札幌地方裁判所 平成14年(ワ)1271号 判決 2004年5月13日
主文
1 被告B,被告F及び被告Jは,各自,原告に対し,4676万6461円及びこれに対する平成13年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の各請求を棄却する。
3 訴訟費用は,原告と被告B,被告F及び被告Jとの間においては,原告に生じた費用の10分の3を同被告らの負担,同被告らに生じた費用の各5分の1を原告の負担,その余を各自の負担とし,原告とその余の各被告らとの間においては,すべて原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告らは,各自,原告に対し,5529万0258円及びこれに対する平成13年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,当時いずれも少年であった被告B,被告F及び被告J(以下,3名を合わせて「被告Bら3名」という。)が,共謀の上,強盗目的で原告に暴行を加え,重傷を負わせた事件につき,原告が,被告Bら3名については共同不法行為を,その親権者であるその余の被告らについては監督義務違反を,それぞれ主張して,被告ら各自に対し,不法行為に基づく損害賠償5529万0258円(損害額合計から既払額137万5594円を控除した残額)及びこれに対する不法行為の日である平成13年8月22日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 基本的事実(証拠等を掲記した箇所以外は,当事者間に争いがない。)
(1) 被告Bは昭和56年○月○日生まれ,被告Fは昭和57年○月○日生まれ,被告Jは昭和57年○月○日生まれで,平成13年8月22日当時,いずれも19歳であった。
(2) 被告C及び被告Eは,被告Bの両親であり,被告G及び被告Iは,被告Fの両親であり,被告Kは,被告Jの母親であり,いずれも親権者である(以下,被告C及び被告Eを合わせて「被告Cら」と,被告Cら及び被告Bを合わせて「被告Lら」と,被告G及び被告Iを合わせて「被告Gら」と,被告Gら及び被告Fを合わせて「被告Mら」と,それぞれ略称する。)。
(3) 被告Bら3名は,共謀の上,平成13年8月22日午後11時ころ,釧路市a町b丁目海岸付近において,金品を強取する目的で,いわゆるテレクラを利用して訴外Nに誘い出させた原告に対し,木製の棍棒のようなもので,袋叩きの暴行を加え(以下「本件事件」という。),約12万7000円を強取した。(被告Lら及び被告Mらにつき,乙イ1)
(4) 原告は,本件事件により,脳挫傷,急性硬膜外血腫等の傷害を受け,次のとおり入通院した。(被告J及び被告Kとの関係につき,甲1,3)
ア 平成13年8月23日から同年9月10日まで
釧路市立c総合病院に入院
イ 平成13年9月17日から平成14年3月11日まで(実日数17日)岩手県立d病院に通院
2 争点
① 被告Bら3名を除く被告らの監督義務違反の有無
② 被告Cらによる債務引受け又は履行引受けの有無
③ 原告の損害
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点①(監督義務違反の有無)について
ア 原告
(ア) 親権者は,未成年の子に対する監督義務を負う(民法820条)。義務教育を終了した責任能力のある少年について,日常生活上特段の問題もなく,独立して正常に判断する能力が高い場合には,親の監督義務は包括的,抽象的なもので足りるが,日常生活上問題があり,特に非行傾向がある場合には,親は,問題点について互いに相談し合い,真剣に対処し,少年の欲求や性格をよく理解して善導し,かつ,少年が非行等に走らないよう,日頃から厳重に監視,監督すべき義務を負う。
少年院を退院したばかりの少年は,社会に適応できた実績に乏しい,極めて非社会的な状態であり,仮に年令が19歳と成人に近くても,親権者の監督責任は重く,保護観察の特別遵守事項である,親元に帰ること,友達を選ぶこと,定職に就いて,辛抱強く働くことの3点を守らせなければならない。仮に,これらが守られないようであれば,少年は,保護観察を取り消され,再度少年院に戻されるべきであり,親権者は,そのための手続をとらなければならない。しかるに,被告Bら3名は,いずれも少年院を仮退院して,保護観察中,上記指示事項を守っていなかったにもかかわらず,被告Bら3名を除く被告らは,いずれも,それを知りながら放任した。
(イ) 被告Bは,中学校3年生頃から10回に及ぶ補導ないし非行を重ね,医療少年院送致及び特別少年院送致の処分を受けてきた。この間,被告Cらは,早期のうちに適切な監護,教育をして非行の芽を摘むべきであったにもかかわらず,適切な監督をせず,被告Bを放任した。被告Cは,小学校の教諭,被告Eは,幼稚園の教諭で,共に子供教育の専門家であるにもかかわらず,自分の子供には,通常求められる程度の教育さえ施さなかった結果,このような非行を重ねさせる結果となった。
被告Bは,平成13年4月23日,R少年院を仮退院し,保護観察処分となり,両親宅に帰住したが,直ぐに悪友と思われる者らと夜遊びを重ね,仕事もすぐに転職し,金遣いも荒かった。それにもかかわらず,被告Cらは,適切な監督をせず,本人の自主性を重んじる等の自己弁護とも受け取れる理由の下に,被告Bを放任した。同被告が,仮退院の後,保護観察の特別遵守事項に違反して上京し,水商売に就職した後も,被告Cらは,自ら東京へ行って被告Bを自宅へ連れ戻す等し,その上で同人と十分に話し合い,理解し合い真剣に問題に取り組む等の適切な監督をすべき義務があったにもかかわらず,これを怠り,単に口で戻って来るよう言うだけで,何ら適切な監督をせず,そのまま放置していた。そのような経緯で,被告Bは,悪友と一緒に,ただ金が欲しいというだけの理由で,本件事件を起こした。
このように,被告Bが本件事件を起こすに至ったのは,被告Cらが親権者としての監督義務を怠った結果であるから,同被告らは,民法709条の不法行為責任を負う。
(ウ) 被告Fは,小学校4年生のときに深夜徘徊で補導されて以来,補導歴2回,非行歴7回を有し,教護院送致1回,少年院送致3回の処分を受けた。この間,被告Gらは,早期のうちに適切な監護,教育をして非行の芽を摘むべきであったにもかかわらず,適切な監督をせず,被告Fに非行を重ねさせてきた。
同被告は,平成13年5月14日,R少年院を退院して両親宅に戻り,大型特殊自動車等の免許を取得したものの,これを生かす仕事には就かず,同年8月1日,少年院で知り合った被告Bの誘いで上京し,クラブ「O」に就職した。しかし,被告Fは,暫くして退職し,同月19日実家に戻り,同日,遊びに来た被告Bと共に,無為徒食の生活を送っていた。被告Fは,非行歴が多く,非行傾向も極めて強く,犯行に及ぶ可能性も高かったのであるから,被告Gらは,被告Fと互いに十分に話し合い,理解し合い,真剣に問題に取り組む等の適切な監督をすべきであったにもかかわらず,無断外泊を容認していた上,外泊する際にも,例えば携帯電話を買い与えて居場所が分かるような措置をとる等の監督をせず,かえって被告Fを好き放題にさせ,職にも就かず,被告Bと遊び回ってもこれを注意することなく,放任していた。被告Fは,そのような状況下で,遊興費欲しさに本件事件を起こした。
このように,被告Fが本件事件を起こすに至ったのは,被告Gらが親権者としての監督義務を怠った結果であるから,同被告らは,民法709条の不法行為責任を負う。
(エ) 被告Jは,中学校卒業後,塗装工,サイディング工等の職に就いたが,非行による施設収容を繰り返していたため,長続きせず,本件事件当時は無職であった。同人は,小学校4年生のころから,補導歴3回,非行歴6回を重ね,児童相談所通告,保護観察,少年院送致の処分を受けた。同人は,平成13年4月26日,少年院を退院して実家に戻り,ホテルの配膳係の仕事に就いたが,仕事がきついとの理由で,2週間くらいで退職し,実家には帰らず,当時交際していたNの家に居候するようになり,無為徒食の生活を続けていた。しかし,被告Kは,被告Jに対し適切な監督をせず,無断外泊を容認していた上,好き放題にさせ,同人が恋人のN宅に居候して遊び回っていても,注意することなく放任していた。被告Jは,非行歴が多く,非行傾向も極めて強かったことは明白であり,犯行に及ぶ可能性も高かったのであるから,被告Kとしては,被告Jと互いに十分に話し合い,理解し合い,真剣に問題に取り組む等の適切な監督をすべきであったにもかかわらず,これを怠り,再婚相手であり,被告Jの養父となったPの自己本位的な叱責以外には何もせず,放任していた。このような状況下で,被告Jは,遊興費欲しさに本件事件を起こした。
このように,被告Jが本件事件を起こすに至ったのは,被告Kが親権者としての監督義務を怠った結果であるから,同被告は,民法709条の不法行為責任を負う。
イ 被告Bら
被告Bは,本件事件当時19歳で,公判中に20歳を迎えた,十分に責任能力のある若者であり,本件事件は,札幌市の自宅から遠く離れた釧路市の被告F宅に居候中に起こした,思いつきに端を発した偶発的な犯行という側面の強いもので,被告Cらの監督義務違反はないし,因果関係もない。被告Cらは,被告Bにつき注意欠陥多動性障害(ADHD)の疑いが強いとの前提で,医師と相談し,アドバイスを受けたり,家庭裁判所や少年院,保護観察官と連携を取り合って対処してきた。例えば,被告BがR少年院に入院することとなった事件は,車を勝手に持ち出し,シンナーを吸っていた被告Bらに対し,被告Cが,車の運転を止めさせようとして車にしがみついたところ,被告Bの友人の少年が運転するその車がそのまま発進して,重傷を負わされたというもので,かように,被告Cは,命懸けで被告Bらの非行を制止しようとしたのである。また,同被告と被告Cらとの家族関係は良好であった。被告Bが上京したときも,自ら及び保護観察官が電話で再三にわたり帰宅するよう説得したのである。
ウ 被告Gら
被告Fは,本件事件当時19歳で,公判中に20歳を迎えた,十分に責任能力のある若者であり,本件事件は,思いつきに端を発した偶発的な犯行という側面の強いもので,被告Gらの監督義務違反はない。本件事件前,被告Fが,東京で働いていたクラブを退職した際,長野県に住んでいる同人の兄が迎えに行き,一旦同人宅に落ち着かせた後,釧路に帰らせた。かように,家族で連携を取り合って対処しており,親子関係は極めて円満なものであった。被告Fは,本件事件当時自宅で生活しており,東京から帰ったばかりで就業はしていなかったが,正常な日常生活を送るよう厳しく監視,監督しなければならないような異常な生活態度であったわけではない。このような事情からみても,被告Gらに監督義務違反はない。
エ 被告K
被告Kは,被告Jの実父である前夫と離婚した後,平成3年にPと再婚し,被告Jも,Pの養子となった。しかし,養親子関係は円満ではなく,Pは,被告Jに暴力を振るうことが度々あった。被告Kは,Pと被告Jの融和に努めたが,Pは聞き入れず,被告Jは,次第に同居を避けるようになった。被告Jは,平成13年4月に少年院を退院した後も,Pとの関係が改善せず,親とは別居して,N宅に住み,同人の父の漁業を手伝うようになった。このように,被告JがPとの同居を拒み,かつ,この問題で被告KとPとの夫婦関係も危うくなってきたため,経済的にPに依存し,同人の意向に逆らうことが困難であった被告Kは,被告Jと同居して,同人を監督することを断念せざるを得なかった。被告Jは,本件事件当時,既に19歳に達しており,本件事件のような強盗致傷の事案の違法性については,十分に認識する能力があった。別居して,親の扶養を受けない生活を送っていた被告Jに対し,被告Kが監視し,統制することは困難であり,同被告に監督義務違反はない。
(2) 争点②(債務引受け又は履行引受けの有無)について
ア 原告
被告Bらは,平成13年9月ころから同年11月ころまでの間,原告に対し,直接面談したり手紙を出したりして,被告Bの原告に対する本件事件に基づく損害賠償債務についてこれを支払う旨の意思表示をし,債務引受け又は履行引受けをした。
イ 被告Cら
被告Cらが,債務引受け又は履行引受けをしたことは否認する。同被告らが原告に出した手紙は,道義的立場からのものであって,法的な賠償責任を認める趣旨ではない。
(3) 争点③(損害)について
ア 原告
原告は,本件事件により,以下の損害を被った。
(ア) 治療費自己負担分 21万3835円
(イ) 入院雑費 2万8500円
1日当たり1500円として19日分
(ウ) 通院付添費 6万8000円
母親が通院に付き添い,その費用は,1日当たり4000円として17日分
(エ) 通院交通費 5万0320円
片道740円×2×2人×17日=5万0320円
(オ) 休業損害 251万6142円
平成13年8月22日から平成14年3月11日まで201日間456万9114円(平成12年度実収入)×201日/365日=251万6142円
(カ) 入通院慰謝料 260万円
本件事件は,故意に基づく重大な刑事事件であることからすれば,入通院慰謝料は,交通事故の場合の2倍で計算すべきである。
入院分 30万円×2=60万円
通院分 100万円×2=200万円
(キ) 後遺障害による慰謝料 1280万円
後遺障害慰謝料についても,交通事故の場合の2倍で計算すべきである。
640万円(9級)×2=1280万円
(ク) 後遺障害による逸失利益 3338万9055円
原告は,平成14年3月11日に症状が固定し,9級10号に該当する,右手指(第2,3,4,5指)の機能障害の後遺障害が残存した。また,原告の後遺障害は,10級7号及び12級9号にも該当し,併合してやはり第9級に相当する。賃金センサス平成12年男子学歴計全年齢年収は560万6000円,原告の労働能力喪失率(9級)は35パーセント,原告は,昭和48年4月26日生まれで,39年のライプニッツ係数は17.017であるから,逸失利益は次式のとおりとなる。
560万6000円×0.35×17.017=3338万9055円
(ケ) 以上合計 5166万5852円
(コ) 既払金 137万5594円
被告Lらより123万2797円,被告Mらより14万2797円の支払を受けた。
(サ) 差額 5029万0258円
(シ) 弁護士費用 500万円
(ス) 総合計 5529万0258円
イ 被告Lら及び被告Mら
原告の主張は,既払額を除き争う。
原告は,平成13年11月26日付けで,医師から治癒見込みと診断されており,同年10月26日付けで,仕事復帰可能な状態となっているとの診断を受け,同年10月末ころから,漁に出て稼働している。これらからすると,原告の主張する休業損害は,その大部分が否定されるべきである。
ウ 被告J,被告K
原告の主張は,既払額を除き争う。
第3当裁判所の判断
1 争点①(監督義務違反の有無)について
(1) 被告Cら関係
ア 各項末尾に掲記した証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 被告Bは,昭和56年○月○日,被告Cらの長男として出生した。被告Cは小学校教諭,被告Eは幼稚園教諭である。(甲11の6)
(イ) 被告Bは,幼少のころ,保育園や小学校の教師から,注意の通りにくい扱いにくい子供だといわれ,被告Eが保健所の発達相談に赴いたことがあった。(甲8の6)
(ウ) 被告Bは,14歳のとき,児童相談所において,注意欠陥多動性障害(ADHD)の可能性を指摘された。しかし,被告Cらは,被告Bの後記(エ)のような行動に振り回され,ADHDの問題についてじっくり考え,取り組むことができなかった。(甲8の14,甲11の4)
(エ) 被告Bは,中学校に入学後,運動,とりわけサッカーは好きであったものの,勉強が嫌いになり,2年生半ばころから,学校を怠けるようになった。被告Cらは,担任教師とも相談しながら,学校に気持ちが向くよう努力したが,3年生のころにはほとんど登校しない状態になった。被告Cらは,両名とも仕事に就いていることもあり,朝の出勤時に被告Bに声を掛け,昼間に自宅に電話をして所在を確認するという方法で対処した。しかし,被告Bは,被告Cらの出勤中に自宅を出て,深夜まで戻って来ないことがあり,平成8年10月6日及び平成9年5月10日には深夜徘徊で補導された。(甲11の9,被告B本人)
(オ) 被告Bは,中学生のとき,煙草を吸って学校から指導を受け,被告Cは,被告Cに対し,煙草を吸わないよう強く注意し,同被告に今後は吸わない旨約束させた。(被告C本人)
(カ) 中学校卒業後,被告Cは,塗装工の仕事を見つけてきて,被告Bに就業させたが,同被告は,職場の上下関係になじめず,塗料を盗んだこともあって,3か月ほどで退職した。同被告は,平成9年11月,仲間数人で高校生4人に暴行を働き,シンナーを吸っていたこともあって,同年12月8日保護観察処分に付された。被告Cらは,被告Bと話し合い,学力を身に付けたければ,そのような道もあるし,そうでなければ,両親で援助するので,自分で仕事を見つけて頑張らなければならない旨説得した。同被告は,これに応じ,保護司からとびの仕事を紹介されて,就業したが,1か月ほどで辞めた。(甲11の1,8,9,被告C本人)
(キ) 被告Cらは,平成9年,シンナーの治療のため,被告Bを病院に入院させた。退院後も,通院させて,医師の指導の下に,看護婦の看護の手伝いをする作業療法を試みていた。そのような中,上記(カ)の保護観察の際の遵守事項に反して交遊を続けていた,上記(カ)の暴行事件の共犯者の友人と共に恐喝を犯し,平成10年2月18日,医療少年院送致の処分を受け,T医療少年院,次いでU少年院に収容された。U少年院では,被告Bについて,自分との関係はうまくゆくが,集団の中や他の教官との関係では理解できない言動があるとされ,同被告自身も,共同生活が難しい旨述べていた。(甲11の4,9,被告C本人)
(ク) 被告Cらは,被告BがU少年院を退院した後,同被告との間で,社会に出るため,自分の力になるものを身に付けなければならないと話し合った。被告Bは,職を探したものの,結局就業することなく過ごしたが,被告Cらの説得もあり,無断外泊はほとんど無くなっていた。(被告C本人)
(ケ) 被告Bは,平成11年8月ころ,被告Cの車の中でシンナーを吸っていたところ,被告Cが,車の運転を阻止しようとして,窓越しにハンドルに手を掛けた際,被告Bの友人の少年が車を急発進させ,被告Cに左膝蓋腱断裂の重傷を負わせたことで,平成11年10月22日,特別少年院送致の処分を受け,R少年院に収容された。少年院入院中の平成12年5月8日には,窃盗,暴力行為につき審判不開始となっている。(甲11の6,9,被告C本人)
(コ) 被告Cは,R少年院での月1回の面会には,必ず被告Bと会った。同被告は,同少年院において,ADHDの疑いで,特殊なプログラムによる処遇を受けた。この処遇により,同被告は,従来なかった落ち着いた態度がみられるようになり,また,少年院内で危険物取扱の乙種と丙種,アーク溶接等の資格を取ったことから,自分もやればできるとの自身につながる発言がみられるようになった。(甲8の5,甲11の4,5,被告C本人)
(サ) 被告Bは,U少年院及びR少年院の双方で同時期に収容されていた被告Fと顔見知りとなった。(甲8の11,12,甲9の6)
(シ) 被告Bは,平成13年4月23日,同少年院を仮退院し,保護観察処分となった。保護観察にあたっての特別遵守事項として,「友達を選び,悪い誘いに乗らないこと。」,「定職について辛抱強く働くことと。」,「進んで保護司を訪ね,指導,助言を受けること。」等が定められた。同被告は,実家に帰住して,とび,飲食店勤務の仕事をした。とびの仕事ぶりは,無遅刻,無欠勤で真面目であり,家族との関係も良好であった。しかし,同被告は,水商売をしたいとのことで,同年6月11日,被告Cらや保護司の了解なしに,まず名古屋に,次いで東京に行き,新宿のクラブで稼働し始めた。(甲8の5,10,被告C本人)
(ス) このことを知った被告Cら及び保護司は,電話で,再三,札幌へ帰宅するよう説得したが,被告Bは応じなかった。やがて,被告Fも被告Bの誘いで上京し,同クラブで稼働するようになり,両名は親しくなった。(甲8の11,甲9の9,被告C本人)
(セ) 被告Fは,先に同クラブを退職して釧路市の実家に戻り,被告Bも,同年8月16日に退職して北海道に戻った。被告Bは,札幌市の実家に朝7時ころ電話し,被告Cに,これから帰る旨述べたが,被告Cらは出勤するため,鍵を持っていない被告Bは,家に入れないこととなり,結局実家に戻らず,保護司にも連絡をせず,e町の被告Eの実家で宿泊した後,同月19日以降,釧路市の被告F宅で寝泊まりして,同被告と遊び歩くようになった。(甲8の11,甲9の8,被告C本人)
(ソ) 本件事件当日である同年8月22日,後記(3)ア(キ)のような経緯で,Nと強盗を共謀した中学校の1年先輩である被告Jから携帯電話で共犯を持ちかけられ,これを承諾した被告Fが,被告Bを誘い,被告Bら3名及びNが共謀の上(なお,被告Bと被告J及びNとはこの日が初対面であった。),本件事件を起こした。(甲8の11,甲9の8)
イ 上記アのような経緯に照らすと,被告Cらは,被告Bが問題を起こす毎に同被告と話し合い,関係諸機関の協力も得て,同被告が立ち直れるよう,随時対策を講じてきたのであり,上記ア(コ),(シ)のとおり,R少年院での処遇を経て,少なくとも一時的には,その成果がかなり現れてきていたということができる。上記ア(ス)のとおり,同被告が上京した際,被告Bらは,札幌に戻って来るよう電話で説得を試みたことも,精一杯の対応であったというべきであるし,被告Bが同(セ)のとおり東京から北海道に戻った後,札幌市の実家に帰らなかったのも,上記認定に照らせば,やむを得ない面がある。
以上からすると,被告Bらに監督義務違反があったということはできない。
(2) 被告Gら関係
ア 各項末尾に掲記した証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 被告Fは,昭和57年○月○日,被告Gらの3男として出生した。被告Gは坑内員であり,被告Iも就業していた。(甲9の5,被告G本人)
(イ) 被告Fは,平成4年7月23日には深夜徘徊で補導された。(甲9の11)
(ウ) 被告Fは,中学校在学中の平成7年12月,教師に暴力を振るい,そのことについては処分を受けなかったが,その後平成8年7月再び教師を殴って傷害を負わせ,同年12月13日,教護院送致の処分を受けた。被告Gは,初回の際も,2回目も,暴力はやめるよう注意した。被告Gらは,従前,被告Fと会話がなかったとの反省から,同被告が教護院を退院してからは,できるだけ同被告に接し,話合いの場を持つよう努力した。(甲9の7,11,被告G本人)
(エ) 被告Fは,中学校卒業後,鉄筋工等の職に就いたが,悪い交友関係を断ち切ることができず,平成10年1月14日には窃盗,ぐ犯で初等少年院送致の,平成11年6月17日には道交法違反で中等少年院送致の各処分を受け,平成12年2月28日には窃盗,道交法違反,道運法違反で中等少年院送致の処分を受けて,R少年院に収容された。(甲9の7,11,被告G本人)
(オ) 被告Fは,平成13年5月14日,R少年院を仮退院して実家に戻った。被告Gらは,被告Fに資格を取るよう勧め,同被告は,同年7月ころ,普通,大型特殊及びけん引の各自動車運転免許を取得した。また,被告Gは,被告Fから,携帯電話を買うよう頼まれ,同被告の所在を把握する必要もあって,これを買い与えた。(甲9の7,被告G本人)
(カ) しかし,被告Fは,上記運転免許を生かす仕事には就かず,同年8月1日,少年院で知り合った被告Bの誘いで,両親に相談することなく上京し,新宿のクラブに就職した。被告Fから上京及び就職の事後報告を受けた被告Gは,真面目に働くなら仕方ないと思い,戻って来るよう特段説得はしなかったが,保護司に連絡するよう指示したところ,被告Fは,これに応じた。なお,被告Fは,上京するまでは,決められた日に保護司のもとに出頭していた。(甲9の5,7ないし9,被告G本人)
(キ) 被告Fは,2週間ほどで上記クラブを退職した。長野県に住んでいる同被告の兄が迎えに行き,一旦同人宅に同被告を落ち着かせた後,同月19日,釧路の実家に帰らせた。同クラブを退職して北海道に戻った被告Bが,同日,遊びに来て,以後,被告F宅に宿泊するようになった。被告Bは,この間,礼儀正しく,特段問題はみられなかったので,被告Gは,特に悪い友人だとは思っていなかった。(甲9の5,ないし9,被告G本人)
(ク) 被告Fは,平成13年8月22日には,前記(1)ア(ソ)のような経緯で,被告Jに誘われ,被告B,被告J,Nと共謀の上,本件事件を起こした。
イ 上記アの事実にかんがみると,被告Gらは,前記ア(ウ)のように,できるだけ被告Fと話合いの場を持つよう努力し,同被告がR少年院を仮退院した後は,同(オ)のように,同人が立ち直るべく,資格取得を勧め,現に3種類の自動車運転免許を取得させているのである。被告Gらの被告Fについての非行防止及び更正のための対応には,やや積極性に欠ける面があるものの,それなりの努力をしていると評価し得るのであって,同被告の非行傾向を無為に放置していたとまではいい難い。
そうすると,被告Gらに,監督義務違反があったとまで認めることはできない。
(3) 被告K関係
ア 各項末尾に掲記した証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 被告Jは,昭和57年○月○日,Q,被告Kの長男として出生した。(甲10の12)
(イ) 被告Kは,水産加工のパートとして勤務しているが,Qと離婚した後,平成3年に,サイディング工であるPと再婚し,被告Jも,Pの養子となった。しかし,養親子関係は円満でなく,Pは,被告Jが学校から帰ると,夜10時まで勉強を強制し,同被告がよそ見をしても体罰を加えた。(甲10の6,12,被告K本人)
(ウ) 被告Kの再婚後,それまで問題のなかった被告Jは,Pが友人宅へ遊びに行くことも許さなかったことから,深夜,自宅の窓から外出して徘徊するようになった。このことが判明すると,Pは,被告Jにさらに体罰を加えた。しかし,被告Kが,被告Jに厳しすぎることについてPに不満を述べると,口論になり,Pは,被告Jが悪いから口論になると言って,同被告に当たった。このようなことから,被告Kは,Pの被告Jに対する体罰等を制止しづらい状況となっていた。(甲10の6,被告K本人)
(エ) 被告Jは,Pの体罰を嫌い,中学校のころから,家出を繰り返すようになり,その後,Qと被告Kを行き来して生活するようになった。また,このころから,学校も怠けがちになった。被告Jは,平成6年7月18日及び平成7年6月9日には深夜徘徊で補導され,同年ころには占有離脱物横領,窃盗で児童相談所に通告され,平成9年10月7日には窃盗,同未遂で不処分となった。(甲10の11,被告K本人)
(オ) 被告Jは,中学校卒業後は,塗装会社作業員,サイディング工として勤務したが,平成12年5月27日には喫煙で補導され,同年には詐欺未遂で保護観察処分を受けた。そのころ,同被告は,Q方に居住していた。同被告は,同年11月15日,強盗致傷で中等少年院送致の処分を受け,S少年院に収容された。(甲10の8,9,11,被告K本人)
(カ) 被告Jは,平成13年4月26日,S少年院から仮退院し,一旦実家に戻ったが,Pが正座させて長時間説教したりするため,同年5月ころ,保護司の紹介で,ホテルの住込みの配膳係の仕事に就いた。同被告は,仕事がきついため同年6月には退職したが,Pと同居するのを嫌って,実家には戻らず,当時交際していたNの家に居候し,同人の父親の漁業を手伝うようになった。また,同年5月ころには,構成員ではないものの,暴力団事務所にも出入りするようになっていたが,被告Kは,このことを知らなかった。(甲10の7,8,被告K本人)
(キ) 平成13年8月22日には,被告Jは,いわゆるテレクラを利用して呼び出した男性から金品を強取することをNと企て,前記ア(ソ)のような経緯で,N,中学校の後輩である被告F及び当日初対面の被告Bと共謀の上,本件事件を起こした。
イ 上記アの事実によると,被告Jが,小学校のころから深夜徘徊をするようになったこと,S少年院を仮退院した後も実家に落ち着かず,Nの家に居候になったのは,Pの同被告に対する体罰を含む過酷な対応に原因があることが明らかである。そして,上記ア(ウ)に照らせば,被告Kが,そのような状況を改善し得ることは困難な状況にあったというべきである。さらに,被告Jが本件事件前に犯した同(オ)の重大な非行当時,同被告は,Q方に居住していたのであり,被告Kが,被告Jに影響力を及ぼすことは困難であったといわざるを得ない。
以上からすると,被告Kについても,監督義務違反の事実及び本件事件との相当因果関係を認めることはできない。
2 争点②(債務引受け又は履行引受けの有無)について
証拠(甲8の13,15,被告C本人)によれば,被告Cは,平成13年9月,原告方に謝罪に赴き,封筒に入れた100万円を交付したこと,原告に対し,平成13年10月8日付けで,本件事件についての謝罪と,賠償については,加害者の親として誠意をもって対応してゆく気持ちであることを原告の母親に話した旨の手紙を送ったこと,被告Cらは,同年11月23日付けで,今後も誠意をもって対応するつもりである旨(賠償問題を指すことは明らかである。)の手紙を送ったことが認められる。しかし,これらの各手紙は,その文面(甲8の13,15)からしても,道義的な意思表明の域を出るものではなく,未だ,法的な意味で,確定的に,被告Bの損害賠償債務について債務引受け又は履行引受けをする趣旨の意思表示であると認めることはできない。
また,証拠(甲8の5,原告本人)によれば,被告Cは,平成14年2月に再度謝罪に赴いた際にも,原告及び原告の父親に対し,口頭で,親としてでき得る限りの責任を取る旨表明したことが認められる。しかし,この意思表明も,上記の手紙と同様,道義的な趣旨であると評価することができても,未だ,被告Bの損害賠償債務について債務引受け又は履行引受けをする趣旨の法的な意思表示であるとまで認めることはできない。
したがって,被告Cらによる債務引受け又は履行引受けの事実は認められない。
3 争点③(損害)について
(1) 括弧内に掲記した証拠によれば,原告の損害は,以下のとおりであると認められる。
ア 治療費自己負担分 21万3835円(甲13の1ないし5)
イ 入院雑費 2万4700円
1日当たり1300円で19日分の,2万4700円と認められる。
ウ 通院付添費 5万1000円
てんかん発作の危険性があると医師に指摘されたため,原告の母親が通院に付き添った(原告本人)。その費用は,1日当たり3000円で17日分の,5万1000円と認められる。
エ 通院交通費 5万0320円
通院交通費は,片道740円であり(原告本人),原告及び母親の17日分として,次式のとおり,5万0320円と認められる。
740円×2×2人×17日=5万0320円
オ 休業損害 88万8786円
原告は,本件事件当時,サンマ漁船の船員で,平成12年度には,456万9114円の年収を得た。本件事件後,平成13年11月からはアルバイトとして漁業関係の仕事をするようになった(甲14,原告本人)。
上記アルバイトによる具体的収入額が不明であり,休業損害として確実に認められるのは,平成13年10月31日までの71日分であり,次式により,88万8786円となる。
456万9114円×71日/365日=88万8786円
カ 入通院慰謝料 260万円
本件事件は,故意に基づく重大かつ悪質な刑事事件であることからすれば,入通院慰謝料は,通常の交通事故の場合を基準として認定することは相当でなく,その約2倍にあたる260万円と認めるのが相当である。
キ 後遺障害による慰謝料 1280万円
原告の後遺障害は,後記クのとおり9級に該当するが,上記カと同様,後遺障害慰謝料についても,交通事故の場合を基準とすることは相当でなく,その2倍にあたる1280万円と認めるのが相当である。
ク 後遺障害による逸失利益 2721万3414円
原告は,昭和48年○月○日生まれで,本件事件当時,サンマ漁船の船員であり,平成12年度には,456万9114円の年収を得た(甲4,14,原告本人)。原告は,平成14年3月11日に症状固定と診断され,同月15日時点の診断では,握力は右37キログラム,左58キログラムであり(甲2,3,弁論の全趣旨),現在,右手指(第2,3,4,5指)の機能障害の後遺障害が残存し,利き手である右手に力が入らず,現実に,漁船員としての,網を引っ張る作業や,浮きの紐を引く作業に支障があり,右手では文字を書いたりボタンをはめたりすることができない(原告本人)。また,原告は,脳挫傷による右手指機能障害(第2,3,4,5指)として,4級の身体障害者手帳の交付を受けている(甲4)。
これらからすると,原告の後遺障害は,神経系統の機能に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるものとして,9級10号に該当し,労働能力喪失率は35パーセントであると認められる。なお,平成15年度の税込み年収はおよそ300万円が見込まれるというのであり(原告本人),前記の平成12年度の実収入と比較すると,上記の労働能力喪失率が裏付けられるというべきである。
原告は,前記のとおり昭和48年4月26日生まれで,稼働可能年齢67までの39年のライプニッツ係数は17.017であるから,逸失利益は次式のとおりとなる。
456万9114円×0.35×17.017=2721万3414円
ケ 以上合計 4384万2055円
コ 原告が請求から除外している既払金137万5594円を控除した額4246万6461円
サ 弁護士費用 430万円
シ 総合計 4676万6461円
第4結論
以上によれば,原告の請求は,被告Bら3名に対し,各自,4676万6461円及びこれに対する平成13年8月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,同被告らに対するその余の各請求及びその余の被告らに対する各請求はいずれも失当であるから,棄却することとする。
(裁判官 原啓一郎)