責めた上,『大阪に帰れ。警察に行け。C1やB1の名前出したら,C1のダンナもヤクザだし,O2の元ダンナもヤクザみたいなもんだから承知しないぞ。お前の家族に何があるかわからないぞ。』と怒鳴り,B2に『奥さんに来てもらう。』と言ったりした。きっかけは覚えていないが,A1は,包丁を持ち出した上で,E1に対して,『俺を刺せ。』と言ったことがあった。E1は,下を向きながら『勘弁して下さい。』とか『明日まで待って下さい。』と言うだけであった。」と供述する。また,被告人B1及び同C1は,公判廷で,おおむね「A1はE1に,大阪失踪中に外部に連絡していたこと,U2に集金に行ったこと及びホタテの売上げのピンハネをしていたことなどを大声で怒鳴って責めており,その際に,『E1のおっかあ連れて来い。』などと自分たちに指示した。そこで,実際に出て行こうとすると,『いや待て。』と止めることを数回繰り返し,更に『もうやめるべ。西警行けや。おっかあの所へ行け。大阪戻るか。いずれにしても,B1やC1の名前は出すな。出したらお前の娘も承知しないぞ。』『C1の元ダンナもO2の元ダンナもヤクザだ。』などと大声で責めていた。A1から責められ,E1は,いつもと違って下を向いてうつむいて黙ったままで,時々『勘弁して下さい。』と言うだけであった。O2に頼まれて車を移動させて部屋に戻った後,A1が台所から包丁を持ち出し,E1に対し,『E1これで俺を刺せ。』『B1でもいい。』などと迫ると,E1は,『できません。』と言うだけであった。」と供述する。O2,被告人B1及び同C1の各公判供述は,その内容がおおむね符合して,互いにその信用性を補強し合っているから,十分信用することができる。

これらの供述によると,被告人A1が,E1を怒鳴り,大阪に潜伏中にE1がその妻らに連絡を取ったことや,運送賃の一部を着服したことで厳しく責め立てていたこと,その過程で,E1の妻を連れて来るように被告人B1らに指示したり,E1が失踪事件に関し,被告人B1及び同C1が関与していることを警察に告げた場合には,E1の家族に危害を加える旨脅したりする場面があったこと,その後E1に対し,ペティナイフを持ち出して,同ナイフで被告人A1,同B1を刺すように迫ったこと,この間,E1は,下を向いたまま,「勘弁してください。」とか「明日まで待ってください。」などと答えていたことが認められる。

したがって,E1の供述中,29日未明,被告人A1から厳しく責め立てられ,家族に危害を加えるなどと脅されて,次第に追いつめられていった状況に関する部分は,おおむね,O2らの公判供述によって裏付けられているといえる。

弁護人は,O2は,28日から29日にかけてのやりとりに不穏な雰囲気を感じなかったと供述しているとして,P2での一連のやり取りは,その後のD1殺害を予測するようなものではなかったと主張する。しかし,O2は,当時被告人A1及びE1らと同じ居室内にいた者として,本件への関与を疑われかねない立場にあったというべきで,その場の雰囲気を実際よりも過小に供述している危険性があることを指摘しなければならないが,現に,O2供述による,その場における具体的なやりとりを取ってみても,やくざの話やE1の家族への危害の話が出たり,被告人A1が,ナイフを持ち出して「俺を刺せ。」「B1でもいい。」などと迫るなどしていたのであって,こうしたことからしても,その場の雰囲気が到底平穏なものであったとはいえないから,弁護人の主張は採用できない。

(3)  E1にはD1殺害の固有の動機がないこと

確かに,前記認定のとおり,E1が,D1に対し不快感を募らせていたことは認められるが,他方,E1は,大切にしていた自分の車を失い,自己の生命すら失いかねない危険を冒してまで第1の1の犯行に及んでいる上,さらに,そのわずか2か月後には,D1の胸部及び腹部を数回突き刺すという残虐な方法で殺害して第1の2の犯行に及んだものであって,こうしたE1の行動に照らすと,そこにはD1殺害に対する強固な意思が認められるところ,関係証拠によれば,E1には,こうした強固な殺害意思を形成するほど,同女を憎んでいたとか,D1を殺害することによって,それに見合う利益を得るとかといった固有の動機はなかったと認められる。

(4)  E1の一連の行動は被告人A1からの指示によると考えるのが合理的であること

前記認定のとおり,E1は,9月22日の事故で入院を必要とするほどの傷を負いながら,傷が完全には癒えないまま,わずか3日で退院し,同月27日には,多量のカロリーメイトを積んだ状態でbまで車を運転し,車をガードレールに衝突させる事故を起こして,傷を悪化させたにもかかわらず,即日退院した上,そのわずか2日後には,海難事故を偽装して大阪に潜伏し,その後,北海道に戻ることを希望し,一旦はこれを断念したものの,その後間もない11月26日には札幌に戻り,翌日,調理用ハサミ,軍手等を購入し,更にその翌日にはペティナイフ等を購入し,札幌に戻ってわずか3日後にD1殺害に及んでいるのであって,これら一連のE1の行動は,E1の精神不安定を原因とする特異行動とか,自殺念慮に基づく行動としては到底説明がつかない。加えて,前記認定のとおり,事故による傷が癒えていないのに,2度にわたり病院から退院したのはいずれも被告人A1の意向であること,大阪に潜伏した後,一旦は北海道に戻ることを断念しながら,その後間もなく北海道に戻ったのも,いずれも被告人A1の意向ないし指示によるものであることを併せ勘案すると,E1のこうした一連の特異行動は,被告人A1による指示に基づくと考えるのが,合理的というべきである。

弁護人は,前記E1の各行為は,それぞれ別個に考えれば理解可能であると主張するが,前述各行為の時間的な連続性,行為の類似性などに照らせば,E1の一連の行動と把握するのが自然かつ合理的であるから,弁護人の主張は採用できない。

(5) 弁護人が指摘するE1供述の問題点について

弁護人は,E1は,思い込みの激しい性格であるから,これによる供述への影響を考慮する必要があるほか,E1には,記憶の曖昧な点が多数存在するし,その供述は,捜査機関からの働きかけや,被告人B1及び同C1の捜査段階における供述に影響されているおそれが否定できないとして,その信用性を争う。

確かに,E1が思い込みの激しい性格であることはうかがわれるものの,前記説示のとおり,E1は,被告人A1に関わる部分については,記憶のある部分と,そうでない部分とをできる限り区別し,かつ,勘違いをしている可能性も考慮しながら,真摯に供述しているのであって,その性格等から,直ちに供述の信用性が損なわれるものではない。また,第1の1の犯行に係る被告人A1の指示内容については,E1の記憶が比較的鮮明である上,他の信用できる関係証拠によって裏付けられていること,函館から札幌まで戻る車中での被告人A1の指示内容やその際の心情等についても,供述内容が具体的で,迫真性に富んでいること,11月27日夜のやり取りを除いては,捜査段階の比較的初期段階から供述が一貫しており,捜査機関からの働きかけや被告人B1及び同C1の供述による影響は考え難いことなどの事情に照らせば,E1供述中,これらの部分については,信用性が高いというべきである。さらに,E1は,11月27日の被告人A1とのやりとりについても,被告人A1の発言として,「言うな,聞くな,手足になってやれ。」「行きたい場所だけ言え。買い物の目的は言うな。」などと,特徴的な言葉で具体的に供述しているほか,前記説示のとおり,被告人A1から,「(ハサミのことを指して)こんなもんで人をやれないべや。」と言われたとの部分は,その後のE1自身の行動等に裏付けられているといえるから,十分信用に値するというべきである。

もっとも,E1が,11月29日未明,被告人A1が,「女房と子供連れて来い。」と被告人B1らに指示したため,そうなれば,妻や娘が強姦されると思い,それを回避するために,D1殺害を決意したと供述している部分については,O2,被告人B1及び同C1の各公判供述によれば,その際の被告人A1の発言の趣旨は,E1に大阪に戻って失踪を継続するか,自宅に戻るか,警察署に出頭して失踪を終了させるかのいずれかの選択を迫る中で,E1が警察署に出頭した上で,被告人B1及び同C1の関与を口にした場合には,E1の家族に危害を加えるという趣旨のものであったと認めるのが相当であるから,E1の思い込みによるものであることが否定できない。しかし,11月26日に北海道に戻って以来,被告人A1がE1にD1殺害を強く迫っていたことなど,それまでの被告人A1のE1に対する言動等に照らすと,被告人A1がE1を責め立てたのは,同人にD1殺害を迫るためであったと認められるところ,他方,E1は,当時身体的にも相当疲労していたと考えられることに加え,前記認定のとおり,潜伏中の電話や運賃の着服を口実に,被告人A1に厳しく責められた挙げ句に,ペティナイフを示されて,被告人A1あるいは同B1を刺すよう迫られるなどして,精神的にも相当追いつめられていたのであって,このようなE1の疲弊した心身の状態に照らせば,E1が,その際の状況を正確に認識することができないまま,被告人A1から妻や娘のことが口に上った際,その真意を忖度しようとして,発言の趣旨を速断して誤解したとしても,あながち不自然とはいえない。したがって,この点に関するE1の思いこみが,直ちに同人の供述の枢要部分に関する信用性を損なうことにはならないというべきである。

以上のとおり,弁護人の指摘する事情等を考慮しても,被告人A1から本件各犯行を指示されたとのE1供述の枢要部分は,高い信用性を有するというべきである。

4 被告人A1の関与を疑わせるその他の事情

(1) 被告人A1にはD1を殺害する動機が存在すること

前記認定のとおり,被告人A1の経営するU1等は,本件犯行当時,少なくとも翌年3月までの間,H2から毎月1000万円から1200万円程度の資金援助を受けなければ,経営が成り立たない状況にあるのに,H2の資金が次第に底をつき始めており,同女からの資金援助の継続が困難になってきていた。また,被告人A1は,海難事故を偽装してE1を失踪させたが,その後の海上保安庁職員や弁護士らに対する同被告人の言動に照らすと,これはE1に掛けていた生命保険金の取得を目的としたものであると認められるほか,E1がD1を殺害した後,虚偽の臨時株主総会議事録等を作成してまで,それ以前からB2建設の代表取締役が被告人A1であったとする登記申請を行って,保険会社にD1の生命保険金の支払を請求したことを総合すると,被告人A1には,E1あるいはD1を被保険者とする生命保険金を取得する強固な意思が存在していたと認めるのが相当である。

こうした事実に加え,被告人A1が,D1によるB2建設の手形小切手濫発や売上金の流用などを契機として,D1に対し強い悪感情を抱いていたことなどを勘案すると,被告人A1には,U1等の倒産を回避するため,D1に掛けられていた多額の生命保険金を取得する目的で,D1を殺害する動機が存していたと認めることができる。

(2) 被告人A1が第1の1の犯行を予期していたかのような言動をしていること

X2の公判供述によれば,被告人A1は,第1の1の犯行の前,X2とY2に対し,「E1の身の上に何があっても動揺するなよ。」と言い,これに対し,X2が「E1さんが死んでもですか。」と聞き返すと,「そうだ。」と答えたことが認められる。また,被告人B1及び同C1の各公判供述によれば,9月22日,被告人B1が,被告人A1に対し,E1が自動車事故を起こしたと電話で伝えた際,被告人A1は,特段驚いた様子を見せず,「E1は怪我しなかったのか。」とか「誰か乗っていたか。」などと,E1の身を案じるどころか,安否を確認することもなかったことが認められる。

こうした被告人A1の不自然な言動は,被告人A1が,9月22日の事故を予期していたことを示すというべきであって,これは,被告人A1がE1にD1殺害を指示していたことを窺わせる一つの事情ということができる。

(3) 第1の2の犯行後の被告人A1の言動

X2の公判供述によれば,被告人A1は,第1の2の犯行当日,X2とY2がいる傍らで,独り言のように,「E1をいじめ過ぎちゃったかな。」と言ったことが認められる。また,前記認定のとおり,被告人A1は,本件殺人事件の約10日後の同年12月上旬ころ,O2や被告人C1らに指示して,P2やQ2の室内を清掃させ,室内からE1の指紋が検出されないように工作している。

こうした被告人A1の言動は,同被告人が犯行への関与を疑われるのを想定し,あらかじめ弁解を弄し,あるいは罪証隠滅行為に及んだものと認めることができる。

5 被告人A1の弁解の信用性

(1) 被告人A1の弁解の概要

被告人A1は,捜査段階及び公判廷で,おおむね,「平成12年9月ころ,E1をU1の赤字の件や,B2建設の資金繰りの件で責めたことはあるが,E1だけを特別いじめたことはない。E1が9月ころ特別疲れた様子であるとも思わなかった。E1にD1殺害を指示したことはない。E1に『コミュニケーションを取れ』と言ったのは,E1がD1との接触を嫌がっていたことから,D1とコミュニケーションを取り,よく話し合わないと先に進まないとの趣旨であるし,『ドーンとやれ。』というのは,腹を割って相手にぶつかっていって相手の気持ちを掴めという意味で言ったものである。また,『早くしろ。』とか『時間がない。』とは,B2建設の経営状態を早く把握するようにとの趣旨である。『暴走族上がりの人間だから使い方によっては仕事で使えるはずだ。』と言ったことはあるが,暴走族を使ってD1を殺害する話をしたことはない。」「E1が9月27日にb方面に行ったことは知らなかった。E1に海中に飛び込むように指示したことはない。E1を失踪させることにしたのは,E1が,二度も事故を起こし,もう会社にはいられないし,家にも帰りたくないので行方不明になりたいと言い出したからで,E1を単に失踪させるだけでなく,海難事故を偽装した目的は,E1の保険金を取得することにあったのではなく,H2を納得させる方法を考えるようE1に言うと,E1が,B1やC1と協力して具体的な方法等を決めたものである。自分は,B1とC1が関わることになったので,資金の心配をしただけである。E1が大阪に潜伏するようになったのは,E1が決めたことで,自分が指示したものではない。潜伏中,E1に外部への連絡を禁止したのは,外部に電話されるとU2やホタテのピンハネの調査がやりにくくなるからである。」「11月26日にE1を呼び戻したのは,U2の件,ホタテのピンハネの件の調査が終了したので,これらについてE1本人から確認するためであった。E1は,当初札幌まで戻すつもりだったが,E1の所持金が足りないということだったので,函館まで来させることになったものであり,自分が函館まで迎えに行ったのは,B1に迎えに行くよう頼んだが断られたからである。E1を函館から札幌まで連れて来る車の中では大した話はなく,E1が供述するような会話は一切なかった。」「11月27日夜は,E1が買ったハサミを見て,『どうするのよこんなもん。』と行ったが,それは蟹なんてないのに,E1が蟹を食べる際に使うハサミを買ってきたからであって,『こんなハサミで人なんて殺せない。』などとは言っていない。B1かC1に,E1が買い物に行きたいと言ったら金を渡すように言ったことはあるが,27日夜や28日午前に,E1の買い物につき合うように言ったことはない。E1が28日にB1やC1と買い物に行くことは知らなかったし,D1宅に行くことも知らなかった。」「28日夜のP2で,E1にD1の殺害を指示したことはない。U2の件,ホタテのピンハネの件,大阪から外部に電話していた件について話すように責め,それがはっきりしたので,E1に,家に帰るか,警察に行くか,大阪に戻るかを決断するよう迫っただけである。その過程で,E1にB1とC1に迷惑を掛けないように言ったが,自分の周りにヤクザ者がいるとか,E1の家族に危害を加えるとか言ったことはない。E1にナイフを示して,自分を刺せとか,B1を刺せ,とか言ったのは,その前にE1が自分に向けてナイフを構えたことがあったので,その流れの中のことである。E1に覚せい剤を注射した理由は,事実関係をきちんとしゃべらせるためである。」「29日朝,E1に食費や交通費のつもりで5000円を渡したが,再度,家に帰るか,警察に行くか,大阪に戻るかを決断するように言い,決断できたら連絡するように言ったのであり,D1殺害を終えたら電話するように言ったのではない。」などと弁解する。

(2) 被告人A1の弁解の信用性

ア 関係証拠との整合性

前記認定のとおり,被告人A1は,平成12年8月ころからE1に対し,連日のようにB2建設の経営状況や,E1の営んでいた運送事業が赤字続きであることなどについて,その責任を厳しく追及していたのであって,その結果,E1は,同年9月ころには,精神的に相当追いつめられた状態に陥っていたのに,被告人A1は,これを否定する弁解をしている。また,被告人B1及び同C1は,海難事故を偽装するようになった経緯,その目的,E1を函館駅まで戻し,被告人A1がE1を迎えに行くことになった経緯,11月28日に被告人B1と同C1がE1を買い物に連れて行った経緯,同日夜のP2における被告人A1の発言内容等について,「海難事故を偽装するようになったのは,A1がE1に『E1とりあえずいなくなれ。釣りをしていて波にさらわれたことにする。』と言い出したからであり,A1の目的がE1の生命保険金を詐取することにあることは分かっていた。」「11月にE1を北海道に戻す際,A1は始めからE1に函館まで戻って来るよう伝えるように指示してきた。E1の所持金から考えてどこまで戻れるかという話は全くなかった。A1は,始めから自分が函館まで迎えに行くと言っており,A1が自分たちに迎えに行くよう頼んできたことはなかった。」「28日にE1の買い物に同行することになったのは,A1から,27日夜,『E1が行きたい所があるから連れて行ってやってくれ。』と,28日会社にいるとき,『E1が買い物あるらしいから,乗せて行ってやってくれ。行きたいと言った所で降ろしてやってくれ。』とそれぞれ指示があったからである。」「28日夜,A1は,E1に対し,『警察に行ってもB1とC1の名前は出すな。名前を出したらお前の娘も承知しないぞ。C1のダンナも元ヤクザだ,O2の元ダンナもヤクザみたいなもんだ。』と言っていた。」などと供述しているが,両名の供述は,保険金目的で海難事故を偽装したことに自らが関与していたことを認める,自らにとって不利益な事実を承認する内容であるほか,両名がこれらの事柄について殊更虚偽の供述をする理由が見いだし難いことや,その供述が相互に符合して信用性を補強し合っていることに照らして,十分信用することができる。

このように,被告人A1の弁解は,その重要部分が関係証拠と整合性を有しないというべきである。

イ 弁解内容の不合理性等

被告人A1の弁解は,海難事故を偽装したことについて,二度にわたる事故で相当重い傷害を負ったE1が自ら言い出したとか,H2の納得を得るために海難事故を偽装したとかいうもので,それ自体が不自然,不合理である上,その後U1の顧問弁護士の事務所に行った目的についても,自分が不用意に認定死亡の話をしたので,E1の妻に対し,弁護士から修正してもらうためだったなどというもので,やはり不自然といわなければならない。また,被告人B1及び同C1をわざわざ大阪まで赴かせて,E1に一旦は北海道に戻ることを断念させておきながら,その後間もなく,E1を北海道に呼び戻すことにした理由が,被告人A1の弁解のとおりであるならば,それまでの経緯や目的の正当性等に照らして,その理由を被告人B1や同C1に説明するのが自然であると考えられるのに,これを伝えていないなど,不合理であるといわなければならない。さらに,被告人A1は,E1に対し,覚せい剤を注射した理由について,同人に真実を話させるためであったと弁解するが,29日未明にE1が電話をかけたことや運賃を着服していたことを認めるに至った後の同日朝にも,再び同人に覚せい剤を注射しているのであって,この点でも被告人A1の弁解は不合理というべきである。

ウ 弁解の変遷

被告人A1は,捜査段階においては,当初,9月22日の事故後,E1の見舞いに行ったことや,海難事故を偽装したことに関与したこと,E1の失踪中,同人と連絡を取ったことさえ完全に否定していたのに,捜査の進展に伴い,これを認めるに至ったものである。また,前記事故前に「E1に『ドーンとやれ。』と言ったことはない。」などと弁解していたのに,公判廷では,その趣旨はともかく,言ったこと自体はこれを認めるに至ったほか,E1を北海道まで戻した理由についても,捜査段階では,E1に運賃の着服の疑惑が出てきたので,それを確認するためであったとしていたのを,公判では,着服がはっきりしたので,本人に確認するためであったなどと,その弁解を変遷させている。

このように被告人A1は,弁解の重要部分を変遷させているが,その理由についても合理的な説明がなされていない。

以上アないしウによると,被告人A1の弁解は到底信用できない。

6 まとめ

以上説示したとおり,被告人A1から本件各犯行を指示されたとのE1供述が信用できることのほか,被告人A1にD1殺害の動機が存在することなど,被告人A1がD1殺害に関与していることを疑わせる事情が存在すること,E1にD1殺害を指示したことはない旨の被告人A1の弁解が信用できないことなどの事情に照らせば,被告人A1がE1に対し,本件各犯行を指示し,E1がこれに従って各犯行に及んだものと優に認めることができる。

なお,弁護人は,本件各犯行について,被告人A1が,保険契約者であるB2建設代表取締役であるE1がD1を殺害すれば,生命保険金が支払われる可能性がないことを知っていたこと,保険金殺人は,周到な準備のもとに保険事故であるかのような外形を作ることが必要な犯罪類型であるのに,本件においては,犯行後の逃走先や逃走用車両の手配を行っておらず,実行犯であるE1が逮捕されることが必至の状況で実行されたものであるから,D1の生命保険金詐取のための犯行とは到底考えられないこと,E1の一連の行動が被告人A1の指示によるとすれば,9月22日の偽装事故や9月29日の海難事故の偽装は,保険金を入手できる可能性がある計画的な犯行であるのに,第1の2の犯行は,およそ保険金を入手できる可能性がない稚拙な犯行であること,などの事情を指摘して,本件各犯行が被告人A1の指示による保険金目的の殺人であるとするのは,不自然である旨主張する。

しかし,前記認定のとおり,被告人A1は,第1の2の犯行後,内容虚偽の株主総会議事録等を作成し,これに基づき登記手続を行うなどして,B2建設の代表取締役が犯行日以前から,同被告人に変更されていたように装った上,D1の生命保険金を請求しているのである(被告人A1に,真実D1の生命保険金を取得する意思があったことは,後記認定のとおりである。)。また,確かに第1の2の犯行が,D1に掛けられた生命保険金の取得という目的に照らして,準備の周到性に欠ける面があったことは否定できないものの,前記認定のとおり,E1がD1殺害に及んだのは,被告人A1に追いつめられた結果であって,追いつめられたE1が,D1を殺害することだけを考え,逃走先等について思いをめぐらせる余裕がなかったとしても,あながち不自然とはいえない上,9月29日の失踪事件も,失踪宣告を得るのに要する時間を考慮していないばかりでなく,結局予想よりかなり早い段階で放置した自動車が発見されてしまうなど,相当稚拙な計画であったというべきである。

こうした事情を勘案すると,弁護人の指摘する事情は,いずれも本件各犯行が,被告人A1の指示による保険金目的の殺人であることを否定することにはならないし,そのほか弁護人の主張する事情を勘案しても,本件各犯行が被告人A1の指示によるとの前記認定を左右するものではない。

第2  第2ないし第4の各犯行について

1 第2の犯行について

弁護人は,本件保険金請求について,被告人A1は,保険金の請求を行っていないとした上で,保険金請求の対象となった事故は,E1が過失で起こした交通事故であるから,本件においては,欺罔行為は存在せず,仮に故意による事故であったとしても,被告人A1は,そのことを知らなかったのであるから,同被告人には詐欺の故意が存在しないと主張する。

確かに,保険金請求書を作成したのは,E1の妻であるが,他方,関係各証拠によれば,被告人A1は,9月22日の事故後,E1の妻に対し,「保険の方は全て会社の方で手続を取る。」と話し,保険会社の担当者らと交渉し,その際には,担当者らに対し,自分が窓口になる旨伝えていること,E1の妻が保険金請求書を作成したのも,被告人A1の指示によるもので,これを保険会社に提出したのも同被告人であったことが認められる。このような事実によれば,実質的には被告人A1が保険金を請求したと認めるのが相当である。また,前記認定のとおり,9月22日の事故は,被告人A1がE1にD1殺害を指示して起こさせた故意の事故であるから,同被告人による欺罔行為が存在すること,同被告人に詐欺の故意があったことも明らかである。

したがって,弁護人の主張は採用できない。

2 第3の犯行について

弁護人は,被告人A1において,保険金請求の対象となった事故を発生させた車両(Z2)が,保険対象車両(A3)とは異なるにもかかわらず,保険金を請求したことは認めながら,そのことは,保険代理店のW1を通じて保険会社も了解済みであったから,本件においては欺罔行為が存在しないとした上で,そもそも前記事故は,E1が過失で起こした交通事故であるし,被告人A1は,E1の過失による事故と認識していたから,同被告人には詐欺の故意が存在しないと主張する。

しかし,前記W1は,公判廷において,「A1と会って事故の状況を聞いた際,同人は,『A3を運転していて,bのE3近くのトンネルで事故った。』と話していた。事故車両がZ2と聞いたことはなく,運転者がE1であるとも聞いていない。内容虚偽の報告を行って保険金の支払手続に入っても,損害調査部の方で調べるから必ず発覚してしまい,そうなると自分は代理店契約が解約されて食べていけなくなるから,保険対象車両ではないZ2で事故を起こしたことを聞いていたら,保険金の請求手続に入ることはしなかった。」などと供述し,本件保険金請求が虚偽の内容であることを事前に了解していたことはない旨被告人A1の弁解を明確に否定している。W1供述は,明確で,弁護人の反対尋問にも全く動揺しておらず,その内容も合理的であるから,その信用性に疑いを差し挟む余地はない。

W1供述によれば,被告人A1が保険金を請求した際,保険会社は,事故を発生させた車両と保険対象車両が異なることを知らなかったと認められる。また,前記認定のとおり,保険金請求の対象となった事故は,被告人A1の指示で,E1が故意に起こしたものであるから,本件において,被告人A1に詐欺罪が成立することは明らかであり,弁護人の主張は採用できない。

3 第4の犯行について

弁護人は,本件のような手続で取締役の変更を行うことは,中小企業では慣例的に行われているものであるから,社会的正当行為として違法性が阻却されるし,被告人A1は社会的正当行為と認識していたから,違法性の意識を有していなかった,また,被告人A1が保険金の支払を請求したのは,これまで支払い続けてきた保険料を会計上損金として処理するためであり,保険料を実際に受領するつもりはなかったから,同被告人には詐欺の故意は存在しないし,本件においては,欺罔行為自体がないと主張する。

しかし,J1は,公判廷において,おおむね「(D1がE1に殺害された後)G2部長から,この事例では保険金は支払われないので請求しないようにA1に伝えてほしいと言われたので,A1にその旨伝えると,『ああそうか。分かったよ。』という感じだった。しかし,その後,A1は,弁護士と打ち合わせをしていると言い,請求しても絶対に出ないと言っても,『うちは弁護士でやるからいい。請求はするから。』と言ってきた。その後,自分が,請求者がE1では絶対に出ないことを伝えると,A1は,『契約者がE1で出ないなら契約者を変えればいいべや。』と言っていた。」などと供述している。

J1は,被告人A1の愛人で,同被告人から保険契約の獲得等の面で便宜を受けるなどしていたものであるから,同被告人に有利な供述をするおそれこそあるものの,殊更被告人A1に不利益な虚偽供述をする理由はない上,供述内容も,具体的かつ詳細で,特段不自然,不合理な点もないから,十分信用することができる。そして,J1の公判供述によれば,本件の取締役変更登記等がD1の生命保険金を取得する目的でなされたこと,被告人A1には,D1の生命保険金を受領する意思があったことが認められる。

以上認定の事実によると,電磁的公正証書原本不実記録,同供用の各犯行は,被告人A1が保険金詐取という不正の目的で犯したものであると認められるから,社会的正当行為に該当しないことは明らかである。また,被告人A1に違法性の意識があったことも明白というべきである。さらに,被告人A1が,B2建設の代表取締役が,真実はE1であるにもかかわらず,同被告人であると偽って保険金請求を行ったものであるから,被告人A1の保険金請求行為が欺罔行為に該当すること,同被告人に詐欺の故意があったことも明白である。

したがって,弁護人の主張はいずれも採用の限りではない。

(法令の適用)

被告人A1の第1の1の所為は,刑法60条,203条,199条に,第1の2の所為は,同法60条,199条に,第2及び第3の各所為は,いずれも(第2の所為は包括して)同法246条1項に,第4の所為中,電磁的公正証書原本不実記録の点は同法157条1項に,不実記録電磁的公正証書原本供用の点は同法158条1項,157条1項に,詐欺未遂の点は同法250条,246条1項にそれぞれ該当するところ,第4の電磁的公正証書原本不実記録と不実記録電磁的公正証書原本供用と詐欺未遂との間には順次手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条により1罪として最も重い詐欺未遂罪の刑で処断することとし,第1の1の罪について所定刑中有期懲役刑を,第1の2の罪について所定刑中無期懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるが,被告人A1を無期懲役に処すべき場合なので,同法46条2項本文により他の刑を科さないで,被告人A1を無期懲役に処し,同法21条を適用して,被告人A1に対し,未決勾留日数中750日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人A1に負担させないこととする。

(量刑の事情)

第1の各犯行は,被告人A1が,経営する会社の資金繰りに窮し,役員である被害者に掛けられた生命保険金の取得を企図し,共犯者E1に被害者殺害をそそのかし,その意図を察したE1が交通事故を装って被害者を殺害しようと企て,被害者を同乗させて走行中の自動車を,加速させながら対向車線を進行中の大型貨物自動車に正面衝突させて被害者を殺害しようとしたが,被害者に判示の傷害を負わせたにとどまった(第1の1の犯行)ことから,再度,被害者を殺害して生命保険金を取得することを企図し,E1に被害者殺害を指示し,E1が被害者をペティナイフで数回突き刺すなどして殺害した(第1の2の犯行)というものである。

第1の各犯行が,保険金目的の殺人という,凶悪であるばかりでなく,金のためには他人の生命さえも一顧だにしない冷酷,非道な犯行であって,厳しい非難に値することをまず指摘しなければならない。被告人A1は,経営する会社の資金繰りに窮し,被害者に掛けられた生命保険金を取得して会社の倒産を回避するために第1の各犯行に及んだものであって,犯行動機は利欲的,自己中心的で酌量の余地は全くない。犯行態様も,わずか2か月の間に二度にわたり被害者の殺害を企てたものであって,執拗で,強固な殺意に基づく悪質なものであるが,第1の1の犯行においては,容易には故意の事故であることが発覚しないように,あらかじめハンドル操作を誤って発生させた過失による事故であることを装うなど,計画的で巧妙である。また,第1の2の犯行は,あらかじめ犯行に使用するペティナイフ等を購入した上,犯行当日も,単独犯行であることを装うため,E1を被害者宅まで送らないで,途中でタクシーに乗り換えさせるなど巧妙な面が認められるばかりでなく,抵抗する被害者の胸部及び腹部等身体の枢要部を,十分な殺傷能力を有するペティナイフで,力一杯数回にわたり突き刺したという残忍なものである。

本件により,第1の1の犯行では,被害者に加療約4週間を要する重傷を負わせるにとどまったものの,第1の2の犯行では,何物にも代え難い,貴重な生命を奪ったもので,本件結果が重大であることはいうまでもないが,被害者は,会社の代表者印を無断使用して手形や小切手を濫発してヤミ金融から多額の借入れを行い,会社の売上金を横領するなど,会社役員として不適切な対応があったことは否定できないものの,もとより殺害されなければならないほどの落ち度があったものではない。被害者は,実母や夫,息子と幸福な家庭生活を送っていたにもかかわらず,本件犯行により,愛するわが子の成長を見届けることなく38年の生涯を終えたもので,その無念は察するに余りある。愛する娘,妻を失った被害者の母親,夫の悲嘆,憤りには甚大なものがあり,遺族らは被告人A1の厳重処罰を希望している。また,第1の2の犯行は,閑静な住宅街において,白昼,突如被害者が惨殺されたものであって,付近住民に与えた衝撃や不安感にも多大なものがあったと推察される。

被告人A1は,保険金目的で被害者殺害を企図した首謀者でありながら,自らは手を汚すことなく,共犯者であるE1に被害者殺害をそそのかし,ときにはE1を恫喝するなどして,被害者を殺害せざるを得ない状況に追い込んで,これを実行させたもので,誠に卑劣で狡猾といわなければならず,その責任は実行犯であるE1に比して遙かに重い。

また,被告人A1は,本件犯行後,罪証隠滅を行うなど,犯情芳しくないばかりでなく,捜査及び公判を通じ,一貫して,自己の刑責を免れるための不自然,不合理な弁解に終始し,現在に至るまで,被害弁償はおろか,慰謝の措置すら講じようとしないなど,反省の態度は微塵も見られない。

近時我が国においては,保険金目的の殺人事犯が増加し,社会的にもこの種事犯に対しては厳しい対応が求められていることも考慮しなければならない。

また,第2の犯行は,第1の1の犯行によって発生した物的損害を填補するため,E1が故意に発生させた事故であるのに,過失による事故であるとして保険金の支払を請求し,保険会社から約300万円を詐取したもの,第3の犯行は,第1の1の犯行において,被害者の生命保険金を取得することに失敗したため,E1が運転操作を誤って海中に転落したことを装い,同人の生命保険金を取得することを企図し,被告人A1の意を受けたE1が海中に転落しようとしたものの,ガードロープ支柱に激突したために生じたという物損事故に関し,その損害を填補するため,過失による事故を装っただけではなく,事故車両は保険対象車両でないのに,保険対象車両が事故を起こしたように保険会社を騙して保険金15万円余を詐取したというもの,第4の犯行は,E1が被害者を殺害した後,被害者の生命保険金を詐取するため,殺害日以前から代表取締役が変更されていたとの虚偽内容を電子情報処理組織登記ファイルに記載させてこれを備え付けさせた上,保険会社から生命保険金を詐取しようとしたが,未遂に終わったというもので,いずれも犯行動機に酌量の余地がない上,犯行態様も巧妙で悪質である。各犯行による財産的な被害も多額に及ぶほか,電子情報処理組織登記ファイルに対する社会的信用が損なわれるなど,その結果も軽視を許されない。しかるに,被告人A1は,いずれの犯行についても,被害弁償を講じていないばかりか,捜査及び公判を通じ,一貫して,自己の刑責を免れるための不自然,不合理な弁解に終始しており,真摯な反省を全く示していない。

以上の諸情状,ことに第1の各犯行の悪質性,犯行動機の利欲性,犯行態様の巧妙,残忍性,結果の重大性,遺族の処罰感情,被告人A1の果たした役割,反省の程度等に照らすと,被告人A1の刑事責任は極めて重大であるといわなければならない。

したがって,第4の犯行中,詐欺の点については未遂にとどまり財産的損害が生じていないこと,被告人A1は,これまで罰金前科が1件あるだけで,他に前科のないことなど,本件に現れた被告人A1に有利な事情をできる限り斟酌したとしても,被告人A1を主文掲記の刑に処するのが相当と判断した。

【被告人B1及び同C1関係】

第1  公訴事実と争点

被告人B1及び同C1に対する公訴事実は,被告人両名が,同A1及びE1と共謀の上,被告人A1に係る前記第1の2の犯罪事実(D1殺害)を行った,というものであり,検察官は,被告人B1及び同C1は,いずれも被告人A1が,D1に掛けられた生命保険金を取得するために,E1にD1を殺害させようとしていることを知りながら,被告人A1の指示を受け,殺害道具であるペティナイフの購入,D1宅への送り届けなどに協力したと主張する。

これに対し,被告人B1及び同C1の弁護人は,両被告人が,E1がD1殺害に使用したペティナイフを購入する際,E1をT2まで連れて行ったこと,その後E1をD1宅付近まで送り届けたこと,被告人B1が,E1に覚せい剤を注射したことは認めるものの,被告人B1及び同C1は,当時,被告人A1がE1に指示してD1を殺害しようとしていることを知らなかったと主張する。

したがって,本件の主たる争点は,被告人B1及び同C1が,同A1及びE1が,D1を殺害しようとしていることを認識しながら,これに協力したか否かということである。

第2  当裁判所の判断

1  犯行前後の状況等

本件犯行前後の状況等については,被告人A1関係の関係各部分で認定した諸事実のほか,被告人B1及び同C1に係るものとして,以下の事実は,関係証拠上明白なものである。

(1) 被告人B1及び同C1と被告人A1らとの関係等

被告人B1は,同A1の三女で,平成11年11月ころ,同被告人の勧めでU1に入社し,E1の手がけていた運送部門のトラック運転手として稼働していたが,翌12年9月ころからは,I2でユンボのオペレーターとして働くようになった。なお,被告人B2は,形の上ではI2の代表取締役であったが,名目上のものにすぎなかった。被告人C1は,平成七,八年ころ,海の家で働いていた当時,同僚であったO2が被告人A1と交際していたことから,同被告人と知り合い,平成12年1月末ころから,O2の紹介でB2建設の経理係として稼働していた。被告人B1及び同C1は,B2建設が事務所をU1と同じ建物に移転した同年6月ころ知り合い,同年9月ころ,被告人C1が,同A1から同B1のいわゆる教育係に任じられたことを契機として互いに好意を抱くようになり,同年11月初旬からは被告人C1の自宅で,同被告人の2人の子供とともに同居していた。

被告人B1は,被告人A1が,姉ばかり可愛がり,母親に暴力を振るい,専門学校に行かせてくれなかったなどとして,被告人A1に悪感情を抱くとともに,被告人A1から高額の生命保険契約に加入させられたことや,トラックのボルトが抜けていたことがあったことから,同被告人を恐れていた。また,被告人C1は,職務の内容が金銭を扱うことから,仕事をきちんとしないと,被告人A1からどのような言いがかりをつけられかねないと恐れていた。被告人両名は,職場の上司等として,E1の経営能力についてはともかく,その人間性についてはおおむね好感情を抱いていた。

(2) 被告人C1のD1に対する感情等

被告人C1は,D1が,B2建設の経理をでたらめに処理していたことや,手形や小切手を濫発したり,売上金を横領していたこと等で経理上困難な対応を強いられただけでなく,D1が経理を明確にするための調査に協力しなかったことなどから,同女に少なからず不快感を抱いていた。また,被告人C1は,3回ほどD1に金銭を貸し付け,そのうち2回は約束どおり返済を受けたが,平成12年4月ころ,G1夫妻に依頼されて,一,二か月後を返済期限として貸し付けた350万円については,その後元金200万円の返済を受けたものの,残額150万円は,数回の督促にもかかわらず,返済期限の延期を重ねた上,返済期限とされた同年11月20日にも,何の連絡もないまま無視されたことから,その不誠実な態度に不快感を募らせていた。

(3) 被告人C1のB2建設に対する貸付け

被告人C1は,平成12年8月末,被告人A1の依頼を受けて,B2建設に対し,手形決済資金として380万円を貸し付けたが,本件犯行時までにその返済を受けていなかった。

(4) 9月22日の自動車事故前及び直後の状況等

被告人B1及び同C1は,平成12年8月ころから,E1が手がける運送事業に関して,U1が赤字を累積させていることや,B2建設の経営状況,荷忘れ等のE1の仕事上のミス等に関し,被告人A1がE1を厳しく責め立て,このため,E1が精神的に追いつめられた状態に陥っていることを認識していた。また,被告人B1及び同C1は,同年9月22日,E1が,D1と共に外回りに出かけたことを知っていた。

被告人C1は,同日,被告人B1とともに自動車で買物先に向かう途中,通行人から携帯電話にE1が交通事故を起こしたとの連絡を受けた際,「あいつ本当にやっちゃった」(あるいは,「あいつ本当にやりやがった。」)などと言った。その直後,被告人C1は,同A1にE1が自動車事故を起こしたことを報告しようとしたが,携帯電話のボタンを押すことができなかったため,同B1が替わってこれを知らせた。これに対し,被告人A1は,「お前らで現場見に行って来い。」などと言うだけで,特に驚いた様子でも,E1の安否を確認するわけでもなかった。

被告人B1及び同C1が事故現場に赴いたところ,E1が運転していたL2は,運転席側のボンネット部分がめくれ上がるなど,助手席側よりも運転席側の方が損壊がひどい状態であった。被告人B1は,事故の態様が,直線道路で,対向車両に突っ込んで行くようなものであったことから,E1が故意に起こした事故の可能性があると疑い,被告人C1に「この事故わざとかな。」などと聞いたが,同被告人からは答えがなかった。

その後,被告人C1は,D1を病院に見舞った際,同女から,本件事故の状況について,「E1がタバコの火を落として反対車線の方に行った」旨の説明を受けた。

(5) その後E1が失踪するまでの状況等

被告人B1及び同C1は,同月27日夜,E1がbで防護柵に衝突する自損事故を起こした後,入院先から被告人A1らに連れられてU1の事務所に戻った際,E1から,当日の事故について,「突っ込む前にブレーキ痕をつけようと思って,一生懸命行ったり来たりした。カロリーメイトを自分の服のポケットにいっぱい詰めて山の中に隠れようと思ったんだ。」などと,故意の自損事故であることを聞かされた。他方,被告人A1は,E1の話を途中で遮り,「E1とりあえずいなくなれ。」などとE1に指示し,海難事故を偽装してE1を失踪させる計画を持ち出した。

被告人B1及び同C1は,被告人A1の意図がE1に掛けられた生命保険金を取得することにあると認識し,当初はE1失踪計画に反対したものの,結局はこれに協力することになった。被告人A1は,同B1に対し,海難事故の偽装に使用する自動車やプリペイド式携帯電話を準備するよう指示し,28日夜に偽装工作を行うよう指示した。その際,被告人B1は,同A1から,「E1が海に浮かんでいることを期待する。」などと,暗に事故を装ってE1を殺害するようほのめかされたが,被告人C1に相談したところ,強く反対されたことなどから,E1殺害に着手しようとはしなかった。

被告人B1は,cで海難事故を偽装した後,被告人A1の指示で,E1を連れて大阪に赴き,同人をdのホテルに潜伏させた。

(6) E1が大阪に潜伏している間の状況等

この間,被告人C1は,被告人A1が,E1の妻を連れてU1の顧問弁護士の事務所に行った際,弁護士に,E1の生命保険金を入手するために,できるだけ早く失踪宣告を得る方法はないかと質問しているのを聞いて,被告人A1の目的がE1の生命保険金の入手にあるとの認識を深めた。

被告人C1は,同年11月20日,被告人B1に車を運転してもらって,D1宅に赴き,G1夫妻に貸し付けた350万円の残金150万円の返済を求めたが,その際,D1から,E1の失踪に関し,警察が,被告人B1と同C1が関与しているのではないかと疑っていると聞いて衝撃を受けた。同被告人は,D1宅から出た後,外で待っていた被告人B1にもこれを伝え,翌21日ころ,被告人A1にもこれを伝えた。

(7) 本件犯行に至るまでの状況等

ア 被告人B1及び同C1は,同月24日ころ,被告人A1の指示で,E1に函館まで戻って来るように伝えた。被告人A1は,被告人B1及び同C1に対し,E1が戻ってきたら,ドライアイスを使ってE1を殺害するという話をした。

イ 被告人B1及び同C1は,同月27日午前10時ころ,被告人A1の指示で,前日北海道に戻り,Q2に泊まったE1をP2に移した上,同日午後8時ころには,外出先から戻った同人を再びQ2に入れた。他方,被告人C1は,同A1から,E1に睡眠薬を使うように指示され,被告人B1とともに,ハルシオン1錠強を砕いて,これを溶かした水溶液を作った。

その後,被告人B1及び同C1は,被告人A1から言われて,同日午後9時ないし10時ころからQ2で,E1を交えた4人で飲酒した際,乾杯用のシャンパンに前記ハルシオン入りの水溶液を入れてE1に飲ませた。被告人A1は,E1が眠った後,被告人B1及び同C1に対し,E1を外に放置して自然死させるという話をしたが,E1が目を覚ましたため,これが実行されることはなかった。

ウ 被告人B1及び同C1は,27日夜及び翌28日午前中,被告人A1から,E1を買い物に連れて行ってやれ,E1が降りたいと言ったところで降ろしてやれなどと指示を受けていたことから,28日午後3時ころ,被告人C1が運転する車で,E1をT2に連れて行って買い物をさせた後,同人に言われるまま,D1宅すぐ近くのコンビニエンスストア付近まで走行し,そこでE1を車から降ろした。この間,被告人C1は,失踪中のE1と一緒にいるところを見られたくないと考え,度々E1に対し,外から見られないように座席に横になっているように要請した。

なお,E1は,T2において,D1殺害に使用したペティナイフを購入したが,被告人B1及び同C1には,事前事後を問わず,このことを伝えてはいなかった。

ところで,E1は,ペティナイフ購入後,D1宅付近に赴く途中の車内で,被告人C1に依頼して,車内にあった地図をもらい,これをペティナイフの鞘替わりに刃の部分に巻きつけたが,29日未明,被告人A1が,P2でペティナイフを持ち出して,E1に対し,「これで俺を刺せ。」などと迫った際,被告人C1が,昼間自分がE1に渡した地図が刃の部分に巻きつけられているのを見て,「E1さんそれ私の地図じゃない。」などと,驚いた声をあげながら,被告人A1からナイフを取り上げ,刃先に巻いてあった地図を捨てるということがあった。被告人B1も,同C1の言葉を聞いて,ナイフに巻きつけてあったのが,被告人C1が車の中でE1に渡した地図であったことを理解した。

(8) 本件犯行後の状況等

被告人A1は,同日午前10時ころ,被告人B1と同C1の家に行き,「俺はE1をeのS2で降ろした。俺はE1に余計なことするなって言ったんだ。」などと言った。

2  被告人B1及び同C1において,被告人A1らがD1殺害を企てていることを認識していたと疑わせる事情の存在

本件においては,被告人A1が,被告人B1及び同C1に対し,自らのD1殺害の企図を打ち明け,これに協力するように指示をしたことを示す直接の証拠はない。そこで,以下,これまでに認定した事実のほか,他に被告人B1及び同C1が,同A1の意図を認識しながら,これに協力したことを疑わせる事情が存在するか否かを検討する。

(1) 被告人B1及び同C1が,本件犯行前に,9月22日の事故の真相(被告人A1が,D1に掛けられた生命保険金を取得する目的でE1に起こさせたものであること)を認識していたか

ア 被告人C1が,9月22日以前に被告人A1がE1にD1殺害を指示していることを見聞したか

被告人C1の捜査段階における供述中には,9月22日の事故前に,「A1がE1に『マダムヤンを何とかすれ。マダムヤンを殺せ。事故というのはいつ起きるか分からない。ドーンとやっちゃえばすぐだ。ゴンとぶつかったら簡単だ。』などと指示しているのを聞いた」「A1が大声で怒鳴り散らしていたので,その声が事務所にいる者の耳に自然と入ってきました」旨の部分がある(乙21,23)。

しかし,E1は,公判廷において,「A1から交通事故を装ってD1を殺害するように指示されたのは,U1やB2建設の事務所内であるが,その話をする際は自分とA1の2人のことが多かったように思う。その話が終わった後に第三者を入れて仕事の話をしたと思う。第三者を入れた後にもD1殺害の話が出たような記憶はあるが,はっきりとはわからない。」などと供述している。検察官は,E1は,公判廷において,被告人B1及び同C1に対する好意的な感情を顕わにし,両名の弁護人からの質問に対して迎合的で,両名をかばう供述態度であるとして,E1の公判供述中,被告人B1及び同C1の刑事責任に係る部分については,信用性が乏しいと主張する。確かに,E1の公判供述の一部に,被告人B1及び同C1の弁護人に迎合するかのような部分があることは否定できないものの,E1は,例えば,9月22日の事故後,被告人C1が同A1とE1を病院に見舞った際,被告人C1がその場を離れたか否か,その後,この事故について,E1がわざと起こした事故であると被告人C1に話したか否かという事項に関しては,弁護人の誘導にもかかわらず,同被告人に不利益となりうる内容を供述しているのであって,こうした事情に照らすと,被告人B1及び同C1の刑事責任に係るE1の公判供述が一概に信用性に乏しいとはいえない。

ところで,U1の事務員であるX2やY2は,被告人A1が,E1をU1に対する借金やB2建設の資金繰りの件で責めるのは聞いたと供述する一方で,被告人A1がE1にD1殺害を指示する言葉を聞いたとの供述はしていない。また,被告人A1が,常日ごろ,抽象的な物言いをし,具体的な,あるいははっきりとした言い方をしないことは,E1,被告人B1及び同C1が一致して供述しているだけでなく,被告人A1も自認しているところであって,こうした被告人A1の物言いに照らすと,被告人C1の面前で,「マダムヤンを殺せ。」などと指示するとは考え難い上,そもそも他の従業員に聞こえるような声であからさまに殺人の指示をすることは考え難いことなどに照らせば,被告人C1の前記自白は,信用することができない。

イ 被告人B1及び同C1が,E1から9月22日の事故は故意に発生させたことを聞いたか

(ア) E1は,公判廷で,「事故を起こした翌日か翌々日,C1に対し,D1のシートベルトを外そうとしたができなかったなどと,9月22日の事故はわざと起こしたものであることを話した」旨供述している。

しかし,他方,E1は,これを被告人C1に話した時期や場所,その際の被告人C1の反応等は記憶にない,とも供述しており,その供述が具体性に乏しく,曖昧であることを指摘しなければならない。また,事故の翌日ないし翌々日は,E1は事故による怪我のため入院中であったから,E1が被告人C1にこのような告白をする機会があったのか疑問が残るし,その後のことであるとすれば,E1自身,公判廷において,同月27日にbで事故を起こしたことからの記憶がはっきりしないことを自認しているのであるから,その信用性は乏しいといわなければならない。

したがって,E1の前記供述は,これをそのまま信用することはできない。

(イ) 被告人B1び同C1の捜査段階における供述中には,「(bで事故を起こしたE1がU1の事務所に戻った際)E1から,bの事故がわざと起こしたものであることを聞いた後,22日の事故についても,D1のシートベルトをはずそうと思ったが,はずせなかった,と聞いた。それで,E1がA1の指示でD1を殺すためにわざと衝突したことを確信した」旨の部分がある(乙14,23)。

しかし,被告人B1及び同C1が,E1本人の口から,22日の事故が,E1がD1を殺害するためにわざと起こしたものと告白されたのであれば,それがその際始めて知ったことであれ,前から予想していたものであったことであれ,問題の重大性に照らせば,被告人A1やE1の企てに対する感想や,加害者である被告人A1やE1,被害者であるD1に対する思いなどを抱くのが自然であると考えられるのに,捜査段階における供述には,この点に関する記載がないなど,具体性,迫真性に欠けるといわなければならない。

したがって,被告人B1及び同C1の捜査段階における供述をそのまま信用することはできない。

(2) 被告人B1及び同C1が,11月27日夜,被告人A1がE1に対して,ハサミのことを指して「こんなもんで人をやれないべや。」と言うのを聞いたか

ア E1は,捜査段階においては,「11月27日夜,A1に『今日はできなかった。』などと話した後,同人にその日買ったハサミを見せた記憶はないものの,同人が,自分,B1及びC1に対して,『こんなハサミで人なんかやれるわけないべや。』と言った記憶がある。」などと供述している。

前記説示のとおり,E1の供述中,E1が,11月27日夜,被告人A1から「こんなハサミで人はやれない。」などと言われたことは十分信用できる。ところで,E1は,公判廷では,「A1から『こんなもんで人をやれないべや。』と言われた際,B1とC1がどこにいたのかは記憶にない。」などと,被告人B1及び同C1が,その場にいたことについては曖昧な供述をするに至っているが,その理由として,当時,被告人B1と同C1の行動については関心がなかったからであると供述している。E1は,当時,D1を殺害したくないという思いと,被告人A1の恩義に報いるために殺害しなければならないとの思いの間で深く思い悩んでいた状態にあったのであるから,被告人B1らの行動に関心を持つ心理的な余裕がなかったというのも,一面で合理性を有すると考えられる。このようにE1の供述が変遷している上,前記認定のとおり,被告人A1は,同月26日にE1を北海道に呼び戻す際,自ら函館まで迎えに行って,E1と2人だけになる場面を敢えて作った上で,同人にD1殺害を指示しているのであって,このような被告人A1の行動に照らすと,同被告人は,E1以外の人間にはD1殺害の意図をできるだけ知られないように配慮していることが窺われるところ,このような被告人A1が,それまで自らの意図を打ち明けていなかった被告人B1及び同C1の面前で,突然,前記のように殺人の意図が明確に分かるような発言をしたというのは,それまでの被告人A1の行動と整合せず,不自然というべきである。また,後記のとおり,被告人A1は,その直後,被告人B1及び同C1に対し,「言うな,聞くな,手足になってやれ。」などと,両名にはD1殺害の意図を秘匿する趣旨の発言をしていることが認められるが,被告人A1が,「こんなハサミで人はやれない。」などと,被告人B1及び同C1に殺人の意図が明確にわかるような発言をした後,「言うな,聞くな,手足になってやれ。」などと,その意図を秘匿する発言をしたというのも不自然というほかない。

したがって,被告人A1が,被告人B1及び同C1の面前で「こんなハサミで人なんかやれるわけないべや。」と話したとのE1の捜査段階の供述は,そのまま信用することができない。

なお,被告人B1及び同C1が,その場にいなくとも,Q2の居室内にいたのであるから,被告人A1のE1に対する前記発言を耳にした可能性があることは否定できないものの,他方,被告人A1は,被告人B1及び同C1には,D1殺害の目的を秘匿する態度に出ていたのであるから,両名に聞こえるような声で話したことは想定し難いばかりでなく,このような一連の会話は,当日の飲酒の途中というよりも,始まる前になされると考えるのが自然であるところ,被告人B1及び同C1は,当初台所で飲酒の準備を行っていたのであるから,被告人A1の話を聞かなかったとしても,不自然とはいえない。

イ 被告人B1及び同C1の捜査段階における供述中には,「11月27日夜,A1がE1に『こったらハサミで人が刺し殺せるわけねーべや。家の周りに灯油を撒いて火つければいいべや。病院の行き帰りを狙えばいい。』などと指示しているのを聞いた」旨(乙16)「A1がE1に『こいつハサミでやるつもりだった。そんなもんでできんべや。』『もっとちゃんとしたものを用意しろ。』『やっぱり火をつけれ。』『おばあちゃんがいないときに刺せば簡単だ。一人のときがある。D1は病院に通っている。病院の行き帰りを狙えばいい。』などと話しているのを聞いた」旨(乙24)の部分がある。

しかし,前記説示のとおり,被告人A1のそれまでやその後の言動等に照らすと,同被告人が,被告人B1び同C1にはっきりと分かる形で,E1に対し殺人を指示するとは考え難く,ことに「D1」という名前をはっきり出すとは到底考え難いから,被告人B1及び同C1の前記自白は不合理というべきである。また,その際,被告人A1が,「火をつければいい。」「病院の行き帰りを狙えばいい。」などと話したことについては,E1が公判廷で明確に否定している上,捜査段階においても記憶がないと供述しているのであって,その信用性に多大な疑問がある。

以上のとおり,被告人B1及び同C1の捜査段階の前記自白は,信用することができない。

(3) 被告人B1及び同C1が,27日夜,被告人A1から「言うな,聞くな,手足になってやれ。」と指示を受けたか

E1は,公判廷で,「A1は,27日夜,被告人B1と同C1に対し,自分の買い物につき合うように指示した際,『言うな,聞くな,手足になってやれ。』と言っていた。」と供述するところ,E1供述は,弁護人らの反対尋問にも全く動揺していない上,被告人A1の特徴的な物言いを供述するもので,具体性,迫真性を有しているばかりでなく,常日ごろ,抽象的な言い方をするとの被告人A1の言動にも符合するから,十分信用することができる。

(4) 被告人B1及び同C1が,28日夜,被告人A1がE1に「腹刺したって人間死なんぞ。」と言うのを聞いたか

E1の捜査段階における供述中には,「(28日夜,A1がP2に来た際)A1に『今日はやれなかった。』と言いながらT2で買ったナイフを見せると,同人から『腹刺したって人間死なんぞ。そんなに時間かけてられないぞ。』などと言われたが,その際,B1とC1は,自分の左側に座っていたから,自分がナイフを持っていることは十分分かったはずである」旨の部分がある。しかし,E1は,公判廷においては,その際,被告人B1及び同C1が,その場にいたかはっきりせず,被告人A1だけがいた可能性もある旨供述している。当時,E1が,被告人B1及び同C1の言動に関心を示していなかったことに照らすと,E1の公判供述を一概に信用できないとはいえない。また,前記説示のとおり,被告人A1が,被告人B1及び同C1にはっきりと分かる形で,E1に対し殺人を指示するとは考え難いことに加え,前記認定のとおり,被告人C1が,ナイフの刃の部分に地図が巻きつけてあるのを認め,これを取り上げたのは,翌29日の未明に同被告人らがファミリーレストランから帰ってきた後のことであるところ,仮に28日夜にこのような出来事があれば,その段階で被告人C1は,地図がナイフの刃に巻きつけられていることを認識したはずであって,E1の捜査段階における前記供述は関係証拠との整合性を欠いている。

こうした事情を勘案すると,E1の捜査段階における前記供述は信用できない。

(5) 被告人B1及び同C1が,29日未明,E1が被告人A1に「明日やりますから。」などと言うのを聞いたか

E1は,捜査及び公判を通じて,「29日未明,A1から,家族に危害を加えると脅されるなどしながら,D1殺害を迫られた際,『分かりました。明日やりますから。』などと答えた」旨供述している。また,被告人B1及び同C1の捜査段階における供述中にも,これに沿う部分がある(乙16,24)。

しかし,前記説示のとおり,O2,被告人B1及び同C1は,いずれも,29日未明,被告人A1から責め立てられていた際,E1が,「勘弁してください。明日まで待ってください。」などと言ったことは認めるものの,「明日やりますから。」などという言葉はなかった旨供述している。他方,E1は,当時心身ともに相当疲弊した状態にあったもので,同人の公判供述は,「被告人A1からD1を殺害するように責め立てられた」旨の,その枢要部分の信用性は高いものの,被告人B1及び同C1に関する部分については,記憶の曖昧な点が多々認められるほか,E1の捜査段階における供述についても,同供述では,その際,被告人B1及び同C1は,その場にいたものの,O2は,寝室にいたとされているが,前記認定のとおり,その場にはO2もいたのであって,E1の捜査段階の供述には,その際の状況に関し,関係証拠との整合性を欠く部分も存している。そうすると,E1供述は,O2らが供述するとおり,「勘弁してください。明日まで待ってください。」などと答えたとの限度では信用できるものの,「明日やりますから。」と答えたとの部分は,そのまま採用することができない。

また,被告人B1及び同C1の捜査段階における供述は,いずれもE1が被告人A1に対し,「分かりました。やりますから。」などと言うのを聞き,E1がD1を殺害しようとしていることを理解した,というものであるが,被告人B1及び同C1は,被告人A1がD1の殺害を激しく迫り,E1がこれをやむなく応諾するという緊迫した場面を目撃しているのであるから,それなりに被告人A1やE1に対する思いや感想を抱くのが自然であると考えられるのに,被告人B1及び同C1の捜査段階における供述中には,これに関する記載が全くなく,迫真性に欠けるといわなければならない。

以上のとおり,前記した部分に係るE1供述や,被告人B1及び同C1の捜査段階における供述は,いずれも信用することができない。

3  前記認定の各事実から推認できる事実

(1) 被告人C1らが本件犯行に関与する動機の存在

前記認定の事実によれば,被告人C1は,貸金の返済をめぐるやり取り等からD1に不快感を募らせていたほか,B2建設が倒産した場合,その職を失うとともに,B2建設に対する380万円の貸金の返済を受けられなくなることから,その倒産を避けなければならないとの気持ちを抱いていたものと推認することができる。

他方,被告人B1は,被告人A1を恐れるとともに,被告人C1と親密な関係にあったもので,同被告人から嫌われたくないとの気持ちを抱いていたものといえる。

(2) 9月22日の事故に対する認識

ア 前記認定のとおり,被告人C1は,9月22日,E1が自動車事故を起こしたとの連絡を受けた際,「あいつ本当にやっちゃった。」あるいは「あいつ本当にやりやがった。」などという言葉を発したほか,被告人B1から「この事故わざとかな。」などと聞かれた際にも,黙っていたものであって,これは,あたかも被告人C1が事故を予見していたことを窺わせる事実ともいえる。

ところで,被告人C1は,その発言の趣旨について,公判廷では,「当時,E1がA1から責め立てられて,ノイローゼのような状態になっていたので,事故でも起こすのではないかと心配していたところ,心配が的中したため,『あいつ本当にやっちゃった。』と言ったものである。」などと弁解している。当時,E1が,被告人A1から責め立てられて,精神的に相当追いつめられた状態に陥っていたことは前記認定のとおりであるところ,被告人C1は,事故の連絡を受け,被告人A1に電話しようとした際,うまく番号を押せないほど動揺していたこと,E1の運転していた車両は,D1が乗車していた助手席側よりも,運転席側の方が損壊の程度が大きかったことなどに照らすと,被告人C1の前記弁解を一概に排斥することはできない。

そうすると,被告人C1の前記発言等から,直ちに同被告人が事故を予見していたと推認することは相当でない。

イ しかし,前記認定のとおり,E1は,事故で入院するほどの怪我を負ったのに3日後には退院して職場に復帰し,そのわずか3日後にはbで自損事故を起こしたこと,被告人B1及び同C1は,当日,E1から,この事故は故意に起こした事故で,その後山の中に潜伏するつもりであったなどと告白されたこと,その直後,被告人A1が,海難事故を偽装してE1を失踪させることを提案したことから,被告人B1及び同C1においては,同A1がE1を失踪させる目的が,同人に掛けられた生命保険金を取得することにあると認識したものであって,これらの事実を総合すれば,被告人B1及び同C1は,E1の失踪に協力した時点においては,bの事故も,被告人A1がE1の生命保険金を取得するために,E1に命じて起こさせた事故であることを認識するとともに,9月22日の事故から偽装海難事故までわずか1週間のうちの出来事であることや,22日の事故直後,被告人B1から事故の報告を受けた同A1が,格別驚いた様子をしていなかったことなどから,22日の事故についても,被告人A1が,生命保険金を取得する目的で,E1に命じて故意に起こさせた事故であるとの可能性に思い至ったと認めることができる。さらに,22日の事故では,D1が同乗しており,被告人B1及び同C1は,D1に1億5000万円の生命保険金が掛けられていることを知っていたのである(関係証拠上明白である。)から,22日の事故は,被告人A1が,E1の生命保険金だけではなく,あわよくばD1の生命保険金の取得をも目論み,E1に命じて,D1を道連れに発生させた事故であるとの可能性にも思い至ったと認められる。

もっとも,bの事故と偽装海難事故後の失踪は,いずれもE1の生命保険金の取得を目的としたものであるほか,22日の事故では,E1の運転していた車両が,D1が乗車していた助手席側よりも,運転席側の方が損壊の程度が大きかったことなどに照らすと,これら一連の出来事は,E1の生命保険金取得が主たる目的で,D1の生命保険金取得は副次的なものであるように理解できるから,被告人B1及び同C1が,同A1が,D1殺害を企図しているとの認識を抱いたとまで推認することは相当でない。

(3) 被告人A1がE1を北海道に呼び戻した目的に関する認識

前記認定のとおり,被告人B1及び同C1は,被告人A1が,11月中旬ころ,北海道に帰りたいとの願いを抱いていたE1に対し,貸金の返済を迫るなどして,一旦はこれを断念させながら,同月20日,D1から,「警察が,E1の失踪にB1とC1が関与しているのではないかと疑っている。」と聞き,これを翌日被告人A1に伝えたところ,その後間もない24日には,被告人A1からE1を函館まで呼び戻すよう指示を受けたのであって,こうした一連の経過に照らせば,被告人B1及び同C1は,同A1がE1を函館まで戻すように指示した時点で,E1を大阪に潜伏させ,その生命保険金を取得するという,被告人A1の計画が変更になる可能性があると認識したと認められる。もっとも,これに加えて,前記(2)の事情を勘案しても,被告人B1及び同C1が,被告人A1の計画が変更になる可能性があると認識したことから,直ちに被告人A1がD1殺害を企てていると認識するに至ったとまでは認めることはできない。

(4) 27日ないし29日未明における被告人A1あるいはE1の目的に関する認識

ア 被告人B1及び同C1が,11月27日夜及び翌28日午前中,被告人A1から,「E1を買い物に連れて行ってやれ。E1が降りたいと言ったところで降ろしてやれ。」あるいは「言うな,聞くな,手足になってやれ。」などと指示を受けていたことから,28日午後3時ころ,被告人C1が運転する車で,E1をT2に連れて行って買い物をさせた後,同人に言われるまま,D1宅すぐ近くのコンビニエンスストア付近まで走行し,そこでE1を車から降ろしたことは前記認定のとおりである。

前記コンビニエンスストアは,D1宅のすぐ近くであること,被告人B1は,同月20日に車を運転してD1宅に行き,28日には被告人C1を道案内するなど,同コンビニエンスストア付近に土地勘を有すること,被告人C1は,同月20日に被告人B1をD1宅まで案内するなど,やはり同所付近に土地勘を有することなどに照らせば,被告人B1及び同C1は,E1を車から降ろした際,そこがD1宅の近くであることを理解し,E1がD1宅を訪れるために降車したことを認識したと認められる。また,被告人B1及び同C1は,被告人A1から「E1が降りたいと言ったところで降ろしてやれ。」などと指示を受けていたのであるから,E1がD1宅を訪れるのは,被告人A1の指示によるものと認識したと認めるのが相当である。

イ 前記認定のとおり,被告人C1は,29日未明,被告人A1が持ち出したペティナイフの刃の部分に,前日E1にあげた地図が巻きつけられているのを認めるや,「それ私の地図。」などと驚いた声をあげながら,危険も顧みず,被告人A1からペティナイフを奪い取るなどしたものであって,このような被告人C1の過剰な反応に照らせば,同被告人は,ペティナイフが何らかの犯罪に使用される可能性のあることを認識したと認めるのが相当である。加えて,被告人C1は,E1が,地図をもらった後,D1宅を訪れようとしたことも認識していたのであるから,29日未明,ペティナイフを見た時点において,E1が,ペティナイフを持ってD1宅に向かったことに思い至るとともに,失踪中であるE1がペティナイフを持ってD1宅に向かう合理的な理由がない以上,E1が,D1殺害を企図しているのではないかとの可能性に思い至ったと認めるのが相当である。そして,被告人C1は,9月22日以降の一連の出来事が被告人A1の主導により行われていることや,同被告人がペティナイフを持ち出す前に,E1を責め立てているのを現認しているのであるから,E1が,被告人A1の指示の下に行動していること,被告人A1の目的がD1に掛けられた生命保険金の取得にあることに思い至ったと認められる。

しかし,他方,被告人C1が,同A1を思いつきで行動する人間だと考えていたことや,かつてE1から,被告人A1にB3建設のC3社長殺害を指示されたものの,できなかったと聞いていたこと,前記認定のとおり,被告人A1から,E1を北海道に戻す際,ドライアイスで同人を殺害するとか,その後もE1を睡眠薬で眠らせて戸外に放置し,自然死させるなどと聞かされたことがあったほか,9月22日以降の連続した事故は,いずれも自動車を使用したもので,刃物等の凶器を使用したものではないこと,E1は,28日にD1宅付近にまで赴きながら,結局はD1殺害には及んでいないことなどの事情を総合すると,被告人C1は,E1がD1殺害を企てているのではないかとの可能性に思い至ったとしても,事態を楽観視して,そのおそれはそれほど大きくはないと考えた可能性も否定することはできない。

ウ 他方,被告人B1は,被告人C1の前記発言を聞いて,ペティナイフに巻きつけられているのが同被告人の地図であることを理解したと認められる。しかし,そのことから,E1がD1殺害を企図しているのではないかとの可能性に思い至るには,前記説示のとおり,それまでに生起したいくつかの出来事を有機的に関連づけなければならないところ,被告人B1が,同C1の発言を聞いても,それに対し何らの反応も示していないことや,その直後,被告人A1が,E1に「B1を刺せ。」と言ったことから,E1に刺されるのではないかとの恐慌状態に陥り,冷静に考える心理的な余裕のない状況にあったことに照らすと,E1のD1殺害の意図を認識するまでには至らなかった可能性を否定できないし,少なくとも,その時点で,E1が29日にD1を殺害しようとしていることを認識したと認めるには合理的な疑いが残る。

(5)ア 以上(1)ないし(4)で認定説示したことを総合すると,被告人C1は,11月29日未明,ペティナイフを見た時点において,その可能性は大きくはないものの,E1が,被告人A1の指示の下に,D1の生命保険金を取得する目的で,同女を殺害しようとしているのではないかとの可能性に思い至ったことが認められる。そして,関係証拠によれば,その後,同被告人は,被告人A1はおろかE1に対しても,D1殺害を思いとどまるよう説得等を全く行っていないことが認められるから,同被告人は,前記時点より早い段階,例えば,E1をT2に連れて行く際には,D1殺害の可能性を認識していたのではないかとの疑念が一応生じる。

しかし,他方,被告人C1が,29日未明より早い段階で,被告人A1らのD1殺害の企図を察していなかったことを窺わせる次のような事情があることを指摘することができ,これらを総合勘案すると,被告人C1が,29日未明より早い段階で,被告人A1らのD1殺害の企図を察していたとするにはなお合理的な疑いが残るというべきである。

(ア) 被告人C1が,本件に関与する動機の中には,B2建設に対する380万円の貸金の回収を図るというものがあるが,これらの貸金の回収について,被告人C1が同A1と話し合ったような形跡は全くない。

また,被告人C1は,本件当時,2人の子供と被告人B1とともに,それなりに幸福な生活を送っていたと認められるところ,本件犯行に関与したことが発覚した場合,長期間の身柄拘束のほか,報道等により,子供たちにも多大な不利益を与えるおそれがあるなどのリスクが想定されるのに,これらについて,被告人C1が思いをめぐらした形跡もない。

(イ) 関係証拠によれば,被告人C1は,E1が北海道に戻った後も,11月27日夜,被告人A1から指示されてQ2での飲酒の準備をした際,被告人A1にねだって乾杯用の高級シャンパンを用意したり,翌28日には,引っ越しの準備を手伝ってくれたX2らを昼食に誘い,E1をT2に連れて行った際にも,車中で音楽CDを聴き,同店で朝食用のパンを購入したりしていることが認められる。

これら27日から28日の被告人C1の行動は,これから殺人という重大犯罪に関与しようとしている者として,余りに深刻さに欠けるといわなければならない。

(ウ) 前記認定のとおり,被告人C1は,本件当時,被告人B1と親密な関係になっていたのであるから,殺人という重大犯罪に関与し,自らの人生にも多大な影響を与えかねない局面においては,当然そのことの是非等について,同被告人と話し合うのが自然であると考えられるのに,両名がこの点について話し合った形跡は全くない。

イ 被告人B1については,同被告人が,29日未明の段階において,E1のD1殺害の意図を認識したとまで認めることはできないし,同日朝,被告人A1から指示されるまま,E1に覚せい剤を注射した際においても,それがD1殺害に資するものであると認識していたとするには合理的な疑いが残る。

4  被告人B1及び同C1の捜査段階における自白の信用性

(1) 被告人B1及び同C1は,捜査段階において,「A1がE1を北海道に連れ戻す目的が,生命保険金を取得するために,E1にD1を殺害させるためであると思った」(乙15,21,24)「(11月27日午後8時ころ)E1がD1の家の方から歩いてきているのを見て,もしかしたらD1を殺して帰ってきたのかもしれないと思った。」「27日夜,A1がE1を自然死させると言い出したとき,A1は,保険金をとるために,E1にD1を殺させる方法と,E1を殺す方法の2つを考えていると思った。」「28日にE1をT2に連れて行く際,同人がD1殺害のための凶器を買うつもりであることが分かっていた。」「(29日未明のA1とE1のやり取りを目撃して)A1が,E1にD1を殺害させるために追い込んでいると思った。」「(A1がE1にペティナイフを示して『これで刺せ』などと言って迫った際)A1が,E1にD1を殺させるために,とどめの意味できつく追い込んでいると思った。E1が自宅に帰らないと言ったことから,本気でD1を殺害するつもりだと思った。」「(29日朝)E1に覚せい剤を打ったらD1を殺害するために覚せい剤を打ったことになると思った。」(乙16)「A1が保険金目的でE1を指示してD1を殺害させようとしていると分かっていたが,A1の言いなりになって犯行に協力した。」「(27日D3に行く際)A1が『E1に行かせるから。』などと言ったことから,A1が,E1に指示して,D3から戻ってくるD1をどこかで待ち伏せ,殺害させるのだと分かった。」(乙21,24)「(28日朝,A1からE1を買い物に連れて行くように指示された際)前日の夜の話から,E1がD1殺しに使う刃物を買いに行くのだと分かり,事件に巻き込まれたくないと思い,一旦は断ったが,A1に押し切られた。」「E1は,ジャンパーと長靴を買いたいと話していたが,犯行に使う刃物を買うつもりだと分かっていた。」「E1が『D1さんちのS2のところの公園で降ろして。』と言うので,E1がこれからD1を殺しに行くと思った。事件に巻き込まれて逮捕されたくないとの気持ちで一杯になった。」「(29日未明のA1とE1のやり取りを目撃して)A1は,E1に具体的に何かやれとは言わなかったが,それまでの経緯から,D1殺害を実行しなければ,家族に危害を加えるとして,犯行を迫っていることが明らかだった。」「ペティナイフに地図が巻かれているのに気づき,これが証拠になって逮捕されると感じた。」(乙24)などと,それぞれ被告人A1の意図を知りながら,E1が凶器であるペティナイフを購入した際に,同人をT2に連れて行ったり,その後E1をD1宅付近まで連れて行ったりしたことや,被告人B1が,痛み止めのためにE1に覚せい剤を注射したことを認める供述をしている。

(2)  被告人B1及び同C1の捜査段階における自白は,一見すると,検察官が指摘するとおり,被告人A1とE1のやりとりを中心とした各人の言動,被告人B1が同A1とE1の意図を知るに至った経緯等について,具体的かつ詳細であるとともに,その内容が相互に符合し,前記E1供述とも整合する点が多い上,任意捜査の段階からD1殺害に協力したことを自認していることから,その信用性が高いかのようにも見受けられる。しかし,これを子細に検討すると,以下のとおり,その信用性を疑わせる事情が存在する。

ア  自白の根幹部分に関係証拠との整合性を欠く部分や,不自然,不合理な部分が存すること

被告人B1及び同C1の捜査段階における自白は,同被告人らが,被告人A1やE1の言動等から,被告人A1らの意図を推測して,被告人A1及びE1のD1殺害の意図を認識するに至り,自らも犯行に関与することを決意するという過程をたどっているが,被告人B1らが,同A1及びE1のD1殺害の意図を知る契機となった同被告人らの言動について,これが客観的な証拠や動かし難い事実によって裏付けられていないことを始めに指摘しなければならない。また,前記説示のとおり,9月22日の事故前に,「A1がE1に『マダムヤンを何とかすれ。マダムヤンを殺せ。事故というのはいつ起きるか分からない。ドーンとやっちゃえばすぐだ。ゴンとぶつかったら簡単だ。』などと指示しているのを聞いた」「A1が大声で怒鳴り散らしていたので,その声が事務所にいる者の耳に自然と入ってきました」旨の部分(被告人C1)や,11月27日夜,「A1がE1に『こったらハサミで人が刺し殺せるわけねーべや。家の周りに灯油を撒いて火つければいいべや。病院の行き帰りを狙えばいい。』などと指示しているのを聞いた」(被告人B1)「A1がE1に『こいつハサミでやるつもりだった。そんなもんでできんべや。』『もっとちゃんとしたものを用意しろ。』『やっぱり火をつけれ。』『おばあちゃんがいないときに刺せば簡単だ。一人のときがある。D1は病院に通っている。病院の行き帰りを狙えばいい。』などと話しているのを聞いた」(被告人C1)旨の部分は,それまでの被告人A1の言動や物言い等に照らして,不合理であるといわなければならない。

そのほか,被告人B1及び同C1の捜査段階における自白には,以下のような不合理な点が存在する。

(ア) 被告人B1及び同C1の捜査段階における自白を前提とすれば,被告人A1も,被告人B1及び同C1がD1殺害の意図を知っていると理解していたことになる。しかし,前記認定のとおり,被告人A1は,本件犯行後,同B1及びC1に対し,「俺は余計なことするなって言ったんだ。」などと,被告人B1及び同C1がD1殺害の意図を知らないことを前提にした発言をしているが,被告人A1が,同B1及び同C1に対し,敢えてこのような話をしなければならない理由を見いだし難いことに照らすと,この事実は,被告人B1及び同C1の前記自白と整合を欠くというべきである。

(イ) 被告人B1及び同C1の捜査段階における自白には,11月27日,車中から,E1が歩いているのを認めた際,「P2の方からではなく,D1の家の方角から歩いてきたから,もしかしたら,E1はD1を殺して帰ってきたのかもしれないと思った」(被告人B1)「免許センターの所でE1を見つけ,E1がD1の家の付近から戻ってくるところだと思った」(被告人C1)などという部分があるが,Q2に向かう途中のE1を認めたことから,直ちにD1の家からの帰りだと判断するのは,余りに飛躍があるといわなければならない。

(ウ) 被告人B1の自白中には,28日にE1をT2に連れて行く際,「E1が長靴とジャンパーが欲しいと言ってきたが,長靴とジャンパーならA1の物を使えばよいから,買い物の目的はD1殺害のためのナイフなどであると考えた」旨の部分があるが,長靴やジャンパーは人によってサイズが異なる上(自白の中では,被告人A1とE1のサイズが同じであるとは供述されていないし,本件証拠上サイズが同じであることを認めるに足りる証拠はない。),当時E1は,夏用の短靴と薄手のジャンパーしか持っていなかったのであるから,これらを買い求めたいと考えることはごく自然であることなどに照らすと,前記自白は,不自然といわなければならない。

また,被告人B1の自白には,E1が,T2で買い物をした後の車中で,被告人C1に地図をもらおうとした目的について,「地図で場所を確認する必要がないから,T2で買った包丁やナイフをくるむか何かしていると思った。」との部分があるが,購入したばかりの刃物はケースに包まれているのが通常で,当時,被告人B1は,E1がペティナイフのケースを捨てたことを知らなかったのであるから,不自然というほかない。

(エ) 被告人C1の自白には,27日D3に行く際,「A1が『E1に行かせるから。』などと言ったことから,A1が,E1に指示して,D3から戻ってくるD1をどこかで待ち伏せ,殺害させるのだと分かった」旨の部分があるが,本件証拠上,被告人A1が,E1に対し,自ら又は被告人C1らを介して,D3に向かうように指示したことを窺わせる証拠は全くないから,被告人C1の前記自白は不合理というべきである。

イ  被告人B1及び同C1の心理状態に関する供述に迫真性がないこと

被告人B1及び同C1の捜査段階における自白は,被告人A1及びE1のD1殺害の意図を認識しながら,これに協力するに至った心理過程に関し迫真性に欠けるといわなければならない。

すなわち,被告人B1及び同C1は,ごく普通の社会生活を送っていたもので,目的のためには,殺人さえいとわないような冷徹な性格の持ち主であるとは考え難いところ(なお,被告人B1及び同C1は,被告人A1がE1を殺害する旨の話を聞きながら,同人に北海道に戻るようにとの被告人A1の指示を伝えているが,その方法は,いわば現実離れしたものであったし,11月27日夜,被告人A1から指示されるまま,E1の飲物に睡眠剤を入れたものであるが,その量は同被告人から指示された量より遙かに少なく,その後E1殺害のための実行行為に及ぼうとした形跡はない。),このような人間にとって,殺人という重大犯罪に関与することは,心理的に極めて強い抵抗を感じるとともに,関与が発覚した場合,自身だけでなく,家族が,社会的,経済的に多大な不利益を受けることは容易に推測できることに照らせば,関与することを決意するまでには,種々の利益,不利益を総合的に考慮し,逡巡したり,思い悩むのが通常であると考えられる。しかし,被告人B1及び同C1の捜査段階における自白は,被告人A1の意図を理解し,これに協力した過程については詳細に供述されているものの,犯行に協力すべきか否か逡巡したり思い悩んだりしたことや,それにもかかわらず最終的には協力することを決意するに至った心理的な過程が全くといっていいほど供述されておらず,いわば傍観者のような態度で,冷静かつ淡々と犯行への協力を決意しているのであって,殺人という重大犯罪に協力する人間の心理経過としては余りに迫真性に欠けるといわなければならない。また,被告人B1及び同C1は,平成12年11月初旬ころからは親密な関係にあったものであるから,被告人A1らのD1殺害の意図を認識し,これへの協力を求められていたのであれば,今後の生活にとって大きな障害となる殺人という犯罪行為に協力すべきか,もし殺人への関与が捜査機関に発覚して逮捕された場合,被告人C1の2人の子供はどうなるのかなどについて,当然2人の間で会話がなされているはずであると考えられるのに,被告人B1及び同C1の自白には,これらのことに関する会話が全く述べられていない。

例えば,被告人B1及び同C1の捜査段階の自白は,被告人A1から,11月24日にE1を函館まで戻すように指示された時点で,同被告人がE1を連れ戻す本当の目的が,E1にD1を殺害させるためだと認識したとされているが,それにもかかわらず,被告人A1の指示を受けて,E1への連絡を実行するに至った心理的過程は全く示されていない。また,被告人A1から,28日午前中にE1を買い物に連れて行くよう指示された際に,同被告人が,E1にD1殺害に使用するためのナイフ等の凶器を購入させようとしているのだと認識したとされているが,それにもかかわらず,被告人A1の指示に従った理由として,被告人B1については,「C1が『わかりました。』と答えたから,C1に捨てられるのは絶対いやだと思って指示に従うことにした。」と一応の理由らしいものが示されているものの,被告人C1に関しては,「A1に押し切られた。」と供述するだけで,協力を決意するに至った心理過程が全く示されていない上,その後,この点について,両被告人が話をしたことを窺わせる供述はまったくなされていない。さらに,被告人B1及び同C1の捜査段階の自白では,E1から,ペティナイフを購入後,fのS2で降ろしてくれと言われた時点で,E1が,D1を殺害しに行くのだと認識したとされているが,その際の心情として,被告人C1が「E1がこれからD1を殺しに行くのかと思い,……頭の中は事件に巻き込まれて逮捕されたくないという気持ちで一杯であった」旨供述していることを除いて,両被告人とも,E1に協力した際の心理過程を全く供述していない。このほか,被告人B1及び同C1の捜査段階の自白は,29日未明,被告人A1が,E1をD1殺害に仕向けるために,同人を責め立て,追い込んでいる状況を目撃しながら,その際の自らの心情等について供述されていないばかりでなく,被告人B1については,29日朝,被告人A1から,E1に覚せい剤を注射するように指示された際,E1のD1殺害に協力することになると認識しながら,注射した理由について,「今更断れなかった。」などと供述するだけで,その際の心情や心理的な葛藤については全く触れられていない。

このように,被告人B1及び同C1の捜査段階における自白には,殺人に協力する人間の心理経過として余りに迫真性が欠けるといわなければならない。

ウ  被告人B1及び同C1の供述経緯には取調官の誘導を疑わせる事情があること

被告人B1の捜査段階における供述を通観すると,逮捕前の任意捜査の段階で,「本件犯行は,A1が,D1に掛けられた生命保険金を取得する目的で,E1に指示して起こしたもので,11月28日,E1から『D1さんちのS2のところで降ろしてくれ。』と言われた際に,E1がD1を殺害するつもりであると直感した。E1がD1を狙っていることを知ったのは,このときが初めてである。」と本件犯行への関与を認めていたが,逮捕後の警察官による弁解録取の段階で,「D1を殺して保険金を受け取ろうとしていたことは知らなかった。」などと,犯行への関与を否認する供述に至った後,再び「E1をS2で降ろしたときにD1を殺害するつもりであることが分かった」旨逮捕前の供述に戻った上,その後「A1が,11月24日にE1を北海道に戻した目的の1つに,E1にD1を殺させることがあることは分かっていた。」「28日にE1をT2に連れて行く際,同人がD1殺害のための凶器を買うつもりであることが分かっていた。」などと,被告人A1らの意図に気づいた時点を遡らせる供述に変更している。また,被告人C1の捜査段階における供述も,逮捕前の任意捜査の段階で,「本件犯行は,A1が,D1に掛けられた生命保険金を取得する目的で,E1を脅したり,怒鳴ったりしてE1に殺させたもので,自分もB1も被告人A1の指示でこれを手伝った。」「11月28日,E1から『fのS2のところで降ろしてくれ。』と言われた際に,D1の家の近くであったことから,ふとE1がD1に危害を加える,殺すのではないかと不安がよぎった。」などと供述していたが,逮捕後の警察官による弁解録取の段階では,「E1が本当にD1を殺すとは思わなかった」旨弁解して,その認識を否認する供述に至った後,さらに「9月22日の事故前から,A1が,E1に『マダムヤンを何とかしろ。マダムヤンを殺せ。』などと指示しているのを聞いていたことなどから,9月22日の事故が故意のものだと分かった」「A1が,11月24日にE1を北海道に戻した目的が,E1にD1を殺させるためだと思った。」「11月28日にE1をT2に連れて行く際,同人がD1殺害のための刃物を買うつもりであると思っていた」旨,被告人A1らの意図に気づいていたことを認めるに至っている。

ところで,被告人B1及び同C1が,このように供述を変遷させた理由は,「自分の処罰を免れ,C1をかばうために嘘をついてきたが,……本当のことを話す決意をした。」(被告人B1)とか「嘘をついてきたのは,2人の子供のため少しでも処罰が軽くなるようにしたかったのと,恋人であるB1のことを話さないと決めていたからである。」(被告人C1)と抽象的に述べるにとどまり,取り分け両被告人の刑責の存否を判断する上で重要な,被告人A1らの意図に気づいた時点に関する供述を,前記のとおり変更するに至った具体的な理由が供述されていない。前記説示のとおり,被告人B1及び同C1の捜査段階における自白には,その内容がおおむね符合しているのにもかかわらず,不自然不合理な部分や関係証拠との整合性を欠く部分が存することのほか,被告人B1及び同C1の自白が,いずれも被告人A1らの意図に気づいた時点について,11月28日にE1を車から降ろした時点から同月24日に同人を北海道に戻すように指示された時点に変遷させているという供述経緯等を併せ勘案すると,被告人B1及び同C1の自白は,捜査官からの誘導によって得られたとの疑いを払拭することができない。

(3)  以上説示したとおり,被告人B1及び同C1の捜査段階における自白は,その信用性に重大な疑いを抱かせる事情が存在するから,これをそのまま信用することはできない。

5  まとめ

以上説示したところによれば,被告人B1及び同C1は,11月28日,E1がD1殺害に使用するペティナイフを購入する際,同人をT2まで連れて行き,その後E1をD1宅付近まで連れて行ったこと,被告人B1が,同日夜及び翌29日朝の2回にわたってE1の身体の痛みを取る目的で同人に覚せい剤を注射したことが認められるが,被告人B1及び同C1が,いずれもこれらの行為を行った時点において,被告人A1とE1のD1殺害の意図を認識していたと認めるにはなお合理的な疑いが残り,他にこれを認めるに足りる的確な証拠もない。

したがって,被告人B1及び同C1について,いずれもD1殺害に関し,共同正犯あるいは幇助犯が成立することはないというべきである。

第3  結論

以上の次第で,被告人B1及び同C1に対する本件公訴事実は,いずれも犯罪の証明がないことに帰するから,刑事訴訟法336条により,両被告人に対し,いずれも無罪の言渡しをすることとする。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・小池勝雅,裁判官・中桐圭一,裁判官・辻和義)

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