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札幌地方裁判所 平成14年(ワ)27号 判決 2003年4月22日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,原告に対し,2460万3445円及びこれに対する平成10年7月12日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2当事者の主張

1  請求原因

(1)  当事者

原告(昭和60年生まれ)は,平成10年3月A町立A小学校(以下「本件小学校」という。)を卒業し,同年4月同町立A中学校(以下「本件中学校」という。)に入学した。

(2)  事故の発生

原告は,平成10年7月12日午後3時30分ころ,北海道a郡A町b町c丁目に所在する本件小学校のグラウンドにおいて,サッカーゴール(重量約75キログラム,以下「本件サッカーゴール」という。)の内側後方あたりでゴールネットを背にして立ち,両腕を両肩の上から背中の方向に回し,両手でゴールネットをつかんでいたところ,原告とゴールネットとの間にいたBが原告の背中付近を手で押したため,本件サッカーゴールが前方に倒れ,原告も転倒した(以下「本件事故」という。)。

原告は,転倒の際,本件サッカーゴールのクロスバーで顔面部,前額部,頭部等を強打し,右側頭部,前額部,鼻部等の骨折,右側硬膜外血腫及びずい液鼻漏等の傷害を負った。

(3)  被告の責任

ア 本件サッカーゴールは,被告の設置又は管理に係る公の営造物である。

イ 本件サッカーゴールは,本件小学校のグラウンドに設置されていたところ,本件小学校のグラウンドは,本件小学校の放課後や休日には一般に公開され,子どもらが,本件小学校のグラウンドにおいて,同サッカーゴールの位置を移動するなどして使用し,サッカーの練習や遊びをすることが常態化していた。

本件サッカーゴールは,クロスバー及び両ゴールポストが重量の大半を占め,比重が前部にかかっているという構造から前方に倒れやすく,その重量が約75キログラムであることから,前方に倒れた場合,死傷事故を発生させるおそれがあった。

したがって,被告は,本件サッカーゴールが倒れて死傷事故が発生しないように,同サッカーゴールを立てた状態の場合には,地面に接する鉄製パイプ部分に杭を打ち込んで固定し,これを倒した状態の場合であっても金具等で固定して保管する必要があったし,同サッカーゴールを移動して使用する場合を考慮し,固定金具を使用するよう看板に表示するなどして警告する必要があった。

しかるに,被告は,小・中学校の子どもらが本件サッカーゴールを使用してサッカー遊びなどをしていることを知りながら,上記の危険防止措置を講じることなく放置したのであるから,本件サッカーゴールの設置又は管理には瑕疵があったといえる。

ウ 本件事故は,イのような本件サッカーゴールの設置又は管理の瑕疵に起因するものであるから,被告は,国家賠償法2条1項に基づき,原告が本件事故によって被った損害を賠償する責任がある。

(4)  損害

原告は,本件事故により,次のとおりの損害を被った。

ア 診療費等 177万7378円

原告は,本件事故による受傷のため,C病院(入院期間平成10年7月12日から同年8月28日まで,通院期間同年7月12日から平成12年6月14日まで),D病院(通院期間平成10年7月31日から平成12年6月13日まで),E病院(通院期間平成10年10月2日から平成11年3月9日まで)及びF治療院(通院期間平成10年9月17日から平成11年12月30日まで)に入通院して診療を受けるとともにG薬店(平成10年8月28日から平成12年4月26日まで)で薬を買い,その診療費等として,177万7378円の支出を余儀なくされた。

イ 入院雑費 6万2400円

原告は,平成10年7月12日から同年8月28日まで上記C病院に入院したところ,その48日間の入院雑費として,1日当たり1300円,48日間で6万2400円の支出を余儀なくされた。

ウ 交通費 27万2380円

原告は,上記アの通院等のための交通費として,27万2380円の支出を余儀なくされた。

エ 入通院慰謝料 200万円

原告は,本件事故による受傷のため,上記アのとおりの入通院を余儀なくされた。これにより原告が受けた精神的苦痛は,200万円をもって慰謝するのが相当である。

オ 後遺症逸失利益 2299万1287円

原告は,本件事故により,左難聴(平均聴力78デシベル,最高語音明瞭度ゼロパーセント)及び嗅覚障害となり,平成11年8月に症状固定した。これらの後遺障害のうち,左難聴は後遺障害等級第10級に相当し,嗅覚障害は後遺障害等級第14級に相当する。

これにより原告に生じた後遺症逸失利益を,年収を569万6800円(賃金センサス平成10年男子学歴計全年齢平均賃金),労働能力喪失率を27パーセントとし,中間利息を控除し(症状固定時14歳,ライプニッツ係数14.9475),次の算式により算出した。

569万6800円×0.27×14.9475

カ 後遺症慰謝料 500万円

上記オのとおり,原告は,本件事故により,左難聴及び嗅覚障害となった。

これにより原告が受けた精神的苦痛は,500万円をもって慰謝するのが相当である。

キ 弁護士費用 350万円

被告が任意に損害を弁償しなかったため,原告は弁護士に委任して本訴を提起・追行することを余儀なくされた。原告は,原告訴訟代理人との間で,弁護士費用として350万円を支払うことを約束した。

ク 原告は,Bの両親から13年12月21日,損害賠償として1100万円を受領し,これを上記の損害金の一部に充当した。

(5)  よって,原告は,被告に対し,国家賠償法2条1項に基づき,本件事故による損害賠償として,既払い金を控除した損害金2460万3445円及びこれに対する本件事故発生の日である平成10年7月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(1)  請求原因(1)の事実は認める。

(2)  同(2)のうち,本件事故が平成10年7月12日の午後,本件小学校のグラウンドで発生したことは認め,本件事故の状況については知らない。

(3)  同(3)アの事実は認める。同イ及びウの主張は争う。

(4)  同(4)の事実は知らない。

3  抗弁

仮に被告の責任が認められるとしても,本件事故は,原告らが,本件サッカーゴールを許可なく持ち出し設置したこと,原告がサッカーゴールの上部(ゴールネットあるいはクロスバー)につかまり,ぶら下がった状態で足を振っていたことが原因となって生じたこと,原告は,サッカーゴールにぶら下がることの危険性について,体育授業,部活動等を通じて注意を受け,十分理解していたこと等,原告の過失に基づくものであるから,その損害額の算定にあたっては,原告の過失を考慮すべきである。

4  抗弁に対する認否

抗弁の事実は否認する。

理由

1  原告(昭和60年生まれ,身長151センチメートル,体重42キログラム)は,平成10年3月本件小学校を卒業し,同年4月本件中学校に入学したこと,本件事故が平成10年7月12日の午後,本件小学校のグラウンドで発生したこと,本件サッカーゴールは,被告の設置及び管理に係る営造物であることは,当事者間に争いがない。

2  上記の事実に加え,甲第1号証の1,2,第2ないし第4号証,第5号証の1ないし5,第8号証(ただし,写真⑥を除く。),乙第1号証の1ないし3,第2,第3号証,原告本人尋問の結果(ただし,後記信用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)ア  本件小学校は,北海道a郡A町b町c丁目に所在し,本件中学校は,本件小学校と隣接した場所に所在している。同中学校のグラウンドと同小学校のグラウンドも,互いに隣接している。

A町立学校管理規則40条1項によれば,本件小学校のグラウンドを使用する際には,A町教育委員会の教育長の許可が必要であるとされ,無断で同グラウンドを使用することは許されていないが,同グラウンドが外部から隔てられておらず,出入りが容易であったことから,外部の人間が無許可で立ち入ることも多かった。原告らは,本件事故当日,上記の許可を受けていなかった。

イ  本件サッカーゴールは,本件小学校のグラウンドにあった一対のサッカーゴールのうちの一つである。同グラウンドにあったサッカーゴールは,普段は同グラウンドの脇に置かれ,これを使用する際に同小学校の職員等が同グラウンド内に移動させて設置し,使用後は再び同グラウンドの脇に移動させていた。本件サッカーゴールは,鉄製の構造体及びこれに張られたナイロン製のゴールネットから成り,その構造体の形状及び重量は,次のとおりである。

(ア) 形状

① 正面水平部(別紙1①)の幅は5210ミリメートル

② 正面垂直部(別紙1②)の高さは2240ミリメートル

③ 側面下部水平部(別紙1③)の長さは1350ミリメートル

④ 側面上部水平部(別紙1④)の長さは855ミリメートル

⑤ 正面上部にあるクロスバー,正面両側にある各ゴールポスト及び両側面下部にある各基底部は一辺の長さ100ミリメートル四方の太さの角パイプ

⑥ 背面下部にある基底部,両側面にある各上部水平部及び斜部は直径50ミリメートルの太さの丸パイプ

(イ) 重量140キログラム

ウ  原告は,本件事故当時,本件中学校のサッカー部(以下「サッカー部」という。)に所属していた。

本件中学校のグラウンドには,同中学校で使用するサッカーゴールがあった。サッカー部は,普段は本件中学校のグラウンドを使用して部活動をしていた。原告は,休日に,サッカー部の部員とともに,部活動としてではなく,自主的にサッカーの練習をしたことがあった。その際には,本件中学校のグラウンドを使用したこともあったが,本件小学校のグラウンドを使用したことも3回くらいあった。

原告の本件事故当時の身長は151センチメートル,体重は42キログラムであった。

エ  原告は,平成10年7月12日,同級生からの電話でサッカー部の部員が本件小学校のグラウンドで自主練習をしていたことを知り,同日の午後,同グラウンドに行った。原告が同グラウンドに行った時,同グラウンドには,すでに6人くらいのサッカー部員がいた。この時,本件サッカーゴールを含む一対のサッカーゴールは,同グラウンドの脇から同グラウンド内に移動され,互いに30から40メートルの距離をおいて,向かい合わせに設置されていた。原告は,上記のサッカー部員らとともに,3,4人ずつ2組に分かれ,試合形式でサッカーの練習をした。

原告らがサッカーの練習をしていたところ,本件サッカーゴールが前方に倒れた。その際,原告は,同サッカーゴールのクロスバーで顔面部,前額部,頭部等を強打し,右側頭部,前額部,鼻部等の骨折,右側硬膜外血腫及びずい液鼻漏等の傷害を負った。

本件事故により,原告に,左難聴及び嗅覚障害の後遺障害が生じ,平成11年8月13日に症状固定した。

(2)  以上の事実が認められ,これを左右するに足りる証拠はない。

ア  なお,原告は,本件小学校のグラウンドは,本件小学校の放課後や休日には一般に公開され,子どもらが,同グラウンドにおいて,本件サッカーゴールの位置を移動するなどして使用し,サッカーの練習や遊びをすることが常態化していたと主張するが,上記(1)アのとおり,同グラウンドに,外部の人間が無許可で立ち入ることが多かったことは認められるものの,子どもらが,同グラウンドにおいて,本件サッカーゴールの位置を移動するなどして使用し,サッカーの練習や遊びをすることが常態化していたことについては,これを認めるに足りる証拠はない。

イ  また,原告は,本件サッカーゴールは,クロスバー及び両ゴールポストが重量の大半を占め,比重が前部にかかっているという構造から前方に倒れやすかった旨主張するが,同サッカーゴールのクロスバー及び両ゴールポストの重量と,その他の部分の重量の比率がいかなるものであったかを明らかにする的確な証拠はないから,本件サッカーゴールは,クロスバー及び両ゴールポストが重量の大半を占めていたとは認められず,その構造自体から前方に倒れやすかったということはできない。

ウ  原告は,本件サッカーゴールの内側後方あたりでゴールネットを背にして立ち,両腕を両肩の上から背中の方向に回し,両手でゴールネットをつかんでいたところ,原告とゴールネットとの間にいたBが原告の背中付近を手で押したため,同サッカーゴールが前方に倒れたと主張し,その本人尋問においても概ねこれに沿う供述をするが,同供述は,次に述べる理由により信用できない。

すなわち,上記2(1)イ(イ)のとおり,本件サッカーゴール自体,その重量が140キログラムと相当の重量があるところ,本件全証拠によっても,同サッカーゴールに対し,どの部分にどの程度の力を加えた場合にこれが前方に倒れるかということは不明であり,本件事故現場の地面に凹凸がある等,同サッカーゴールが特に倒れやすい状態で設置されていたと認めるべき事情が窺われず,また,同サッカーゴールが,一般に市販されているサッカーゴールに比べて,その形状,重量等に照らし,特に倒れやすいものであったとは窺われない。

そして,原告が主張するように,原告が本件サッカーゴールの内側に立ち,後ろ手にゴールネットをつかんだ状態で,原告とゴールネットの間にいたBが原告の背中を押したとしても,その力の大部分は同サッカーゴールを前方向へ水平に押し出す方向に働くのみであり,同サッカーゴールを倒すための力としては働かないと考えられる。

以上によれば,原告の主張する態様において,同サッカーゴールに対し,原告がゴールネットを引く力を加えたとしても,同サッカーゴールは倒れないか,倒れるとしても相当大きな力を要すると考えられるのであって,本件事故当時身長151センチメートル,体重42キログラムの中学校一年生であった原告がゴールネットを引く力に,Bが原告の背中を押す力が加わったとしても,同サッカーゴールに対し,これを倒すに足りる力が加えられたものと認めることはできない(なお,原告は,本件サッカーゴールが倒れる直前や,倒れた時の記憶がない旨自認しており,この点からも,原告本人の供述は信用性が低いといえる。)。

よって,この点についての原告の供述は信用できず,他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

3  以上の事実を前提として,本件サッカーゴールの設置又は管理に瑕疵があったか否かについて検討する。

国家賠償法2条1項にいう「公の営造物の設置又は管理に瑕疵」があるとは,公の営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい,その安全性を欠くか否かの判断は,当該営造物の構造,本来の用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的に判断すべきであるところ,本件サッカーゴールが,その構造自体から前方に倒れやすかったといえないことは上記2(2)イのとおりである。

また,上記2(2)ウのとおり,原告が,本件サッカーゴールの内側後方あたりでゴールネットを背にして立ち,両腕を両肩の上から背中の方向に回し,両手でゴールネットをつかんでいたところ,原告とゴールネットとの間にいたBが原告の背中付近を手で押したため,同サッカーゴールが前方に倒れたという事実は認められない他,本件全証拠によっても,いかなる状況において,同サッカーゴールが倒れたかということを確定することはできないから,本件事故の発生状況自体から,同サッカーゴールが前方に倒れやすかったということもできない。

そして,原告本人尋問の結果によれば,本件サッカーゴールは,少なくとも原告が小学2年生であった平成5年ないし6年ころから本件小学校において使用されていたことが認められるところ,このころから本件事故の発生した平成10年ころまでの間,本件小学校において,本件同様サッカーゴールが前方に倒れるという事故が発生したとは窺われないこと,サッカーゴールの本来の用法は,サッカーをする際にゴールとして使用するというものであり,この用法に従って使用した場合,選手がサッカーゴールに衝突すること等があるとしても,サッカーゴールに対し,極端に加重がかかることがあるとは考えられないこと,上記2(2)ウのとおり,本件において,本件事故現場の地面に凹凸がある等,同サッカーゴールが特に倒れやすい状態で設置されていたと認めるべき事情が窺われないこと等諸般の事情を考慮すると,同サッカーゴールが,前方に倒れやすく,死傷事故を生じさせるおそれのあるものであったということはできないから,これについて,杭や金具等で固定し,あるいは固定金具を使用するよう看板に表示するなどして警告する必要があったということはできず,被告において,これらの措置をとらなかったことをもって,本件サッカーゴールが通常有すべき安全性を欠き,その設置又は管理に瑕疵があったということはできない。

4  以上によれば,原告の被告に対する本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橋本昇二 裁判官 徳井真)

裁判官 岩松浩之は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 橋本昇二

(別紙添付省略)

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