札幌地方裁判所 平成14年(ワ)1958号 判決 2006年9月29日
第1事件原告
甲野A子
外2名
第2事件原告
丁川D男
第2事件原告
戊谷E男
上記5名訴訟代理人弁護士
石田明義 内田信也 川上有 笹森学 佐藤哲之
佐藤博文 長野順一 三浦桂子 渡辺達生 高崎暢
高崎裕子 竹中雅史 奥泉尚洋 竹之内洋人
同訴訟復代理人弁護士
齋藤耕
被告
東日本電信電話株式会社
同代表者代表取締役
髙部豊彦
同訴訟代理人弁護士
冨岡公治
同
寺前隆
同
岡崎教行
同
菅野智巳
同訴訟復代理人弁護士
三春裕嗣
主文
1 被告は,原告甲野A子,原告乙原B男及び原告丙山C男に対し,それぞれ50万円及びこれに対する平成14年10月5日から支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告丁川D男に対し50万円及び原告戊谷E男に対し100万円並びにこれに対する平成15年1月21日から支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを5分し,その1を被告の,その余を原告らの負担とする。
5 この判決は,第1,2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告甲野A子,原告乙原B男及び原告丙山C男に対し,それぞれ300万円及びこれに対する平成14年10月5日から支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告丁川D男及び原告戊谷E男に対し,それぞれ300万円及びこれに対する平成15年1月21日から支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告の従業員(以下「社員」ともいう。)あるいは元従業員である原告らが,被告の原告らに対する配置転換(以下「配転」ともいう。)命令は違法で無効であるとして,各配転命令によって生じた精神的苦痛に対する慰謝料の賠償を求めた事案である。
1 前提となる事実
争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。
(1) 当事者等
ア 原告ら
原告らは,昭和37年から昭和43年までの間に日本電信電話公社(以下「電電公社」という。)に期間の定めなく採用された従業員又は元従業員であり,採用後の各原告の職歴等の概略は,別紙1ないし5記載のとおりである。(乙97)
イ 被告
(ア) 電電公社は,昭和60年4月1日,日本電信電話株式会社等に関する法律に基づき設立された日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)に対し,一切の権利義務を引き継いで解散した。
平成11年7月1日,NTTは純粋な持株会社となり,被告が設立され,上記経緯に伴い,原告らの雇用関係は,電電公社からNTT,NTTから被告へと順次承継された。
被告は,東日本地域(北海道,青森県,岩手県,宮城県,秋田県,山形県,福島県,茨城県,栃木県,群馬県,埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県,新潟県,山梨県及び長野県)において,地域電気通信業務,地域電気通信業務に附帯する業務,その他会社の目的を達成するために必要な業務及び東日本地域における地域電気通信業務とこれに附帯する業務を営むために保有する設備若しくは技術又はその職員を活用して行う電気通信業務等を目的とする株式会社である。(乙2)
(イ) 被告は,6のスタッフ部門,4の支店支援部門,6の集約事業所(被告においては,以上の部門,事業所を本社等と称している。)と21の事業部(東日本地域の各都道県単位の17の事業所及び法人営業本部,公衆電話事業部,通信機器事業部,電報事業部)から構成されている。(乙3)
ウ 通信労組等
被告には,平成14年3月31日当時で4万8250人の従業員がおり,その従業員で組織される通信産業労働組合(以下「通信労組」という。)及びNTT労働組合のほか4つの労働組合がある。NTT労働組合は,組織率(組合員となり得る従業員全体に占める当該組合に所属する従業員数の割合)約99パーセントの最大の労働組合である。
原告らは,いずれも,通信労組の組合員である。(甲141,252,乙2)
(2) 本件構造改革及び本件計画等
ア NTTは,平成13年4月,「NTTグループ3ヵ年経営計画(2001〜2003年度)について―NTTグループの事業構造改革―」を策定し,同月16日,これに基づきNTTグループの事業構造改革を実施することを発表し,同年11月22日,その具体的な内容として,「NTT東西の構造改革について」とする施策を発表した(以下,これらの施策を「本件構造改革」という。)。
被告は,上記「3ヵ年経営計画」に基づき,「NTT東日本の構造改革に向けた業務運営形態等の見直し等について」とする計画(以下「本件計画」という。)を策定し,同年4月27日,これを通信労組を含む被告内の全ての労働組合に提示した。なお,被告とNTT労働組合とは,同年11月30日,本件計画に向けた業務運営形態等の見直しについての合意をした。(甲69,70,乙14,16,17,45)
イ 本件計画の内容の一つは,被告の基幹業務である固定電話の保全,管理,営業等の業務を新設する都道県別の子会社(以下「OS会社」という。)にアウトソース(外注委託)するものであった。
OS会社には,都道県ごとに,被告から受託する業務の別に応じて,注文受付,問い合わせ等の業務を受託する営業系会社,設備保守・運営,故障修理等の業務を受託する設備系会社,総務,財務,人事,厚生等の業務を受託する共通系会社がある。
OS会社は,平成14年5月1日から業務を開始した。(乙19)
ウ(ア) 被告は,本件計画等に基づき,平成13年12月3日,「構造改革の実施に伴う雇用形態・処遇体系の多様化の実施について」と題する社長通達をもって,平成14年3月31日時点の年齢が50歳以上(平成15年3月31日時点の年齢が51歳以上)の従業員に対し,平成14年5月以降の雇用形態及び処遇体系を選択し,その結果を同年1月18日までに雇用形態選択通知書(以下「本件選択通知書」という。)の提出によって通知するよう告知し,上記の雇用形態の選択につき,上記の従業員に対する上長による個人面談を実施した。
なお,平成14年3月31日時点の年齢が50歳未満の従業員で特にOS会社に再雇用されることを希望する者は,同年1月18日までに被告を退職したうえOS会社に再雇用される旨の希望を任命責任者に申し出れば認められ,この場合,下記(イ)a,bにおける激変緩和措置の給与加算及び一時金の支給はされないこととなっていた。
また,退職再雇用となる従業員の再雇用先のOS会社は,本人の従事している業務がいずれのOS会社に移行するのかなどを踏まえ,被告の責任で決定することとされ,勤務地は,原則として退職時に勤務している支店等が所在する都道県内の事業所又は入社後に初期配属された組織が対応する都道県内の事業所のいずれかを本人が希望により選択するものとされた。(甲8,9,乙21,23)
(イ) 上記選択すべき雇用形態及び処遇体系は,下記aないしcの3種類とされ,本件選択通知書を提出しない者は,cの満了型を選択したものとみなされることとされた。(甲9,乙20ないし23,97)
a 繰延型
平成14年4月30日に被告を退職し,同年5月1日にOS会社に雇用され,60歳定年制により60歳まで勤務した後,61歳以降は契約社員としてOS会社に再雇用され,最長65歳までの雇用が可能となる形態であり,勤務地は当該都道県内に限定される。従業員は,被告において支給されている月例賃金のうち,資格賃金,年齢賃金,扶養手当,成果加算,成果手当,暫定調整,都市手当(研究所勤務手当),月額制の職務手当,月額制の特殊勤務手当,単身赴任手当及び暫定加算(以下,これらの各手当等をまとめて「所定内給与」という。)が15ないし30パーセント低下するが,これに対する激変緩和措置として,当該OS会社における退職手当及び契約社員期間における給与加算によって最大約60パーセント程度の支給がされ,加えて企業年金(税制適格年金)等の受給ができる形態である。(乙22,23)
b 一時金型
雇用形態としては,aの繰延型と同様であるが,所定内給与が15ないし30パーセント低下することに対する激変緩和措置として,当該OS会社における退職手当及び平成14年4月30日の被告の退職金に一時金を加算し,OS会社において減額される分の最大約50パーセントを支給する形態である。(乙22,23)
c 満了型
被告との雇用契約を継続するもので,被告の社員就業規則(以下「就業規則」という。)74条(定年)に基づき,60歳まで勤務し,就業規則60条(転用,配置転換),61条(出向)に基づき,全国的な転勤もあり得る形態である。(乙22,23)
(ウ) 満了型を選択し,あるいはこれを選択したとみなされ,かつ,再配置が必要とされた従業員は,平成14年4月24日から同年5月1日に法人営業部門に異動となり,その後約2か月間法人営業についての研修を受けた。(乙45)
(3) 本件構造改革リファイン
被告は,平成14年7月1日以降,法人営業本部における首都圏,支店ユーザからの一部移行を図りつつ,同本部における支店支援機能強化,SO(サービスオーダ)業務のアウトソーシング等を実施する施策を行った(以下,この施策を「本件構造改革リファイン」という。)。
被告は,本件構造改革リファインの実施に際し,同年12月24日付けの「雇用形態・処遇体系の多様化の実施について」と題する社長通達により本件構造改革(本件計画)において満了型を選択した平成15年3月31日時点で51歳以上59歳以下の全従業員に対し,再度,雇用形態及び処遇体系の多様化のスキーム(本件構造改革時と同様のスキーム)を実施し,同年1月末日までに雇用選択通知書(以下,(2)の本件計画等に基づく雇用選択通知書と区別せずに「本件選択通知書」という。)を提出させる方法により選択させた(これにより対象従業員が退職再雇用を選択した場合,同年3月に被告を退職し,同年4月にOS会社に再雇用される。)。被告は,平成14年11月20日,通信労組に対し,上記通達の内容を提示した。
被告は,本件構造改革時と同様に選択期限前に上長による個別面談を実施し,また,本件選択通知書を提出しなかった者は満了型を選択したとみなすものとした。(甲29ないし31,33,乙24,26,27)
(4) 本件配転
原告らは,いずれも本件選択通知書を提出しなかったため,満了型を選択したものとみなされた。
被告は,原告らに対し,以下のとおり,平成14年7月1日付け及び平成15年4月1日付けの配転(以下,これらを併せて「本件配転」という。ただし,平成15年4月1日付の配転は原告戊谷のみである。)をした。
ア 原告甲野A子(以下「原告甲野」という。)
原告甲野は,平成14年4月24日に被告北海道支店お客様サービス部116部門札幌116センタ(以下「札幌116センタ」という。)から北海道支店法人営業部企画部門に配属され,研修を経て,同年6月24日に,同年7月1日付けで北海道支店苫小牧営業支店法人営業担当への配転を命じられた。
イ 原告乙原B男(以下「原告乙原」という。)
原告乙原は,平成14年4月24日に北海道支店営業部エリア営業部門から北海道支店法人営業部企画部門に配属され,研修を経て,同年6月24日に,同年7月1日付けで北海道支店室蘭営業支店営業総括担当への配転を命じられた。
ウ 原告丙山C男(以下「原告丙山」という。)
原告丙山は,平成14年5月1日に在籍出向していた株式会社エヌ・ティ・ティ エムイー北海道(以下「ME北海道」という。)から被告に復帰し,北海道支店法人営業部札幌北営業所小樽営業センタに配属され,研修を経て,同年6月24日に,同年7月1日付けで北海道支店函館営業支店SE担当への配転を命じられた。
エ 原告丁川D男(以下「原告丁川」という。)
原告丁川は,平成14年4月24日に電報事業部北海道電報営業支店営業担当から北海道支店法人営業部企画部門に配属され,研修を経て,同年6月24日に,同年7月1日付けで北海道支店釧路営業支店営業総括担当への配転を命じられた。
オ 原告戊谷(以下「原告戊谷」という。)
原告戊谷は,平成14年4月24日に札幌116センタ加入権担当から北海道支店法人営業部企画部門に配属され,研修を経て,同年6月24日に,同年7月1日付けで東京にある法人営業本部サービスマネージメント部NWソリューションセンタSO推進担当に配転され,さらに平成15年4月1日付けで東京支店営業企画部光IP販売プロジェクトに配転された。
(5) 就業規則等
ア 被告の就業規則には,次の条項がある。(乙1)
第60条(転用,配置換等) 社員は,業務上必要があるときは,勤務事業所又は担当する職務を変更されることがある。
第61条(出向) 社員は,業務上の都合により,別に定めるところにより,出向させられることがある。
第74条(定年)第1項 社員の定年年齢は満60歳とし,定年退職日は定年年齢に達した日以後の最初の3月31日とする。(第2項 省略)
イ 電電公社には,次のような就業規則があった。(乙40)
第51条(転用,配置換等) 職員は,業務上必要があるときは,勤務局所又は担当する職務を変更されることがある。
2 争点及び主張
(1) 本件配転命令の無効
(原告らの主張)
本件計画等及びこれに基づく本件配転命令は,①年齢による差別,②実質50歳定年制,③二重に脱法的な労働条件の不利益変更,④労働協約及び転籍規定に違反する賃金切り下げ,⑤不法な同意の強要等が含まれる違法性があり,かつ,被告が主張するような必要性もないものであって,以下のとおり,本件配転命令は無効である。なお,原告らの個別の事情は,後記争点(2)ないし(6)のとおりである。
ア 労働契約違反による無効
(ア) 勤務地の限定
原告らは,一般従業員として採用されるに当たって就業規則上の配転条項に関する説明を受けておらず,それに同意したこともないから,就業規則における配転条項の一般的な拘束力を受けない。労働契約における勤務地限定の合意は,明示の合意に限定されず,労働契約締結過程の諸事情から判断される黙示の合意も含まれるところ,以下のような原告らの契約締結過程の事情に照らせば,いずれも勤務地は採用地域内等に限定されており,その地域を越える異動については本人の同意を要するというべきである。
a 募集,採用形態による勤務地限定
本社採用と現地採用に分けて採用が行われているとき,現地採用者は当該現地に勤務地が限定されていると解されるところ,原告らは,地方出先機関において採用されており,その採用経過や配置の実態は採用地域の限定を裏付けている。
b 勤務実態による勤務地限定
原告らの勤務地は,30年以上にわたって各人の採用地域内とされてきた。
原告らは,本件配転以前に採用地域内で異動の対象となったことがあったが,いずれも本人の同意に基づくものであった。なお,原告丙山については,採用地域外の配置もあったが,その場合でも本人の同意のもとに配置がされ,一定期間終了後は本人の希望する勤務地に戻ることができる取扱いがされていた。
c 社内慣行による限定
本件配転以前には,被告における社内慣行として,原告らと同様の職種で就労している現地採用の一般従業員が,一方的に全国配転や広域異動の対象となることはなかった。約30年にわたるこの取扱いは,労使双方の共通の理解に基づく確立された労使慣行となっており,こうした労使慣行は,労働契約の内容に転化されるとともに,それ自体が直接労使の規範となるものである。
(イ) 職種の限定
上記(ア)のとおり,原告らには配転条項の一般的な拘束力を認められず,労働契約における職種(職務内容)限定の合意は,明示の合意に限定されず,契約締結過程の諸事情から判断される黙示の合意も含まれるところ,以下のような原告らの契約締結過程の事情に照らせば,その職種は限定されており,これを変更するには本人の同意を要するというべきである。
a 募集,採用形態による限定
原告らは,電電公社に職種を特定して募集されて採用され,採用時に受領した雇用通知書や辞令には担当職種が明記されていた。このような場合,原則として,その記載が労働者の契約内容となる。
b 採用後の実態が示す職種限定
原告らは,入社後,それぞれ約30年にわたって特定の職種を担当し,専門的知識や資格等を身に付けてきた。労働者が職務に関連する資格を取得し,又は企業内で教育訓練を受けてそれを活かす職務に長年従事し,かつ,その職務にとって経験が重要である場合,職務内容は特定されているというべきである。
なお,原告らにつき,本件配転以前に事業所の統廃合等の事情があって担当職務が変更されたケースがあるが,いずれも本人の同意に基づくものである。
c 社内慣行による限定
被告における社内慣行では,基本的に採用時から同一の職務とされ,少なくとも同意なしに全く関係ない職務に配置がされることはなかった。この取扱いは約30年にわたって行われ,労使双方の共通の理解に基づく確立された労使慣行となっており,労働契約の内容に転化されるとともに,それ自体が直接労使の規範となる。
イ 労働契約上の配慮義務違反による無効
使用者は,労働契約において,従業員である労働者に対し,人間としての尊厳を持つその人格を尊重し,生命,安全,労働者としての労働力の保全と向上,家族との共同生活の維持等について適切に配慮すべき義務を負う。この義務は,信義則上の義務であるとともに,労働契約に内在し,不可分に付随する義務であり,これに違反した配転命令は,労働契約違反となる。本件配転命令には以下の配慮義務違反があり,無効である。
(ア) 遠隔地配転により生活に重大な不利益が生じないよう適切な配転をすべき義務の違反
使用者には,配転によって労働者及びその家族の生活に重大な不利益が生じないよう適切な配慮をする義務があり,遠隔地配転(住居の移転を伴う場合のほか,遠距離通勤をする場合も含む。)については,育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育児介護休業法」という。)26条,労働安全衛生法62条,66条の5,家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する条約(以下「ILO156号条約」という。)等により,家族状況並びに本人の年齢及び健康状態に配慮するとともに,事前に本人の意向を打診したうえで赴任までの期間を余裕を持って設定したり,赴任期間に一定の年限を設けるなどの相応の配慮が求められる。
本件配転は,いずれも事前の意向打診がなく,事前通知から赴任までの期間はわずかであったうえ,原告らの多くは単身赴任生活となり,夫婦のつながりが分断されたり,介護等の負担が配偶者等に集中することによる精神的,肉体的負担及び二重生活に伴う経済的負担等の重大な不利益を生じさせており,上記義務に違反する。
(イ) 職務変更についての配慮義務違反
労働者が形成してきた職能(職務上・職業上の能力)は,労働者の能力評価等の決定に大きな関係を有し,また,労働者が人間としての尊厳を保ち誇りを持って生きるためには,その職能が発揮できる職務を必要とするところ,使用者は,これを活用できるよう配慮し,特別に合理的な理由なく,あるいは業務外の目的によって,労働者の職能やキャリアを傷つけるような配転をしてはならないとの配慮義務を負う。
本件配転は,原告らが長い間の労働で形成してきた職能を否定する異動を強いるもので,上記義務に違反する。
(ウ) 人間の尊厳の配慮義務違反
使用者は,人間として平等な人格を持つ労働者の人間としての尊厳を傷つけないよう労働者を処遇する義務を負う。
本件配転は,原告らを理不尽に家族から切り離し,年齢や病気のために懸命に介護を求める親を見捨てることを強いるもので,上記義務に違反する。
(エ) 適正かつ公正な手続への配慮義務違反
使用者は,人事権の行使その他の措置を採るに当たり,適正かつ公正な手続を経るべき義務を負う。
被告は,原告らが所属する通信労組との誠実な団体交渉を行わずに各原告に本件選択通知書の提出を迫り,個別事情につき聴取する姿勢すら示さず,また,配転につき事前にその概要を説明して意向を問うこともせずに本件配転を強行したのであり,上記義務に違反する。
(オ) 健康配慮義務違反
使用者は,労働安全衛生法62条,66条等により,中高年齢者の適正な配置に努めるとともに,労働者の健康状態を把握して配置等の措置において適切な配慮をすべき義務がある。
被告は,本件配転に際し,健康障害を抱えた中高年齢者である原告らの健康状態を把握しようとしておらず,上記義務に違反する。
ウ 法令・判例等の違反による無効
(ア) 51歳以上の従業員に対する年齢による差別
51歳以上の従業員は,繰延型及び一時金型を選択すれば,被告の子会社で被告に生殺与奪の権を握られているOS会社に再就職しなければならず,最も重要な労働条件である賃金は15ないし30パーセント減額され,また,繰延型及び一時金型を選択しなければ,遠隔地配転と不利益職種転換をさせられる。一方,すべての50歳以下の従業員は,被告で従来の賃金を保障されており,このような51歳以上の年齢という不合理な基準によって選択を強いること自体,年齢によるいわれのない差別である。
このような年齢による不利益差別処遇は,a.法の下の平等を定めた憲法14条,b.労働条件について不合理な差別を禁止した労働基準法(以下「労基法」という。)3条,c.年齢を理由とする賃金差別及び仕事上の処遇を禁止している経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約7条に違反しており,本件配転は,判例(最高裁判所第1小法廷平成12年9月7日・民集54巻7号2075頁,最高裁判所第1小法廷平成4年5月25日判決・労判615号12頁等)に示された就業規則不利益禁止法理及び整理解雇4要件の法理に照らして違法である。
(イ) 高年齢者雇用安定法違反
本件配転は,51歳以上の従業員全員に退職再雇用を迫るもので,実質的に50歳定年制を導入するものである。これは,定年を定める場合には60歳を下回ることができないとした,平成14年法律第165号による改正前の高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年齢者雇用安定法」という。)4条に違反する。
(ウ) ILO156号条約及びILO165号勧告違反
被告が,原告らを一方的に東京等の遠隔地へ配転して,単身赴任等を余儀なくさせることは,わが国が批准した男女労働者特に家族的責任を有する労働者の機会均等及び均等待遇に関する勧告(以下「ILO165号勧告」という。)20項の「労働者を一の地方から他の地方へ移動させる場合には,家族的責任及び配偶者の就業場所,子を教育する可能性等の事項を考慮すべきである。」との規定及びILO156号条約に基づき,労働者が差別されることなく家族的責任を全うできるよう処遇する措置を採るべき義務に違反し,無効である。
(エ) 育児介護休業法26条違反
本件配転は,老親や病気の家族の介護等についての原告らの実情に全く配慮することなく行われたものであり,育児介護休業法26条に違反し,無効である。
(オ) 公序良俗違反
本件計画に基づいてされた異職種,遠隔地への配転は,従業員のうち51歳以上の者に対してのみ命じられたもので,電話の保守,管理,営業等の業務に従事する50歳以下の従業員は,同一地域内のOS会社に在籍出向して従来同様の業務を従来同様の条件で継続して行っている。
上記のとおり,これは年齢のみを理由とした不合理な差別であって憲法等に違反するものであり,しかも本件配転命令は,不当な動機,目的に基づくものであるうえ,原告らに職業上,家庭生活上などあらゆる面で著しい不利益を被らせているものであるから,公序良俗に違反し,無効である。
エ 権利濫用による無効
(ア) 業務上の必要性,合理性の欠如
a 本件配転は,本件計画と一体のものとして行われたが,被告及びNTTグループ全体では巨大な利益を上げているという経営状況からして,本件計画は差し迫った必要性に基づくものではなく,被告が利益の最大化のみを求めてコスト削減のために行ったものである。
b 近時の判例(最高裁判所第2小法廷平成11年6月11日決定・労判773号20頁)は,本件配転のように異職種配転の場合には,業務上の必要性が厳格に吟味され,権利濫用の成否が判断されなければならないとしている。
本件配転は,①労働力の適正配置に反しており(OS会社の新設やアウトソーシングが必要かつ合理的であったとしても,被告は固定電話の保守,管理,営業等の業務を廃止し又はその営業を譲渡したものではないから,原告らを地元のOS会社に出向させて従来の蓄積した知識,経験を活用することこそ適正かつ合理的な配置である。),②業務の能率増進ないし円滑運営に対する阻害となり(本件配転により原告らを首都圏エリアの法人営業等の部門に配置したために,配置先での業務運営は,円滑性ないし効率性を欠くこととなった。),③能力向上ないし勤務意欲高揚に結びつかない(原告らが本件配転後に配置された業務は,原告らのそれまでの知識,経験,能力とは全く無関係のものであり,本人の能力開発や勤労意欲の高揚に資するものといえない。)ものであって,上記判例ルールに照らし,本件配転は権利濫用に当たる。
(イ) 不当な動機,目的の存在
a 労働条件不利益変更禁止の法理を潜脱する目的
被告は,原告らに対し,51歳以上の従業員を転籍させるため,「被告に残れば仕事はない。残ったら成果業績主義が徹底されるし,異職種,遠隔地配転を行う。」との脅しをかけ,転籍に同意するよう強要した。本件配転のもととなった本件計画は,実質的に会社の新設分割であるところ,被告は,転籍拒否者に対する異職種や遠隔地への配転により,会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下「労働契約承継法」という。)8条,分割会社及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針(以下「労働契約承継法指針」という。)における企業再編に伴う労働条件不利益変更禁止法理の潜脱を図る動機,目的で本件配転を行った。
b 転籍拒否者に対する報復と他の従業員への見せしめ
本件配転は,被告の意向に従わなかった原告らに対する報復として行われると同時に,他の従業員に対し,転籍に応じないと異職種や遠隔地への配転が行われるという見せしめの意味をもっていた。
このように,本件配転命令は,不当な動機,目的をもってされたのであり,無効である。
(ウ) 労働者の人間性無視と権利侵害
労働者に職業上又は生活上著しい不利益を被らせる配転命令,労働者が人間らしく暮らし生きることを著しく阻害し,その権利を侵害する配転命令は,権利濫用として無効である。
a 職業生活上の不利益と権利侵害
本件配転は,これまで長年にわたって培ってきた原告らの知識,経験,能力をすべて無にさせるもので,しかも,新たな職種に慣れる困難性は51歳以上に至ってから変更される場合には特に著しい。
また,被告は,原告らを事前研修とは無関係の業務に従事させ,あるいは仕事を与えておらず,本件配転は,原告らを職業人として処遇するものとは無縁であった。
本件配転における原告らに加えられた職業上の不利益と人間性の無視,権利侵害は極めて大きく,そのような内容の配転命令は無効である。
b 家族生活及び日常生活上の権利に対する重大な侵害
51歳以上に達した原告らは,いずれも本人及び配偶者の両親が高齢に達していて介護の必要性が高く,また,本人及び配偶者の肉体的衰えが一定程度進んでいるが,本件配転は,このような原告らを地元から離れた地へ転勤させ,原告らが家族的責任を果たすことを不可能又は著しく困難にさせるとともに,本人の生活を心身共に破壊するものである。このような生活上の著しい不利益を被らせる人間性を無視した本件配転は,権利の濫用として無効である。
c 労働組合活動上の不利益
単身赴任を伴う遠隔地への転勤を命ずる本件配転命令は,原告らの労働組合活動に重大な支障を与え,不当労働行為に該当し,権利濫用として無効である。
(エ) 手続上の重大な不当性
本件配転命令は,下記のように,手続及び方法の妥当性を著しく欠き,権利濫用に該当する。
a 原告らは約30年以上にわたって各地元支店等において現業業務や地域営業に従事してきたところ,このような原告らに対し,県境を越えてこれまで経験したことのない業務を担当させる配転を行う場合には,被告の配転命令権を肯定するとしても,合意を得るための努力や配転先の業務内容等についての説明が信義則上必要である。
しかし,被告は,本件配転については以前の配転のときとは異なり,従業員の希望を聴取することなく,配転を実施した。また,被告は,原告らが満了型を選択したとみなされた以降,各配転の必要性,配転先の業務内容,人選の理由等について説明をしなかった。
被告のこのような説明義務を果たそうとしない不当な態度は,労使関係のルールを破るもので,労働条件の対等決定原則(労基法2条1項)に違反し,かつ,個別労働者の同意を求めている労働契約承継法指針に違反する。
b 被告は,通信労組からの本件配転についての団体交渉の申入れに全く応じていない。組合員の配転に関する労働組合の要求は義務的団交事項であり,被告の団交拒否は不当労働行為である(労働組合法7条2号)。また,被告は,従業員らの要求,質問,異議申立てを取り合わず,本件配転を強行した。本件配転は,通信労組の弱体化を狙った支配介入行為であり,無効である。
(オ) 前記(ア)ないし(ウ)のような事情からすれば,被告が挙げる東亜ペイント事件判決(最高裁判所第2小法廷昭和61年7月14日判決・判例時報1198号149頁)に従っても,本件配転は無効である。
(被告の主張)
本件配転命令は,以下のとおり,本件計画等に基づくもので,その必要性がある合理的なものであり,何ら違法無効とされるべきものではない。なお,個々の原告らについての本件配転における業務上の必要性の存在及び配転障害事由の不存在に関する被告の主張は,後記争点(2)ないし(6)のとおりである。
ア 本件計画等の必要性等
被告は,設立以降,各種経営改善施策を実施してきたが,経営環境の激変により,営業収益は平成12年度の約2兆7900億円から平成13年度の約2兆5700億円へと約2200億円の減収となり,経常利益も平成12年度の141億円に対し平成13年度は75億円に落ち込む結果となり,今後は固定電話市場の縮退が一層加速するものと想定され,電話事業の更なる減収は不可避となっており,このままでは,中期経営改善施策に基づく各種経営改善施策を着実に実行しても,平成14年度の経常利益は大幅赤字への転落をも想定せざるを得ない厳しい状況になること,また,このような財務状況を踏まえ,従来のままでは,中長期的にはもちろん,短期的にも会社業績が漸次悪化し,従業員の雇用確保まで危ぶまれる状況になることが予測された。
その具体的な背景として,第1に,携帯電話の急速な普及に伴い,被告における主な収入基盤である固定電話がますます減少し,平成14年度事業計画では前年度比41万加入の減少となっていること,第2に,平成13年5月の優先接続制度であるマイライン(電話会社選択サービス)の導入に伴い,同年1月に引き続いて同年5月にも市内電話料金の値下げを余儀なくされた上,他事業者の市内電話市場への本格参入もあって,被告のシェアは,市内通信が従来のほぼ100パーセントから71パーセント程度に,県内通信は64パーセント(いずれも平成14年8月末日現在)へと大きく落ち込んだこと,第3に,事業者相互接続の進展に伴い接続料金の収入は被告の収益の少なからざる部分を占めているところ,平成12年のアメリカとの政府間協議の結果,長期増分費用方式の導入に伴う他事業者との接続料金が中期経営改善施策の策定当時に予測していた以上の大幅値下げ(平成14年度までに22.5パーセント)となるなど,市場構造,競争環境が急激に変化したことがあった。
被告においては,このような中で長期的な減収傾向に歯止めをかけるには,合理化や人的コストの削減を含む各分野におけるコスト削減により競争力の強化を図ることはもとより,新たな収益の柱としてIP・ブロードバンド事業の収益拡大を目指す全社の牽引役としての法人営業を中心として電話からの事業構造の転換を図り,IT関連機能を強化し,新たな営業収入を高めるとともに,コスト競争力強化等により,一刻も早く事業構造の抜本的な改革を実現し,財務基盤を確立して,経営の自立化を図ることが必要と考えられ,そうしなければ,雇用確保はおろか,事業さえも継続的に維持発展させることが困難な状況にあった。
NTT及び被告は,平成13年11月22日以降,上記のような状況を踏まえ,従来にない危機感のもと,グループ一体となって電話中心から情報流通への事業構造の転換への取組み及び人的コストの削減を含む本件構造改革を策定して公表するとともに,本件計画において,コスト構造改革の抜本的見直しとして未曾有の経営改善施策を策定して実施することとし,さらに,業務のアウトソーシング,組織,業務の見直し等を内容とする本件構造改革リファインを実施することとした。
本件配転は,上記のような本件構造改革及び本件計画並びに本件構造改革リファインに基づくものであり,同業他社との熾烈なシェア争いや対抗値下げ等の厳しい経営環境の下で,従業員の雇用確保と人件費の低減を両立させ,財務基盤の強化を図るという高度の業務上の必要性に基づくものであった。
また,下記のように,本件配転命令には,原告らが主張するような違法性はない。
イ 労働契約違反による無効について
(ア) 勤務地の限定について
a 被告が従業員を採用するに際し,勤務地を限定したことはない。被告においては,電電公社時代から,就業規則で定められた労働条件その他の事項を労働者が一括して受託する形を採っており,電電公社の就業規則にも「職員は,業務上必要があるときは,勤務局所または担当する職務を変更することがある」と明記されており,原告らは,入社に際して,その就業規則を遵守する旨の誓約書を提出していた。
b 電電公社や被告には現地採用という採用形態は存在せず,電電公社や被告の採用形態としては,総裁が採用する形態と各電気通信局の長等が採用する形態が存在したが,後者の採用形態では,各電気通信局の長等が総裁から委任を受けていただけであるから,同形態においても,前者と同一の就業規則が適用される。
c 被告は,従前から多数の従業員につき都道県を越えた異動をさせてきており,原告らが主張するような社内慣行は存在しない。
(イ) 職種の限定について
a 被告は,基本的に従業員の職務を限定して採用しておらず,従業員は,業務上必要があるときは,勤務事業所又は担当する職務を変更されることがある。また,原告らは上記誓約書を提出しており,被告が従事させる業務を従業員との合意の下に決定していることはなく,被告は原告らに数次の職務変更を伴う異動を命じてきたが,原告らから異動についての同意をとったこともない。
b 採用通知書には担当職務が記載されていない。辞令書に担当職務が記載されているのは,それが異動の内容を公証するものである以上当然であり,これによって担当職務が限定されることにはならない。
c 単に一定期間同一の職務に就いていたことは,担当職務が限定され,就業規則の明文の規定にもかかわらず,担当職務の変更を命じることができなくなるとする根拠とはならない。
ウ 配慮義務違反について
原告らの主張する配慮義務違反の内容は,いずれも著しく具体性に欠け,裁判規範とはなり得ない。
エ 法令・判例等の違反による無効について
(ア) 51歳以上の従業員に対する年齢による差別について
a 被告は,業務のアウトソーシングに際し,平成13年度末に50歳以上の従業員(平成14年度末に51歳以上の従業員)に対して,現行の雇用を維持するのか,いったん被告を退職した上,自ら選択した処遇体系の下でOS会社に再雇用されるかということで雇用形態及び処遇体系の多様化を実施したのであり,同時に平成14年度末に51歳未満の従業員についても,当該従業員が希望するならば,同年度末に51歳以上の従業員と同様にOS会社で再雇用することとした。
また,被告は,OS会社における業務の継続性及び円滑な業務運営を勘案し,OS会社への移行対象業務に従事している者のうち50歳未満の従業員を原則としてOS会社に出向させ,当面は従前の業務に従事させることとし,将来にわたる事業の継続性等を勘案して,51歳以上の満了型選択従業員についてはOS会社への出向の対象としなかった。
b このように,雇用形態及び処遇体系の多様化の実施は,被告が一定の従業員に対して行った雇用契約変更の申入れであり,これを受け入れるか否かは従業員の任意であったから,違法の瑕疵を生じる余地はない。
また,被告が51歳以上の者を対象としたのは,それらの者は将来に対する自身のライフプランを現実的に捉えることができる年代であること及び50歳以上で退職することが企業年金の受給権取得の条件の一つであったこと等によるものであり,被告は同時に50歳以下の者についても,特にOS会社で再雇用されることを希望する者についてはその対象とし,排除をしていないから,雇用形態及び処遇体系の多様化の実施は,合理的な措置であり,51歳以上の従業員に対する年齢による差別があるとするのは失当である。
(イ) 高年齢者雇用安定法違反について
従業員は,OS会社への退職,再雇用を選択しなければ,それまでの被告との雇用関係が継続し,就業規則が従前同様適用されることになり,就業規則に変更はないから,実質的に50歳定年制の導入であるとするのは誤りである。
(ウ) ILO156号条約及びILO165号勧告について
ILO156号条約3条は,各加盟国に対して同条約の定める目的を国の政策とすることを求めるものであり,各加盟国における自然人又は法人が行う法律行為の効力を直接的かつ具体的に定めるものではない。また,ILO165号勧告は,憲法98条2項の「確立した国際法規」に該当せず,法源性がなく,わが国において拘束力を有しない。
ILO156号条約及びILO165号勧告においては,その保護の対象となる「被扶養者である子」及び「保護又は援助が必要な他の近親の親族」の範囲は各加盟国が国内事情を考慮した上で個々に定めるべきものとして,具体的にその範囲が画定されていないから,本件配転が同条約及び同勧告に反するともいえない。雇用形態及び処遇体系の選択は,本人の任意の希望によるのであるから,原告の指摘する国際規約に抵触している点はない。
(エ) 育児介護休業法26条違反について
同条は,転勤により育児又は介護が困難になる労働者がいるときに,育児又は介護の状況に対する配慮を求めているにとどまり,育児介護が困難になるような配転命令権はないとする主張は誤りである。
被告は,就業規則において,看護休暇,育児休暇及び介護休職を定めるなどし,育児介護休業法の趣旨を尊重し,従業員に対し,同法所定の規準を上回る内容の配慮と処遇をしてきた。
(オ) 公序良俗違反について
上記のとおり,被告が雇用形態選択のタイミングを50歳時点としたのは,企業年金受給資格の発生時期であること及びライフプラン検討上の一定の節目であることを考慮したものであり,50歳未満の従業員をOS会社に出向させることとしたのは将来の事業の継続性等を勘案したものであり,本件計画に基づく配転は憲法等に違反するものではない。
さらに,上記配転による異動の人選は,被告において,業務上の必要性及び個人のスキル,適性等に基づき実施するもので,年齢を基準として行っていない。
オ 権利濫用による無効について
本件配転命令は,以下のとおり,東亜ペイント事件判決の法理に照らしても権利の濫用とはいえない。
(ア) 業務上の必要性の欠如について
前記のように,本件配転は,本件構造改革に基づき行われたものであり,高度の業務上の必要性がある。
(イ) 不当な動機,目的の存在
a 労働条件不利益変更禁止の法理を潜脱する手段について
被告の行ったアウトソーシングは,営業譲渡ではなく業務委託であるから,会社分割法制とは関係がなく,労働契約承継法等は適用されない。
b 転籍拒否者に対する報復と他の従業員への見せしめについて
本件配転における異動は,本件構造改革の実施に伴い,従業員の適正配置の一つとして業務上の必要性に基づき行われたものである。すなわち,従業員の異動は,任用等のキャリアパス形成,スキル,年齢の一極集中の回避,将来にわたる円滑な業務運営や事業の継続性の確立という観点等をも踏まえ,バランスを考慮の上,実施した。
また,被告との雇用関係を継続することを選択したのは本人であり,被告が業務のアウトソーシングを行い,これまで従事していた業務がOS会社に移行することから,業務上の必要性に基づき,原告らを従前とは異なる業務に配置し得ることも当然である。
(ウ) 労働者の人間性無視と権利侵害について
a 職業生活上の不利益と権利侵害について
本件配転における異動に関し,被告との雇用関係を継続することを選択したのは原告らであり,従事している業務がOS会社にアウトソーシングされるから,自身が異動の対象となることは十分に知り得る。
また,北海道を勤務地として従前従事していた業務を継続したいのであれば,当該業務がアウトソーシングされるOS会社に再雇用されるとの選択肢を採れたのであるから,原告らの主張は矛盾している。
b 家族生活及び日常生活上の権利に対する重大な侵害について
原告らの主張する不利益は,いずれも労働者にとって通常甘受すべき程度のものであり,その程度を超えていないことは明らかである。
c 労働組合活動上の不利益について
被告の知り得る限り,原告らは組合専従休職を取得したこともなければ,組合休暇を取得したこともなく,唯一団体交渉に出席するとして勤務を免除する程度の活動しかしていなかったし,当時の上長等も組合活動に関する何らの申出も受けたことはないから,本件配転が原告らの組合活動への参加に支障を来したとの主張に理由はない。
(エ) 手続上の重大な不当性について
被告は,構造改革のための各施策について,これを各労働組合に提示した上,数次にわたり繰り返し交渉をした。
また,本件配転による異動は,構造改革の実施に伴い,業務上の必要性に基づき,各従業員の個別事情をも総合的に勘案して実施したもので,この趣旨は通信労組に対しても団体交渉において説明をした。
(2) 原告甲野の個別事情について
(原告甲野の主張)
ア 勤務地の限定
原告甲野については,電電公社における採用条件として滝川局への通勤が可能であることが掲げられていたこと,入社後33年の間(平成12年の滝川営業所廃止まで)滝川局ないし滝川営業所からの広域異動はなかったこと等からすれば,その勤務地は,労働契約上,滝川に限定されており,その後の札幌の異動は,同意に基づくものであったこと等からすれば,本件配転当時の原告甲野の労働契約上の勤務地は札幌となっていた。
イ 職種の限定
原告甲野は,電話交換手として採用され,採用時から長年電話交換の職務を担当したのであり,その労働契約上の職種は電話交換に限定されており,その後の札幌116センタ業務への職種変更は,同意に基づくものであった。
上記採用時の事情,職種変更の事情,その後の職務従事年数等に照らして,本件配転当時,原告甲野の労働契約上の職種は116センタ業務に限定されており,本件配転後に命じられた業務(法人営業部門,秘書サポート業務やリース料請求業務)は,労働契約の内容として予定されていない。
ウ 配転の業務上の必要性の不存在
原告甲野のSO業務の従事経験は多くなく,苫小牧営業支店の同僚とはSO業務のキャリアに格段の差があった。むしろ同支店にはよりSO業務に習熟した原告戊谷がいたのに,あえて原告戊谷を首都圏へ配転し,原告甲野を同支店に異動させたのは不合理である。また,同支店では,それまで2人で行っていた秘書サポート業務を原告甲野を含めて3人で行うようになった。さらに,平成15年以降,SO業務を子会社化したため,従来別の子会社の業務としていたリース料請求業務をわざわざ被告に引き揚げ,原告甲野に担当させたのであり,結局,同支店の職場は,満了型選択者のためにわざわざ作られた職場であった。
以上のような事情からすれば,原告甲野を苫小牧に配転する必要性は全くなかった。
エ 配転障害事由
(ア) 原告甲野には,喘息の持病があり,月に1回は診療,投薬を受けている。苫小牧は,製紙会社の煙が多く発作が起きる可能性があった。
(イ) 原告甲野の両親は滝川に住んでいたが,父は,平成14年に歩行が困難となり,同年12月末に介護認定の申請をして2級となり,母は,パーキンソン病,狭心症で通院しており,月曜日から土曜日の1日1回の給食サービス並びに週1回の入浴,掃除,洗濯,買物及び炊事の介護保険サービスを受けていた。しかし,母が平成15年6月に入院し,父の介護をする者がいなくなったため,父は特別養護老人ホームに入所した。また,母は,病状がある程度回復したが,世話をする者がいないため,療養型病院に転院して入院生活を続けている。
原告甲野が滝川にいれば,夜間休日は,両親の世話をできるので,両親とも介護サービスを受けつつ,自宅で療養することが可能であった。
(ウ) 原告甲野の夫は,平成15年12月から肝がんで入院したが,遠隔地にいた原告甲野は,見舞いなどができなかった。
(エ) 本件配転により,世帯が2つとなり,経済的負担が大きくなった。
オ 損害
原告甲野は,本件配転により,以下のような精神的苦痛等による損害を受けた。
(ア) 死の床にある夫の介護が十分にできず,介護休職に追い込まれた精神的苦痛
原告甲野は,夫とともに滝川に住んでいればもっと早く夫の変調に気付き,十分な介護ができたのにそれができず,また,休職期間も長く取ることを強いられて,精神的苦痛を受けた。
(イ) 老齢の両親の介護が十分にできず,介護休職に追い込まれた精神的苦痛
原告甲野は,両親が離ればなれの入院生活を強いられ,心の痛手を受けた。また,平成16年12月6日から,母の手術のため,介護休職を取らざるを得なかった。
(ウ) 介護休職による収入減
原告甲野が滝川に居住していれば,介護休職を取ったとしても短い期間で済んだはずであり,その間の収入を得る機会を失った。
(エ) 見せしめ配転による人間関係上の苦痛
原告甲野は,苫小牧では被告に対する反逆者として暖かく迎えられず,気持ちよく仕事ができなかった。
(オ) 健康上の被害
原告甲野は,苫小牧で喘息の発作が起きないか不安を抱えて生活しなければならなかった。
(カ) 配転による経済的負担
原告甲野は,ほぼ毎週末帰郷し,その帰郷費用や苫小牧での光熱費,社宅代がかかった。
(被告の主張)
ア 勤務地の限定について
被告は,原告甲野を含め,その勤務地を限定して従業員を採用したことや同意又は希望に基づき従業員を異動させたことはない。
イ 職種の限定について
被告は,原告甲野を含め,その担当する職務を限定して従業員を採用した事実はない。また,被告は,札幌116センタを含めた各部署において,当該部署の職種を限定していない。
ウ 配転の業務上の必要性について
(ア)a 苫小牧営業支店においては,同支店管内におけるSO業務,特に秘書サポート業務に従事する従業員を配置する必要があった。具体的には,被告の社内システムであるCUSTOMを使って顧客の電話回線状態や各種サービスの利用状況の確認や工事等の手配ができるスキルを有し,かつ,販売経験がある従業員を配置する必要性が生じていた。販売経験のある人材を必要としたのは,AM(アカウントマネージャー。法人への販売担当者)が外出等している際,秘書サポート担当者がAMに代わって顧客対応をすることで業務が円滑に進むためである。
b 原告甲野は,平成11年1月から滝川営業所において営業販売業務に従事し,平成13年1月から札幌116センタフロント担当において,インターネット等を経由して受け付けた電話等に関する各種注文に関し,具体的な注文内容を申込者に電話で確認し受付票に記載するなどの業務に携わり,上記各業務においてCUSTOMを操作していたので,CUSTOMについてのスキルを有し,また,営業販売業務に従事していたから販売経験も有し,同支店が求めるスキル,経験と合致し,また,北海道内で再配置が必要な従業員24名中,そのスキル,経験を有するのは原告甲野しかいなかった。このため,被告は,原告甲野が適任と判断したのであり,本件配転は,業務上の必要性に基づき合理的に行われた。
(イ) 原告甲野が平成15年春から担当したAMサポート業務は,それまで秘書サポートとして担当していた業務の一部であり,それまでと全く別の業務ではなく,平成15年春になってOS会社が行っていた業務を被告で引き取ったものではないから,原告の主張は誤りである。
エ 配転障害事由の不存在について
原告甲野の主張する不利益は,異動に通常随伴するもので,労働者の甘受すべき不利益であり,本件配転に瑕疵はない。
(ア) 原告甲野の健康については,被告が実施している健康診断で従前支障を来す特段の異常はなく,本件配転前に従事していた職場でも業務上支障を来していなかった。また,本件配転後,本件配転のため喘息が悪化して同支店での業務遂行に支障が出るような健康上の被害が生じたとの具体的事実はない。
(イ)a 原告甲野は,満了型を選択したとき及び本件配転時に両親の介護の必要性を被告に対して主張しなかったこと,平成16年12月まで,両親の介護を理由として看護休暇又は介護休職を取得しなかったことなどからすれば,本件配転当時,原告甲野による両親の介護の必要性はなかった。
b 原告甲野は,平成13年1月から本件配転まで滝川市居住の両親と別居していたから,本件配転の前後でその状況は変わらなかった。
c 原告甲野が両親の介護をしていたとしても,所定休日等を利用していたにすぎず,本件配転後も,所定休日等の休暇を利用すれば,毎週帰郷できたから,この点でも本件配転により両親の置かれている状況に著しい変化はなかった。
d 原告甲野の数人の親族が両親と同じ滝川市内に居住していたから,当時札幌に居住していた原告甲野を休日には帰郷し得る苫小牧に配転させることによって両親の生活が直ちに困難になったとはいえない。
e 被告は単身赴任手当のほか帰郷実費を支給しているから,原告甲野の経済的負担は大きくない。
(3) 原告乙原の個別事情について
(原告乙原の主張)
ア 勤務地の限定
原告乙原は,採用から平成12年12月の留萌営業所廃止までの38年間にわたり,同営業所でしか勤務したことはなく,その廃止による札幌への配転も同意を経た上での配転であって一方的な業務命令によるものではなかった。このような採用事情,留萌での勤務年数,札幌へ転勤した事情等から,原告乙原の勤務地は,札幌に限定されている。
イ 職種の限定
原告乙原は,昭和37年4月から平成7年2月までの33年間,線路宅内業務に従事し,同月,留萌営業所の営業担当配属となったときも職種変更に同意した。また,平成13年以降の北海道支店営業部エリア営業部門の仕事は,地域営業という点で留萌での仕事と相当程度共通していた。
したがって,本件配転以前の原告乙原の労働契約上の職種は地域営業に限定されていた。
ウ 配転の業務上の必要性の不存在
(ア) 原告乙原は,室蘭営業支店に配属後のわずか1年半の間に3種の業務についているが,そのこと自体,同支店に原告乙原を配転させるべき業務がなかったことを示している。
(イ) 原告乙原が担当した業務は,いずれも必要性の乏しい業務であった。
原告乙原の同支店での当初の業務はLモードの需要調査等の雑用であり,仕事らしい仕事は与えられず,平成14年10月からは,調達物流(販売商品の発注業務)が与えられたが,以前は若い従業員が1人で行っていた業務であって,原告乙原が担当する必要性はなかった。また,平成15年4月からは,通信機器業務支援システム業務を担当したが,以前は別の従業員が片手間に行っていた仕事であり,あえて原告乙原に担当させる必要性はなかった。
エ 配転障害事由
(ア) 原告乙原は,平成13年1月まで増毛町にある自宅で,妻,二女及び二女の子(孫)の4人で暮らしていた。二女は,原告乙原の札幌転勤後に札幌に来たが,看護師で夜勤もあり,原告乙原夫婦で孫の面倒を見る必要が生じたため,原告乙原の妻も札幌へ来て,夫婦で孫の面倒を見ていた。
(イ) 原告乙原の増毛町の自宅は,無人となって知り合いに監視を依頼している状態であり,室蘭からでは休みを多く取らないと自宅の管理ができない。
(ウ) 原告乙原は,身内や知人のいない室蘭での生活を余儀なくされた。
オ 損害
原告乙原は,本件配転により,以下のような精神的苦痛等による損害を受けた。
(ア) 単身赴任による原告乙原本人の被害
原告乙原は,身内や知人のいない室蘭での単身赴任生活を余儀なくされ,経済的,精神的,環境的,肉体的に多大な苦痛を受けた。
(イ) 孫の養育に関与できなかった被害
原告乙原夫婦が孫の近くにいることは非常に重要なことであったが,それができなかったという被害は大きい。
(被告の主張)
ア 勤務地の限定について
被告は,電電公社時代から,従業員採用に際し,勤務地を限定したことはなく,また,原告乙原を含め,同意に基づき従業員を異動させたことはない。
イ 職種の限定について
被告が,原告乙原の採用に当たって,担当職務を限定した事実はない。
ウ 業務上の配転の必要性について
(ア)a 室蘭営業支店においては,好調なフレッツADSLの売上維持とさらなる販売拡大,それ以外の商品,特にLモードの提案活動等を行わなければならない状況であったが,人員不足であったため,同支店管内における販売担当者に対する販売企画,支援等業務を中心とした営業関係業務に適応し得る従業員を配置する必要性が生じていた。同支店が販売経験のある人材を要請したのは,当時同支店の販売成績が良く,さらに販売を伸ばしたいという希望を持ち,かつ,Lモードという新しい商品の担当をしてもらいたかったからであった。
b 原告乙原は,平成7年2月に旭川支店留萌営業所営業担当業務を命じられて以降,実際に顧客を訪問し,被告の商品やネットワークサービス等に関する提案及び折衝を行うなどの業務に従事し,また,北海道内で再配置が必要な従業員24名中では,市場調査,企画提案書の作成及びバックヤード業務に適性があり,最も販売経験が長かった。これらのことから,被告は,原告乙原を適任と判断した。
(イ) Lモードの市場調査は,当時,室蘭営業支店において重要な仕事であり,調達物流の業務は,被告にとって重要な業務であった。
原告乙原は,本件配転後,被告の扱う通信機器商品に関わるシステム管理を行うなどの業務を行っており,仕事らしい仕事は与えられなかった状態ではなかった。
エ 配転障害事由の不存在について
原告乙原の主張する不利益は,異動に通常随伴するもので,労働者の甘受すべき不利益であり,本件配転に瑕疵はない。
(ア) 二女の子(孫)の養育ができなくなったとの点については,そもそも二女の子の養育は二女自身がすべきものである。
また,本件異動がなかったとしても日常的に養育等を行うことは不可能であり,仮に養育等を行うとしても,所定休日や休暇を利用してのことに限られるのは札幌と室蘭で差異はない。
(イ) 増毛町の自宅の管理については,原告乙原は,平成13年1月から自宅に居住していないのであるから,本件配転前後で変わるところはなく,本件配転後においても,所定休日等を利用して自宅に赴くことができる。
(ウ) 被告は,家族の帯同を希望する従業員には家族と住める社宅を用意しており,原告乙原が単身赴任をしたのは自らの選択によるものである。また,被告は,単身赴任者用の寮も用意しており,単身での借り上げ社宅を選択したのも原告乙原自身であって,原告乙原が主張するような単身赴任に伴う身の回りの心配は,主として自らの選択の結果である。
(4) 原告丙山の個別事情について
(原告丙山の主張)
ア 勤務地の限定
札幌搬送通信部では,電電公社と旧全電通労働組合との間の労働協約により,一定期間山間部の中継所に勤務すれば,希望地域に配属される運用がされていた。
原告丙山は,新得中継所に配属されてから毎年勤務地として小樽を希望していたところ,昭和56年4月に小樽統制電話中継所に配属され,以後,本件配転まで小樽で勤務を続けてきた。
上記の事情からすれば,労働契約上,原告丙山は同意なく配転されることはなく,勤務地は小樽と限定されていた。
イ 職種の限定
原告丙山は,入社時から本件配転までの38年間にわたり,伝送,無線設備,専用線の開通,保守点検の業務に従事してきており,その職種はこれらの業務に限定されていた。
ウ 配転の業務上の必要性の不存在
原告丙山は,本件配転後,現実にはほぼ毎日電話当番ばかりで,仕事らしい仕事を与えられなかった。
原告丙山が配転される前の函館営業支店の幹部会議において,原告丙山をどの担当で受け入れるのかが議題になり,結局SE担当となったとの経過からしても,業務上の必要性はなかった。
エ 配転障害事由
原告丙山は単身赴任であったが,妻も1人暮らしとなったため食事をきちんと取らなかったりするなど,妻の生活サイクルが狂ってしまった。
また,定年間近で順応力の低下した労働者に期限の定めなく単身赴任を命じることは,精神的負担,経済的負担が大きく,原告丙山も本件配転以降,腎臓の機能が低下した。
オ 損害
原告丙山は,本件配転により,以下のような精神的苦痛等による損害を受けた。
(ア) 健康上の被害
本件配転後,原告丙山の健康診断の検査結果は,従前より着実に悪化した。
(イ) 経済的被害
原告丙山は,本件配転により,単身赴任生活を余儀なくされ,函館での生活のために新たに生活用品一式を購入したほか,帰郷のための費用等もかかった。
(ウ) 精神的苦痛
原告丙山は,本件配転により,これまでの職場で活かしてきた技術を使う場を一方的に奪われ,全く別分野の業務を担当させられ,仕事らしい仕事は与えられず,同僚らから「不稼働」との屈辱的な評価を受けた。このように,原告丙山の受けた精神的苦痛は尋常ではない。
(被告の主張)
ア 勤務地の限定について
被告は,電電公社時代から,従業員採用に際し,勤務地を限定したことはなく,また,原告丙山を含め,同意に基づき従業員を異動させたことはない。
イ 職種の限定について
被告が,原告丙山の採用に当たって,担当職務を限定したことはない。
ウ 配転の業務上の必要性の存在について
(ア)a 函館営業支店においては,SE担当の準備作業等が増加し,その他の受託工事も多く,SEの稼働が逼迫している状況であった。そこで,SE担当の充実を図るため,同支店管内における受託工事に関する事務処理等を中心とした業務に適応し得るネットワーク等の知識,高スキルを有する従業員を配置する必要性が生じていた。
b 原告丙山は,昭和39年4月1日以降,電気通信設備の工事及び修理等の業務に従事し,その後平成元年4月1日以降,専用サービス設備の工事,保守等の業務などに従事しており,かつ,MCPやCCNAといったネットワークに関する資格を有しており,ネットワークに関する知識と経験を有していた。このため,被告は,原告丙山を適任と判断した。
(イ) 原告丙山は,本件配転後,SE担当として受託工事の事務処理等の補助作業業務,被告が受託した保守業務についての故障受付等の業務を現実に行っており,仕事らしい仕事がなかったわけではない。
エ 配転障害事由の不存在
原告丙山の主張する不利益は,異動に通常随伴するもので,労働者の甘受すべき不利益であり,本件配転に瑕疵はない。
(ア) 被告は,従業員の異動に際し,本人の希望により家族帯同で赴任若しくは単身で赴任する際の社宅を用意することとしており,同原告は,自らの意思で妻を帯同して異動することをしなかったのだから,本件配転の瑕疵とはなり得ない。また,本件異動後においても所定休日等を利用して毎週帰郷できる。
さらに,単身赴任手当,帰郷実費の支給もあるので,原告丙山の経済的負担は大きくない。
(イ) 原告丙山自身の健康については,被告で実施している健康診断において,本件配転後,業務に支障を来す特段の異常はなかった。
(5) 原告丁川の個別事情について
(原告丁川の主張)
ア 勤務地の限定
原告丁川は,入社した際,その勤務地を釧路管内として労働契約が締結され,釧路から札幌への転勤は,原告丁川の同意により行われた。
このような経緯により,原告丁川に関わる労働契約上の勤務地は,釧路管内から札幌管内に変更された。
イ 職種の限定
原告丁川の職種に関する労働契約の内容は,その職種が電報関連の受付業務(あるいは不本意ながら同意した電報に関わる営業業務)に限定されていた。
ウ 配転の業務上の必要性の不存在
原告丁川の釧路での仕事は,釧路営業支店の営業総括担当であったが,同担当における仕事は,原告丁川の赴任前にはアルバイトの女性が担当していたものであり,わざわざ原告丁川を札幌から転勤させて従事させなければならない仕事ではなかった。
しかも,原告丁川は,同支店内で配布された「釧路エリア社員配置イメージ」において,営業総括担当4名とは区別されたその他2名として位置づけられており,同支店においては,事実上不必要な存在とされていた。
このように,原告丁川につき,本件配転の業務上の必要性はない。
エ 配転障害事由
原告丁川の妻はうつ病に罹患しており,気心の知れた医師の治療を受けるため札幌に残ることとした。しかし,妻が別居生活中に体調を崩したため釧路に呼び寄せたが,それにより妻にとっては,同居していた長女や余市町在住の長男と離れてしまい,家族のコミュニケーションがなくなり,精神的に辛く,それが病気の原因ともなっていた。また,原告丁川は,被告から支給される移転費用を大幅に超えるなど,予定外の経済的負担も強いられ,生活環境も一変した。
オ 損害
原告丁川は,本件配転により,以下のような精神的苦痛等による損害を受けた。
(ア) 経済的負担の大幅増加
原告丁川夫婦の釧路への移転費用だけではなく,札幌の社宅を明け渡したことから,通勤のために札幌に残ることになった長女に新たにアパートを借りるための賃貸料や移転費用が必要となった。
また,原告丁川夫婦の釧路への移転のため,独立することになった長女の生活用品購入代金等の負担が重なった。
(イ) 砕かれた家族の絆とマイホームの夢
本件配転により,上記のような経済的負担が強いられ,マイホームを建てるといった原告丁川の人生設計が狂ってしまった。
(被告の主張)
ア 勤務地の限定について
被告が,原告丁川の採用に当たり,勤務地を釧路に限定した事実はない。
イ 職種の限定について
被告は,原告丁川の採用に当たり,担当する職種を限定したことはないし,原告丁川を含め,同意又は希望に基づき従業員を異動させたことはない。
ウ 配転の業務上の必要性について
(ア)a 釧路営業支店においては,釧路管内のブロードバンドサービスの普及,拡大を目的に活動しており,営業総括担当の営業業務は稼働面で人員不足の状態であり,同支店管内における販売担当者に対する販売企画,支援等業務を中心とした営業関係業務に適応し得る従業員を増員配置する必要性が生じていた。
b 原告丁川は,平成9年4月以降,北海道電報サービスセンタにおいて,電報販売施策の企画,立案,電報サービスに関する販売等業務に従事しており,北海道内で再配置が必要な従業員24名中,販売企画業務のほか,物品管理業務,ユーザ協会事務局業務に適性のある従業員は9名いたものの,原告丁川以外の従業員8名は,スキルや過去の業務経験からAM,SE,秘書サボート業務等に,より業務従事適性がある従業員であった。これらのことから,被告は,最終的に原告丁川を適任と判断した。
(イ) 物品管理業務は,誰にでも容易にできるものではなく,アルバイトの女性が担当した物品管理業務は,システムへの投入作業という事務的作業の一部である。
エ 配転障害事由の不存在について
原告丁川の主張する不利益は,異動に通常随伴するもので,労働者の甘受すべき不利益であり,本件配転に瑕疵を来すものではない。
(ア) 原告丁川は,満了型を選択した際,被告に対して妻の病状につき主張していないこと,看護休暇,介護休職を取得していないこと,原告丁川自身も妻の病状につき深刻かつ看護等が必要とは認識していなかったこと等からすれば,本件配転当時,原告丁川は,妻の介護が必要な状況にはなかった。
(イ) 被告は,単身赴任手当,帰郷実費,移転費用等を支給したから,原告丁川の妻を釧路に呼び寄せたことによる経済的負担は大きくない。
(6) 原告戊谷の個別事情について
(原告戊谷の主張)
ア 勤務地の限定
原告戊谷は,勤務していた苫小牧116センタが廃止されるまで約36年間にわたり苫小牧にしか勤務したことがなかった。また,札幌への配置転換についても,原告戊谷の同意の上でのものであった。
このような原告戊谷の採用事情,苫小牧での勤務年数,札幌に転勤した事情等から,原告戊谷の勤務地は,労働契約上,札幌市に限定されていた。
イ 職種の限定
原告戊谷は,昭和39年4月から平成9年7月まで33年間,被告の機械関係の仕事に従事してきた。原告戊谷が同年8月に苫小牧116センタに配属されたこと及び平成13年1月に札幌116センタに配属されたことは,いずれも原告戊谷の同意によるものである。
このように,原告戊谷は,労働契約上,採用時には職種が機械職に限定されていたが,合意により地域営業へ職種変更をし,本件配転以前にはその職種は地域営業に限定されていた。
ウ 配転の業務上の必要性の不存在
(ア) 原告戊谷は,平成14年7月1日,SO担当の辞令を受け,東京都葛飾区所在の青戸ビルでの勤務を命じられたが,この職場は平成15年3月で廃止になった。このことは,原告戊谷の東京への配転の必要性がなかったことを裏付けている。
(イ) 原告戊谷は,平成15年4月1日,東京支店営業企画部光IPプロジェクトの辞令を受け,東京都足立区北千住での勤務を命じられたが,被告において,光IPプロジェクトの特販担当が行っている個人に対する営業活動はOS会社が担当する業務とされており,被告が担当する業務とされていない。この点でも,原告戊谷について,配転の必要性は認められない。
エ 配転障害事由
原告戊谷の両親は,苫小牧で2人で暮らしていた。父は,大正4年生まれで,平成11年7月16日に「緑内障による視力障害/視力 右指数弁 左手動弁(1級)/視野 視能率による損失率100%(2級)」で身体障害者等級1級に認定され,要介護3であり,内臓にも障害があって数種類の薬を服用している。母は,大正10年生まれで,平成7年4月に左足関節の手術を受け,「変形性関節症による左膝関節機能の全廃」で身体障害者等級4級に認定され,平成15年1月に要介護1に認定されている。
上記のとおり,特に父は常に介護が必要な状態であり,母も高齢に加え,身体障害により父を介護することが困難である。原告戊谷の妻や妹らについても,妻は仕事をしていて常時の介護はできず,妹らも家庭の事情等があって常時の介護はできない状態であった。
また,公的介護サービスでは常時の介護は不可能であるし,可能であるとしても膨大な金額がかかるうえ,父は自尊心が強いことから老人保健施設への入所等他人による介護を受け入れなかった(現在は老人保健施設に入所している。)。
したがって,原告戊谷は,両親の地元にいて妻や妹らの負担を軽くし,唯一の男子として対処することが必要であった。
オ 損害
原告戊谷は,本件配転により,以下のような精神的苦痛等による損害を受けた。
(ア) 夫婦同居の破壊
原告戊谷は,本件配転により,人格的生存の基礎である夫婦の同居生活が破壊された。
(イ) 健康破壊の進行による定年前の退職
原告戊谷は,本件配転により,東京で生活をすることになったが,慣れない気候,生活環境,夫婦別居の不自然な生活の下,肉体的,精神的に疲弊し,持病である頸椎の異常が悪化した。
(ウ) 高齢の両親に対する介護ができなかったこと
原告戊谷の東京への本件配転は,地元に住む長男として両親に対する必要な介護をできなくさせた。
(エ) 家族生活の監視継続,盗撮が行われたこと
原告戊谷は,被告に対する仮処分命令申立て(以下「仮処分事件」という。)をした。被告は,仮処分事件において,原告戊谷の母を同意なく監視し,写真を撮るという原告戊谷に対する人権侵害行為をした。
(被告の主張)
ア 勤務地の限定について
被告は,電電公社時代から従業員の採用に際して,勤務地を限定したことはなく,同意に基づいて異動させたこともない。
イ 職種の限定
被告が,原告戊谷の採用に当たって,職種を技術職,技術系等と限定した事実はない。
ウ 配転の業務上の必要性
(ア)a 被告は,平成14年7月,多様化する顧客の要望に即応すること,各支店だけでなく広い範囲に存在する顧客の様々な要望に即応できる工事調整体制を構築すること等を目的として,サービスマネージメント部NWソリューションセンタを組織した。当該組織の業務のため,約50名のSO業務等のスキルを有する従業員と法人営業の経験,知識を有する従業員の配置が必要となり,20名程度は法人営業部で再配置することとし,その余30名程度は各支店からの配置の必要性が生じた。このため,被告は,北海道支店からSO業務のスキルを有する従業員1名及び法人営業の経験と知識を有する従業員1名の合計2名を上記部署に異動させることとした。
被告は,原告戊谷が平成9年8月から平成12年12月までCUSTOMを使用したSO業務に従事していたこと等から,法人営業本部の求める従業員のうちSO業務のスキルを有する従業員については,スキル及び適性等を勘案して原告戊谷が適任と判断した。
b また,東京支店では光サービスに関する顧客への提案,折衝等を重点的に行うため,新たに同支店営業企画部に光IP販売プロジェクトを設置することとし,被告の商品,サービスに関する知識を有し,社内システムを利用して円滑迅速に事務処理を行い得る人員若しくは顧客と応対した経験を有する人員を早急にIP販売プロジェクト担当に配置する必要が生じた。そこで,被告は,同時期に直ちに異動を命じる必要性の生じていたNWソリューションセンタに従事していた従業員を優先して同担当へ異動させることとし,原告戊谷もSO業務の経験に基づく商品やサービスに関するスキルを有していたため,IP販売プロジェクトへの配転を命じた。
(イ) 本件構造改革の目的は,収益性の高いエリアにおけるIP・ブロードバンド事業の推進を行う点にあることからすれば,ADSLの光アクセスサービスにおける首都圏エリアの低迷状況を打開するため,早期販売強化,シェア奪回が課題となり,特に東京支店エリアにおけるシェア低下の歯止めが必要であったことから,被告における全社的な取り組みとしてIP販売プロジェクトを東京支店に設置したのであって,OS会社の担当する業務であるとする原告らの主張は失当である。
エ 配転障害事由の不存在について
原告戊谷は,本件配転前より,勤務時間,通勤時間からして,両親を日常介護すること等は不可能であった。
また,原告戊谷は,両親と約10キロメートル離れた場所に別居していたこと,平成13年1月の異動の意向把握において苫小牧を希望せず,札幌のみを希望したこと,自らの選択で満了型を選択したこと,介護休職,看護休暇,被告の福利厚生の一つとしての介護支援サービス等の制度を利用したことがないこと等からすれば,原告戊谷の両親が他の者の介護等までは必要とせず,あるいは介護の必要性があるとしても,市の介護制度等も利用すれば,原告戊谷以外の者で十分介護は可能であり,さらに原告戊谷の妻,妹らによる介護等も期待でき,配転障害事由とはなりえない。
(7) 損害等
(原告らの主張)
原告らは,上記のような被告の故意又は過失による違法な本件配転命令により,家庭生活を送る労働者の人間としての権利と人間性を無視した単身赴任や遠距離通勤を余儀なくされ,また,これまでの知識,経験,能力を一切無視された上に,一方的に新たな業務を命じられ,日々,対応に苦慮した。
上記の被告の債務不履行又は不法行為により原告らが被った精神的苦痛は甚大で,これらを慰謝するには,原告ら各人につき,300万円の慰謝料が相当である。
なお,各原告らの損害に関する個別の事情は,前記争点(2)ないし(6)にそれぞれ記載のとおりである。
(被告の主張)
否認ないし争う。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件配転命令の無効)について
(1) 証拠(甲8,9,10の1ないし3,甲12,29ないし31,33,69,70,72,131の1ないし9,甲134の1ないし15,甲141,145ないし149,151,152,乙1,14,16,17,21,23,24,26,27,30,31,34,45,75,97,100ないし109,112ないし117,122,134,185,193,証人己岡F男,同庚本G男,同辛町H男,原告乙原B男(後記認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,括弧内の証拠番号等は掲記事実を認めた主要証拠である。)。
ア 本件計画と従業員の雇用形態の見直し等
(ア) 被告は,従来,固定電話を主な収入基盤としてきたが,市場環境及び競争環境が急激に変化し,携帯電話が急速に普及して固定電話が減少し,優先接続制度(電話会社選択サービス)の導入に伴う市内電話料金の値下げ及び他事業者の電話市場への本格参入等によるシェアの大きな落ち込み,他事業者との接続料金の大幅値下げ等により,大きな減収が見込まれ,そのままでは減収が続き,業績の悪化により従業員の雇用確保も危ぶまれる状況になると予想されたことなどから,これに歯止めをかけるには,各分野におけるコスト削減により競争力を強化するとともに,従来の電話中心から情報流通へと事業構造を転換し,法人営業を中心とするIP・ブロードバンド事業やIT機能の強化等による営業収入を増加させることによって競争力を強化し,財務基盤を確立する必要があると判断し,その一環として,平成13年4月27日,NTTが策定発表した本件構造改革に基づく本件計画を発表した。(甲69,70,乙14,16,17,45)
(イ) 本件計画は,被告の基幹業務である固定電話の保全,管理,営業等の業務を新設するOS会社に外注委託することなどを内容とするものである。被告は,本件計画等に基づいて上記業務を外注委託化することに伴い,従業員の雇用形態及び処遇体系を見直すこととし,平成13年12月3日付けの以下のような内容の社長通達を発した。(甲8,9,乙21,23)
a 平成14年3月31日時点の年齢が50歳以上59歳以下の従業員は,本件選択通知書の提出により繰延型,一時金型,満了型のいずれかを選択するものとし,これを提出しない者は満了型を選択したものとみなす。
繰延型及び一時金型を選択した者は,平成14年4月末に被告を退職してOS会社に雇用され,被告で得ていた所定内給与が低下することに対する激変緩和措置として,給与加算等がされ(繰延型),あるいは被告の退職金に一時金が加算される(一時金型)。一方,満了型を選択した者は,被告において60歳の定年まで勤務することができるが,OS会社への出向はない反面,全国的な転勤もあり得る。
b 上記時点の年齢が50歳未満の従業員は,そのうち上記業務に従事している者を原則としてOS会社に出向させ,当面は従前の業務に従事させる。なお,50歳未満でも特に希望する者は,繰延型及び一時金型を選択してOS会社に雇用されることを妨げない。
(ウ) 被告は,上記のように平成14年3月31日時点の年齢が50歳以上であるか,50歳未満であるかを雇用形態選択の基準としたが,それは,50歳が企業年金受給資格の発生時期であり,一般的にライフプラン検討上の一定の節目であると考えられたこと,他方,50歳以上の者の雇用形態の選択により,OS会社に雇用される者の大多数が50歳以上となると人員構成上の不均衡が生じることから,将来の事業の継続性を勘案する必要があったことによるものである。また,被告は,満了型を選択した50歳以上の従業員の処遇は就業規則に従って行うが,上記事業の継続性の観点からOS会社への出向の対象とはしないこととした。(乙45,97)
(エ) 被告は,平成13年12月3日以降,全従業員に対し,雇用形態,処遇体系の多様化の概要及び選択の方法につき説明をし,同月中旬から平成14年1月にかけて,同年3月31日時点の年齢が50歳以上の従業員に対し,個別面談をした。
被告においては,前記説明につき「社員対応マニュアル」等のマニュアルが作成され,これらのマニュアルには,説明者が,満了型を選択した従業員に対し,①法人販売,企画業務等に従事すること,②全国転勤が前提となること,③成果業績主義が徹底されることといった留意事項を説明する旨の内容が含まれていた。(甲10の1ないし3,甲68,乙75,97,証人己岡。甲72参照)
(オ) 被告は,その後,本件構造改革リファインを実施することとし,平成14年12月24日付けの社長通達をもって,本件計画において満了型を選択し,あるいは選択したものとみなされた平成15年3月31日時点で51歳以上59歳以下の全従業員に対し,再度,本件選択通知書の提出によって雇用形態及び処遇体系の選択をするように求めた。
原告らは,いずれも本件選択通知書を提出せず,満了型を選択したものとみなされた。(甲29ないし31,33,乙24,26,27)
イ 原告らは,平成14年5月20日から同月31日まで,東京都調布市所在の被告研修センタにおいて,「ソリューションビジネスコース」という集合研修を受けるなどした。
同研修は,ソリューション営業やLANの基礎及び構築を内容とするものであった。(甲131の1ないし9,甲134の1ないし15,乙76)
ウ 再配置の人数等
北海道内の各事業所において,満了型を選択し又は選択したとみなされた従業員は58名おり,そのうちOS会社へのアウトソーシングの対象となる業務に従事していた従業員は47名であった。この47名中,平成14年5月1日にグループ各社へ転出した4名,休職中の1名,同年6月に死亡退職した1名の計6名を除く41名の従業員が再配置されることとなった。さらに,この41名のうち8名が首都圏へ異動となり,残り33名のうち,平成14年度末の年齢が60歳であった6名及び健康上配慮が必要な従業員3名は拠点間をまたがる異動はされず,これらの9名を除く24名につき,北海道内での人員配置が検討された。(甲141,乙134,証人辛町)
エ(ア) 雇用通知書の具体的内容
壬島I子(以下「壬島」という。)は,原告乙原の3年後輩で,電電公社に採用され,当初は線路技術職の業務に就いていた。壬島の雇用通知書には電気通信局長の氏名が記載されており,「雇用局所」として「旭川電話局」,「従事する業務」として「線路技術」等と書かれていた。(甲145,146,原告乙原)
(イ) 辞令書の記載内容
壬島の採用時の電電公社の辞令書には,任命権者として旭川電話局長の氏名が記載されていた。電電公社総裁は,電気通信局長等に委任して任命権限を与えていた。(甲147ないし149,151,152,乙99,122)
(ウ) 誓約書の記載内容
原告らが電電公社に入社した際の誓約書には「法令その他公社の定める諸規定を守り誠実に職務を遂行することを固く誓います」と記載され,その宛名は電電公社総裁であった。(乙100,102,104,106,108)
(エ) 就職希望者調書
原告らは,電電公社に入社する際,就職希望者調書を電電公社に提出した。(乙101,103,105,107,109)
オ 被告においては,健康管理規程が定められ,年1回の健康診断が実施されていた。(乙31)
カ 被告においては,次の制度が存在する。
(ア)a 単身赴任手当
被告は,従業員が配転により単身赴任となった場合,月3万円の手当を当該従業員に支給する。(甲12,乙1,193)
b 帰郷実費
被告は,単身赴任従業員に対し,帰郷のために当該従業員が必要とする交通費等の所定の実費相当額につき6か月に7回を限度に支給する。(乙30)
c 社宅
被告は,配転に伴い家族を帯同して赴任することを希望する者に対しては,世帯用社宅を用意する。(乙112ないし114)
d 旅費
被告は,従業員が出張又は赴任を命じられて旅行をする場合,旅費等を支給する。(甲12,乙1,115ないし117,185)
(イ)a 介護休職
被告の従業員は,配偶者,子,本人及び配偶者の父母・祖父母並びに同居して生計を一にしている本人の孫及び兄弟姉妹の介護のため,一定期間休業することを所属長に申し出たときは,原則最長1年を限度とし,1か月を単位とした期間で介護の休職を取ることができる(就業規則70条)。(甲12,乙1)
b 看護休暇
被告の従業員(試用期間中の者を除く。)は,同居の親族の病気,別居している当該従業員の健康保険法に定める被扶養者の病気又は配偶者の出産の場合で,ほかに看護する者がなく,一定期間看護のために勤務できないときは,看護休暇が与えられる(就業規則53条)。(甲12,乙1)
(ウ) 選択型福利厚生制度
被告における福利厚生は,被告が用意した福利厚生施策の中から従業員が必要なものを選択する制度となっている。その選択肢の1つに,介護支援サービスがあり,介護クーポン運営協議会が実施する介護クーポン制度に基づいた,ケアワーカーによる介護サービスの割引が受けられる。(乙34,35)
キ(ア) 被告は,従業員に対し,従業員が考慮してもらいたいこと等を記すことのできる自己申告(CAS)を毎年10月に提出させていた。
(イ) 被告の北海道支店総務部人事労働担当部長及び同部人事・労働担当課長は,平成14年6月4日から同月17日,北海道内の各支店と各営業拠点を訪問した。
(ウ)被告における給与の種類には,資格賃金,年齢賃金等があり(就業規則80条),資格賃金は,格付けられる資格等級に基づいて決定され(同84条),その資格として,一般資格,エキスパート資格,看護資格,医療技能資格,薬剤師資格,医師資格,医療補助資格がある(就業規則別表)。(甲12,乙1,134,証人辛町。乙38参照)
(2) 上記認定事実(前提となる事実を含む。以下同じ。)を踏まえ,本件配転命令の効力について検討する。
ア 本件計画と従業員の雇用形態の見直し等
被告が本件計画等に基づき,固定電話の保全,管理,営業等の業務をOS会社に外注委託することなどに伴い,従業員の雇用形態及び処遇体系の見直しをすることとし,平成14年3月31日時点で50歳以上(平成15年3月31日時点で51歳以上)59歳以下の従業員に対し,本件選択通知書の提出により,繰延型及び一時金型を選択して被告を退職してOS会社に雇用されることと,被告を退職せずに定年まで勤務することのいずれかを選択するように求めたこと,被告が本件計画等を作成し実施するに至ったのは,現状のままでは市場環境及び競争環境の急激な変化により生じた減収傾向が継続し,業績が悪化することが予想され,被告の事業構造を従来の電話中心から情報流通へと転換する必要があると判断したことなどによるものであることは,上記認定のとおりである。
被告における上記のような判断及びこれに基づく本件計画等の策定及び実施は,その経営判断に基づくものであるところ,これが不必要であったとか著しく不合理であったとすべき事情を認定するに足りる証拠はない。また,雇用形態の選択を求める際に一定の年齢(平成14年3月31日時点では50歳以上か,50歳未満か)を基準としたこと,その年齢以上の者に対し,本件選択通知書の提出による雇用形態の選択を求め,これを提出しない者については定年まで引き続き被告が雇用することとし,かつ,それらの者については全国的な配転もあり得る反面,OS会社への出向はないなどとしたことは,上記認定の理由に基づくものであって相応の合理性があると認められ(後記のとおり,全国的な配転等は被告の就業規則60条に基づくものであり,原告らとの労働契約に勤務地や職種の限定があるなどとは認められない。),このような被告の経営判断を違法なものであるなどとすることはできない。
この点に関し,原告らは,被告及びNTTグループ全体では巨大な利益を上げているという経営状況から本件計画は差し迫った必要性に基づくものではなく,被告が利益の最大化を求めてコスト削減のために行ったものであると主張するが,多数の従業員を有し,東日本地域に事業を展開する被告において,既に市場環境や競争環境が変化し,減収が生じているにもかかわらず,より切迫した状況に至らなければ改革を行うことができないなどといえないことは明らかであり,被告の利益額がなお多大であることなどは本件計画の策定及び実施を妨げる事情とはならない。
イ 勤務地や職種の限定等について
(ア) ①従業員の配転につき定められた被告の就業規則60条及び電電公社の就業規則51条においては,職種,勤務地の限定はなく,職種についての例示列挙等もないこと,さらに,管理職以外のいわゆる平社員のみに適用されるといった限定もないこと,②原告らは電電公社との間で労働契約を締結したもので,採用者は電電公社総裁であって,当該地域の電話局長等ではないこと(原告らが電電公社に入社した際提出した誓約書の宛先が電電公社総裁であること等は,上記事実を裏付けるものであり,採用通知書に電気通信局長等の氏名が記載されているのは,同局長等が電電公社総裁からの委任を受けて採用手続を行っていたからであり,その記載は上記判断を左右するものではない。),③原告らが就職希望時に電電公社に提出した就職希望者調書(乙101等)には勤務地や職種についての希望欄があるものがあるが,原告甲野の同調書の同欄には,「公社のつごうで,希望に添えないときがあります」と明記されているように,同欄はあくまで「希望」として電電公社が聴取するものであったこと(なお,原告甲野においては,特に強い希望について書く欄に何も記載をしておらず,当時勤務地等について格別の希望を持っていなかったと認められる。),④被告は,多数の従業員を擁して東日本地域において営業を展開する大規模な会社であり,そのような被告においては,異職種,遠隔地配転が行われるのはむしろ通常のことである(乙97,証人庚本参照。これに反する事実を認めるに足りる証拠はない。)こと等からすれば,原告らと被告との間で勤務地,職種の限定が明示又は黙示的に合意され,あるいはそれらの限定が慣行となっていたと認めることはできない。
(イ)a 原告らは,採用時に受領した雇用通知書や辞令及び募集案内には担当職務等が明記されており,このような場合,原則としてその記載が労働契約の内容となると主張する。
しかし,これらの書面の記載は,単に採用当初の勤務局所,担当職務を指定しただけであり,被告のような大規模の会社において,一般的にこれらの記載をもって将来にわたって勤務局所や担当職務を限定して他局や他職への変更を行わないことの意味をも有するものと解することはできず(甲117,証人庚本),原告らの主張は採用することができない。
b 原告らは,本件配転以前に異職種,遠隔地配転がされていたとしても,当該配転前に被告による当該従業員に対する意向調査がされていたから,同意のない一方的な配転はされないとの慣行があったなどと主張する。
確かに,被告においては,希望調書を作成して配転前に当該従業員の意向を調査していた(甲122,160)。しかし,それは文字通り従業員の希望を聴き,配転の際の参考事情とするものであると認められ,被告のように多数の従業員がいる会社においては,従業員の希望も多数となり,希望を叶えることも難しくなるから,全ての従業員に希望どおりの配転や同意に基づく配転をすることができないことは明らかであり,原告らの主張を採用することはできない。
(ウ) 以上からすれば,勤務地,職種の限定に関する主張については,原告らの個別事情を検討するまでもなく採用することはできない(したがって,下記2ないし6においては,同主張に関する検討はしない。)。
ウ 労働契約上の配慮義務違反の主張について
労働契約においては,その人的,継続的な性質から,当事者における信頼関係が要請され,使用者には労働者に対して一定の配慮をすべき付随義務は認められる。しかし,本件で原告らが主張するような配慮義務が一般的義務として法的に認められているとはいい難く,原告らの主張を採用することはできない。
エ 法令,判例等違反による無効の主張について
(ア) 年齢差別について
a 原告らは,51歳以上の従業員は,繰延型及び一時金型を選択すれば,被告の子会社で生殺与奪の権を握られているOS会社に再就職しなければならず,賃金も減額される一方,繰延型及び一時金型を選択しなければ,満了型となり,異職種,遠隔地配転をさせられるから,年齢という不合理な基準により選択を強いられることになるとし,これは50歳以下の従業員との間で年齢によるいわれのない差別であると主張する。
しかし,従業員が繰延型及び一時金型を選択した場合,賃金が低下するとしても,激変緩和措置等一定の措置が講じられており,それらの形態における賃金制度等が著しく不合理であるとはいえない。また,満了型となっても,遠隔地配転がされない場合があり得るし(甲252参照),上記のとおり,勤務地,職種の限定の合意又は慣行は認められず,異職種,遠隔地配転が行われ得ることが就業規則に定められている以上,そのような配転が行われるのはやむを得ないといえる。さらに,雇用形態の選択を強いられたと主張するが,その選択においては,一定の考慮期間があったことや上長との個別面談の機会があったこと等からすれば,選択を強いられたとまでいうことはできない。
b なお,原告らは,整理解雇等の判例法理に照らして本件配転は違法であるなどと主張する。しかし,本件配転命令は,その形式面はもとより,実質的に見ても,これを整理解雇であるとか,就業規則の変更であるなどということはできず,原告らの主張を採用することはできない。
(イ) 高年齢者雇用安定法違反について
就業規則における従業員の定年は変更されておらず,OS会社においても60歳定年制であることからして,原告らの同法違反の主張を採用することはできない。
(ウ) ILO156号条約及びILO165号勧告について
ILO156号条約においては,その文言からして,我が国が同条約の定める内容を国の政策の目的とすること等の義務を負うことが定められているだけで,国内の法人に対し直接に同条約の効力が及び,当該法人と従業員との間の労働契約が同条約により直ちに無効となることを認めることはできない。
また,ILO165号勧告20項についても,同項は,配転における家族的責任及び配偶者の就業場所等の事項の考慮を求めているだけであり,配転が労働者やその家族等に影響を及ぼす事態を生じた場合であっても,同項に違反して当該配転命令が違法無効となることなどをいうものでないことは明らかである。
したがって,原告らの主張を採用することはできない。
(エ) 育児介護休業法26条違反について
同条は,その文言からして,転勤により育児又は介護が困難になる労働者がいる場合に,事業主に,育児又は介護の状況に対する配慮を求めているだけであり,育児又は介護が困難になる配転命令が同条により直ちに違法無効となるものではないから,原告らの主張を採用することはできない。
(オ) 公序良俗違反について
原告らは,本件配転が年齢のみを理由とした不合理な差別であって憲法等に違反すると主張するが,そのような主張に理由がないことは既に判示したとおりである。
なお,原告らは,本件配転が不当な動機,目的によるもので原告らに著しい不利益を被らせているとも主張するところ,これらが直ちに公序良俗違反の根拠となるものとするには疑問があり,本件においては,後記(オの権利濫用及び2以下の各原告の個別事情)において検討判断することとする。
オ 権利濫用の主張について
(ア) 本件において,勤務地,職種の限定の合意等が認められないとしても,配転,特に転居を伴う配転は,労働者の生活関係に影響を与えるから,使用者による配転命令が無制約に許されることにはならない。
そこで,当該配転命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該配転命令が他の不当な動機,目的をもってされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情の存する場合,当該配転命令は,権利の濫用となる。そして,業務上の必要性は,当該配転先への配転が余人をもって容易に替え難いといった高度の必要性に限定されず,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化等の使用者の合理的運営に寄与する点があれば,認められると解される。
上記の業務上の必要性等は,労働者ごとに異なるものであるから,原告らについても,個別に判断する必要がある。そこで,原告らにおいて,権利濫用に当たる配転命令がされたかにつき,下記2ないし6(争点(2)ないし(6)の検討)において個別的に検討する。
(イ) 不当な動機,目的について
後記のように,原告らの配転は,権利濫用と認められるため,本件配転命令の違法性に関するその余の主張を判断する必要はないものの,本件配転において,不当な動機や目的が存在したかについて付言する。
原告らは,本件配転は,被告の意向に従わなかった原告らに対する報復として行われ,転籍に応じないと異職種や遠隔地への配転が行われるという見せしめの意味をもっていたと主張する。
しかし,職種については,従来の業務の一部がOS化され,異職種へ配転されることにならざるを得ない場合もあり得る。また,後記のように本件配転に業務上の必要性が認められる場合もある。そして,繰延型や一時金型を選択させることが被告の意向であることや原告らの配転が見せしめの意味をもっていたことを認めるに足りる証拠はなく,原告らの主張を採用することはできない。
(ウ) なお,被告は,本件構造改革等からすれば,本件配転には高度の業務上の必要性があると主張していると考えられる。
本件構造改革等が被告にとって必要な施策であり,本件構造改革等により被告における業務の一部がOS化され,原告らの従事していた業務がなくなり,原告らを他の業務に配転せざるを得ないとしても,配転に伴う原告らの個別的事情は斟酌されなければならないのであるから,本件構造改革の必要性があるだけで,本件配転の業務上の必要性があることにはならない。
したがって,上記のような被告の主張を採用することはできない。
2 争点(2)(原告甲野の個別事情)について
(1) 証拠(甲19,20,120,142,乙97,100,101,134,142,145の1,146の1ないし5,証人辛町H男,同癸村J男,原告甲野A子(後記認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,括弧内の証拠番号等は掲記事実を認めた主要証拠である。)。
ア 原告甲野の職歴等(別紙1参照)
(ア) 原告甲野は,昭和25年*月*日生まれの女性で,昭和43年4月1日に電電公社滝川電報電話局電話運用課に電話交換職の見習従業員として雇用され,電話番号案内,市内市外接続業務に配属され,同年8月1日に従業員に採用された。(甲142,乙100,101)
(イ) 原告甲野の雇用関係は,昭和60年4月に電電公社がNTTとなったことに伴ってNTTへと承継されたが,原告甲野の勤務場所及び職種に変更はなかった。
(ウ) NTT滝川支店の情報案内業務は,平成10年12月31日にエヌ・ティ・ティ北海道テレマート株式会社へ全面委託化されることとなり,あらかじめ異動部署の希望調査がされたが,原告甲野は,滝川を離れる考えがなかったため,滝川でできる職種の中から営業担当を希望した。(甲142)
(エ) 原告甲野の雇用関係は,平成11年7月に被告に承継されたが,原告甲野の勤務場所及び業務内容に変更はなかった。
(オ) 原告甲野は,平成11年1月1日から,滝川営業所営業担当に配属され,商品の訪問販売等の業務を行った。(甲142)
(カ) 上記営業所は,平成12年12月末をもって廃止されることとなったため,被告により,異動先の希望調査が行われた。
原告甲野は,札幌116センタを希望し,希望どおり,同センタのフロント担当勤務を命じられ,平成13年1月1日から同センタでの勤務を始めた。原告甲野は,同センタにおいて,被告の社内システムであるCUSTOMというシステムを操作し,業務を行っていた。(甲142,乙134,原告甲野)
(キ) 原告甲野は,本件計画が平成13年4月に発表され,平成14年1月18日までに本件選択通知書を提出するよう求められたが,提出する理由はないと考え,提出しなかった。(甲142,原告甲野)
(ク) 原告甲野は,平成14年4月17日,同月24日付けで北海道支店法人営業部企画部門への人事異動を受け,同年6月末まで研修を受けた。原告甲野は,同月24日,同年7月1日付けで苫小牧営業支店法人営業担当への配置転換(本件配転)を命じられ,同支店で業務を始めた。(甲142)
(ケ) 原告甲野は,平成17年7月1日付けで,苫小牧営業支店から札幌市所在の北海道支店営業企画部の法務担当へ異動となった。(甲142,乙134,原告甲野)
イ 苫小牧営業支店における職務
原告甲野は,苫小牧営業支店では,AM(アカウントマネージャー。法人への販売担当者)が顧客から受注した被告の商品や通信回線の各種サービスにつき,物品管理システムを使って商品を顧客へ発送したり,顧客から電話回線の申込等の注文を受けた際,CUSTOMを操作して工事部門への工事手配等を行う秘書サポートの業務を担当することとなった。
原告甲野は,平成15年春に秘書サポート業務がOS会社に移行されたため同業務を離れ,リース料の入力等の業務を主として担当することとなった。
(甲142,乙134,142,145の1,乙146の1ないし5,証人辛町,証人癸村,原告甲野)
ウ 原告甲野の家族状況等
(ア)a 原告甲野は,昭和50年ころ結婚し,3人の子をもうけた。(甲142)
b 原告甲野は,札幌116センタに異動後単身赴任生活をしていたが,滝川にいた長女が平成13年夏ころから原告甲野と同居するようになり,長女は苫小牧へも原告甲野と一緒に転居した。(甲142,原告甲野)
c 原告甲野には,喘息の持病があり,月に1回診療,投薬を受けている。(甲142)
d 原告甲野の妹は,滝川に住み,老人ホームで交代制の勤務に就いている。(甲142)
(イ) 原告甲野の父は,本件配転時81歳,母は77歳であった。父は,平成14年ころ歩行が困難となり,同年12月末に介護認定申請をして2級と認定された。母は,以前からパーキンソン病,狭心症で通院をしており,月曜日から土曜日までの1日1回の給食サービス並びに週1回の入浴,掃除,洗濯,買物及び炊事の介護保険サービスを受けていたが,平成15年6月に入院した。このため,父は,介護をする者がいなくなり,特別養護老人ホームに入所した。母は,病状がある程度回復したが,世話をする者がおらず,療養型病院に転院して入院生活を続けた。
原告甲野は,母が平成16年12月ころ手術を受けることとなったため,同月6日から介護休職を取った。(甲142,278,原告甲野)
(ウ) 原告甲野は,夫が平成15年12月に肝がんが発見されて入院したため,平成16年2月16日から同月20日まで看護休暇を取り,同年4月1日から介護休職を取った。夫は,同年6月6日に亡くなった。(甲120,142)
(エ) 家庭事情の申告等について
a 原告甲野は,通信労組が被告代表取締役社長に提出した平成14年1月21日付け要求書に,「滝川に扶養している両親がいるのでNTT社員として滝川で仕事がしたい。自分も通院しているのでこれ以上転勤できない。」と記載した。なお,被告は,この要求に対し団体交渉において議論する考えはないと回答した。(甲19,20)
b 原告甲野は,本件選択通知書の提出に関する面談において,家庭事情等について発言しなかった。(乙134)
c 原告甲野は,平成14年4月からの研修期間中,上長に対し,家庭の事情を説明した。(甲142,乙134,原告甲野)
(2) 上記認定事実を踏まえ,原告甲野の個別事情と本件配転命令の違法性等について検討する。
ア 業務上の必要性について
被告は,業務上の必要性につき,北海道内で再配置が必要とされ,かつ,CUSTOMで工事等の手配ができる被告従業員の中で,販売経験があるのは原告甲野1名のみであり,販売経験を必要としたのは,AMや顧客の信頼を得ることができるためであるとして,本件配転により,原告甲野を苫小牧営業支店に配転する業務上の必要性があったと主張する。
確かに,原告甲野は,本件配転前は札幌116センタでCUSTOMを用いて仕事をしていたが,同センタでのCUSTOMを使った業務は,主に個人を顧客とするものであった(原告甲野)のに対し,苫小牧営業支店では法人を顧客としており(乙145の1,2,乙146の1),原告甲野がCUSTOMに精通していたとまではいえないこと(原告甲野),被告の従業員であるAMに対する対応につき,販売経験という顧客への対応経験が特別に必要であるとは考えられず,また,販売経験に限らず,広く接客の経験があれば,顧客への対応を十分に行えると考えられること,販売経験が必要とされたのは,販売担当者であるAMの行動が理解でき,AMとのコミュニケーションが取りやすいことから販売経験を有することが最良であるとされただけであり,平成13年から平成14年にかけて同支店で秘書サポート業務に従事していた従業員について販売経験があることは格別重要視されていなかった旨の被告従業員である証人癸村の証言を加えて考えれば,原告甲野を同支店に配転したことは労働力の適正配置であったと認めることはできない。
また,原告甲野は,CUSTOMに精通しておらず,原告甲野を苫小牧に配転したことにより業務の能率が増進したり,業務運営が円滑化したとは認められない。さらに原告甲野の勤務意欲の高揚といった被告の合理的運営に寄与する点も認められない。
これらのことからすれば,原告甲野につき,本件配転の業務上の必要性は認められない。
イ 損害について
原告甲野に対する本件配転命令は,上記のとおり業務上の必要性がないにもかかわらず行われたものであり,権利の濫用として違法であるというべきである。
本件配転命令による原告甲野の苫小牧への異動は転居を伴うもので,その家族関係に影響を及ぼすものであり,それによって原告甲野が精神的苦痛を被ったことは容易に推認することができる。
もっとも,原告甲野は,既に札幌116センタに勤務してから滝川を離れて単身又は長女と同居して生活していたことからすれば,本件配転命令の時点では両親の介護に関し本件配転によって大きな影響を受けたとは認められず(両親に関し,本件配転後の研修時まで「両親も元気だったし,介護の必要性とかそういうのもなかった」と自認している。),夫の肝がんの点も本件配転後に生じた事由であり(ただし,両親の介護及び夫の療養は,本件配転により原告甲野が苫小牧に転居していなければ,より手厚くこれを行い得た可能性は否定できない。),持病の喘息に関しては,苫小牧に異動することによって具体的な支障を生じ,又は生ずるおそれがあったことを認めるに足りる証拠はなく,原告甲野が,見せしめ配転による人間関係上の苦痛として苫小牧で気持ちよく仕事をできなかったとの事実を認めるに足りる証拠もなく,経済的負担についても,被告には,単身赴任手当,帰郷実費の支給の制度があり,社宅の用意もあったことからすれば,原告甲野の経済的負担が大きかったとまでは認められない。
その他,上記認定の本件配転による原告甲野の苫小牧での生活の期間や態様等の各事情を勘案すれば,本件配転命令によって原告甲野の被った精神的苦痛に対する慰謝料は,50万円とするのが相当である。
3 争点(3)(原告乙原の個別事情)について
(1) 証拠(甲143,153,乙97,102,103,143,147の1,2,乙148の1ないし5,証人子原K男,原告乙原B男(後記認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,括弧内の証拠番号等は掲記事実を認めた主要証拠である。)。
ア 原告乙原の職歴等(別紙2参照)
(ア) 原告乙原は,昭和18年*月*日生まれの男性で,昭和37年4月1日に電電公社留萌電報電話局線路宅内課に見習従業員として雇用され,同年8月1日に従業員として採用された。(乙102,103)
(イ) 原告乙原の雇用関係は,昭和60年4月に電電公社がNTTとなったことに伴ってNTTへ承継されたが,原告乙原の勤務場所及び業務内容に変更はなかった。
(ウ) NTT留萌営業所宅内業務は,平成7年2月23日にME北海道の前身である株式会社エヌ・ティ・ティ テレコムエンジニアリング北海道(以下「TE北海道」という。)へ業務委託され,同営業所の線路宅内課は廃止された。
NTTは,同課の従業員に対し,TE北海道に出向してこれまでと同じ業務に従事するか,出向せず,NTTの営業業務に職種転換をするかの選択を求めた。原告乙原は,増毛町に自宅があり,原告乙原の妻の実家が留萌にあることから,留萌に残ることを希望した。(甲143)
(エ) 原告乙原は,平成7年2月23日に同営業所営業担当となった。
(オ) 原告乙原の雇用関係は,平成11年7月に被告に承継されたが,原告乙原の勤務場所及び業務内容に変更はなかった。
(カ) 同営業所は,平成12年12月にNTTの業務再編の一環として廃止されることとなり,被告は,原告乙原に旭川か札幌への配置転換を打診した。
原告乙原は,留萌からの配置転換に同意し,札幌を勤務地として希望した。なお,留萌営業所は同月22日に廃止された。(甲143)
(キ) 原告乙原は,平成13年1月1日から北海道支店営業部エリア営業部門エリア営業担当となった。
(ク) 原告乙原は,本件構造改革により上記業務がOS会社に移管されることとなったところ,OS会社を選択した場合,賃金が30パーセント切り下げられることになっており,そのような不合理な選択などはできないと考え,本件選択通知書を提出しなかったため,満了型を選択したものとみなされた。(甲143,原告乙原)
(ケ) 原告乙原は,平成14年4月24日付けで北海道支店法人営業部に異動となり,同年7月1日付けで北海道支店室蘭営業支店営業総括担当への配転(本件配転)を命じられた。
(コ) 原告乙原は,平成16年3月31日に被告を定年退職した。(甲143,証人子原)
イ 室蘭営業支店における業務
(ア) 原告乙原が来る前の室蘭営業支店には,営業総括の担当課長子原K男の下に主査が3名いた。(甲153)
(イ) 原告乙原の同支店での当初の担当業務は主にLモード(情報の検索やメール機能を持ち合わせた電話機)販売促進の企画であったが,平成14年10月からは調達物流の業務,平成15年4月からは通信機器業務支援システムの担当となった。(甲143,乙143,147の1,2,乙148の1ないし5,証人子原,原告乙原)
ウ 原告乙原の家族状況
(ア) 原告乙原は,結婚して娘4人をもうけたが,原告乙原の夫婦が孫(二女の息子)の面倒を見てきた(甲143)。
(イ) 原告乙原は,平成14年7月から平成16年3月まで単身赴任生活をした。(原告乙原)
(2) 上記認定事実を踏まえ,原告乙原の個別事情と本件配転命令の違法性等について検討する。
ア 業務上の必要性について
被告は,原告乙原の本件配転の業務上の必要性につき,室蘭営業支店においては,フレッツADSLの売上維持,さらなる販売拡大,それ以外の商品,特にLモードの提案活動等を行わなければならない状況であったが,人員不足であったため,同支店管内における販売担当者に対する販売企画,支援等業務を中心とした営業関係業務に適応し得る従業員を配置する必要が生じており,同支店が販売経験のある人材を要請したのは,当時同支店の販売成績が良く,さらに販売を伸ばしたいという希望を持ち,かつ,Lモードという新しい商品の担当をしてもらいたかったからであり,原告乙原が適任と判断したからであると主張する。
確かに,原告乙原は,本件配転後,平成14年9月までLモードの販売促進の企画業務を担当をしていたことが認められる。しかし,当時同支店でLモードにつき販路拡大等に力を入れており(甲156,157),そのために原告乙原に対する本件配転がされたのであれば,その販売戦略等につき上長等から具体的な指示をしたり,販売の企画や調査の報告書を作成させた上で問題点等を検討し合うといった方策が採られるのが一般的であるところ,原告乙原に対しては,Lモード販売に関する調査等につき書面による指示はなく(原告乙原),かつ,販路拡大について漁協以外特に具体的な指示がされていないこと,調査等の結果につき書面による報告もさせていないこと(証人子原)等からすれば,被告(室蘭営業支店)が原告乙原にLモードの販売担当として期待をし,同販売につき適任と考えていたと認めることはできない(むしろ,原告乙原の供述等からすれば,原告乙原は同支店において適切な業務を担当させられていなかったと認められる。)。
したがって,被告の主張を採用することはできず,Lモード販売につき適任であるとの理由のほかに原告乙原が室蘭営業支店に配転されなければならない特別な理由を認めるに足りる証拠はないことからすれば,本件配転につき労働力の適正な配置がされたと見ることはできない。また,本件配転による業務の能率増進等の被告の合理的運営に寄与する点は認められず,原告乙原につき本件配転の業務上の必要性は認められない。
イ 損害について
原告乙原に対する本件配転命令は,上記のとおり業務上の必要性がないにもかかわらず行われたものであり,権利の濫用として違法であるというべきである。
本件配転命令による原告乙原の室蘭への異動は転居を伴うもので,その家族関係に影響を及ぼすものである。そして,原告乙原は,本件配転命令を受けた時点で既に相当高齢であり,身内や知人のいない室蘭において,定年までの約1年9か月の間単身生活を送らざるを得なくなったもので,その生活上の不便を感じ,寂しい思いをしたであろうこと,原告乙原は,自宅のある増毛町からより遠隔地となる室蘭に転居したことにより,自宅の管理にも支障を来し,不安を感じたであろうことは容易に推認することができる。
その他,上記認定の本件配転における各事情を勘案すれば,本件配転命令によって原告乙原の被った精神的苦痛に対する慰謝料は50万円とするのが相当である。
4 争点(4)(原告丙山の個別事情)について
(1) 証拠(甲125,144,乙97,104,105,144,150,151,152の1ないし12,乙153の1ないし6,証人辛町H男,同丑山L男,原告丙山C男(後記認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,括弧内の証拠番号等は掲記事実を認めた主要証拠である。)。
ア 原告丙山の職歴等(別紙3参照)
(ア) 原告丙山は,昭和20年*月*日生まれの男性で,昭和39年4月1日に電電公社北海道電気通信局札幌搬送通信部に見習従業員として雇用され,3週間の新入社員教育を受けた後,新得電話中継所に配属され,同年8月1日に従業員に採用された。(乙104,105)
(イ) 原告丙山の雇用関係は,昭和60年4月に電電公社からNTTへ承継されたが,勤務場所及び業務内容に変更はなかった。
(ウ) 原告丙山は,平成9年8月1日にNTTからTE北海道に在籍出向となり,平成11年7月1日にNTTから被告に雇用関係が承継された際,被告からME北海道小樽支店への在籍出向となった。(乙97)
(エ) 原告丙山は,平成13年12月末ころ,ME北海道小樽ネットワークサービスセンタ所長から,平成14年1月18日までに本件選択通知書を提出するよう求められたが,どこを選んでも選びようがないと考え,提出をしなかった。(甲144)
(オ) 原告丙山は,平成14年6月4日から同月5日ころにかけて,研修後の配転につき課長と面談し,家庭の事情から配転に応じられないことを述べた。(甲144)
(カ) 原告丙山は,平成14年5月1日から同月17日まで札幌セミナーセンタで,同月20日から同月31日まで東日本研修センタ(東京)で,同年6月3日から同月21日まで札幌セミナーセンタで研修を受けた。(甲144)
(キ) 原告丙山は,平成14年6月24日,北海道支店函館営業支店SE担当への異動(本件配転)の発令を受け,その場で異議申立書を提出し,異議が留保されたまま,同年7月1日付けで函館営業支店に赴任した。(甲144)
(ク) 原告丙山は,平成17年3月31日,定年退職をした。(証人辛町)
イ 函館営業支店における職務
原告丙山は,函館営業支店において,SE担当として,①コンピューター等更改に伴うインターネット接続確認試験,②被告が受託した保守業務委託における保守契約先からの故障受付,ベンダー手配等,③IT講習会に関する契約等の業務処理手続,④受託工事に関する契約等事務処理手続,⑤受託工事における稼働集計及び労務費振替経理処理,⑥リース契約における請求及び支払管理並びにシステム処理,⑦大規模提案書における提案書類作成といった業務を行うこととされた。(乙144,150,151,152の1ないし12,乙153の1ないし6,乙155,原告丙山)
ウ 家族状況等
(ア) 原告丙山は,昭和48年6月に結婚し,2人の子をもうけた。(甲144)
(イ) 原告丙山は,函館に単身赴任をした。(甲144)
エ NTT労働組合北海道総支部交渉部が,平成15年12月に作成した資料(甲125の「NTT北海道における構造改革推進等の検証の取り組み NTT北海道テレマートにおける新たな業務運営体制移行後の検証の取り組み」との資料中の「NTT北海道における構造改革推進等に関わる実態把握調査票」。以下「本件調査票」という。なお,「NTT北海道」とは,被告北海道支店,株式会社エヌ・ティ・ティサービス北海道,ME北海道及び株式会社エヌ・ティ・ティビジネスアソシエ北海道の総称である。)では,函館営業支店の状況につき「案件をわずかSE6名(内1名「通労」でほぼ不稼働)で提案,設計,構築,保守サポートと奔走し」と書かれていた。(甲125)
(2) 上記認定事実を踏まえ,原告丙山の個別事情と本件配転命令の違法性等について検討する。
ア 業務上の必要性について
本件調査票において「通労1名ほぼ不稼働」との記載がある(甲125)ところ,本件調査票は,組織率99パーセントのNTT労組が,NTT北海道における構造改革推進等に関わる実態を把握等するための調査として行ったものであり,その実態に関わる上記の内容は信用することができる。そして,函館営業支店における通信労組(通労)の加入者は原告丙山のみであったこと(甲144,原告丙山)からすれば,原告丙山は同支店において適当な業務が与えられていなかったと認められる(甲139参照)。これに加え,SE担当は,システムモデルを提案書にまとめ,AMと同行してコンサルティングを行い,システムの設計,構築,保守,運用をするというスキルが求められているところ(乙144),本件配転までの原告丙山の職務は,伝送,無線設備,専用線の開通,保守作業等のいわゆる現場での仕事であり,システムモデルの提案やコンサルティング等の内容は含まれず(甲144),原告丙山が同支店のSE担当の業務に適任であったとは言い難いことからすれば,原告丙山につき,本件配転により労働力が適正に配置されたとは認められず,本件配転により業務の能率増進等の被告の合理的運営に寄与する点があったとも認められない。したがって,原告丙山につき本件配転の業務上の必要性は認められない。
イ 損害について
原告丙山に対する本件配転命令は,上記のとおり業務上の必要性がないにもかかわらず行われたものであり,権利の濫用として違法であるというべきである。
本件配転命令による原告丙山の函館への異動は転居を伴うもので,その家族関係に影響を及ぼすものである。そして,原告丙山は,本件配転命令を受けた時点で既に相当高齢であり,初めて住む函館において,定年までの約2年9か月の間単身生活を送らざるを得なくなったもので,その生活上の不便を感じ,寂しい思いをしたであろうこと,自らの健康管理にも不安を覚えたであろうことは容易に推認することができる。
その他,上記認定の本件配転における各事情を勘案すれば,本件配転命令によって原告丙山の被った精神的苦痛に対する慰謝料は50万円とするのが相当である。
5 争点(5)(原告丁川の個別事情)について
(1) 証拠(甲210,252,274,乙97,106,107,157,証人寅川M男,原告丁川D男(後記認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,括弧内の証拠番号等は掲記事実を認めた主要証拠である。)。
ア 原告丁川の職歴等(別紙4参照)
(ア) 原告丁川は,昭和20年*月*日生まれの男性で,昭和39年4月1日に電電公社釧路電報電話局受付配達課に見習従業員として雇用され,同月下旬から新入社員研修を受け,同年8月1日に従業員に採用された。(乙106,107)
(イ) 原告丁川の雇用関係は,昭和60年4月に電電公社からNTTへ承継されたが,原告丁川の勤務場所及び業務内容に変更はなかった。
(ウ) NTTは,昭和62年11月から電報業務を集約して釧路の電報業務を札幌に集中することとした。
原告丁川は,札幌に移って電報事業に従事することとし,釧路の持ち家は手放した。(甲210)
(エ) NTTは,電報受付業務の一部を平成9年4月にテルウェルに委託した。その結果,NTTの従業員の行う仕事は,着信管理,電報営業企画,委託費用算定,電報色紙管理,電報販売に限られることとなった。(甲210)
(オ) 原告丁川は,平成9年3月下旬,膀胱癌となって入院した。(甲210)
(カ) 原告丁川の雇用関係は,平成11年7月に被告に承継されたが,原告丁川の勤務場所に変更はなかった。
(キ) 原告丁川は,本件計画に基づく雇用選択について考えた結果,被告に残ることを決意したが,本件選択通知書については,どれを選んでも従業員に不利になると考え,提出をしなかった。(甲210)
(ク) 原告丁川は,平成14年4月24日,北海道支店法人営業部企画部門に配置された。
(ケ) 原告丁川は,平成14年6月初めころ,研修中に課長と面談し,原告丁川の病後の検査の必要や妻の病気を理由に配転には応じられないことを話した。(甲210)
(コ) 原告丁川は,平成14年6月24日に同年7月1日付けで北海道支店釧路営業支店営業総括担当の異動(本件配転)の発令を受け,異議申立書を提出したが,異議を留めたまま,同年7月1日付けで同支店に異動した。(甲210)
(サ) 原告丁川は,平成17年7月1日付けで,札幌にある北海道支店法人営業部事業推進担当へ異動となり,平成18年3月31日に定年退職した。(甲210,原告丁川)
イ 釧路営業支店における職務
原告丁川が配属された釧路営業支店の営業総括担当の業務内容は,営業業務と総務業務に大別される。営業業務には,釧路営業支店における営業活動方針の策定や各種販売施策の計画,実施及びAMの支援業務等が含まれる。総務業務には,支店全体の庶務,経理,人事,労務などの業務等が含まれ,その他,営業総括担当の業務内容として,バックヤード業務(通信機器に関する物品の管理)や財団法人日本電信電話ユーザ協会(電気通信を利用する事業所ユーザを対象とした全国的組織で情報通信に関する最新情報の提供とコミュニケーション教育の2事業を中心に会員サービスを行っている協会。以下「ユーザ協会」という。)の事務局業務等が含まれている。(乙157,証人寅川)
ウ 家族状況等
(ア) 原告丁川は,結婚して2人の子をもうけた。(甲210)
(イ) 原告丁川の妻は,軽いうつ病に罹患している。(甲210)
エ 平成15年3月ころ被告が作成し,釧路営業支店内で配布された「釧路エリア社員配置イメージ」では,平成14年5月時点における同支店の営業総括担当は4名,その他2名とされており,本件配転前の同支店には営業総括担当が4名いた。(甲274,乙157)
オ 満了型を選択していた被告従業員の卯谷N男は,平成14年7月に釧路営業支店から北海道法人営業部(札幌)へ配転となり,同営業部ではユーザ協会業務を担当していた。(甲252,証人寅川)
(2) 上記認定事実を踏まえ,原告丁川の個別事情と本件配転命令の違法性等について検討する。
ア 業務上の必要性について
釧路営業支店は北海道支店に対して,営業総括担当として営業の企画,提案や顧客の接客経験がある人材を要請していたことが認められる。しかし,被告のほとんどの従業員は,電話等での応対を含め顧客への対応があり得ること,釧路営業支店の営業総括担当が行う業務の中で企画提案を伴う業務は主にユーザ協会業務であると認められるところ,ユーザ協会業務は毎日あるものではなく,しかも,ユーザ協会業務は,営業総括担当の業務の中では営業や総務といった主たる業務には含まれない(乙157,証人寅川)から,企画提案の経験はそれほど重要視されていなかったといえること等からすれば,同支店が要求していた人材は原告丁川でなくともよかったものと考えられる。また,満了型を選択していた卯谷N男は,平成14年7月に同支店から北海道支店法人営業部へ移り,同部でユーザ協会業務をしていたことからすれば,卯谷N男に原告丁川が行っていた仕事を行わせることも可能であった。さらに,原告丁川が,具体的な企画提案等をしたことは認められない(なお,この点に関する証人寅川の供述はあいまいで,この判断を左右するものではない。)。
そして,平成14年5月の釧路営業支店の営業総括担当は4名であり(乙157,証人寅川),原告丁川は営業総括担当の増員のために配転されたもので,営業総括担当の人数が減員されるのは考えられないことからすれば,原告丁川は,被告作成の「釧路エリア社員配置イメージ」に記載された「その他2名」に含まれると推察される。この記載と前記事実等を合わせて考えれば,原告丁川が営業総括担当として業務を適切に行っていたとは認められず,原告丁川の本件配転につき,労働力が適正に配置されたと認めることはできない(甲138参照)し,本件配転により業務の能率増進等の被告の合理的運営に寄与する点があったとの事実を認めることもできない。したがって,本件配転の業務上の必要性は認められない。
イ 損害について
原告丁川に対する本件配転命令は,上記のとおり業務上の必要性がないにもかかわらず行われたものであり,権利の濫用として違法であるというべきである。
本件配転命令による原告丁川の釧路への異動は転居を伴うもので,その家族関係に影響を及ぼすものである。そして,原告丁川は,妻が軽いうつ病に罹患しており,本件配転命令によって原告丁川が釧路に赴任した後も妻は治療のため札幌に残ることとしたが,妻がその後体調を崩し,釧路に転居することになる一方,それまで社宅で同居していた長女も札幌市内でアパートを借りて転居しなければならなくなり,これらのため被告から支給される移転費用を超える支出をするなど経済的にも不利益を受け,また,札幌市内で予定していた自宅の建築計画も中断せざるを得なくなった(甲210,原告丁川)もので,これらによって,原告丁川が精神的苦痛を被ったことは容易に推認することができる。
その他,上記認定の本件配転における原告丁川の釧路での生活の期間や態様等の各事情を勘案すれば,本件配転命令によって原告丁川の被った精神的苦痛に対する慰謝料は50万円とするのが相当である。
6 争点(6)(原告戊谷の個別事情)について
(1) 証拠(甲19,20,158,160ないし163,166ないし168,171,172,174,175,178ないし182,192,193,195,203,206,212,213,乙38,97,134,158,159,162,163,167,169ないし172,174,176,177,179,189の1,2,証人辛町H男,同辰岡O男,同巳本P男,原告戊谷E男(後記認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,括弧内の証拠番号等は掲記事実を認めた主要証拠である。)。
ア 原告戊谷の職歴等(別紙5参照)
(ア) 原告戊谷は,昭和21年*月*日生まれの男性で,昭和39年4月1日に電電公社苫小牧電報電話局機械課に見習従業員として雇用され,同年8月1日に従業員(通信職群機械職3級)に採用された。(甲166,原告戊谷)
(イ) 原告戊谷の雇用関係は,昭和60年4月1日に電電公社からNTTに承継されたが,原告戊谷の勤務場所及び業務内容に変更はなかった。
(ウ) 原告戊谷は,平成9年8月1日,苫小牧支店お客様サービス部サービス営業担当116担当に配属された。
(エ) 原告戊谷の雇用関係は,平成11年7月に被告に承継されたが,原告戊谷の勤務場所及び業務内容に変更はなかった。
(オ) 被告は,平成13年1月1日に北海道内の116センタを札幌,旭川,函館に集約することとした。原告戊谷は,新しい仕事を覚えるのは大変な苦労であると考えて職種転換を望まず,また,両親の介護があるので,遠距離通勤を選択して札幌を勤務地として希望し,苫小牧から札幌116センタへの配転を受けた。(甲158,160,原告戊谷)
(カ) 原告戊谷は,平成13年12月末ころ,本件選択通知書の提出を求められたが,被告に残って違法不当と考える配転と闘うことを決め,本件選択通知書を提出しなかった。(甲158)
(キ) 原告戊谷は,平成14年4月24日に北海道支店法人営業部企画部門に配置され,札幌で研修を受けた後,同年5月中旬から同月下旬には東京の研修センタで研修を受けた。(甲158)
(ク) 原告戊谷は,平成14年6月24日に同年7月1日付けで東京都葛飾区青戸所在のNTT青戸ビルを勤務場所とする法人営業本部サービスマネージメント部NWソリューションセンタSO推進担当(以下「SO担当」という。)への配転(本件配転)を命じられた。原告戊谷は,被告の配転命令に異議を留めつつ,同年7月1日から配転先である東京での業務に就いた。(甲158)
(ケ) 本件構造改革リファインにより,原告戊谷の所属していたNWソリューションセンタは,平成15年3月末で廃止となった。原告戊谷は,構造改革リファイン後に提出を求められた本件選択通知書を同年1月31日までに提出しなかったため,満了型を選択したものとみなされ,同年4月1日,東京支店営業企画部光IP販売プロジェクト(以下「IPプロジェクト」という。)への配転(本件配転)を命じられた。(乙158)
(コ) 原告戊谷は,平成16年12月31日に自己都合により退職した(甲212,原告戊谷)
イ 被告は,従業員のスキル把握の指標としてスキル把握システム(従業員が携わっている業務についてスキル状況を判定するシステム)を実施している。同システムで判断された原告戊谷のSO(サービスオーダ)業務のスキルレベルは,B(独力で業務が遂行できるレベル)であった。(乙134,167,証人辛町)
ウ SO担当及びIPプロジェクトにおける職務
(ア) SO担当の業務は,SO処理に関連する業務,回線調査に関わる業務であった。(乙158,証人巳本)
(イ) 原告戊谷は,IPプロジェクトにおいては特販担当とされたが,同担当の業務内容は,戸建て,小規模集合住宅,SOHO(小規模な事業者や個人事業者)市場に対するブロードバンドサービスの販売活動やアンケート調査等のマーケティング情報収集であり,訪問活動の結果については,紙ベースの営業日報を提出し,受注した場合の売上は,Mercury(マーキュリー)という社内システムに投入して計上していた。なお,同担当は第1ないし第6グループに分けられ,原告戊谷は第2グループに属していたが,第1グループとほかのグループとでは業務内容が異なり,第1グループでは営業訪問のほかに企画的な業務を行っており,また,第1グループはほかのグループに比べて満了型選択者の比率が少なかった。(甲158,乙158,159,証人巳本)
エ 家族状況等
(ア) 原告戊谷は,昭和48年10月に結婚し,子を1人もうけた。
原告戊谷は,昭和51年5月から昭和53年10月まで原告戊谷の両親と同居したが,その後は別居していた。(甲158,乙170,171)
(イ)a 原告戊谷の両親は,原告戊谷との別居後,苫小牧で2人で暮らしていた。
b 原告戊谷の父は,大正4年*月*日生まれであり,平成11年7月16日に「緑内障による視力障害/視力 右指数弁 左手動弁(1級)/視野 視能率による損失率100%(2級)」で身体障害者等級1級に認定され,平成14年1月31日に要介護3(中等度の介護を要する状態(排便,入浴等に全介助が必要))と認定され,内臓にも障害があって数種類の薬を服用している。また,父は,平成14年10月ころ,サルコイドーシスの診断を受けた。(甲158,166,167,178,179,181,192,193,乙174)
c 原告戊谷の母は,大正10年*月*日生まれであり,平成7年4月に左足関節の手術を受け,同年8月31日,「変形性関節症による左膝関節機能の全廃」で身体障害者等級4級に認定された。(甲166,168)
d 原告戊谷の両親の年金支給額は,年間174万円程度である。
e(a) 平成11年から平成12年ころの介護の状況
原告戊谷は,平日に両親宅に頻繁に電話をかけ,事故がないか確認するようにし,土日の夜は両親宅へ行って様子を見たり,身の回りを片づけたりしていた。また,買い物や病院への付き添い等をし,両親の日常生活をサポートしていた。
なお,父は,平成11年1月13日ころから抑うつ状態で加療中であり,母は,同年3月16日ころから神経症で加療中である。(甲158,172,174,203)
(b) 平成13年ころの介護の状況
原告戊谷は,札幌への遠距離通勤となり,平日は午後7時30分ころに苫小牧駅から両親宅へ行くようにしていたが,原告戊谷自身も頸椎の障害のため,毎晩寄ることはできず,平日の1,2回と土日に行くような状況だった。(甲158,162,203)
(c) 平成14年ころの介護の状況
ⅰ 母が,体力的に父の面倒を毎日みることができなくなったこと等があり,原告戊谷の妹の午町Q子(以下「午町」という。)が居住している岩見沢から週1回泊まりがけで介護をすることもあった。また,ほかの平日に原告戊谷か妻が両親宅に寄り,土日は原告戊谷が行く状況だった。
午町による両親の介護は,平成14年3月半ばまで続いたが,午町自身の家庭が忙しくなったので,その後は日帰りで週1,2回の介護となった。
また,原告戊谷の妹未島R子(登別市在住)は,頸椎椎間板ヘルニアのため,両親の介護に限界がある状況であった。(甲158,203,乙169,原告戊谷)
ⅱ 原告戊谷は,平成14年7月から東京勤務となったので,週4日間パートで働いている妻が,2日ほどは退勤後両親宅に寄り,週3日の休日のうち2日くらいは2,3時間滞在して家事の手伝い等をするようになった。(甲158,175,203)
ⅲ 父は,平成14年7月31日に肺炎で倒れ,約2週間入院し,それ以降,父に対する,原告戊谷,妻,妹2人による病院での付き添い介護,退院後の在宅介護が必要となった。(甲171,182)
ⅳ 原告戊谷は,午町による両親の介護が難しくなってきたこともあり,平成14年10月22日から同月28日まで看護休暇,同月29日から同年11月10日まで年休を取り,両親の介護をした。(甲158,195)
ⅴ 介護支援専門員は,平成14年8月現在の父の介護サービスとケアプランにつき,次のように判断した。(甲181,182)
(ⅰ) ADL(日常生活の能力(activities of daily living)。甲206)
「要介護3 歩行時のふらつきあり,室内つたい歩きだが視力障害により介護が必要。 洋服の着脱,入浴にも介護必要。 食事は見守り,指示が必要(臭覚がない) 気分にむらがあり,出来る時と出来ない時がある。」
(ⅱ) 問題点
「①高齢であり,臥床期間も長いため,心肺機能の低下があり,今後肺炎などの急変が考えられる②視力障害,歩行不安定のため,全てにおいて介助,監視が必要。③臥床にて経過していることが多く,ADLの低下が考えられる。④妻も高齢であり,膝の病気もあり,これ以上の介護負担は厳しい状況である。⑤今までのライフスタイルがある。他人が家に入ることに抵抗あり,自分たちでできることはなんとか自分たちで行いたいという気持ちが強い。子どもたちの協力にしても,感謝している反面,心配をしている。」
(ⅲ) 必要と思われる介護サービス
「本人の介護度,妻の介護負担を考えると①訪問介護による,身体介護(排泄援助・保清・着替え)や家事援助(掃除・洗濯・買い物)を毎日行う。②訪問看護による健康管理・服薬指導・療養指導。リハビリを1/W。③訪問リハビリによる1/Wのリハビリ指導。④時々のショートステイの利用。⑤デイサービスなどの利用で他の人との交流をもつ。⑥妻の要介護認定をうけ,妻のストレス解消やリフレッシュのためデイサービスの利用。」
(d) 平成15年,平成16年の介護状況等
父は,平成15年10月17日から同月31日まで老人保健施設にショートステイをし,その後いったん自宅に戻ったが,同年11月25日に別の老人保健施設に入所し,母は,自宅に1人で暮らすこととなった。なお,父は,自宅に一時帰宅することがあった。(甲158,原告戊谷)
(ウ) 原告戊谷は,平成2年ころ,首,右腕に痛みを覚え,その後,平成11年春には,再び右腕の痛みを覚え,平成13年には頸椎脊髄症との診断を受けた。(甲158,161,162)
(エ) 原告戊谷は,平成16年9月29日,被告の首都圏健康管理センタにおいて椎間板ヘルニアと認定された。(乙189の1)
オ 原告戊谷とともにSO担当としてNTT青戸ビルでの勤務を命じられた者は,管理職の部長を除いて32名おり,そのうち31名が51歳以上で,満了型を選択したか,あるいは選択したとみなされた者であった。(甲158,213,乙158,証人辰岡)
カ(ア) 原告戊谷は,平成13年10月22日ころ,被告の健康保険組合に対し,頸椎脊髄症に伴う療養費を請求した。(甲161)
(イ) 原告戊谷は,通信労組が被告代表取締役社長に提出した平成14年1月21日付け要求書に,「苫小牧からの長距離通勤での健康不安と両親の介護が必要で苫小牧に戻りたい。」と記載した。なお,被告は,この要求に対し団体交渉において議論する考えはないと回答した。(甲19,20)
(ウ) 原告戊谷は,研修期間中である平成14年6月21日,両親の介護状況及び原告戊谷自身の病気について被告に申告した。(甲163,164,乙134)
キ 原告戊谷は,平成14年10月の面談での自己申告において,「H14年7月1日より現在の仕事について言えば,まだ自信もてる状況ではありませんが,合っている仕事と思っています。」と述べた。(乙38)
(2) 上記認定事実を踏まえ,原告戊谷の個別事情と本件配転命令の違法性等について検討する。
ア 業務上の必要性について
(ア) NWソリューションセンタについて
a 原告戊谷は,SO業務に従事し,そのレベルは,独力で業務が遂行できるレベルであったこと(乙134,167),原告戊谷は,平成14年10月ころ,面談の自己申告書において,NWソリューションセンタでの仕事につき「合っている仕事」と述べていたこと(乙38)からすれば,NWソリューションセンタでの業務は原告戊谷のスキルと適合していたことが認められ,労働力が適正に配置されていたといえ,本件配転に業務上の必要性があったと認められる。
b 原告戊谷は,SO担当の職場であったNWソリューションセンタが平成15年3月に廃止になったこと等から,原告戊谷の東京への配転が必要でなかったことを裏付けていると主張する。
しかし,同センタが将来的に全く業務上の必要性がなくなることが判明していたにもかかわらず作られたものであるなどの事実を認めるに足りる証拠はなく,原告戊谷の主張を採用することはできない。
(イ) IPプロジェクトについて
a 原告戊谷は平成15年4月1日にIPプロジェクトに配転されたが,その業務内容の主なものは,NWソリューションセンタでの業務と異なる外販活動で(証人巳本),いわゆる足で稼ぐ仕事であり,相応の体力が要求される業務であったところ,このような業務を比較的高齢で,頸椎に障害のあることが判明していた(甲163ないし165)原告戊谷に行わせる必要性があったと認めるべき証拠はなく,この配転を労働力の適正な配置と認めることはできない。また,この配転により能率の増進等,被告の合理的運営に寄与する点があったとの事実を認めることはできない。したがって,IPプロジェクトへの配転について業務上の必要性はなかったと考えられる。
b 被告は,原告戊谷につき,CUSTOMに習熟し,基本的な対人スキルを有していると判断して,IPプロジェクトへの本件配転をしたのであり,業務上の必要性があったと主張する。しかし,外販活動は,CUSTOMのスキルとは直接的には関係がないことは明らかである。また,訪問活動の結果は紙ベースの業務日報で報告し,売上計上は,CUSTOMとは別の社内システムを用いていた(乙159)のであるから,CUSTOMのスキルとIPプロジェクトでの業務内容と直接的な関連はなく,被告の主張する業務上の必要性が認められるとはいえない。
イ 配転障害事由(両親の介護)について
(ア) 上記認定事実からすれば,原告戊谷の父は,身体障害者等級1級,要介護3の身体障害を持っていること,母も足の障害を持っており,父を肉体的に支えることは困難であったこと等からすれば,本件配転当時,原告戊谷の両親について介護の必要性が存在していたことは明らかである。
(イ)a 被告は,原告戊谷の両親の介護は現に他の者により行われており,原告戊谷は,日常的に両親の介護をしていたのではなく,その役割は精神的援助が主体であるなどと主張する。
しかし,原告戊谷の妻や妹らが介護をしていたのは,原告戊谷が日中は仕事をしていて自ら介護ができなかったためと考えられ,このことにより両親の介護の必要性がなくなることにはならない。
また,介護は,「身体的,心理的,社会的,すべての面において,その人自身が人間として人生になそうとしていることを病気や障害あるいは単に老いのために無に帰することのないように補い助け,ときには自らが積極的に行動する役目を担うこと,また学習やレクリエーションならびに社会参加を直接的間接的に助けることができるようによりよい方法を企てていく活動」とされ(甲205),生理的生活の維持と継続を内容とする援助,生活場面における継続性,精神的,情緒的安定を支えることを内容とする援助を行うものである(甲206)ところ,平成12年3月に父の訪問介護をしたホームヘルパーが原告戊谷の役割はとても大きいと指摘している(甲182)ほか,原告戊谷は,長男で,家族の中でいわゆる男手として頼られる存在であると認められること(甲175,183,184,186,187)からすれば,原告戊谷による精神的援助も介護の一環として認められるから,被告の主張を採用することはできない。
b 被告は,原告戊谷が両親と約10キロメートル離れた場所に別居していたから,両親の介護の必要性は大きくなかったなどと主張する。
しかし,別居していたのは原告戊谷の妻と母との人間関係上の問題等が理由であり,また,離れた場所に居住していたのは,両親の家の近くに予算等の関係でよい物件がなかったからという理由である(甲158)と認められ,上記別居等の事実があることにより,原告戊谷の両親の介護の必要性が小さかったなどとはいえず,被告の主張を採用することはできない。
c 被告は,原告戊谷が平成13年1月の異動の意向把握において,札幌のみを希望したから,両親の介護の必要性は大きくなかったなどと主張する。
しかし,原告戊谷は,職種転換を図りたくないと考えて札幌を希望したと認められ(甲158),その理由は不合理なものではない。むしろ,その後,原告戊谷は勤務地の札幌に転居せず,苫小牧からの遠距離通勤をしたことからすれば,原告戊谷による両親の介護の必要性は存在していたといえる。したがって,被告の主張を採用することはできない。
d 被告は,原告戊谷が苫小牧市役所の訪問介護制度を,週1回,2時間程度しか利用していないから,父の介護の必要性もその程度でしかないと主張する。
しかし,介護制度利用費用の1割は自己負担となる(乙164)こと,特に父は,家族以外の他人による介護を好んではいない(甲158,181)こと等からすれば,利用が制限的となることもやむを得ないものであって,訪問介護制度を利用している限度でしか介護の必要性が存在しないということにはならず,被告の主張を採用することはできない。
e 被告は,原告戊谷が被告の福利厚生の1つである介護支援サービス制度を利用していないから,原告戊谷の両親の介護の必要性は配転障害事由とはならないなどと主張する。
しかし,同サービス制度においては,原告戊谷も一定の経済的負担をしなければならず(乙34),利用しにくい理由も認められることからすれば,同サービス制度を利用しなかったからといって,原告戊谷の両親の介護の必要性がなかったとはいえない。したがって,被告の主張を採用することはできない。
f 被告は,苫小牧市の介護等の体制が完備されていることから,介護は配転障害事由とならないと主張する。
しかし,例えば,苫小牧市盲人ガイドヘルパー派遣事業サービスについては,原告戊谷の両親は対象者となっておらず,利用できない可能性があること,派遣対象事項,地域及び時間が限られていること(甲194,203)等からして,利用しやすい制度とはいい難い。さらに,同市によるその他の介護制度を併せても,介護の体制が完備されているとはいえず,被告の主張を採用することはできない。
g 被告は,原告戊谷が,北海道在勤中に看護休暇や介護休職を取得しなかったから両親の介護の必要性はなかったと主張する。
しかし,例えば,両親の症状が急激に悪化するといった不測の事態に備えて休暇等を残しておくと考えるのが通常であること,看護休暇期間中は給与が支払われず(甲12,乙1),介護休職についても給与として保険料等の合計額のみ支給されること(甲12,乙1)からすれば,上記休暇等を取得していなかったとの事実をもって介護の必要性がなかったとすることはできず,被告の主張を採用することはできない。
h 被告は,看護休暇,介護休職や有給休暇を取得すれば,所定休日等を含めて介護が可能であるなどと主張する。
しかし,前記のように,不測の事態に備え,必要となったときに十分休暇等を取得できるように余裕を持たせて残しておくようにと考えるのが通常である。この点につき,被告の主張が仮処分事件における主張(甲200)のように,年次有給休暇,介護休職等を平成15年1月から平成16年12月までの毎週金曜日に計画的に取得すること等を考えているとするならば,そのような取得の仕方は非現実的であると考えられる。
また,仮に休暇を取得したとしても,東京と苫小牧を往来するには,鉄道,航空機,バスを順次乗り継ぐ必要があり(休暇を利用しての頻繁な往来には航空機を利用する以外の方法は考えられない。),そのために原告戊谷に大きな肉体的,経済的負担が生ずることは明らかである。この点に関し,被告は仮処分事件において,原告戊谷が毎週帰郷するとした場合の経済的負担を試算している(甲201)が,その試算において実質的な自己負担額とされる33万円余の金額自体,相当重い経済的負担であるというべきであり,しかも,この自己負担額は,帰郷に要する交通費の試算額から原告戊谷に支給される地域加算手当及び単身赴任手当(これらが帰郷のための費用にのみ充てることを目的として支給される手当であると認めるべき証拠はない。)の金額を控除した金額であり,このような試算自体極めて不合理なものといわざるを得ない。さらに,航空機の運行は特に天候等に左右されやすく,欠航となった場合,原告戊谷による介護ができないこととなるのであるから,休暇を取得すれば必ず介護ができるともいえない。
これらのことからすれば,被告の主張は採用することができない。
ウ 以上を総合して考えるに,NWソリューションセンタの配転には業務上の必要性は認められるものの,IPプロジェクトへの配転は業務上の必要性が認められない。一方,配転障害事由としての介護の必要性は大きく,NWソリューションセンタへの配転においても,労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであり,被告としては原告戊谷を,両親の介護をしやすい苫小牧へ配転させること等を配慮すべきであった(育児介護休業法26条参照)といえる(証人辛町も,原告戊谷が苫小牧で原告甲野がしている仕事を行うことができたと供述しており(証人辛町),被告としては苫小牧への配転も配慮できたことが認められる。)。
エ 損害について
原告戊谷に対する本件配転命令は,上記のとおりいずれも権利の濫用として違法であるというべきである。
本件配転命令による原告戊谷の東京への異動は転居を伴うもので,その家族関係に影響を及ぼすものであり,特に両親の介護に与えた影響は大きなものがあり,それによって,原告戊谷が精神的苦痛を被ったことは容易に推認することができる。
その他,上記認定の本件配転における原告戊谷の東京での生活の期間や態様等の各事情を勘案すれば,本件配転命令によって原告戊谷の被った精神的苦痛に対する慰謝料は100万円とするのが相当である。
7 争点(7)(損害)について
以上のように,被告の原告らに対する本件配転は,いずれも権利の濫用であって違法であるから,不法行為が成立する。
そして,その損害額は,上記争点(2)ないし(6)において検討したとおり,原告甲野,原告乙原,原告丙山,原告丁川につき各50万円,原告戊谷につき100万円とするのが相当である。
8 よって,原告らの請求は主文第1項及び第2項の限度で理由があるからこれらを認容し,その余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同259条1項を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・笠井勝彦,裁判官・馬場純夫,裁判官・矢澤雅規)
別紙
1 原告甲野(昭和25年*月*日生)の勤務先等<省略>
2 原告乙原(昭和18年*月*日生)の勤務先等<省略>
3 原告丙山(昭和20年*月*日生)の勤務先等<省略>
4 原告丁川(昭和20年*月*日生)の勤務先等<省略>
5 原告戊谷(昭和21年*月*日生)の勤務先等<省略>