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札幌地方裁判所 平成14年(わ)949号 判決 2003年1月24日

主文

被告人を懲役6年に処する。

未決勾留日数中60日をその刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は,

第1  平成14年9月26日午前1時52分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,札幌市a区b条c丁目d番先の交通整理の行われている丁字形交差点を信号に従いe方面からf方面に向かい右折進行するに当たり,対向進行してくるA(当時20歳)運転の普通乗用自動車を前方約46メートルの地点に認めたのであるから,同車の動静及びその安全を確認して右折進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,同車の動静及びその安全を十分に確認しないまま漫然と時速約10ないし20キロメートルで右折進行した過失により,同車に自車を衝突させ,よって,前記A運転車両の同乗者B(当時20歳)及びC(当時21歳)にいずれも加療約1週間を要する頚椎捻挫等の傷害をそれぞれ負わせた。

第2  前記日時ころ,同所において,同記載のとおり,前記Bらに傷害を負わせる交通事故を起こしたのに,一旦は前記車両の運転を停止したものの,直ちに同車を運転してその場から逃走し,同人らを救護する等法律の定める必要な措置を講じず,かつ,その事故発生の日時,場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった。

第3  同日午前1時53分ころ,前記のとおり普通乗用自動車を運転し,同区g条h丁目i番先の交通整理の行われている交差点をj方面からf方面に向かい直進するに当たり,対面信号機が赤色の灯火信号を表示しているのを同交差点の停止線手前約102.5メートルの地点で認め,直ちに制動措置を講じれば同停止線の手前で停止することができたにもかかわらず,これを殊更に無視し,重大な交通の危険を生じさせる速度である時速約55キロメートルの速度で自車を運転して同交差点内に進入したことにより,折から右方道路から信号に従い同交差点に進入してきたD(当時63歳)運転のタクシー(普通乗用自動車)左側面部に自車前部を衝突させ,よって,同タクシーの乗客E(当時34歳)を頭蓋骨骨折による脳挫傷により即死させたほか,前記Dに入院加療約6か月間を要する頚髄損傷の傷害を,同車の乗客F(当時34歳)に加療約134日間を要する右大腿骨骨折等の傷害をそれぞれ負わせた。

(事実認定の補足説明)

被告人は,判示第1の交通事故の相手方車両の運転手や同乗者が負傷しているとは思わなかったし,相手方車両の同乗者が警察に電話をしていたので,自分が警察に報告する必要はないと思ったと述べ,弁護人は,判示第2の救護義務違反及び報告義務違反について被告人は無罪であると主張する。

しかし,関係各証拠によれば,判示第1の交通事故の態様は,交差点における自動車同士の出会い頭の衝突事故であり,判示のような負傷者が出ることが十分予想できる程度のものであったと認められるから,相手方車両に乗っていた者が何らかのけがをしたことは分かったという捜査段階における被告人の供述は,自然かつ合理的であり,十分信用できる。これに反する被告人の公判供述は,信用できない。そうすると,被告人は人身事故が発生したことを認識しながら,現場から逃走したのであるから,救護義務違反の罪が成立することは明らかである。

また,相手方車両の同乗者が警察に事故の報告をしても,運転者である被告人は,事故報告の義務を免れないから,その義務を尽さずに現場を離れた被告人について報告義務違反の罪が成立することも明らかである。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は各被害者ごとにいずれも刑法211条1項前段に,判示第2の所為のうち救護義務違反の点は道路交通法117条,72条1項前段に,報告義務違反の点は同法119条1項10号,72条1項後段に,判示第3の所為は各被害者ごとにその死傷の結果に応じていずれも刑法208条の2第2項後段,1項前段にそれぞれ該当するが,判示第1及び第2の各所為は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であり,判示第3の所為は1個の行為が3個の罪名に触れる場合であるから,いずれも同法54条1項前段,10条により1罪として,判示第1の所為については犯情の重いCに対する業務上過失傷害罪の刑で,判示第2の所為については重い救護義務違反の罪の刑で,判示第3の所為については最も重い危険運転致死罪の刑で,それぞれ処断することとし,各所定刑中,判示第1及び第2の各罪についていずれも懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第3の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役6年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中60日をその刑に算入することとし,訴訟費用については刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,ダンプカーの運転手をしていた被告人が,深夜,飲酒をした上で自動車を運転して人身事故を起こしながら,現場から逃走し,その逃走中に赤信号を無視して交差点内に進入したため,交差道路を進行してきたタクシーと衝突し,タクシーの乗客1名を死亡させた上,タクシーの運転手ら2名に重傷を負わせたという危険運転致死傷等の事案である。

被告人は,最初に起こした人身事故の被害者らが追いかけてくるものと誤信し,捕まれば飲酒運転の事実が発覚し,免許取消等の処分を受けてダンプカー運転手の職を失ってしまうと考え,追跡を振り切って逃げるために赤信号を無視して交差点を1つ突っ切った上で判示第3の犯行現場に至り,本件危険運転行為に及んだものであって,その身勝手極まりない犯行動機に酌量の余地は全くない。被告人は,夜間でも交通量の少なくない市街地の交差点に,赤信号を無視して時速約55キロメートルで進入したものであって,その犯行態様は極めて無謀かつ危険であり,悪質と言うほかはない。被告人が飲酒の上判示第1の人身事故を起こした後,救護義務及び報告義務に違反して現場を逃走し,信号を無視するなど交通法規の違反を重ねた上で本件危険運転行為に至っていること,これまで業務上過失傷害と速度超過の道路交通法違反で2回罰金刑に処せられていることも考え併せると,被告人の運転態度には相当に問題があると言わざるをえない。本件危険運転行為は,このような被告人の交通法規軽視の態度のあらわれというべきであり,厳しい非難を免れない。また,このような被告人の無謀運転によって生じた結果は極めて重大である。タクシーの乗客のうち死亡した被害者は,栃木県内で家族と共にパチンコ店を経営していた30代の男性であり,友人と北海道に来てゴルフなどを楽しみ宿泊先のホテルに戻る途中で本件事故に遭い,理不尽にも一命を奪われたものであって,その無念は察するに余りある。その将来に大きな期待をかけていた最愛の息子を奪われた両親の悲しみと憤りは激しく,その被害感情は今なお極めて厳しい。幸いにして傷害にとどまった2名の被害者も,長期の入院加療を余儀なくされており,1名については両上肢不全マヒ,巧緻運動障害等の症状が現在も残っているのであって,両名とも被告人の厳重な処罰を求めている。このような重大な結果を発生させたにもかかわらず,被告人は,任意保険に加入していなかったという理由で,現在に至るまで被害弁償を一切せず,被害回復のためにとるべき措置を講じていない。以上によれば,被告人の刑事責任は甚だ重いというべきである。

そこで,被告人が,危険運転致死傷及び業務上過失傷害の各事実を認め,公判廷で自分が罪を償うには刑に服するしかないと述べ,各被害者に謝罪の手紙を書くなど,不十分ではあるが被告人なりに反省の態度を示していること,被告人には前記の罰金前科があるだけで,公判請求されるのは今回が初めてであること等,被告人のために酌むべき事情を考慮した上で,主文の刑に処することとする。

(求刑 懲役8年)

(検察官倉持亮世,国選弁護人野並正彦各出席)

(裁判長裁判官 井口修 裁判官 田村政喜 裁判官 辻和義)

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