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札幌地方裁判所 平成14年(ワ)2054号 判決 2003年6月27日

札幌市●●●

原告

●●●

訴訟代理人弁護士

荻野一郎

青野渉

中村歩

福岡市博多区博多駅東2丁目9番1号

被告

コスモフューチャーズ株式会社

代表者代表取締役

●●●

訴訟代理人弁護士

●●●

●●●

主文

1  被告は,原告に対し,6032万3717円及びこれに対する平成14年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は,被告外務員の勧誘により,被告を介して外国為替証拠金取引と称される取引を行った原告が,①当該取引に関する被告外務員の説明義務違反等の不法行為により,当該取引に関して被告に対して支払った金額と被告から返還を受けた金額との差額分の損害を被ったので,使用者である被告は民法715条1項に基づく損害賠償義務を負う,又は②当該取引は公序良俗違反により無効である,③詐欺により取り消された,若しくは④消費者契約法4条1項1号により取り消されたから,被告には前記の金額(支払額と返還額の差額)の不当利得が発生した,又は⑤被告外務員の重要事項の説明義務違反により,被告は,金融商品の販売等に関する法律4条,同法5条2項に基づく元本欠損額の損害賠償義務を負うと主張して,選択的に損害額又は不当利得額(前記の差額)である5484万3717円の支払を求め,また,併せて不法行為に基づく損害賠償として弁護士費用548万円の支払を求め,さらに,これらの合計6032万3717円に対する訴状送達の日の翌日(催告の日の翌日又は不法行為後の日)である平成14年10月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実等(証拠により明らかに認められる事実については,文末に証拠を掲記している。なお,枝番が明示されていない証拠は,枝番も含むものとする。)

(1)  被告は,先物取引,外国為替取引に係る売買及び売買の媒介,取次又は代理等を主たる業とする会社である。

田●●●(以下「田●●●」という。),渡●●●(以下「渡●●●」という。)及び畠●●●(以下「畠●●●」という。)は,いずれも被告の外務員である(甲42)。

(2)  原告は,被告外務員の勧誘により,ワールドワイドマージンFXという名称の外国為替証拠金取引と称される取引(以下「本件取引」という。)を行い,本件取引に関して,別紙1のとおり,被告に対して平成13年10月24日から平成14年7月12日まで26回にわたり合計6223万円を支払い,被告から同月30日に738万6283円の返還を受けた。

したがって,原告は,本件取引に関して5484万3717円の損失を被ったことになる。

(3)  本件取引は,被告の説明によれば,おおむね次の内容の取引である。

顧客は,10万米ドル(以下,単に「ドル」と記載した場合には,米ドルを指すものとする。)を1単位(1口)として,オーストラリアの法人であるサマセットアンドモーガン社(以下「サマセット社」という。)との間で直接に為替取引を行うこと(相対取引)を基本とするものである。取引は,1日単位で決済される直物取引を対象としているが,そのまま持越しをすることができるため,実際には無期限と同様であり,顧客はいつでも決済することができる。ただし,取引・決済の方法については,代金の全額を支払ういわゆる現物取引ではなく,いわゆる信用取引の形式が採られていた。すなわち,顧客は,サマセット社に対し,10万ドルの取引ごとに3000ドルの証拠金を預託した上で,日ごとの為替レートの変動に従って生じる損益の額を計算し,決済時に,差額の精算を行うこととされていた。したがって,例えば,3000ドルを預託して10万ドルの取引を行うと,為替レートが1円変動するごとに10万円の損益が生じ,決済時に,差額の授受が行われる。このように,本件取引は,いわゆるハイリスク・ハイリターンな取引であった。

また,顧客は,サマセット社に対し,手数料として,1口の売り取引又は買い取引ごとに100ドル(決済するためには売買(往復)が必要なので200ドルとなる。)の手数料を支払うことになっていた。これに加えて,顧客は,ドル買い取引をする場合には,スワップ金利と称する金利(年利0.25ないし3パーセント)を取得するが,逆にドル売り取引の場合には,サマセット社に対し,スワップ金利(年利3.25ないし6パーセントであり,ドル買い取引の場合の利率より3ポイント高く設定されている。)を支払うことになっていた。このスワップ金利は,取引単位である10万ドルに対して発生するため,ドル買い取引の場合の金利を年利0.5パーセントとした上で,実際に支出した3000ドルの証拠金との関係で計算すると,年利約16.67パーセントの金利を取得できることになるが,逆にドル売り取引の場合の金利を年利3.5パーセントとした上で,3000ドルの証拠金との関係で見ると,年利116.67パーセントの金利をサマセット社に対して支払うことになっていた。

そして,顧客は,証拠金の3割を超える損失が生じた場合には,追加証拠金を差し入れるとの約定であった。

なお,被告は,サマセット社の代理人として,本件取引の勧誘や手続の仲介を行っており,顧客からは手数料を受領せず,サマセット社から手数料を受領することとなっていた。

(4)  一般的な為替取引については,株式や商品先物とは異なり,「取引所」は存在せず,銀行間の相対取引として取引が行われている。そして,これらの相対取引の集合体がインターバンク市場と呼ばれている。

(5)  原告は,被告に対し,平成14年10月21日に送達された本件訴状により,詐欺又は消費者契約法4条1項1号に基づき,本件取引に係る契約を取り消す旨の意思表示をした。

2  争点

(1)  不法行為

(原告の主張)

原告は,本件取引に関し,被告外務員の以下の違法行為により,被告に対して支払った金額と返還を受けた金額との差額に相当する損害を被った。

ア 私設賭博場への誘引

本件取引は,被告を代理人とするサマセット社と顧客との間で,相対で為替取引をするというものであり,取引の構造上,閉鎖された当事者間で金の取り合いをしているにすぎないことになる。しかも,現物での取引を前提とせず,決済時に差金の授受のみを行うものであるから,実際には,帳簿上だけで私設の賭博場を開設し,顧客との間で机上の為替取引を装っているだけであるといえる。すなわち,本件取引は,10万ドルを1口とした上で,円とドルとの為替相場を指標として,為替相場が1ドル当たり1円変動した場合には,1口につき10万円の差金としての損益が発生し,そのような金銭(差金)の授受を,顧客と被告を代理人とするサマセット社との間で相対取引として行うというものにすぎない。

このように,本件取引は,原告の損益が直ちにサマセット社の損益につながるものであり,為替相場の変動という偶然の事情により財物を獲得しようとする行為といえるから,賭博行為に当たる。

なお,差金決済により利益を得ることを目的とした商品取引,証券の信用取引などは,賭博行為に該当するものであるが,商品取引所法や証券取引法に規定があるために,法令による行為として違法性が阻却されている。これに対し,本件取引については,法令上の規定はないから,違法性は阻却されない。

また,被告は,本件取引について,サマセット社がインターバンク市場で取引しているかのような説明や表示をしている。しかしながら,インターバンク市場での取引単位は100万ドルとされており,実際に取引することができるのは世界中の巨大銀行及び各国の中央銀行である。これに対し,サマセット社は,銀行ではないばかりか,平成10年に設立されたばかりの資本金わずか255万豪ドルの会社であるから,インターバンク市場で取引することはできず,リスクヘッジなどができない状態にあった。

以上のような私設賭博場における賭博行為としての本件取引について,被告の外務員が勧誘を行うことは,違法行為である。

イ 適合性原則違反の勧誘等

本件取引に関する田●●●の原告に対する勧誘方法は,突然に原告宅を訪問するという,いわゆる飛び込みでの勧誘であり,ハイリスク・ハイリターンの本件取引には不適切な勧誘である。

また,原告は,名目上会社役員として登記されているが,仕事はほんの手伝い程度であり,役員報酬も受け取っておらず,実質は専業主婦というべきものである。したがって,本件取引のような危険性の高い取引を行うにふさわしい知識,経験及び財産がある状況にはなかった。加えて,被告には,顧客の保護規定はなく,外務員も,顧客の収入,資産,投資可能額,投資経験等の適合性を判断するに必要な事項を原告に確認することなく,本件取引の勧誘を行った。

さらに,畠●●●は,本件取引の後半において,原告に自己資金がなく,借入金を預託していることを知りながら,その後も,再三にわたり原告に入金を求めた。

このように,被告の外務員による勧誘や取引継続の要求は,適合性原則に反する違法なものである。

ウ 断定的判断の提供を伴う執拗な勧誘

渡●●●は,原告に対し,勧誘の際に,「ドルは確実に50銭は値を上げるから,利がとれる。」などと断定的判断を提供して,損失が生じないかのごとく誤信させた。畠●●●も,取引の途中で原告に追加証拠金を支払わせる際に,追加証拠金を預託することにより,既発生の損失がすぐに回復して,全額の返還が受けられるかのような断定的判断を提供した。

その他にも,被告の外務員は,「ドルを買って預金しておく。預けておくと1口40万円当たり1日で167円,1か月で5000円,1年間では6万円金利がつく。」,「値上がりしたときに利をとっていく。」,「そのまま置いておいても利息がつくからご自由です。」などと断定的な判断の提供を伴う執拗な勧誘を行った。

エ 危険の不告知

被告の外務員は,本件取引が為替の変動により支払った証拠金以上の多額の損害を生ずるおそれのある取引であることを十分に説明せずに,原告に本件取引を開始させた。

オ 説明義務違反・虚偽内容の説明

渡●●●は,原告に対し,本件取引がインターバンク市場での取引ではなく,サマセット社との相対の為替取引であること,相場が原告に不利に変動した場合にマージンコールと呼ばれる追加証拠金が必要になること,ドル売り取引の場合にスワップ金利を支払わねばならないこと,被告がサマセット社と顧客の双方の代理人であり,利害相反する立場にあったことについて一切説明をしていない。しかも,渡●●●は,本件取引があたかも外貨預金であるかのような虚偽の説明をし,契約書においても「お預かりする資産は,オーストラリア認可商業銀行であるサマセットアンドモーガン銀行で,保管し運用するから安心です。」などと記載して,サマセット社があたかも通常の銀行であるかのように表示し,かつ,顧客の預託金が預金保険制度により保護されているかのような誤った表示・説明をして本件取引の勧誘を行った。

カ 一任売買によるドル買いドル売り同時建て

原告は,外国為替取引に関する知識も経験もなく,本件取引に関するきちんとした説明も受けていないから,自分の判断で取引をすることができず,被告の外務員のいうがままに取引するほかなかった。したがって,そのような状況下でなされた本件取引は,一任取引に相当し,違法である。

また,本件取引の具体的内容は別紙2のとおりであるが,ドル売りとドル買いの取引を同時に行ういわゆる両建てがされている。両建ての場合,ドル売買の双方の取引についてスワップ金利が発生するが,ドル売り取引により顧客がサマセット社に支払うスワップ金利のほうが,ドル買い取引により顧客が取得するスワップ金利よりも利率がはるかに高いから,顧客は,常にスワップ金利の差額をサマセット社に支払わなければならない状態になる。したがって,顧客である原告に両建てをさせることは,違法である。

キ スワップ金利名目による金員の徴収

本来のスワップ金利とは,顧客から注文を受けた相手方が,インターバンク市場等において第三者との間で実際に円やドルの売買を行う場合に生じるものである。すなわち,本件取引のドル買い取引の場合を例にすると,相手方(本件取引ではサマセット社)は,顧客から3000ドルの証拠金しか受領していないので,10万ドルに相当する日本円をどこかから借り入れ,第三者から10万ドルを購入することになるが,その際に,借り入れた日本円には利息が発生し,購入した10万ドルからは金利が得られることになる。そして,現在のように日本円の借入利息の利率よりもドルの金利のほうが高い場合には,差額であるスワップ金利が発生し,顧客がこれを取得することができる。しかるに,本件取引は,顧客とサマセット社との相対取引であり,サマセット社がインターバンク市場等において第三者との間で現実に取引を行う仕組みになっていないから,当然,スワップ金利も発生しない。

このように,発生しないはずのスワップ金利を徴収するような本件取引について,被告外務員が勧誘を行い,原告に本件取引をさせたことは違法である。

(被告の主張)

本件取引が違法であるとの主張についてはすべて否認する。

ア 私設賭博場への誘引に対する反論

個人が外国為替取引に参加することができるようになったのは,平成10年4月の法改正によるものである。また,全国で約80社の会社が外国為替証拠金取引を行っているが,業者を規制する法律も監督官庁もない。このような取引を賭博というなら,私設賭博ではなく,政府公認賭博というべきである。したがって,本件取引が賭博であって違法であるとの原告の主張は不合理である。

なお,サマセット社は,日本でいう銀行ではないが,インターバンク市場と呼ばれる取引集団の中で取引をする資格を有しており,顧客との取引に関してリスクヘッジを必要とするときは,インターバンク市場での取引をして,自社の損失を回復していた。

イ 適合性原則違反の勧誘に対する反論

原告が専業主婦であることは否認する。有限会社●●●(以下「●●●」という。)という会社の代表取締役である。

また,田●●●は,平成13年10月16日,原告に金融派生商品の話を聞いてほしいと伝え,同月18日午前10時を指定され,原告の自宅兼●●●の事務所を訪問した。田●●●は,同日,1時間ほど玄関先で立ち話をして帰り,翌19日,渡●●●と共に原告の自宅兼●●●の事務所を訪問し,事務所内で2時間ほど,パンフレットを示し,本件取引の仕組み,スワップ金利,為替の状況等について説明した。その際,原告は,為替相場が円安・ドル高に向かっていることを理解していた。その上で,同月23日午後4時30分から同日午後6時30分まで話合いをし,原告から,3口のドル買い取引を行うこと,120万円の資金提供の約束を得て,同月24日,契約書を取り交わし,120万円を受領して,3口のドル買い取引を開始した。

以上のように,田●●●が飛び込みで勧誘を行ったことはない。

ウ 説明義務違反・虚偽内容の説明(原告の主張オ)に対する反論

勧誘の経緯については前記イのとおりである。渡●●●は,原告に対し,外貨建て預金の話もしているが,外貨預金であるとして勧誘を行ったことはなく,為替証拠金取引の内容やスワップ金利についても十分説明している。渡●●●は,原告に対し,外貨預金と国内預金の利息の違いなどを説明し,ドルを買うということは,ドルが値上がりしたときはドルを預けたことによる金利と売買差益の利益が出ることを説明している。

また,原告は,少なくとも6日間の熟慮期間を経て取引開始の決断をしている。

さらに,原告は,被告に金員を交付する際,相場の動きについて畠●●●と協議しており,為替相場のことを全く知らずに取引していないことは明らかであるし,被告外務員の説明義務違反もないと考えるべきである。

エ 一任売買によるドル買いドル売り同時建てに対する反論

両建てについては,既に行っている取引の損失に歯止めをかけるために行ったものにすぎない。

なお,被告が,原告の出金依頼を拒むことはあり得ない。

(2)  不当利得

(原告の主張)

ア 公序良俗違反による無効

本件取引は,以下の理由から公序良俗に反し無効である。

(ア) 賭博行為であること

前記(1)で主張したとおり,本件取引は,私設賭博場における違法な賭博行為である。

(イ) スワップ金利に関する違法

前記(1)で主張したとおり,本件取引は,顧客とサマセット社との相対取引であり,かつ,差金決済を行う取引であるから,他者との現物取引を前提とするスワップ金利は発生しない。したがって,ドル売り取引の場合に,円とドルとの金利差と称して,本来発生していない高額のスワップ金利を顧客に支払わせることは,詐欺に等しい。なお,ドル買い取引の場合には顧客にスワップ金利が支払われることになっているが,実際にはサマセット社にスワップ金利が生じていないから,顧客に支払うべき資金がなく,顧客による決済(手仕舞い)を妨害することになる。

(ウ) 極めて高度の危険性があること

本件取引は,損失の範囲が支払済みの証拠金に限定されないこと,証拠金と実際の取引単位との比率が約33倍(3000ドルの証拠金に対して10万ドルの取引単位である。)と大きく,為替相場が1ドル当たり3ないし4円変動するだけで証拠金がすべて失われること,指標となる為替相場が,東京市場等の特定の市場に限定されておらず,24時間取引が行われるインターバンク市場であるから,深夜に海外市場で急激な相場変動が生じた場合に顧客には的確な対応ができないこと,スワップ金利をサマセット社が定め,ドル売り取引の場合には顧客がサマセット社に高利のスワップ金利を支払わなければならないが,ドル売り取引の場合に顧客が支払うスワップ金利とドル買い取引の場合に顧客が取得するスワップ金利とを比較すると,前者のほうが3パーセントも高く設定されており,顧客に不利な設定になっていることなどから,高度の危険性を有する取引であるといえる。

(エ) 契約内容が不明確かつ不公正であること

本件契約は,次のとおり契約内容が不明確かつ不公正である。

契約書には,スワップ金利の性質,利率の定め方,利率が変動する場合のその根拠・計算式,ドル売り取引により顧客が支払うべきスワップ金利のほうがドル買い取引により顧客が取得できるスワップ金利よりも年利として3ポイントも高く設定されていること,証拠金の追加を請求する場合の基準及びその金額,取引可能な時間,サマセット社の資本や経営者の情報,本件取引が相対取引であり顧客とサマセット社とが利害対立関係にあること,被告がサマセット社から手数料を受領する同社の代理人であること,両建ての場合の証拠金の取扱いなどといった重要な事実に関する説明が記載されていない。逆に,本件取引が相対取引であるにもかかわらず,契約書には,サマセット社がインターバンク市場に取次を行っているかのような記載をして顧客との利害の対立を隠匿している。さらに,被告は,サマセット社から手数料を受け取り,顧客からは受け取っていないにもかかわらず,その従業員を顧客の代理人とする契約内容となっている。

また,本件契約は,顧客の注文が「その時々の状況により」という不明確な要件により履行できないことを許容する内容のものであること,証拠金の預託,追加証拠金の預託,増額証拠金の預託については,サマセット社の指定あるいは裁量による判断に基づいて決定されることなど,相対取引であるにもかかわらず,一方当事者であるサマセット社が取引価格の決定や注文の履行の成否を決定できるという不公正な内容となっている。

(オ) 顧客保護規定や相手方破綻時の保護がないこと

本件取引には,先物取引等で設けられている消費者保護のルールが規定されていない。また,サマセット社が破綻した場合の顧客債権の保全措置が設けられていない。

(カ) 他の金融取引と誤認する可能性が高いこと

本件取引では,相対取引であることが明示されておらず,サマセット社を「オーストラリア認可商業銀行」と表示し,スワップ「金利」が発生することなどからすると,危険性の低い外貨預金や外貨建ての投資信託などといった金融取引と誤認する危険性が高い。

(キ) 勧誘の違法性

前記(1)で主張したとおり,本件取引においては,いわゆる飛び込みでの勧誘が行われたり,適性のない原告に対して取引を勧誘したりするなど,勧誘態様にも違法がある。

(ク) 経済的機能がないこと

本件取引は,有価証券取引や商品取引等とは異なり,公開の市場を持たない相対取引であるから,将来のリスクヘッジ等の機能を有しておらず,原告とサマセット社との間の損得しか存在しない,経済的機能・効果がない取引である。

イ 詐欺取消し

被告及びサマセット社は,被告の外務員により,次のとおりの欺罔行為を行った。そして,原告は,争いのない事実等に記載のとおり本件取引を取り消すとの意思表示をした。したがって,原告は,被告に対し,原告が被告に支払った金員と被告から返還を受けた金員との差額について不当利得返還請求権を有する。

なお,契約書の記載によっても,取消しの対象となる契約の当事者・内容等は不可解であるが,原告は,被告に対して金員を交付したのであり,原被告間に委任類似の契約が締結されているものと考えられるから,被告に対して,本件取引に係る全契約の取消しの意思表示をするものである。

(ア) 被告の外務員は,サマセット社があたかも銀行であるかのような虚偽の説明を行い,取引相手であるサマセット社及び同社が取り扱う本件取引が信用できるものであると誤信した。

(イ) 被告の外務員は,相対取引であることを隠蔽して,顧客の注文がサマセット社を通じてインターバンク市場で執行(取引)されているかのような虚偽の事実を説明し,被告がサマセット社から手数料を受領していることを説明しなかった。このような欺罔行為により,原告は,被告やサマセット社が原告の注文をインターバンク市場に取り次ぐ中立公正な専門家であり,誠実に助言してくれるものと誤信した。

(ウ) 被告の外務員が,サマセット社が銀行であり,預金保険の適用があるかのような虚偽の説明を行ったことにより,原告は,本件取引が国内金融機関の扱う外貨預金よりも安全な取引であると誤信した。

(エ) 被告の外務員は,顧客がスワップ金利を取得できることを強調し,スワップ金利を支払う場合があることや,取得する場合と支払う場合の金利差について説明しないという欺罔行為を行い,原告に,高利回りのスワップ金利を取得できると誤信させた。

ウ 消費者契約法4条1項1号による取消し

原告は消費者であり,被告は事業者である。

そして,被告の外務員は,原告に対し,少なくとも,サマセット社が銀行であり,インターバンク市場で取引しているといった不実の告知をしている。これらの事実は,同条4項2号の「その他の取引条件」であって,契約締結をするか否かの判断について通常影響を及ぼすべき事項であるから,重要事項に該当する。

なお,前記争いのない事実のとおり,原告は,被告に対し,本件訴状をもって,同条1項1号による取消しの意思表示をしている。

したがって,原告は,被告に対し,原告が被告に支払った金員と被告から返還を受けた金員との差額について不当利得返還請求権を有する。

(被告の主張)

否認する。

原告の主張イ(詐欺取消し)について,被告は,原告の出捐した金員を証拠金として,現実にサマセット社と相対取引をしているから,手数料を取得しているのみであり,原告の出捐した金員を全額領得しているわけではない。

(3)  金融商品の販売等に関する法律による損害賠償

(原告の主張)

仮に,本件取引が賭博ではない場合には,本件取引は金融商品の販売等に関する法律の適用があることになる。

前記の本件取引の内容によれば,本件取引は,直物為替先渡取引に該当する。また,被告は,サマセット社の代理人として,金融商品である本件取引を業として行う者であるから,同法にいう「金融商品販売業者等」に該当する。

そして,被告の外務員が,ドル売り取引の場合にスワップ金利を支払うことにより元本欠損のおそれがあることを説明していないことは,同法3条1項1号の説明義務違反に当たる。また,被告は,サマセット社がオーストラリアの認可商業銀行であり,原告が支払った金は安全に保管されると説明しているが,サマセット社は銀行ではなく,オーストラリアには預金保険制度が存在しないから,支払われた証拠金の保全について虚偽の説明がされたことになる。このことは,金融商品の販売を行う者の財産状況の変化を直接の原因として元本欠損が生ずるおそれのあるときの説明義務(同項2号)を尽くしていないことになる。

このような説明義務違反の結果,原告は,本件取引を行い,被告に対して支払った元本合計6223万円に対し,被告から736万6283円の返還しか受けていないから,原告は,被告に対し,同法4条に基づき,元本欠損額5484万3717円の損害賠償請求権を有する。

(被告の主張)

否認する。

(4)  過失相殺

(被告の主張)

原告は,本件取引が相場であること,すなわち,得をすることもあれば損をすることもあるという取引の内容を知っていた。したがって,相当の割合の過失相殺がなされるべきである。

(原告の主張)

前記のとおり,本件取引が公序良俗に反する著しく不公正な取引であること,原告には投資の適性がなかったこと,本件取引の態様も,不要な両建てを中心とする不合理なものであったことなどからすると,本件においては,過失相殺をするべきではない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  認定事実

争いのない事実等,証拠(甲1ないし10,同17ないし42,乙1ないし3,同5ないし7,証人渡●●●,証人畠●●●,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 原告は,昭和23年●●●月●●●日生まれの女性であり,本件取引開始当時52歳であった。原告は,高校卒業の学歴であり,25歳の時に結婚した後は,家事以外には,亡夫が経営していた●●●の業務を多少手伝う程度の労働を行っていた。なお,原告は,同社の代表取締役として登記されているが,実際の代表者としての業務は,同じく代表取締役として登記されている亡夫の弟が行っている。

また,原告は,株式や外貨預金等の取引経験はなく,外国為替取引に関する知識もなく,英文の解読をすることもできなかった。

イ(ア) 被告外務員の田●●●は,平成13年10月18日,突如として原告宅を訪問し,アメリカ合衆国のテロの話やドルのことを話したのみで帰っていった。

(イ) 平成13年10月19日,田●●●は,上司である渡●●●と共に原告宅を訪問し,ドルなどの話をした後に,外貨預金の話をさせてほしいと述べた。原告は,同日は外出の予定があったことから,15分程度で田●●●や渡●●●に引き取ってもらったが,渡●●●から引き続き説明をしたいとの申出があったので,電話番号を伝えた。

(ウ) 渡●●●は,平成13年10月23日,原告に電話を架けた上で原告宅を訪問し,取引の勧誘を行った。まず,渡●●●は,「外貨預金データファイル」という標題の書面(甲22)を示した。この書面は,20行の邦銀や外国銀行の名称,各銀行の普通預金や定期預金の利率,為替手数料,ムーディーズなどの銀行格付けなどが記載された書面であり,このうち,オーストラリア・ニュージーランド銀行の名称部分と銀行格付け部分がマーカー等により黄色で着色され,かつ,欄外の「ムーディーズは長期預金の支払い能力を示す。」という文章のうち「長期預金」という部分が黒いペンで丸く囲まれていた。そして,渡●●●は,この書面を示しながら,「日本の銀行に預けておいてもいいことはない。」,「今は,皆さん,どんどん外国の銀行に預金しています。」,「日本の場合はペイオフで1000万円しか保証されないが,外国の銀行は全額保証されるので,安全です。」,「オーストラリアにある,オーストラリア・アンド・ニュージーランド銀行という信用の高い銀行に預けます。」,「外貨預金は従来長期の定期でしたが,今は,短期で,いつでも預けて,いつでもおろせるものができた。」などと,本件取引が外貨預金であるかのような説明を行った。

また,渡●●●は,「スワップ金利表」と題する書面(甲9の4)も示して勧誘を行った。この書面は,取引口数1口(3000ドル)から100口(30万ドル)までを横軸に,取引日数1日から360日までを縦軸として,得られる金利の額を記載した表であるが,単に数字が記載されているだけであり,ドル買い取引の場合の表であることは記載されておらず,ドル売り取引の場合に顧客が金利を支払うことも記載されていない。渡●●●は,この書面を示して,「ドルを預金しておく。預けておくと1口40万円あたり1日で167円金利が付きます。」,「ドルが値上がりした時に利をとれる。」,「ドルは確実に50銭は値を上げる。」,「そのまま置いておいても,利息が付くからご自由です。」などと説明を加えた。

なお,渡●●●は,原告に対し,「ワールド・ワイド・マージンFX」という標題のちらしも交付したが,この書面については説明を加えなかった。この書面には,「外国為替取引」という記載の他に,「是非とも日米の金利差が開いたこの機会にご利用ください。なんと年率換算16.6%という高金利で推移しています!!」,「スワップ金利(年率0.50%)が,10万米ドルに対して日歩で付きます。(ドル買いの場合)」,「お客様のご資金の保全は完全分離保管で100%守られていますので,安心取引です。」と記載されていたが,ドル売り取引の場合に,顧客がスワップ金利を支払うことに関する記載はない。

また,渡●●●は,原告に対し,この時点では,本件取引のパンフレットや契約書は交付しなかった。

このような説明の結果,原告は,本件取引が外貨預金又はこれに類似する取引であると誤信した。

そして,以上の説明が終了した後,渡●●●は,3口120万円から取引を開始するよう勧めたが,原告は,検討するとして,回答を留保した。

(エ) 渡●●●は,平成13年10月24日,原告に電話を架け,取引を開始するかどうかの判断を求めた。原告は,120万円なら取引をしても良いと考え,取引を開始することとした。同日,渡●●●と田●●●が原告宅を訪問し,120万円を受領した後,原告に対し,説明書兼契約書(甲20)を交付し,内容を説明することなく,必要部分について原告に署名押印をさせた。原告は,同書面にサマセット社という記載がある点について渡●●●に質問したところ,オーストラリア・ニュージーランド銀行の支店のようなものであるとの説明を受けた(原告本人)。

(オ) 渡●●●や田●●●は,前記の勧誘を通じて,原告から,株式・先物等の取引を行っていないことを聞いたが,そのまま勧誘を継続した。また,渡●●●らは,原告に対し,資産総額や本件取引に投資することが可能な金額はもとより,原告が代表取締役として登記されている●●●の年商や従業員数等についての聴取も行わなかった。

ウ 被告が本件取引に関して作成し,前記イ(エ)の時点で原告に交付した説明書兼契約書(甲20)は,9ページの日本語による説明部分,18ページの英文による契約書部分,英文の契約書部分を日本語に翻訳した11ページの翻訳文部分から構成されている。この説明書兼契約書には,次のような記載がされている。

(ア) 基本的な取引形態(相対取引かどうか)に関する記載

「これまで機関投資家にのみ開かれていた「為替取引」を,個人投資家の皆様にも幅広く参加していただく為,想定元本10万ドル・証拠金ベースで〔想定元本の3%〕による為替取引,即ち,まったく新しい「金融派生商品」としてご紹介させていただいております」(説明部分1ページ)

「本来,為替取引とは,インターバンク市場において(中略)通貨の交換を行う事を言います。(中略)インターバンク市場の直物為替取引は,通常100万ドルが1単位となっているため,実際の参加者は機関投資家のみとなっておりました。(中略)「ワールド・ワイド・マージンFX」は,直物為替取引を個人投資家向けに発展させ,取引単位を10万ドルまで小口化し,(中略)インターバンク市場においてお客様が本当に有利にお取引いただける」(説明部分3ページ)

また,翻訳文部分には,顧客を「委託者」,サマセット社を「ディーラー」とする記載や,「委託者はディーラーが(中略)取引を受託することを依頼する」という記載(翻訳文部分1ページ前文Ⅰ),「委託者がディーラーを通じて行った(中略)「FXトレード」」とする記載(同2ページD項),及び「委託者が出すいかなる注文も,関係市場において,または,あらゆる人物および市場に対して直接または間接的に履行される。」とする記載(同6ページ7B項)がされている。

(イ) 現物取引の可能性に関する記載

翻訳文部分には,「委託者は(中略)ディーラーのその時々の指示に従って現物の受け渡しを行い」(同部分6ページ7D項)との記載がされている。

もっとも,説明書兼契約書の全体を通じて,顧客がサマセット社との間で反対売買による差金決済を行わず,現物の引取りを行うことができるか否か及び可能な場合のその方法については,何ら記載がなく,また,サマセット社が,他社やインターバンク市場で為替取引を行っているかどうかや,具体的にどのような方法で為替取引を行うのかなどについても,一切,説明が記載されていない。

(ウ) スワップ金利に関する記載

「お客様は,そのポジション(ドル売り取引又はドル買い取引のこと)によって「ドル」と「円」の金利差相当分を相場の値動きに関係なく口座に積み立てられる〔ないしは口座から引き落とされる〕こととなります,この金利のことを「スワップ金利」と呼びます」(説明部分6ページ)

「ディーラーは委託者に対し,その取引についてディーラーの定める委託手数料を科し,また,その未決済建玉についても,その時々のレートに応じた比率でスワップ金利及び必要とあればその他の費用を科すことができる。」(翻訳文部分10ページ12B項)

(エ) サマセット社の性格や,預託金の保護に関する記載

「お預かり資産の「保全処置」 国内金融機関の国際的な信用力の低下が社会問題となり,外貨預金などの外国為替取引は,国内においては預金保険の対象外となっておりますが,本取引を通じてサマセットアンドモーガン社〔オーストラリア政府認可商業銀行〕がお預かり致しますお客様の資産につきましては,完全分離保管制度の適用対象となりますので安心してお取引きいただけます。」(説明部分7ページ)

(オ) 取引の危険性に関する記載

「外国為替取引は,少ない証拠金で予め合意された倍数に相当する金額の取引を行えます。このため,多大な利益を得ることが出来ると同時に,多大な損失が生じる危険があります。為替相場の変動に応じ,当初預託した取引証拠金では足りなくなり,取引を続けるには追加の証拠金を新たに預けなければならなくなる(中略)一旦証拠金を追加した後に,さらに損失が増え,預託した証拠金が全部戻らなくなったり,それ以上の損失となることもあります。」(説明部分2ページ)

エ 原告は,その後,別紙2のとおり,本件取引を行った。

本件取引では,原告が被告の外務員に取引の注文を出し,これを被告がサマセット社に伝えることになっていた。そして,取引の経過については,毎日の取引内容を記載した取引明細を,1週間分まとめて,サマセット社から原告に送付することになっていたが,取引明細は,英文で記載されたものしか作成されなかった。しかも,渡●●●は,前記勧誘の際,英文で記載された取引明細が送付されることを原告に説明していなかった(原告本人)。

その後,平成13年11月9日までは,原告を担当する被告外務員は渡●●●であったが,同日から畠●●●に変更された。

畠●●●は,同日,原告に対して,初めてドル売り取引をするよう助言をし,原告からその旨の注文を受けたが,ドル売り取引の場合にはスワップ金利をサマセット社に支払う必要があることや,その日における支払うべきスワップ金利の利率については,原告に説明しなかった。なお,原告は,その後,サマセット社から送付される取引明細を見て,預託している証拠金の額が減少していることから,畠●●●に説明を求め,ドル売り取引の場合には,スワップ金利を支払う必要があることなどの説明を受けた。

また,畠●●●は,以後,原告に対し,大変な事態が起きた,追加の入金がなければ既に支払った金員が失われてしまうなどと述べて,追加資金の投入を求めては,取引額を拡大していった。その際,畠●●●は,必要とされる金額を述べるだけで,平成14年2月ころまでは,追加証拠金,あるいはマージンコールとして資金が必要であるとの説明をしたことはなかった。また,畠●●●は,原告から,取引を打ち切るよう要請されたが,追加入金をすればそれまで投入した資金も含めて全額が戻ってくる旨を述べて,追加入金を求めるばかりであり,取引の中止に応じようとしなかった。さらに,畠●●●は,本件取引の途中である同年1月上旬には,原告にとって利益が生じた状態になっており,原告が取引の中止を希望する蓋然性が高い状態であったにもかかわらず,そのことを原告に説明しなかった。

畠●●●は,同年2月ころには,原告には手元に余剰資金がなく,生命保険会社等からの借入金を本件取引の資金に充てていること,さらに,同年4月ころには,親族等からの借入金をもって本件取引の資金に充てていることを告げられながら,原告に対して取引の終了を助言することなく,さらに,追加資金が必要である旨繰り返し述べて,原告に取引を継続させた。

オ 原告が本件取引を開始した平成13年10月当時,被告には,本件取引に関する顧客保護規定はなかった。

(2)  賭博行為への誘引の違法性について

ア 当事者間に争いのない本件取引の内容によれば,本件取引は,基本的に,原告とサマセット社との間で為替取引を行うものとされているが,原告・サマセット社間の相対取引であり,かつ,信用取引の形態(証拠金取引)として行われ,両当事者間でのみ,為替相場の変動により計算される差金(損益)を決済時に授受するというものである。

そして,前記認定のとおり,本件取引の説明書兼契約書には,原告がサマセット社との間で反対決済を行わずに現物を引き取ることの可否及び可能な場合の方法についての具体的記載がなく,サマセット社がインターバンク市場を通じて,あるいはそれ以外の方法で現実の為替取引を行っているかどうか及び為替取引を行っている場合のその方法などについても一切説明がない。かつ,被告も,本件において,現物決済の可否については主張をせず,また,サマセット社がインターバンク市場で取引している旨の主張はしているが,この点について立証をしていない。

これらの点を総合すると,本件取引は,インターバンク市場等における現実の為替取引とは無関係に行われ,かつ,原告とサマセット社との間でも現物の為替取引が全く予定されていないものと推認するのが相当である。したがって,原告とサマセット社との間で為替取引を行うとはいっても,帳簿上取引が行われた外形が整えられているにすぎず,結局,為替相場の変動を指標にして損益を発生させ,差金としての金員の授受を行っているにすぎないといえる。

このように,為替相場の変動という偶然の事情を指標として,金銭の授受(差金の決済)を行うことのみを内容とする本件取引は,賭博行為といわざるを得ない。したがって,被告外務員が,原告に対し,そのような内容の本件取引の勧誘をしたことは,不法行為に該当するといえる。

イ なお,被告は,法改正により個人が外国為替取引に参加することができるようになったこと,他に80社が外国為替証拠金取引を行っていることを根拠として,本件取引が賭博ではないと主張する。しかしながら,被告は,何らかの法(外国為替及び外国貿易法と思われるが,特定されていない。)により許容された「外国為替取引」の内容を明確に主張しておらず,主張の特定が不十分であるから,この点に関する被告の主張は失当といわざるを得ない。なお,外国為替取引を行うことが適法であるとしても,これと差金の決済のみを行う本件取引とでは内容が異なることも考えられるので,外国為替取引の適法性と本件取引の適法性とが直ちに結び付くものではない。また,他社が同様の取引を行っている点については,各社ごとに取引内容が異なる可能性を否定できず,さらに,多数の会社が同内容の取引をしていることと当該取引の適法性とは無関係であるから,この点に関する被告の主張についても,主張自体失当といわざるを得ない。

(3)  説明義務違反等について

ア また,仮に本件取引が賭博ではないとしても,次のとおり,被告の外務員の原告に対する勧誘行為等は,違法である。

すなわち,特定の取引を勧誘する者は,勧誘者としての立場上,取引の内容を熟知しているべきであるから,相手方も当該取引の内容を認識しているなどの事情がない限り,相手方に対し,当該取引の内容を具体的かつ正確に説明すべき義務を負うと解される。また,本件取引が,少額の証拠金を預託することにより多額の為替取引を行なうものであり,為替相場の変動により生じる損益の幅も大きい,いわゆるハイリスク・ハイリターンな取引であることは当事者間に争いがなく,しかも,特にドル売り取引の場合には,証拠金との関係で年利100%を超える高率のスワップ金利を支払う必要があるから(当事者間に争いがない。),そのような高利のスワップ金利を上回るだけの為替相場の変動がない限り顧客が損失を被るという,危険性が極めて高い取引であるといえる。したがって,取引態様(信用取引ないし差金決済)に共通性の見られる商品先物取引等について,商品取引所法の規定等により顧客保護が図られている趣旨に照らすと,これと同等あるいはそれ以上に危険性の高い本件取引を取り扱う被告は,取引の勧誘をするに当たり,取引の仕組みや危険性に関する顧客の理解能力,顧客がそのような危険な取引を行うにふさわしい投資経験を有するかどうか,顧客の投資資金は生活に支障のない余剰資金であるかどうかなどについて検討した上で,顧客の能力を超える取引をさせないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。

これを本件についてみるに,前記(1)で認定した事実関係によれば,被告の外務員である渡●●●は,原告に対し,本件取引が外貨預金類似の取引であると説明して,本件取引の勧誘を行っている。このように,取引の基本的な内容を偽って説明することは,前記の説明義務に反する行為であって,違法行為であることはいうまでもない。さらに,そのように,基本的な取引内容を誤って説明したことに伴い,渡●●●は,原告がスワップ金利を取得する場合については説明しているが,逆に原告がスワップ金利を支払う場合については全く説明していないし,預金類似の取引として勧誘している以上,当然に利益が発生する旨の説明を行い,損失が発生する可能性については説明していない。以上のような点のみからしても,渡●●●の勧誘・説明行為は,虚偽内容の説明であって,違法行為であるといえる。

また,原告が株式の取引や外貨預金の経験すらないこと等は前記認定のとおりであるから,そのような投資経験のない原告に危険度の高い本件取引の勧誘を行うことは,前記の注意義務に反する違法行為というべきである。また,このような原告の投資経験等に照らすと,前記(1)で認定したように,取引途中から原告が借入金を投資資金としていることを認識しながら,畠●●●が原告に追加資金の投入を求めたことも,同様に前判示の注意義務に反する違法行為というべきである。

以上のとおり,渡●●●の勧誘行為自体が違法行為であるから,その後の個別的な取引経過等について判断するまでもなく,被告外務員による勧誘行為は違法である。したがって,当該外務員の使用者である被告は,原告に対し,当該勧誘行為等に基づいて本件取引が行われたことにより原告が被った損害を賠償すべき義務を負う。

イ 被告は,原告が為替相場の変動について理解していたから,本件取引を外貨預金と誤信していた事実はなく,ひいては,被告外務員による説明義務違反もなかったと主張する。そして,証拠(乙1)によれば,畠●●●と原告とが為替相場の動向について協議していた事実が認められる。

しかしながら,そもそも,一般の外貨預金をする場合であっても,預入時と返還時との為替相場の変動により,円建てで返還される元利金について損益が生じること,このため,外貨預金をする場合には,為替相場の変動に気を付ける必要があることは,広く知られた事実であるといえる。したがって,原告が畠●●●と為替相場の動向について協議した事実があるとしても,これにより,原告が本件取引の内容を正確に認識していたと推認されるものではなく,ましてや,被告外務員による説明義務違反があったとする前記認定に影響を及ぼすものではない。

また,被告は,渡●●●が本件取引の内容を説明したと主張し,証拠(証人渡●●●)には,ドル売り取引の場合には,顧客がサマセット社に対してスワップ金利を支払う旨の説明をした,被告の資料にはドル買い取引の場合に顧客が受領するスワップ金利の説明しかないが,ドル売り取引の場合に顧客がスワップ金利を支払うことは手書きで説明を加えたなどとする供述部分がある。しかしながら,証拠(甲2,同9,同20)によれば,本件取引に関する説明書兼契約書,パンフレット等のいずれについても,顧客がスワップ金利を支払うことに関する具体的な記載はほとんどないことが認められるのであって,そのように印刷された資料に記載されていない顧客に不利な事実を口頭で補足するということは不自然であるから,証人渡●●●の前記証言部分は採用できない。

なお,前記(1)で認定したとおり,本件取引の際に原告に交付された説明書兼契約書(甲20)には,本件取引の危険性を告知する記載が含まれているが,抽象的な記載にすぎず,他方,顧客がインターバンク市場で取引する旨の説明や,ディーラー(であるサマセット社)を通じて取引を行う旨の相対取引と反する記載があり,サマセット社との間の相対取引であることの説明はされていないなど,取引内容が適切に説明されていないことも明らかである。したがって,取引内容が不明である以上,説明書兼契約書に取引の危険に関する抽象的な記載があるとしても,これにより,説明義務違反があったとする前記認定に影響を及ぼすものではない。

(4)  まとめ

以上のとおり,被告外務員による本件取引の勧誘行為等は違法行為である。そして,原告が被告に支払った金額と被告から返還を受けた金額の差額が5484万3717円であることは当事者間に争いがないから,原告は,被告外務員の違法行為により,同額の損害を被ったと認められる。また,原告が本件訴訟の遂行のために代理人に支払うべき弁護士費用についても,当該違法行為による損害として相当因果関係の範囲内にあると解すべきであり,その金額としては,548万円が相当と認められる。

したがって,争点(1)に関する原告の主張は理由があり,外務員の使用者である被告は,原告に対し,使用者責任として合計6032万3717円及びこれに対する不法行為後の日である平成14年10月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

2  争点(4)について

被告は,本件取引が相場であることを原告が認識していたことから,過失相殺がされるべきであると主張する。

しかしながら,為替相場の変動に関する知識は,一般の外貨預金をする場合でも必要となる基礎的な知識であることは前判示のとおりであるから,仮に,原告が為替相場の変動について知識を有し,これを理解していたとしても,これにより,前記認定のとおり取引内容について正確な説明をしていない被告との関係で過失相殺をすべきとは解されない。したがって,この点に関する被告の主張は採用できない。

また,原告が,畠●●●から何度も追加の資金拠出を求められ,これを実行したことは前記認定のとおりであるから,原告は,そのころまでに,本件取引が単なる外貨預金ではなく,何らかのリスクを伴う取引であることを認知していたものと推認される。しかしながら,前記認定のとおり,被告外務員の説明内容及び説明書兼契約書等の原告に交付された書面のいずれによっても,本件取引の内容や危険性について適切な説明がされていないのであって,その責任はすべて被告にあるというべきであるのに対し,原告は,本件取引を通じて,抽象的にリスクの高い取引であるということを認識したにすぎないから,本件取引の継続に関して,原告に何らかの落ち度や非難されるべき点は見当たらないというべきである。したがって,公平の観点からすると,本件取引について過失相殺をするのは相当でないというべきである。

したがって,争点(4)に関する被告の主張は理由がない。

3  結論

以上のとおり,その余の点について判断するまでもなく,不法行為(使用者責任―争点(1))に基づく原告の請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 古谷健二郎)

<以下省略>

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