札幌地方裁判所 平成14年(行ウ)26号 判決 2004年7月29日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 別紙被告目録記載の各被告は,それぞれ対応する別紙原告目録記載の各原告に対し,別紙請求債権目録の各原告の合計額欄記載の金員及びこれに対する平成14年1月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,各被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第2当事者の主張
1 原告らの主張(請求原因)
(1) 当事者
ア 各原告は,各被告が設置した北海道内の公立の義務教育諸学校等に勤務する教諭ないし養護教諭たる学校職員であり,北海道学校職員の給与に関する条例(昭和27年北海道条例第78号。以下「給与条例」という。)2条1号に規定する「学校職員」又は市町村立学校職員給与負担法に規定する学校職員の給与に関する条例(昭和27年北海道条例第79号。以下「市町村立学校職員給与条例」という。)1条の2第1号に規定する「学校職員」に該当するとともに,公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置条例(昭和46年北海道条例第61号。以下「給特条例」という。)1条に定める「道立の義務教育諸学校等の教育職員及び市町村立の義務教育諸学校等の教育職員(市町村立学校職員給与負担法(昭和23年法律第135号)第1条及び第2条に規定する者に限る。)」に該当する者である。
各原告は,平成13年11月21日から同年12月20日までの間,別紙原告目録の原告欄の括弧内に記載した学校に勤務していた。
イ 各被告は,別紙被告目録の被告欄の括弧内に記載した原告番号に対応する各原告の所属する各公立学校の設置者である。
(2) 公立学校の教育職員の時間外勤務等手当請求権の有無
ア 給与条例及び市町村立学校職員給与条例によれば,原告ら学校職員については,その時間外勤務及び休日勤務について,それぞれ時間外勤務手当及び休日勤務手当を支給する旨定められているところ(給与条例14条,15条,市町村立学校職員給与条例2条2項による給与条例の準用。以下,時間外勤務及び休日勤務を併せて「時間外勤務等」といい,時間外勤務手当及び休日勤務手当を併せて「時間外勤務等手当」という。),国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(以下「給特法」という。)8条ないし11条に基づいて制定された給特条例3条3項においては,教育職員(管理職手当を受ける者を除く。)について,給与条例14条及び15条の規定(これらの規定を市町村立学校職員給与条例2条2項において準用する場合を含む。以下同様。)の適用を排除している。
これを文理解釈すれば,原告らは,どんなに時間外勤務等をしても給特条例3条1項に規定する給料月額の100分の4に相当する額の教職調整額の支払しか受けられないことになり,同調整額の支払によって無定量の時間外勤務等を義務づけられることになってしまう。その一方で,給特条例は,7条1項で教育職員については原則として時間外勤務等を命じないものとする旨定めるとともに,同条2項において,教育職員に対して時間外勤務等を命じる場合は,次に掲げる業務(①生徒の実習に関する業務,②学校行事に関する業務,③教育職員会議に関する業務及び④非常災害に関する業務(以下「限定4項目」という。))に従事する場合で,臨時又は緊急にやむを得ない必要がある場合に限定しているのであるから,これら規定と給特条例3条3項の規定とを目的に照らして整合的に解釈していく必要がある。
イ ところで,昭和46年に給特法が制定され,また,同法を受けて給特条例が制定されたのは,当時,教育職員の多くが,無給で無定量,無制限の時間外勤務等を強いられており,この過大な時間外勤務等を解消するためであった。そこで,給特条例において,教育職員に対しては原則として時間外勤務等は命じないこととする一方で(7条1項),限定4項目の業務に従事する場合で,臨時又は緊急にやむを得ない必要があるときに限って例外的に時間外勤務等を命じることができる旨規定し(同条2項),時間外勤務等を命じることができる場合を一般の公務員の場合より限定したのである。このような給特条例の制定経過に照らしても,時間外勤務等手当を支払うことなく時間外勤務等を命じることができるのは,同条例7条2項に定める場合に限られるものというべきである。したがって,同条例7条2項に定めるもの以外の時間外勤務等を行った場合には,同条例3条3項の規定は適用されないものと限定的に解釈すべきであって,その結果,原則どおり給与条例14条,15条の規定が適用されて,時間外勤務等手当の支払を要するものというべきである。
そもそも,公立学校の教育職員も勤労者にほかならず,その勤務は時間で管理され,これに対応して給与の支給が決定されているのであるから,給特法10条において,公立の義務教育諸学校等の教育職員につき,労働基準法の適用除外を定めた地方公務員法58条3項の除外範囲を拡大して労働基準法37条(時間外勤務等の割増賃金)の適用も除外する旨規定していることは,同法1条及び32条が適用される趣旨に反し,ひいては憲法27条2項の趣旨にも反する。教育職員の職務の自発性,創造性という特性があるということが,何故時間外勤務等手当の支払の拒絶を合理化するのかは全く明らかにされていない。労働(勤務)を時間で計り,対価として等価値の賃金(給与)を支給するという定め方をする以上,時間外勤務等は存在し,時間外勤務等手当支払の必要があることは明白である。労働者(職員)の勤務を時間をもって拘束し,時間をもって管理し,勤務を時間で計り,給与を支給する労働と賃金の定め方を止めることもせずに,時間外勤務等を否定し,その手当の支払を免れることは許されない。したがって,労働基準法37条の適用を除外するのであれば,それに代わる保護規定が別に存在しない限り,給特法10条は憲法27条2項に違反するといわなければならないところ,給特法8条,給特条例3条1項に基づく4%の教職調整額の支給では膨大な時間外勤務等に対する補償とは到底いえないし,また,給特法11条,給特条例7条2項について見ても,これらの規定は限定に違反する命令によって行われた時間外勤務等に対する割増賃金の支払を義務づけた規定ではないのであるから,同様に労働基準法37条に代わる規定とはいえない。仮に,教育職員の職務と勤務態様の特殊性を強調するにしても,まずは特殊性とは何かを具体的に明らかにしない限り,労働基準法37条の適用を除外するだけの合理的理由があるとは到底いえない。勤労者の労働条件を定める諸法規は,憲法27条2項の勤労者の労働条件の保障を実定法化した最低基準である労働基準法の定める原則に反しないように解釈すべきであり,結局,給特条例3条3項については,上記のとおり,限定的に解釈するほかないものというべきである。
ウ 実際上も,給特条例7条により教育職員に対して時間外勤務等を命じないことが原則とされたにもかかわらず,北海道の教育職員の多くは,依然として正規の勤務時間内に処理することが客観的に不可能な質と量の各種業務に従事することを強いられており,時間外勤務等が常態化しているのが現状であるところ,これは,学級編成や教育職員定数の現行法制に原因があることが明らかである。しかしながら,学校設置者である被告らや教育条件整備の責務を負っている北海道及び市町村の教育委員会は,上記のような教育職員の時間外勤務等に関する実情を認識しながら,長年にわたって大幅な教員定員増等教育条件の抜本的な改善策を何ら講じなかったばかりか,給特法及び給特条例が前提とする労使間の協定を一方的に破棄する暴挙に出るに至ったのである。以上のように,教育職員の時間外勤務等が常態化している現状を前提として,給特条例3条3項を文理解釈して形式的に適用すれば,教育職員に対して無給で無定量,無制限の時間外勤務等を強いることを許容することになり,到底許されないはずである。したがって,当該教育職員の勤務の実情,時間外又は休日における業務の内容及び時間外勤務等に至った事情等が判明しない限り,給特条例3条3項の適用の有無は明らかとならないはずである。
エ 以上を前提とすれば,教育職員が正規の勤務時間以外の時間にわたって給特条例7条2項に規定された限定4項目の業務以外の教員本来の業務に属する業務に従事した場合には,給特条例3条3項の規定は適用されず,原則に戻って時間外勤務等手当について規定した給与条例14条,15条の規定が適用されるから,原告ら教育職員は,同規定に基づく時間外勤務等手当の請求権を有するものというべきである。
(3) 原告らの時間外勤務等
これを本件について見るに,各原告は,平成13年11月21日から同年12月20日までの間,別紙「時間外・休日勤務の内訳表」の時間外勤務時間数欄及び休日勤務時間数欄に記載のとおり,教科,学級担任,校務分掌,部活動担当について時間外勤務等を命じられ,これらの業務に従事した(各原告の時間外勤務等の業務内容及び期間中の教科,学級担任,校務分掌,部活動担当は,同内訳表記載の①ないし⑰記載のとおりである。)。
これらの業務はいずれも給特条例7条2項に規定された限定4項目の業務以外の教員本来の業務に属する業務にほかならない。しかも,これらの時間外勤務等はすべて校長の黙示的な指示に基づくものであった。したがって,原告らの平成13年11月21日から同年12月20日までの期間中の上記時間外勤務等については,給特条例3条3項は適用されず,給与条例14条あるいは15条の規定が適用されるから,各原告は,給与支払義務者である各被告に対し,時間外勤務等手当を請求できるというべきである。
(4) よって,各原告は,それぞれ対応する各被告に対し,平成13年11月21日から同年12月20日までの間の上記時間外勤務等につき,給与条例,市町村立学校職員給与条例に基づく時間外勤務等手当の合計額である別紙請求債権目録の各原告の合計額欄記載の金額及びこれに対する最後の給料支給日の翌日である平成14年1月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告らの主張
(1) 請求原因(1)は認める(ただし,原告番号1027及び1028の原告は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律37条にいうところの県費負担教育職員に該当しないことから,その給与,勤務時間その他の勤務条件については,地方公務員法24条6項に基づいて定められた函館市立高等学校及び幼稚園教育職員の給与,勤務時間その他の勤務条件に関する条例(昭和39年函館市条例第17号)の定めによることとなる。その上で,同条例においては,給与条例及び給特条例の各規定を準用している。)。
(2) 請求原因(2)は争う。
給特条例3条1項により,その者の給料月額の100分の4に相当する教職調整額を支給するとした上,同条3項により,時間外勤務等手当について規定した給与条例14条,15条の規定の適用が除外されていることから,時間外勤務等手当の支払を求める原告らの本訴請求は法律上の請求権とはいえず,何らの根拠を有しないことが明らかである。
(3) 請求原因(3)は認否しない。
上記2(2)のとおり,時間外勤務等手当の支払を求める原告らの本訴請求は法律上の請求権とはいえず,何らの根拠を有しないことが明らかであって,原告らの勤務実態等(請求原因(3))について審理するまでもなく,速やかに棄却されるべきである。
第3当裁判所の判断
1 原告ら教育職員は,給特法及び給特条例にいうところの教育職員(前記函館市条例によって準用される場合を含む。)に該当するところ,給特法は,その10条において,労働基準法の適用除外を定めた地方公務員法58条3項の除外範囲を拡大して,労働基準法37条(時間外勤務等の割増賃金)の適用を除外する旨定めており,一方,これを受けて,給特条例は,その3条3項において,義務教育諸学校等の教育職員(管理職手当を受ける者は除く。)につき,給与条例14条,15条の規定は適用しない旨明文で定めている。こうした明文規定による限り,原告らについて給与条例14条,15条が適用されず,したがって,原告らにおいて時間外勤務等手当を請求することができないことは,明らかである。原告らは,教育職員が給特条例7条2項に規定された限定4項目の業務以外の業務について時間外勤務等を行った場合には,同条例3条3項の規定は適用されず,原則どおり給与条例14条,15条の適用があるなどと主張しているが,そのようなことを定めた法令は全く存在しないのである。
2 原告らは,勤労者の労働条件を定める諸法規は,憲法27条2項の勤労者の労働条件の保障を実定法化した労働基準法の定める原則に反しないように解釈すべきであり,給特法及び給特条例が労働基準法37条の適用を除外するのであれば,それに代わる保護規定が別に存在しない限り,給特法等は憲法の趣旨に違反するから,給特法等について原告らが主張するような合憲限定解釈をするべきである旨主張する。
しかしながら,証拠(乙イ1の3,4,5の1,5の2,6,8)によれば,教育職員の職務は,その活動が人間の心身の発達という基本的な価値にかかわるものであり,高度の学問的な修練を必要とし,しかも,その実践的な活動の場面では,個性の発達に即する的確な判断に基づく指導力が要求される仕事であるという面で,専門職として,一般的な職業とは異なった特質を持つこと,また,教育職員の勤務形態は,一般の行政職の仕事と比べて,仕事の実態は自発性,創意,創造性に期待する面が大きく,夏休み等長期の学校休業期間があること,授業時間においては非常に高い勤務密度であるが,同じ勤務時間の中でも授業時間以外の時間は授業時間ほど勤務密度が高いとは見られないこと,職務の種類によっては必ずしも学校の校内でしなくてもよい仕事があり,校内での勤務という拘束を与えることが不適切なものもあるといったような特徴を持ち,勤務時間あるいは勤務の在り方についてすべて一般の行政事務に従事する職員と同様な時間的計測あるいは時間管理を行うことは適当ではなく,したがって,時間計測に基づく時間外勤務等手当の制度はなじまないという特殊性をもつこと,このような教育職員の職務と勤務態様の特殊性を踏まえた上で,時間外勤務等を命ずることを例外的な場合に限定して,原則として禁止し,一方で,勤務時間の内外を通じて包括的にその職務を再評価し,新たに教職調整額の制度を設け,俸給相当の性格を有する金額を支給して本俸そのものの増額と同じ性質をもつ優遇措置を設け,教育職員の高い専門性と管理指導上の責任に対応し,一般行政職よりもより高い処遇を実現するとともに,これに伴い,時間計測になじまないという点から時間外勤務等手当の規定を適用しないこととしたものであることが認められる。したがって,実質的にみても,教職調整額の付与は,時間外勤務等手当の不支給とは制度上裏腹のものであり,超過勤務命令の限定,原則的禁止化を含め,時間外勤務等手当の不支給に相応する代替措置が採られ,労働基準法の適用除外に対応する立法措置が講じられているということができる以上,給特法及び給特条例が憲法に違反するとはいえないことは明らかである。
原告らの所論の合憲限定解釈なるものは,教職の調整額の付与を受けると共に時間外勤務等手当も受領できるという解釈であって,前記説示のとおり法律及び条例の条文に明らかに反するもので,条文解釈の域を超えたものといわざるを得ず,また,その主張の帰結するところは,時間外勤務等手当の不支給に伴う代替措置が実質的に不十分であるとして,より手厚い代替措置を講ずるべきであるとする立法論か,又は教育職員について,職務,勤務の特殊性を踏まえて一般行政職とは異なる優遇措置を採り,労働基準法の適用を除外するという給特法等の制度自体が不相当であるとして,給特法等の廃止を求め,教育職員についても一般の公務員と同様の評価,処遇を図るべきであるという法令の廃止論に帰着せざるを得ないものであり,立法政策としての主張であれば相応に首肯し得る余地がないとはいえないものの,法令の解釈論としては,到底採用できないものである。
3 なお,原告らは,給特法及び給特条例の制定経緯からして,上記のような法令の文理解釈は相当ではなく,原告ら主張にかかる合憲限定解釈が妥当である旨も縷々主張する。
給特法及び給特条例は,昭和30年代後半より教育職員の時間外勤務等手当請求権の有無につき多くの事件を通じて争われたこと等を受けて,昭和46年,これに立法的解決を与えるために制定されるに至ったものであるところ,前記の教育職員の職務と勤務態様の特殊性に基づき,その給与その他勤務条件について特例を定めることを目的として立法されたものであり(給特法1条),具体的には,教育職員の給与につき,労働基準法37条,給与条例14条,15条の適用を排除して,時間外勤務等手当を支給しないものとする一方で,給料月額の100分の4に相当する額の教職調整額を支給すること,あるいは,原則として時間外勤務等は命じないこと(命じ得る場合を限定4項目に掲げた業務で臨時又は緊急にやむを得ない必要があるときに限ること)を定めたものである。
しかしながら,原告らが主張するように,給特条例7条2項に規定する場合以外の業務について時間外勤務等を行った場合には,これについて給与条例14条,15条をなお適用する趣旨で,給特条例等が現行の形で立法化されるに至ったことを窺わせる事情は,その制定経緯に照らしても,見当たらないものというほかない。まさに原告ら自ら代償措置云々のところで主張しているように,給特法11条や給特条例7条は,これらの規定に基づく限定に違反する命令によって行われた時間外勤務等に対する割増賃金の支払を義務づけた規定では全くないのであるから,いわば当然のことである。
4 以上のとおり,原告らの請求が法律上の根拠を欠くものであり,原告らが主張するところの個々の原告ごとの勤務実態等の点について審理,判断するまでもなく,理由のないことは明らかであるから,原告らの請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
5 なお,原告らの平成15年12月25日付け弁論再開申立書についての当裁判所の見解は,別紙のとおりである。
(裁判長裁判官 生野考司 裁判官 大淵茂樹)
裁判官 佐伯恒治は,転補につき署名押印することができない。 裁判長裁判官 生野考司
別紙
【注】 被告目録,原告目録,請求債権目録,第2の1の(3)及び第3の5で引用する別紙の各登載は省略