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札幌地方裁判所 平成14年(ワ)29号 判決 2002年9月26日

原告 X

同訴訟代理人弁護士 佐々木泉顕

同 古山忠

同 中原猛

被告 株式会社ザ・クラブ・シェイクスピア・サッポロ

同代表者代表取締役 A

被告 株式会社ケー・ケー

同代表者代表取締役 A

被告両名訴訟代理人弁護士 亀井美智子

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告らは、原告に対し、連帯して800万円及びこれに対する平成13年6月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、預託金会員制ゴルフクラブの会員である原告が、被告らに対し、預託金の返還及び商事法定利率による遅延損害金の支払を請求する事案である。

第3争いのない事実等

1  原告は、昭和63年10月31日、石狩市八幡町高岡所在のクラブ・シェイクスピア・サッポロゴルフコースという名称のゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を利用する会員によって構成されるザ・クラブ・シェイクスピア・ノースポイント・ゴルフ倶楽部(以下「本件倶楽部」という。)に入会した。

2  原告の入会当時、本件倶楽部の会則(以下「本件会則」という。)には、次の各規定があった。

(1)  「本倶楽部は株式会社北海道クラシック・リゾート(以下会社という)並びに小林企業株式会社が所有し、且つ経営するゴルフ場及びその付属施設を利用して、ゴルフの普及発展と会員相互の親睦、健康の増進を図り、明朗健全な社交機関たることを目的とする。」〔甲2第2条〕

なお、株式会社北海道クラシック・リゾート(以下「クラシック・リゾート」という。)は、被告株式会社ザ・クラブ・シェイクスピア・サッポロ(以下「被告シェイクスピア」という。)の旧商号であり〔乙27の1頁〕、小林企業株式会社(以下「小林企業」という。)とは、被告株式会社ケー・ケー(以下「被告ケー・ケー」という。)の旧商号である〔乙1〕。

(2)  「入会者は会社所定の入会金を会社へ納め、保証金を会社に預託する事を要する。」〔甲2第7条1項1文〕

(3)  「保証金は、当倶楽部が、正式開場した後、満10年間据置き、その後退会の際、請求により会社取締役会又は本倶楽部理事会の承認を得て返還する。」〔甲2第7条2項1文〕

(4)  「但し天災地変その他、不可抗力の事由が発生した場合は、会社取締役会又は本倶楽部理事会の決議により据置期間を延長する事ができる。」〔甲2第7条2項2文〕

(5)  「本会則の改廃変更は会社取締役会又は本倶楽部理事会の決議によるものとする。」〔甲2第25条〕

3  原告は、2(2)で述べた本件会則の規定に基づき、800万円の会員資格保証金(以下「本件保証金」という。)の預託をした。

4  原告は、本件保証金の預り証(以下「本件預り証」という。)〔甲1の1〕の交付を受けたが、本件預り証には、「請求により御返金致します。」との文言並びに小林企業及びクラシック・リゾートの名称が記載されている。

5  本件ゴルフ場は、平成3年6月20日、正式開場した。

6  原告は、平成14年8月23日の本件弁論準備手続期日に、被告らに対し、退会及び本件保証金の返還請求の各意思表示をした〔第7回弁論準備手続調書〕。

7  被告らは、いずれも株式会社である。

第4争点

1  本件保証金の返還義務の主体

(1)  被告の主張

争いのない事実等2(1)のとおり、本件会則において会員資格保証金の返還義務の主体は「会社」とされており、これはクラシック・リゾート(すなわち被告シェイクスピア)を指すから、被告ケー・ケーは、本件保証金の返還義務の主体に当たらない。

(2)  原告の主張

ア 争いのない事実等2(1)のとおり、本件会則において本件倶楽部はクラシック・リゾート(すなわち被告シェイクスピア)並びに小林企業(すなわち被告ケー・ケー)が所有し、経営すると記載されていることなどからすると、被告ケー・ケーは、被告シェイクスピアと共同して本件ゴルフ場の経営をしているものであるから、本件保証金の返還義務の主体に当たる。

イ また、本件預り証に争いのない事実等4のとおりの記載がされていることからすると、被告ケー・ケーは、被告シェイクスピアと共に本件保証金の返還義務を負う旨の意思表示をしたものと評価することができる。

ウ さらに、仮に被告ケー・ケーに意思表示に基づく責任が認められないとしても、被告ケー・ケーは、表見法理又は信義則に基づき、原告に対し本件保証金の返還義務を負う。

2  会員資格保証金の据置期間を延長する旨の措置の効力

(1)  被告らの主張

ア 本件倶楽部の理事会は、平成11年10月4日、本件会則のうち争いのない事実等2(4)の規定に基づいて、会員資格保証金の据置期間を延長することができる場合を「天災地変、経済情勢の変化、その他不可抗力の事由が発生した場合、ないしは、保証金の返還を承認することにより倶楽部運営が経済上困難となって、全会員に対する平等な取扱が不可能となり、会員のプレー権が保護されないおそれがある場合」とする旨の改正(以下「本件会則改正」という。)をした。

イ また、本件倶楽部の理事会は、平成11年10月4日、改正後の本件会則に基づき、「保証金の返還を承認することにより倶楽部運営が経済上困難となって、全会員に対する平等な取扱が不可能となり、会員のプレー権が保護されないおそれがある場合」に当たるとして、会員資格保証金の据置期間を平成13年6月21日から10年間延長する旨の決議をし、本件倶楽部の会員総会は、平成12年12月15日、同決議を承認する旨の決議を、賛成946口、反対47口、棄権2口で可決した(以下、これらを「本件延長措置」という。)。

ウ 原告は、本件倶楽部の会員である以上、会員総会の決議に拘束される。

エ したがって、本件保証金の据置期間は平成23年6月20日まで延長されているから、原告の被告シェイクスピアに対する本件保証金の返還請求権は、期限未到来である。

(2)  原告の主張

以下の理由から、本件会則改正及び本件延長措置は、原告に対しては効力が及ばないから、本件保証金の据置期間は平成13年6月20日に到来済みである。

ア 保証金の返還請求権は、被告らと会員との間の消費寄託契約に基づくものであり、また会員の基本的権利であって、多数決によって変更が加えられる性質のものではないから、本件延長措置は、これを承諾しない会員に対しては効力が及ばないというべきところ、原告は、本件延長措置について承諾をしていない。

イ 本件延長措置は、被告らの経営責任を曖昧にしたまま、会員をして保証金返還請求権の行使をさせないようにするために行われたものであり、合理的根拠に基づくものではないから、これを承諾しない会員に対しては効力が及ばないというべきところ、原告は、本件延長措置について承諾をしていない。

3  相殺(被告らの主張)

被告らは、本件保証金の支払義務を負う場合には、原告に対し、次の各債権を自働債権として、対当額で相殺をする。

(1)  原告が被告シェイクスピアに対して支払うべき倶楽部振興金24万円

(2)  原告が支払うべき平成13年度の年会費1万0500円

第5争点に対する判断

1  争点1について

(1)  本件保証金の返還義務の法的な主体が何人であるかは、本件保証金の預託に係る意思表示の合理的解釈により決せられるべき事項であり、本件ゴルフ場の経済的な経営の主体が何人であるかは、直接の関係を有しないと解される。

そして、争いのない事実等2(1)及び(2)によると、本件保証金の預託に係る契約の当事者は、会員すなわち原告と「会社」すなわち被告シェイクスピアであるということができるから、本件保証金の返還義務の主体は、被告シェイクスピアのみであって、被告ケー・ケーではこれに当たらないということができる。

したがって、争点1(1)の被告の主張を採用し、争点1(2)アの原告の主張は採用しない。

(2)  また、本件預り証には争いのない事実等4のとおりの記載がされているが、当該記載は、争いのない事実等2(1)ないし(3)のとおり被告シェイクスピアが本件保証金の返還義務を負うことを確認する趣旨であって、当該記載をもって、被告ケー・ケーが被告シェイクスピアと共に本件保証金の返還する義務を創設する趣旨の意思表示をしたものとは評価することができない((1)で述べたとおり本件会則においては被告シェイクスピアのみが会員資格保証金の返還義務の主体とされているにもかかわらず、被告ケー・ケーにも本件保証金の返還義務を創設する趣旨であるのであれば、本件預り証には、当該趣旨の文言が明記されてしかるべきであるところ、返還義務の主体については特段の文言の記載はされていない。)。

したがって、争点1(2)イの原告の主張は、採用しない。

(3)  さらに、争いのない事実等2(1)及び(2)のとおり、本件会則には会員資格保証金の返還義務の主体が「会社」すなわち被告シェイクスピアであることが明記されており、原告が通常の注意を払えば容易にそのことを理解することができたということができることからすると、たとえ原告が被告ケー・ケーも本件保証金の返還義務の主体であると信じたとしても、当該信頼は表見法理による保護に値しないということができるし、また、被告ケー・ケーが本件保証金の返還義務の主体に当たらない旨の主張をすることをもって、信義則に反するということはできない。

したがって、争点1(2)ウの原告の主張は、採用しない。

2  争点2について

(1)  <証拠省略>によると、争点2(1)ア及びイの各事実が認められる。

(2)  そして、ゴルフクラブの入会契約においては、その性質上、多数の会員が入会し、ある会員の権利義務が他の会員の権利義務に影響を及ぼし合うことから、純然たる個人間の法律関係とは異なる団体的な法律関係の発生が予定されていると解されることや、本件倶楽部において会員総会における意思決定が予定されていることからすると〔甲2第19条、乙7の4第19条〕、会員総会の多数決による決議は、特段の事情のない限り、反対者をも拘束する効力を有すると解することが相当である(最高裁判所平成12年10月20日判決・判例時報1730号26頁)。したがって、争点2(1)ウの被告の主張を採用する。

なお、原告も、ゴルフクラブの入会契約においては純然たる個人間の法律関係とは異なる団体的な法律関係の発生が予定されていることを認識した上で本件倶楽部への入会契約に及んだものと考えられるから(原告は、本件倶楽部への入会に際し本件会則の交付を受けたと考えられるところ、本件会則には、争いのない事実等2(4)のとおり会員資格保証金の据置期間の延長や、理事会及び総会の規定〔甲2第16条、第17条、第19条等〕が置かれていた。)、争点2(2)アの原告の主張は、採用しない。

(3)  そして、本件延長措置は、手続的にも本件倶楽部の会員の意思に立脚したものであり、かつ、内容的にも相応の合理性があると認められるから、有効であり、原告に対してもその効力が及ぶと解される。

これに反する争点2(2)イの原告の主張は、採用しない。

ア 預託金会員制ゴルフクラブの預託金の据置期間の延長は、退会を希望する会員の利益を制約するものであることからすると、据置期間の延長が有効とされるのは、①会則の制定時に想定していなかった事態が生じたため、②預託金の返還義務の主体が、会員からの預託金の返還請求に応じることとした場合には、ゴルフ場の経営の継続を断念せざるを得なくなり、その場合には会員に対する預託金の返還が少額にとどまらざるを得ないような事態が生じており、③会員の過半数が据置期間の延長を支持している場合において、さらに、④延長の期間が合理的な範囲内であり、かつ、⑤適切な代償措置が採られることを要件とし、これらの要件を充足しない場合には、(2)で述べた特段の事由があるものとして、本件延長措置に係る会員総会の多数決による決議は、反対者を拘束する効力を有しないと解することが相当である。

イ そして、本件についてみると、以下に述べるとおり、本件延長措置は、①ないし⑤の要件をいずれも充足しているということができるから、(2)で述べた特段の事由はなく、これに反対する原告をも拘束する効力を有するということができる。

(ア) ①及び②の要件について

<証拠省略>によると、本件倶楽部の会員権の会員資格保証金は400万円ないし2400万円であったのに対し、バブル経済の崩壊により、会員権相場は30万円程度に著しく下落していたこと、会員資格保証金の総額は約76億円であったこと、本件ゴルフ場の直近の営業利益は920万円足らずであったことが認められる。

すると、被告シェイクスピアとしては、会員資格保証金の据置期間を延長しなければ、会員から集中的に会員資格保証金の返還請求を受け、本件ゴルフ場の経営の継続を断念せざるを得なくなり、その場合には会員に対する会員資格保証金の返還が少額にとどまらざるを得ないような事態が生じていたということができ、また、このような事態は、バブル経済の崩壊という本件会則の制定当時には想定されていなかった事態によるものということができる。

(イ) ③の要件について

(1)で認定した争点2(1)イの事実によると、本件倶楽部の会員の過半数が本件延長措置に賛成しているということができる。

(ウ) ④の要件について

乙21及び乙23によると、被告シェイクスピアは、平日会員の募集、営業活動、旅行会社との連携による道外客の誘致、人件費の節減等の措置により、平成13年度は1100万円の黒字を計上し、延長後の据置期間の経過後は原告に対し本件保証金の返還に応じる意向であることが認められる。

そして、(ア)で述べた被告シェイクスピアの財務状況に照らすと、本件延長措置は、期間的にも合理的な範囲内であるということができる。

(エ) ⑤の要件について

乙21及び乙23によると、被告シェイクスピアは、会員に対し、本件延長措置の代償措置として、会員権の分割、年会費の値下げ、名義書換料の値下げ、プレー券又は商品券の発行、倶楽部振興金の廃止といった措置をとったことが認められる。

3  以上によると、1で述べたとおり、被告ケー・ケーは本件保証金の返還義務の主体に当たらず、2で述べたとおり、被告シェイクスピアに対する本件保証金の返還請求権は期限未到来であるということができるから、その余について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩松浩之)

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