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札幌地方裁判所 平成14年(ワ)428号 判決 2003年6月26日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

被告は,原告に対し,401万8586円及びこれに対する平成15年5月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告から土地の売却等を受任した被告が,買主から代金1728万円,地上建物の借家人から家賃15万4000円を受領し,経費合計341万5414円を支出したが,原告に1000万円しか返還していないと主張して,原告が,被告に対し,民法646条1項に基づき,未払の返還金401万8586円及びこれに対する請求の趣旨を拡張した平成15年5月15日付け準備書面の送達の日の翌日である平成15年5月16日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実(証拠を挙示した部分以外は,当事者間に争いがない。)

(1)  原告は,平成11年9月ころ,被告に対し,旭川市a条通b丁目c番d,宅地,297.52㎡(以下「本件土地」という。)を売却するについて,地上建物の借家人の立退き等の諸条件の整備及びそれに伴う金銭の授受について委任した。

(2)  原告は,同月19日,被告に対し,「私は,私名儀である旭川市a条通b丁目c-d番地(地積90坪,建物2棟存するが取毀しして売却するか,土地売却時に付帯させるか)の不動産を売却するに当り,本件売却益に伴う税金を含め,私の手取り額を1千万円で承諾することを確認致します。」と記載された,「確認承諾書」と題する書面を差し入れ,その旨被告と合意した(乙2,被告本人。

以下,この合意を「本件報酬特約」という。)。

(3)  原告は,平成13年3月2日,被告に対し,本件土地の売却を委任した。

(4)  被告は,同日,原告を代理して,Aに対し,本件土地を1728万円で売却し,同日,同人から,手付として340万円を受領し,同年6月30日,残代金1388万円を受領した。

(5)  被告は,本件委任事務を処理する費用として,原告の承認の下に,次の金員を立替え又は支出した(合計334万7414円)。

ア 平成11年10月22日 10万円 借家人立退き交渉のための弁護士着手金

イ 同年12月27日 25万円 同,弁護士報酬

ウ 同年5月26日 50万円 借家人立退料

エ 同年5月2日 50万円 借家人立退料

オ 同年5月29日 53万円 地上建物解体費

カ 同年6月9日 1万5000円 売却のための看板代

キ 平成12年6月ころ 4万0245円 地上建物滅失登記手続費用

ク 平成13年3月8日 1万7709円 住所変更登記手続費用

ケ 平成11年9月21日から平成13年7月16日まで,139万4460円 電話代(多数回),広告料(2回),測量代(平成13年5月24日の15万円)等の諸経費

(6)  被告は,平成13年6月27日,原告に対し,委任事務終了に基づく返還金として,1000万円を支払った。

(7)  原告は,同年7月20日,被告に対し,報酬として,100万円を支払った。

(甲12)

2  争点

①  本件報酬特約の趣旨

②  本件報酬特約の効力

③  被告は,借家人から家賃15万4000円を受領したか

④  被告が,平成12年5月2日,弁護士Bに対し,借家人Cとの立退き交渉の報酬として支払った額

⑤  被告は,以上の外に,経費を支出したか

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点①(本件報酬特約の趣旨)について

ア 原告

本件報酬特約は,原告に対し,租税を除いた手取りで1000万円を確保させ,その余を被告の報酬及び経費清算に充てるとの趣旨である。そして,本件土地売買に伴う譲渡所得税は308万4960円,住民税は92万3200円であり,仮に同特約が有効であるとしても,原告が手取りで1000万円を確保するには,被告から,さらに上記合計400万8160円の支払を受けなければならない。

イ 被告

本件報酬特約の趣旨は,被告が,売却代金等,受領した金員の中から原告に1000万円を交付し,原告はその中から税金等を支払い,その余は被告が報酬,謝礼及び経費清算分として取得するとの趣旨である。そして,被告は,前記のとおり,平成13年6月27日,原告に対し,委任事務終了に基づく返還金として,1000万円を支払ったから,原告は,これ以外に被告に金銭支払を請求できない。

(2)  争点②(本件報酬特約の効力)について

ア 原告

宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)46条1項及び「宅地建物取引業法の規定により宅地建物取引業者が受けることのできる報酬の額」(昭和45年10月23日建設省告示第1552号。以下「報酬告示」という。)による報酬額の規制は,宅建業法の免許を受けた業者でない者による媒介契約にも適用があり,宅地の売買の代理,媒介に関する事務である限り,この者が,土地売買の仲介以外の事務を受任した場合にも類推適用される。本件土地の売買価格は1728万円で,報酬告示による報酬額は57万8400円となり,本件報酬特約のうち,この額を超える報酬を被告に与える部分は無効である。そして,原告は,平成13年7月20日,被告に対し,報酬として,100万円を交付した。

イ 被告

宅建業法46条1項及び報酬告示は,被告のような一般私人による売買仲介には類推適用されない。

本件土地上には,1棟2戸の建物と,1棟1戸の建物があり,借家人が居住していたため,被告は,原告から,本件土地の売却を受任した後,弁護士に委任する手続をとり,交渉の上退去させ,その後,地上建物を取り壊し,管理のために本件土地上に看板及び柵を立てた。売買の相手は,旭川の機関誌に広告を掲載する方法で被告が捜し,4年かかって獲得した。原告からは,これらの立退き交渉,取壊し,その後の管理を含め,土地売却に伴う必要な事務すべてを受任しており,土地売却の仲介のみを受任したわけではないので,この点からも,本件の報酬には,報酬告示は適用されない。

(3)  争点③(借家人からの家賃受領の有無)について

ア 原告

被告は,本件委任事務を処理するにあたり,平成12年1月31日ころ,本件土地の借家人であるDから,家賃15万4000円を受領した。

イ 被告

上記家賃は,原告に直接振り込まれ,被告は受領していない。

(4)  争点④(被告が,平成12年5月2日に支払った弁護士報酬額)について

ア 原告

弁護士報酬は25万円であるが,うち18万2000円は,家賃として弁済供託した金員の中から支払われ,被告が支出したのは6万8000円である。

イ 被告

25万円を支出した。

(5)  争点⑤(被告によるその余の経費支出の有無)について

ア 原告

支出していない。

イ 被告

測量代24万8000円のほか,21件3万8000円(合計28万6000円)を支出した。

第3争点に対する判断

1  争点①(本件報酬特約の趣旨)について

本件報酬特約に係る書面(乙2)の記載は,前記第2の1(2)のとおりであり,原告の受領する1000万円につき,「手取り額」との文言を用いているものの,「本件売却益に伴う税金を含め」との記載と併せて読めば,被告は,売却代金から原告に1000万円を交付し,原告はその中から租税等を支払い,その余の代金は,被告が報酬及び経費清算に充てるという趣旨であると解される。ただし,借家人からの家賃は,売却の有無にかかわらず原告に支払われる筋合いの金員であり,本件報酬特約により,これを被告の報酬等に充てることまでも合意されたと解することはできない。

2  争点②(本件報酬特約の効力)について

宅建業法46条1項及び報酬告示が,報酬額の最高限を定めているのは,宅地建物の取引は国民生活と関係が深く,しかも,宅建業者に取引を依頼する者の多くは,法的,経済的な知識に乏しいのが通常であるため,業者が,その営業上の動機から,依頼者の無知,無経験につけ込んで,不当に高額の報酬を取得することを防止し,依頼者を保護するという目的に出たものである。このような報酬額規制の趣旨にかんがみると,宅建業法による免許を受けていない業者に対する取引の依頼についても,同法46条1項及び報酬告示による規制は類推適用されると解すべきであるが,業者ではない一般私人に対する依頼の場合には,上記のような営業上の動機を考慮する必要はなく,上記規制は類推適用されないと解するのが相当である。本件においては,被告が業者であることの主張,立証はなく,かえって,証拠(乙1,被告本人)によれば,被告は,昭和37年9月まで教員として勤めた後,タクシー会社の取締役を経て,平成10年まで不動産会社に勤務し,不動産仲介の業務に携わったこともあったが,本件売買契約当時はその職を退いていたこと,原告とは,原告の妻も教員であったことと,原告が被告の出身校の先輩に当たることから,昭和29年から交際するようになり,本件土地の売却については,このような全くの私的関係から受任したことが認められ,上記規制は類推適用されない。

のみならず,証拠(甲2から6まで,12,14,15,乙1,9,10,被告本人)によれば,被告は,原告から,本件土地上の建物の賃借人の立退き交渉及びそのための弁護士への委任等に関する事務,同建物の取壊しに関する事務を受任してこれを遂行したことが認められ,これらは,単に本件土地の売却の仲介及びこれに伴う付随的な事務とは別の作業というべきであり,仲介の報酬とは別個に報酬の対象となり得ると評価される。この点からも,被告の受任事務全体について,上記の規制が適用されるとの原告の主張は採用できない。

3  争点③(借家人からの家賃受領の有無)について

証拠(甲15)によれば,原告から委任を受けたB弁護士が,本件土地の借家人であるDとの間で立退き交渉を行い,同人が明渡し猶予を求めて申し立てた旭川地方裁判所平成11年(ユ)第1号事件につき同年12月24日成立した調停において,上記家賃を,平成12年1月末日限り,原告の銀行預金口座に振り込む方法で支払う旨合意されたことが認められ,この家賃が支払われたとすれば,原告の口座に直接振り込まれたと推認するのが自然である。原告は,被告がDから家賃15万4000円を受領したと主張するが,これを具体的に裏付ける証拠はない。証人Eは,供託金のうち,上記家賃に相当する額について,被告が取戻権を行使して受領した筈だと証言するが,推測の域を出ない上,取戻権者でもない被告がそのような方法で受領したとは認められない。

よって,被告が上記家賃を受領したと認めることはできない。

4  まとめ

以上によれば,被告は,原告に対し,1000万円のみの返還義務を負っていたところ,前記第2の1(6)のとおり,平成13年6月27日,原告に対し,委任事務終了に基づく返還金として,1000万円を支払ったから,原告は,被告に対し,これを超える返還金を請求することはできない。

なお,事案にかんがみ,争点④(被告が,平成12年5月2日に支払った弁護士報酬額)及び⑤(被告によるその余の経費支出の有無)についても判断を加えるに,争点④については,証拠(甲4,14,被告本人)によれば,被告が,平成12年5月2日に弁護士Bに支払った報酬額は6万8000円であると認められ,同⑤については,被告は,その余の経費として合計28万6000円を支出したと主張するものの,その具体的な費目や支払日,相手方等については特定せず(被告本人も,これらについては具体的には不明であると供述する。),主張自体失当というほかはない。

第4結論

よって,本件請求は失当であるから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 原啓一郎)

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