札幌地方裁判所 平成14年(ワ)110号 判決 2003年5月14日
平成14年(ワ)第110号 地位確認等請求事件(以下「甲事件」という。)
同年(ワ)第640号 懲戒処分無効確認等請求事件(以下「乙事件」という。)
(甲事件原告3名(J,K,L),乙事件原告3名(A,B,C),甲・乙事件被告2名(A,H))
主文
1 甲事件原告らが被告Aとの間で労働契約上の地位にあることを確認する。
2 被告Aは,甲事件原告らに対し,それぞれ平成13年7月11日以降本判決確定に至るまで次の各金員を支払え。
ア 毎月25日限り,甲事件原告ごとの別紙「賃金請求額」中「平均賃金」欄記載の各月額金額
イ 毎年3月15日限り,同別紙中の「3月期末手当」欄記載の各年額金額
ウ 毎年6月15日限り,同別紙中の「6月期末勤勉手当」欄記載の各年額金額
エ 毎年12月15日限り,同別紙中の「12月期末勤勉手当」欄記載の各年額金額
オ 毎年8月15日限り,同別紙中の「寒冷地手当」欄記載の各年額金額
3 被告らは,連帯して,甲事件原告らに対し,それぞれ50万円及びこれに対する平成14年2月15日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告Aが乙事件原告らに対して行った平成13年7月11日付け訓告処分が無効であることを確認する。
5 被告Aは,原告Bに対して1万0575円及びこれに対する平成14年4月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を,原告Cに対して8128円及びこれに対する平成14年4月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を,原告Dに対して8395円及びこれに対する平成14年4月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を,それぞれ支払え。
6 被告らは,連帯して,乙事件原告らに対し,それぞれ50万円及びこれに対する平成14年4月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 甲事件原告ら及び乙事件原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。
8 訴訟費用は,甲事件原告らと被告らとの間においてはこれを10分し,その1を甲事件原告らの負担とし,その余を被告らの負担とし,乙事件原告らと被告らとの間においてはこれを5分し,その2を乙事件原告らの負担とし,その余を被告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 甲事件
(1) 主文第1項と同旨
(2) 主文第2項と同旨
(3) 被告らは,連帯して,甲事件原告らに対し,それぞれ100万円及びこれに対する平成14年2月15日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 乙事件
(1) 主文第4項と同旨
(2) 主文第5項と同旨
(3) 被告らは,連帯して,乙事件原告らに対し,それぞれ100万円及びこれに対する平成14年4月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
甲事件原告ら及び乙事件原告ら(以下「原告ら」という。)は被告Aが運営している特別養護老人ホームE(以下「E」という。)で稼働していた。被告Aが原告らに与薬(入所者に薬を与えること)の拒否があったとして,甲事件原告らに対しては懲戒解雇をし,乙事件原告らには減給及び訓告処分をした。
本件は,原告らが,被告ら主張の与薬拒否をしておらずあるいは与薬拒否に関与しておらず,被告Aのこれら処分が無効であるなどとして,
(1) 甲事件においては,甲事件原告らが,
ア 被告Aに対し,甲事件原告らが被告Aとの間で労働契約上の地位にあることの確認を求め,
イ 被告Aに対し,上記懲戒解雇が通告された日からの賃金等の支払を求め,
ウ 被告らに対し,被告らが同懲戒解雇により甲事件原告らを職場から排除するために画策し,不当な張り紙をするなどして甲事件原告らを不良介護員であるとして甲事件原告らの人格と名誉を毀損したとして,連帯して,甲事件原告ら各自に慰謝料として各100万円及びこれに対する甲事件訴状送達の日の翌日である平成14年2月15日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,
(2) 乙事件においては,乙事件原告らが,
ア 被告Aに対し,上記訓告処分が無効であることの確認を求め,
イ 被告Aに対し,同訓告処分等を受けたことにより未払になっている賃金分及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日である平成14年4月13日から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め,
ウ 被告らに対し,被告らが同訓告処分により乙事件原告らを職場から排除するために画策し,不当な張り紙をするなどして乙事件原告らを不良な職員であるとして乙事件原告らの人格と名誉を毀損したとして,連帯して,乙事件原告ら各自に慰謝料として各100万円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日である平成14年4月13日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるという事案である。
第3争いのない事実等
1 当事者
(1) 被告Aは,肩書地においてEを運営している。
Eは,入所定員50名の特別養護老人ホームであり,介護を主目的とする福祉介護施設である。入所者は,日常生活に介護を要する老人である。平成13年2月当時50名が入所していた。要介護1度ないし3度の者が27名を占め,要介護4度ないし5度の者(より重度になる。)が22名いた。介護員は18名,看護師2名,非常勤医師1名が従事している。本件で問題になっている後記与薬前にはF看護師(以下「F看護師」という。)及びG看護師(以下「G看護師」という。)の2名であったが,同与薬当時の看護師は,G看護師1名のみであった。
(乙1の1ないし1の4,11,21)
(2) 被告Hは,被告Aの代表者理事である。
(3) 原告Jは平成3年10月11日に,原告Kは平成3年4月1日に,原告Lは平成3年9月9日に,それぞれEの寮母(現在は介護員)として被告Aに採用された者である。
原告Bは昭和61年4月1日に生活指導員として,原告Cは平成2年10月1日に介助員として,原告Dは平成7年4月1日に寮父として,それぞれ被告Aに採用された者である。
2 入所者に対する与薬
(1) 入所者の中には,薬の嚥下に注意を要する者が27名,痴呆症状がある者が23名いた(両者が重複する者18名)。薬の服用の介助について,少なくとも,自立でできる者が1名,一部介助を要する者が6名,全介助を要する者が34名であった。これらの入所者には,薬の内服の一部ないし全部について介助を要した。(乙1の1ないし1の4)
(2) 医師の診察により各入所者の薬の処方箋が作成される。Eの入所者のほとんどが薬の服用が必要であった。この処方箋に沿って薬が用意され,入所者に対する2週間分の薬がまとめてEに運び込まれる。Eの看護師は,処方箋に沿って,先ず1週間分を各入所者毎に分ける。毎日の朝昼夜の3回ごとに分薬し,各入所者ごとにサインペンで記名する。各入所者ごとに輪ゴムでまとめて薬籠に入れておく。
特別行事食の場合には,与薬担当者ごとにさらにまとめられる。分類された薬は,食事ごとに分別された薬籠に整理される。食事が始まる前にその食事分の薬籠が食堂に出される。薬は食事前に与薬される。(乙3,33)
(3) 昼食は午前12時前に配膳が始まることから,それまでに食堂に集まってくる入所者に対し,順次食事前に与薬を済ませる。薬の嚥下要注意者には,嚥下する力の衰えのため薬をお茶等の飲料と混ぜ合わせスプーンで少しずつ投薬する必要がある者や,痴呆者もいるので,与薬の介助が必要になる。手間と時間がかかるものである。本件より以前は,与薬は介護員が中心になってしていた。(乙3)
(4) 平成13年2月7日の昼食は特別行事食(しゃぶしゃぶ)であった。通常は午前12時に食事が始まるが,特別行事食の場合には,午前11時40分ころから始まることになっていた。それに伴い,与薬も早めに始まることになっていた。
通常の食事は,入所者の食堂の配置は固定されていたが,特別行事食の場合には,テーブルごとの入所者を変えることになっていた。各テーブルにつく入所者は,その日の朝に配置表で明らかになっており,また,各テーブルには名札が貼ってあった。そのことから,テーブルごとに与薬担当者を予め決め,テーブルごとに着席する入所者の薬袋を束ね,その束に与薬担当者の名前を記載したメモ(以下「担当者メモ」という。)をはさんで,与薬担当者が与薬すべき入所者がすぐ分かるようにしていた。このように整理した薬の束を薬籠に入れて食堂に置いて,昼食前に順次与薬しやすいようにしていた。同日の与薬の担当者は,別紙配置図のとおりであった。ただし,担当者メモや配置表があるものの,その担当者が必ず与薬するというわけではなく,手の空いた職員が未だ与薬されていない入所者に対して順次与薬するという取扱いがされていた。(乙3,25(枝番を含む。),26(枝番を含む。),33,G証人,I証人)
3 原告らに対する処分
(1) 被告Aは,平成13年7月11日付けで,甲事件原告らに対し,懲戒解雇の通知をした(以下「本件解雇処分」という。)。
(2) 被告Aは,同日付けで,乙事件原告らに対し,①就業規則57条に定められた懲戒処分として3か月間10パーセントの減給の処分及び②就業規則57条に定められた懲戒処分として訓告処分をした(以下「本件訓告処分」といい,本件解雇処分と併せて「本件処分」という。)。
4 本件処分の理由
(1) 甲事件の処分の事由
ア 甲事件原告らに対する本件解雇処分の辞令によると,次のような記載がある。
「貴職はE就業規則に照らして,就業規則違反の数々の反福祉行為並びに不当介護行為により,懲戒委員会並びに引続く社会福祉法による第三者委員会の議を経て,即ち全ての正当,かつ公平な審議過程を終え,ここに貴職は,介護福祉施設の特養ホームEの介護員としては全く不適切,不適適格,かつ不当極まる介護員であるという明白な結論により,平成13年7月11日を以って,即日懲戒解雇とするものである。」
イ 被告らの本件解雇処分の理由は,次の3点である。
(ア) 甲事件原告らは,共謀して,入所者に対して行われる平成13年2月7日の昼食前の与薬(以下「2月7日の与薬」という。)及び同月8日の昼食前の与薬(以下「2月8日の与薬」といい,2月7日の与薬と併せて「本件与薬」という。)をいずれも拒否した。
(イ) 甲事件原告らは,共謀して,平成13年4月3日,E内で発生した訴外Nの骨折事故について,訴外当別町へ匿名の投書をした。
(ウ) E内に設置してある「目安箱」に,甲事件原告らに対する苦情が多く寄せられている。
ウ なお,本件で被告らは,本件解雇処分の理由として上記(ア)のみを主張している。
(2) 乙事件の処分の事由
ア 原告Dが被告Aから交付された辞令には,次のような記載がある。原告B及び原告Cの各辞令も同旨である。
「貴職は介護長の要職にありかつケアマネージャーの立場を,よく認識せず平成13年2月7日,8日の園介護士たちの与薬拒否に対して全く指導的かつ管理上の役割を果たさず,それを黙認かつあろうことか8日の昼食与薬時もそれを是認して園の介護現場に大きな混乱を巻き起こしたことは極めて介護福祉施設のケアマネージャーとして遺憾である。よって懲戒委員会の議を経て(1)文書による訓告と(2)給与10分の1カット3ケ月の懲戒に処する。」
イ また,原告Dが交付を受けた訓告処分の文書には,次のような記載がある。原告B及び原告Cの各文書も同旨である。
「貴職はケアマネージャーの資格をもち,且つ介護副主任という,介護士の援助,指導等を業務としながら,全くあらうことか,2月7日,8日のE介護全員が,園入居者の食事前与薬を,組合員J,L,Kらを首謀とする与薬拒否(業務拠棄事件に)全くそれを阻止(自ら1人でも与薬に与るべきところ)すべき立場にありながら,その首謀者の言を盲信し,よって園の介護業務に重大な混乱と入居高齢者の生命,健康そして寿命に対する多大の無形の損害を与え,見方によっては,民法,刑法に値する大きな過誤,失態を起こしたものである。よって厳しく訓告し,特養の業務の改善への反省と姿勢を求めるものである。」
(3) 被告Aの就業規則
被告Aの就業規則には,次の規定がある。
ア 56条
「職員が次の各号一に該当する場合においては,制裁を行なう。
(1) この規則又は業務上の命令にしばしば違反したとき又は,その違反が重大な場合
(2) 故意又は重大な過失により業務の能率を阻害する等,施設及び法人に損害を与えた場合
(3) 及び(4)は省略
(5) その他社会福祉施設の職員としてふさわしくない非行があった場合」
イ 57条
「前条の規定による制裁は,その情状により,次の区分に従って行なう。
2 制裁は,第56条の委員会の報告を受けて理事長が行なう。
(1) 訓告
口頭をもって将来を戒める。
(2) 及び(3)は省略
(4) 減給
始末書を提出させ給与を減額する。ただし,減給1回の額が平均賃金の1日分の半額,総額が1賃金支払期における賃金総額の10分の1の範囲内で行なうものとする。
(5) は省略
(6) 懲戒解雇
予告期間を設けることなく第17条の手続きにより解雇する。」
ウ 17条
「理事長は職員が次の各号の一に該当する場合においては,30日前に予告し,又は予告手当(平均賃金の30日分)を支給して解雇する。ただし,(1)及び(4)の事由に基づき解雇する場合において所管労働基準監督署の認定を受けたときは,予告又は,予告手当を支給することなく即時に解雇する。
(1) 懲戒解雇されたとき
(2) 勤務成績が著しくよくない場合
(3) 及び(4)は省略
(5) その他前各号に準ずる程度の事由がある場合」
(4) 被告Aの処分の理由
被告Aの本件処分の理由は,次のとおりである。
ア 甲事件原告ら
甲事件原告らの本件与薬拒否行為は,就業規則56条(1),(2)及び(5)に該当し,その制裁としては同57条(6)の懲戒解雇に相当する。
仮に,懲戒解雇にならないとしても,同17条の(2)及び(5)に該当するから,通常解雇に当たり,後記のとおり改めて通常解雇の申入れをしている。
イ 乙事件原告ら
乙事件原告らの本件与薬拒否行為は,同56条(1),(2)及び(5)に該当し,その制裁としては同57条(1)の訓告及び(4)の減給に相当する。
5 本件張り紙
被告Hは,被告A理事長として,Eの入り口に,平成13年7月17日付けで,次のような張り紙をし(以下「本件張り紙」という。),原告らの辞令も張った。
「先に本年2月7日の,1.昼食前の与薬拒否事件の就業規則違反行為(職場放棄事件)2.目安箱問題(内容はほとんど介護3人J・K・Lら)の不当介護行為,老人虐待事件等へのクレーム3.役場への匿名投書事件(Nさん事件)園の名誉毀損事件の問題がE就業規則違反事件として懲戒委員会の議を経て,過日,J・K・Lは公示の如く懲戒解雇となったものであり,このことは介護上の保健医療福祉への違反として(組合の問題ではない)処断された。そして,当日与薬拒否に加担した3介護士(B・D・C)は減俸3ケ月(10%カット)と訓告処分となったもので,その辞令を公開する。」
「介護長B 副介護長D 有料介護支援センター長介護保険認定審査委員会委員(E代表)C 右の者は平成13年7月19日付けを以って『その任を解く』ことの辞令を交付したので公示する。よってこれを園内に告示する。」
6 通常解雇の主張
甲事件原告らは,申立人として,被告Aを相手方として,本件に関して,地位保全等の仮処分を申し立てた(乙14,平成13年(ヨ)第387号事件)。被告Aは,同事件決定に対する異議申立てをした(乙15,平成13年(モ)第11916号事件)。そして,同異議申立事件における平成13年11月28日付け保全異議申立書において,予備的に,通常解雇の主張をし,遅くとも同年12月25日の審尋期日に,甲事件原告ら及び原告ら代理人に到達した。(弁論の全趣旨)
第4本件の争点
1 原告らは,被告ら主張の与薬拒否をし,あるいはこれに関与したのか否か(争点1・与薬拒否)。
2 被告ら主張の通常解雇の主張は認められるか(争点2・通常解雇)。
3 本件訓告処分の無効確認の利益があるか(争点3・本件訓告処分の無効確認の利益)。
4 原告ら主張の慰謝料は認められるか(争点4・慰謝料)。
第5争点1(与薬拒否)に関する当事者の主張
1 被告ら
(1) 本件与薬拒否の事実は,次のとおり,存在する。
ア 2月7日の与薬
(ア) 当時の昼食は特別行事食(しゃぶしゃぶ)であった。G看護師,原告ら,訴外O,P用務員も与薬を担当する予定であった。
(イ) 原告J及び原告Lは,他の職員に対し,「G看護師が,昼食時の与薬は自分がするから他の者はしなくてもいいと言っていた」旨言った。これにより,原告J及び原告Lはもとより,原告Kも与薬をしなかった。原告Cも与薬せず,原告Dは与薬しようとしたが中止し,原告Bは2人の入所者に与薬したが,以後与薬をしなかった(以下,原告らの与薬拒否の態様を「被告ら主張の与薬拒否」という。)。
(ウ) G看護師は,Q施設長,R生活指導員らの助けを求めて,与薬を一応終わったが,薬籠には3名の薬(原告J担当分と原告C担当分)が残っていた。
イ 2月8日の与薬
(ア) 当日の昼食は通常食であった。与薬の担当者は,原告ら以外の介護員であった。原告J及び原告Kは,同日早番であったため,昼食時の与薬担当者ではなかった。原告Lは公休であった。
(イ) 原告Jは,与薬担当者に対し,「G看護師が昼食時の与薬は自分がするから他の者はしなくてもいいとの発言をした」旨詐言を弄して伝えた。
(ウ) G看護師は,他の介護員を指示して混乱を収めた。
(2) これらの甲事件原告らの行為は就業規則56条の(1),(2)及び(5)に該当する。
すなわち,甲事件原告らの本件与薬拒否は,被告Aの与薬業務に関し,業務命令に反し,かつ,与薬業務を混乱させたものであるし,入所者の直接の肉体的,精神的利益を無視するものである。入所者の要介護度からすれば,決して軽微な違反行為ではない。また,原告Jが言うように,G看護師が1人で入所者全員の与薬ができるはずがない。本件与薬拒否行為は入所者の健康状態に実害が全く生じなかったとはいい難い。このような行為は介護者の適格性を欠くものである。
(3) 仮に甲事件原告らの行為が懲戒解雇事由に当たらないとしても,就業規則17条(2)及び(5)に該当する。特に(5)は同条(1)ないし(4)に準ずることとされており,(1)は懲戒解雇が列挙されているから,懲戒解雇事由に準ずる程度の事由がある場合をいう。被告Aは,上記のとおり,通常解雇の意思表示をしたから,予告期間30日が経過した平成14年1月25日には解雇されている。
(4) 乙事件原告らの行為も,同様に同56条の(1),(2)及び(5)に該当する。なお,原告Cは当時「S在宅介護支援センター」の職員であり,与薬は本来の業務ではなかったと主張するが,被告Aの職員から離脱しているものではない。
(5) Eの職員らで構成する決定権のない会議において,原告らが主導して少なくとも2回にわたり,与薬は看護師が中心になってしてもらいたいとの要望について議論されたものの,従来の方式に変更はなかった。F看護師は同要望に応じることに前向きであったが,G看護師は,仕事量が物理的に不可能であることから同要望に応じるのは困難であるという立場であった。その後,被告Aは,F看護師が医師の指示なく医療業務行為等をしたとして平成13年1月23日付け書面で懲戒解雇した。原告Jが分会長をする労働組合は,上記懲戒解雇を不当であるとして,被告Aに対して団体交渉を申し入れていた。しかしF看護師は,同年2月22日付けで自己都合退職した。その後は,G看護師1人で与薬に関与することは更に困難になっていた。本件与薬拒否行為は,こうした原告らの不満から発したもので,F看護師を支援するものである。原告らの意図は,与薬怠業により,入所者のほぼ全員に対する与薬業務をG看護師の単独でさせることを強制することにある。
2 原告ら
(1) 甲事件原告ら
ア 甲事件原告らは,本件与薬を全く拒否していない。
イ 入所者に対する与薬は従前から介護員が行っていた。平成12年11月27日の寮母会議と同月30日の代表者会議で「介護と看護の役割分担」が話題になり,今後は看護師が中心になって与薬することが確認され,看護師の業務分担表まで作られている。しかし,G看護師は与薬をしようとしなかった。原告らの要望は,看護師が1人で与薬をすべきだということではなく,投薬ミスが騒がれている昨今であるから,専門家である看護師を中心に寮母が手伝う関係で与薬したいという協力関係の実現であった。
ウ 原告Jは,2月7日の与薬の際,G看護師に対して「与薬は看護師が主になってすることになっているけど。」とたしなめただけである。G看護師は感情的になって「私がやるからいいよ。」と言った。しかし,原告Jは,自分と原告Cの2人で要介護4度ないし5度の入所者8名に対して与薬している。
エ G看護師は,被告Hに対し,介護員がやっていた仕事の一部を看護師が協力することになったことを,本件与薬拒否と報告したにすぎない。被告Hは,これに乗じて甲事件原告らに対して懲戒解雇を発したのである。
オ 2月8日の与薬拒否の教唆行為は,そもそも本件与薬の拒否がない以上,教唆行為もない。
(2) 乙事件原告ら
ア 乙事件原告らは,2月7日の与薬については,通常どおり与薬業務を行っている。
イ 2月8日の与薬について,被告らは,乙事件原告らが甲事件原告らの与薬拒否に荷担したと主張するが,そもそも上記のとおり,甲事件原告らが2月8日の与薬についてこれを拒否し,また与薬拒否を教唆したという事実はない。
また,2月8日の与薬について,原告Bは与薬担当ではなく,外出して現場にいなかった。原告Dは公休であった。原告Cは当時「S在宅介護支援センター」の職員であり,与薬は本来の業務ではなく,2月7日の昼食が特別行事食であったことから,特別に動員されたにすぎない。
第6争点2(通常解雇)に関する当事者の主張
1 被告ら
(1) 仮に,甲事件原告らの本件与薬拒否が懲戒解雇事由に該当しないとしても,上記のとおり,本件与薬拒否の性質からして,就業規則17条(2)及び(5)の通常解雇事由に該当する。
(2) 懲戒解雇の意思表示には,通常解雇の意思表示も含まれると解すべきである。
仮に,これが含まれないとした場合には,上記のとおり,別途通常解雇の意思表示をしている。
2 甲事件原告ら
(1) 甲事件原告らは,本件与薬拒否をしていないから,通常解雇事由にも該当しない。通常解雇としても,被告Aの解雇権の濫用である。被告らは,本件与薬の後に,懲戒委員会を開催し,懲戒解雇をして労働組合攻撃を行ってきた。その後の仮処分手続において,甲事件原告らの排除ができないと分かるや,通常解雇を主張し始めたのである。
(2) 就業規則17条(2)は,職員の職務能力を問題にした解雇事由であるところ,本件は本件与薬拒否という業務命令違反行為を問題にしているのであるから,同(2)には該当しない。同(5)は,職員の責めに帰すべきではない事由による場合を指しているから,本件は同(5)にも該当せず,通常解雇の理由にならない。
(3) 懲戒解雇の意思表示が過酷にすぎて無効である場合に,それは通常解雇の意思表示をも包含するものではない。
第7争点3(本件訓告処分の無効確認の利益)に関する当事者の主張
1 原告らの主張
本件訓告処分は,就業規則57条に設けられている懲戒処分であり,被告らは,昇給,昇格の人事考課に際して不利に考慮した。そして,何回か重なると重い懲戒処分を科すことをこれまでもしてきた。したがって,本件訓告処分の無効確認を求める利益がある。
2 被告らの主張
訓告処分は,口頭をもって将来を戒めるもので,制裁として定められているものの,懲戒処分ではない。
第8争点4(慰謝料)に関する当事者の主張
1 原告ら
(1) 被告Hの不法行為
ア 被告Hは,原告らが所属する労働組合を嫌悪していた。いわれなき「組合による怠業・ストライキ」をでっち上げて甲事件原告らを解雇して職場から排除し,原告らを支持する者への見せしめのために乙事件原告らに本件訓告処分を行った。
イ 被告Hは,甲事件原告らを解雇して職場から排除するとともに,原告Bは介護長,原告Dは副介護長,原告Cは介護支援センター主任及び介護保険認定審査委員会E代表委員の各役職にあったところ,報復人事として,平成13年7月19日付けで,これら役職から降格させた。
ウ 被告Hは,Eの入り口などに数回にわたって本件張り紙をし,原告らの辞令まで張った。職員や入所者の家族に対し,「原告らは不良介護員である」と説明したり,その旨の文書を渡した。
エ 以上の被告Hの行為は原告らの人格や名誉を著しく傷つける不法行為である。
(2) 被告Aの不法行為
被告Aは,その理事である被告Hの不法行為に関して民法44条によって不法行為責任を負う。
(3) 慰謝料
被告らの上記不法行為により,原告らは精神的苦痛を受けた。
原告らに対する慰謝料は各自100万円が相当である。
2 被告ら
争う。
第9争点1(与薬拒否)に対する判断
1 2月8日の与薬について
(1) 2月8日の与薬について,原告らが与薬を拒否しあるいは与薬拒否に関与したと認めるに足りる証拠はない。
(2) かえって,G看護師の陳述書(乙4)及び参考人調書(乙10)及びG看護師の供述では,2月8日の与薬について,夜の薬と昼の薬が反対になっていて,薬の取り違えがあったものの,与薬拒否により与薬業務が混乱したことはなかったと認められる。
(3) また,原告Kの被告Aに対する回答書(乙8の3),原告Lの被告Aに対する回答書(乙8の2),原告Bの陳述書(甲16),原告Cの被告Aに対する回答書(乙8の6),原告Dの陳述書(甲18)によれば,以上の各原告が2月8日の与薬には関与しておらず,また,その他2月8日の与薬に何らかの関与をしたと認めるに足りる証拠はない。
なお,原告Bの回答書(乙8の8)中には,「2月7日に事実を知り,きちっと処理していれば,2月8日のことはなかったでしょう。」との回答部分があるが,この「2月8日のこと」が何を指すのか明らかではなく,また,薬の取り違えを指すのであれば,2月8日の与薬とは関連がない。
さらに,訴外Mの陳述書(乙6)中には,2月8日の与薬の際には,六,七名の介護員が出勤していたものの,2名で与薬していたにすぎないかのような陳述がある。しかし,2人で与薬することは,薬を取り違えたといいう異常事態下において,そもそも与薬自体困難であるし,また,そのような事態があれば,前日の与薬拒否があったとするG看護師が放置しておくはずがない。したがって,同陳述は信用できない。
(4) 本件処分の理由は,上記のとおり,2月8日の与薬拒否を制裁事由としているが,全く根拠がない。
2 2月7日の与薬について
(1) 被告ら主張の与薬拒否は,①原告J及び原告Lはもとより,原告Kも与薬をしなかったこと,②原告Bは2人の入所者に与薬したが,以後与薬をしなかったこと,③原告Cも与薬をしなかったこと,④原告Dは与薬しようとしたが中止したこと,以上を本件処分の制裁事由とする。
しかし,被告ら主張の与薬拒否を認めるに足りる証拠はない。
(2) かえって,①原告Jの被告Aに対する回答書(乙8の4)では,担当テーブルの何名かに与薬したこと,②原告Kの同様の回答書(乙8の3)では,いつもどおり与薬をしたこと,③原告Bの同様の回答書(乙8の8)では,2名の与薬をしたこと,④原告Cの同様の回答書(乙8の6)では,何名かの与薬を行ったことの記載がある。同各回答書は,本件与薬拒否が問題になってからほどなく原告らが自筆で記載したものであるから信用性が高い(I証人)。また,被告Aの本件処分に先立つ懲罰委員会の原告らに対する質問でも,原告らは与薬をしたと答えている(T証人)。そうすると,原告らが上記のような態様で与薬拒否をしたということはできず,かえって与薬に参加していたことが十分窺われるところである。(なお,原告Bの陳述書(甲16)では,原告Bも2人の与薬をしたこと,午前11時35分ころ,G看護師が後ろから来て自分の持っている薬を奪うようにして,2名の与薬をしたことを陳述している。また,原告Dは,2名ほど与薬したと供述していて,全く与薬拒否をしたとする原告らはいない。)
(3) 仮に被告ら主張の与薬拒否が存在したとすると,甲事件原告らが担当する与薬すべき入所者約12名(介護員1名に対し入所者4名),乙事件原告らが担当する与薬すべき入所者約10名,以上合計約22名分の与薬が実施されなかったことになる。そして,2月7日の与薬は後記のとおり結局は実施されていたのであるから(3名分程度の薬が残っていたとする点は後記のとおりである。),原告ら以外の者が原告らに代わって実施したことになる。しかし,約22名分もの与薬が他者によって実施されたと認めるに足りる証拠はない。このことは,結局,原告らが与薬をしたか,通常のとおり手の空いた職員が順次与薬を実施したこと(G看護師も,担当者メモにこだわらず,手の空いた者が与薬をすることを認める証言をしている。)を意味する。
(4) この点について,G看護師の陳述書ないし証言中には,G看護師が20名程度与薬したと陳述ないし供述する部分がある。
ア すなわち,G看護師の陳述書(乙4,33)においては,G看護師は,午前11時15分ころには,薬籠の中には担当者メモが薬にはさんであったことを確認したこと,G看護師が,午前11時35分ころ,経管栄養の業務(食事ではなく,鼻や胃から経管で栄養等を取り入れている入所者に対する世話)を終え,テーブルに戻り,薬籠を見ると,薬が半分以上残っており,担当者メモが全部抜かれていたこと,原告J及び原告Lが嫌がらせで行ったものと思い,頭の中が真っ白になったこと,G看護師は,直ちに原告B(介護長)に担当者メモが取られていることを報告したが,取り合ってくれなかったこと,さらに,訴外U前事務長に報告したところ,直ちに原告Bを呼び出したが,原告Bは応じなかったこと,原告J,原告L,原告D,原告Cを見たが,誰も与薬しておらず,原告Kはテーブルについていなかったこと,そこで,G看護師は,1人で10名以上分の与薬をしたこと,通りかかった訴外Q施設長(以下「Q施設長」という。)もG看護師の与薬を手伝ったこと,原告Dと原告Cは立ったまま何もせず,ボーッとG看護師の方を見ていたこと,昼食が終わってから,薬籠を見ると,3名分ほどの薬が残っており,それは原告Jと原告Cが与薬を担当するテーブルの入所者のものであったこと,以上を陳述する。
しかし,同陳述によっても,G看護師が与薬したのは10名以上とするだけである。これと,Q施設長が手助けした人員「数人」(Q施設長の陳述書(乙5))及びQ施設長が確認した3名分の薬の残存とを足しても,20名以上の与薬をしたことにはならない。
イ さらに,G看護師の本件に関する仮処分事件の審理における参考人調書(乙10)によると,上記陳述に加えて,午前11時15分ころから午前11時35分ころまでの間,経管栄養の業務をしながら,5名の与薬をしたこと,それ以降は五,六名位与薬したこと,結局,合計20名程度は与薬したこと,与薬を終わった時は食事が始まっていたこと,以上を証言する。
(ア) しかし,G看護師の上記証言は,午前11時35分までの与薬をした入所者数とその後の与薬をした入所者数との合計が合わない矛盾した証言をしている(G看護師は,証言の当初は,始めに五,六名に与薬し,合計で20名位に与薬したと証言していたが,その後証言を変遷させ,担当者メモがはずされているのが分かってからは五,六名に与薬したと証言する。)。また,上記G看護師の上記陳述書に比べて,与薬した入所者の人数は20名であるとするなら,明らかに水増しされていて不自然である。
(イ) G看護師の上記証言によると,半分は既にG看護師が与薬し,残り半分はその後手伝ってもらって与薬したという。しかし,同証言にもあるように,原告らが担当する入所者は投薬が困難な入所者が多く,その投薬をするには,1人当たりの与薬の時間も相当かかるところ(与薬に時間がかかることは上記のとおりであり,また,担当者メモがはずされていたというのであるから,与薬すべき入所者を探すのにも時間がかかる。),G看護師が特別行事食が始まる午前11時40分ころまでの5分前後で,あるいは,食事が実質的に始まると考えられる午前12時ころまででも25分で15名(20名から当初与薬をしたとする5名を引いた残りの入所者数)の与薬をすることは困難である。
(ウ) G看護師は,原告らの担当するテーブルの与薬をしたかについては記憶がないとも証言し,結局,甲事件原告らの担当した入所者の与薬が拒絶されたまま放置されたわけではないことを認めている。したがって,原告らが担当する与薬業務を怠業したのか,同証言によっては明らかにはされていない。
(エ) G看護師は,原告D及び原告Cがボーッと立っていたと陳述ないし証言するが,与薬を拒否する者がそのような状態でいるのは不自然であるし,また,与薬をしていないことを明確に見たわけではない。
(オ) G看護師は,Q施設長が与薬を手伝ったとし,Q施設長も,陳述書(乙5)において,G看護師が与薬を行っていて,「寮母達がお薬を飲ませないの」と言ったこと,そこで,G看護師の与薬を手伝ったこと,Q施設長は数人ほどの入所者に対して与薬したことを陳述し,また,訴外Oの陳述書(甲10)中でも,Q施設長が与薬を手伝っていたことが陳述されていて,G看護師の上記陳述ないし証言に沿うところではある。しかし,Q施設長は,被告Hの配偶者であるし,原告Bの陳述書(甲16)によると,Q施設長は,本件が原告らの労働組合と被告らとの間で問題になった当初,2月7日の与薬拒否のことは知らないと言っていたが,後になってG看護師を手伝ったと言うようになったと陳述する部分もあるし,また,G看護師から介護員の与薬拒否を聞かされても何ら指示,措置等をせず,G看護師を手伝うという対応も不自然であって,直ちに信用できない。訴外Oの上記陳述書も同様に信用できない。
(カ) G看護師は,2月7日の与薬の後の食事後,3名分の薬が残されていたと証言するが,G看護師の上記陳述ないし証言によれば,嫌がらせを受けたと考えて,頭が真っ白になって与薬を必死になって行ったというのであるから,G看護師が薬を残すはずがない。
ウ また,G看護師の本件における証言(1回目)では,上記陳述ないし証言に加えて,午前11時15分ころに経管栄養を行う入所者3名に対して世話を始め,それが終わってから食堂へ行ったこと,それまでに自分の担当分の入所者に対して何名かに与薬したこと,その後,座薬の世話や点滴の世話で医務室等を行ったり来たりしたこと,午前11時40分ないし45分に食堂に戻ると,担当者メモがすべてはずされた薬が半分位残っていたこと,頭が真っ白になったが,与薬を始めたこと,少なくとも十五,六名に与薬したこと,その最中に食器が運び込まれ始めたこと,以上を証言する。その証言には,上記と同様に信用性に問題が残るところである。
他方,G看護師は,Q施設長に「介護員が与薬をしてくれない。」と言ったら,Q施設長が手伝ってくれたというにすぎず,Q施設長が介護員に指示して与薬をするよう促したということがあったか記憶がないとしていること,G看護師が誰に与薬したかは記憶がないこと,食器が運ばれてきた午前12時近くになって,原告らが何もしないで立っていたことをちらっと見たこと,薬籠が空になったことを確認していること,その後,3名分の薬が残っていたことを確認したこと,しかし,残っていた3名分の薬も,結局,誰かが与薬していたこと,以上の証言もする。Q施設長がG看護師から介護員が与薬を拒否していると聞きながら,これを是正する措置を取るといったことなく,単純にG看護師を手伝っていたというのも不自然である。そして,結局は,G看護師が誰の担当分の与薬をしたのか明らかにできず,ましてや原告らが与薬拒否をしたということも明確にできない。原告らが何もしないで立っていたのを見たというのも,上記の程度の確認方法にすぎない。
そして,残っていた3名分の薬も結局誰かが与薬していたのである。
エ G看護師の陳述ないし上記証言に対し,本件に関する仮処分事件について被告Aから提出された訴外Oの陳述書(甲10)によると,午前11時30分ころ食堂に行って,G看護師から与薬担当の入所者4名分の薬をもらって,与薬したこと,その時は担当者メモがあったことを陳述しており,G看護師の陳述ないし証言と矛盾する。
また,G看護師が午前11時35分以前に与薬をしたかについては,2月7日の与薬以前から与薬をしていなかったことから疑問である(後記のとおり,原告J及び原告Lが会話をして初めて与薬を始めたと認めるのが妥当である。)。
(5) 以上のとおり,G看護師の陳述ないし証言は,被告ら主張の与薬拒否を裏付けるには,その信用性に問題がある。そして,G看護師が与薬したとする何名かの与薬分が,原告らの与薬拒否に基づき発生したのか全く明らかにされていないといわなければならない。
(6) ところで,2月7日の与薬に混乱を来したきっかけになったのは,同日の午前中に行われたG看護師と原告J及び原告Lとの会話のやり取りであると認められる。
ア すなわち,G看護師の陳述書(乙4,33)中にも,原告Jと原告Lが,午前10時40分ころ,G看護師と会話したこと,原告Lは「これからは看護師さんが与薬するようになったんでないの。」と言うと,G看護師は「そんなこと言ってないし,知らない。」と答えたこと,原告Jは「F看護師は『やってできないことではない』と言っていた。」と言うと,G看護師は「そんなこと,いつ言っていたの?」と聞くので,原告Jが「正月に話していた。」と答えたこと,そして,G看護師は「F看護師の話は,医務室の仕事をしないのであれば,本人としてはやればできるかもしれないという話です。」と答えたこと,以上のような会話があったことを認める陳述をする。
この会話において,G看護師が「私がやるからいいよ。」といった発言をしたかについては,争いがあるところであるが,G看護師はこれを否定する。
G看護師がそのような発言をしていないと一貫して陳述ないし証言していることからすれば,そのようなきっかけは存しないことになるが,そうすると,被告らが主張するような与薬拒否という事態はきっかけがないから発生しようがない(ましてや,被告主張の与薬拒否の態様で,原告らが事前に共謀して本件与薬拒否を画策したと認めるに足りる証拠はない。)。G看護師は,与薬についての看護師と原告ら介護員との役割分担に関する微妙な調整事項について,大問題になるきっかけになる発言をしたかについて,被告らに気兼ねして,上記のような発言をしていないと陳述ないし証言していることは明らかである。このような点からしても,G看護師の陳述ないし証言は信用性が乏しい。
イ この点について,被告Aの本件処分事由の与薬拒否は,原告らの上記各回答書が重要な根拠になっているところ,①原告Jの上記回答書(乙8の4)では,看護師が中心になって与薬すると会議で決まっていたが,G看護師は全く行っていなかったこと,上記会話で,G看護師が「私がやるからいいよ」と言ったことから,その指示に従ったこと,そうした会話を他の職員にそのまま伝えたこと,②原告Lの上記回答書(乙8の2)では,上記会話で,G看護師が「私がやるからいいよ」と言ったこと,原告Lは,これに従ったこと,③原告Kの回答書(乙8の3)では,看護師が中心になり与薬を行うことが決まっていたこと,2月7日の与薬ではG看護師がずっとしていなかったので,いつもどおり与薬をしたこと,G看護師が「私がやるよ」と言った旨を聞いたことから,任せたこと,④原告Bの回答書(乙8の8)では2月7日の与薬は2名し,担当の残りの2名はG看護師がしたこと,⑤原告Cの回答書(乙8の6)では,2月7日の与薬では,何名かの与薬を行ったこと,与薬は看護師が中心になって行い,介護員が手助けすることになっていたが,その後行われていなかったこと,原告J,原告Lが確認をとったところ,G看護師が「私がやる」と決定したことを原告Jから伝えられたこと,⑥原告Dの回答書(乙8の7)では,原告Cから「お薬は,看護師さんがあげてくれる事になったようだ」と聞いたこと,G看護師が原告Bの持っていた薬を取り上げたのを見て,看護師がしてくれることになったと再確認したこと,以上のように原告らが回答をしているところ,いずれも,G看護師の上記会話における「私がやるからいいよ。」といった発言がきっかけになっていることになる。
ウ そして,原告らの上記各回答書によると,G看護師が上記会話の中で「私がやるからいいよ。」といった発言をしたこと,原告らの一部にはこれに従おうとし,あるいは,実際に担当の入所者に対する与薬を一部取り止めた原告がいることが認められる。すなわち,原告らが直接与薬したとする入所者の数は,原告らが担当すべき入所者数に足らず,約10名前後の入所者に対して与薬を直接していないことが認められる。そして,G看護師が同発言をしてから与薬を始めたが,約10名程度の与薬をしたにすぎないと認めるのが,G看護師が与薬をしたとする時間(概ね午前11時35分から10分から15分間)にも整合して相当である。
そこで,念のために,被告ら主張の与薬拒否がこうした原告らの対応も含むものとして,本件処分事由の与薬拒否ということができるかについても,検討を加えておく。
(ア) 証拠(以下で引用する証拠のほか,G証人(1回目,2回目),原告J本人,原告L,原告D)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると,次の事実が認められる。
a 甲事件原告ら介護員と看護師との間で,与薬のあり方について議論があった。従前から,与薬は介護員が担当していたが,与薬の過誤があると責任がとれないとして,本来の職務の看護師が中心になって行うべきであると主張していた。これに対し,F看護師は同意していたものの,G看護師はこれに反対していた。
b 平成12年11月2日の職員会議では,原告Jが誤飲を防ぐためにも与薬は看護師にやってもらった方がよい,あくまでも飲ませる主であるのは看護師で寮母はそれを手伝うようにしたいとの発言をした。また,F看護師も与薬については看護師の管理下で寮母にも手伝ってもらうべきだと思うとの発言をした。事務長は,絶対看護師だと決めつけずに協力して行ってほしいとの発言をした。このように,与薬に関して一定の事項が決まったわけではなかった。(乙7)
c 同月27日の寮母会議では,原告Bが,看護業務に与薬も入れてほしいと発言した。G看護師は,これまで臨機応変にやっていたこと,今すぐ返事はできないこと,手伝ってほしいと言われれば,その時の状況に応じてできる,できないと答えられること,できる範囲で手助けしていくつもりであること,以上のような発言があった。結局,相互に協力し合うことが確認されるだけであった。(甲9)
d 同月30日の代表者会議では,看護師も与薬に入ることが決まった(甲28及び29の一覧表は,この会議に参加した原告Dが作成したものであるところ,看護師も介護員も与薬に参加することを前提にして作業日程が組まれている。同一覧表はG看護師にも回覧されている。(原告D本人(1回目)))。
e 被告らは,こうした会議が上記のような決議ができる機関ではないと主張する。しかし,以上の会議の経過からして,甲事件原告らは,G看護師が中心になって与薬をしてくれると考えていたことは明らかである。
ところが,F看護師が懲戒解雇され,看護師の補充がないこともあって,G看護師はF看護師がいなくなってからは,同原告らが期待するような与薬の協力をしなかった。同原告らはこれに不満を感じていた。
f 2月7日の与薬が始まった午前11時35分ころ,原告J及び原告LとG看護師との上記会話があった。G看護師は,上記会話に続いて「私がやるからいいよ。」といった発言をした。その発言は,原告Jから嫌みを言われていたこともあって,G看護師が感情的にしたものであった。原告Jも原告LもG看護師が感情的に言ったことは十分理解していたが,G看護師がそのような発言をしたことに期待も持って,様子を見ることにした。他の原告らにそのような発言があったことを話し,原告らの間にそうした発言があったことが広まった。しかし,原告らの中には,既に与薬を済ませ,あるいは一部済ませた者もいた。
g G看護師は,担当者メモがはずされていることを見て,上記のような発言をしたため,担当者メモがないこと=残されていた薬はG看護師が与薬するということが現実のものとなって,頭が真っ白になった。そして,上記のような発言をした手前,介護員に指示し,協力して与薬するといった行動に出ることなく,与薬をした。元々G看護師が担当とされたテーブルの入所者もいた。与薬をした入所者数は,その時間的な制限からして,多くても10名前後であった(Q施設長が手伝ったかどうかは上記のとおり疑問があるところだが,仮に手伝ったとしても数名程度である。)。
h 原告Bは,概ね要介護度1の入所者の介助が担当であった。同入所者らは,薬を封から出して渡せば,自分で服薬できる人たちだった。原告Bは,2名に与薬したところ,G看護師が残りの2名の薬を取り上げて与薬をした。なお,G看護師の上記発言があったことを知らなかったので,G看護師の与薬をいぶかしく思った。(原告B本人(1回目))
i G看護師は与薬を終わったが,食事の開始にさしかかっていたことから,結局,2月7日の与薬は通常どおりなされず,混乱する結果になった(なお,3名分の薬が残っていたかどうかは疑問であるが,仮に残っていたとしても,G看護師以外の者,おそらく原告らの内の誰かが与薬していると考えられる。)。
(イ) 以上を前提にすると,与薬の混乱は,そもそもG看護師の上記のような発言があったことがきっかけになっている。また,G看護師もQ施設長も上記のような混乱を回避するために,介護員を指示して与薬をさせる等の行為に出ていない。結局,G看護師は,与薬に参加して,意地で自分の担当分以上に与薬をやり遂げたというものにすぎない。これに対し,原告らが,G看護師がそのような与薬をしている中,冷ややかに見守っていたというような状況であったと認めるに足りる証拠はなく,本来介護員がなすべき,食事の介助の準備をしていたと考えられる。
原告らの中には,上記のとおり,G看護師がそのような発言をしたと聞いても,鵜呑みにして与薬拒否をした者がいるわけではなく,現に与薬をした者も多くいる。
そして,結局は与薬は完了していて,入所者に対する実害が発生したわけでもない。そうすると,2月7日の与薬は,G看護師が上記のような発言をして与薬に参加し,担当分以上に与薬し,多少の混乱が発生したが,結局支障もないまま終わったこと,これに対し,原告らはG看護師が与薬に参加することに関しては静観していたこと,このような実態が認められる。
この点について,原告Bの上記回答書中にはこうした事態に至ったことにつき反省するといった趣旨の記載があるが,これは,G看護師のそうした与薬行為に対して,介護員として何らかの対応ができたのではないか,あるいは,結局多少とはいえ混乱が発生したことに対し,今後どのようにするかという観点から,当時介護長であったこともあって記載されたものと考えられ,本件与薬拒否をしたことを認めた上でのものということはできない。原告Bの供述から,上記のような趣旨で記載したにすぎないと認められる。
(ウ) これに対し,被告らは,与薬業務は通常の家庭における与薬と同様に介助の一部で介護員の職責であると主張する。しかし,他方で,与薬が入所者に対する身体,健康の維持の上で重要なものであるともしており,また,G看護師も本来看護師が行うべきものだと証言していることからすると,介護員と看護師との間での役割分担について調整する事項に当たる。そして,そのG看護師が「私がやるからいいよ。」といった発言をして与薬を始めた場合,介護員がG看護師に与薬業務を委ねたこと自体をもって,直ちに与薬拒否,ひいては不当な怠業ということはできない。そして,G看護師が自分の担当分以上に与薬した入所者は,いずれの担当者が与薬すべき入所者であるのか,あるいは原告らの誰の担当分であるのかについて,証拠上明らかではないことは上記のとおりである。
(7) 以上からすると,2月7日の与薬についても,原告らの与薬拒否があったという実態にはなかったと認めることができる。
そして,被告ら主張の与薬拒否が認められないことはもちろんのこと,上記で認定した2月7日の与薬の実際の状況においても,原告らに本件処分が相当であると認められる事由は存しないことになる。
そもそも,本件懲戒解雇は,①本件与薬拒否とともに,②甲事件原告らが共謀して平成13年4月3日にE内で発生した訴外Nの骨折事故について,訴外当別町へ匿名の投書をしたこと,③E内に設置してある「目安箱」に,甲事件原告らに対する苦情が多く寄せられていることを列挙するものである。そして,甲事件原告らの本件に関する仮処分事件でも,被告Aは,本件懲戒解雇の事由を本件与薬拒否のみならず,①入所者の秘密を漏洩した行為,②目安箱への投書の内容,③被告Aに対する名誉毀損,④秘密書類の持ち出しを挙げる(乙14)。しかし,本件では,本件与薬拒否のみが主張されていて,その余の事由の主張も立証もない。そのこと自体,本件処分に疑問を持たざるを得ないし,さらに,本件与薬拒否でも,2月8日の与薬に関する与薬拒否は全くこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件処分は,被告Aが調査も行き届かず,証拠の厳密な精査もないまま,相当の推測を重ねて行った上でなされたと考えられ,それ自体問題が大きい。その上,2月7日の与薬の実態も,上記のとおりなのであるから,本件処分は,被告Aの懲戒権ないし制裁処分権の濫用というほかなく,本件処分は,その前提にしている処分事由がないからいずれも無効である。
第10争点2(通常解雇)に対する判断
被告らは,懲戒解雇が認められない場合に備えて,通常解雇を主張するが,原告らには本件処分の前提になった制裁事由が認められないのであるから,通常解雇の事由にも該当しない。
第11争点3(本件訓告処分の無効確認の利益)に対する判断
本件訓告処分の根拠となる上記就業規則によると,訓告処分は制裁と位置づけられている。そうすると,乙事件原告らが,将来にわたり被告Aからかつて制裁を受けたことがある者として何某かの不利益な扱いを受けるであろうことは容易に想定できるから,本件訓告処分の無効確認をする利益は認められる。
第12争点4(慰謝料)に対する判断
1 本件処分は制裁事由が認められないのであるから,本件張り紙の内容は虚偽である。本件張り紙は,E内の誰でも見ることができる状態で掲示された(甲21の1ないし21の4)。被告Hは,本件処分事由として事実関係について,更に調査しあるいは証拠を精査すれば,上記のような内容の本件張り紙をすることはなかったことから少なくとも過失が認められる。本件張り紙の記載内容を客観的に通常人の観点から見れば,原告らが不当な行為に及んで制裁処分を受けたというものであり,原告らの名誉を侵害していることは明らかである。
2 これに対し,被告Hの陳述書(乙35)によると,甲事件原告らが辞令の受領を拒否したことから告示し,また,乙事件原告らは,いったん辞令を受領しながら,返上したことから告示したと陳述する。さらに,原告らは与薬拒否をし,それは入所者に対する虐待であるから,規律維持,秩序保全の観点から本件張り紙をしたとも陳述する。しかし,辞令の受領を拒否したというのであれば,被告Aがした本件処分を掲示すれば足りることであり,本件張り紙までする必要はない。そして,本件張り紙の内容が虚偽である以上,原告らの名誉を毀損することは明らかである。かえって,原告Dの陳述書(甲18)によると,原告らが本件処分に納得できず,組織していた労働組合を通じて平成13年7月17日に団体交渉をして解決したいと申し入れたところ,翌18日に本件張り紙が掲示されたことからして,本件張り紙は労働組合に対する牽制のための側面も有するものと考えられる。
3 以上を前提にすると,被告Hは,被告Aの代表者理事として本件張り紙をしたから,不法行為責任がある。また,被告Aも不法行為責任が認められる。
4 原告らの名誉を毀損したことに対する慰謝料は各自50万円が相当である。
第13結論
1 以上の事実からすると,原告らの請求は次のとおりとなる。
(1) 甲事件原告らの地位確認の請求は,本件懲戒解雇が認められず,また,通常解雇も認められないから,理由があり,これを認容する。
(2) 甲事件原告らの給与の支払請求については,甲事件原告らの「賃金請求額」の各金額が証拠(甲2の1ないし2の3,3の1ないし3の3)及び弁論の全趣旨により認めることができるので,これを認容する。
(3) 甲事件原告らの慰謝料請求は各自50万円及び甲事件原告ら主張の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余の請求は理由がないから棄却する。
(4) 乙事件原告らの本件訓告処分の無効確認は理由があるから,これを認容する。
(5) 乙事件原告らの減給された給与分の支払請求については,乙事件原告らの減給分が主文掲記の金額のとおりであることは弁論の全趣旨(被告らは殊更金額を争っていない。)により認めることができるので,これを認容する。
(6) 乙事件原告らの慰謝料請求は各自50万円及び乙事件原告ら主張の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余の請求は理由がないから棄却する。
2 以上から,主文のとおり判決する。なお,仮執行宣言は相当ではないのでこれを付さない。
(裁判官 川口泰司)
別紙 省略