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札幌地方裁判所 平成13年(行ウ)2号 判決 2002年2月15日

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

1  被告は,西いぶり廃棄物処理広域連合に対し,57万5500円及びこれに対する平成12年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,西いぶり廃棄物処理広域連合(以下「本件広域連合」という。)を組織する地方公共団体のうちの室蘭市又は伊達市の住民である原告らが,本件広域連合の進める西胆振地域廃棄物広域処理施設建設事業に関し,室蘭市石川町住民5名による次世代型焼却施設の視察(以下「本件視察」という。)につき,本件広域連合長である被告において,公金から旅費を支給する決定をしたことは,概ね以下(1)ないし(5)の理由で違法であるとして,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,本件広域連合に代位して,被告に対し,旅費相当額の損害賠償として57万5500円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

(1)  目的及び効果が不明確で不必要な視察であること。

(2)  事後に復命書の提出もされておらず不適法であること。

(3)  石川町住民5名を視察員として選定した基準等が不明確であり公平の原則等に違反していること。

(4)  本件視察のため,石川町住民5名を課長職相当の嘱託職員として任命したことが不合理であること。

(5)  本件視察のための予算補正が,専決処分としてなされたのは,不適法であること。

2  前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。)

(1)  当事者等

ア 原告らは,いずれも本件広域連合を組織する地方公共団体のうちの室蘭市又は伊達市の住民であり,被告は,本件広域連合の長である。

イ 本件広域連合は,平成12年3月8日,北海道知事により設立の許可を受け,同年4月1日から広域連合業務を開始した地方自治法上の広域連合であり,室蘭市,伊達市,豊浦町,虻田町,洞爺村,大滝村及び壮瞥町の7市町村(以下「本件各市町村」という。)によって組織されている。

(2)  西胆振地域廃棄物広域処理施設建設事業

ア ごみ処理施設の建設

本件広域連合は,ごみ処理施設及び粗大ごみ処理施設の設置,管理及び運営に関する事務等を処理する広域連合で(乙14),室蘭市石川町34番地先において,本件各市町村から排出される一般廃棄物の焼却施設(以下「本件施設」という。)の建設を進めている。

イ 建設計画に対する室蘭市石川町住民の対応

建設予定地とされた室蘭市石川町においては,本件施設建設計画について,平成12年4月14,15日の両日にわたり住民投票が実施され,建設について賛成43名,反対51名,白紙1名という結果となった。そこで石川町会は,一旦は本件施設の建設に反対する方針を採り,本件広域連合との対応窓口とすべく,同町住民をもって組織する焼却炉問題対策委員会を設置したが,平成12年6月8日,対策委員間の意見の相違等から同委員会は解散し,あらたに焼却炉施設建設連絡協議会(以下「連絡協議会」という。)が設置された(甲23,乙3,証人A)。

ところが,石川町会は,平成12年7月2日に開催された同町会臨時総会における議決が,条件付賛成43名,反対16名という結果となったため,翌3日,本件広域連合との間で,基本合意書を締結し(乙5),石川町における本件施設の建設を容認する立場に転じ,同年11月24日には,西胆振廃棄物広域処理施設建設に関する安全・公害対策及び余熱利用施設に関する協定書(乙1の1)及び西胆振廃棄物広域処理施設建設に関する生活環境整備確認書(乙1の2)をそれぞれ締結して,最終的な合意に達した。

(3)  本件視察に至る経緯

本件広域連合は,前記基本合意書の締結後,石川町会との間で同基本合意書記載の基本事項について調整を進める一方,本件施設の安全性について,パンフレット,ビデオ等を利用しての説明会の開催,道内の新しい焼却施設の視察,学識者の講演の実施,市民フォーラムの開催等の住民対応を行ってきた。このような住民対応を進める中,住民の側からの要望により,建設予定の次世代型焼却施設がどのようなものか,実際に自分の目で確かめたいとの意見が出されたことから,本件視察が実施されることとなった(乙4)。

(4)  本件視察の実施

本件視察は,平成12年8月21日から同月24日までの4日間の日程で,視察員を石川町住民5名(以下「本件視察員」という。),随行者を本件広域連合事務局次長及び同施設課課長補佐の2名とし,福岡県筑後市所在の八女西部広域事務組合,同県飯塚市所在の飯塚クリーンセンター,熊本県宇土市所在のカーシュレッダーダスト熱分解ガス化溶融発電システムを視察したものであった。各施設間の移動には,貸切りマイクロバスが利用され,視察員は,同月21日から23日までaホテルに宿泊した(甲3,4,乙4)。

(5)  公金の支出

本件広域連合は,当初予算において本件視察について積算していなかったことから,一般会計補正予算を調整することとしたが,議会定例会又は議会臨時会を開催する時間的な余裕がなかったことから,地方自治法179条1項に基づく長の専決処分により処理した。

本件広域連合においては,職員の公務のための旅行についての旅費は,「西いぶり廃棄物処理広域連合旅費条例」(甲6,15,以下「旅費条例」という。)によって定められており,同条例によれば,旅行中の車賃,日当,宿泊料及び食卓料の額については,職務に応じた別表所定の等級ごとに定められ(旅費条例15条ないし18条,別表第1号),また,「西いぶり廃棄物処理広域連合特別職の職員で非常勤の者の報酬及び費用弁償に関する条例」(乙8,以下「報酬等に関する条例」という。)の適用を受ける者については,旅費条例別表第1号の等級に応じた旅費を費用弁償として支給するとされている(同条例1条,2条,別表第1号)ところ,本件視察員については,報酬等に関する条例の適用を受ける者のうち,各種委員会等の委員及び参与等(同条例2条(7))に当たるので,広域連合長が定める旅費条例別表第1号の等級の旅費を費用として支給されることになる。本件広域連合の事務局長は,西いぶり廃棄物処理広域連合事務決裁規程(以下「広域連合事務決裁規程」という。)に基づき,被告に代わって,平成12年8月11日,本件視察員を嘱託職員として発令し,その費用弁償額について,旅費条例別表第1号の等級のうち4級を適用することを決裁(専決)し(乙4,12),同月14日付けで旅行命令を決裁(専決)した(乙6)。なお,視察地変更のため変更決裁(専決)を同月18日に行った。(乙7)。

本件広域連合の総務課長は,被告に代わって,平成12年8月18日,視察員1人あたりの旅費を11万5100円とする旅費精算書を作成・決裁(専決)し(甲7,乙7),本件視察における本件視察員の旅費として合計57万5500円が支出された。

(6)  職員の復命義務について

本件広域連合においては,西いぶり廃棄物処理広域連合職員服務規程(以下「広域連合服務規程」という。)により,室蘭市職員服務規程が準用されているところ,同規程10条によれば出張を命じられた職員は,帰庁と共に遅滞なく用務の顛末を復命書によってその庁に報告しなければならない(ただし,軽易なものについては口頭をもって報告をすることができる。)とされている(乙10,11)。

(7)  本件視察についての復命等

本件視察に随行した本件広域連合職員2名は,本件視察終了後,平成12年8月28日付復命書を被告宛に提出したほか(甲31),本件視察員の1人は,「焼却炉クリーン稼働施設視察報告」と題する書面を作成し(乙3),石川町住民に対して,本件視察の結果を報告した(証人A)。

(8)  住民監査請求

原告らは,平成12年11月2日,西いぶり廃棄物処理広域連合監査委員に対し,被告(専決を含む。)による前記(5)の公金支出に対し,地方自治法242条1項に基づく住民監査請求を行ったところ,監査委員は,同年12月27日付で原告らの請求を棄却した。

第3本件の争点

1  争点1(目的が不明確な不必要な視察であるか否か。)

(原告らの主張)

本件視察は,目的が明確ではなく,不必要なものであり,本件視察に公金を支出したことは違法である。

本件視察は,住民の不安解消等にどのように結びついているか不明であり,目的が明確ではない。そもそも,焼却炉の機種選定については,専門委員会,評価委員会に委ねられており,住民は機種選定については一切意見を述べる機会を与えられていないから,本件視察は無意味である。

(被告の主張)

本件視察は,百聞は一見にしかずとの格言にもあるように,石川町住民の次世代型焼却施設建設の推進に対する理解と協力を得るために実施されたもので,その目的は明確である。また,本件視察結果が石川町住民に対して広く周知され,施設の安全性等についての不安や懸念が払拭され,次世代型焼却施設の機種選定や焼却炉建設のための協定書の締結・調印に向けた足がかりとなったものであり,効果も明瞭である。

2  争点2(事後に復命書の提出がないのは不適法であるか否か。)

(原告らの主張)

本件視察は事後に復命書の提出もなされていない不適法なものであるから,本件視察に公金を支出したことは違法である。

本件視察員は,視察結果並びに資料及びデータの提示もしていない。また復命書も提出していない。したがって,視察結果に基づいて研究し,その成果を機種選定に反映させることはできない。また,本件視察の結果についても,西胆振地方の全住民を招集しての説明会ないしは全住民に対しての報告があって然るべきであるところ,石川町住民に対してしか報告がなされていない。しかも,これは報告書の提出であって復命書の提出ではなく,報告書の提出をもって,復命書の提出に代えられるものではないし,本件広域連合の随行職員が復命書を提出していることをもって,本件視察員の復命書不提出が容認されないことは明らかである。さらに,復命書は命令者に対して提出するもので,本件視察員が石川町住民に対して報告書を提出したことによって代替されるものではない。

(被告の主張)

本件視察員は,平成12年8月26日付け「焼却施設建設連絡協議会会長名」で「焼却炉クリーン稼働施設視察報告」という題名の報告書(以下「本件報告書」という。)を石川町会全世帯に回覧して本件視察の結果を公表している。また,本件広域連合が住民説明会等で何度も住民視察を要請してきた事実があり,これらを併せ考えると,本件広域連合は,石川町会住民に対して,事前に本件視察の趣旨,必要性を提示していたものである。さらに復命書については,広域連合職員が出張を命ぜられた際,広域連合服務規程に基づいて復命義務があるが,嘱託職員についてはその適用がない。

3  争点3(視察員選定の基準等が不明確・不適正であり公平の原則等に違反しているか否か。)

(原告らの主張)

視察員の選定基準が不明確であり,どのような過程で石川町住民5名が選任されたのか不明である。さらに,その選任が,平等,公平の各原則に違反しているから,本件公金支出は違法である。

視察員を石川町会の住民だけとするのは不当である。本件視察が本件広域連合の公金を支出して実施されるものであり周辺住民の利益に直接結びつくものである以上,被告は,視察員選任に際し,少なくとも焼却炉建設予定地近隣の室蘭市白鳥台,崎守町,伊達市南黄金町の住民も対象に加えて公募すべきであったにもかかわらず,上記各住民には事前に連絡することさえなく,周辺住民中最も人口の少ない石川町住民の中からのみ視察員を選定したものである。しかも,本件視察は,同町会で本件施設建設についての賛否が二分する中で,賛成派の住民だけが派遣されたものである。このように,本件視察員の選任は,その基準や経緯,手続が不明確で適正なものとはいえないばかりか,石川町会の本件施設建設賛成派のみを特別扱いするもので,行政の公平の原則,地方自治法,さらには憲法14条の平等原則に違反するものである。

(被告の主張)

本件視察は,本件施設建設予定地である石川町住民の施設に対する不安・懸念を払拭し,本件施設の安全性に理解を得ることを目的とするものであり,そのため,石川町住民が視察実施の対象として選定された。視察員の人選については,本件広域連合が,視察の目的を承知している石川町会と連絡協議会に対し,人数を5,6名とする条件でこれを依頼し,その人選結果の報告を受けて,これを検討して適切と認めて受け容れたものである。したがって,手続面においても実体面においても視察員の人選は適切妥当なものであり,選定基準が不明確であるとか,人選が不合理なものであるということはない。

4  争点4(課長職相当の嘱託職員を任命したことが不合理であるか否か。)

(原告らの主張)

嘱託職員であるにもかかわらず,本件視察員を課長職としたことは不合理であるから,本件公金支出は違法である。

被告は,嘱託職員の課長職採用は前例がないにもかかわらず,本件視察員を課長職と偽って不当に本件広域連合の公金を支出したものである。この採用については,嘱託職員任命の基準,任命期間の基準等が明確ではないし,嘱託職員でありながら課長職相当という取扱いは不合理である。課長職相当の取扱いが被告の裁量行為だとしても,その基準となった随行職員との均衡ということがそもそも不明確である。社会通念の範囲内として了承できるのは一般職としての参加であり,課長職待遇とした裁量は明らかに社会通念から逸脱している。

また,課長職の者が課長職の嘱託職員の任命につき決裁できるとする根拠はなく,被告が,石川町住民5名を本件視察員に任命したことは明らかに違法である。

(被告の主張)

石川町住民5名に対する嘱託は,地方自治法172条1項及び2項並びに広域連合事務決裁規程4条に基づいて発令され,これらの者に対する旅費は,報酬等に関する条例2条7号及び5条並びに旅費条例2条,4条及び5条に基づいて支給されたものであり,いずれも法に基づいて適法になされたものである。支給旅費の額については,報酬等に関する条例別表に基づき,本件視察員が石川町会役員等の職にあること,本件広域連合の随行職員とのバランス等を考慮して,被告の裁量として,課長職相当の4級としたものであって,その判断には正当な理由があり裁量権の逸脱や濫用もなく,社会通念上相当の範囲内のものである。

5  争点5(長の専決処分の不当性)

(原告らの主張)

本件視察の予算補正を長の専決処分としたことは違法であり,本件視察に公金を支出した行為は違法である。

本件視察は,緊急性かつ重要性が認められないばかりか,目的効果が不明瞭であり,長の専決処分とすることは違法である。したがって,本件視察に対する公金支出は法の手続に反し違法である。

(被告の主張)

本件視察は,広域連合議会議員の視察に合わせて視察したいという石川町住民の要望と,視察先の日程等の条件から,本件視察実施のために臨時議会を開催する時間的余裕がない状況にあったこと,本件事業が広域連合にとって重要かつ緊急性の認められるものであったことから,補正予算を審議するために臨時議会を開催することが,時間的にみて困難な状況にあったので,長の専決処分とされたものであり,専決処分による予算補正もやむを得ないものであったし,上記専決処分については,平成12年9月1日に議会に報告し承認を得たものであって,適法有効なものである。

第4争点に対する判断

1  争点1(目的が不明確であり,不必要なものであること)について

(1)  前記前提事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

ア 本件広域連合は,本件視察を実施するに際し,平成12年8月10日,本件視察実施に至る経緯,実施年月日,視察員,広域連合随行者,予算措置,視察員に対する嘱託発令及び旅費の適用について記載した起案文書を作成し,翌11日,広域連合事務決裁規程(乙12)4条(2)において準用される室蘭市事務決裁規程(甲29,乙13)4条(2)別表第2に基づき,被告に代わって部次長に準じる職の事務局長が決裁(専決)した(乙4)。同起案文書には,視察員に対しては平成12年8月14日付けで,本件視察を実施する同月21日から24日までの間,嘱託職員に任命することが明記され,同起案文書のとおり,発令された(証人A)。また,同起案文書には,辞令交付は旅費支給にかかる透明性の確保からも行うこととすると記載されている(乙4)。

イ 本件広域連合は,石川町会の住民に対する説明会のなかで,次世代型焼却施設の視察を提案していたが,平成12年8月,石川町会住民から,同月に視察に行く本件広域連合所属市町村の議員団と対等の立場で議論ができるようにするため,次世代型の施設を実際に見てみたい旨の要望があったことに加え,視察先の八女西部広域事務組合においては,見学者が多く日程等の調整が困難であるという事情もあって,本件視察を上記議員団による視察と同一の日に行ったが,両者の視察目的が異なることから時間を分けて実施した(乙20,証人A)。

(2)  以上の事実に加え,本件視察に至る経緯についての前記第2の2(3)及び(4)の事実に鑑みると,本件視察の目的が,建設予定地である石川町住民に対し,本件施設の安全性や環境に与える影響等について不安を解消し,本件施設について正確な情報を分かりやすく提供することにより,その理解を求めることにあったことは明らかであるところ,本件広域連合において,石川町を始めとする本件各市町村から,本件施設建設についての最終合意を取り付けるに当たり,建設予定地の石川町民を対象として,すでに稼働している施設の視察を行って周辺住民の理解を深めようとすることには,十分にその意義が認められることであって,本件視察をもって,その目的が不明確で不必要な視察であると言うことはできない。本件視察の目的が,本件施設の安全性等に対する住民の理解促進にあるのであるから,高度に専門的技術的知見を要する焼却施設の機種選定に住民が直接関与できないからといって,本件視察の目的がその意義を失うものではない。

2  争点2(事後に復命書の提出がないことの適否)について

本件広域連合服務規程の準用する室蘭市服務規程は,地方公務員の服務について規定する地方公務員法第3章第6節を具体化したものであり,地方公務員法が,原則として特別職の地方公務員には適用されないこと(同法4条2項)に照らすと,室蘭市職員服務規程10条の復命義務は,臨時の職員である嘱託職員には適用はないと解するのが相当である。したがって,本件視察員には復命義務はなく,その違反があったとする原告らの主張は,前提を欠き,採用することはできない。

3  争点3(視察者選定の基準等が不明確・不適正であり公平の原則等に違反しているか否か)について

(1)  前記前提事実に加えて,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

ア 本件広域連合は,次世代型焼却施設の現地視察に当たって,視察員は協議会等の団体の構成員であることを条件としていたが,これは,このような条件を課すことによって,当該団体への視察結果の還元が担保されるからであり,行政機関としては,このような情報の還元が当然には担保されない個人を対象とする現地視察は,実施困難と考えていた。さらに,本件視察は,石川町会との間で基本合意を締結した平成12年7月3日以降,施設の具体的な安全対策,公害対策を協議する中で,視察結果を協議に反映させるために実施されたものであった(乙20,証人A)。

イ 本件視察は,本件広域連合が,連絡協議会又は石川町会による次世代型焼却装置の視察を行いたいとの要望に応えて実施されたものである。視察員の選任については,本件広域連合から人数を5,6名と指定して,石川町会会長に口頭で依頼して,石川町会に一任した。これに対して,石川町会は,連絡協議会から3名,石川町会から2名を選任し,本件広域連合に推薦したところ,本件広域連合は,各団体への視察結果の還元が可能であると判断してこれを受け容れた。

ウ 本件広域連合は,崎守町会及び白鳥台町会が,石川町会の焼却炉についての考え方に従うという意向だったため,崎守町会及び白鳥台町会に対しては,現地視察の提案をせずにいたところ,石川町会との間で,平成12年11月,最終的な合意に至ったため,両町会住民を対象とした視察実施の必要はないと判断した(乙20,証人A)。

また,平成12年8月当時,伊達市黄金地区においては,本件広域連合に対応する協議会の結成には至っておらず,前記アの条件から,視察を依頼することができなかった(証人A)。なお,伊達市黄金地区においては,平成12年12月20日に広域廃棄物処理施設黄金地区環境保全協議会が発足し,施設の安全対策,余熱利用及び黄金地区生活環境整備等について,市民の立場から市に対して意見を述べる団体が結成されたが(乙2の1,2),同協議会は,平成13年3月5日に,本件広域連合との間で,本件施設建設を容認する「広域廃棄物処理施設に係る環境の保全に関する協定書」を締結し,最終合意に達したため(乙2の3),本件広域連合は,伊達市黄金地区住民の現地視察の必要性はなくなったと判断した(証人A)。

エ 本件施設建設に反対する住民から,本件広域連合に対して,現地視察の要望があったが,本件広域連合は,その視察要望の趣旨が,反対意見を維持するためであるとのことであり,また,前記ア記載の視察の条件にも合致しなかったため断った(証人A)。

(2)  以上の事実によると,本件視察は,本件広域連合が,本件施設の建設が予定されている石川町の町会との間で,平成12年7月の基本合意成立後,最終合意に向けてさらに協議を進める中で,町会側にも,本件施設についての正確な理解を得てもらうために実施されたもので,住民側からの申し出によるものであることが認められ,そうすると,石川町会と連絡協議会が本件視察員の人選を行うことが,本件視察の趣旨に最も適合するものと認められる。したがって,広域連合が,本件視察員の選任を石川町会に一任したことは妥当であり,手続及び実体面での不当性は見いだせない。

また,本件視察当時,周辺住民中室蘭市崎守町会及び白鳥台町会においては,石川町会に従うとの意向であったこと,伊達市黄金地区においては,本件広域連合に対応するための協議会が結成されておらず,その後,住民による協議会が結成されたが,その後3か月余りで,本件広域連合と最終合意に達したことなど,上記各市町村においては,石川町会に比し次世代型焼却施設の視察を行うべき必要性が相対的に乏しく,また,直ちに視察を行えない状況にあったことに加え,本件施設の円滑な建設,運営のためには,何よりも建設予定地である石川町の住民に対し,本件施設の安全性等について正しい情報を提供し,その理解を得ることが必要であると判断することは,合理性が認められることに鑑みると,石川町住民のみを対象として,本件視察の視察員の選定を進めたとしても,石川町会住民のみを不当に特別扱いし,石川町以外の周辺住民を合理的な理由なく差別的に取り扱ったとはいえない。

さらに,本件広域連合は,現地視察を実施するについて,視察結果の還元を担保できる団体の存在を重視しているが,これは,公金を利用しての視察である以上,効率的により大きな効果を得ようとするもので,必要最小限の経費により最大の効果を得ようとする行政原則にも合致する妥当なものである。したがって,本件広域連合が,現地視察についてこのような基準を設け,住民個人を対象とした視察を予定していなかったことも,不当であるとはいえない。

そうすると,視察員選定の基準が不明確・不適切であって,公平の原則等に違反している旨の主張は採用することはできない。

4  争点4(嘱託職員としての任命に不明確な点があるか否か。)について

(1)  本件視察に至る経緯とその実施状況は前記第2の2(3)及び(4)並びに第4の1(1)記載のとおりである。

(2)  以上の事実によると,本件広域連合による本件視察員の任命手続はすべて法の手続に則って行われており,何ら違法な点はない。

(3)  原告らは,本件広域連合は,本件視察員を課長職として採用したとか,課長職と偽ったとしてその不当性をるる主張するが,前記認定のとおり,本件広域連合が本件視察員に対して発した辞令は,単に本件広域連合の嘱託職員に任命するというものであって,課長職に任命するものではなく,本件広域連合は,その旅費の費用弁償の点において,本件視察員を課長職等と同等に扱ったものにすぎないから,原告らの上記主張は前提を欠き,採用できないといわざるを得ない。

この点について,原告らは,被告の平成13年5月28日付け準備書面に,嘱託職員は,課長職にある者が専決処分して任命できる旨の記載があることから,本件視察員は,課長職の者の専決処分によって任命されたと主張するが,本件広域連合の総務課長である証人Aは,上記準備書面の記載は誤りであることを供述しており,室蘭市事務決裁規程(甲29,乙13)には,嘱託の任用は「部次長職以下」の決裁事項である旨,不動文字により明記されており,被告も後の準備書面においてその旨訂正していることに照らすと,同証人の供述には合理性が認められるし,そもそも,前記起案文書(乙4)においては部次長職に相当する事務局長の決裁が行われているのである。原告らの上記主張は採用できない。

また,本件視察員の旅費の費用弁償については,前記のとおり本件広域連合長である被告の裁量に委ねられているところ,本件視察員は,当時51歳から70歳までという年齢であり(乙4),社会生活上然るべき職等にあること,嘱託内容が,夏の最中の焼却施設の視察であること,嘱託期間が4日間と短期間であること,事務局次長,課長補佐である随行職員との均衡にも配慮されたこと,定められた等級も旅費条例別表第1号の6等級中中間に位置し,不当に高額な支給とはいえないことに照らすと,被告に上記裁量権の逸脱があったなどとはいい難い。

5  争点5(長の専決処分の不当性)について

前記第2の2(3)及び第4の1(1)イの本件視察の経緯によれば,本件視察は,すでに平成12年8月21日から24日までと日程の決まっていた議員団による視察と合わせて実施してほしいという住民の要望によって実施されたものであり,本件視察についての起案文書は同月10日に起案され,同月11日に決裁され,旅行命令の決裁については視察先の変更のため,最終的には同月18日になされたことが認められる(乙4,6,7)。そうすると,本件広域連合が本件視察の詳細を定めたのは,平成12年8月11日であり,その段階では,地方自治法292条,101条2項に基づき,議会開会の7日前までに招集の告示をして議会を開催することは,時間的に困難であったと認められる。したがって,本件視察のための予算の補正について,地方自治法179条1項の「議会を招集する暇がない」場合に当たるとして,長の専決処分として処理されたことには違法な点はない。

6  原告らのその余の主張について

原告らは,上記以外にも本件視察が違法であるとの主張をするが,以下のとおりいずれも理由がない。

(1)  本件監査請求において,監査委員は,本件視察の起案文書には正確な事実の記載が不足し,今後改善を要する点が見受けられる旨指摘し,原告らは,この点も本件視察が違法であることの根拠の1つとして主張するものであるが,上記指摘は,今後の情報公開に配慮した事務処理を行うべきことを指摘するものであり(甲1),内部文書についても一般市民が内容を十分確認することができるようにすべきことを注意的に示したものであり,上記起案文書が違法であるとするものではない。したがって,このことが,本件視察の違法をもたらすものとはいえない。

(2)  原告らは,本件視察に対する公金支出が,広域連合の経費の支弁方法として「広域連合の実施のために必要な連絡調整及び広域計画に基づく総合的かつ計画的な事務の処理に資するため」と規定している地方自治法291条の4第1項9号及び同法291条の9に違反すると主張するが,同条項号は,広域連合を構成する地方公共団体の分賦金についての規定であって,予算の執行を定めたものではないから,原告らの主張は主張自体失当である。

(3)  原告らは,監査委員のうち1名が議員団による前記視察に同行していたものであるから,本件監査が不公正であると主張するが,本件視察は,議員団による視察とは時間の重複を避けて実施されたものであるから,監査の不公正の問題は生じない。そもそも,本件視察後に行われた本件監査が本件視察の当不当に影響することはありえない。

(4)  また,原告らは,本件視察後に石川町会と広域連合及び室蘭市との間で締結された協定書・確認書は町会長の越権行為であり,さらに買収行為である本件視察に基づいて締結されたものであるから,本件視察は違法であると主張するが,本件視察後に行われた協定書・確認書の締結行為が本件視察に影響を及ぼすことはないし,本件視察が協定書・確認書締結のための買収行為であることを認めるに足りる証拠はなく,原告らの憶測にとどまるものというほかない。

(5)  原告らは,ごみ処理広域化を目指して本件広域連合を設立したことが市町村の固有事業に対する権限を逸脱していて違法であると主張するが,地方自治法の関連法規に照らし,採用することはできない。

7  結論

以上の認定判断によれば,原告らの請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用については行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤陽一 裁判官 村田龍平 裁判官 片山博仁)

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