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札幌地方裁判所 平成14年(ワ)460号 判決 2005年5月13日

原告

甲野太郎

原告

乙山葉子

原告ら訴訟代理人弁護士

猪狩久一

大賀浩一

被告

内山建物株式会社

上記代表者代表取締役

丙川春男

被告

株式会社エクシング

上記代表者代表取締役

丁谷夏男

上記訴訟代理人弁護士

高橋智

上記訴訟復代理人弁護士

安永美穂

被告

北海道瓦斯株式会社

上記代表者代表取締役

戊原秋男

上記訴訟代理人弁護士

島津宏興

主文

1  被告内山建物株式会社,被告株式会社エクシング及び被告北海道瓦斯株式会社は,各自,原告甲野太郎に対し2263万6522円及びこれに対する平成10年12月7日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告甲野太郎の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

3  被告内山建物株式会社,被告株式会社エクシング及び被告北海道瓦斯株式会社は,各自,原告乙山葉子に対し2167万6522円及びこれに対する平成10年12月7日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

4  原告乙山葉子の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は,原告ら及び被告らに生じた費用を通算して,これを14分し,その3を原告甲野太郎,その3を原告乙山葉子の負担とし,その余を被告らの連帯負担とする。

6  この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

1  被告内山建物株式会社,被告株式会社エクシング及び被告北海道瓦斯株式会社は,各自,原告甲野太郎に対し3705万8914円及びこれに対する平成10年12月7日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告内山建物株式会社,被告株式会社エクシング及び被告北海道瓦斯株式会社は,各自,原告乙山葉子に対し3585万8914円及びこれに対する平成10年12月7日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,亡甲野花子(以下,「花子」という。)の相続人である原告らが,被告らに対し,花子がマンション居室においてガスの不完全燃焼により発生した一酸化炭素中毒により死亡した事故について,次のとおり,花子が死亡したことによる損害(花子固有の損害を相続したものも含む)等の支払を求める事案である。

①  被告内山建物株式会社(以下,「被告内山建物」という。)に対し,

a  主位的請求原因として,花子の居室の賃貸人である被告内山建物は,賃貸借契約上,賃借人に対し,湯沸器及び排気筒の設備の性能を保持すべき義務を負っており,同義務を怠ったとして,債務不履行に基づくもの。

b  予備的請求原因1として,花子の居室の所有者である被告内山建物は,居住者に対し,湯沸器及び排気筒の設備の性能を保持すべき義務を負っており,同義務を怠ったとして,民法709条に基づくもの。

c  予備的請求原因2として,湯沸器及び排気筒から一酸化炭素が発生したことは,民法717条に定める土地工作物の瑕疵に該当し,被告内山建物は,これを所有しているとして,民法717条に基づくもの。

②  被告株式会社エクシング(以下,「被告エクシング」という。)に対し,

a  主位的請求原因として,花子の居住するマンションの管理業者である被告エクシングは,居住者に対し,排気筒の排気不良を原因として湯沸器が不完全燃焼し,一酸化炭素が発生して生命,身体に危険が及ばないように,湯沸器及び排気筒の性能を保持すべき安全配慮義務を負っており,同義務を怠ったとして,民法709条に基づくもの。

b  予備的請求原因として,湯沸器及び排気筒から一酸化炭素が発生したことは,民法717条に定める土地工作物の瑕疵に該当し,被告エクシングは,これを占有しているとして,民法717条に基づくもの。

③  被告北海道瓦斯株式会社(以下,「被告北ガス」という。)に対し,

a  主位的請求原因として,花子とガス供給契約を締結していた被告北ガスは,被供給者である花子に対し,同人の生命,身体に危険が及ばないように配慮すべき契約上の安全配慮義務を負っており,同義務を怠ったとして,債務不履行責任に基づくもの。

b  予備的請求原因として,被告北ガスは,一酸化炭素が発生しうることを具体的に認識しているにもかかわらず,花子に対しこれを告げなかったとして,民法709条に基づくもの。

1 前提となる事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)

(1) 当事者等

原告甲野太郎(以下,「原告甲野」という。),原告乙山葉子(以下,「原告乙山」という。)は,花子の両親である。

被告内山建物は,後記(2)記載の事故の発生した当時,花子の居住していた札幌市中央区南7条西<番地略>所在の○○という名称のマンション(以下,「本件マンション」という。)を所有し,花子に対し,同マンションの405号室(以下,「本件居室」という。)を賃貸していた(以下,「本件賃貸借契約」という。)。

被告エクシングは,同じころ,被告内山建物から本件マンションの管理業務の委託を受けていた。

被告北ガスは,本件マンションの居住者に対し,都市ガスを供給している。(弁論の全趣旨)

(2) 事故の発生

ア 花子は,平成10年12月7日午前5時ころ,本件居室内において,一酸化炭素中毒により,死亡した。(甲4,甲26,弁論の全趣旨)

イ 本件居室を含む本件マンションの各居室には,各戸の設備・備品として,ガス瞬間湯沸器(以下,「湯沸器」という。)及び各居室の天井裏を経て戸外へと通じる燃焼ガスを排出するための金属製排気筒(以下,「排気筒」という。)が設置されている。

前記アの花子の死亡は,本件居室の天井裏に設置された同室の排気筒(以下,「本件排気筒」という。)の末端部分が腐食し,外壁の排気口と分離するなどしていたために,同室に設置された湯沸器(以下,「本件湯沸器」という。)の燃焼に伴う燃焼ガスの排出不良をもたらし,これにより発生した一酸化炭素が,本件排気筒から漏れ出して同室内に環流したことが原因であった(以下,この一酸化炭素の発生事故を「本件事故」という。)。(甲10から甲14まで,甲23,甲25,甲26,弁論の全趣旨)

2 争点

(1) 被告らの責任原因

ア 被告内山建物

(ア) 主位的請求

a  被告内山建物には,本件賃貸借契約上,本件湯沸器及び本件排気筒の設備の性能を保持すべき義務があるか。(争点①)

b  被告内山建物は,前記義務を怠ったといえるか。(争点②)

(イ) 予備的請求1

a  被告内山建物には,本件マンションの所有者として,湯沸器及び排気筒の設備の性能を保持すべき義務があるか。(争点③)

b  被告内山建物は,前記義務を怠ったといえるか。(争点④)

(ウ) 予備的請求2

本件湯沸器及び本件排気筒には,717条の「工作物の瑕疵」があったといえるか。(争点⑤)

イ 被告エクシング

(ア) 主位的請求

a  被告エクシングには,本件マンションの管理業者として,湯沸器及び排気筒の設備の性能を保持すべき義務があるか。(争点⑥)

b  被告エクシングには,本件事故の予見可能性があったか。(争点⑦)

c  被告エクシングには,本件事故の結果回避可能性があったか。(争点⑧)

(イ) 予備的請求

a  被告エクシングは,本件マンションの管理業者として,湯沸器及び排気筒を占有しているといえるか。(争点⑨)

b  被告エクシングは,本件事故の発生について過失がないといえるか。(争点⑩)

ウ 被告北ガス

(ア) 主位的請求

a  被告北ガスには,都市ガス供給業者として,被供給者である花子に対し,同人の生命,身体の危険が及ばないように配慮すべき契約上の安全配慮義務があるか。(争点⑪)

b  被告北ガスには,本件事故の予見可能性があったか。(争点⑫)

c  被告北ガスには,本件事故の結果回避可能性があったか。(争点⑬)

(イ) 予備的請求

被告北ガスが,花子に対し,一酸化炭素の発生の危険性を告知しなかったことに違法性があるといえるか。(争点⑭)

(2) 過失相殺。(争点⑮)

(3) 原告らの各損害額はいくらか。(争点⑯)

(4) 原告らの被告北ガスに対する損害賠償請求権の消滅時効の成否。(争点⑰)

3 当事者の主張

(1) 争点①(被告内山建物の契約上の義務)について

(原告らの主張)

被告内山建物は,花子との間で,本件賃貸借契約を締結していた。本件賃貸借契約においては,花子が本件居室内に備え付けられていた本件湯沸器やこれに接続した本件排気筒を使用することもその内容に含まれる。

したがって,被告内山建物は,賃貸人として,花子に対し,本件排気筒の排気不良などを原因とする本件湯沸器の不完全燃焼により一酸化炭素の発生が起きないように,本件湯沸器及び本件排気筒の性能を保持すべき義務を負っている。

(被告内山建物の主張)

原告の主張は,否認する。

被告内山建物は,花子に対し,本件賃貸借契約に基づいて,本件居室を引き渡した際,同人に異常のない旨の確認を取っている。したがって,被告内山建物には,責任はない。

(2) 争点②(被告内山建物の義務違反の有無)について

(原告らの主張)

被告内山建物は,被告北ガスの担当者から,本件マンション内の各居室の湯沸器及び排気筒の不具合から一酸化炭素が発生する危険性を告知され,本件事故が発生する危険性を認識し得たにもかかわらず,これを認識せず,本件湯沸器及び本件排気筒の修理を怠ることにより,賃貸人としての本件排気筒の排気不良などを原因とする本件湯沸器の不完全燃焼により一酸化炭素の発生が起きないように,本件湯沸器及び本件排気筒の性能を保持すべき義務に違反した。

被告内山建物の前記義務違反により,本件事故が発生し,花子は,これにより死亡した。

(被告内山建物の主張)

原告らの主張は,否認する。

被告内山建物は,一酸化炭素が発生する危険性について全く認識がなかった。

(3) 争点③(被告内山建物の所有者としての義務)について

(原告らの主張)

被告内山建物は,本件居室を含む本件マンションを所有していたことから,その居住者に対し,排気筒の排気不良などを原因として湯沸器が不完全燃焼し,一酸化炭素が発生して生命が危険にさらされないように,湯沸器及び排気筒の性能を保持すべき注意義務(安全配慮義務)を負っている。

(被告内山建物の主張)

原告らの主張は,否認する。

被告内山建物は,花子に対し,本件賃貸借契約に基づいて,本件居室を引き渡した際,同人に異常のない旨の確認を取っていた。また,本件居室は,自主点検が不能であったことから,本件湯沸器及び本件排気筒を緊急に修繕する必要はなかった。したがって,被告内山建物には,責任はない。

(4) 争点④(被告内山建物の義務違反の有無)について

(原告らの主張)

被告内山建物は,被告北ガスの担当者から,本件マンション内の各居室の湯沸器及び排気筒の不具合から一酸化炭素が発生する危険性を告知され,本件事故が発生する危険性を認識し得たにもかかわらず,これを認識せず,湯沸器及び排気筒の修理を怠ることにより,所有者としての排気筒の排気不良などを原因として湯沸器が不完全燃焼し,一酸化炭素が発生して生命が危険にさらされないように,湯沸器及び排気筒の性能を保持すべき義務に違反した。

被告内山建物の前記義務違反により,本件事故が発生し,花子は,これにより死亡した。

(被告内山建物の主張)

原告らの主張は,否認する。

被告内山建物は,一酸化炭素が発生する危険性について全く認識がなかった。

(5) 争点⑤(工作物の瑕疵)について

(原告らの主張)

被告内山建物は,本件居室を含む本件マンションを所有し,本件居室の設備である本件湯沸器及び本件排気筒を所有していた。排気筒の排気不良などを原因として湯沸器が不完全燃焼し,一酸化炭素が発生することは,民法717条に定める「工作物の瑕疵」に該当することは明らかである。

本件湯沸器及び本件排気筒の不具合により,本件事故が発生し,花子は,これにより死亡した。

(被告内山建物の主張)

原告らの主張は,否認する。

(6) 争点⑥(被告エクシングのマンション管理業者としての義務内容)について

(原告らの主張)

被告エクシングは,被告内山建物から,本件居室を含む本件マンションの管理の委託を受けていた。したがって,被告エクシングは,本件マンションの居住者に対し,排気筒の排気不良などを原因として湯沸器が不完全燃焼し,一酸化炭素が発生して生命が危険にさらされないように,湯沸器及び排気筒の性能を保持すべき注意義務(安全配慮義務)を負っている。

さらに,被告エクシングは,被告北ガスから一酸化炭素発生の危険性を知らされていたのだから,本件マンションの居住者に対し,この情報を提供するべき具体的な義務を負っていた。

(被告エクシングの主張)

原告らの主張は,争う。

原告らの主張は,被告エクシングが被告内山建物から委託を受けている本件マンションの管理委託業務の内容について,これに本件マンションの建物の保守点検管理業務(特にガス管関係の保守点検)も含まれていることを前提にしている。しかし,被告エクシングは,ガス管関係の専門的知識を有しないだけでなく,被告内山建物から,一般的な共同住宅の管理業務を依頼されていたに過ぎず,実際上は,入居者の家賃取立て代行業務と管理人の派遣業務を担当していたに過ぎない。

(7) 争点⑦(被告エクシングの予見可能性)について

(原告らの主張)

被告エクシングは,被告北ガスの担当者から,本件マンション内の各居室の湯沸器及び排気筒の不具合から一酸化炭素が発生する危険性を告知された。

したがって,被告エクシングには,本件事故の予見可能性があった。

(被告エクシングの主張)

原告らの主張は,否認する。

被告エクシングは,被告北ガスから本件居室について応急措置が必要とまでの告知や本件事故のような重大な事故が起きるとの切迫した警告を受けていない。

以上からすると,被告エクシングには,本件事故の予見可能性がなかった。

(8) 争点⑧(被告エクシングの結果回避可能性)について

(原告らの主張)

被告エクシングは,一酸化炭素が発生する危険性を知りながら,本件マンション内の各居室の湯沸器及び排気筒の不具合の修理を怠っただけでなく,居住者に対し,一酸化炭素発生の可能性を告知することを怠った。

被告エクシングの排気筒の排気不良などを原因として湯沸器が不完全燃焼し,一酸化炭素が発生して生命が危険にさらされないようにするという本件マンションの管理業者としての注意義務(安全配慮義務)に違反したことにより,本件事故が発生し,花子は,これにより死亡した。

(被告エクシングの主張)

原告らの主張は,否認する。

原告らの主張によれば,本来,管理業者に過ぎない被告エクシングが,自分の判断で,本件居室内のガス配管等の修繕を行うか,本件マンションの点検結果を花子に伝える必要があったことになるが,これは不可能を強いるものといえ,被告エクシングには,結果回避可能性がないといえる。

被告エクシングは,被告北ガスによる自主点検に協力し,また,自主点検が行われた結果や修繕のために必要な見積りを被告内山建物に対し,伝えるなどした。被告エクシングは,被告内山建物に対し,修理の指示を仰いだが,この際,被告内山建物から修理の指示はなく,被告北ガスからも何ら具体的な改善策を取るように伝えられなかった。さらに,被告エクシングは,被告北ガスの自主点検の結果,異常が認められた居室については,応急措置を実施,その費用を負担するなどしている。

以上の経過からすれば,被告エクシングは,本件マンションの管理業者として必要なことは全て行っているというべきである。

(9) 争点⑨(被告エクシングの占有の有無)について

(原告らの主張)

被告エクシングは,本件居室を含む本件マンションを占有しており,湯沸器及び排気筒を占有していた。

(被告エクシングの主張)

被告エクシングは,ガス管関係の技術も知識もなく,天井裏のガス配管設備まで占有していた事実はない。

(10) 争点⑩(被告エクシングの過失)について

(被告エクシングの主張)

被告エクシングには,本件事故の予見可能性はない。

また,被告エクシングは,管理業者に過ぎず,自分の判断で,本件居室内のガス配管等の修繕を行ったり,本件マンションの点検結果を花子に伝えることができるような立場にないため,本件事故の結果回避可能性もなかった。

なお,被告エクシングは,以下のとおり,本件マンションの管理業者として必要なことは全て行っているというべきである。すなわち,被告北ガスによる自主点検に協力し,また,自主点検が行われた結果や修繕のために必要な見積りを被告内山建物に対し,伝えるなどしている。また,被告エクシングは,被告内山建物に対し,修理の指示を仰いだが,この際,被告内山建物から修理の指示はなく,被告北ガスからも何ら具体的な改善策を取るように伝えられなかった。さらに,被告エクシングは,被告北ガスの自主点検の結果,異常が認められた居室については,応急措置を実施,その費用を負担するなどしている。

(原告らの主張)

本件湯沸器が本件排気筒の排気不良などを原因として不完全燃焼し,本件排気筒から一酸化炭素が発生することは,民法717条に定める「工作物の瑕疵」に該当することは明らかである。被告エクシングは,湯沸器及び排気筒に不具合があり,一酸化炭素が発生する危険性を認識していながら,これを放置したのであるから,被告エクシングが無過失ということはない。

(11) 争点⑪(被告北ガスの契約上の義務)について

(原告らの主張)

ア 被告北ガスは,花子との間で,都市ガス供給契約を締結していた。都市ガス供給契約に基づき,供給者である被告北ガスは,被供給者である花子に対し,同人の生命,身体に危害が及ぶことのないように万全の配慮をすべき安全配慮義務を負っている。

イ さらに本件では,被告北ガスは,a 本件マンションを自主点検した際,本件マンション内の各居室の湯沸器及び排気筒の不具合から一酸化炭素が発生する危険性を知っていただけでなく,b 被告エクシングに対し,自主点検の結果を知らせたにもかかわらず,同社あるいは被告内山建物が2か月以上も湯沸器及び排気筒を修理をせず,放置していることを知っていた。

ウ そうすると,被告北ガスは,花子を含む本件マンションの居住者に対し,① ガス事業法40条の2第4項の「ガス事業者は,その供給するガスによる災害が発生し,又は発生するおそれがある場合において,その供給するガスの使用者からその事実を通知され,これに対する措置をとることを求められたときは,すみやかにその措置をとらなければならない。自らその事実を知ったときも同様とする。」との規定の趣旨に基づき,都市ガスの供給を停止すべき義務を負っていたというべきであるし,② 同条第3項の「ガス事業者は,前項の規定による調査の結果,消費機器が同項の経済産業省令(注 本件事故当時は,通産省令)で定める技術上の基準に適合していないと認めるときは,遅滞なく,その技術上の基準に適合するようにするためにとるべき措置及びその措置をとらなかった場合に生ずべき結果をその所有者又は占有者に通知しなければならない。」との規定の趣旨に基づき,一酸化炭素が発生する危険性を通知すべき義務があった。

(被告北ガスの主張)

ア 原告らの主張は,否認ないし争う。

イ 原告らの主張は,今回北ガスが行った自主点検について,法定点検を想定したガス事業法40条の2の規定が当てはまることを前提にしている。しかし,かかる自主点検は,平成5年の北海道通商産業局長(当時)の事例通達により,10年計画で,被告北ガスが任意に行っているものであり,法定点検とは全く異なるものであって,原告らの主張は,その前提において誤っている。

(12) 争点⑫(被告北ガスの予見可能性)について

(原告らの主張)

被告北ガスは,自主点検の際,本件マンションの各居室において,一酸化炭素が発生する危険性を知った。

したがって,被告北ガスには,本件事故の予見可能性があった。

(被告北ガスの主張)

原告らの主張は,否認する。

ガス機器の不備は,一酸化炭素の発生に直に結びつくわけではない。また,本件マンションでは,一酸化炭素の発生事故は,自主点検から本件事故までの約10か月間,発生していない。

したがって,被告北ガスが自主検査を行い,ガス機器の異常を指摘したことをもって,本件事故について具体的な予見可能性があったということはできない。

(13) 争点⑬(被告北ガスの結果回避可能性)について

(原告らの主張)

被告北ガスは,ガス事業法40条の2第4項に基づき,都市ガスの供給を停止する義務を負っているし,同法40条の2第3項に基づき,所有者又は占有者に対し,通知する義務を負っていた。

そうすると,被告北ガスは,仮に被告内山建物あるいは被告エクシングの意思に反しても,都市ガスの供給の停止あるいは一酸化炭素が発生する危険性を告知できる立場に法令上あったことは明らかである。

被告北ガスは,これらをいずれも怠ったたため,本件事故が発生し,花子は,これにより死亡した。

(被告北ガスの主張)

原告らの主張は,否認する。

ガス事業法40条の2は,法定点検の結果,ガス機器の不備が発見された場合に適用されるのであって,自主点検の結果,ガス機器の不備が発見された場合には,同法の適用はない。したがって,被告北ガスは,原告ら主張の義務を負うことはない。

被告北ガスには,自主点検の場合には,都市ガスの供給を停止する権限はない。また,そもそも強制立入り検査権限もなく,検査に協力を求めることしかできない。

被告北ガスは,本件居室を3回以上訪れ,協力を求めたが,点検ができなかったのであるから,点検がなされなかったことについて,被告北ガスに責任があるとはいえない。

原告ら主張の通知義務の点についても,被告北ガスは,被告エクシングから,居住者に対し検査結果を知らせないことを前提に自主点検に応じてもらった事情があったことから,同義務を果たすことは不可能であった。

被告北ガスは,自主点検を行い,この結果について,被告エクシングに対し,改善を求めており,また,改善の見積書も提出するなどし,ガス供給会社としてなすべきことは全て果たしている。

(14) 争点⑭(被告北ガスの危険性不告知の違法性)について

(原告らの主張)

被告北ガスの本件マンションの居住者に対するガス供給契約上の注意義務から直ちに,ガス供給停止義務あるいは居住者に対する危険通知義務を導くことが出来ないとしても,本件では,被告北ガスは,本件マンションを自主点検した際,本件マンション内の各居室の湯沸器及び排気筒の不具合から一酸化炭素が発生する危険を具体的に認識していた。被告北ガスのかかる認識を前提にすれば,被告北ガスには,少なくとも花子を含む居住者全員に対し,一酸化炭素が発生する危険性を通知すべき義務があったというべきである。

被告北ガスは,前記義務を怠った。被告北ガスの前記義務違反により,本件事故が発生し,花子は,これにより死亡した。

(被告北ガスの主張)

原告らの主張は,争う。

被告北ガスは,一酸化炭素が発生する危険性について具体的な認識を持っていたとはいえない。

また,被告北ガスは,被告エクシングから,検査結果を知らせないように伝えられており,それゆえに花子に知らせなかったのであるから,検査結果を知らせなかった点についても違法性があるとはいえない。

(15) 争点⑮(過失相殺)について

(被告エクシングの主張)

仮に被告エクシングが原告らに対し,損害賠償義務があるとしても,本件事故の発生については,花子にも次のような過失があるから,賠償額の算定につき,斟酌されるべきである。

すなわち,被告エクシングは,ガスの保安検査がある旨の張り紙を本件マンション内に掲示し,各居室に同旨の案内をするなどして,ガス検査に応じるよう周知する努力をしていた。また,被告北ガスは,検査のため,6回,本件居室を訪れているが,検査を行うことはできなかった。

このように,検査があることを知らせるよう努力し,かつ現実に6回も本件居室に検査に訪れたにもかかわらず,検査がなされなかったのは,花子は,滞納気味であった家賃の督促を怖れたこと,居室内の清掃をしていないなどのため,居留守を使ったことが原因と考えられ,本件事故の原因である本件居室の自主点検の未了は,専ら花子の側の事情に起因している。

(原告らの主張)

被告エクシングの主張は争う。

被告エクシングは,花子が,自主点検を自らの意思で拒否したかのような事実を前提にしているが,本件では,そのような事実はない。

また,被告エクシングは,本件事故の原因について,本件居室の自主点検が未了であったことを前提にしている。しかし,自主点検がなされた居室においても,本件事故の発生の原因となった排気筒の応急修理は行われていない。そうすると,本件居室の自主点検が行われていれば,本件事故は発生しなかったといえるはずはない。

本件事故の真の原因は,被告らが一酸化炭素が発生する可能性があるという重大な事実を知りながら,居住者に対し,その事実を秘匿し何らの措置も取らなかったことにあり,自主点検の有無にはない。

被告エクシングの過失相殺の主張は,自らの過失を棚上げして,花子の落ち度を指摘するものであり,信義則あるいは公平の観点からも理由がない。

(16) 争点⑯(損害額)について

(原告らの主張)

ア 花子に発生した損害

原告らは,花子の父母として,同女の次の(ア)及び(イ)の請求権を各2分の1ずつ,すなわち,3153万3914円ずつ相続した。

(ア) 逸失利益 3806万7828円

a  算定基礎事実

(a) 年間収入 307万8900円(賃金センサス平成9年第1巻第1表産業計・全労働者の20歳から24歳の平均年収額)

(b) 死亡時の年齢 23歳

(c) 就労可能年数 44年

(d) 生活費控除 30パーセント

(e) 中間利息控除 17.663(ライプニッツ係数)

b  計算式

307万8900円×(1−0.3)×17.663=3806万7828円

(イ) 慰謝料 2500万円

花子は,本件事故により,23歳の若さで尊い生命を奪われたが,その死亡に至るまでの肉体的・精神的苦痛を慰謝料に換算すると,少なくとも2500万円と算定するのを相当とする。

イ 原告ら固有の損害

(ア) 葬儀費用 120万円

花子の父である原告甲野は,本件事故により,葬儀を営み,多額の費用を支出したが,被告らは,そのうち,少なくとも120万円を負担すべきである。

(イ) 原告ら固有の慰謝料 各100万円

原告らは,その娘である花子の死亡により甚大な精神的苦痛を被ったものであり,これに対する慰謝料は,各100万円が相当である。

(ウ) 弁護士費用 各332万5000円

原告らは,本件事故による損害賠償請求訴訟手続を原告ら訴訟代理人らに対し,委任し,その着手金,報酬として総額665万円を支払う約束をし,原告らは,各332万5000円ずつを負担することとした。

ウ 原告らの損害のまとめ

(ア) 原告甲野につき, 3705万8914円

(イ) 原告乙山につき, 3585万8914円

合計       7291万7828円

(被告らの主張)

原告らの主張は,すべて不知ないし争う。

(17) 争点⑰(時効消滅)について

(被告北ガスの主張)

ア 本件事故は,平成10年12月7日に発生した。仮に,本件事故が被告北ガスの不法行為に基づくものであるとしても,原告らは,同日の時点で,本件事故の発生及び被告北ガスの過失に基づくものであることを知っており,原告ら主張の損害賠償請求権については,同日から本訴提起まですでに3年経過している。

イ 被告北ガスは,原告らに対し,平成14年4月26日の当審第1回口頭弁論期日において,上記時効を援用するとの意思表示をした。

(原告らの主張)

被告北ガスの主張は争う。

原告らが,被告北ガスの責任を追及しうると認識しえたのは,原告らが,被告内山建物及び被告エクシングを相手方として,平成14年12月4日,札幌簡易裁判所に対し,調停申立て手続を行った以降であり,かつ,札幌中央署の捜査が被告北ガスに対し行われたことを知ってからである。

したがって,消滅時効の起算点は,本件事故よりもかなり後であって,この時点から本訴提起までは3年を経過していない。

第3  争点に対する判断

1  認定した事実

前記第2の1前提となる事実,後記認定に供した証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  本件マンションの概要,所有関係等

本件マンションは,鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根10階建,全77戸からなる賃貸マンションであり,昭和62年6月23日に建築された。被告内山建物は,同年7月20日,本件マンションの所有権保存登記をした。

本件マンションは,平成10年3月12日,株式会社北海道銀行の申立てにより,札幌地方裁判所から競売開始決定が出されており,平成11年4月9日,第三者に強制競売により所有権が移転した。(甲1,甲17から甲19まで,甲23,甲26,弁論の全趣旨)

(2)  被告内山建物と被告エクシングとの本件マンションの管理委託契約等

ア 被告内山建物は,平成9年11月15日,被告エクシングとの間で,本件マンションの管理委託契約を締結した(以下,「本件管理委託契約」という。)。本件管理委託契約を締結するまでの本件マンションの管理業務は,被告内山建物が自ら行っていた。

本件管理委託契約を機に,被告内山建物が管理していたころの管理人であったBが,被告エクシングに転職して,引き続き,管理人として常駐した。Bは,家賃の回収,住人の要望,苦情の処理報告,本件マンションの管理業務,関係者からの回覧業務を行った。(甲19,乙ロ3,乙ロ4,乙ロ6,乙ロ10,乙ロ11,被告エクシング代表者,弁論の全趣旨)

イ 本件管理委託契約にかかる契約書(乙ロ4,以下,「本件管理委託契約書」という。)によれば,被告エクシングは,本件管理委託契約に基づき,次のとおりの業務等を行うこととされていた(なお,本件管理委託契約書には,委託者(甲)として,C外2名と記載されているが,実質的な委託者は,被告内山建物である。C外2名は,被告内山建物の債権者であり,本件管理委託契約に基づいて,被告エクシングから直接,本件マンションの賃料収入を得ていたに過ぎない。)。(甲19,乙ロ3,乙ロ4,乙ロ6,乙ロ10,乙ロ11,被告内山代表者,被告エクシング代表者,弁論の全趣旨)

(ア) 本件管理委託契約書第2条によると,被告エクシングは,a 管理物件の機能管理,保全管理,衛生管理及び営繕業務。b 賃借人の募集,選択,賃貸借契約の締結履行,条件変更,更新,解除等の契約管理。c 賃料,共益費,附加使用料,駐車料等の計算徴収及び敷金,保証金等預り金の受託保管ならびに管理物件に係る維持管理費,地代,町内関係費,損害保険料その他必要諸経費等の支払等の収支管理。d その他,被告内山建物より特別に指示を受けた事項。e 別途協議による訴訟手続等をそれぞれ担当することになっていた。

(イ) 同第3条によると,被告エクシングは,被告内山建物(実際には,C外2名に支払われる。)に対し,a 平成9年12月1日から平成11年11月31日までの2年間は満室時賃料の75パーセント,b 平成11年12月1日からの3年目以降は満室時賃料の80パーセントの家賃保証をすることになっていた(なお,同条項は,委託者甲が受託者乙に対し,家賃保証をする旨の記載がなされている。しかし,被告エクシング代表者は,Cに対し支払う金額が決まっており,残額が報酬である旨供述しているので,このように認定した。)。

(ウ) 同第4条によると,被告エクシングは,管理業務を行う場合,日常使用による消耗,破損及び故障に伴う小修繕は適宜行い,その費用も負担することになっていた。ただし,大規模な修繕を伴う場合は,随時,被告内山建物と協議の上,被告内山建物の同意を得て実施し,その費用は被告内山建物の負担とすることになっていた。

(エ) 同第5条によると,被告エクシングは,前記(ア)記載の行為のほか,紛争その他通常生ずべき事項に属さない事項についても遅滞なく,事情を報告し,被告内山建物の指示に従って交渉の代行,その他必要な行為を行うことになっていた。その際,特別の費用労力等を要した場合は,被告エクシングは,被告内山建物に対し,別途費用を請求できることになっていた。

(3)  花子と被告内山建物との間の賃貸借契約等

ア 花子は,平成7年10月5日,被告内山建物との間で,本件賃貸借契約を締結し,本件事故の発生まで,本件居室に居住していた。(前記第2の1前提となる事実(1)で認定,甲15の1,2)

イ 本件居室に設置された本件湯沸器及び本件排気筒については,被告内山建物の所有であり,本件賃貸借契約に基づき花子が使用するものである。花子が,本件居室に入居した際,被告北ガスの担当者は,同人との間で,都市ガス供給契約を締結し,入居時点検として,花子の使用するガス機器の露出部分について点検を行った。なお,この際,本件湯沸器及び本件排気筒について燃焼時の二酸化炭素及び一酸化炭素の測定は行われていない。

被告北ガスの担当者は,入居時点検の際,本件居室のガス機器等に異常を認めなかった。(甲22,弁論の全趣旨)

(4)  本件マンションの湯沸器及び排気筒の構造等

本件湯沸器は,パロマ工業株式会社製,PH−1600CMF型,都市ガス用,半密閉式・強制排気式のものであり,燃焼用の空気を室内から取り,燃焼排ガスは,戸外に通じる本件排気筒から,排気ファンによって強制的に戸外に排出される仕組みになっている。本件湯沸器上部には本件排気筒が接続され,天井裏を経て外壁排気口に達している。本件排気筒は,直径約6センチメートルの金属管4本を止め具又はアルミテープでつないだ全長約578センチメートルのもので,天井裏の部分は繊維質の断熱材で覆われていた。

これらの構造は,本件マンションの他の居室の湯沸器及び排気筒についてもおおむね同様であった。(甲11から甲13まで,甲21から甲26,証人D)

(5)  一酸化炭素発生のメカニズム等

ア 都市ガスは,必要な空気の供給を受けて完全燃焼すると,二酸化炭素と水蒸気となる。しかし,何らかの原因で十分な空気が供給されず不完全燃焼を起こした場合には,一酸化炭素が発生する。一酸化炭素は,無色・無味・無臭・無刺激性の気体で,空気よりもやや軽い,可燃性で12.5パーセントから74.2パーセントの一酸化炭素を含む空気に点火すると爆発する。これが室内に漏れ出して室内に溜まると,室内にいた人間が一酸化炭素中毒となり,空気中の一酸化炭素濃度が0.1パーセントでは約五,六時間,0.2パーセントでは約2時間,0.3から0.4パーセントでは約1時間,0.4から0.5パーセントでは二,三十分で死に至るとされる。(甲8,甲10,甲20の1ないし7)

イ 温暖な地域においては,湯沸器は,屋外に設置されることが多いが,北海道のような寒冷地の場合,機器内の水の凍結を避けるため,湯沸器を屋内に設置することが多い。その場合,湯沸器とともにこれに接続する排気筒についても湯沸器から屋外に至るまで天井裏などに設置することになる。その結果,天井裏に設置された排気筒が経年変化により劣化した場合,排気筒の排気漏れが屋内に環流するという危険性が生じる。

本件マンションにおける湯沸器及び排気筒のシステムは,前記のように屋内に設置される形態で,自然吸気強制排気のシステムを取っていた。すなわち,湯沸器でガスを使用して燃焼した後の二酸化炭素を含んだ排気をファンで強制的に排気筒を通して屋外に排気し,その際,排気筒内の内圧の低下によって湯沸器内に室内の空気を自然に吸引して取り込み,その空気中の酸素を使用してガスを燃焼させるものであった。

上記仕組みの場合,排気筒から何らかの原因により燃焼ガスが漏れるようなことが起きると,円滑な排気が阻害される排気不良が生じて,湯沸器にガスの燃焼に十分な酸素が取り込まれなくなって不完全燃焼が生じ,一酸化炭素が発生しやすくなり,さらに,発生した一酸化炭素は,排気筒から漏出し,屋内に蔓延するという危険性が生じる。(甲11,甲21,甲22,甲24から甲26まで,証人D)

(6)  被告北ガスによる自主点検の経緯等

ア 北海道通商産業局長は,被告北ガスに対し,平成5年5月20日付けの書面により,山梨県のリゾートマンションにおいて大型給湯暖房機の不完全燃焼による一酸化炭素の発生により7名が死亡するという事故を受けて,同様の事故の再発防止に努めるよう通知した。被告北ガスは,これを受けて,平成6年ころから,集合住宅における湯沸器及び排気筒からの排気漏れ等による一酸化炭素中毒を防止するために,集合住宅の所有者・居住者等の同意を得て,各居室の湯沸器及び排気筒の無料検査(以下,「自主点検」という。)を行っていた。(甲22,甲24から甲26まで,乙ハ1,証人D)

イ 被告北ガスの本件マンションにおける自主点検(以下,「本件自主点検」という。)の担当者であるDは,平成10年2月ころ,被告エクシング代表者に対し,本件自主点検を申し入れた。被告エクシング代表者は,被告内山建物代表者の了解を得て,これを承諾した。

被告エクシングは,この際,被告北ガスに対し,本件自主点検に際しては,その結果を直接,居住者に知らせないようにと伝えた。

本件自主点検は,被告北ガスの本件自主点検の担当者らが,同月17日から20日かけて,本件マンションの各居住者を戸別訪問し,居住者の立会の上,点検を行うという形態で行われた。

本件自主点検の具体的な内容は,(ア) 湯沸器を燃焼させて,天井裏の排気濃度(二酸化炭素濃度)を測定する,(イ) 天井裏の排気筒を目視する,(ウ) 湯沸器を5分間程度燃焼させて,戸外の排気筒末端部分において排気濃度(一酸化炭素濃度)を測定するなどを内容としていた。(甲22,甲24から甲26まで,乙ハ2,証人D)

ウ 被告北ガスは,本件マンション全77戸中,居住者の承諾が得られた37戸で本件自主点検を実施した。

被告北ガスは,少なくとも3回,本件居宅を訪れたが,本件自主点検を行うことができなかった。

被告北ガスは,本件居室に,自主点検を行っているので,後日連絡を乞う旨の連絡書を投函した。(甲8,甲22,甲24から甲26まで,乙ロ8,乙ハ2,乙ハ3,被告内山建物代表者,被告エクシング代表者,証人D)

(7)  本件自主点検の結果報告等

ア 北ガスの行った本件マンションの37戸の自主点検のうち,36戸(なお,本件自主点検の結果を記載した「ガス給湯器排気筒点検結果報告」(以下,「本件報告書」という。)別表によれば,35戸であるが,以下においては,本件報告書本文に従い,36戸と表記する。)において,天井裏において,0.3パーセント以上の二酸化炭素濃度が検出され,北ガスの基準により,天井裏において排気漏れがあると判定された。

目視の結果では,3戸において,天井裏の排気筒末端の外壁貫通部が腐食し,排気筒が外壁内側の接続部から外れていることが確認された。断熱材についても,腐食による穴あきのために排気によって発生したと認められる染みが多数認められた。

このほか,上記37戸中34戸について,湯沸器を約5分間燃焼させて排気筒末端における一酸化炭素濃度を計測したところ,約20戸において,北ガスの基準(0.015パーセント)によれば,湯沸器の不完全燃焼と判定される一酸化炭素が検出された。

被告北ガスの検査担当者であるEらは,本件自主点検の結果,天井裏の排気漏れは,排気筒の外壁貫通部の腐食による同部分からの漏洩又は排気管の接続部のアルミテープがはがれたことによる接続部からの漏洩によるものと推定した。

また,同人らは,こうした排気漏れがあれば,排気不良が生じて燃焼に必要な空気を湯沸器に供給する機能が低下し,不完全燃焼が生じて一酸化炭素が発生する可能性があると判断した。(甲22,甲24から甲26まで,乙ハ2,証人D)

イ 被告北ガスは,平成10年2月23日ころ,被告エクシングに対し,本件報告書を交付した。被告エクシングは,同じころ,被告内山建物代表者に対し,これを交付した。(甲22,甲26,乙ロ6,乙ハ2,証人D,被告内山建物代表者,被告エクシング代表者)

ウ 本件報告書の記載は,概略,次のとおりの記載がなされていた。(甲26,乙ハ2)

(ア) 「点検結果」欄には,77戸中37戸の点検の結果,36戸で「天井裏にて排気漏れ」があり,「そのうち,腐食による排気はずれ(外壁貫通部)3戸」があったことのほか,「腐食による穴あきが,断熱材のシミ等から多数あると推測されます。」とあり,「漏洩推定原因」として,「排気筒のスパイラル部が腐食し漏洩しています。また,経年劣化によりアルミテープがはがれ排気筒の接続部より漏洩していると思われます。」などと記載されていた。このほか,「湯沸器の燃焼不具合」として,20戸において被告北ガス基準値以上のCO(一酸化炭素のこと。以下,同じ。)が検出され,「内10件は了解をいただき修理完了いたしました。残りの10件についても修理させていただきたいと思います。」と記載され,別紙として各戸のCO2(二酸化炭素のこと。以下,同じ。)及びCO測定値の一覧表が添付されていた。

(イ) 「排気漏洩基準」欄には,「特に湯沸器が不完全燃焼した場合には排気ガス中にCOが含まれそれを人間が吸引すると一酸化炭素(CO)中毒に至る恐れがあります。」などと記載されていた。

(ウ) 「改善方法案」欄には,「改善にあたり最優先しなければならないことは排気漏れを防ぐことでありますが,費用投資としては将来的な面からも今回において全排気筒の交換をされることがトータルコストの低減にもつながると思われますので,下表の改善案をご提案致します。」などと記載されていた。

(エ) 「お願い」欄には,「今回の調査においては,排気ガスの漏れ,湯沸器の燃焼不具合についてお客様に,お知らせしておりません。このことからも,入居者様の安全を鑑み,燃焼不具合の湯沸器の修理を早期に行うとともに,排気筒の改善をお勧めいたします。」などと記載されていた。

(オ) 「その他」欄には,「ガス給湯器排気筒不備による中毒事故は少なくない現状にあります。」「札幌市内におきましても,ここ数年天井裏設置の排気筒による排気ガス漏洩中毒事故が発生しております。」「特に寒冷地では排気筒が室内の天井裏に設置されている場合が多く,排気筒の経年劣化による不具合が生じましても,日常生活上極めて発見しにくい状況にあります。」「弊社では,平成6年4月より自主点検として排気筒の不備等を発見し事故防止を目的とした調査を実施し,不備を発見した場合は改善をお願いしております。」などと記載されていた。

(8)  排気筒等の交換工事等の見積依頼等

ア 被告北ガスは,本件自主点検によって,湯沸器の不完全燃焼が確認された20戸については,湯沸器に応急の修理を行った。この費用の10数万円については,被告エクシングが負担した。排気筒については,応急の修理は行われていない。

被告北ガスは,平成10年4月15日ころ,被告エクシングに対し,本件マンション全体の排気筒交換工事等の見積書2通(見積額約1300万円と約1800万円のもの。後者は,湯沸器・排気筒の一括交換工事を内容としている。)を交付した。被告エクシングは,同じころ,被告内山建物代表者に対し,これを交付した。被告内山建物は,本件マンションについて既に競売開始決定がなされていたことや資金難を理由に,本件マンションの排気筒の交換工事を行わないことにし,約2週間後,被告北ガスにその旨を伝えた。(甲22,甲26,乙ロ2の1,乙ロ5,乙ロ6,証人D,被告内山建物代表者,被告エクシング代表者)

イ 被告内山建物,被告エクシング及び被告北ガスは,本件マンションの居住者に対し,本件報告書の内容を通知したり,一酸化炭素が発生する危険性があることの注意喚起をすることはしていない。(弁論の全趣旨)

ウ 本件事故の発生に至るまで,本件マンションにおいて,一酸化炭素が発生する事故は発生していない。(弁論の全趣旨)

(9)  本件事故の発生

本件排気筒は,本件居室の天井裏の本件排気筒の末端部分が腐食し,外壁の排気口と分離するなどしていたために,同室に設置された本件湯沸器の燃焼に伴う燃焼ガスの排出不良をもたらし,これにより本件湯沸器が不完全燃焼して,一酸化炭素が発生し,同室天井裏の排気筒から漏れ出して同室内に環流するおそれがあった。

花子は,平成10年12月7日午前5時ころ,本件居室内において,本件湯沸器を使用したことから一酸化炭素が発生し,一酸化炭素中毒により,死亡した。(前記第2の1前提となる事実(1)(2)で認定,甲26,弁論の全趣旨)

2  争点①(被告内山建物の契約上の義務)について

(1)  前記1で認定した事実によれば,ア 被告内山建物は,本件居室を所有し,その付帯設備である本件湯沸器及び本件排気筒を所有していること,イ 被告内山建物は,本件賃貸借契約に基づき,花子に対し,本件居室をその付帯設備とともに賃貸したこと,ウ 本件事故の原因となった本件排気筒の補修につき,本件賃貸借契約において花子が行うなどの特段の合意がないこと(甲15の1)が認められる。

そうすると,被告内山建物は,本件賃貸借契約に基づき,本件居室の付帯設備である本件湯沸器及び本件排気筒を使用収益させる義務を負い,その義務の内容には,通常の使用方法の範囲であれば安全かつ有用に使用できるように性能を保持すべき義務が含まれることは明らかである。

(2)  被告内山建物は,入居時の引渡の際,本件居室及びその付帯設備につき何ら異常がない旨を花子から確認を取っていることから,前記義務を免れる旨の主張をするが,賃貸借契約の継続性からすると,これを採用することはできない。

(3)  以上から,被告内山建物は,賃貸人として,花子に対し,本件湯沸器及び本件排気筒の性能を保持すべき義務を負っているとの原告らの主張には理由がある。

3  争点②(被告内山建物の義務違反の有無)について

(1)  原告らは,被告内山建物は,被告北ガスの担当者から,本件マンション内の各居室の湯沸器及び排気筒の不具合から一酸化炭素が発生する危険性を告知され,本件事故が発生する危険性を認識し得たと主張するので,この点について判断する。

前記1で認定した事実によれば,被告内山建物は,本件事故の発生前に,被告北ガスから,本件報告書をもって,本件マンションの湯沸器及び排気筒の不具合を指摘されていることが認められ,本件報告書が本件事故発生の予見可能性を基礎付けるものであるかを検討する。

前記1で認定した事実及び後記認定に供した証拠によれば,次のとおりの事実を認めることができる。

ア(ア) 本件報告書の「改善方法案」欄には,「改善にあたり最優先しなければならないことは排気漏れを防ぐことでありますが,費用投資としては将来的な面からも今回において全排気筒の交換をされることがトータルコストの低減にもつながると思われますので,下表の改善案をご提案致します。」などの記載があること,(イ) 「お願い」欄には,「今回の調査においては,排気ガスの漏れ,湯沸器の燃焼不具合についてお客様に,お知らせしておりません。このことからも,入居者様の安全を鑑み,燃焼不具合の湯沸器の修理を早期に行うとともに,排気筒の改善をお勧めいたします。」などの記載があること,(ウ) 「その他」欄には,「弊社では,平成6年4月より自主点検として排気筒の不備等を発見し事故防止を目的とした調査を実施し,不備を発見した場合は改善をお願いしております。」などの各記載がある。これらの記載からすると,本件報告書は,一酸化炭素が発生し,人身事故が発生する切迫した危険性を告知した文書であるとまではいえない。

イ  被告北ガスの担当者においても,営業行為の一環として行われていると誤解されるおそれがあったことから,被告エクシングあるいは被告内山建物に対し,本件報告書を交付した際,あるいは,その後においても,本件マンションの湯沸器及び排気筒の修理を強く勧めたと認められる証拠はない。(甲22,乙ハ4,証人D)

しかしながら,他方で,次のとおりの事実もまた,認めることができる。

a  一酸化炭素は,無色・無味・無臭・無刺激性の気体で,空気中の一酸化炭素濃度が0.1パーセントでは約五,六時間,0.2パーセントでは約2時間,0.3から0.4パーセントでは約1時間,0.4から0.5パーセントでは二,三十分で死に至るとされ,非常に生命,身体に対する危険性が高いものであり,このような一酸化炭素中毒による人身事故の危険は,広く知られているところである。本件報告書の「排気漏洩基準」欄には,「特に湯沸器が不完全燃焼した場合には排気ガス中にCOが含まれそれを人間が吸引すると一酸化炭素(CO)中毒に至る恐れがあります。」,同じく「その他」欄には,「ガス給湯器排気筒不備による中毒事故は少なくない現状にあります。」「札幌市内におきましても,ここ数年天井裏設置の排気筒による排気ガス漏洩中毒事故が発生しております。」などと記載され,その旨の指摘がなされていた。

b  本件報告書の「点検結果」欄には,77戸中37戸の点検の結果,36戸で「天井裏にて排気漏れ」があり,「そのうち,腐食による排気はずれ(外壁貫通部)3戸」があったことのほか,「腐食による穴あきが,断熱材のシミ等から多数あると推測されます。」とあり,「漏洩推定原因」として,「排気筒のスパイラル部が腐食し漏洩しています。また,経年劣化によりアルミテープがはがれ排気筒の接続部より漏洩していると思われます。」などと記載されていた。このほか,「湯沸器の燃焼不具合」として,20戸において被告北ガスの基準値以上のCOが検出され,「内10件は了解をいただき修理完了いたしました。残りの10件についても修理させていただきたいと思います。」と記載され,別紙として各戸のCO2及びCO測定値の一覧表が添付されていた。これらの記載からすれば,本件報告書は,本件マンションの排気筒等の欠陥から一酸化炭素が発生する危険性を具体的に指摘しているものと認めることができる。

c  被告内山建物は,本件報告書により,本件マンションの湯沸器及び排気筒の修理の必要を認めながら,資金難等からこれを断念した。(甲18,甲26,被告内山建物代表者)

以上の事実を総合すると,上記アイの事情があったとしても,被告内山建物には,上記aからcの事実からすれば,本件報告書が本件事故の発生の予見可能性を基礎付けるものであることは肯定することができ,被告内山建物には,本件事故の発生の危険性の認識(予見可能性)があったと認めることができる。

(2)  前記説示のとおり,被告内山建物において,本件事故の予見可能性が認められる以上,被告内山建物は,本件マンションの賃貸人として,花子を含む本件マンションの居住者に対し,本件自主点検の結果を速やかに通知し,湯沸器の使用に当たっての注意を喚起するとともに,欠陥のある排気筒を交換するなどして,湯沸器の不完全燃焼による一酸化炭素中毒事故の発生を未然に防止すべき義務を負っていたというべきである。

(3)  そして,前記1で認定した事実によれば,被告内山建物は,前記義務についてこれを果たさなかったことが認められ,以上説示したところによれば,原告らの主張のとおり,被告内山建物には,本件賃貸借契約上の義務違反があったと認められる。

また,原告ら主張の被告内山建物の義務違反と本件事故の発生との間に因果関係があることは言うまでもない。

(4)  以上のとおり,原告らの被告内山建物に対する責任原因に関係する主位的請求原因事実については,認めることができるので,予備的請求原因に関係する争点③から⑤については,判断しない。

4  争点⑥(被告エクシングのマンション管理業者としての義務内容)について

(1)  被告エクシングは,原告ら主張の安全配慮義務を花子に対して負うかについて検討する。

前記1で認定した事実によれば,次のとおりの事実を認めることができる。

ア 被告エクシングは,被告内山建物から本件マンションの管理の委託を受け,管理人を配置して,家賃の回収,住人の要望,苦情の処理報告,本件マンションの管理業務,関係者からの回覧業務を行うなどして居住者と日常的に接していた。

イ 被告エクシングは,本件管理委託契約書によれば,管理物件の機能管理,保全管理,衛生管理及び営繕業務を担当することになっており,管理業務を行う場合,日常使用による消耗,破損及び故障に伴う小修繕は適宜行い,その費用も負担することになっていた。

ウ 被告エクシングは,所有者(実際には,被告内山建物であるが,同人の債権者であるC外2名)に対し,a 平成9年12月1日から平成11年11月31日までの2年間は満室時賃料の75パーセント,b 同年12月1日からの3年目以降は満室時賃料の80パーセントの家賃保証をして収益を上げていた。

エ 本件自主点検においても,被告エクシングは,被告内山建物に代わって,被告北ガスとの交渉窓口となっていた。

以上の事実によれば,被告エクシングは,本件マンションの管理業務全般を担当していただけでなく,所有者である被告内山建物と同様に,本件マンションの賃貸経営に深く関与していたとみることができ,本件マンションの居住者に対し,賃貸人である被告内山建物と同様の義務を負うというべきである。

これに反する被告エクシングの主張は,採用することができない。

(2)  以上から,原告ら主張の被告エクシングの安全配慮義務は,認めることができる。

5  争点⑦(被告エクシングの予見可能性)について

(1) 原告らは,被告エクシングは,被告北ガスの担当者から,本件マンション内の湯沸器及び排気筒の不具合から一酸化炭素が発生する危険性を告知され,本件事故が発生する危険性を認識し得たと主張するので,この点について判断する。

前記1で認定した事実によれば,被告エクシングは,本件事故の発生前に,被告北ガスから,本件報告書をもって,本件マンションの湯沸器及び排気筒の不具合を指摘されていることが認められ,本件報告書が本件事故の発生の予見可能性を基礎付けるものであるかが問題となる。

この点については,前記3(1)で説示したことは,被告エクシングにも同様にあてはまること,被告エクシングは,湯沸器の応急修理費用の負担をしていることから修理の必要性を認めていたことからすると,これを肯定できるというべきである。

(2) 以上から,原告らの主張のとおり,被告エクシングには,本件事故の発生の危険性の認識(予見可能性)があったと認めることができる。

6  争点⑧(被告エクシングの結果回避可能性)について

(1)  前記5で説示のとおり,被告内山建物において,本件事故の予見可能性が認められる以上,被告内山建物は,本件マンションの賃貸人として,花子を含む本件マンションの居住者に対し,本件自主点検の結果を速やかに通知し,湯沸器の使用に当たっての注意を喚起するととともに,欠陥のある排気筒を交換するなどして,湯沸器の不完全燃焼による一酸化炭素中毒事故の発生を未然に防止すべき義務を負っていたというべきである。

そして,前記4(1)で説示のとおり,被告エクシングは,被告内山建物と同様の義務を負う。

(2)  これに対し,被告エクシングは,管理業者に過ぎず,前記のような義務を果たすことが不可能であり,結果回避可能性がないことを理由に前記義務がないと主張し,被告エクシング代表者もこれに沿う供述をするので検討する。

前記1で認定した事実によれば,たしかに,ア 本件マンションの湯沸器及び排気筒の修理工事を行うには,少なくとも1300万円の費用を要することになること,イ 前記費用については,本件管理委託契約書によれば所有者たる被告内山建物が負担すべきであり,被告エクシングの負担すべきものではないこと,ウ 被告内山建物は,この費用負担ができず,修理工事が行われなかったことが認められる。

しかしながら,前記4で説示のとおり,被告エクシングは,日常的に管理人を配して本件マンションの管理業務を行っているだけでなく,本件マンションの経営にも深く関与している。

そうすると,本件マンションにおいて一酸化炭素が発生する危険性について認識を有している以上,所有者たる被告内山建物の指示がないが故に,管理業者である被告エクシングにおいて何ら対処策を取らなくてもいいとは到底いえない。

被告エクシングにおいては,本件マンションの居住者に対し,一酸化炭素が発生する危険性を告知し,注意を呼びかけることが必要であったというべきであり(これが可能であることはいうまでもない。),これにより,本件事故の発生を防ぐことができたとも考えられる。

以上から,被告エクシングの主張は採用することはできない。

(3)  以上のとおり,原告らの被告エクシングに対する責任原因に関係する主位的請求原因事実については,認めることができるので(原告ら主張の被告エクシングの義務違反と本件事故の発生との間に因果関係があることは前記説示のとおりである。),予備的請求原因に関係する争点⑨⑩については,判断しない。

7  争点⑪(被告北ガスの契約上の義務)について

(1)  被告北ガスが,原告ら主張のガス供給契約に基づいて,安全配慮義務を負うかについて検討する。

ア  ガス供給事業は,常に人の生命財産等を侵害する事故発生の危険性を伴うことから,ガス事業法は一定の資格を備えたものに限り独占的に上記事業を営む許可を与えることとし,許可を受けたガス事業者は,諸法規によりガス保安のため種々の行政上の義務を負っている。

そして,ガス事業者は,一般のガス使用者に比べて,ガス保安に関する高度の専門的知識,技術を有するものであることを考慮すると,被告北ガスは,上記のようなガス事業者として,ガス事故防止のため高度の注意義務を要求されると解すべきであり,その意味で,被供給者に対し,ガス供給契約に基づき,同人の生命,身体に危害が及ばないように配慮すべき安全配慮義務を負っているというべきである。

イ 以上の見地から,被告北ガスは,本件において,具体的にいかなる義務を負っていたのかについて検討する。

前記1で認定した事実及び後記認定に供した証拠によれば,次のとおりの事実を認めることができる。

(ア) 被告北ガスは,平成5年5月20日付けの北海道通商産業局長の通知に基づき,湯沸器及び排気筒の不具合により一酸化炭素が発生する事故を防ぐために自主点検を行っていた。そして,被告北ガスは,本件マンションにおける湯沸器及び排気筒のシステムは,屋内に設置される形態であることから,排気筒から何らかの原因により燃焼ガスが漏れるようなことが起きると,円滑な排気が阻害される排気不良が生じて,湯沸器に不完全燃焼が生じ,一酸化炭素が発生する可能性があることを認識した上で,本件自主点検を行った。

(イ) 本件自主点検は,a 湯沸器を燃焼させて,天井裏の排気濃度(二酸化炭素濃度)を測定する,b 天井裏の排気筒を目視する,c 湯沸器を5分間程度燃焼させて,戸外の排気筒末端部分において排気濃度(一酸化炭素濃度)を測定するなどを内容としていた。本件自主点検は,居住者の使用するガス機器とガス供給施設である元栓の接続状態を検査する入居時の検査や排気筒の外部のみを目視するいわゆる法定点検とは異なり,湯沸器や排気筒からの排気漏れの有無を念頭に置いた検査といえた。

(ウ) 被告北ガスは,本件自主点検において,37戸中36戸において,排気漏れが生じており,その原因は,湯沸器及び排気筒の経年劣化等によるものであり,本件マンションの全居室において,これらの修理工事を要することを認識していた。また,この際,被告北ガスは,本件マンションの湯沸器及び排気筒から一酸化炭素の発生する危険性についても認識していた。

以上からすれば,被告北ガスは,本件自主点検の結果を踏まえ,本件マンションにおいて,湯沸器及び排気筒から排気漏れが生じないように具体的な対策を取るべき義務があったことは明らかである。

なお,被告北ガスにおいて,とるべき具体的な対策の内容及びこれを尽くしていたかについては,後記9の争点⑬(被告北ガスの結果回避可能性)の項において検討することとする。

8  争点⑫(被告北ガスの予見可能性)について

(1)  被告北ガスの本件事故の予見可能性について検討する。被告北ガスは,本件自主点検により,本件報告書を作成し,本件報告書の記載内容については,前記3で説示したとおりであり,被告北ガスの本件自主点検における認識については,前記7で説示したとおりである。

そうすると,被告北ガスは,本件事故の予見可能性があったことは明らかである。

(2)  被告北ガスは,本件自主点検によって,本件事故のような一酸化炭素中毒事故の発生についていつの時点でどの場所で発生するかについてまでの具体的な認識を有していたわけではないとするが,そのような具体的な認識がなければ,本件事故の予見可能性がないとまではいえないことから,被告北ガスの主張は採用できない。

(3)  以上から被告北ガスは,本件事故の予見可能性があったといえ,原告らの主張には,理由がある。

9  争点⑬(被告北ガスの結果回避可能性)について

(1) 被告北ガスが,前記7で説示のとおりのガス供給契約上の安全配慮義務を尽くしたのかにつき,結果回避可能性を踏まえて検討する。

被告北ガスは,ガス事業法40条の2に基づき,ガス消費機器(同法40条の2第1項にいうガスを消費する場合に用いられる機械又は器具のこと。以下同じ)の安全な使用のために,調査する義務を負い(同条第2項),調査の結果,不備を発見した場合には,所有者又は占有者に対し,通知する義務を負い(同条第3項),また,「その供給するガスによる災害が発生し,又は発生するおそれがある場合」には,すみやかに措置をとるべき義務を負っている(同条第4項)。

そうすると,被告北ガスにおいては,本件自主点検の結果,前記8で説示したとおり,本件事故の予見が可能であったのであるから,ガス事業法40条の2に基づいて,調査した結果を所有者又は占有者に対し,通知すべき義務があり(同条第2項),さらに,「その供給するガスによる災害が発生し,又は発生するおそれがある場合」には,すみやかに措置をとるべき義務があるというべきである(同条第4項)。

これに対し,被告北ガスは,ガス事業法40条の2の規定は,法定点検において適用されるが,本件のような自主点検においては適用がなく,それゆえに本件において被告北ガスは,とるべき手段がなく,結果回避可能性がない旨を主張する。

しかし,自主点検自体は,法定点検と同様にガス供給,使用の安全性を確認,調査する趣旨においては同一であること,自主点検は,一酸化炭素中毒事故の発生を念頭においた法定点検よりも一歩踏み込んだ調査であることからすれば,自主点検において,ガス事業法40条の2の適用がないとあえて解することはできず,被告北ガスの主張は採用できない。

(2)  以上を前提に,被告北ガスがガス供給契約上の義務を果たしたかについて検討する。

前記1で認定した事実によれば,被告北ガスは,所有者である被告内山建物に対し,本件報告書をもって,本件自主点検の結果を通知しており,本件報告書の内容は,被告エクシング及び被告内山建物に対し,本件事故のような一酸化炭素の発生による人身事故の発生が起きうる可能性を指摘し,かつ,本件マンションの湯沸器及び排気筒の修理工事を求めるものであったことから,形式的には,ガス事業法40条の2第2項にいう通知義務を果たしていると認められる。

しかしながら,(ア) ガス事業法40条の2第2項にいう「所有者又は占有者」とは,ガスの被供給者たる居住者を具体的に指すと解する余地があること,(イ) 被告北ガスは,被告内山建物及び被告エクシングが湯沸器及び排気筒の修繕を行っていないことを認識していたことからすると,被告北ガスは,居住者に対し,本件自主点検の結果を通知し,注意喚起を促す義務があったというべきである。

さらに,(ウ) 本件自主点検の結果によれば,本件マンションの湯沸器及び排気筒の状況は,ガス事業法40条の2第4項に定める「その供給するガスによる災害が発生し,又は発生するおそれがある場合」に該当するとも認められる余地があることからすれば,本件において,被告北ガスは,被告エクシング及び被告内山建物に対し,前記のとおり,本件自主点検の結果を通知し,修理費の見積りを提出するほかは,本件事故のような一酸化炭素の発生を防ぐために何らの措置をとっていない点は,ガス事業法40条の2の各規定の求める義務を果たしていないと言わざるを得ない。

そうすると,被告北ガスは,本件自主点検の結果を踏まえて,これに対応する本件マンションにおいて,湯沸器及び排気筒から排気漏れが生じないように具体的な対策を取るべき義務があったにもかかわらず,この義務を尽くしていなかったというほかはない。

なお,被告北ガスは,被告エクシングから本件自主点検を行う際,本件マンションの居住者に対し,本件自主点検の結果を知らせないことが前提条件として付されていたとし,本件においては,被告北ガスにおいては,他にとるべき手段がなかったと主張する。しかし,前記説示のとおり,被告北ガスは,本件自主点検においても,ガス事業法40条の2で定める義務を負うと解する以上,前記のような事実があったとしても,その義務を免れることにはならないので,被告北ガスの前記主張には理由がない。

(3) したがって,被告北ガスには,本件事故の結果回避可能性を認めることができ,被告北ガスには,原告ら主張の義務を尽くさなかった違法性があるといえる。

以上から,原告らの被告北ガスに対する責任原因に関係する主位的請求原因事実については,認めることができるので(原告ら主張の被告北ガスの義務違反と本件事故の発生との間に因果関係があることは前記説示のとおりである。),予備的請求原因に関係する争点⑭については,判断しない。

10  争点⑮(過失相殺)について

(1)  本件事故の発生による損害の算定において,花子の過失を斟酌すべきか検討する。

前記1で認定した事実によれば,ア 被告北ガスは,本件自主点検のために,本件居室を少なくとも3回訪問したこと,イ 被告北ガスは,自主点検を行っている旨の通知書を本件居室に残したにもかかわらず,花子は,これに応じなかったことが認められ,本件自主点検が本件居室において行われなかったことについては,花子に原因があることが認められる。

そして,本件自主点検は,居室内における一酸化炭素発生の有無を調査するものであったことからすれば,本件居室において,本件自主点検がなされていれば,本件事故の発生を未然に防げる可能性がなかったとまではいえないこと,本件居室以外に本件マンションにおいては,本件事故に至るまで一酸化炭素中毒の事故が発生していないことなどを考慮すると,後記損害の算定に当たっては,本件居室において本件自主点検がなされなかった花子の過失を考慮するのが相当であり,本件に顕われた諸般の事情を考慮すると,損害賠償額の算定に当たっては,その20パーセントを減額すべきと解する。

(2)  これに反する原告らの主張は,採用しない。

11  争点⑯(損害額)について

(1)  原告らは,次の花子の損害をそれぞれ2分の1ずつ相続したと認められる。

ア 花子の逸失利益分 2719万1305円

(ア) 証拠(甲15の1,2,甲28の7,8,甲29,弁論の全趣旨)によれば,花子は,死亡時23歳であったこと,スナックを経営していたこと,本件居室の家賃は,6万8000円(共益費込み)であり,同所で独立した生計を立てていたことが認められ,これによれば,花子は,年収307万8900円(賃金センサス平成9年第1巻第1表産業計・全労働者の20歳から24歳の平均年収額)程度の年収を得る見込みがあったと認めることができる。

(イ) そこで,これを基礎にして,生活費として2分の1を控除して,67歳まで就労可能であったことを前提にして,ライプニッツ式計算方法により,死亡時の逸失利益を算定すると,次のとおりとなる。

計算式

307万8900円×(1−0.5)×17.663

≒2719万1305円(1円未満四捨五入。以下同じ)

イ 慰謝料 2000万円

本件諸事情を踏まえて,花子が死亡に至るまでの肉体的・精神的苦痛を慰謝料に換算すると,少なくとも2000万円と算定するのを相当とする。

(2)  原告ら固有の損害は,次のとおり認められる。

ア 葬儀費用 120万円

花子の父である原告甲野の負担した葬儀費用として120万円については,賠償の相当性を認める。

イ 原告ら固有の慰謝料 各100万円

原告らは,その娘である花子の死亡により甚大な精神的苦痛を被ったものであり,これに対する慰謝料は,各100万円が相当である。

(3)  過失相殺

前記(1)(2)からすると,原告甲野につき,損害賠償債権は,2579万5653円,原告乙山につき,損害賠償債権は,2459万5653円となるところ,前記10で説示したとおり,20パーセントの減額を相当とすべきであるから,原告甲野の損害賠償債権は,2063万6522円,原告乙山の損害賠償債権は,1967万6522円となる。

エ 弁護士費用 各200万円

弁論の全趣旨によれば,原告らは,本訴追行を原告ら訴訟代理人らに委任し,相当額の報酬を支払うことを約していることが認められるところ,本件事案の概要,審理の経過,認容額等を考慮すると,原告らが被告らに対し負担せしめる弁護士費用相当分としては,各200万円が相当である。

カ 原告らの損害のまとめ

(ア) 原告甲野につき, 2263万6522円

(イ) 原告乙山につき, 2167万6522円

12  争点⑰(時効消滅)について

(1)  原告らの被告北ガスに対する損害賠償債権が消滅時効により消滅しているか判断する。

前記1で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,平成14年12月4日に,被告内山建物及び被告エクシングを相手方として札幌簡易裁判所に対し,調停申立てを行ったものの,被告北ガスに対しては調停申立てを行わず,そのほか,本訴提起に至るまで時効中断の措置をとらなかったことが認められる。

しかしながら,被告北ガスの責任は,前記説示のとおり,ガス供給契約における債務不履行責任と解されること,原告らが本件自主点検の事実を知ったのは,本件事故に関する証拠等が捜査機関により押収されたことなどにより,本件事故後相当期間経過した後であると認められること(弁論の全趣旨)からすると,原告らの被告北ガスに対する損害賠償債権が消滅時効にかかっているとは解することはできないというべきである。

(2)  そうすると,被告北ガスの消滅時効の主張は採用できない。

第4  結論

被告らの各原告に対する責任は,被告内山建物及び被告北ガスにおいては債務不履行責任,被告エクシングにおいては不法行為責任であるものの,これらは不真正連帯債務の関係に立つと解する。

以上のとおり,原告甲野の請求については,被告らに対し,2263万6522円及び平成10年12月7日(不法行為の日)から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度で,原告乙山の請求については,被告らに対し,2167万6522円及び平成10年12月7日(不法行為の日)から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度で,理由があるのでこれらを認容し,その余は理由がないのでこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官・澤井真一)

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