札幌地方裁判所 平成14年(ヒ)25号 決定 2004年4月12日
主文
申請人が被申請人の平成14年1月28日付けの売渡し請求に基づき申請人に売り渡した申請人の株式1万0500株の売買価格を1憶0906万3500円と定める。
事実及び理由
第1 申請の趣旨
申請人は,主文記載の株式の売買価格の決定を求めた。
第2 事案の概要
本件申請は,申請人の株主である被申請人が,申請人に対し,平成14年1月28日付け書面で,株式1万0500株(以下「本件株式」という。)をA株式会社に譲渡することの承認及び譲渡を承認しないときは譲渡の相手方を指定することを求めたところ,申請人が,譲渡を承認しないこと及び譲渡の相手方として申請人を指定することを通知し,同年3月11日付け書面で,被申請人に対し,本件株式を3538万5000円で売り渡すよう請求したので,申請人が商法204条の4第1項に基づき,本件株式の売買価格を決定することを求めた事件である。
1 本件の経過
(1) 被申請人は,本件株式を保有する申請人の株主である。
(2) 申請人が発行する株式は,申請人の定款により,その譲渡を行うには申請人の取締役会の承認を要するとの株式譲渡制限が付されている(甲1)。
(3) 被申請人は,申請人に対し,本件株式をA株式会社に譲渡したいとして,その譲渡を承認すること及び譲渡を承認しないときは譲渡の相手方を指定することを,平成14年1月28日付け書面によって求めた(甲3)。
(4) これに対し,申請人は,被申請人に対し,上記本件株式の譲渡を承認しないこと及び譲渡の相手方として申請人を指定することを,平成14年2月9日付け書面をもって通知した(甲4)。
(5) 申請人は,商法204条の3の2第1項に基づき,本件株式を被申請人から買い受けることにつき株主総会の承認を求め,平成14年3月7日,商法343条所定の株主総会の特別決議を得た(甲9)。
(6) 申請人は,同月11日,商法204条の3第2項所定の方式により算出した1憶1022万9000円を供託し(甲6),被申請人に対し,商法204条の3第1項に基づき,本件株式を3538万5000円で売り渡すよう,同日付け書面によって請求した(書面到達日同月13日,甲5)。
(7) 被申請人は,申請人に対し,申請人の上記売渡請求に対して申請人の申出価格での売却には応じられず,本件株式を1憶1022万9000円で売り渡すことを,同月19日付け書面によって求め(甲7),商法204条の3第4項に基づき本件株式を札幌法務局に供託した(甲8)。
(8) 申請人は,当裁判所に対し,同月29日,商法204条の4第1項に基づき,本件株式の売買価格を決定することを求めた。
2 争点
本件株式の平成14年3月13日時点での価格
第3 理由
1 申請人の概要,経営環境
(1) 申請人は,昭和4年,X合資会社として設立された後,昭和34年6月,株式会社に組織変更された。申請人の資本金は8000万円で,500円の額面株式16万株を発行している。
(2) 申請人の事業としては,酸素ガス製造のほか,溶解アセチレンガス,窒素ガス等の高圧ガスを中心とした製造販売等を行っている。札幌市豊平区に本社があり,道内に6か所の事業所,4か所の工場を持っている。
(3) 申請人の株主構成は,東京中小企業投資育成株式会社が5万3500株を,合資会社Z(申請人代表者が,同社の株式の94パーセントを所有している。)が5万1300株を,被申請人が1万0500株(本件株式)を,申請人の代表者の同族関係者が合計3万5700株を,それぞれ保有している。申請人代表者は,同族関係者及び合資会社Zを通じて,申請人の過半数(約54.4パーセント)の株式を所有しており,申請人の経営権を有している。被申請人の保有株式数は第3位(発行済み株式総数の6.56パーセント)であり,非支配・少数株主である。
(4) 申請人は,いわゆる同族会社であるが,現時点においては,会社の清算を予測させる事情は認められない。
(5) 申請人の株式が過去10年間に売買された事例はない。
(6) 申請人が置かれている外部環境は,A株式会社が業界の約95パーセントのシェアを占め,申請人を含む他の企業が残りのシェアを分け合うという,典型的な独占市場である。その業界の中で申請人は,独自の取引先を確保し,長期安定的な地位を確保している。とりわけ,医療関係のシェアは,他と比べても高いなど,独自性を発揮している。また,市場が成長市場ではないこと,設備産業であることなどから,新規企業が市場に参入してくる可能性は低いと判断される。
(7) 申請人は,これまで極めて長期にわたり生産設備関連の投資を抑制してきた結果,高い利益率を確保し,内部留保を順調に蓄積してきた。また,夕張市鹿島地区に所有していた申請人の酸素アセチレン等の製造施設が,ダム建設用地として収用されたことにより,申請人は,北海道土地開発公社から収用関連補償金として,平成12年度及び平成13年度中に総額49憶2260万3962円の支払を受けた。そして,その補償金の一部を使用して,苫小牧等の代替工場・設備を平成13年から平成15年にわたって取得した。
(8) 申請人の業績は順調であり,申請人は,株主に対し,ここ十数期の毎期,12パーセント(1株当たり60円)の安定した(定額の)利益配当を継続している。
2 株式の評価方法に関する知見
非公開株式会社の株式の評価法には,純資産方式,収益方式,配当方式,比準方式,併用方式がある。
(1) 純資産方式
純資産方式は,企業のストックとしての純資産に着目して,企業の価値,株価等を評価する方式である。この方式は,企業の静的価値の評価であり,貸借対照表をもとに評価するため,その計算が理解されやすく,①企業が清算手続中である場合又は清算を予定している場合,②企業経営が順調でなく,利益が少ないか又は赤字体質である場合,③過去に蓄財された利益に比し,現在又は将来の見込み利益が少ない場合,④資産の大部分が不動産であり,かつ,清算が容易に行えるような場合に適用される。
純資産方式には,簿価純資産法と時価純資産法があり,後者は更に再調達時価純資産法,清算処分時価純資産法,国税庁時価純資産法に分けられる。
(2) 収益方式
収益方式は,企業のフローとしての収益又は利益に着目して,企業の価値,株価等を評価する方式である。この方式は,企業の動的価値を現し,継続企業を評価する場合,理論的に最も優れた方法である反面,評価が将来収益に全面的に依存しているため,その根拠が不確実となる欠点を持っている。収益方式は,収益を利益として展開する収益還元法と収益を資金上の収入として展開するDCF法(ディスカウンテッドキャッシュフロー法)とに分類される。
(3) 配当方式
企業の利益処分のフローとしての配当に着目して,企業の価値,株価等を評価する方式である。この方式は,主として少数株主の株式評価方法として用いられる。配当方式には,配当還元法とゴードンモデル法があり,前者は将来の配当に着目して株価を算定する方式,後者は,企業が獲得した利益のうち配当に回されなかった内部留保額についても,再投資によって将来の利益を生み,配当の増加を期待できるものとして,これを加味した株価の算定をする方式である。
(4) 比準方式
評価の対象となった株式会社(評価会社)と業種,規模等が類似する公開会社(類似会社)又は同じ業種の公開会社の平均とを比較して,会社の価値,株価等を評価する方式である。この方式は,評価の対象となった株式会社が上場企業に匹敵する規模である場合や,実際の売買事例が客観性を持つ場合には有力であるが,そうでない場合は説得力に欠ける面を持っている。比準方式には,取引事例法,類似会社比準法,類似業種比準法がある。類似業種比準法(国税庁類似業種比準法)は,課税の公平性と簡便性の観点から政策的に制定された方式である。
(5) 併用方式
各種の評価方式を一定のルールで組み合わせて,会社の価値,株価等を評価する方式である。
3 本件における株式の評価方法の選択
まず,比準方式を本件で採用することの可否について検討すると,申請人の株式が過去10年間に売買された事例はないから,取引事例法は本件では採用しない。また,評価会社と事業に類似性が認められる公開会社はないから類似会社比準法は採用できず,類似業種比準法は国税庁において課税の公平性と簡便性の観点から政策的に採用されている方式であり,売買を前提とした株式評価に用いるのは相当でないから,いずれも本件では採用しない。
そこで,その余の方式について検討すると,株式の売買を相対で行う場合,通常は,いずれか一方の交渉力が他方を上回るのが一般的であるが,本件は,商法の規定により株式の買取価格を決定するものであるから,双方対等の立場で評価すべきである。
そして,売手の立場からは,株式の売買は株主の投資回収の方法であり,主として経済的利益の補償という観点からその算定方式を考慮すべきであるところ,株式の売買は,売手がこれまで顕在的に行使していた利益配当請求権と潜在的に有している残余財産配当請求権を換価するという側面がある。そこで,売手の立場から最も合理的な評価方式は,配当方式と純資産方式の併用方式であり,この方式に差をつける合理的な根拠は見出しにくいため,それぞれの平均値とするのが相当である。
他方,買手の立場からは,静的な評価方式である純資産方式を採用するのは妥当ではない。また,本件株式の買手は申請人自身であり(自己株式を取得することになる。),配当を期待するものではないから,配当方式を採用することも相当ではない。継続企業の動的価値を現す最も理論的な方法は,収益方式であり,買手の立場からは収益法を適用して評価するのが相当である。評価が将来収益に全面的に依拠しており,その根拠が不確実になる欠点を持っているため,評価会社の過去の財務数値を慎重に検討した上で,買手の立場からは収益法を適用して評価するのが合理的である。
以上の売主の立場と買主の立場を総合的に勘案するためには,売主と買主を双方対等の立場にあることを前提として,売主の立場からの相当な評価方式と買主の立場からの評価方式を1対1で評価価格に反映させるのが相当である。そうすると,本件では,全体を1とすると,
配当方式:純資産方式:収益方式=0.25:0.25:0.5
の併用方式を用いるのが相当である。
なお,申請人は,東京中小企業投資育成株式会社の投資引受価格を基にした株式価格をも,本件株式の算定の基礎とすべきである旨主張する。しかしながら,同社の投資引受価格は,上記2の各株式評価方式と比較して,一般的に客観化された株式評価方式として定着しているとまでは認められないから,これを株式算定の基礎とするのは相当でないというべきである。
4 本件における具体的な算定方式
(1) 配当方式の中では,配当還元法とゴードンモデル法のいずれを採用すべきかが問題となる。配当方式のみで株式の評価価格を算定する場合には,企業が獲得した利益のうち配当に回されなかった内部留保額についても,配当の増加を期待できるものとしてこれを加味するゴードンモデル法を採用するのが相当とも思料されるが,上記のとおり,本件では,配当方式,純資産方式及び収益方式の併用方式を採用する以上,配当方式の中では配当還元法を選択するのが相当である。配当還元法によれば,本件株式価格は600円となる(計算式は,下記のとおりである。)。
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(2) 純資産評価方式の中では,本件においては,資産の含み益の影響を無視することができないため,時価純資産法を採用し,時価純資産法のうち,継続企業を前提とする再調達時価純資産法を用いるのが相当である。再調達時価純資産法によって申請人の株価を算定すると,別紙1のとおり,2万0184円となる。
(3) 収益方式の中では,会計上の利益をキャッシュフローとするのではなく,実際の収益をキャッシュフローとするのが,一般には株式の価値を正確に反映することが可能であるから,DCF法(ディスカウンテッドキャッシュフロー法)を採用するのが相当である。DCF法によって申請人の株価を算定すると,別紙2のとおり,1万0383円となる。
(4) 以上の各方式による算定額を上記「配当方式:純資産方式:収益方式=0.25:0.25:0.5」の割合で評価価格に反映させると,
600×0.25+20,184×0.25+10,383×0.5
=10,387円(円未満切捨て)
となり,これに株式数10,500を乗じると,
10,387(円)×10,500(株)=1憶0906万3500円
となる。
5 結論
よって,本件株式の売買価格を1憶0906万3500円と定めることとし,主文のとおり決定する。
別紙
1 再調達時価純資産法による株価算定資料X株式会社 平成14年3月期
2 ディスカウンテッドキャッシュフロー法による株価算定資料 X株式会社 平成14年3月期