札幌地方裁判所 平成14年(ワ)4号 判決 2002年9月25日
主文
1 被告有限会社Aを解散する。
2 訴訟費用のうち参加によって生じた部分は補助参加人らの負担とし,その余は被告有限会社Aの負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,被告有限会社A(以下「被告会社」という。)の出資持分を有する原告が,被告会社の代表者が亡くなり欠員になっているものの,同じく出資持分を有する補助参加人らの賛同が得られないことから,代表取締役を選任することすらできないなどとして,有限会社法71条の2第1項に基づき,被告会社を解散する旨の判決を求める事案である。
第3争いのない事実等
1 被告会社
(1) 被告会社は,昭和55年3月15日,不動産,事務用備品,医療用機械器具及び医療用具の賃貸,販売及び管理等を目的として設立された会社である。
(2) 被告会社は,別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。
本件建物は,原告が経営するB病院が病院として使用している。
2 B病院
(1) 原告及び補助参加人らの父亡Cは,病院長としてB病院を運営していたところ,被告会社を設立した上で,被告会社に本件建物を所有させることにした。
亡Cは,被告会社と本件建物の賃貸借契約を締結し,被告会社に対して賃料を支払っていた。被告会社は,本件建物を管理保全することを唯一の業務とし,この賃料を唯一の収入としていた。(原告本人)
(2) 亡Cは,平成3年12月10日死亡した。原告は,亡Cが経営していたB病院を引き継いだ。原告は,亡Cと同様に被告会社に対して賃料を払っていった。(甲4,原告本人)
3 被告会社の持分
(1) 被告会社の資本総額は300万円であり,これを60口に分かち,亡Cの妻亡Dが30口,亡Cと亡Dの長男である補助参加人Eが15口,亡Cと亡Dの四男である補助参加人Fが15口,それぞれ出資持分を有していた。
(2) 亡Dは,平成11年2月16日,死亡した。
(3) 亡Cと亡Dの三男である原告は,札幌家庭裁判所が平成12年9月20日にした遺産分割に関する審判(平成13年3月15日に抗告が棄却され確定した。また,同年5月10日に更正審判がされた。以下「本件審判」という。)により,亡Dが有していた上記30口の出資持分を相続した。
(4) なお,本件建物の敷地は,亡Dの所有であったところ,原告は,本件審判に基づき,本件敷地も相続した。
4 被告会社の役員
(1) 被告会社の代表取締役は,定款で,亡Dと定められていた。
代表取締役である亡Dの死亡後,被告会社の代表取締役は選任されていない。
(2) 被告会社の現在の役員は,原告,原告の妻である訴外G,E及びFの4名である。
第4争点
被告会社に有限会社法71条の2第1項の解散原因が認められるか。
1 原告の主張
(1) 被告会社の出資口数は,原告が30口であり,E及びF(以下「Eら」という。)が合計30口と同数である。原告とEらとは,亡Dの遺産分割をめぐる紛争において対立し,次のような事情からすれば現在は信頼関係が完全に失われ,今後回復の見込みはない。
ア Eは,被告会社の決算書類等の重要書類や代表印を無断で占有し,原告の開示要求に応じなかった。
イ Eらは,原告からの賃料が振り込まれていた訴外株式会社H銀行I支店の被告会社名義の預金口座(以下「本件口座」という。)から役員報酬として無断で金を引き下ろしていた。そのような行為は,被告会社の代表取締役しかできないはずであるのに,Eらは無断で行っていることから,原告は,同銀行に対し本件口座からの出金を止めるよう求めた。このことでEらから何ら非難されるいわれはない。
ウ 被告会社は,本件建物を賃貸することが業務なのであるから,本件建物の経年劣化による補修や,B病院に必要な改修への速やかな対応が日常業務になる。しかし,被告会社は,本件建物の点検を全くしないし,緊急に必要な補修も,連絡先さえ明らかではなく,対応しない。
このような状況にあったのであるから,Eが亡D存命中に被告会社の経営をしていたなどということはできない。
エ 原告は,被告会社から賃借している本件建物でB病院を経営しているところ,被告会社は,上記のとおり,本件建物とその設備の管理をすることができない状態が継続している。原告は,被告会社の資料等の開示が得られなかったことから,本件建物及び設備を独自に補修し,別途火災保険に入るなどの管理を事実上継続せざるを得なかった。そして,本来被告会社がすべき修繕等をしたことから,原告においてそうした費用を立て替え,賃料と相殺して,本件口座に振り込んでいた。
オ 被告会社の現状においては,本件建物の老朽化に伴い今後発生するであろう緊急補修等の維持管理が困難になっている。本件建物の老朽化に伴い,B病院の入院患者に多大な損害を与えかねない。
カ Eらは,B病院院長である原告から支払われる賃料を財源とした被告会社からの役員報酬により,生活をしているにもかかわらず,こうしたB病院の経営基盤に何ら配慮せず,全く協力しない。
(2) 被告会社は,定款により代表取締役を定めることとされているところ,以上のような被告会社内部の出資口数の関係から,代表取締役選任のための定款変更や本件建物の修繕等重要事項について,社員総会の決議ができず,被告会社の正常な運営を確保することができない。
Eらは,Eが被告会社の代表取締役に選任されるべきであると主張するが,被告会社の出資者として上記のような理由から同意できない。したがって,Eらに対して社員総会の開催を求めているのである。Eは,亡C存命中にB病院の事務長に迎えられたことがあったが,1日で不適格として解任されたことがあった。したがって,Eに代表取締役が務まるわけがない。
(3) したがって,被告会社は著しい難局に逢着しており,被告会社をこのまま放置しておけば,被告会社に回復し難い損害が及ぶおそれがあるとともに,原告あるいはB病院にも損害が波及するおそれもあることから,被告会社は解散判決をもって解散されるべきである。
2 被告会社の主張
原告の主張は争う。
3 補助参加人らの主張
(1) 被告会社の運営を妨害しているのは,次のとおり,原告である。
ア 原告は,亡D存命中から,被告会社の了解を得ることなく,本件建物の修繕やワックス掛けをした上で,被告会社に対する賃料からその費用を差し引く等,被告会社の取締役として相応しくない行為に出ている。
イ 原告は,被告会社の本件口座に関し,同銀行に対して,「被告会社代表取締役である亡Dが死亡しているのに,本件口座から預金が出金されるのはおかしい」旨の申入れをしたことから,同銀行により本件口座が凍結された。その結果,被告会社が取引をしている警備会社,火災保険会社等に対する支払や,公租公課の支払が,従前のとおり,本件口座からの引落によりできなくなった。そのため,本件建物に付されていた火災保険の継続も不可能になり,また,公租公課についても,租税官署や社会保険事務所から同口座に対して滞納処分がされるに至った。
原告は,被告会社が同預金口座を運用できなくなることを知った上で,同銀行に上記のような行動を取って,本件口座を凍結させ,被告会社を解散に持ち込もうとしているのである。
なお,Eらは,役員報酬を従前のとおり受領していたにすぎない。
ウ 原告は,平成13年9月初旬,社会保険事務所の担当者から社会保険料の未納について善処してほしい旨申入れを受けたにもかかわらず,自分には関係ない,Eと話をしてくれなどと,被告会社の経営に理解を示さない。
エ Eが本件建物に立ち入ろうとした際に,原告はEに暴行を加え,Eは負傷した。原告のこうした行為により,Eらは,身の危険を感じて本件建物に近付くことができず,事実上本件建物の管理ができなくなった。
オ 原告は,B病院の運営が阻害されると主張するが,そのような事実はないし,Eらにはそのようなことをしても何ら利益はない。
(2) 次のとおり,Eが被告会社代表取締役として被告会社を運営することが相当である。
ア Eは,亡Cが死亡して以降,被告会社の取締役として,被告会社代表取締役であった亡Dを補助し,被告会社の財産である本件建物の維持,管理をしていた。そして,亡Dが闘病生活に入ってからは,亡Dの委任を受けて,亡Dが死亡するまで,代表取締役の職務を代行していた。亡Dが死亡した後も,受任者の緊急処分義務として,被告会社の社印や重要書類等を保管している。
イ 原告は,名目上被告会社の取締役ではあるが,被告会社の業務を一切していない。訴外Gも同様である。
ウ Eらは,一方で,原告が本件建物でB病院を経営していることから原告が被告会社の代表取締役としては不適切であり,他方で,従前から被告会社運営に関与しているEを代表取締役にするのが適切であると提案してきたが,原告は真摯に検討せず,取締役会や社員総会の開催を求めるにすぎない。
エ Eは,亡Cが存命中にB病院の事務長に就任し,辞任したことがあったが,その当時,B病院内で労働争議が起こり,亡Cがトラブルの矢面にEが立たされるとの理由で約1か月後に辞任させたというものである。その後は,亡Dの補助をして被告会社の運営に専念するよう指示された。
(3) 原告の本件請求は,信義則に反し,権利濫用である。
すなわち,原告は,本件建物の賃貸借契約に基づき賃料を約定どおり支払っておらず,それにより被告会社を混乱させておきながら,他方で,被告会社の解散を求めており,このような請求は,信義則に反し,また権利濫用である。
第5争点に対する判断
1 有限会社法71条の2第1項1号は「会社の業務の執行上著しき難局に逢着し会社に回復すべからざる損害を生じ又は生ずる虞あるとき」と解散判決の原因を規定し,同項本文で「已むことを得ざる事由あるとき」は,有限会社の解散を請求できるとされている。この規定に該当する解散原因とは,例えば,社員間に不和対立があり,そのために会社の業務が阻害され,正常な運営を行うことが著しく困難な事態に至っており,ひいては会社の存続そのものにまで影響を及ぼし,会社及び社員の利益を著しく害するほどの損害を及ぼすおそれのある場合を指し,会社及び社員の正当な利益を保護するためには会社を解散する以外にこうした事態を打開できない場合をいうものと解すべきである。そして,社員間の不和対立が生じた原因,その原因についての対立社員それぞれの関わりの度合い,その他諸般の事情を考慮して,会社の解散が最終的な手段といわざるを得ず,かつ,対立社員双方にとって公正かつ相当な方法といえることが必要である。
そこで,本件にこの解散原因が認められるか否か検討する。
2 上記第3の事実に,証拠(以下で引用する証拠のほか,甲11,丙17,20,原告本人,E本人)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると,次の事実が認められる。
(1) 亡Cは,昭和54年9月,B病院を開設し,病院長として運営していた。また,昭和55年3月,被告会社を設立した(甲1)。
被告会社の資本額は,当初200万円で,出資1口を1000円とし,2000口に分かち,500口を亡C,1000口を亡D,500口をEが保有していた(甲2)。
また,被告会社の定款で,被告会社の代表取締役は亡Cとされていた。また,同様に,被告会社の取締役も,亡C,亡D,Eの3名とされていた。(甲2)
亡Cは,被告会社を設立することにより,B病院における収入を亡Cと被告会社に対する賃料収入とで分散することによって節税し,また,被告会社の役員に妻を含めて家族を就任させて,役員報酬を得させることにより家計等を賄うことが主な目的であった。
(2) 本件建物は,昭和54年に建築された,鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付き3階建て建物である(甲9)。被告会社は,昭和55年本件建物を取得して所有者になった(甲9)。B病院院長である亡Cは,被告会社との間で,賃料を月額300万円として,本件建物を賃借する旨の賃貸借契約を締結した(丙14)。そして,亡Cから被告会社に対して賃料が支払われるようになった。被告会社は,これを唯一の収入として,亡Cの妻である亡D,Eらに役員報酬として分配されていった。
なお,本件建物の敷地は亡Cの所有であった。
(3) 亡Cは,昭和62年ころ,EをB病院の事務長に取り上げたことがあった。しかし,Eは,医事課長との折合いが悪く,病院内での対立も深まって争乱状態になったりした。亡Cは約1か月でEを辞めさせた(甲5の1)。
また,このころ,原告は取締役に就任した旨の登記がされた(甲1)。
(4) 亡Cは,病床に伏せるに至り,子らの中で唯一医師免許を有しており勤務医をしていた原告を呼び戻し,B病院を承継させることにした(甲5の1)。原告もこれを受けて,平成3年3月,亡Cの後を継ぐためにB病院に戻り,副病院長になった。
亡Cは,平成3年12月10日亡くなった(甲4)。
原告は,亡Cが経営していたB病院を引き継いだ(甲5の1)。原告は,亡Cと同様に被告会社に対して賃料を払っていった。原告は,亡Cが亡くなってからはB病院を引き受けて経営しているのに,被告会社に賃料を支払い続け,その被告会社の収入から亡DばかりかEらの役員報酬として支払われていくこと,その結果被告会社の経営が思わしくないことに矛盾を感じていた(甲5の1,5の2,丙18)。結局,その後,賃料減額の調停申立てをして,賃料を月額250万円に減額することになった。
(5) 亡Cが亡くなったことから,被告会社の資本額は300万円に増額された上で,出資1口を1000円とし,3000口に分かち,亡Dが1500口,Eが750口,Fが750口を保有することになった。また,代表取締役も亡Dになった。(甲1,2)
なお,本件建物の敷地は,亡Dが相続した(甲10)。
(6) 本件建物は,ボイラ配管が夜中破れる,オイル管が破裂する,水漏れがする等の支障が生じていた。ところが,被告会社の代表取締役は亡Dであったことから,夜中に連絡することに躊躇され,結局,B病院で修理をした上で支払いを済ませ,その後,被告会社と精算するという取扱いになった(甲5の1)。
他方,亡Dが被告会社の代表取締役になったが,実際にはEが被告会社を取り仕切っていた(丙1の1)。亡Dが闘病生活に入ってからは,亡Dが亡くなるまで,代表取締役の職務を代行していた。原告は,平成5年に,本件建物ホールの改装工事や,売店改装工事等をしたことから,被告会社でそうした費用を計算の上,原告と被告会社との間で負担割合を合意した(丙21ないし24)。さらに,原告がワックス掛けや便所清掃代までをも賃料から差し引くことに対しEは抗議した(丙1の2(11の1に同じ),1の3(11の2に同じ),9の1,9の2,10の1,10の2,12,13)。
(7) 亡Dの健康状態が悪くなるにつれて,原告とEとの間で亡Dの看護について見解の対立が起こるようになった(甲5の1)。
亡Dは,平成11年2月16日亡くなった(甲4)。
(8) Eらは,亡Dの遺産中,本件建物敷地と被告会社の出資持分を原告が取得してはどうかという提案をした(甲12)。しかし,その後,亡Dの遺産を原告とEらがそれぞれ隠匿しているという疑いを相互に持ち,原告がEに対して被告会社の会計書類を開示するよう求めるも,Eが拒否するといったこともあって,遺産分割協議はできなかった(甲5の1)。
(9) 亡Dが死亡した後,被告会社は,現在は,商業登記簿上,取締役には,原告,訴外G,亡D,Eらの5名であり,亡Dが代表取締役のままで新たに代表取締役は選任されていない。そして,新たに代表取締役を選任するには,定款事項であることから,定款変更の手続を要し,自ずから社員総会の決議が必要になるところ,そうした社員総会は開かれていない。
なお,原告は,名目上被告会社の取締役ではあるが,被告会社の業務を一切していない。訴外Gも同様である。
また,被告会社の出資口数は,原告が30口であり,Eらが合計30口であり,対当で同数である。
他方,Eは,亡Dが死亡した後も,亡Dからの受任者として緊急処分義務があるとして,被告会社の社印や重要書類等を保管している。また,被告会社を代表して,税理士に依頼して,平成10年度(平成10年7月1日から平成11年6月30日までの年度)の確定申告をし(甲3の1),また,被告会社の会計書類(甲3の2,3の3)を作製させたりしていた。しかし,B病院からの連絡はなかなかつかない状況にあった。
(10) Eが本件建物に立ち入ろうとした際に,原告は,平成11年11月22日,Eに暴行を加えて負傷させた(丙7)。Eらは,そのことがあってからは,身に危険が生じるとして,本件建物に近づかず,本件建物の維持管理をしていない。
(11) 原告は,平成12年に遺産分割の申立てをして,同年9月20日,本件審判(甲6)がなされた。その結果,原告は,本件建物敷地,亡Dの被告会社の出資持分を取得した(甲6)。Eらは,被告会社の出資持分を原告に取得させると,Eらの有する出資持分と同等になり,事実上被告会社の運営が困難になるとして抗告したが,抗告は棄却された(甲7)。なお,本件審判は,遺産の表記を訂正する更正審判がされている(甲8)。
(12) 原告は,平成13年6月,被告会社に代表取締役が不在であることから,社員総会の開催を求めた(丙15)。これに対し,Eらは,原告に対し,Eを被告会社の代表取締役に就任させるよう提案した(丙4)。しかし,原告はこれに応じなかった(丙16)。
(13) Eらは,原告からの賃料が振り込まれていた本件口座から役員報酬として金を引き下ろしていた。原告は,そのような行為は被告会社の代表取締役しかできないはずであるのにEらが無断で行っているとして,本件口座からの出金をさせないよう銀行に申入れをした。そこで,本件口座は凍結されてしまった。(丙3)
その結果,被告会社が取引をしている警備会社,火災保険会社等に対する支払や,公租公課の支払ができなくなった。そのため,本件建物に付されていた火災保険も平成13年3月には解除になってしまった(丙4,8)。
(14) 原告は,平成13年9月初旬,社会保険事務所の担当者から社会保険料の未納について善処してほしい旨申入れを受けたにもかかわらず,自分には関係ない,Eと話をしてくれなどと言って,何ら対応をしなかった(丙2)。
社会保険事務所は,被告会社の健康保険料等の滞納のため,平成13年9月,本件口座の預金債権を差押えた(丙5,6の1,6の2)。
(15) 本件建物が老朽化してきており,原告はB病院を維持するために,改修工事や保持工事をせざるをえない。他方,被告会社は,本件建物の点検を全くしないし,緊急時であっても必要な補修をしない。
(16) Eは,被告会社の役員報酬月額47万円のみで生計を立てている。しかし,亡Dの相当の遺産を本件審判で相続している。
3 以上の事実を総合すると,次の点が指摘できる。
(1) 被告会社の業務の支障
ア 亡Dが亡くなって以降,被告会社には代表取締役がいない。したがって,適正な業務執行ができない。代表取締役の選任は,定款事項であることから社員総会の決議によるべきことになる。しかし,亡Dの看護の問題,亡Dが亡くなってからの遺産争い,その後の経緯等からすると,被告会社の出資持分を有する原告とEらとの対立は深刻であり,今後これが解消し,円満な兄弟付合いが復活するとは到底考えられない。そして,原告が被告会社の出資持分の半数を有し,Eらが同様に半数を有し,円満に被告会社の代表取締役選任ができないであろうことは容易に想像がつく。
これに対し,Eらは,Eが被告会社の代表取締役に就任することにより,被告会社の経営は立ち直るはずであると主張する。しかし,原告は被告会社の出資持分の半分を有し,これに基づき被告会社の経営に意見を言う権利を保持している。そして,権利濫用になるといった特段の事情がない限り,Eらの提案を拒否することができるのであって,応諾する義務はない。そして,原告がこれを拒否することが信義則に反したり,権利濫用になると認めるに足りる証拠はない。また,原告が本件で被告会社の解散判決を求めることも,同様である。
イ 本件建物は,昭和54年に建築され,今後更に老朽化が進むことになる。しかし,被告会社は,補修,改修について,工事業者に発注するという日常の業務執行すらできない。このように,被告会社の唯一ともいえる本件建物の管理業務が停滞している。
原告及びEらの兄弟間の対立は,被告会社の運営に関してもそのまま反映されて,その他の重要な業務執行についても,何ら決定できないでいる。
ウ 本件口座は,被告会社の唯一の原告からの賃料が蓄えられていた口座であるところ,上記のとおり,口座は凍結された。Eらはこのような事態にさせた原告の対応を非難する。しかし,被告会社の代表取締役が就任されておらず,役員報酬の支払が業務執行として適法になされないにもかかわらず,Eらがこれを本件口座から出金して受領することは問題であり,原告が本件口座のある銀行に上記のような申入れをすることは,あながち不正なものということはできない。
ところが,本件口座が凍結されたことによって,被告会社は当面の財政基盤を失うことになった。また,原告が支払う賃料は継続して被告会社の財産として蓄積されていくものの,被告会社に代表取締役が就任していないことから,その財産処分もできない。
エ 警備会社との本件建物の警備契約,本件建物の火災保険による付保は,頓挫してしまい,被告会社の重要な本件建物の維持管理の基本が失われてしまった。
また,公租公課,社会保険料が滞納し,差押えまで受けていて,被告会社内部にとどまらず,被告会社の社会的立場,信用が失われ,また,関係者に対して多大な迷惑をかけつつある。そうした他者に対する配慮も,原告とEらの対立が反映して,相互に押し付け合い円滑に進まない。
オ また,本件建物の補修管理は,原告と被告会社との賃貸借契約により,B病院院長である原告と被告会社との間でそれぞれの役割に応じて行われることになるところ,原告が負担すべき補修管理と被告会社が負担すべき補修管理の分担が明確ではなく,原告と被告会社との紛争の温床になっている。特に,原告とEとの対立から,現在においては,円満な話合いによる決着が見込めない。
カ 以上の点を総合すると,原告とEらの社員相互の対立が深刻で,そのことにより,被告会社はその業務に著しい支障を来しており,また,財政行為がかなわず,また,公租公課の滞納等といった他者に対する支障まで生じさせている。
(2) 原告及びB病院における利害
ア 被告会社が上記のとおり,本件建物の管理業務に支障を来している以上,賃料を支払いながらも,被告会社から本件建物の管理がされるという利益を得られない。そのためB病院においても支障が生じていることは明らかである。そして,病院である以上,例えば,緊急時の停電とか,漏水とかは,入院患者の生死にも直結する問題であり,本件建物の維持管理は,賃貸借の契約不履行では済まない問題を抱えている。被告会社は,そのことを十分理解すべきであるのに,上記のとおり,迅速な対応ができない状況にある。
イ B病院においては,原告がB病院を個人病院として経営しており,また,本件審判により本件建物の敷地を取得し,唯一本件建物のみが被告会社の所有になっていて,一貫した資産管理ができない状況にある。医療法人化,あるいは金融を得る際に支障が生じる可能性があることは容易に想像がつく。
ウ 被告会社の設立は,B病院における経営者の個人収入を分散させ節税を図ることにあったのであるから,現在のB病院においても,その利益は継続している。しかし,亡Cから原告にB病院の経営者が交代した以上,原告がその節税の利益をどのように考えるかは,正に原告の経営判断であって,亡Cの遺志に拘束される事柄ではない。
エ 原告は,Eらに対する役員報酬の支払を拒絶し,兄弟間の争いの決着の一端を被告会社の解散によって得ようとしている嫌いがなくはないが,それを超えて,B病院の支障は深刻である。
(3) Eらの利害
ア Eは,被告会社からの役員報酬を唯一の収入とし,被告会社が本件建物を保有して存続する以上,今後もその収入が確保される見込みを有する。
しかし,そうした見込みは,そもそも,亡Cの被告会社設立の意向が,B病院における個人収入を,被告会社を介してその家族に配分することに由来する。しかし,原告がB病院を承継した後は亡Cの意図とは異なる状況になってしまった。したがって,Eらの見込みは,本来は,被告会社の収支計算の上で,役員報酬を適正な額にすることによって保障されることになるも,被告会社では役員報酬は社員総会により決せられることになっているから,そうした是正もできる可能性はほとんどない。
Eは,本件審判によると,亡Dの遺産を相当取得しており,上記役員報酬を失うことによって,急激に生活の基盤を失うということも考えられない。
イ Fが被告会社の解散により役員報酬以上に利益を有するのかについては明確な証拠がない。
(4) 清算の体制
被告会社には顧問の公認会計士が就いて税務処理等がされた経緯があるので,適正な清算の見込みがある。
4 以上のとおりであり,上記認定の諸般の事情をも考慮すると,こうした各支障を解消するには,被告会社の解散が唯一の手段といわざるを得ず,かつ,対立社員である原告及びEら双方にとって公正かつ相当な方法ということができる。
第6結論
以上のとおりであって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決する。
(裁判官 川口泰司)
(別紙物件目録省略)