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札幌地方裁判所 平成13年(ワ)1148号 判決 2002年2月28日

札幌市<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

佐藤義雄

名古屋市<以下省略>

被告

グローバリー株式会社

同代表者代表取締役

熊本市<以下省略>

被告

Y1

被告両名訴訟代理人弁護士

弘中惇一郎

加城千波

西岡弘之

主文

1  被告らは,原告に対し,連帯して288万3246円及びこれに対する平成13年6月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを2分し,その1を被告らの連帯負担とし,その余を原告の負担とする。

4  この判決は,1項及び3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,連帯して574万1992円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年6月12日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,商品取引員である被告グローバリー株式会社(以下「被告会社」という。)に委託して行った商品先物取引において損失を被ったところ,同取引に際し,被告Y1(以下「被告Y1」という。)を含む被告会社の従業員らが詐術,脅迫,仕切りの拒絶等を行い,被告会社には委託契約上の義務違反があったとして,被告Y1に対しては不法行為に基づき,被告会社に対しては使用者責任又は債務不履行に基づき,同取引による損失額等の損害賠償を請求する事案である。

第3争いのない事実等

1  被告会社は,商品先物取引の受託業務を行う会社であり,被告Y1は,被告会社の従業員である〔争いがない。〕。

2  原告は,商品先物取引等の投機的取引の経験はなかったが,平成13年3月10日,被告会社の従業員であるB(以下「B」という。)からゴムの先物取引の勧誘を受け,翌日に面談すること及び先物取引の資金として50万円を預託することを約した〔甲2の1項,原告本人1ページ以下〕。

3  平成13年3月11日,原告は,B及びその上司であるC(以下「C」という。)と面談し,被告会社との間で商品先物取引委託契約を締結するとともに,54万円を預託すればゴム12枚の取引ができると言われ,同月12日,同額の預託をした〔甲1,甲2の2項,乙2ないし5,原告本人3ページ以下〕。そして,同月14日,ゴム12枚の買建がされた〔乙7,乙8の1〕。

4  平成13年3月29日,原告は,Bからの連絡を受けた〔甲2の4項,原告本人7ページ以下〕。そして,同日,ゴム12枚の仕切り及びガソリン6枚の売建がされた〔乙7,乙8の2〕。

なお,同日,ゴム12枚の先物取引の差引利益10万8588円が原告の預託金に振り替えられた〔甲1,乙7〕。

5  平成13年4月4日,原告は,被告の従業員であるD(以下「D」という。)からの追い証にかかりそうである旨の連絡を受け〔甲2の5項,乙13の2項(1),D証人1ページ以下〕,被告会社に94万5000円の預託をした〔甲1〕。そして,翌5日,灯油6枚の買建がされた〔乙7,乙8の3〕。

6  平成13年4月11日,原告は,Dから灯油を仕切ってガソリンのナンピンをかけることを勧誘する旨の連絡を受けた〔甲2の6項,D証人6ページ以下,原告本人12ページ以下〕。そして,同日,灯油6枚の仕切り及びガソリン11枚の売建がされた〔乙7,乙8の4〕。

なお,同日,灯油6枚の先物取引の差引利益21万6120円のうち19万1412円が原告の預託金に振り替えられた〔甲1,乙7〕

7  平成13年4月19日,原告は,被告Y1から追い証がかかっている旨の連絡を受け〔甲2の7項,乙12の2項(1),原告本人13ページ以下,被告Y1本人12ページ以下〕,翌20日に被告会社に218万1000円の預託をした〔甲1〕。そして,同日,灯油8枚の売建がされた〔乙7,乙8の6〕。

なお,同月19日,灯油6枚の先物取引の差引利益の残金2万4708円が原告の預託金に振り替えられた〔甲1,乙7〕。

8  平成13年4月25日,原告は,被告Y1から灯油からブロイラーに切り替えることを勧誘する旨の連絡を受けた〔甲2の8項,乙12の2項(2),原告本人15ページ〕。そして,同日,灯油8枚の仕切り及びブロイラー67枚の売建がされた〔乙7,乙8の5〕。

なお,同日,灯油8枚の差引利益50万4160円が原告の預託金に振り替えられた〔甲1,乙7〕。

9  平成13年4月26日,原告は,被告Y1からの連絡を受け〔甲2の8項,乙12の2項(3),被告Y1本人21ページ以下〕,翌27日に被告会社に130万円の預託をした〔甲1〕。

10  平成13年5月1日,原告は,Dから資金が不足している旨の連絡を受け〔甲2の9項,乙13の2項(3),D証人6ページ以下,原告本人17ページ以下〕,被告会社に対し100万円の預託をした〔甲1〕。そして,同日,ガソリン17枚の仕切り及び綿糸45枚の買建がされた〔乙7,乙8の8〕。

11  平成13年5月8日,ブロイラー7枚の仕切りがされた〔乙7,乙8の7〕

12  平成13年5月10日すぎころ,原告は,消費者センターで本件取引について相談をし,次いで原告代理人に相談をした〔原告本人24ページ,42ページ以下〕。

13  平成13年5月14日,ブロイラー20枚の仕切りがされた〔乙7,乙8の9〕。

14  平成13年5月15日,原告は,被告会社に対し3万円の預託をした〔甲1〕。また,同日,原告代理人が被告会社に対し本件取引を終了する旨の申入れをし,ブロイラー40枚及び綿糸45枚の仕切りがされた〔甲2の12項,乙7,乙8の10,乙12の2項(7),原告本人24ページ〕。そして,原告は被告会社から74万9508円の返還を受けた〔争いがない。〕。

第4争点

1  不法行為又は債務不履行の成否

(1)  原告の主張

ア 詐術,脅迫及び仕切りの拒絶

以下の各事実により,被告会社の従業員らには不法行為が,被告会社には使用者責任又は債務不履行が成立する。

(ア)争いのない事実等2の際,Bは,原告に対し,①断られても1時間にわたりゴムの先物取引の勧誘を続け,②「例年の動きからみても,今が底値でありまして,様々な要因というか,これ以上下がる要因もなく,これから上がる見込みなので,車購入の資金の足しにしてくれ」と利益ばかりを強調する発言をし,③「1,2週間程度で,金額的にも5円程度の上昇で」先物取引を終了する旨の約束をした。

(イ)争いのない事実等3の際,B及びCは,原告に対し,54万円を預託するように執拗に勧誘し,原告は根負けしてこれに応じた。

(ウ)争いのない事実等4の際,Bは,原告が先物取引を終了する旨の申出をしたにもかかわらず,「ガソリンは今が底値だ。」などと言ってガソリンの先物取引を勧誘し,原告は断りきれずにこれに応じた。

(エ)争いのない事実等5の際,Dは,原告に対し,94万5000円の預託を求め,原告が仕切りの申出をしたところ,今終了すると百何十万円必要になる旨の発言をした。そこで,原告は,94万5000円は必ず戻ってくると理解して,被告会社に対し同額の預託をした。

(オ)争いのない事実等7の際,被告Y1は,原告に対し,300万円の預託を求め,預託しなければこれまで出した資金が全部戻らなくなる旨の脅迫をした。

(カ)争いのない事実等8の際,被告Y1は,原告に対し,「ブロイラーは変動が少ないので,これを買うと必ず儲かる。」との断定的判断の提供をし,130万円の預託を求め,原告が仕切りの申出をすると,それ以上の資金が必要になる旨の脅迫をした。

(キ)平成13年4月27日,原告は仕切りの申出をしたが,被告Y1はこれを拒絶した。

(ク)争いのない事実等10の際,Dは,原告に対し,100万円の預託を求め,預託しなければさらに損害が大きくなる旨の脅迫をし,また,原告は本件取引を終了したい旨の申出をしたが,Dは取り合わなかった。

(ケ)争いのない事実等11以降,Dは,原告から何度も仕切りの申出を受けたが,これを無視した。

イ 取引の差引利益の返還の懈怠

商品先物取引において差引利益が生じた場合には,速やかに顧客に返還されるべきであるにもかかわらず,被告会社の従業員らは,本件取引において生じた差引利益を原告に返還しなかった。

ウ 説明義務違反等

商品取引員の外務員は,顧客に対し,損益等について十分に説明した上で本件取引を継続するか終了するかについて判断をさせるべき義務があるのに,被告会社の従業員らは,原告に対し,十分な説明をせず,本件取引を継続するか終了するかについて判断をさせなかった。

また,被告会社の従業員らは,原告の年収等を知りながら,原告に商品先物取引のため損失を覚悟できる資金余力について確認をすることなく,漫然と原告をして資金力に見合わない本件取引を行わしめた。

(2)  被告らの主張

ア 詐術,脅迫及び取引終了の申出の拒絶について

(ア)詐術について

被告会社の従業員らが,原告に対し,断定的判断の提供等の詐術を行った事実はない。

原告は被告会社の従業員らのセールストークを真に受けたわけではなく,また,原告が,必ず利益が得られるとか,預託金は必ず戻ってくると考えたとしても,楽天的な思い込みにすぎない。

(イ)脅迫について

原告は,「今仕切るとお金が戻ってきませんよ」という趣旨の発言を受けたことをもって脅迫と主張しているものであるが,そうした発言は脅迫と評価できるものではない。

原告は,被告会社の従業員らからの勧誘を受け,自主的に本件取引を行ったものである。

(ウ)仕切りの拒絶について

原告の主張ア(エ)及び(キ)の際に,仕切りの申出を受けた事実はない。

顧客から仕切注文があった場合に,商品取引員がその注文を受けないとか,執行しないということは許されないが,顧客から漠然と仕切りたい旨の申出があった場合に,市況や取引の経過等に照らして助言をすることは別問題であり,顧客からの仕切りの申出が不適当と判断される場合には,助言をすることが商品取引員の義務である。

本件取引において,原告から仕切りたい旨の申出を受けた際には,被告会社の従業員らは直ちに仕切った場合に損失が生じることなどを説明し,これを受けて原告は追加の資金の預託に応じるなど他の方策を選択しているものであり,このことは,原告が取引終了の申出をしたと主張する時期以降も,平成13年5月15日の3万円の預託まで本件取引及び資金の預託を繰り返し継続していることからも明らかである。

平成13年5月8日には,原告から仕切りの申出があったが,Dから少しずつ仕切った方が有利である旨の説明を受け,原告はこれを了承した。

イ 取引の差引利益の返還の懈怠について

商品先物取引において差引利益が生じた場合であっても,顧客から返還の請求がない限りは,差引利益の返還を要しない。

ウ 説明義務違反等について

被告会社の従業員らは,原告に対し,損益の状況を伝え,対処方法として幾つかの選択肢を示して原告に選択させるなどしていたものであり,本件取引は,原告の自主的な判断によるものである。

また,資金余力の把握については,他人の懐具合を探り当てることは容易でなく,顧客が商品取引員の外務員に対し自己の資産内容を正直に申告することは期待し難く,一部のみを開示するのが通常であり,信頼関係が築かれるに従って徐々に顧客の資産内容の把握が可能になるのであるから,商品取引員の外務員が顧客の資金余力を把握した上で取引を勧誘すべきであるとの立論は,現実的ではない。

2  過失相殺

(1)  原告の主張

先物取引被害の防止の観点から,本件において過失相殺をしたり,原告に大きな過失の割合を認めることは相当でない。

(2)  被告らの主張

被告らに何らかの損害賠償責任があるとしても,被告は委託のガイド〔乙1の1,2〕を熟読し,先物取引の仕組を理解することを怠ったり,自己の資金力に見合わない金額を先物取引に投入したりするなど過失が認められるから,9割以上の過失相殺がされるべきである。

第5争点に対する判断

1  争点1(不法行為又は債務不履行の成否)について

(1)  誠実公正義務違反について

ア 争いのない事実等3ないし11,13及び14のとおり,被告会社の従業員らは,原告に対し,次々と本件取引の勧誘をし,その資金や追い証のために原告の年収600万ないし700万円にほぼ匹敵する金額を本件取引に投入させることにより,原告に資金がまったくなくなるまでの重大な財産的損害を生ぜしめており〔原告本人39ページ〕,本件取引は原告の資金余力に照らし過剰なものであったところ,被告会社の従業員らは,本件取引の勧誘に際し,原告の資金余力について何らの考慮を払っていなかったものであり〔被告Y1本人26ページ以下,D24ページ以下〕,そのような勧誘行為は,商品取引員の使用人に課されている誠実公正義務(商品取引所法136条の17)に違反するものであり,過失による違法行為に当たるということができる。

すると,本件取引の勧誘は,民事上の不法行為を構成し,被告会社の従業員らは,それぞれ原告に対する損害賠償責任を免れないというべきである。

イ なお,この点について,被告らは,争点1(2)ウのとおり,顧客が商品取引員に対し自己の資産内容を正直に申告することは期待し難く,一部のみを開示するのが通常であり,信頼関係が築かれるに従って徐々に顧客の資産内容の把握が可能になる旨の主張をする。しかし,商品先物取引の投機性,危険性に鑑みれば〔乙1の1の2ページ(2),4ページ枠内〕,商品取引員又はその外務員としては,顧客の資産内容が把握しきれない場合には,抑制的な限度で取引の勧誘をすることで満足すべきであり(信頼関係が築かれるまでは,顧客の申告による資金余力を基準として取引の勧誘をし,信頼関係が築かれるに従って顧客に更なる資金余力がある旨が判明した場合には,当該資金余力を基準として取引の勧誘をすることが望ましい。),商品取引員又はその外務員が顧客の資金余力に何らの考慮を払わないで取引の勧誘をすることが正当化されるということにはならない。

また,被告らは,商品取引員又はその外務員が顧客の資金余力を把握した上で取引の勧誘をすべきであるとの立論を現実的でないとする被告らの主張は,結局のところ,顧客の資金余力に何らの考慮を払わないで取引の勧誘をすることを正当化しようとするものであって,過剰な取引の勧誘により顧客の保護に反する結果を招来しかねないものであるから(日本商品先物取引協会の自主規制規則は,委託者保護に反する行為を禁止している〔乙1の1の26ページ⑱〕。),採用することはできない。

ウ なお,本件取引の勧誘について,これに関与した被告会社の従業員ら相互間には関連共同性が認められるから,これに関与した被告Y1は,共同不法行為責任として,各自が損害の全体について責任を負う。

エ また,被告Y1は,被告会社の被用者に当たり,本件取引の勧誘は,被告会社の業務の執行について行われたものであるから〔弁論の全趣旨〕,被告会社は,被告Y1の共同不法行為責任について使用者責任を免れない。

(2)  以上のとおり,(1)によって,被告らに不法行為による損害賠償責任があることは明らかであるから,争点1のうちその余の点については,判断を要しない。

2  争点2(過失相殺)について

(1)  原告は,商品先物取引が損失を生じるおそれのあることは認識していたのであるから〔原告本人38ページ〕,被告会社の従業員らによる本件取引の勧誘に対し,自己の判断に基づいて毅然とした態度をとり,自己の欲しないような多額の資金を本件取引に投入しないようにするといった対応をとることも可能であったはずであるにもかかわらず(社会人としてはむしろそのような対応が期待されているというべきである。),勧誘に根負けして,迎合的な態度をとり〔原告本人32ページ以下〕,あるいは損失を取り返したいという気持ちから〔原告本人33ページ以下〕,結局は勧誘されるままに本件取引を継続し,自己の資金余力に照らして過剰な資金を本件取引に投入してしまったものであるから,本件取引による損失の発生について,責任の一端があるといわざるを得ない。

このように,本件取引による損失の発生については,1(1)アで述べた過失のみならず,原告の過失もが競合しているということができるから,民法722条2項により過失相殺を行うことが相当である。

(2)  そして,原告の教育水準,社会的立場,本件取引の経過(原告が本件取引を終了する意思を固めて仕切りの申出をするようになったのは平成13年5月1日の前ころであると認められるところ〔原告本人39ページ〕,本件取引の大半はそれ以前に行われている。なお,それ以前に原告が仕切りの申出をした事実があったとしても,その後も本件取引や資金の預託が繰り返されていた経過に照らし,そうした申出は被告会社の従業員らによる説明又は説得を受けてその都度撤回されていたと認められる。)や,被告会社らの従業員らによる勧誘について,約1時間にもわたる勧誘や〔甲2の1項,原告本人3ページ〕,職場に電話をかけるなど迷惑を覚えさせる方法によるものがあったこと〔甲2の4項,乙1の1の25ページ⑩〕,(1)で述べた原告の過失のうち勧誘に根負けあるいは迎合したとの点は,被告会社の従業員らの執拗な勧誘によって引き起こされたということができることなどを考慮すると,被告らの過失割合は,5割と評価することが相当である(判例タイムズ1070号95ページ下段イ参照)。

3  まとめ

(1)  本件取引による損害額

ア 原告が本件取引によって被った損失額は,争いのない事実等3の54万円,同5の94万5000円,同7の218万1000円,同9の130万円,同10の100万円及び同14の3万円の合計599万6000円から同14の返還額74万9508円を控除した524万6492円であると認められる。

イ そして,これに2(2)で述べた被告らの過失割合5割を乗じると,262万3246円となる。

(2)  弁護士費用

原告は,原告代理人に本件訴訟の提起を依頼し,弁護士費用の支払を約した事実が認められるところ〔弁論の全趣旨〕,(1)の損害額について請求を実現するための弁護士費用としては,26万円が相当である。

なお,不法行為に基づく弁護士費用の損害賠償債務についても,不法行為の時に発生し,遅滞に陥ると解される(最高裁判所昭和58年9月6日判決・民集37巻7号901ページ)。

(裁判官 岩松浩之)

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