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札幌地方裁判所 平成13年(人)5号 判決 2001年12月20日

主文

1  請求者の請求を棄却する。

2  被拘束者を拘束者に引き渡す。

3  本件手続費用は、請求者の負担とする。

事実及び理由

第1申立て

1  被拘束者を釈放し、請求者に引き渡す。

2  本件手続費用は、拘束者の負担とする。

第2事案の概要

本件は、夫が別居中の妻との間の子を監護養育していたところ、家庭裁判所における調停手続中に、妻と子の面接交渉を認める合意が夫婦間に成立し、その合意に基づいて子と面接交渉をした妻が、そのまま子を連れ帰り監護養育を続けているため、夫が妻に対し人身保護法に基づき子の引渡しを求める事件である。

1  前提となる事実(疎明資料等により容易に認められる。)

(1)  請求者と拘束者は、平成8年9月5日に婚姻の届出をした夫婦であり、被拘束者A(平成10年8月20日生)は、請求者と拘束者との間に生まれた子である。

(2)  請求者は、平成13年2月25日から4月11日まで、請求者の肩書住所地においてAを監護養育していた。

(3)  拘束者は、平成13年4月11日から7月下旬まで札幌市a区bc条d丁目e番f号B方において、8月から現在まで拘束者の肩書住所地において、Aを監護養育している(以下、この監護養育状態を「本件拘束」という。)。

2  争点

(1)  本件拘束が人身保護規則4条本文で規定されている「権限なしにされていることが顕著である」という要件(顕著な違法性)に該当するか否か。

(請求者の主張)

本件拘束は、請求者と拘束者が、家庭裁判所における調停手続中に、請求者の了解を得ることを条件として、拘束者がAと面接交渉を行うことを合意したところ、拘束者が、面接交渉の際に、Aを連れ帰ったものである。このように、拘束者が、調停手続の進行過程で協議形成された合意に違反して子を奪ったのであるから、それだけで拘束が権限なしにされていることが顕著であると認められる。

調停の合意に違反して子を奪った人身保護請求事件の判例として、最高裁判所平成6年(オ)第761号同年7月8日第二小法廷判決・家月47巻5号43頁と最高裁判所平成11年(オ)第133号同年4月26日第一小法廷判決・家月51巻10号109頁がある。これらの判例は、裁判所が関与した合意に違反したという手続違反そのものから拘束の顕著な違法性を認めていて、奪取した際の行為態様は特に問題としていないか、違法性判断の補強材料として用いているに過ぎない。

本件においては、拘束者がAを奪取した行為そのものにも強度の違法性が認められることは明白であり、顕著な違法性を補強する。よって、本件拘束は顕著な違法性の要件に該当する。

(拘束者の主張)

夫婦の一方から他方に対する人身保護法に基づく幼児引渡請求において、拘束が「権限なしにされていることが顕著である」というためには、子の幸福に反することが明白であることを要する。

請求者が挙げる判例が、子の幸福に反することの明白性に触れることなく拘束手段の違法性のみに着目して判断したのは、その事案が、拘束者の拘束に至る手続違反の程度が極めて重大で、もはや拘束者の監護が親権に基づく適法なものとは推定できなくなったためであり、拘束者の拘束を、非監護者の拘束と同視して考え、監護権者から非監護権者に対する請求の場合に準じた解決を図ったのである。子の幸福に反することの明白性という観点を捨象して拘束に顕著な違法性があるか否かを判断できるのは、拘束に至る手続に、拘束者の監護が親権に基づく適法なものであるという推定を打ち破るほどの重大な違法がある場合に限られる。

本件拘束は、請求者の挙げる判例の事案と、拘束に至る手続の違法性の程度に大きな隔たりがある。請求者が本件拘束までAを監護することになった経緯、その間の面接交渉の状況、拘束者がAを連れ帰った際の具体的状況等からすれば、拘束者の監護が親権に基づく適法なものであるという推定を打ち破るほどの重大な違法があるとは到底いえない。

そうすると、本件拘束が「権限なしにされていることが顕著である」というためには、子の福祉に反することが明白であることが必要であるが、本件拘束について、拘束者の監護能力、家庭環境、監護状況、Aに対する愛情のすべてを見ても、子の幸福に反することが明白であるとはいえない。かえって、請求者がAを監護すれば、心に深い傷を残し、心因性の皮膚炎を悪化させるなど、Aの身体精神に重大な影響を与え、子の福祉に反する状況が生じることが明白である。したがって、本件拘束は顕著な違法性の要件に該当しない。

(2)  人身保護規則4条ただし書で規定されている「他に救済の目的を達するのに適当な方法がある」か否か、これがある場合には、「その方法によって相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白」であるか否か(補充性の要件)。

(拘束者の主張)

人身保護法に基づく保護請求は、審判前の保全処分による救済を待つ暇がある場合には補充性の要件を満たさず、認められない。請求者は、本件請求に先立ち、子の引渡審判及び審判前の保全処分を申し立てていて、その申立てに対する審判の後に本件請求をしているから、請求者には、審判や審判前の保全処分による救済を待つだけの暇があった。したがって、本件請求は補充性の要件を満たすとは言い難い。

(請求者の主張)

争う。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(本件拘束が権限なしにされていることが顕著であるか否か)について

(1)  前記前提となる事実に、疎明資料(疎甲2の1ないし6、8及び9、3の1及び5、4、5の1及び2、8、疎乙3。その他の疎明資料により認めた場合には、各項末尾にその疎明資料を記載した。)及び審問の全趣旨を併せると、以下の事実が認められる(平成13年中の事実については、年の記載を省略する。)。

ア 拘束者は、2月24日の夜、Aが就寝時間に布団の上に水をこぼしたことに対して、感情的になって叱った。請求者は、拘束者のその様子を見て、以前から拘束者のAに対する言動が虐待的で問題があると考えていたこともあり、家から出ていってもらおうと考え、抵抗する拘束者を力ずくで自宅から追い出した。ただし、請求者は、別居を考えていたわけではなく、しばらくの間、拘束者にAに対する養育態度を考えてもらうつもりだった。

イ 拘束者は、翌日の2月25日の夕方、電話で、請求者に対し、Aを請求者に預けてもいいから、離婚したいと言った。

請求者は、拘束者に対し、自分がAを育てることにして本当によいのかを確認すると、それでいいと言われたので、拘束者の離婚の申出を了解することにした。

以降、拘束者は実家(以下「C宅」という。)で拘束者の両親と生活することにし、請求者は、Aを連れて実家(以下「D宅」という。)に戻り、D宅でAを育てることにした。その後4月11日まで、Aの監護養育は、請求者と請求者の母であるEが行った。

ウ 拘束者は、3月5日、札幌家庭裁判所に対し、請求者を相手方として、夫婦関係調整の調停を申し立てた(同裁判所平成13年(家イ)第438号事件)。

エ その後第1回調停期日までの間の3月中旬に、拘束者の父であるBが、請求者に対し、これからD宅を訪ねるという電話をしてきて、請求者が断っても聞き入れないため、結局、拘束者と拘束者の両親と請求者とAがレストランで会った。そのとき、拘束者の母であるFがAを連れ帰ると言って大騒ぎになり、請求者はなんとかAを連れ帰った。請求者は、今後何が起こるか分からないと思い、g駅前交番に相談しに行って、警察官から何かあったら電話するようにと言われた。

オ 3月27日の第1回調停期日で、親権者の指定について、請求者と拘束者の主張が対立した。

その期日で、請求者は、調停委員から、拘束者とAとの面接交渉を認めるようにすすめられ、請求者自身は話合いが終わるまで認めたくなかったが、調停委員の説得により、請求者と拘束者との間で、面接交渉を行う際には請求者の了解を得ることを条件として、拘束者とAとの面接交渉に応じることを合意した。

拘束者は、4月1日、同月7日に、請求者の了解を得て、Aと面接交渉をした。拘束者はAを帰す時間に遅れたが、それ以外に特に問題はなく、Aは請求者のところに帰った。

カ 拘束者は、4月10日、勤務中の請求者に対して、電話で、翌11日にAと会いたいと申し出た。

請求者は、翌11日は都合が悪いので後日にして欲しいと言ったが、拘束者も譲らなかったため、その電話では話がつかず、請求者は勤務中だったこともあり、翌日また電話するように伝えた。

キ 拘束者は、4月11日、拘束者の両親とともに、請求者との離婚問題の解決を弁護士に依頼することを考え、弁護士事務所に相談に行った。

拘束者は、弁護士事務所からの帰宅途中にD宅があり、Aに会いたいと思い、午前11時ころ、D宅の付近から、勤務中の請求者に対して、電話で、これからAに会いに行く、拘束者の都合なんか関係ない、すでにD宅に着いた等と一方的に告げた。

請求者は、D宅に電話をして、Aと一緒にいたEに対し、拘束者が家の前にいるようなので外に出ないように指示するとともに、すぐに勤務先から自宅に戻った。

拘束者とFは、D宅の玄関の呼び鈴を鳴らしても応答がないため、玄関前で、大きな声でAを呼び続けた。Eは、玄関を開けて、拘束者とFに対し、請求者が帰宅するまで待つように伝えた。

午前11時10分ころ、D宅に戻った請求者と拘束者は、D宅の玄関前で、言い合いとなった。

請求者は、以前相談したg駅前交番に電話をして、警察官に来てもらった。

警察官が、請求者に対し、拘束者とAを30分程度会わせてやったらどうかと説得し、請求者は30分程度ならと思い、警察官の説得に応じることにした。請求者は、Aを着替えさせ、午前11時30分から正午までの約束で、拘束者とAとの面接交渉を認めた。請求者は、Eに、Aが戻ったら電話をするよう伝えて、仕事に戻った。

拘束者と拘束者の両親は、車で、Aを連れてファーストフードの店に食事をしに行った。拘束者達は、正午までにはD宅に戻れず、午後0時40分ころ、D宅に戻った。

拘束者と拘束者の両親が、AをD宅に連れ帰ってきたとき、Aはぐずり、拘束者に抱かれたまま自分の髪を引っ張って、泣き出した。Fは、Aのその様子を見て、一人で車を降り、Eを車まで呼んだ。そのとき、Aは拘束者の懐にしがみついたまま、Eに対し、「おばあちゃん、いや」と言った。拘束者の両親は、Eに対し、AをC宅に連れ帰ると告げた。Eは、拘束者達が、一時的にAをC宅に連れ帰るのだと思い、「G(請求者)に電話、よろしくお願いします。」と言った。

請求者は、Eから電話がないため、午後1時前ころ、Eに電話をした。請求者は、Eから上記事情を説明され、拘束者の両親が請求者に電話をするはずだということを伝えられたため、拘束者からの電話を待ったが、連絡はなかった。そのため、請求者は、夕方、g駅前交番に行って、警察官に事情を説明すると、警察官が、C宅に電話をして、Aを請求者に帰すように言った。しかし、その電話に出たBは、Aを帰すという返事をしなかった。

拘束者は、D宅から戻った後、午後5時ころ、法律扶助協会の紹介を受けて弁護士(拘束者代理人)に会いに行った。拘束者は、Aと離れたくないという思いを強くし、請求者に電話をして、Aを帰すつもりはないと一方的に告げた。

拘束者は、請求者がAを取戻しにC宅に来ることを恐れ、その日はAを連れて友人の家に泊まり、翌4月12日から、拘束者代理人に教えられた民間の女性シェルターに、Aを連れて入所した。拘束者は、4月28日頃にその女性シェルターを退所して、AとともにC宅に戻った。8月以降、C宅の近くにある肩書住所地でAを監護養育している。

ク 請求者は、5月10日、札幌家庭裁判所に対し、拘束者を相手方として、Aの引渡し及びAの監護者を申立人(請求者)と定めることを求める審判(同裁判所平成13年(家)第699号、以下「子の引渡申立事件」という。)を申し立てるとともに、引渡しについて仮処分を申し立てた(同裁判所平成13年(家ロ)第2017号、以下「子の引渡仮処分申立事件」という。)。

ケ 札幌家庭裁判所は、8月3日、子の引渡申立事件につき、「直ちに未成年者(A)を申立人(請求者)に引き渡すことが未成年者(A)の最善の利益ないし福祉に合致するとは認め難く、当面相手方(拘束者)が未成年者(A)の監護を続けることが、未成年者(A)の福祉に合致するというべきである」という理由により、申立てをいずれも却下する旨の審判をし、子の引渡仮処分申立事件についても申立てを却下する旨の審判をした(疎甲6の1、2)。

請求者はこれらの審判を不服として、8月10日、札幌高等裁判所に対して抗告した(同裁判所平成13年(ラ)第93号、同第94号事件)が、同裁判所は、10月4日、子の引渡申立却下審判に対する抗告事件について、原審判の理由中上記引用部分冒頭に「今ここで未成年者(A)の監護者を抗告人(請求者)と定めたうえ、」を加筆したうえでその理由を引用して抗告を棄却するとともに、子の引渡仮処分申立却下審判に対する抗告事件についても却下した(疎甲7の1ないし3、疎乙1、2)。

これらの審判は、現在確定している。

コ 請求者は、8月24日、当裁判所に対し、本件人身保護請求を提起した。

サ 拘束者は、11月2日、札幌家庭裁判所に対し、請求者を相手方として、Aの監護者を申立人(拘束者)と定めることを求める審判(同裁判所平成13年(家)第1750号)を申し立てた。

札幌家庭裁判所は、12月18日、未成年者(A)の監護者を申立人(拘束者)と定めるとの審判をした(疎乙4)。

シ 現在、Aは、拘束者の肩書住所地において、拘束者とともに生活をしている。Aと拘束者の関係は良好である。拘束者がAを監護養育するにあたっては、拘束者の両親に、Aの面倒をみてもらうなどの協力を期待できる。

ス 請求者は、現在、運輸会社に運転手として勤務し、母であるEとともに生活している。請求者がAを監護養育するにあたり、Eに、Aの面倒をみてもらうなどの協力を期待できる。

(2)  以上の認定事実によれば、そもそも、請求者が、拘束者とAとの面接交渉に応じるようになったのは、請求者が調停手続の円滑な進行に協力するため、調停委員の説得に応じたからであり、さらに、拘束者が4月11日にAと面接できたのは、請求者が警察官の説得に応じる決断をしたからである。それにもかかわらず、拘束者は、請求者との間の合意を、請求者の了解を得ることなく一方的に破棄しているのであって、こうした請求者の心情を顧みない独善的な行動に出た上、ひいては調停手続に対する請求者の信頼を踏みにじった拘束者の行為は、信義に反し違法である。

しかし、拘束を開始した経緯に違法行為があるという一事をもって、その違法性の程度や具体的な事情を何ら考慮せず、直ちに「拘束がその権限なしにされていることが顕著である場合」(人身保護規則4条)という要件を充足するということはできない。人身保護請求手続は、現に、不当に奪われている人身の自由を、司法裁判により、迅速、かつ、容易に回復させることを目的とするのであり(人身保護法1条)、現在の拘束状態が法律上正当な手続によらないものであることを前提としていて(同法2条)、必ずしも拘束を開始した経緯のみによって常に現在の拘束状態の違法性が判断できるものではないからである。

したがって、本件拘束が、現在の状態において「拘束がその権限なしにされていることが顕著である場合」というためには、本件拘束を開始した経緯に違法行為があるということのほか、その違法性の程度や、その他現在の拘束状態の違法性を基礎づける具体的な諸事情を総合的に考慮して判断する必要がある。具体的には、本件拘束を開始した経緯に違法行為があって、その違法性の程度等から直ちに現在の監護・拘束が権限なしにされていることが顕著であると認めることができるのであれば格別、そうでない場合において、本件拘束が権限なしにされていることが顕著であるというためには、夫婦の一方が他方に対し共同親権に服する幼児の引渡しを請求する事案である以上、拘束者がAを監護することが、請求者による監護に比して子の幸福に反するかどうかという事情も勘案して判断することを要するというべきである(最高裁判所昭和23年(オ)第130号昭和24年1月18日第二小法廷判決・民集3巻1号10頁、最高裁判所昭和33年(オ)第277号同年5月28日大法廷判決・民集12巻8号1224頁、最高裁判所平成5年(オ)第609号同年10月19日第三小法廷判決・民集47巻8号5099頁参照。請求者が挙げる前記平成6年7月8日最高裁判所第二小法廷判決、平成11年4月26日最高裁判所第一小法廷判決もまた、調停手続における合意違反があるという形式的事実からだけではなく、具体的事情を前提とした判断であることは明らかである。)。

そこで、これを本件について見ると、拘束開始の経緯については、前記認定事実によれば、①拘束者がAをC宅に連れ帰ったのは、AがD宅に戻ることを泣いていやがったことがきっかけであり、計画的に連れて帰ったとは認め難いこと、②Aの監護養育を請求者とともに行っていたEは、Aが自分のところに戻るのをいやがっているのを実際に見て、拘束者達がAを一時的にC宅に連れて帰るだけなのだろうと思っていたからではあるが、拘束者達がAを連れ帰ることを阻止しようとする言動をとっていないこと、③現に、拘束者達がAを連れ帰った経緯に暴力的な言動はなかったことなどが窺われる。

そうすると、本件拘束の開始は、拘束者が、請求者との合意を破ってAを連れ帰ったことによるのではあるが、拘束者がAをD宅に帰さず、C宅に連れ帰ったことには母親の心情として無理からぬところもあり、実力行使をもって拘束を開始する事例とは拘束開始の態様の違法性の程度に顕著な差がある。確かに、拘束者は、Aを連れ帰った後も、Eとの約束を破って請求者にすぐに電話連絡をせず、請求者に対してAを帰さないと一方的に通告したにすぎないなど、Aと離れたくないという自己の欲求のみを優先させていて、あまりにも直情的で、強く非難されるべき行為を行っているのではあるが、それでもなお、夫婦間の幼児の引渡しに人身保護法を適用するにあたっては、基本的に子の幸福の観点を主眼として判断すべきであり、前述の拘束開始の違法性の程度も考え併せると、本件において、拘束者の上記行為の違法性のみによって、現在の監護・拘束が権限なしにされていることが顕著であるとまで認めることはできない。

その上で、前記認定の事実、殊に、①本件拘束の開始後、間もなく、請求者は、家事審判法に基づき、家庭裁判所に対し、Aの監護者を請求者と定めることとAを請求者に引き渡すことを求めたこと、②拘束者がAを連れ帰ってから6か月経過した時点で、家庭裁判所が請求者の申立てを却下したこと、③請求者はその却下審判の後に本件人身保護請求を提起したこと、④請求者は、前記②の却下審判について抗告し、札幌高等裁判所がその抗告を却下して前記②の審判が確定し、請求者がAの監護者に指定されなかったこと、⑤現在、Aの監護者を拘束者とする家庭裁判所の審判があること、⑥現在、拘束者とAの関係は良好で、Aは平穏に生活していて、当面拘束者がAの監護を続けることが、Aの福祉に合致しないとはいえないことが認められることなどの事実からすると、拘束者がAを監護することが、請求者による監護に比して子の幸福に反することが明白であると認めることは到底できない。

そして、これらの諸事情を総合考慮すると、前記の違法行為の存在を勘案してもなお、本件拘束が、現在の状態において、権限なしにされていることが顕著であると認めることはできない。かえって、請求者をAの監護者とはしないことが確定していて、請求者の親権の行使が事実上制限されている現段階において、本件拘束を開始した経緯の違法性を過大視して本件請求を認容し、Aを請求者に引き渡すことは、その後再び拘束者が請求者に対してAの引渡しを求めるなどの事態を導くことともなりかねず、幼児にとって居住環境の安定が重要であることからいっても、子の幸福に反するおそれがあるといわざるを得ない。

2  結論

以上によれば、その余の判断をするまでもなく、請求者の拘束者に対する本件人身保護請求は理由がないからこれを棄却して、被拘束者を拘束者に引き渡すことにし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中西茂 裁判官 佐伯恒治 裁判官 戸村まゆみ)

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