札幌地方裁判所 平成14年(ワ)1896号 判決 2003年5月09日
主文
1 被告は、原告に対し、金660万円及びこれに対する平成14年10月8日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告は、原告に対し、金672万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成14年10月8日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
第2事案の概要
本件は、被告が販売する金融派生商品の取引を行った原告が、当該取引のために支出した金員から、支払を受けた金員を控除した金額について、当該取引が公序良俗違反であること等を理由とする不当利得返還、被告従業員の不法行為に基づく損害賠償(使用者責任)又は金融商品の販売等に関する法律による損害賠償の請求をするとともに、不法行為に基づく損害賠償として弁護士費用相当額の請求をしたのに対し、被告が、取引の問題性もなく、被告従業員による不法行為もないと主張するほか、仮に何らかの不法行為があったとしても相当の過失相殺がされるべきである旨主張して争っている事案である。
1 前提となる事実等
(1) 原告は、昭和29年6月生まれの現在48歳の無職の女性である。原告は、高校卒業後、東京で会社員として販売の仕事などをした後に、平成11年から実家のある札幌に戻り、パートの仕事をするなどしていた。そして、平成12年12月に、就職情報誌で被告札幌支店のテレフォンアポインターの募集広告を見て応募し、採用され、同月20日過ぎから被告札幌支店で勤務していた。平成14年4月、体調不良を理由に被告札幌支店を退職した(甲35、原告本人)。
(2) 被告は、先物取引や外国為替取引にかかる売買及び売買の媒介、取次もしくは代理、商品取引所における売買並びに取引の受託等を業とする会社である(争いがない)。
(3) 原告は、平成13年1月5日、オーストラリアのA社との間で、同社と被告が提携して提供するところの、外国為替証拠金取引を行うことを内容とする「ワールド・ワイド・マージンFX」(以下「WWMFX」という。)という金融派生商品の取引を開始する旨の契約を締結した。その後、同月29日、原告は、同様の契約を父であるBの名義で締結した(甲20、21、35、原告本人)。
(4) 原告は、被告に対し、平成13年1月6日に70万円、同月22日に100万円、同月29日に480万円を支払い、同年3月から同年8月までの間に90万円の支払を受けて、差引560万円の損失となっている(争いがない)。
2 争点
(1) 不当利得返還請求権
(2) 不法行為に基づく損害賠償請求権
(3) 金融商品の販売等に関する法律による損害賠償請求権
(4) 弁護士費用
(5) 過失相殺
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)(不当利得返還請求権)について
(原告)
ア 被告の説明によるWWMFX
(ア) 顧客は、ドルと円の為替取引を、A社を通じて行う。A社が顧客の注文をインターバンク市場に取り次いで、為替変動による損益を決済する。取引は、1日単位で決済される直物取引であるが、持ち越し(ロールオーバー)をすることができる。
(イ) 取引は、一定の証拠金(マージン)(WWMFXの発売当初は1枚について5000ドル、原告契約時は3000ドルであった。)によって、10万ドルを1枚とする単位で行われ、信用取引として差金決済をする仕組みとなっており、極めてハイリスクハイリターンの商品となっている。
(ウ) 顧客は、A社に、手数料として、売りの場合も買いの場合も、1枚につき片道100ドルを支払う(1枚を建てて落とせば200ドルかかる。)。
(エ) ドル買いのポジション(建玉)の場合、顧客は、10万ドルに対し、年利3~0.25パーセント(原告の取引開始時は2.5パーセント)のスワップ金利を取得するので、年利2.5パーセントの場合、1枚あたり年間2500ドルのスワップ金利が発生し、3000ドルの証拠金との関係では、年利83.3パーセントという高利回りとなる。
他方、ドル売りのポジションでは、顧客は6~3.25パーセント(買いのポジションの場合に3パーセントを加算した率が設定されており、原告の取引期間中は5.5~3.25パーセント)のスワップ金利をA社に対して支払わなければならず、5.5パーセントの場合、年間5500ドルとなり、3000ドルの証拠金との関係では年利183.3パーセントという高率となる。
イ WWMFXの基本的違法性
(ア) 私設賭博場であることの違法性
WWMFXが金融商品として成立するためには、顧客の注文が間接的にせよ、インターバンク市場につながっていることを前提にしているが、A社はインターバンク市場(銀行間の外国為替の相対取引の集合体)において何らの取引も行っていない。インターバンク市場では、100万ドル単位で取引が行われており、このような取引を数十枚単位で取引できる信用力がなければ、クレジットライン(信用枠)を設定できないから、巨大な資本を有する銀行のみにに限定されざるを得ないところ、A社は銀行ではないし、資本金が255万豪ドル(1豪ドル67円換算で約1億7000万円)程度の1998年に設立されたばかりの会社である。A社はオーストラリア法人であり、日本にもアメリカ合衆国にも支店がなく、自国内でも外国為替取引を利用した商品を販売していないにもかかわらず、日本人向けに円と米ドルの外国為替取引を行う金融商品を開発すること自体理解し難い。
このように、A社がインターバンク市場につながっていないため、為替市場における透明かつ公正な価格形成には全く寄与しておらず、WWMFXは、為替取引相場を賭けの対象とする純粋な賭博場である。
そして、A社自体のリスクヘッジもできない状況であり、A社は存続するために、顧客には勝たせない、勝っても返金せず再投資させることが必要となる。
差金決済により利益を取ることを目的とした商品取引、証券の信用取引などは賭博行為の構成要件に該当するものであるが、商品取引所法、証券取引法に規定があるために法令による行為として違法性が阻却されているにすぎず、証券市場等における取引によらないで相場を利用して差金決済を行う取引は、少なくとも、これら法令に実質的に反し、公序良俗に反する違法なものである。
(イ) スワップ金利の違法性
外国為替取引において、先物相場を決定するために、直物相場に加減するスワップレート(その時点の2通貨間の金利差から算出される数値)とは異なり、外国為替証拠金取引において加算・減算されるスワップ金利とは、たとえば、ドルと円の取引でドル買いをする場合、購入するドルにつく金利と、そのドルを購入するための円の借入利息とで差異が生ずるので、東京銀行間取引金利を前提に行われる短期金利などを基準にして定められるレートであり、一般消費者には難解な独特の仕組である。
WWMFXでは、前記のとおり、インターバンク市場において取引がされているわけではないので、本来のスワップ金利が生ずる余地はなく、A社がスワップ金利の名目で取っているものに過ぎない。
さらに、WWMFXにおいて、スワップ金利の意味、どのような場合に発生するのか、その率はどの程度かについて、契約書やパンフレットにも説明されておらず、口頭の説明もない。取引勧誘時には必ず買建玉から勧誘することもあって、スワップ金利を取得する場合のみが強調されており、売建玉の場合には買いの場合よりも高い率でスワップ金利が差し引かれる(証拠金が減少していく)ことを説明していないのであって、顧客に対する故意の欺罔行為というほかない。
ウ WWMFXの付随的違法性
(ア) 双方代理及び利益相反性の隠蔽の違法性
WWMFXにおいて、顧客はA社のみを相手にドル・円の相対取引を行っており、顧客とA社は完全な利害対立関係にあるところ、被告は、A社の代理人であるとともに、顧客の代理人でもあり、しかも、顧客から手数料を受領せず、収入はすべてA社の支払う手数料によっているのであるから、双方代理である可能性が高く、そうでないとしても、A社から手数料を受領しているA社の代理人である被告が、A社と利害対立関係にある顧客に助言することは、正常な商行為とは到底いえない。
(イ) 勧誘の違法性(無差別電話勧誘・適合性原則違反)
金融商品を勧誘する場合において、当該商品にかかる取引を行うための知識、情報、経験、資力が不十分な者に対する勧誘は違法性を有するという法理(適合性の原則)があり、金融商品販売法や商品取引所法はそれを前提とする規定をおいているが、外国為替証拠金取引は、短期間に投資資金以上の損失が発生するおそれがあり、専門家であっても予測困難なドル円相場を対象とするものであって、最も危険性の高い商品であるから、この取引への勧誘を無差別に電話で行うことは到底許されない。そして、原告も、投機的取引の経験は全くなく、外国為替相場の変動に関する知識は皆無である上、投資資金も、失業の場合に備えておいた金員であり、危険性と難度の高い取引に投じるに適したものではないのであって、原告に対する勧誘も違法である。
(ウ) 説明内容の違法性
被告は、WWMFXの基本的な仕組を一切説明していないばかりか、銀行ではないA社を「オーストラリア認可商業銀行」と説明し、預金保険制度もなく、その適用も考えられないのに、「完全分離保管制度の適用対象となる」と説明している。そして、WWMFXはA社と顧客との相対取引であるにもかかわらず、契約書等においてA社をディーラーと称し、A社に手数料を支払うものとしており、相対取引であることを隠蔽している。さらに、前記のとおり、スワップ金利についても説明をしていない。
(エ) 一任取引の違法性
顧客はWWMFXの仕組の説明を受けず、理解しないままに取引が行われていくのであって、すべて外務員の言うがままに取引をせざるを得ない。原告の場合でも同様であった。
(オ) 売り・買いのポジションを同時に立てさせる方法の違法性
原告との取引においても、当初買いポジションから入るが、しばらくすると売りポジションを建てさせて両方のポジションを同時に建てている。先物取引ではない外国為替証拠金取引において、同時点で買いと売りの両方のポジションを持つ意味は皆無である上に、双方のポジションを建てることで高額の手数料をとられ、さらに、スワップ金利を毎日支払わされるのであり、このような方法は、顧客の資金をA社に転化させようとするきわめて露骨な手法である。
(カ) 断定的判断の提供の違法性
WWMFXは、損失の危険性が極めて高いにもかかわらず、被告の外務員は、預けておけば儲かる、置いておけば取り戻せるなどと断定的判断の提供を伴って執拗な勧誘により金員を支払わせている。
エ 不当利得
(ア) 原告は、被告に650万円を支払い、被告から90万円の返還を受けており、差引560万円の損失を被り、被告は、その金額の利得を得ている。そしてこの損失と利得との間に因果関係がある。
(イ) WWMFXの内容は、前記のとおりであり、公序良俗違反により無効である。
また、被告は、A社が銀行であること、預けた金員が預金保険の対象となること、A社がインターバンク市場につながっていることを装い、スワップ金利の危険性を説明せず、スワップ金利による高利回りの点のみを強調するという欺罔行為を行っており、原告は、これにより、WWMFXを外貨預金よりも安全な取引であると誤信して取引を行ったものであるから、原告は、訴状をもって、原告とA社との間、及び原告と被告間において締結されたWWMFXに関するすべての契約を詐欺による意思表示として取り消す旨の意思表示をする。
さらに、被告は、A社が銀行であること、インターバンク市場で取引をしていることという重要事項について不実の告知をして、これによって原告の誤認を生じさせて取引をさせているから、原告は、訴状をもって、消費者契約法4条1項1号により、WWMFXに関するA社及び被告とのすべての取引を取り消す旨の意思表示をする。
(被告)
ア 原告の主張アについて
(ア) 原告の主張ア(ア)のうち、顧客がドルと円の為替取引をA社を通じて行うとの点は否認し、その余は認める。顧客はA社と相対取引を行うのであり、A社がリスクヘッジを必要とするとき、インターバンク市場といわれる取引集団の中の取引をする。また、他の金融機関と取引をしたりして、インターバンク市場につながっている。
(イ) 原告の主張ア(イ)から(エ)までは認める。
イ 原告の主張イについて
(ア) 原告の主張イ(ア)は否認する。A社もインターバンクの中で取引をする資格を有し、取引をしている。
(イ) 原告の主張イ(イ)のうち、スワップ金利の一般的な説明は認めるが、その余は争う。
ウ 原告の主張ウについて
(ア) 原告の主張ウ(ア)について、被告はA社から取次手数料の支払を受けているが、そのことで顧客に不利益誘導をすることはない。
(イ) 原告の主張ウ(イ)は争う。
(ウ) 原告の主張ウ(ウ)は否認する。被告は、「銀行」や「預金保険」など虚偽の表示を使って勧誘していない。商業銀行(マーチャントバンク)という使い方をしており、これは日本におけるノンバンクに相当する。
(エ) 原告の主張ウ(エ)から(カ)までは争う。
エ 原告の主張エについて
原告の主張エは争う。
(2) 争点(2)(不法行為に基づく損害賠償請求権)について
(原告)
ア 被告外務員らの加害行為
(ア) 私設の賭博場への誘因
WWMFXは、前記のとおり、被告あるいはA社の私設の賭博場と同様であり、そこに、為替相場などについて一切知識のない原告を勧誘している。
(イ) 適合性原則違反
原告は、被告札幌支店のパート従業員にすぎず、投機取引の経験もなく、為替取引の知識もない。しかも、支払った金員は失業に備えたもので、多額の損失が発生するような取引をするには不適格である。にもかかわらず、被告外務員は、執拗に原告を勧誘し、契約を締結させて多額の金員を支払わせた。
(ウ) 断定的判断の提供を伴う執拗な勧誘
被告外務員は、外貨預金との比較を示すなどして、「置いておけば儲かる」などと断定的判断の提供を伴って執拗な勧誘により金を支払わせた。
(エ) 危険性の不告知
原告は、WWMFXが為替の変動により支払った証拠金以上の多額の損害を生ずるおそれのあることの説明を十分に受けずに、利益面のみを強調した説明を受けて取引を始めさせられている。
(オ) 説明義務違反
前記(1)ウ(ウ)のとおり、被告はWWMFXがA社を相手方とする相対の為替取引であることを一切説明していないばかりか、あたかもインターバンク市場に参加し、為替取引をしているかのように表示して説明している。原告の理解では支払った金員がドルとなって運用されているという程度の理解であった。
(カ) 一任売買によるドル買いドル売り同時建て
原告は、外国為替取引に関する知識も経験もなく、また、商品についてもまともな説明を受けていないから、自分の判断で取引を行うことなどできず、ただ、金員を預けてあるという認識であった。したがって、原告はドルの売り買いの指示など一切しておらず、取引は一任で行われている。そして、少なくとも、原告が父親であるB名義で支払った金員の取引では平成13年8月21日以降、ドル買いとドル売りを同時に保有するという無意味かつ有害な取引をさせている。
(キ) A社が銀行であるとの虚偽説明
被告は、A社が銀行であり、預けた金員について預金保険の適用があるかのように虚偽の表示をしている。
(ク) スワップ金利名目による金員の徴収
A社はインターバンク市場につながっていないのであり、スワップ金利が生ずるはずがないが、多額の金員をスワップ金利名目で徴収している。
イ 使用者行為
被告外務員らのこれらの一連の行為は、社会的相当性をはるかに超えた不法行為であり、被告は、被告外務員らを雇用し、利益を得ているものとして使用者責任を負う。
ウ 損害
原告は、合計650万円の金員を被告に支払い、90万円の返還を受けており、560万円の損害を被っている。
(被告)
原告の主張は争う。
(3) 争点(3)(金融商品の販売等に関する法律による損害賠償請求権)について
(原告)
仮に、WWMFXが適法な金融派生商品であるとしても、これは、「当事者間において、あらかじめ元本として定めた金額について、決済日を受渡日として行った先物外国為替取引を決済日における直物外国為替取引で反対売買したときの差金の授受を約する取引その他これに類似する取引」として、「直物為替先渡取引」(金融商品の販売等に関する法律第2条1項12号、同法施行令4条)に該当する。
そして、スワップ金利による元本欠損のおそれやA社の倒産による元本欠損のおそれについて、被告は説明義務(同法3条1項2号)を尽くしていない。
したがって、原告は、予備的に、同法4条により原告の元本欠損額について損害賠償の請求をする。
(被告)
原告の主張は争う。
(4) 争点(4)(弁護士費用)について
(原告)
原告は、原告訴訟代理人らに本件の訴訟追行を委任せざるを得なかったところ、その弁護士費用112万円は、被告の不法行為に基づく損害であり、原告は同額の損害賠償請求権を有する。
(被告)
原告の主張は争う。
(5) 争点(5)(過失相殺)について
(被告)
原告は、被告作成の「テレコール基本話法」という書面を出して、依頼したものは外貨建預金であると思ったと述べるが、同書面の4枚目には、「簡単に言えば○○様の出した資金に金利がつき更に毎日移り変わるドルの値幅で利益も与えられる商品なんですよ。」と記載されており、まさに本件取引の内容を正しく伝えるようになっているのであり、原告の供述に矛盾があるし、お金を預けてから1週間くらいして20万円くらいの利益が出ているという話を聞いたとするが、預金が利益を出すと理解していたこと自体不自然である。
また、原告は、被告会社に応募した際、為替などに関する知識や投資経験がないことが問題にならないかを尋ねたということであり、被告会社が為替取引に関する営業をする会社であることを事前に知っていたことを示している。
これらのことからすると、仮に被告に何らかの違法行為があったとしても、原告にも大きな過失があり、相当の過失相殺がされてしかるべきである。
(原告)
本件において過失相殺はされるべきではない。
WWMFXは、前記のとおり、極めて公序良俗違反性の強いものであり、私設の取引的不法行為については、過失相殺は限定的にされるべきである。当事者の属性に照らしてみても、原告は、投機的取引の経験は全くなく、外国為替には無縁であるし、資金は原告の生活資金であって、WWMFXには不適格者である。外貨建預金であると誤信させ、無断で取引を行い、英語の分からない原告に英語の書面を送付するなど悪質極まりない。このような著しい不公正性、当事者の属性、本件の勧誘の事情等に照らせば、本件で過失相殺されるべきでないことは明らかである。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(不当利得返還請求権)、争点(2)(不法行為に基づく損害賠償請求権)、争点(3)(金融商品の販売等に関する法律による損害賠償請求権)及び争点(4)(弁護士費用)について
(1) 争いのない事実、証拠(甲1~6、9の1~9の4、10、17の1~17の2、20~27、29~35、乙22~24、26の1~26の2、27の1~27の2、証人C、証人D、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告は、昭和29年6月生まれの現在48歳の無職の女性であるが、高校卒業後、東京で会社員として販売の仕事などをした後に、平成11年から実家のある札幌に戻り、パートの仕事をするなどしていた。そして、平成12年12月に、就職情報誌で被告札幌支店のテレフォンアポインターの募集広告を見て応募し、採用され、同月20日過ぎから被告札幌支店で勤務を開始した。
イ 被告は、先物取引や外国為替取引にかかる売買及び売買の媒介、取次もしくは代理、商品取引所における売買並びに取引の受託等を業とする会社である。
ウ 被告は、外国為替証拠金取引を行うことを内容とするWWMFXという商品名の金融派生商品を販売しており、その具体的な内容は以下のとおりであるとされている。
(ア) 顧客は、ドルと円の為替取引を、A社と相対取引で行い、為替変動による損益を決済する。A社は必要に応じてインターバンク市場を通じて為替取引を行う。取引は、1日単位で決済される直物取引であるが、スワップ金利の受払いを加減することによって決済の持越し(ロールオーバー)をすることができる。
(イ) 取引は、一定の証拠金(マージン)(WWMFXの発売当初は1枚について5000ドル、原告契約時は3000ドルであった。)によって、10万ドルを1枚とする単位で行われ、信用取引として差金決済をする仕組みとなっており、極めてハイリスクハイリターンの商品となっている。
(ウ) 顧客は、A社に、手数料として、売りの場合も買いの場合も、1枚につき片道100ドルを支払う(1枚を建てて落とせば200ドルかかる。)。顧客から被告に支払う手数料はない。
(エ) ドル買いのポジション(建玉)の場合、顧客は、10万ドルに対し、年利3~0.25パーセント(原告の取引開始時は2.5パーセント)のスワップ金利を取得するので、年利2.5パーセントの場合、1枚あたり年間2500ドルのスワップ金利が発生し、3000ドルの証拠金との関係では、年利83.3パーセントという高利回りとなる。
他方、ドル売りのポジションでは、顧客は6~3.25パーセント(買いのポジションの場合に3パーセントを加算した率が設定されており、原告の取引期間中は5.5~3.25パーセント)のスワップ金利をA社に対して支払わなければならず、5.5パーセントの場合、年間5500ドルとなり、3000ドルの証拠金との関係では年利183.3パーセントという高率となる。
エ A社は、オーストラリアにおいて証券取引を行う資本金約1億7000万円の会社であり、預金の受入れや貸出を主たる業務とする銀行には該当しない。オーストラリアの信用調査機関による格付けでは、財務内容の情報未収集を理由に格付けできないと報告されている。A社は、オーストラリア国内で、一般消費者向けに外国為替取引に関する商品の販売をしていない。
オ 被告が作成したWWMFXのパンフレット(甲2)には、外国為替直物取引であること、預かった資産はオーストラリア認可商業銀行のA社が完全分離保管制度で保管することといった説明はあるが、取引の相手方やA社や被告との関係についての説明はなく、スワップ金利についても、「円、ドルの金利差が生じるため相場の値動きとは関係なく口座に積み立てられるスワップ金利が生じます。」とのみ説明されている。
契約書(甲20、21)において、スワップ金利については、「そのポジションによって「ドル」と「円」の金利差相当分を相場の値動きに関係なく口座に積み立てられる(ないしは口座から引き落とされる)こととなります」(冒頭日本文部分6頁)と説明され、追加の証拠金が必要となる場合について、「市場の値動きがお客様の建玉に対して、不利な方向に変動し、「値洗い」計算(毎日ニューヨーク市場現地時間午後3時の値段を以て行い、前日までの値洗い損益、スワップ金利、取引損益金の差引きを含む)の合計が損計算となり、その合計額が建玉必要証拠金合計額の25%以上となったとき「A社」は、IB(イントロデューシングブローカー)であるEを通じて、そのご連絡(「追証通知書」につきましては必要が生じたその都度A社より、お客様宛に直接お送り致します)をさせていただきます。」と説明されている(冒頭日本文部分9~10頁)。
なお、この契約書では、「委託者」である顧客が、「ディーラー」であるA社に対し、取引を受託することを依頼すると記載されている(後半日本文部分1頁)。
カ 原告入社時、テレフォンアポインターは、女性10名程度であった。テレフォンアポインターの仕事は、電話でWWMFXの勧誘をするというものであり、入社時に、社員から、顧客に配布するパンフレットを参考に30分程度WWMFXの説明を受けるが、わからないことがあれば社員に取り次げば良いと言われ、交付される「テレコール基本話法」(甲32)という勧誘マニュアル(以下「テレコール基本話法」という。)に従って勧誘するように指示されていた。原告も、外国為替取引などの経験は一切なく、WWMFXの内容は全く理解できないまま、テレコール基本話法の記載に従って、WWMFXを「外貨預金」の一種であるとして勧誘していた。勧誘の電話をかける件数は、1人あたり、1日100件から150件程度であり、原告も、他のテレフォンアポインターと同様に、電話帳や、ライオンズクラブ、医師会などの名簿を渡されて、記載順に無差別に電話をかけるよう指示を受けて行っていた。勧誘の対象としない者についての説明はされなかった。
キ テレコール基本話法には、「ワールド・ワイド・マージンFXという外貨建て預金はテレビ、新聞で聞いた事はありますか?」、「私どもEの商品は先ほども言ったように“ワールド・ワイド・マージンFX”と言いまして、私どもEとオーストラリアの商業銀行“A”が業務提携した外貨建て預金です。」との記載がされている。その他、WWMFXの内容に関する部分としては、「簡単に言えば○○様の出した資金に金利がつき更に毎日移り変わるドルの値幅で利益も与えられるという商品なんですよ。」という記載があるにすぎない(甲32)。
ク 原告は、入社後ほどなくして、被告の従業員から、他の銀行の外貨預金とWWMFXを比較した一覧表のチラシ(甲24)、「ワールド・ワイド・マージンFX-外国為替取引-」と題するチラシ(甲9の1)、「スワップ金利表」と題するチラシ(甲25)を渡され、WWMFXについて、高利回りの外貨預金であるとの思いを強くした。
ケ 平成13年1月4日ころ、原告は、当時被告の営業課長であったCから、WWMFXの取引の勧誘を受け、1口の契約分とされていた70万円を預けて取引を開始することとした。そして、同月5日、仕事が終了した後に、被告札幌支店近くの喫茶店で契約書(甲20)に署名をするとともに、70万円をCに交付した。この際、原告に対しては、高い金利が付くこと、いつでもおろせること、という説明がされたが、契約書の内容についての説明はされなかった。
コ 契約締結後1週間程度して、原告は、Cから、利益が20万円程度出た旨を告げられるとともに、100万円を預けることを勧められて承諾し、平成13年1月17日ころ、Cに100万円を交付した。その数日後、原告は、Cから、原告の預けた金員について利益が出ていることを告げられ、さらに預ける金員を増額する旨の提案をされた。Cは、原告の父の名義を借りて口座を作成することを提案し、さらに、預金の残りの480万円すべてを利用することに躊躇している原告に対し、利益の中から毎月10万円の支払を受けるようにすることを提案して、結局、同月29日、原告から480万円の交付を受けるとともに、原告の父であるBの名義で口座を作成した。
サ その後、原告は、平成13年3月20日にCから10万円を受け取ったが、同年4月は21日に10万円、同年5月は月末近くに10万円を受け取った。同年6月は車検の費用を支出する予定があり、Cに20万円の払戻しを依頼していたが、同月20日は支払われず、同月27日になって受領した。このころから、原告はWWMFXに対する疑問を抱くようになり、同年7月ころ、当時原告の取引の担当となっていたDに取引を終了したい旨を伝えたが、Dから熱心に慰留され、被告にパートで勤務していることもあり、取引の終了は見送ることとした。そして、同年8月10日に30万円、同年10月か11月ころに10万円の支払を受けた。
なお、これらの支払は、すべて原告の口座等に振り込まれるのではなく、CあるいはDから手渡しで受けていた。
シ その後、原告は、Dから、アメリカでの同時多発テロの影響で損失が出て、損失が大きくなっていることを聞き、取引を続ける是非などについて尋ねたが、タイミングを見計らっている等の説明があるのみで、結局、原告名義の口座の残金はほとんどなくなり、平成14年の年明けころに、B名義の口座に一本化する旨の説明を受けた。同年3月ころに、原告は、Cに、この時期まで放置したことや、Cとその部下との言動が食い違うことを非難したが、その際、Cが部下を怒鳴りつける態度を見て一気に信頼を失い、翌日から休み、そのまま被告を退職した。
(2) 以上の事実関係をもとに検討すると、WWMFXが公序良俗違反であるかどうかの判断はひとまず措くとしても、本件では、以下のとおり、被告の従業員による不法行為が成立し、被告は、使用者としての損害賠償義務を負うと認められる。
ア すなわち、WWMFXは、3000ドルの証拠金(原告が取引を開始した時点)で10万ドルを1枚とする単位で行われ、円と米ドルの為替相場の変動による差金決済をする仕組みとなっており、1ドルあたり1円の値動きがあることによって10万円の損得が生ずるという極めてハイリスクハイリターンの商品であるうえ、円と米ドルの為替相場の変動を予測する必要があり、決済しない限りスワップ金利が日々生じていくが、スワップ金利の仕組は難解であって、取引内容自体の理解が容易ではない。そして、取引の報告書はA社から直接送られてくるが、その際の書面の書式についての訳文は交付されるようである(甲22)ものの、書面の記載内容は英文であって(甲22、23、33の1~8、34の1~34の3)、この点からも取引内容を把握しにくい面がある。そうすると、このような特性を有する商品を一般消費者に提供するA社及びその代理人である被告(並びにその従業員)において、委託者の保護に欠ける行為を規制することを通じて健全な市場形成を図るために、証券取引や商品取引において求められている注意義務と同様の義務が、社会的に相当な方法で勧誘をすべき注意義務として課せられていると解すべきである。そして、経歴、能力、経験等により、WWMFXの取引を行うに適した者であるかの判断、取引内容及び危険性についての説明が十分にされることは、その一内容として考慮されるべきであると解される。
そこで、本件について見ると、原告は、被告札幌支店のパート従業員であり、それまでの職歴も販売業務に就いていたのみで、投機取引の経験もなく、また、為替取引等の知識もないのであって、このような原告の状況からすると、そもそもWWMFXの取引の適格性があったと言えるかどうかは大きな疑問が残るところである。
そして、原告は、被告札幌支店就職時に、為替取引等の経験がないことをDに伝えており、それは、原告にWWMFXを勧めたCにおいても当然に知っていたと推認され、原告らテレフォンアポインターを監督する立場にあったCは、原告の経歴等も知っていたと推認されるが、Cはそれらの点を原告に尋ね、原告の理解度を検討する作業をしていない。Cは、勧誘の際、あるいは、契約時に、取引の危険性について十分な説明をしているとは認められず、また、取引の内容及び付随する重要事項、すなわち、取引当事者であるA社の概要、A社と被告との関係(被告の立場)、原告と被告との関係、A社との相対取引であること、スワップ金利の意味、スワップ金利が加減されることによる影響の程度、証拠金の追加が必要となる場合やその計算方法について、被告作成の契約書やパンフレットにおいて十分な説明がされているとは到底言えないところ、この点を口頭で補充説明しているとは認められない(そもそも、口頭の説明によって十分な補充説明が可能であるかの問題もある。)。しかも、原告は、テレフォンアポインターとして、WWMFXは外貨建て預金であるとの説明内容を記載した「テレコール話法」に従って毎日勧誘を行っていたのであるから、外貨預金との基本的な仕組みからの違いを十分に説明する必要があると認められるのである(Dは、外貨建て預金という点は訂正をした旨証言するが、そのような訂正がされたのであれば、訂正が反映されたマニュアルが作成されているはずであるところ、当該マニュアルの提出はなく、そうすると、訂正がされたこと自体が疑わしく、結局、訂正がされたとのDのこの証言を採用することはできない。)。さらに、A社を銀行と表示したパンフレット等の記載は、A社の性格について特段に説明をしておらず、銀行という名称から一般的に抱く信頼について、誤解を解く説明等は口頭でもされていない。これらの点は、後に原告の取引の担当になったDにおいても同様である。
そうすると、C及びDにおいて、説明義務に違反する不法行為があったと認められる。
イ さらに、原告の取引は、原告名義のものも、B名義のものも、すべてCあるいはDに一任して行っていたものであるところ、平成13年8月21日以降、ドル買いとドル売りを同時に保有するという無意味、かつ、買いと売りのスワップ金利の差異が口座から差し引かれていくという意味で有害な取引を行っている。原告が取引の終了を依頼した際も、特段の説明をしないままに、取引継続を勧めている。そもそも、原告については、平成13年3月以降、1か月に1回10万円程度を出金することとして、実際に、原告は、合計90万円の支払を受けているが、原告に直接送金されるのではなく被告に送金されて、原告はCから受領していること、出金依頼から実際の送金までに一定の日数がかかり、出金時の換算レートで計算されるところ、原告が受領する金額は、10万円、20万円等の端数のない金額であったこと、出金の際の書類(乙25の1~25の2、26の1~26の2)に日付等の記載の欠けている部分があること、被告の提出する原告の取引の勘定元帳とA社の取引明細書の入出金の日付に齟齬があることなどから、原告の取引において、原告の口座、証拠金等が適切に管理、運用されていたのかについても、大きな疑問が残るところである。
したがって、このような取引実施の点でも、CあるいはDに違法な行為があったと認められる。
ウ そして、C及びDは被告の業務としてこれらの行為を行ったのであり、被告は、原告が受けた損害である560万円について、使用者責任を負うと解される。
エ 原告は、本訴訟の追行を原告代理人らに委任しているが、このための費用も、前記不法行為と相当因果関係のある損害と解されるところ、その金額は100万円が相当である。
2 争点(5)(過失相殺)について
被告は、テレコール基本話法においても、その4枚目に、「簡単に言えば○○様の出した資金に金利がつき更に毎日移り変わるドルの値幅で利益も与えられる商品なんですよ。」と、WWMFXの内容を正しく伝えるような記載がされていること、原告も、お金を預けてから1週間くらいして20万円くらいの利益が出ているという話を聞いたとするが、預金が利益を出すと理解していたこと自体不自然であること、原告は、被告会社に応募した際、為替などに関する知識や投資経験がないこをが問題にならないかを尋ねたということであり、被告会社が為替取引に関する営業をする会社であることを事前に知っていたことを示していることなどを指摘して、本件において、相当の過失相殺がされるべきであると主張する。
しかし、被告の指摘する事情をもっても、原告WWMFXについて外貨預金の一種であると信じて取引を開始し、継続したことについての落度を認めることは困難であるし、前記1で認定した本件の状況(とくに、WWMFXの取引に適さない者を勧誘した可能性が十分考えられる点)に鑑みると、被告が指摘する前記事情をもって、原告において、原告の損害の発生に関する寄与を認めることは酷であり、過失相殺を行うことは適当でないと言うべきである。
第4結論
以上の次第で、原告の請求は、660万円及び本訴状送達の日の翌日である平成14年10月8日から支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法64条ただし書、61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山田真紀)