札幌地方裁判所 平成14年(行ウ)9号 判決 2003年8月26日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
平成14年度の固定資産課税台帳に登録された別紙物件目録記載の各建物の価格につき,原告がした審査の申出を却下するとの被告の平成14年4月22日付の決定を取り消す。
第2事案の概要
本件は,別紙物件目録記載1及び2の各建物(以下,それぞれ「本件建物1」「本件建物2」といい,併せて「本件各建物」という。)についての平成14年度の固定資産税の賦課期日(平成14年1月1日)よりも後に同建物の代金を完済して同建物の所有権を取得し,同年4月1日に所有権移転登記手続を経た原告が,本件各建物についての平成14年度の固定資産課税台帳に登録された価格に不服があるとして被告に審査の申出をしたものの,原告には審査の申出をする適格がないとして,被告が原告による審査の申出を却下するとの決定をしたのに対し,原告が,同決定は違法であるとして,同決定の取消しを求めた事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。認定に用いた証拠は,各項目ごとに括弧書きで記載した。)
(1) 平成14年1月1日の時点において本件各建物の建物登記簿に所有者として登記されていたのは,本件建物1については株式会社A及びB株式会社,本件建物2についてはC株式会社及び株式会社Aであった。
(当事者間に争いがない。)
(2) 原告は,平成13年11月28日,株式会社A及びB株式会社から両会社の共有(共有持分権の割合は,株式会社Aが1万分の9999,B株式会社が1万分の1である。)にかかる本件建物1を,C株式会社及び株式会社Aから両会社の共有(共有持分権の割合は,C株式会社が1万分の9999,株式会社Aが1万分の1である。)にかかる本件建物2をその敷地等を含めて合計14億1650万円で買い受けるとの売買契約を締結し,平成14年3月29日までにその代金全額を支払って,同年4月1日,本件各建物について所有権移転登記手続を受けた(以下,これを「本件登記手続」という。)。なお,C株式会社は平成10年3月10日午前10時55分に,株式会社Aは同日午前9時40分に,それぞれ札幌地方裁判所から破産宣告を受けたが,平成12年11月1日,本件各建物の共有持分権はそれぞれの破産財団から放棄され,同月2日,その旨の登記がなされている。
(本件登記手続がされたことは当事者間に争いがない。その余の事実は甲第1号証,第5号証の1,2及び弁論の全趣旨により認められる。)
(3) 原告は,平成14年3月27日,平成14年度の固定資産課税台帳に登録された本件各建物の価格(合計91億6926万0200円)について不服があるとして被告に審査の申出をしたところ,被告は,同年4月22日,平成14年度の固定資産税の賦課期日である同年1月1日の時点で本件各建物の建物登記簿に所有者として登記されている者は原告ではないから,原告には本件各建物につき固定資産課税台帳に登録された価格について審査の申出をする適格がないとして,これを却下するとの決定をした(以下,これを「本件決定」という。)。
(当事者間に争いがない。)
2 争点
本件の争点は,原告が,平成14年度の固定資産課税台帳に登録された本件各建物の価格について被告に審査の申出をする適格があるか否か,すなわち,原告が地方税法(以下,415条1項及び432条1項については平成14年法律第17号による改正前のものを指す。)432条1項にいう固定資産税の納税者に当たるか否かである。
(1) 固定資産税の賦課期日の後にその所有権を承継取得した原告は,地方税法432条1項にいう固定資産税の納税者に該当するか。
(原告の主張)
ア 固定資産税納付の合意
原告は,平成13年11月28日,株式会社A,C株式会社及びB株式会社(以下,併せて「元所有者ら」という。)との間で,平成14年分の本件各建物についての固定資産税のうち12分の9を元所有者らに代わって納付するとの合意をした(以下「本件納付合意」という。)ことにより,固定資産税の納税者としての地位を元所有者らから承継し,少なくとも所有権移転登記手続を経た平成14年4月1日以降は固定資産税の納税義務者となったのであるから,地方税法432条1項にいう固定資産税の納税者に当たる。
イ 地方税法343条2項第2文
C株式会社及び株式会社Aは,いずれも,平成14年度の固定資産税の賦課期日よりも前に破産宣告を受けたがその後それぞれの破産財団から本件各建物の共有持分権が放棄されたため,平成14年度の賦課期日においては本件各建物はいずれも両会社に帰属し,清算人が選任されていた。しかしながら,両会社とも本件各建物についての平成14年度の固定資産税を納付すべき原資は全くなく,当該年度の固定資産税が賦課されてもこれを納付することは不可能であって,この賦課処分がいかに過大であっても全く痛ようを感じない立場にあることから,所有名義人が死亡又は消滅した場合(同法343条2項第2文)と異ならないものというべきである。よって,原告は,同法432条1項にいう固定資産税の納税者に当たる。
(被告の主張)
ア 地方税法の規定
同法432条1項にいう固定資産税の納税者とは,家屋にあっては当該年度の賦課期日(当該年度の初日の属する年の1月1日)において建物登記簿又は家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者(同法343条1項,2項,359条)であって,その納付すべき当該年度の固定資産税に係る固定資産について固定資産課税台帳に登録された価格について不服のある者をいうところ,平成14年度の賦課期日である平成14年1月1日の時点で建物登記簿に所有者として登記されていたのは元所有者らであって原告ではないから,原告は,同法432条1項にいう固定資産税の納税者には当たらない。
イ 固定資産税納付の合意
固定資産税の納税義務者との間で固定資産税の負担に関する合意をしたからといって,これにより審査申出適格が生じるわけではないから,前記の原告の主張アの事実によっては,原告が地方税法432条1項にいう固定資産税の納税者に当たるということができない。
ウ 地方税法343条2項第2文
同法は,相続(同法9条1項)又は法人の合併(同法9条の3)に限り納税義務の承継を認めており,賦課期日後の売買契約に基づく納税義務の承継をすることはなく,また,C株式会社及び株式会社Aに担税力がないことは審査申出適格に影響を及ぼすものではないし,法人の破産又は破産者についての清算人の選任は法人の資産に関する換価又は清算手続が開始したことを意味するにすぎず,法人は消滅していないから,本件各建物の元所有者らが審査申出期間内に審査の申出をするについて法律上の障害はなかったというべきであり,同法343条2項第2文に該当しない。
(2) 本件各建物の取得に係る不動産取得税の納税者となるべき原告は,地方税法432条1項にいう固定資産税の納税者に該当するか。
(原告の主張)
原告が納税者となるべき本件各建物についての不動産取得税の課税標準は,平成14年度の固定資産課税台帳の登録価格により決定されるところ(同法73条の21第1項),固定資産課税台帳の登録価格の決定の法的性質は行政処分であって,公定力を有していることから,関係行政庁などを拘束し,当該登録価格が当該不動産の客観的に適正な時価と一致していなくても,それが同法73条の21第1項ただし書所定の場合に該当しない以上は,不動産取得税の納税者が,不動産取得税の賦課処分の取消訴訟において固定資産課税台帳に登録された当該不動産の価格が客観的に適正な価格と異なると主張して課税標準たる価格を争うことができない(最高裁昭和51年3月26日第二小法廷判決・裁判集民事117号309頁,以下「昭和51年判決」という。)とされ,さらに,同法73条の21第1項ただし書にいう「当該固定資産の価格により難いとき」とは,当該不動産につき,固定資産税の賦課期日後に増築,改築,損壊,地目の変換その他特別の事情が生じ,その結果,右登録価格が当該不動産の適正な時価を示しているものということができないため,右登録価格を不動産取得税の課税標準としての不動産の価格とすることが適当でなくなった場合をいうものと解すべきであって,不動産取得税の納税者は,右登録価格を課税標準としてされた賦課処分の取消訴訟においては,当該不動産の時価と右登録価格との間に隔差があることを主張するだけでは足りず,それが,賦課期日後に生じた右にいう特別の事情によるものであることをも主張する必要があるものというべきである(最高裁平成6年4月21日第一小法廷判決・裁判集民事172号391頁,以下「平成6年判決」という。)とされているので,不動産取得税の納税者は,不動産取得税の賦課決定の取消訴訟において,固定資産課税台帳に登録された当該不動産の価格を争うことが実質的にはできなくなっている。
憲法が採用する租税法律主義(憲法30条)によれば,課税要件の全てが法律上の根拠を有することが必要であるとともに,具体的な課税処分において,課税要件を充足する事実の存否と課税要件自体が法律上の根拠を持っているか否かが司法審査の対象となる必要があり,この観点からすると,固定資産課税台帳の登録価格にしたがって納税義務を負うべき者はその価格の決定を争う手段が保障される必要があるが,昭和51年判決及び平成6年判決によって,不動産取得税の賦課処分の取消訴訟においては固定資産課税台帳登録価格が「適正な時価」を表現しているか否かについて争うことができなくなっているため,当該登録価格の決定を争う法律上の利益を有する者は,行政不服審査法の一般原則により固定資産評価審査委員会への審査申出適格があると解すべきところ,不動産取得税の納税者は,固定資産税の納税義務者ではないとしても,当該不動産についての固定資産課税台帳の登録価格の決定の公定力が及ぶのでこれを争う法律上の利益があるから,地方税法432条1項にいう固定資産税の納税者に当たるとして,固定資産評価審査委員会への審査申出適格があると解すべきであり,少なくとも固定資産評価審査委員会への審査の申出ができる期間(同法432条1項)が経過する前に不動産を取得した者には,審査申出適格があると解すべきである。
(被告の主張)
ア 不動産取得税の賦課決定に対しては地方税法19条に基づいて不服申立てができることとされており,具体的には,不動産取得税の賦課期日後に生じた特別の事情により「当該固定資産の価格により難いとき」は固定資産課税台帳に登録された価格によらず課税庁自ら価格を認定することができるものとされ(同法73条の21ただし書),不動産取得税の納税義務者はこの点を主張して不動産取得税の賦課決定を争うことができる。
イ 平成6年判決が,地方税法73条の21第1項ただし書にいう「当該固定資産の価格により難いとき」とは,当該不動産につき,固定資産税の賦課期日後に増築,改築,損壊,地目の変換その他特別の事情が生じ,その結果,右登録価格が当該不動産の適正な時価を示しているものということができないため,右登録価格を不動産取得税の課税標準としての不動産の価格とすることが適当でなくなった場合をいうものと解すべきとしたからといって,不動産取得税の納税者が固定資産評価審査委員会を相手方として登録価格そのものを争うことができることにはならならず,課税庁を相手方とした賦課処分取消訴訟で同規定の解釈を争うべきである。
ウ 固定資産税の納税義務者の意思にかかわらず,又はその意思に反して,当該納税義務者の納付すべき固定資産税に係る課税標準額たる固定資産の価格が争われるのは不合理である。
エ 法が固定資産評価審査委員会への審査の申出の期間を固定資産課税台帳の縦覧期間(地方税法415条1項)の初日から固定資産税の納税通知書の交付を受けた後30日までの間に制限していることからすれば(同法432条1項),年間を通じて賦課決定がされる不動産取得税の納税者による審査の申出を同法は予定していないというべきである。
オ 地方税法343条所定の固定資産税の納税義務者とは同法が定める課税要件を備え納税義務を負担する者をいい,同法432条1項にいう固定資産税の納税者とは,同法が定める課税要件を備え,同法の定めによって税金が確定し,具体的に税金を納めることになる者をいうことからすれば,上記の固定資産税の納税義務者でない者を同法432条1項にいう固定資産税の納税者であるとして,固定資産評価審査委員会への審査申出適格があると解することはできない。
(3) 本件登記手続の申請に係る登録免許税の納税者である原告は,地方税法432条1項にいう固定資産税の納税者に該当するか。
(原告の主張)
原告が納税者となるべき本登記手続の申請に係る登録免許税の課税標準は平成14年度の固定資産課税台帳の登録価格により決定されるべきところ(登録免許税法10条及び同法(昭和42年法律第35号)の附則7条),登録免許税の納税者は登録免許税についての不服申立て等において固定資産課税台帳の登録価格を争うことが実質的にはできないのであって,登録免許税に不服のあるときには課税標準である固定資産課税台帳登録価格を争うほかないから,上記(2)の原告の主張と同じく,地方税法432条1項にいう固定資産税の納税者に当たると解すべきである。
(被告の主張)
ア 固定資産評価審査申出制度は,固定資産税の納税者に対して認められた制度であって(地方税法432条1項),登録免許税の納税者のために設けられた制度ではなく,登録免許税に対する不服申立ては国税通則法75条1項及び80条に基づいてなすべきものである。
イ 地方税法が固定資産評価審査委員会への審査の申出の期間を固定資産課税台帳の縦覧期間(同法415条1項)の初日から固定資産税の納税通知書の交付を受けた後30日までの間に制限している(同法432条1項)ことからすれば,年間を通じて納税する登録免許税の納税者による審査の申出を法は予定していない。
第3争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 地方税法の規定について
固定資産税は,固定資産の所有者に課するものとされ(同法343条1項),固定資産の所有者とは,家屋については建物登記簿等に所有者として登記されている者をいうとされ(同条2項),固定資産税の賦課期日は,当該年度の初日に属する年の1月1日とされている(同法359条)。そうすると,本件各建物についての平成14年度の固定資産税は,同年度の賦課期日である平成14年1月1日の時点における建物登記簿の所有名義人に対して課せられることになるところ,前記第2の1(1)によれば,同時点における本件各建物の所有名義人は元所有者らであるから,同人らに対して同年度の固定資産税が賦課されることになる。他方,賦課期日後に当該家屋の所有権を登記簿上の所有名義人から売買等によって承継取得した者を当該家屋の固定資産税の納税義務者と定める法令の規定は見当たらないから,原告が,賦課期日後に登記簿上の所有名義人である元所有者らから本件各建物を買い受けたとしても,それ故に原告が本件各建物に係る同法343条1項所定の固定資産税の納税義務者に該当することになるわけではないというべきである。
そして,同法432条1項によれば,固定資産税の納税者は,その納付すべき当該年度の固定資産税に係る固定資産について固定資産課税台帳に登録された価格について不服がある場合においては,固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができるとされ,ここにいう固定資産税の納税者とは,審査の申出の対象となる登録価格に係る年度の固定資産税の納税義務者であって当該税を課された者であると解するのが相当である。
そうすると,上記のとおり,原告は,固定資産税の納税義務者ではないから,同条項にいう固定資産税の納税者に当たらず,固定資産評価審査委員会への審査申出適格があるとはいうことはできない。
(2) 原告の主張ア(固定資産税納付の合意)について
原告は,本件納付合意をし,その後本件登記手続を経たことにより納税義務を承継したから,原告には被告への審査の申出適格があると主張する。
しかし,上記(1)のとおり,地方税法432条1項にいう固定資産の納税者とは,その納付すべき当該年度の固定資産の納税義務者であることが前提となっていると解されるところ,同法343条所定の固定資産税の納税義務者との間でその納税額の一部を代わって負担するとの合意をした者を固定資産税の納税義務者とする旨の法令上の直接の根拠規定はなく,また,納税義務の承継を認めるべき法令上の根拠規定もないから(このような合意が,法が納税義務の承継原因として定める相続(同法9条)や法人の合併(同法9条の3)に当たらないことは明らかである。),原告の主張する本件納付合意によっては,原告が同法432条1項にいう固定資産税の納税者に当たるということはできない。
(3) 原告の主張イ(地方税法343条2項第2文)について
原告は,元所有者らのうち,C株式会社及び株式会社Aが破産宣告を受け,本件各建物の共有持分権が破産財団から放棄された後も両会社には当該年度の固定資産税を支払うべき原資がないから同法343条2項第2文所定の「所有者として登記等されている個人が賦課期日前に死亡しているとき,若しくは所有者として登記等されている法人が同日前に消滅しているとき」に当たる旨主張するが,法人の破産及び破産者についての清算人の選任は法人の資産に関する換価又は清算の手続が開始したことを意味するにすぎず,前記第2の1で認定したとおり上記の各会社は平成14年度の固定資産税の賦課期日においていずれも法人として存続していたのであるから,同法343条2項第2文所定の場合に当たらないことは明らかである。
したがって,原告の同主張を採用することはできない。
(4) むすび
よって,原告が地方税法432条1項にいう固定資産税の納税者に該当すると認めることはできない。
2 争点(2)について
(1) 地方税法の規定について
不動産取得税の課税標準について,地方税法73条の13第1項は不動産を取得した時における不動産の価格とするとし,同条の21第1項は固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されている不動産については当該価格により当該不動産に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものとするとしている。
他方で,前記1(1)のとおり,同法432条1項は,固定資産税の納税者にその納付すべき当該年度の固定資産課税台帳の登録価格について固定資産評価審査委員会への審査申出適格を与えているところ,ここにいう固定資産税の納税者とは,審査の申出の対象となる登録価格に係る年度の固定資産税の納税義務者(賦課期日における当該固定資産の所有者)であることが前提とされているものと解されるから,当該不動産を固定資産税の賦課期日よりも後に取得した者は,不動産取得税の納税者となるべき者であるからといって,同法432条1項にいう固定資産税の納税者に当たるということはできない。
また,不動産取得税の納税者が,その課税標準となるべき固定資産課税台帳の登録価格について,固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができる旨を定めた法令の規定はない。かえって,地方税法は,固定資産課税台帳の登録価格を早期に確定させるべく,固定資産評価審査委員会への審査の申出ができる期間を,同法415条1項所定の固定資産課税台帳の縦覧期間(毎年3月1日から20日以上の期間)の初日から固定資産税の納税通知書の交付を受けた日後30日までとしているところ(同法432条1項),一方で,このような審査申出期間の経過後,当該登録価格に係る年度中に不動産を取得した者に対し,当該登録価格により不動産取得税を課する場合が想定されることを考えると,不動産取得税の納税者が固定資産税の登録価格について固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることは,当該不動産の取得の時期が上記の審査申出期間の経過後であるか否かを問わず,およそ法の予定しないところであるというよりほかない。
(2) 法律上の利益について
原告は,「昭和51年判決及び平成6年判決によると,不動産取得税の納税者は,その課税標準となるべき固定資産課税台帳の登録価格について固定資産評価審査委員会への審査の申出ができないとすると,当該登録価格が客観的に適正な価格と異なることを不服の理由として争う機会がないことになるところ,租税法律主義を定める憲法84条によれば,租税を賦課された者はその課税標準となるべき価格を争う機会が保障されなければならないから,固定資産評価審査委員会への審査申出適格を定める地方税法432条1項をこのような憲法上の要請と適合するように拡張解釈して,同項にいう固定資産税の納税者は,不動産取得税の納税者となるべき者のように,固定資産課税台帳の価格決定の法的効力が及びこれを争う法律上の利益がある者も含まれると解すべきである。」旨主張する。
しかし,固定資産課税台帳の固定資産価格登録の制度は,固定資産税の課税標準を定めるためのものであるところ,地方税法73条の21第1項は,固定資産税の課税対象となる土地及び家屋の範囲は,発電所及び変電所が家屋に含まれることを除けば,不動産取得税の課税対象となる不動産と同一であり(同法73条2号ないし4号,341条2号,3号),その価格も同じく適正な時価をいうものとされていること(同法73条5号,341条5号)などから,固定資産税と不動産取得税の対象となる不動産の評価の統一と徴税事務の簡素化を図るため,固定資産課税台帳の登録価格を不動産取得税の課税標準と定めたのであって,このような法の趣旨から考えて,道府県知事が不動産取得税の課税標準である不動産の価格を決定するについては,固定資産課税台帳に当該不動産の価格が登録されている場合,仮にその価格が当該不動産の客観的に適正な時価と一致していなくても,同項ただし書所定の場合に該当しない以上は,当該登録価格によってした不動産取得税の賦課処分は違法となるものではないと解される(昭和51年判決参照)。このように,法は,不動産取得税の賦課処分について,当該不動産について固定資産課税台帳に価格が登録されている場合は,当該登録価格が客観的に適正な時価と一致しているか否かを問わず,当該登録価格を課税標準とすべきことを定めているのであって,このような課税標準の定めは,憲法上法律にゆだねられた租税に関する事項の定立であり,違憲の問題を生ずるものではないことは,昭和51年判決の判示するところである。
上記のとおり,法は,不動産に係る固定資産課税台帳の登録価格が客観的に適正な時価と一致していることを当該不動産の取得に係る不動産取得税の賦課処分の要件とはしていないと解されることからすれば,固定資産課税台帳の登録価格の決定について,当該登録価格を課税標準とする不動産取得税の納税者となるべき者にこれを争う適格を与えるか否かは,立法府の政策的な判断にゆだねられていると考えられ,不動産取得税の納税者となるべき者に当該登録価格を争う適格を与えることが直ちに憲法の要請するところであると解することはできない。
そして,地方税法は,上記1(1)のとおり,固定資産課税台帳の登録価格を争う手続として,固定資産評価審査委員会への審査の申出の手続を定め,その審査申出適格を固定資産税の納税者にのみ与え,不動産取得税の納税者となるべき者に当該適格を与えていないのである。
したがって,原告の主張を採用することはできない。
(3) 不動産取得税の賦課決定に対する取消訴訟について
原告は,「不動産取得税の納税者は,不動産取得税の賦課決定の取消訴訟において固定資産課税台帳に登録された当該不動産の価格を争うことが実質的にはできない。」旨主張する。
平成6年判決によれば,地方税法73条の21第1項ただし書にいう「特別の事情」は,固定資産税の賦課期日後に生じた事由に限られると解されるが,ここでいう固定資産税の賦課期日とは,当該不動産の評価が行われ,その価格が決定された年度(基準年度)の固定資産税の賦課期日をいうと解する余地もあり,このような見解によれば,原告は,本件各建物に係る不動産取得税賦課決定の取消訴訟において,基準年度の賦課期日後に生じた事由を同法73条の21第1項ただし書にいう「当該固定資産の価格により難いとき」に当たると主張し,不動産取得税の課税標準である不動産の価格を争うことができることとなる。
したがって,原告の主張を採用することはできない。
(4) 固定資産税課税台帳登録価格の了知の可能性について
甲第2,3号証及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件各建物の所有権を取得するにあたり,C株式会社及び株式会社Aの破産管財人等が,評価額約124億円であった本件各建物を20億円にまで価格を下げても売却することができなかったこと,本件各建物の競売手続において,第1回目の最低競売価額は約17億円であったが買受けの申出は1件もなく,最低競売価額が約9億円になったところ原告のみが買受け申出をしたこと,本件建物1は昭和63年3月16日に,本件建物2は平成5年2月2日にそれそれ建築されたが,本件各建物の固定資産課税台帳の登録価格は基準年度である平成9年度,同12年度に経年に伴う評価替をしたとは窺われないことをいずれも知っていたものと推認することができ,また,原告は,不動産取得税賦課決定の取消訴訟では本件各建物の固定資産課税台帳の登録価格を争うのは困難であるとの理解の下に,固定資産税の納税者であって被告への審査申出適格を有するC株式会社及び株式会社Aの清算人に対して,平成14年2月ころ,固定資産課税台帳に登録された価格に係る不服申立てをして欲しいと依頼していたことが認められる。
以上の事実に,原告が本件各建物の取得前にその固定資産課税台帳の登録価格の内容を了知しうることを考え併せると,同価格を前提として不動産取得税を賦課されたからといって,これが原告の予期せぬ負担であるということはできない。
(5) むすび
以上によれば,原告は,本件各建物を平成14年度の固定資産税の賦課期日の後に取得し,本件各建物について同年度の固定資産課税台帳の登録価格によってその取得に係る不動産取得税の納税者となるべき者であるからといって,これにより地方税法432条1項にいう固定資産税の納税者に当たるということはできず,当該登録価格について固定資産評価審査委員会に審査の申出をする適格があるとはいえない。
3 争点(3)について
(1) 登録免許税法等の規定について
登録免許税法10条1項及び同法の附則7条は,不動産の登記に係る登録免許税の課税標準たる不動産の価格について,当分の間,当該登記の申請の日の属する年の前年12月31日現在又は当該申請の日の属する年の1月1日現在において固定資産課税台帳に登録された当該不動産の価格を基礎として政令で定める価額によることができると規定している。
しかし,固定資産課税台帳の登録価格について,固定資産評価審査委員会に審査の申出ができるのは,地方税法432条1項にいう固定資産の納税者であって,当該登録価格を基礎とする登録免許税の納税者又は納税者となるべき者はここにいう固定資産税の納税者に当たるということはできない。また,当該登録免許税の納税者又は納税者となるべき者が当該登録価格について固定資産評価審査委員会に審査の申出ができる旨を定めた法令の規定はなく,かえって,登録免許税の納税者又は納税者となるべき者が固定資産税の登録価格について固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることを法が予定していないことは,前記2(1)と同じである。
(2) 原告の主張(法律上の利益)について
原告は,登録免許税の納税者も固定資産課税台帳の登録価格の決定を争う法律上の利益があるから,地方税法432条1項にいう固定資産税の納税者に当たる旨主張する。
しかし,登録免許税の納税者又は納税者となるべき者が,過誤納金の還付を求める手続や税務署長による登録免許税の徴収処分(登録免許税法29条)としてする納税告知(国税通則法36条1項)に対する不服申立ての手続(同法75条)等において,当該登録免許税の基礎となるべき固定資産課税台帳の登録価格が客観的に適正な時価と一致しないことを主張できないとしても,これは,登録免許税の基礎となる不動産の価格を当該不動産の固定資産課税台帳における登録価格とし,当該登録価格が客観的に適正な価格と一致することを登録免許税の課税要件としないとする立法政策によるものであって,このような課税標準の定めが違憲の問題を生ずるものでないことは,昭和51年判決の趣旨に徴し明らかである。
したがって,前記2(2)と同じく,上記のような主張ができないからといって,登録免許税の納税者又は納税者となるべき者に固定資産評価審査委員会への審査申出適格を与えることが憲法の要請するところであるということはできない。
(3) むすび
以上によれば,原告は,地方税法432条1項にいう固定資産税の納税者に当たるということはできず,当該登録価格について固定資産評価審査委員会に審査の申出をする適格があるとはいえない。
第4結論
以上に認定,説示したところによれば,原告には被告に対する審査の申出をする適格がないから,本件決定は適法というべきである。よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥田正昭 裁判官 氏本厚司 裁判官 石川真紀子)