札幌地方裁判所 平成14年(ワ)848号 判決 2003年6月25日
札幌市<以下省略>
原告
X
訴訟代理人弁護士
荻野一郎
同
青野渉
同
中村歩
福岡市<以下省略>
被告
コスモフューチャーズ株式会社
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
松村安之
主文
1 被告は,原告に対し,1876万0616円及びこれに対する2002年(平成14年)5月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 被告は,原告に対し,1876万0616円及びこれに対する2002年(平成14年)5月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行の宣言
2 被告の本案前の答弁
(1) 本件訴えを却下する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
3 被告の本案に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2事案の概要
本件は,原告が被告の仲介によってオーストラリアのサマセットアンドモーガン社との間で外国為替証拠金取引をしたところ,被告の不法行為により,被告に対して交付した2200万円から返還を受けた530万2275円を控除した1669万7725円(これについては,原告は被告に対し,選択的に,金融商品販売法に基づく損害賠償請求,不当利得返還請求もしている。),被告の不法行為の実態を調査するための費用36万2891円及び弁護士費用170万円の合計1876万0616円の損害を受けたとして,原告が被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,1876万0616円及びこれに不法行為の日より後で,訴状送達の日の翌日である2002年(平成14年)5月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲げない。)
(1) 原告は,1947年(昭和22年)○月○日生まれの女性である(原告本人)。
(2) 被告は,先物取引や外国為替取引に係る売買及び売買の媒介,取次又は代理,商品取引所における売買並びに取引の受託等を業とする株式会社である。被告の顧客に対するキャッチフレーズは「届けたいのは,信頼」である。
(3) ワールド・ワイド・マージンFXとは,被告が独自に付けた名称であり,一般には外国為替証拠金取引といわれるものである。これは,一定の証拠金を預けることにより,預けた金の何倍もの為替取引を行うもので,円・ドル相場の変動により利益や損失が発生するものである。外国為替証拠金取引は,先物取引業者が始めているが,業者により内容が異なる。なお,外国為替証拠金取引についての監督官庁や行政的規制は全くなく,ワールド・ワイド・マージンFXは,純粋に被告が作り上げた商品である。
被告は,原告ら顧客から預かった証拠金名目の金員をオーストラリアの商業銀行(銀行ではない。)であるサマセットアンドモーガン社(以下「サマセット社」という。)に送金し,顧客はサマセット社と為替相場の相対取引を行い,被告はその売買の取次を行い,サマセット社から手数料を受領することにより利益を得ている(甲11,甲12の1,弁論の全趣旨)。
(4) 原告は,本件取引において,1枚の取引(建玉と決済)につき200ドルの手数料をサマセット社に対して支払うことになっている(乙3,乙15の1,証人B17頁)。
(5) 本件取引における原告の入金状況は,別紙の上の表のとおりである(乙15の1)。
原告は,被告に対し,2002年(平成14年)1月11日に400万円,同年2月15日に400万円,同年3月12日に800万円,同月27日に300万円,同月29日に300万円の合計2200万円を支払った。他方,原告は,同年4月15日,被告から530万2275円の返還を受けた。
よって,原告には,差引1669万7725円の損失が発生している。
また,本件取引で原告名義で行われたとされる取引は別紙の下の表のとおりである(表中のマイナスの数字は,原告の損失を示す。)(乙15の1)。
2 争点
(1) 本件訴えは適法か。
(被告の主張)
原告は,本件外国為替取引(ワールド・ワイド・マージンFX)を開始するにあたり,契約書とは別に「仲裁同意書」という標題のもとに「万一ディーラー並びにIB(イントロデューシングブローカー)と委託者の間で何らかの問題が生じた場合において問題解決の場所として社団法人国際商事仲裁協会を解決の場所とし,同協会の裁定に対しては双方従う事に同意します」と書かれた書面に署名押印している。したがって,本件紛争は仲裁手続に則って解決されるべきであり,仲裁判断は確定判決と同一の効力を有するので,本件訴えは訴訟要件を欠いている。
(原告の主張)
① 仲裁合意の不成立
被告が主張する仲裁同意書では,「契約書第14.Aの項に従い」仲裁の合意をする旨の記載がされているが,契約書第14.Aの項に記載された仲裁機関である「the Arbitration Panel of the International Chamber of Commerce」とは,国際商業会議所(the International Chamber of Commerce,通称ICC)の紛争仲裁機関(Coute of Arbitration)を指すのであり,アジアではICCの支部は香港にしかない。他方,仲裁同意書(乙1)に記載されている仲裁機関である社団法人国際商事仲裁協会は,「The Japan Commercial Arbitration Association,通称JCAA」という日本の機関であり,両者は別の機関である。
仲裁同意書には,仲裁機関について,全く矛盾した記載がされているのであるから,そもそも上記仲裁同意書の意思表示が合致しておらず,仲裁合意は不成立である。
② 仲裁合意の公序良俗違反
本件「ワールド・ワイド・マージンFX」は,顧客とサマセット社との通貨売買契約を本質とするものであり,いわゆる呑行為に該当する。そして,本件仲裁合意は,このような呑行為の違法性の主張を原告にさせないことを目的とするものであり,公序良俗違反として無効である。
③ 仲裁合意の錯誤無効ないし詐欺による取消し
仲裁契約が成立しているとしても,原告はIB(イントロデューシングブローカー)が被告であることの説明や仲裁契約の意味の説明を受けておらず,また仲裁同意書(乙1)に署名押印することにより原告が裁判所で裁判を受ける権利がなくなるという説明もなく,また,原告にその知識や認識もない。
よって,本件仲裁契約は錯誤により無効である。あるいは,原告は,本件仲裁契約を被告の詐欺を理由に取り消す。
(2) 原告は被告に対して,不法行為あるいは金融商品販売法による損害賠償請求権を有するか。
(原告の主張)
① 被告の違法行為
(ア) ワールド・ワイド・マージンFXが私設賭場であることの違法性
ワールド・ワイド・マージンFXが金融商品として成立するためには,顧客の注文が間接的にせよ,インターバンク市場につながっていることが前提となる。そして,被告は,パンフレットや契約書で,サマセット社がインターバンク市場で取引していることを装っている。しかし,サマセット社は,そもそも銀行ではないし,インターバンク市場において何らの取引も行っていない。したがって,ワールド・ワイド・マージンFXでは,被告らと顧客の間の閉じられた範囲以外の外部と資金が出入りする余地がなく,取引の構造上,閉鎖された当事者間で金の取り合いをしているにすぎない。サマセット社は,顧客から証拠金を受領して何らかの為替取引をしているように偽装しているだけで,実際には,帳簿上だけで私設の賭博場を開設し,顧客との間で「机上の為替取引」を行っているだけなのである。報告書などを送付しているのは,詐欺を隠蔽するためだけにすぎない。すなわち,ワールド・ワイド・マージンFXは,被告とサマセット社の共謀によって開帳された外国為替相場を賭けの対象とする私設の賭博場と言っても過言ではない。そして,胴元であるサマセット社が「手数料」及び「スワップ金利」と称して寺銭をとったうえ,顧客と常に相対で博打を行っているという仕組みであり,組織的な賭博開帳行為である。
被告の外務員は,そのような実態を顧客に秘して原告を勧誘している。そのこと自体が,悪質な詐欺ともいうべき違法行為である。
(イ) スワップ金利の違法性
ワールド・ワイド・マージンFXにおいては「スワップ金利」と称する金員のやり取りがある。ドル買いのポジション(建玉)の場合には顧客は年利3パーセントから0.25パーセント(時期によって異なる。原告の取引時は0.25パーセント)の「スワップ金利」を取得することができる。他方,ドル売りのポジションでは,顧客は年利6パーセントから3.25パーセント(時期によって異なる。利率は,常に買の場合の利率に3パーセントを加算した率が設定されている。原告の取引期間中は3.25パーセント)の「スワップ金利」をサマセット社に対して支払わなければならない。3.25パーセントの場合,証拠金を基準にすると,年利108.33パーセントの金利ということになる。
スワップ金利は,インターバンク市場で実際にドル・円の売買を行っていることを前提として,その調達金利,運用金利の差に着目した仕組みである。しかし,ワールド・ワイド・マージンFXは単なる呑行為の集合であり,私設の賭博場にすぎないから,実際にインターバンク市場でドル・円の取引をしているわけではなく,資金調達をする必要もないし,買ったドルを運用することもあり得ない。したがって,このような「スワップ金利」を観念する余地はもとよりない。顧客から預かった証拠金については,オーストラリアの中小企業であるサマセット社がオーストラリアアンドニュージーランド銀行に設けているサマセット社名義の銀行口座に預金しているだけであり,実際に10万ドル単位の米ドル・円の為替取引をしているわけではない。実際に為替取引を行わないにもかかわらず,このようなスワップ金利が発生するとして資金集めをすることは出資法に違反する疑いが濃厚である。売ポジションの場合のスワップ金利については,米ドルと日本円の金利差と称してサマセット社が顧客から金員を徴収しているものであり,詐欺に等しい。
そして,顧客は,このようなスワップ金利について,一切の説明を受けていない。
契約書中のスワップ金利についての記載(乙3の6頁)は,わずかに「そのポジションによって「ドル」と「円」の金利差相当分を相場の値動きに関係なく口座に積み立てられる[ないしは口座から引き落とされる]こととなります,この金利のことを「スワップ金利」と呼びます。ただし,「スワップ金利」は,お取引いただいている売買総額に対して計算させていただきますのでご承知ください」とあるのみである。また,パンフレット(甲4)には,「スワップ金利が派生します。円,ドルの金利差が生じるため相場の値動きとは関係なく口座に積み立てられるスワップ金利が生じます。」とだけ記載されている。被告作成のチラシ(甲18の3)では,大きな文字で「なんと年率換算8.33パーセントという高金利で推移しています!!」などと強調されている。
これらの記載を見ても,「スワップ金利とは何か」「どのような場合に積み立てられるのか(あるいは引き落とされるのか)」ということは一切書かれておらず,認識しようがない。
しかも,契約書には,買ポジションを建てた場合に顧客が取得する「スワップ金利」よりも売ポジションを建てた場合に顧客が支払う「スワップ金利」のほうが年利で3パーセントも高いという極めて重要な事実が一言も触れられていない。パンフレットやチラシの記載に至っては,顧客が「スワップ金利」を取得することのみ記載されていて,顧客がサマセット社にスワップ金利を支払う場合については一切記載されていない。
被告の外務員は,取引勧誘時には必ず買建玉から勧誘することもあって,チラシなどを示して「サマセットアンドモーガン社という銀行に預けておけば利息がつく。現在は年利○○パーセントで回っている」などと専ら金利が付くかのような説明しかせず,売建玉の場合において,買建玉の何倍ものレートで金利を徴収されることについては一切説明しない。これは,単なる説明義務違反ではなく,顧客をだますことを目的とする故意による欺罔行為である。
(ウ) 双方代理及び利益相反性の隠蔽の違法性
顧客は,サマセット社のみを相手にドル・円の相対取引を行っている。したがって,為替の値動きによって顧客が利益を受けるときは顧客の利益と同額がサマセット社の損失になる。同様に,サマセット社の利益は顧客の損失となる。このように,サマセット社と顧客とは常に完全な利害対立関係にある。しかし,このことを顧客は全く知らされておらず,サマセット社という銀行を通じて公正な市場に参加しているかのように誤解させられている。
しかも,被告は,サマセット社の代理人であるとともに(甲3),他方で顧客の代理人でもあり(甲11の35頁),顧客の注文をサマセット社に取り次ぎ,また,顧客の投資に対するアドバイスも行うが,顧客からは手数料を受領せず,被告のワールド・ワイド・マージンFXによる収入は全てサマセット社からの手数料によっている。
そうすると,被告の行為は双方代理である可能性が高く,そうでないとしても,サマセット社から手数料を得ているサマセット社の代理人たる被告が,サマセット社と利害対立関係にある顧客に助言をすることは正常な商行為とは到底いえない。
(エ) 勧誘の違法性(無差別電話勧誘,適合性原則違反)
金融商品を勧誘する場合において,当該商品にかかる取引を行うための知識,情報,経験,資力が不十分な者に対する勧誘は違法性を有する(適合性原則)。
外国為替相場証拠金取引は,元本割れの危険のみならず,証拠金による信用取引であるという点で,預けた資金以上の損失が極めて短期間に発生するおそれがあるうえ,専門家であっても到底予測困難なドル円相場を投資対象とするものであり,およそ現在販売されている投資商品の中においても最も危険性の高い商品の一つであるから,適合性のない者への勧誘は許されない。
被告は,ワールド・ワイド・マージンFXを無差別電話勧誘によって,投資に関する知識のない一般消費者に多数販売している。ワールド・ワイド・マージンFXが仮に正常な「外国為替相場証拠金取引」であったとしても,このような勧誘は違法である。
また,原告は,54歳の無職の主婦であり,外国為替相場の変動に関する知識は皆無であるうえ,投資資金も余裕資金ではなく,高校生の娘の学費のために蓄えていた金員や借り入れた金員などであり,明らかに投機的取引の不適格者であるが,結局,被告の強引な勧誘によって,取引の仕組みも全く理解できないまま取引を開始させられ,外務員の言うがままに莫大な金を騙し取られたのである。
(オ) 説明内容の違法性
外国為替相場証拠金取引のような危険な取引を勧誘するのであれば,被告には,取引の仕組みや内容について明確かつ平易な説明をして必要な情報を提供すべき義務がある。
被告は,契約の根幹に関わる重要部分について一切説明していないだけでなく,次のような重要部分についての虚偽の説明を行っている。
(あ) 「認可商業銀行」との表示と預金保険の適用に関する虚偽説明
サマセット社は銀行ではなく,預金保険制度の適用もない。ところが,パンフレット(甲4)には,サマセット社は「オーストラリア認可商業銀行」とされており,契約書には「国際金融機関の国際的な信用力の低下が社会問題となり,外貨預金などの外国為替取引は,国内においては預金保険の対象外となっておりますが,本取引を通じてサマセットアンドモーガン[オーストラリア政府認可商業銀行]がお預かり致しますお客様の資産につきましては,完全分離保管制度の適用対象となりますので安心してお取引いただけます。」と記載されている(乙3の7頁)。
この記載は,明らかにサマセット社がオーストラリアの金融機関としてオーストラリアの預金保険の適用があり,国内の銀行よりも信用性が高いことを意味しているが,これは全くの虚偽である。
当事者照会による「サマセットアンドモーガン社が倒産しても,マージンFXの顧客の預けてある資産(預金)はオーストラリアの法律によって,100%保全されるという意味か。」との質問に対しても,被告は,「制度上は保全されている」と虚偽の説明を重ねている。
銀行法は,免許を受けた銀行以外の法人が「銀行」という表示をすることを禁止している(銀行法6条2項)。被告は,一般消費者が「銀行」という言葉に対して持つ高度な信頼を巧みに利用して,取引への勧誘をしている。
被告外務員Bは,原告に対し,「お預かりする資産は,オーストラリア認可商業銀行であるサマセットアンドモーガン銀行で保管し,運用するから安心です」などと,サマセット社が安心な銀行であるかのように虚偽説明して勧誘し,原告を信頼させて取引を始めさせている。
(い) 相対取引であることの隠蔽
ワールド・ワイド・マージンFXは顧客とサマセット社との相対取引である。ところが,契約書等では,サマセット社を「ディーラー」と称し,例えば,「委託者は,ディーラーに対し,口座を開設することを依頼した場合,その時々の直物相場によって,特定の通貨を売買することを依頼することができる。」(前文Ⅰ),「ディーラーは,委託者から受ける注文を履行するよう最善の努力を尽くすものとするが,その時々の市場の状況により注文の執行が不可能な場合もありうる。」(4E)などと記載されている。外国為替取引において,ディーラーとは,インターバンク市場でディーリングをする者のことであり,したがって,この記載からすると,通常,顧客は,サマセット社が顧客の注文をインターバンク市場に取り次いでいるものと理解するはずである。これらは,契約書の4C,4F,7Bなどの記載からも明らかである。
また,「手数料」をサマセット社に支払うという点からしても,通常の顧客には,サマセット社がインターバンク市場に取り次ぐための手数料と理解すると思われる。相対取引の相手方に手数料を支払うなどと理解する顧客など皆無であろう。
このように,相対取引であることを隠蔽し,あたかも,インターバンク市場につないで公正な取引が行われているかのような説明がなされているが,これではワールド・ワイド・マージンFXの仕組みの最も重要な危険性を全く説明していないことになる。
(カ) 一任取引の違法性
原告は,外国為替取引に関する知識も経験もなく,商品についてまともな説明も受けていないから,どんな仕組みの商品に投資しているのかも全く分からず,全て被告の外務員の言うがままの一任取引を行っている。その結果,サマセット社と被告は,原告を操縦して,原告から次々と莫大な金員を証拠金として吸い上げ,これを取引損,スワップ金利,手数料の名目でサマセット社の資産に転化させていくのである。サマセット社は実際にインターバンク市場で取引をしていないから,原告から吸い上げた金員は全てサマセット社の収入になる。
原告は,当初10枚のドル買いから取引を開始した。被告外務員は,置いておいても大丈夫などと執拗に勧誘し,原告に800万円を支払わせたうえ,その後は「今持っているドルを押さえるために800万円と同じ金額で円を買う」などと言い,原告に20枚のドル売りを建てさせた。これにより原告は,日々サマセット社に対して金利を支払わされる状態となった。
(キ) 売・買のポジションを同時に建てさせる方法の違法性
被告は,顧客に買ポジションから取引を始めさせ,しばらくすると売ポジションを建てさせ,両方のポジションを同時に建てさせている(以下,このような建玉を「両建」ともいう。)。本来の外国為替相場証拠金取引は,先物取引ではなく,為替の直物取引であるから,同じ時点で買のポジションと売のポジションを持つ意味は皆無である。しかも,「スワップ金利」と称する多額の金員を支払っているのであるから,取引の仕組みを顧客が理解していれば,このような取引をすることはあり得ない。また,顧客がこのような取引を自ら考案することも考えられない。被告の外務員が「(損が出ている建玉を)仕切ると損が確定してしまう」などと商品先物取引の両建と同様の勧誘文句で顧客に売・買のポジションを同時に建てるようにし向けるのである。しかし,直物取引の場合,日々取引は決済されているのであるから,清算するか否かにかかわらず,日々損は確定しているのであって,上記の勧誘文言は全く合理性のないものである。そして,売・買のポジションを同時に建てる状態にすれば,サマセット社がスワップ金利の差額分だけ勝つことになるのであり,顧客の資金をサマセット社に転化させようとする極めて露骨な手法であり,公序良俗違反ないし違法であるというべきである。
(ク) 断定的判断の提供の違法性
ワールド・ワイド・マージンFXは損失の危険性が極めて高いにもかかわらず,被告の外務員は「儲かりますから」とか「置いておいても大丈夫」などと断定的な判断の提供を伴う執拗な勧誘により顧客に金を支払わせている。被告は,チラシ(甲18)を配り,顧客を勧誘する際には「年利8.33パーセントで回っています」などと述べて利益が得られる旨を断定的に述べる一方で,危険性については全く説明しない。
(ケ) 勝ち逃げの妨害の違法性
利益を出している顧客が取引をやめようとすれば,被告は,「サマセット社は商業銀行だから送金手続に1,2か月かかる」などと虚偽の事実を述べて手仕舞いを拒否することもある。
本件でも,原告は英語ができず,為替相場などにも全く知識がないため,多少の利益が出ても外務員の言うまま金銭の返還を求めないで,相場状況が悪くなってドル売りを建てさせられている。
② 使用者責任
被告外務員の原告に対する行為は,社会的相当性をはるかに超えた不法行為であり,被告は,被告外務員を雇用し,利益を得ているものとして使用者責任を負う。
③ 原告の損害
原告が被告に対して支払った金員は2200万円であり,そこから返還された530万2275円を控除した1669万7725円は被告の不法行為と相当因果関係にある損害である。
また,原告は,上記不法行為による損害賠償請求をするため,被告の不法行為の実態の調査をオーストラリア在住の弁護士に依頼することを余儀なくされ,その費用として合計36万2891円を出捐した。これも被告の上記不法行為と相当因果関係にある損害である。
さらに,本件請求のための弁護士費用170万円は被告の上記不法行為と相当因果関係のある損害である。
よって,以上合計1876万0616円が,被告の上記不法行為と相当因果関係のある原告の損害である。
④ 金融商品販売法による損害賠償請求
ワールド・ワイド・マージンFXは,「当事者間において,あらかじめ元本として定めた金額について,決済日を受渡日として行った先物外国為替取引を決済日における直物外国為替取引で反対売買した時の差金の授受を約する取引その他これに類似する取引」であり,金融商品の販売等に関する法律(金融商品販売法)2条1項12号,同法施行令4条に定める「直物為替先渡取引」に該当する。
本件で,被告外務員は,原告がドル売りを建てたときにスワップ金利を支払うことになり,これにより元本欠損のおそれがあることを説明していない。これは,金融商品販売法3条1号の説明義務に違反する。また,サマセット社の財産状態の変化による元本欠損のおそれについても説明すべきであるのに(同法3条2号),それをしていない。
原告は,1669万7725円の元本欠損を生じているが,金融商品販売法4条により,被告に対し,元本欠損額につき損害賠償請求をする。
(被告の主張)
①(ア) ワールド・ワイド・マージンFXに係る本件取引は正当かつ合法のものである。
外国為替市場といっても,証券や先物取引のような取引所があるわけではなく,個別取引の集合にすぎない。個別取引は全て特定の者と特定の者との相対取引である。そして,相対取引において,取引相手が購入資金や売渡商品をどこから調達するか,調達の可能性があるかは,全て取引当事者のリスクに委ねられており,代金の支払の可能性,商品引渡しの可能性がなければ,取引を成立させなければよいのであり,また,約定した商品の引渡不能,代金支払不能は債務不履行の問題となるのであり,契約の有効性とは関係がない。
サマセット社が個別取引ごとに注文をインターバンク市場に取り次いでいるかどうか,インターバンク市場に直接参加しているかどうかは取引の有効性,合法性とは関係がない。また,サマセット社は,原告以外の多数の顧客と取引をしており,そのこと自体がリスクヘッジであるといえるが,インターバンク市場で取引可能な銀行,ブローカーとも取引可能であり,いつでもヘッジすることができ,ヘッジの必要なときは実行している。また,十分なヘッジの可能性のないときは顧客との取引ができないこともあり,契約にあたりその旨の説明もされている。
本件取引は,サマセット社がインターバンク市場で直接又は間接的に取引することを前提として,顧客との間でインターバンクレートに準じたレートで取引を行うものであるが,サマセット社がインターバンク市場に直接的に参加するかどうか,どういう方法でリスクをインターバンク市場へつなげるかはサマセット社の裁量により決定されることであり,取引の有効性とは無関係である。本件取引は相対取引ではあるが,インターバンクレートに準じたレートでの取引であるから,サマセット社が恣意的に価格設定できるものではない。
本件取引は,インターバンクレートの気配値を示すロイター通信社の示す数値を参考にして,サマセット社が提示するツーウエイプライス(売値と買値を同時に示すこと)に基づいて顧客の注文がされ,また,顧客もインターバンクレートの動きを参考として指値等を指示している。また,本件取引開始前に被告が原告に交付している契約冊子によって,サマセット社が顧客の注文を受けることができない場合があることも説明されている。これは,サマセット社の判断により,リスクヘッジの可能性のない場合等に発生するのであり,この意味においても本件取引は一方的にサマセット社に有利でなければ成り立たないというものではない。サマセット社が常に顧客の注文を承諾すべき義務があるとすると,顧客の注文の時期,注文量によってはリスクヘッジの可能性のない場合もあり,これを回避するために,注文を受けることができない場合があることも説明されているのである。
(イ) スワップ金利の説明はしている。
(ウ) 双方代理及び利益相反の事実は否認する。
(エ) 原告は,輸入家具販売等を10年間以上営んだ経験があり,本件取引を開始するにあたって被告担当者に対して,野村証券で社債,株式等の取引をしていること,原告の夫も東京のシティバンクを通じて為替取引をしていると述べており,夫婦とも相場取引の知識,経験が豊富である。さらに,原告は,テレビ,新聞等で為替相場についての情報を入手し,新聞記事等をファイルして自らの相場観の判断材料としており,何度も被告担当者に自らが入手した情報内容や自らの相場観のことを話題にしていた。また,原告は,被告担当者に対し,「自己責任」「ハイリスクハイリターン」等の言葉を自ら発しており,本件取引も自己責任で行うことを十分自覚していた。
また,原告は,ローンのついていない不動産を所有し,現在は無職であり,相場取引可能な資金的,時間的余裕を十分に有する者である。
(オ)(あ) サマセット社は,金融サービス一般を営むことができ,「マーチャント・バンク」と称することができる。「マーチャント・バンク」は英米法特有の言葉であるが,日本語では「商業銀行」と訳されている。契約書に「国際金融機関の国際的な信用力の低下が社会問題となり,外貨預金などの外国為替取引は,国内においては預金保険の対象外となっておりますが,本取引を通じてサマセットアンドモーガン[オーストラリア政府認可商業銀行]がお預かり致しますお客様の資産につきましては,完全分離保管制度の適用対象となりますので安心してお取引いただけます。」と記載しているのは,サマセット社がディーラーライセンスの認可を得ている商業銀行であって,証拠金の分離保管を実行していることを表示しているのであって,事実そのままを表示していて問題はない。
被告は,原告に対し,サマセット社が銀行であると説明したことはなく,あくまで「商業銀行」=「マーチャント・バンク」であるといっているにすぎない。また,銀行の倒産,再編,ペイオフ等が現実化している現況において,原告が「銀行」ということにそれほど信用を置いて取引したとも思われない。
(い) 被告は,顧客とサマセット社との間の相対取引の仲介人(イントロデューシングブローカー)である。本件取引が顧客とサマセット社との相対取引であることは乙4の1ないし4の書面から明らかである。
被告担当者は,原告に対し,本件取引のリスクを十分に説明した。
(カ) 本件取引は全て原告の指示によって実施していた。
(キ) 売り又は買いのポジションが相場の動きにより決済できず,損失を回避するために反対ポジションをもつことは必要な場合もあり,本件でも実行されているが,何ら違法性はない。
(ク) 断定的判断の提供は否認する。
(ケ) 勝ち逃げの妨害の事実は否認する。
(3) 原告は被告に対し,不当利得返還請求権を有するか。
(原告の主張)
① 原告の損失
原告は,被告に対し,2002年(平成14年)1月11日に400万円,同年2月15日に400万円,同年3月12日に800万円,同月27日に300万円,同月29日に300万円の合計2200万円を支払った。他方,原告は,同年4月15日,被告から530万2275円の返還を受けた。
よって,原告には,差引1669万7725円の損失が発生している。
② 被告の利得
①の金員は,全て原告が被告に支払ったものであり,被告は1669万7725円の利得を得ている。
③ 利得と損失の因果関係
原告の支払った金員を被告が受領しているのであるから,利得と損失との間には直接の因果関係がある。
④ 法律上の原因に基づかないこと
(ア) 公序良俗違反による無効
上記のとおり,ワールド・ワイド・マージンFXは,過去に例を見ないほど巧妙な詐欺商品であり,基本契約は,公序良俗に反し無効である。
(イ) 詐欺による取消し
被告は,原告に対し,サマセット社がオーストラリアの銀行であり,預金保険の適用があるかのような説明,顧客の注文が公正なインターバンク市場において執行されているかのような説明,スワップ金利により高利回りの利益が取得できるかのような説明をし,その旨原告を誤信させた。また,被告は,被告がサマセット社から手数料をもらっているにもかかわらず,これを隠し,原告に,被告らが顧客の注文をインターバンク市場に取り次ぐ中立公正な専門家であり,誠実にアドバイスをしてくれるものと誤信させた。さらに,スワップ金利については,スワップ金利が付くことのみを強調し,どのような仕組みでスワップ金利が付くのかを説明せず,原告をして,高利回りで利益が取得できると誤信させた。
原告は,以上のような誤信によって,被告及びサマセット社との間の契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。
原告は,本訴において,被告に対し,本件基本契約(原告とサマセット社との間の契約については,サマセット社の代理人である被告に対する取消しの意思表示となる。)に係る意思表示を取り消す旨の意思表示をした。
(ウ) 消費者契約法に基づく取消し
被告は,原告に対し,サマセット社がオーストラリアの認可商業銀行である旨,及び,同社がインターバンク市場で取引を行っている旨の不実の告知をしたが,これは,消費者契約である本件基本契約の締結に際し,事業者である被告(サマセット社の代理人)が,消費者である原告に対し,重要事項について不実の告知をしたものというべきである。この不実の告知により,原告は,これらの告知内容が事実であると誤認し,本件基本契約を締結した。これらの事項は,消費者契約法4条4項2号の「その他の取引条件」であって,契約を締結するか否の判断について通常影響を及ぼすべき事項であるから,「重要事項」に該当する。
原告は,本訴において,被告に対し,本件基本契約(原告とサマセット社との間の契約及び原告と被告との間の契約。前者については,サマセット社の代理人である被告に対する取消しの意思表示となる。)に係る意思表示を取り消す旨の意思表示をした。
(被告の主張)
原告の主張はいずれも争う。
第3争点についての判断
1 争点(1)について
(1) 乙第1号証によれば,「仲裁同意書」という標題で,「外国為替取引(ワールド・ワイド・マージンFX)を開始するにあたり,契約書第14.Aの項に従い,万一,ディーラー並びにIB(イントロデューシングブローカー)と委託者との間で何らかの問題が生じた場合において,問題解決の場所として社団法人国際商事仲裁協会を解決の場所とし,同協会の裁定に対しては,双方従う事に同意致します。」と記載された書面(以下「本件仲裁同意書」という。)に,原告が2002年(平成14年)1月11日に署名押印したことが認められる。
また,乙第3号証によれば,外国為替取引の契約書(以下「本件契約書」という。)の日本文14.Aには,「この契約書上,ディーラーと委託者との間で何らかの問題が生じたときの問題解決の場所としては(社)国際商事仲裁協会をその解決の場とする。また,仲裁協会の裁定に対しては,双方従うものとする。」と記載されていることが認められる。
しかし,本件仲裁同意書には,原告とサマセット社及び被告との間の法的な紛争に関して日本の裁判所で訴えが提起できない旨が明記されていないところであり,本件仲裁同意書の上記記載から,日本の裁判所で訴えが提起できないことが一義的に明らかにされているものとは言い難い。また,証人Bの供述によれば,B自身,社団法人国際商事仲裁協会がどこにあるか知らないし,本件仲裁同意書に署名押印したら,本件契約に関して法的な紛争が生じた場合,同協会に行かなければならなくなるのかどうか,同協会の裁定に不服がある場合に訴訟を起こすことができるかどうかも知らず,その点については原告にも説明していなかったことが認められる(証人B52ないし54頁)。
以上の事実によれば,原告は,本件仲裁同意書に署名押印したことによって,原告と被告との間の法的な紛争に関して日本の裁判所で訴えが提起できなくなることに同意したと認めるには足りず,他に原告がその旨の同意をしたと認めるに足りる証拠はない。
そうすると,本件訴えが訴訟要件を欠いているために不適法である旨の被告の主張を採用することはできない。
2 争点(2)について
(1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
① 被告は,原告に対し,「ワールド・ワイド・マージンFX」と題するパンフレット(以下「本件パンフレット」という。甲4)などを郵送した(証人B1,2頁,原告2頁)。郵送したのは,被告のテレフォンアポインターである(証人B35頁)。
② ワールド・ワイド・マージンFXにおいては「スワップ金利」と称する金員のやり取りがある。スワップ金利は,インターバンク市場で実際にドル・円の売買を行っていることを前提として,その調達金利,運用金利の差に着目した仕組みである。ドル買いのポジション(建玉)の場合には顧客は年利3パーセントから0.25パーセント(時期によって異なる。原告の取引時は0.25パーセント)の「スワップ金利」を取得することができる。他方,ドル売りのポジションでは,顧客は年利6パーセントから3.25パーセント(時期によって異なる。利率は,常にドル買の場合の利率に3パーセントを加算した率が設定されている。原告の取引期間中は3.25パーセント)の「スワップ金利」をサマセット社に対して支払わなければならない。3.25パーセントの場合,証拠金を基準にすると,年利108.33パーセントの金利ということになる。証拠金ベースだと,ドル買いのスワップ金利よりもドル売りのスワップ金利が年利にして100パーセント高い(証人B61頁,弁論の全趣旨)。
本件契約書中のスワップ金利についての記載は,わずかに「そのポジションによって「ドル」と「円」の金利差相当分を相場の値動きに関係なく口座に積み立てられる[ないしは口座から引き落とされる]こととなります,この金利のことを「スワップ金利」と呼びます。ただし,「スワップ金利」は,お取引いただいている売買総額に対して計算させていただきますのでご承知ください」とあるのみである。スワップ金利を顧客が支払う場合についての記載は,この[ないしは口座から引き落とされる]との記載のみである(乙3の6頁,証人B59頁)。
また,被告から原告に交付されたパンフレットには,「スワップ金利が派生します。円,ドルの金利差が生じるため相場の値動きとは関係なく口座に積み立てられるスワップ金利が生じます。」とだけ記載されている(甲4)。
被告が原告に郵送した被告作成のワールド・ワイド・マージンFXのチラシ(以下「本件チラシ」という。甲18の3)の上の方には,スワップ金利について,「是非とも日米の金利差が開いたこの機会にご利用ください。なんと年率換算8.33%という高金利で推移しています!!」という文章が,他の部分よりも大きな文字で,下線を引いて記載されているが,スワップ金利を原告が支払うことになる場合(ドルを売った場合)については何らの記載がない(甲18の3,証人B59頁)。
しかし,本件契約書,本件パンフレット及び本件チラシには,「スワップ金利とは何か」「どのような場合に積み立てられるのか(あるいは引き落とされるのか)」ということは一切書かれていない(甲4,甲18の3,乙3)。
しかも,本件契約書には,買ポジションを建てた場合に顧客が取得する「スワップ金利」よりも売を建てた場合に顧客が支払う「スワップ金利」のほうが年利で3パーセント(証拠金ベースで100パーセント)も高いという事実が記載されていない。パンフレットやチラシには,顧客が「スワップ金利」を取得することのみ記載されていて,顧客がサマセット社にスワップ金利を支払う場合については一切記載されていない(甲4,甲18の3,乙3,証人B59頁)。
Bは,原告に対して,ドル売りの場合に支払わなければならないスワップ金利が証拠金に対して年108.33パーセントになることを説明したことはない(証人B60,61頁)。また,Bは,買ポジションと売ポジションを同じ枚数同時に持つ(両建)と,3か月くらいでマージンコールがかかることを原告に説明していない(証人B62頁)。
③ 本件契約書冒頭部分の3頁には,「小口化と,低廉な取引コスト[売買手数料・通貨交換手数料等],インターバンク市場においてお客様が本当に有利にお取引いただけるのが「ワールド・ワイド・マージンFX」の最大の特徴です」と記載されている(乙3)。
④ 本件契約書の契約条項部分の日本文の4頁のE項には「ディーラーは,委託者から受ける注文を履行するよう最善の努力を尽くすものとするが,その時々の市場の状況により注文の執行が不可能な場合もありうる。または,バイカイにより一部もしくは全部の建玉を整理することもある」と記載されている(乙3)。
⑤ 本件契約書冒頭部分の7頁には,「お預かり資産の「保全措置」」との見出しで,「国内金融機関の国際的な信用力の低下が社会問題となり,外貨預金などの外国為替取引は,国内においては預金保険の対象外となっておりますが,本取引を通じてサマセットアンドモーガン[オーストラリア政府認可商業銀行]がお預かり致しますお客様の資産につきましては,完全分離保管制度の適用対象となりますので安心してお取引きいただけます」と記載されている(乙3)。
⑥ 本件契約書冒頭部分の2頁には,「外国為替取引の危険性について」との見出しのもと,「思惑により利益を追求するといった投機的な手段として利用した時,多大な「利益」を得る機会があると同時に,元本以上の「損失」が生じる危険性もあります」と記載されている。そして,危険の例として,「1 外国為替取引は,少ない証拠金で予め合意された倍数に相当する金額の取引を行えます。このため,多大な利益を得ることが出来ると同時に,多大な損失が生じる危険があります」,「2 為替相場の変動に応じ,当初預託した取引証拠金では足りなくなり,取引を続けるには追加の証拠金を新たに預けなければならなくなることもあります。また,一旦証拠金を追加した後に,さらに損失が増え,預託した証拠金が全部戻らなくなったり,それ以上の損失となることもあります」,「3 政治,経済または金融情勢の変化により,時に各国政府の規制や外為市場などで取引停止措置があったり,あるいは,通信手段の故障などで取引の実行が不可能になるなど不測の事態もあり,予想外の損失が生じることもあります。また,損切り手仕舞を出しても,その時の相場状況によっては,希望した約定値で損切りが出来ない事態もあります」と記載されている。また,「当該取引きにおける危険性は,これで全て開示できた訳ではありません」とも記載されている(乙3)。
⑦ 原告は,「1 私は,Bにより,契約書について十分な説明を受け,理解いたしました」,「2 私は,FXトレードにより利益を挙げることもあるが,同時に,私の預入れ証拠金以上の損金が出ることも理解し,その価格は予測不能な世界情勢等色々な要因により変動し,また,そのような急な変動が管理機構の介入を招き,反対売買による整理が不能となることが起こり得ることも理解いたします」,「3 私の出すストップロス・リミットオーダーの注文は,私の指定した価格で必ずしも成立しないことを理解いたします」,「4 私が貴社から提供されるFXマーケット及びFXトレードに関するアドバイスについては,私が行う取引の一助とはいたしますが,提供される情報はあくまでも一つの指標であることを認識し,私の口座の維持運営により生じる結果はすべて私の責任に基づくものであることを理解し,貴社に損害を与えるものではありません」との記載のあるサマセット社宛の確認書(以下「本件確認書」という。)に署名押印した(乙4の4,原告7,30頁)。
⑧ 本件契約書には,ロイターの気配値にサマセット社が拘束されるかどうかについての明確な規定は記載されていない(乙3,証人B86,87頁)。
本件契約書冒頭部分の6頁には,「お客様は,電話1本でインターバンクレート[銀行間取引レート]に,より近い有利なレートでお取引が可能となります,例えば現在のロイターの画面で102.50円-102.60円の場合,私共が,お客様に提示する値段は,ロイターの画面通りの102.50円-102.60円の場合もあれば,102.54円-102.64円といった場合もあります,この場合にお客様がドルを買われるのであれば102.64円,売られるのであれば102.54円で約定されることになります,お客様からご注文のお電話をいただいて値決めされるまでの時間は,お待たせすることなくお知らせできます」との記載がある(乙3)。
⑨ 原告は,契約日である2002年(平成14年)1月11日,Bに400万円を渡し,同日付けの額面400万円の「委託証拠金(現金)仮預り証」をBから渡された。この「委託証拠金(現金)仮預り証」の裏面には,「この委託証拠金仮預り証は,貴殿が委託された外国為替取引の担保としてお預りするものであり,サマセットアンドモーガン社より本預り証がお手元にお届けできた時点で無効となります」と記載されていて,原告は,受け取ってすぐにそれを読んだ(甲7,原告33頁。なお,裏面の記載は,全体の主語が「この委託証拠金仮預り証」になっているが,正しくは,前半部分の主語は「この委託証拠金」であるべきであり,「この委託証拠金は,貴殿が委託された外国為替取引の担保としてお預りするものであり,この委託証拠金仮預り証は,サマセットアンドモーガン社より本預り証がお手元にお届けできた時点で無効となります」とされるべきものであると解される。)。
⑩ 本件取引では,1枚の建落につき200ドルの手数料を顧客である原告がサマセット社に支払うことになっている。原告が本件取引でサマセット社に支払わされた手数料は合計2万9000ドルである(乙15の1,証人B17頁)。
⑪ サマセット社から原告のもとには,1週間に1度,取引結果についての英文の書類が送付されてきた(甲32の1ないし26,甲32の27の1,甲32の28ないし44,原告34頁)。
原告が,この書類に何が書いてあるのかをBに尋ねたところ,Bは,数字のマイナスだけを追っかけなさい,数字がマイナスになっていたらお金がなくなっていることであると説明した(原告34,35頁)。
⑫ 原告が本件取引で入金した合計2200万円の金員の原資は次のとおりである。
(ア) 2002年(平成14年)1月11日に入金した400万円
a銀行の350万円の定期預金と50万円の定期預金の解約による(甲33ないし35)。
(イ) 同年2月15日に入金した400万円
Cの保険解約金267万7513円(甲37),郵便貯金からの105万7000円と71万8360円(甲36)による。
(ウ) 同年3月12日に入金した800万円
Cの保険解約金141万5508円(甲38),郵便貯金からの107万1720円,320万8144円,36万4923円(甲36),友人であるDからの借入金200万円(甲39)による。
(エ) 同月27日に入金した300万円
同月26日にDから借り入れた300万円による(甲40)。
(オ) 同月29日に入金した300万円
同日にDから借り入れた300万円による(甲41)(以上につき甲31の1,2,原告本人)。
(2) 上記前提となる事実及び認定事実に加え,原告の陳述(甲31の1)及び供述によれば,本件契約締結に際してのBの原告に対する説明について,次の事実が認められる。
① Bは,2002年(平成14年)1月11日午前10時ころ,原告宅を訪れ,玄関先で3時間くらい話をした。
② Bは,まず,ペイオフについて話し,「日本の銀行はつぶれたら1000万円までしかお金を返せない。日本の銀行はそうなりましたね。外国の銀行は本体がつぶれても,どんなになっても,預けたお客さんに戻りますから。今はそれが大事です」ということをしきりに話した。それから,Bは,「自分たちが運用するのではなく,オーストラリアのサマセットアンドモーガン銀行の為替部が運用する」,「僕たちは取り次ぐだけです。日本人は,直接外国の銀行と取引できないので,僕らみたいな業者が間に入るのです」,「外国の銀行に預けておけば絶対的だ」と言った。Bは,「サマセットモーガン銀行」,「サマセット銀行」,「モーガン銀行」と何十回も繰り返して言っていた。原告は,それを聞いて,銀行が運用するのであれば信頼できると思った。
③ また,Bは,原告に金利の一覧表のようなものを見せ,「1年おいておけば利息がつく」と言った。
④ さらに,Bは,「今,ドルを買えば絶対に儲かる」,「元金は戻ってきて,利益が出ればそれも運用している」,「皆さんそうしている」,「みんな,海外の銀行に預金している」,「みなさん利益を出して,それで運用している」「外国の銀行に預けておけば絶対的だ」と強調したので,原告も「そうなんだ」と思った。
Bは,本件取引で原告が損をする場合についての説明はしなかったし,本件契約書冒頭の9頁にわたる部分を読んだり説明したりすることもなかった。
原告も,2002年(平成14年)3月27日及び同月29日に合計600万円を入金させられるまでは,本件契約書の中身を全然読んでいなかった(原告31頁)。
⑤ 原告は,同日,400万円をBに渡したが,預けた金は,サマセット社という銀行の為替部に預けて,そこに運用を一任するのだと思っていた。
⑥ 400万円を渡してから,原告は,Bの出した書類に,言われたとおりに署名をし,判子を押した。
(3) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件取引が始まってからの経緯について,次の事実が認められる。
① 400万円を預けた後,Bからの連絡はなくなったが,2002年(平成14年)1月25日に初めて,Bから原告に対し,「ドルが高くなって,217万円儲かった」との電話があった。
原告は,217万円をa銀行の原告の口座に送ってくれるように言ったが,Bが「奥さんに説明したでしょ。運用するんです。もっと,儲ける。皆さんそうやっています」と言ったので,原告もこれを運用してもらうことにした(以上につき甲31の1)。
②(ア) 原告が2002年(平成14年)1月11日に1ドル132.28円の買ポジションで建てた10枚のドルは,同年1月25日に1ドル134.72円で売って決済して手数料2000ドルを控除して1万6111ドル64セントの利益を上げた(乙15の1,証人B19頁。これが上記①の利益である。)。しかし,1月28日に1ドル133.85円の買ポジションで建てた10枚のドルについては,途中1ドル134円台になることはあったが,利益を取らないでいるうちに円高ドル安が進み,結局,原告の指示で全部を手仕舞いした4月8日まで,原告はポジションを持ち続けた(証人B20頁)。
(イ) 原告は,当初,ドル買いをしていたが,急激に円高ドル安が進んでしまい,損失がどんどん増えていた。そこで,Bは,2002年(平成14年)3月7日,原告に電話をし,「奥さん,困りました。奥さんのお金がなくなりそうです」,「ドルが下がって円が上がっている。今まで持っていたドルを押さえるために入金した800万円と同じ金額で円を買うので,すぐに800万円用意してほしい」などと言って,ドル売り円買いを建てて両建をすることを求めた。原告は,自分が預けた金がなくなるということなど考えていなかったので,「Bさん,話が違うでしょ。何がどうしたんですか」と言ったが,Bは,「今日の3時までに800万円を入れてください」,「ドルがだめになったので,同じだけ円を買うんです。お互いに引き合うからストップできます」などと言って,800万円の入金を求めた。原告が,金がないと言うと,Bは,「そしたら,今まで入れたお金,全部なくなりますよ」,「じゃあ,とりあえず,うちが,サマセットモーガンに立て替えて入れておきます。奥さんに1週間くらい時間あげるから」と言ったので,原告は,800万円を失ってしまうという恐怖から,Bの言うとおりに800万円を用意することにした。その結果,原告は,同日,20枚のドル売りを建てた。その後,Bから原告に対し,入金を求める連絡がしきりにきた。原告は,Cの保険を解約し,郵便貯金の払戻を受け,友人に200万円の借金までして800万円を用意し,同月12日,800万円を入金した(甲31の1,2,甲36,38,39,乙15の1,証人B73,74頁)。
(ウ) 原告は,同年3月13日に1ドル129.33円で10枚のドルの買ポジションを建てているが,これはBが計算間違いをして,証拠金の関係で8枚しか買えないところを10枚買えると思って,原告をして10枚の買ポジションを建てさせたものである。サマセット社からオーバートレードであるとの指摘を受けたBは,同日,そのうちの2枚を1ドル129.23円で売って決済しているが,その取引による損失である154.76ドル及び手数料400ドルの合計554.76ドルの損失を原告の損失として計上している(乙15の1,証人B24,47ないし49頁)。
また,上記の10枚のうちの残り8枚も,同月15日に1ドル128.90円で売って決済しているが,それによって2668.74ドルの取引による損失と1600ドルの手数料の合計4268.74ドルの損失が原告に生じている(乙15の1,証人B27頁)。
(エ) Bは,3月13日には,マージンコールぎりぎりになるとの前提で10枚のドルの買ポジションを建て(証人B84頁。上記のとおり,これはBの計算間違いによるものであり,実際には,10枚の買ポジションによりマージンコールの状態となっていた。),同日の終了時点で,買いが28枚,売りが0枚という状態に原告がなるようにしておきながら,翌3月14日には,マージンコールがかるのを防止するためとして,売りを20枚建てさせ,さらに3月15日に買いのうち8枚を売って決済して,買いが20枚,売りが20枚の同数の状態にさせた。Bは,同日,原告に1ドル129円で10枚のドル売りのポジションを建てさせ,最終的には買い20枚,売り30枚の状態で同日を終えた(証人B26ないし28,51頁)(以上につき乙15の1,乙31)。
(オ) ところが,円安となり,Bは,原告をして上記10枚の売ポジションのドルを同月18日に1ドル129.80円の10枚の買いで損切りの決済をさせた。その結果,原告には,取引による損失6163.33ドル,手数料2000ドルの合計8163.33ドルの損失が生じた。そして,Bは,同日,原告をして,1ドル129.96円で10枚のドルを買わせ,同日これを1ドル130.25円で売って決済して,手数料を引いて226.49ドルの利益を原告に生じさせた。さらに,Bは,同日,原告をして1ドル130.80円で5枚,1ドル130.30円で5枚の合計10枚のドル売りを建てさせた(乙15の1,証人B29,30頁)。
(カ) 翌3月19日にはさらに円安が進んだが,Bは,原告をして,1ドル131.15円で5枚のドルを売らせ,それを翌20日に1ドル132.25円で買って決済させ,4158.79ドルの損失と1000ドルの手数料の合計5158.79ドルの損失を原告に生じさせている(乙15の1,証人B30頁)。
(キ) 被告は,2002年(平成14年)3月26日に原告が600万円を入金したという扱いにして,証拠金不足の状態を解消し,同日,10枚のドル売りを建てているが,実際に原告が入金したのは,同月27日に300万円,同月29日に300万円である。原告は,同月28日,残りの300万円を用意することができず,Bに対し,電話で,残りの300万円を入れられないと言った。しかし,同日5時ころから何度も原告宅に電話が掛かってき,午後6時過ぎに電話を取ったところ,Bから「今,奥さんの自宅のすぐ近くにいます。立て替えているんですから困ります」と強い口調で言われ,数分後にBとEが原告宅に来て,「立て替えていんるんだから払ってください」と言い続けたので,原告は支払うことを約束して両名に帰ってもらい,翌日,友人に頼み込んで300万円を貸してもらい,被告に支払った(甲31の1,証人B68ないし75頁)。
(ク) 4月1日現在で,原告は,売り,買いともに30枚ずつを持っていた(乙15の1,証人B31,32頁)。
(4) 上記(2)の本件契約締結に際してのBの原告に対する説明について,証人Bは,為替の見通しの話をしたほか,本件取引の仕組みやリスクについて説明し(証人B4,5頁),本件契約書の冒頭部分の9頁にわたる日本文の部分を順番に読んで説明し(同6,7頁),ドルが4円ほど値下がりしたらドル買いに投資した400万円が全部なくなることや(同65頁),スワップ金利を取られる場合についても説明したし(同38,39頁),両建の説明もした旨の供述をする(同42,43頁)。また,被告は,乙4の1ないし4の記載からして,本件取引が,原告とサマセット社との相対取引であることは明らかである旨の主張をする。
しかし,以下の理由により,原告の陳述及び供述は信用できるのであり,これに反する証人Bの供述は採用できないし,被告の主張は採用できない。
① まず,上記(2)②のBの説明内容であるが,証人Bも,サマセット社を銀行であると認識していた旨の供述をすること(証人B55頁)に加え,上記のとおり本件契約書冒頭部分7頁に「国内金融機関の国際的な信用力の低下が社会問題となり,外貨預金などの外国為替取引は,国内においては預金保険の対象外となっておりますが,本取引を通じてサマセットアンドモーガン[オーストラリア政府認可商業銀行]がお預かり致しますお客様の資産につきましては,完全分離保管制度の適用対象となりますので安心してお取引きいただけます」と,サマセット社に金員を預けることが安全であることが強調された記載がされていることと原告の供述するBの説明内容が符合していることからして,信用性が高いというべきである。
被告は,銀行の倒産,再編,ペイオフ等が現実化している現況において,原告が「銀行」ということにそれほど信用を置いて取引したとも思われないとの主張をする。しかし,本件契約書冒頭部分の7頁の上記記載からすれば,被告は,まさに日本の銀行の倒産,再編,ペイオフ等が現実化している現況をも利用して,そのような日本の銀行と違ってオーストラリアの「銀行」であるサマセット社は安心である旨を強調し,その旨原告を誤信させたというべきである。だとすれば,被告の主張するような現況が日本の銀行にあるということのみでは,原告が,サマセット社を銀行であると思ったからこそ本件取引は安全であると信用したとの認定が左右されるものではない。
② また,同③及び④の説明であるが,上記のとおり,本件チラシでは,ドル買いの場合に高利のスワップ金利が付くことのみが強調されていることからすれば,Bが口頭での説明においても,取引により損をすることがあることを述べずに,原告が高利のスワップ金利を取得することのみを強調し,そのような金利表(甲30)を示し,今,ドル買いをすれば絶対に儲かるというような断定的な判断を示すということは大いにあり得ることであるというべきであり,その旨の原告の供述の信用性も高いということができる。
証人Bは,本件取引の危険性についても説明したし,ドル売りの場合はスワップ金利を原告が支払うことになることも口頭で説明し,スワップ金利を引かれる場合は,売買報告書(乙13)のスワップ金利の欄の「売た場合の金利」の欄にマイナスと出ると原告に説明した旨の供述をする(証人B38,39頁)。しかし,本件契約書でサマセット社の安全性を強調していることや,本件チラシでスワップ金利を受け取ることのみを強調しているのは,そのような説明で顧客を安心させ,本件取引への勧誘を容易にしようとしているものであると強く推認されるところ,書面であえて説明しないか,あるいは不明確にしていることを,口頭ではきちんと説明しているなどという供述は容易に信じがたい(口頭できちんと説明するのなら,書面でももっと丁寧に記載するはずである。あるいは,仮に口頭で説明するとしても,口頭でなら顧客に容易に理解できないであろうことを狙ってのことであると推認される。Bの説明に対して原告から質問がなかった旨の証人Bの供述からも,仮に口頭で何らかの説明があったにしても,原告によく理解されない程度の説明を形ばかりに行ったにすぎないと窺われる。)うえ,スワップ金利はサマセット社が一方的に決めている金利であるとBが認識していながら(証人B40頁),証人Bは,スワップ金利がどうやって決まっているのかとか,売りと買いの金利が違うことについては話題にならず,原告も質問をしなかったと供述していること(証人B39頁),すなわち,スワップ金利についてのそのような重要な事実を説明していないことからしても,ドル売りの場合にはスワップ金利を支払わなければならないことを説明した旨の証人Bの供述は,これを否定する原告の陳述ないし供述を対比して採用できない。
確かに,原告は,上記認定のとおり,本件取引の危険性について説明を受け,理解したかのような内容の本件確認書に署名押印している。しかし,原告は他方で,その法律効果について,説明者であるはずのBですらよく分からない旨の供述をしている仲裁同意書(乙1)にも署名押印していることからして,記載をろくに読みもせずにBに求められるまま署名押印した旨の原告の供述は信用できるというべきである。したがって,本件確認書に原告が署名押印していることをもって,原告がBから本件取引の危険性について説明を受けたとか,その危険性を認識したと認めるには十分ではなく,原告の上記供述の信用性が左右されるものではないというべきである。
そもそも,証人Bは,サマセット社は注文を仲介する役目である旨の供述をする一方,サマセット社がどこかに注文をするのかどうかは分からないし,被告に入社する際の講習でもそのことについて聞いたことはないと供述し(証人B34頁),また,サマセット社は,注文を受けて売買の相手方になるのか,別のところとの売買の仲介をするのかは分からないとか(同55,56頁),本件取引で原告がドルを買った場合に売主が誰になるかは分からないと供述し,「先物取引で取引をやって,取引の相手が分からないのと同じような構造ですか」との尋問に対しては「そうですね」と供述する(同36頁)など,本件取引において,顧客が誰と売買をすることになるのか,顧客とサマセット社との相対取引であるのかどうかについてよく分かっていない旨の供述をしている。また,証人Bは,スワップ金利を原告が誰からもらい,誰に対して支払うのかも知らない旨の供述をする(証人B58頁)。さらに,証人Bは,取引の成立についても,顧客の注文について,サマセット社がヘッジできるのであればつなげばいいわけだし,要らないというなら買わなきゃいい話だし,売らなきゃいい話であり,顧客の出した注文がどうなるかは分からないと供述し(証人B57頁),顧客が指値で注文した場合,ロイター画面の気配値にサマセット社が拘束され,それに従った売買を当該顧客としなければならないかどうかについて,「そうですね,大体・・・」,「それは,ロイター画面どおりの値段帯で執行されることがほとんどです」と曖昧な供述をし,「その範囲内だったら,買取り義務とか売る義務とか,そういうのが発生するわけですね」との問いに対しても「と思います」と曖昧な供述をする一方,「それは,大体じゃなくて必ずということでよろしいですか」との問いには「はい」と断定的な答えに供述を変遷させるなどしている(同85ないし88頁)。本件取引についての証人Bのこのような曖昧な供述からすれば,B自身が本件取引の仕組みを正確に把握していないことが窺われるし,さらには,被告において,顧客を勧誘する際に本件取引について顧客に十分に説明しなければならないなどと考えていなかったことが強く推認されるというべきである。そのことも合わせ考慮するならば,本件取引の危険性などについて説明したとする証人Bの供述は,それを否定する原告の供述と対比して到底採用できないというべきである。
また,上記認定のとおり,本件契約書等には,本件取引の危険性についての記載もあるが,Bも,本件契約書の契約条項を読み上げて説明することはしていない旨の供述をしているし,原告もこれを読んでいない旨の供述をしていること,このような契約条項を読まずにBのような外務員の説明だけで取引を行う顧客もよくあると考えられることなどからすれば,原告の供述は信用でき,原告は本件契約書を読まず,そこに記載された本件取引の危険性について認識することなく,本件取引を行ったと認めることができる。
なお,原告が400万円をBに預けた際に受け取った書面の「委託証拠金(現金)仮預り証」という名称及び上記のとおりの裏面の記載(甲7)からすれば,預けた400万円が委託証拠金ではなく,サマセット社という銀行に預けた資金であり,それを同銀行の為替部が原告のためにうまく運用してくれるのだと思ったとする原告の供述は,一見すると不自然なようにも思える。しかし,上記のとおり,本件契約書の記載やBの説明が,サマセット社という「銀行」の安全性を強調するような内容であること,銀行との取引は儲けはそれほど多くないが安全性は高いと考えるのが一般通念であるといえること,裏面の記載も上記認定のように主語を誤っている部分があり,「仮預り証」を担保にしているかのような表現になっているが,「仮預り証」は金を預けたことの証(すなわち担保)であると考えれば,同預り証を400万円を預けたことの証書として捉えるのも全く不自然というわけではないといえることからすれば,このことのみをもって,原告が,預けた400万円が証拠金であり,実際の取引の額はその約33倍にもなり得ることを認識していたと認めるには十分でないというべきであるし,原告の供述の信用性が左右されるものでもないというべきである。
③ Bは,本件取引への勧誘時に原告に対して両建についての説明をし,その説明に対して,原告は,株なら,買って値が下がった場合は下がりっぱなしなのに,利益を取ることもできるということで,「あっ,そういう方法もあるんだ」とびっくりしていたと供述する(証人B42,43頁)。
しかし,両建をした場合には,原告が証拠金ベースで年利100パーセントもの高利のスワップ金利を支払わなければならないのであるから,スワップ金利の説明なしに両建の説明をしても,原告にとっては何ら本件取引の危険性についての認識を得ることにはつながらない。そして,上記のとおり,スワップ金利を支払う場合についての説明がされたとは認められない(証人Bの供述によったとしても,その時にしたスワップ金利の説明は,「日本とアメリカの金利が違う部分があるものですから,円買いのほうが金利が多いです」というものであり,実際にどれくらいの差があるということは説明していない[証人B44頁]というのであるから,両建の危険性について十分に説明したとは到底認めがたい。証拠金を基準にして年利100パーセントもの差があるにもかかわらず,どの程度の差があるかを示さずに,単に「円買いの方が金利が多いです」との説明にとどめたとすれば,スワップ金利が発生することによる両建の危険性を故意に隠したに等しいというべきであるし,そもそも,そのようなBの態度からすれば,「円買いの方が金利が多い」とか,円買いの場合は金利を取られることの説明があったこと自体,はなはだ疑わしいと言わざるを得ない。)。このように,スワップ金利についての説明が十分でない場合に,証人Bの供述するような内容の両建の利点が説明されたとした場合は,かえって,原告をして,危険な取引を,それとは知らずに継続してしまう原因になるだけであるというべきである。
そして,証人Bの供述によっても,2002年(平成14年)3月7日,原告は,ドル売りを20枚持って,買ポジションと売ポジションの両方を持つことになったが,3月7日には,Bはスワップ金利を原告が支払うことになることは説明せず,800万円を入金させた同月12日にスワップ金利の説明をした(乙15の1,証人B43,44頁)というのであるから,取引をする前にスワップ金利の説明をして両建の危険性を原告に理解させようという態度がBには全く窺われないというほかない。
したがって,仮にBが本件契約締結に際して両建についても一応の説明をしたとしても,それは,当初の見込みとは異なる値動きで相場が変動した場合にも,反対のポジションを建てることで利益を挙げることが可能であるといった両建の利点を強調した説明をしたにすぎず,スワップ金利による莫大な損失が生じることの説明などはなかったものと認めるのが相当である。
他に,原告の陳述ないし供述の信用性を左右するに足りる証拠はなく,また,上記(2)の認定を覆すに足りる証拠はない。
(5)① 証人Bは,原告が2002年(平成14年)3月7日にドル売りを建てて両建にするに際し,両建以外の方法として,買ポジションのドルを損切りをするとか,追加証拠金を入れるといった方法も説明した旨の供述をする。
しかし,証人Bの供述によれば,同日にドル売りを20枚持つには800万円を入金しなければならないのに,同日は入金なしでのドル売り20枚の注文を認め,800万円の入金は同月12日にされたことが認められる。このように,20枚のドル売りをするのに必要な800万円の入金を後日でもよいということにして20枚のドル売りを原告がするように事を運んだことからすれば,原告をしてドル買いとドル売りの両方のポジションを同時に持つ両建の状態になるように,Bが原告を積極的に誘導したことが強く推認される。
② また,証人Bは,2002年(平成14年)3月28日に,原告が証拠金の不足分である300万円を入金できないと言ったのに対し,B及びEの側で,やめて決済するなら決済で構わないですと言うと,原告が,「じゃあ,残りの300万円を明日持っていきますので続けさせてください」と言い,同月29日に残りの300万円を入金した旨の供述をする(証人B74頁)。
しかし,原告が300万円を入金できないと言い,Bが決済してもよいと言っているのに,原告の方から「じゃあ」と言って300万円を入金するから続けさせてほしいと言うというのはいかにも不自然である。そして,同月26日には証拠金不足で10枚のドル売りが建てられない状態であるのに,600万円の入金があったことにして10枚のドル売りの建玉を建てることを被告が認めていることからして,この建玉は,被告の積極的な誘導によって原告が建てることになったものであると強く推認することができる。また,既に10枚のドル売りが建てられている以上,被告において,600万円の証拠金のうち残りの300万円の入金をしなくてもよいと述べるとは考えがたいところである。まして,300万円を入金しなくてもいいのなら,何もBが同月28日の晩に上司であるEとともに原告宅に行く(証人B74頁)必要などないというべきであり,このような行動に被告側が出たことからしても,BとEの両名で原告に300万円を入金するように強く求めたことが窺われるのであり,Bらからしつこく「立て替えているんだから払ってください」と言われたために300万円を支払うことになった旨の原告の陳述の方が信用できるのであり,それに反する証人Bの上記供述は採用できない。
③ 証人Bは,2002年(平成14年)4月1日現在で,原告は,売り,買いともに30枚ずつを持っていたことについて,3月末の段階では円高か円安のいずれに動くかが予想しにくい状態であったので,計算上のマイナスが広がらないように一時的にこのような状態にさせたつもりであった旨の供述をする(乙15の1,証人B31,32頁)。
しかし,上記の認定のとおりの取引経過からすれば,Bは,原告が損失を増大させている状況の中で,結局は,両建をさせるなどして,取引量を増大させていること,証拠金が支払えない状態であることを原告が訴えているにもかかわらず,被告が証拠金を立て替えて支払ってまで原告に取引の継続をさせ,取引量を増大させていることが認められるのであり,ほぼ確実に原告が損失を拡大していくような取引に原告を誘導していることが強く推認される。したがって,Bが,原告のためを考慮して両建を勧めたなどとは到底認めがたい。
④ 被告は,本件取引が顧客とサマセット社との相対取引であることは,乙4の1ないし4の書面から明らかであると主張する。しかし,上記認定のとおり,原告が,これらの書面を読んで理解した上で署名押印したとは認められない。また,乙4の4の確認書は,委託者である原告のサマセット社宛の確認書であり,その4項では,原告がサマセット社からFXマーケット及びFXトレードに関するアドバイスを受けるということが記載されている。アドバイスをしてくれるはずのサマセット社が相対取引の相手方であるというように理解することはそれほど容易なことであるとは考えられず,これらの書面を読んだとしても,サマセット社が相対取引の相手方であるということが明らかであるとか,そのことを原告が認識していたとか,認識すべきであったなどとは到底いえないというべきである。上記のとおり,Bですら,顧客とサマセット社が相対取引をしているのかどうかについて,十分な理解をしていないことからすれば,このような書類から,原告に正確な認識を求めるのは到底無理であるというべきである。
⑥ なお,原告は,最初の10枚のドル買いとそれを仕切ったことにより,217万円くらいの利益を挙げていて,そのことは認識していた。400万円を1月11日に預け,わずか2週間後の同月25日に217万円もの利益が生じるなどということは,400万円分のドルの為替相場の変動及びスワップ金利だけでは起こりえないことは,冷静になって考えてみれば明白なことである。しかし,大きな損失が生じているというときには,いろいろと疑問を抱くことは多かろうが,利益が生じているという話がされているときに,そのような利益が生じるはずがないといって事態を疑ってかかるということをしないというのは,さして不自然なことともいえない。まして,上記認定のとおり,原告は,本件取引が証拠金取引であり,預託した金員の何十倍もの金額の取引がされているという仕組みそのものをBから説明されていないことから,証拠金取引の仕組みそのものを理解していなかったと認められるから,217万円の利益が生じたことにその時点で疑問を抱かなかったことをもって,本件取引が,単に400万円分のドルを銀行に預けてその運用を委ねるだけのものであると信じたとする原告の供述の信用性が左右されるものではない。
被告は,2002年(平成14年)3月29日以降の原告とBとの会話(乙35)から,原告は,本件取引について十分理解していたのであり,ほとんど理解していないかのような上記のとおりの原告本人尋問における供述は,原告の真の姿を示すものではない旨の主張をする。しかし,乙第35号証によっても,原告が本件取引について十分に理解していたと認めるには十分ではないが(乙35によれば,原告は2002年[平成14年]3月29日においてもマージンコールがどういう状態のときにかかるかを理解していないことが認められる[乙35の18,19頁]。また,原告から手数料を受領するのはサマセット社であるにもかかわらず,乙35によれば,同日,Bが原告に対して,原告から手数料をもらうのが被告であるかのような話をしていることが認められる[乙35の20,21頁]。),そもそも,2002年(平成14年)3月29日は,原告が既に1900万円もの入金をし,最後の300万円の入金をさせられる日(これも,注文は既にさせられているので,入金せざるを得ない状況に原告がおかれていたことは上記認定のとおりである。)であるから,原告が自分に大きな損失が生じていることを既に身をもって自覚させられている時期である。したがって,この時点での原告の発言をもって,取引を開始するに際して,あるいは,両建をする時点など,同日に至る過程で,被告側が本件取引の危険性などについて十分に説明し,原告がこれを理解できたと推認することは到底できなというべきである。
他に,上記(2)及び(3)の認定を覆すに足りる証拠はない。
(6) 以上の事実を前提に,不法行為の成否について判断する。
上記前提となる事実及び認定事実によれば,次のとおりのことが認められる。すなわち,
① サマセット社は銀行ではないのに,Bは,サマセット社がオーストラリアの銀行である旨原告に告げ,その旨原告に誤信させて,本件取引を開始させた。
② 原告が被告を通じてサマセット社に送金する金員は,外国為替証拠金取引のための証拠金である。しかし,Bはそのことを説明せず,銀行に預けるので安全である旨を強調し,その金員を原告が失うことはない旨原告に誤信させ,原告は,預けた金員をサマセット社という銀行が安全に運用してくれるものであり,預けた金が失われるということなどないと信じさせられて本件取引を開始した。
③ ワールド・ワイド・マージンFXは,顧客である原告とサマセット社の相対取引であるにもかかわらず,Bはそのことを原告に説明せず,原告もそのような理解をしていなかった(上記のとおり,サマセット社に400万円分のドルを預けてその運用を委ねているものと信じていた。)。
④ Bは,スワップ金利を受け取る場合についてのみ説明し,取られる場合のことを説明せず,両建をすると証拠金ベースで年利100パーセントのスワップ金利を取られることも説明しなかった。
⑤ 被告は,現在の証拠金でできるぎりぎりの額まで取引を原告にさせ(計算間違いで,証拠金不足になるような建玉を勧めたことすらあるが,そのようなことになったのも,マージンコールぎりぎりの建玉を勧めていたからであると推認される。),マージンコールがかかりやすい状態にしたうえ,両建を勧めたりして,原告が確実に損失を拡大する方向に取引きをし向けていった。
以上の事実及び被告がサマセット社の代理店であり,サマセット社から得る手数料が本件取引における被告の唯一の収入であることからすれば,被告は,原告の相対取引の相手方であるサマセット社が確実に利益を挙げられるように,すなわち,原告が為替相場の変動による差損,ドル売りによるスワップ金利の支払,委託手数料の支払という形で,確実に損失を拡大し,その分サマセット社の収入になるように原告の取引を拡大させていたと推認することができる。
そして,被告が,原告に対して,サマセット社が銀行でないこと,原告がサマセット社に預託する金員が証拠金であって,銀行が運用する金員ではないこと,原告が預託した金員の何十倍もの金額の取引が行われていることを説明し,原告がそれを理解したならば,原告は本件取引を開始しなかったと推認することができる。また,ドル売りを建てた場合のスワップ金利について被告が真実を説明していれば,原告が両建を行うこともなかったと推認される。
そうすると,これらの説明をせず,むしろ,上記のとおり虚偽の説明をして原告をしてその旨誤信させたことは,被告の従業員であるBが被告の事業の執行につき原告に対してした不法行為になるというべきである。そして,この不法行為がなければ,原告は本件取引を開始しなかったと推認されるから,本件取引によって生じた差損,手数料,スワップ金利の支払によって生じた1669万7725円の損害は,全て,Bの不法行為と相当因果関係にある損害であるというべきである。
また,証拠(甲12の1ないし7,甲25の1ないし3,甲26の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件不法行為を立証するため,サマセット社がどのような実態を有する会社であるかの調査をオーストラリア在住の弁護士に依頼し,その費用として36万2891円を出捐したことが認められるところ,本件の内容や経過からして,これは,本件不法行為と相当因果関係にある損害であると認めるのが相当である。
さらに,本件の内容等からして,原告が被告に対して本件不法行為による損害賠償を請求するには,被告代理人らのような弁護士に委任することが必要であったと認められる。そして,本件が相当専門性を要する事件であることなどを考慮するならば,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用分の損害として,170万円は相当な額であるというべきである。
よって,被告は,Bの本件不法行為についての使用者責任として,原告に対し,1876万0616円及びこれに対する不法行為の日より後で,訴状送達の日の翌日である2002年(平成14年)5月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
3 以上によれば,その余について判断するまでもなく,原告の請求は理由があるから認容することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
なお,原告の申し立てた2件の文書提出命令申立のうち,平成14年(モ)第11085号事件については,対象となる文書を被告が任意に書証(乙17の2ないし5)として提出したため文書提出命令の必要性がなくなり,平成14年(モ)第11084号事件については,対象となる文書(被告とサマセット社との契約書)の提出はなかったが,同文書を書証として取り調べるまでもなく,原告の請求を全部認容することができると判断したので,やはり文書提出命令の必要性はないと判断し,いずれも却下することとした。
(裁判官 寺西和史)
<以下省略>